2016年05月27日

もののあわれについて813

御まうけなどさま変はりて、物のはじめゆゆしげなれど、もの参らせなど皆しづまりぬるに、渡り給て、少将の君をいみじう責め給ふ。小少将「御こころざしまことに長う思されば、今日明日を過ぐして聞えさせ給へ。なかなか立ち返りて物思し沈みて、なき人のやうにてなむ臥せさせ給ひぬる。こしらへ聞えけるをも、つらしとのみ思されたれば、何事も身のためこそ侍れ。いとわづらはしう聞えさせにくくなむ」といふ。夕霧「いとあやしう、おしはかり聞えさせしには違ひて、いはけなく心えがたき御心にこそありけれ」とて、思ひよれる様、人の御為も、わが為にも、世のもどきあるまじう宣ひ続くれば、小少将「いでや、ただ今は、またいたづら人に見なし奉るべきにやと、あわただしき乱り心地に、よろづ思給へわかれず。あが君、とかくおしたちて、ひたぶるなる御心なつかはせ給ひそ」と手をする。夕霧「いとまだ知らぬ世かな。憎くめざましと、人よりけに思し落すらむ
身こそいみじけれ。いかで人にもことわらせむ」といはむ方もなしと思して宣へば、さすがにいとほしうもあり。小少将「まだ知らぬは、げに世づかぬ御心がまへのけにこそはと、ことわりはげに、いづかたにかは寄る人侍らむとすらむ」と、少しうち笑ひぬ。




ご準備なども、普通と違い、新婚としては、縁起が悪いが、お食事を差し上げたりし、一同、落ち着いたところへ、大将がお出でになって、少将の君を、酷く責められる。
小少将は、お心持ちが、本当に長くと思いならば、一両日を過ごしてから、お話なさることにして下さいませ。かえって、お帰りになってから、お悲しみにお沈みで、死んだ人のように、横になっておられます。取り成し申し上げても、酷いと思いになるばかりで、何事も、自分のためでございますと、何とも困って申し上げにくいのです。と、申す。
夕霧は、実に変で、予想とは違い、子どもじみて、解らないお方なのだ。と言い、お考えになった結婚は、あちら様のためにも、自分のためにも、世間の非難はないはずと、おっしゃり続けると、小少将は、いえもう、このところ、宮様まで、亡くなってしまうのではないかと、落ち着かない気持ちで、何かとも、判断がつかないのです。お願いでございます。何かと準備して、きついやり方は、なさらないでください。と、手を合わせて拝む。夕霧は、何とも初めての話だ。憎く嫌な奴と、誰よりも軽蔑していらっしゃるらしい。この当の私が、たまらない。どうぞ、誰かに判断してもらいたい。と、言いようもないと、思うのである。と、矢張り、小少将は気の毒に思い、初めてとのお言葉、まことに、世間を知らないお考えのせいと。道理は、仰せの通り、どちら様も、御もっともと申す者が、ございますことでしょうか。と、少し笑う。

何とも、手間隙のかかる、宮様、女二の宮である。




かく心ごはけれど、今はせかれ給ふべきならねば、やがてこの人をひきたてて、おしはかりに入り給ふ。宮はいと心憂く、なさけなくあはつけき人の心なりけりと、ねたくつらければ、若々しきやうには言ひ騒ぐとも、と思して、ぬりごめに御座ひとつ敷かせ給て、内より鎖して大殿籠りにけり。これもいつまでにかは、かばかりに乱れ立ちにたる人の心どもは、いと悲しう口惜しう思す。男君は、めざましうつらしと思ひ聞え給へど、「かばかりにては、何のもてはなるる事かは」と、のどかに思して、よろづに思ひあかし給ふ。山鳥の心地ぞし給うける。からうじて明け方になりぬ。かくてのみ、ことといへば、ひたおもてなべければ、いで給ふとて、「ただいささかの隙をだに」と、いみじう聞え給へど、いとつれなし。

夕霧
恨みわび 胸あき難き 冬の夜に またさしまさる 関のいはかど

聞えむ方なき御心なりけり」と、泣く泣くいで給ふ。




このように、強情なのだが、今となっては、それに負けていられることではないので、そのまま、小少将を引き立てて、当て推量で、お入りになる。宮様は、嫌でたまらず、思いやりなく、軽々しい人だことと、癪に障り、酷いと思うので、娘らしく、子どもっぽいと、何を言われても、構わないと思い、塗籠に敷物を一つ敷かせて、中から錠を下ろして、お休みになった。
こういうことも、いつまでのことだろうと、これほど、浮き足立っている女房の気持ちは、悲しく、残念だと、思うのである。男君、夕霧は、呆れたひどいと、思うが、これくらいのことで、どうして、諦めるものかと、急がない気持ちで、何やかにやと思い続けて、一夜を明かされた。
山鳥の気持ちがなさったことだ。やっとのことで、夜明け方になった。こういうことでは、する事といえば、にらみ合いになりそうなので、お出になろうとして、せめて、ほんの少しでも、と、しきりに申し上げるが、手応えもない。

夕霧
恨みは、慰めようもなく、辛い思いに、気持ちも晴れず、明けにくい冬の夜。その上、錠までなさる、関所の岩の門です。

申し上げようもない、お方です。と、泣きながら、お出になる。




六条の院にぞおはして、やすらひ給ふ。東の上、「一条の宮渡し奉り給へる事と、かの大殿わたりなどに聞ゆる。いかなる御事にかは」と、いとおほどかに宣ふ。御几帳そへたれど、そばよりほのかにはなほ見え奉り給ふ。夕霧「さやうにも、なほ人の言ひなしつべき事に侍り。故御息所は、いと心強うあるまじき様に言ひ放ち給うしかど、かぎりのさまに御心地の弱りけるに、また見ゆつるべき人のなきや悲しかりけむ、なからむ後の後見にとやうなる事の侍りしかば、もとよりのこころざしも侍りし事にて、かくおも給へなりぬるを、さまざまにいかに人あつかえひ侍らむかし。さしもあるまじきをも、怪しう人こそものいひさがなきものにあれ」と、うち笑ひつつ、夕霧「かの正身なむ、なほ世に経じと深う思ひたちて、尼になりなむと思ひむすぼほれ給ふめれば、なにかは、こなちかなたに聞き憎くも侍べきを、さやうに嫌疑はなれても、またかの遺言は違へじと思ひ給へて、ただかく言ひあつかひ侍るなり。院の渡らせ給へらむにも、事のついで侍らば、かやうにまねび聞えさせ給へ。ありありて心づきなき心遣ふと、思し宣はむをはばかり侍りつれど、げにかやうの筋にてこそ、人のいさめをも、みづからの心にも従はぬやうに侍りけれ」としのびやかに聞え給ふ。




