2014年03月22日

国を愛して何が悪い121

武士の教育において守るべき第一の点は品性を建つるにあり、思慮、知識、弁論的知的才能は重んぜられなかった。
新渡戸

知的優秀はもちろん貴ばれた。しかしながら知性を表現するために用いられたる「知」という語は、主として叡智を意味したのであって、知識には極めて付随的地位が与えられたに過ぎない。
新渡戸

これは、武士の教育および訓練、に関する記述である。

学問は、武士の活動範囲の外にあったという。

武士は「人を救う信仰箇条ではなく、信仰箇条を正当化する人である」ことを信じた。
新渡戸

実に、武士を言いえている。

哲学も、軍事的、政治的問題も、品性を得る上で、必要なものであった。

武士道教育は、剣、弓、柔術、馬術、槍、兵法、書道、倫理、文学、歴史などから、成り立つ。
十分な教育である。

それらについて、一々説明しない。

面白いのは、
武士道は非経済的である。
新渡戸
という。

それは貧困を誇る、とも言う。

であるから、児童は、全く経済を無視するように、躾けられたのである。

数の知識は軍勢を集め、もしくは恩賞知行を配分するに不可欠であった。しかし貨幣の計算は下役人に委ねられた。
新渡戸

武士は、貨幣に関わらないのである。
確かに、貨幣は、戦争の筋道であることを知っていたが、金銭の尊重を徳にまで、高めることは、考えなかったのである。

武士道において節倹が教えられたことは事実であるが、それは経済的の理由によるというよりも、克己の訓練の目的にいでたのである。
新渡戸

武士は、質素である。
これは、見事に日本の、各藩に言えた。

かくのごとく金銭と金銭欲とを努めて無視したるにより、武士道は金銭に基づく凡百の弊害から久しく自由であることをえた。これは我が国の公使が久しく腐敗から自由であった事実を説明する十分なる理由である。しかしああ! 現代における拝金思想の増大何ぞそれ速やかなるや。
新渡戸

新渡戸の時代から、拝金主義が増大していた・・・

さて、
抽象的問題が青少年の心を悩ますことは稀であった。
と、新渡戸が書く。

議論のための、議論は、無いというのである。

ベーコンが学問の三つの効用として挙げたる快楽、装飾および能力の中、武士道は最後のものに対して決定的優先を与え、その実用は「判断と事務の処理」にあるとなした。
新渡戸

つまり、実際的目的を眼中において、教育がなされたのである。

そして、武士道は、
金銭なく価格なくしてのみなされうる仕事のあることを、武士道は信じた。
と、ある。

更に、僧侶の仕事にせよ教師の仕事にせよ、霊的な勤労は金銀をもって支払われるべきではなかった。価値がないからではない、評価しえざるが故である。
新渡戸

武士道のありし頃は、そのようであった。

我が国民は、皆々、そのように、武士道からの影響を受けて、品性を為していたのである。

これが、近代日本の、精神だったことは、見事と言うしかない。

武士の地位を上に置く事によって、成り立った、日本人の、近代の精神は、世界に誇れるものだった。
だから、新渡戸の英語の武士道が、欧米人に多く読まれたのである。

慄然として、品性を磨くことの、教育を現代は、手放してしまったようである。
品性のない者は、卑しい者である。

時代は、進化したが・・・
人間性は、退化したのか・・・

精神は、言葉の世界である。
その精神の品性を高く保つために、言葉の世界があったはずである。しかし・・・

精神は、言葉に冒されてしまったようである。
何故か・・・
それは、言葉を扱う者たちによる。

そして、情報過多である。更に、その情報を鵜呑みにしてしまう、性質である。
マスコミ・・・
インターネット・・・
勿論、今では、どれも拒むことは、出来ない。
それが、出来るのは、吾自身である。

その吾に、品性を求めているのか、である。


posted by 天山 at 05:57| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月23日

国を愛して何が悪い122

第十一章は、克己、である。

或る意味において我が国民は他の民族以上に、しかり幾層倍も勝りて物に感ずるはずであると、私は考える。けだし自然的感情の発動を抑制する努力そのものが苦痛を生ぜしめるからである。感情のはけ口を求めて涙を流したりもしくは呻吟の声を発することなきよう教育せられる少年―――しかして少女を想像せよ。かかる努力が彼らの神経を遅鈍ならしむるか、それとも一層鋭敏ならしむるかは、生理学上の一問題である。
新渡戸

克己の教育である。
表現のオーバーな異国人には、それが、無情と感じられるかもしれない。

武士が感情を面に現すは男らしくないと考えられた。
新渡戸

そのようである。
感情的であることと、感情を面に現すのは、別である。

実に、多感な者でも、それを直接、現さないという、教育である。
だからそこ、私は、日本の和歌の伝統が、廃れない理由を見出す。

新渡戸も、
かくのごとく感情の抑制が常に要求せられしため、その安全弁が詩歌に見出された。十世紀の歌人「紀貫之」は「かやうの事、歌このむとてあるにしもあらざるべし。唐土もここも、思ふことに堪えぬ時のわざとぞ」と書いている。死せる児の不在をば常のごとく蜻蛉釣りに出かけたものと想像して、おのが傷つける心を慰めようと試みた一人の母「加賀の千代」は吟じて曰く、

蜻蛉つり 今日はどこまで 行ったやら
新渡戸

ここまでに、ギリギリの心境を歌うものを、外国語に翻訳するのは、無理である。更に、それは、国文学を傷つけることになる、と、新渡戸も言う。

日本を知って貰うには、日本語を知って貰うことが、一番、正しい道だ。

日本に帰化した、文学者、ドナルド・キーン博士は、源氏物語の本筋を見抜いたのである。
生きること、それ自体が、もののあはれ、であると・・・

延々と続く、物語の真髄を、外国人でありならが、見抜いたのは、日本語の力による。
まさに、言葉は、民族の魂に至るのである。

紀貫之の時代は、唐、中国にも、そのようなものが在ったというが・・・
今の、中国には、もはや存在しない。

さて、新渡戸は、その象徴的な事柄を、書き付けている。
日清戦争に際して、ある連隊が、某市を出発した際、多くの群集が軍隊と決別するため、停車場に群れ集った。
この時、一人のアメリカ人が、声高き感情の爆発を予期しつつ、その場に行って見た。
ところが・・・
群集は、ただ、沈黙し、その場は、静まり返っていた。
アメリカ人は、その光景に奇異の感を抱き、失望した。
ただ、耳を澄ませると、すすり泣くのを、耳にするだけである。

