2016年04月04日

打倒・韓国70

ただいまの韓国を見ていると、反日もさながら、自国に対する思いも、おかしいのである。

ヘル韓国、地獄韓国という、言葉が言われる。
韓国人も、気づいているのである。
韓国が、おかしな国であることを。

しかし、反日は、益々と、強迫的になっている。

以前に紹介した、シンシアリー氏の言葉が、甦る。
赤ん坊から、野獣に落ちる、韓国人である。

反日が、野獣に落ちるとは・・・
自制が利かない。

そして、ついには、自分の首を自分で、絞めるのである。

これは、寄るべき国家観が無いのである。
民族主義を掲げるが・・・
実は、その民族には、誇るものが何も無い。
あると、教えられているのは、うそばかり。

私も、アジアの国々に出掛けて、韓国人を見るが・・・
国旗を振り振り、太鼓を叩き、何やら、壮大にやっているが。単なるこけおどしである。見ていて、気の毒になる。

その韓国の、最大の問題が、儒教にあると、朴氏が書き付ける。

韓国は、儒教という恐ろしい妖怪によって、呪われてしまった。韓国は今日でもまだ、儒教の醜い爪跡から流れ出ている血が乾いていない。


日本で教えられる、儒教は、全く違ったものだ。
日本の儒教は、日本流に解釈されたものである。
中国にも無い、儒教である。

ただし、私は、儒教を受け入れない。受け付けない。
平面的だからだ。
目に見えないものを、認めることが出来ない、儒教は、偏狭であり、劣っている。

儒教は、李朝五百年を通じて、韓国人の精神と韓国社会の制度を、とことんまで蝕んだ。儒教の大罪をあげれば、ほんとうに限りがない。儒教は、徹底したタテ割り社会のイデオロギーである。垂直な身分制度を全国に強制したために、上の者を尊大にする一方で、下にいる者を見る影もなくすっかり卑屈にして、韓国人の精神を大きく歪めた。


つまり、ただいまの韓国は、下の者の、意識一辺倒になってしまったようである。

それは、
儒教の最大の罪は、形式が過剰であるために、人々が外観を整えることに熱中するようになったことだった。これは今日の韓国人の服装にも現れている。・・・

と、いうことで・・・

見栄えである。
だから、整形も大いにする。

韓国の航空会社の広告を見て驚いた。
そこに写る、搭乗員たちの顔が、皆同じなのである。
つまり、整形・・・

形式だけを重視することが、服装だけではなくて、生活のすべての面に入り込んでいるのだ。


昔、何も知らない頃、私は、在日の人たちから、韓国のことを聞かされて、凄い国なんだと、思っていたが・・・

事実を知ると、愕然とする。

韓国は、死者によって支配された国というべきだ。儒教が過剰な先祖崇拝を強いたことによって、先祖に対する祭祀があまりにも過剰になり、韓国人は、外観だけを整えて、内容をおろそかにするようになってしまった。


形式的・・・
雁字搦めである。

そのうえ、一族の結びつきを強調するあまり、血のつながりを何よりも優先することによって、同族の強力なエゴをつくり出した。一族の外にある人は、同じ人ではない。このために中国と同じように、国家や社会全般に対する忠誠心が育つことができなかった。たとえ、国が滅びても、一族のほうが大切なのである。


これは、つまり、愛国心が育たないということである。
民族意識は、強烈に強いが・・・
あれは、何なのか・・・

外から見る韓国と、内面の韓国は違うのだということ。

韓国人は、勝ち負けを、とても意識するが・・・
それは、国際的な現場にあって、韓国人は、一応、同族意識になり、ルールを無視しても、勝つことを願うのだ。
だが、それが、終わると、今度は、韓国内で、様々な軋轢を生む。

気の毒である。

儒教は、この虚学に生涯、身を捧げた人を理想化した。この虚ろな学問を何にも増して重大事としたうえに、韓国では、朱子学が儒教を支配したために、他の学派を異端として徹底的に排除した。さらに古典を崇めることを強いたので、人々から新しい考え方や、ものの見方について、好奇心や自由な発想を封じ込めることによって、進歩という概念を圧殺してしまった。


以前も、朱子学のことについて触れたが・・・
他を異端として、排除するというのは、今も脈々と、生きている。

だから、日本が手助けしなければ、近代化などは、全く無理だった。
だが、それに一向に、気づかず、反日行動をして、日本を悪としている様である。

それほど、先祖崇敬が強いならば、韓国を近代化に導いた日本に対しても、崇敬してもいいのだが・・・
それと、これとは、別物らしい。

兎に角、救い難いという国柄である。



posted by 天山 at 06:48| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月05日

打倒・韓国71

韓国人の精神を作った、儒教の歪さを見ている。
韓国人の、朴氏が言うのである。

儒教秩序は「裸の大さま」の社会をつくった。聖人君主が愚者を治めるという、約束ごとのうえに成り立つ社会を想定した。儒教をどれだけ身につけているかによって、人の価値を計った。この階層的序列を社会の骨組みとしたために、学問のない者は、そのために蔑まされ、生涯下積みとなって、踏みつけられた。儒教の教養が人の価値を計る尺度となったので、学問のない者は、今日的にいえば、市民権を与えられなかった。


つまり、究極の差別である。
韓国には、人に対する、差別意識が、実に、激しい。
それは、今まで書いてきたように、様々な分野におけるものだ。

人に対する、優しさの無い国なのである。
勝ち負けに拘る意識が、よく理解できる。

唯一、反日の時だけは、一緒になるという・・・

儒教は「聖人も今までの決まりに従え」といって、旧習に身を委ねることを強いた。あるいは「君主危うきに近寄らず」と戒めることによって、人々の進取の気象を奪ってしまった。