六条の院にいらして、ご休憩になる。
東の上、花散里は、一条の宮へ、お移り申し上げたとのこと。あちらの太政大臣あたりでは、お噂しておりますが、どういうことでしょう。と、ごくおっとりと、おっしゃる。御几帳は、置いてあるが、端から、ちらちらと、今もお顔を見せられる。
夕霧は、そのように、矢張り、世間は、取り沙汰しそうな成り行きです。亡き御息所は、とても、お気が強く、絶対に許さないと、はっきりおっしゃっておりましたが、臨終の頃で、お気持ちが弱られたところに、私以外に、後の世話を任せる人がいないのが、悲しかったのか、死んだ後の世話を、というようなことを、おっしゃりましたものですから。もともと、気持ちもあったことで、その気になりましたのですが、色々と、世間は、どのように取り沙汰するでしょう。何でもないことでも、奇妙に世間はお喋りですから。と、軽く笑って、あのご本人は、もう普通の生活はしまいと、堅く決心して、尼になろうと、煩悶されているようなので、大変です。あちらこちらで、聞きづらい、噂が立つことでしょう。そんな疑いがなくなってからでも、改めて、あの遺言を守ろうと思いまして。ただこのように、お世話しております。六条の院が、おいであそばした時は、よい折がございましたら、このように、私の申したことを、申し上げてください。今頃になって、感心しない料簡を起こしたと、思いになるかもしれません。それが気になります。全く、女の道にかけては、誰の忠告にも従えず、自分の思うままにも、ならないものです。と、声を低くして、申し上げる。


posted by 天山 at 05:10| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月26日

もののあわれについて812

集りて聞えこしらふるに、いとわりなく、あざやかなる御ぞども、人々の奉りかへさするも、われにもあらず、なほいとひたぶるにそぎ捨てまほしう思さるる御髪を、かき出でて見給へば、六尺ばかりにて、少し細りたれど、人に見ゆべき有様にもあらず。さまざまに心憂き身を」と思し続けて、臥し給ひぬ。「時たがひぬ。夜もふけぬべし」と皆騒ぐ。
時雨いと心あわただしう吹きまがひ、よろづに物悲しければ、

女二
のぼりにし 峰の煙に たちまじり 思はぬ方に なびかずもがな

心ひとつには強く思せど、その頃は、御はさみなどやうのものは皆とり隠して人々のまもり聞えければ、「かくもて騒がざらむにだに、何の惜しげある身にてかねをこがましう若々しきやうにはひき忍ばむ。人聞きもうたておずましかべきわざを」と思せば、その本意のごともし給はず。




皆が、寄って、おすかし申すので、とても困りきって、色目鮮やかなお召し物を、色々と人々が、お着せ替えさせるも、正気もない有様で、矢張り、本当に何としても、そぎ捨てたく思いになる、御髪を、掻き出して御覧になると、六尺ばかりあり、少し少なくなったが、人は、おかしいとも思わずにいる。ご自身のお心の中では、随分、衰えたこと。男の人と会えるような様子ではない。色々と、辛いこの身なのに、とお考え続けて、またまた横になってしまった。
時刻に遅れる。夜も更けてしまう。と、皆は、声を上げる。
時雨がとても心慌しく、風に吹かれて乱れ、何事も悲しいので、

女二
母君の昇ってゆかれた、あの峰の煙と一緒になり、願いもしない、方角に吹きやられたくない。

気だけは、強くもたれるが、その頃は、御はさみなどのようなものは、皆、取り隠して、一同が、警戒していたので、こんなに騒ぎまわらずにいても、何の惜しい身と思い、愚かしく、子どもっぽく、こそこそ隠れたりしよう。人が聞いても、実に、かたくななと思うことだろう、と、お考えなので、ご希望のままに、振舞うこともない。




人々は皆急ぎ立ちて、おのおの、櫛、手箱、唐櫃、よろづの物を、はかばかはからぬ袋やうの物なれど、皆さき立てて運びたれば、一人とまり給ふべうもあらで、泣く泣く御車に乗り給ふも、かたはらのみまもられ給て、こち渡り給うし時、御心地の苦しきにも、御髪かきなでつくろひ、おろし奉り給ひしを思しいづるに、目もきりていみじ。御はかしに添へて、経箱を添へたるが、御かたはらも離れねば、

女二
恋しさの 慰め難き 形見にて 涙にくもる 玉の箱かな

黒きもまだあへさせ給はず、かの手ならし給へりし螺鈿の箱なりけり。
誦経にせさせ給ひしを、形見にとどめ給へるなりけり。浦島の子が心地なむ。




女房たちは、皆、急いで、それぞれ、櫛、手箱、唐櫃など、あらゆる物を、つまらない袋のようなものでも、全部あらかじめ運んであるので、一人お残りになることも出来ず、泣く泣く、お車にお乗りになっても、お隣の席にばかり、目が行き、こちらへお出でになった時は、ご気分は悪いならがも、御髪を撫で繕い、車から降ろしてくださったのを、思い出しになると、目もかすみ、たまらい。お守り刀を横にし、経箱を横にしてあったが、お膝元も離れることがないので、

女二
恋しさの、慰め難くなるばかりの形見ゆえ、涙で曇ってしまう、玉の箱です。

黒塗りの箱も、まだ出来上がっていないので、御息所がいつも使っていらした、螺鈿の箱なのである。
お布施の料として、お作らせになったのだが、形見に残しておきなさったのだ。浦島の子の気がするのである。




おはしましつきたれば、殿のうち悲しげもなく、人気多くて、あらぬ様なり。御車寄せており給ふを、さらに古里と覚えず。うとましううたて思さるれば、とみにもおり給はず。いとあやしう若々しき御様かなと、人々も見奉りわづらふ。殿は東の対の南面を、わが御方をかりしつらひて、住みつき顔におはす。




