2014年03月10日

もののあわれについて658

例の寝殿に離れおはしまして書き給ふ。花盛り過ぎて、浅緑なる空うららかなるに、古きことどもなど思ひすまし給ひて、御心の行く限り、草のも、ただのも、女手も、いみじう書き尽くし給ふ。御前に人繁からず。女房二三人ばかり、墨などすらせ給ひて、ゆえある古き集の歌など、いかぞやなど選り出で給ふに口惜しからぬ限り、侍ふ。御御簾上げ渡して、脇息の上に冊子うち置き、端近くうち乱れて、筆の尻くはへて、思ひめぐらし給へる様、飽く世なくめでたし。白き赤きなど、けちえんなるひらは、筆とり直し、用意し給へる様さへ、見知らむ人は、げにめでぬべき御有様なり。




いつもの通り、寝殿に、紫の上とは離れて、お書きになる。
花の盛りも過ぎて、薄藍色の空が、気持ちよく晴れている頃、色々な古い歌などを、心静かに考える。思う存分に、草のも普通のも、女手も、立派に、あらん限りの美しさで、お書きになる。
御前にお付の者も、たいしていない。女房二、三人に、墨をすらせて、由緒ある歌集の歌などを、どんなものかと、選び出される。話し相手になる者だけが、お傍に控えている。すべの御簾を上げて、脇息の上に、冊子を置いて、庇の間のすのこ近くで、気軽に、筆の尻をくわえて、考え込んでいる様子は、見飽きるほどもないくらい結構である。白や赤などで、明確な色の色紙は、筆を持ち直して、気をつけている様子は、物の解る者は、感心するに決まっている姿である。




「兵部卿の宮渡り給ふ」と聞ゆれば、驚きて御直衣奉り、御褥参り添へさせ給ひて、やがて待ちとり入れ奉り給ふ。この宮もいと清げにて、御階さまよく歩みのぼり給ふ程、内にも人々覗きて見奉る。うちかしこまりて、かたみにうるはしだち給へるも、いと清らかなり。源氏「つれづれにこもり侍るも、苦しきまで思う給へらるる頃ののどけさに、折りよく渡らせ給へる」と、喜び聞え給ふ。かの御冊子持たせて渡り給へるなりけり。




兵部卿の宮が、おいでになりました。と申し上げるので、驚いて、直衣をお召し、敷物を持ってこさせて、そのまま待って、お入れ申し上げる。
兵部卿の宮も、まことに綺麗で、階段を、体裁よく上がられる。それを御簾の中でも、女房達が、覗いて拝見する。丁重にご挨拶なさり、お互いに、整然としているところが、まことに、美しい。
源氏は、する事も無く、家におりますのも、辛いもので、この頃ののどかさで、丁度良いところへ、お出でくださりました。と、お礼を申し上げる。そして、あの依頼の冊子を、持たせてお出でになったのである。




やがて御覧ずれば、すぐれてしもあらぬ御手を、ただかたどりに、いといたう筆すみたる気色ありて、書きなし給へり。歌もことさらめき、そばみたる古ごとどもを選りて、ただ三行ばかりに、文字少なに、好ましくぞ書き給へる。大臣御覧じ驚きぬ。「かうまでは思ひ給へずこそありつれ。さらに筆投げ捨てつべしや」と、ねたがり給ふ。宮「かかる御中に面無くくだす筆の程、さりともなむ思う給ふる」など、戯れ給ふ。




すぐにその場で拝見されると、たいして上手ではない御筆跡であるが、一本調子に、酷く筆が垢抜けている感じに統一されている。歌もわざとらしい、偏った古歌を幾首か選んで、ほんの三行ほどに、漢字を少なくし、結構に書いてある。大臣は、御覧になり、驚いた。こんなにまで、お書きになろうとは、存じませんでした。全く、筆を投げ出してしまうべきです、と羨ましがる。宮は、こういう上手な人の間に、平気な顔で書きますので、いくら何でもと存じます、なとど、冗談をおっしゃる。




書き給へる冊子どもも、隠し給ふべきならねば、取う出給ひて、かたみに御覧ず。唐の紙のいとすくみたるに、草書き給へる、すぐれてめでたし、と見給ふに、高麗の紙の、はだ細かになごうなつかしきが、色などは華やかならで、なまめきたるに、おほどかなる女手の、うるはしう心とどめて書き給へる、たとふべきかたなし。見給ふ人の涙さへ、水茎に流れ添ふここちして、飽く世あるまじきに、またここの紙屋の色紙の、色あひ華やかなるに、乱れたる草の歌を、筆にまかせて乱れ書き給へる、見所限りなし。しどろもどろに愛敬づき、見まほしければ、さらに残りどもに目も見やり給はず。




書かれた何冊もの冊子も、隠すべきものではないから、取り出して、お互いに御覧になる。唐渡りの紙の、ごわごわしたものに、草でお書きになるが、まことに結構である。と、拝見されると、朝鮮の紙の、きめ細やかで、柔らかく親しみ深いのが、色彩が派手ではなく、優しい感じがするのに、おっとりとした女手の、整然と気をつけて、お書きになったのは、喩えようもない。
御覧になる宮の涙までが、筆跡に添って、こぼれてゆく感じがして、見飽きるときがないようで、また国産の紙屋院の、色紙の色合いが派手なのに、乱れ書きの草の歌を、筆の向くままに、散らし書きされたのが、見るべき点が尽きないほどである。しどろに乱れて愛敬があり、いつまでも、見ていたいもので、他の物には、全く、目もやらないのである。

女手とは、現在の平仮名である。
平仮名は、女の書く文字だった。

平安期の、女房文学は、まさに、平仮名の功名である。
以後、鎌倉時代になり、漢字かな混じりの文が、堂々と、登場する。

この、漢字かな混じり文により、日本の精神が、益々、広がりを持つことになる。
であるから、源氏物語の功績は、あまりに大きい。
まさに、先駆けである。

更に、この物語により、和歌の道が、一層明確になった。
現在の、短歌に至る、歌の道である。

もののあはれ、と、和歌の道を、作り続けたのである。




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2014年03月11日

もののあわれについて659

左衛門の督は、ことごとしう賢げなる筋をのみ好みて書きたれど、筆のおきてすまぬ心地して、いたはり加へたる気色なり。歌なども、ことさらめきて、選り書きたり。女のは、まほにも取り出で給はず。斎院のなどは、まして取う出給はざりけり。葦手の冊子などぞ、心心にはかなうをかしき。宰相の中将のは、水の勢ひ豊かに書きなし、そそけたる葦の生ひ様など、難波の浦に通ひて、こなたかなたいき交じりて、いたうすみたる所あり。また、いとめかしう、ひきかへて、文字やう、石などのたたずまひ、好み書き給へるひらもあめり。宮「目も及ばず。これはいとまいりぬべきものかな」と、興じめで給ふ。何事も物好みし、えんがりおはする親王にて、いといみじうめで聞え給ふ。




左衛門の督は、仰々しく、偉そうな書風ばかりを、好き好んで書いているが、筆法が垢抜けしないようで、無理に技巧をこらしている様子である。歌なども、わざとらしい選び方で、書いている。
女方のは、そっと持ち出さない。斎院などのは、言うまでもなく、取り出さないのである。葦手の冊子類が、思い思いで、何となく、面白い。
宰相の中将、夕霧のは、水の流れの勢いを、たっぷりと書き上げて、乱れる立つ、葦の生え具合など、難波の浦に似ていて、葦と文字が入り混じり、すっきりとしている。また、いかめしく、書風を変えて、字体、石などの様子を、風流にして書く場面もある。
宮は、素晴らしい。これは、時間が随分とかかりそうな物ですと、面白がって、誉める。何事にも興味を持ち、風流好みの親王で、大変、誉めそやすのである。

