2007年05月01日

サイパン慰霊 1 平成19年5月19日〜25日

サイパン慰霊記
サイパンには、長年の思いがあった。
20年から15年前にかけて、サイパン旅行から帰る人から、多く相談を受けたことがある。帰国後、具合が悪くなった。霊をみた。軍人の霊である等々。それを聞いていて、いつか、いつかと思っていた。
何事も、時期というものがある。
ようやく、その時期が来た。
サイパン慰霊である。

観光地と化したサイパンになら行くことは無い。そんな暇は無い。

4月22日、現地時間、3時頃到着。3時間半の飛行である。
暑いが苦痛の暑さではない。
一番安い、そして、さらに割引されるツアーに入って行った。飛行機とホテルのみの自由型である。
安いホテルなのに、部屋がやけに広い。
目の前が、エメラルドのビーチである。風景は、言うことなし。
そして、何より、人がいないのである。
ホテルには、一切の余計な音がないのも良い。
少し隣の高級ホテルには、音楽が流れていた。
風と、潮騒で十分である。

慰霊というから、一週間ほど、禊をして、肉を食べない、あれもしない、これもしないという、変な掟は無い。
用意したのは、榊につける、紙である。あの、お祓いに使用する、御幣の紙を適当に切り、用意した。それも、私流である。形に拘らない。
経本は、日蓮宗のもの、つまり、法華経と、曹洞宗のもの、つまり大悲心陀羅尼を唱えるためである。そして、十字架と聖水。聖水は、私の友人のシスターから頂いたもの。確か、ルルドの水も入っていると思う。

私は、着物を着ている。ために、非常に待遇を受けること多々あり。
ホテルでは、夜の食事が出来ないということで、隣の高級ホテルに、ビーチ沿いを歩いて行く。
ビーチでのバーべキューもある。レストランも二つ。食事は、ロビーにある一つの空間でも出来たと、後で知る。
通されたレストランは、一番高いところ。知らずに行く。
やたらに高いのである。
しょうがなく、安いものを探して、注文し、とりあえず食べた。
飛行機に乗ると、ビール一杯でも酔いが早いのがいい。すぐに酔った。
サイパンはドルである。支払いすると、日本円で、ふたりで食事して六千円程度。私には、高い。サイパンは、兎に角、高い。物価も高い。後で、それは、書く。

サイパンに人が住み始めたのは、紀元前2000年頃である。
インドネシア、マレーシア、フィリピンなどの東南アジアからカヌーに乗ってやって来た。チャモロ人だといわれる。
1521年、スペインのマゼラン率いる探検隊がマリアナ諸島を発見する。
1564年、スペインが領有を宣言する。以後、スペインによる植民地支配が始まる。
当然、キリスト教の布教が始まる。しかし、これが元で、島民と軋轢が生じて、スペイン・チェモロ戦争が23年間も続く。
5万人いた島民は、1720年には、2000人になった。しまいに、グアム島に移住させられたというから驚く。
1800年代はじめに、カロリン諸島の人々が移住を許されたというから、また驚く。
植民地政策と、キリスト教布教は同時に行われる。
政治も、精神的事々も、皆支配するのである。

1898年、スペイン・アメリカ戦争でスペインが敗北し、グアムをはぶくマリアナ諸島をドイツに売り渡す。
ここまででも解る通り、武器を持つ者が、当然のごとく島民を殺すということである。それも、宗教的対立である。5万人が、2000人である。こくごとく殺す。カトリックの極悪非道は、目に余る。いつも、どこでも同じである。しまいに、グアムに強制移住である。

あれほど、立派な教義を持つカトリックが何故、皆殺しを平気でするのかということである。基本は、白人支配である。白人は人であるが、他は、人ではないという意識である。
実に、傲慢、超傲慢である。
愛の思想など、無い。
アメリカインディアンが根こそぎ殺された。キリスト教徒によってである。あれは、プロテスタントである。
そして、アフリカから奴隷を連れて来て、働かせた。とどのつまり、今でも、彼らには、有色人種は、人ではないのである。

さて、1914年、第一次世界大戦勃発。そこで、日本は、ミクロネシア諸島をドイツから、無血占領した。
以後、日本ら多くの移住者があった。
その中で、有名なのが、砂糖王と呼ばれる、会津若松出身の、松江春治である。立派な人である。
1919年、ヴェルサイユ講和条約から国際連盟の決定によって、赤道以北のドイツ領を日本が委任統治することになる。

平和な島民の暮らしが、武器を持つ勝手な考えの、国々、国際連盟などという集いを持って、勝手に支配権を決めるという暴挙である。しかし、時代である。歴史である。

日本占領により、進出していた製糖企業は、害虫などの被害、そして戦後の恐慌に見舞われ、撤退、倒産する。
その中で、苦心惨憺、松江春治が、南洋興発株式会社を設立し、サイパン、ロタ、テニアンに、サトウキビ栽培と、製糖事業で成功する。
何と彼は、サイパンに鉄道を敷き、日本に砂糖を輸出する。
島民にも愛され、シュガーキングとして親しまれた。

銅像にされた松江に、島の子供たちは、いつも挨拶していたというから、その信頼は絶大だった。朝は、おはようございます、松江さん、帰りは、また明日、松江さんと言う。松江を知らない人はいなかった。当時、日本人は、5万人ほど住んだという。すべて、松江の会社の関係者である。

