2013年12月25日

もののあわれについて648

月の明きに、御容貌はいふ由なく清らにて、ただかの大臣の御気色に違ふ所なくおはします。かかる人はまたもおはしけり、と見奉り給ふ。かの御心ばへは浅からぬも、うたて、物思ひ加はりしを、これはなどかはさしも覚えさせ給はむ。いと懐かしげに、思ひし事の違ひ恨みを宣するに、面おかむ方なくぞ覚え給ふや。顔をもて隠して、御答へも聞え給はねば、帝「あやしうおぼつかなきわざかな。喜びなども、思ひ知り給はむと思ふ事あるを、聞き入れ給はぬ様にのみあるは、かかる御癖なりけり」と宣はせて、


などてかく はひあひがたき 紫を 心に深く 思ひ染めけむ

濃くなり果つまじきにや」と仰せらるる様、いと若く清らにはづかしきを、違ひ給へる所やはある、と思ひ慰めて聞え給ふ。宮仕への労もなくて、今年加階し給へる心にや。




月が明るくなり、お顔は、何ともいえぬほどに、綺麗で、そのまま源氏の大臣のご様子に、そっくりであらせられる。
こんな方が、二人もいらっしゃるのだ、と拝する。大臣のご寵愛は、浅くは無く、嫌な思いをさせられたが、こちらのお方には、どうしてそのように、思い上げよう。大変に優しく、そのつもりでいたことが、うまく運ばなかったこと、恨み言を仰せられるので、顔のやり場なく、扇で隠して、お返事も申し上げないので、帝は妙に黙っていらっしゃる。叙位などで、私の気持ちは、解ってくださると、思っていたのに、問題にされない風でいらっしゃるのは、そういう癖なのですね、と、おっしゃり


どうして、こんなに一緒になりにくい、あなたを、深く心に思い染めて、しまったのだろう。

これ以上に、酷なことは、もうないのでしょうか。と、仰せられるご様子は、若々しく、美しく、きまりが悪いほどだが、大臣と同じでいられる心を静めて、お返事をされる。宮仕えの功績もないのに、今年は、位を賜ったお礼の、つもりなのだろうか。

紫は、三位の位に当たる。
玉葛は、位を賜ったのである。
最後は、作者の言葉で、お礼の、つもりで、答えたのかと、言う。




玉葛
いかならむ 色とも知らぬ 紫を 心してこそ 人は染めけれ

今よりなむ思ふ給へ知るべき」と聞え給へば、うち笑みて、帝「その今より染め給はむこそかひなかべい事なれ、憂ふべき人あらば、ことわり聞かまほしくなむ」と、いたう恨みさせ給ふ御気色の、まめやかに煩はしければ、いとうたてもあるかなと覚えて、「をかしき様をも見え奉らじ。むつかしき世の癖なりけり」と思ふに、まめだちて侍ひ給へば、え思す様なる乱れ事もうち出でさせ給はで、やうやうこそは目なれめ、と思しけり。




玉葛
どのような色かとは、知りませんでした。この紫色は、あなた様の特別の思し召しで、下さったのですね。

只今から、ご恩に感謝致します。と、申し上げると、微笑んで、そうして、今から染めようとされるのでは、何の役にも立たないでしょう。聞いてくれる人がいるなら、判断を聞きたいもの、と酷く恨みになるご様子が、本当に困るので、とても嫌なことだと思い、愛想の良い態度を見せまい。男の方の困った癖だと、思うもので、真面目に控えていられる。思い通りの冗談も口にされず、だんだんと親しくなろうと、思し召した。

やうやうこそは目なれめ
これは、帝の思いだ。
玉葛が、生真面目にしているので、だんだんと、親しくなろうと、帝が考えた。




大将はかく渡らせ給へるを聞き給ひて、いとど静心なければ、急ぎ惑はし給ふ。自らも、似げなき事も出で来ぬべき身なりけりと心憂きに、えのどめ給はず、まかでさせ給ふべき様、つきづきしきことつけども作り出でて、父大臣など、賢くたばかり給ひてなむ、御暇許され給ひける。主上「さらば。物懲りしてまた出だしたてぬ人もぞある。いとこそ辛けれ。人より先に進みにし心ざしの、人に後れて、気色とり従ふよ。昔の某が例も引き出でつべき心地なむする」とて、まことにいと口惜しと思し召したり。




大将は、このように、主上が渡りあそばしたことを聞いて、いよいよ、気が気でなく、退出をむやみに急がせる。ご自身でも、似つかわしくないことが起こりそうな形勢の、我が身と、情けなく、落ち着いていられない。退出させる、もっともらしい口実を作り出して、父の内大臣などが、うまく取り繕い、やっと、退出を許された。
主上は、それでは、これに懲りて、二度と参内させない人があっては、困る。酷く辛い。誰よりも、先にあなたを思ったのに、人に先を越されて、その人のご機嫌をとるとは。昔の誰かの例を、持ち出したい気がする、と、心底から、残念に思いあそばす。




聞し召ししにもこよなき近まさりを、初めよりさる御心なからむにてだにも、御覧じ過ぐすまじきを、まいていと妬う飽かず思さるれど、ひたぶるに浅き方に思ひ疎まれじとて、いみじう心深き様に宣ひ契りてなつけ給ふもかたじけなう、我は我と思ふものをと思す。御て車寄せて、こなたかなたの御かしづき人ども心もとながり、大将もいとものむつかしう立ち添ひ騒ぎ給ふまで、えおはしまし離れず。主上「かういと厳しき近き守りこそむつかしけれ」と憎ませ給ふ。

主上
九重に 霞隔てば 梅の花 ただ香ばかりも 匂ひ来じとや

ことなる事なきことなれども、御有様けはひを見奉る程は、をかしくもやありけむ。「野をなつかしみ明いつべき夜を、惜しむべかめる人も、身をつみて心苦しうなむ、いかでか聞ゆべき」と思し悩むも、いとかたじけなしと見奉る。

玉葛
香ばかりは 風にもつてよ 花の枝に 立ち並ぶべき 匂ひなくとも

さすがにかけ離れぬ気配を、あはれと思しつつ、返り見がちにて渡らせ給ひぬ。




かねて、お耳にあそばしたよりも、傍では、遥かに美しかったので、初めから、そのような気持ちが無かったとしても、とても見逃すことはないだろう。それどころか、妬けて癪でたまらない思いがあるが、浅はかな者と嫌がられまいと、心をこめてお約束になり、優しくしてくださるのも、恐れ多く、夢路に迷う我が身と、思う。
御車を寄せて、あちらこちらのお供の人々が、待ち通しそうに、大将も、うるさいほど、お傍を離れず、急がせするので、離れあそばされずにいらっしゃる。
主上は、こんな厳重な傍を離れない見張りは、不愉快だ、と憎みあそばす。

主上
幾重にも、霞が隔てたならば、梅の花は、香りさえも、匂って来ないだろう。

何ということのない歌であるが、主上のお顔や、ご様子を拝している時なので、結構に思ったことでしょう。主上は、野が懐かしさに、このままで、夜明けを待ちたいが、夜を惜しんでいる人も、身につまされて、気の毒だ。どうやって、お手紙を差し上げようか、と思い悩んでいらっしゃるのも、もったいないと、拝する。

