2015年06月10日

もののあわれについて753

二条の院におはします程にて、女君にも、今はむげにたえぬる事にて、見せ奉り給ふ。源氏「いといたくこそ恥づかしめられたれ。げに心づきなしや。さまざま心ぼそき世の中のありさまを、よく見すぐしつるやうなるよ。なべての世の事にても、はかなくものを言ひかはし、ときどきによせて、あはれをも知り、ゆえをも過ぐさず、よそながらのむつかはしつべきく人は、斎院とこの君とこそは残りありつるを、かく皆そむきはてて、斎院はた、いみじう勤行めて、紛れなく行にしみ給ひにたなり。なほここらの人のありさまを聞き見る中に、深く思ふさまに、さすがになつかしき事の、かの人の御なずらひにだにもあらざりけるかな。




二条の院にいらした時で、女君、紫の上にも、今は、まるっきり絶えてしまった、女の事として、お見せ申し上げる。
源氏は、酷くやられた。全く、面白くも無い。何やかやと、心細い世の中の有様を、よく、我慢して、生きてきたものだ。
世間話でも、深い意味なしに、言葉を交わし、その時々に応じて、興も感じ、趣も見逃さず、離れていても、仲良くできる人は、斎院と、この人とが、生き残っていたのだが、このように、皆、入道してしまい、斎院はと言えば、立派なお勤めぶりで、余念なく勤行に精進していらっしゃるということだ。矢張り、大勢の婦人方の様子を見聞きしてきた中に、深く考えるたちで、それでいて、慕わしい感じのすることでは、斎院と、比べられる人は、いなかった。

斎院とは、朝顔で、出家している。




をんなごをおほし立てむ事よ、いとかたかるべきわざなりけり。宿世などいふらむものは、目に見えぬわざにて、親の心にまかせがたし。おひ立たむほどの心づかひは、なほ力いるべかめり。よくこそあまたかたがたに、心を乱るまじき契りなりけれ。




女の子を育て上げるということ、これは、まことに難しい仕事だ。前世の約束などは、目に見えないもので、親の心のままにはならない。大きくなって行く際の注意は、矢張り、力を入れなくてはならないだろう。うまい具合に、大勢、あちこちの子供に心配しないですむ、運勢だった。




年ふかくいらざりし程は、さうざうしのわざや、さまざまに見ましかばとなむ、嘆かしきをりをりありし。若宮を心しておほしたて奉り給へ。女御はものの心を深く知り給ふほどならで、かくいとまなきまじらひをし給へば、何事も心もとなき方にぞものし給ふらむ。御子たちなむ、うしろめたかるまじき心ばせ、つけまほしきわざなりける。限りありて、とざまかうざまのうしろみまうくるただ人は、おのづからそれにも助けられぬるを」など聞え給へば、紫「はかばかしきさまの御うしろみならずとも、世にながらへむ限りは、み奉らぬやうあらじと思ふを、いかならむ」とて、なほものを心細げにて、かく心にまかせて、行ひをもとどこほりなくし給ふ人々を、うらやましく思ひ聞え給へり。




まだ、年が若く、のんびりとしている間は、子供がないと、物足りないことだ。何人もいたらいいがと、嘆かわしく思ったことも、何度かある。若宮を注意して、お育て申し上げてくれ。女御は、何も十分に分らない年頃で、こんな気の張るお付き合いを続けていらっしゃるから、何につけても、うまく出来ない点があるだろう。皇子様方は、矢張り、十分に、誰からも悪口を言われぬように。一生心配なく、お過ごしされるのに、困らないだけの、考えを、十分につけたいことだ。たいした身分でなくても、それぞれに相応しい結婚相手を見つける、臣下の女は、自然と、夫にも助けられるのだが。などと、申し上げると、紫の上は、お役に立つお世話ではなくとも、私は、生きております限りは、お世話いたしますつもりですが、でも、どうなのでしょう。と、矢張り、何か、心細い感じで、こんなに思う分、勤行を、邪魔なしにされる方々を、羨ましく思うのである。




源氏「尚侍の君に、さまかはり給へらむ装束など、まだ栽ちなれぬ程はとぶらふべきを、袈裟などはいかに縫ふものぞ。それせさせ給へ。ひとくだりは六条の東の君にものしつけむ。うるはしき法服だちては、うたて見めもけうとかるべし。さすがにその心ばへ見せてを」など聞え給ふ。青鈍のひとくだりをここにはせさせ給ふ。つくも所の人めして、しのびて、尼の御具どものさるべきはじめ宣はす。御しとね、うはむしろ、屏風、几帳などのことも、いとしのびて、わざとがましくいそがせ給ひけり。




源氏は、尚侍の君に、入道されての御装束など、まだ作るに不慣れな間は、してあげるべきだが、袈裟などは、どのように縫うものなのだ。それを、やってくれ。一そろいは、六条の東の君に、頼むとしよう。儀式ばった法服となっては、見た目もおかしな、面白くないだろう。出家の服装であっても、女らしいものにするように、なとど、お頼みになる。青鈍の一揃いは、こちらで、お作りになる。宮中の、作物所の役人をお召しになって、こっそり、尼君のお道具の適当なものを、作るように、命ずる。座布団、上敷き、屏風、几帳なども、目立たぬように、それでいて、特に気をつけて、ご準備なさったのである。




かくて、山の帝の御賀ものびて、秋とありしを、八月は大将の御忌月にて、楽所のこと行ひ給はむに、びんなかるべし、九月は院の大后のかくれ給ひにし月なれば、十月にと思しまうくるを、姫いたく悩み給へば、またのびぬ。




こうして、法王陛下の、御賀も延びて、秋には、ということだったが、八月は、大将の母君の祥月なので、楽所のお世話をされるのに、都合が悪いだろう。九月は、院の御母、皇太后のお亡くなりになった月だから、十月にとのご予定のところ、姫宮が、酷く苦しみになられるので、また、延びた。

大将の母は、葵の上である。
姫宮の、苦しみとは、妊娠のことである。








posted by 天山 at 05:37| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

もののあわれについて754

衛門の督の御あづかりの宮なむ、その月には参り給ひける。太政大臣い立ちて、いかめしくこまやかに、もののさよら儀式をつくし給へりけり。督の君も、そのついでにぞ、思ひおこしていで給ひける。なほ悩ましく例ならず、やまひづきてのみ過ぐし給ふ。




衛門の督が、引き受けている宮さまが、その月に、御賀にお上がりになった。太政大臣が席のあたたまる暇もなく、堂々と、丁重に、美しく儀式らしく、考えられる限りのことを、された。督の君も、この御賀を機として、やっと元気を出して、人の中にお出になった。それでも、まだ気分は優れず、普通ではなく、病人らしいことで、日を過ごしている。

引き受けている宮さまは、女二の宮、である。




宮も、うちはへて、ものをつつましく、いとほしとのみ思し嘆くけにやあらむ、月おほくかさなり給ふままに、いと苦しげにおはしませば、院は心うしと思ひ聞え給ふかたこそあれ、いとらうたげにあえかなるさまして、かく悩みわたり給ふを、「いかにおはせむ」と嘆かしくて、さまざまに思し嘆く。




