2014年01月06日

国を愛して何が悪い111

神道の自然崇拝は国土をば我々の奥深きたましいに親しきものたらしめ、その先祖崇拝は系図から系図へと辿って皇室をば全国民共通の遠祖となした。我々にとりて国土は、金脈を採掘したり穀物を収穫したりする土地以上の意味を有するーーーそれは神々、すなわち我々の祖先の霊の神聖なる棲家である。
新渡戸

こういう意識が、語らずとも、国民の意識に潜在的に存在していたということである。
改めて、新渡戸が、このように、書いたという、事実である。

そして、私は、これを民族の智恵と言う。

その智恵の最大の、存在は、天皇である。

また我々にとりて天皇は、法律国家の警察の長ではなく、文化国家の保護者でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛を御一身に兼備したもうのである。
新渡戸

正に、新渡戸の言うとおり、天皇の存在を的確に表現している。

プートミー氏がイギリスの王室について「それは権威のイメージたるのみではなく、国民統一の創造者であり象徴である」と言いしことが真であるとすれば(しかして私はその真なることを信ずるものであるが)、この事は日本の皇室については二倍も三倍にも強調せられるべき事柄である。
新渡戸

新渡戸は、キリスト教徒である・・・
しかし、これほど、日本について、冷静に凝視出来るということは、驚くべき事である。現在の、日本のキリスト教徒に、これほどの、冷静さを求めることは、出来ない。

軽薄なキリスト教信仰の話に、始終するだろう。
まして、天皇、皇室について、これほどの、教養を持ち合わせないのである。

神道の教義には、我が民族の感情生活の二つの支配的特色と呼ばれるべき愛国心および忠義が含まれている。
新渡戸

神道家が、言わないであろうことも、このように言う。

神道を冷静に見つめると、そのような要素によって、成り立つことを、新渡戸は、見抜いたといえる。

国民感情と、その生活の中に、神道は、それを伝えるのである。
神主が、ただ、御幣を振って、人々を祓い清めるだけの、所作の中に、それだけの、意義を見出した。

それは国民的本能・民族的感情を入れた枠であるから、あえて体系的哲学もしくは合理的神学たるを装わないのである。
新渡戸

卓見である。
体系的哲学、合理的神学・・・
それを好む、欧米のキリスト教、指導者、信徒・・・
そして、現代の、賢い馬鹿たち・・・

体系的神学・・・など、どれほどの価値のあるものか。
それらは、人間の頭で、捏ね繰り回した、妄想の数々である。

この宗教―――或いはこの宗教によって表現せられたる民族的感情と言った方が正確ではあるまいか? ―――は武士道の中に忠君愛国を十二分に吹き込んだ。これらは教義としてよりも刺激として作用した。
けだし神道は中世のキリスト教会と異なり、その信者に対しほとんどなんらの信仰箇条をも規定せず、かえって直截簡単なる形式の行為の規準を提供したのである。
新渡戸

教会権威の威圧的要素は、神道には、全く存在しないのである。

更に、監視されなければ、その教えに従わないという、人種でもない。
それは、全て、我が身、自分の中で行なわれる。
規則、作法を、我が身が、作り上げるということである。

それが、また、他の人々に、認知されるという、民族性である。
恥を恐れるという、見方も、そこから出たものであろう。

他人の目ではなく、我が身の、我が目が、重要なのである。
つまり、それは、身を律するという行為になる。

武士道とは、死ぬこととみつけたり・・・
それは、その目が、我が目であるという、強い意識である。

死ぬ時節に、心を安泰にして、死に身を任せるという、諦観。
それは、強さであろう。

それもまた、自然発生的に、合理的神学など、必要とせず・・・受け入れる。

個々で、新渡戸が、宗教という言葉を使用するが・・・
日本には、宗教という言葉は無い。
あれば、伝統である。

しかし、欧米人に語るためには、宗教という言葉が、最低限必要である。

欧米人の伝統という、観念とも、違うからである。
更に、彼らには、伝統と呼べるものは、宗教なのである。

欧米人は、宗教的規範が無くなれば、野蛮人と同じになる。
だから、強く、宗教を意識する。

更に、それが、差別の対象にもなる。
キリスト教を知らない民族は、野蛮で、未開の民族である。
そこからは、また、実に、傲慢な、行為が現れる。

未開の民族、あるいは、キリスト教を知らない人間は、動物に近い・・・
故に、動物のように、扱ってもよいと、なる。

それが、大航海時代の、彼らの、蛮行を生んだ。

次に、新渡戸は、孔子の教えから、武士道を説くのである。
儒教の道徳観念は、武士道にも、大きな影響を与えたのである。



posted by 天山 at 00:27| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月07日

国を愛して何が悪い112

厳密なる意味においての道徳的教義に関しては、孔子の教訓は武士道の最も豊富なる淵源であった。
新渡戸

確かに、日本の論語教育は、実に素晴らしいものだった。
その本家、中国より、孔子の教えを守ったといえる。

私自身は、孔子、その論語に多くの批判を持つ者だが・・・
それは、別問題である。

論語の、五倫の道、君臣、父子、夫婦、長幼、朋友における、関係の密に関して・・・

その経書が中国から輸入される以前からわが民族的本能の認めていたところであって、孔子の教えはこれを確認したに過ぎない。
新渡戸

正に、その通りである。

そして、孔子の次に、孟子も、武士道に大なる権威を振るう。

孟子の力強くしてかつしばしばすこぶる平民的なる説は、同情心ある性質の者には甚だ魅力的であった。それは現存社会秩序に対して危険思想である。
新渡戸

しかし、反逆的とさえ言われる、孟子の教えも、武士の心に永久に宿ったのである。

武士の時代は、孔子、孟子の教えが、主要なる教科書であり、大人の間の議論は、最高の権威を持っていた。

だが、そうかといって、ただ、それらの言葉を知っているだけでは、尊敬を受けられない世間だった。
西郷隆盛は、単なる書からの物知りを、書物の蟲と呼んだ。
三浦梅園は、学問を臭い菜に喩えた。「少し書を読めば少し学者臭し、余計書を読めば余計学者臭し、こまりものなり」

