2015年10月05日

打倒・韓国31

フランスの、人文地理学者である、ジャーク・ブズー=マサピュオーの著書、新朝鮮事情で、朝鮮を、植物依存文明と称して、その慢性的な食料不足と、伝統的な貧困を分析している。

朝鮮は日本の植民地政策と、組織的な経済近代化改革の影響を受けた後、再び独立の機会を得て、1000年以上の間、農民の宿命であった不安定な境遇を改善することができたのである。

上記、西洋人であるから、植民地政策と書いているが、彼の国の植民地政策は、どのようなものだったのか。
掠奪、搾取であろう。
それと、日本の政策を、植民地とは、よくぞ、言ったものだ。

欧米の植民地政策と、日本の朝鮮で行った政策は、天地の差がある。
日本は、併合し、拓殖したのである。

だが、上記、確かに、日本の政策により、農民の宿命であった、不安定な境遇を、改善する事が出来たのである。

更に、近代化への貢献として、書く。

現代の朝鮮人の目には、日本植民地時代の悪い面が、伝統と孤立に対する純然たる侵害として非常に大きく映っているのであるが、その反面、南北朝鮮の国家経済を著しく飛躍させるための基礎は、この時代に築かれたのであり、その成果もまた大きかったと言える。日本は、約40年ほどの間に厳しいやりかたで、自然の脅威にさらされた大きな工学設備をもたない貧しかったこの農業国家を、科学的な農業とさまざまな工業、そして活発な貿易を誇る経済の調和のとれた国へと変身させた。

フランス人だから、書ける内容である。
日本人でも、韓国人でも、こんなことは、書けないだろう。

だが、まさに、その通りなのである。

朝鮮人は、もとより、反日日本人も、日帝36年の朝鮮併合を、非難する馬鹿者が多い。
しかし、冷静に、その時代の社会的大変化の背景を見れば、その併合の時代は、朝鮮にとって、輝く時代だったのである。

ところが・・・
土地を奪った、資源を奪った、人命を奪った・・・
内容の無い、非難中傷ばかりを、韓国人は、言うのである。

自分たちでは、近代化など、遠くの話しだった。

そこで、醜い韓国人の、朴氏の、書いたものを紹介する。

日本国民は韓国の近代化をはかるにあたって、大きな犠牲を払った。
伊藤博文は統監として韓国に赴任するときに、日本興業銀行から一千万の起債を得て、そのうち五百万円を携えていった。この一千万円は無利子で韓国へ提供した。

日本は事業費のほかに、国運を賭けて戦った日露戦争の戦費の処理のために台所事情がきわめて苦しかったにもかかわらず、政府が、一般会計のなかから巨額の予算を韓国のために支出している。

韓国人が言うのである。
そして、その証拠を書き付ける。

1908年 二千七百万円 (日本の国家予算・歳入・六億二千六百万円)
1909年 三千百万円 (同・五億四千二百万円)
1910年 二千百万円 (同・五億四千八百万円)
1911年 二千五百万円 (同・五億七千四百万円)
1912年 千二百三十五万円 (同・五億八千二百万円)

この後も、日本の韓国経済は、毎年、日本の大きな持ち出しとなっている。1909年には、鉄道、道路、海運、農地整備などのために、千九百万円が投入された。日韓併合が行われた1910年には、「恩賜金」として三千万円を韓国のために、贈与として支出している。日本国民の血税が韓国の振興のために費やされたのだった。

更に、驚くべき事が、書かれている。

日本統治時代には治安もよかった。ところが今日の韓国では女性が夜、一人歩きできないようになってしまった。うら若い娘が白日に暴漢グループによって、攫われ消息を絶つとか、暴行されたうえで放り出されるといった事件がし、しばしば起こっている。私の会社でも数年前に、社長秘書の末娘の二十六歳になる女性がソウルの街頭で暴漢グループによって力づくで拉致されて、辱められるという悲惨な事件があった。

それでは、現在は、どうだろうか。
この本は、20年以上前のものだ。

現在は、もっと、凄い状況になっているだろう。
小学生でも、強姦するというのだから・・・

もし、中国の支配が続いたか、ロシアの植民地になっていたら、今日の韓国の形相は、まったく変っていたことだろう。日本の統治下に入ったことは、韓国民にとって幸運だった。

と、韓国人が言うのである。

更に、
日本は36年にわたって、植民地支配をしたという。しかし、ヨーロッパや、アメリカによる植民地統治とは、質的にまったく異なった。
日本人が韓国人を物理的に抹殺しようとした、というのは、日本の韓国統治をみるかぎりでは、まったく当っていない。

よく日本が韓国を植民地にした、といわれるが、日本の手によって日韓両国の併合が行われたのだから、正しくいえば植民地としたのではない。たしかに日韓併合によって韓国人は日本国民となったといっても、総督府の支配のもとに置かれたために、参政権を拒否されていたのをはじめ、内地の日本国民と同等な権利を享受することがなかった。韓国人にとっては有難迷惑としかいえなかったものの、日本は韓国人を日本化することをはかった。

この日本化すること、というのは、日本人と同等に扱うべき存在という意味である。
統治する側からの、傲慢さはない。

日韓併合から、二年目の1912年に、寺内総督が、大正天皇に対して、韓国統治の実績について進講した、その中で、韓国は日本の支配地域ではなく、日本の一部として、扱われていたことが分る。

朴氏は、
いったい世界の他の植民地のなかで、これほどまでに本国が社会資本の整備や、教育、医療衛生をはじめとする社会制度を充実させるために大きな投資を行った例があるものだろうか。イギリスも、フランスも、オランダ、スペイン、ポルトガル、ドイツ、イタリア、ベルギー、アメリカも、そのようなことはしなかった。

韓国の王族は、日本の皇族の一員であるとして遇された。日本はソウルと台湾の台北に帝国大学を創立したが、いったいイギリスがインドにオックスフォード大学や、ケンブリッジ大学をつくっただろうか?韓国人は日本陸海軍の将兵として登用された。いったい、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国やアメリカが、インド人や、アルジェリア人やフィリピン人を本国軍の将官にしただろうか?
とのことである。

これについては、韓国人の、シンシアリー氏も書いている。






posted by 天山 at 06:54| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

打倒・韓国32

韓国人、シンシアリー氏の、恥韓論、から、抜書きして、紹介する。

私は、前々から疑問に思うことがありました。併合時代、朝鮮人志願兵たちのことです。併合時代、まだ朝鮮半島での徴用令(1944年)の前にも、大勢の朝鮮人たちが、日本軍に志願しました。その競争率はかなり高かったと聞きます。

韓国では、彼らは「好きで志願したのではなく、強制的に連れていかれただけだ」と主張しています、彼らの一部は靖国神社で英霊として崇められているため、韓国からするとどうしても否定したい存在でしょう。

しかし、私はその「無理矢理、戦わされた」という設定が、どうしても納得できませんでした。私は、人が命をかける行動は、決して簡単にできることではないと思っていたからです。

まさに、その通りで、韓国では、何でも、日本が強制的にと、ウソを言う。
兵隊も、労働者も、強制的である。
日本に来た、韓国人皆が、強制的に連れて来られたと、ウソを言う。

