2013年06月16日

ミンダナオ島へ11

追悼慰霊を行った翌日は、休憩である。
ミンダナオ島に来て、一週間が過ぎた。

次は、支援物資無く、セブ島に行くのである。

その日も、三度の食事は、庶民の食堂である。
同じ店、別な店に行く。
それぞれの店では、それぞれの味がある。

そして、兎に角、安い。
食あたりは、一度も無かった。
一度だけ、これは、少し危ないと思ったが・・・
全く心配なかった。

さて、昼ごはんを食べて、少しばかり、街を歩いた。
その時、マッサージという声がかかった。
店の前に、一人の女が座っていた。

私は、フットマッサージと言うと、オッケーと答えるので、それでは、足のマッサージでもと思った。
料金は、150ペソである。
それも安い。

階段を上がり、ソファーで待てと言われた。
そして、周囲を見回す。
何とも、雰囲気がおかしいのである。

夜は、バーをしているのか・・・
左側には、多くのテーブルと椅子がある。
そして、薄暗い。まあ、マッサージルームは、薄暗いことが多いが・・・

暫くして、呼びに来た。
着いて行くと、個室が並ぶマッサージルームである。

その一つに入ると、服を脱げといわれた。
足だよ・・・
いや、全部脱げ・・・
変だなーと、思うが・・・

全裸になる。
薄暗いからいいのか・・・

オイルではなく、アルコールのようなもので、体を揉む。
仰向けになり、腕から揉まれた。
そして、ようやく足にゆく。

だが・・・
全く力が入っていない。
今度は、うつ伏せに・・・

矢張り、背中から、股へ・・・
一体、いつから足に行くのだ・・・
もう一度、仰向けになった。

それから、始まった一連の、アタックである。
要するに、エッチ系のマッサージだった。

省略するが、キレた私は、アンタ、ここに寝ろと言い、私は、マッサージ・マスターだと言って、彼女の脚を揉んだ。
ギャッッッッと叫ぶ。
これが、マッサージだ・・・

彼女は、驚き、オッケーを繰り返した。
私は、100ペソ、カムバックと言う。
オッケーと逃げるようにして、彼女が部屋を出たので、私は、急ぎ服を着て、その部屋を出て、店から飛び出した。

変なガードマンでもいたら大変だ・・・

そのまま、ホテルに戻る。
コータに、その話をした。
すると、ソープに入って、体触られて、何をするんだと、怒鳴るのと同じだと言われた。つまり、入る時に、どんな所が解っていないのが問題だと。

そう言われれば、そうだが・・・
ぼんやりしていたのである。

料金は、250ペソ程度の店が大半だと、言われた。
150ペソは、安すぎる。
その後、彼女は、500ペソでは、何を、1000ペソでは、何をと、アタックしてきたのである。

相手の方が、驚くのは、当たり前と言う。
そのような場所に、私が入ったことが、間違い。

そうして、夕方になる。

翌日の朝は、六時にホテルを出る。
セブ島行きの飛行機が、八時発である。

ジェイソンさんが、空港まで送ると言ったが、家からホテルまで、30分もかかるので、私は、コータに断りのメールを打たせた。
朝は、早くから、ホテルの前に、タクシーが留まるので、タクシーで行くことにしたのである。

荷物は、少ないし・・・
別に問題がない。

それより、セブ島の五日間の予定である。
一応、セブシティに入り、その後、マクタン島の子供たちにも、会いたいと思っていた。
だが・・・

セブシティのストリートチルドレンは、思った以上だった。
ダウンタウンで五日間を過ごすということになるのである。

つまり、下町のストリートチルドレンとの出会い、その様子が凄かった。
兎に角、炎天下の中での、出会いと縁である。

ちなみに、書き忘れたが、パスポートはダバオで、その日の朝、八時半に、ダバオ出張中在官事務所に行き、一時間以内で、発行された。
8000ペソもかかったが・・・
10年間有効の、パスポートである。

更に、ちなみに、私は領事官と直接、日本語で話せたことが、何より良かったのである。
九時から開くのだが、領事官が、八時半に来て下さい。私が直接、受けますと、言ってくれたのである。