お着きになったところ、御殿の中は、悲しい感じもなく、人気が多く、まるで違った雰囲気である。車を寄せて、降りられるが、まるで今までの住家とも、思われない。気味悪く、ぞっとするので、すぐには、降りられない。おかしな、子どもっぽいことだと、女房たちも、お世話に困っている。殿様は、東の対の南座敷を、ご自分のお部屋として、臨時に準備され、住み着いた雰囲気である。

殿様とは、夕霧である。




三条殿には、人々「にはかにあさましうもなり給ひぬるかな。いつの程にありし事ぞ」と、おどろきけり。「なよらかにをかしばめる事を、好ましからず思す人は、かくゆくりかなる事ぞうち交り給うける。されど年へにける事を、音なくけしきも漏らさで過ぐし給うけるなり」とのみ思ひなして、かく女の御心ゆるい給はぬと思ひよる人もなし。とてもかうても、宮の御為にぞいとほしげなる。




三条の邸では、女房たちが、急なことで、びっくりするではありませんか。いつの間に、できたのか、と、驚いている。女相手に、遊ぶ事が、お好きではない方は、こういうように、急なことがあるものだ。だけれど、何年も前から、あったことを、人に聞かれず、内情を知らさないで、年月を、お過ごしになったのだ、と、解釈して、このように、女が、御許しではないのだと、考え付く人もなかった。
どちらにしても、宮様には、お気の毒なことである。


posted by 天山 at 04:56| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月25日

もののあわれについて811

かくて御法事に、よろづとりもちてせさせ給ふ。事の聞え、おのずからかくれなければ、大殿などにも聞き給ひて、「さやはあるべき」など、女方の心浅きやうに、思しなすぞわりなきや。かの日は昔の御心あれば、君達もまでとぶらひ給ふ。誦経など、殿よりもいかめしうせきせ給ふ。これかれもさまざま劣らずし給へれば、時の人のかやうのわざに劣らずなむありける。




かくて、御法事には、何もかにも引き受けて、おやり遊ばす。
その評判は、自然に知れることなので、太政大臣の家でもお耳にされて、そんなことで、よかろうか、などと、女の側の考えが浅いように、お考えになるのは、困ったことだ。その当日は、柏木生前の気持ちが残っているので、子息たちも、ご弔問にお出でになる。
読経なども、太政大臣家からも、大変なことをなさった。誰彼も、色々負けず劣らずになさるので、時めく人の法事には、負けないほどであった。




宮はかくて住み果てなむと思し立つ事ありけれど、院に人のもらし奏しければ、朱雀院「いとあるまじき事なり。げにあまたとざまこうざまに身をもてなし給ふべき事にもあらねど、後見なき人なむ、なかなかさるさまにて、あるまじき名を立ち、罪得がましきとき、この世のちの世、中空にもどかしき咎負ふわざなる。ここにかく世を捨てたるに、三の宮の同じごと身をやつし給へる。末なきやうに人の思ひ言ふも、捨てたる身には思ひ悩むべきにはあらねど、必ずさしもやうのことと、あらそひ給はむもうたてあるべし。世の憂きにつけて厭ふは、なかなか人悪きわざなり。心と思ひとるかたありて、今すこし思ひしづめ、心すましてこそ、ともかうも」と、たびたび聞え給うけり。この浮きたる御名をぞきこしめしたるべき。さやうの事の思はずなるにつけて憂し給へると、言はれ給はむことを思すなりけり。さりとてまたあらはれてものし給はむもあはあはしう、心づきなき事と思しながら、はづかしと思さむもいとほしきを、何かはわれさへ聞きあつかはむと思してなむ、この筋はかけても聞え給はざりける。




女二の宮は、このまま、一生を送ろうとご決心されたが、上皇様に、ある方が、そっと申し上げたところ、朱雀院は、まことに、よろしくないことだ。いかにも、一人以上の男に、あれこれと、身を任せても良いことではないが、世話をする人がいない女は、かえって、出家した形で、許しがたい浮名を流し、罪を作る時は、現世も来世も、どっちつかずで、非難される失敗を犯すものだ。私がこうして、出家をしているのに、女三の宮も、同じように、出家されたのでは、子孫がなくなるように、世間が思い、言いもするのは、世を捨てたこの身には、気にすることでもないのだが、必ずしも、同じように、競争のように、出家するのも、感心できないだろう。世の中が、嫌になったからとて、出家するのは、かえって、外聞の悪いこと。自分自身、考えるところがあり、少し気を落ち着け、冷静になってからなら、どうなりとも、と、何度も、何度も、申し上げた。
今度の浮名を、お耳に遊ばしてのことだろう。大将との事が、思うようにゆかないので、気を腐らせたのだと、評判されることを、ご心配になってのことだ。だからといい、また二人が、世間の前でも、はっきりとした間になることも、浅はかな、感心しないことと、思いになる。あわす顔もないと思いになっては、可愛そうで、どうして、私までもだが、知った顔で、口出ししょうと、お考えになり、この事については、全然、口出しにならないのだった。




大将も、「とかく言ひなしつるも、今はあいなし、かの御心に許し給はむ事はかたげなめり。御息所の心知りなりけりと、人には知らせむ、いかがはせむ、なき人に少し浅き咎はおはせて、いつありそめし事ぞともなく紛らはしてむ。さらがへりて懸想だち、涙をつくしかかづらはむも、いとうひうひしかるべし」と思ひえ給うて、一条に渡り給ふべき日、その日ばかりと定めて、大和の守召して、あるべき作法宣ひ、宮の内はらひしつらひ、さこそ言へども、女どちは草しげう住みなし給へりしを、磨きたるやうにしつらひなして、御心遣ひなど、あるべき作法めでたう、壁代、御屏風、御几帳、御座などまで思し寄りつつ、大和の守に宣ひて、かの家に急ぎ仕うまつらせ給ふ。




大将は、あれこれと、言いなだめてきたが、もう駄目だ。あのお心では、聞き入れされることは、難しい。御息所の黙認だったのだと、人には思わせておこう。せん無いことだ。亡き人に、思慮が少し浅いとの罪をかぶせて、いつからの事だともなく、ごまかしてしまおう。今更、改めて口説きなおし、涙を尽くしてつきまとうのも、初心なやり方といわれる。と、思い至り、一条の御殿にお移りされる日、何日と決めて、大和の守を呼びつけて、しかるべきやり方を仰せられ、御殿の中を掃除して整え、何といっても、女同士では、草の茂るに任せて住んでいらっしゃるのを、磨き上げたように手を入れて、お心配りなどや、しかるべきやり方も立派にして、壁代、御屏風、御几帳、御座などまで、お気をつけてなさり、大和の守にお命じになり、その家で、急いでお作り、申させる。