葦手とは、葦の葉のように書くというところから、言われた。葦が生えているところは、水辺で、その水の流れが、文字に成るという・・・風情。
それを、また、字隠し、とも言う。




今日はまた、手の事ども宣ひ暮らし、様々の継紙の本ども、選り出でさせ給へるついでに、御子の侍従して、宮に侍ふ本ども取りに遣す。嵯峨の帝の、古万葉集を選び書かせ給へる四巻、延喜の帝の、古今和歌集を、唐の浅はなだの紙を継ぎて、同じ色の濃き紋の、綺の表紙、同じ玉の軸、だんの唐組の紐など、なまめかしうて、巻ごとに御手の筋を変へつつ、いみじう書き尽くさせ給へる、大殿油短く参りて御覧ずるに、源氏「尽きせぬものかな。この頃の人は、ただかたそばを気色ばむにこそありけれ」など、めで給ふ。やがてこれはとどめ奉り給ふ。宮「女子などを持て侍らましにだに、をさをさ見はやすじきには、伝ふまじきを、まして朽ちぬべきを」など、聞えて奉れ給ふ。侍従に、唐の本などのいとわざとがましき、沈の箱に入れて、いみじき高麗笛添へて奉れ給ふ。




今日は、また、書跡についてのことを、一日中お話になり、種々の継紙をした、手本を何巻も選び出したついでに、御子息の侍従をして、御殿にある手本を、何巻も取りにやらせる。嵯峨天皇が、古万葉集を選んで、お書きあそばした四巻、醍醐天皇が、古今和歌集を、中国の浅はなだの色紙を継いで、同じ色の濃い地模様のある、綺の表紙、同じ色の玉で作った、巻き物の軸、色糸の平組の紐など、優しく、一巻ずつ書風を変えて、あらん限りの書の美を、お書き尽くしたものを、灯りを低くして御覧になり、源氏は、いつまで見ても、見飽きない。近頃の人は、ほんの一部分を洒落てみるだけに過ぎない、なとど、誉める。そのまま、それはこちらに置き、送呈される。宮は、女の子などを持っていたしても、たいして、この書の美を、解せない者には、やる気がないし、それどころか、娘もなく、埋もれてしまうものです、などと、申し上げる。
お返しに、侍従に、中国のお手本などの、堂々としたのもを、沈香木の箱に入れて、素晴らしい高麗笛を添えて、差し上げた。




またこの頃は、ただ仮名の定めをし給ひて、世の中に手書くと覚えたる、上中下の人々にも、さるべき物ども思し計らひて、尋ねて書かせ給ふ。この御箱には、立ちくだれるをば混ぜ給はず。わざと人の程、品分かせ給ひつつ、冊子巻物皆書かせ奉り給ふ。よろづに珍らかなる御宝ども、人のみかどまであり難げなる中に、この本どもなむ、ゆかしと心動き給ふ若人世に多かりける。御絵ども整へさせ給ふ中に、かの須磨の日記は、末にも伝へ知らせむと思せど、今少し世をも思し知りなむに、と、思し返して、まだ取り出で給はず。




またこの頃は、ひたすら仮名の議論をされて、世間で上手だと評判のある、上中下の身分の人々にも、適当なものを、それぞれ考えて、探し出して、書かせた。
姫君の冊子箱には、身分の低い者の作品は、一冊も入れない。特別に、生まれや地位を区別されて、冊子や巻き物を、一同に、書かせる。何もかも珍しい、宝物の数々、外国の皇室でさえも、ありそうもない物の中で、この何冊かの手本を見たいと、強く希望される、若い人たちが、一般に多いということだ。
御絵も、色々準備される中で、あの須磨での日記は、代々子孫にも伝えて、知らせたいと思うが、もう少し、世間が解るようになった時にと、思い直して、まだ取り出しされない。

姫君は、明石の姫である。




内大臣は、この御急ぎを、人の上にて聞き給ふも、いみじう心もとなくさうざうしと思す。姫君の御有様、盛りに整ひて、あたらしう美しげなり。つれづれとうちしめり給へる程、いみじき御嘆き種なるに、かの人の御気色はた、同じやうになだらかなれば、心弱く進みよらむも人笑はれに、人のねんごろなりしきざみに靡きなましかば、など人知れず思し嘆きて、ひとかたに罪をもえおはせ給はず。かく少したわみ給へる御気色を、宰相の君は聞き給へど、しばし辛かりし御心を、憂しと思へば、つれなくもてなし静めて、さすがに外様の心はつくべくも覚えず、心づからたはぶれにくき折り多かれど、「浅緑」聞えごちし御乳母どもに、納言にのぼりて見えむの御心深かるべし。




内大臣は、入内の準備を、六条院のこととして、聞かれるが、酷く落ち着かない気持ちである。姫君、雲居の雁の様子は、今が、女盛りに成長して、入内しないのは、惜しいほど可愛い。することもなく、沈み込んでいるのを見ると、心から、嘆きの種である。が、かの人、夕霧の様子はといえば、いつも変わらず、平気の様子で、弱気にこちらから折れても、人に笑われる。あちらが熱心であった時に、言うことを聞いていたら、などと誰にも言えずに嘆いている。あちら、夕霧が悪いということも出来ないのである。
このように、少し弱っている様子を、宰相の君、夕霧は、耳にされるが、昔、薄情だった、内大臣の気持ちを思えば、酷いと思うので、顔には出さず、心を落ち着けて、それでも、他の女にという、気は全く無い。自ら求めて、やるせない気持ちをする事も多々あるが、浅緑と申して、馬鹿にした、乳母たちに、中納言に昇進した姿を、見せてやりたいという気持ちが、強いのだろう。

最後は、作者の言葉。

posted by 天山 at 06:17| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

もののあわれについて660

大臣は、あやしう浮きたる様かなと思し悩みて、「かのわたりの事思ひ絶えにたらば、右の大臣、中務の宮などの、気色ばみ言はせ給ふめるを、いづくも思ひ定められよ」と、宣へど、物も聞え給はず、かしこまりたる様にて侍ひ給ふ。源氏「かやうの事は、かしこき御教へにだに従ふべくも覚えざりしかば、言交ぜまうけれど、今思ひ合はするには、かの御教へこそ長き例にはありけれ。つれづれとものすれば、思ふ所あるにや、と、世人も推し量るらむを、宿世のひく方にて、なほなほしき事にありありて靡く、いとしりびに人悪き事ぞや。いみじう思ひ上れど、心にしも適はず、限りあるものから、すきずきしき心つかはるな。いささかの事あやまりもあらば、かろがろしきしきをや負はむとつつみしだに、なほすきずきしき咎を負ひて、世にはしたなめられき。位浅く何となき身の程、うち解け、心のままなる振舞などものせらるな。心自らおごりぬれば、思ひしづむべき種なき時、女の事にてなむ、賢き人、昔も乱るる例ありける。さるまじき事に心をつけて、人の名をも立て、自らも恨みを負ふなむ、遂の絆となりける。とりあやまりつつ見む人の、わが心に適はず、忍ばむ事難き節ありとも、なほ思ひ返さむ心を習ひて、もしは親の心に譲り、もしは親なくて世の中かたほにありとも、人柄心苦しうなどあらむ人をば、それを片かどよせても見給へ。わがため、人のため、遂によかるべき心ぞ深うあるべき」など、のどやかにつれづれなる折りは、かかる心づかひをのみ教へ給ふ。




