2013年10月18日

もののあわれについて638

十一月になりぬ。神事など繁く、内侍所にもこと多かる頃にて、女官ども内侍ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿、昼もいと隠ろへたる様にもてなして、籠りおはするを、いと心づきなく、かんの君は思したり。宮などは、まいていみじう口惜しと思す。兵衛の督は、妹の北の方の御事をさへ、人笑へに思ひ嘆きて、とり重ね物思ほしたれど、をこがましう、恨みよりても今はかひなし、と思ひ返す。大将は、名に立てるまめの人の、年頃いささか乱れたる振舞ひなくて過ぐし給へる名残りなく、心ゆきて、あらざりし様に好ましう、宵暁のうち忍び給へる出入りもえんにとなし給へるを、をかしと人々見奉る。




霜月になった。
神の行事などが続いて、内侍所にも、用事の多い月であり、女官や内侍たちもやってきて、華やかに騒がしいが、大将殿は、昼も、たいそう人目につかないように気をつけて、女君のお部屋に籠もっているのを、酷く面白くなく、尚侍の君、玉葛は、思っている。
兵部卿の宮などは、更に、甚だしく残念に思う。兵衛の督は、妹に当たる大将の、北の方の事件まで、外聞が悪いと、情けなく思い、深く悩んでいたが、馬鹿げた話だ。恨んでみても、もうどうにもならない、と、考え直す。大将は、有名な堅物で、今まで、少しも女で、しくじるようなことはなかった。が、まるで、人が変わったように、ご満悦で、昔とは、別人のように、女のことに気を使い、夕方、朝方、明るいうちを、人目を忍んで、出入りも、恋人らしく振舞うのを、女房達は、おかしがって拝するのである。

女君も、かんの君も、玉葛のことである。




女は、わららかに賑ははしくもてなし給ふ本性ももて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬ様はしるき事なれど、大臣の思すらむこと、宮の御心様の心深う、情情しうおはせしなどを思ひ出で給ふに、恥づかしう口惜しうのみ思ほすに、もの心づきなき御気色絶えず。殿も、いとほしう人々も思ひ疑ひける筋を、心清くあらはし給ひて、わが心ながら、うちつけにねぢけたる事は好まずかし、と昔よりの事も思し出でて、紫の上にも、源氏「思し疑ひたりしよ」など聞え給ふ。今更に人の心癖もこそと思しながら、物の苦しう思されし時、さてもや、と思しより給ひし事なれば、なほ思しも絶えず。




女、玉葛は、明るく、華やかな性格も、表に出さず、とても塞ぎ込んで、自分から、進んでのことではないとは、誰にも、はっきりしているが、大臣、源氏が、どう思っているのか、兵部卿の宮の気持ちは、強く、思いやり深くしていらしたことなどを、思い出すと、顔も上げられず、悔しいと思うばかりで、何か、心にそぐわない様子が、続くのである。
殿、源氏も、玉葛にとって、気の毒なことは、誰も彼もが、二人の関係を疑い、それは、潔白だと、証明されたわけで、自分の心中でも、その場限りの、間違いは、避けている。と、昔からのことも、思い出して、紫の上に、疑っていましたね、など、申し上げる。こうなった以上は、いつもの癖を出しては、大変だと、思うのも、たまらなくなったときは、いっそ、自分の物に、と考えることもある人であるから、やはり、すっかりと、思い切ることもないのである。

何とも、複雑な源氏の、心境である。
いつもの、癖・・・




大将のおはせぬ昼つ方渡り給へり。女君、あやしう悩ましげにのみもとない給ひて、すくよかなる折りもなく、しほれ給へるを、かく渡り給へれば、少し起き上がりて、御凡帳にはた隠れておはす。殿も、用意ことに、少しけけしき様にもてない給いて、おほかたの事どもなど聞え給ふ。すくよかなる世の常の人にならひては、ましていふ方なき御けはひ有様を見知り給ふにも、思ひの外なる身の、置き所なく恥づかしきにも、涙ぞこぼれる。やうやうこまやかなる御物語になりて、近き御脇息に寄りかかりて、少しのぞきつつ聞え給ふ。いとをかしげに面やせ給へる様の、見まほしう、らうたい事の添ひ給へるにつけても、よそに見放つもあまりなる心のすさびぞかし、と、口惜し。