シンシアリー氏は、
ある日、私はこの問題を検索してみました。すると、リンク切れなどがありましたが、あっさり朝鮮人志願兵の規模がわかりました。意外でした。十分かかりませんでした。・・

朝鮮人志願兵の数は八十万二千百四十七人(1938~1943年)で、実際の入所者は一万七千三百六十四人(1938~1943年)でした。やはり、思ったとおりでした!韓国側の主張は嘘だと確信が持てました。「彼らは志願したのではなく、徴用され、強制的に戦わされて、それで戦死した」にしては、競争率が高過ぎたのです。

これは、驚くべき、事実である。

志願兵が、802,147人である。
そして、入所者は、17,364人。

こんな見事な、ウソなのである。

シンシアリー氏が書く。
そもそも、今では考えることもできないほど過酷な戦場にて、果たして「無理矢理(強制的に)戦う」というのが成立するでしょうか。・・・

・ ・・別に志願兵たちのことだけではありません。銃を持って戦うこと、さらには戦闘機に爆弾積んで突っ込むということが、「恐ろしいまでのヤル気」なしにしてできるものでしょうか。悲しんでいたでしょうし、苦しかったでしょうけれど、それでもやらねばと思っていたのではないでしょうか。韓国ではそういう選択を「帝国主義の洗脳」と主張する人たちもいますが、「反日」という洗脳が溢れている国が言うセリフではありませんね。

例の資料だけで一万七千三百六十四人(志願者八十万二千百四十七人)の朝鮮人志願兵たちの思いをここまで「強制的だった」と否定している韓国ですが、その韓国が憲法前文で「法統を受け継ぐ」としている、恐れ多くも臨時政府様の、大日本帝国を相手に戦った正規軍の数は何人でしょうか。

1945年時点で三百三十九人だとされていますが、1963年、独立有功叙勲にて光復軍出身者として集計された人は、資料によって少しの差がありますが、なぜか五百六十人です(五百八十六人だとする資料もありますが)。増えていますね。そのため、今でも光復軍有功者に対しては「偽物」説が提起されています。

だが、色々と調査した結果、功績が疑われる人の中に、功績と呼べるものがなく、日本が敗戦してから、六日後に入隊した人も入るとのこと。

シンシアリー氏は、
この差は何でしょう。私は、志願兵たちも光復軍たちも、どちらも信念に基づいて戦ったと思っています。銃を持って戦うということは、命をかけて戦うということは、そう簡単にできることではありません。

ただ「反日」という思想のため、邪魔になる一万七千三百六十四人(しつこいですが志願兵八十万二千百四十七人)の信念を踏み潰し、ありもしない英雄の数をデタラメに増やすことは、そのどちらに対しても、あとの世を生きる者たちが取るべき態度ではありません。反日という宗教の力は、本当に恐ろしいですね。いかなる道理も、反日教には勝てないようです。

何故、韓国人のシンシアリー氏が、こんなことを書くのか・・・
それは、本人の言葉から、
ですが、今の韓国の態度からして、韓国の「反日」の「日」から自由になれる日本人はいるのでしょうか?
好きな候補がいないからといって投票もせず、あとで経済がどうとか政治がどうとかと文句をいう人によく見られるパターンです。それは、正しい意見の提示ではありません。

とのこと・・・
何度も書いていますが、ネットの時代です。情報を選別できる能力さえあれば、資料は簡単に手に入ります。そうやって「知る」を得て、ある事案に対して自分なりに意見をまとめておくのは、いろいろと役に立つことです。そして、もう少し積極的に関わってみましょう。・・・

十年前に比べると、日本の雰囲気は明らかに変ってきました。両国の(ほとんど韓国側が持ち込んだ)歴史問題の各事案について、タブー感が弱まり、強い持論を持った人たちが増えてきました。

シンシアリー氏は、
韓国人ながら、日本人のために、
ズバリ、日本の国民がもっと自分の声を上げることこそが、韓国のもっとも嫌がることでもあるのです。
と、言うのである。

つまり、このままでは、両国にとって、良くないことばかりだということだ。

勿論、私は、韓国とは、関わらないという方向で考えている。
そして、シンシアリー氏も、基本的にスタンスでいれば、いいと言う。

それは、距離感を持ち、冷静に韓国に対処する事。

私の言葉で言えば、無視しない程度に、基本的関係のみに、始終するということだ。
挨拶程度の付き合い。
深入りしない。

こんにちは、ごきげんよう・・・
その程度である。

日韓友好などという、妄想は、抱かないことである。
そんなことは、どこかの宗教団体に、任せておけばよい。


posted by 天山 at 05:50| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

打倒・韓国33

戦後に書かれた書物には、朝鮮人が半島から流出したのは日本人が土地を奪ったからだとか、あるいは日本官憲による強制連行があったからだとかいう記述が多い。しかし、19世紀における朝鮮半島からの流出は日本とまったく関係なく、李朝社会の崩壊が最大の原因であった。両班の官吏、地主の苛斂誅求を避けて、ぞくぞくと満州やシベリアの沿岸州へと職を求めていったのである。
黄 文雄

統計交渉通商事務衛門日記の記述では、
農民、流民の越境問題について、具体的な数字が出ている。
高宗時代の、1894年1月、ロシア側からの通牒で、朝鮮人1058世帯を送還させることとなった。
次ぎに、日省録では、
平安道国境の九邑から、10余万人もの人たちが、清国に不法越境していた。

日本には、朝鮮人強制連行に関する、書物が多いが、そのどれ一つも、説得力の無い物ばかりである。
更に、日本史を見ても、農民、住民を強制連行した記述はない。

強制連行というならば、唐以後の朝鮮の歴史では、半島の人間が、大陸の諸民族に、強制連行されることが、多々あった。

そして、強制連行という、言葉が使用され始めたのは、すべて、1975年、昭和50年以後である。
勿論、従軍慰安婦に関しても、である。

強制連行は、たいてい夜間寝ているとき、とつぜんたたき起こされて連衡される。すがりつく家族に暴力をふるって振り切り、家族と引き離す。そして、逃げられないように手錠をかけ、トラックに押し込むなど、まるで奴隷狩りのような話だ。一時は、在日朝鮮人はすべて強制連行者だという主張が出て、200万人が被害者であるとされたが、最近では70万人ていどに落ち着いている。
黄 文雄

嘘八百の韓国であるから、致し方ないが・・・
日本人の中にも、それを主張する者がいるから、不思議だ。

反日日本人は、多く、左翼系であるが・・・
それでも、不思議なことだ。

現在でも外国人労働者が問題になっているように、労働の原理からいえば、低賃金のところから高賃金のところへと労働者は移動するのが一般的である。そしてその原理どおり、日韓合邦後、半島の労働者は内地の日本列島にぞくぞくと流入していった。これら低賃金労働者は、内地の失業者を増やしただけではなく、犯罪者となって悪事をする者も多かった。日本の中央政府は朝鮮総督府に対して、なんとか半島の人間が日本に流入しないよう、制限または阻止してほしいと協議や要請をすることしばしばだった。強制連行どころか、阻止したいほど勝手に流入してきたのだ。
黄 文雄