停滞国家、停滞社会である。
つまり、先に進むことが出来ないのだ。

日本も、西欧からの、物真似をして、一時期、猿真似の国として評価されていた時期があるが、日本は、更に、その真似を進化させて、新しいモノ造りに励んだ。

韓国の企業は、日本の技術を取り入れて、成功した。
しかし、それ以上の、発見はしない。
発展もない。

そして、朴氏が書くことで、最大の停滞は、
儒教は労働を卑しんだ。中国では、貴族は汗をかくことを恥じた。そこで韓国でも、両班は労働をすることがまったくなかった。これも致命的なことだった。労働を卑しむ社会は、停滞するほかない。


比べて日本は、武士でさえ、労働した。
刀を置いて、農作業をしていたのである。

李朝末期に、韓国に滞在した、スウェーデンのジャーナリスト、アーソン・グレブストは、両班について、
人の目に労働と映ることなら、できるかぎりそれから遠ざかろうとする。自分の手で衣服を着てはいけないし、たばこの火も自分で点けてはならない。そばに手伝ってくれる者がない場合は別にして、馬の鞍に自力でのぼるべきではない
と、書いている。

また、イギリスのビショップ夫人も、その著書で、
両班はキセルですら、自分で持つことをせず、徹底して何もしないのが、ならわしであった。
と、記す。

また、朝鮮事情・朝鮮教会史序論では、両班に対して、
すべての両班に品階と官職を与えることは、現実的に不可能である。しかし、すべての者がそれを望み、幼少のころから官職への道に向かって科挙の準備をしている。ほとんどの者は、他に生活方法を知らない。彼らは、商業や農業、あるいはなんらかの手工業によって真面目に生活の糧を稼ぐには、あまりにも高慢であり、貧窮と奸計のなかで無為に世を送る。

彼らはいつも借金で首が回らず、何かちょっとした官職のひとつも回ってこないかと首を長くしており、それを得るためにはあらゆる卑劣な行為をつくし、それでもなお望みがかなえられない場合には飢えて死んでしまう。

まだまだあるが・・・

朴氏が書く。
韓国では、企業経営者が役員が日本のように現場で一般労働者のなかに入って働くようなことがないのは、肉体労働を卑しむならわしからきている。
と、言う。

これぞ、身分差別である。
今に至るまで、韓国は、そのようである。

日本にも、差別は、ある。
日本人も、差別する。
しかし、韓国のような、露骨なものではない。

李朝時代の両班による、精神的構造が、韓国には、今も生きているということだ。

日本における儒教については、省略するが、全く、韓国とは、異なったものである。

儒教は、おびただしい数にのぼる漢字によって成り立っている。その儒教が政治体制をつくっていたから、まさに漢字による圧政でしかなかった。大量の難解な漢字は、支配階級が一般の民衆を卑しむことによって、愚民政治を行うことを可能にした。自分たちの権威を守る防壁として、きわめて都合のよいものだった。民衆にとっては、漢文はそれこそチンプンカンプンであった。


日帝時代に、愚民化政策をとったと、嘘を言うが、自らが、自ら、愚民化を施したのである。

日本の政策は、以前書いたとおり、民衆に、ハングル、日本語の教育をしている。勿論、そのハングルも、日本が、復活させ、与えたものである。

文字も、奪ったと、嘘を言うが・・・
日本は、与えたのである。

今、誇りにしている、ハングルを、日本が、復活させなければ、ハングルは、日の目を見なかったと言っても、いいのである。


posted by 天山 at 06:11| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月06日

打倒・韓国72

現在の韓国人は、ハングルを世界一の言葉だとしているが・・・

何度も言うが、それは、日本が復活させたものである。

ハングルは、日の目を見なかった。
自分たちの文字でありながら、それを蔑視していた。

ビショップ夫人は、韓国人が、ハングルを軽蔑していたことを、
朝鮮人は、自分に固有のハングル文字を軽蔑して、中国文字である漢字のみをただひたすら尊重するおかしな民族である。政府の公文書はもちろん、普通の手紙にも、会話のあいだにも努めて中国文を模倣して使用し、国粋というべき語学上もっとも発達したハングルは婦人と子どもと、下級階級が使用するものと決め込んでいる。
と、書くのである。

李朝のもとの韓国では、漢文は「真書」と呼ばれた。本物の文字という意味だ。それに対してハングルは「諺文」と呼ばれた。諺という漢字は、俗に行われているとか、やさしい言葉を意味している。


結局、自分たちで、壊しておきながら、日本の手により、復活させて、現在に至るのである。
それでも、嘘を言う。
日本が、言葉を奪ったと。

そして、韓国社会は、民衆への、思いやりの無い社会と化した。
それが、今も続く。

言葉は、民族の魂といってよい。
言葉によって、精神が成り立つのである。

精神とは、言葉の世界のことである。
それを、朝鮮人は、漢字に明け渡して、堂々としていた。
呆れる。

さて、次に、朴氏は、
韓国は、墓によって支配された国だ。今日でも、韓国は世界のどの国よりも、墓にあてられている面積が大きい。これほど死者を大切にする国はあるまい。それに韓国の墓は、堂々として立派である。
とのこと。

私は、あるとき小型飛行機で低空を飛んだことがあるが、冬で草木が枯れていたので、上から見ると墓がまるで爆弾が落ちた穴のように、点々と国土を傷つけていた。私は墓の数が、あまりにも多いことに驚愕した。墓のために森林が、次々と蝕まれているのだ。


これは、25年ほど前の本である。
現在は、どういうことになっているのか・・・

そこで、それを分析してみせた、黄文雄氏の見解を紹介する。

朝鮮が「死者に支配される国」とまで言われるのは、やはりこの極端な先祖崇拝と風水信仰からきたものだろう。・・・


とにかく、何よりも先祖の墳墓を最優先する国なのだ。日帝時代の民事訴訟にも、墳墓をめぐる訴訟、いわゆる山訟がすこぶる多い。しかも訴訟に勝つまでは、生死をかけようと和解の可能性がなくなろうとかまわずに、一歩も譲らないのである。