その意味するところは、知識はこれを学ぶ者の心に同化せられ、その品性に現れる時においてのみ、真に知識となる、と言うにある。知的専門家は機械であると考えられた。
新渡戸

現在、それらの人が、如何に大勢存在することか・・・
更に、それらを、知識人として、もてはやす。

知識そのものは道徳的感情に従属するものと考えられた。人間ならびに宇宙は等しく霊的かつ道徳的であると思惟せられた。宇宙の進行は道徳性を有せずとなすハックスレーの断定を、武士道は容認するをえなかったのである。
新渡戸

であるから、武士道は、知識の多さを軽んじ、それ自体は目的ではなく、叡智獲得の手段として、求められたのである。

これまた、見事である。

物知りでは、武士には、なれないのである。

しかしてこのソクラテス的教義は中国の哲学者王陽明において最大の説明者を見出した。彼は知合合一を繰り返して倦むところを知らなかったのである。
新渡戸

陽明学である。

ここで、最も大切なことは、孔子の五倫の道が、それ以前に、日本の生活の中に、息づいていたということであり、だからこそ、孔子の教えが、すんなりと、受け入れられたということである。

その、論語の良きところをのみ、日本人は、有していたと共に、改めて、受け入れたのである。

もし、論語なければ、いずれ、誰かが、それに代わるものを、著したであろうと、思うのである。

武士道とは、人間教育の最たるものであった。
であるから、武士ではなくても、それに準じて、人々は、武士道から、多くを学んだのである。

どんな職業の人たちも、一つの生き方の規範として、武士道の心得を持ったといえる。
これが、日本人の、優秀なところである。

武士の心は、男の生き方に、大きな影響を与えたのである。

よって、武士道を論じることは、日本精神を論じることになったと、思う。
だからこそ、新渡戸も、それを、書き付けたのである。

武士道が自己に吸収同化したる本質的なる原理は少数かつ単純であった。少数単純であったが、我が国民歴史上最も不安定なる時代における最も不安なる日々においてさえ、安固たる処世訓を供給するには十分であった。
新渡戸

延々として、言葉数多くの、思弁は、必要なかった。
要するに、屁理屈である。

言葉数多くして、語れば語るほど、言葉を必要とするという、西欧の思想、哲学の道は、必要なかったのである。

言葉に出来ないことを、語る努力・・・などと、知ったようなことを言う者には、到底、理解出来ない、日本人の知的能力である。

更に、和歌に代表される、歌の道、歌道は、武士の嗜みとして、更には、国民すべてが、その教養を持っていたという、驚きである。

国民すべてが、詩人である・・・
そんな国は、存在しない。

その際たるものは、天皇から、庶民に到るまでの歌を集めた、万葉集であろう。
正に、万葉集こそ、伝統の華である。

武士、もののふ、も、歌詠みする国なのである。
見事と、言うしかない。


posted by 天山 at 03:45| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月08日

国を愛して何が悪い113

義は武士の掟中最も厳格なる教訓である。武士にとりて卑劣なる行動、曲がりたる振舞いほど忌むべきものはない。
新渡戸

だが、
義の観念は誤謬であるかも知れないーーー狭隘であるかもしれない。
と、言う。

そこで、武士である、林子平は、これを定義して、決断力と言った。

義は勇の相手にて裁断の心なり。道理に任せて決心して猶予せざる心をいうなり。死すべき場合に死し、討つべき場合は討つことなり。


節義は例えていわば人の体に骨あるがごとし。骨なければ首も正しく上にあることを得ず、手を動くを得ず、足も立つを得ず。されば人は才能ありとても、学問ありとても、節義なければ世に立つことを得ず。節義あれば、不骨不調法にても、士たるだけのこと欠かぬなり。
真木和泉

仁は人の心なり。義は人の路なり。
孟子

であるから、武士が義を行なう、その姿をもって、義士とも、言う。
赤穂浪士は、義士と、呼ばれた。

新渡戸は、そこから、義理の話に移る。

義理という文字は「正義の道理」の意味である。

易経では、義理とは、哲理のことを言う。
道理の道、哲学のことである。
更に易占では、数理を重んじる。

義理を正義の道理とは、正に、武士道のための言葉である。

そして、
義理は単純明瞭なる義務を意味した・・・
と、言うことになる。

したがって我々は両親、目上の者、目下の者、一般社会、等々に負う義理ということを言うのである。これらの場合において義理は義務である。何となれば義務とは「正義の道理」が我々になすことを要求し、かつ命令するところ以外の何ものでもないではないか。「正義の道理」は我々の絶対命令であるべきではないか。
新渡戸