そして、現在も、それが続いている、何よりの証拠である。
韓国人不法滞在者は、中国人と、一、二位を争そうほど、増えている。
更に、犯罪率も高いのである。

日韓併合後、朝鮮人が日本へ入国することは、今と同じほどに、厳しい規制があった。
しかし、当時の日本は、朝鮮を植民地とみなす法的根拠なく、あくまで日本国籍を有する者として、みなしていた。
だから、実際に、入国出来たのである。

当時の、内務省警保局は、朝鮮人に対して、
渡航阻止の手続きは、政策的な問題であり、何ら法的根拠に基づく絶対的のごときにあらず
と、見なしていた。

だが、あまりにも、朝鮮人の入国が多く、総督府は、日本企業の朝鮮人募集攻勢に対して、「労働者募集取締り」という、行政指導を行い、厳しく規制したのである。

旅行も同じく。
海外への渡航は、厳しく規制された。
戦後から、90年代に至るまで、韓国政府も、それを引き継ぎ、海外渡航を制限していた。

黄氏によれば、
この、渡航制限に関して、当時の民族紙「東亜日報」は、社説で不満を述べた。
それは、「朝鮮人全体を無視し侮辱する悪法」だとして、撤廃キャンペーンを張った。
1922年12月、これを撤廃した。

ところが、朝鮮人が日本に殺到していることを鑑みて、警保局と、総督府は、再び協議する。
1924年5月17日、釜山港では、渡航制限撤廃を訴える五万人ほどの市民集会が開かれ、朝鮮労農同盟、朝鮮青年総同盟の、二団体が、内務省と総督府を相手どって、渡日制限撤廃の抗議を、繰り広げている。

これに対して、日本は、現在の不法入国韓国人と同じように、1928年から、水上警察を動員し、出発港と、各地方の末端警察機関による、二重渡日取締りを行なった。

それでも、朝鮮人は、日本に殺到したというから、驚く。
1925年の在日朝鮮人は、13万人弱である。
それが、33年には、46万人にも、増えている。

一体、これは、どういうことなのか・・・
どこが、強制連行なのか。

まだ続きがある。
日中戦争に入った後の1938年、昭和13年4月、国家動員法が成立し、翌年七月、国民徴用令が施行された。
それは、内地の日本人に対するものであり、朝鮮には、適用されなかった。

内地企業が、自由に朝鮮人を募集出来るのは、その後である。
これを、「統制募集」という。

だが、それでも、「内鮮一体」のスローガンの下で、朝鮮人の渡日取締りと、規制緩和を要求する声が、大きくなり、一時は、部分的な規制緩和を強いられるほどだった。

1934年から37年までの、渡日者数は、10万人を超えていたというから、驚く。

大東亜戦争中の台湾、朝鮮に対する渡日規制は、どちらも同じく強化されていたが、台湾では、それが成功したが、朝鮮では、緩和せざるを得ない事態となったのである。

1942年2月から、「官斡旋」がはじまった。これは強制ではなく、斡旋に応じたければ、応じてもいいという。また転職も自由である。

朝鮮人に日本人と同じ、徴用令が適用されたのは、1944年4月からである。
しかし、日韓の航路は、危険水域を通過するため、この徴用令による、人的な流通は、多くは無かった。

一方で、不法な密航を含めた渡日者は、増え続けた。
1940年の在日朝鮮人は、119万人、49年は、210万人と、急増している。

強制連行どころか、いくら渡日を規制しても、朝鮮人はみずから希望して日本に殺到したというのが、歴史の事実である。

更に、現在も、密入国を続けているという、状態である。
呆れる。





posted by 天山 at 06:20| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

打倒・韓国34

日本に強制された・・・
繰り返し、韓国人たちは、そのように言う。
その中で、比較的新しいものが、慰安婦問題である。

突然のように、始まった、慰安婦のこと。
それも、強制連行であり、日本軍が関与していた・・・

その問題の幕開けを行ったのが・・・・
日本の馬鹿な政治家、河野という者である。
韓国側と、摺り合わせて、謝罪して欲しいと言われて、騙されたのである。

韓国人の以下、嘘である。
日帝が大量の朝鮮人女性を、従軍慰安婦として、強制連行したという。
勿論、ウソであるから、客観的な証拠はない。

だが、仮にもしそのようなことがあったとしても、朝鮮が唐の時代からしばしば北方民族に強制連行された悲しい歴史からすれば、取るに足らない出来事のはずである。
黄 文雄

ここまで、言われると、韓国人は、唖然、呆然だろう、
何しろ、自分たちの歴史というものを、知らないのだから。
歴史で教えられることは、空想、妄想全開のお話である。

本当の歴史の事実は・・・
属国の朝鮮が宗主国の、中華帝国へ捧げる主要貢物には、牛馬、金銀、そして、男性の去勢した、宦官、更に、慰安婦である。

朝鮮の慰安婦というのは、かつてアジア最大の貢女の産地と、見なされていたのである。
しかも、最近まで、韓国は、管理売春国家として、有名であった。

キーセン、つまり、妓生であり、今も、存在する。

統一新羅の時代から、李朝朝鮮に至るまで、毎年、宗主国の元、明、清へと貢女を進貢してきたとの、記録がある。
婚姻の習慣から言えば、古代朝鮮は、売春婚の国である。

中華帝国をはじめとして、北方諸王朝への、貢女は、古代から、有名である。

特に、元の時代、モンゴル人の百数十年にわたる、長期政権支配下では、貢女、娘の供出の催促が、厳しかった。

この貢女の歴史は、中国の歴史書だけではなく、韓国通史などの、韓国人学者による、通史にも出ている。

元時代、モンゴル人統監下での貢女献上は。高麗朝の貴族社会にとっては苦痛なほどであった。なにしろ「処女」を献上しなければならないのだ。これが慣例となってしまった朝鮮では、元が抱える南宋の降人部隊「蛮子軍」に女を献上したことから、明や清へと朝鮮の貢女献上の喜悲劇が続いた。その記録は、「高麗史」「稼亭集」や墓誌に多く残っている。
黄 文雄

更に、悲劇なのは、明、清の時代も、元にならい、侍女や貢女は、美女で処女であることを、原則としていたのだ。
そして、その身分は、朝鮮国王の、妹、王女、また王室、大臣の娘が好ましいとされた。

美女で、処女である侍女を出す場合は、両班の娘、その妾が望ましく、それ以外の地位の者を、貢女としてはならなかった。
もし、これで、不正が発覚したら、宗主国である、清が知ったら、責任官吏が逮捕され、厳しく積みに問われたのである。