大将のいない、昼頃、源氏が、渡り、お出でになった。
女君、玉葛は、不思議なほどに、気分が優れず、気持ちのすっきりしている間もなく、元気が無いが、こうして、お出でになったので、少し起き上がり、凡帳に隠れるようにして、座っている。
殿様、源氏も、特に気を使い、少し改まった様子で、あれこれと、差し障りの無いお話をされる。面白みのない、平凡な人をいつも見ているので、以前より、いっそう、言いようの無い、様子や、姿と、今は解るにつけて、意外な運命の我が身は、置き場のなく、合わせる顔もなく、涙が出る。次第に、打ち解けて、お話し合いになり、源氏は、消息に寄りかかり、凡帳の中を覗きながら、お話になる。
たいへん美しく、面やつれしている様子が、見るに甲斐あり、愛らしさが加わって、人の物にしてしまうのも、あまりに物好き過ぎると、残念である。

源氏の心境が、何とも、色好みである。




源氏
おり立ちて 汲みは見ねども わたり川 人のせとはた 契りざらしちを

思ひの外なりや」とて、鼻うちかみ給ふけはひ、なつかしうあはれなり。女は顔を隠して、

玉葛
みつせ川 渡らぬ先に いかでなほ 涙のみをの 泡と消えなむ




源氏
立ち入った関係はないが、三途の川を渡る時、あなたを他人に任せようとは、思わなかったのに。

意外なことになってしまった。と、源氏。鼻をかみになる様子、慕わしく、胸が痛む。女は顔を隠して、

玉葛
三途の川を渡る前に、どうにかして、川の泡となって、消えてしまいたいと思います。

なつかしうあはれ
源氏の態度に、玉葛が、感動する。
懐かしい・・・慕わしい
あはれ・・・胸が痛む。感動する。

色々な場面で、この、なつかしうあはれ、が、使われる。
言葉以上の思いである。




posted by 天山 at 06:25| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月19日

もののあわれについて639

源氏「心幼なの御消え所や。さても、かの瀬はよぎ道なかなるを、御手の先ばかりは、引き助け聞えてむや」と、ほほえみ給ひて、源氏「まめやかには思し知る事もあらむかし。世になき痴れ痴れしさも、又後安さも、この世に類なき程を、さりともとなむ頼もしき」と聞え給ふを、いとわりなう聞き苦しと思いたれば、いとほしうて宣ひ紛らはしつつ、源氏「内に宣はする事なむいとほしきを、なほあからさまに参らせ奉らむ。おのが物と領じ果てては、さやうの御交らひも難けなめる世なめり。思ひそめ聞えし心は違ふさまなめれど、二条の大臣は心ゆき給ふなれば、心安くなむ」など、細かに聞え給ふ。あはれにも恥づかしくも、聞き給ふこと多かれど、ただ涙にまつはれおはす。いとかう思したる様の心苦しければ、思すさまに乱れ給はず、ただあるべきやう、御心使ひを教え聞え給ふ。かしこに渡り給はむ事を、とみにも許し聞え給ふまじき御気色なり。




源氏は、子供のような、消え場所ですね。それにしても、あの川瀬には、他の道は、ないそうだ。お手の先だけでも引いて、お助けしたいものだ。と、微笑み、本当は、解っている事もあるでしょう。私の、またとない、馬鹿さ加減も。それに、安心できることも。世間に例が無いということも。幾らなんでも、お分かりだろうと、心強く、思っています。と、おっしゃるのを、困りきって、聞きづらいと思っているので、気の毒になり、話を逸らせた。
源氏は、主上が、仰せられるのが、お気の毒ですから、やはり、ちょっと、参内しましょう。自分の物と思い込んでしまってからでは、そんなお勤めも出来ない、夫婦仲のようですし。初めに考えていた計画と違ってしまったけれど、二条の大臣は、満足しているようなので、安心です。など、あれこれと、お話になる。
玉葛は、ありがたい思いや、恥ずかしい思いで、お耳にされる言葉は多いが、ただ、泣き濡れている。源氏は、こんなにまで、悩んでいたとの様子が、いじらしく、思いのまま、羽目を外すこともされず、ただ、成すべき事、ご注意を教えて、申し上げる。
大将邸に、お移りになられることを、急には、お許しにならない様子である。




