2014年05月31日

もののあわれについて678

本居宣長は「物のあはれ」を文芸一般の本質とするに当たって、右のごとき特性を十分に洗い去ることをしなかった。
従って彼は人性の奥底に「女々しきはかなさ」をさえも見出すに至った。これはある意味では「絶対者への依属の感情」とも解されるものであるが、しかし我々はこの表出にもっとも弱々しい倍音の響いているのを感ずる。
永遠の思慕は常に「女々しくはかなき」という言葉で適切に現されるとは考えられない。「万葉」におけるごとき朗らかにして快活な愛情の叫び、悲哀の叫び。あるいは殺人の血にまみれた武士たちの、あの心の苦闘の叫び。あるいはまた、禅の深い影響の後に生まれた「寂び」のこころ。それらを我々は「女々しくはかない」と叫ぶことはできぬ。もとよりここにも「物のあはれ」と通ずるもののあることは明らかである。
和辻 改行は私

それぞれは、矢張り、永遠の思慕の現われだと、和辻は、言う。
だが、平安朝の「もののあはれ」は、その時代に限られる「もののあはれ」であるとも言う。

それぞれの時代性に、鑑みる「もののあはれ」である。
それは、納得する。
しかし、日本の文化、及び、その生活に流れるもの、底流にあるものは、矢張り「もののあはれ」なのである。

「物のあはれ」をかく理解することによって、我々は、よき意味にもあしき意味にも、平安朝の特殊な心に対して、正当な評価をなし得ようかと思う。それは全体として見れば、精神的の中途半端である。求むべきものと求むる道との混乱に苦しみつつ、しかも混乱に気付かぬ痴愚である。徹底し打開することを知らぬ意志弱きものの、煮え切らぬ感情の横溢である。
我々はいかにしてもここに宣長のいうごとき理想的な「みやび心」を見出すことができぬ。しかしまた我々は、この中途半端の現実を通して、熱烈に完全を恋うる心のまじめさをも疑うことができぬ。彼らの眼界の狭小、実行力の弱さは、言わば彼らにとっては宿命であって、必ずしも彼らに責任を負わすべきものではない。
和辻 改行は私

だから、つまり、時代性なのである。
和辻も、くどいのである。

結論に行けば、平安期の女房文学の有り様に、行き着く。

数多く描かれた恋愛の物語を通じて、我々は次ぎのごとく言うことができる。この時代の男は女よりもはるかに肉的である、しかもそこに万葉人に見るごとき新鮮な、率直な緊張感はなく、弛んだ倦怠の情に心を蝕まれている、と。
彼らの生活の内容をなすものは、官能的な恋かしからずんば権勢である。
しかも彼らは恋においても権勢においても、その精神的向上に意を用いることがない。しかるに女は、恋を生命としつつ、しかも意志弱き男の移り気に絶えず心を搔き乱される。彼らが恋において体験するところは、はるかに切実であり、はるかに深い。
和辻 改行は私

そして、そこに、人生の意味価値を見出し、永遠の思慕に根差す、烈しい魂の不安を経験するのである。

和辻も、言うが、遥かに、男よりも、上を行っていたのである。

だが、男は、目の前の男である。
この与えられた男・・・
その男たちから、求めるものを探したのである。

ここに、女たちの、特殊な魅力がある。

彼らは官能的なる一切のものを無限の感情によって凝視し、そうしてそこに充たされることなき渇望を感ずるのである。
和辻

平安期の「あはれ」の背景に、その事実があった。
だから、「物のあはれ」は、女の心に咲いた花である、と和辻も言う。

女らしい「物のあはれ」によって、この時代の精神が特性づけられるもの、やむを得ない・・・

かく見ることによってまた我々は、平安朝の「物のあはれ」及びその上に立つ平安朝文芸に対しての、我々の不満をも解くことができる。言い古されたとおり、それは男性的なるものの欠乏に起因する。しかもこれらの感情や文芸を生み出した境位は、まさにその男性的なものの欠乏なのである。我々は魅力の湧き出るちょうどその源泉に不満の根源を見出さねばならぬ。
和辻

不満の根源を見出す・・・

これは、僭越的である。
男性的なものの、欠乏で、その精神が、生み出したもの・・・
それが、不満でもなんでもないのである。

それでは、男性的なものが、強く出たならば・・・
その、心象風景が、現れなかったのか・・・
そんなことは、無い。

平安朝の文芸に対する、分析は、実に、学べきものだが・・・
女々しい時代の方が、平和で、男性的なものが、欠乏している方が、豊かな精神性を持てるとも、言える。

平安期の文芸には、仏教の浄土思想なども、大きく関わってくる。
勿論、それも、男性的なものの欠乏から、救いを見るという、意味での、解説となるかもしれないが・・・

それでは、その後の、男性的な時代になり、現れた物語は、如何にあるのか。
その中にも、もののあはれ、と呼ばれるべき話は、多数存在する。

平安期の、女々しさは、時代性である。
更に、別の時代にでも、「あはれ」という言葉は、頻繁に使用されている。

禅の深い影響の後に生まれた「寂び」という心象風景も、「あはれ」からなるものである。
禅独自では、生まれようがなかったものである。

更に、禅は、そこに多く言葉を、付け加えた。
しかし、「もののあはれ」は、多くの言葉を要しないのである。

言葉を要するという、その際は、歌詠みをして、「もののあはれ」を見つめていた。

和辻の分析は、西欧の哲学に馴れた者には、優れたものだろう。
また、宣長の、分析の補足も、然り。
宣長の解釈も、時代精神の賜物である。


posted by 天山 at 05:52| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月21日

もののあわれについて679

若菜 上

朱雀院の帝、ありし御幸ののち、そのころほひより、例ならず悩みわたらせ給ふ。もとよりあつしくおはしますうちに、この度は物心細く思しめされて、年ごろおこなひの本意深きを、きさいの宮のおはしましつるほどは、よろづはばかり聞えさせ給ひて、今まで思しとどこほりつるを、「なほその方に催すにやあらむ、世に久しかるまじき心地なむする」など宣はせて、さるべき御心まうけどもせさせ給ふ。




朱雀院の帝は、先だっての、御幸の後、その頃より、ご病気で苦しみになっておられた。
元々、病気がちであらせられるが、特にこの度は、駄目かもしれないと、思いあそばされて、長年の出家の願いが強く、御母后の宮のおいであそばす間は、万事ご遠慮されて、今まで思い止まっていらしたが、矢張り、その方に、つまり、仏道修行に心動くのか、もう長くないような気がすると、仰せられて、そのための、準備をされるのである。

その方に・・・
出家に関することである。




御子たちは、東宮をおき奉りて、女宮たちなむ四所おはしましける。その中に、藤壺と聞えしは、先帝の源氏にぞおはしましける。まだ坊と聞えさせし時参り給ひて、高き位にも定まり給ふべかりし人の、とり立てたる御後見もおはせず、母方もその筋となく物はかなき更衣腹にて物し給ひければ、御まじらひの程も心細げにて、大后の尚侍を参らせ給ひて、かたはらに並ぶ人なくもてなし聞え給ひなどせし程に、けおされて、帝も御心の中にいとほしきものには思ひ聞えさせ給ひながら、おりさせ給ひにしかば、かひなく口惜しくて、世の中を恨みたるやうにて亡せ給ひにし、その御腹の女三の宮を、あまたの御中にすぐれてかなしきものに思ひかしづき聞え給ふ。そのほど御年十三四ばかりおはす。今はとそむき捨て山ごもりしなむ後の世のたちとまりて、誰を頼むかげにて物し給はむとすらむと、ただ、この御事をうしろめたく思し嘆く。




御子たちは、東宮を別にして、女宮たちが、四人いらした。その中でも、藤壺と申し上げた方は、先帝の皇女でいらしたが、東宮時代に入内されて、最高の地位、后の位にもつくはずの方ながら、特に御後見もなく、母方もよい家柄でなくて、実力の無い更衣腹だったので、後宮での生活ぶりも、頼りなく、御母后が、尚侍を参らせ申し上げされて、競争相手も無い程、ご寵愛された中に、圧倒されて、陛下も可哀想と思うが、帝位を降りあそばしたので、何もならない残念なことと、運命を恨むように、お亡くなりになった。
その方の、お生みになった、女三の宮を、多くの御子の中でも、特別に可愛がって大事にしていらっしゃる。その頃、お年は、十三、四くらいでいらした。これを最後と、世を捨てて、出家入りした後に残り、誰を頼りに生活してゆくのかと、ただ、この方のことだけを、気になって、嘆かれる。

すべてが、敬語なので・・・
とても、面倒になる。
敬語の敬語まである。




西山なる御寺造りはてて、移ろはせ給はむ程の御いそぎをせさせ給ふに添へて、またこの宮の御裳着のことを思しいそがせ給ふ。院の内にやむごとなく思す御宝物、御調度どもをばさらにも言はず、はかなき御遊び物まで、少し故ある限りをば、ただこの御方にと渡し奉らせ給ひて、その次々をなむ、こと御子たちには、御処分どもありける。