玉葛
香りばかりは、風にでも事告げて、下さいませ。美しい方々と並ぶことの出来る、身ではありませんが。

さすがに、離れる、切れるというでもない様子で、可愛いと、思し召し、振り返りつつ、お帰りあそばした。

あはれと思しつつ
この場合は、愛しい、可愛い・・・

三人称的書き方もあり、文章としては、実に面倒である。




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2013年12月26日

もののあわれについて649

やがて今宵かの殿にと思し設けたるを、かねては許されあるまじきにより、漏らし聞え給はで、大将「俄にいと乱り風の悩ましきを、心安き所にうち休み侍らむ程、他々にてはいとおぼつかなく侍らむを」と、おいらかに申しない給ひて、やがて渡し奉り給ふ。父大臣、にはかなるを、儀式なきやうにやと思せど、あながちにさばかりの事を言ひ妨げむも人の心置くべし、と思せば、大臣「ともかくも、もとより進退ならぬ人の御事なれば」しぞ、聞え給ひける。六条殿ぞ、いとゆくりなく本意なしと思せど、などかはあらむ。女も塩やく煙の靡きける方を、あさましと思せど、盗みもて行きたらましと思しなずらへて、いと嬉しく心地おちいぬ。かの入り居させ給へりし事を、いみじう怨じ聞えさせ給ふも、心づきなく、なほなほしき心地して、世には心解けぬ御もてなし、いよいよ気色あし。かの宮にも、さこそたけう宣ひしか、いみじう思しわぶれど、絶えて訪れず。ただ思ふ事かなひぬる御かしづきに、明け暮れ営みて過ぐし給ふ。




そのままに、今夜、あちらの邸にとのつもりだったが、前もって、お許しが出ないだろうから、一言も言わず、大将は、急に、おかしな風邪を引いて気分が悪いものですから、気の置けないところで、ゆっくりしようと、思いますが、その間、離れていては、気がかりですので、と、穏やかに、申されて、そのまま、邸にお連れする。
父の内大臣は、急な事で、儀式もないようでは、と考えるが、無理にそれくらいのことで、反対すると、大将が、気を悪くするだろと思い、どうでも、よろしいように。元々、私の自由にできないお方のことです。と、お返事された。六条殿、源氏は、あまりに急で、不本意に思うが、どうしようもない。女も思いがけない身の上になったことと、呆れる思いがするが、大将は、盗み取ってでも来たように、嬉しくてたまらず、やっと安心した。
主上が、お渡りあそばしたことに、とてもやきもちを焼くにつけても、気に食わず、下賎の者がすることのような気がして、玉葛は、更に、うとうとしい態度で、ますます、機嫌が悪い。
式部卿の宮も、あれほど、きつい口を利いたものの、実は、酷く思い悩んでいるが、一行に訪ねることもない。大将は、玉葛を、念願かなって大事にし、そのお世話に明け暮れて、かかりっきりになっている。




二月にもなりぬ。大殿は、さてもつれなきわざなりや。いとかうきはぎはしうとしも思はで、たゆめられたる妬さを、人わろく、すべて御心にかからぬ折なく、恋しう思ひ出でられ給ふ。宿世などいふものおろかならぬ事なれど、わがあまりなる心にて、かく人やりならぬものは思ふぞかし、と、起き臥し面影にぞ見え給ふ。大将のをかしやかにわららかなる気もなき人に添ひ居たらむに、はかなき戯言もつつましう、あいなく思されて、念じ給ふを、雨いたう降りて、いとのどやかなる頃、かやうのつれづれも紛らはし所に渡り給ひて、語らひ給ひし様などの、いみじう恋しければ、御文奉り給ふ。右近が許に忍びて遣すも、かつは思はむ事を思すに、何事もえ続け給はで、ただ思はせたる事どもぞありける。

源氏
かきたれて のどけき頃の 春雨に ふるさと人を いかに忍ぶや

つれづれに添へても、恨めしう思ひ出でらるる事多う侍るを、いかでかは聞ゆべからむ」などあり。




二月になった。源氏は、あのようなやり方は、酷いと思う。まさか、こんなにはっきり出ようとは考えず、油断させられたのが残念であり、きまり悪いほどまでに、玉葛のことが、何から何まで、気にならない時がないほど、恋しく思い出される。
運命などとは、馬鹿にならないものだが、自分があまりに、のんびりしているから、誰のせいでもない苦労をするのだと、覚めても、寝ても、玉葛が朧に浮かぶ。
大将のような、風流のない、無愛想な人に、連れ添っているのでは、ちょっとした冗談を言っても、憚られる。つまらなくて、我慢しているが、雨が酷く降り、手持ち無沙汰の頃、こんな時の退屈しのぎに、玉葛の部屋に出掛けて、おしゃべりしたことなどが、恋しくてたまらないので、お手紙を差し上げた。
右近宛に、そっと出すが、それも、右近が何と思うか憚られて、長々と書くことは出来ず、本人の推測に任せた書き方をする。

源氏
春雨が降り続いて、所在無い頃、お見捨てになった私を、どう思っていらっしゃるのですか。

何もすることがないのにつけて、恨めしく思い出されることが多く、どうしたら、申し上げられるでしょう。などと、ある。




ひまに忍びて見せ奉れば、うち泣きて、わが心にも、程経るままに思ひ出でられ給ふ御様を、まほに、「恋しや。いかで見奉らむ」などはえ宣はぬ親にて、げにいかでかは対面もあらむとあはれなり。時々むつかしかりし御気色を、心づきなう思ひ聞えしなどは、この人にも知らせ給はぬ事なれば、心ひとつに思し続くれど、右近はほの気色見けり。いかなりける事ならむとは、今に心え難く思ひける。御返り、玉葛「聞ゆるも恥づかしけれど、おぼつかなくやは」とて書き給ふ。

玉葛
ながめする 軒の雫に 袖濡れて うたかた人を 忍ばざらめや

程ふる頃は、げにことなるつれづれもまさり侍りけり。あなかしこ」といやいやしく書きなし給へり。




人のいない時に、そっとお見せすると、涙をこぼして、自分の心にも時が経つにつれて、思い出されてならない、あの方のご様子、誠に、恋しい、どうかして、お目にかかりたい、などと、おっしゃらない親であるから、おっしゃる通り、どうして、お会いすることができよう、と思い、悲しい。時々、嫌な素振りを見せたので、気に染まなかったことなどは、この右近にも、話していないので、一人心の中で、あれこれと考え続けているが、右近は、うすうす事情を知っていた。だが、どの程度のことだったのかと、今でも、納得ゆかなく思っていた。御返事は、申し上げるのも、恥ずかしいことですが、ご心配をかけてはと思い、とお書きになる。

玉葛
この春雨の軒の下に、物思いにふけっている、袖が濡れました。少しの間も、あなた様を思わずに、いられましょうか。

時が経つと、おっしゃる通り、格別寂しさも募ります。あなかしこ。と、わざと、礼儀正しく、書くのである。



posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

もののあわれについて650

引き広げて、玉水のこぼるるやうに思さるるを、人も見ばうたてあるべし、と、つれなくもてなし給へど、胸に満つ心地して、かの昔の尚侍の君を、朱雀院の后の、せちに取り籠め給ひし折など思し出づれど、さしあたりたる事なればにや、これは世づかずぞあはれなりける。すいたる人は、似げなき恋のつまなりや、と、さましわび給ひて、御琴搔き鳴らして、なつかしう弾きなし給ひし爪音、思ひ出でられ給ふ。あづまの調べをすががきて、源氏「玉藻はな刈りそ」と謡ひすさび給ふも、恋しき人に見せたらば、あはれ過ぐすまじき御様なり。




手紙を広げて、軒の玉水のように、涙がこぼれる気がするが、傍にいるに女房達に見られては、良くないと、平静を装う。だが、涙が胸いっぱいになる気持ちがして、あの昔、朧月夜の尚侍の君を、朱雀院の后が、無理矢理会わせまいとした時のことなどを、思い出したが、目の前のことだからか、こちらは世間に無い話だと、感動するのだった。
色好みという者は、自分から苦労の種を蒔くことをするものなのだが。今となっては、何のために、女の苦労をすのるか、不相応な恋の相手だと、冷静にと努めるが、できかねて、お琴を搔き鳴らす。すると、優しく弾いた、あの音色が思い出される。和琴の曲を、すが掻きして、玉藻はな刈りそ、と遊び半分に歌うのを、恋しい人に見せたら、感動せずには、いられない御様子である。