内へ参り給はむ事を、安からぬ事に大将思せど、そのついでに、やがてまかでさせ奉らむの御心つき給ひて、ただあからさまの程を許し聞え給ふ。かく忍び隠ろへ給ふ御振舞ひも、ならひ給はぬ心地に苦しければ、わが殿の中修理ししつらひて、年頃は荒らし埋もれ、うち棄て給へりつる御しつらひ、よろづの儀式を改め急ぎ給ふ。




参内する予定を、不快に思う大将であるが、それを機会に、そのまま自宅に退出させようという、考えが出てきた。それで、ほんのちょっと、との間ということで、お許し申し上げる。このように、人目を忍んで、隠される行為も、慣れていない方なので、気詰まりで、自分の邸に手を入れ、整えて、ここ数年、荒れたまま塵に埋もれて、放っておいた部屋飾りや、万端の儀式を新しく、用意されるのである。




北の方の思し嘆くらむ御心も知り給はず、悲しうし給ひし君達をも、目にも留め給はず、なよびかに、情情しき心うち交りたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人の為恥ぢがましからむ事をば、推し量り思ふ所もありけれ、ひたおもむきにすくみ給へる御心にて、人の御心動きぬべき事多かり。女君、人に劣り給ふべき事なし。人の御本性も、さるやむごとなき父親王の、いみじうかしづき奉り給へる。覚え世に軽からず、御容貌などもいとようおはしけるを、あやしう執念き御物怪にわづらひ給ひて、この年頃人に似給はず。うつし心なき折り折り多くものし給ひて、御中もあくがれて程経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひ聞え給へるを、珍しう御心移る方の、なのめにだにあらず、人々すぐれ給へる御有様よりも、かの疑ひおきて皆人の推し量りし事さへ、心清くて過ぐい給ひける、などを、あり難うあはれと思ひまし聞え給ふも、ことわりになむ。




大将の妻、北の方が、悲しむ気持ちも、理解無く、可愛がっていた、お子様たちにも、目もくれない。物柔らかで、思いやりのある人ならば、何につけても、その人のために、恥になるようなことはないようにするのだが。一徹で、融通の利かない、性格なので、人の気に障ることが多い。
女君は、誰にも、負けるところは、無い。本人の性格も、あの高貴な父宮が、とても大切なお育てになったので、世間の評判も高く、器量もよい。しかし、不思議に、しつこい物の怪に取り付かれて、ここ数年、普通の人のようではない。正気を無くす時が、多くあり、夫婦の仲も、離れたまま、長くになる。
正妻としては、二人と並んで扱える女はないと、思っていたが、珍しく、気持ちが移った、玉葛が、特に人より優れている様子も、さることながら、あの疑いを持って、一同が想像していたことさえ、潔白にしているなど、類稀で、心打たれることと、益々、思いを深くするのも、もっともである。

最後は、作者の言葉。
黒髭大将のことを書くのである。




式部卿の宮聞し召して、「今はしか、今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人悪くて添ひものし給はむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人笑へなる様に従ひ靡かでも、ものし給ひなむ」と宣ひて、宮の東の対を払ひしつらいて、渡し奉らむと思し宣ふを、「親の御あたりといひながら、今は限りの身にて、たち返り見え奉らむこと」と思ひ乱れ給ふに、いとど御心地もあやまりて、うちはへ臥しわづらひ給ふ。本性はいと静かに心よく、児めき給へる人の、時々心あやまりして、人に疎まれぬべき事なむうち交り給ひける。




式部卿の宮が、それをお耳にして、今更、新しい人を入れて、大切にする邸の片隅に、見苦しくいるのも、外聞が悪いであろう。私が生きている間は、それほど、見苦しい有様で、あちらの言うままになることはない。と、おっしゃり、御所の東の対を明けて、道具を置き、お移ししようと考え、口にもするが、北の方は、親の家とはいえ、今捨てられる身となっては、再び家に戻り、顔を合わせるのはと、思い悩むと、いっそう心が狂い出して、床に臥せる。
生まれつき、物静かで、気立てがよく、子供のような人だが、時々、狂乱して、人に敬遠されることが、時にあるのだ。