西山にあるお寺を造り終えて、移りあそばすための準備に加えて、一方では、この女宮の、御裳着の儀式を準備される。上皇御所の中にある物で、大切に思う宝物や、調度類の数々はいうまでもなく、何ということもない、遊び道具まで、少しでも由緒のある物は、すべて、一人この姫君に、お贈りあそばし、それに次ぐ品々を、他の御子たちに、配分された。




東宮は、かかる御悩みに添へて、世を背かせ給ふべき御心づかひになむ、と聞かせ給ひて、渡らせ給へり。母女御も添ひ聞えさせ給ひて、参り給へり。すぐれたる御覚えにしもあらざりしかど、宮のかくておはします御宿世の、限りなくめでたければ、年ごろの御物語、こまやかに聞えかはさせ給ひけり。宮にもよろづの事、世をたもち給はむ御心づかひなど、聞え知らせ給ふ。御年の程よりはいとよく大人びさせ給ひて、御後見どももこなたかなた、軽々しからぬ中らひに物し給へば、いと後やすく思ひ聞えさせ給ふ。




東宮は、このような病気に加えて、御出家しようとする旨を耳にして、おいでになった。
母女御もご一緒申し上げて、参上された。
特別な寵愛ということはないが、東宮が、こうしておいでなさる御運が、この上なく素晴らしく、久しぶりの思い出話を、しんみりと、お話し合いされた。
東宮にも、色々と、国を治めるためのご注意など、教え申し上げる。お年の割には、随分と、大人びているので、お世話役なども、あちらこちらと、立派な間柄でいらっしゃるので、すっかりと、安心した気持ちでいらっしゃる。




朱雀院「この世に恨み残ることも侍らず。女宮たちのあまた残り留まる行く先を思ひやるなむ、さらぬ別れにもほだしなりぬべかりける。さきざき人の上に見聞きしにも、女は心よりほかに、あはあはしく、人におとしめらるる宿世あるなむ、いと口惜しく悲しき。いづれをも、思ふやうならむ御世には、さまざまにつけて、御心とどめて思し尋ねよ。その中に、後見などあるは、さる方にも思ひ譲り侍り。三の宮なむ、いはけなきよはひにて、ただ一人を頼もしきものとならひて、うち捨ててむ後の世に、漂ひさすらへむこと、いといとうしろめたく悲しく侍る」と、御目おしのごひつつ聞え知らせさせ給ふ。




朱雀院は、この世に、気掛かりなことは、何もありません。ただ、女宮たちが、大勢後に残り、その将来を気遣うのが、いざ別れという時に、障りになるでしょう。今まで、人事として見たり、聞いたりしたのでも、女は、思いがけず、浅はかだと、人に見下げられる運命のあるのが、まことに残念で、悲しい。どなたの事も、ご即位された時は、何かにつけて、お心に忘れず、お世話下さい。その中でも、世話する者があるのは、そちらにお任せします。三の宮は、幼い年で、私一人を頼りとしているので、私が見捨てた後は、寄るべきところ無く、途方にくれるだろうと、まことに気掛かりで、心苦しい、と、涙の目を払い、お願い申し上げる。

帝の言葉も、すべて敬語である。
大和言葉の敬語の美しさである。

posted by 天山 at 04:54| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月22日

もののあわれについて680

女御にも、心美しきさまに聞えつけさせ給ふ。されど母女御の、人よりはまさりて時めき給ひしに、皆いどみかはし給ひし程、御中らひどもえうるはしからざりしかば、その名残にて、げに今はわざと憎しなどはなくとも、まことに心とどめて思ひ後見むとまでは思さずもや、とぞ、推し量らるるかし。




御母の女御にも、やさしくしてくれるように、お頼み申される。だが、母女御藤壺が、人よりすぐれてご寵愛厚かったため、皆が競争していたころ、御仲もあまり、良くなかったので、それが響いて、今はことさら、憎いとは思わないが、本当に心にかけて、お世話しようとまでは、思わないだろうと、思いやられるのだ。




朝夕にこの御事を思し嘆く。
年暮れゆくままに、御悩みまことに重くなりまさらせ給ひて、御簾の外にも出でさせ給はず。御物の怪にて時々悩ませ給ふこともありつれど、いとかくうちはへ、をやみなきさまにはおはしまさざりつるを、このたびはなほ限りなり、と思し召したり。




朝夕に、この事を、思い嘆く。
年が暮れゆくままに、ご病気が重くなり、御簾の外にもお出になられない。今までも、御物の怪で、時には、苦しまれることもあったが、このように長引いて、少しの休みも得られないことは、なかった。今度は、やはり最後と、思うことである。

朱雀院の心境である。




御位を去らせ給へれど、なほその世に頼みそめ奉り給へる人々は、今もなつかしくめでたき御有様を心やり所に参りつかうまつり給ふ限りは、心を尽くして惜しみ聞え給ふ。
六条の院よりも、御とぶらひ、しばしばあり。みづからも参り給ふべき由聞し召して、院はいといたく喜び聞えさせ給ふ。




御位は、お去りになったが、矢張り、在位中にお世話いただいた人々が、今も慕わしく、ご立派なご様子を拝して、心を慰めようと、参上していた方々は皆、心の底から、惜しみ申し上げる。
六条の院、源氏の元からも、お見舞いが頻繁にある。御自身も参上するつもりと、お聞きあそばして、院は、大変お喜び申し上げる。

兎に角、敬語のオンパレードであるが・・・
それには、あまり拘らないで、書くことにした。




中納言の君参り給へるを、御簾の内に召し入れて、御物語こまやかなり。
朱雀院「故院の上の、今はのきざみに、あまたの御遺言ありし中に、この院の御事、今の内の御事なむ、とり分きて宣ひおきしを、おほやけとなりて、こと限りありければ、内々の心よせは変はらずながら、はかなき事のあやまりに心おかれ奉る事もありけむと思ふを、年ごろ事にふれて、その恨み残し給へる気色をなむ漏らし給はぬ。さかしき人と言へど、身の上になりぬれば、こと違ひて心動き、必ずその報い見え、ゆがめる事なむ、いにしへだに多かりける。いかならむ折にか、その御心ばへほころぶべからむと、世人もおもむけ疑ひけるを、つひに忍び過ぐし給ひて、東宮などにも心よせ聞え給ふ。今はた、またなく親しかるべき中となり、睦び交し給へるも、限りなく心には思ひながら、本性の愚なるに添へて、子の道の闇に立ちまじり、かたくななるさまにやとて、なかなかよその事に聞こえ放ちたるさまにて侍る。内の御事は、かの御遺言たがへず、つかうまつり掟てしかば、かく末の世の明けき君として、きし方の御面をもおこし給ふ、本意のごと、いと嬉しくなむ。この秋の行幸の後、対面に聞ゆべき事ども侍り。必ず自らとぶらひ物し給ふべき由、もよほし申し給へ」など、うちしほたれつつ宣はす。




中納言の君、夕霧が参上されたので、御簾の内にお呼びして、しみじみとお話される。
朱雀院は、亡き上皇陛下の御最期の時に、色々な遺言があった中に、六条の院の御事と、今上の御事を、特別に仰せになられたが、位に就くと、自由にならないもので、心の中の好意は、変わらないものの、浅はかな失策ゆえに、お許しくださらないこともあったと思うが、長年の間、何かにつけて、その恨みを含む様子などは、見せたことが無い。
賢き人と言っても、自分のことになると話は別で、心が動揺し、必ず復讐をし、道を踏み外す例は、昔でさえ、多かった。どんな時に、お恨みの心が抑えられずに出るのだろうかと、世間の人も、疑ってきたが、最後まで辛抱されて、東宮などにも、好意を示してくださる。そして今はまた、とりわけ親しい間柄となり、親密に行き来してくださるのも、この上なく、ありがたく思いつつ、元々愚かな性の上に、子供のことに目がくらみ、馬鹿なことをすると言われるのではと、かえって、よそ事に申している有様です。
今上の御事は、御遺言通り、して差し上げました。末世の明君として先代の不面目を、一新してくださる。願い叶い大変嬉しく思います。この秋の、行幸のあと、昔のことを思い出されて、懐かしくお逢いしたい気持ちです。対面して、申し上げたい事も、あれこれあります。必ず、御自身お訪ね下さるよう、お勧めして下さい、など、涙と共に、仰せられるのである。