女三の宮は、引き続き、辛いことばかり思い嘆いているせいか、懐妊の月数が重なるにつれて、酷く苦しそうで、院は、嫌だと思いつつも、たいそう可愛らしく、弱々しい様子で、いつまでも、お悩みなさるのを見ては、どうなのだろうかと、心配し、あちらもこちらもと、思い嘆いておられる。

院とは、源氏である。




御祈りなど、今年は紛れおほくて過ぐし給ふ。
御山にも聞し召して、らうたく恋しと思ひ聞え給ふ。月ごろかくほかほかにて、渡り給ふこともをさをさなきやうに、人の奏しければ、いかなるにかと御胸つぶれて、世の中も今更にうらめしく思して、対の方のわづらひけるころは、なほ、そのあつかひにと聞こし召してだに、なま安からざりしを、そののちなほりがたくものし給ふらむは、その頃ほひ、びんなきことやいできたりけむ。みづから知り給ふことならねど、よからぬ御うしろみどもの心にて、いかなる事かありけむ。内わたりなどの、みやびをかはすべき仲らひなどにも、けしからず憂きこと言ひいづるたぐひも聞ゆかし、とさへ思しよるも、こまやかなること思し捨てて世なれど、なほこの道は離れがたくて、宮に御ふみこまやかにてありけるを、おとどおはしますほどにて見給ふ。




御祈りなどで、今年は、忙しく、日をお過ごしになる。
お山におかれても、お耳にあそばして、愛おしく、逢いたく思いになる。何ヶ月も別居で、お越しになる事も、めったに無いように、ある者が申し上げたので、どういうことかと、どきり、とされて、夫婦というものの、頼りなさを、今更恨めしく思い、対の方が、病気の間は、その介抱のためと、お耳にされてさえ、矢張り、何か嬉しくなかったのに、その後も、変らない風でいらっしゃるとは、その頃に、何か不都合なことでも、起きたのかと。宮自身がされなくても、良くないお付き合いの連中の、考えで、どんなことがあったのか。宮中などで、交際しあう仲などでも、感心しない評判を立てる例もあるようだと、考えて御覧になるのも、俗世の、こまごました事は、お忘れになったのだが、矢張り、親子の道だけは、捨てにくくて、宮に、お手紙をこまごまと書いて、お上げになったのを、源氏のおられる時だったので、御覧になる。

朱雀院の心境を書いている。




朱雀院「そのことなくて、しばしばも聞えぬほどに、おぼつかなくてのみ、年月の過ぐるなむあはれなりける。悩み給ふなるさまは、くはしく聞きしのち、念誦のついでにも思ひやらるるは、いかが。世の中さびしく思はずなることもありとも、しのび過ぐし給へ。うらめしげなる気色など、おぼろけにて、見しりがほにほのめかす、いとしなおくれたるわざになむ」など教へ聞え給へり。




朱雀院は、用事もなくて、時々に、お便りも上げないうちに、いつの間にか、年月が過ぎるのは、寂しいもの。ご病気でいらっしゃるご様子。詳しく聞いてからは、念仏などにつけても、気にしていますが、どうですか。殿のお越しが無く、寂しかったり、思い掛けないことがあっても、我慢して暮らしなさい。恨めしそうな素振りを、はっきりしないのに、知ったふりをして、言うのは、酷く品の無いことです。など、教え申し上げる。




「いといとほしく心ぐるしく、かかるうちうちのあさましきをば、聞し召すべきにはあらで、わがおこたりに本意なくのみ聞き思すらむことを」とばかり思しつづけて、源氏「この御かへりをばいかが聞え給ふ。心ぐるしき御せうそこに、まろこそいと苦しけれ。思はずに思ひきこゆることありとも、おろかに人の見とがむばかりはあらじとこそ思ひ侍れ。だが聞えたるにかあらむ」と宣ふに、恥ぢらひてそむき給へる御すがたもいとらうたげなり。いたく面やせて、もの思ひ屈し給へる、いとどあてにをかし。




お気の毒で、心が痛み、こんな内々の、驚くほかないことを、お耳あそばすはずはなく、私の怠慢ゆえと、不満に思いあそばすだろう。と、そればかりを、思い続けて、源氏は、この、ご返事は、どのようにお書きか。拝見するのも、辛いお便りに、私が苦しくてならない。たとえ、感心しないことをされても、よろしくないお扱いと、傍が気づくようなことはすまいと、思っています。誰が、院に申し上げたのだろう。と、おっしゃるので、きまりが悪く、横を向かれるそのお姿も、酷くいじらしい。すっかりと、面やつれて、物思いに、沈んでいらっしゃるのは、益々、上品で、美しい。



posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月19日

もののあわれについて755

源氏「いと幼き御心ばへを見おき給ひて、いたくはうしろめたがり聞え給ふなりけり。と、思ひあはせ奉れば、今よりのちもよろづになむ。




源氏は、女三の宮に、子供っぽいあなたを、後に残しになり、それで、酷いことになるのだと、思い当たりますので、これから後も、何事も、お気をつけください。




かうまでもいかで聞えじと思へど、上の御心にそむくと聞し召すらむことの、やすからずいぶせきを、ここにだに聞え知らせでやはとてなむ。いたり少なく、ただ人の聞えなす方にのみ寄るべかめる御心には、「ただおろかに浅き」とのみ思し、また今はこよなくさだすぎにたる有様も、あなづらはしく目なれてのみ見なし給ふらむも、かたがたに口惜しくもうれたくも覚ゆるを、院のおはしまさむほどは、なほ心をさめて、かの思しおきてたるやうありけむ、さだすぎ人をも、おなじくなずらへ聞えて、いたくな軽め給ひそ。




これほどまでに、お話したくないのですが、院のお気持ちに、私が添わないと、お考えいただいては、気になって、憂うつですから、あなたにだけは、お分かりになって欲しいのです。お考えが十分でなく、人の申し上げるとおりに、思われるあなたゆえ、「大事にしない。薄情だ」とばかり思いで、その上、今では、すっかり老け込んでしまった私を、馬鹿みたいだ、いつも、面白くないと、思うでしょう。それもこれも、残念とも、情けないとも、思いますが、院が、ご在世の間は、矢張り我慢して、院のお考えもあったことでしょうから、この老人を、あちらと同じように、考えてくださって、酷く軽蔑は、されないように。




いにしへより本意深き道にも、たどりうすかるべき女がたにだに、みな思ひおくれつつ、いとぬること多かるを、みづからの心には、何ばかり思し迷ふべきにはあらねど、今はと捨て給ひけむ世の、後見におき給へる御心ばへの、あはれにあれしかりしを、ひきつづきあらそひ聞ゆるやうにて、同じさまに見捨て奉らむことの、あへなく思されむにつつみてなむ。




昔から、望んできた出家も、考えの十分なはずの、婦人方にさえ、どんどんと、先を越されて、のろまなこと多いのですが、院ご本人のお気持ちでは、どれほども、迷いなさるはずはないけれど、これを限りと、ご出家されたとき、後のお世話役に私を、決めてくださった御心のことが、見に沁みて、嬉しかったので、後を追う様に申すようにして、同じくあなたを、お見捨て申すのは、頼みがいがなく思いだろうと、差し控えたのです。

posted by 天山 at 06:19| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

もののあわれについて756

心苦しと思ひし人々も、今は書けとどめらるるほだしばかりなるも侍らず。女御も、かくて、ゆくすえは知りがたけれど、御子たち数そひ給ふめれば、みづからの世だにのどけくはと見おきつべし、そのほかは、たれもたれも、あらむに従ひて、もろともに身を捨てむも、惜しかるまじきよはひどもになりにたるを、やうやうすずしく思ひ侍る。