物の怪
今で言えば、精神疾患である。

今めかしき人・・・
玉葛のことである。


posted by 天山 at 05:46| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月20日

もののあわれについて640

住まひなどのあやしうしどけなく、物の清らもなくやつして、いとうもれいたくもてなし給へるを、玉を磨ける目移しに心もとまらねど、年頃の志ひきかふるものならねば、心にはいとあはれと思ひ聞え給ふ。大将「昨日今日のいと浅はかなる人の御中らひだに、よろしき際になれば、皆思ひのどむる方ありてこそ見果つなれ。いと身も苦しげにもてなし給ひつれば、聞ゆべき事もうち出で聞え難くなむ。年頃契り聞ゆる事にはあらずや。世の人にも似ぬ有様を、見奉り果てむとこそは、ここら思ひ静めつつ過ぐし来るに、えさしもありはつまじき御心掟に、思し疎むな。幼き人々も侍れば、とざまかうざまにつけて疎にはあらじ、と聞え渡るを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨み渡り給ふ。ひとわたり、見果て給はぬ程、さもありぬべき事なれど、任せてこそ今しばし御覧じ果てめ。宮の聞し召し疎みて、さはやかにふと渡し奉りてむと思し宣ふなむ、かへりていとかろがろしき。まことに思しおきつる事にやあらむ、しばし勘事し給ふべきにやあらむ」と、うち笑ひて宣へる。いとねたげに心やまし。




部屋などが、酷く乱雑で、綺麗さもなく、汚れ、とても鬱陶しくなっているので、玉を磨いたような場所を見慣れた目には、気に入らないが、長年の情は、急に変わるものではない。心の中では、大変、可哀想に、思うのである。
大将は、昨日今日の、浅い関係でさえ、悪くない身分となれば、皆、耐え忍ぶこともありつつ、添い遂げるもの。酷く、体を苦しそうにしているので、お話することも、言い出しにくくて。長年、約束していることではないか。普通ではない、ご病気のあなたを、最後まで、お世話しようと、この年月我慢して、暮らしてきたのに、そのように、最後まで、させないような気持ちで、私を、疎んじるな。子供たちもいることだから、悪いようにはしない。と、申し続けてきたのに、女心の慎み無さから、このように恨み続けている。一応、見極めるまで、もっともだが、私を信じて、もう少し、見守ってくれ。宮が、お耳に遊ばして、嫌がり、はっきりと、すぐにお引取り申すと言うのは、かえって、軽率だ。本気に決心されたことか。暫く、懲らしめるつもりなのか。と、笑って言う。
何とも、しゃくで、腹が立つ。

最後は、北の方の心境である。




御召人だちて、仕うまつりなれたる木工の君、中将の御許などいふ人々だに、程につけつつ、安からず辛しと思ひ聞えたるを、北の方はうつし心ものし給ふ程にて、いとなつかしううち泣きて居給へり。北の方「自らを、ほけたりひがひがしと宣ひ恥ぢしむるはことわりなる事になむ。宮の御事をさへ取りまぜ宣ふぞ。漏り聞き給はむはいとほしう、憂き身のゆかり軽々しきやうなる。耳なれにて侍れば、今初めていかにも物を思ひ侍らず」とて、うち背き給へる、らうたげなり。いとささやかなる人の、常の御悩みに痩せ衰へ、ひはづにて、髪いとけうらにて長かりけるが、分けたるやうに落ち細りて、梳る事もをさをさし給はず、涙にまろがれたるは、いとあはれなり。細かに匂へる所はなくて、父宮に似奉りて、なまめい給へる容貌し給へるを、もてやつし給へれば、何処の華やかなるけはひかはあらむ。




お妾として、お傍に仕える、木工の君、中将の御許などという人々でさえ、その身分相応に、穏やかではなく、酷いと思っている。北の方が、正気でいらっしゃる頃で、しおらしく、泣いていらした。
北の方は、私を、ぼけたと、僻んでいるとおっしゃり、きつく叱ったことは、最もなことです。でも、お父様のことまで、引き合いに出して、おっしゃるのは、もし、それを聞いたら、お気の毒ですし、つまらない私のために、ご身分に障るようです。私は、聞き慣れていますから、今更、何とも思いません、と言って、横を向かれた。可愛らしい姿である。たいそう、細かい人が、平生の病気で、痩せ細り、弱々しく、髪はとても綺麗で長かったのが、分け取ったように、抜け落ちて、梳ることもほとんどされず、涙で固まっているのは、痛々しい。
細やかに、つやつやと、美しい点はないが、父宮に似て、優雅なご器量でいらっしゃったが、汚くしているので、何の華やかな感じがありましょう。