人の深奥の思想および感情―――特にその宗教的なるものを多弁を費やして発表するは、我が国民の間にありては、それは深遠でもなく誠実でもなきことの間違いなき徴であるとされる。諺に言う、「口開けて、腸見する柘榴かな」と。
新渡戸

現在は、どうだろう・・・
多くの新興宗教は、多弁を弄して、その教えを宣伝する。

多弁は、虚しいものなのである。
更に、語り尽くそうとする、根性は、如何ともし難いのである。

心底、伝えたいことは、言葉少ないものになる。

感情の動いた瞬間これを隠すために唇を閉じようと努むるのは、東洋人の心のひねくれでは全然無い。我が国民においては言語はしばしば、かのフランス人「タレラン」の定義したるごとく「思想を隠す技術」である。
新渡戸

何故、思想を隠すのか・・・
無用な、摩擦を避けるためである。
我が心の内に存在しているのであるから、それを披露して、摩擦を起こす必要は無い。

足利義満が、庶民が苦境にある時、豪華な建物を工事した。
その時、時の天皇が、暗に、歌詠み、その行為を咎めている。
即座に、義満は、工事を中止した。

勿論、いつの時代も、馬鹿はいる。
それが、通じない、馬鹿である。

克己の修養はその度を過ごしやすい。それは霊魂の溌剌たる流れを抑圧することがありうる。それはすなおなる天性を歪めて偏狭畸形となすことがありうる。それは頑固を生み、偽善を培い、情感を鈍らすことがありうる。いかに高尚なる徳でも、その反面があり偽物がある。吾人は各個の徳においてそれぞれの積極的美点を認め、その積極的理想を追求しなければならない。しかして克己の理想とするところは、我が国民の表現に従えば心を平らかならしむるにあり、或いはギリシャ語を借りて言えば、デモクリトスが至高善と呼びしところのエウテミヤの状態に到達するにある。
新渡戸

心を平らかに・・・
これは、和の心である。

和とは、おほいなる、やわらぎ、の心となる。
大和心、大和魂という。

大和とは、地名を言うのではない。
その大和の心を求めて、大和と、命名したのである。

やアまアとオ
ア音は、開く、オ音は、お送りする。
相手に心を開き、そして、その思いを相手に、贈る。

そこで、思想の違いは、何ほどのこともない。
日本にて、あらゆる思想、信条、宗教が、包括される如くである。

その上にはあるものは、和、なのである。

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2014年04月15日

国を愛して何が悪い123

第十二章は、自殺および復仇の制度、である。

まず自殺について述べるが、私は私の考察をば切腹もしくは割腹、俗にはらきりとして知られているものに限定することを断って置く。これは腹部を切ることによる自殺の意である。「腹を切る? 何と馬鹿げた!」―――初めてこの語に接した者はそう叫ぶであろう。
新渡戸

確かに、外国人には、意外な響きを持つ言葉である。
しかし・・・

それは外国人の耳には最初は馬鹿げて奇怪に聞えるかもしれないが、シェクスピアを学びし者にはそんなに奇異なはずはない。何となれば彼はプルトゥスの口をして「汝(カエサル)の魂魄現れ、我が剣を逆さまにして我が腹を刺さしむ」と言わしめている。・・・
新渡戸

と言う風に、新渡戸は、西欧の様々な例を上げている。

欧米人に理解させるために、である。

最初に、新渡戸は、はらきりとして、知られているものに、限定すると、言う。
つまり、単なる、自殺ではないということだ。
切腹、割腹には、実に深い意味があるということだ。

我が国民の心には、この死に方は最も高貴なる行為ならびに最も切々たる哀情の実例の連想がある。
新渡戸

その切腹観には、嫌悪も、嘲笑も無い。

切腹が我が国民の心に一点の不合理性を感ぜしめないのは、他の事柄との連想の故のみではない。特に身体のこの部分を選んで切るは、これを以て霊魂と愛情との宿るところとなす古き解剖学的信念に基づくのである。
新渡戸

そして、新渡戸は、西欧の様々な言葉を掲げる。
聖書の、モーセの言葉。
ヨゼフその弟のために腸「心」焚くるがごとく
創世記

ダビデは神がその腸「あわれみ」を忘れざらんことを祈り
イザヤ書

腹部には、霊魂が宿るとの、信仰を裏書するとして、それらを上げる。
キリスト教徒には、実に、わかり易いものである。

日本人もギリシャ人も、人間の魂は、腹部に宿ると考えた。
というように、新渡戸は、欧米人に解るように、解説している。

「我はわが霊魂の座を開いて君にその状態を見せよう。汚れているか清いか、君自らこれを見よ」
私は自殺の宗教的もしくは道徳的是認を主張するものと解せられたくない。しかしながら名誉を高く重んずる念は、多くの者に対し自己の生命を絶つに十分なる理由を供した。
新渡戸

名誉の失われし時は死こそ救いなれ、
死は恥辱よりの確実なる避け所
ガース

武士道は名誉の問題を含む死をもって、多くの複雑なる問題を解決する鍵として受けいれた。これがため功名心ある武士は、自然の死に方をもってむしろ意気地なき事とし、熱心に希求すべき最期ではない、と考えた。私はあえて言う、多くの善きキリスト者は、もし彼らが十分正直でさえあれば、・・・その他多くの古の偉人が自己の地上の生命を自ら終わらしめたる崇高なる態度に対して、積極的賞賛とまでは行かなくても、魅力を感ずることを告白するであろう。
新渡戸