気にかかっていた人たちも、今では、出家する妨げとなるほどの者は、いません。女御も、あのように、将来の事は、分りませんが、皇子たちが、次々お出来になったから、私の生きている間だけであれば、と、考えていいでしょう。他の人たちは、誰も皆、そのときの都合で、一緒に出家したとしても、惜しくないような、年になっているので、次第に、気持ちも楽になりました。




院の御世の残り久しくもおはせじ。いとあつくいとどなりまさり給ひて、もの心ぼそげにのみ思したるに今さらに思はずなる御名もり聞えて、御心乱り給ふな。この世はいとやすし。ことにもあらず。のちの世の御道のさまたげならむも、罪いとおそろしからむ」など、まほにその事とはあかし給はねど、つくづくと聞え続け給ふに、涙のみ落ちつつ、われにもあらず思ひしみておはすれば、われもうち泣き給ひて、源氏「人の上にても、もどかしく聞き思ひし、ふる人のさかしらよ。身にかはることにこそ。いかにうたての翁やと、むつかしくうるさき御心そふらむ」と、恥ぢ給ひつつ、御硯ひきよせ給ひて、手づからおしすり、紙とりまかなひ、書かせ奉り給へど、御手もわななきて、え書き給はず。「かのこまやかなりし返りごとは、いとかくしもつつまず、かよはし給ふらむかし」と思しやるに、いとにくければ、よろづのあはれもさめぬべけれど、ことばなど教へて、書かせ奉り給ふ。




院のご寿命も、長くは無いでしょう。ご病気がちにおなりで、お元気のない様子。今頃になって、感心しないご評判を、お耳に入れて、お心を乱したりなさらないように。現世は、簡単です。何でもありません。後世の成仏の妨げになったとしたら、不孝の罪は、とても大変です。などと、はっきりと、何のことかは、おっしゃらないが、しんみりと、お話を続けるので、涙が溢れ落ちて、深く考え込むのである。源氏は、自分も泣いて、人の事でも、罪なものだと、聞き思っていた、老いの繰言。それを自分が、言うことになってしまった。嫌な老人だと、不愉快に、うるさく思うことでしょう。と、恥ながら、御硯を、手元にとられて、ご自分で、墨をすり、紙も整えて、ご返事を書かせ申し上げるが、お手元も震えて、お書きになれない。いつか、あの細々と書いてあった文の返事は、こんなに遠慮せず、やり取りされるだろうと、想像になられると、癪に障るので、一切の愛情も、薄れてしまいそうだが、文句などを、教えて、書かせ申し上げる。

源氏と、女三の宮の、二人の、心境を綴るのである。




源氏「参り給はむことは、この月かくて過ぎぬ。二の宮の御勢ことにてまいり給ひけるを、ふるめかしき御身ざまにて、立ちならび顔ならむも、はばかりあるここちしけり。霜月はみづからの忌月なり。年の終りはた、いとものさわがし。またいとどこの御姿も見苦しく、待ち見給はむを、と思ひはべれど、さりとてさのみのぶべきことにやは。むつかしくもの思しみだれず、あきらかにもてなし給ひて、このいたく面やせ給へる、つくろひ給へ」など、いとらうたしとさすがに見奉り給ふ。




源氏は、お上がりされるのは、どうなさるのか。この月も、こんなようで、過ぎました。二の宮が、格別の御威勢で、お上がりになったのに、若々しさのない、今のお体では、競争するみたいなもの。恐れ多い気がします。十一月は、私の、忌月です。年末はこれも、慌しい。それに、あなたの姿も、いっそう見苦しく、お待ちする院は、御覧でしょうが、そうかといって、延ばせるものでもないでしょう。くよくよと、お悩みされず、明るい気持ちになって、この、やつれたお顔を、直しなさい。など、可愛らしいと、それでも、思うのである。




衛門の督をば、何ざまの事にも、ゆえあるべきをりふしには、必ずことさらにまつはし給ひつつ宣はせあはせしを、たえてさる御せうそこもなし。人あやしと思ふらむと思せど、見むにつけても、いとどほれぼれしき方はづかしく、見むにはまたわが心もただならずやと思しかへされつつ、やがて月ごろ参り給はぬをもとがめなし。




衛門の督、柏木を、どのようなことであっても、面白いことのある場合は、必ず誰よりも、お傍において、ご相談もされたが、全然、そんなお便りもない。皆が、変に思うだろうと、思うが、顔を見れば、いよいよ馬鹿な爺だと思われるのが、気になるし、逢ったりすると自分のほうも、平静を失わないかと、反省もされて、そのまま、一ヶ月も、参上されないのに、お叱りもないのである。




おほかたの人は、「なほ例ならず悩みわたりて、院にはた、御あそびなどなき年なれば」とのみ思ひわたるを、大将の君ぞ「あるやうある事なるべし。すきものは定めて、わがけしきとりし事にはしのばぬにやありけむ」と思ひよれど、いとかくさだかに残りなきさまならむとは、思ひより給はざりけり。




特別な関係の無い人は、健康ではなく、ご病気だし、院のほうでも、管弦の催しなどない年だから、と考えるばかりである。だが、大将の君、夕霧は、訳がある事だろう。あの熱心家は、自分が、変だと思ったあのことは、我慢しきれなかったのであろうかと、考えつくが、このようにまで、何もかもとは、考えつかなかったのである。

大将の君、夕霧も、柏木と、女三の宮の状況を、勘付いたようである。

残りなきさまならむとは・・・
行くところまで、行った状態を言う。









posted by 天山 at 05:51| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月23日

もののあわれについて757

十二月になりにけり。十余日とさだめて、舞どもならし、殿の内ゆすりてののしる。二条の院の上は、まだ渡り給はざりけるを、この試楽によりぞ、えしづめはてで渡り給へる。女御の君も里におはします。このたびの御子は、また男にてなむおはしましける。すぎすぎいとをかしげにておはするを、明け暮れもてあそび奉り給ふになむ、過ぐる齢のしるし、うれしく思されける。試楽に、右大臣殿の北の方も渡り給へり。大将の君、うしとらの町にて、まづうちうちに調楽のやうに、明け暮れ遊びならし給ひければ、かの御方は、御まへのものは見給はず。




十二月になった。十何日と決めて、数々の舞を、練習し、御殿中が、ゆらぐほどの大騒ぎである。
二条の院、紫の上は、まだ六条の院にお越しになっていないが、この試楽を御覧になりたくて、我慢出来ずに、お越しになった。女御の君も、里に下がっていらしゃる。今度の御子も、また男であられた。次々と、まことに可愛らしくていらっしゃるから、一日中、御子の相手をしていらっしゃる。長生きしたお陰と、嬉しく思うのである。
試楽には、右大臣の北の方も、お越しになった。大将の君、夕霧は、丑寅の町で、先に内々に、調楽のように、朝晩と音楽の練習をされていたので、花散里の御方は、御前での試楽は、御覧にならないのである。