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2013年06月17日

ミンダナオ島へ12

セブ島には、九時半に到着したが・・・
まず、やることがある。

パスポートに入国スタンプを押して貰うことである。
でなければ、出国の際に、足止めを食う。

セブ空港は、国際空港でもある。
その中に、イミグレーションがある。
そこへ、まず行く。

すると、ここではなく、こちらに行けと言われた。
その紙を持って、タクシーに乗る。

観光地である、マクタン島を抜けた。
そして、行った先で、またも、こちらではなく、あちらにと、紙を貰った。
これをたらい回しと言う。

ようやく、セブシティの隣の町にある、イミグレーションに着いた。

受付のおじさんに、コータが説明する。
一つだけ、足りないものがあった。
弁護士の書き物・・・
だが、日本の領事が必要無いと言ったというと、おじさんが、俺が必要だと言うんだと、凄む。

しかし、おじさんは、私の差し出したものと、書面をつけて、出してくれた。

それら、呼ばれるまで、待つ。
大勢の人で、溢れていた。
様々な人種がいた。

タバコを吸うことも出来ず・・・
待つ・・・
このままでは、昼になると、思ったが・・・
名前が呼ばれた。

以外に、あっさりと、スタンプが押された。
ホッとした。

そして、また、タクシーに乗り、いつも泊まるホテルに向う。
そのホテルは、ダウンタウンより、上の地域にあり、更に安い。

到着した。
ホテルが綺麗になっている。
要するに、新装したのだ。

そして、価格も高くなっていた。
1200ペソ、1400ペソ・・・
昔は、850ペソだった。

その付近には、色々なホテル、ゲストハウスも多いので、私たちは、別なところを探すことにした。

もう、昼の時間である。

まず、傍のゲストハウスは、満杯。
そこで、その並びのホテルに行く。
650ペソと安い。

早く、休みたい、食事をしたいと、そこに決めた。
が、部屋に入ると、エアコンが効かない。
それをコータが言うと、すぐに来るというが・・・
30分待っても、誰も来ない。

そのホテルを出ることにした。
じりじりと、焼け付くような暑さである。

フロントに、エアコンが壊れているから、出ると言うと即、お金を戻してくれた。つまり、壊れていることを知っているのだ。
一度出したお金は、戻らないフィリピンで・・・戻ったのである。

そのまま、ホテルを諦めて、食堂に行く。
少し高いが、食べ放題の店がある。
私は、二食分を食べるつもりで、入る。

この辺りは、中流階層が多いのである。
そこから、山に向けて、どんどんと、富裕層になる。

食べながら、コータと、すぐにダウンタウンに行くことにする。
以前泊まった、ゲストハウスに電話して、予約する。
650ペソである。

セブシティでは、ストリートチルドレンとの出会いと、支援であるから、覚悟していたが・・・
最も、大変な場所に、即入るというのは、覚悟がいる。

その後、マクタン島の子供たちにも会いたいと思った。

食事を終えて、ゲストハウスに向う。
部屋が決まっていて、中に入ると、すでにエアコンが効いて、涼しい。
ホッとしたが・・・
窓が無い。

入り口しか、風の通る道が無い。
コータが部屋を替えたいと、フロントに言いに行くが・・・
今は無いとのこと。明日なら、空くという。
そこで、一晩だけ、我慢することにした。
もう、ホテル探しは、いい。

私は、扉を少し開けていた。
そんなことは、決して良くないが・・・
息が詰まるようなのである。

兎に角、シャワーを浴びて、一息つく。
更に、満腹であるから・・・
ベッドに横になる。

ちなみに、旅の間は、一切、アルコールを飲まないので、調子がいい。
旅の間の、移動は、また疲れるものである。

posted by 天山 at 06:03| ミンダナオ島へ平成25 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