韓国では、戦後、国家管理売春が横行し、朝鮮史における、慰安婦の輸出や売却の史料も、存在している。

再度書くが、日本政府が関与した、従軍慰安婦問題は、一つの証拠もないのである。
強制連行などとは、ウソ偽りである。

1000年属国と共に、1000年、売春立国である、韓国。
李朝時代も、毎年、宗主国に、貢女や宦官を献上していたのも、史実である。

そこで、現代の韓国社会の、慰安婦問題を、韓国人である、シンシアリー氏が、書いているので、紹介する。

慰安婦問題は、韓国では「聖域化」されており、今ではこのような韓国側の「設定」と違う意見は一切認められません。この問題で叩かれると、韓国社会では生きていけません。慰安婦問題を否定した大学教授や、ネット慰安婦問題に関して日本の意見が正しいと書いた青年が、特定され、慰安婦たちに土下座して許しを請うたこともあります。

なぜか、1990年代になるまで、韓国側はこれといった対応をしませんでしたし、1983年に日本で慰安婦問題を提起する本が出版された時には、本で「十五人が徴用された」と指摘された済州の該当地域の住民たちが、「そんなことはありえない」、「本を売るための日本の恥知らずな商法だ」とまで非難しました。(1989年8月14日、済州新聞)。慰安婦問題が「聖域化」されている今なら、考えられない内容です。韓国がこの問題に食いつくようになったのは、日本の朝日新聞が1991年から慰安婦問題を積極的に取り上げてからです。

というように、私は、日本側の、反日日本人と、在日の存在が多くあると、考えている。

突然のように・・・慰安婦・・・
そして、それを、韓国が日本を攻める、道具としたということ。

何せ、日本帝国支配によって・・・
韓国は、悪くなったというのが、テーゼであるから。

慰安婦の存在そのものを否定する人はいません。それがあったのは事実です。この議論で肝心なのは、彼女たちが性奴隷であったかどうか(強制性があったかどうか)、そして日本政府が直接介入していたのか、ということですが、日本政府または軍が直接的に介入したという証拠は、どこにもありません。これは非常に重要なことですから、覚えておいてください。
と、シンシアリー氏が言う。

更に、韓国の家族省が、今年七月頃、強制性は無かったと、認めたのである。

つまり、売春婦が存在していたのである。
性奴隷などという、存在は、無かったのである。

更に言えば、高級売春婦だった。
彼女たちは、古里に凱旋して、家族に多いに、感謝されていた。
家を建てたり・・・
莫大なお金を得て・・・ということ。
posted by 天山 at 05:00| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

打倒・韓国35

さて、1993年、日本側は、「河野談話」にて、慰安婦の強制性を認め、謝罪までした。

韓国側に、ただ、謝罪だけすれば、いいと、摺り合わせられて・・・
両国のために、認めてください。ただ、謝罪するだけで・・・
ということで、謝罪したら・・・

騙された。

シンシアリー氏の、続きである。

韓国側の河野談話関連記事(2013年7月19日、東亜日報)で、当局の日本の官房副長官はこう話しました。「軍の命令、連絡文書などをすべて見たが、軍や官憲が慰安婦の意思に反して強制的に募集したことを裏付ける資料はなかった」。「当時の宮沢内閣は、未来志向の日韓関係を構築するために、(証拠はないけど)慰安婦の証言を受け入れることにした」。

個人レベルならともかく、国の発表した談話が証言だけを元にしたというのは、実に意外でした。韓国側が保護している元慰安婦は2014年時点で五十四人だけです。河野談話に証言したのは十数人(残りはどこに行ったのでしょうか?)本当に二十万人も三十万人もいたなら、十数人だけの証言で国が頭を下げたのは、さすがにおかしいことです。

それから、韓国は態度を変えました。「ほぅらやっぱり強制だったじゃないか!慰安婦は性奴隷だった!これは人道的な問題だから、韓国は日本側に謝罪と賠償をいつでも追加できる」。公式見解がこれだけから、困ったものです。それが、今まで続いているわけです。

謝るという、日本側の対応も、問題があるが・・・
そのウソの証言を取り、謝らせて、賠償を取るという、韓国という、国・・・

日本では、謝れば、それで済む場合が、多々あるが・・・
国際社会で、謝るとは、アウトである。
つまり、我が身の非を認めたことになる。

例えば、植民地支配を、何処の国が、謝ったことがあるか・・・
最低最悪のイギリスを始め、書き付ければ、キリが無いほどの国々。

白人主義は、近代化を教えた、文明を伝えたと、嘯くのである。

さて、シンシアリー氏が、韓国の慰安婦問題に、突っ込みを入れている。
韓国人が、自ら、書くのである。

1,韓国は、朝鮮戦争で韓国軍も慰安所と慰安婦を運用していたのに、なぜそれを同じ慰安婦問題として扱わないのか
2,韓国は、在韓米軍相手の慰安所と慰安婦を韓国政府が直接管理していたという文書まで公開されたのに、なぜそれを同じ問題として扱わないのか
3,韓国は、過去の慰安婦はそんなに気を使うのに、なぜ借金漬けで性奴隷になっている現在の韓国人売春婦たちを無視するのか

韓国が主張している慰安婦問題には、「おまえが言うな」という美しい日本語で解決できる明らかな矛盾が存在しているのです。この三つの側面は、それを明らかにしてくれることでしょう。

シンシアリー氏には、敬意を表するが・・・
韓国という国は、国家の体を成していないようである。

何かが、欠けている、抜けている国・・・

ここから、シンシアリー氏の書いたものを、略して書くことにする。

2002年、日本の京都で開かれた「第五回 東アジアの平和と人権国際シンポジュウム」にて、韓国人の女性教授が、朝鮮戦争当時、韓国軍慰安婦がいたという、論文を発表した。

彼女が日本軍慰安婦問題に対して持っている認識は、たぶん、一般的な韓国人と変らないと思います。
シンシアリー

彼女の主張は、同じ慰安婦なのに、なぜ、韓国軍による朝鮮戦争での、慰安婦問題と、その被害者たちを無視し、誰も問題提起しないのか、というもの。

日本軍慰安婦問題が、国際的なイシューになっているにも関わらず、彼女の論文に書いてある韓国軍慰安婦の問題は、何故か、まったく話題にならない。

政府の圧力なのか、それとも韓国という社会のチェミョン(体面)を守るためなのか?それはわかりませんが。
シンシアリー

韓国軍慰安婦は、捕虜になった、北朝鮮の人たち、また、思想的に問題があるとされた人たちが、強制的に慰安婦にされたという。

更に、韓国軍本部の公文書「後方戦史」1956年などは、動かない資料、証拠である。
その文書には、「国定式慰安所、特殊慰安隊」とし、1952年にソウル、江陵など四つの小隊に編成された慰安婦、89人が、年間204560人の兵力を「慰安」したと、記録されている。

退役した、軍人たちの回想録にも、慰安婦運営に関する内容が、確認されている。

ただし、これを取材したウィークリー・スユノモ24号によると、
韓国軍の恥部に触れたこの論文はすぐに歴史の裏舞台に片付けられた。韓国軍慰安所関連資料の観覧は禁止され、メディアは約束でもしたかのように沈黙した。大学から「気をつけたほうがいい」という連絡がきた、という。