衛門の督を、かかる事の折りもまじらはせざらむは、意図はえなくさうざうしかるべきうちに、人あやしとかたぶきぬべき事なれば、参り給ふべきよしありけるを、重くわづらふよし申して参らず。さるは、そこはかと苦しげなる病にもあらざるなるを、思ふ心のあるにやと、心苦しく思して、とりわきて御せうそこつかはす。父大臣も「などかかへさひ申されける。ひがひがしきやうに、院にも聞しめさむを、おどろおどろしき病にもあらず、助けて参り給へ」とそそのかし給ふに、かく重ねて宣へれば、苦しと思ふ思ふ参りぬ。




衛門の督、柏木も、こういう機会にも呼ばないというのは、引き立たず、物足りない感じがする。皆が、変だと首をかしげるだろうと、参上するように、お呼びであったが、重病であるとのことで、伺わない。実は、どこが、どう苦しいという、病気ではないようだが、来ないということは、悩んでいるのであろうかと、気になり、特別にお手紙を、差し上げた。父大臣も、どうして、ご辞退申されたのか。すねっているように、院も思うだろう。大した病気でもないのだから、無理をしてでも、伺いなさい。と、お勧めするが、このように、重ねてお手紙が来たので、嫌だと思いつつも、参上した。




まだ上達部なども集ひ給はぬほどなりけり。例のけぢかき御簾の内に入れ給ひて、母屋の御簾おろしておはします。げにいといたくやせやせに青みて、例もほこりかに花やぎたる方は弟の君達にはもてけたれて、いと用意ありがほにしづめたるさまぞことなるを、いとどしづめて候ひ給ふさま、などかは御子たちの恩かたはらにさしならべたらむに、さらにとがあるまじきを、ただ事のさまの、たれもたれもいと思ひやりなきこそ、いと罪ゆるしがたけれ、など御目とまれど、さりげなくいとなつかしく、源氏「その子ととなくて、対面もいと久しくなりにけり。月ごろは、いろいろの病者を見たつかひ、心のいとまなきほどに、院の御賀のため、ここにもしの給ふ御子の、法事つかうまつり給ふべくありしをつぎつぎとどこほる事しげくて、かく年もせめつれば、え思ひのごとくしあへで、かたのごとくなむ、いもひの童のかず多くなりにけるを、御覧ぜさせむとて、舞などならはしはじめし。その事をだにはたさむとて、拍子ととのへむこと、また誰にかはと思ひめぐらしかねてなむ、月ごろとぶらひものし給はぬ恨みも捨ててける」と、宣ふ御けしきのうらなきやうなるものから、いといと恥づかしきに、顔の色たがふらむと覚えて、御答もとみにえ聞えず。




まだ、上達部なども、集まらない頃だった。
いつもの通り、お傍近くの中に入り、源氏は、母屋の御簾を下げておいであそばす。話しに聞いている通り、すっかり痩せてしまい、顔色が悪く、いつも元気で、明るいことでは、弟の君達には、負かされて、特にたしなみが深い様子で、落ち着いたところが、他の人と違うのだが、いつもより、静かに座っている姿。どうして、皇女方のお傍にいて、いっこうに、差し支えがあろうか。
だが、この事情が、どちらも、本当に考えがない点、罪は許せないのだ。などと、お目が離せないが、そういう気持ちは見せず、源氏は、用事もなくて、逢うことも、久しぶりになった。この何ヶ月、あちこちの病人を介抱し、余裕のない内に、院の御賀のため、ここにいらっしゃる皇女が、御法事をして、差し上げる予定だったが、次々と、支障が出て、こんな年も暮れ近くになったので、思う通りには、出来なくて、ほんの形ばかりの、御精進料理を差し上げるのだが、御賀などというと、大袈裟なようだが、我が家に成長した、子供たちが大勢になったので、それをお目にかけようというつもりで、舞なども、習わせ始めた。その事だけでも、いたそうと思い、さて拍子を整えるのは、あなた以外には、いくら考えても思いつかないので、幾月も顔を見せてくれなかった、恨めしさも、忘れることだがないのだ。と、おっしゃる様子は、そのまま、信じてよさそうだが、恥ずかしくて、たまらず、顔の色が変わっているだろうと、思われ、ご返事も、すぐには、申し上げられない。




柏木「月ごろかたがたに思し悩む御こと、うけたまはり嘆き侍りながら、春の頃ほひより、例もわづらひ侍るみだり脚病といふもの、ところせく起こりわづらひ侍りて、はかばかしく踏み立つる事も侍らず。月ごろに添へてしづみ侍りてなむ、内などにも参らず、世の中あとたえたるやうにてこもり侍る。「院の御よはひ足り給ふ年なり、人よりさだかにかぞへ奉り仕うまつるべき」よし、致仕の大臣思ひおよび申されしを、「冠をかけ、車をしまず捨ててし身にて、進み仕うまつらむに、つく所なし。げに下ろうなりとも、同じごと深き所はべらむ。その心御覧ぜられよ」と、もよほし申さるることの侍りしかば、重き病ひをあひ助けてなむ、参りてはべし。




柏木は、この幾月も、あちらの方こちらの方と、心配でいらっしゃる事を、伺いまして、お案じておりましたが、春の頃から、いつも煩います、脚気というものが、酷くおこり、苦しみまして、歩くことも出来ずにおりました。月がたつにつれ、床につきまして、御所などに、参上せず、世間に顔出ししないことで、籠もっております。「院の御年が、五十におなりあそばす年である。誰よりも、しっかりと、お祝いいたすべきである」と、大臣が考えて、申されましたが、「冠をかけ、車を惜しまず捨てて、退官した身であるのに、自分の方から出て行って、賀をさせていただいては、つく席がない。まことに、お前は、下郎ではあるが、同じように、院を思う心は、深いだろう。その心を、お目にかけよ」と催促されることがございましたので、重い病を鞭打って、伺いました。




今はいよいよいとかすかなるさまに思しすまして、いかめしき御よそひを待ちうけ奉り給はむこと、願はしくも思すまじく見奉り侍りしを、事どもをばそがせ給ひて、静かなる御ものがたりの、深き御願ひかなはせ給はむなむ、まさりて侍るべき」と申し給へば、いかめしく聞きし御賀の事を、女二の宮の御かたざまには言ひなさぬも、らうありと思す。




この頃は、益々、質素に俗世間の事は、お考えにならずお過ごしでいらっしゃいます。堂々とした、行列をお待ち受けにされますのは、お望みではないと、お見受けしました。諸事簡略にあそばして、静かなお話し合いを、心からお望みなのを、叶えて差し上げることが、よろしいと、申されるので、堂々とした事であったと、聞く御賀を、女二の宮の事とは、言わないのは、心得があると、思うのである。

女二の宮が、行なったことを、自慢して言わない柏木に、源氏が、控えめだと、思っている。

posted by 天山 at 06:17| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月24日

もののあわれについて758

源氏「ただかくのむ。事そぎたるさまに世人は浅く見るべきを、心えてものせらるるに、さればよとなむ、いとど思ひなられ侍る。大将は、おほやけがたは、やうやうおとなぶめれど、かうやうに情ひたるかたは、もとより染まぬにやあらむ、かの院、何事も心および給はぬ事はをさをさなきうちにも、楽のかたの事は御心とどめて、いとかしこく知りととのへ給へるを、さこそ思し捨てたるやうなれ、静かに聞しめしすまさむこと、今しもなむ心づかひせらるべき。かの大将ともろともに見入れて、舞のわらべはの用意心ばへ、よく加へ給へ。ものの師などいふものは、ただわが立てたることこそあれ、いと口惜しきものなり」など、いとなつかしく宣ひつくるを、うれしきものから、苦しくつつましくて、こと少なにて、この御まへをとく立ちなむと思へば、例のやうにこまやかにもあらで、やうやうすべり出でぬ。