ミンダナオ島へ13

窓の無い部屋で、一晩過ごすという・・・
檻に入れられたようである。

だが、エアコンは、凄く効いた。
セブ島も、酷暑である。

旅も後半に入る。疲れも出る。
まず、休憩である。
兎に角、休憩しなければ、熱中症になるのである。

明日から、ストリートチルドレンとの出会いである。

昼間、たらふく食べたので、夕方過ぎまで、満腹状態だった。
夜はいらないかなーーーと、思いきや、腹が空く。

この辺りには、食堂が沢山ある。
勿論、安い。
私は、一番汚いと思える、食堂を選んだ。

何故か・・・
美味しいから。

コータも一度だけ行ったが、毎日行くのは、私のみ。
顔馴染みになると、楽しいのである。
お母さんが中心で、お父さんと、息子でやっている。

息子がハンサムで、英語がペラペラ。
カレッジを出たという。

おかずを、二品とご飯を注文する。
時には、スープである。
皆、火を通してあるので、問題ない。

朝、夜と、その店に通い、昼は、別の食堂を廻った。

その夜・・・
矢張り、出た。
幽霊である。

二人の男。
一人は、若く、一人は、中年を過ぎていた。
若い男は、この部屋で死んだという。
中年の男は、昔このゲストハウスで、働いていたという。

と、次第に、金縛り状態になるので、清め祓いを瞬時に行う。そして、コーターにかからないように、コータの体に結界を張る。
というように、妄想のようなことも多々ある。

スピリットではない。ゴーストである。
これは、余計な話。

翌日の朝、食堂に行き、10時を待って、街の上に向うことにした。
日本円を両替する。

8ペソのジプニーという、乗り合いバスに乗る。
ジプニーは、至る所を走る。
だが、オープンカーであるから、暑い。

汗だくになりつつ、両替屋に行く。
少し高い。一万円が、3950ペソである。
三万円も両替すれば、次に来た時も、使える。

それから、私は、ストリートチルドレンと出会う場所に行く。
以前出会った、子供たちがいるか・・・
だが、その日は、平日であるから、学校に行って、いないはずだ。

ところが、新しい子が、二人いた。
丁度、物売りのおばさんに、何かを求めている。
手を出すが、おばさんが、文句を言っている。

私は、ハローと声を掛け、おいでと、手を振った。
女の子と男の子である。
食べ物・・・
頷く。
じゃあ行こう・・・
マックと、女の子が聞くので、うんと、頷くと、二人が、突然ゥワーと叫んだ。

マックとは、マクドナルドである。
そこは、少しの金持ちが利用する。

私は、食べたいものを言いなさいと、言うと、チキンとご飯のセットを注文した。
私はコーヒーを注文する。

席に着くと、女の子が嬉しそうに、お喋りする。
年は、二人とも、10歳。
寝ている所は、ハウスである。
チルドレンハウスがある。だが、食事は無い。
それで、腹が空いて、学校に行かず、食べ物を探す。

店員が、私たちの席を通るたびに、私に笑顔で答える。

兎に角、私が子供たちを連れて歩くと、皆々、笑顔を返す。

女の子は、お父さんがいる。お母さんが、出て行ったという。
男の子は、弟がいる。

そして、運ばれたチキンと、ご飯・・・
男の子は、ポツリと、僕の弟にも・・・云々・・・と、消え入る声で言う。
二人は英語が出来た。
私と通じ合うから、それほどの英語力ではないが・・・

写真を撮り、私は、ホテルに戻ることにした。
そして、店員に、日本語で、頼みますねと言い、二人には、また逢うよと言って、一度、さようならをした。

店を出ようとした時、驚いた。
出口付近の人たちが、全員、私に、微笑みかけるのである。

一瞬、たじろいだ。
ようやく、私も笑顔を作ったが・・・

皆さんに見つめられていた。

こうして、始まった、セブシティのストーリとチルドレンとの、付き合い。
それが・・・
大変な状況になってゆく。


posted by 天山 at 05:16| ミンダナオ島へ平成25 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

ミンダナオ島へ14

日差しが、ジリジリと照り付ける中、私は、ホテルへ帰るジプニーに乗るため、向こう側に渡る必要がある。

その途中で、三歳ほどの男の子に、そして、また陸橋にいた、二人の男の子に、食べ物を買って、与えた。

その時、日本語で、やさしいのね、と声を掛けた人がいる。
現地のOLである。日本語が出来る。
かわいそうだものね・・・
彼女が続けた。
だが、暑さで私は、ただ、頷くだけだった。
会釈をして、ジプニーを探した。