2002年、韓国軍慰安婦問題が公式提起されたが、韓半島は沈黙した。当時、女性界、男性知識人、社会学会を問わず、そのほとんどが日本の極右勢力による悪用を懸念するだけだった。
女性教授には、「日本軍慰安婦問題とつなげてはいけない」と、有・無言の圧力が加えられた。

資料があって無視する国と、知り様がなくても謝る国・・・どちらも間違っているような気がしますが、どうでしょう。
シンシアリー

つまり、簡単なことで、韓国は、それを無視して、日本のことだけを、徹底的に取り上げて、ウソでも何でも、反日活動をするということ。
それ以外の、何物も持たない国が、韓国と言う国。

国家の体を成していない国なのである。

崩壊するというより、崩壊するものも、持ち合わせない国である。

日本が奪ったというが・・・
奪うものなど、何も無かった朝鮮、韓国なのである。


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2015年10月26日

打倒・韓国35

さて、1993年、日本側は、「河野談話」にて、慰安婦の強制性を認め、謝罪までした。

韓国側に、ただ、謝罪だけすればいいと、摺り合わせられて・・・
両国のために、認めてください。ただ、謝罪するだけで・・・
ということで、謝罪したら・・・

騙された。

シンシアリー氏の、続きである。

韓国側の河野談話関連記事(2013年7月19日、東亜日報)で、当局の日本の官房副長官はこう話しました。「軍の命令、連絡文書などをすべて見たが、軍や官憲が慰安婦の意思に反して強制的に募集したことを裏付ける資料はなかった」。「当時の宮沢内閣は、未来志向の日韓関係を構築するために、(証拠はないけど)慰安婦の証言を受け入れることにした」。

個人レベルならともかく、国の発表した談話が証言だけを元にしたというのは、実に意外でした。韓国側が保護している元慰安婦は2014年時点で五十四人だけです。河野談話に証言したのは十数人(残りはどこに行ったのでしょうか?)本当に二十万人も三十万人もいたなら、十数人だけの証言で国が頭を下げたのは、さすがにおかしいことです。

それから、韓国は態度を変えました。「ほぅらやっぱり強制だったじゃないか!慰安婦は性奴隷だった!これは人道的な問題だから、韓国は日本側に謝罪と賠償をいつでも追加できる」。公式見解がこれだけから、困ったものです。それが、今まで続いているわけです。

謝るという、日本側の対応も、問題があるが・・・
そのウソの証言を取り、謝らせて、賠償を取るという、韓国という、国・・・

日本では、謝れば、それで済む場合が、多々あるが・・・
国際社会で、謝るとは、アウトである。
つまり、我が身の非を認めたことになる。

例えば、植民地支配を、何処の国が、謝ったことがあるか・・・
最低最悪のイギリスを始め、書き付ければ、キリが無いほどの国々。

白人主義は、近代化を教えた、文明を伝えたと、嘯くのである。

さて、シンシアリー氏が、韓国の慰安婦問題に、突っ込みを入れている。
韓国人が、自ら、書くのである。

1,韓国は、朝鮮戦争で韓国軍も慰安所と慰安婦を運用していたのに、なぜそれを同じ慰安婦問題として扱わないのか
2,韓国は、在韓米軍相手の慰安所と慰安婦を韓国政府が直接管理していたという文書まで公開されたのに、なぜそれを同じ問題として扱わないのか
3,韓国は、過去の慰安婦はそんなに気を使うのに、なぜ借金漬けで性奴隷になっている現在の韓国人売春婦たちを無視するのか

韓国が主張している慰安婦問題には、「おまえが言うな」という美しい日本語で解決できる明らかな矛盾が存在しているのです。この三つの側面は、それを明らかにしてくれることでしょう。

シンシアリー氏には、敬意を表するが・・・
韓国という国は、国家の体を成していないようである。

何かが、欠けている、抜けている国・・・

ここから、シンシアリー氏の書いたものを、略して書くことにする。

2002年、日本の京都で開かれた「第五回 東アジアの平和と人権国際シンポジュウム」にて、韓国人の女性教授が、朝鮮戦争当時、韓国軍慰安婦がいたという、論文を発表した。

彼女が日本軍慰安婦問題に対して持っている認識は、たぶん、一般的な韓国人と変らないと思います。
シンシアリー

彼女の主張は、同じ慰安婦なのに、なぜ、韓国軍による朝鮮戦争での、慰安婦問題と、その被害者たちを無視し、誰も問題提起しないのか、というもの。

日本軍慰安婦問題が、国際的なイシューになっているにも関わらず、彼女の論文に書いてある韓国軍慰安婦の問題は、何故か、まったく話題にならない。

政府の圧力なのか、それとも韓国という社会のチェミョン(体面)を守るためなのか?それはわかりませんが。
シンシアリー

韓国軍慰安婦は、捕虜になった、北朝鮮の人たち、また、思想的に問題があるとされた人たちが、強制的に慰安婦にされたという。

更に、韓国軍本部の公文書「後方戦史」1956年などは、動かない資料、証拠である。
その文書には、「国定式慰安所、特殊慰安隊」とし、1952年にソウル、江陵など四つの小隊に編成された慰安婦、89人が、年間204560人の兵力を「慰安」したと、記録されている。

退役した、軍人たちの回想録にも、慰安婦運営に関する内容が、確認されている。

ただし、これを取材したウィークリー・スユノモ24号によると、
韓国軍の恥部に触れたこの論文はすぐに歴史の裏舞台に片付けられた。韓国軍慰安所関連資料の観覧は禁止され、メディアは約束でもしたかのように沈黙した。大学から「気をつけたほうがいい」という連絡がきた、という。

2002年、韓国軍慰安婦問題が公式提起されたが、韓半島は沈黙した。当時、女性界、男性知識人、社会学会を問わず、そのほとんどが日本の極右勢力による悪用を懸念するだけだった。
女性教授には、「日本軍慰安婦問題とつなげてはいけない」と、有・無言の圧力が加えられた。

資料があって無視する国と、知り様がなくても謝る国・・・どちらも間違っているような気がしますが、どうでしょう。
シンシアリー

つまり、簡単なことで、韓国は、それを無視して、日本のことだけを、徹底的に取り上げて、ウソでも何でも、反日活動をするということ。
それ以外の、何物も持たない国が、韓国と言う国。

国家の体を成していない国なのである。

崩壊するというより、崩壊するものも、持ち合わせない国である。

日本が奪ったというが・・・
奪うものなど、何も無かった朝鮮、韓国なのである。


posted by 天山 at 06:28| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月27日

打倒・韓国36

シンシアリー氏の、続きである。

朝鮮戦争が終わってからも、この流れは続きます。2013年11月16日、韓国日報などの報道によると、野党議員が1977年に作成されたある文書を公開しました。それは、前々から「公然の秘密」だったある事案を裏付ける文書でした。米軍を相手する売春村、俗に言う「キジチョン(基地村)を、国が直接管理していた、そして当時の朴セイキ大統領がサインまでしていた、という内容です。

この朴セイキ大統領は、現在の朴大統領の父親である。

簡単にまとめると、基地村の管理(性病や水の供給など)に関する「基地村女性浄化対策」という文書で、六十二ヶ所・九千九百三十五人の「慰安婦」たちを国が管理していたことが印されています。また、文書に「慰安婦」と書かれているのが非常に興味深いですね。実際、1960~1970年代の求人広告などを見ても、UN(国連)軍を相手する売春婦関連の新聞記事などに「慰安所」や「慰安婦」という名称が普通に使われていました(有名なのが1961年9月14日の東亜日報で、慰安婦登録関連記事)。

更に、
今では世界各地で「Comfort Woman (慰安婦)」ではなく、「Sex Slave (性奴隷)」と書くべきだと主張している韓国ですが、その韓国が、本当に慰安婦というものを「日本軍に連れ去られ、性奴隷にされた存在」だと認識していたのなら、なぜ1977年までそのような名称を公文書に使っていたのでしょうか?