源氏は、この通りだ。簡単なものだからと、世間では、不熱心だと言うと思うが、だが、君が分ってくれるので、思った通りだと、益々、その気になってきました。大将は、役所の仕事は、段々と一人前になってゆくようだが、こういう、風流なことには、生まれつき、不熱心なのだろうか。あちらの院は、何事にも通じてないこともないが、その中でも、特に音楽のことでは、熱心で、たいそう立派に、何もかも通じていらっしゃり、ご出家されても、音楽もお捨てになったようだが、静かに、お心を澄まして、お聞きになることだ。今こそ、かえって、気をつけなければならない。あの大将と一緒に、気を入れて、舞をする子供たちの用意、気配りを、よく注意してやって、下さい。師匠などという連中は、それぞれ専門とするところは、やるが、どうも、至らないところがある。など、大変に優しく、頼み込むので、嬉しく思うが、辛くて、身が縮む思いがする。口数少なく、この御前を早く立ち去りたいと思うので、いつものように、細々と申さず、次第に、御前から、すべり出た。




東の御殿にて、大将のつくろひいだし給ふ楽人舞人の装束の事など、またまたおこなひ加へ給ふ。あるべき限りいみじく尽くし給へるに、いとどくはしき心しらひ添ふも、げにこの道はいと深き人にぞものし給ふめる。




東の御殿で、大将が用意された、楽人舞人の装束などを、更に重ねて、注意されて、付け加える。出来るだけ、立派に、し尽くすのであるが、更に、行き届いた心遣いが、加わるのは、なるほど、この道には、まことに深い人でいらっしゃると見える。




今日はかかるこころみの日なれど、御かたがたもの見給はむに見どころなくはあらせじとて、かの御賀の日は、赤きしらつるばみに、葡萄染めの下襲を着るべし。今日は、青色にすはう襲、楽人三十人、今日はしら襲を着たる。辰巳の方の釣殿につづきたる廊を楽所にて、山の南の側より御まへに出づるほど、仙遊霞といふものあそびて、雪のただいささか散るに、春のとなり近く、梅のけしき見るかひありてほほえみたり。




今日は、こういう試楽の日であるが、御方々が、御覧になるのに、見る値があるように、本当の御賀の日には、赤い白つるばみに、葡萄染めの下襲を着るはずだから、今日は、青色に蘇芳襲で、楽人三十人は、今日は、白襲を着ている。
東南の町の、釣殿につづいている廊を、楽所として、山の南の方から、舞人が、御前に出てくる間、仙遊霞という音楽を奏する。雪がほんの少しちらつき、もう春が近づいて来て、梅の様子が、見映えして、ちらちらと咲き出している。




廂の御簾の内におはしませば、式部卿の宮、右の大臣ばかり候ひ給ひて、それより下の上達部はすのこに。わざとならぬ日のことにて、御あるじなど、けぢかきほどに仕うまつりなしたり。




廂の御簾の内に、源氏がおいであそばすので、式部卿の宮と、右大臣だけが、御簾の中においでで、それ以下の上達部は、すのこに。今日は、正式の日ではないので、ご馳走なども、お手軽なものを用意してある。




右の大殿の四郎君、大将殿の三郎君、兵部卿の宮の孫王の君達二人は万歳楽、まだいと小さきほどにて、いとらうたげなり。四人ながらいづれとなく、高き家の子にて、かたちをかしげに、かしづきいでたる、思ひしもやむごとなし。また、大将の御内侍のすけばらの二郎君、式部卿の宮の兵衛の督といひし、今は源中納言の御子わじやう、右の大殿の三郎君陵王、大将殿の太郎落そん、さては太平楽、喜春楽などいふ舞どもをなむ、同じ御なからひの君たち、おとなたちなど舞ひける。暮れゆけば、御簾あげさせ給ひて、ものの興まさるに、いとうつくしき御孫の君達のかたち姿にて、舞のさまも世に見えぬ手をつくして、御師どもも、おのおの手のかぎりを教へ聞えけるに、深きかどかどしさを加へて、めづらかに舞ひ給ふを、いづれをもいとらうたしと思す。おい給へる上達部たちは、みな涙おとし給ふ。式部卿の宮も、御孫を思して、御鼻の色づまくまでしほたれ給ふ。




右大臣の四郎君、大将殿の三郎君、兵部卿の宮の、お子様がたお二人で、万歳楽を舞う。まだ小さな子たちで、大変に可愛らしい。四人が、四人共に、揃って皆、身分の高い家の子息であり、器量も申し分なく、着飾られて出て来たのは、とても、高貴に見える。
その他、大将の御子で、典侍がお産みした二郎君、式部卿の宮の、兵衛の督といった方で、今は源中納言になっている方の御子は、皇じようを舞う。右大臣の三郎君は、陵王、大将の太郎君は、落そん、あるいは、太平楽、喜春楽などいう舞の、数々を同じ一族の、子供や大人たちが舞った。
夕方になると、源氏は、御簾を上げさせて、楽と舞の面白さが勝る上に、可愛らしい御孫の若様方が、面なしの姿で舞う様子も、他には見られない妙技を尽くし、師匠連中も、一人一人、技の限りを尽くして、教え差し上げた上に、優れた才能も加えて、立派に舞うのを、どの御子も、可愛らしいと思われる。
年を取った上達部たちは、誰も誰も、涙を流す。式部卿の宮も、御孫のことを思い、お鼻が色づくほどに、涙を流される。

posted by 天山 at 05:45| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

もののあわれについて760

柏木「人より先なりけるけぢめにや、とりわきて思ひならひたるを、今になほかなしく給ひて、しばしも見えぬをば苦しきものにし給へば、ここちのかく限りに覚ゆる折しも、見え奉らざらむ、罪ふかくいぶせかるべし。今はと頼みなく聞かせ給はば、いと忍びて渡り給ひて御覧ぜよ。必ずまた対面給はらむ。あやしくおろかなる本性にて、ことにふれておろかに思さるることありつらむこそ、くやしく侍れ。かかる命のほどを知らで、ゆくすえ長くのみ思ひ侍りけること」と、泣く泣く渡り給ひぬ。宮はとまり給ひて、いふ方なく思しこがれたり。




柏木は、長男であるせいか、第一に、いつも思ってくださるのを、今でも、矢張り可愛がってくださり、少しの間でも、顔を見せないのを、辛いとおっしるものですから、病気で、もう最後かと思われる、今の場合、お目にかかれないのは、罪が深く、気が塞ぐことでしょう。もう駄目だと、お聞きあそばしたら、人目を忍んで、お出でになり、お会い下さい。きっと、もう一度、お目にかかりましょう。何とも、ぐずで、馬鹿な生まれつきで、何かと、愛情が足りないと思ったこともあるでしょう。後悔します。こんな短い命とは知らず、将来、長く一緒に暮らせるものと、思っておりました。と、泣き泣き、お出になった。女宮は、お残りになって、言う言葉もなく、恋焦がれていらっしゃる。