キリスト教徒にまでも、理解され得る説得である。
自殺は、罪である。
しかし、武士の切腹は、自殺とは、全く違う次元にあるものであること。

武士とは、常に、死の自覚を持つ者であることだ。

そして、その死は、名誉あるものである。
更に、日本では、身の潔白を証明するために、武士でなくとも、自害して果てたのである。

また、更に、その身の、罪を認めて、自害した者も多々ある。
現在の汚職官僚などは、物の数にも入らない。
それは、生き恥を晒す事だった。
現在は、生き恥を晒してまで、生きるという、生命への執着が、あまりに強い時代である。

法で裁かれる前に、自害する、心意気は、今は失われている。

ただし、新渡戸は、
それは法律上ならびに礼法上の制度であった。中世の発明として、それは武士が罪を償い、過ちを謝し、恥を免れ、友を贖い、もしくは自己の誠実を証明する方法であった。それが法律上の命ぜられる時には、荘重なる儀式をもって執り行われた。それらは洗練せられたる自殺であって、感情の極度の冷静と態度の沈着となくしては何人もこれを実行するをえなかった。これらの理由により、それは特に武士に適わしくあった。
新渡戸

切腹という、日本独特の作法である。
それは、美でなければならなかった。
そして、それは、長年の教育のうちに、養われた精神である。

死を恐れる、という心意気では、為しえない行為である。

武士は、いつも、死に支度をしていたのである。
いつ何時も、死と言う定めを自覚して、行動していた。

更には、その周囲の者たちも、それを当然として、受け入れていたという、事実である。

武士道という精神は、一般国民にも、浸透し、日本人全体が、死に対する自覚を持ちえていた時期がある。

それが、何事かのために、死ぬという、自覚である。
死ぬに値することに、死を厭うことはないのである。

死ぬ時節には、死ぬものであるという、日本人の精神は、美観として、花開いた。
posted by 天山 at 05:42| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

国を愛して何が悪い124

新渡戸は、ミットフォードの著書から、彼自身が目撃した、切腹の有様の一部始終を書き付けたものを、引用している。
ここでは、省略する。

ただ、その中で、滝善三郎という武士が、切腹の前に、話した言葉を書き付ける。

拙者唯だ一人、無分別にも過って神戸なる外国人に対して発砲の命令を下し、その逃れんとするを見て、再び撃ちかけしめ候。拙者今その罪を負いて切腹致す。おのおのがたには検視の御役目御苦労に存じ候。
である。

この冷静さである。
武士たる所以である。

だが・・・
切腹をもって名誉となしたることは、おのずからその濫用に対し少なからざる誘惑を与えた。全然道理に適わざる事柄のため、もしくは全然死に値せざる理由のために、早急なる青年は飛んで火に入る夏の虫のごとく死についた。混乱かつ曖昧なる動機が武士を切腹に駆りだしたことは、尼僧を駆りて修道院の門をくぐらしめしよりも多くあった。
新渡戸

と、いう風に、死を安易に受けいれる青年武士も、多かったのである。

しかしながら真の武士にとりては、死を急ぎもしくは死に媚びるは等しく卑怯であった。
新渡戸

真の名誉は天の命ずるところを果たすにあり、これがために死を招くも決して不名誉ではない。
新渡戸

死を軽んずるは勇気の行為である、しかしながら生が死よりもなお怖ろしき場合には、あえて生くることこそ真の勇気である。
サー・トマス・ブラウン 医道宗教
新渡戸は、それを引用する。

17世紀の一名僧が言う。
平生何程口巧者に言うとも死にたることのなき侍は、まさかの時に逃げ隠れするものなり。

一たび心の中にて死したる者には、真田の槍も為朝の弓も透らず。

更に、キリスト教徒に理解させるために、
これらの語は我が国民をして、「わがために己が生命を失う者はこれを救わん」と教えし大建築者「キリスト」の宮の門に接近せしめているではないか。これらは、キリスト教徒と異教徒との間の差異を能う限り大ならしめんと骨折る試みがあるにかかわらず、人類の道徳的一致を確認せしむる数多き例証中の、僅か二、三であるに過ぎない。
新渡戸

ちなみに、キリストの言葉であるが・・・
わたしのために命を失う者は、永遠の命を得ると、言う。
それは、福音書の作者の言葉である。
イエスの言葉ではない。

更に、キリスト教徒で、殉教する者に対して、言われる。
これが、実に蒙昧な結果を生むことになった。

ただし、それが名誉なことと、信じられていた時代があるということ。

日本では、キリシタン弾圧の際に、それが、実に多くの不幸を呼んだ。
死ぬことで、天国に行けるというものである。
それは、武士道の切腹とは、全く違う。
信仰の蒙昧である。
ただし、否定はしない。

さて、武士道の切腹は、仇討ちという行為にも、つながっていくが、それは、省略する。

切腹と仇討ちの制度は、刑法法典によって、共に、存在理由を失ったと、新渡戸は、言う。
確かに、それは、国家によって、法律として、裁かれるようになった。

それは、時代の流れである。

付け加えたいことがある。
命惜しむな、名こそ、惜しめ・・・
武士の命は、上記の言葉で、言い表せる。

そこで、死ぬべきならば、死を、快く迎え入れるという、心意気である。
つまり、武士道とは、生死学なのである。

武士道の、またの名を、生死学というと、心得るといい。
それを、日本は、伝統の中に奉持していたということである。

改めて、生死学なる言葉を使用しなくても、すでに、武士道の中に、それがあったといえる。忘れていただけである。

日本人は、だから、死んで終わりではなかった。
死ぬことから、始まるものもあると、明確に見ていた。

それは、心意気である。
それは、粋に通じる精神だ。

極めて、高められた精神の力が、死を超える。

キリスト教は、復活という言葉を、救いと同じように考える。
死からの解放が、イエスキリストによって、もたらされたという、信仰である。

それ程、死とは、人間にとって、不可抗力なのである。
それなのに、確実に、人間は死ぬ。
そこに、何かの思想が必要である。

意味の無い死には、堪えられないのである。
しかし、私は、意味なくても、死んでいいと思うのである。

余計な意味づけをすることで、余計な神経を使うことも無い。
死ぬ時節には、死ぬと、心得ていれば、足りる。

だから、こそ、日本の武士道には、輝かしい精神がある。
命惜しむな、名こそ、惜しめ・・・

咲いた花なら、散るのは覚悟・・・である。
posted by 天山 at 07:04| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月17日

