2016年01月13日

もののあわれについて784

対へ渡り給ひぬれば、のどやかに御物語など聞えておはする程に、日も暮れかかりぬ。昨夜かの一条の宮に参うでたりしに、おはせし有様など聞えいで給へるを、ほほえみて聞きおはす。あはれなる昔の事かかりたる節々は、あへしらひなどし給ふに、源氏「かの想夫恋の心はべは、げにいにしへの例にも引きいでつべかりける折ながら、女はなほ人の心移るばかりのゆえよしをも、おぼろけにては漏らすまじうこそありけれと、思ひ知らるる事どもこそ多かれ。過ぎにし方の心ざしを忘れず、かく長き用意を人に知られぬとならばね同じうは心清くて、とかくかかづらひ、ゆかしげなき乱れなからむや、誰が為もココロにくく、めやすかるべき事ならむとなむ思ふ」と宣へば、「さかし。人の上の御教へばかりは心細げにて、かかる好きはいでや」と見奉り給ふ。




東の対へ、お出でになったので、静かにお話し合いなど申し上げているうちに、いつしか、日も暮れ始めた。
昨夜、あの一条の宮にお出でになった時の、あちらのご様子などを、申し上げると、源氏は、にっこりと、お聞きになっていらっしゃる。お気の毒な昔の事。柏木に関係のある話には、相づちなどされて、その想夫恋のやりようは、いかにも、後々まで、たとえ話として、引かれるのにも、いいような話だが、でも、女というものは、男の気持ちをそそるようなことを、並大抵では、見せてはいけないものだと、考えさせられることが、多い。亡くなった人への、心向けを忘れず、末永く、世話しようという気持ちを、相手に取られた以上、同じことなら、綺麗な気持ちで、何かとお世話して、感心しない不行儀がないのが、どちらにとっても、奥ゆかしい、見ても良い物だろう。と、おっしゃるので、いかにも、人のことになると、きちんとした調子だが、女相手だと、どんなものか、と、お顔を仰ぎ見る。




夕霧「何の乱れか侍らむ。なほ常ならぬ世のあはれさをかけそめ侍りにしあたりに、心細く侍らむこそ、なかなか世の常の嫌疑あり顔に侍らめとてこそ。想夫恋は、心とざしすぎて言いで給はむや憎き事に侍らまし。物のついでにほのかなりしは、折りからのよしづきて、をかしうなむ侍りし。何事も人により、事に従ふわざにこそ侍るべかめれ。よはひなども、やうやういたう若び給ふべき程にもものし給はず。またあざれがましう。すきずきしき気色などに、物なれなどもし侍らぬに、うちとけ給ふにや、おほかたなつかしうめやすき人の御有様になむものし給ひける」など聞え給ふに、いとつよきついで造りいでて、すこし近く参り寄り給ひて、かの夢語りを聞え給へば、とみに物も宣はで聞し召して、思し合はする事もあり。




夕霧は、何の不行儀など、ございましょう。やはり、短命に終わった者への、同情から世話をしております方に対し、すぐにやめては、かえって世間普通の、嫌疑を受けましょうと、思い、参上しました。あの想夫恋は、ご自分の方から、積極的に弾かれたのなら、嫌なことでしょうが、私の勧めでは、ほんのすこし、お弾きになったのは、あの時にふさわしく、結構に思いました。何事も、人次第、事の次第でございましょう。お年も、おいおい、たいしてお若いと申すほどでも、いらっしゃらず、それに私が、冗談を言ったり、女として相手するなど慣れておりません。お気をお許しなのか、申してみれば、優しく、非難するところのないご様子で、いらっしゃるのです。などと、申し上げてている間に、うまい話のきっかけを創りだして、少しお傍にお進みになり、あの夢のお話をされると、急には、何もおっしゃらず、お聞きあそばして、お気づきになることも、あった。




源氏「その笛はここに見るべきゆえあるものなり。かれは陽成院の御笛なり。それを故式部卿の宮の、いみじきものにし給ひけるを、かの衛門の督は、童よりいと異なる音を吹きいでしに感じて、かの宮の萩の宴せられける日、贈り物にとらせ給へるなり。女の心は深くもたどり知らず。しかものしたるななり」など宣ひて、「末の世の伝へは、また、いつかたにとかは思ひまがへむ。さやうに思ひなりけむかし」など思して「この君もいといたり深き人なれば、思ひ寄ることあらむかし」と思す。




源氏は、その笛は、私が持つ理由があるものなのだ。それは、陽成院の御笛だ。それを、亡くなった、式部卿の宮が、大事にされていたが、あの衛門の督が、子供の時から、大変上手に笛を吹いたので、感心して、宮が萩の宴をされた日に、贈り物として、お与えになったもの。女の気持ちは、深く事情を知らず、そういうことにしたのだろう。などと、おっしゃり、将来、子孫に伝えるというのは、どちらも、まごつくことがあろう。故人は、そういう気になったのだろう。などと、考えられて、この君も、よく気のつく人だから、気づくこともあろう。と、思われる。




その御気色を見るに、いとど憚りて、とみにもうちいで聞え給はねど、せめて聞かせ奉らむの心あらば、今しも事のついでに思ひいでたるやうに、おぼめかしうもてなして、夕霧「今はとせし程にも、とぶらひにまかりて侍りしに、なからむ後の事ども言ひ置き侍りし中に、しかじかなむ深くかしこまり申すよしを、かへすがへすものし侍りしかば、いかなる事にか侍りけむ、今にそのゆえをなむ思ひ給へ寄り侍らば、おぼつかなく侍る」と、いとたどたどしげに聞え給ふに「さればよ」と思せど、何かはその程の事、あらはし宣ふべきならねば、しばしばおぼめかして、源氏「しか人の恨みとまるばかりの気色は、何のついでにか漏りいでけむ、と、みづからもえ思ひいでずなむ。さて今静かに、かの夢は思ひ合はせてなむ聞ゆべき。夜語らずとか、女ばらの伝へに言ふなり」と宣ひて、をさをさ御しらへもなければ、うちいで聞えてけるをいかに思すにかと、つつましく思しけり、とぞ。