中納言の君、夕霧「過ぎ侍りにけむ方は、ともかくも思う給へわき難く侍り、年まかり入り侍りて、おほやけにも仕うまつり侍るあひだ、世の中のことを見給へまかりありく程には、大小のことにつけても、内々のさるべき物語りなどのついでにも、いにしへのうれはしき事ありてなむ、など、うちかすめ申さるる折は侍らずなむ。かく朝廷の御後見を仕うまつりそして、静かなる思ひをかなへむと、ひとへに籠りいし後は、何事をも知らぬやうにて、故院の御遺言のごともえ仕うまつらず、御位におはしましし世には、よはひの程も、身の器も及ばず、かしこき上の人々多くて、その心ざしをとげて御覧ぜらるる事もなかりき。今かく政をさりて静かにおはします頃ほひ、心の内をも隔てなく、参り承らまほしきを、さすがに何となく所狭き身のよそほひにて、おのづから月日を過ぐすこと、となむ、折々嘆き申し給ふ」など奏し給ふ。




中納言の君、夕霧は、過ぎました昔のことは、何とも分りかねます。成人しましてから、陛下にお仕えする間、世間のことを学んでいますうちに、大小、公事につけても、内輪の親子の話し合いなどの際に、昔、酷い目にあって、など、ほのめかし申されることもありませんでした。このように陛下の御後見を途中でご辞退して、平穏な理想の生活に入ろうと、ただただ籠居して、以後は、何事も構わない様子で、亡き上皇の御遺言のように、仕えることも出来ず、御位においであそばした時には、年齢も、実力も不十分で、立派な方々が多く上にいらして、この思いを実行して、見ていただくこともなかった。今、こうして政治から離れて、静かにいられるこの頃、思う心も隠さず、お話を伺いに、参上したいのだが、矢張り、何やら動きにくい仰々しさで、ついつい、月日を過ごしたと、時々、嘆いております、などと、奏上される。

源氏の心境を語っているのである。

posted by 天山 at 05:32| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月23日

もののあわれについて681

二十にもまだわづかなる程なれど、いとよく整ひすぐして、かたちも盛りににほひて、いみじく清らなるを、御目にとどめて、うちまもらせ給ひつつ、このもてわづらはせ給ふ姫宮の御後見に、「これをや」など、人知れず思し寄りけり。朱雀院「太政大臣のわたりに、今は住みつかれにたりとな。年ごろ心えぬさまに聞きしが、いとほしかりしを、耳安きものから、さすがに妬く思ふ事こそあれ」と宣はする御けしきを、いかに宣はするにか、と、あやしく、思ひめぐらすに、「この姫宮をかく思し扱ひて、さるべき人あらばあづけて、心安く世をも思ひ離ればや、となむ思し宣はする」と、おのづから漏り聞き給ふ便ありければ、さやうの筋にやとは思ひぬれど、ふと心え顔にも何かは答へ聞えさせむ。ただ、夕霧「はかばかしくも侍らぬ身には、寄るべも候こ難くのみなむ」とばかり奏して止みぬ。




二十歳にもう少しという、年であるが、とても立派になり、顔も今を盛りに、つやつやと、まことに美しいのを、御目をつけて、じっと見守りなさり、この、今お心を悩ましている、姫宮の婿に、この君は、どうか、などと、胸の内で、考えられた。
朱雀院は、太政大臣の邸に、今はお住みだそうだな。長らく訳のわからない話と聞いていて、気の毒と思ったが、ほっとしたものの、矢張り、残念に思うことがある。と仰せられる。その様子を、何を仰せになるつもりなのかと、不思議に思い、考えてみると、こちらの姫宮を、このようにご心配されて、適当な人がいれば、頼み、気掛かりなく、出家したいものと、思いで、仰せになると、自然に漏れ聞く手掛かりがあったので、そんなことではないかと、気づいたが、すぐに理解したという顔に、どうしてお答えできよう。ただ、夕霧は、しっかりしていません私には、一緒になってくれる者も、中々、ございません、とだけ申し上げるに留まった。




女房などは、のぞき見聞えて、女房「いとありがたくも見え給ふ容貌用意かな。あなめでた」など集まりて聞ゆるを、老いしらへるは、老女房「いでさりとも、かの院のかばかりにおはせし御有様にはえなずらひ聞え給はざめり。いと目もあやにこそ清らにものし給ひしか」など、言ひしろふを聞しめして、朱雀院「まことに、彼はいと様ことなりし人ぞかし。今はまたその世にもねびまさりて、光る。とはこれを言ふべきにやと見ゆるにほひなむ、いとど加はりにたる。うるはしだちて、はかばかしき方に見れば、いつくしくあざやかに、目も及ばぬここちするを、またうちとけて、たはぶれごとをも言ひ乱れ遊べば、その方につけては、似るものなく愛敬づき、なつかしく美しきことの並び無きこそ、世にありがたけれ。何事にもさきの世おしはかられて、珍かなる人の有様なり。宮の内におひいでて、帝王の限りなくかなしき者にし給ひ、さばかり撫でかしづき、身にかへて思したりしかど、心のままにも驕らず卑下して、二十がうちには、納言にもならずなりにきかし。一つ余りてや、宰相にて大将かけ給へりけむ。それにこれは、いとこよなく進みにためるは、次々の子のおぼえの、まさるなめりかし。まことにかしこき方の才、心もちいなどは、これもをさをさ劣るまじく、あやまりてもおよずけまさりたる覚え、いとことなめり」など、めでさせ給ふ。

源氏のことを言う。夕霧と比べて。




女房などは、覗いて拝し、珍しくご立派なご器量、作法です。素晴らしいこと。など、集まって、噂するのを、老女房は、いいえ、それでも、あの院が、このお年でいらした時のご様子は、とても、比べ物になりません。とても眩しく、美しくしていらした。など、言い合うのを、お耳に遊ばして、朱雀院は、本当に、あれは、特別な人だった。今は変わって、あの時以上に立派になり、光る、とはこれを言うのかと思われる、輝きが、ひときわ加わった。威を正した政治家として見ると、堂々として、見るも、眩い気がするが、一方、くつろいで、冗談など言いふざけると、その道では、またとないほど、人好きがして、親しみやすく愛らしいこと、この上ないことは、珍しい人だ。何事にも前世が思われるほど、立派な人柄である。宮中に生まれ育ち、皇帝陛下が、この上なく可愛い者とされて、あれほど、大事にし、我が身以上に、思っていらしたが、いい気になることもなく、謙って、二十歳まで、納言にもならにいた。二十一歳になり、宰相になり、代々の子孫の信望が厚くなってゆくことだろう。実際、公の仕事に関する才能、心構えなどは、夕霧も、中々源氏に負けないほどで、間違いであっても、年と共に、立派になってきた評判は、普通ではない。など、誉められる。




姫宮のいと美しげにて、若く何心なき御有様なるを見奉り給ふにも、朱雀院「見はやし奉り、かつはまた片生ならむことをば、見隠し教へ聞えつべからむ人の、後安からむに預け聞えばや」など聞え給ふ。おしなしき御めのとども召し出でて、御裳着の程のことなど宣はするついでに、朱雀院「六条のおとどの、式部卿の親王の女おほし立てけむやうに、この宮を預かりてはぐくまむ人もがな。ただ人の中にはあり難し。内には中宮さぶらひ給ふ。次々の女御たちとても、いとやむごとなき限りものせらるるに、はかばかしき後見なくて、さやうのまじらひ、いとなかなかならむ。この権中納言の朝臣の一人ありつる程に、うちかすめてこそ試みるべかりけれ。若けれどいときやうざくに、おひさき頼もしげなる人こそあめるを」と宣はす。




姫宮の、見た目も可愛く、幼い無邪気なご様子でいられるのを、御覧になるにつけて、朱雀院は、大事にして上げ、なおその上、至らぬところは、取り繕って教えられるような人で、信頼のおける人に、お預けしたいもの、などと、申し上げる。
分別のある乳母たちを、御前にお呼びになり、御裳着の式のことなどを、お指図されるついでに、六条の院が、式部卿親王の娘を育てたように、この姫宮を引き取って、育ててくれる人が欲しい。臣下の中にはいないだろう。主上には、中宮がおいでで、それに次ぐ女御たちも、いずれも、ご立派な方ばかりがおいでだから、しっかりした世話役もなくて、そのような仲間入りをするのは、かえって苦しいだろう。この権中納言の朝臣が、独身でいた間に、それとなくほのめかして、打診しておくべきだった。年は若いが、実に才能もあり、将来、有望な人と、思えるのだが、と仰せられる。




乳母「中納言は、もとよりいとまめ人にて、年頃もかのわたりに心をかけて、ほかざまに思ひ移ろふべくも侍らざりけるに、その思ひかなひて、いとどゆるぐ方侍らじ。かの院こそ、なかなかなほ、いかなるにつけても、人をゆかしく思したる心は、絶えずものせ給ふなれ。その中にも、やむごとなき御願ひ深くて、前斎院などをも、今に忘れ難くこそ聞え給ふなれ」と申す。