しかし悲劇が起こる。第二次世界大戦である。
1941年勃発。
1944年6月15日、アメリカ軍がサイパンに上陸し、山中での烈しい戦闘が繰り広げられる。南から北へアメリカ軍が日本軍と、民間人を攻め続ける。
最終的に、追い詰められた兵士、民間人は、マッピ山山頂の、ラデラン・バナデロやプンタン・サバネタから身を投げて死ぬ。
プンタン・サバネタは、バンザイ・クリフとも呼ばれる。
「天皇陛下ばんざい」と叫び、飛び降りたからである。

アメリカ軍は、7月9日、サイパンを占領した。
1945年、サイパンの隣の島、テニアン島から、あの原爆を積んだ、B-29が飛び立つ。
その年、日本は無条件降伏をする。
旧日本領は、アメリカを施政権国とする国連信託統治領となる。
北マリアナ諸島は、一般投票により、1975年、アメリカの自治領となることを決定。
現在、北マリアナ諸島連邦として、アメリカの自治領となっている。
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2007年05月02日

サイパン慰霊 2 平成19年5月19日〜25日

翌日の朝、10時にタクシーを呼び、島の北へ向かった。
兎に角、交通が不便である。観光客のみに焦点をあてているので、バスは、一定の区間しか走らない。島を巡回するようなバスはない。

最北部のプンタン・サバネタである。
バンザイ・クリフと呼ばれる、兵士や民間人が身投げした断崖である。「天皇陛下ばんざい」と飛び降りたゆえに、バンザイ・クリフという。
多くの慰霊碑が建つ。

そこで私は、清め祓いをするめに、出掛けた。
現地の火炎樹といわれる木の枝を借用して、榊として、御幣を作り、祝詞を献上して、清め祓いをした。
そこで、驚くべきことを知った。
昨年の天皇陛下の行幸、慰霊である。

人目を避けて行おうと思い、観光客の少なくなるのを待つ。
岬の先端に出た。
準備しつつ、祝詞を唱えていた。
岬の前で、そんなことをするのは、奇妙であるから、また、さもさもしいと思った。
さもさもしいとは、さも、そうであるからのようにという意味である。
私は、ごく普通に行いたい。

さて、「祓いたまえ、清めたいえ」と唱える。
しかし、想念の名残もないのである。
実に、清められてある。
確かに、多くの方々が慰霊しているから当然である。
だが、決定的に違う、波動がある。
慰めと、癒しの波動である。

天皇、その人のものか。いや、違う。
天皇という、存在にある、脈々と続く、天皇霊のことである。
現、天皇が行幸する、慰霊するという行為にある、霊的影響力である。

神武天皇から、今年で2660年の歴史を有する、天皇という存在である。
誤解されても言う。
その存在に在る、霊的エネルギーである。
私たち、一般の国民が知らない天皇陛下の行事は多々ある。皇祖皇宗に対する所作もある。
天皇陛下が、行幸する神宮、神社で、天皇陛下が、拍手を打つのを見たことはない。頭を下げるだけである。
神宮、神社と言えども、格式は、その身分は、天皇の存在より、低いのである。

例えば、真っ当な霊的能力者であっても、天皇を霊視することは、適わないだろう。
人間天皇の裏、後ろ、つまり、霊的空間には、皇祖皇宗が控えていらっしゃるということである。

私は、それを実感として感じた。

陛下が、いらっしゃったという事実。それだけで、清められている。

言論の自由である。天皇に関して、何を言っても良い。不敬罪などという罪も、今は、無い。天皇に戦争責任があると言ってもよい。天皇が戦争の責任を取れといっても、いい。何を言っても、許される。
しかし、私は、違う、人間天皇ではない。天皇霊である。天皇と共に在る天皇霊である。

浅はかな、単純な、問題ではない。
史観の問題でもない。

私は、現在の日本が、最後の良き時代だと思った。これから、衰退の一途を辿ると感じた。
あの栄華を誇った、ギリシャや、大航海時代のスペイン、英国の様を見よ。すべての道は、ローマに通ずるというローマ帝国の様を見よ。皆々、崩壊、衰退している。

経済大国第二位という地位にあり、観光地では、見事に餌にされている日本人であるが、奢れる者、久しからずである。
平家物語を読めばよい。

日本の政の核は、天皇の存在である。
今も昔も、天皇は、象徴である。
第二次世界大戦の様をみの、強調して、天皇の本当の姿を見失った日本は、核を見失っている。当時の軍部の創作した天皇像をもって、今何至るまで、誤解し、誤る天皇像である。
再度、歴史を観るべきである。

この度の慰霊で、私は、実感として、天皇の霊的存在の様を観た。
思うに、多くの宗教の修行といわれるものがあるが、天皇の日常生活を想像するに、修行などという言葉を超えた、絶する生活であろう。
あの、立ち居振る舞いに適う世界の要人はいない。

私は、四方を清め祓いして、写真を撮り、早々に次に向かった。
山頂である。
そこでも、日本人は、身を投げて死んでいる。

マッピ山の山頂、ラデラン・バナデロ、通称スーサイド・クリフ、自殺崖である。
平和記念公園には、十字架を背にした観音像が建つ。
民意とは、そういうものである。
十字架と観音様が、なんの違和感も無い。これがイスラムなら、考えられないだろう。
平和を願う人は、あなたの神も私の神も大切なのである。
宗儀を超えて、祈る。
実に、当たり前のことである。