その源氏の顔色を見ていると、益々遠慮されて、急には、お話申し上げられないのだが、是非、お耳に入れたいという気持ちがあるので、今、ふっと思い出したかのように、よくわからないという態度で、夕霧は、臨終の時にも、見舞いに出掛けましたところ、死んだ後のことを、あれこれと、遺言しました中に、しかじか、六条の院に、心から恐縮している旨を、繰り返し繰り返し、申したものですから、どういうことで、ございましょうか。今に至るまで、その理由に気づきませんものですから、気にかかっているのでございます。と、いかにも、分かりかねたように、申し上げるので、源氏は、知っている、と思うが、何もその頃の事を、ありのままに、おっしゃるべきではないから、しばらくわからないふりをして、源氏は、そのように、誰かに、恨まれるほどの様子は、どんなときにしたのか。自分でも、思い出せない。それはそれとして、そのうち静かに、その夢のことは、考えがついてから申すとしょう。夜は、夢の話はしないものだとか。女房たちが、言い伝えているから。と、おっしゃり、特にご返事はなかったので、お耳に入れたことを、どうお考えなのだろうかと、きまり悪く思うのだった、とか。

何とも、難しい言い回しか、多い。

横笛を終わる。


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2016年01月14日

もののあわれについて785

鈴虫

夏ごろ、はちすの花の盛に、入道の姫宮の御持仏どもあらはし給へる、供養せさせ給ふ。このたびは、おとどの君の御心ざしにて、御念誦堂の具ども、こまかにととのへさせ給へるを、やがてしつらはせ給ふ。幡のさまなどなつかしう、心ことなる唐の錦を運び縫はせ給へり。紫の上ぞ、いそぎせさせ給ひける。花机のおほひなどをかしき目染もなつかしう、清らなるにほひ、染めつけられたる心ばへ、目なれぬさまなり。夜の御帳のかたびらを、四面ながらあけて、うしろの方に法花の曼荼羅かけ奉りて、しろがねの花瓶に、高くことごとしき花の色をととのへて奉れり。




夏の頃、蓮の花の盛りに、入道された、女三の宮の、御持仏の、数々を開眼されて、供養をあそばす。今回は、源氏の御発願で、御念誦堂のいろいろな道具を、心をこめて、おろそかになっていたものを、この持仏開眼のために、お飾りになる。幡の出来など、優しい雰囲気で、特に立派な舶来の錦を選ばれて、縫わせになった。
これは、紫の上が、ご準備した。花机の被いなど、結構な鹿の子絞りも、優しい感じで、綺麗な色艶、染め上げられた趣向は、またとない、出来栄えである。夜の御帳台の帷子を、四方とも上げて、後の方に、法花の曼荼羅をかけて、銀で作った花瓶に、蓮の花を、背の高い立派な色ばかりを揃えて、挿してある。




名香には、唐の百歩の薫衣香を焚き給へり。阿弥陀仏、脇侍の菩薩、おのおの白檀して作り奉りたる、こまかにうつくしげなり。あかの具は、例のきはやかにちひさくて、青き、白き、紫の蓮をととのへて、荷葉の方を合はせたる名香、蜜を隠しほほろげて、焚きにほはしたる、ひとつ薫ににほひあひて、いとなつかし。




仏様のお香には、唐風の百歩の、薫衣香を焚いている。阿弥陀仏、脇侍の菩薩、それぞれ白檀でお作り上げたのが、繊細で美しい。仏様のお水の道具は、いつも通り、きわだって小さく、青や白、紫の蓮の花を綺麗に飾り、荷葉香を調合して、蜜を少しにし、ぼろぼろして焚いたのが、蓮の花の匂いと一緒になり、とても優しく、懐かしい香りがする。




経は六道の衆生のために、六部書かせ給ひて、みづからの御持経は、院ぞ御手づから書かせ給ひける。これをだにこの世の結縁にて、かたみに導きかはし給ふべき心を、願文に作らせ給へり。さては阿弥陀経。唐の紙はもろくて、朝夕の御手ならしにもいかがとて、紙屋の人を召して、ことに仰言賜ひて、心ことに清らに漉かせ給へるに、この春の頃ほひより、御心とどめていそぎ書かせ給へるかひありて、はしを見給ふ人々、目も輝き惑ひ給ふ。




経典は、六道に迷う人々のために、六部お書かせになり、女三の宮ご自身の御持経は、院ご自身が、お筆をおろした。せめて、このご自筆のお経を、この世の結縁として、お互いに、導き交わすとの、気持ちを願文に、お書き遊ばす。それ以外は、阿弥陀経を、唐の紙はもろくて、朝晩お使いになるのは、どんなものかとあり、紙屋院の役人を召して、特別のご命令を下され、別誂えで、綺麗にお作りにならせた紙に、この春の頃から、念を入れて、急いで書き遊ばしただけのことがあり、ほんの一部分を、ご覧になる方々も、眩しく思われる程の、美しさである。




罫かけたる金の筋よりも、墨つぎの上に輝くさまなども、いとなむめづらかなりける。軸、表紙、箱のさまなど、いへばさらなりかし。
これはことに沈の花足の机にすえて、仏の御おなじ帳台の上に飾らせ給へり。




罫に引いてある、金泥の線よりも、お筆の跡が紙の上に輝いている美しさは、実によいものである。お経の軸や、表紙、箱の様子なども、申すまでもないこと。
ご自筆の阿弥陀経は、特別に、沈の花足の机に載せて、仏様と同じ御帳台の上に、飾られた。




堂飾りはてて、講師参うのぼり、行香の人々参り集ひ給へば、院もあなたに出で給ふとて、宮のおはします西の廂にのぞき給へれば、狭きここちする仮の御しつらひに、所せくあつげなるまで、ことごとしく装束きたる女房、五六十人ばかり集ひたり。北の廂、簀子まで童べなどさまよふ。