すぐにジプニーが来たので、乗り込む。
シャツは、汗だくである。

フィリピンは、三月から、五月が一番、暑いのである。
マニラの政府機関も、涼しい場所へ移動するほどだ。

見慣れた、ダウンタウンの場所を通過するので、オッケー・・・を繰り返したが・・・
通じない。
止める時の言葉がある。
それが、出て来ない。

もう一人が降りるので、車が止まった。
そして、歩く。ところが・・・
方向が、解らなくなる。
解っているつもりでも、別の場所・・・

もう一度、ジプニーの来た道を戻る。
そして、ゲストハウスに続く道に出た。

もう、昼になる時間。
部屋では、コータが寝ていた。

今日は、部屋を替える。
空き次第、フロントから連絡があるが・・・
中々、来ないので、下に行く。
すると、キーを渡してくれた。

スタッフも、暑さで、疲れ切っている。
部屋以外は、冷房がないのだ。

コータを起こして、部屋の引越しをすることにする。
一階上の部屋である。

そして、部屋に移ってすぐに、ベッドの異変に気付く。
私のベッドに、緑色の小さな粉が落ちている。
不思議に思って、調べるが、解らない。

一度、それを払い・・・
だが、また、ベッドに落ちる。
天井を見るが、粉が落ちる様子は無い。

もう一度、フロントに行き、一人に来て貰う。
すると、この部屋は、そうなんです・・・私たちも、解らない・・・と、言う。

うーん
シークレットでね・・・スピリットが・・・と言うと、すかさず、ノーと言う。
本当は、ゴーストであるが・・・

コータが後で、ビサヤの人たちは、霊を特に恐れるから、言わない方がいいと言う。

コータの説では、天井のカビが落ちてくるということになった。
だが、私は、腑に落ちない。
落ちて来るところが、見えない。下から湧いて来るのでもない。

だか、まあいいか。いや、ベッドの位置を替えることにした。
すると、今度はコータのベッドにも、落ちて来ると言う。

ああ、もういい。私がアンタのベッドに移るよ・・・

ここも、一泊して、別のホテルに移ろう。
近くには、沢山のホテルがある。
それぞれ行って、料金を確認することにした。

一度、シャワーを浴びて、食事をすることにした。
今度は、ゲストハウスの目の前の、食堂である。
比較的、綺麗な場所である。
それに、扉があり、冷房が効いている。

大半の食堂は、オープンであるから、暑い。
店先に、おかずを並べて、売る。
そこで、買って、持ち帰る人も多い。

その辺りには、米軍の退任軍人が多くいる場所で、じいさんたちが、陣取る食堂がある。
そこにも一度、入ってみた。
中には、現地の若い女と、子供をもうける、じいさんまでいる。
大したものだ。

そして、今回、新しく、セブンイレブンが出来て、更に、その向かいには、スーパーが出来ていた。
スーパーの隣がホテルである。建物は、同じ。
そのホテルに、三泊することになる。
一泊、820ペソ。安い。

そして、セブンイレブンの前が、ストリートチルドレンと出会う場所になるとは・・・
その前をねぐらにしている、チルドレンである。

数え切れないほどの、子供たちに食べ物を買った。
写真を見て貰えば、一目瞭然である。
また、写真に撮ることがなかった場合もある。

兎に角、ストリートチルドレンが、湧いて来るのである。
コンビニの警備員に、キリが無いと言われたほど。

その内に顔を覚えられて・・・
更に、チルドレンの情報網で、知れ渡ることになる。

posted by 天山 at 06:10| ミンダナオ島へ平成25 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月20日

ミンダナオ島へ15

ダウンタウンには、カテドラルと、フィリピンでも最古の教会といわれる、セントニーニョー教会がある。

セントニーニョとは、幼きイエズス教会という意味。
その教会は、毎日、多くの人が訪れ、夕方から夜にかけて、特に人が多くなる。
そこで、ストリートチルドレンの出番である。

人が集まると、物貰いも出来る。
更に、物売りの子供たちで、溢れる。
前回、私は、その場所で子供たちに、衣類を配った。
だから、今回も、そこで前回の子供たちに会うことを考えたが・・・

セブンイレブンの前で、数名の子供たちに、食べ物を与えたことで、そこに子供たちが集まるようになった。

その場所で寝起きしている、ストリートチルドレンもいる。
最初は、コンビニから、腹持ちする、サンドイッチと、ヤクルトを配っていた。

あまりに多くて、その一つ一つを覚えていないほどだ。

その中でも、特徴があり、忘れられない状況を書き記す。

一人の男の子が、夕方四時半頃、私がコンビニに出ると、腹が空いたとジェスチャーで示すので、オッケーと言って、ここで待っていてと、言った。
ヒァーステイ・・・
と、花売りの子が、通りかかる。