それでは、正義とは、何か・・・
それに関しては、何も書く事が無い。

正義は、永久にして、正義であるところのものをもって、正義なのである。
つまり、伝統として、当たり前の感覚を持つに至ったものということである。

これが、西欧の思想ならば、正義について、閑々諤々の議論がされるだろう。
特に、キリスト教の神学により・・・
また、多くの西欧の哲学者が、それらを説いた。

新渡戸は、キリスト教徒であるから、そこには、キリスト教、及び、西欧の思想の対比があるが、それも、肯定して、語る。
それについては、主旨ではないので、省略する。

欧米では、神の存在から、すべてが始まる、哲学がある。
思想も、そうである。
神に対座しての、哲学であり、思想である。

日本には、そのような根本的対決の哲学、思想が無いという、日本の思想家もいるが・・・
必要無いのである。

善悪という、対比によって、考える日本の伝統は無い。

日本の伝統は、神と悪魔という、対立は無い。
人間にマイナス要因を与える、自然の行為も、荒ぶる神と言い、鬼も神の世界のものである。

義理の本来の意味は義務にほかならない。
新渡戸

更に、義理という語のできた理由は次の事実からであると、私は思う。
と、新渡戸は、言うが・・・

義理は、元々、易経の言葉である。

だが、日本では、
すなわち我々の行為、たとえば親に対する行為において、唯一の動機は愛であるべきであるが、それの欠けたる場合、孝を命ずるために何か他の権威がなければならぬ。そこで人々はこの権威を義理において構成したのである。
新渡戸

これは、英文で書かれたもので、更に、その日本語訳は、同じくキリスト教徒の、矢内原忠雄であるから、愛、という言葉が出る。

当時の日本人は、愛という言葉の、観念を仏教に負うゆえに、愛とは、執着する心になる。

欧米人に武士道を伝えるために・・・
愛という、キリスト教の言葉が出るのである。

でなければ、情という言葉になるはずである。
義理、人情も、情の感覚的世界である。

だが、そこで、武士道における、義理を義務とし、義理の権威を形成したというのである。

そこで、新渡戸が、説明するに、
愛が徳行を刺激するほど強烈に働かない場合は、人は知性に助けを求めねばならない。
と、説く。

そして、理性を動かして、義しく行為する必要を知らしめるのである。

同じことは他の道徳的義務についても言える。
新渡戸

義務が重荷と感じられる時は、義理が介入して、それを避けることを、妨げる、と言う。

そこで、
義理は道徳おける第二義的の力であり、動機としてはキリスト教の愛の教えに甚だしく劣る。
新渡戸

つまり、キリスト教の、愛は、道徳的に上位にあるという。

愛は「律法」である。
新渡戸

これは、新教キリスト教の教えである。
説明は、避ける。

義理は、人為性のため、時を経るに従い、堕落したらしい・・・

もし鋭敏にして正しき勇気感、敢為堅忍の精神が武士道になかったならば、義理はたやすく卑怯者の巣と化したであろう。
新渡戸

スコットが愛国心について「それは最も美しきものであると同時に、しばしば最も疑わしきものであって、他の感情の仮面である」と書いていることを、私は義理について言いうるであろう。
新渡戸

つまり、様々な、感情の仮面が、義の仮面で覆うことが、出来るということだ。

更に、それに気付かずにある場合は、最悪である。

それでは、勇・敢為堅忍の精神とは・・・


posted by 天山 at 06:21| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月21日

国を愛して何が悪い114

勇気は、義のために行なわれるのでなければ、徳の中に数えられるにほとんど値しない。
新渡戸

義を見てなさざるは勇なきなり
論語

武士道にあっては、死に値しない事のために死ぬのは、犬死といった。
猪突的行為は、勇気ではないのである。

プラトンは、勇気を定義して、
恐るべきものと恐るべからざるものとを識別することなり。
と、言う。

そして、水戸の義公も、
戦場に駆け入りて討死するはいとやすき業にていかなる無下の者にてもなしえらるべし。生くべき時は生き死すべき時にのみ死するを真の勇とはいうなり。
と、言う。

西洋において道徳的勇気と肉体的勇気との間に立てられた区別は、我が国民の間にありても久しき前から認められていた。いやしくも武士の少年にして、「大勇」と「匹夫の勇」とについて聞かざりし者があろうか。
新渡戸

剛毅、不撓不屈、大胆、自若、勇気等のごとき心性は、少年の心に最も容易に訴えられ、かつ実行と規範とによって訓練されうるものであって、少年の間に幼児から励みとせられたる、いわば最も人気ある徳であった。
新渡戸

日本の昔話の中には、我慢と勇気の話が多々ある。
それを、幼児の頃から聞いて育つ。

イスラムの幼児が、コーランを聞く如くである。

武士の教育の厳しさは、格別である。
それは、肉体的訓練から、始まった。

身を持って、習うのである。
そして、その親、長上は、それを求めた。

この超スパルタ式なる「肝を練る」方法は、現代の教育家を驚かせて戦慄と疑問を抱かしめるであろうかーーーこのやり方は、人の心の優しき情緒をば蕾のうちに摘み取る野蛮な方法ではあるまいかとの疑問を、抱かしめるであろうか。
新渡戸

少年に対する、敢為自若の精神を鼓吹する方法・・・
現代のスポーツの現場で起きている、体罰をどう考えるか。
鍛錬と、体罰による指導は、全く別物である。

体罰は、指導者の勝手気ままな、気分によると、判断する。

武士の子の指導は、道理がある。
義であり、勇気である。

勇気が人のたましいに宿れる姿は、平静すなわち心の落ち着きとして現れる。
新渡戸

敢為の行為が勇気の動態的表現たるに対し、平静はその静態的表現である。真に勇敢なる人は常に沈着である。彼は決して驚愕に襲われず、何ものも彼の精神の平静を乱さない。激しき戦闘の最中にも彼は冷静である。大事変の真中にありても彼は心の平静を保つ。
新渡戸