大臣、源氏は、妙に夕霧の縁が定まらないのを、困り、内大臣の方の、つまり雲居の雁のことを思い切ってしまったら、右大臣や、中務の宮などが、お気持ちのあることを漏らしてくださるので、どちらでも、決めるがいい。と、おっしゃるが、夕霧は、何も返事をせず、慎んで、控えている。
源氏は、こういうことは、父帝の、ありがたいご教訓にさえ、従おうという気にもならなかったのだから、口を挟みにくいが、この年になり、考えてみると、父帝のご教訓こそ、永久の規範だった。独身でいると、何か考えがあるのかと、世間の人も思うだろうし、運命の導くままに、感心できないことに、結局はなってしまう。それでは、尻すぼみで、世間体も悪い。酷い高望みをしても、思う通りにならず、限度はあるが、女に手出しなさるな。小さい時から、宮中に育ち、思い通りに動けぬ窮屈な身分で、少しでも失策があると、軽率との非難を受けるだろうということで、気をつけていたが、矢張り、女に手を出す短所があると言われて、世間から非難されたものだ。位も低く、大した身分でない時に、気を許して、思うままの行動をするのではない。慢心してしまうと、浮気心を抑える妻子がいない時は、女の問題で、立派な人が、昔も、失敗する例がある。そういうことに、熱心になって、女にも、悪い評判を立て、自分も、怨みを受けるが、一生の障りになる。
うっかりして、結婚した相手が、自分の理想通りではなく、我慢する事の出来ない点があっても、それでも、思い直す気持ちを持つことに努めて、親の気持ちに免じて、親がなくて生活が不十分であっても、人柄に、気の毒というものがある人は、それを取り得と思い、捨ててはならないのだ。自分にとっても、女にとっても、結局は、よいようにと考えることが、分別があるということだ。などと、別にお仕事も無いときには、こういう気持ちの持ち方を、もっぱら講義される。

何とも・・・
今でも、この考え方が、生きていると思うが・・・
昔も今も、誤解して結婚し、理解して離婚するようである。




かやうなる御いさめにつきて、戯れにてもほかざまの心を思ひかかるは、あはれに人やりならず覚え給ふ。女も、常よりことに大臣の思ひ嘆き給へる御気色に、恥づかしう、憂き身と思し沈めど、上はつれなくおほどかにて、ながめ過ぐし給ふ。




このような、ご教訓に従い、冗談にせよ、外の女を思うのは、可哀想だと、夕霧は、思う。そして、女、雲居の雁も、いつもと違い、内大臣が嘆いている様子に、合わせる顔もなく、不幸な自分と、悲観しているが、表面は、平気で鷹揚に、物思いに日を過ごしている。




御文は、思ひ余り給ふ折々、あはれに心深き様に聞え給ふ。「誰がまことか」と、思ひながら、世なれたる人こそ、あながちに人の心をも疑ふなれ、あはれと見給ふ節多かり。「中務の宮なむ、大殿にも御気色賜りて、さもやと思しかはしたなる」と、人の聞えければ、大臣はひき返し御胸塞がるべし。忍びて、内大臣「さる事をこそ聞きしか。情けなき人の御心にもありけるかな。大臣の、口入れ給ひしに、執念かりきとて、ひきたがへ給ふなるべし。心弱くなびきても人笑へならましこと」など、涙をうけて宣へば、姫君、いと恥づかしきにも、そこはかとなく涙のこぼるれば、はしたなくてそむき給へる、らうたげさ限りなし。「いかにせまし、なほや進み出でて、気色をとらまし」など思し乱れて立ち給ひぬる名残りも、やがて端近うながめ給ふ。「怪しく心おくれても進み出でつる涙かな。いかに思しつらむ」などよろづに思ひいる給へる程に、御文あり。さすがにぞ見給ふ。こまやかにて、

夕霧
つれなさは 憂き世の常に なり行くを 忘れぬ人や 人にことなる

とあり。「気色ばかりもかすめぬつれなさよ」と、思ひ続け給ふは憂けれど、

姫君
限りとて 忘れ難きを 忘るるも こや世に靡く 心なるらむ

とあるを、あやし、と、うち置かれず、かたぶきつつ見居給へり。




お手紙は、我慢出来なくなった時に、あはれに、心打つように、書いて来る。
「誰の誠をば」とは、思うものの、男を知っている女ならば、むやみに相手を疑うこともあるというが、あはれに、御覧になる文句が多い。
中務の宮様が、殿様の内意を伺って、その気になっていらっしゃると、女房が申し上げるので、内大臣は、改めて、どきり、とする。こっそりと、大臣は、こういうことを聞いたのだ。冷たいお心の方だった。殿が、中に入った時に、意地悪したとして、他へ話をなさるのだろう。気弱く、言いなりになっても、世間から笑われることもあるだろう。などと、涙を浮かべて、おっしゃる。姫君は、顔も上げられない思いに、何となく、涙がこぼれるので、横を向きになられるのが、とても可愛いのである。
「どうしたものやら。こうなっても、こちらから申し出て、向こうの気持ちを聞いてみようか、などと、気持ちがまとまらず、立ち上がった後も、縁近くで、物思いにふける。姫君は、妙に気弱く流れる涙です。お父様は、どう思っているのか、など、あれこれ思案に暮れて座っているところへ、お手紙が来た。
それでも、矢張り、御覧になる。愛情のこもったお手紙で、

夕霧
冷たいお心は、嫌な、この世の人並みになってゆきます。忘れられない私は、世の他人とは、違うのでしょうか。

と、書いてある。けぶりにもほのめかしもしない、冷淡な方と、思い続けるのは、辛いが、

姫君
もうこれまでと、忘れ得ない私を、お忘れなのも、世間普通に、なられた、お心でしょうね。

と、書いてあるのを、夕霧は、妙だと、下にも置かず、首をかしげながら、手紙を見て座り込んでいる。

解釈が、とても、難しい。
姫君の、限りとて・・・
これは、私を忘れ、中務の宮の姫君と、結婚することを言う。

世に靡く・・・
世に靡くのは、夕霧の方であること。

夕霧は、雲居の雁が、そのことを、恨んでいるとは、気が付かない。

夕霧は、つれなさ・・・と、雲居の雁のことを言うが。

気色ばかりもかすめぬつれなさ
雲居の雁は、すでに、中務の宮との縁談を言うのである。

あはれ、という言葉が、多く使われるが・・・
ここでは、解釈しない。

梅枝を、終わる。


posted by 天山 at 02:43| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

もののあわれについて661

もののあはれ、というものを、源氏物語を通して、見続けている。
だが、この物語・・・

実に、難しい。
それは、散文小説の書き方が、決定していない時代の、作品であるから。

主語が無い・・・
兎に角、それが、大問題である。
だから、研究者の分析、また分析を手本にして、読む。

本当に、ご苦労なことである。

つまり、滅茶苦茶な小説なのである。
一行の文に、何人もの、心境を綴られれば、一体、誰のことなのか・・・

現代語訳した作家たちは、皆、独自の文体で、表現した。
つまり、源氏物語の、直訳ではない。
それぞれの、作家の源氏物語なのである。

理解すれば、しょうとするほど、解らなくなる。
適当に、楽しんで読む・・・

原文を読むことなのである。

更に、面倒なのは、全体が、敬語で書かれている。
つまり、訳す時、敬語でなければならないという、それを捨てた。

日本の、敬語の原点がある。

申し上げる
お聞きあそばした・・・

更に、その行為にも、敬語である。

人の御おやげなき御争ひ・・・
御目
御声・・・

え おはします 離れず

いと かたじけなしと 見奉る
いと かたじけなしと みたてまつる

どのページを開いても、敬語のオンパレードである。

ところが、声に出して読むと、不思議と、懐かしいのだ。
その音・・・
実に、みやびである。

そして、和歌の数々。
物語は、和歌への道というほど。

その、歌のみを取り出しても、意味不明。
物語の前後が、必要なのである。

それを書写した、藤原定家などは、意味が解ったのであろうか・・・
と、思われるが、解ったようである。

いずれ、時代を経るにつれ、文語体から、口語体へと、移行し、散文小説が、生まれる。
最初は、私小説と言われた。
文学のしののめ、である。

勿論、その前に、江戸文学の盛んな時代もあった。
その頃のものは、まだ、読める。

平家物語も読める。
だが、最初の散文小説である、源氏物語は、解説がなければ、解らないことだけらである。

これが、もし、平仮名だけなら、一層、困難なことになっただろう。

いまはかく おもおもしきほどに よろづのどやかにおもししづめたる おんありさまなれば たのみきこえさせたまへる ひとびと さまざまにつけて みな おもふさまに さだまり・・・