勿論、それは、一族繁栄のための、実に、利己主義からくるのである。

死者に対する思いやり・・・だが、生きている者に対する、思いやりに欠けるという、尋常ではない精神構造。
そして、形式的・・・

死人のために、殺し合いも、厭わないという精神である。

これでは、手が付けられない。

だから、
朝鮮総督府が風水の問題で頭を抱えたのは、農地開拓よりも建物や道路、鉄道建設をめぐってのことだった。ことに鉄道建設用地の買収は困難を極めた。それは、朝鮮人の先祖崇拝と風水信仰とのはてしない闘いだったといえる。


近代化を推し進めた日本・・・
そのままでは、朝鮮は、今も、土人のような生活をしていたと、思われる。
つまり、無明の社会である。

私は、風水という考え方を、否定する者ではないが・・・
風水とは、国王などの、支配者が用いるものであり、庶民が、何事かを行っても、詮無いことだと、考えている。

そこから発した、家相なども、そうである。
一旦、それに囚われると、身動きが取れなくなる。
一種の信仰なのであるから、その人の、自己満足の程度になってしまう。

勿論、暗示効果を期待して、扱うのに、異存はないが。

韓国には、今でも、色々な、呪い師が多いという。
本国では駄目で、日本に来て、韓国人を相手に、呪い師をやる者も多いが。

何とも、未開の部族のような行為である。
何かしらの、強迫観念が、朝鮮人にはあるのだ。

一番は、死者に祟られる、である。

親が、子を祟るだろうかと、考えるが・・・
彼らは、祟ると、考えるようである。

posted by 天山 at 06:04| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

打倒・韓国73

朝鮮と中国は先祖崇拝の国として知られている。両国で違うのは、中国人はそれほど宗教心を持っていないものの先祖と天の二大崇拝であるのに対し、朝鮮人は宗教心がより強く、天よりも先祖を絶対視することである。


先祖を絶対視することは、悪いことではない。
しかし、何事にも、限度というものがある。
それで、雁字搦めになってしまうと、先に進めない。

先祖を絶対視するということは、先祖、つまり死者たちによって国家が支配されている部分が多いとも言えるだろう。そのためか、私が朝鮮に最初に抱いたイメージは、白衣と死者が支配している国といったものであった。

これには、台湾の農業発展に大きな功績を残した新渡戸稲造の影響もあるかもしれない。新渡戸は朝鮮のことを「枯死国朝鮮」と言い、それは自然の枯死だけではなく民族まで枯死に瀕していると語っていた。


つまり、死んでいる国、朝鮮という意味である。
死んでいるとは、将来が無い。
未来に続く、何物も持たないということである。

そして、その通りだった。

日本総督府が、鉄道を作る時・・・

ソウル市内の墓地は、南向きの山腹から、山麓にかけて、多く見られる。
山頂にあるのは、高官の墓地ばかりである。
こうして、山に墓地が作られると、鉄道のトンネル敷設に、問題が生じる。

なぜなら、墓地の下を貫通するからで、忌み嫌われた。
後部を通ることは、支社の首を切断すると言われる。

また、前部を通れば、足を切断し、近くを通れば、死者の安眠を妨げるというのだ。

更に、その風水信仰である。
が、それらは、省略する。

つまり、未開の部族のような感覚である。
日本総督府は、大変な思いをしたと、思う。

もし、そのまま、言い分を聞いていたら、韓国には、近代化は、起こらなかったはずだ。

無知蒙昧というが・・・
当時の、朝鮮、韓国が、そのようだったこと。

韓国人の、朴氏も言うが・・・
今も、死者に左右される国なのである。

そして、また、それを尊いことであり、子孫にも、それを望むという。
私は、先祖崇拝を否定するのではない。
それは、実に大切なことである。

しかし、現実の世界を無視するほどの、先祖崇拝は、どこか、おかしいのである。

25年ほど前の、朴氏の書には、
現在、韓国で墓が占めている面積が八万~九万ヘクタールにのぼると推定されるが、これは釜山特別市の二倍の広さにあたる。そして、韓国は日本よりも、はるかに人口密度が高いというのに、毎年、墓のための土地が二百五十万坪あまりの勢いで増えているという。
と、ある。

それでは、今、現在は・・・

これは、端的に言って、韓国は、過去に縛られた国ということも、出来る。
決して、未来志向ではない。

未来に向かって進んでいると考えても、ただ、闇雲に、空回りしているだけである。
そのような、国柄ということだ。

実は、韓国には、未来の国家ビジョンというものが、無いのかもしれない。
ただ、今を、何となく、生きている。
そして、誇ることは、死者、先祖のことだけ・・・

そのせいか、韓国の個人負債は、過去最高を更新している。
民衆、国民は、借金まみれなのである。
更に、国自体も、膨大な借金を負う。

だから、韓国人の、売春婦が後を絶たず、アメリカ、オーストラリア、日本と、押し寄せている。
勿論、自国にも、大勢存在する。

それが、借金のためなのだ。

その借金は、決して、減ることが無い。
つまり、韓国人は、自国民から、金を搾り取っている民族なのだ。

金融は、どこの国にもあるが・・・
韓国は、異常なほどの、庶民向け金融がある。
闇の金融も、多々ある。

韓国民の負債が、国際問題にまで取り上げられることを、韓国人は、意識していない。

世界一の民族・・・
一体、何が、世界一なのか・・・

借金の額か、売春婦の多さか、ということだ。

posted by 天山 at 06:55| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

打倒・韓国74

さて、韓国は、日本統治時代に、すべてを奪われたせいで、韓国の近代化が遅れたなどと、大嘘を言うが・・・

それでは、統治時代を過ぎて、70年経た今、韓国は、自力で、どのようになっているのか。
経済崩壊寸前である。

一時期、世界一の民族・・・などと、言っていたが・・・

日本統治時代の建物は、何もかも、残っているが、韓国になってから、建設された、道路、橋、建物などは、倒壊、あるいは、倒壊寸前である。

更に、国外のインフラ整備も、手抜きで、大半が、使い物にならない。あるいは、日本が手を出して、助けた。
色々なことは、省略するが・・・

これから、追い討ちをかけるように、また、紹介する。

日本による、統治時代以前の、朝鮮半島は、ソウルなどの一部の都市部を除いて、豪雨になると、洪水が平原に氾濫し、一夜にして、湖沼と、化した。
朝鮮半島の河川流水量は、日本の二倍もあるが、渇水期の流水量は、10分の一から、20分の一である。