その日、われおはし居て、御車御前など奉れ給ふ。宮は、さらに渡らじと思し宣ふを、人々いみじう聞え、大和の守も、「さらに承らじ。心細く悲しき御有様を見奉り嘆き、この程の宮仕へは、堪ふるに従ひて仕うまつりぬ。今は国の事も侍り。まかり下だりぬべし。宮の内の事も見給へ譲るべき人も侍らず。いとたいだいしう、いかにと見給ふるを、かくよろづに思し営むを、げに、このかたにとりて思給ふるには、必ずしもおはしますまじき御有様なれど、さこそは、いにしへも御心にかなはぬためし多く侍れ。ひと所やは世のもどきをも負はせ給ふべき。いと幼くおはします事なり。たけう思すとも、女の御心ひとつに、わが御身を取りしたため、かへり見給ふべきやうかあらむ。なほ人のあがめかしづき給へらむに助けられてこそ。深き御心のかしこき御おきても、それにかかるべきものなり。君たちの聞え知らせ奉り給はぬなり。かうは、さるまじき事をも、御心どもに仕うまつりそめ給うて」と言ひ続けて、左近、少将を責む。




その日は、自分でお出かけになって、座り込み、お車前駆など、差し上げる。
宮は、絶対に移るまいとお考えで、お口にされるが、人々が強くお勧め申し、大和の守も、絶対に、承服つかまつりません。心細く、悲しいご様子を拝見して、心配になり、ここの所のお世話は、できる範囲でいたしました。今は、任国の仕事もございますので、下向いたします。お屋敷のことも、お任せできる人もございません。無責任なことで、どうしたものかと、存じておりますが、こうして、大将が、すべてご配慮なさることを、確かに、結婚のお話として、考えますと、必ずあちらへお出であそばす方が、よいともできないご様子ですが、そういう風に、お心のままにならなかった例が、昔も多くございました。こちら様だけが、世間の非難をお受けなさるということでしょうか。実に、子どものようなお考えです。気強くお考えでも、女お一方のお心で、ご自身の始末をつけ、お気を配りなさる、手立てが、できましょうか。矢張り、男が大事に大事になさいますのに助けられてこそです。一方では、してはならないことも、ご自身の判断で、お取り計らい申しなさって、と、言い続けて、左近や、少将を責めるのである。


posted by 天山 at 05:08| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月24日

生きるに意味などない5

第二の領域である経験界には物理的世界の科学、生物の科学と人間の科学が含まれている。これらの科学は物質の世界、生命、心および社会における観察と実験とに基づく事実的記述とか一般化とか理論的定式化とか説明などを提供する。これらの科学は証拠や検証の一定の規則に従って、また分析的抽象の特定の体系を使用することで組みつけられた可能な経験的真理として意味を表現する。
フェニックス

ここで、一つ一つの言葉の定義、あるいは、概念を確認しておく必要がある。
だが、それは、面倒なので、続ける。

一つだけ・・・
経験的真理という、言葉は、とても、驚きである。
これは、学問の世界なのか・・・
宗教の概念に、思えるのである。

第三の領域である審美界は各種の芸術、たとえば音楽、動作芸術や文学を含んでいる。この領域での意味は観念的主観性の独特な対象としての特定の優れた事物の観照的知覚に関係をもっている。

観念的主観性・・・
これには、やられる。
煙に巻いているような言葉である。

観照的知覚に関係をもつ・・・
鑑賞するのではなく、観照的知覚というのだ。

鑑賞する力でもないようだ。
それでは、観照的知覚とは、何か・・・

第四の領域である共知界はマイケル・ボラニイのいう「個人的知識」とマルチン・ブーバーの、「われ-なんじ」の関係とを含んでいる。この種の知識を表わすのに適切な既存の概念がないのでsynocticsという用語を新しく工夫した。この用語は「黙想的思考」を意味するギリシャ語を語源としているが、これはまたsynとnocsisの複合であって、前者の意味は「共に」か「一緒に」であり、後者は「認知」である。そこでこの新用語は「関係的洞察」または「直接的認知」を意味するのである。それが認知の領域に占める位置は感情の領域における同情に相似である。この個人的または関係的な知識は具体的で、直接的で、また実存的である。それは他の人びとに、自分自身に、また事物にさえも適用できるのである。
フェニックス

これは、翻訳であるから、実に難しい日本語を使う。
つまり、哲学用語であり、その一つ一つに、概念が存在する。

それを、一つ一つと、説明しなければ、理解出来無いものと知る。

第五の領域である倫理界は道徳的意味を含み、そこに表示されるものは責務であって、事実や知覚的形式や関係認知ではない。それは抽象的な認知的知識に関心をもつ科学、理想化した美的知覚を表現する芸術、また相互主観的な理解を反映する個人的知識とは異なっている。道徳は自由で、責任のある、熟慮された決断に基づいてなされる個人的な行為に関わりをもつのである。
フェニックス

道徳的意味を含み・・・責務であって・・・
道徳は自由で、責任のある、熟慮された決断に基づいてなされる個人的な行為に関わりをもつのである・・・

相互主観的な理解を反映する個人的知識とは異なっている・・・
考え方の違いを知る行為である。
倫理界は、それとは、異なるという。

第六の領域である通観界は広く統合的な意味に係わりをもっている。それには歴史、宗教、哲学が含まれている。これらの学問は経験的、審美的と共知的な意味を筋の通った全体として統合するのである。
歴史的解釈は事実証拠に忠実に従って行う人為的な過去の再現であり、その目的は人間が与えられた状況のもとで思慮深く自ら行ったであろう選択の解明である。
宗教は究極的な意味、すなわち、その領域が何であれ、それを全体者、包括者や超越者のような境界的概念の立場から見た意味に係わりをもっている。
哲学は、他のすべての領域の分析的解明と評価と統合的調整を提供するが、それはあらゆる種類の意味がもっている特殊性と相互関係を反省的概念によって解明するのである。
フェニックス 改行は私