古典など、読んでも、意味が無いという人も多い。
それぞれの、思いである。

私は、もののあわれについて、という、エッセイを書いている。
そこで、どうしても、源氏物語を通らなければならない。
ただ、それだけである。

まだ、半分ほど、物語がある。
延々と、書き続けるしかない。

こうして、読み続けて、三年以上が経った。
実に、長い物語である。
そして、とても良い、気分転換になる。

大和言葉とは、声に出して価値があると、知る。
そうして、書写して、価値がある。

この忙しい世の中に・・・
何とも、優雅な趣味だと、思う。

物書きは、世に多い。
その物書きは、伝統によって、書く行為を続けているだろう。
その型が、整うまで、千年以上を有した。
それを思うと、大したことではない。

その千年の流れの、源流に源氏物語があるという、程度である。
しかし、そこには、もののあはれ、の原型もある。

もののあはれ、という、心象風景が日本人に与えた影響は、計り知れない。
教養というものが、あるならば、そういうことに、心を向けることだろうと、思う。

そして、物語は、面白いか、否かである。
私には、源氏物語が、面白いのである。


posted by 天山 at 05:20| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

もののあわれについて662

藤裏葉 ふぢのうらば

御急ぎの程にも、宰相の中将はながめがちにて、ほれぼれしき心地するを、かつはあやしく、「わが心ながら執念きぞかし。あながちにかう思ふことならば、関守の、うちも寝ぬべき気色に思ひ弱り給ふなるを聞きながら、同じくは人わろからぬ様に見棄てむ」と念ずるも、苦しう思ひ乱れ給ふ。女君も、大臣のかすめ給ひし事の筋を、もしさもあらば、何の名残りかは、と嘆かしうて、あやしく背き背きに、さすがなる御諸恋なり。大臣も、さこそ心強がり給ひしかど、たけからぬに思しわづらひて、「かの宮にもさやうに思ひ立ち果て給ひなば、またとかく改め思ひかかづらはむ程、人のためも苦しう、わが御方ざまにも人笑はれに、おのづから軽々しき事や交らむ。忍ぶとすれど、内々のことあやまりも、世に漏りにたるべし。とかく紛らはして、なほ負けぬべきなめり」と思しなりぬ。




姫君入内の準備の間も、宰相の中将、夕霧は、物思いにふけること多く、ぼんやりとした感じがする。一方では、妙な気もして、自分ながら、執念深いことだ。無理矢理に、このように雲居の雁を思い続けるとするなら、内大臣も、目をつぶってしまうほどに、弱気になっていると、耳にするし、同じことなら、外聞の悪くないように、最後まで通すことだ。と、我慢するのも、苦しく、苦悩を続ける。
女君、雲居の雁も、大臣のおっしゃったことを、もし、そんなことがあるなら、綺麗さっぱりと忘れてしまおう。と、嘆きが先にたち、奇妙に互いに、背いている。それでも、二人共に、思い合っている。
内大臣も、強い調子で、話したが、別によくもならず、思案に余り、中務の宮も、そのように考えてしまうなら、改めて、あれこれと、別方面を探す間、その男にも、悪いし、御方にとっても、評判が悪く、いつしか、身分の相応しくないことも、起こるだろう。隠したつもりでも、奥向きの失態も、世間には、漏れているだろう。何とか、誤魔化して、矢張り、自分が負けた方が、よさそうだ。と、考えるようになる。

何とも、複雑な、夕霧と、雲居の雁、そして、内大臣の思いである。




上はつれなくて、恨み解けぬ御仲なれば、「ゆくりなく言ひ寄らむもいかが」と思して、「ことごとしくもてなさむも人の思はむ所をこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき」など思すに、三月二十日、大殿、大宮の御忌日にて、極楽寺に詣で給へり。君達皆引き連れ、勢ひあらまほしく、上達部などもあまた参り集ひ給へるに、宰相の中将、をさをさけはひ劣らず、よそほしくて、容貌など、ただ今のいみじき盛りにねびゆきて、取り集めめでたき人の御有様なり。この大臣をば、辛しと思ひ聞え給ひしより、見え奉るも心づかひせられて、いといたう用意し、もて静めてものし給ふを、大臣も常よりは目とどめ給ふ。御誦経など、六条の院よりもせさせ給へり。宰相の君は、ましてよろづをとりもちて、あはれに営み仕うまつり給ふ。




表面は、何もなく、ただ、実は互いに恨みのある二人であるから、何となく口を利くのは、どんなものかと、内心、遠慮して、大げさに扱うことも、世間が、馬鹿なと思うだろう。どんなきっかけで、話をしよう、なとど、考えるところだった。
三月二十日は、母君、大宮の御命日で、極楽寺に参った。御子たちを引きつれ、堂々とした御威勢は、理想的で、上達部なども、大勢集めた中に、宰相の中将、夕霧は、一歩も引けをとらない、堂々とした態度で、器量なども、今が盛りと、成長し、何から何まで、結構な様子である。
このうち大臣を、辛いと思った、あの当時からは、顔を合わすのも気になり、とても気をつけて、澄ましているのを、内大臣は、いつもより、注目される。法要の読経など、六条の院からも、させられたのである。
宰相の君、夕霧は、更に一層手を下し、真心を込めて、お世話をされる。

最初の説明は、作者の言葉である。
夕霧と内大臣の、二人の関係である。

あはれに営み・・・
心を込めて、勤める。そのように、解釈する。




夕かけて皆帰り給ふ程、花は皆散り乱れ、霞たどたどしきに、大臣、昔思し出でて、なまめかしう嘯きながめ給ふ。宰相もあはれなる夕の気色に、いとどうちしめりて、「雨気あり」と人々のさわぐに、なほながめ入りて居給へり。心ときめきに、見給ふ事やありけむ、袖を引き寄せて、大臣「などかいとこよなくは勘じ給へる。今日の御法の縁をもたづね思さば、罪許し給ひてよや。残り少なくなり行く末の世に、思ひ捨て給へるも、恨み聞ゆべくなむ」と、宣へば、うちかしこまりて、夕霧「過ぎにし御おもむけも、頼み聞えさすべき様に、承りおく事侍りしかど、許しなき御気色に、憚りつつなむ」と、聞え給ふ。心あわただしき雨風に、皆ちりぢりに競ひ帰り給ひぬ。君、夕霧「いかに思ひて例ならず気色ばみ給ひつらむ」など、世とともに心をかけたる御辺りなれば、はかなき事なれど耳とまりて、とやかうやと、思ひ明かし給ふ。




夕方になり、一同が帰る時、花は皆、散り散りとこぼれ、霞で朧な中に、内大臣は、昔を思い出し、優雅に歌を口ずさみ追憶に浸る。
宰相、夕霧は、心打つ夕暮れの空に、いつもより、あはれを思い、雨が降りそうです、と言うお供の者が、喧しく言うが、構わずに、思いに耽るのである。
内大臣は、内心どきどきしつつ、夕霧を御覧になることがあったのか、夕霧の袖を引き寄せて、どうして、酷く怒っていられるのか。今日の御法事の、縁故も考えてくだされば、私の過去のことは、許して欲しい。余命の少ないこの年、あなたがお捨てなのは、恨み申し上げたい気がする、とおっしゃると、夕霧は、恐縮して、亡くなった方のご意向は、あなたをお頼りするようにとの、お言葉を賜りましたが、お許しのない様子に、遠慮いたしました。と、申し上げる。
ゆっくりと出来ない、雨風で、皆、てんでに、我先にと、帰ってしまった。夕霧は、どんな気持ちで、いつもと違い、あんなことを言い出されたのかと、始終気にしているうち大臣家のことなので、大したことではないが、耳に残り、色々と一晩中、考えていた。