すいたる人、とは、色好みの者。
だが、それは、精神と肉体との、美の探求者である。

好き者ではない。色好みである。
江戸時代になり、井原西鶴によって、再び、描かれる色好みである。




内にも、ほのかに御覧ぜし御容貌有様を、心にかけ給ひて、「赤裳たれ引きいにし姿を」と、憎げなる古言なれど、御言種になりてなむ、眺めさせ給ひける。御文は忍び忍びにありけり。身を憂きものに思ひしみ給ひて、かやうのすさび事をもあいなく思しければ、心とけたる御答へも聞え給はず。なほかのあり難かりし御心掟を、方々につけて、思ひ染み給へる事ぞ、忘られざりける。




帝におかせられても、わずかに御覧になった、御様子を、お忘れにならず、赤裳たれ引きいにし姿を、と嫌な古歌だが、口癖になってしまい、物思いに沈んであそばす。お手紙は、そっと、時々、遣わされた。自分を不運な身であると、思い込んでいらっしゃるので、このようなお手紙のやり取りも、つまらなく思いになり、打ち解けたお返事も、差し上げない。やはり、大臣の、またとないほどであった、ご好意を、何かにつけて、ありがたいと、思い込むのである。その殿様のこと、源氏を、忘れられないのだった。

玉葛の心境である。




三月になりて、六条殿の御前の、藤、山吹の面白き夕映えを見給ふにつけても、先づ見るかひありて居給へりし御様のみ思し出でらるれば、春の御前をうち捨てて、こなたに渡りて御覧ず。呉竹のませに、わざとなう咲きかかりたるにほひ、いと面白し。源氏「色に衣を」など宣ひて、

源氏
思はずに 井手のなか道 隔つとも 言はでぞ恋ふる 山吹の花

顔に見えつつ」など宣ふも、聞く人なし。かくさすがに、もて離れたる事は、この度ぞ思しける。げにあやしき御心のすさびなりや。




三月になり、六条の院の御前で、藤と山吹が夕日に美しく映えているのを、御覧になるが、何よりも先に見る目にも、玉葛が、美しい姿で座っていた、ご様子ばかりが、思い出される。こちらにいらして、御覧になる。呉竹の垣根に、自然に咲きかかる山吹の、色艶が美しい。源氏は、色に衣を、などと、口ずさんで、

源氏
思いがけず、二人の仲は、離れているが、口には出さないで、恋い慕う山吹の花の身よ。

面影に見えて、忘れられない。などと、おっしゃるが、誰も聞く人はいない。このように、さすがに、すっかり離れてしまったことを、今こそ、はっきりと知るのだ。本当に、変な、遊び心である。

山吹の花は、玉葛を、象徴する。




雁の子のいと多かるを御覧じて、柑子、橘などやうに紛らはして、わざとならず奉れ給ふ。御文は、余り人もぞ目立つるなど思して、すくよかに、源氏「おぼつかなき月日も重なりぬるを、思はずなる御もてなしなりと恨み聞ゆるも、御心ひとつにのみはあるまじう聞き侍れば、ことなるついでならでは、対面の難からむを、口惜しう思ひ給ふる」など、親めき書き給ひて、

源氏
同じ巣に かへりしかひの 見えぬかな いかなる人か 手に握るらむ

などかさしもなど、心やましうなむ」などあるを、大将も見給ひて、うち笑ひて、大将「女は、まことの親の御あたりにも、たはやすくうち渡り見え奉り給はむ事、ついでなくてあるべき事にあらず、まして、なぞこの大臣の、折々思ひ放たず恨み言はし給ふ」と、つぶやくも、憎しと聞き給ふ。




雁の卵が沢山あるのを、御覧になり、みかん、橘に見えるように作り、何気ない風にして差し上げる。お手紙は、あまり人目に立つと気遣い、生真面目に、源氏は、御目にかからない月日が経ちますのを、意外な仕打ちとお恨みしていますが、あなたお一人の、考えではないように聞きます。特別の機会でなくては、お会いできそうにないのを、残念に思います。などと、親らしく、書かれて、

源氏
せっかく、私のところで、孵った雛が、見当たりません。どんな人が、持っているのでしょうか。

どうしてこのようにと、嫌な気がします。などとあるのを、大将も御覧になり、微笑んで、女は、実の親のお傍であっても、簡単に行って、お会いする事は、ちゃんとした場合以外は、してはいけないことだ。まして、どうして、実父でもないこの大臣が、時々、諦めもせず、恨みがましいことを、おっしゃるのだ、と、呟くのを、玉葛は、憎らしいと、聞いている。



posted by 天山 at 05:24| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月28日

もののあわれについて651

玉葛「御返り、ここにはえ聞えじ」と、書きにくく思いたれば、大将「まろ聞えむ」と代はるもかたはらいたしや。

大将
巣がくれて 数にもあらぬ かりの子を いづ方にかは とり隠すべき

よろしからぬ御気色にて驚きて。すきずきしや」と聞え給へり。源氏「この大将のかかるはかなし言いひたるも、まだこそ聞かざりつれ。珍しう」とて笑ひ給ふ。心の中には、かく領じたるを、いと憎しと思す。




玉葛は、お返事は、私には、書けません。と書きづらく思っていると、大将が、私が書こう、と代わるのも、どうかと思う。

大将
巣の片隅に隠れて、兄弟の中にも数えられない私を、何処に、誰が、隠すのでしょうか。

機嫌が悪いので、驚きました。懸想文めいておりますでしょうか。と、申し上げた。源氏は、この大将が、こんな冗談を言ったことを、まだ聞いたことがない。珍しい、と言って、笑う。しかし、心の中では、このように、全く自分のものにしているのが、憎いと、思うのだ。




かのもとの北の方は、月日たるままに、あさましとものを思ひ沈み、いよいよほけ痴れてものし給ふ。大将殿の大方のとぶらひ、何事をもくはしう思しおきて、君達をば変はらず思ひかしづき給へば、えしもかけ離れ給はず、まめやかなる方の頼みは、同じ事にてなむものし給ひける。姫君をぞ、堪へ難く恋ひ聞え給へど、絶えて見せ奉り給はず。若き御心の中に、この父君を、誰も誰も許しなう恨み聞えて、いよいよ隔て給ふ事のみまされば、心細く悲しきに、男君達は常に参り馴れつつ、尚侍の君の御有様などをも、おのづから事にふれてうち語りて、君達「まろらをもらうたく懐しうなむし給ふ。明け暮れをかしき事を好みて、ものし給ふ」など言ふに、羨ましう、かやうにても安らかにふるまふ身ならざりけむを嘆き給ふ。あやしう、男女につけつつ、人にものを思はする尚侍の君にぞおはしける。




あの大将の、元の北の方は、月日が経つにつれて、あまりな仕打ちと、物思いに沈み、いよいよ、気が変になっている。大将家は、一通りのお世話を何事につけても、細かく気を配り、子供達を相変わらず大事にしているので、北の方も、すっかり手を切ってしまわずに、生活上の厄介は、今まで通りにしていらした。
姫君を、たまらなく、恋しがっていられるが、全然、会わせることがない。姫君は、子供心に、どなたもどなたも、お父様を許すことなく、恨んで、ますます自分から遠ざけようとするばかりなので、心細く悲しく思うが、男の子たちは、始終行き来しているので、尚侍の君の噂も、自然何かにつれて話し出して、私達も可愛がって、優しくしてくださいます。一日中、面白い遊びをして、暮らしています。などと、言うので、姫君は、羨ましい。こんな風にして、自由に振舞える、男の身に生まれてこなかったのを、嘆くのである。妙に、男にも、女にも、それぞれ。物思いをさせる、尚侍の君でいらしたのである。