これら、六つの領域は、それぞれ独立しているのではない。
相互に関係している。

ただし、象徴界は、意味の全範囲に及ぶものであり、その理由が何であれ、意味を表わすのに、象徴が必要な手段になる、と言う。

また、通観界も、同じである。
他の、四つの領域は、極めて独自な意味の次元であるが、相互依存的なもの。

とても、参考になりました。

上記の、領域が、つまり、六つの領域が、基礎なのである。
教育における意味、追求である。

こうして、人間は、教育を通して、意味意識を教えられる。

その教育に埋没して、学者になるのである。
あるいは、それを聞き流して、社会に出て、社会人となる。
しかし、それを学んだことで、理屈を捏ねるようになるのである。

その理屈が、百人百様であることは、自明の理。

人間が、教育を受ける前に、その環境、習慣、そして、生まれながらに持つ性質、性格にもよる。

同じことを学んでも、人それぞれ。
それが、実に、楽しいのである。

そして、意味づけも、人それぞれ。

posted by 天山 at 05:46| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

生きるに意味などない4

教育が意味の探求において基礎付けられるとみなされるならば、教育課程の哲学の基本的目標は、意味の本質を解明することである。
フェニックス

みなされるならば・・・
という、但し書きがある。

であるならば、意味の本質を解明することである・・・
意味の本質とは、何か。

フェニックスの論調を見る。

意味の経験には多くの種類があって、これが意味の唯一の本質であると指摘できるような単一な性質はない。そこで、意味一般ではなく、複数の意味、つまり意味の諸領域について述べねばならない。したがって、教育課程の哲学は意味領域の見取り図を作り、そこに重要な経験の種々な可能性を図示し、各種の意味の領域を明確に区別し相互関係をつける必要がある。
フェニックス

そこには、六つの、基本的な意味形態があるという。

象徴界、経験界、審美界、共知界、倫理界、通観界である。

各種の意味の領域とそれを構成する二次的領域はそれに特有な方法と主要な概念と独自な構造をもっている。これらの特徴は各領域と二次的領域のもつ独自性においても、また他の意味領域との関係性と連続性においても明らかにされる。
フェニックス

世の中には、高学歴の、賢い馬鹿という者がいて、こういう論調に、やられてしまう。つまり、批判の精神なき、蒙昧の人である。

学ぶということは、覚えるということであり、そして、いずれは、批判するということである。
この、批判とは、評論であり、評価であり、学びは、そこで、生きることが出来る。

ただ、丸暗記をして、学んだと思うのは、妄想の域である。
あるは、洗脳の徒となる。

学問に洗脳されるということも、大いに有り得る。

これらの特徴は各領域と二次的領域のもつ独自性においても、また他の意味領域との関係性と連続性においても明らかにされる・・・

上記、のめり込むのだろう・・・

各領域と、二次的領域のもつ独自性・・・
また他の意味領域との関係性と、連続性・・・

とても、素晴らしい蒙昧の世界への、案内である。

人間の精神は、言葉である。
だから、言葉に、やられるのである。
その、言葉の概念というものは、果たして、皆同じ意味合いになるのかという、疑問と不思議は、別にして・・・
やられる。

精神の不安な人は、不安な言葉を使用する。
錯乱した人は、言葉も、錯乱する。

だから、私は、フェニックスが言う、第一の、象徴界のみを、認めざるを得ない。
他の世界は、フェニックスの妄想である。

勿論、それらを一つ一つ、上げていく。

第一の領域である象徴界を構成しているものは日常言語、数学と各種の非論証的象徴形式、たとえば身振りとか儀式とかリズム形態とかというようなものである。これらのもつ意味は任意的な象徴構造に含まれていて、その構造は社会的に承認された形成と変更の法則をもっており、またあらゆる意味の表示と伝達の道具として創造されたものである。ある点で、これらの象徴体系は、すべての意味領域に最も基本的なもので、他のいずれの領域でも意味の表示に用いられねばならないものである。
フェニックス

もっともな事である。
生きるに意味があるとすれば・・・
ただ、それだけのことである。

だが、実際は、意味などない。

素晴らしい分析である。
学問を志す人は、ここから、始めるべきだろう。

そして、学歴を誇れるのである。

だが、問題はそれほど、簡単なことではない。

フェニックスを紹介するが・・・
私は、この論文を、エッセイの形で書くのである。

いや、エッセイの形で、批判するのである。

生きるに意味などない、と、考え始めた際に、どこから、はじめるべきかと、考えた。
私は、学問の素人である。
また、学問などに、関わる必要がない。

ただ、手元に、この本があった。
他の本もあった。
どの本を利用しても良かったし、また、これから、利用しようとも思う。

だが、私は、学問をやるのではない。
偉大なフェニックス教授の論文を理解しようとは、思わない。

ただ、生きるに意味などない、という、エッセイを書くのである。

ここで、私の矛盾は、理解しようと、思わないが、批判するという。それでは、理解しなければ、批判は出来ない。
ところが、人が論文を読むと、すべての人が、同じように理解することは、出来ない。

ここに、私の、エッセイの意味がある。
この意味とは・・・

死ぬまでの、暇潰しであるということだ。

posted by 天山 at 05:38| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月19日

生きるに意味などない3

不幸にも意味達成の道は決して平坦ではない。人類は常に意味を破壊する種々な力によって脅かされているというのが人間の状況である。価値、目的や理解はもろい成果であって、きわめてたやすく無価値、欲求不満や懐疑の態度に負けてしまう。そして意味は無意味の奈落に姿を消すのである。
フェニックス

と、いうことで・・・
つまり、意味は、いつも流れているものなのである。
永遠なる意味とは、存在しないのである。

つまり、意味など無いのである。

だが、フェニックスは、そのきわめてたやすく無価値・・・
奈落に姿を消す意味の、分析をする。

意味への不断の脅威は、現代の産業文明のもとで激化している。それをもたらした要因として、次の四つはとくに強力である。

学者の面目である、分析である。

第一は、
批判と懐疑の精神である。この精神は科学の伝統ではあるが、すべての意味の真実性を疑問視するようになった。
第二は、
複雑な相互依存社会で起こる極端な専門化のために、一般的になった生活の非人間化と断片化である。
第三は、
膨大な量の文化の産物、とくに知識の量である。それは現代人が習得すべく要請されている。
第四は、
生活条件の急激な変化であり、そのために一般化した非永続感、不安感である。
以上