男の子である。
その子が、立ち止まった。
そして、私を見ると、手を差し出す。

そこで、二人に、サンドイッチとヤクルトを買うことにする。

花売りの子は、突然の出来事だったので、自分で求めたが不思議そうだった。
二人に、それを渡す。
二人は知り合いではないが、何やら話し始めた。

他の子供たちも、集って来たが、私は、本日は、これで終了という思いだった。
もう、倒れそうだったのだ。

そして、翌日、同じ時間帯に出ると、花売りの子に会う。
花を売る。でも、腹が空いている。
私の方から、食べる・・・と聞くと、頷く。
それではと、私は、チキンの店に連れて行くことにした。

カム・・・チキン、オッケー・・・
男の子が着いて来た。
チキン揚げの店に行く。
そこで、チキンと、笹に包まれたような、ご飯を二つ買い与えた。

そこで、写真を傍の女に撮って貰う。
店の人たちも、微笑んで見ている。

花を売って稼ぐのだが・・・それが親の命令なのか・・・誰の指令なのか・・・
一束、20ペソの花である。

しゃがんで、男の子と話をするが、英語が互いに不案内で、中々意志の疎通が難しい。
でも、何となく、心が通じる。
別れ難く思いつつ、男の子もそのようで、暫く、私はしゃがんでいた。

私は、シャワーを浴びさせて上げたいと思ったが・・・
きっと、明日も、この時間帯に出てくるだろうから、また、逢うだろうと思った。
それで、彼の仕事の時間を取るのは、悪いと、バイバイと言って、別れた。
しかし、彼とは、帰国する日まで、逢えなかった。

毎日、チルドレンに食べ物を渡しているうちに、どんどんと、その数が増す。
見慣れぬ子も、来るようになった。

本当は、その場所だけではなく、教会から、海沿いにも出かけたかったが・・・
兎に角、そこに出ると、子供たちがいる状態になった。

そして、その道に子供たちがたむろする。

子供たちの間で、情報が、行き渡るようだった。
食べ物を渡しているうちに、彼らの着ているものも、目に入る。
あまりに、汚れて、もう、着られない程のシャツを来ている子もいる。


結果、コータと相談して、私たちの、着替え用のシャツを出して、二枚のみ残し、子供たちに、特に、酷い子に上げることにした。

と、いっても、私の着ているものは、支援物資に出来ないものである。それでも、良い方だった。

明日、マニラに向うという日に、それを実行した。
だが、欲しい子が沢山いるのである。

体が大きくなっても、小さなものを着ている子もいる。

つまり、四日の間、教会の方へ行く時間がなくなった。
勿論、無理をして、出掛ければ、何とか、食べ物を渡すことが出来たが、私も、体力が必要だ。

更に、海沿いにも。

大きな子は、一度、食べ物を上げると、要求しなくなるが、小さな子は、何度でも、要求する。
しかし、中には、兄弟でいる子がいたが、兄の方は、どういうわけか、いらないと、言う。そこで、弟に渡す。弟は、素直に受け取る。

彼らは、ホテルの斜め前の道に寝ているのだ。
だから、毎日会う。
三度目になると、ようやく、兄の方も受け取るようになった。

何故か。
彼らには、父親がいた。
そして時々、父親が、食べ物を持って来る。
一度だけ、朝、父親とパンを食べているのを見たが・・・
その一度だけだった。

兄は、プライドがあった。
自分には、親がいるという。

私は、コンビニではなく、大量のパンを買い、そして、一ペソを、水を買うお金として、子供たちに上げ始めた。

それも、伝播していったようだ。
更に、子供たちが集うのである。

朝から、夕方過ぎまで、私は、それを繰り返した。
ところが、暑い。
一度、外に出ると、汗だくになる。

ホテルの部屋で涼んで、また、出る。
そのうちに、本当に疲れてきた。

posted by 天山 at 06:57| ミンダナオ島へ平成25 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月21日