私が、清め祓いをしていると、地元の女子高校生が、課外授業で来ていた。
先生が、私の同行者に、彼は、何をしているのかと問うた。
その説明を聞いて、ビデオに撮りたいと言う。高校生たちも、私の所作を撮っていた。
近づいて話をする。
歴史の勉強である。
日本の伝統的祈りに非常に興味を持ったようだ。私は、彼女たちに、祝福の祓いをした。
「私もカトリックですよ」と言う。オーと声が上がる。
サイパンはカトリックの島である。
先生は、大変感銘を受けたようで、最後に記念写真を撮った。

深く思いを凝らすことが出来ないのが、残念である。タクシーに乗り、ホテルに戻ることにする。

次に、人のいないところで行うことがあった。
ホテル近くのビーチを抜けて、人気の無いビーチに出た。
木陰を探し、即座に、読経を始めた。
法華経である。観音経でしめくくり、次に、大悲心陀羅尼である。題目を唱え、念仏を唱えた。
念仏の時、強い波動を感じた。
私の口が、回らない程、念仏が早い。勢い、経本で、膝を打ちつつ、念仏を続けた。
日蓮宗系の慰霊は、多く見たが、浄土、浄土真宗系は、少ない。
勿論、浄土真宗の親鸞は、霊を否定しているし、そのような迷いに導く所作を嫌った。当然である。仏教は、生きている者のためにある。しかし、親鸞は、思索に酔いすぎた。要するに、言葉の世界に酔った。これは、欧米の好むことろである。キリスト教に似ているといわれる訳である。
弥陀の本願は、神の愛に通じる。与えられる信仰、賜りたる信仰である。
信仰さえも、与えられて成るというところが、実に、権威的である。しかし、彼らは、その権威的に気づかない。
キリストも、親鸞も、信仰を持って善しとする。違う。
信じるという行為は、妄信、狂信ではない。
キリスト教の皆々は、何でも信じればいいというものではないと、キリスト教の神のみを信じることを言うが、それも、妄信、狂信であることに気づかない。

信じるべきものは、私である。私を信じることが出来ずに、神を信じるとは、傲慢不遜である。
私を知らず、私を信じられず、一体、何を知り、何を信じるというのか。

私を知らず、私を信じられない者の信仰は、信仰と言わない。迷いという。
禅では、「仏に逢えば、仏を殺せ」と言う。それは実に、正しい。

愚かな女が、男に、すべて託して、安穏とした様を愛だと勘違いする。多くの信仰は、それに実によく似る。
神に乗る、仏に乗る。すべてを託し任せて、安穏としている様を信仰とは、いわない。
そして、女は、男は、セックスだけがより所である。信仰も、祈りがより所である。つまり、自己満足、自己陶酔である。エクスタシーが、涅槃の境地に達するとは、たいした玉である。そういう、密教が仏教として、堂々としている様、あわれである。そんなことを言わずとも、人は、セックスで、実に満たされている。
人をおびき寄せる手立てだけは、真っ当であるから、笑う。

さて、次に私は、十字架を取り出して、波打ち際に入り、キリエレイソンを唱えた。あわれみの讃歌である。主よあわれみたまえ、キリストよあわれみたまえ。
左手に十字架、右手に御幣である。
笑う者は、笑え。私も笑う。

霊界には、宗教は無い。しかし、レベルの低い霊界には、宗教の霊界が在る。
アメリカ軍兵士も死んだ。無益な死であろう。
何ゆえ、死ぬのか・・・
戦争である。
人殺しである。殺さなければ、殺されるから、殺す。無益である。

戦争を企画、計画する者は、ほんの数人である。それに、大勢が巻き込まれる。人類の歴史で、戦争の意味だけは、解決されない。
平和の祈りと共に、人殺しをするという、蒙昧。蒙昧とは、先が見えない、藪の中に入る様をいう。

キリスト教の祈りには、何の反応も無い。
その訳は、二つの教会に行き納得した。
最後に、清め祓いをして、御幣を海に戻した。

私は、宗教家でも、霊能者でも、無い。
一般の人である。
ただ、昔の話から、まだサイパンには、幽霊が出るといわれての行動である。
幽霊は、至るところに出るが、戦争の後とは、辛いものがある。今も、戦争だと思い込む霊、幽霊がいたならば、戦争が終わったことを伝えたいという、思いのみ。
私の勝手な、行為である。

確かに、サイパンに出掛ける一週間前から、微熱が出て、気分が悪い。薬を飲んでも、駄目。サイパンに着いてからも、熱は、微熱から、少し上がった。
そして、慰霊を終えても、まだあるが、その翌日から、下がり始めた。

薬は、病院から処方されたものである。いつもは、それで治る。
私の行為が、単なる自己満足であることを、私は、知っている。
しかし、行きたいと思う気持ちに従った。
支援してくださった方もいる。

一つだけ、具合が悪くなった場所がある。
旧日本病院跡である。現在は、北マリアナ諸島の博物館になっている。

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2007年05月03日

サイパン慰霊 3 平成19年5月19日〜25日

三日目、同行の者が、サイパンの観光地化に具合を悪くして、寝込んだ。
現地の人との出会いを楽しみにしていたが、そこに行く、行動するにかかる費用に、驚いたのだ。そして、それだけお金を掛けても、何も成果が無いとしたら、と思い、寝込んだ。その気持ちが解るので、私は、一人で出掛けた。

まず、繁華街であるガラパンにある、ガラパン・キリスト・ライ教会である。
交通費を浮かすために、送迎しますというガラパンのレストランに行く。交通費がかからないゆえ、そこで昼食を食べた。
歩いて、教会に向かう。
暑い。汗が流れる。着物の袖で汗を拭く。
ハンカチは、持たない。