いとあはれなり
ここでは、痛々しい・・・

御召人とは、大将の、お手つきの女たちである。




大将「宮の御事を軽くは如何聞ゆる。恐しう、人聞きかたはにな宣ひなしそ」と、こしらへて、「かの通ひ侍る所のいと眩き玉の台に、うひうひしうきすぐなる様にて出で入る程も、方々に人目立つらむと、かたはら痛ければ、心安く移ろはしてむと思ひ侍るなり。太政大臣の、さる世に類なき御覧覚えをば、さらにも聞えず、心恥づかしういたり深うおはすめる御辺りに、憎げなる事漏り聞えば、いとなむいとほしうかたじけなかるべき。なだらかにて、御中よくて、語らひてものし給へ。宮に渡り給へりとも、忘るる事は侍らじ。とてもこうても、今更に心ざしの隔たる事はあるまじけれど、世の聞え人笑へに、麿がためにも軽々しうなむ侍るべきを、年頃の契り違へず、かたみに後見むと思せ」と、こしらへ聞え給へば、




大将は、宮の御事を、どうして軽んじたりできよう。怖いことだ。人が誤解するようなことを、言わないでくれ。と、取り繕い、あの通っているところが、眩いばかりの、美しい御殿なので、物馴れず、生真面目な恰好で、出入りするのも、人目に立つだろうと、気が引けるゆえに、気楽に出来るように、移転させようと思っている。太政大臣の、あれほどの大した名声は、今更、申すまでもなく、ご立派で、行き届いているお暮らしのお邸の中に、感心しないことが、伝わるのは、まことに気の毒で、畏れ多い。穏やかにして、お二人、仲良くして、話し合ってくれ。父宮のところに移っても、忘れるようなことは、ありません。いずれにせよ、今更、愛情の薄れることはないだろうが、世間の評判は、悪くなり、私のためにも、身分に相応しくないことになります。今までの、長年の約束通り、互いの、面倒は見合うということで、居てください、と、取り繕い、申し上げる。

玉葛との関係、源氏に対する思い・・・
そして、正妻の、北の方に、お願いする、大将である。




北の方「人の御辛さは、ともかくも知り聞えず。世の人にも似ぬ身の憂きをなむ、宮にも思し嘆きて、今更に人笑へなること、と御心を乱り給ふなれば、いとほしう、いかでか見え奉らむとなむ。大殿の北の方と聞ゆるも、異人にやはものし給ふ。かれは、知らぬ様にて生ひ出で給へる人の、末の世にかく人の親だちもてない給ふ辛さをなむ、思ほし宣ふなれど、ここにはともかくも思はずや。もてない給はむ様を見るばかり」と宣へば、大将「いとよう宣ふを、例の御心違ひにや、苦しき事も出で来む。大殿の北の方の知り給ふ事にも侍らず。いつき女のやうにてものし給ふ人は、かく思ひおとされたる人の上までは知り給ひなむや。人の御親げなくこそものし給ふべかめれ。かかる事の聞えあらば、いと苦しかべきこと」など、日一日入り居て語らひ申し給ふ。




北の方は、あなたが、私に辛くするのは、何とも思いません。普通ではない身の病を、父宮も御心配されて、今更に、外聞の悪いことです。と、御心を砕いているとのこと。お気の毒で、顔も合わせられません。大殿の北の方、紫の上、と申し上げる方も、赤の他人でいらっしゃるのでしょうか。あの方は、知らないままに、成人された方で、後になり、このように、あの人の親らしくお世話する辛さを考えて、お口にされるようですが、私のほうは、何とも思いません。なさりようを見ているだけです。と、おっしゃると、大将は、よい事をおっしゃるが、いつものご乱心では、困ったことも、出てきましょう。大殿の北の方の、ご存知のことでもありません。箱入り娘のようにしていられる方は、こんなに軽蔑されている人の身の上までは、ご存知ありません。あの人の、親御らしくは、なくていらっしゃるようです。こんなことが、伝われば、さぞ困ることになりましょう。などと、一日中、お話し合いをされるのである。