お堂を飾り終わり、講師が上堂し、行香の人たちも、お集まりになった。院、源氏もそちらに、お出でになる途中、宮のいらっしゃる、西の廂に顔を出されると、狭い仮の御座所に、ぎっしりと、暑苦しいまでに、仰々しい装束の女房たち、五、六十人が、集っている。北の廂や、簀子まで、女童などが、はみ出して、うろうろしている。




火取どもあまたして、けぶたきまであふぎ散らせば、さし寄り給ひて、源氏「空に焚くは、いづくの煙ぞと思ひわかれぬこそよけれ。富士の峰よりもけに、くゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり。講説の折りは、大方の鳴りをしづめて、のどかに物の心も聞きわくべき事なれば、はばかりなき衣の音なひ、人のけはひ、しづめてなむよかるべき」など、例のもの深からぬ若人どもの用意、教へ給ふ。宮は人気におされ給ひて、いとちいさくをかしげにて、ひれ臥し給へり。源氏「若君らうがはしからむ、抱き隠し奉れ」など宣ふ。




香炉を沢山使い、煙たくなるほど、あおぎ散らすので、傍に寄り、源氏は、どこで焚いているかわからぬほどがよい。富士山以上に、煙が立ち込めているのは、感心しないが。お経の、講義の時は、他の音はしないようにして、静かに、お話の意味がわかるように。衣擦れの音や、人のいる様子は出さないようにするのがよい。と、いつも通り、思慮の足りない若い女房たちに、心遣いを教える。
宮は、大勢の人たちに圧倒されて、小柄で美しい姿で、臥せられていた。源氏は、赤ん坊は、やかましいだろう。抱いて、あちらに、お連れ申せ、などと、おっしゃる。

posted by 天山 at 07:15| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

もののあわれについて786

北の御障子も取り放ちて御簾かけたり。そなたに人々は入れ給ふ、しづめて、宮にも物の心知り給ふべきしたかたを聞え知らせ給ふ。いとあはれに見ゆ。
おましを譲り給へる仏の御しつらひ見やり給ふも、さまざまに、源氏「かかる方の御いとなみをも、もろともに、いそがむものとは思ひ寄らざりし事なり。よし後の世にだに、かの花の中のやどりに、へだてなくとを思はせ」とて、うち泣き給ひぬ。

源氏
蓮葉を 同じ台と 契りおき 露のわかるる けふぞ悲しき
はちすばを おなじうてなと ちぎりおき つゆのわかるる けふぞかなしき

と御硯にさしぬらして、香染なる御扇に書きつけ給へり。宮、

女三の宮
へだてなく 蓮の宿を 契りても 君が心 やすまじとすらむ

と書き給へれば、源氏「いふかひなくも思ほしくたすかな」と、うち笑ひながら、なほあはれと思ほしたる御気色なり。




北廂との間の、御障子も外して、御簾がかけてある。そちらの方に、女房たちをお入れになり、静かにさせてから、宮にも、法会の内容がお分かりになるように、予備知識を教えて差し上げる。いかにも、ご親切なお扱いである。
宮が、御座所を明け渡しされ、その仏様の飾り付けに、目を向けると、あれにつけ、これにつけ、感慨無量で、源氏は、こういうことのお仕事も、ご一緒することになろうとは、思いもかけなかったこと。せめて、来世で、あの蓮の中の宿を、いっしょに仲良くしようと、思って下さい、とおっしゃり、お泣きになる。

源氏
来世は、蓮の葉を、二人一緒の台にしようと約束して、でも、蓮の葉に置く露のように、別々でいる、今が悲しい。

と、宮の御硯に筆をつけて、宮の香染の扇に、お書付になった。宮は、

女三の宮
仲良く、蓮の花で一緒に約束してくださっても、あなたのお気持ちは、澄み渡りせず、住みも、しないのではないのでしょう。

と、お書きになったので、源氏は、申し出を認めず、悪口をおっしゃる、と、ほほ笑みながらも、やはり、胸がいっぱいになる、ご様子である。




例の、御仔達なども、いとあまた参り給へり。われもわれもと営み出で給へる。棒物のありさま心ことに、所せまきまで見ゆ。七僧の法服など、すべて大方の事どもは、みな紫の上せさせ給へり。綾のよそひにて、袈裟の縫目まで、見知る人は、世になべてならずと、めでけりとや。むつかしうこまやかなる事どもかな。




いつも通り、親王方なども、とても大勢参上された。六条の院の、婦人方が、競争でお作りになった、お供え物の、出来具合は、実に見事で、あたりを圧倒するほど。七僧の法服その他、一通りのことは、すべて紫の上が、やらせになった。その法服など、綾織で、袈裟の縫目まで、わかる人は、世間にないものだと、誉めたという話である。
うるさく、細かいことです。

最後は、作者の言葉。




講師のいと尊く、事の心を申して、この世にすぐれ給へる盛りを厭ひ離れ給ひて、長き世々に絶ゆまじき御契りを、法花経に結び給ふ。尊く深きさまをあらはして、ただ今の世に才もすぐれ、ゆたけききらを、いとど心して言ひつづけたる。いと尊ければ、皆人しほたれ給ふ。




講師が、大変尊く、この法要の事情を申して、この世で盛でいらっしゃるのに、仏道にお入りになり、長い来世まで続く、夫婦の契りを、法花経により、お結びになる。宮の尊く深い御心を、申す。現在、才学弁舌ともに他を圧倒している者が、いっそう、気をつけて言い続けるのが、まことに尊いので、一同皆、涙を流される。

ゆたけき さきら
弁舌に巧みであること。




これはただ忍びて、御念誦堂のはじめと思したることなれど、内にも、山の帝も聞こし召して、みな御使どもあり。御誦経の布施など、いと所せまきまで、にはかになむ事広ごりたる。院に設けさせ給へりける事どもも、そぐと思ししかど世の常ならざりけるを、まいて今めかしき事どもの加はりたれば、ゆふべの寺におき所なげなるまで、所せきいきほひになりてなむ、僧どもは帰りける。