疑問視も、断片化も、膨大な知識の量も、生活条件の急激な変化も、当たり前である。
時代は、いつも、激動している。

江戸時代の、ものの考え方で、現代を生きられるのか・・・
平安時代の、ものの考え方で、生きられるだろうか。

意味というものも、転変流動していくものである。
日本には、不易流行、という言葉がある。
それは、永遠性である。
変わらぬものがあると、考える、考え方である。

仏教の言う、無常も、常無いという意味である。
常がないことが、物事の真相なのであるという、詭弁。

意味をつけることが、上得意な宗教であるから、何とでも言う。

教育が意味の探求において基礎づけられるとみなされるならば、教育課程の哲学の金本的目標は、意味の本質を解明することである。
フェニックス

意味の本質・・・
実に、傲慢な考え方である。

簡単に言えば、無意味に耐えられないのが、人間なのである。
それは、相当に、病んでいる状態である。

他の動植物は、無意味に耐えられるのである。
それは、知能がないからか・・・
いや、彼らにも、知能がある。

ただ、意味は、生きるに必要ないのである。
人間だけが、意味を必要とする。

ただし、私は、意味意識について、問う。

意味の経験には多くの種類があって、これが意味の唯一の本質であると指摘できるような単一な性質はない。そこで、意味一般ではなく、複数の意味、つまり意味の諸領域について述べねばならない。したがって、教育過程の哲学は意味領域の見取り図を作り、そこに重要な経験の種々な可能性を図示し、各種の意味の領域を明確に区別し相互関係をつける必要がある。
フェニックス

経験の種々な可能性・・・
経験からの、意味の汲み取り、であろう。
経験によって、人間は、意味を見出す。しかし、それらは、意味の領域を明確に区別し、相互関係をつける、というが・・・

教育というものについても、考えるヒントがある。
人間は、経験という、教育により、意味を見出す。

そして、それを、言葉にする。
更に、その言葉から、妄想を逞しくし、体験を経験に高めるのか、深めるのか。

何とでも、言える。

私は、何度も言う。
生きるに意味などない。

posted by 天山 at 05:52| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月18日

生きるに意味などない2

意味意識を養うのは、教育の現場である。
その、教育とは、ゆるやかな強制を伴う。

その、ゆるやかな強制というもの。
一つ誤れば、取り返しのつかないことになる。

例えば、日教組という組合の、教育方針などは、反日思想が元にあり、子どもたちに、自然、反日感情と、反日感覚を与える。

まあ、そんなことは、どうでも、いい。
その後、子どもたちは、社会生活、家庭生活で、それを正す機会は、多々ある。

この、エッセイは、生きるに意味などない、というものであるから、その意味意識を作り出す、教育のあり方から、問うことにする。

これから、引用するのは、意味の領域、P.H.フェニックスによるものである。

教育課程の統合的な哲学の重大な理由は数多くあるが、そのうちから次の四点について述べたい。

その第一、
包括的展望は学習計画に何を取り入れ、何を除外すべきかを賢明に判断するのに必要である。
ある科目を他の科目に優先して選ぶときには、ある科目が他の科目とどのように異なっているのか、またある科目が他の科目よりも学習者の経験と性格の全形態を達成する要因として、なぜ好ましいかを知ることが大切である。

ここからして、その意味するところのモノを判断しているということである。
より、意味を考えやすい科目ということである。
それは、人それぞれになる。

だが、人は、その生まれ、環境、習慣により、更に、価値観を身につけている。ただし、それは、明確ではない。ぼんやりとしたものである。

学者は、体系的、そして、分析を好む。
そして、それに、始終して、人生を大半が、終わる。
悲しい、職業でもある。

さて、第二に、
人間は本来、組織的全体であり、個別的部分の単なる集合ではなく、したがって教育過程もそれに対応して組織的な性格をもたねばならない。学習過程で一連の種々な経験をもつのは、同じ一人の人であるから、学習計画が人間存在の全体性を目標とするときに、人間の成長に最もよく役立つのである。

これは、国家の願望である。
組織的な性格・・・
人間存在の全体性を目標とするときに・・・

これは、宗教教育にも、言えることである。
ただし、宗教教育は、甚だしい、強制である。

人間存在の全体性が、人間の成長に最もよく、役立つ・・・
と、いう概念を作り上げる。

第三に、
社会は個人の場合と同様に、共同体の行動方針によって左右されるのであるから、共同体にも個人の生活と同じように幅広い計画が必要である。学習の包括的な設計として作られた教育課程は共同体の基礎作りになるが、個別化した学習計画は社会生活を崩壊させる危険がある。

これは、由々しきことである。
個別化した学習計画は社会生活を崩壊させる危険がある・・・

軍隊であろう、この提案は。
生きる意味意識も、この共同体に則って、行われるとしたら・・・
まさに、宗教教育、宗教の極めて強い、強制性と同じものになる。

人間を、均一化しようと、試みるのが、教育ではない。
すでに、このあたりから、分析が、怪しくなる。

そして、第四に、
学科体系の包括的な概念は教育過程を構成する各部分に、これまでと異なった意味を与える。ある科目の価値は他の科目との関連を理解することで強化されるものであり、また他の科目との類似や対照によって、ある科目のもつ特徴が最もよく理解されるのである。

これは、もっともな事である。

教育の最大のそれは、特徴である。
これを、学問という。
学問の、役割である。

学問とは、生きるに暇を潰す最大の、暇潰しである。

さて、フェニックスの核心の、言い分は、
人間は本来、意味を経験する能力をもった生物である。明らかに他の存在と異なって、人間の存在性は意味形態に存する。さらに一般教育は本質的な意味をもたらす過程である。