カトリック教会は、いつも開いている。それが、カトリックの意味である。公である。母なる教会ともいう。

ミサの時間外であるから、横の扉を開けた。
矢張り、開いた。
普通の教会であるが、実に、見事な内容である。
壁一面に、絵が描かれている。スペイン風なのであろう。ステンドガラスではない。
キリストの絵と像が多い。そして、聖母子像である。
カトリック教会に、マリア像は、かかせない。

祭壇前に跪き、主の祈り、アベマリアを唱える。
教会への批判と、私の行為は、別物である。
翌日、サイパンの大聖堂である、マウント・カーメル・カテドラルに行ったが、そこは、驚いた。祭壇からの霊力である。体が揺れたのであるから、凄い。
これは、後で書く。

聖堂の後のマリア像の前に、ともし火の台が置かれている。祈りと共に、ともし火を置く人がいる。
心の慰めの場を感じる。

サイパンも、カトリックに飲み込まれて、今に至る。
だが、日本統治時代に、日本政府が神道を強制した事実がある。その時、島民は、山の洞窟にマリア様を安置して、ひそかに祈ったという。聖母マリアのほこらとして残っている。
本当の神道の精神を持てば、そのようなことをしない。
日本の神道の精神が歪み始めたのは、推古天皇の頃からである。

神武天皇は、すべての地霊を祭ったのである。神道、まだ神道と、名づけない前からの古神道は、そうである。

さて、私は、ただ挨拶の祈りをあげて、そこから近い、旧日本病院跡の北マリアナ連邦博物館に行った。
戦火を免れたのであるが、それは、その後に松江春次の銅像があったからであろう。
マッカーサーは、軍に松江の像は壊すなと命令したのである。
松江は、島の民から尊敬し信頼されていた。島の人の心をつかむには、松江の像を壊してはならないのだ。

旧日本病院は、清められていない。私は、具合が悪くなった。
しかし、職員がいて、監視している。何も出来ない。
勿論、声に出して祈る必要は無いが、どうしても、そこで何かをする気持ちにならないのである。
島の歴史、ドイツ統治時代、日本統治時代、そして、戦後の記録を見た。すべてを回り、出た。
印象に残ったのは、戦後の、日本兵への、アメリカ軍のチラシである。潜伏する日本兵や、日本人に向けて、アナタタチハジユウデアル、というものである。日本に帰りたければ帰れる、この島に残りたければ残れるというチラシである。

これについて書けば長くなるので省略する。

その先にある、シュガー・キング・パークに行く。
松江春次の銅像を見上げた。
そして、目的の、彩帆香取神社に向かった。
私は、神社を好まない。
時に、とんでもない霊の溜まり場になっていること多々あり。
サイパンを、彩帆と書く、これが気に入ったのである。
ところが、象徴する出来事があった。
黒犬が吼えるのである。そして、私に近づき、吼える。しつこい、くどいのである。私は、犬が大好きだから、犬にしつこく吼えられることはない。
後から、ついて来て、吼える。
私の参拝を阻止するように吼える。
神社の石段を上がる時も、後からついて吼える。
何となく、この神社の主が想像出来だが、元の神社は戦争時に焼かれ、今のものは、1985年に、北マリアナ諸島の繁栄と、日本との親善目的で作られた。しかし、守る人はいない。

神社の本体は、要するに、神様は、素っ裸である。ご神体が、そのまま晒されてある。そして、普通は、奉られる神の名前が記されるが、それが無い。
有志によって、建てられたとあるが、これは、あまりに素人である。
素人の私から見ても、素人である。

そして、黒犬である。
これ以上書かない。
実は、その隣に、もう一つ、神社がある。並んであるという感じであるが、もしや、そちらの方が、元の神社ではないかと思った。
ただ、こういうことは、触らぬ神に祟りなしなので、天照大神のお名前だけを唱えて、戻った。
そして、黒犬と、対決した。
私がメガネを外して、黒犬を見た。見つめた。吼える。遠吠えのようにも吼える。
しかし、次第に、私の顔をみなくなった。何度か繰り返したが、最後は、去った。
そして、また私の後をついてくるのである。

犬に懸かったというか、憑いたのであろうが、それには触れない。
その公園を出ると、犬は戻った。犬は、自分の領域である公園に入った私を、敵とみなしたという言い方が出来るが、違う。あきらかに、霊的何かである。
私に、祓われては困るのであろう。

三時間ほど、歩いていたことになる。体は、汗だくである。
バスでホテルに戻ろうとしたが、丁度、出た後で、一時間待つことになる。しょうがないと、有名ホテルの前のタクシーに乗った。
観光客のタクシー料金は、地元の人が乗るより、はるかに高い料金だと、後で知る。
ホテルまで、20ドルを払った。

ホテルに戻り、シャワー替わりに、プールに入る。
ホテルのプールを利用するお客は少ない。
誰もいなかった。
客は、オプショナルツアーに出掛ける。
サイパンは、旅行会社の独断場である。それ以外の方法が無いという方が当たっている。
兎に角、観光で雁字搦めである。
レンタカーを借りて行くしか手は無い。
しかし、左ハンドルで、右通行である。危険だ。
結局、決められたレールに乗ることが一番である。

28歳のマッサージ嬢は、私の言葉の誘いに乗って言った。「日本人頭悪い。そしてHだ」と。フィリピン人の運転手が言う。「中国人は、頭がいい。送迎車を使い、少し食べて、他は、コンビニで買い物して、ホテルで食べる」と。
観光客の九割は、日本人である。
働く人の多くは、中国人、フィリピン人である。経営者は、日本人と韓国人、中国人である。現地の人は、仕事をしない、というより、仕事が無い。
どうやって、暮らしを立てているのか知りたいと思ったが、誰も知らない。そして、現地の人に逢うことが出来なかった。