宰相もあはれなる夕の気色に・・・
これは、亡くなった、大宮の、その時の、風景と重ねている心境である。

こころ模様が、すべて尽きると、あはれ、に行き着くのである。
切々と感じ入る、夕の空模様に・・・

この、切々と感じ入る、という、心境、心情の広がる風景が、あはれ、なのである。
心の多次元の世界である。

はかなき事なれば耳とまりて・・・
大事なことではないが・・・言葉が耳に留まるのである。
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2014年04月06日

もののあわれについて663

ここらの年頃の思ひのしるしにや、かの大臣も、名残りなく思し弱りて、はかなきついでの、わざとはなくさすがにつきづきしからむを思すに、四月ついたち頃、御前の藤の花、いと面白う咲き乱れて、世の常の色ならず。ただに見過ぐさむ事惜しき盛りなるに、遊びなどし給ひて、暮れ行く程のいとど色まされるに、頭の中将して御消息あり。内大臣「一日の花の陰の対面の、飽かず覚え侍りしを、御暇あらば、立ち寄り給ひなむや」とあり。御文には、
内大臣 
わが宿の 藤の色濃き たそがれに 尋ねやは来ぬ 春の名残を

げにいと面白き枝に付け給へり。待ちつけ給へるも、心ときめきせられて、かしこまり聞え給ふ。

夕霧
なかなかに 折りや惑はむ 藤の花 たそがれ時の たどたどしくは

と聞えて、夕霧「口惜しくこそ臆しにけれ。取り直し給へよ」と聞え給ふ。頭の中将「御供にこそ」と、宣へば、夕霧「わづらはしき随身は否」とて、返しつ。




長年に渡る、思いのかいがあり、あの内大臣も、気が弱くなり、ちょっとしたことで、特別に、改まったことではなく、それでいて、適当なことはないかと、思っていると、四月上旬に、庭の藤の花が、美しく咲き乱れて、そこらにある、花の色ではない。そのままにしておくには、惜しい花盛りなので、音楽会などされて、夕方になるにつれて、藤の花が、益々と美しくなるので、頭の中将に、持たせて、お手紙があった。
内大臣は、先日の木の元でお逢いしましたが、飽き足りない思いがして、お時間がありましたら、お立ち寄り下さいませんか、と書いてある。お手紙には、
内大臣
家の庭の、藤の花が、濃い今日の夕方、お出掛けくださいませんか。暮れ行く春を惜しむように。

いかにも、見事な花の枝に、お付けになっている。お手紙を待っていた夕霧も、どきどきして、丁寧に挨拶される。

夕霧
なかなか、藤の花を折ることも出来ず、迷うでしょう。薄暗い時の、はっきりしない頃には。

と、申し上げて、夕霧は、残念なほどに、気後れしました。適当に直してください、と、おっしゃる。頭の中将は、御供しましょうと、おっしゃるので、夕霧は、面倒な随身は、お断りします。と言い、帰した。

なかなかに 折りや惑はむ 藤の花・・・
これは、雲居の雁を指している。




大臣のお前に、かくなむ、とて御覧ぜさせ給ふ。源氏「思ふやうありてものし給へるにやあらむ。さも進みものし給はばこそは、過ぎにし方のけうなかりし恨みも解けめ」と、宣ふ。御心おごり、こよなう妬げなり。夕霧「さしも侍らじ。対の前の藤、常よりも面白う咲きて侍るなるを、静かなる頃ほひなれば、遊びせむなどにや侍らむ」と、申し給ふ。源氏「わざと使ひさされたりけるを、早うものし給へ」と、許し給ふ。いかならむ、と下には苦しう、ただならず。源氏「直衣こそ余り濃くて、軽びためれ。非参議の程、何となき若人こそ、二藍はよけれ。ひき繕はむや」とて、わが御料の心ことなるに、えならぬ御衣ども具して、御供に持たせて奉れ給ふ。




夕霧は、父の大臣の御前で、こういうお手紙がありました、と、お目にかける。
源氏は、考えがあってのことだろう。そのように、はっきりと、出て来てくだされば、昔の不孝への、私の恨みも解ける、と、おっしゃる。そのご威勢は、何とも憎いほどである。夕霧は、そんなことでは、ありますまい。対の屋の、前の藤の花が、例年よりも、綺麗に咲いているようです。暇な時ですから、音楽会でもやろうというのでございましょう。と、申し上げる。
源氏は、わざわざ使いを向けられたのだから、早く、出かけなさい。と、お許しになる。だが、どんなことだろうと、内心は苦しく、穏やかではない。更に源氏は、直衣が濃すぎて、身分が軽く見られる。参議になっていない頃や、取り立てた官位のない若い者なら、二藍がよいだろうが、一つ、おめかしをするか。と、ご自分のお召し物の、格別に見事なものなのを、並々ではない、下着を何枚も取り揃えて、お供に、持たせた。




わが御方にて、心づかひいみじうけさうじて、たそがれも過ぎ、心やましき程に参うで給へり。あるじの君達、中将を初めて、七八人うち連れて迎へ入れ奉る。いづれとなくをかしき容貌どもなれど、なほ人にすぐれて、あざやかに清らかなるものから、なつかしう由づき恥づかしげなり。大臣おまし引き繕はせなどし給ふ。御用意おろかならず。御かうぶりなどし給ひて出で給ふとて、北の方、若き女房などに、大臣「覗きて見給へ。いとかうざくにねびまさる人なり。用意などいと静かに、ものものしや。あざやかにぬけ出でおよずけたる方は、父大臣にもまさりざまにこそあめれ。かれはただいと切になまめかしう愛敬づきて、見るに笑ましく、世の中忘るる心地ぞし給ふ。公ざまは、少したはれて、あざれたる方なりし、ことわりぞかし。これは才の際もまさり、心もちい男々しく、すくよかに足らひたりと、世に覚えためり」など宣ひてぞ対面し給ふ。ものまめやかにうべうべしき御物語は少しばかりにて、花の興に移り給ひぬ。大臣「春の花何れとなく、皆開け出づる色ごとに、目驚かぬはなきを、心短くうち捨てて散りぬるが、恨めしう覚ゆる頃ほひ、この花の一人立ちおくれて、夏に咲きかかるほどなむ、あやしう心にくくあはれに覚え侍る。色もはた、なつかしき縁にしつべし」とて、うちほほえみ給へる、気色ありて、匂ひ清げなり。




自分の部屋にて、念入りに、整え、夕暮れ過ぎて、あちらが気を揉む頃に、お出掛けになった。
主人側の君達が、中将をはじめとして、七、八人うち揃い、お迎えして、案内する。誰も、皆綺麗な顔立ちをしているが、矢張り、夕霧は誰よりも優れて、水際立って、美しいだけではなく、優しく気品があり、気後れを感じさせる。
大臣は、お席を整えさせ、直させたりしている。お迎えの準備は、皆々ではない。内大臣は、冠などをつけて、お出になろうとして、北の方や、若い女房などに、内大臣は、覗いて御覧。全く立派に年々なってゆく人だ。動作など、大変に落ち着き、堂々としている。際立って、抜きん出て人物が出来ているのは、父大臣にも、勝っているようだ。源氏は、ただただ非常に美しくして、愛敬があり、逢うと、微笑みたくなり、世の中の事を忘れる気持ちにさせる。公式の場では、少し砕けて、柔らかい方であったのは、無理もないこと。夕霧は、学問の程度もすぐれ、心構えも男らしく、しっかりしていて、申し分がないと、世間では、思っている。などと、おっしゃり、対面される。
真面目で、固いお話は、少しだけして、花の面白さに、移られた。
内大臣は、春の花は、どれも皆、咲き出る色の一つ一つ、いずれも見て驚かないが、夏まで咲いているところが、不思議に、奥ゆかしく、心にしみて思われます。色もまた紫で、懐かしい、ゆかりに、できようと思えまして、と言って、微笑みを浮かべているのが、趣があり、つややかで、美しい。