人の上までは
玉葛のこと。
源氏と玉葛のことである。


posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月21日

もののあわれについて641

暮れぬれば、心も空に浮き立ちて、いかで出でなむと思ほすに、雪かきたれて降る。かかる空にふり出でむも、人目いとほしう、この御気色も、憎げにふすべ恨みなどし給はば、なかなかことつけて、我もむかへ火つくりてあるべきを、いとおいらかにつれなうもてなし給へる様の、いと心苦しければ、いかにせむと思ひ乱れつつ、格子などもさながら、端近ううち眺めて居給へり。北の方気色を見て、「あやにくなめる雪を、いかで分け給はむとすらむ。夜も更けぬめりや」と、そそのかし給ふ。今は限り、とどむとも、と思ひめぐらし給へる気色、いとあはれなり。大将「かかるには、いかでか」と宣ふものから、大将「なほこの頃ばかり。心の程を知らで、とかく人の言ひなし、大臣達も左右に聞き思さむ事を憚りてなむ。途絶えあらむはいとほしき。思ひ静めてなほ見はて給へ。ここになど渡しては心安く侍りなむ。かく世の常なる御気色見え給ふ時は、外様に分くる心も失せてなむ、あはれに思ひ聞ゆる」など語らひ給へば、北の方「立ちとまり給ひても、御心の外ならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。他にても、思ひだにおこせ給はば、袖の氷も解けなむかし」など、和やかに言ひ居給へり。




夕方になり、髭黒大将は、気もそわそわとして、なんとかして、出掛けたいと思う。が、あいにく、雪が降っている。
こんな空模様に出掛けるのも、見苦しいし、北の方の様子も、憎らしそうに、やきもちをやいて、恨みある態度に、かえって、それを口実に、自分も、逆にねじ食わせて、出てゆくものを、おっとりとして、冷静にしているのが、とても可哀想になる。どうしたものかと、あれこれ迷いつつ、格子など上げたまま、端の方に出て、考え込む。
北の方は、その様子を見て、あいにくの雪を、どうして分けてゆくつもりですか。夜も更けたようですし。と、お勧めになる。
もうおしまいだ。引き留めても、仕方がない、と見極めている様子は、不憫である。大将は、こんな夜に、どうして出られよう、と言いつつ、やはり、ここ暫くの間は、私の心も知らず、何かと女房たちが取り沙汰して、大臣たちも、方々から噂を耳にして、何と思うか、心配である。行かなければ、あちらに気の毒だ。心を落ち着けて、もう少し、見ていてください。こちらの邸に連れて来れば、気がねもなくなるだろう。今日みたいに、普通の様子でいる時は、他の女を思う気持ちもなくなって、あなただけを、愛らしく思うのです。などと、あれこれと、言う。北の方は、お出掛けにならなくとも、気持ちが他所に行っているのなら、かえって、辛いことです。よそにいらしても、思い出してくださりさえするなら、涙に濡れた袖の氷も、解けることでしょう。などと、穏やかにおっしゃるのである。





御火取り召して、いよいよ焚きしめさせ奉り給ふ。自らは、萎えたる御衣どもに、うちとけたる御姿、いと細うか弱げなり。しめりておはする、いと心苦し。御目のいたう泣き腫れたるぞ、少しものしけれど、いとあはれと見る時は、罪なう思して、いかで過ぐしつる年月ぞ、と、名残りなう移ろふ心のいと軽きぞや、とは思ふ思ふ、なほ心懸想は進みて、そら嘆きをうちしつつ、なほ装束し給ひて、小さき火取り取り寄せて、袖に引き入れてしめ居給へり。なつかしき程に萎えたる御装束に、容貌も、かの並びなき御光にこそ圧さるれど、いと鮮やかに男々しき様して、ただ人と見えず、心恥づかしげなり。