大殿に待ち受け聞え給ひて、よろづにさわぎ給ふ。さるは、たちまちにおどろおどろしき御ここちのさまにもあらず、月ごろ物などをさらに参らざりけるに、いとどはかなき柑子などをだにふれ給はず。ただやうやうものにひき入るるやうに見え給ふ。




大臣邸では、待っていて、何かと大騒ぎである。実は、急に酷くなるという、病状ではなく、何ヶ月も、一向に、食事が進まなかったのが、更に、酷くなり、ほんの軽い蜜柑の類さえも、手を触れない。ただ、次第に、何かに引きずり込まれてゆくような状態である。




さる時の有職の、かくものし給へば、世のなか惜しみあたらしがりて、御とぶらひに参り給はぬ人なし。内よりも院よりも、御とぶらひしばしば聞えつつ、いみじく惜しみ思し召したるにも、いとどしき親たちの御心のみまどふ。六条の院にも、いとくちをしきわざなりと思しおどろきて、御とぶらひにたびたびねんごろに、ちち大臣にも聞え給ふ。大将は、ましていとよき御なかなれば、けぢかくものし給ひつつ、いみじく嘆きありき給ふ。




現代の、有職である方が、このようでいらっしゃるので、世間中が、残念がり、お見舞いに伺はない人はいないほどだ。御所からも、上皇からも、お見舞いが何度も参る。酷く惜しがっていらっしゃるのを見ても、一層酷い、ご両親のご心痛である。
六条の院、源氏も、大変残念なことと、驚きになり、お見舞いに、何度も何度も、心を込めて、父の大臣にも、申し上げる。
大将は、それ以上に、仲のよい間であるから、お傍にお出でになり、大変に嘆き、うろうろしている。




御賀は二十五日になりにけり。かかる時のやむごとなきかんだちめの、重くわづらひ給ふに、親はらからあまたの人々、さる高き御なからひの嘆きしをれ給へる頃ほひにて、ものすさまじきやうなれど、月々にとどこほりつる事だにあるを、さてやむまじき事なれば、いかでかは思しとどまらむ。女宮の御心のうちぞ、いとほしく思ひ聞えさせ給ふ。
例の五十寺の御誦経、またかのおはします御寺にも、まかびるさなの。




御賀は、二十五日になった。
こういう、現在権勢のある家の、上達部が、酷い病気なので、親兄弟、大勢の方々、そういう身分の高い方々同士が、涙にくれていらっしゃるときなので、賀の祝いをするのは、そぐわないようだが、何月は駄目、何月は駄目と、今になってしまったことも、困るというのに、今になったのも、困るのだが、このままなしにすることも、出来ない話しであり、どうして、中止出来よう。
女宮のお心の中を、気の毒と思い、申し上げる。
お決まりの、五十寺の御誦経、それから、あのお座りになっていらっしゃる、お寺でも、まかびるさなの、御誦経が。


若菜下を終わる。

とても、大変物語だ。
滅茶苦茶である。

ただ、語源、大和言葉の美しさは、実感する。

敬語の敬語・・・
更に、作者も、敬語で書き付ける。

いずれ、総括して、源氏物語を検証したいと、思う。
posted by 天山 at 05:45| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

もののあわれについて761

柏木

衛門の督の君、かくのみ悩みわたり給ふ事なほ怠らで、年もかへりぬ。大臣、北の方、思し嘆くさまを見奉るに、しひてかけ離れなむ命かひなく、罪重かるべき事を思ふ心は心として、またあながちに、この世に離れがたく惜しみとどめまほしき身かは、いはけなかりし程より思ふ心ことにて、なに事をも、人に今ひときはまさらむと、公私の事にふれて、なのめならず思ひのぼりしかど、その心かなひがたかりけりと、ひとつふたつのふしごとに、身を思ひおとしてしこなた、なべての世の中すさまじう思ひなりて、のちの世の行ひに本意深く進みにしを、親たちの御恨みを思ひて、野山にもあくがれむ道の、重きほだしなるべく覚えしかば、とざまこうざまに紛らわしつく過ぐしつるを、つひに、なほ世に立ち舞ふべくも覚えぬ物思ひの、ひとかたならず身に添ひにたるは、われよりほかに誰かは辛き、心づからもてそこなひつるにこそあめれ、と思ふべき人もなし。




衛門の督の君、柏木は、こんなに病気が続くばかりで、一向に良くならないで、年も改まった。
父の大臣、母、北の方が、嘆く様を拝すると、無理に、捨てようと思う命の捨てがいもなく、先立つ罪は、重いことを思う気持ちは、変わらない。だが、しかし、この世に、執着して生きる身だろうか。幼い昔から、理想を高く持ち、何事にも、人より一段と優れようと思い、公の事も、私の事も、並外れて、望み高くあったが、思うとおりに行かないものだと、一つ二つのつまずき事に、次第と、自信を失い、世の中全体が、面白くないものだと、御世のための、修行に心が強く向ったのだが、両親の嘆きを考えると、野山に憧れ出る道にとっては、大きな絆であろうと思われたので、あれやこれやと、気を紛らわせ月日を過ごして来た。だが、結局、矢張り、世間に交わることが出来そうにないと、物思いが一つならず、身に生じたのは、自分以外に、誰のせいだろうか、自業自得で、このようになったと思うと、恨むべき人もいないのである。




神仏をもかこたむかたなきは、これ皆さるべきにこそあらめ、誰もちとせの松ならぬ世は、つひに止まるべきにもあらぬを、かく人にも少しうちしのばれぬべき程にて、なげのあはれをもかけ給ふ人あらむをこそは、ひとつ思ひに燃えぬるしるしにはせめ。せめてながらへば、おのづから、あるまじき名をも立ち、我も人も安からぬ乱れいでくるやうもあらむよりは、なめしと心おい給へらむあたりにも、さりとも思し許いてむかし。よろづのこと、今はのとぢめには、皆消えぬべきわざなり。また異様のあやまちしなければ、年頃ものの折節ごとには、まつはしならひ給日にしかたのあはれもいできなむ、など、つれづれに思ひつづくるも、うちかへしいとあぢきなし。




神仏のせいにもできないのは、これも皆前世の因縁なのだろう。誰も千年の松ではない、この世は、結局、死なずにはいられないのだ。このように、誰かに、少しは死後、思い出してもらえる間に、かりそめながらも、可哀相にと、思ってくれる方があろうということを、一筋の思いに燃えた、そのしるしとするとしよう。無理矢理に、生き続けるとすれば、いつしか、不都合千万との評判も立ち、自分にも相手にも、大変、面倒なことが起こることもある。それよりも、無礼者、けしからぬと思っているお方でも、いくらなんでも、死後は、お許しくださるだろう。何もかもが、臨終の際には、消えてしまうはず。
あれ以来、別に間違いもなく、今まで何年もの間、何かある度に、自分をお呼びになり、お傍に置いてくださるのが常だった、六条院の憐れみも、生じるだろう。などと、何も出来ないままに、考え続けているが、いくら考えても、実に、おもしろくないのである。