今日の法要は、内々で、ただ御念誦堂の、聞き始めと思いになったことだったが、主上におかせられてもまた、法王陛下もお耳に遊ばして、いずれからも、お使いが来る。お経の、御札の布施なども、置ききれないほどで、急に、大げさなことになった。六条の院で、ご準備あそばされたことも、簡単と思ったが、並々のものではなかったのに、それ以上に、華やかな事の、数々が増えたゆえに、寺には、置き場所もないと思われるほど、豪勢なことになり、僧たちは、帰った。

ここでの、布施とは、女三の宮のために、経を読んだ僧たちへの、お礼のことである。

御誦経と、御という、敬語をつけるのは、女三の宮の身分が高いから。
兎に角、原文は、敬語のオンパレードである。

登場人物たちが、皆、皇室に関係するものだからである。


posted by 天山 at 07:13| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

もののあわれについて787

今しも心苦しき御心添ひて、はかりもなくかしづき聞え給ふ。
院の帝は、この御処分の宮に住み離れ給ひなむも、つひのことにて目やすかりぬべく聞え給へど、源氏「よそよそにてはおぼつかなかるべし。明け暮れ見奉り聞え承らむ事おこたらむに、本意たがひぬべし。げにありはてぬ世いくばくあるまじけれど、なほ生ける限りの心ざしをだに失ひはてじ」と聞え給ひつつ、かの宮をもいとこまかに清らにつくらせ給ひ、御封のものども、国々の御庄、御牧などより奉るものども、はかばかしき様のは、皆かの三条の宮の御蔵に納めさせ給ふ。またも建て添へさせ給ひて、さまざまの御宝物ども、院の御処分に数もなく賜はり給へるなど、あなたざまの物は、皆かの宮に運び渡し、こまかにいかめしうし置かせ給ふ。明け暮れの御かしづき、そこらの女房の事ども、上下のはぐくみは、おしなべてわが御あつかひにてなむ、急ぎ仕うまつらせ給ひける。




入道された今になり、かえって、宮を気の毒に思う気持ちも、出てきて、限りなく大切にして差し上げる。
上皇陛下は、お譲りの三条の宮に、別居されることになるので、今からのほうが、外聞がよかろうと、申し上げなさったが、源氏が、別々にいては、気になってたまらない。朝晩と世話をしたり、お話を申し上げたり、伺ったり、することがなくなっては、私の気持ちとは、違うことになってしまう。余命は、いくらもありませんが、それでも、生きている間は、お世話したい気持ちだけは、無くしたくない、と、申し上げて、三条の宮をも、念入りに、綺麗に改築させて、御料地の収入や、諸国の荘園、牧場などから、差し上げるもので、目立つものは、皆、あちらの、三条の宮の御蔵にお入れした。
更に、御蔵も、建て増しして、色々な宝物の数々、上皇様の、御遺産処分のとき、数えられないほど頂戴された物など、上皇と宮の品物は、全部、三条の宮の蔵に運んで、念を入れて、厳重に保管させられた。朝晩のお召し上がり物、大勢の女房のこと、下々までの、生活一切、全部ご自分のご負担であり、三条の宮を、急いで、増築される。




秋ころ、西の渡殿のまへ、中の塀の東のきはを、おしなべて野につくらせ給へり。うかの棚などして、その方にしなせ給へる御しつらひなど、いとなまめきたり。御弟子にしたひ聞えたる尼ども、御乳母、古人どもはさるものにて、若き盛りのも、心定まり、さる方にて世を尽くしつべき限りは、選りてなむなさせ給ひける。さるきにほひには、われもわれもときしろひけれど、おとどの君聞こし召して、源氏「あるまじき事なり。心ならぬ人すこしも交りぬれば、かたへの人苦しうあはあはしき聞え出で来るわざなり」と、いさめ給ひて、十よ人ばかりの程、かたちことにては候ふ。




秋になり、宮のお住まいの、寝殿の西の渡殿の前に、中の塀の東側を、一帯に野原の感じにつくらせられた。あかの棚などを造り、仏道修行向きに、お作りになったお飾りなど、女らしい美しさである。是非、弟子にと、お後を慕った尼は、乳母や老女はよいとして、若い盛りの女房であっても、決心が固く、尼生活で、一生過ごせる者だけを、お選びになった。
そういう、思いの時は、我も我もと、競争で申し出たが、殿様がお耳にして、源氏、よろしくないことだ。本当の決心がない者が、一人でも入ると、周りの者が困る。また考えが足りないとの、評判が出ることにもなる。と、お叱りになり、十何人だけくらいにが、尼姿で、お付きしている。




この野に虫ども放たせ給ひて、風すこし涼しくなり行く夕暮に、渡り給ひつつ、虫の音を聞き給ふやうにて、なほ思ひ離れぬさまを聞え悩まし給へば、女三「例の御心はあるまじきことにこそあなれ」と、ひとへにむつかしきことに思ひ聞え給へり。




この野に、沢山の虫を、お放しして、風が少し涼しく吹くように、日増しになる、夕方、源氏は、よくこちらにお出でになっては、虫の音をお聞きになるようで、今になっても、諦めきったのではない、心の中を、宮に申し上げて、困らせる。女三の宮は、お決まりのこと、このお癖は、けしからぬことと聞く、と、いちずに、宮は、あしらいかねている。




人目にこそ変はることなくもてなし給ひしか、内には憂きを知り給ふ気色しるく、こよなう変はりにし御心を、いかで見え奉らじの御心にて、多うは思ひなり給ひにし御世のそむきなれば、今はもて離れて心安きに、なほかやうになど聞え給ふぞ苦しうて、人離れたらむ御住まひにもがな、と思しなれど、およずけてえさもしひ申し給はず。