国を愛して何が悪い125

第十三章は、刀・武士の魂、である。

武士道は刀をその力と勇気の象徴となした。マホメットが「剣は天国と地獄との鍵である」と宣言した時、彼は日本人の感情を反響したに過ぎない。
新渡戸

武士の少年は幼年の時からこれを用うることを学んだ。五歳の時武士の服装一式を着けて碁盤の上に立たせられ、これまで弄んでいた玩具の小刀の代わりに真物の刀を腰に挿すことにより始めて武士の資格を認められるのは、彼にとりて重要なる機会であった。
新渡戸

この儀式が終わると、少年は、その身分を示す刀を帯びずに、門を出なかったのである。

十五歳にして成年に達し、行動の自由を許さるる時に至れば、いかなる業にも用うるに足る鋭利なる刀の所有を誇りうる。この凶器の所有そのものが、彼に自尊ならびに責任の感情と態度を賦与する。
新渡戸

刀とは、忠義と名誉の象徴となるのである。

つまり、それは、武士の魂である。

更に、刀は、礼拝の対象ともなる。

日本では多くの神社ならびに多くの家庭において、刀をば礼拝の対象として蔵している。もっともありふれた短刀に対しても、適当の尊敬を払うを要した。刀に対する侮辱は持主に対する侮辱と同視せられた。
新渡戸

その刀に対する、行為は、武士道の根幹ともいえる。
魂であり、武士の命であった。
ゆえに、その扱いに関しては、特別の配慮があった。

つまり、
武士道は刀の無分別なる使用を是認するか。答えて曰く、断じてしからず! 武士道は刀の正当なる使用を大いに重んじるごとく、その濫用を非としかつ憎んだ。
新渡戸

つまり、刀は、人を殺すものに、あらず、なのである。
刀で、人を殺す者は、己もまた、殺される。

話は、変わるが・・・
茶室には、刀を着けては、入られない。
しかし、武士が、魂である、刀を置いて、茶室に入るとは・・・

そこで、刀の代用として、扇子を使ったのである。
その際の、扇子は、刀と同じ扱いをした。

その扇子を前において、挨拶する際は、命を前に置くことと、同じ行為となった。

室町期から起こった、茶の湯は、戦国時代に、完成する。
その戦国時代は、茶の湯は、戦場での、特別な儀式となった。

更に、城主、殿様に許されて、茶の湯の釜を持つことになった。

新渡戸は、勝海舟を上げて、人を殺さぬ刀の意味を書き付けている。

勝海舟は、一度も刀で、人を殺すことはなかった。
自分が狙われた際も、刀を抜くことが無かった。

「負くるは勝」という俚諺があるが、これは真の勝利は暴敵に抵抗せざることに存するを意味したものである。「血を流さずして勝つをもって最上の勝利とす」。その他にも同趣旨の諺があるが、これらはいずれも武士道の窮極の理想は結局平和であったことを示している。
新渡戸

そして、この心は、また、女子に対しても、大きな影響を与えることになる。
それが、次の章に語られる。

剣豪といわれる、宮本武蔵。
彼は、最後に、剣を持たずという、境地に達する。

剣に向うに、剣を持たずというのである。

日本の、武芸、芸道のすべてに言えることだが・・・
その道は、その道を極めることによって、その道を捨てることをも、意味する。

つまり、それは、一つの方法であり、その道を通して、ある境地を目指すというものである。

剣術は、剣術を通して、あるものを、見つめる手立てなのである。
その、ある境地に得た時、すでに、剣は必要ではなくなっている。

これが、日本の道の文化、そして、型の文化といえる。

型を学ぶという、従順を得て、自分の形を作るという、自由な境地に至るものである。

だから、型を学ばぬ者は、初めから、形無しなのである。
型を学んで、自分の形を作ることを、型破り、という。

武士道の、刀の意味も、この辺りにあるということだ。

それぞれの、職には、それぞれの魂の、置き所がある。
武士は、刀であり・・・
そうして、武士道の心得が、庶民にも、伝播していくのである。

書家は、筆が、魂である。
そのように、考えるといい。

posted by 天山 at 07:59| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月18日

国を愛して何が悪い126

第十四章は、婦人の教育および地位、である。

前置きの中に、
けだし女性の身体の美と繊細なる思想とは男性の粗雑なる心理能力の説明しえざるところだからである。
と、ある。

現在は・・・
男性を粗雑と見るか。
女性の粗雑さも、顕著である。

しかし、当時、新渡戸の説は、男尊女卑の有様は、無い。

しかるに武士道における女性の理想には神秘的なるところなく、その矛盾もただ外見的のみである。私はそれを勇婦的であると言ったが、それは真理の半面たるに過ぎない。
新渡戸

日本の妻の文字は、箒を立てる女を意味する。
英語の、ワイフは、織る人より、出て、娘は、乳絞りから出ている。

ドイツ皇帝は、婦人活動は、台所、教会、並びに、子どものありと、言われた。

武士道の女性の理想はこれら三者に限定することなく、著しく家庭的であった。この一見矛盾と思われる家庭的ならびに勇婦的特性は、武士道においては両立せざるものではない。
新渡戸

武士道は、元来、男のために設けられた教えである。
その婦人に関しては、遠くにあった。

ウィケルマン曰く、「ギリシャ芸術の最高の美は女性的であるよりもむしろ男性的である」と。レッキーはこれに付言して、このことはギリシャ人の道徳観念について見るも、芸術におけるがごとくに真であると言った。同様に武士道は、「女性の脆弱さより自己を解放して、最も強くかつ最も勇敢なる男子に値する剛毅不撓を発揮したる」婦人をば最も賞賛した。
新渡戸