その年の十一月に、いとをかしき児をさへ抱き出で給へれば、大将も、思ふやうにめでたし、と、もてかしづ給ふ事限りなし。その程の有様、言はずとも思ひやりつべき事ぞかし。父大臣も、おのづから、思ふやうなる御宿世と思したり。わざとかしづき給ふ君達にも、御容貌などは劣り給はず、頭の中将も、この尚侍の君をいとなつかしき兄弟にて、睦び聞え給ふものから、さすがなる気色うちまぜつつ、宮仕へにかひありてものし給はましものを、と、この若者の美しきにつけても、頭中「今まで皇子達のおはせぬ嘆きを見奉るに、いかに面目あらまし」と、あまりごとをぞ思ひて宣ふ。公事はあるべき様に知りなどしつつ、参り給ふ事ぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべき事なりかし。




その年の、十一月に、玉葛が、可愛い子供をお生みになったので、大将も、念願がかなった。幸運だと、この上なゆく、大事にされる。その当時の様子は、言わずとも、お察しのことでしょう。
父大臣も、そのまま、思い通りの幸運と、お喜びである。格別大事にされている、姫君たちに比べても、御器量なども、負けていないし、頭の中将も、この尚侍の君を仲の良い妹として、親しくしていらっしゃるが、それでも、諦めきれない素振りを見せないでもない。入内されていたら、その甲斐があろとう思うが、この若君の美しさを見るにつけても、頭の中将は、今まで男の皇子様がいらっしゃらない嘆きを拝しているので、どんなに名誉なことか。と、虫のよいことを言うのである。
尚侍の職務は、立派にしているが、参内されることは、あのままで終わりになってしまいそうだ。それで、良いはずのことでしょう。

最後は、作者の言葉。




まことや、かの内の大殿の御女の、尚侍望みし君も、さる者の癖なれば、色めかしうさまよふ心さへ添ひて、もてわづらひ給ふ。女御も、つひにあはあはしき事、この君ぞひき出でむ、と、ともすれば御胸つぶし給へど、大臣の、「今はな交らひそ」と、制し宣ふをだに聞き入れず、交らひ出でてものし給ふ。いかなる折りにかありけむ、殿上人あまた、覚えことなる限り、この御女の御方に参りて、物の音など調べ、なつかしき程の拍子打ち加へて遊ぶ、秋の夕べのただならぬに、宰相の中将も寄りおはして、例ならず乱れて物など宣ふを、人々珍しがりて、「なほ人より異にも」とめづるに、この近江の君、人々の中を押し分けて出で給ふ。「あなうたてや、こな何ぞ」と引き入るれど、いとさがなげに睨みて、はり居たれば、わづらはしくて、「あうなき事や宣ひ出でむ」とつきかはすに、この世に目なれぬまめ人をしも、「これぞな、これぞな」とめでて、ささめき騒ぐ声いとしるし。人々いと苦しと思ふに、声いとさわやかにて、

近江
沖つ船 寄るべ波路に 漂はば 棹さし寄らむ とまり教えよ

棚なし小船漕ぎかへり、同じ人をや、あな悪や」と言ふを、いとあやしう、この御方には、かう用意なき事聞えぬものを、と思ひ廻はすに、この聞く人なりけり、と、をかしうて、

夕霧
寄るべなみ 風の騒がす 船人も 思はぬ方に 磯伝ひせず

とて、はしたなかめりとや。




そういえば、内大臣様の、ご息女で、尚侍希望の方も、あの調子の癖で、この頃では、変に色っぽく、そわそわし出して、大臣は、持て余していらっしゃる。女御も、今に、軽はずみなことを仕出かすのではと、何かというと、はらはらしていらっしゃる。大臣が、もう人中に出てはいけない、と諌めるのも聞かず、人中に出ている。
あれは、いつのことだったか、殿上人が大勢、それも立派な方々ばかりが、この女御の所に集まり、色々な楽器を奏し、騒がしくない程度に拍子を取ったりして、遊んだことがあった。
秋の夕暮れの、何となく風情のある頃で、宰相の君も御簾近くにいらして、常になく冗談をおっしゃるのを、女房達が珍しがり、矢張り、他の方と違うと、誉めていると、この近江の君が、女房連中を押し分けて、出て来た。あら嫌だ、これは、どうなさるつもり、と引っ張り入れようとするが、とても意地の悪い目つきで睨み、頑張るので、困りきって、変なことをしないか、とお互いに、突っつき合っていた。
すると、この世にも、珍しい真面目な、夕霧を、近江は、この人よ、この人よ、と誉めそやす声が、囁きだが、御簾の外まで、はっきりと聞える。女房たちは、困りきっているのに、声もはっきりと、

近江
沖の船、寄るべがなくて、波に漂っているなら、漕ぎ寄せます。行き場を教えてください。

棚なし小船のように、一人の方ばかり思っていらっしゃるの。あら、ごめんなさい、と言うので、酷く驚いて、こちら様には、こんな不躾なことを言う人など、聞いたこともないが、と、考えて、あの評判の姫君なのだと、おかしくて、

夕霧
寄るべがなくて、風にもてあそばれている船人でも、心にもない方に、磯伝いは、しません。

とおっしゃったので、女は、引っ込みがつかなくなった、という、お話。

最後は、作者の言葉。

真木柱を終わる。


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2014年01月19日

もののあわれについて652

梅枝 うめがえ

御裳着の事思し急ぐ御心おきて、世の常ならず。東宮も、同じ二月に、御冠の事あるべければ、やがて御参りもうち続くべきにや。




明石の姫君の、御裳着の事を、準備されるご配慮は、並々ではない。東宮も、同じ二月に、御元服の式があるはずなので、そのまま、御参内の事も、引き続いている。




正月のつごもりなれば、おほやけわたくしのどやかなる頃ほひに、薫物合はせ給ふ。大弐の奉れる香ども御覧ずるに、なほ古へのには劣りてやあらむと思して、二条の院の御倉開けさせ給ひて、唐の物ども取り渡らせ給ひて御覧じ比ぶるに、源氏「錦綾なども、なほ古き物こそなつかしう細やかにはありけれ」とて、近き御しつらひの物の覆、敷物、褥などの端どもに、故院の御世の初めつ方、高麗人の奉れりける綾緋金錦どもなど、今の世の物に似ず、なほ様々御覧じあてつつせさせ給ひて、この度の綾うすものなどは人々に賜はす。




正月の行事が、一通り終わり、月末なので、公私共に、お暇な時に、薫物を調合される。太宰の大弐が献上した、香などを御覧になると、矢張り昔の香には劣っているであろうかと、二条の院の倉を開けさせて、唐の渡来の品々を色々取り出して、持って来させ、見比べると、源氏は、綾錦などでも、矢張り、昔の物の方が、親しみもあり、上等であった、と、おっしゃり、お傍の道具類のカバーや、敷物、座布団などの縁といった物に、亡き上皇治世の初めのころに、高麗人が献上した緋金錦など、近頃の物には似ないで、それぞれ、適当な物を、あれこれと、鑑定して、矢張り使われ、今度の、大弐が献上した綾羅などは、女房達に御下賜になる。




香どもは、昔今の取り並べさせ給ひて、御方々に配り奉らせ給ふ。源氏「二種づつ合はせさせ給へ」と、聞えさせ給へり。贈り物、上達部の禄など世になき様に、内にも外にもこと繁く営み給ふに添へて、方々に選り整えて、かな臼の音、耳かしがましき頃なり。