非常に、傲慢不遜な、記述である。

他の存在・・・
人間以外の、生き物のことである。
動植物を言う。

人間のそれは、大脳化である。
その大脳化が、生み出した、言葉の世界、それは、人間の精神という。
精神活動は、言葉の世界である。

つまり、だから、人間は、他の存在とは、異なるものであり、意味を経験するというのである。

その意味とは、言葉によってなる。
つまり、言葉の世界を、構築する能力があるということ。

生きるに意味などない、という、私の発言も、意味意識となるのである。
この言葉との、戦い。
人間は、言葉との、戦いによって、生きて、死ぬ。

生きて、死ぬ存在が、人間である。

posted by 天山 at 06:03| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

生きるに意味などない

生きるに意味があるのか・・・
意味があると、言われる。
自殺防止のためであるのか・・・

生きるに意味などない。
これが、事実である。
真実でもある。

この事実と、真実という言葉も、不安定だ。
人には、それぞれの事実と、真実がある。
事実より、真実の方が、正しいなどという、意味ではない。
事実は、事実である。

そして、真実とは、人の数だけある。
いや、事実が人の数だけあるとも、言える。

いずれにせよ、それは、言葉によるものである。
言葉によって、事実、真実と言われて、語られる。

真実の方が、事実より、真であるとは、観念である。
人間は、言葉に観念を見出して、辛うじて、生き延びてきた。

本当は、事実は、真実なのである。
あえて、真実と、言う必要もない。

ただ、人間の社会では、簡単にうそをつく人がいるから、真実と言って、強制する。

さて、これから、私は、生きるに意味などない、という、エッセイを書き続ける。
終わらないエッセイである。

延々と書き続ける。

それは、延々と書き続けるだけの価値があるだろうと、思われるからだ。

人間の作り上げたものは、すべて、生きるに意味があるということを、言うものである。
そうして、生き続けて来られたからだ。

さまざまな分野から意味づけられた、生きる、の意味がある、人生に意味があるという、考え方を俯瞰する。
そして、私の言いたいことは、生きるに、意味があるわけがないというのである。

意味がなければ・・・
自殺も可能かと、問われれば、当然と言う。

ただし、このエッセイを読み続けてからである。

私は、自殺を勧めるものではない。
ただし、尊厳死は、大いに勧める。

死ぬ時節には、死ぬことだと、心得ている。

と、いうことで、生きるに意味などないと、書き続ける。

あらゆる、思想哲学、宗教、その他諸々・・・
皆々、生きる意味を見出す作業だった。

それは、人間の大脳化ゆえのことであり、無意味に耐えられなくなった、人間の無明である。
無明とは、明がない、つまり、仏教では、知恵がない、あるいは、アホだというものである。

人間は、生まれた時から、死ぬ時まで、無明である。

そこで、無明ではない人を、仏陀と称して、何とか、無明を生きる術があると、信じて生きてきた。

それが、実は、無明なのであるが。

兎に角、だまされたいと思う人の多いこと・・・
何かに、騙されて、生き続ける人間の悲しさ。
日本語では、それを、あはれ、という。

そして、最大の妄想である、愛という、思想、考え方、騙し方などを、手に入れた。

その、愛、という、考え方の最大の妄想は、
死を賭けるというものである。
新約聖書では、その人ために、死ぬこと以上の愛はないと、書かれる。

その人のために、死ねるか・・・
死ねる人と、死ねない人がいるだろう。
だが、死んでも、死しなくても、黙っていても、人間は、死ぬ。

確実なこと、妄想ではないこと、それこそが、死ぬことである。

人間は、私は、明日、死ぬ、という確実なことだけが、事実なのである。
生きるに意味など、ないのである。

posted by 天山 at 06:14| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月16日

玉砕125

戦争をしない国、矢部宏治
そこから、引用している。

戦争末期、海軍予備学生として旅順にいた私の父は、1945年6月の出来事をこう書き残しています。
「沖縄の戦局は日に日に劣勢で、6月になるとついに全島が制圧されたことを知った。
そんなある日、一枚の紙がさりげなく全員に配られた。
(あなたはと特別攻撃隊が編制されたとき、これに志願することを、
1,熱望する
2,希望する
3,希望しない
以上いずれかに○をつけよ)
アンケートはすぐに回収された。当時の情勢、雰囲気からいって、3はありえなかった。私もやむなく2に○をつけたが、この○の意味は大きい。いわゆる特攻志願とは、おおむねこういう形のものだったと思う」

戦争に関する庶民の手記が教えてくれるのは、旧日本軍の指導者は「天皇」の名のものに、驚くほど簡単に国民の命を奪うことができたという事実です。「一億玉砕」という国民全員を殺害するような「戦法」を、軍の「戦争指導者」が公式文書の中に表記していた過去をもつ日本、それは純粋な自衛以外の戦争など、絶対にやってはいけない国なのです。

上記、私も、共感し、賛成する。

人命軽視の思想は、まことに、残念なことだ。
この玉砕のエッセイでも、多々触れた。

ただ、特攻については、上記が、すべてではない。
進んで、志願をして、特攻隊員になった者も、多数存在したことを、加えておく。

純粋な自衛以外の戦争など、絶対にやってはいけない国なのです・・・
全く、その通りである。

そこで、自衛の場合は、戦争も辞さないという、心得、心構えは、必要不可欠であることを、確認しておく。

戦争自体、やっては、いけないことである。

事実、国連憲章では、個別の戦争を禁止している。
何事かある場合は、国連軍が、それに対処するという、規定がある。
しかし、後に、矢部氏の案内で、それが、法的トリックであることを、書く。

さて、もう一つ、矢部氏の書いたもので、重要なことがある。

今上天皇陛下は、
平成16年2004年の、秋の園遊会における、明仁天皇のお言葉を伝えている。

その内容は、
当時、東京都教育委員をつとめていた元人気棋士の米長邦雄氏が、おそらく天皇からおほめの言葉をもらおうと思ったのでしょう。
「日本中の学校にですね、国旗をあげて国歌を斉唱させるというのが、私の仕事でございます」
といったとき、こう返答されたのです。

「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」
天皇という権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制する。そうした日本の社会や権力者のあり方が、戦前の多くの国民の命を奪うことになりました。その代表がすでにふれた特攻です。明仁天皇のこと言葉には、二度とそうしたことがあってはならないという強い決意がこめられています。

上記、少しばかり、違和感がある。

天皇の権威を借りて、法的根拠のない、義務を強制するという・・・

私も、それに対しては、反対する。
しかし、国旗掲揚、国歌斉唱に関しては、法的根拠の問題ではない。

世界的常識の問題であり、天皇の権威云々の問題ではない。
天皇は、願い、希望、理想をお言葉にされる。
しかし、現場にいる者は、その現場に対処しなければならない。

教育の現場で、国旗掲揚、国歌斉唱を教えず、どうするというのか・・・
教育は、緩やかな、強制を伴うものである。

都知事だった、石原慎太郎氏も、あるテレビ番組で、そのこと、強制について、問われた時に、天皇のお言葉を示されて、強制のないようにとの、司会者に対して、私と同じように、発言した。