乳母は、中納言は、元々生真面目な人で、長年、雲居の雁に心を懸けていて、他の人に気が移ったりすることがなく、その望みが叶った今は、益々、心が動くことはございませんでしょう。あの六条の院のほうが、かえって、今なお、どんな場合も、新しい人を求める心は、変わらずにいらっしゃる様子で、その中でも、お生まれの良い方を望まれるのが強く、前斎院などを、今も、忘れられずに、お便りを差し上げられるそうです。と、申す。
posted by 天山 at 05:38| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月24日

もののあわれについて682

朱雀院「いで、そのふりせぬあだけこそは、いと後めたけれ」とは宣はすれど、「げにあまたの中にかかづらひて、めざましかるべき思ひはありとも、なほやがて親ざまに定めたるにて、さもや譲り置き聞えまし」なども思し召すべし。




朱雀院は、いやいや、その相変わらずの、浮気心が、何とも、気になる、とおっしゃるものの、乳母の言うとおり、多くの婦人たちの中で、あれこれして、嫌な思いはあっても、矢張り、このまま、親代わりと決めたことにして、そのように、お譲りしようかとも、考えている様子である。




朱雀院「まことに、少しも世づきてあらせむと思はむ女子持たらば、同じくはかの人のあたりにこそは、触ればはせましけれ。いくばくならぬこの世のあひだは、さばかり心ゆく有様にてこそ過ぐすさまほしけれ。われ女ならば、同じ兄弟なりとも、必ず睦び寄りなまし。若かりし時など、さなむ覚えし。まして女の欺かれむはいと道理ぞや」と宣はせて、御心のうちに、尚侍の君の御事も思し出でらるべし。




朱雀院は、まことに、多少なりとも、世間並みの結婚をさせたいと思う、娘を持てば、同じことなら、あの院のあたりに、嫁がせてやりたいもの。長くもない人生だ。あのように、満ちた気持ちで、過ごしたい。もし私が女ならば、同じ兄弟であっても、きっと仲良くなったことだろう。若い時などは、そう思ったものだ。まして、女が夢中にさせられるのは、当然だ、とおっしゃり、お心の中では、尚侍の君を思い出しているらしい。




この御後見どもの中に、重々しき御乳母の兄、左中弁なる、かの院のしたしき人にて年ごろ仕うまつるありけり。この宮にも心よせことにて候へば、参りたるにあひて物語するついでに、乳母「上なむ、しかじか御けしきありて聞え給ひしを、かの院に、折あらば漏らし聞えさせ給へ。みこたちは、ひとりおはしますこそは例のことなれど、さまざまにつけて心寄せ奉り、何事につけても御後見し給ふ人あるは、たのもしげなり。上をおき奉りて、また真心に思ひ聞え給ふべき人もなければ、おのらは仕うまつるとても、何ばかりの宮仕へにかあらむ。わが心ひとつにしもあらで、おのづから思ひ外のこともおはしまし、かるがるしき聞えもあらむ時には、いかさまにかはわづらはしからむ。御覧ずる世に、ともかくもこの御事さだまりたらば、仕うまつりよくなむあるべき。かしこき筋と聞ゆれど、女はいと宿世さだめがたくおはしますものなれば、よろづに嘆かしく、かくあまたの御中に、取り分き聞えさせ給ふにつけても、人の妬みあべかめるを、いかで塵もすえ奉らじ」と語らふに、




宮の、お世話役で、重々しい地位の乳母の兄で、左中弁という、六条の院の近臣として、長年お仕えしている者がいた。この姫宮にも、特別の気持ちで仕えているので、参上したので会って、話し合うついでに、乳母は、上様が、しかじかのお気持ちで、仰せられたのですが、六条の院、源氏に、折りがあったら、伝えてください。内親王たちは、独身でいらっしゃるのが普通ですが、あれこれにつけて、ご好意をお持ちして、何につけても、お世話くださる人がいるのは、心強い思いがします。上様の外には、別に、心の底から思い申し上げる人もいないので、私らごときが、お仕えすると言っても、どれ程、役に立つでしょう。自分一人だけではないので、自然、思いも寄らないこともあり、浮いた噂が立つような時には、どんなに困ってしまうでしょう。ご在世中に、どうなるにせよ、この姫宮の御事が定まったら、お仕えしやすいことでしょう。ご立派なお家柄とは申しても、女は、運がはっきりしないものです。何につけても、気掛かりで、このように多くの御子たちの中で、特別にお扱い下さるにつけても、人のそねみもあるでしょう。何とか、少しの疵もつけたくないもの、と、相談されると、




弁、「いかなるべき御事にかあらむ。院は、あやしきまで御心長く、仮にても見そめ給へる人は、御心とまりたるをも、又さしも深からざりけるをも、方々につけて尋ね取り給ひつつ、あまたつどへ聞え給へれど、やむごとなく思したるは、限りありて、一方なめれば、それに事よりて、かひなげなる住まひし給ふ方々こそは多かめるを、御宿世ありて、もしさやうにおはしますやうもあらば、いみじき人と聞ゆとも、立ち並びておしたち給ふことは、えあらじ、とこそは推しはからるれど、なほいかがと憚らるる事ありてなむ覚ゆる。さるは、この世の栄え末の世に過ぎて、身に心もとなき事はなきを、女の筋にてなむ、人のもどきをも負ひ、わが心にも飽かぬ事もある、となむ、常に内々のすさびごとにも思し宣しすなる。げに己らが見奉るにもさなむおはします。方々につけて御陰に隠し給へる人、皆その人ならず立ち下れる際にはものし給はねど、限りあるただ人どもにて、院の御有様に並ぶべき覚え具したるやはおはすめる。それに同じくはげにさもおはしまさば、いかにたぐひたる御あはひならむ」と語らふを、




弁は、どういうことなのでしょう。院は、不思議なほどに、お心が変わらず、仮にも、一旦ご寵愛なさった方は、お気に入った方も、またそれ程、深くない方も、それぞれのご縁で、お引き取りなさり、大勢集めて申していらっしゃいますが、本当に大事にされるのは、限りのあることで、お一方だけですから、そちらに片寄って、寂しい暮らしをしている方々も、多いようです。ご縁があって、もしそのようにお出であそばすことでもあれば、どんなにご寵愛深い方と申しても、互角の威勢で、気強くされることは、まさかありませんでしょう。とは、想像されますが、でも、どうかと案じられる点も、あるとは思います。女 関係では、人の非難を受けたり、自分でも、不満なことがあるとか、色々と、内々での、無駄話を口にされるそうです。なる程、私どもが拝見しても、そのようでいらっしゃる。それぞれの、ご縁で、囲っている人は、皆素性の解らない卑しい身分ではありませんが、しかし、たかの知れた身分の人々で、院のご様子に、並び得る評判のある方は、いらっしゃいません。そこに、同じ事なら、主上のお望み通りに、お出であそばせば、どんなにお似合いのご夫婦でしょう。との話である。




めのと、また、事のついでに、「しかじかなむ、なにがしの朝臣にほのめかしはべしかば、「かの院には必ずうけひき申させ給ひてむ。年頃の御本意かなひて思しぬべき事かなるを、こなたの御許しまことにありぬべくは伝へ聞えむ」となむ申し侍りしを、いかなるべき事にかは侍らむ。程々につけて、際際思しわきまへつつ、ありがたき御心様にものし給ふなれど、ただ人だに、またかかづらひ思ふ人立ち並びたる事は、人の飽かぬ事にしはべめるを、めざましき事もや侍らむ。御後見望み給ふ人々は、あまたものし給ふめり。よく思し定めてこそよく侍らめ。限りなき人と聞ゆれど、今の世のやうとては、皆ほがらかに、あるべかくして、世の中を御心と過ぐし給ひつべきも、おはしますべかめるを、姫宮はあさましくおぼつかなく、心もとなくのみ見えさせ給ふに、さぶらぬ人々は、仕うまつる限りこそ侍らめ、大方の御心掟に従ひ聞えて、さかしき下人も靡きさぶらふこそ、便あることに侍らめ。取りたてたる御後見ものし給はざらむは、なほ心細きわざになむ侍るべき」と聞ゆ。