そして、都市部以外は、工事もされていず、自然の状態のままだった。
水害のたびに、大きな被害を受けていた。

少しばかりの、灌漑目的の堤防、河川をせき止めるための、石や土で作られたもの。
李朝末期には、山河が次第に荒廃してきて、堤防らしいものは、堤防の遺跡と化し、何の役にも立たなくなった。
そのために、灌漑用水をめぐる紛争は、後をたたなかった。

何故、そのようだったのか・・・
李朝政府の財政が破綻していたからだ。

よって、産業は振るわず、文化は興らず、国運は、日ごとに、衰退する。
その上、洪水のたびに、田畑は荒らされ、収穫が出来ない。

農民は、草の根、木の根を掘って、飢えをしのいだ。

半島の山河が、崩壊したのは、地質学的なものより、人為的なもののほうが大きい。
盗伐、乱伐、冬季の薪の需要と、林政の不備、戦災等々。

更に、数百年にわたる、旱魃と洪水という、悪循環である。

それに加えて、火田民と言われる、焼き畑をする農民の存在である。
それは、李朝から増え続け、1928年には、120万人を超えると言われる。

火田民は、定住せず、山林を焼き払い、自給自足に近い生活を送る。彼らが入った山林は、焼き畑の被害を受けて、やがて、禿山と化し、豪雨になると、土石が流出するのだ。

兎に角、半島は、滅茶苦茶であった。

崩壊した山河を甦らせたのは、他でもない、日本の統治時代である。

朝鮮総督府初代総督であった、寺内正毅大将は、まず、治山をしなければ治水をしても、効果がないとし、地山治水に、最も力を入れた。

韓国では、それが、寺内を、植民地化の張本人として、評判が実に悪いのである。

彼がいなければ、どんなことになっていたか・・・
未だに、未開の地だっただろう。

実際に、治水調査が始まったのは、1915年大正4年からである。

具体的には、気象、水位、流量、改修築予定区域の実測調査である。
これは、14年間に渡って、実施されることとなった。

以前、韓国の山は、日本が禿山にしたという、韓国人の嘘をかいたが、更に、嘘を言う。
日本統治時代に、朝鮮の森林を伐採して、日本に持ち帰ったと。
上記を見れば、持ち帰るものなどなかったのである。

半島の林野面積は、約1588町万で、全土地面積の71パーセントを占めている。
そのうち、樹林の疎生地と、散生地を含めた成林地は、わずか、三分の一である。

更に、成林地のうちの67パーセントが、交通不便な場所などに、偏在して、木材が採れても、困難な輸送問題があり、利用価値の低い場所なのだ。

そのため、日本は、半島での木材不足を補うため、輸入せざるを得なかった。

1925年の一年間だけでも、550万円も、輸入していたのである。
こんな芸当は、日本だから、出来たのである。

それでも、建築資材、燃料は、不足していたという。

朝鮮総督府は、当初から、営林署を設立して、半島の荒廃した山野の復旧造林に着手した。
そして、森林保護令、幼齢林の育成、民有林に対する造林補助、病中害駆除、森林組合への補助、林業試験場の整備、地方官庁職員の増員など、実践的な政策を、次々と断行したのである。

1924年、大正13年には、国有林区の調査事業が、完了した。
その結果、李朝時代に軍事上の目的から設けられた、築山地域も含めると、国有林は、全土の60パーセントにものぼっていた。
総督府は、それを、暫時民有林にしていき、1939年には、国有林を全土の33パーセントまで、減少させたのである。

調査当時、国有林の比率が多かったのは、朝鮮では、山林の個人所有を認めていなかったからだ。山林は、「無主公山」として、放置され、そこに民衆が入り、木を切り、根まで掘り起こして、荒廃させていたのである。

そのため、総督府は、山林を縁故者に無償で譲る法令を出し、民有化させ、植林の生態保護に努めた。

これ以前に、日本は台湾で、山林の民有化を行い、生態保護に成功していた。その方法を、朝鮮にも、適用したのである。

そして、深刻な問題だった、禿山対策に、植林と、砂防工事を全国規模で実施した。

どうだろうか・・・
これが、日本がやったことである。

その評価すら、しない、出来ない、韓国人たち・・・
呆れる。

以前にも、書いたが、治水事業により、水田も、増加したのだ。
その事業も、朝鮮人労働者に、日当を支払い行った。
半島有史以来の、事実である。

朝鮮人にとっては、李朝からの、奴隷解放といえる事実。
日本が、行ったのである。

posted by 天山 at 06:33| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

打倒・韓国75

日本は、韓国を併合したのであり、植民地支配をしたのではない。
何度も書いている。
つまり、合邦国家である。

植民地支配などとは、程遠い、朝鮮に対する日本の支援は、今振り返っても、凄いものだ。

日本統治時代の朝鮮は、まだ石油エネルギーの時代ではない。
しかし、石炭も、豊かではなかった。
実に、近代化は、難しい状況である。

そこで、総督府は、水力発電を利用して、総合的な国土開発を行うと、試みた。

朝鮮の水力発電に、最も大きく貢献したのは、野口したがう(シンニュウに尊)という、日本窒素肥料の大実業家だった。

野口は、鴨緑江上流をせき止め、日本国内にもなかった、17キロワットという、巨大発電所を作った。

これは、1928年昭和3年に完成したが、更に、その二年後、20万キロワットの発電所を作っている。

発電事業が軌道に乗ると、興南の町に、朝鮮肥料会社を設立し、一キロ三リ五毛という、安い電力を利用して、空中窒素から硫安を作り、日本へ輸出した。

続いて、白頭山、豆満江、鴨緑江地域に、七ヶ所にダムを建設し、巨大な湖を作ることで、180万から200万キロワットの、出力可能な、大発電所建設を計画した。

朝鮮のエネルギー確保に、大きく貢献した野口は、引退する際に、資産の大部分である、3000万円を寄付している。
文部省の、科学振興のために、2500万円。
朝鮮人子弟の教育のために、総督府に、500万円である。