鋭い、突っ込み。
韓国の捏造を、バッサリ・・・

そして、その基地村は、強制収容の可能性が高いと、指摘されている。

今までこの問題は何度も提起されてきましたし、その際に被害者たちがいつも話していたのか「強制収容治療と副作用(ペニシリンによるショック死など)」です。証言と証拠の内容が一致していますね。
しかし、なぜかこの問題は「慰安婦」として語られません。話題にもなりません。国会議員が文書を公開しても、二、三日経てば、何事もなかったかのようになってしまいます。なぜでしょうね。

本当に、何故でしょうか・・・
自国の問題は、問題にしないという、ホッ被り。
また、自国の他国での行為も、無視するという、仰天である。
ベトナムで行った、韓国軍による、強姦、慰安所の強制収容など・・・

シンシアリー氏は、現在の韓国の売春社会を、教えてくれる。

浦項(ポハン)という地域。ここでは2010年7月7日から一年間、売春婦の女性が八人も自殺しました。初めて自殺者が遺体で発見されたのが2010年の7月7日。以後、2011年6月13日まで八人が自殺したのです。

SBSの取材の結果、売春婦たちは仕事を始める時に、業主からお金を借りました。しかし、そのお金を返すためにいろいろ頑張ったけれど、返すのはおろか、借金だけが増えていきました。仕事をしても、さまざまな名目で、全部業主に持っていかれてしまいます。最初から、返せない仕組みだったのです。仕方なく、彼女たちはまた別の所から借金するしかありませんでした。借金の保証をしてくれる人もいなかったため、結局女性たちは(同じ境遇の)売春婦同士で互いに借金の保証人になりました。ひとりが自殺すれば、その借金が次ぎの人に移ることになります。そうやって、彼女たちは「性奴隷」になりました。

一人が自殺して、次の人が、借金を背負い、また自殺するという、繰り返しである。
連続ならず、連鎖だと、シンシアリー氏が言う。

全員がそうだとは思いません(思いたくありません)が、国家予算の六%だと言われている韓国の風俗市場には、「どうしても返せない仕組みの借金」の罠に引っ掛かり、奴隷のように働かされている女性が、相当数、存在しています。国内だけではありません。

2010年10月の国政監査で女性家族部所属の国会議員が主張した内容によると、外国で売春している韓国人売春婦は約十万人で、その中の五万人が日本にいるということです。ブローカーなどもほとんどが韓国人です。

私も、占い師のような、宗教の教祖のような、韓国人の男を知っている。
客は、皆、韓国人である。
韓国人は、平気で、韓国人を騙すのである。

これは、中国人も同じで、中国人同士が、騙し合う。

更に、恐ろしいことがある。

2014年2月18日の聯合ニュースによると、お金を借りに来た女性たちに年利73%を負わせ、日本で売春をさせたヤミ金融者と日本現地運営者(韓国人)が逮捕されました。わざと高い利率でお金を貸し、「返せないなら体で払え!」としたのですね。でも、73%ではまだマシなほうです。

2013年8月21日の文化日報によると、借金を返せなかった女性47人を日本に送って強制的に売春させたブローカーなど韓国人23人が捕まりました。三百四十六%の利率を適用させていたため、女性たちはどうしても借金を返済することができなかったとのことです。

2012年5月31日の慶尚南道地域警察広報資料によると、41~495パーセントの高金利でお金を貸しては強制的に売春させた二つの組織、七人が検挙されました。

お話は、まだ続くが・・・

李朝朝鮮時代の、朝鮮人たちのことを、思い出して欲しい。
その人間性である。

どこか、おかしいのである。
まともな神経ではない。

日本にも、様々な、事件がある。
しかし、これほどの、悪質極まる、そして、人間性を無視したものは、あまり見当たらない。

それに、在日の韓国人たちは、通名として、日本名を使う。
凶悪事件など、日本人だと、思っていると、在日だったということが、多々ある。

民族に対する、差別は、一切ない。
しかし、朝鮮半島という場所は、何か、特別な、悪気に満ちた場所ではないかと、思えてくるのである。

野蛮で、自分勝手な人間は、何処にでもいる。
知能犯も、何処の国にでも、存在する。

しかし、自国民を、他国に向かせて、売春を強制させるという、その根性は、何処からのものか。






posted by 天山 at 06:43| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月28日

打倒・韓国37

2011年、高級デパート側の要請で売春街の撤去が始まり、そこの売春婦たちが売春街を守るためにデモを行いました。焼身を試みた人もいます。「売春させてくれ」と抗議する売春婦たち。あれは、売春がやりたくてやるという意味ではありません。売春でもやらないと、死ぬしかないからです。
シンシアリー

このままシンシアリー氏の言葉を続ける。

彼女たちこそが、「韓国の言う慰安婦」、即ち「性奴隷」ではないでしょうか?そんなに女性人権を大事にする国なら、なぜこうなってしまったのか、なぜこうして悪化しているのか。韓国は、売春や人身売買を取り締まる法案だけをそれらしく作って、米国務省などから人身売買関連で優秀な結果が得られていますが、中身はこの有り様です。(その法とやらも、厳しく適用されることはほとんどなく、処罰はほかの国より軽いのが現実です)。見えないところにいる人間など、どうでもいいのです。
とのこと、である。

酷い国・・・
そして、もっと酷いことがある。

2013年1月30日、朝鮮日報に報告されたもの。
韓国啓示政策研究所の研究員たちが、ベトナム、タイ、フィリピン、カンボジアなど現地での実態を調査したものを発表した。

「東南アジアの児童性売買観光、現状と対策」という、報告書である。

研究チームは、
東南アジア地域において、性売買観光客の多さでは韓国が一位だ、
とくに東南アジア売春女性の15%を占める児童(18歳未満の事)売春市場で、韓国男性は独歩的存在。

私自身も、東南アジアの児童買春に関して、独自の調査を行っているが・・・
それは、特に、日本人の男達の行動を主にしたものだが、韓国人が、矢張り、一位である。

2014年1月13日の、韓国地上波放送局、MBCのニュースで、
児童買春。幼い女性を求めて東南アジアの国々を訪れる韓国人観光客が増え続けています。
と、報道した。