乳母は、改めて、機会を持って、こういうことを、何某の朝臣に、少し申しましたところ、左中弁は、六条の院様は、きっとお引き受けなさるでしょう。長年の願いが叶ったように、思われるはずです。朱雀院のお許しが、本当にあるのでしたら、お伝えしましょう。と、申しましたが、どういたせばよいでしょう。六条の院様は、それぞれに、女の身分を考えて、またとない心遣いをされます。普通の身分でも、自分の他に係わりのある女が、横におりますのは、誰でも、不満なことと思いますでしょうし、目に余ることもございます。宮のお世話役をお望みの方々は、沢山いらっしゃるようです。十分お考えの上、お定めされるのが、よろしいでしょう。立派なお家柄とは申しても、近頃のやり方では、皆、朗らかに、適当に、ご夫婦仲を、ご自分の方針でされているようですが、姫宮は、驚くほど何もご存知なく、頼りなく見られます。気の利いた家人どもも、お心に従い、お仕え申すのこそ、よろしいでしょう。取り立てて、御後見人もいらっしゃらないでは、何と言っても、心細いことでございます。と、申し上げる。


posted by 天山 at 05:35| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

もののあわれについて683

朱雀院「しか思ひたどるによりなむ、御子たちの世づきたる有様は、うたてあはあはしきやうにもあり、また高き際といへども、女は男に見ゆるにつけてこそ、くやしげなる事もめざましき思ひも、おのづからうち交るわざなめれど、かつは心苦しく思ひ乱るるを、またさるべき人に立ちおくれて、たのむ蔭どもに別れぬるのち、心を立てて世の中に過ぐさむことも、昔は人の心たひらかにて、世にゆるさるまじき程のことをば、思ひ及ばぬものと習ひたりけむ。今の世には、すきずきしく乱りがはしき事も、類に触れて聞ゆめりかし。昨日まで高き親の家に崇められかしづかれし人の女の、今日はなほなほしく下れる際のすきものどもに、名を立ち欺かれて、なき親の面を伏せ、影を恥づかしむる類多く聞ゆる、言ひもと行けば皆同じことなり。




朱雀院は、それを私も考えるものだ。内親王たちが結婚したのは、見苦しく、軽薄なようであり、それに高い身分といっても、女は男と結ばれてこそ、悔やまれるようなことも、気に入らないことも、自然にありもするのだと、一方では、気の毒と思い、悩みもするが、一方、世話をしてくれる人に先立たれ、頼る人々に、別れた後、心を強く持ち、世の中を生きて行くことになった場合も、昔は、人の心が、穏やかで、世間から許されないようなことであれば、考えもしなかった。今の世では、浮気っぽく、みだらな事も、そんな話が出ると、聞かされるようだ。昨日まで立派な親の家で、大事にされて育った娘が、今日は、何でもない、身分の低い浮気男たちに、浮名を立てられて、騙され、亡き親の顔に泥を塗り、死後の名を辱めるような例が、多く耳に入るのも、突き詰めれば、皆、同じことだ。




ほどほどにつけて、宿世など言ふなることは、知り難きわざなれば、よろづに後めたくなむ、すべて、あしくもよくも、さるべき人の心に許しおきたるままにて世の中を過ぐすは、宿世宿世にて、のちの世に衰へあるときも、みづからのあやまちにはならず、ありへてこよなき幸あり、めやすき事になる折は、かくてもあしからざりけりと見ゆれど、なほ、たちまちふとうち聞きつけたる程は、親に知られず、さるべき人も許さぬに、心づからの忍びわざし出でたるなむ、女の身にはます事なき疵と覚ゆるわざなる。なほなほしきただ人の中らひにてだに、あはつけく心づきなき事なり。みづからの心より離れてあるべきにもあらぬを、思ふ心より外に人にも見え、宿世のほど定められむなむ、いとかるがるしく、身のもてなし有様おしはからるることなるを、あやしく、ものはかなき心ざまにやと見ゆめる御さまを、これかれの心にまかせ、もてなし聞ゆな、さやうなる事の世に漏りいでむこと、いと憂き事なり」など、見捨て奉り給はむ後の世を、後めたげに思ひ聞えさせ給へれば、いよいよわづらはしく思ひあへり。




それぞれの身分によって、運命などは、知りにくい事だから、何もかにもが、気掛かりだ。
総じて、良い悪いにかかわらず、しかるべき人が、考えていた通りに、世の中を過ごすことは、その人その人の運命次第で、後に衰えたとて、本人の過失にはならない。後になり、この上ない、幸いがあり、見られるくらいになった際は、このやり方でも、悪くなかったと思えるが、矢張り、突然ふっと耳にした時は、親にも内緒だし、世話する人も許さないのに、自分勝手な密事を犯しことは、女の身としては、この上ない、欠点だと、思われることだ。身分の無い、普通の人でも、浮ついた、許せないことである。
本人の意思を離れての結婚は、あるはずもないが、自分の好きでもない人と結婚し、運命を決定されることとは、実に軽はずみなことで、平素の態度や様子を、想像してしまうことだが、宮は、変に頼りない性質ではないかと思えるご様子ゆえに、お前たちの思うままに、取り計らうではない。そのような事が、世間に漏れ聞えたら、大変なことだ。などと、姫宮を後に置いて、出家される後々の事を、気掛かりに思い、おっしゃるので、益々、事が難しいと、乳母などは、思うのである。




朱雀院「今少しものをも思ひ知り給ふほどまで、見過ぐさむとこそは年ごろ念じたるを、深き本意も遂げずなりぬべきここちのするに、思ひ催されてなむ。かの六条のおとどは、げにさりとも物の心えて、後安き方はこよなかりなむを、方々にあまたものせらるべき人々を、知るべきにもあらずかし。とてもかくても人の心からなり。のどかに落ちいて、大方の世のためしとも、後安き方は並びなくものせらるる人なり。さらでよろしかるべき人、誰ばかりかはあらむ。兵部卿の宮、人柄は目安しかし。同じ筋にて、こと人とわきまへ貶しむべきにはあらねど、あまりいたくなよび由めく程に、重き方おくれて、すこし軽びたる覚えや進みにたらむ。なほさる人はいと頼もしげなくなむある。また大納言の朝臣の、家司望むなる、さる方に、物まめやかなるべき事にはあなれど、さすがにいかにぞや。さやうにおしなべたる際は、なほめざましくなむあるべき。昔も、かうやうなる選びには、何事も人に異なる覚えあるに、事よりてこそありけれ。ただ偏にまたなくもちいむ方ばかりを、賢きことに思ひ定めむは、いと飽かず口惜しかるべきわざになむ。




朱雀院は、もう少し、姫宮が、物事がわかる頃まで、居て上げようと、長年、辛抱してきたが、長い出家の念願も出来ないような気がして、つい、こんな気持ちになる。
あの、六条の殿、源氏は、いかにも女は多いが、物の道理がわかっていて、頼りになる点では、この上ないだろう。あちらの、大勢の女を気にする事もないだろう。兎も角、本人の心一つだ。ゆったりと、落ち着いて、この話を、離れても、模範となる人で、頼りになる点では、またとない方である。この方以外に、誰か相当な人物は、いるだろうか。兵部卿の宮は、人柄は良い。同じ血筋ゆえ、他人扱いして、軽んずるわけではないが、あまり、酷くやつし過ぎ、風流がるので、重々しさが足りない。多少、浮ついたところが、勝っている。矢張り、このような人は、どうも頼りが無い気がする。
それから、大納言の朝臣が、家司を望むとか。家司としては、忠実に勤めるだろうが、それでも、どんなものか。あれのように、平凡な身分は、矢張りぱっとしないだろう。昔も、このような選び方は、万事に付け、人並み外れた、名声のある者に、落ち着いたものだ。ただひたすら、お一人を大事にする点だけを、善しとして、定めるのでは、何とも、残念に思われるようだ。




右衛門の督の下にわぶるなるよし、尚侍のものせられし。その人ばかりなむ、位など今すこしものめかしき程になりなれば、などかはとも思ひよりぬべきを、まだ年いと若くて、無下に軽びたる程なり。高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくしづまり思ひあがれる気色、人には抜けて、才などもこともなく、つひには世のかためとなるべき人なれば、行く末も頼もしけれど、なほまたこの為にと思ひはてむには、限りぞあるや」と、よろづに思しわづらひたり。





右衛門の督が、内々に、やきもきしているとか、尚侍が、お話していた。あれだけは、位が、もう少しで、一人前になったら、いいではないかと、思うが、まだ年が若く、あまりにも、軽い地位だ。高貴な婦人をとの願いが強く、独身で、今に及び、焦らず高望みしているところ、群を抜いていて、学問もまずまずだし、結局は、国の柱となるはずの人だから、将来も楽しみである。矢張り、この宮のために、婿としようと思うには、不十分だ。と、万事に、思い煩うのである。




かうやうにも思し寄らぬ姉宮たちをば、かけても聞え悩まし給ふ人もなし。あやしく、内々に宣はする御ささめき言どもの、おのづからひろごりて、心をつくす人々多かりけり。





これほどまでにも、御苦労されない姉宮たちには、一向に院の、お心を煩わせる人もいない。不思議なことに、内々で、おっしゃる内緒話が自然と、広まって、気を揉む人が多かった。

posted by 天山 at 05:53| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

もののあわれについて684

太政大臣も、「この衛門の督の、今まで一人のみありて、御子たちならずは得じと思へるを、かかる御定めども出で来たなる折に、さやうにもおもむけ奉りて、召し寄せられたらむ時、いかばかり、わが為にも面目ありて嬉しからむ」と思し宣ひて、内侍のかんの君には、かの姉北の方して伝へ申し給ふなりけり。よろづ限りなき言の葉をつくして奏させ、御気色賜はらせ給ふ。