結論は、今の日本が最後の良き時代になるだろうということである。
お金持ち、日本である。
これからは、下降するのみ。
勿論、一部の日本人は、大層金持ちである。しかし、大半の日本人は、貧乏である。
団塊の世代の退職金の行くへに云々というが、退職金の大半を持ち上げているのは、公務員の退職金である。中小企業の退職金は、無いか、あっても、500万円以下である。

国の金を使える者どもが、一番良い。
年金資金を使った、社会保険庁の改革が行われているが、氷山の一角である。
1000円を1円にしても、彼らは、責任無く、痛くも痒くもない。のうのうと、良い老後を過ごしている。
ずさんな仕事振りは、目に余るが、それに誰も責任を取る者は、いない。
皆々、誰かが、横取りしているのである。
年金資金を使って、グリーピア事業をしたが、その中に、必ず得をしている者がいる。大損したのは、国民である。

開発と称して、国の金を使い、山を切り崩し道路を作る。
誰が得をしているのか。官僚、政治家が、必ず、戻し金、マージンを取っている。
その額が示されたら、国民は、仰天する。
民主主義などない。共産主義と同じである。上に行く程、得をする。
支配者層になれば、皆々、得々である。
国民、人民は、ゴミである。
そのために、非国民を作るために、また、非国民になりたい人のために、東大という大学がある。

革命を起こすならば、東大を潰すことからである。
勿論、これは、日本だけの問題ではない。
世界中が、そうである。
世界の支配者層とは、ユダヤ人、華僑、フリーメーソン、皆、同胞意識強く、排他的である。
しかし、これ、人間の性である。
支配欲とは、人間の最大の欲望である。その端的な道具が、金である。

もう一つ、加える。宗教団体である。
カトリックを見よ。世界有数の金持ちである。
貧しい人から、広く金を集めるのは、商売の基本中の基本である。
それは、宗教を見れば、よく解る。
宗教法人という日本の宗教団体の悪行は、神罰、仏罰に当たるであろう。それが、神や仏を説くという、仰天である。

世の中は、嘘八百で成り立っている。
それが、この世が地獄である証拠である。
霊界に地獄は無い。
このところ、これ地獄である。

ああ悲し 我は地獄に 生まれ来て 遠き古里 偲びつつ生く

注・
これは、ホームページの、ブログに書いたものである。
一般の人に向けたもので、同行者とは、野中のことである。
サイパンは、観光向けであり、慰霊の行為には、遠い。
海遊びが主であり、後は、何もない。ただ、慰霊碑が多いが、それも、単に観光のためのものになりつつある。慰霊でなければ、二度と行きたい場所ではない。
何もないからである。
日本より、物価が高くて、実に、驚いている。
マリアナ諸島、その南が、ミクロネシアである。
次に、ミクロネシアの、トラック諸島の、慰霊に向かう。
海底に沈む日本船は、200以上、そして、艦船は、40以上であり、多くの戦没者の遺骨が、そのままになっている。
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2007年05月04日

サイパン慰霊 4 平成19年5月19日〜25日

帰国の日、ツアーであるから、旅行会社の迎えがある。
午前11時55分、ホテル出発。そして、ある施設に行く。買い物をさせるのである。
皆、ブランド物ばかりの建物である。
自由時間は、一時間半。
私は、その間に、サイパン島の大聖堂、マウント・カーメル・カテドラルと、今は、参る人も少ないという、最初の戦没者記念碑に向かう。
激戦で亡くなった兵士、民間人を慰霊する。
政府が建てた、戦没日本人の碑、複数の慰霊碑、招魂碑がある。

カテドラルの傍にあるというのが、印象的だ。

タクシーを飛ばして行く。
時間が無いゆえ、お金のことは考えない。

大聖堂、カテドラルは、一つの扉のみ開いていた。
入ると、すぐに祭壇がある。
ライ教会とは、違う。あちらは、町の教会であるが、こちらは、権威が感じられる。権威というのは、表現不足である。重厚な雰囲気であり、霊的に強い。

すぐに祭壇の前で祈る。
そして、感じた。
前から押される程の威圧感である。体が揺れる。
少しばかり様子をみるが、矢張り、強い。何かがある。
圧力が体を押すのである。
祈りの層であろうか。祈りの層とは、人の想念である。
人の想念は、神もどきを作り出す。想像の力による、念による、霊的な磁場を作るのである。または、死者の想念の場合もある。
膨大な死者の想念が、塊になっている場合である。

主の祈り、アベマリアを唱える。
言い忘れたが、入り口で、聖水を取り、十字を切るのである。魔を取り去る。

ある日本の地方の教会の納骨堂に入り、頭が締め付けられたことがある。
死者が、そこにいるのである。そこで良しとしている。
霊界、次元移動せずにいる場合である。
天国に行くと教えられても、行けずにいる。その教会の上空にも、上がれないでいる。
これについては、本意でないので省略する。

さて、急ぎのゆえに、その力の何かを見極めずに、教会を出た。
同行の者が、初めてのカトリック教会だということで、感激していた。
その後で、カトリックの組織の説明を求められて、やたら話すことになったが・・・