北の方は、香炉を取り寄せて、益々焚き染めさせる。ご自身は、着慣れたお召し物を重ねて、普段着の姿で、たいそうほっそりと、か弱げである。沈んでいるのが、痛々しい。目の酷く泣きはらしたのは、少し疎ましいが、とても愛情を感じて、見ている時は、それも、気にならない。どのように、長年、暮らしてきたのかと、すっかり、心変わりする自分が、軽率だと思うものの、矢張り、玉葛に対する恋しさは、増すばかり。溜息をついて見せつつ、着物を改めて、小さな香炉を取り寄せ、袖に香を焚き染めている。程よく着慣れたお召し物で、器量も、あの類ない源氏の美しさには圧倒されるが、とてもすっきりと、男らしい感じである。臣籍の者とは、見えず、何となく、気後れするほどである。

かの並びなき御光
源氏のことである。

最後は、作者の言葉。




侍ひに人々声して、「雪少しひまあり。夜は更けぬらむかし」など、さすがにまほにはあらで、そそのかし聞えて、声づくり合へり。中将、木工など、「あはれの世や」などとうち嘆きつつ、語らひて臥したるに、正身はいみじう思ひ静めて、らうたげに寄り臥し給へりと見る程に、にはかに起き上がりて、大きなる籠の下なりつる火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さといかけ給ふ程、人のややみあふる程もなうあさましきに、あきれてものし給ふ。さる細かなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれて物も覚えず、払ひ捨て給へど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎ給ひつ。うつし心にてかくし給ふぞ、と思はば、また顧すべくもあらずあさましけれど、例の御物怪の、人に疎ませむとする業と、お前なる人々も、いとほしう見奉る。




詰め所で、供人たちが、申す。雪が少し、止みました。すっかり夜が更けたようです。
それでも、あらわにできないが、催促して、咳払いを幾人もする。
中将や、木工などは、あはれの世などと溜息をつきながら、話し合って横になっている。ご本人は、よくも心を落ち着けて、愛らしく、脇息に寄り臥している。と、見る間に、起き上がり、大きな籠の下にあった、火取りを手にして、殿の後ろに回り、さっと、浴びせる、その時、人々が取り押さえる暇もなく、驚いて大将は、呆然としている。
細かな灰が、目鼻にまで入り、ぼんやりとして、何も分らない様子。灰は払い捨てるが、辺り一面に立ち込めているので、下着まで脱がれた。
正気で、こんなことをするのかと思うと、二度と見向く気もしないが、例により、物の怪が、北の方を、人に嫌わせようと、しているのだと、周囲の女房たちも、気の毒に思う。

あはれの世や
情けないことだ・・・




立ち騒ぎて、御衣ども奉り換へなどすれど、そこらの灰の、御鬢のわたりにも立ち昇り、よろづの所に満ちたる心地すれば、清らを尽くし給ふわたりに、さながら参うで給ふべきにもあらず。心違ひとはいひながら、なほ珍しう見知らぬ人の御有様なりや、と、爪弾きせられ、疎ましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、この頃荒だててば、いみじき事出で来なむ、と思し静めて、夜中になりぬれど、僧など召して、加持まいり騒ぐ。呼ばひののしり給ふ声など、思ひ疎み給はむことわりなり。




大騒ぎになり、着替えなどするのだが、その辺り一面の灰が、鬢の所にも立ち上り、どこもかしこも、灰にまみれている気がする。綺麗にしょうとするが、このまま、出掛ける訳にも、いかない。気が違っているとはいえ、矢張り、珍しい見たことも、聞いたこともない人の、有様で、爪弾きして、嫌らしくなり、愛情を感じていた気持ちも、消え失せてしまったが、今、事を荒立てると、大変なことになるだろうと、心を静め、夜中ではあるが、僧などを呼んで、加持をさせる騒ぎだ。
わめき叫んでいる声などは、大将が、嫌になるのも、無理はない。

最後は、作者の言葉である。


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2013年11月11日

もののあわれについて642

夜一夜打たれ引かれ泣き惑ひ明かし給ひて、少しうち休み給へる程に、かしこへ御文奉れ給ふ。
大将「よべにはかに消え入る人のはべしにより、雪の気色もふり出で難く、休らひはべしに、身さへ冷えてなむ。御心をばさるものにて、人いかに取りなし侍りけむ」と、きすぐに書き給へり。