太政大臣も、この衛門の督が、今まで、独身を通して、内親王でなければ、妻にしないと思っているが、この御決定が、問題になった時に、そのようにお願い申し上げて、お呼び出しにあずかったならば、どんなにか、私にとっても、名誉で、嬉しいことか、とおっしゃり、尚侍の君には、その姉君の、北の方を通じて、申し上げるのである。
あらん限りの言葉を尽くして、院に申し上げなさり、ご内意をお伺いする。





兵部卿の宮は、左の大将の北の方を聞えはづし給ひて、聞き給ふらむ所もあり、かたほならむことは、と、えり過ぐし給ふに、いかがは御心の動かざらむ、限りなく思し焦られたり。




兵部卿の宮は、左大将の北の方を貰い受けそこねてからは、玉葛ご夫妻のお耳に入るところもあり、いい加減な結婚は、と、選り好みしていらしたので、どうして、心が動かないことが、あろう。切りもなく、やきもきしていられる。




藤大納言は、年ごろ院の別当にて、親しく仕うまつりて侍ひなれにたるを、御山籠りし給ひなむ後、より所なく心細かるべきに、この宮の御後見にことよせて、顧みさせ給ふべく、御気色せちに賜はり給ふなるべし。




藤大納言は、長年、院の別当を勤め、親しくお仕えしていたので、御山入された後は、頼るところもなく、心細いであろうと、この姫宮のお世話役を口実にして、お心にかけてくれるように、御内意を、熱心に伺っているらしい。




権中納言も、かかる事どもを聞き給ふに、人伝にもあらず、さばかりおもむけさせ給へりし御気色を見奉りてしかば、「おのづから便りにつけて、漏らし聞しめさるる事もあらば、よももて離れてはあらじかし」と、心ときめきもしつべけれど、女君の今はとうちとけて頼み給へるを、年頃つらきにもことつけつべかりし程だに、ほかざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに、今更にたち返り、俄にものをや思はせ聞えむ。なのめならずやむごとなき方にかかづらひなば、何事も思ふままならで、左右に安からずは、わが身も苦しくこそはあらめっ」など、もとよりすきずきしからぬ心なれば、思ひしづめつつ、うち出でねど、さすがに、ほかざまに定まりはて給はむも、いかにぞやおぼえて、耳はとまりけり。




権中納言、夕霧も、このような事を、お聞きになり、人を通しもせず、あれほど、水を向けたご様子を拝したこととて、自然に、何かの機会を持って、こっそりと、お耳にお入れすることがあれば、よもや知らぬ振りも、されないだろう、と、胸躍る思いもしただろうが、女君が、もう大丈夫と、心から頼りにしていられるのを、昔、冷たいことを口実に出来たことを、他への浮気心も起こさず終わったことなのに、意地悪く、今頃、昔に戻り、不意に悲しませたり出来ようか。並々ならぬ、高貴なお方に関わりを持ったならば、何事も、意に任せず、両方に気を使って、自分も苦しいことだろう。などと、よそに決まってしまったら、どんなことかと思われて、聞き耳を立てるのだった。

ほかざまに定まりて・・・
自分以外の、他の男に・・・




東宮にも、かかる事ども聞しめして、東宮「さしあたりたる只今のことよりも、後の世の例ともなるべき事なるを、よく思しめしめぐらすべき事なり。人柄よろしとても、ただ人は限りあるを、なほしか思し立つことならば、かの六条の院にこそ、親ざまに譲り聞えさせ給はめ」となむ、わざとの御消息とはあらねど、御けしきありけるを、待ち聞かせ給ひても、朱雀院「げにさることなり。いとよく思し宣はせたり」と、いよいよ御心だだせ給ひて、まづかの弁してぞ、かつかづ案内伝へ聞えさせ給ひける。




東宮におかせられても、このような事をお聞きあそばして、さしあたりのことより、後々の世までの、例になるはずのこと。十分に、お考えあそばさなければならないことです。人柄がよろしいと言っても、臣下は臣下、矢張り、そのようにお望みならば、あの六条の院にこそ、親代わりとして、お譲りすることです。と、わざわざのお便りというのではないが、ご内意があったのを、お待ち受けで、お聞きあそばして、いかにも、その通りの言だ。実によく考えて、おっしゃる。と、益々、その気になって、第一に、あの弁を召して、とりあえず、思し召しの程を、お伝えされた。




この宮の御事、かく思しわづらふさまは、さきざきも皆聞き置き給へれば、源氏「心苦しき御事にもあなるかな。さはありとも、院の御世の残り少なしとて、ここにはまたいくばく立ちおくれ奉るべしとてか、その御後見の事をば受け取り聞えむ。げに次第をあやまたぬにて、今しばしの程も残りとまる限りあらば、大方につけては、いづれの御子たちをも、よそに聞き放ち奉るべきにもあらねど、またかく取り分きて聞きおき奉りてむをば、殊にこそは後見聞えめと思ふを、それだにいと不定なる世の定なきさなりや」と宣ひて、




この宮の御事を、このようにご心配とのことは、以前からすべて聞いていらしたので、源氏は、お気の毒なことだ。そうであっても、院の御寿命が残り少ないからといって、この私が、どのくらい生きるのかと思って、宮のお世話を、お引き受けできるか。なるほど、年の順通りで、ほんの暫くでも、後に生きる寿命があるなら、特に縁組せずとも、どの御子たちをも、他人扱いするべきではないが、それに、このように特別に、お伺いいたした方を、別してお世話しようと思うけれど、それさえも、無常な世の中の定めというもの。と、おっしゃり、




源氏「ましてひとへに頼まれ奉る筋に、むつび慣れ聞えむことは、いとなかなかに、うち続き世を去らむきざみ心苦しく、みづからの為にも浅からぬほだしになむあるべき。中納言などは、年若くかろがろしきやうなれど、行くさき遠くて、人柄も、つひに朝廷の御後見ともなりぬべき生ひさきなめれば、さも思し寄らむに、などかこよなからむ。されど、いといたくまめだちて、思ふ人さだまりにてぞあめれば、それにはばからせ給ふにやあらむ」など宣ひて、みづからは思し離れたるさまなるを、弁は、おぼろけの御定めにもあらぬを、かく宣へば、いとほしくもくちをしくも思ひて、内々に思し立ちにたる様などくはしく聞ゆれば、さすがにうち笑みつつ、源氏「いとかなしくし奉り給ふ御子なめれば、あながちにかく来し方行く先のたどりも深きなめりかしな。ただ内にこそ奉り給はめ。やむごとなき先づの人々おはすといふ事は由なきことなり。それに障るべき事にもあらず、必ず、さりとて、末の人愚かなるやうもなし。故院の御時に、大后の、坊の初めの女御にていきまき給ひしかど、むげの末に参り給へりし入道の宮に、しばしはおされ給ひにきかし。この御子の御母女御こそは、かの宮の御姉妹にものし給ひけめ。容貌も、さしつぎには、いとよしと言はれ給ひし人なりしかば、いづかたにつけても、この姫宮、おしなべての際には、よもおはせじを」など、いぶかしくは思ひ聞え給ふべし。




源氏は、まして、すっかり頼まれる者として、親しむのは、かえって、自分が世を去る時は、お気の毒で、自分にとっても、大きな障りとなるに違いない。中納言などは、年も若く、地位も低いが、前途が長くて、人柄も結局は、朝廷の御後見役ともなるはずの将来があるから、そうしても、何もおかしくない。だが、生真面目で、思う人を妻にしているので、それに遠慮されるのではないか。などとおっしゃって、ご自分のことは、思いもかけないという様子なので、弁は、いい加減な御決定でもないのに、こうおっしゃるので、お気の毒にも、また、残念と思い、内々で御決定された事情など詳しく申し上げると、あのように仰せられたが、笑って、源氏は、とても可愛がっていられる皇女らしい。ひとえに、このように過去のこと、未来のことと、ご心配が深いのだろう。迷わず、今上に差し上げなさるがよい。れっきとした、古参の女御方がおいでだという、ご遠慮は意味がないこと。そんなことに、妨げられるべきではない。必ず、後から参った人が、軽く扱われるものでもない。故院の御時、大后が、東宮の最初の女御として威勢を振るったが、遥かに後からお上がりになった、入道の宮に、しばらくの間は、圧倒されなさった。この姫宮の、お母様の女御が、あの入道の宮の御姉君でいらっしゃる。お顔も、入道の宮の次に、お綺麗だと、言われた方だから、どちらから見ても、この姫宮は、並々の方では、まさかあるまい。など、気になるような、言い方である。

posted by 天山 at 06:16| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

もののあわれについて685

年も暮れぬ。朱雀院には、御ここち、なほおこたる様にもおはしまさねば、わろづあわただしく思し立ちて、御裳着の事、思し急ぐさま、きしかた行くさきあり難げなるまで、いつくしくののしる。