その内容では、最近は、ネパールなどにも、魔の手が及び、ニュース番組の中では、九歳、十歳の女子たちが、韓国人を相手にしたと、話していた。とのこと・・・

2013年6月17日、国際児童性的搾取反対団体である、ECPAT韓国支部が、フィリピンのマニラ、セブ、アンヘレスなど、三つの地域で、性売買被害女性14人と、支援団体の関係者4人を対象に、現地調査した結果、そこに記された、韓国人観光客の特徴は、
サディスティックで、集団的性行為を好む。
と、ある。

更に、フィリピンでは、コピノの問題がある。
これは、私も、知っていた。
つまり、韓国人の男が、フィリピン女性を妊娠させ、そのまま韓国に、逃げるというもの。

すでに二万人を超えたと言われる、コピノ問題である。

明らかに、卑劣である。
だが、朝鮮人、韓国人である。

もっと、酷い話しが、
2011年1月23日の、MBCの社会告発番組では、
フィリピンでホームスティしつつ、一家全員、母、長女、次女の三人を妊娠させて、そのまま逃げ帰った韓国人留学生の話しである。

これが現実なのかと、呆れてしまいました。
シンシアリー

2014年1月13日の、MBCニュースでは、
最近三年間、海外売春容疑で警察に捕まった韓国人は、994人。その大半は、アメリカ、オーストラリアで売春をしていた女性、または、ブローカーであり、海外性売買をした男性は、12%に過ぎない。
しかも、処分の大半は、起訴猶予で、実質的に処罰されていない。
特に、未成年者を対象にした、性売買犯は、集計すらされていない。
ということ。

つまり、まだまだ多くの事件があるが・・・
隠されているのだ。

日本軍慰安婦問題で興奮している良心的日本人の方々は、なぜ、同じ問題が起きている今の韓国に同じ問題提起をしないのでしょうか。ひょっとして、日本を叩く流れに乗って自分を善人にできると思っているだけではありませんか? だとしたら、それは韓国の反日と同じ、ただ吐き気のする偽善でしかないのです。
シンシアリー

これは、提言である。
これに応えたいと思うが・・・

日本は、韓国との請求権協定(基本条約)により慰安婦問題を含め、すべての賠償責任を済ませています。それからも、アジア女性基金など、十分に誠意を見せました。

韓国にとって女性人権がそんなに大事なら、世界の十万人の韓国人売春婦を何とかしてから言うべきです。もはや、慰安婦問題の本質は、女性人権でも何でもありません! ただ、日本のイメージを「引き下げる」ことだけが目的なのです。日本を絶対悪とするための、反日を確固たるものにするための最強の兵器、それが慰安婦問題なのです。残酷な話しだと思われるかもしれませんが、だからこそ誰かが指摘しておく必要もありましょう。
シンシアリー

韓国人が言うのである。

だから、日本人も、はっきりと明確に、解決済みである事を、言うべきなのだ。
政治家、一般国民に至るまで・・・

一歩も、譲ってはならないのである。

現在、世界中に存在する、韓国人売春婦の問題を、提起して、韓国を問うことである。

日本にも、五万人の韓国人売春婦が、存在する。
そして、それは、韓国人自らが、行っているのである。
ブローカーも、日本在住の韓国人も、犯罪を犯しているのである。

日本人は、それを叫ぶべきである。
現在の韓国人の行動を、糾すこと。

posted by 天山 at 07:10| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

打倒・韓国38

さて、もう一度、韓国人の根本的問題に戻る。

韓国人の、朴氏が書く。
韓国は、悪臭を発する中国文化――とくに儒教によって、どれほどまで毒されてしまったことだろうか。それで、韓国人は中国人を「垢奴」(テノム)と呼んで蔑む。垢にまみれた不潔な人々と言う意味である。

上記は、一体どういうことか・・・
日本では、孔子の儒教とは、実に、貴い教え、教養として教えられた。
論語などは、今でも、多くのフアンがいて、更に、著名人も、それについての解説を書くほどである。

だが、不思議なことに、中国共産党は、その孔子も、儒教も否定して成り立った。
現在、日本に帰化した、中国人であった、石平氏が、本当の儒教は、日本にあると言う。

簡単に言えば、儒教の精神を日本は学び、その他の歪なものは、一切関与しなかったのである。
日本の流儀に従い、日本流の儒教を確立したと言えばいい。

古代の外来文化は、日本の場合、まず皇室に入る。
そこで、吟味され、咀嚼されて、日本流になり、そして、国民に伝えられる。
文化センターの皇室の役割は、凄いものだと、思う。

韓国での中国人のイメージといったら、貪欲であるとか、人をなかなか信用せずに用心深い、とかいったものだ。それなのに韓国人は、今日にいたるまで、中国文化のクビキから抜け出せないでいる。


韓国は高麗、李朝時代を通じて、政治、社会制度から学問、生活習慣まで、中国を完全に模倣しようと努めた。韓国は、中国文化の優等生だった。韓国人は、古代には独自の名前を持っていたが、新羅時代に入ってから後に、中国名を名乗るようになった。


更に、
李朝朝鮮は、中国の完全無欠なコピーであることを誇って「小中華」と称したものだった。何と不運なことだったか! そこで中華思想、科挙制度、中央集権から、ごていねいなことに宦官まで真似をしてしまった。中華思想は、中国が丸い天に囲まれた方形をした世界の中心にあって、中国が世界でもっとも完成された国家であり、中国文化がもっとも優れているという独善的で、思い上がったものである。


と、いうことで、日本にも、多くの中国文化が、隋の頃から渡来したが・・・
宦官や、纏足などは、決して真似をしなかった。

ここが、韓国、朝鮮と違うところである。

現在の韓国は、すべてが、オリジナルだと、声高に言うが、残念ながら、朝鮮には、誇るべきものが無いのである。

中華思想は、現在の中国にも存在する。
それを、共産党独裁政権が言うから、おかしなことになる。

さて、朴氏は、徹底的に、中国人について書いている。
中国人の顕著な特徴は、無秩序で、汚く、けたたましく、騒々しいことだ。まったく自己本位で、派閥を組んで争うことを好む。自制心を欠き、人の悪口ばかりいっている。ホラを吹く。対面ばかり重んじて、いたずらに誇り高い。協調精神を欠いていて、自分の過ちを認めようとしないーーといったものだ。
これらの特徴は、韓国人の性格のなかの悪い面をそのまま表している。国家よりも一族の利益を願い、官が腐敗していて、社会が賄賂漬けになっているところも、同じことである。


未だに、韓国社会は、賄賂漬けなのである。
これでは、真っ当にやっていられない。

ここで注意すべきことは、中国人とは、漢民族のことである。
チベット、ウイグル、南モンゴルの人たちのことではない。
また、台湾の人たちとも違う。

上記の人たちは、旅先でも、おなじみであり、様々な国から、顰蹙をかっている。
また、中国人排斥運動とは、中国共産党を主体とする、漢民族のことである。

韓国人が自国史の歴史認識について、もっとも忌み嫌うもののひとつは、中華帝国によって朝鮮の歴史が決められてきたという「他律史観」である。「事大主義」という言葉も、あまり好きではないようだ。これらの用語は、自国史の主体性にかかわるものだからだろう。史観とは関係なく、自律性が欠けていることを、ひたすら否定したがるのだ。
黄 文雄