当時の、死生観である。
また、死ぬという意識を、このように感じていたということが、分る。




などかく程もなくしなしつる身ならむと、かきくらし思ひ乱れて、枕も浮きぬばかり、人やりならず渡し添へつつ、いささかひまありとて、人々立ち去り給へるほどに、かしこに御ふみ奉れ給ふ。




何故、このような身の置き所のないほど、自分でしてしまったのか。と、闇のような思いがして、枕が浮いてしまうほど、自分のしてしまったことで、涙を流し続ける。少し具合が悪いとあり、一同がお傍を離れた隙に、女三宮に、文を差し上げる。




柏木「今は限りになりにて侍る有様は、おのづから聞し召すやうも侍らむを、いかがなりぬるとだに、御耳とどめさせ給はぬも、ことわりなれど、いと憂くも侍るかな」など聞ゆるに、いみじうわななけば、思ふことも皆書きさして、
「今はとて 燃えむ煙も むすぼほれ たえぬ思ひの なほや残らむ

あはれとだに宣はせよ。心のどめて、人やりならぬ闇に惑はむ道の光にもし侍らむ」と聞え給ふ。




柏木は、今は、もう臨終になってしまったことは、自然、お耳に入っていることでしょう。どんな様子かさえも、お気にとめてくださらないのは、無理も無いことですが、辛いことでございます」など、申し上げるのだが、酷く手がふるえて、書きたいことも、皆書きかけにして、
これを最後と、燃える煙も、もやもやして、いつまでも火が、諦めきれない思いが、死後に残るでしょう。

せめて、あはれと、一言おっしゃってください。それで、心を静めて、自分から求めて、無明の闇を行く道の、光としましょう。と、申し上げる。




侍従にも、こりずまに、あはれなる事どもを言ひおこせ給へり。柏木「みづからも、今ひとたび言ふべき事なむ」と宣へれば、この人も、童より、さるたよりに参り通ひつつ、見奉り慣れたる人なれば、おほけなき心こそうたておぼえ給へれ。今はと聞くはいと悲しうて、泣く泣く、小侍従「なほこの御返り、まことにこれを。とぢめにもこそ侍れ」と聞ゆれば、女三「我も、今日か明日かの心地して。もの心細ければ、おほかたのあはればかりは思ひ知らるれど、いと心憂き事と思ひこりにしかば、いみじうなむつつましき」とて、さらに書い給はず。




侍従に対しても、懲りずに、あはれなことを数多く書いて、お渡しになる。柏木は、直接対面して、もう一度言いたいことがある。とおっしゃるので、この人も、子どもの頃から、伺う機会があり、よく顔も始終見ている女なので、身分不相応な願いには、嫌なと思われもしたが、もはや、最後と聞くと、悲しくて、泣き泣き、小侍従は、女三の宮に、嫌ではございましょうが、この御返事は、お書きください。本当に、これが、最後でございましょう。と申し上げる。
女三の宮は、私も、今日か、明日かの気持ちがして、何やら、心細く、死ぬのは、可哀相ぐらいは思うけれど、とても、たまらないことと、こりごりしたので、全く、気が進まない。と、おっしゃり、全く、返事を書かない。











posted by 天山 at 05:59| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

もののあわれについて762

御心、本性の、強くづしやかなるにはあらねど、はづかしげなる人の御気色の、折々にまはならぬか、いと恐しうわびしきなるべし。されど御硯などまかなひて責め聞ゆれば、しぶしぶに書い給ふ。取りて、忍びて、宵の紛れに、かしこに参りぬ。




この方の、お気持ち、性質は、強く、重々しくしていらっしゃるという、わけではないが、ご立派だと思う、源氏のご機嫌の悪いさが、何かの時に、思い出されるのが、怖くてならないのだろう。それでも、小侍従は、硯などを整えて、是非にと、勧めると、しぶしぶながら、お書きになる。それを取って、こっそりと、夕方の騒がしい時を狙い、あちらに、伺った。




おとど、かしこきおこなひ人、葛城山より請じいでたる、待ち受け給ひて、加持まいらせむとし給ふ。御修法読経なども、いとおどろおどろしう騒ぎたり。




源氏は、優れた修験者、葛城山から頼み、出て来てもらったことを、お待ちになり、加持してあげようとされる。御修法や読経など、大声でやっている。




人の申すままに、さまざまひじりだつ験者などの、をさをさ世にも聞えず、深き山に籠もりたるなどをも、弟君達を遣はしつつ、尋ね召すに、け憎く心づきなき山伏どもなども、いと多く参る。わづらひ給ふ様の、そこはかと無く、ものを心細く思ひて、音をのみ時々泣き給ふ。陰陽師なども、多くは女の霊とのみ占ひ申しければ、さる事もやと思せど、さらに物怪の現れいで来るも無きに、思ほしわづらひて、かかるくまぐまをも尋ね給ふなりけり。




誰彼の言うがままに、色々聖めいた修験者などで、いっこうに世間にも名前が聞えず、深い山に籠もっている者でも、弟の若さま方を、遣わして、探し出して、呼び寄せになると、憎らしげな、面白くない感じの、山伏連中が、大勢やって来る。ご病状は、どこがどうと、はっきりするのではなく、何か心細く思い、声を上げて、時々、泣かれる。
陰陽師なども、多数は、女の霊だと占い、そういうこともあるかもしれないと、思うが、全く、物の怪で、名乗り出てくるものがないので、途方に暮れてしまいになり、このように人の知らない所までも、お捜しになるのである。




この聖も、たけ高やかに、まぶしつべたましくて、荒らかにおどろおどろしく陀羅尼読むを、柏木「いで、あな、憎や。罪の深き身にやあらむ。陀羅尼の声高きは、いとけ恐ろしくて、いよいよ死ぬべくこそ覚ゆれ」とて、やをらすべりいでて、この侍従と語らひ給ふ。




この聖も、背が高くて、目つきも、気味が悪く、荒っぽく、大声で陀羅尼を読むのを、柏木は、ああ、嫌なことだ。罪深い身なのだろう。陀羅尼を声高く読むのを聞くと、気持ちが悪く、ますます、死にそうな気がする、と、そっと床を抜けて、この侍従と話し込む。




おとどはさも知り給はず。「うち休みたる」と、人々して申させ給へば、さ思して、忍びやかにこの聖と物語し給ふ。おとなひ給へれど、なほ花やぎたる所つきて、もの笑ひし給ふおとどの、かかる者とせもと向かひいて、このわづらひそめ給ひし有様。何とも鳴くちにたゆみつつ、重り給へる事、「まことにこの物怪あらはるべう。念じ給へ」など、こまやかに語らひ給ふも、いとあはれなり。




父の殿様は、それとは、知らず、お休みになられました、と女房たちに申させたので、そう思い、小声で、この聖とお話をされる。年は取ったが、それでも、賑やかなところがあり、よく笑う殿様が、こんな連中と対座して、病気になってからの様子を、特に何ともなく、時々、良くなりながらも、結局、重くなることと、殿は、本当に、この物の怪が姿を現すように、お祈りしてくださいと、心を込めて、頼むことも、実にあはれである。