人目には、昔と変わらぬ扱いではあったが、お心の中では、嫌な事をご存知という、素振りがはっきりしていて、すっかりと、変わってしまったお心ゆえ、何とかして、お目にかからずにいたいというお気持ちで、それが原因で、出家を決心されたのだから、もう関係ないと、安心していたのに、今も変わらず、このようにお耳に入れられるのが、辛くて、離れきった、山寺に行きたいという気になられるが、背伸びして、そう口にすることは、お出来にならない。




posted by 天山 at 07:54| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月03日

もののあわれについて788


十五夜の夕暮に、仏の御前に宮おはして、端近うながめ給ひつつ念誦し給ふ。若き尼君たち二三人花奉るとて、鳴らすあか杯の音、水のけはひなど聞ゆる、さま変はりたるいとなみに、そそきあへる、いとあはれなるに、例の渡り給ひて、源氏「虫の音いとしげう乱るる夕べかな」とて、われも忍びてうち誦じ給ふ。阿弥陀の大呪、いと尊くほのぼの聞ゆ。げに声々聞えたる中に、鈴虫のふり出でたるほど、はなやかにをかし。源氏「秋の虫の声いづれとなき中に、松虫なむすぐれたるとて、中宮の遥けき野辺を分けて、いとわざと尋ねとりつつ、放たせ給へる、しるく鳴き伝ふることこそ少なかれ。名にはたがひて、命の程はかなき虫にぞあるべき。心にまかせて、人聞かぬ奥山、遥けき野の松風に、声惜しまぬも、いとへだて心ある虫になむありける。鈴虫は心やすく、今めいたるこそらうたけれ」など宣へば、
宮、

女三の宮
大かたの 秋をば憂しと 知りにしを ふり捨て難き 鈴虫の声

と忍びやかに宣ふ。いとなまめいて、あてにおほどかなりる。源氏「いかにとかや、いで思ひのほかなる御言にこそ」とて、

源氏
心もて 草のやどりを いとへども なほ鈴虫の 声ぞふりせぬ

など聞え給ひて、琴の御琴召して、めづらしく弾き給ふ。宮の御数珠ひきおこたり給ひて、御琴になほ心いれ給へり。月さし出でて、いとはなやかなる程もあはれなるに、空をうちながめて、世の中さまざまにつけて、はかなく移り変はる有様、思し続けられて、例よりもあはれなる音に、掻き鳴らし給ふ。




八月十五夜の夕方、仏前に、女三の宮が、お座りになり、簀子近く、物思いのうちに、念誦される。若い尼君、二、三人が仏前に、花を差し上げると申して、鳴らすあか杯の音、見ずの音が聞こえるのは、普通と違う仕事であるが、忙しくしているのは、とても、あはれを感じる。そこへ、いつものように、源氏がお出でになり、虫の音が、ひどく鳴き乱れる今宵だ。と、ご自分も、念誦を低く唱える。阿弥陀の大呪が、尊く、かすかに聞こえる。実際、多くの虫の音が聞こえる中で、鈴虫が声を張り上げたのは、派手で、綺麗である。源氏は、秋の虫の音は、皆いいが、松虫が特にいいとおっしゃり、中宮が、遠い野原に人をやり、わざわざ、良い声のものを捜して、捕らえてきて、お放しになったが、はっきりと、野原での声を聞かせるのは、少ないようだ。名と違い、あまり長生きしない虫のようだ。思う存分、誰も聞かない、奥山や、遠い野原の松原で、声を惜しまず鳴き、こちらでは、鳴かないものも、隔て心のある虫なのだ。鈴虫は、気安く、賑やかに鳴くのが、可愛い。などと、おっしゃるので、宮は、

女三の宮
何事がなくても、秋は、辛いものと分かっていますが、やはり、あの鈴虫の声は、飽きずに、聴き続けたい気がします。

と、低くおっしゃる。その声は、まことに美しく上品で、おっとりしている。源氏は、なんとおっしゃる。いや、思いもかけないお言葉だ、と、

源氏
ご自分から、進んで、この家をお捨てになったのに、やはり、お声は、鈴虫と同じ、変わらず、美しい。

などと、申し上げて、琴のお琴を取り寄せて、珍しく、お弾きになる。宮は、お数珠を繰るのも忘れて、弾き方に、注意を凝らしている。
月の光で照らし、明るくなったのも、心打つことだが、空を振り仰いで、物思いにふける。人が、それぞれの理由で、出家したことが、胸に浮かび、いつもより、あはれな音色に、お弾きになられるのである。

いとあはれ・・・
例よりも、あはれ・・・
色々と、意味付け出来る、あはれ、である。




今宵は、例の、御遊びにやあらむと、おしはかりて、兵部卿の宮渡り給へり。大将の君、殿上人のさるべきなど具して参り給へれば、こなたにおはしますと、御琴の音をたづねてやがて参り給ふ。源氏「いとつれづれにて、わざと遊びとはなくとも、久しく絶えにたる、めづらしき物の音など聞かまほしかりつるひとりごとを、いとようにたづね給ひける」とて、宮も、こなたにおましよそひ入れ奉り給ふ。内の御前に、今宵は月の宴あるべかりつるを、とまりてさうざうしかりつるに、この院に人々参り給ふと聞き伝へて、これかれ上達部なども参り給へり。虫の音の定めをし給ふ。




今宵は、いつもの通り、音楽会だろうと思い、兵部卿の宮が、お出でになった。
大将の君、夕霧も、殿上人の適当な者などを連れて、参上されたが、こちらにお出でだと、お琴の音をたよりに、まっすぐにいらした。源氏は、することもないまま、特に音楽会というわけではないが、長い間、聞かずにいて、珍しくなった楽の音などを、聞きたいと、ひとり弾いていたが、よく、聞きつけて、来てくださった。と、おっしゃり、兵部卿の宮にも、お席を作り、お入れ申し上げる。主上の御前で、今夜は、月の宴があるはずだったが、中止になってしまい、つまらない気がしていたが、六条の院に、大勢の方がおいでになると、次々に耳にして、誰彼や上達部なども、参上なさった。御一同でご一同で、虫の音の評価をなさった。