近代化に必要な、エネルギー革命を行ったのが、日本人である。

韓国人は、20年で、近代化出来た。日本統治がなければ、もっと、早く、近代化していたと、嘘を言うが・・・
韓国人は、決して、近代化を行うことは、出来なかった。

何せ、予算も、技術も、心意気もないのである。

韓国の、朝鮮近代史学者も、心得違いの、嘘を言う。

日帝は韓国経済を日本資本主義に隷属させ、食料を収奪するために、朝鮮半島を半封建的停滞状態のまま維持しようとした。

全くの嘘である。
食料を増大させたのは、日本である。

更に、
そのために反工業的政策をとりつづけてきたが、日本帝国主義が発展するにつれて、韓国人資本家をも懐柔隷属させざるをえなくなった。また、日本人資本家の韓国への資本輸出を促すために、ついに工業化へと政策転換しなければならなかった・・・

韓国の近代化は、韓国ためではなく、日本のために、行ったと、言うのである。
ここまで、くれば、病気である。

日本統治を、冷静に判断出来ないのである。

韓国人は、平然として、勝手気ままな、嘘を言うが・・・
では、実際、日本統治がなければ、どうだったのかを、検証するといい。

一体、何が出来たのか・・・
自分たちでは、何一つ、出来なかったのである。

その術、一つも、身につけていなかった。
李朝のまま・・・
そして、そのまま、ソ連か、中国に支配されて、見る影もなかったはず。

朝鮮の工業に、大きな構造変化がもたらされたのは、宇垣総督、1931~36年、南総督、1936~42年の、時代である。

宇垣総督は、主に、日本資本による農村振興運動、朝鮮半島北部開拓、産金奨励、発電計画や、産業自由化などの政策を、行った。

その後の、南総督時代は、国防上の考慮から、食料増産、地下資源開発に、重点を置いた。
戦時体制下の産業経済開発が、中心だった。

南総督の政策は、その後の、小磯総督、安部総督へと、受け継がれ、更に、強化された。
その在任期間は、1942年から45年である。

こうして、朝鮮半島の工業は、第一次大戦後の戦後恐慌、1920年から21年、昭和恐慌、1930年から31年の、二つの時期をはぶいて、30年代に入ってからも、拡大を続け、急速な発展を遂げた。

1927~33年の工業生産額は、三億円台、35年は六億円台、40年には、18億円を突破し、農業生産に匹敵する、生産額を誇ったのである。

更に、1931年には、食料や紡績などの、軽工業が、工業生産の62パーセント、化学、金属、機械の重化学工業が、25,6パーセントを占めた。

そして、40年代のはじめ頃には、台湾にやや遅れて、朝鮮半島は、農業社会から、工業社会へと、変貌を遂げたのである。

このように、日本は朝鮮半島に対して大きすぎる貢献を果たしている。朝鮮半島を、ただの食料・資源供給として統治したとしか見ない歴史観は、偏見であるだけではなく浅見でもあるのだ。それでも、まだ日帝の工業推進策を「反工業化政策」と罵倒しつづけるのだろうか。
黄 文雄

その罵倒は、いずれ、韓国自体に、ブーメランするだろう。
つまり、無能無策の朝鮮半島であったという、事実である。

日本が行わなければ、何一つ、自力では、成し得なかったという、事実である。


posted by 天山 at 05:40| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

打倒・韓国76

韓国は、もともとソウルを中心としたごく少数の都市と、七万ほどの村によって成り立っていた村国家であった。そして、中国以上に中央集権国家の典型であり、半万年近くも自給自足をしてきた世にも珍しい自閉国家でもあった。それは、古くから人為的に鎖国を敷いていただけではなく、地理的にも閉鎖的であったからである。だから「隠者の国」とも言われている。
黄 文雄

黄氏の文献から、紹介する。

つまり、そのままだと、なんの進歩も発展も、望めない国だった。
国とも、言えないのである。
国家意識など、今でも、持っていないと、私は思っている。

唯一、よく分からない、民族意識である。
が、その民族も、精々、4000年の歴史である。

韓国は、一度、人種が分断されている。
現在の、韓国人は、古代の朝鮮人ではないのである。

これを書き続けると、長くなるので、省略する。

さて、自閉的国家、国、いや、地域とでも言う、韓国は、交通は発達せず、人的流れも発達しなかったのである。

李朝時代には、全国の道路を都城道路と地方道路に大別し、大小の路が造られたことはあるが、それも、有名無実で、実際には、道路らしい道路はなかった。

交通手段は、ソウルでは、カゴ、地方では、小型馬の朝鮮馬である。
荷車もなかった。

橋もなく、渡し船、丸木で渡河することが多かった。
「朝鮮交通史」にも、主要道路においてさえ、かろうじて、人馬が通れる悪路が多く、河川には、橋が無く、徒歩、渡し船に頼る、との記述である。

大量貨物の長距離輸送などは、不可能である。

簡単に言うと、道路閉鎖は、国家安全のために、欠かせないものだった。
というのは、「倭乱」「胡乱」による被害を鑑み、安全のために、あえて着手しなかったという、救いの言葉もある。