つまり、それは、余裕であると、言うのだ。
余裕綽々なのである。

そのために、幼児からの、武士の教育がある。

更に、それは、武士のみに関わらず、日本人の精神、心のあの方として、定着してゆくのである。

戦にあっても、歌詠みをする、余裕・・・
その多くの実例がある。

更には、その余裕により、武士の情けで、命を失うことのない場合もあるのだ。

ここでは、その実例を一々取り上げない。

新渡戸は、様々な、実例を挙げている。

欧米人は、この新渡戸の、武士道を読んで、感動したことだろう。
それは、武士の教育に留まらず、人間教育の手本になるからである。

武士道とは、人間教育に他ならないのである。

ニイチェが「汝の敵を誇りとすべし、しからば敵の成功はまた汝の成功なり」と言えるは、よく武士の心情を語れるものである。実に勇と名誉とは等しく、平時において友たるに値する者のみを、戦時における敵としてもつべきことを要求する。勇がこの高さに達した時、それは仁に近づく。
新渡戸

仁とは、論語の眼目である。

愛であり、慈悲である。

この仁についても、新渡戸は、詳しく説明する。

仏教からは、慈悲の心を、論語からは、仁の心を学んだ、日本人である。
そして、更に、それは、元々から、日本人の心に宿るものだった。
それを、言葉とした時、それが、観念となった。

だが、観念まみれにならなかった。
行為があったからである。

初めに、言葉があるのではない。
初めに、行為があるのだ。

初めに、心があるのだ。
そして、精神として、花開くのである。
種は、心。精神は、花である。

posted by 天山 at 05:41| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月22日

国を愛して何が悪い115

愛、寛容、愛情、同情、憐ピンは古来最高の徳として、すなわち人の霊魂の属性中最も高きものとして認められた。
新渡戸

それは、二つの意味として、王者の徳と考えられたとのこと。

一つは、高貴なる精神に伴う、多くの属性中王位を占めるものとして。
また特に、王者の道に相応しい徳として。

慈悲は王冠よりも善く王者に似合うとか、慈悲は王シャクをもってする支配以上であるとか、これを言葉にするにはシェクスピアを必要としたが、これを心に感ずるにはあえて彼を要せず、世界各国民皆これを知ったのである。
新渡戸

これは、第五章に書かれる、仁・惻隠の心、という章である。

ここで、新渡戸は、仁を掲げる。

孔子、孟子、共に、仁を、王者たる者の、不可欠要件を定義して、仁とは人なり、と言う。

確かに、仁とは、君子の道であった。
だが、それ以前・・・
つまり、漢語の仁が、入る前は・・・

あはれ・・・
であった。

哀れ、憐れ、更に、多くの感情的な心の動きである。
それがあれば、こそ、仁の心得も、理解したのである。

更に、惻隠の情も、である。

私はいかなる種類の専制政治をも支持するものでは断じてない。しかしながら封建制を専制政治と同一視するは誤謬である。
新渡戸

封建制を、専制政治と、理解すると、誤るのである。

封建君主は臣下に対して相互的義務を負うとは考えなかったが、自己の先祖ならびに天に対して高き責任感を有した。彼は民の父であり、民は天より保護を委ねられたる子であった。
新渡戸

かくして民衆の世論と君主の意志、もしくは民主主義と絶対主義とは融合した。かくして武士道もまた、通常与えられているとは異なる意味において父権政治を受けいれ、かつ確認した。
新渡戸

専制政治と、父権政治の違いは、前者は、自民がいやいやながら、服従する。

父権政治は、「かの誇りをもってせる帰順、かの品位を保てる従順、かの隷従の中にありながら高き自由の精神の生くる心の服従」である。

西欧の政治を評する言葉を使用して、新渡戸は、説明する。

それは、省略して・・・

この故に我が国民にありては、君主の権力の自由なる行使はヨーロッパにおけるがごとくに重圧と感ぜられるのみではなく、人民の感情に対する親父的考慮をもって一般に緩和せられているのである。
新渡戸

私は、西欧に、理想的な王がいたとは、知らない。
西欧の、王位は、権力闘争の結果であり、支配者そのものである。
更に、別の権力によって、倒されると、別の王が、王位を継ぐ。

新渡戸は、ドイツ皇帝の言葉を上げている。
「王位は神の恩恵により、かつ神のみに対する重き義務と巨大なる責任を伴う。いかなる人も、大臣も、議会も、国王からこれを免除しえないのである」

王権神授説・・・

これが、西欧の曲者であるが・・・

仁は柔和なる徳であって、母のことくである。真直なる道義と厳格なる正義とが特に男性的であるとすれば、慈悲は女性的なる柔和さと説得性をもつ。我々は無差別的なる愛に溺れることなく、正義と道義をもってこれに基づくべきことを誡められた。
新渡戸

