身こそいみじけれ。いかで人にもことわらせむ」といはむ方もなしと思して宣へば、さすがにいとほしうもあり。小少将「まだ知らぬは、げに世づかぬ御心がまへのけにこそはと、ことわりはげに、いづかたにかは寄る人侍らむとすらむ」と、少しうち笑ひぬ。
ご準備なども、普通と違い、新婚としては、縁起が悪いが、お食事を差し上げたりし、一同、落ち着いたところへ、大将がお出でになって、少将の君を、酷く責められる。
小少将は、お心持ちが、本当に長くと思いならば、一両日を過ごしてから、お話なさることにして下さいませ。かえって、お帰りになってから、お悲しみにお沈みで、死んだ人のように、横になっておられます。取り成し申し上げても、酷いと思いになるばかりで、何事も、自分のためでございますと、何とも困って申し上げにくいのです。と、申す。
夕霧は、実に変で、予想とは違い、子どもじみて、解らないお方なのだ。と言い、お考えになった結婚は、あちら様のためにも、自分のためにも、世間の非難はないはずと、おっしゃり続けると、小少将は、いえもう、このところ、宮様まで、亡くなってしまうのではないかと、落ち着かない気持ちで、何かとも、判断がつかないのです。お願いでございます。何かと準備して、きついやり方は、なさらないでください。と、手を合わせて拝む。夕霧は、何とも初めての話だ。憎く嫌な奴と、誰よりも軽蔑していらっしゃるらしい。この当の私が、たまらない。どうぞ、誰かに判断してもらいたい。と、言いようもないと、思うのである。と、矢張り、小少将は気の毒に思い、初めてとのお言葉、まことに、世間を知らないお考えのせいと。道理は、仰せの通り、どちら様も、御もっともと申す者が、ございますことでしょうか。と、少し笑う。
何とも、手間隙のかかる、宮様、女二の宮である。
かく心ごはけれど、今はせかれ給ふべきならねば、やがてこの人をひきたてて、おしはかりに入り給ふ。宮はいと心憂く、なさけなくあはつけき人の心なりけりと、ねたくつらければ、若々しきやうには言ひ騒ぐとも、と思して、ぬりごめに御座ひとつ敷かせ給て、内より鎖して大殿籠りにけり。これもいつまでにかは、かばかりに乱れ立ちにたる人の心どもは、いと悲しう口惜しう思す。男君は、めざましうつらしと思ひ聞え給へど、「かばかりにては、何のもてはなるる事かは」と、のどかに思して、よろづに思ひあかし給ふ。山鳥の心地ぞし給うける。からうじて明け方になりぬ。かくてのみ、ことといへば、ひたおもてなべければ、いで給ふとて、「ただいささかの隙をだに」と、いみじう聞え給へど、いとつれなし。
夕霧
恨みわび 胸あき難き 冬の夜に またさしまさる 関のいはかど
聞えむ方なき御心なりけり」と、泣く泣くいで給ふ。
このように、強情なのだが、今となっては、それに負けていられることではないので、そのまま、小少将を引き立てて、当て推量で、お入りになる。宮様は、嫌でたまらず、思いやりなく、軽々しい人だことと、癪に障り、酷いと思うので、娘らしく、子どもっぽいと、何を言われても、構わないと思い、塗籠に敷物を一つ敷かせて、中から錠を下ろして、お休みになった。
こういうことも、いつまでのことだろうと、これほど、浮き足立っている女房の気持ちは、悲しく、残念だと、思うのである。男君、夕霧は、呆れたひどいと、思うが、これくらいのことで、どうして、諦めるものかと、急がない気持ちで、何やかにやと思い続けて、一夜を明かされた。
山鳥の気持ちがなさったことだ。やっとのことで、夜明け方になった。こういうことでは、する事といえば、にらみ合いになりそうなので、お出になろうとして、せめて、ほんの少しでも、と、しきりに申し上げるが、手応えもない。
夕霧
恨みは、慰めようもなく、辛い思いに、気持ちも晴れず、明けにくい冬の夜。その上、錠までなさる、関所の岩の門です。
申し上げようもない、お方です。と、泣きながら、お出になる。
六条の院にぞおはして、やすらひ給ふ。東の上、「一条の宮渡し奉り給へる事と、かの大殿わたりなどに聞ゆる。いかなる御事にかは」と、いとおほどかに宣ふ。御几帳そへたれど、そばよりほのかにはなほ見え奉り給ふ。夕霧「さやうにも、なほ人の言ひなしつべき事に侍り。故御息所は、いと心強うあるまじき様に言ひ放ち給うしかど、かぎりのさまに御心地の弱りけるに、また見ゆつるべき人のなきや悲しかりけむ、なからむ後の後見にとやうなる事の侍りしかば、もとよりのこころざしも侍りし事にて、かくおも給へなりぬるを、さまざまにいかに人あつかえひ侍らむかし。さしもあるまじきをも、怪しう人こそものいひさがなきものにあれ」と、うち笑ひつつ、夕霧「かの正身なむ、なほ世に経じと深う思ひたちて、尼になりなむと思ひむすぼほれ給ふめれば、なにかは、こなちかなたに聞き憎くも侍べきを、さやうに嫌疑はなれても、またかの遺言は違へじと思ひ給へて、ただかく言ひあつかひ侍るなり。院の渡らせ給へらむにも、事のついで侍らば、かやうにまねび聞えさせ給へ。ありありて心づきなき心遣ふと、思し宣はむをはばかり侍りつれど、げにかやうの筋にてこそ、人のいさめをも、みづからの心にも従はぬやうに侍りけれ」としのびやかに聞え給ふ。
六条の院にいらして、ご休憩になる。
東の上、花散里は、一条の宮へ、お移り申し上げたとのこと。あちらの太政大臣あたりでは、お噂しておりますが、どういうことでしょう。と、ごくおっとりと、おっしゃる。御几帳は、置いてあるが、端から、ちらちらと、今もお顔を見せられる。
夕霧は、そのように、矢張り、世間は、取り沙汰しそうな成り行きです。亡き御息所は、とても、お気が強く、絶対に許さないと、はっきりおっしゃっておりましたが、臨終の頃で、お気持ちが弱られたところに、私以外に、後の世話を任せる人がいないのが、悲しかったのか、死んだ後の世話を、というようなことを、おっしゃりましたものですから。もともと、気持ちもあったことで、その気になりましたのですが、色々と、世間は、どのように取り沙汰するでしょう。何でもないことでも、奇妙に世間はお喋りですから。と、軽く笑って、あのご本人は、もう普通の生活はしまいと、堅く決心して、尼になろうと、煩悶されているようなので、大変です。あちらこちらで、聞きづらい、噂が立つことでしょう。そんな疑いがなくなってからでも、改めて、あの遺言を守ろうと思いまして。ただこのように、お世話しております。六条の院が、おいであそばした時は、よい折がございましたら、このように、私の申したことを、申し上げてください。今頃になって、感心しない料簡を起こしたと、思いになるかもしれません。それが気になります。全く、女の道にかけては、誰の忠告にも従えず、自分の思うままにも、ならないものです。と、声を低くして、申し上げる。