つまり、感情を抑制し、その神経を強くし、武器などを持って、不慮の事変に際して、己が身を守ることを、訓練したのである。

女子がその武器をもって己が身の神聖を護りしことは、夫が主君の身を護りしがごとき熱心をもってした。彼女の武芸の家庭的用途は、・・・子供の教育においてであった。
新渡戸

その貞操が危険に瀕するを見る時、・・・彼女自身の武器が常に懐中にあった。自害の作法を知らざることは彼女の恥辱であった。
新渡戸

そこで、新渡戸は、キリスト教で、聖者と呼ばれる、女性たちの、その殉教の様と同じように説明する。

貞操観念は武士の婦人の主要の徳であって、生命以上にこれを重んじたのである。
新渡戸

貞操観念などとは、縁遠い現代では、理解し難いかも知れない。
武家社会が、起きてくると、それが、女性たちの生き方にも、大きく影響したということである。

封建時代に、それらは、確立された。

さて、実に面白い試みをしていると、感心する、新渡戸の、この章である。

男性的なることのみが我が国女性の最高理想であったとの観念を読者に与えることは公平ではない。大いにしからず!
芸事および優雅の生活が彼らに必要であった。音楽、舞踊、および文学が軽んぜられなかった。我が国文学上最も優れたる詩歌の若干は女性の感情の表現であった。じっさい婦人は日本の美文学史上重要なる役割を果たしたのである。
新渡戸

そして、それらは、技巧のため、芸術そのもののためではない。
その窮極の目的は、心を清めることにあり、心平らかならねば、音も整わずという、考え方だった。

青年の教育ついて、新渡戸は、芸道は常に道徳的価値に対し従たる地位に置かれたと、言う。
女子も、それと同一の観念が現れているのである。

音楽、舞踊は生活の優雅と明朗を付加するをもって足るとなし、決して虚栄奢侈を養うためでなかった。
新渡戸

つまり、武家、そして日本人の、芸事は、日常生活にあったということである。
生活が、芸術だったとも、言える。
これは、恐るべき、提言である。

芸術家ではなく、芸術が生活の中にある。
そして、それは、主として、家庭のためであるという、解説である。

勿論、現代は、そんな感覚は、皆無に等しい。
作法の心得さえ、教えられず、呆れるのは、挨拶までも、出来ない若者が多いという、事実である。

旧日本婦人の芸事の目的は、その武芸たると文事たるとを問わず、主として家庭のためであったと言いうる。
新渡戸

彼らは家の名誉と体面とを維持せんがために、辛苦労役し、生命を棄てた。
新渡戸

娘としては父のため、妻としては夫のために、母としては子のために、女子は己を犠牲にした。かくして幼少の時から彼女は自己否定を教えられた。
新渡戸

この、自己否定と聞くと、実に、反感を買うような説明であるが・・・
実際は、違う。

更に、
彼女の一生は独立の生涯ではなく、従属的奉仕の生涯であった。男子の助者として、彼女の存在が役立てば夫と共に舞台に立ち、もし夫の働きの邪魔になれば彼女は幕の後に退く。
新渡戸

女性の権利を訴える、ウーマンリブが、聞けば、怒り心頭になるであろう、話であるが・・・
まだ、続きが、ある。

新渡戸の最後までの、話を聞いてみるべきだ。
そのような、生き方を、希望する、女性もいるだろう。

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2014年04月19日

国を愛して何が悪い127

女子がその夫、家庭ならびに家族のために身を棄つるは、男子が主君と国のために身を棄つると同様に、喜んでかつ立派になされた。自己否定―――これなくしては何ら人生の謎は解決せられないーーーは男子の忠義におけると同様、女子の家庭性の基調であった。
新渡戸

そして、
女子が男子の奴隷でなかったことは、彼女の夫が封建君主の奴隷でなかったと同様である。
と、なる。

つまり、女子の役割は、内助の功なのである。

ここで、自己否定という言葉に、戸惑う人も多くいるだろう。
特に、キリスト教の世界では、理解され難いのである。

しかし、新渡戸は、
私はこの教訓の欠陥を知っている。
と、述べる。

そして、
またキリスト教の優越は、生きとし生ける人間各自に向って創造者に対する直接の責任を要求する点に、最も善く現れていることを知る。しかるにもかかわらず奉仕の教義に関する限りーーー自己の個性をさえ犠牲にして己れよりも高き目的に仕えること、すなわちキリストの教えの中最大であり彼の使命の神聖なる基調をなしたる奉仕の教義―――これに関する限りにおいて、武士道は永遠の真理に基づいたのである。
と、掲げる。

女子の行為は、男子に対する、奉仕であるという。
それに、キリスト教の教義を取り付けたのである。

これで、キリスト教国の人々に、共感を呼んだのだ。

アメリカの、ウーマンリブの運動家が、日本女性に旧来の習慣に対して、決起を促がしたが・・・
それは、誤解に基づくものだった。
だが、それが、日本の女性にも、伝播した。

現代は、上記の感覚が失われて、久しい。
そして、幸せになったのか・・・
解らない。

ローマの主婦が家庭性を失ってより起りし道徳的腐敗は、言語に絶したではないか。
新渡戸

さて、次に行くと、ヨーロッパの騎士道である。

吾人はヨーロッパの騎士が「神と淑女」にささげたる外形的尊敬について多くを聞いている、―――この二語の不一致はギボンをして赤面せしめしところである。またハラムは騎士道の道徳は粗野であり、その婦人に対する慇懃は不義の愛を含んだ、と述べている。
新渡戸

武家社会では、確かに、女子の地位というものが、低いという感覚があったが、それ以外の、農、工、商の世界では、男女の差異は、少なかった。
そこが、西欧と違うところである。

もし私の言が武士道の下における婦人の地位に関し甚だ低き評価を人にいだかしめたとすれば、私は歴史的真理に対し大いなる不正を冒すものである。私は女子が男子と同等に特遇せられなかったと述べるに躊躇しない。しかしながら吾人が差異と不平等との区別を学ばざる限り、この問題についての誤解を常に免れないであろう。
新渡戸