ここで、新渡戸は、仁、慈悲、愛、と連ねている。
キリスト教徒であるから、そのようになったのであろう。

武士道は、徳川時代に、ほぼ完成した、武士の道である。
その、封建時代をもって、新渡戸は、封建政治・・・云々と言うのか・・・

何故、その封建時代の政治が、ある主の民主主義を有していたか・・・
その種は、天皇の政治にある。

一部、 偏狭な学者は、天皇政治を、専制政治と判定するようだが・・・
日本の、政の、基本は、天皇の政治からである。

如何に、封建制度、政治の中にあっても、天皇の存在、つまり、無形の権威により、支えられていたことを持って、武士道も成り立つのである。

徳川幕府によって、支配されているように、見えるが、違う。
各大名は、天皇の委託を受けて、将軍家が成ると見ていたのである。

仁、慈悲、愛・・・
ここで言われる、人間の情緒的な、それでいて、権威と正義ある、感情は、天皇家、天皇によって、支えられていた。

幕末を見ると、明白である。
武士とは、王氏、つまり、天皇に対し奉る行為を正義とする。

仁、慈悲、愛・・・の総称である、あはれ、の御心は、天皇にある。

京の帝が、浅野匠守あはれである、との言葉により、赤穂浪士が、成り立ったといえる。
帝が、認めた・・・

「武士の情」という言は、直ちに我が国民の高貴なる情感に訴えた。武士の仁愛が他の人間の仁愛と種別的に異なるわけではない。
新渡戸

次は、仁愛である。

二つ共に、訳語である。

この、情け、とは、あはれ、のことである。
それは、天皇の御心が発したものである。

それを武士として、身に付けるべき、心のあり方として、あはれ、が、情けになったのである。


posted by 天山 at 06:38| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

国を愛して何が悪い116

弱者、劣者、敗者に対する仁は、特に武士に適わしき徳として賞賛させられた。
新渡戸

そういう話は、源平合戦の頃から多く、伝えられている。
新渡戸も、そこで、一つの話を、上げている。

須磨の浦の激戦の話である。
その名を聞けば、敵方も、恐れるほどの武者が、敵を、ねじ伏せた。
そこで、名乗りを求めるが、言わぬ。
それではと、相手の兜を剥ぐと、少年だった。

そこで、武者は、父親のように、行け、と言う。
逃がすのである。
しかし、少年武士は、互いの名誉のためにも、軌ってくださいと、頼む。
名の知れぬ武者に、斬られるより・・・

そこで、武者は、少年の首を刎ねる。

そして、それ以後、武者は、生涯を僧衣をまとい、供養のために、旅に出る。という、お話である。

いずれにしても、優しさ、憐れみ、愛が武士の最も惨慄なる武力を美化する特質なりしことを、この物語が示すことは変わりが無い。
新渡戸

と、言うのである。
よく、愛という言葉が、出てくるが、キリスト教徒の多い欧米人向けに書いたものだからである。

当時、愛とは、執着という意味合いが強い。
仏教では、愛を、そのように解釈する。

だから、英語では、アガペーを使用したと、思えるのだが・・・

窮鳥懐に入る時は、狩夫もこれを殺さず・・・

特にキリスト教的であると考えられた赤十字運動が、あんなにたやすく我が国民の間に堅き地歩を占めたる理由の説明は、おおむねこの辺りに存するのである。
新渡戸

これは、甘い。
戦争好きな、アメリカ軍は、武器の後ろに、赤十字を旗を持っている。
敵を徹底的に、痛めつけた後で、赤十字の出番である。
それが、キリスト教的とは、実に恐ろしい。

戦いに勝った後で、敵方を、赤十字運動によって、懐柔するのである。

さて、武士の嗜みとして、芸事が挙げられる。
新渡戸も、それを言う。

日本において武士階級の間に優雅の風が養われたのは、薩摩だけのことではない。
新渡戸

武士には、詩歌が奨励されたのである。
和歌、俳諧である。

これは、説明すれば、キリが無いほどである。

武士、もののふ、とは、武芸に秀でる者なのである。

多少の教養ある者は皆和歌俳諧を事とした。戦場に馳する武士が駒を止め、腰の矢立を取り出して歌を詠み、しかして戦場の露と消えし後、兜もしくは鎧の内側からその詠草の取り出されることも稀ではなかった。
新渡戸

大東亜戦争の兵士たちも、そうであった。
日々の歌詠みが、辞世の句であった。

戦闘の恐怖の真っ只中において哀憐の情を喚起することを、ヨーロッパではキリスト教がなした。
新渡戸

確かに、そうである。

それを日本では、音楽ならびに文学の嗜好が果たしたのである。優雅の感情を養うは、他人の苦痛に対する思いやりを生む。しかして他人の感情を尊敬することから生ずる謙譲、慇懃の心は礼の根本をなす。
新渡戸

ここでも、新渡戸が、触れていない、天皇の御有様について、言う。

その歌詠みの伝統は、皇室にある。

天皇が、権力者に、忠言する際には、多く、歌詠みを持って成した事実がある。

才能ある者だけが、文学、和歌、俳諧を成すのではない。
上は、天皇から、下は、乞食、遊女に至るまで、歌の道では、平等であるという、日本の伝統がある。

世界的に見ても、稀な行為である。

その大元は、万葉集である。
その伝統が日本には、存在したということである。

であるから、武士の嗜みだけではない。
国民の嗜みだった。

そのような、国は、世界の中で唯一、日本だけである。

仁、惻隠の情・・・
それを英語にて、説明した新渡戸の努力を尊敬する。

仁は、愛と置き換えることが出来るが、惻隠の情は、実に難しい。
相手を思いやる心・・・
相手の痛みを感じて、それを直接的表現をせず、歌に託す、行為に託すという。

相手の弱みを見て、見ない振りをする。
欧米人には、無理なことである。
彼らは、弱みを見せると、そこに、総攻撃する性格である。

それを、個人主義という。
更に、個人孤立主義ともいう。

デカルトから始まった、西欧の個人主義である。
そこから、近代が始まったというから、笑う。

個人絶対主義ともいう。


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2014年02月24日

国を愛して何が悪い117

作法の慇懃鄭重は日本人の著しき特性として、外国人観光者の注意を惹くところであった。もし単に良き趣味を害うことを怖れてなされるに過ぎざる時は、礼儀は貧弱なる徳である。真の礼はこれに反し、他人の感情に対する同情的思いやりの外に現れるものである。それはまた正当なる事物に対する正当なる尊敬、したがって社会的地位に対する正当なる尊敬を意味する。何となれば社会的地位は何ら金権的差別を表すものではなく、本来はじっさいの価値に基づく差別であったからである。
新渡戸