ミンダナオ島へ16

子供たちの、年齢は、見た目より、年上である。
栄養が不足してか、小さく見える。

10歳でも、日本の七歳程度なのである。
だから・・・
大きくなると、15歳前後、それ以上の場合もある。

そして、大きくなると、智恵がつく。
小さな子は、思う通りに、私に求めるが、大きな子は、待っている。
ただ、じっと私を見つめるのである。

私の方から、食べる・・・と聞く。すると、頷く。

哀しいことに、ストリートチルドレンは、ここでは、無視され、時には、追い払われる存在なのである。

色々な島の、チルドレンを見たが、ここが最も、悲惨である。
セブシティは、フィリピン第三の町である。

第一が、マニラ、第二が、ダバオである。

親無しチルドレン、親がいても、貧しく、物乞いするチルドレン。片親のチルドレン・・・

学校に行かないと、英語が出来ず、その先が決まる。
男の子は、チンピラ程度か・・・
女の子は、結局、体を売る。そのように仕向けられる場合が、多々ある。

私が今回驚いたのは、そのダウンタウンの付近で、男子を売るというポン引きが多くなっていたことである。

何度も、ボーイがいると、誘われた。
年齢は、15歳からである。
それでは、法律に触れる。

だが、女が体を売れ、男も体が売れるなら、はじめるだろう。

空腹には、耐えられない。

少女売春すれすれのところ、である。
更に、児童買春すれすれ、である。

ストリートチルドレンが、大きくなると、ストリートアダルトになる。ただ、それだけ。ストリートから抜け出すには、大変な努力が必要だ。

ダウンタウンのチルドレンは、寝るハウスも無い。
もう少し、上の地区に行くと、市が用意した、ハウスがあり、そこから、学校へも行けるのだが・・・

そんな余裕も無い。

ここで、フィリピンの問題点を書き綴り、そして、批判をしたいが、長くなるので、止める。

ただ、既得権益の社会であるということ。
それに、政治家も参加する。
上から下まで、搾取の世界である。

そして、突き詰めてゆくと、スペインの植民地時代に遡り、その既得権益の最大の存在が、カトリック教会であることが、解る。

スペインに統治されたというより、スペインは、キリスト教を伝えたという印象を、強く抱くフィリピン人である。
更に、英語の共通化により、自国の文化、精神の有り様が、希薄になった。

矢張り、母語が必要である。言葉は、精神であるから。
その母語により、思索が深まり、思想が生まれる。

セントニーニョ教会の内部を、初めて見た。
それは昼間で、ストリートチルドレンのいない時間帯である。

その壁の掛けられている、絵の数々には、驚いた。

原住民に、キリスト教を布教し、従わない者を、惨殺する様・・・
ローマ法王の、書面を読み上げて、恭順を誓わせる・・・

最初に、幼きイエズスの像を持ち込んだことから、始まる、教会の歴史である。
平然として、そのような絵を提示している、カトリックの神経である。

八割の貧しい人たちからの、献金を受ける。
そして、今回は、全国的に、教会が、寄付を募っていた。
福祉を行うためとして。
信じられないのである。

兎に角、貧しい層から、広く金を集めるという。

大統領でさえ、既得権益の壁を破ろうとすると、暗殺される国。
政治家を抱きこむ、既得権益者たち。

前大統領のアロヨは、何をしたか・・・
各島に、大型のショッピングモールを建てた。
それが、夫の会社を通して、行われた。
そこで、不正蓄財である。
だが、現大統領の、アキノ氏は、不正選挙運動で逮捕したが・・・
不正蓄財には触れないのである。
それに触れると、既得権益者たちの世界に入ることになる。
それは、死を意味する。

カトリックの国というが・・・
その精神が、何一つ生かされていないフィリピンである。
だが、人々は、心の支えとして、教会に通う。
実に、矛盾である。

その大元に、心を預けるのである。

宗教と、政治・・・
フィリピンの問題は、永遠に解決しない。

あの、ストリートチルドレンを放って置ける神経を持つのだ。
富裕層に少しでも、社会奉仕の心があれば、少しは解消するはずだが・・・

貰う人生になる・・・
自分で苦労して、云々・・・
それを、子供に当て嵌めてはならない。

子供は、保護され、支援され、教育を受けなければならない。

富裕層に華僑が存在することも、問題である。
一族の利益のみに関心がある。
そのためには、手段を選ばない。
政治家を抱き込み、都合の良い法律を作らせる。

島々では、条例を作らせる。

全く、書き足りないが・・・
今回の、旅日記を終わる。

posted by 天山 at 06:24| ミンダナオ島へ平成25 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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