男女の平等について、議論を始めると、終わらないのである。
それは、男子と男子でも、存在する。
平等とは、何か、である。

男女間の相対的なる社会的地位を比較すべき正確なる基準は何か。
新渡戸

新渡戸の説明が続くが・・・

結論に行くことにする。

我が国民の結婚観は或る点においてはいわゆるキリスト教徒よりも進んでいると、私には思われる。「男と女と合いて一体となるべし」。アングロ・サクソンの個人主義は、夫と妻とは二人の人格であるとの観念をば脱することができない。したがって彼らが相争う時は別々の権利を承認し、しかして相和する時はあらゆる種類の馬鹿馬鹿しき相愛の語や無意味な阿諛の言葉のありたけを尽くす。夫もしくは妻が他人に対しその半身のことをーーー善きか悪しき半身かは別としてーーー愛らしいとか、聡明だとか、親切だとかなんだというのは、我が国民の耳にはきわめて不合理に響く。自分自身のことを「聡明な私」とか、「私の愛らしい性質」などと言うのは、善い趣味であろうか。
新渡戸

日本人は、自分の妻を誉めるのは、自分自身の一部を、誉めることと、一緒である。
そして、日本では、自分を誉めることを、悪趣味と見做されている。

ここまで、具体的に書けば、あちらも、納得するだろう。

文化の違いと言えば、済んでしまうが・・・

アングロ・サクソン、及び、アメリカでは、当初、女子が少なかった。
故に、男子が、女子に対する尊敬が道徳の主要な、規準となったと、新渡戸は、分析している。

新渡戸は、この章を終わるに当たり、男子同士の友情を語る。
それは、多く、同性愛的要素が強いが・・・

しかしてこの愛慕の情が青年時代における男女別居の習慣によって強められたことは疑いない。
新渡戸

男女は、ある年から、別々に、教育を受けたのである。
それは、武士の社会では、顕著である。

それにより、男女の自由交際の道を塞いだとの、新渡戸の分析である。

しかしながら、武士道特有の徳と教えとが、武士階級のみに限定せられなかったことは怪しむに足りない。
新渡戸

つまり、国民に、それが、浸透したのである。

青年武士に、おける、念友とは、今で言えば、ゲイである。
そして、それと結婚とは、別物であった、時代がある。

ちなみに、武士道の大本である、葉隠れ、には、男ならば、男のみに、女ならば、女のみに、という説が立てられている。

posted by 天山 at 05:58| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月20日

国を愛して何が悪い128

武士道の徳は我が国民生活の一般的水準より遥かに高きものであるが、吾人はその山脈中さらに頭角を抜いて顕著なる数峯だけを考察したにすぎない。・・・
まず武士階級を照らしたる倫理体系は時をふるにしたがい大衆の間からも追従者を惹きつけた。平民主義はその指導者として天成の王者を興し、貴族主義は王者的精神を民衆の間に注入する。徳は罪悪に劣らず伝染的である。「仲間の間にただ一人の賢者があればよい、しからばすべてが賢くなる。それほど伝染は速やかである」とエマスンは言う。いかなる社会的階級も道徳的感化の伝播力を拒否しえない。
新渡戸

第十五章、武士道の感化、の章である。

新渡戸は、クリスチャンであるから、聖書を取り入れて、解説している。
それが、欧米の人たちに、受け入れられ、理解を得た功績だった。

それについては、省略する。

過去の日本は武士の賜である。彼らは国民の花たるのみではなく、またその根であった。あらゆる天の善き賜物は彼らを通して流れでた。彼らは社会的に民衆より超然として構えたけれども、これに対して道義の標準を立て、自己の模範によってこれを指導した。私は武士道に対内的および対外的教訓のありしことを認める。後者は社会の安寧幸福を求むる福利主義的であり、前者は徳のために徳を行なうことを強調する純粋道徳であった。
新渡戸

思い返して、日本の武士登場からの、文化の様々を見渡せば、それらは、皆、武士に関するものである。

民衆娯楽および民衆教育の無数の道―――芝居、寄席、講釈、浄瑠璃、小説―――はその主題を武士の物語から取った。
新渡戸

平安期は、武人は、朝廷の門番であった。
そして、その後、武家が台頭して時代が、武家の時代となる。
平家物語から、続々と、武士の物語が作られてゆくのである。

それは、あらゆる、大衆文化に、取り入れられた。

武士は全民族の善き理想となった。「花は桜木、人は武士」と、リ(人偏に里)謡に歌われる。武士階級は商業に従事することを禁ぜられたから、直接には商業を助けなかった。しかしながらいかなる人間活動の路も、いかなる思想の道も、或る程度において武士道より刺激を受けざるはなかった。知的ならびに道徳的日本は直接間接に武士道の所産であった。
新渡戸

武士道の精神が、全国民に、浸透したことは、確かである。
それが、道徳の基準ともなった。

だが、それを書き記したものは無い。
それが、実に不思議である。

新渡戸は、マロックの「貴族主義と進化」という著書から、引用する。
「社会進化、それが生物進化と異なる限り、偉人の意志よりいでたる無意識的結果なりと定義してよかろう」
「社会一般の間における生存競争によるものではなく、むしろ社会の少数者間において大衆をば最善の道において指導し、支配し、使役せんとする競争によって生ずる」

しかして平民は武士の道徳的高さにまでは達しえなかったけれども、「大和魂」は遂に島帝国の民族精神を表現するに至った。
新渡戸

マシュー・アーノルドの定義したるごとく「情緒によって感動されたる道徳」に過ぎずとせば、武士道に勝りて宗教の列に加わるべき資格ある倫理体系は稀である。
新渡戸

敷島の 大和心を 人問わば
朝日に匂ふ 山桜花 
本居宣長

彼は我が国民の無言の言をば表現したのである。
新渡戸

朝日に匂ふ山桜花・・・
これに関して、新渡戸は、延々と解説する。

最後に、
しからばかく美しく散りやすく、風のままに吹き去られ、一道の香気を放ちつつ永久に消え去るこの花、この花が大和魂の型であるのか。日本の魂はかくも脆く消えやきものであるか。
新渡戸