御琴どもの声々掻き合わせて、面白きほどに、源氏「月見る宵のいつとてもものあはれならぬ折りはなき中に、こよひのあらたなる月の色には、げになほわが世のほかまでこそ、よろづ思ひ流さるれ。故権大納言、何の折々にも、なきにつけていとどしのばるること多く、おほやけわたくし、物の折りふしのにほひ失せたるここちこそすれ。花鳥の色にも音にも思ひわきまへ、いふかひある方の、いとうるさかりしものを」など宣ひ出でて、みづからも掻き合わせ給ふ御琴の音にも、袖ぬらし給ひつ。御簾の内にも、耳とどめてや聞き給ふらむと、片つ方の御心には思しながら、かかる御遊びの程には先づ恋しう、内などにも思し出でける。源氏「今宵は鈴虫の宴にて、明してむ」と思し宣ふ。




あれこれと、弦楽器を合奏されて、興が乗ってきたころに、源氏は、月を見る宵は、いつでも、胸迫る気持ちのしない時はないもの。特に、今夜の出たばかりの月の色を見ると、昔から言う通り、やはり、死後の世界のことまでも、何もかもが、つい、想像してしまう。亡き権大納言は、何かの場合に、死んだと思うと、一層、思い出されることが多く、公私共に、何かの時々の、輝きが無くなった気がする。花の色や、鳥の音など、美しいものをわきまえて、話ができるということでは、至れり尽くせりだった。などと、口にお出しになる。
ご自分のお弾きの琴の音にも、感じ入り、涙に袖を濡らされた。御簾の中で、宮が注意して聞いているだろうと、亡き人を偲ぶ一方では、悪く思うが、こんな音楽会には、誰よりも、恋しく、主上におかせられても、思い出されるのだった。
源氏は、今夜は、鈴虫の宴で、夜を明かそう、と思いになり、お口にもされる。

権大納言とは、亡き、柏木のこと。

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2016年02月04日

もののあわれについて789

御土器ふたわたりばかり参る程に、冷泉院より御消息あり。御前の御遊びにはかに止まりぬるを口惜しがりて、左大弁、式部の大輔、また人々ひきいて、さるべき限り参りたれば、大将などは六条の院に侍ひ給ふ。と、聞こし召してなりけり。




お杯が、二回りした頃、冷然院から、お手紙がきた。主上の御前での、音楽会が中止になったのを、残念に思い、左大弁や式部の大輔が、別に大勢を引き連れて、才能豊かな者ばかりが伺ったので、大将などは、六条の院にいられると、お耳にしたのである。




冷泉院
雲の上を かけ離れたる すみかにも 物忘れせぬ 秋の夜の月

同じくは」と聞え給へれば、源氏「なにばかり所狭き身の程にもあらずながら、今はのどやかにおはしますに、参りなるる事もをさをさなきを、本意なき事に思しあまりておどろかせ給へる、かたじけなし」とて、にはかなるやうなれど、参り給はむとす。

源氏
月影は 同じ雲居に 見えながら わが宿からの 秋ぞかはれる

ことなることなかめれど、ただ昔今の御有様の、思し続けられけるままなめり。御使にさかづき賜ひて、禄いと二なし。




冷然院
宮中から、すっかり離れた、この上皇御所にも、忘れもせずに、秋の月は、輝いている。

同じことなら、との、お言葉があったので、源氏は、さして、動きにくくなった身分でもないのだが、今は、ごゆっくりしておられる、冷泉院に、伺うことも全く無いので、思いに任せぬことと思いあまり、わざわざ、お手紙を下さったのは、もったいないこと。と、急なことではあるが、参上しようとされる。

源氏
陛下は、昔と同じ光と尊敬しておりますが、こちらが、何かとうまくゆかず、失礼しております。

たいしたことではないが、ただ、昔と今と、御様子が違うことが、あれこれと考えられるので、このような歌を、お作りになったのだ。お使いには、お酒が振る舞われ、禄が、またとないほど出された。




人々の御車次第のままにひき直し、御前の人々立ちこみて、静かなりつる御遊び紛れて、いで給ひぬ。院の御車に、親王奉り、大将、左衛門の督、藤宰相など、おはしける限り皆参り給ふ。




人々のお車を、身分の順に列をなし、前駆の連中が、いっぱい集まり、静かであった音楽も終わり、ご出発になった。院のお車には、兵部卿の宮が、同乗し、大将や左衛門の督、藤宰相など、伺っていた者が、皆、参上される。




直衣にて軽らかなる御よそひどもなれば、下襲ばかり奉り加へて、月ややさしあがり、更けぬる空おもしろきに、若き人々、笛などわざとなく吹かせ給ひなどして、忍びたる御参りのさまなり。




直衣で、お手軽なお召し物で、下襲だけをお召し加えて、月が次第に上って来て、夜が更けた空の、おもしろさを見つつ、若い連中は、笛などをわざとらしくなく、吹かせられたりして、お忍びで、参上の行列である。




うるはしかるべき折節は、所狭くよだけき儀式を尽して、かたみに御覧ぜられ給ひ、またいにしへのただ人ざまに思しかへりて、今宵はかるがるしきやうに、ふとかく参り給へれば、いたうおどろき待ち喜び聞え給ふ。ねびととのひ給へる御かたち、いよいよことものならず、いみじき御盛りの世を御心と思し捨てて、静かなる御有様に、あはれ少からず。
その夜の歌ども、唐のも大和のも、心ばへ深う面白くのみなむ。例の言たらぬ片端は、まねぶもかたはら痛くてなむ。
明け方に文など講じて、とく人々まかで給ふ。