あやしう心にくくあはれに覚え侍る・・・
妖しく、不思議に、あはれ、に感じるという意味として、現代に訳せる。

心にくく・・・
とは、現在も使用する言葉だ。

色もはた、なつかしき縁にしつべし・・・
なつかしき、ゆかり、に出来る・・・

美しい日本語の原点である。

posted by 天山 at 07:17| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

もののあわれについて664

月は差し出でぬれど、花の色さだかにも見えぬ程なるを、もてあそぶに心を寄せて、大御酒参り、御遊びなどし給ふ。大臣、程なく空酔ひをし給ひて、乱りがはしく強ひ酔はし給ふを、さる心していたうすまひ悩めり。大臣「君は、末の世には余るまで天の下の有職にものし給ふめるを、齢旧りぬる人思ひ捨て給ふなむ辛かりける。文籍にも家礼といふ事あるべくや。なにがしの教へもよく思し知るらむと思ひ給ふるを、いたう心悩まし給ふと、恨み聞ゆべくなむ」など宣ひて、酔ひ泣きにや、をかしき程に気色ばみ給ふ。夕霧「いかでか。昔を思う給へ出づる御代りどもには、身を捨つる様にもとこそ思ひ給へ知り侍るを、いかに御覧じなす事にか侍らむ。もとよりおろかなる心のおこたりにこそ」と、かしこまり聞え給ふ。御時よくさうどきて、「藤の裏葉の」と、うち誦し給へる、御気色を賜はりて、頭の中将、花の色濃く殊に房長きを折りて、客人の御盃に加ふ。取りてもて悩むに、大臣、

内大臣
紫に かごとはかけむ 藤の花 まつより過ぎて うれたけれども

宰相、盃を持ちながら、気色ばかり拝し奉り給へる様、いと由あり。

夕霧
幾かへり 露けき春を 過ぐし来て 花のひもとく 折りに会ふらむ

頭の中将に賜へば、

宰相
たをやめの 袖にまがへる 藤の花 見る人からや 色もまさらむ

次々ずん流るめれど、酔の紛れにはかばかしからで、これよりまさらず。




月は、昇ったが、藤の花の色の、はっきりと見えない時間であるのに、花を愛でる様子をして、御酒を召し、合奏などをされる。大臣は、間もなく、空酔いをされて、遠慮して、無理強いをして、酔わせようとするのを、夕霧は用心して、断るのに大変である。
大臣は、あなたは、この末の世には、出来すぎているほど、天下の有職でいらっしゃるようだ。年を取った人を、見捨てるとは、つれない。書物にも、家礼ということがあるはず。聖人の教えも、よくご存知のはずだと、思っているのに、酷く辛い思いをさせると、お恨み申したい、などと、おっしゃり、酔い泣きのような、様子よく意中をほのめかす。
夕霧は、どうして、そのような。今は、亡き方を思い出す、お身代わりとして、我が身を捨ててもとまで、心に決めております。それを何と御覧になってのことでしょう。もとから、うかつな心の至らぬゆうでしょうが、と、お詫びを申し上げる。
頃合いを見て、はやし立て、藤の裏葉のと、内大臣が、謡う。その心を見て、頭の中将は、花の色の濃い房の枝を折り、客人の盃に、加える。受け取って、もて余していると、大臣が、

内大臣
藤の花の、紫に事寄せて、免じましょう。あなたを待つうちに、月日が、過ぎてしまい、いまいましいけれど。

宰相が、盃を持ったまま、しるしばかりを、拝する様子は、とても上品である。

夕霧
幾度も、露じみた春を過ごしてきて、やっと、今お許しを受けて、花開く楽しい春に、会うことができました。

夕霧が、頭の中将に、盃を差し上げると、

中将

うら若い、女の袖に、見違える藤の花は、見る人の立派なことに、一層、美しさも、勝ることでしょう。

次々と流れる盃に、順々に、歌を詠み添えたらしいが、酔いの乱れに、大したこともなく、これより、優れていません。

夕霧の歌にある、
花のひもとく 折りに会ふらむ
ひもとく、とは、花の咲くことと、女が許すことを、かける。

そして、中将の歌にある
藤の花、は、雲居の雁を指す。

見る人からや 色もまさらむ
この、見る人、とは、夕霧のことである。

最後の、これよりまさらず、とは、作者の言葉。




七日の夕月夜影ほのかなるに、池の鏡のどかに澄み渡れり。げに、まだほのかなる梢どもの、さうざうしき頃なるに、いたう気色ばみ横たはれる松の木高き程にはあらぬに、かかれる花の様、世の常ならず面白し。例の弁の少将、声いとなつかしくて、葦垣を謡ふ。大臣「いとけやけうも仕うまつるかな」とうち乱れ給ひて、「年経にけるこの家の」とうち加へ給へる、御声いと面白し。をかしき程に乱りがはしき御遊びにて、物思ひ残らずなりぬめり。やうやう夜更け行く程に、いたう空悩みして、夕霧「乱り心地いと堪へがたうて、まかでむ空もほとほとしうこそ侍りぬべけれ。宿直所譲り給ひてむや」と、中将に憂へ給ふ。大臣「朝臣や。御休み所求めよ。翁いたう酔ひ進みて無礼なれば、まかり入りぬ」と、言ひ捨てて入り給ひぬ。




七日の、夕月夜の、月影がうっすらと差し、池の面に月を映して、のどかに、澄み渡っている。
歌に詠まれた通り、まだ葉のまばらな梢の、葉のない頃なのに、大変気取って、横たわる松の、木高いというほどでもないのに、絡んでいる花の様子は、普通ではなく、面白い。いつもの通り、弁の少将が、柔らかな声で、葦垣を謡う。大臣は、変わったものを謡うのもだ、と、注意する。古く続いたこの家の、と添えて謡う声が、素晴らしい。
趣がある程度に、羽目を外した遊びで、わだかまりは、跡形も無く、消えたようだ。次第に更け行く時分に、夕霧は、酷く酔った振りをして、気分が悪くて、こらえられず、帰り道も危なくなりました。泊まる場所をお貸しくださいませんか、と中将に訴える。大臣は、朝臣や、お休みになる場所を、お探しせい。爺は、酷く酔い過ぎて、失礼だから、引っ込むと、言い捨てて、お入りになられた。

遂に、夕霧は、雲居の雁と、共寝の機会が、訪れたのである。
ここまでに至るまで、色々なことが、あった。
物語と共に、読者も、安堵する。


posted by 天山 at 06:20| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

もののあわれについて665

中将、「花の陰の旅寝よ。いかにぞや。苦しきしるべにぞ侍るや」と言へば、夕霧「松に契れるは、あだなる花かは。ゆゆしや」と責め給ふ。中将は心のうちに、妬のわざやと思ふ所あれど、人ざまの思ふ様にめでたきに、かうもあり果てなむ、と心寄せ渡る事なれば、うしろやすく導きつ。




中将が、花の陰の旅寝ですね。どうしたものか、辛い案内役です。と言うと、夕霧は、松と約束したのは、浮気な花ですか。そんなことは無い。縁起でもないこと。と、責める。中将は、心の中に、しゃくなことと思うことはあるが、人柄が理想的なので、このようになって欲しいと、好意を寄せていたことである。安心して、案内した。




男君は、夢かと覚え給ふにも、わが身いとどいつかしうぞ覚え給ひけむかし。女は、いと恥づかしと思ひしみてものし給ふも、ねびまされる御有様、いとど飽かぬ所なく目安し。夕霧「世の例にもなりぬべかりつる身を、心もてこそかうまでも思し許さるめれ。あはれを知り給はぬも、様異なるわざかな」と、恨み聞え給ふ。夕霧「少将の進み出だしつる、葦垣のおもむきは、耳とどめ給ひつや。いたき主かなな。「河口の」とこそ、さし答へまほしかりつれ」と宣へば、女いと聞き苦しと思して、