この、大和魂の、語源は、源氏物語、乙女の巻きにある。
そこでの意味は、学問を身に付け、人格を高める、礼儀作法を身につけるという意味で、使われている。

それが、民族の精神的、支柱たる種として、言われるようになる過程がある。
その大元が、武士道ということである。

日本人の心根は、大和魂、である。
だが、一時期、それが、軍に利用されて、悲劇を生む、大東亜戦争時代があった。

咲いた花なら、散るのは覚悟・・・
と、死んでいった、若き兵士たち。

だが、それも、大和魂である。
そして、その死に、意味と意義を、見出すことも、大和魂である。

肉体の遺伝というものがあるならば、精神の遺伝というものもある。
それが、日本人の精神の遺伝である、大和魂と、理解する。

これを、大和言葉として、読めば・・・
おほいなる やわらぎの たま
と、なる。

つまり、戦うという、武士の精神にあるのではなく、平和と安寧を願う心。
つまり、祈りと、なる。

武士の武器は、平和と安寧のために、存在しているのであり、戦うためのものではないということだ。
争い事を、収めるために、武士の刀がある。

そして、この精神は、実は、縄文期からの、日本列島民族の、心根であったこと。

縄文時代は、争いが無かったということである。
更に、犬までも、埋葬していたという、事実がある。
共に、生きるものに対する、思いは、同じだった。
それほど、平和を享受していた時代である。

posted by 天山 at 05:48| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

国を愛して何が悪い129

第十六章は、武士道はなお生くるか、である。

一国民の魂がかくのごとく早く死滅しうるものとせば、それは悲しむべきことである。外来の影響にかくもたやすく屈服するは貧弱なる魂である。
新渡戸

これは、明治期から、西欧を手本として、様々なものを、取り入れてきた日本の精神に対する言葉である。

日本は、近代国家になるべく、西欧を見本、手本として、多くを学んだ。
兎に角、目一杯に進んだのである。

そして、その取り入れたものを、即座に我が国のものとすべく、精進した。
それ故、日本は、アジアの中で、唯一、近代国家の仲間入りを果たした。
それは、驚くべきことである。

だが、日本人の精神、そして、武士道は、失われなかった。
明治期の人々を見れば、一目瞭然である。

ただ、知識人の中には、愚かなる人々もいた。
日本蔑視、西欧礼賛である。

敗戦後も、日本蔑視、アメリカ礼賛があったが・・・

国民性を構成する心理的要素の合成体が粘着性を有することは、「魚のヒレ、鳥のクチバシ、肉食動物のハ等、その種族の除くべからざる要素」のごとくである。
新渡戸

「知識に基づく発見は人類共通の遺産であるが、性格の長所短所は各国民の専有的遺産である。それは堅き巌のごとく、数世紀にわたり日夜水がこれを洗うても、わずかに外側の圭角を除去しうるに過ぎない」
ル・ボン

武士道の浸潤せしめたる種々の徳を研究するに際し、吾人はヨーロッパの典拠より比較と例証を引用したが、その一の特性も武士道の専有的遺産と呼ばるべきものなきを見たのである。道徳的諸特性の合成体が全然特殊なる一形相を呈することは真である。
新渡戸

要するに、ヨーロッパには、武士道の精神が見つからないというのである。
これは、日本の風土が生み育てた精神である。

それほど、稀な精神的、土壌を有するのである。

私は、それを宗教的感覚だと、言う。
西欧には、育たない、情緒とも、言う。

武士道が我が国民特に武士の上に刻印したる性格は、「種族の除くべからざる要素」を成すとは言いえないが、その保有する活力については疑いを存しない。仮に武士道が単なる物理力であるとしても、過去七百年にその獲得したる運動量はそんなに急に停止するをえない。
新渡戸

現在、日本の伝統芸といわれる諸々は、鎌倉、室町、そして江戸時代からのものである。
しかし、それ以前の、準備期間があった。
自然発生的に成ったと思えるものも、それ以前の、文化的要素により、成り立っている。
つまり、断絶してあるのではない。

武士道も然りである。
徐々に、変容してゆくが、精神とは、時代性、時代精神に合わせてゆくものだからだ。

武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、国民および個人を動かしてきた。新日本の最も輝かしき先駆者の一人たる吉田松陰が刑の前夜詠じたる次の歌は、日本民族の偽らざる告白であったーーー

かくすれば かくなるものと 知りながら
やむにやまれぬ 大和魂

形式をこそ備えざれ、武士道は我が国の活動精神、運動力であっしたし、また現にそうである。
新渡戸

やむにやまれぬ大和魂・・・
これが、日本人の心に、日本人としての、灯を点けるのである。

そして、その説明は、行為によってのみ、表現されるのであり、理屈ではない。
元々、日本には、言挙げせず、という精神があった。
言葉にせずに、行為するというものである。

言葉にするものは、そのまま成るという、思想である。
言霊信仰と言う人もいるが・・・

「今日三つの別々の日本が相並んで存在している、―――旧日本はいまだまったく死滅せず、新日本は漸く精神において誕生したるに過ぎず、しかして過渡的日本は現在その最も危機的なる苦悶を経過しつつある」
ラムサン

上記の言葉に対して、新渡戸は、有形具体的なる諸制度に関しては頗る適切であるが・・・
これを根本的なる倫理観念に応用する時には若干の修正を要する。
と、言う。

何となれば旧日本の建設者でありかつその所産たりし武士道は現になお過渡的日本の指導原理であり、しかしてまた新時代の形成力たることを実証するであろうから。
新渡戸

現在、この新渡戸の言葉は、生きているのか・・・
今の、日本には、武士道の欠片でもあるのか・・・

解らないのである。

男としての生き方を、武士道に尋ねる男がいるだろうか。
武士道とは、死語になっているのではないか・・・

やむにやまれぬ大和魂・・・それを生きる男が存在するのだろうか。
確かに、海外に出掛ける、ボランティア、海外で、職務を遂行する人たち・・・
それに近い、精神を抱いているように、見える。