また、李朝末期は、ソウルを除くほとんどの地域で、強盗が跋扈していた。
この強盗は、満州、中国、台湾の東アジアでは、共通することで、強盗社会だったのだ。

もし、日本が満州も、そのまま満州国としていたなら、強盗は、無くなっていただろう。

アーソン・グレイブスの「悲劇の朝鮮」から・・・
ソウルの光が他の地方を絶対的に圧倒しており、朝鮮人が皆ソウルに住みたがるのには、それなりのいろんな理由がある。
ソウルにおいてのみ宮廷と王の眼をひきやすく、またそうしてこそ公職の道も開けるというわけだ。そうして公職の身にあって初めて、権力と名誉と富を手に入れることができるのだ。
それだけではなくさらに、国事を研究し津々浦々の出来事を早く知ることのできる所としては、おそらくソウルが朝鮮随一の場所だろう。
改行は、私

だが、それも、ほんの一部の人である。
多くは、農民で、極貧の生活を強いられていた。
半島は、暗澹たる土地だったのだ。

方言がただ一定の限られた地域で用いられるのに反し、ソウルの言葉は清朝の官話(役所で使われる言語の意)の場合と同じくどこでも通じる。
首都圏では常に生活必需品の供給が豊富なので、全国が貧困にあえぐことがあってもソウルで餓死する者はいない。
地方では盗賊が頻繁に出没し手当たり次第に人を殺傷し、略奪と放火の大被害を与えたりするが、ソウルの中での個人の安定度は比較的高い。
改行は、私

ソウルでは、餓死する者がいない・・・
地方では、餓死しているのだ。

ソウルの中での安定度は、比較的高い・・・
完全ではないということ。

恐ろしいのは、ここからで、
地方の課税は庶民に重い負担となっているが、ソウルの人は完全に免税である。
ソウルの手工業や商人は自分たちなりに組合をつくって自らの利益を守っているが、地方の職人制はまだ充分な発達を見ておらず、手工業、商人はそれぞれ官庁の権力濫用や一般人の詐欺に対処できないでいる。

今、現在も、引き続き、地方は、とても損をしている状態だ。
権力濫用、詐欺・・・
今も、勿論、続いている。

ソウルではあまり僧侶を見かけない。
ところが地方ではこの憎悪の対象である僧侶をどこでも見ることができる。
最後にソウルが朝鮮で最上の居住地にかぞえられる重要な理由のひとつは、国で一番といわれる墓地がソウルの近くにあるという事実だ。
死んだ人が生きている人よりも大事にされる国柄だけに、この事実はとても重要な意味を持つ。
それにしても、ソウルの町を歩きながらその様々な側面を二つの目でしっかり見た異邦人たちにとってのソウルの印象は、この国の庶民たちのそれとはいささか違いがあった。
興味深いところがないというのではないが、隣国の日本や中国の小都市に比べてみてもソウルにはこれといった見所がないのだ。
改行は、私

日本は、36年という、短期間で、朝鮮半島を日本に次ぐ、アジア第二の、交通整備国家に、仕立て上げた、という事実である。

日本人ではない、多くの外国人が、それを認めている。

もし、中国に取られていたら、どうなっていたか・・・
もし、ロシアに取られていたら、どうなっていたか・・・

この、もし、を考えることが出来れば、韓国の未来も明るいが、それは、無理なことと、私は、考えている。

posted by 天山 at 05:36| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月28日

打倒・韓国77

朝鮮人に、一つ民族としての自覚を与えたのが、日本の鉄道建設である。

それまでは、そんな意識も持つことなく、一部の人たちが、庶民を搾取する、単なる、集団だった。

日本の鉄道経営は、開通が1900年の、京仁・京釜両鉄道会社による、京仁線と、1904年開通の、京釜線から始まった。

日露戦争後の1906年に、総監府に、鉄道管理局が置かれ、約3500万円を投資して、軍用鉄道の移管などを行い、統一経営を進めた。

その後も、着々と各路線が完成し、日韓併合までに、京釜、京義、京仁、馬山四線と、私鉄を入れた、合計距離は、1039,7キロメートルにのぼった。

以前、朴氏のところで触れたが、これは、大変なことである。

一時期、日本の財政困難のため、遅れをとったことがあるが、それでも、1945年の敗戦時には、総営業キロ数は、6632キロ、機関車1160両、駅762ヶ所、従業員10万527人と、更に、充実したものとなっていた。

道路については、等級を一等から四等までに、区分し、1928年までに、一等は、3200キロ、二等は、79線494キロ、三等は、400余線1万1492キロと、全体の73パーセントが、完成していた。

港湾は、1944年までに、通商港として開設したものが、14、指定港が、38、関税指定港が、9、地方港が、326と、かなり工事が進んだ。

橋梁建設に関しては、資金が何より必要であったため、その整備は遅れたが、総合的な結果を見ると、朝鮮半島は、アジアで、日本に次ぐ、交通発展国に成っていた。

これらの、インフラ整備に朝鮮総督府がかけた費用は、土木費合計約6億4000万円、道路・港湾修築費約2億4110万円、鉄道建設改良費21億8364万円である。

当時の金額として、いかに、莫大なものだったか・・・

日本の国家予算が、20億円の時代である。
この資金の中には、日本国民の血税が、含まれているのである。

これだけ見ても、ため息が出る。
これは、日本ためだったのか・・・
結果的に見れば、朝鮮、韓国のためだった。

「侵略」「搾取」史観のみで見れば・・・
信じることが出来ないのである。

朴氏の見た鉄道について、以前書いたが、その中には、観光用の鉄道もあつたのである。

時代性と、時代精神を無視して、判断すると、誤る。

鉄道が、ただの産業開発目的だけではない、
多目的なものであったのは、当然である。

ましてや、朝鮮半島において東西南北に貫通する鉄道の出現は、政治的・軍事的・社会的だけではなく、人文地理的にも大きな変化をもたらしたのである。それは、これまで村社会に閉じ込められていた自給自足生活からの脱却を促し、産業を発達させた。