年も暮れた。朱雀院におかせられては、ご病気が中々快方に向うご様子もなく、何もかにも、急ぎ、お取り決めになり、御裳着のことを、ご準備される様子は、後にも先にも、ないと思うほど、豪華で、大騒ぎである。

女三の宮の、裳着の儀である。





御しつらひは、柏殿の西面に、御帳御凡帳よりはじめて、ここの綾錦まぜさせ給はず、もろこしの后の飾りを思しやりて、うるはしくことごとしく輝くばかりととのへさせ給へり。




お部屋の飾りつけは、柏殿の西座敷に、御帳台や、御凡帳をはじめとして、国産の綾錦は全く使わず、大陸の后の装飾を想像されて、端麗で、大袈裟で、輝くばかりに整えられた。




御腰結には、太政大臣をかねてより聞えさせ給へりければ、ことごとしくおはする人にて、参りにくく思しけれど、院の御言を昔よりそむき申し給はねば参り給ふ。いま二所の大臣たち、その残りの上達部などは、わりなき障りあるも、あながちにためらひ助けつつ、参り給ふ。親王たち八人、殿上人はたさらにもいはず、うち東宮の残らず参りつどひて、いかめしき御いそぎの響きなり。院の御事この度こそとぢめなれと、帝、東宮をはじめ奉りて、心苦しく聞こしめしつつ、蔵人所、納殿の唐物ども、多く奉らせ給へり。六条の院よりも、御とぶらひいとこちたし。贈り物ども、人々の禄、尊者の大臣の御引出物など、かの院よりぞ奉らせ給ひける。




御腰結いには、太政大臣を、前々からお頼みなさっていたことで、大仰でいられる方で、参上しかねると思っていたが、院のお言葉に、昔から背かれたことが無いので、参上される。他の二人の大臣たち、その他の上達部などは、やむをえない支障のある者も、無理に延期したり、都合をつけて、参上された。親王たち八人、殿上人は、これも言うに及ばず、内の殿上人も、東宮の殿上人も、残らず参加して、大変な儀式と、評判が高い。
院の御催し事は、今度こそ、最後であろうと、帝や東宮をはじめとして、お気の毒に思いあそばされて、蔵人所と、納殿にある、大陸の品々を沢山差し上げた。六条の院、源氏からも、ご祝儀が実に大変である。贈り物の数々、参列者への禄、主客の太政大臣への、引出物など、六条の院から、献上された。




中宮よりも、御装束、櫛の箱、心ことに調ぜさせ給ひて、かの昔の御髪上げの具、ゆえあるさまに改め加へて、さすがにもとの心ばへも失はず、それと見せて、その日の夕つ方奉れさせ給ふ。宮の権の亮、院の殿上にも候ふを御使にて、姫宮の御方に参らすべく宣はせつれど、かかる言ぞ中にありける。

秋好む
さしながら 昔を今に 伝ふれば 玉の小櫛ぞ 神さびにける

院御覧じつけて、あはれに思しいでられるる事もありけり。あえものけしうはあらじと、譲り聞え給へる程、げにおもただしきかんざしなれば、御返りも昔のあはれをばさしおきて、
朱雀院
さしつぎに 見るものにもが 万世を つげの小櫛の 神さぶるまで

とぞ祝ひ聞え給へる。




中宮からも、お召し物、櫛の箱を、特に心を込めて、調整して、あの昔のお道具も、趣あるように手を入れ、それでも、元の感じを失わずに、それと分るように、その日の夕方、差し上げた。宮の権亮で、院の殿上にも仕えているのを、お使いとして、姫宮に差し上げるように命じたが、その中に、歌が入っていた。

秋好む
そのまま挿したままに、昔から、今日に至りました、玉の小櫛は、古くなってしまいました。

院が御覧になって、あはれ、に、心に浮かぶ事もあるものだった。幸運のあやかり物として、不似合いでもないだろうと、お譲り申したのだが、いかにも、名誉の櫛であるので、お返事も、昔の感傷は、差し置いて、

朱雀院
あなたに次いで、宮の幸運が見たいもの。千秋万歳を告げる、柘植の小櫛の、古くなるまでも。
と、お祝い申し上げる。

あはれに思しいでられるる事
昔のあはれをばさしおきて
共に、言葉の付かない、気持ちである。
共に、昔の思い出の事・・・懐かしく、儚い思い出・・・




御ここちいと苦しきを念じつつ、思しおこして、この御いそぎ果てぬれば、三日過ぐして、つひに御髪おろし給ふ。
よろしき程の人の上にてだに、今はとて様変はるは悲しげなるわざなれば、ましていとあはれげに、御方々も思し惑ふ。




ご気分が酷く苦しいのを、我慢して、思い立ち、この儀式が終わったため、三日をおいて、遂に、髪を下ろしあそばす。
普通の身分の人でさえ、これが最後と、姿が変わるのが、悲しいことだから、まして、そのお気の毒なご様子に、御妃たちも、悲しみにくれるのである。

ましていとあはれげに
その姿に、悲しみが感無量であることを、あはれ、と表現する。


posted by 天山 at 05:32| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月17日

もののあわれについて686

内侍のかんの君は、つと候ひ給ひて、いみじく思し入りたるを、こしらへかね給ひて、「子を思ふ道は限りありけり。かく思ひしみ給へる別れの堪え難くもあるかな」とて、御心乱れぬへけれど、あながちに御脇息にかかり給ひて、山の座主よりはじめて、御いむことのあざり三人候ひて、法服など奉る程、この世を別れ給ふ御作法、いみじく悲し。




内侍のかんの君は、お傍を離れず、とても思い詰めていらっしゃるのを見て、慰めかねるが、朱雀院は、子を思う道には、ほどがあった。このように、思い詰めているあなたとの別れは、辛いものだ、と、御心も鈍りそうだが、無理に、御脇息に寄りかかり、比叡山の天台座主をはじめとして、受戒のあざりが三人お付して、法服などを、着せられるとき、この世を別れる儀式は、たまらなく悲しい。




今日は、世を思ひすましたる僧たちなどだに、涙もえとどめねば、まして女宮たち、女御、更衣、これらの男女、上下ゆすり満ちて泣きとよむに、いと心あわただしう、かからで静やかなる所に、やがて籠るべく思しまうけける本意たがひて思しめさるるも、「ただこの幼き宮にひかされて」と思し宣はす。




今日は、人の世を悟った僧たちなどでも、涙をこらえかねるのだから、まして、女宮たち、女御、更衣、その他多くの男女、上下揃って、御殿の中に響くほど、泣き悲しむので、心落ち着かず、こんなのではなく、静かな所に、このまま籠もろうとされていた希望が、ままならない感じがするのも、ひとえに、この幼い姫宮にひかされて、と、仰せられる。




内よりはじめ奉りて、御とぶらひのしげさ、いとさらなり。
六条の院もすこし御ここちよろしくと聞き奉らせ給ひて、参り給ふ。御賜の御封などこそ、皆同じごとおりいの帝とひとしく定まり給へれど、まことの太上天皇の儀式には、うけばり給はず。世のもてなし思ひ聞えたるさまなどは、心ことなれど、ことさらにそぎ給ひて、例のことごとしからぬ御車に奉りて、上達部など、さるべき限り、事にてぞ仕うまつり給へる。院にはいみじく待ち喜び聞えさせ給ひて、苦しき御ここちを思し強りて、御対面あり。うるはしきさまならず、ただおはします方に、御座よそひ加へて入れ奉り給ふ。変はり給へる御ありさま見奉り給ふに、来し方行く先くれて、悲しく、とめ難く思さるれば、とみにもえためらひ給はず。




主上をはじめ、お見舞いの多いことは、今更、言うまでも無いこと。
六条の院、源氏も、少しご気分が良いと聞いて、参上される。
朝廷から頂戴する、御封戸などは、すべて上皇と同じ額に決まっているが、本当の太上天皇の儀式にしては、威張ったりしない。世間の扱いや、尊敬しているところなどは、格別であるが、わざと、簡略にされて、例のように、仰々しくないお車にお召しになり、上達部など、適当な者だけが、車でお供された。朱雀院には、大変お待ちあそばし、喜ばれて、苦しい気分を無理に引き立てて、ご対面される。形式ばったことではなく、ただ常の御座所に、もう一つのお席を整えて、お入れ申し上げる。
お変わりなさったご様子を、拝見されると、過去も未来も忘れて、悲しくて、こらえきれない思いがするので、急に涙を抑えることができない。




源氏「故院に後れ奉りし頃ほひより、世の常なく思う給へられしかば、この方の本意深く進み侍りにしを、心弱く思う侍りぬる心のぬるさを、恥づかしく思う給へらるるかな。身にとりては、事にもあるまじく思う給へたち侍る折々あるを、さらにいと忍び難きこと多かりぬべきわざにこそ侍りむれ」と、慰め難く思したり。