礼の最高の形態は、ほとんど愛に接近する。
新渡戸

キリスト教徒であれば、上記の意味を即、納得するだろう。

パウロの手紙に、愛に付いての、記述がある。
その愛に、礼を当て嵌めて、新渡戸は、書く。

欧米人には、説得力のある説明だろう。

しかし、新渡戸は、礼を尊ぶが、それが、諸徳の第一位に置くものではないという。

礼はより高き階級の諸徳と相関的関係にあるのを見出すであろう。
新渡戸

礼は武人の特殊なる徳として賞賛せられ、その値する以上に高き程度の尊敬を払われたけれど・・・
その偽物が起こってきた。
新渡戸

武人の礼だけではない。
日本には、庶民の礼も、存在した。

鎌倉時代、武人の礼法をまとめた小笠原家がある。
現在でも、小笠原流礼法が伝えられている。

その、礼法が、全国民に浸透してゆくのである。
更に、様々な、礼法に生かされた。
現代の礼法も、小笠原流礼法に、その源流がある。

礼が社交の不可欠要件にまで高めらるる時、青少年に正しき社交的態度を教えるため、行儀作法の仔細なる体系が制定せらるるに至るはけだし当然である。
新渡戸

ヨーロッパ人が我が国民の仔細なる礼法を賤しめて言う批評を、私はしばしば耳にする。
新渡戸

アメリカ人も、そうであろう。
理解出来ないからだ。

西欧には、礼法が無い。
アメリカにも、礼法が無い。

もし、ある一定の行動規範があれば、それは、教会における、作法である。
彼らに、キリスト教がなければ、世界的にも、無作法極まりない行為になる。

彼らの相手は、神である。
神に対する態度、行為が、作法と言えば、いえる。

イギリスの騎士道などは、作法のうちに入らない。

あれは、心得である。
精神の持ち方である。

神に対する、謙虚さが、人間に及ぶとき、作法になるのが、西欧の作法である。

アメリカなどは、何もかもにも、西欧の国からの、寄せ集めを、作法、あるいは、行儀に当てている。

新渡戸は、中でも、茶の湯の説明を通して、礼が、芸術に高まるまでのことを、言う。

だが、茶の湯の作法の、その源流にも、小笠原流がある。

カトリックのミサ典礼による、行為も、作法といえば、いえる。
しかし、それも、神に向う姿勢である。
そこから、人間対する、謙虚な姿勢が生まれた。

新渡戸は、日本の作法を、
何かをなさんとする時、それをなすに最善の道があるに違いない。しかして最善の道は最も経済的であると同時に最も優美なる道である。
と、言う。

日本の作法のまとめが、上記の言葉にある。

スペンサー氏は優美を定義して、動作の最も経済的なる態度であるとなした。
新渡戸

そこで、茶の湯の作法を解説するのである。

更に、加えると、茶の湯の心構えには、禅の思想がある。
つまり、禅の作法も生かされているのである。

茶の湯の作法は、芸術だけではなく、宗教的でさえある。

日本では、礼法もまた、道である。
武人も、その道にある者である。

礼儀は仁愛と謙虚の動機より発し、他人の感じに対するやさしき感情によって動くものであるから、常に優美なる表現である。
新渡戸

真に礼法を身に付けた人は、その動作、行為が、舞うように見えるものである。

武人の剣の道も、然り。

茶を飲む作法だけではない。
食事の作法、その他、諸々の作法・・・
日本には、礼法と呼べる、様々な、作法が存在する。

あらゆる武道、芸道に、礼の道が存在するのである。

posted by 天山 at 06:03| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月25日

国を愛して何が悪い118

信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。
新渡戸

伊達政宗は、礼に過ぐれば、へつらいとなる。

心だに
誠の道に
かないなば
祈らずとても
神や守らん  菅原道真

孔子は「中庸」において誠を崇び、超自然力を付与してほとんど神と同一視した。曰く、「誠は物の始終なり、誠ならざれば物なし」と。
新渡戸

勿論、今の中国には、そのような誠は、皆無である。

更に、孔子は、それを神と同一視したというが・・・
孔子は、平面思考のみを行なった。

ただ、それほど、誠が、大切であること。

虚言遁辞はともに卑怯と看做された。武士の高き社会的地位は、百姓町人よりも高き信実の標準を要求した。
新渡戸

武士の一言・・・
それほど、重いものはない。

二言・・・すなわち二枚舌をば、死によって償いたる多くの物語が伝わっている。
新渡戸

信実を重んずることかくのごとく高く、したがって真個の武士は、誓いをなすをもって彼らの名誉を引き下げるものと考えた。この点、一般のキリスト教徒が彼らの主の「誓うなかれ」という明白なる命令を、絶えず破っているのとは異なる。武士が八百万の神を呼び、もしくは刀にかけて誓ったことを、私は承知している。
新渡戸

ここで、信実、真実と、書かないことである。

矢内原の訳が、いいのだ。

近頃一人のアメリカ人が書を著して、「もし普通の日本人に対し虚言を言うのと礼を失するのといずれを取るかと質問すれば、躊躇なく「虚言」と答えるであろう。と述べた。かく言えるビーリー博士は、一部は正当であり一部分は間違っている。普通の日本人のみでなく、武士でさえも、彼の言えるがごとくに答えるであろう、という点においては正しい。しかしながら博士が日本語の「ウソ」という語を「虚偽」と翻訳して、これに過当の重みを置いた点は誤りである。「ウソ」という日本語は、何でも真実「マコト」でなきこともしくは事実「ホントウ」でなきことを示すために用いられる。
新渡戸