さらに、日本からの新しい技術・ヒト・モノ・カネという資本の流入などをももたらしのだ。この人的・物的流通はまた、これまでの朝鮮人の地域観、国土観を変化させ、朝鮮人同士の紐帯を強固にした。


日本が、貢献しなければ・・・
今も、韓国は、最貧国であり、近代化などは、夢のまた夢だったはずである。

何一つ、努力せずに得たことにより、韓国人は、大きな勘違いをしているのである。
我らは、日本が侵略しなければ、アジア、いや世界一の民族として、近代化を成したと。

呆れる。

これから、日本は、何一つ、韓国に対して、援助も、技術提供もしないで、いい。
身の程を知るために、韓国人の方法を見ていると、いい。

彼らが出来るのは、単に、反日行動をするだけである。
何も先に進まない、空想の、反日行動を繰り返すだけである。
そのうちに、自滅する。

自滅して、初めて、少しは、何かに気づくだろう。

日本は、アジアそして、世界の親日国に対して、付き合いを続けるだけで、いい。

さて、韓半島は、地下資源が豊富なところだと、思われがちである。
しかし、はっきり言えば、たいしたことはない。

中華帝国からすれば、朝鮮はもともと「資源小国」であった。掠奪できるほどの資源はない属国だったのである。朝鮮は、金の産出とは無縁ではなかったが、宗主国からの飽くなき入貢要求に苦しめられ、「小国地薄」、不産金銀、中国之所知也」「金銀固非土之所出」と、弁解に苦しむほどであった。


戦後半世紀の過程を見ると、南も北も、相変わらず地下資源に、恵まれない国であり、日本と大差ないのである。

ところが・・・
19世紀から20世紀前半にかけて、再び朝鮮半島の地下資源が、豊富だという見方がなされた。
それでも、国土開発が進まない。

そして、ウソを言う。
その理由は、半島が対外的にわざと貧しい国家を装っていた。
もし、資源開発をすれば、宗主国の清に知られ、入貢を要求されるか、侵略、あるいは、併合の危機に直面するという。

実際、何一つ、自給できるものはない。
更に、李朝末期には、すでに、米英独仏など、列強の手により、採掘されていたという、現状である。

一体、どれだけのモノが眠っているかは、掘ってみなければ、分からない。
それを、正しくしたのは、朝鮮総督府である。

posted by 天山 at 05:52| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月29日

打倒・韓国78

戦国時代から江戸時代までの日本が世界有数の産金国のひとつだったことに比べれば、朝鮮の産金国としての存在など、世界市場にとってはとるに足りらないものだった。日帝批判をする多くの朝鮮近現代史学者たちは、この部分はほとんど触れずにごまかいしている。いったいどだけのものが眠っているのか、誰も把握していなかった朝鮮の地下資源について、本格的に調査をはじめたのは朝鮮総督府である。


韓国人は、ウソだけではない。
都合が悪いことは、無視する。
更には、出土したものでも、都合が悪いと、埋めてしまうのである。

呆れると共に、感心してしまうほどである。

さて、調査の結果、矢張り、大したものは、見つからないのである。

たとえば、当時もっとも重要な地下資源のひとつとして見られた、鉄鉱石と石炭は、分布のしかたが一定していなかった。
また、瀝青炭は皆無。
鉄鉱石は、日本より、幾分多めである。

これらの実情から、その地位が、「鞍山の鉄」「撫順の石炭」というように、満州に、たちまち取って代わられた。

日本が各種資源の掠奪をしたという証拠として、合邦の前と後の朝鮮の鉱産額が比較される。1910年の朝鮮人の鉱産額は全体の4,8パーセント、日本人は22,6パーセント、日本人以外の外国人が72,6パーセントであった。
それが10年後には、朝鮮人の鉱産額は全体の0,3パーセント、日本人以外の外国人が19,7パーセント、日本人は80パーセントとなり、日本が鉱業生産を独占していたと非難するのだ。


ここでも、ウソを言うのである。

鉱物資源の採掘は、大量の資本投下を必要とする。
そのため、上記の数字は、日本企業の鉱業事業への進出を言うのであり、盗掘を意味するものではない。

つまり、掠奪ではないのだ。

黄氏は、
むしろ、これは日本の工業生産の発展と貢献だと見るべきだろう。大規模な鉱産の採掘に必要な大量の資本投下、技術開発、労働者の雇用は、朝鮮経済の発展と民生の改善に、それなりに貢献しているはずである。
と、言う。

鉱業発展に伴い、鉱山労働者は、大きな階級として、成長していった。
1939年には、その数、22万人以上を超えていた。
人口過剰の韓国にとって、これは、雇用の拡大チャンスである。

どこが、搾取なのか・・・
自分たちならば、搾取するのであろう。だから、日本人も、搾取すると、考えるのである。

まだ、ウソがある。

鉱業部門の技術者は外国人が多く、朝鮮人は三分の一にすぎず、日帝は朝鮮労働者に対する技術教育を許さなかった、という非難もある。それも真っ赤な嘘にすぎない。
朝鮮人には、もともと技術の修業を蔑視する両班の伝統があったのだ。たとえば同じ商工学校でも、日本人学生が「工」へと集中するのに対し、台湾人は「商」に集中する。朝鮮人はどうかというと、どちらも忌避して文科へと進む場合が多いのだ。


つまり、働かないのが、上等だと、考えるのだ。
今、現在でも、汗して働く者を、蔑視する社会である。

実は、日本国内でも、朝鮮の地下資源に期待し、意気込んでいたが、実際に、掘ってみると、大したことがなかった。
やがて、軒並み、採算が取れないのである。
だから、廃鉱においやられた。