最後の目的、日本人戦没者慰霊碑の参拝である。
あらかじめ、祝詞の最初を唱えていたので、重要な部分のみを唱えた。
ここで、慰霊碑と、招魂碑についていう。
慰霊碑は、その名の通りであるが、招魂というのは、文字の意味からは、魂を招くということになる。
ここに、おいでくださいと、場所を提供するのである。
あちこちに、出られては困る。
あなたたちの場所を用意しましたという意味である。それは、仏壇などにも言える。霊界の入り口の役割を果たす場合もある。単なる飾りの場合もある。それは、奉る人の思いと、所作による。
こちらを通して、お奉りしますという意味である。
だから、よく解らずに手を合わせて、具合の悪くなる人もいる。
神道では、招魂という言葉を多く使う。しかし、今では、慰霊と同じ意味合いであろう。

招魂祭という行事が子供の頃にはあった。
招いて、お奉りし、慰める。それは、古神道、古来からの日本人の作法である。
祭りの意味である。それが、神様だからよいが、迷える幽霊ならば、困るのである。
招いたが、戻らない場合もある。そして、人に憑く。それは、実に困る。

神社が怖いのは、招魂するからである。
必ず、お戻ししなければならない。呼んだまま、放置している場合も多々ある。

教会の場合は、死者は天国に行くと信じているから、幽霊の存在は無いという考え方である。しかし、考え方と、実際は違う。
現れるのは、聖人とか、聖母の場合のみだと言う。それは、実に、おめでたい。

カトリックでは、奇跡に関しての調査もある。
一時期、聖母出現、聖母が涙を流すということが、世界中で多々あった。
日本では、秋田の教会もある。
レベルの低い霊界の仕業の場合、多々あり。また、祈る人々の念の強さによって成る場合もある。

私が言えることは、神といわれる存在にあるレベルの世界は、奇跡は起こさないのであるから、奇跡は、レベルの低い霊界の関与、あるいは、魔的なものとして捕らえるのが、正しい。

奇跡といえば、私も、サイパンで、オッーと驚くことがあった。
最初に言うが、奇跡ではない。
私が、一人で行動した日の夜に、繁華街に出て食事をした。ホテルの部屋に入った途端に雨が音を立てて降った。
実は、天気予報で、三日目あたりから、雨の予報だった。あちらの雨は、ザーと降る。行動している間は、降らないで欲しいと願った。
だから、部屋に入った途端の雨には、驚いた。私がアホなら、ほら神様の云々というが、奇跡を起こすような神様ならば、こちらから御免こうむるのである。

真実は、いつも当たり前の事柄にある。これ、真理である。

慰霊の行為の最中にも、奇跡は無かった。本当に良かった。

無事に終えることが出来た。
感謝である。

慰霊の意味を言う。
日本にいても、慰霊は出来る。霊に、場所は関係無い。しかし、天皇の存在について言ったが、そこに行くことに意味があることもある。
そこに出掛ける、労苦を霊は見る。
墓参りに、難行して行く人がいる。それを霊は見る。その行為が、霊を慰める。
霊の無いという人には、到底理解出来ないことである。
ただし、私は説得しない。霊がいないという人に、霊がいるというアホな説得は、百害あって一理なしである。
死ねば解る。
そして、皆々、確実に死ぬ。

後、五年もすると、死なないことが出来る時代になると言うが、果たして、永遠に行きたいと思う人が何人いるか。
皆、最後は、死にたくて生きているのである。
もう十分と思って死を願う。
意識のある介護される老人が、お願いだ、殺して欲しいと言う場面に出会う。
もう生きていたくないという。
生きていたくないと思う心が悲しい。
しかし、必ず死ぬ。それが救いである。
そう救いとは、死ぬことである。
宗教で言うことろの救いは迷いである。
救いは、皆、平等に与えられてある。死ぬのである。

何事も、真っ当に考えることである。

注・
慰霊の行為は、これからも、続ける。
タイ・チェンマイから、北部タイ、ミャンマー国境地帯等々、そして、ミクロネシア連邦の、トラック諸島の海底に沈む、戦没者の遺骨、ラバウル、ガダルカナル、そして、オーストラリアのダーウィンである。ダーウィンは、日本人ではない。オーストラリア人である。
日本軍の攻撃により、400名の市民が亡くなった。それの慰霊を、日本は行っていない。

何故、私が、慰霊を行うか。それは、千年の日本のためである。
我が心に促されて、行う。
つまり、亡くなった人々に呼ばれていると、考える。
追悼慰霊されることを、待ち望んでいるのである。

思い出して欲しいのだ。
戦後処理は、為されていない。
それは、追悼慰霊が、されていないということだ。

第二次世界大戦により、日本は、行くべき道を、今のように決定した。
あの戦争は、特別な意味があったということである。
講釈を垂れるより、慰霊することである。
何故なら、人は、死んでも、死なないからだ。
亡くなっても、無くなって、いないのだ。

私が、慰霊を決めると、必ず体に異変が起こる。熱がないのに、風邪のような状態になる。これは、彼らと感応しているからだ。行くしかない。
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2007年05月05日

サイパン慰霊 5 平成19年5月19日〜25日

サイパンは、見事に観光地化されている。
旅行会社の一人勝ちである。
すべてが、お膳立てされていて、こちらの思惑の入る余地はない。
旅の出来ない場所である。

兎に角、驚くことは、現地の人に会わないということである。
ホテルの従業員を始め、レストラン、タクシー等々、皆、中国人、フィリピン人である。
サイパンは、彼らに乗っ取られたといえる。

高級ホテルは、フィリピン人が占める。、サイパンに来ていたフィリピンの学生グループに、偶然に出会うことが出来た。
ライ教会で、少し話すことが出来た。観光ではなく、勉強に来たという。つまり、就職の様子を探りに来たのである。