千年以上に渡る、中華帝国との主従関係、君臣関係を、無理に、友好関係、同盟関係などと、ウソを言う。

中国の正史には、高句麗、新羅、百済の三国時代から、半島は、中国の冊封を受けたとある。
だが、実際には、完全に確立されていたわけではない。

黄氏は、自律性らしきものはあった。と、書く。

朝鮮半島が、中華帝国と宗属関係になったのは、676年にはじまる、統一新羅の時代からである。

唐の援助により、半島を統一出来たことにより、自ら「大唐国新羅群」と名乗って、卑下し、天朝への忠誠を誓ったのである。
以後、朝鮮は、中華帝国の、東方藩屏として、歴代王朝の興亡に、振り回された。

そして、次第に主体性を維持することができなくなり、やむをえず事大主義が民族性として定着、自律性を確立することができなくなったのだ。よって、新羅に助力して三国を統一させた唐が滅べば、新羅も滅ぶ。


半島の王朝は、大陸の王朝の興亡と連動しているということだ。

そこから、足が抜けなくなった朝鮮である。
勿論、時代によって、その強弱が違うのだが・・・

本格的に、中華の干渉を受けたのは、大明帝国時代の、李朝からである。
1392年、太祖李成桂が、「易姓革命」にて、高麗朝を簒奪したが、実権支配の獲得を、明の太祖に認知してもらうため、国家主権を、すべて明に売り渡した。

そして、属国となる。

つまり朝鮮半島の事大主義は、統一新羅の時代に唐の属国になったことからはじまり、元時代の内面指導を経て、李朝において身も心も属国意識に染まることで完成したのである。


実に、気の毒な、歴史である。
これ以上書いていいのかと、思わせるのだが・・・

打倒・韓国と、銘打った以上は、書く必要がある。



posted by 天山 at 07:17| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月30日

打倒・韓国39

李朝朝鮮において、事大主義が決定的になった理由は、高麗を滅ぼし、李朝を立てた、太祖・李成桂が、それまでの、尊仏崇武政策を廃止して、尊儒崇文を国是とし、朱子学を国学と定めたことからである。

高麗時代の朝鮮は、実に敬虔な仏教国であった。

ちなみに、仏教が隆盛した時代は、中国では、隋、唐時代であり、日本では、奈良、平安時代である。
また、日本に仏教として、仏像が新羅から送られたのである。

推古天皇時代、朝鮮から僧がやって来て、仏教を伝道した。

だが、中華では、仏教により、儒教が衰退した。
そこで、宋の時代のなり、儒教に変って、理気学という、新儒教が誕生した。
それが、朱熹が集大成した、朱子学である。

朱子とは、尊称である。

朱子学は、仏教が隆盛を過ぎる中華社会に定着し、元の時代になると、公認されるようになる。
そして、それが、朝鮮半島にも、流れ込むのである。

李朝朝鮮は、それをもって、国学とした。

朱子学は、三綱五倫を中核とする教養と、厳格な道徳秩序によって、支えられる。
三綱とは、君臣、父子、夫婦の道。
五倫とは、君臣の義、父子の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信である。

これは、国王を国父とし、王妃を国母とする、家父長的な家族主義の絶対化により、忠君愛国の、名分と秩序を唱えるものである。

これを形式的に、または「法」にかわって支えているのが、「礼」である。
黄 文雄

日本の江戸時代も、朱子学を持って、政治の主体とした時期がある。

そのため朝鮮は、「君父」、つまり中華の君を父と崇めるという忠誠心が非常に強烈となり、「大中華」への属国の礼を尽くす「小中華」「礼儀之邦」や「君子の国」として認知されるに至ったのだ。つまりそれは、朝鮮が当時の中華帝国である明王朝に臣属と忠誠を誓うことを意味している。


朱子学は、李朝の国是・国家的イデオロギーとして王権を強化し、両班官僚体制を確立するのに役立った。さらに、高麗朝からの政権簒奪の正当性を主張し、高麗朝を継承するために行われた易姓革命の正当化にも貢献している。


小中華でしかない朝鮮が、大中華に奉仕する理論付け、イデオロギーを確立するために、朱子学が、必要不可欠だったという、悲劇である。

だから、大中華に対する、「君臣の義」が絶対化された。
以来、朝鮮は、朱子学の大義名分により、大中華に対する、君臣の義を、守り続けたのである。

日本における、儒教といわれるもの、朱子学といわれるもの・・・
違いは何か。

行政担当の江戸幕府が、朱子学を主体としても、国民は、皇室、天皇を君として、仰ぎ見るのである。
将軍は、天皇に任命された一つの、職であるとの意識である。
それが、日本を救い続けている。

壬辰倭乱、秀吉による、二度の、朝鮮出兵の、丁酉倭乱の後に、それらが、明の大軍の救援のおかげであるという、大義名分ができ、それが恩義論までに、昇華された。

当時の、道学的な朱子学者たちの、正しい歴史認識となったのである。

朝鮮の宗廟と生民を蘇生させたのは、明であった。
それゆえ、朱子学者、尊明主義者は、わが国の木一株、草一株と生民の毛髪一本といえども、明の皇帝の恩恵が及ばないものはない、と主張したのである。

しかし、李氏一族の属国願望は限度を超えた。きわめて徹底的なものであった。明から国号を乞い、国王の認知を求め、生殺与奪の権をすべて宗主国に任せてしまったのだ。これまた、人類史上類例を見ない属国根性である。
黄 

だが、朱子学というものは、君臣の大義、華夷の別を強調するだけの、文化防衛の学であり、特別なものではない。
仏教用語を用いて、孔子、孟子の学を、註釈するだけである。

特に中国思想は、水平思考であり、垂直思考ではない。
私の言い方をすれば、人間世界の事のみに、始終する。
天の思相はあるが、それも、単に人間の行く先の天であり、見えない世界に関しては、全く不明である。

勿論、道教のように、死霊などを扱う所作などもあるが・・・

黄文雄氏は、
そんなものを、李朝朝鮮はあたかも宝物のように拾い集め、廃仏毀釈、尊儒崇文を国策として国教化したのだった。まるで、大国人が吐き捨てた味のないチューインガムを、朝鮮人が拾い上げ再び口に入れて、咀嚼しながら満足げにおいしいと言っているようなものだ。朱子学をいくら「大学」として扱っても、そこで主張しているのは単なる君臣の大義と衛正斥邪のみで、結局、朝鮮の自律性を妨げることにしかならなかった。
と、言う。

つまり、極限を言えば、朝鮮には、独自的な文化が無いということである。
あるのは、仏教文化と、儒教文化のみの、外来文化である。

しかし、仏教の排斥は、何代にも渡り徹底的に行われた。
その時に、仏像などを、日本へ移したものも多数ある。

その仏像を、元々は韓国のものだと、盗み、返す、返さぬで揉めたのが、対馬の仏像盗難事件である。

自分たちで捨てておいて、今度は、我が物であると、盗むという所業は、まさに、朝鮮人である。

救いようがないと言う。


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