お言葉と、現場とは、違うのである。

これは、他国に出掛けた際に、明確になる。
日本の子どもたちは、教えられないが故に、他国の国旗掲揚、国歌斉唱の際に、起立することを、しないので、顰蹙を買う。

スポーツの親善大会でも、問題になる。
日本の子どもたちは、座っている。

更に、日本の国旗掲揚、国歌斉唱の際も、座っていて、注意されている。
教育の現場では、必要最低限の、礼儀作法を教えなければならない。

これは、日教組が言う、信条の自由とも違う。

天皇の権威を使い、法的根拠のない義務を貸せるという、言葉は、国旗掲揚と国歌斉唱には、当たらないのである。

勿論、明仁天皇の、又、矢部氏が書く、
天皇の権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制することは絶対にしない

という明仁天皇の強い決意だと思います。天皇がまず、誰よりも率先して憲法を守るのだという立憲主義の精神です。

上記に対して、私は、共に、共感するものである。

そして、加えて、天皇のお言葉は、限りなく、願いであり、希望であり、理想であることだ。

矢部氏は、
天皇制と民主主義は、そもそも矛盾するという根強い批判があります。申請のほとんどを出版会ですごしてきた私も、つい最近まで100%、そう考えていました。しかし沖縄の問題を調べ始めて、逆に考えが変わったのです。
と、ある。

私は、天皇の歴史から、天皇の政は、民主主義であると、考えていた。
日本流の、民主主義である。

君臨すれども、統治せず。
様々な意見を取り入れ、最終的に、決められたことを、天皇は、決済するという、形である。

posted by 天山 at 06:09| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

玉砕124

平成25年、2013年、12月18日、天皇誕生日の会見での、お言葉

80年の道のりを振り返って・・・やはり最も印象に残っているのは先の大戦のことです。私が学齢に達したときには中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。
この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。
戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃して国土を立て直し、かつ改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。

矢部氏がこれについて、
明仁天皇は平成元年1989年1月9日、即位後の朝見の儀で、
「ここに皇位を継承するに当たり、・・・みなさんとともに日本国憲法を守り、これにしたがって責務を果たすこと」を誓いますと宣言されています。
それは右の言葉にもあるとおり、「平和と民主主義」を大切にする現在の日本国憲法を、自分は徹底して守っていくのだという強い決意の表明でした。
ここが明仁天皇と昭和天皇の最大のちがいであり、最終的に明仁天皇がたどりついた、新しい時代の天皇制の立脚点だといえるでしょう。

昭和天皇にも、立憲君主制のもとで「憲法を守る」という意識はあった。「国民と共にあること」も願っていた。それは事実です。
しかしその一方、戦前のもつ法的構造のなかで、国家の非常事態においては、自分はあらゆる制約を超えて行動することが許されるという認識を、昭和天皇がもっていたことも事実です。その非常事態とは、具体的には「三種の神器が守れなくなるような事態」、つまり天皇制が継続できなくなるような事態を意味していたということは、すでにのべたとおりです。

問題だったのは、それが戦後もつづいたことです。そのもっとも悪い例が、沖縄を半永久的に占領してほしいという意向を裏ルートでGHQに伝えた「沖縄メッセージ」でした。

この裏ルートの、沖縄メッセージは、知らない人が多い。
裏ルートであるから・・・
昭和天皇が、沖縄御訪問を切に願っていたことも、事実である。

当時、天皇は、何故、そのようなことを、メッセージとしたのか・・・

私は、当時の、昭和天皇は、実に、政治的配慮に長けた御方だと、考えている。また、そのように、考える人もいる。

沖縄の地政学的、意味を考えると、天皇は、そのままにしておくことは、大変に危険だと、考えていたのではないかと、思えるのだ。

沖縄の平和を考えれば、それが、一番の方法ではないか、ということ。
敗戦した日本が、沖縄の処置をする、術がない。
つまり、安全保障である。

単に沖縄を捨てたと、考えるのは、早計である。

荒廃した国土を見て、よくよく鑑みるに・・・
沖縄という、地域を守る術がない。
よって、米国の占領下としておけば、平和が保たれる。
そのように、考える。

さて、矢部氏の論調に対して、私から言えば、
歴代天皇が、同じ思いを持たれていたという、事実である。
天皇は、国体であり、国体とは、国土であり、国民である。
つまり、天皇は、それと、イコールなのである。

天皇は、国土と国民と、同体であるという、認識である。

平和と民主主義という言葉は、ある時代からの、価値観ではない。
日本は、その国だった。
君臨すれども、統治しないという、天皇の御姿である。

次の矢部氏の発言は、
「日本はなぜ、第二次大戦を止められなかったのか」という巨大な問題について、ここで本格的に論じることはできませんが、ひとつは戦前の憲法では軍部が天皇に直属し、軍事に関して天皇がすべての権限をもつ立場にあった。そのため軍部が暴走を始めたとき、逆にブレーキをかけられるのが天皇ひとりしかいないという構造的な弱さがあったこと。

もうひとつは、あまり知られていないことですが、とくに満州国建設から国際連盟脱退の過程で浮き彫りになる、日本の政治家や軍人たちの「国際法についての理解の欠如」があった。それは現在とまったく同じ、日本人が伝統的にもつ非常に大きな欠点なのです。

ということで・・・

国際法・・・その前身は、万国公法である。
それらは、白人世界についての、覚書である。

知らなかったということも、事実ならば、白人世界の秩序に配慮する、注意深さの欠如である。

戦争をした後での、検証は、十分すぎる程必要である。
が、私は、日本の開戦は、自存自衛の戦争と見る。

何もかもの、権益を捨てよと、言われて、一体、どうして、国を立ち行かせることが出来るのか、である。

このエッセイでも、それに多く触れた。
あのマッカーサーですら、米国上院議員会にて、日本は、自存自衛のための、戦争であったと、証言している。

死ねと、言われて、はい、と死ぬことが出来るだろうか。
そういうことである。

日本が殖民地支配をしたというなら、すでに、中国には、欧米列強が、殖民地支配をしていたのである。

ただ、彼らに、特に、アメリカに利益をもたらさないことが、大問題だった。

もし、満州に米国の鉄道を敷くという話を受けていれば・・・
米国が、あれほどまで、執拗に、日本に戦争の一発を打たせなかったと、見ている。

また、ソ連のスターリンの魂胆である。
日米戦争を望み、そり裏から、働きかけをしていた。

ハルノートを書いたのは、ハル長官の部下であった、共産主義者の者だった。
つまり、ストーリーは、出来ていたと、私は、見ている。

posted by 天山 at 06:19| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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