数々の香は、昔の物や、今の物を、目の前に取り揃えて、ご婦人方に、お配りする。源氏は、二種類ずつ香を作ってください。と、申し上げる。裳着の時の、贈り物、上達部への、禄の品物など、またとないほど結構で、六条の院の内でも、外でも、忙しく作られる。更に、あちこちのご婦人方のところでも、材料を選び、準備して、鉄臼の音が、喧しく聞える、この頃です。




大臣は寝殿に離れおはしまして、承知の御いましめの二つの方を、いかでか御耳には伝へ給ひけむ、心にしめて合はせ給ふ。上は、東の中のはなちいでに、御しつらひ、ことに深うしなさせ給ひて、八条の式部卿の御方を伝へて、かたみにいどみ合はせ給ふ程、いみじう秘し給へば、源氏「匂ひの深さ浅さも、勝ち負けの定めあるべし」と、大臣宣ふ。人の御親げなき御争ひ心なり。




大臣、源氏は、寝殿に、紫の上と離れて、御座所を構え、仁明天皇御櫃秘伝の二つの調合方を、どうして耳にされたのか、熱心に作られる。
紫の上は、東の対のお部屋で、設備を厳重に整え、仁明天皇の八条指式部卿の御秘法を伝えて、互いに競争して、調合されている間、酷く秘密にしているので、源氏は、匂いの深さ浅さも、二人の間で、勝負を決めようと、おっしゃった。子を持つ親御らしくない、競争心である。




いづ方にも、御前に侍ふ人あまたならず、御調度どもも、そこらの清らを尽くし給へる中にも、香ごの御箱どものやう、火取の心ばへも、目なれぬ様に、今めかしう、やう変へさせ給へるに、所々の心を尽くし給へらむ匂ひどもの、すぐれたらむどもを、かぎ合はせて入れむと思すなりけり。




殿様も奥方もどちらも、お傍に控える女房は多くなく、お道具の品々も、多く善美を尽くし、特に、香壺を入れるお箱の作り方、香壺の恰好、香炉の意匠といった物も、見慣れたものではなく、今風で、趣向を変えてお作りになったが、御婦人方が、一生懸命に御苦心されている、香の中で、優秀な物の幾種かを、一度聞いてみた上で、香壺に入れようと思うのである。




二月の十日、雨少し降りて、お前近き紅梅盛りに、色も香も似る物なき程に、兵部卿の宮渡り給へり。兵部卿「御いそぎの今日明日になりにけること」と、とぶらひ聞え給ふ。昔よりとり分きたる御仲なれば、隔てなく、その事かの事と聞え合はせ給ひて、花をめでつつおはする程に、前斎院より、とて、散り過ぎたる梅の枝につけたる御文もと参れり。宮、聞し召す事もあれば、宮「いかなる御消息のすすみ参れるにか」とて、をかしと思したれば、ほほえみて、源氏「いとなれなれしき事聞えつけたりしを、まめやかに急ぎものし給へるなめり」とて、御文は引き隠し給ひつ。




きさらぎの十日、雨が少し降って、庭先の紅梅が花盛りで、紅の色も、香りも、またとない時分に、兵部卿の宮がお見えになった。宮は、御裳着の支度が、一両日の中に迫り、お忙しいでしょう、と、お伺い申し上げる。
昔から、特に仲の良い御二人の間柄なので、隠し隔てなく、何かのことにつけて、ご相談されて、梅の花を観賞なさっているところへ、前斎院からといって、花がわずかに残る、梅の枝につけたお手紙を持って来た。
宮は、お耳にされていることもあり、どのような手紙が、あちらから参ったのでしょうか、といって、面白がる。微笑んで源氏は、たいそう無遠慮なことを、お願いしたのですが、几帳面に、早速お作りになったのでしょう。と、おっしゃり、お手紙を隠された。

posted by 天山 at 05:29| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月20日

もののあわれについて653

沈の箱に、瑠璃の杯二つすえて、大きにまろがしつつ入れ給へり。心葉、紺瑠璃には五葉の枝、白きには梅を選りて、同じく引き結びたる糸の様も、なよびかになまめかしうぞし給へる。宮「えんなるものの様かな」とて、御目とどめ給へるに、

前斎院
花の香は 散りにし枝に とまらねど 移らむ袖に 浅く染まめや

ほのかなるを御覧じつけて、宮はことごとしう誦し給ふ。宰相の中将、御使尋ねとどめさせ給ひて、いたう酔はし給ふ。紅梅襲の唐の細長添へたる女の装束かづけ給ふ。御返りもその色の紙にて、お前の花を折らせてつけさせ給ふ。宮、「うちの事思ひやらるる御文かな。何事の隠ろへあるにか、深く隠し給ふ」と恨みて、いとゆかしと思したり。源氏「何事かは侍らむ。くまぐましく思したるこそ苦しけれ」とて、御硯のついでに、

源氏
花の枝に いとど心を 染むるかな 人の咎めむ 香をば包めど

とやありつらむ。




沈香木製の箱に、瑠璃の香壺を二つ置いて、大きく丸めて、入れてある。糸飾りは、紺色の瑠璃の壺には、五葉松の枝、白い壺には、白梅を彫って、同じような糸の結び方でも、優しく女性的に作られていた。
宮は、優雅な出来栄えです。と、おっしゃり、御目を、じっと留められると、

前斎院
散ってしまった、梅の花の枝には、香りは、留まりませんが、たきしめる姫君の袖には、深く残ります。

薄墨であるのを見つけて、宮は、わざとらしく、口ずさむ。宰相の中将は、お使い者を探し出して、引きとめ、十分に酒を振舞う。紅梅襲の唐織物の細長を添えた、女の装束一揃えを、お与えになる。
ご返事も、その紅梅色の色紙で、庭先の紅梅の花を折らせて、お付けになった。宮は、中味が気になるお手紙ですね。どんなことが書かれているのか、深く隠していますと、恨んで、酷く見たがっている。
源氏は、何事がありましょう。隠しているように思われるのが、迷惑です。と、おっしゃり、お筆のついでに、

源氏
一が、咎めることがあってはと、隠していますが、美しい花の枝のお便りには、ひとしお心を惹かれました。

と、あったような・・・

最後は、作者の言葉。

今回は、上記の文を、分析してみることにする。
源氏物語が、如何に、難しいか・・・いや、滅茶苦茶なのか・・・

まず、登場人物である。
源氏、宮とは、兵部卿の宮、宰相の中将とは、夕霧である。
そして、手紙は、前斎院の、朝顔。
その使者であり、最後が、作者である。
書かれていないが、お付の者どももいる。