いとあはれなり
実に、気の毒である。




柏木「かれ聞き給へ。何の罪とも思しよらぬに、占ひよりけむ女の霊こそ、まことにさる御執の身に添ひたるならば、いとはしき身をひきかへ、やむごとなくこそなりぬべけれ。さても、おほけなき心ありて、さるまじき過ちを引きいでて、人の御名をも立て、身をもかへり見ぬ類、昔の世にも無くやはありける、と思ひなほすに、なほ、けはひ煩はしう、この御心に、かかるとがを知られ奉りて、世に長らへむ事もいとまばゆく覚ゆるは、げに、殊なる御光なるべし。深きあやまちも無きに、見合はせ奉りし夕のほどより、やがてかき乱り、惑ひそめにし魂の、身にも返らずなりにしを、かの院に内にあくがれありかば、結び留め給へよ」など、いと弱げに、殻のやうなる様して、泣きみ笑らひ給ふ。




柏木は、あれをお聞きください。何の罪とは、お気づきにならないが、占いの言った、女の霊こそ、本当に、女三宮の、憎しみが、この身についているならば、嫌でたまらない身が、逆に、恐れ多いものになるでしょう。それにしても、身分不相応なことを考え、してはならない、過ちを犯して、相手の評判も悪くして、自分のことを、捨て去った例は、昔もないではなかったと、考え直すが、どうしても、嫌な男として、六条の院に、こういう罪を知られてしまったということで、この世に、生き続けようというのも、顔を上げられない思いがするのは、いかにも、ご威光なのだろう。大きな罪でもないが、目と目を合わせた、あの夕方から、すぐにそのまま心が収まらず、迷い出した魂が、我が身にも、帰らなくなってしまった。あの院で、うろうろとしていたから、下前の結びを留めて、魂を止めてください。など、いかにも、弱々しく、抜け殻のように、泣いたり、笑ったりして、お話される。

柏木が、小侍従と話している様子である。








posted by 天山 at 06:45| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

もののあわれについて763

宮もものをのみ恥づかしう、つつましと思したる様を語る。さてうちしめり、面やせ給へらむ御様の、面影に見奉る心地して思ひやられ給へば、げにあくがるらむ魂や、ゆき通ふらむなど、いとどしき心地も乱るれば、柏木「今さらに、この御事よ、かけても聞えじ。この世はかうはかなくて過ぎぬを、永き世のほだしにもこそと思ふなむ。いとほしき。心苦しき御事を、平かにとだにいかで聞きおい奉らむ。見し夢を心一つに思ひ合はせて、また語る人も無きが、意味じういぶせくもあるかな」など、取り集め思ひ染み給へる様の深きを、かつはいとうたて恐しう思へど、あはれはた、え忍ばず、この人もいみじう泣く。




宮も、何かと、具合の悪い、肩身の狭い思いをしていられる、様子を語る。
そのように、沈み込んで、面痩せしていらっしゃる様子が、目先にちらつく思いがするので、本当に、身を抜け出した魂が、あちらに行き通っているのだろうかと、以前にも増して、心が乱れる。
柏木は、いまさらに、宮の御事を、口にもしない。現世は、このように、はっきりしないで、終わってしまったが、宮の往生の妨げにならないかと思うと、お気の毒だ。心にかかる出産、ご無事に済んだと聞いてから、死にたい。見た夢を勝手に思い、他に話す人もなく、酷くたまらないことだ、などと、何かと、心の中に考えている執念の深さである。
それを、恐ろしいこと、嫌なことと思うが、いっぽうで、死にそうな人への、同情が抑えられず、小侍従も、激しく泣くのである。

見し夢とは、猫の夢である。




紙燭召して御返り見給へば、御手も、なほいとはかなげに、をかしき程に書い給ひて、女三「心苦しう聞きながら、いかでかは。ただ推し量り。残らむとあるは、

立ち添ひて 消えやしなまし 憂き事を 思ひ乱るる 煙くらべに

おくるべうやは」とばかりあるを、あはれに、かたじけなしと思ふ。




紙燭を取り寄せて、ご返事を御覧になると、ご筆跡も、やはり弱々しく、だが、綺麗にお書きになり、女三の宮は、お気の毒に思っていますが、どうして、お伺いできましょう。お察しするばかりです。お歌に、残ると、ありますが、

御一緒に、消えてしまいたいと。辛いことを考えて、ちぢに乱れる心で、どちらが酷いか、比べるために。

生き残れましょうか。と、だけあるのを、心から恐れ多いと思うのである。




柏木「いでや、この煙ばかりこそは、この世の思ひ出ならめ。はかなくもありけるかな」と、いとど泣きまさり給ひて、御返り、臥しながら、うちやすみつつ、書い給ふ。言の葉の続きもなう、あやしき鳥の跡のやうにて、

行方なき 空の煙と なりぬとも 思ふあたりを 立ちは離れじ

夕はわきて、眺めさせ給へ。咎め聞えさせ給はむ人目をも、今は心安く思しなりて、かひ無きあはれをだにも、絶えずかけさせ給へ」など書き乱りて、心地の苦しさまさりければ、柏木「よし。いたうふけぬさきに、帰り参り給ひて、かく限りの様になむとも、聞え給へ。今更に、人あやしと思ひ合はせむを、わが世の後さへ思ふこそ、口惜しけれ。いかなる昔の契りにて、いとかかる事しも、心に染みけむ」と、泣く泣くいざり入り給ひぬれば、例は、無期にむかへ据えて、すずろごとをさへ言はせまほしうし給ふを、言少なにても、と思ふがあはれなるに、えも出でやらず。




柏木は、いや、この煙の歌だけが、この世の思い出。はかないことであった。と、ますます、泣かれて、ご返事を、横になったまま、筆を置き置き、お書きになる。文も続かず、筆跡も変で、鳥の足跡のようで、

行方もない、大空の煙と、わが身がなっても、思う方のお傍を、離れることはありません。

夕方は、とりわけ、空を眺めてください。咎めるお方の目も、私が死んだ後は、心配ないと、思われて、何もされないが、せめてあはれだけでも、掛けて下さい。など、乱れ書きして、気持ちが益々、苦しくなるので、もうよい。夜が更けないうちに、早く帰って、このように、臨終だったと、お耳に入れてください。今となっては、変だと、人が感づいたりしたら、死んだ後の事まで考えたりするとは、残念なことだ。いったい、どんな前世の約束で、こんな事が、心について離れないのか。と、泣く泣く、いざって、お入りになったので、いつもは、いつまでも前に座らせて、無駄話までさせるのだが、今日は、お言葉も少ないと、心が痛み、後かまわずに、帰ることも出来ない。




御有様を、乳母も語りて、いみじく泣き惑ふ。おとど等の思したる気色ぞ、いみじきや。「昨日今日、少しよろしかりつるを、などか、いと弱げには見え給ふ」とさわぎ給ふ。
柏木「なにか。なほとまり侍るまじきなめり」と聞え給ひて、みづからも泣い給ふ。




この有様を、乳母も話して、とても、おろおろと泣く。殿様なども、ご心配されて、大変である。昨日今日は、少しは良かったのに、どうして、すっかりと弱ってしまったのか。と、騒がれる。柏木は、いえもう、とても、生きられませんようです。と申し上げて、ご自分も、泣くのである。

柏木の家族たちの、様子である。

だが、その騒ぎとは別に、女三の宮は、子供を生む。
物語は、新しい段階に入るという、暗示だ。

その柏木の子が、また、物語の役となって、お話が進む。





posted by 天山 at 05:26| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。