正しくすべき時には、仰々しく、厳しく儀式を尽して、お互いご対面されるのだが、昔の臣下時代に戻ったお気持ちで、今夜は、ごく気軽に、予告もなく、このように参上されたので、大変驚き、お出でを、喜び申し上げる。すっかりと、成人されたお顔立ちは、ますます、そっくりで、まだまだお盛りの最中に、ご自分から、ご譲位されて、静かに送るご生活は、心を打たれること、少なくない。
この夜、ご一同の詠まれた歌は、漢詩、和歌も多く、結構なものであったが・・・例により、一部分だけ申し上げるのは、気が引けますので・・・
明け方に、漢詩など披露して、早々に、ご一同は、ご退出になった。

冷泉院は、源氏の実の子である。
いよいよことものならず・・・

冷泉院もそれを知る。
譲位して、源氏に天皇の位を譲るという、気持ちだったが・・・
源氏が、それを控えたのである。

posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月05日

もののあわれについて790

六条の院は、中宮の御方に渡り給ひて、御物語など聞え給ふ。源氏「今はかう静かなる御住まひに、しばしばも参りぬべく、何とはなけれど、過ぐるよはひに添へて、忘れぬ昔の御物語りなど、承り聞えまほしう思ひ給ふるに、なににもつかぬ身の有様にて、さすがにうひうひしく、所せくも侍りてなむ。われより後の人々に、方々につけて後れ行くここちし侍るも、いと常なき世の心細さの、のどめ難う覚え侍れば、世離れたる住まひにもやと、やうやう思ひ立ちぬるを、残りの人々のものはかなからむ、ただよはし給ふな、と、さきざきも聞えつけし、心たがへず思しとどめて、ものせさせ給へ」など、まめやかなるさまに聞えさせ給ふ。




六条の院、源氏は、中宮の御殿に、お出でになり、お話などを申し上げる。源氏は、今は、このように、お静かなお住まい、いつもお伺いするはずで、別に、大したことではなくても、年を取るにつれて、忘れない昔話なども、伺い、申し上げしたく存じますが、私は、何とも優柔不断の状態で、それでも、動きまわるのが、きまり悪く、窮屈でもありまして、いつ死ぬかわからない人の世の、心細さで、ゆっくり出来ない気がします。この世を離れた、山寺にでもと、次第に気持ちは、進みますが、後に残る者達が、頼りないことでしょう。よろしくお願い申し上げますと、前にも申し上げましたが、その気持を変えずに、ご注意されていただきたいと、申し上げます。と、真面目なお話を、申し上げる。




例のいと若うおほどかなる御けはひにて、秋好「九重の隔て深う侍りし年頃よりも、おぼつかなさのまさるやうに、思ひ給へらるる有様を、いと思ひのほかにむつかしうて、皆人のそむき行く世を、いとはしう思ひなる言も侍りながら、その心のうちを聞えさせ承らねば、何事も先づたのもしき影には聞えさせならひて、いぶせく侍り」と、聞え給ふ。源氏「げにおほやけざまにては、限りある折節の御里居も、いとよう待ちつけ聞えさせしを、今は何事につけてかは、御心に任せさせ給ふ御うつろひも侍らむ。さだめなき世と言ひながらも、さしていとはしき言なき人の、さわやかにそむき離るるも有難う、心やすかるべき程につけてだに、おのづから思ひかかづらふほだしのみ侍るを、などかその人まねにきほふ御道心は、かへりてひがひがしう、おしはかり聞えさする人もこそ侍れ。かけてもいとあるまじき御事になむ」と聞え給ふを、「深うも汲みはかり給はぬなめりかし」と、つらう思ひ聞え給ふ。




いつものように、お若く、おっとりしたご様子で、秋好は、御所の奥に住んでおりましたころより、お目にかかれず、どうしていらっしゃるのかと、心配する気持ちが強くなるように、思われ、考えもしなかった嫌なことで、皆が出家したり、亡くなったりするこの世を、捨てたくなるようなこともございますが、その気持は、まだ申し上げてご意向を伺っておりませんので、何事も、第一に、あなた様を頼りにする癖がついていますので、機にしております。と、おっしゃる。
源氏は、お言葉通り、宮中にいらした時は、しきたりの場合、場合のお里下がりを、嬉しくお待ちしていましたが、今は、何の理由で、ご自由に、遊ばすことが出来ましょう。定めなき世とは、申しても、これといって、理由のない人が、さっぱりと出家してしまうのは、出来ないことでして、気軽に出家出来る身分の者でも、いつしか、関わりあう係累が出来ます。どうして、そんな人ら真似て、負けずに、出家しようとするお気持ちでは、かえって、変な心がけと、推察することもあっては、困ります。絶対に、されてはいけないことです。と、申し上げるのを、自分の気持ちを、深く汲みとってくださらないのだと、中宮は、辛く思うのである。




御息所の御身の苦しうなり給ふらむ有様、いかなる煙の中に惑ひ給ふらむ。なきかげにても、人にうとまれ奉り給ふ御名のりなどの、出で来ける事、かの院にはいみじう隠し給ひけるを、おのづから人の口さがなくて、伝へ聞しめしけるのち、いと悲しういみじくて、なべての世いとはしく思しなりて、かりにても、かの宣ひけむ委しう聞かまほしきを、まほにはえうち出で聞え給はで、ただ、秋好「なき人の御有様の、罪軽からぬさまに、ほの聞く事の侍りしを、さるしるしあらはならでも、おしはかりつべき事に侍りけれど、おくれし程のあはればかりを忘れぬ事にて、物のあなた思う給へやらざりけるが物はかなさを、いかでよう言ひ聞かせむ人の、勧めをも聞き侍りて、みづからだにかの焔をも、醒まし侍りにしがなと、やうやうつもるになむ、思ひ知らるる事もありける」など、かすめつつぞ宣ふ。