源氏は、故院に先立たれました時から、世の中は、無常と考えましたので、この有様の決心は、深く強くなりましたが、気弱く、ぐずぐずするばかりで、とうとう、こうしてお逢いするまでに遅れた、生ぬるい私で、お顔も拝すことが出来ない、思いです。私などには、何でもないように思われ、何度か、思い立ちましたが、どうしても、堪えられないことが、多いことでございます。と、心を静められない思いである。




院も物心細く思さるるに、え心強からず、うちしほたれ給ひつつ、いにしへ今の御物語り、いと弱げに聞えさせ給ひて、朱雀院「今日か明日かと覚え侍りつつ、さすがに程へぬるを、うちたゆみて深き本意の端にても遂げずなりなむこと、と思ひおこしてなむ。かくても残りの齢なくは、行ひの心ざしもかなふまじけれど、先づ仮にてものどめおきて、念仏をだにと思ひ侍る。はかばかしからぬ身にても、世にながらふる事、ただこの心ざしひきとどめられたると、思う給へ知られぬにしもあらぬを、今まで勤めなきおこたりをだに安からずなむ」とて思し掟たるさまなど、くはしく宣はするついでに、朱雀院「女御子たちをあまたうち捨て侍るなむ心苦しき中にも、また思ひ譲る人なきをば、取り分きて後めたく見わづらひ侍る」とて、まほにはあらぬ御けしきを、心苦しく見奉り給ふ。




朱雀院も、何やら心細く思われるままに、堪えかねて、涙を流し、昔の思い出、近頃のお話を、弱々しく申し上げて、朱雀院は、今日か、明日かと思いつつ、それでも年月を経てしまった。油断してから、心からの願いの少しも果たせず、終わろうかと、思いたって。この姿でも、余生が少なくては、修行の願いも、果たせないだろうが、まず、上辺だけでものんびりすることにして、念仏だけでもと、思います。何も出来ないが、世に長らえているのは、唯一つ、この願いにひかれての事と、気づかれないわけではないが、今まで修行をしなかったという、怠慢さえ気になり、と仰せられ、計画されたことを、詳しく仰せられる。そのついでに、女御子たちを、大勢残して行きますのが、気の毒で、その中でも、他に頼んでおく人のない姫を、とりわけ気掛かりで、苦にしています、と、暗に仰せられるご様子を、お気の毒と、拝される。

頼む人のない、御子とは、女三の宮、のことである。
結果的に、源氏が引き受けることになる。
つまり、源氏に嫁入りするという・・・


posted by 天山 at 05:55| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

もののあわれについて687

御心のうちにも、さすがにゆかしき御有様なれば、思し過ぐしがたくて、源氏「げにただ人よりも、かかる筋は、わたくしざまの御後見なきは、口惜しげなるわざになむ侍りける。東宮かくておはしませば、いとかしこき末の世の儲の君と、天の下の頼み所に仰ぎ聞えさするを、ましてこの事と聞えおかせ給はむことは、一事としておろそかに軽め申し給ふべきに侍ふべきに侍らねば、さらに行く先のこと思しなやむべきにも侍らねど、げにこと限りあれば、おほやけとなり給ひ、世の政御心にかなふべしとは言ひながら、女の為めに、何ばかりのけざやかなる御心寄せあるべきにも侍らざりけり。すべて女の御為めには、さまざままことの御後見とすべきものは、なほさるべき筋に契を交し、えさらぬことにはぐくみ聞ゆる御守りめ侍るなむ、後安かるべきことに侍るを、さるべき御あづかりを定めおかせ給ふべきになむはべなる」と奏し給ふ。




お心の中でも、さすがに気になるお方の事なので、放っておくことも出来ず、源氏は、仰せの通り、臣下の者より、このようなお方は、内輪の御後見役がいませんと、残念なことです。東宮が、こうしておいであそばすゆえ、ご立派な末世の東宮と、天下の頼みの所と仰ぎ、見申しております。まして、是非にと申し上げられましたら、一つとして、いい加減になさるはずもございません。全く、将来を心配されることは、ございませんが、仰せの通り、限界もあり、位に就き、世の政治も、お心のままになることは、言うものの、姫宮の御為に、どれほど、目だったお力添えができましょうか。何にせよ、姫宮の御為には、何かにつけて、本当の御後見役に当たるものは、矢張り夫婦として、契りを交わし、責任を持って、お守りする保護者のおりますことが、ご安心できることでございます。矢張り、どうしても、後世まで、ご心配が残りそうなら、適当に選ばれて、こっそりと、相当するお世話役を、お定めなさったほうが、よろしいかと、などと、申し上げる。




朱雀院「さやうに思ひ寄ること侍れど、それも難きことになむありける。いにしへの例を聞き侍るにも、世を保つ盛りの御子にだに、人を選びて、さるさまのことをし給へる類多かりけり。ましてかく、今はとこの世を離るる際にて、ことごとしく思ふべきもあらねど、又しか捨つる中にも、捨て難きことありて、さまざまに思ひ煩ひ侍る程に、病は重りゆく、またとり返すべきにもあらぬ月日の過ぎ行けば、心あわただしくなむ。かたはらいたき譲りなれど、このいはけなき内親王一人、分きてはぐくみ思して、さるべきよすがをも、御心に思し定めてあづけ給へ、と聞えまほしきを、権中納言などの一人ものしつる程に、進み寄るべくこそありけれ。おほいまうち君に先ぜられて、ねたく覚え侍る」と聞え給ふ。




朱雀院は、そのような考えもあるのですが、それも、難しいこと。昔の例を聞きましても、位に就いている全盛当時の姫さえ、人選の上、そのような婿選びをされた例は、多かった。まして、このように、これが最後と、この世を離れる間際になり、仰々しく思っても、よいことではないが、このように、捨て去る中にも、捨て去り難いことがあり、あれこれと、悩んでいます間に、病気は重くなり、二度と、取り返すことのできない月日が経ってゆくので、落ち着かない。ご迷惑な譲りだが、この幼い内親王一人、特に、お守りくださり、適当な人を、お心のままに決めて、渡してください。と、申し上げたいのだが、権中納言などが、独身でいた間に、申しだしておくべきでした。太政大臣に先を越されて。残念に思います。と、申し上げる。

権中納言とは、夕霧である。

何とも、優雅な会話である。




源氏「中納言の朝臣、まめやかなる方は、いとよく仕うまつりぬべく侍るを、何事もまだ浅くて、たどり少なくこそ侍らめ。かたじけなくとも、深き心にて後見聞えさせ侍らむに、おはします御蔭に変はりては思されじを、ただ行く先短くて、仕うまつりさす事や侍らむと、疑はしき方のみなむ、心苦しく侍るべき」と、うけひき申し給ひつ。




源氏は、中納言の朝臣は、生真面目という点では、しっかりお仕えすることでしょうが、何事も、まだ、未熟で、分別が足りません。もったいないことですが、私が心を込めて、後見申し上げたら、あなたさまに変わらないと、姫宮は、思いますでしょうが、ただ、私にも、余命が少なく、途中でお仕え出来なくなる事もあろうかと、心配します。お気の毒です。と、お引き受け申し上げた。

つまり、源氏が姫宮を、妻にするということだ。




夜に入りぬれば、主人の院方も、客人の上達部たちも、皆御前にて御あるじの事、精進物にて、うるはしからずなまめかしくせさせ給へり。院の御まへに、浅香の懸盤に御鉢など、昔に変はりて参るを、人々涙おしのごひ給ふ。あはれなる筋の事どもあれど、うるさければ書かず。
夜ふけて帰り給ふ。禄どもつぎつぎに賜ふ。別当大納言も御送りに参り給ふ。あるじの院は、今日の雪にいとど御風加はりて、かき乱りなやましく思さるれど、この宮の御事聞え定めつるを、心安く思しけり。




夜になり、主人の朱雀院が、お客の上達部たちも、皆御前に、集まり、ご馳走がある。精進物で、儀式ぶらず、優雅にされた。院の御前に、浅香懸盤の上に、御鉢などという、今までとは違った物で、召し上がる。それを拝して、人々は、涙を拭く。胸の迫ることも多かったが、ここでは、書きません。
夜が更けて、お帰りになる。禄の品々を、次々と下賜される。別当大納言も、お送りにお供される。
御主人の上皇は、今日の雪に、いっそうお風邪まで召されて、気分が苦しい思いだが、この姫宮のことを、決めたことで、安心された。

あはれなる筋の事ども
色々な、胸に迫るお話・・・
様々な様子についても、あはれなる筋・・・と言う

うるさければ書かず
男たちの世界のことだから、書かない。
よく解らないから、書かない。


posted by 天山 at 06:37| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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