手紙と共に、香が、前斎院の朝顔から、贈られてきた。
その様を、書き記す。

なよびかになまめかしうぞ・・・
優美で、女性的で・・・
それが、朝顔の贈ってきた、香の様子である。

更に、歌が添えてある。
花の香は 散りにし枝に とまらねど 移らむ袖に 浅く染まめや
はなのかは ちりにしえだに とまらねど うつらむそでに あさくそまめや

花の香りは、枝枝に散って、留まらないが、焚き染める姫君の袖には、染まります。

それに対して、兵部卿の宮が、
ほのかなるを御覧じつけて・・・ことごとしう誦し給ふ、のである。
その歌を、口に出して、読むのである。

そして、夕霧が、使いの者に、
尋ねとどめさせ給ひて・・・

誰かと、探して・・・
いたう酔はし給ふ。のである。
つまり、酒を振舞い、いたく酔わせた、のである。

源氏は、その手紙の返事に、庭の花を折らせて、硯を取る。つまり、筆を取る。

その際に、源氏は、宮に隠すように書くので、宮が、恨みを言う。

源氏の歌は、
花の枝に いとど心を 染むるかな 人の咎めむ 香をば包めど
はなのえに いとどこころを しむるかな ひとのとがめむ かをばつつめど

はなのえ、とは、朝顔が贈った、梅の枝を受けて、贈り主の朝顔を指す。
香は、朝顔に対する、源氏の、慕情である。

そして、最後に、作者が、
とや ありつらむ

そのようでした。
そのように、あったようです、と、説明を付けている。

物語なので、わざわざ書く必要がないが、そのように聞いたのです、の調子である。

と、いうように、とても、難解な、物語、つまり、書き方が定まっていない時代の、小説なのである。

だが・・・
面白い。
物語、書き物の、価値は、面白いか、否か、である。
 

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2014年01月30日

もののあわれについて654

源氏「まめやかにはすきずきしきやうなれど、又もなかめる人の上にて、これこそはことわりの営みなめれと、思ひ給へなしてなむ。いとみにくければ、うとき人はかたはら痛さに、中宮まかでさせ奉りて、と思ひ給ふる。親しき程に慣れ聞え通へど、恥づかしき所の深うおはする宮なれば、何事も世の常にて見せ奉らむ、かたじけなくてなむ」など、聞え給ふ。宮「あえものも、げに必ず思し寄るべき事なりけり」と、ことわり申し給ふ。




源氏は、本当は、こんな薫物合わせは、物好きみたいですが、二人といない、娘のことで、このようにするのが、当然のことと、考えまして。器量もずいぶん悪いので、疎遠な方は、きまり悪く、中宮に、お里帰りしていただいて、と、思っています。中宮には、親しい間柄で、慣れ申し上げておりますが、気のおける点が深くあられる方ですので、何事の用意も、普通一通りで、お目にかけましては、恐れ多くて、などと、申し上げる。
宮は、中宮さまに、あやかるためにも、なる程、いかにも、お考えつきなさるべきことでした、と、ご判断を申し上げる。




このついでに、御方々の合はせ給ふども、おのおの御使して、源氏「この夕暮れのしめりに試みむ」と聞え給へれば、様々をかしうしなして奉れ給へり。源氏「これ分かせ給へ。誰にか見せむ」と、聞え給ひて、御火取ども召して、試みさせ給ふ。宮「知る人にもあらずや」と、卑下し給へど、言ひ知らぬ匂ひどもの進みおくれたる、かう一種などが、いささかの咎を分きて、あながちに劣りまさりのけぢめをおき給ふ。




この機会に、御婦人方の、調合された薫物を、それぞれ、お使いを出して、源氏は、この夕暮れの雨じめりに、試してみよう、と申し上げるので、色々と趣向を凝らして、源氏の元に届けられた。
源氏は、これを判定してください。「誰にか見せむ」と、申し上げて、火取りを幾つか取り寄せ、試みさせる。宮は、「知る人」でもないのに、と、謙遜されるが、何とも言いようのない香の中で、匂いの立ちすぎたものや、立たない香が、一種くらいはあるもの。その少しの欠点を、判定して、強いて、優劣の区別をつけられる。

誰かに見せむ
古今から
君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る
紀貫之





かのわが御二種のは、今ぞ取う出させ給ふ。右近の陣の御溝水のほとりに准へて、西の渡殿の下より出づる、みぎは近う埋ませ給へるを、惟光の宰相の子の兵衛の尉、堀りて参れり。宰相の中将取りて伝へ参らせ給ふ。宮「いと苦しき判者にもあたりて侍るかな。いとけぶたしや」と、悩み給ふ。同じうこそは、いづくにも散りつつ広ごるべかめるを、人々の心心に合はせ給へる、深さ浅さをかぎ合はせ給へるに、いと興ある事多かり。




あの、ご自分の二種の香は、いよいよ今、持ち出される。右近の陣の、御溝水の辺りに、埋める例に習い、西の渡殿の下から出ている、遣水の岸辺近くに、埋めさせたのを、惟光の息子の兵衛の尉が、掘って、持って来た。宰相の中将、夕霧が受け取り、御前に差し上げる。
宮は、まことに、辛い審判に任命されたものです。煙たくて、苦しいことと、困る。同じ調合法が、何処へも、ぽつぽつと散らばって伝わっているはずだが、人々が、思い思いに、調合された匂いの、深さ浅さを、色々聞き比べてみると、大変興味深いことが多い。




さらに何れともなき中に、斎院の御黒方、さ言へども、心にくく静やかなる匂ひことなり、侍従は、大臣の御は、すぐれてなまめかしう懐しき香なり、と定め給ふ。対の上の御は、三種ある中に、梅花華やかに今めかしう、少しとき心しらひを添へて、珍しきかをり加はれり。「この頃の風に類へむには、さらにこれにまさる匂ひあらじ」と、めで給ふ。




どれとは、言えない香の中で、斎院の黒方が、あのように言っても、奥ゆかしく、落ち着いた匂いが、格別である。侍従の香は、大臣のが、優れて艶やかで、やさしい匂いである。と、判定になった。
対の上の香は、三種類ある中で、梅花が、ぱっと明るく、新しい感じがあり、少しの鋭い工夫も加えてあり、珍しい匂いが入っている。
宮は、今頃の風に香らせるのは、決してもう、梅花以上の匂いはないでしょうと、誉められる。




夏の御方には、人々の香、心心にいどみ給ふなる中に、数々にも立ち出でずや、と、煙をさへ思ひ消え給へる御心にて、ただ荷葉を一種合はせ給へり。様変はりしめやかなる香して、あはれになつかし。冬の御方にも、時々によれる匂ひの定まれるに、消たれむもあいなし、と思して、薫衣香の方のすぐれたるは、さきの朱雀院のを移させ給ひて、公忠の朝臣のことに選び仕うまつれりし百歩の方など思こえて、世に似ずなまめかしさを取り集めたる、心おきてすぐれたり、と、いづれをも無徳ならず定め給ふを、源氏「心ぎたなき判者なめり」と、聞え給ふ。




夏の御方には、ご婦人方の香が、思い思いに競争している中では、人並みにも、ならないかと、煙さえも考えず、引っ込み思案の性格で、ただ、蓮の葉を一種類合わせられた。趣が変わった、しんみりとした、匂いがして、しみじみと、やさしい感じである。
冬の御方も、季節季節に基づいた香が、定まっているので、冬ゆえに、負けてしまっても、つまらないと、薫衣香の調合法の優秀なのは、前の朱雀院から学ばれて、公忠朝臣が、特に選んで、ご奉仕した百歩の方などを考え付いて、またとないほど、優雅なものを、調合した。その考案が優秀だと、どれも、取り得の無いものはないように、判定されるのを、源氏は、タチの悪い審判ですね、と、申し上げる。

つまり、宮の判定が、八方美人的だと、源氏が言うのである。

あはれになつかし
そのまま、受け取る方が、いい。
しみじみとして、懐かしさを感じる・・・
ような、気分なのである。


posted by 天山 at 17:40| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月31日

もののあわれについて655

月さし出でぬれば、大御酒など参り給ひて、昔物語などし給ふ。霞める月の影心にくきを、雨の名残の風少し吹きて、花の香なつかしきに、大殿の辺りいひ知らず匂ひ満ちて、人の御心地いとえんなり。




月が出て来たので、御酒などを召し上がり、昔話などをされる。霞んでいる月の光が、奥ゆかしく、雨上がりの風が少し吹いて、梅の花の香りが、やさしい。御殿の辺りは、言いようもないほど、匂いが満ちて、皆の気持ちを、魅了する。