ここに、翻訳の難しさがある。

ローウェルの言うところによれば、ワーズワースは真実と事実とを区別することができなかったというが、普通の日本人はこの点においてはワーズワースと異ならない。
新渡戸

だから、私も、事実であると、書く。
真実は、人の数ほどある、時代になった。

だが、日本人の感性は、事実と真実とは、同じ意味なのである。

事実ほど、人の数ほどある・・・
今更、言葉遊びをするつもりはない。

単に礼儀のために真実を犠牲にすることは、「虚礼」であり、「甘言人を欺くもの」であるとなされた。
新渡戸

礼よりも、思いのが、誠である。

誠を尽くすのが、武士である。
その誠の、主は、君主に対する、忠義である。

この後、新渡戸は、商人と武士の相違を書いているが・・・

結果的に、商売人も、誠が、最も利益を上げるものであるとの、結論である。

つまり、
アングロ・サクソン民族の高き商業道徳に対する私のすべての誠実なる尊敬をもってして、その窮極の根拠を質問する時私に与えられる答えは「正直は最善の政策なり」・・・正直は引き合うということである。
と、なる。

これは、アングロ・サクソンというより、カルビン主義である。
カルビン主義が無ければ、アングロ・サクソンは、無謀な者となるのである。

神の前に、正しく・・・

それは、ドイツでも、同じことだった。
彼らには、神が必要なのである。

しかし、日本人、そして、武士は、神ではない。
我が胸の内である。

天地神明に誓い・・・
そして、刀、剣に誓って・・・

武士道の信実は果たして勇気以上の高き動機をもつやと、私はしばしば自省してみた。
新渡戸

虚言は罪として裁かれず、単に弱さとして排斥せられた。それは弱さとして、甚だ不名誉となされた。事実において、正直の観念は名誉と不可分に混和しており、かつそのラテン語およびドイツ語の語源は名誉と同一である。
新渡戸

誠が、正直、そして、名誉と続く道へ・・・

現在、新渡戸のように、日本の精神を、このように真っ当に語れる、識者は、いるか・・・
実に、不安である。

欧米に、おもねる者が、多いのが、現実。


posted by 天山 at 06:00| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月20日

国を愛して何が悪い119

名誉の感覚は人格の尊厳ならびに価値の明白なる自覚を含む。したがってかの生まれながらにして自己の身分に伴う義務と特権とを重んずるを知り、かつその教育を受けたる武士を、特色づけずしては措かなかった。
新渡戸

honour の訳語として、通常用いられる、名誉という語は、自由に使用されなかったが、その観念は、名、面目、外聞などの語により、伝えられた。

これら三つの語はそれぞれ「聖書」において用いらるる「名」ギリシャ語の面から出た「人格」という語および「聞え」において用いらるる。
新渡戸

人格、パーソナリティ、聞え、フエイム・・・

名誉とは・・・
聖書におれける、名、とは・・・

神を畏れ、その名を呼ばない。
ここに隠された秘密があるが・・・
新渡戸は、キリスト教徒であるから、それを知らない。

畏れ多く・・・
だけではない。
みだりに、その名を呼ぶことを禁じる。
それが、名誉を汚すことにもなるのである。

それが、人間に拡大されると、
その潔白に対するいかなる侵害をも恥辱と感ずることを当然のこととなした。
新渡戸
と、なる。

少年の名誉心に訴うることは、あたかも彼が母胎の中から名誉をもって養われていたかのごとく、彼の心情の最も敏感なる点に触れるのである。
新渡戸

じつに、羞恥の感覚は人類の道徳的自覚の最も早き微候であると、私は思う。
新渡戸

そして、アダムとイヴの話がある。
聖書の人類の創世の時期と見ている。

恥はすべての徳、善き風儀ならびに善き道徳の土壌である。
カーライル

羞悪の心は義のはじめなり
孟子

新渡戸は、西欧、東洋の賢者の言葉を挙げて、説明している。

武士道においては、それが、短気な者には、たちまち刀に訴えて、無用なる闘争を引き起こした、という、反省もある。

江戸時代は、一般庶民が、武士に斬られても、文句を言えなかった。そういう、馬鹿げた時期もある。

だが、それを持って、武士の時代の名誉は、云々と判定出来ないと、新渡戸は、言う。

それは、
キリストの真の教訓をば宗教的熱狂および妄信の果実たる宗教裁判および偽善から判断するに異ならない。しかしながら凝り固まりの宗教狂にも、酔漢の狂態に比すれば何ものか人を動かす高貴さのあるごとく、名誉に関する武士の極端なる敏感性の中に、純粋なる徳の潜在を認めえないであろうか。
新渡戸
と、なる。

繊細なる名誉の掟の陥りやすき病的なる行き過ぎは、寛大および忍耐の教えによって強く相殺された。
新渡戸
なのである。

ならぬ堪忍するが堪忍

名誉と共に、我慢することをも、教えられた。
名誉と堪忍することが、対で存在したという。

道は天地自然のものにして、人はこれを行なうものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛したもう故、我を愛する心をもって人を愛するなり。人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。
西郷南洲 西郷隆盛である。