母親の、御息所が、ご自身、お苦しみになっているご様子、どのような煙の中で、困っていらっしゃるのだろうかと、お亡くなりになってからも、源氏に、嫌がられる物の怪になり、名乗りでたということ、六条の院では、厳しく隠されたが、いつしか、人の口は、うるさいもので、伝え伝えて、お耳に遊ばしたので、悲しく、辛く、何もかもが嫌になり、いい加減でもいい、お母さまがおっしゃった事を、詳しく聞きたいのだが、そのままには、おっしゃらず、ただ、秋好は、お母さまが、あの世で、罪が軽くないように、耳をすることもございましたので、その証拠がはっきりしているのではなくても、娘の私が、推察すべきことでしたのに、先立たれた時の嘆きばかりを、忘れずにおりまして、死後の世界を考えませんでした、至らなさ。何とかして、教えてくれる僧侶の勧めを聞きまして、せめて私でも、その、お苦しみの焔を和らげて差し上げたいと、年を取るにつれて、考えるようになりました。など、出家の理由を、暗におっしゃる。




六条の御息所が、秋好む中宮の、母親だった。
その、御息所は、何度も、物の怪となり、源氏に関わる人達に、憑いたのである。

生きている時は、生霊として、死後は、死霊として。

当時は、病などは、物の怪のせいであると、信じていた。
ただ、生霊、死霊につけては、現代でも、私は、その可能性があると、言う。

それは、人の思いである。
思念と言ってもいい。

生きていても、その死後も、思念は、無くならない。
そのように、考える。
科学の無かった時代の、産物とは、考えない。

ただ、現代の人が、忘れてしまったのである。

また、物に、思いが憑くということも。
それを、物にも、心があると、表現した。
それも、現代でも、充分に有り得ることだ。

posted by 天山 at 06:22| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月22日

もののあわれについて791

げにさも思しぬべき事と、あはれに見奉り給うて、源氏「その焔なむ、誰も逃がるまじき事と知りながら、あしたの露のかかれる程は、思ひ捨て侍らぬになむ、目蓮が仏に近き聖の身にて、たちまちに救ひけむ例にも、え継がせ給はざらむものから、玉のかんざし捨てさせ給はむも、この世には恨み残るやうなるわざなり。やうやうさる御心ざしをしめ給ひて、ものさわがしきやうに、静かなる本意もなきやうなる有様に、明け暮らし侍りつつ、みづからのつとめに添へて、いま静かにと思ひ給ふるも、げにこそ心幼き事なれ」など、世の中なべてはかなく、いとひ捨てまほしきことを、聞えかはし給へど、なほやつしなく御身の有様どもなり。




そのように、考えるのは、当然だと、中宮の心を、気の毒に思い、源氏は、その焔は、それは、誰もが逃れることができないと、分かっていながら、露のような命の消えない間は、この世を、捨てられません。目蓮は、仏に近い、聖でいて、すぐに母親を助けたいという故事に続く、第二の例は、付け加えることは、お出来にならないでしょう。ご出家遊ばしても、この世には、恨みが残ることです。だんだんと、そういうお気持ちを強くなさり、あの苦しみの煙が、綺麗になるような事をして下さい。私も、出家しようと考えることも、ございますが、何か、ざわざわとして、静かにしていたいという、願いも叶えられない有様で、毎日を過ごしています。自分のために、勤行と一緒に、お母さまの供養も、そのうちに、静かにと存じますが、いかにも、至らない考えでした。など、この世は、何もかも無常であり、出家したいことを、お互いに、お話し合いされるのだが、それでも、出家は、難しい、お二人の有様なのである。




よべはうち忍びてかやすかりし御ありき、今朝はあらはれ給ひて、上達部なども、参り給へるかぎりは皆御送り仕うまつり給ふ。東宮の女御の御有様のならびらく、いつきたて給へるかひがひしさも、大将のまたいと人に異なる御さまをも、いづれとなくめやすしと思すに、なほこの冷泉院を思ひ聞え給ふ。御心ざしは、すぐれて深くあはれにぞ覚え給ふ。院も常にいぶかしう思ひ聞え給ひしに、御対面の稀にいぶせうのみ思されけるに、いそがされ給ひて、かく心安きさまにと思しなりけるになむ。




昨夜は、こっそりと、お手軽なお出ましだったが、今朝は、知れてしまい、上達部に至るまで、上皇御所にお出でになった方、皆が、揃って六条の院に、お供をお勤めになる。東宮の女御は、並ぶ者のないご様子で、大事に育てただけのことはあり、大将、夕霧は、他の連中と、かけ離れて、優れていて、どちらも安心だと、源氏は、思うのである。
それでも、この冷泉院を心配される気持ちは、二人の子供以上であり、心から気にしている。冷泉院の方でも、いつも気にされていらっしゃるが、ご在位中は、お会いすることが、ほとんどなかったので、気がかり思っていらしたため、気がせいて、このように、気楽な状態になりたいと、ご譲位されたのである。

冷泉院とは、源氏の隠し子である。
本当の親子になる。




中宮ぞ、なかなかまかで給ふ事もいと難うなりて、ただ人の中のやうに並びおはしますに、今めかしう、なかなか昔よりもはなやかに、御遊びをもし給ふ。何事も御心やれる有様ながら、ただかの御息所の御事を思しやりつつ、行の御心すすみにたるを、人の許し聞え給ふまじきことなれば、功徳のことを、たてておぼし営み、いとど心深う、世の中を思し取れるさまになりまさり給ふ。




中宮、秋好む中宮は、今は、かえって、お里下がりが大変出来にくくなり、臣下のご夫婦のように、いつもご一緒に、いらっしゃる。現代風なご生活は、かえって、昔より、派手で、音楽会などもされる。
何事も、ご満足のゆくご様子なのだが、ただ、あのお母さまのことを考えて、仏道修行のご希望が、強くなったが、お許しが出そうもないことなので、お母さまの、追善供養を主にして、なさり、益々と、信仰心が深くなり、この世を、無常と悟ったご様子が、強くおなりである。

敬語続きで、現代文にするのは、大変である。
すべて、敬語で、敬語の敬語である。

とりあえず、鈴虫を、終わる。
次は、夕霧、である。

posted by 天山 at 06:56| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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