レストランの送迎車の運転手に聞いた。
中国人が一番多いという。彼も中国人だった。至るところから来ている。
多くは、下働きが多いらしい。給料は、日本円にして、5万から6万円である。生活にするに、精一杯だという。しかし、それでも、本国にいるよりよい。仕事があるからだ。

経営者は、日本人と韓国人、中国人である。
地元の人が経営者という話は聞かない。
コンビニに入ると、韓国製品が、やたらに多い。そして、高い。物価が高いのは、観光客のせいである。すべては、観光客を主にして、考えられる。

私の泊まったホテルは、格段に安いホテルである。といっても、ツアーのホテルであるから、それなりの格はある。
しかし、格式高いホテルとは違い、フロントのフィリピン人たちは、何でも話してくれた。

安いレストランはあるが、中々観光客には、見つけられないという。自分たちには、高い過ぎて、とうてい行けないという。通りに面した店ではなく、通りから外れた所に、安い店がある。しかし、それには一週間以上の滞在が必要だ。そして、足で探す。
観光客用のパンフレットには、そんな店は無い。当然である。

主食の米は、韓国、中国から輸入されている。
サイパンでは、鶏を飼う程度である。日本と同じく、多く輸入に頼っている。
一番の問題は、水である。海水を淡水にして利用する。これは、当然大変な維持費がかかるだろう。
慢性的な水不足である。
雨期の時期に、水を溜めるための何物もない。

私は、日本人が、五万人程住んでいた頃、どのようにして暮らしていたのかに、興味を持ったが、調べる術が無い。

さて、サイパンは、カトリックの島である。
イスラムのモスクも一つあると聞いた。イスラム系の人々も遠征しているのである。
カトリックの島になるために、先に書いたように、多くの人が殺されている。
元から住んでいた現地人が、皆殺されたということである。五万人が、二千人に減り、それらが、グアムに移住させられたという。そして、カロリン諸島の人々の移住が許されて、今の現地人は、その子孫ということになる。
しかし、チャモロ人というから、不思議だ。チャモロ人は、いないはずであるが・・・
グアムから、また戻ったのであろうか。

開拓には、必ず宣教師がついた。
日本の場合もそうだが、領土所有と、貿易と宣教師は、つきものである。
キリスト教を布教して、それにより、何事もうまく運ぶようにする。
要するに、自分たちの価値観を植えつけることから、何事も始まる。

秀吉も、家康も、カトリックの布教の本心を知ったことから、キリシタン禁止をした。
秀吉は、政治家の勘であり、家康は、カトリックに対抗する、プロテスタントの牧師からの、忠告であった。いずれ、日本をローマカトリックの属国にすべく、云々という話を聞いて、禁止令を強化した。
犠牲になった、無垢なキリシタンは、本当に哀れである。

キリシタン弾圧という言葉を使うなという人もいる。つまり、弾圧ではなく、国を守るためだったという。
天皇より、将軍より、キリスト教の神が一番であり、その代理者である、ローマのパッパ様、法王が一番であると教えられるのである。

欧米人の大罪には、言葉も無い。
ヒットラーのユダヤ人大量殺人を言うが、大航海時代のスペインやイギリスの大量虐殺は、膨大である。
現地人を皆殺しにする。そして、十字架を立てる。それが正義と信じていた時代である。
アメリカインディアンの大量虐殺は、余りある。
神の名で、皆殺しにし、その上で、アフリカから奴隷を連れて、強制労働である。
欧米の繁栄は、そのゆえであること、知るべきである。

共産主義を嫌うカトリックだが、その共産主義と同じく、人の命など、何とも思わない。
だが、共産主義は、他国民を殺すのではない。自国民を殺して平気である。
中国共産党、毛沢東は、自国民を7000万人殺して平気である。
カンボジア、ポルポトも、そうである。
スターリン、レーニンも、そうである。
自国民を平気で殺すのであるから、他国民は、物の数ではない。

よくよく、歴史を鑑みて物を言うべきである。
日本が第二次世界大戦を起こさなければ、多くのアジアの国に、独立はなかった。
戦争責任云々を言うならば、それも言え。

自国民を大量虐殺した、毛沢東を国父としている中国人は、中国人を信用しない。当然である。いつ殺されるか知れない。親友でも、信用しない。いつ、物を盗まれるか知れないからだ。

江沢民は、日本から富士山より高く積まれた金を貰っても、感謝の言葉無く、評価するというのみ。そして、平然として、反日教育に力を注いだ。信用できるはずがない。

ところが、この度、中国の中国南方航空が、長春から福岡、広州から仙台、また10月を目途に、広州から千歳便を、中国航空当局に申請している。
各地の日本企業誘致も、盛んである。
騙される日本人が多いので、注意、注意である。
礼節も何も無い国である。儒教、道教、果ては、仏教が盛んだったとは、信じられないのである。
日本に対する意識は、隋の煬帝の時から、変わっていない。東の島である。属国扱いである。

私は、中国人の留学生を、多く知っている。実に良い青年たちである。しかし、あの国であるから、哀れである。以下、省略する。

さて、サイパンに行き、知らなかったことの多くを知った。知らないということを、知った。
観光なら、二度と行きたくない島である。しかし、慰霊ならば行く。
隣のテニアン島にも、慰霊に行くべきだと思うが・・・
観光。
現地の人々が、生き生きと生活している様を見たい。それを、光として観たい。だから、観光である。
気候風土としては、高齢者の暮らしやすい島であるが、物価が高すぎて、無理である。
私の、テラの会の活動には相応しくない。