名文である。
なつかしきに・・・
それは、今、昔のことではない。懐かしい気持ちにさせる、ムードである。




蔵人所の方にも、あすの御遊びのうちならしに、御琴どもの装束などして、殿上人などもあまた参りて、をかしき笛の音ども聞ゆ。内の大殿の頭の中将、弁の少将なども、見参ばかりにてまかづるを、とどめさせ給ひて、御琴ども召す。宮のお前に琵琶、大臣に筝の御琴参りて、頭の中将和琴賜はりて、華やかにかきたてたる程、いと面白く聞ゆ。宰相の中将、横笛吹き給ふ。折に合ひたる調子、雲居とほるばかり吹きたてたり。弁の少将、拍子とりて、梅が枝いだしたる程、いとをかし。童にて、韻塞の折、高砂うたひし君なり。宮も大臣もさし答へし給ひて、ことごとしからぬものから、をかしき夜の御遊びなり。




六条の院の、蔵人所でも、明日の管弦の御遊びの、試演にと、弦楽器類の支度などをして、殿上人なども、大勢参上して、趣きある笛の音などが、聞えてくる。内大臣の頭の中将、弁の少将なども、挨拶するだけで、退出するのを、引き留めて、弦楽器を取り寄せになる。兵部卿の宮の御前には、琵琶、源氏には、筝の琴を差し上げて、頭の中将は、和琴を戴いて、賑やかに、合奏を始めると、大変に、趣深く、聞える。
宰相の中将、夕霧は、横笛を吹かれる。季節に合った、曲の調べを、天まで響くほど、吹き立てた。弁の少将は、拍子を取って、梅が枝、を、謡い出した様子が、興味深い。
殿上童で、韻塞ぎの時に、高砂を謡った方である。宮も、源氏も、一緒に謡いになり、仰々しくはない、面白い夜の、音楽会である。




御かはらけ参るに、宮、

兵部卿
鶯の 声にやいとど あくがれむ 心しめつる 花の辺りに

千代も経ぬべし」と、聞え給へば、

源氏
色も香も 移るばかりに この春は 花咲く宿を かれずもあらなむ

頭の中将に賜へば、とりて宰相の中将にさす。

頭の中将、
心ありて 風のよくめる 花の木に とりあへぬまで 吹きやよるべき

情けなく」と、皆うち笑ひ給ふ。弁の少将、

霞だに月と花とを隔てずはねぐらの鳥もほころびしなまし」

まことに明け方になりてぞ、宮帰り給ふ。御贈物に、自らの御料の御直衣の御よそひ一くだり、手触れ給はぬ薫物二壺添へて、御車に奉らせ給ふ。宮

兵部卿
花の香を えならぬ袖に 移しもて ことあやまりと 妹やとがめむ

とあれば、源氏「いと屈したりや」と、笑ひ給ふ。御車かくる程に追ひて、
源氏
珍しと 古里人も 待ちぞ見む 花の錦を 着て帰る君

又なき事と思さるらむ」と、あはれ、いといたうからがり給ふ。次々の君達にも、ことごとしからぬ様に、細長小うちぎなどかづけ給ふ。




源氏に、お酌をされる際に、宮が、

兵部卿
鶯の鳴く音を聞いて、いよいよと魂が、抜け出しそうな気がします。心を引かれた花の所では、千年も過ごしてしまいましょう。
と、申し上げると、

頭の中将にお盃を差し上げ、それを受けて、宰相の中将にさして、

頭の中将
鶯の宿とする、梅の枝も、たわわなほどに、夜通し、その笛を吹き通してください。

宰相の中将、夕霧は、
気遣って、風さえ避けて吹く、梅の花の木に、むやみに笛を吹いて、近づいて、いいでしょうか。

無風流ですねと、皆、笑う。弁の少将は、

弁の少将
霞さえ、月と花とを隔てなければ、巣に眠る鳥も、鳴き出すことでしょう。

更に、夜明け方になり、兵部卿の宮は、お帰りになった。
宮への、御贈物として、ご自分のお召し料の、御直衣の、装束一揃えに、手をつけていない、薫物二壺を添えて、お車に差し上げられた。兵部卿は、

いただきものの、花の香を、いただき物の結構な、衣装の袖に移して帰りましたら、女と過ちをしたのかと、妻が、咎めるでしょう。

とあるので、源氏は、酷く神経質ですね。と、笑う。お車に牛をつける間に、追っかけて、

源氏
珍しいことと、あなたの家の方も、待ち受けて、御覧になりますよ。花の錦の、美しい衣装を着て、帰る、あなたのことを。

めったにないことだと、思うでしょう。とあり、宮は、酷く、辛がるのである。
それ以下の、君達も、大げさでないように、細長や、小うちぎなどを、おやりになる。



posted by 天山 at 05:45| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

もののあわれについて656

かくて西のおとどに、戌の時に渡り給ふ。宮のおはします西のはなちいでをしつらひて、御髪あげの内侍なども、やがてこなたに参れり。上も、このついでに、中宮に御対面あり。御方々の女房、押し合はせたる、数しらず見えたり。子の時に御裳奉る。大殿油ほのかなれど、御気配いとめでたし、と、宮は見奉り給ふ。大臣「思し捨つまじきを頼みにて、なめげなる姿を、進み御覧ぜられ侍るなり。後の世の例にやと、心せばく忍び思ひ給ふる」など、聞え給ふ。宮、「いかなるべき事とも、思う給へ分き侍らざりつるを、かうことごとしうとりなさせ給ふになむ、なかなか心おかれぬべく」と、宣ひ消つ程の恩気配、いと若く愛敬づきたるに、大臣も、思す様にをかしき御気配どもの、さし集ひ給へるを、あはひめでたく思さる。




こうして、西の御殿に、戌の時刻に、お出向きななった。
中宮の、お出であそばす西の対の噴水を整えて、御髪上げの役の、内侍なども、真っ直ぐに集まった。紫の上も、この機会に、中宮にご対面になる。お二方の女房が、一緒に来ているが、数えられないほどに、多い。
子の時刻に、御裳を、お召しになる。大殿油は、かすかだが、姫の様子は、とても美しいと、中宮は、拝見される。
源氏は、お捨てされまいと信じて、失礼に当たります姿を、進んでお目にかけました。後の世の先例になろうとか、狭い考えで、密かに気にしていました、などと、申し上げる。中宮は、どういうこととも、判断いたしませんでしたが、このように、たいそう、らしくおっしゃられるのでは、かえって、気が引けますと、何でもなく、おっしゃる様子が、とても若々しく、愛敬があるので、源氏の大臣も、理想通り、立派なご様子の婦人方が、お集まりだが、お互いの間も睦まじく結構だと、思うのである。

姫とは、明石の姫君である。
中宮は、秋好む中宮である。

後の世の例・・・
中宮が、太政大臣の姫君の、裳着の役を勤めたことである。




母君の、かかる折だにえ見奉らぬを、いみじと思へりしも、心苦しうで、参うのぼらせやせましと思せど、人のものいひをつつみて過ぐし給ひつ。かかる所の儀式は、よろしきにだに、いと事多くうるさきを、片端ばかり、例のしどけなくまねばむもなかなかにや、とて、こまかに書かず。




母君、明石が、このような機会にさえ、姫君にお目にかかれないのを、辛いことと、思っていたのも、気の毒ゆえ、参上させようかと思うが、人の陰口を恐れて、そのままになった。こうした邸での儀式は、普通の場合でさえも、何かと、煩雑で、面倒なものだが、一部分だけを、いつもの通り、まとまりなく写しても、どうかと思い、詳しくは、書きません。