この、天を神に置き換えると、キリスト教になる。

武士の児は、恥を免れ、もしくは名を得るために、いかなる欠乏をも耐えた。
それほど、武士には、名、つまり、名誉というものが、重いものだった。

武士道を書くが、人生論を見るようである。

現代では、武士とは、言わず、単に、男と、いう時代である。
あいつは、男だ・・・

もし名誉と名声が得られるならば、生命そのものさえも廉価と考えられた。
新渡戸

そのような、時代があった。
そして、それが、日本人の精神に生き続けていた。
と、考える。

名誉の次には、忠義なる言葉が出てくる。

その前に、何故、日本では、このような精神が生まれたのか・・・
その風土である。

剣の道も、結果的に、戦闘を好まぬ精神に目覚めてゆく。
戦闘ではなく、人間教育に向うのである。
そこに、様々な思想の混合がある。

神道、仏教、儒教、更に、道教・・・
その根底には、寛容の精神、包容の精神がある。
日本民族には、排他性というものが、見当たらない。

もし、あるとすれば、地域性である。
地域による、差別意識・・・

島国特有の、地域性である。

posted by 天山 at 05:15| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月21日

国を愛して何が悪い120

武士道、第九章、忠義、について・・・

封建道徳中他の諸徳は他の倫理体系もしくは他の階級の人々と共通するが、この徳――目上の者に対する服従および忠誠――は截然としてその特色をなしている。人格的忠誠はあらゆる種類および境遇の人々の間に存在する道徳的結びつきであることを、私は知っている。・・・しかしながら忠誠が至高の重要性を得たのは、武士的名誉の掟においてのみである。
新渡戸

ただし、それは、それぞれの国柄によって、その理解度が違う。
また、評価されないこともある。

我々が国民の抱くごとき忠誠は他の国では多くの讃美者を見出さないかもしれない。
新渡戸

日本の風土、独特のものであるといえる。
だが、新渡戸は、
しかしそれは我々の観念が誤謬なるが故ではなく、おそらく彼らがそれを忘れたからであり、また我々が他のいかなる国にても達せられざりし程度の高さにまでそれを発達せしめたからである。
と、言う。

確かに、その通りであろう。
具体的なその話題を持ち出せば、明らかに、理解不能に陥ること、多々あると、思われる。

現代の日本人でさえ、そう思うだろう。
だが、そういう時代があったのである。

例えば、忠誠を誓う、君主の息子のために、我が子を、身代わりに惨殺されても、誉として、名誉として、受け容れるという・・・

中国では、親に対する服従を持って、人間第一とするのに対し、日本は、忠が第一位に置かれる。

西洋の個人主義は父と子、夫と妻に対して別々の利害を認むるが故に、人が他に対して負う義務を必然的に著しく減ずる。しかるに武士道においては、家族とその成員の利害は一体である、―――一にして分かつべからざるものとなす。この利害を武士道は愛情と結び付けたーーー自然に、本能的に、不可抗的に。それ故に、もし我々が自然愛によりて愛する者のために死ぬとも、それが何であるか。「汝ら己を愛する者を愛すとも、何の報いをか得るべき。取税人もしかするにあらずや」
新渡戸

最後は、聖書のイエスの言葉である。

この聖書の語句を用いて、欧米人の理解を得るという方法は、見事だ。

だが、残念ながら、愛する者は、愛するが、憎む者は、殺してきた、欧米の精神である。
キリスト教の教えは、機能しなかった。

つまり、理屈だけである。
しかし、武士道は、それを全うした。
それゆえに、欧米人に、感動を与えたのだろう。

シェクスピアにも、「旧約聖書」にすらも、我が国民の親に対する尊敬を現す概念たる「孝」に当たる適切なる訳語は含まれていない。
新渡戸

だが、孝より、忠が重いのである。

武士道は忠を選ぶに決して逡巡しなかった。婦人もまたその子を励まして、君のためにすべてを犠牲にせしめた。・・・
武士の妻女は毅然としてその子を忠義のために棄つるに躊躇しなかった。
新渡戸

そのような、話は、尽きない。
忠義に生きた人々は、あまりにも、数多いのである。

読み進めてゆくと、特別な言葉に出会う。

ただ国法と国家は我が国にありては人格者によって表現されていたという・・・
新渡戸

忠はこの政治理論により生まれたる倫理である。
新渡戸

つまり、天皇の政治を言う。
更に、天皇の存在そのものが、日本の国法であり、国家であるということだ。

武器を持たない、権威の御方である、天皇の存在を紹介しなければ、理解出来ないことである。しかし、新渡戸は、それを極力避けている。
当然である。
欧米人に理解させるために・・・

しかし、イギリス人のごとき民主的国民の間においてすら、プートミー氏が近頃言えるごとく、「一人の人ならびにその後裔に対する人格的忠誠の感情は、彼らの先祖たるゲルマン人がその首領に対して抱きたるところであり、これが多かれ少なかれ伝わって彼らの君主の血統に対する深厚なる忠誠となり、それは王室に対する彼らの異常なる愛着の中に現れている」ことを、吾人は想起するであろう。
と、引用している。

更に、新渡戸は、キリスト教徒であるが故に、日本の天皇を奉ずることが出来ないという、者たちに対しても、深追いしている。

「カイザルのものは、カイザルに、神のものは神に納める」
それを知らないと・・・

信仰と、この世の主は、別物であると、言うのである。

ソクラテスは彼の鬼神に対する忠誠の、一点の譲歩をも不退転に拒否しつつ、同様の忠実と平静とをもって地上の主たる国家の命令に服従したではないか。
新渡戸

国家がその人民に対し良心の指令権を要求するまでに強大となる日こそ悲しむべきである!
新渡戸

それは、共産主義、社会主義に代表される、イデオロギーの国のことである。

日本は、天皇の存在により、建国から、民主的まつりごと、を行なっていた国である。
posted by 天山 at 04:53| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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