そして、食べ物が不味い。
少しの注意を払えば、旨くなるはずであるが、悲しいことに、味覚の感覚がなっていない。
繊細微妙な味覚を持つ、私は日本人であるから、しょうがないが、あまりに大雑把過ぎる。
ハンバーグが絶品という店に行った。
大きいばかりで、味付けは濃く、こちらの普通の食堂のものより、不味い。要するに、美味しいものを知らないのである。
かろうじて中華と、韓国料理は、食べられる。そういうものだと思っているからだ。

しかし、今、日本でも、日本人としての味覚が失われている。
アメリカのジャンクフードのせいである。
これは、省略する。

本当に、日本は良い国である。その良い国を実感として感じる能力も、失うと、どうなるのだろうか。
貧しい国に出掛けて、我が国の良さを知るという傲慢もよいが、日本が、誰によって成っているのかを知ることである。
貧しい国の、貧しさは、何故かを考える時、世界の本当の姿が見える。

この幸福を謙虚に感謝し、世界の平和を祈る。

注・
この活動をするためには、資金が必要である。
多くの人の支援を受けている。しかし、この無形の行為に、意味を見出す人は、少ない。
お金は、生かして、金となる。
しかし、金持ちほど、金を生かす事無く、単に貯めるだけであるから、驚く。子孫に残すのであろう。
哀れである。
しかし、その哀れさに気づかないゆえに、金持ちとして、存在していられる。
posted by 天山 at 16:08| サイパン慰霊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

サイパン慰霊追加 平成19年5月19日〜25日

写真が出来上がってきた。
二つだけ問題がある。

旧日本病院跡の、北マリアナ諸島博物館である。
そしてもう一つは、カーメル大聖堂である。
共に、画面が暗く、別次元の幕がかかる。

簡単に言う。
想念がかかっている。人の思いである。人の思いも、色々ある。喜怒哀楽、その他諸々である。
その場にいる、幽体の場合もある。
日本病院は、まだそこにいる人が在るのであろう。所在無く在るという方が当たっている。
行き場所を見つけられないのであろう。
後ろ髪を引かれる思いで出てきた。

そして、大聖堂である。
アメリカ人戦没者の多くが、大聖堂を天国として、いると思う。
朝夕のミサを受けて、それを善しとしている。私がビーチで祈った時に、反応がなかったのは、彼らは、大聖堂に集っていたからだ。

導き手がいなければ、彼らは、いつまでも教会に佇むであろう。
人々に祈られることは、ある種快感である。
せめて教会上空に移動することを願う。

私が祭壇から受けた、圧力は彼らからのものだったと思う。
彼らの想念は、塊になり、在る。それに、押された。
私は、ただ主イエスに、聖母に祈りを捧げたのみである。

これ以上は、僭越行為になるので、省略する。

嬉しいのは、慰霊の場所の写真が、皆、明るいことである。
最後に行った、サイパン最初の戦没者慰霊碑は、心配したが、実に明るく写る。
火炎樹に覆われていた。
その広がる枝に守られるようにしてある。
日本人観光客には、素通りされるような場所である。
誰の墓という程度だろう。
車が行き来して、静けさは無い。
しかし、鎮まるのである。
祝詞を献上して良かったと思う。
祝詞は、祈りではない。言霊、音霊による、清め祓いである。つまり、言霊、音霊という神による、行為になる。言葉は、神であるからだ。これが、日本の言葉である。
大和言葉は、そのまま神である。
その場で、私が和歌を読んでもよい。言葉自体に神が宿る。
それが言霊の思想である。

ちなみに、数霊もある。そして、この数霊、かずたまを、最も尊いものと言う人もいる。
ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、ももち、よろず
それを唱えるだけで、数霊が働く。
数も神である。

日本人は、この日本の伝統を、再度、学ぶ必要がある。
ただし、私は素人であるから、それなりに研究し、実践する人に、学ぶことである。

アマテラスオホンミカミ
唱えるだけで、清め祓いが行われる。
音霊の力である。

天津祝詞の太祝詞言という、特別な音霊がある。
それぞれ、神道家たちにより、解釈が違う。
秘儀といわれていた。
しかし、秘儀は、悪用されないためにというが、嘘である。神の秘儀は、悪用出来ない。人間の勝手な思惑である。
秘密にされるもので、表に現されないものはない。

何々家だけに伝わる、何々流にだけ伝わるものというのは、大半が、嘘である。
秘密にするということ自体に傲慢がある。
すべての秘密は、誰の前にも、現されている。自然を見よ。秘密である。

神は、自然にすべての秘密を隠された。自然に溶け込めば、自ずと解るようになっている。
自然こそ、師である。
日本の伝統は、自然との共生、共感である。それ以外に無い。
古神道は、それが奥義である。
精霊信仰などと、解った風なことを言う者に注意せよ。彼らは、何も知らない。言葉遊びをしているだけであり、何一つ、実感として、解っていない。学者といわれる者どもが、そうである。

大和には、信仰という形態さえなかった。
信仰など必要なかった。
自然と共に生きることで、すべてを有した。稀に見る民族である。
アーと言えば、物事が開き、ウーと言えば、物事が動く・・・
言葉、音が、行為であった。

はらいたまえ きよめたまえ と唱えることで、清め祓いが行われる。
音が神だからである。
私の口から、神が出ると思えばよい。

実は、神という観念も無い。
それは、在るもの、すべてが真実だからである。真実の又の名を神と、後に呼んだ。
おしまい。
posted by 天山 at 16:09| サイパン慰霊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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