最後は、作者の言葉。

片端ばかり、例のしどけなくまねばむもなかなかにや・・・
とて、こまかに書かず

時々、作者が、このように書き付ける。

いつもの通りのことで、詳しく書き付ける必要はないというのである。

物語の一つの特徴である。
当時の人ならば、想像がつく。
だが・・・現在の人は・・・

ただ、他の部分によって、少しばかり、想像することが、出来るが。
それも、また、面白い。


posted by 天山 at 01:56| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

もののあわれについて657

東宮の御元服は、二十よひの程になむありける。いとおとなしくおはしませば、人の、女ども競ひ参らすべき事を、心ざし思すなれど、この殿の思しきざすさまのいとことなれば、なかなかにてや交じらはむ、と左の大臣なども、思し止まるなるを、聞し召して、源氏「いとたいだいしき事なり。宮仕への筋は、あまたある中に、少しのけぢめをいどまむこそ、本意ならめ。そこらのきやうざくの姫君たち、引きこめられなば、世に映えあらじ」と、宣ひて、御参り延びぬ。次々にもと静め給ひけるを、かかる由、所々に聞き給ひて、左大臣殿の三の君参り給ひぬ。麗景殿と聞ゆ。




東宮の御元服は、二月二十日過ぎの頃だった。
大変、大人であるから、人々が、競争して、入内させることを、希望しているが、源氏は、予定されている様が、大変格別なので、しない方がましだというような宮仕えになろうかと、左大臣なども、中止される考えだということを、お耳にして、大変、けしからぬことだ。入内というものは、沢山いる中で、わずかの優劣の差を張り合うのが本当だろう。多くの優れた姫君たちが、引っ込めされるのだと、姫を持ったかいがない。と、おっしゃり、姫君の入内は、延期になった。
明石の姫君入内のあと、次々にと、差し控えていたが、このような事情を、あちらの方が聞いて、左大臣家の三の君が、入内された。
麗景殿と、申し上げる。

東宮とは、朱雀院の皇子。
源氏は、明石の姫君を入内させたい、考えである。つまり、それは、皇后にしたいということである。




この御方は、昔の宿泊所淑景舎を改めしつらひて、御参り延びぬるを、宮にも心もとながらせ給へば、四月にと定めさせ給ふ。御調度どもも、もとあるよりも整へて、御自らも、ものの下形、絵模様などをも御覧じ入れつつ、すぐれたる道々の上手どもを召し集めて、細かに磨き整へさせ給ふ。冊子の箱に入れるべき冊子どもの、やがて本にもし給ふべきを選らせ給ふ。古へのかみなき際の御手どもの、世に名を残し給へる類のも、いと多く侍ふ。




明石の姫君の御方は、昔の源氏の宿泊所の淑景舎を改装して、入内が延期になったのを、東宮におかせられても、待ち遠しく思いあそばすので、四月に、入内と決める。
道具類も、元からあった上にも、立派に支度し、ご自身でも、お道具の雛形や図案などをも、お目通しされて、それぞれの道の一流中の一流を召して、細かなところまで、立派に作らせる。冊子箱に入れる、冊子などは、そのまま手本になることができるのを選ぶ。上代の、この上も無い、名筆家方が、後世にその名を残した、筆跡類なども、随分沢山あります。




源氏「よろづの事、昔には劣りざまに、浅くなり行く世の末なれど、仮名のみなむ、今の世はいと際なくなりたる。古き跡は、定まれるやうにはあれど、広き心豊かならず、一筋に通ひてなむありける。妙にをかしきことは、とよりてこそ、書き出づる人々ありけれど、女手を心に入れて習ひし盛りに、こともなき手本多く集へたりし中に、中宮の母御息所の、心にも入れず走り書い給へりし一行ばかり、わざとならぬを得て、際ことに覚えしはや。さてあるまじき御名も立て聞えしぞかし。悔しき事に思ひしみ給へりしかど、さしもあららざりけり。宮にかく後見仕うまつる事を、心深うおはせしかど、なき御影にも見直し給ふらむ。宮の御手は、細かにをかしげなれど、かどや後れたらむ」と、うちさざめきて聞え給ふ。




源氏は、何から何まで、昔に比べて、見劣りするように悪くなる末の世だが、仮名だけは、際限なく、立派になった。昔の字は、書き方が定まっているようだが、ゆったりとした感じがあまりなく、一様に、似通ったものになっている。見事で、立派なものは、近代になってから、書ける人が、しきりに出て来たけれど、私が女手を熱心に習っていた頃は、難のつけられない手本を沢山集めた中に、中宮の母御息所が、何の気もなく走り書いた一行ほどの、無造作な筆跡を手に入れて、格別に優れていると、感心した。そういうことで、けしからぬ浮名を立てることになってしまった。癪なことと、思い込んでいらっしゃるだろうが、私は、それほど、薄情ではなかった。中宮に、こうして、お世話役を勤めていることを、お考えの深い方だったから、草葉の陰からでも、見直してくださるだろう。中宮の御筆跡は、こまやかに趣きがあるが、才気はないようだ。と、小声で、お話になる。

源氏の書家たちの、評価である。

いつの時代も、今は、末の世という。




源氏「故入道の宮の御手は、いと気色深うなまめきたる筋はありしかど、弱き所ありて、匂ひぞ少なかりし。院の尚侍こそ、今の世の上手におはすれど、余りそぼれて、癖ぞ添ひためる。さはありとも、かの君と、前斎院と、ここにとこそは書き給はめ」と許し聞え給へば、紫の上「この数には眩ゆくや」と聞え給へば、源氏「いたなう過ぐし給ひそ。にこやかなる方のなつかしさは、ことなるものを。真字の進みたる程に、仮名はしどけなき文字こそ交じるめれ」とて、まだ書かぬ冊子ども作り加へて、表紙、紐などいみじうせさせ給ふ。源氏「兵部卿の宮、左衛門の督などにものせむ。自らひとよろひは書くべし。気色ばみいますかりとも、え書き並べじや」と、我ぼめをし給ふ。




源氏は、故入道藤壺の宮の御筆跡は、まことに深く味わいもあり、美しい手の筋はあったが、なよなよした点があり、余韻が乏しかった。院の尚侍こそ、当代の名人であるが、あまり洒落すぎて、個性が強い。そうは言っても、尚侍の君と、前斎院と、あなたとは、上手だと思う、と認めると、紫の上が、この方々のお仲間入りは、恥ずかしいと、申し上げる。源氏は、ひどく謙遜しては、いけない。柔らかい筆の、親しい感じは、特別なもの。漢字が上手になってくると、仮名は、整わない文字が混じるものだから、と、おっしゃり、まだ書いていない、冊子などを追加して作り、表紙、紐など、大変立派に作らせた。
源氏は、兵部卿の宮、左衛門の督などに書いてもらおう。私自身も、二冊は、書こう。いくら気取っても、私の字も、お二方に並べないことはないだろう。と、自賛する。

なつかしさ
ここでは、親しい、という言葉として、使われている。




墨筆並びなく選り出でて、例の所々に、ただならぬ御消息あれば、人々難き事に思して、かへさひ申し給ふもあれば、まめやかに聞え給ふ。高麗の紙の薄様だちたるが、せめてなまめかしきを、源氏「この物好みする若き人々試みなむ」とて、宰相の中将、式部卿の宮の兵衛の督、内の大殿の頭の中将などに、「葦手歌絵を、思ひ思ひに書け」と、宣へば、皆心心にいどむべかめり。




墨や筆を最上のものを選び出して、いつものご婦人方の所に、特別の依頼を出すと、方々は、難しいと思い、辞退される方もいるので、ねんごろに、依頼される。
高麗渡りの紙の薄様風なのが、非常に優雅なのを、源氏は、あの風流事の好きな、若い人たちを試してみよう、とおっしゃり、宰相の中将、式部卿の宮の兵衛の督、内大臣家の、頭の中将などに、葦手や、歌絵を、各自思い通りに書きなさいと、おっしゃると、皆それぞれ、工夫して、競争するらしい。

宰相の中将とは、夕霧である。


posted by 天山 at 06:14| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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