浅き名を 言ひ流しける 河口は いかが漏らしし 関の荒垣

あさまし」と宣ふ様、いとこめきたり。少しうち笑ひて、

夕霧
漏りにける くだきの関を 河口の 浅きのみは おほせざらなむ

年月の積りも、いとわりなくて悩ましきに、物覚えず」と、酔ひにかこちて苦しげにもてなして、明くるも知らず顔なり。人々聞えわづらふを、大臣、「したり顔なる朝寝かな」と、とがめ給ふ。されど、明かし果てでぞ出で給ふ。ねくたれの御朝顔、見るかひありかし。




男君、夕霧は、夢ではないかと、思うにつけても、自分のことを、いっそう、偉い者に、思うことだろう。
女、雲居の雁は、深く恥ずかしいと思い込むが、年と共に美しくなった、お姿は、いよいよ不足なところもなく、見事である。
夕霧は、世間の話の種にもなりそうだった身を、私の心がけゆえにこそ、ここまでも、お許しいただけたのでしょう。それなのに、情けを解して下さらないとは、風変わりなされようです。と、恨み言を申し上げる。そして、少将が進んで謡った、葦垣の歌の意味は、お分かりでしたか。酷い男だ。「河口の」と、言い返したかった、と、おっしゃると、女は、聞いていられない思いになり、


あなたの、お口は、軽々しい名を言い流した、河口です。どうして、漏らされたのですか。

あんまりです。と、おっしゃる様子が、とても子供っぽい。少し笑い、

夕霧
浮名は、くだきの関の、父大臣の隙から漏れたのに、河口の軽さのせいにばかりしないで下さい。

長い年月の苦労も、この上なく、辛く胸苦しくて、今は何もわかりません。と、酔いにかこつけて、苦しそうに、振る舞い、夜の明けるのも知らない顔である。
女房たちが、起こすことが出来ず、困っていると、大臣が、いい気になって、朝寝だなと、なじるのである。とはいえ、夜を明かし切ってしまわずに、帰られる。
寝乱れの顔は、見る甲斐のあったこと。

最初と、最後は、作者の言葉。

河口とは、伊勢国と、伊賀国の通路に当たる。
浅き、流し、は、河口の縁語である。

くだきの関、とは、川口の、別名。
ここでは、内大臣を暗に指す。




御文は、なほ忍びたりつる様の心づかひにてあるを、なかなか今日はえ聞え給はぬを、ものいひさがなき御達つきじろふに、大臣渡りて見給ふぞ、いとわりなきや。夕霧「つきせざりつる御気色に、いとど思ひ知らるる身の程を、堪へぬ心にまた消えぬべきも、

咎むなよ 忍びに絞る 手もたゆみ 今日はあらはる 袖の雫を

などいと馴れ顔なり。うちえみて、内大臣「手をいみじうも書きなられにけるかな」など宣ふも、昔の名残りなし。御返りいと出で来難げなれば、内大臣「見苦しや」とて、さも思し憚りぬべき事なれば、渡り給ひぬ。御使の禄、なべてならぬ様にて賜へり。中将、をかしき様にもてなし給ふ。常に引き隠しつつ隠ろへありきし御使、今日は面もちなど人々しくふるまふめり。右近の丞なる人の、むつまじう思し使ひ給ふなりけり。




お手紙は、今も変わらず、人目を忍ぶ方法で来たが、かえって今日は、お返事を書けずにいる。口の悪い女房達が、目引き袖引きしているところへ、大臣がお出でになり、御覧になるとは、酷いこと。
夕霧は、すっきりと、打ち解けてくれなかった様子から、今まで以上に、我が身の程を思い知らされて、堪えきれない気持ちで、また死んでしまいたいと思うが、

咎めてくださるな。人目忍んで、絞っていた手も、だるくなり、今日は、人目につくほどの袖の雫なのだ。

など、我が物扱いである。にっこりして、大臣は、字が大変上手になられた。など、おっしゃるのも、昔の事は、忘れている。お返事が出来そうにないので、内大臣は、恰好が悪い、とおっしゃるが、遠慮するのも、無理の無いことで、あちらに行かれる。使者に対する、お礼は、並々ではなく整えて、与える。中将が、見事なもてなしをされる。いつも手紙を隠して、うろついていた使者が、今日は、顔つきも一人前に、振舞っている様子。右近の丞という人で、親しく思い通りに、お使いになる者だった。

今日あらはるる 袖の雫を とがむなよ
絞るは、袖の雫、つまり、涙である。

いと馴れ顔なり
普通の後朝の歌より、少し、あつかましいのである。
夕霧の自信である。


posted by 天山 at 05:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

もののあわれについて666

六条の大臣も、かくと聞し召してけり。宰相、常よりも光り添ひて参り給へれば、うち守り給ひて、源氏「今朝はいかに。文などものしつや。さかしき人も、女の節には乱るる例あるを、人わろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、少し人にぬけたりける御心と覚えける。大臣の御掟の、余りすくみて、名残なくくづほれ給ひぬるを、世の人も言ひ出づる事あらむや。さりとても、わが方たけう思ひ顔に心おごりして、すきずきしき心ばへなど漏らし給ふな。さこそおいらかに大きなる心掟と見ゆれど、下の心ばへををしからず癖ありて、人見えにくき所つき給へる人なり」など、例の教へ聞え給ふ。ことうちあひ目安き御間と思さる。御子とも見えず、少しが兄ばかりと見え給ふ。ほかほかにては、同じ顔を写し取りたると見ゆるを、お前にては、様々あなめでたと見え給へり。大臣は、薄き御直衣、白き御衣の唐めきたるが、紋けざやかに艶々と透きたるを奉りて、なほ尽きせずあてに、なまめかしうおはします。宰相殿は、少し色深き御直衣に、丁子染の焦がるるまで染める、白き綾のなつかしきを着給へる、ことさらめきてえんに見ゆ。




六条の大臣、源氏も、このことを耳にされた。
宰相が、いつもよりも、美しさが増して、参上されたので、じっと見守り、今朝は、どうだ。手紙など上げたのか。賢い人でも、女の事では、失敗することもある。みっともないほど、拘ったり、じれたりせずに、今日に及んだのは、少しは、人より優れていると思った。大臣のされ方は、あまり窮屈で、今になって、すっかり折れてしまったのを、世間の人も、何かと噂することだろう。そうであっても、自分の方が、偉い顔をして、いい気になって、浮気心をおこさないように。あれほど、おっとりと寛大な性格に見受けられるが、内心は、男らしくないところがあり、付き合いにくいところも、ある人だ。などと、いつものように、教訓される。
丁度似合の夫婦だと、思われるのである。お子様とも見えず、ほんの少し年長と見える。別々だと、同じ顔を、もう一つ作ったように見えるが、御前だと、それぞれ立派な方だと、見えるのである。
大臣は、薄肌色の御直衣に、白い唐織りめいた御衣で、紋様がしっかりとして、艶やかに透けているのを、お召しになり、今も、この上なく、上品でいられる。宰相殿は、少し色の濃い御直衣に、丁子染めで、茶色がかかるほど染めたものと、白い綾の美しいものを、お召しになっているのは、いかにも、花婿らしくて、美しく見える。

最後は、作者の言葉。

常よりも 光り添ひて
これは、美しいことの、最高表現である。
幸福感、満足感と、自信と誇りと、解説にはある。

つまり、夕霧は、雲居の雁と、結ばれたのである。

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2014年04月28日

もののあわれについて667

灌仏いて奉り、御導師遅く参りければ、日暮れて御方々より童べ出だし、布施など、公ざまに変はらず、心心にし給へり。お前の作法をうつして、君達なども参り集ひて、なかなかうるはしき御前よりも、あやしう心づかひせられて臆しがちなり。