満州国建設後は、朝鮮より、満州の方へと移っていく。

もうそろそろ、結論を書く。
黄氏の、論説である。

それまでの「資源」の概念は、物質的・地下的なものに極限される傾向が強かった。しかし、地下資源と経済的採算を考慮して採掘しなければならない。また、掘ってみなければわからないという流動的な部分もある。
したがって、国力の充実と進歩を遂げるのは豊かな地下資源を有する国ではなく、それをもっとも有効に利用できる国家である。それは、戦後日本の経済大国化とアジアNIESの成長をみれば一目瞭然だろう。
との、こと。

資源は大したことはないし、有効利用も出来ないし、朝鮮は、終わっていたのである。
更に、それだけの、資金も無い。

それで、日本が、奪った、日本が、奪った・・・
呆れるのである。

自分たちでは、何一つ出来なかった。
それでも、言い分は、日本が、奪ったである。

日本は、朝鮮に与えたが、一体、何を奪ったのか・・・
何もかも、与えた。

いつまでも、被害者面をしている、韓国人。
付ける薬がない。

民族としての、何か、欠陥があるのだろうと、思える。
心理学という、へんてこな学問から見ても、韓国人は、強迫神経症。
その、強迫とは、色々、様々ある。
一つではないだろう。

ご苦労なことだ。

posted by 天山 at 06:10| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月02日

打倒・韓国79

打倒・韓国も、これで、おしまいにする。
書いても、書いても、終わらないだろう。
どこかで、おしまいにする。

極めて遺憾なことだが、韓国は、救いようがないという事実である。

巨視的に見れば、朝鮮総督府の半島経営は韓国人がよく言うような植民地的収奪とは逆に、日本人の税金で財政を支えてきたのである。朝鮮人を圧迫、搾取、収奪したりはせずに、むしろ日本人の税金を使っても財政を支えて近代国家として育てあげようとしていた。
黄 文雄

上記の言葉に、尽きるのである。
以前、金額については、大まかに紹介した。

だから、これ以上、具体的に書くことはしない。

朝鮮は、ずっと中央政府の財政補助を受けつつ、終戦まで、日本の資金と資本を得ていたのである。

1998年の日韓共同声明以後も、日本から30億ドルの支援を受けている。海外からの借金によって国民経済を支えるという経済構造は、終戦後半世紀以上たってOECDに加盟した今日に至っても、ほとんど変わっていない。韓国の他力本願体質は、いつまでたっても変わらないということだろうか。


変わらないだろう。
だから、救いようがない。
また、日本との関わりにより、全うに出来てきたのである。
だから、日本との関係も、遮断されれば、もう、道は無い。

その民族の性格からして、望みは無い。

韓国人が、現在の韓国を、ヘル韓国、つまり、地獄韓国と呼んでいる。
まさに、その通りだろう。
それが、また、自業自得なのである。

韓国人は日帝36年の間、日本国民の血税におんぶにだっこだったばかりではなく、生存権を守る国防費さえほとんど一銭も払わなかった。そのうえ、日本の敗戦につけ込んで、日本が資本投下した施設や日本人資産を食い逃げしてしまった。さらには、逆に日本に謝罪と反省を求め、ゆすりたかりを繰り返してきた。そんな理不尽なことがあっていいのだろうか。


その通りである。

まともに、付き合う様ではない。

そして、救いようのないことは、日帝の植民地支配は、人類史上最悪の搾取という。
誇大妄想の類である。

それでは、他の殖民地支配を、見回してみるがいい。
全うに、その歴史を直視して欲しい。
が、韓国人は、それも、出来ないのである。

英語は、話すが、勉強はしない。

何度も言うが、日帝36年が韓国から奪ったものは何もなかった。統監時代を入れた40年にわたる半島経営の間に投入した資本、技術、韓国の民力をはるかに超え、韓国人が自力では絶対に不可能であった近代化建設をもたらしたと、ここで断言したい。


韓国が千年属国から開放されることができたのは、西風東漸、西力東来という歴史的条件と、列強の洋摂や倭摂、そして日帝があったからこそだろう。それらがなければ、韓国は中華帝国から独立、自律できただろうか。私の考えは否定的である。


つまり、韓国は、日本が作ったのである。
そして、日本以外の国では、韓国は、成り立たなかった。

その生みの親に対しての、韓国の対応は、何か。
恩を仇で返すだけではない。

延々と終わりなく、日本に謝罪と反省を求め、そして、賠償を求める、堕落した民族なのである。

ウソ偽りで、塗り固めた、歴史というものを、創造して、韓国は、世界に対処出来る訳が無い。
つまり、時間の問題で、消滅するだろう。

私は、色々と調べてみて、これは、もう、付ける薬がないと、考えた。
滅ぶのを待つだけである。

そして、日本も、何も関与しないことである。

あの、韓国人、シンシアリー氏が、言う、基本に忠実であり、事が、終われば、ごきげんようと、別れる姿勢である。

何も、言い争うことも無い。
無視する必要もない。

ただ、基本的礼儀だけを、日本は、守ればよい。
世界は、韓国を見捨てるだろう。

幻想の、自画自賛をして、世界一の民族であると、言って、酔っていれば、そのうちに、消滅する。

日本は、韓国に、消耗させられる必要は、全く無い。
朝鮮半島統一も、勝手にさせていれば、いい。

日本の隣国は、韓国ではない。
世界の親日国が、日本の隣国である。

聖書に、あなたの隣人は誰か、という、問い掛けがある。
困った時にこそ、助けてくれる人を、隣人という。

そういう意味でも、韓国は、隣国ではないのである。

別に、打倒・韓国とは、他意はなかったが・・・
知れば知るほど、呆れ果て、そして、書くことも、嫌になった。

これで、本当に、おしまい。
二度と、韓国、朝鮮に触れることは、無い。

ごきげんよう・・・韓国


posted by 天山 at 06:34| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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