更に、あえて、武士道に生き方を問う若者たちもいるだろう。
だが・・・
武士道は、死に絶えてしまったのではないか。

posted by 天山 at 07:10| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

国を愛して何が悪い130

王政復古の暴風と国民的維新の旋風との中を我が国船の舵取りし大政治家たちは、武士道以外何らの道徳的教訓を知らざりし人々であった。
新渡戸

確かに、そのようである。
規範は、武士道より、出でたものだった。
その心意気も、である。

近頃二、三の著者は新日本の建設に対しキリスト教宣教師が著大なる割合の貢献をなしたということを証明しようと試みた。・・・しかし右の名誉はいまだ善良なる宣教師たちに授与せられ難きものである。
新渡戸

キリスト教徒である、新渡戸は、宣教師たちの、活動を評価しつつも、
聖霊の活動は確実であるが神秘的であって、なお神聖なる秘密の中に隠されている。
とのことだ。

更に、明確に、
否、今日までのところキリスト教伝道が新日本の性格形成上貢献したるところはほとんど見られない。
と、断言する。

結局、日本人を動かしたものは、純粋無雑の武士道であった、と言う。

極東を研究し観察した、ヘンリー・ノーマンの言葉。
日本が、他の東洋専制国と異なる唯一の点は、
従来人類の案出したる名誉の掟の中最も厳格なる、最も高き、最も正確なるものが、その国民の間に支配的勢力を有すること・・・

新日本の原動力に触れた言葉であると、新渡戸は言う。

つまり、武士道という以外には、答えられないのだ。
儒学でもない、道教でもない、仏教でもない、武士道という道である。

日本にて、独自に生成発展した道である。
日本文化の、すべてを包括し、包容して、成り立った道である。

今まで、紹介してきた、新渡戸の武士道の中に、すべて存在しているものである。

東洋の制度ならびに人民をくわしく観察したるタウンゼント氏は記して曰く「我々はいかにヨーロッパが日本に影響したかを日常聞かされて、この島国の変化はまったく自己発生的であったことを忘れる。ヨーロッパ人が日本を教えたのではなく、日本は自己の発意をもってヨーロッパから文武の組織の方法を学び、それが今日までの成功をきたしたのである。数年前トルコがヨーロッパの大砲を輸入したごとく、日本はヨーロッパの機械科学を輸入した。正確に言えば、それは影響ではない、イギリスが中国から茶を買うことによりて影響を受けたと言えない限りは」と。氏はまた問うて言う、「日本を改造したるヨーロッパの使徒、哲学者、政治家もしくは扇動者がどこにあるか」と。
新渡戸

劣等国と見下されることを忍びえずとする名誉の感覚―――これが最も強き動機であった。殖産興業の考慮は、改革の過程において後より目覚めてきたのである。
新渡戸

名誉の感覚、つまり、武士道の感覚である。

欧米列強に追いつくこと・・・
それが、名誉の感覚だったのである。
そして、国が滅びるという、明確な感覚である。

独立自主の心意気である。
まさに、武士道である。

「矮小ジャップ」の身体に溢るる忍耐、不撓ならびに勇気は日露戦争において十分に証明せられた。「これ以上に忠君愛国の国民があろうか」とは、多くの人によりて発せられる質問である。これに対して「世界無比!」と吾人の誇りやかに答えうるは、これ武士道の賜である。
新渡戸

忠君愛国・・・
これは、まさに、武士道の本筋である。
忠君とは、それぞの武士の殿様である。
それが、国家の意識になる時、天皇となる。

そして、それが爆発したのは、明治維新の際である。
国を大きく変貌させる時に、王氏に、天皇に政をお返しする。

他方、我が国民の欠点短所に対しても武士道が多いに責任あることを承知するのは公平である。我が国民が深遠なる哲学を欠くことの原因はーーー我が青年の或る者は科学的研究においてすでに世界的名声を博したるにかかわらず、哲学の領域においてはいまだ何らの貢献をなしていないーーー武士道の教育制度において形而上学の訓練を閑却せしことに求められる。我が国民の感情に過ぎ、事に激しやすき性質に対しては、我々の名誉感に責任がある。もしまた外国人によりて往々非難せらるるごとき自負尊大が我が国民にありとすれば、それもまた名誉心の病的結果である。
新渡戸

ここでいう、哲学への貢献とは、西欧哲学に対するものである。
西欧哲学は、長い歴史がある。
ギリシャ哲学からのものだ。

武士の教育には、哲学的要素が欠けていたことは、否めないが・・・
それ以前から、哲学、理屈は、日本の文化の中では、嫌われていたものである。

言葉にせずとも、解ることが、第一だった。
新渡戸の言う、西欧の哲学に対する貢献は、全く無いのである。

その後、西欧の哲学が輸入された。
そして、それが、哲学なるものだとの、気付きがあった。
だが、それは、大変な努力を要した。
つまり、翻訳作業である。

武士道の感化は今日なお深く根差して強きものがあるが、しかしそれはすでに私の述べたるごとく、無意識的かつ沈黙の感化である。国民の心はその自ら継承しきれたる観念に対し訴えらるるところあれば、理由の何たるやを知らずして、これに応答する。それ故同一なる道徳観念にても、新しき訳語によって表現せられし場合と、旧き武士道の用語によって表現せられし場合とにおいて、その効果に莫大なる差異がある。
新渡戸

甚大なる差異が、問題である。
言葉一つで、全く別物になるのである。

だから、その訳語には、特別な感性が必要であった。
言葉に対する、感性である。

その際には、
武士道によりて涵養せられたる感情を喚起することによって、偉大なる道徳的革新が成就せられうる。
のである。

それが、また、キリスト教の宣教師の布教問題にも、なってくる。
新渡戸の、宣教師に対する、批判は、もっともな事である。
つづく・・・

posted by 天山 at 06:11| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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