六条の院に、灌仏を連れ出して、御導師が遅れて参上したので、日が暮れて、ご婦人方から、女の童を出して、布施その他、朝廷と変わらず、思い思いにされた。御前での儀式を真似て、君達も多く集まり、かえって、きちんとした御前よりも、何となく、気骨が折れて、気後れするのである。




宰相は静心なく、いよいよけさうじ引き繕ひて出で給ふを、わざとならねど、情だち給ふ人は、恨めしと思ふもありけり。年頃のつもり取り揃へて、思ふやうなる御なからひなめれば、水も漏らむやは。あるじの大臣、いとどしき近勝りを、美しき物に思して、いみじうもてかしづき聞え給ふ。負けぬる方の口惜しさはなほ思せど、罪も残るまじうぞ、まめやかなる御心ざまなどの、年頃こと心なくて過ぐし給へるなどを、ありがたく思し許す。女御の御有様などよりも、華やかにめでたくあらまほしければ、北の方、侍ふ人々などは、心よからず思ひ言ふもあれど、何の苦しき事かあらむ。按察使の北の方なども、かかる方にて嬉しと思ひ聞え給ひけり。




宰相、夕霧は、気が気ではなく、益々かしこみ、衣紋を整えて、お出になるのを、特別なことではないが、少しばかり目をかける女房たちは、恨めしいと思う者もいるようだ。長年の思いもあり、理想的な夫婦仲らしいので、水の漏れる隙も無い。主人役の大臣は、傍で見ると、ひとしお立派なので、可愛い者と思い、大変大事にされる。負けたことを、残念と今も思うが、その憎らしさも忘れるほど、真面目な性格で、何年もの間、浮気もせず過ごしていたのを、またとは無いことと、認められる。女御の様子などより、派手で結構で理想的なので、北の方や、お付の女房達は、面白くない思いもし、言いもするが、少しも、苦痛ではない。あぜちの北の方なども、この状態で、嬉しいと思い、申していた。

あぜちの北の方とは、雲居の雁の実母。
大臣とは、雲居の雁の父、内大臣である。
つまり、内大臣は、夕霧を認めたということだ。




かくて六条の院の御いそぎは、二十よ日の程なりけり。対の上、みあれに参うで給ふとて、例の、御方々誘ひ聞え給へど、なかなかさしも引き続きて心やましきを思して、誰も誰も止まり給ひて、ことごとしき程にもあらず、御車二十ばかりして、御前などもくだくだしき人数多くもあらず、ことそぎたるしも気配ことなり、祭の日の暁に詣で給ひて、かへさには、物御覧ずべき御桟敷におはします。御方々の女房、おのおの車引き続きて、御前、所しめたる程いかめしう、かれはそれと、遠目よりおどろおどろしき御勢ひなり。




かくして、六条の院の、御入内は、四月二十何日であった。
対の上、紫の上が、御生、みあれ、に参拝されるということで、いつもの通り、ご婦人方をお誘いしたが、その後について行き、かえって迷惑であろうと、誰も彼も、お残りになり、仰々しいほどではなく、お車が、二十ばかり、前駆なども、数多くなく、簡略だが、かえって、それが素晴らしい。
祭の日の、朝早く、参拝され、帰りには、行列を御覧になるための、桟敷に付かれた。御方々が、それぞれ車を後から連ねて、御前に車を立てたところは、堂々として、あれがそうだと、遠目でも、驚くほどの、御威勢である。

敬語の羅列で、大変な文である。
登場人物に、皆、敬語なのである。

ここでの、桟敷とは、仮に作った、座席である。




大臣は、中宮の御母御息所の、車押しさげられ給へりし折りの事思し出でて、源氏「時による心おごりして、さやうなる事なむ情けなき事なりける。こよなく思ひ消ちたりし人も、嘆きおふやうにてなくなりにき」と、その程は宣ひ消ちて、源氏「残り留まれる人の、中将はかくただ人にて、わづかになり上るめり。宮は、並びなき筋にておはするも、思へばいとこそあはれなれ。すべていと定めなき世なればこそ、何事も思ふままにて、たとしへなき衰へなどをさへ、思ひ憚らるれば」と、うち語らひ給ひて、上達部なども御桟敷に参り集ひ給へれば、そなたに出で給ひぬ。




大臣は、中宮のお母様の御息所が、車を押し下げられたときのことを、思い出して、源氏は、時を得て、いい気になって、あんなことをしたのは、思いやりのないことだった。全く問題にしなかった人も、恨みを受けた形で亡くなってしまった、と、そこは、言葉を濁して、さらに源氏は、後に残った子ども、中将はこのように、臣下の身分で、やっと、立身するところだ。宮は、この上ない地位でいらっしゃるのも、考えると、実に心が痛む。万事、将来のわからない人生だからこそ、何事も、自分の好き勝手にして、生きている間は、過ごしたいものだが、後に残るあなたが、晩年など、話にならないほどの落ちぶれ方など、つい心配になるものだから、と、お話されていると、上達部なども、桟敷に集まりになったので、そちらの方へ、お出でになった。

思へばいとこそあはれなれ・・・
ここでは、心が痛むという、後悔の念である。
いとこそ、あはれ
とても、あはれである。凄く、心が痛むのである。




近衛司の使は頭の中将なりけり。かの大殿にて出で立つ所よりぞ人々は参り給うける。藤内侍のすけも使なりけり。覚えことにて、内、東宮より初め奉りて、六条の院などよりも御とぶらひども所せきまで、御心寄せいとめでたし。宰相の中将、いでたちの所にさへとぶらひ給へり。うち解けずあはれを交し給ふ御仲なれば、かくやむごとなき方に定まり給ひぬるを、ただならずうち思ひけり。




近衛司の使者は、頭の中将であった。あの内大臣の邸で出立の所から、人々は、源氏の桟敷に参上したのだ。藤内侍のすけも、使者であった。特別に評判の良い人で、陛下、皇太子を初めとして、六条の院などからも、ご祝儀の数々は、置き場所もないほどで、そのご配慮は、実に素晴らしい。宰相の中将は、出立の所にまでも、人々を遣わしになった。忍んで愛し合う仲なので、このような結構な縁談がまとまったことを、平気では、いられずに悩んでいた。

藤内侍のすけ、とは、惟光の娘であり、夕霧の愛人・・・
だから、雲居の雁との縁談に、悩んでいた。
私も、今始めて知る。

あはれを交し・・・
肉体関係をも、言うのである。

昔、惟光の息子に夕霧が頼んで、会っていたのだ。




夕霧
何とかや 今日のかざしよ かつ見つつ おぼめくまでも なりにけるかな

あさまし」とあるを、折り過ぐし給はぬばかりを、いかが思ひけむ、いと物騒がしく、車に乗る程なれど、


かざしても かつたどらるる 草の名は 桂を折りし 人や知るらむ

博士ならでは」と聞えたり。はかなけれど、ねたき答へと思す。なほこの内侍にぞ思ひ離れず、はひ紛れ給ふべき。




夕霧
何と言ったか、今日のかざし。目の前に見ながら、名が浮かばない程になってしまった。

あきれたものだ。とあるが、機会を逃さないことだけは、嬉しく思ったような、大変せわしなく、丁度、車に乗る時だったが、

藤内侍
髪に挿していながら、つい口に出てこない、草の名は、桂を折った方なら、ご存知でしょう。
博士ではなくては、と、申し上げた。たいした歌ではないが、夕霧は、やられた、見事と思う。矢張り、この内侍は、忘れられず、こっそりと会うようである。

桂は、葵と共に、祭りの日のかざし。
更に、官使登用試験の合格者。夕霧は、博士ではなく、進士である。

posted by 天山 at 05:48| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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