大将
心さへ 空に乱れし 雪もよに 一人さえつる かたしきの袖

堪え難くこそ」と白き薄様に、づしやかに書い給へれど、殊にをかしき所もなし。手はいと清げなり。才賢くなどぞものし給ひける。尚侍の君、夜がれを何とも思されぬに、かく心ときめきし給へるを見も入れ給はねば、御返りなし。男胸つぶれて、思ひ暮らし給ふ。心のうちにも、「この頃ばかりだに、事なくうつし心にあらせ給へ」と念じ給ふ。まことの心ばへのあはれなるを見ず知らずは、かうまで思ひ過ぐすべくもなきけうとさかな、と思ひ居給へり。




一晩中、打たれ引かれ、泣き騒いで、朝を迎えた。疲れて、少しうとうとする間に、大将は、あちら、玉葛に、お手紙を差し上げた。

大将は、昨夜、急に、死に掛かった人がいまして、雪の降る具合も、出掛けにくく、ぐずぐすしておりましたところ、体まで冷えてしまいました。あなたは、もとより、周りの人は、どのように、取り沙汰したことでしょう、と生真面目に書いた。

大将
雪ばかりか、心まで、上の空に乱れました。この雪に、一人寂しく、片袖を敷いて、寝ました。

耐えられません。と、白い薄様に、堂々と書いているが、取り立てて、風情もない。筆跡は、見事である。漢字は、随分と学んでいた。尚侍の君、玉葛は、夜がれを、何とも思わないので、大将が、気を揉んでいるのに、見ようともせず、お返事もない。
男は、落胆して、一日、気にしている。北の方は、苦しそうにしているので、お祈りを始めるように、命じる。心のうちでも、せめてもう暫くの間だけでも、何事もなく、正気でいて下さい、と、お祈りする。
この方の本当の、心根の優しさを知らなかったら、こうまで我慢していられない、気味の悪さだと、思っている。

あはれなるを見ず知らず
北の方の性格を、大将が思う。それが、あはれなる、である。

この頃ばかりだに
玉葛を迎え入れる間のこと。

けうとさかな
精神錯乱状態。




暮るれば例の急ぎ出で給ふ。御装束の事なども、めやすくなし給はず、世に怪しう、うち合はぬ様にのみむつかり給ふを、あざやかなる御直衣なども、え取りあへ給はで、いと見苦し。よべのは焼け通りて、うちましげに焦がれたる匂ひなどもことやうなり。御衣どもに移り香もしみたり。ふすべられける程あらはに、人もうし給ひぬければ、脱ぎ替へて、御湯殿など、いたう繕ひ給ふ。木工の君、御たきものしつつ、

木工
ひとり居て 焦がるる胸の 苦しきに 思ひ余れる 焔とぞ見し

名残りなき御もてなしは、見奉る人だにただにやは」と口おほひて居たる、眉いといたし。されど、いかなる心にてかやうの人に物を言ひけむ、などのみぞ覚え給ひける。情けなきことよ。




夕方になると、いつも通り、急いで、出掛ける。
お召し物のことなども、見苦しくないように、整えることもなく、とても妙で、ぴったりしないと、苦情ばかりを言うが、すっきりとした直衣など、間に合わず、酷く、見苦しい。昨夜の焼け穴が出来て、気味悪く、こげた匂いがするのも異様である。下着にも、その匂いが移り、染み付いている。やきもちを焼かれた跡が、はっきりしていて、あちらの人も、嫌がるだろうから、着替えて、湯殿に行ったり、ひどくめかしている。木工の君は、新しいお召し物に、香を焚き染めつつ、

木工
奥様が一人いて、ご主人を恋焦がれる胸の苦しさに、思い余り、焔と存じます。

打って変わった、仕打ちは、お付する私どもでさえ、黙っていられましょうか、と口元を覆っている。その眉が美しい。しかし大将は、どんな気持ちで、こんな女に、馴れ初めたのかと、そんなことばかりが、思われる。
酷いことです。

最後は、作者の言葉。




大将
憂きことを 思ひ騒げば 様々に くゆる煙ぞ いとど立ち添ふ

いとことの外なる事ども、もし聞えあらば、中間になりぬべき身なめり」と、うち嘆きて出で給ひぬ。ひと夜ばかりの隔てだに、また珍しうをかしさまさりて覚え給ふ有様に、いとど心を分くべくもあらず覚えて、心憂ければ、久しう籠り居給へり。




大将
嫌なことを思い、心が乱れる。あれこれと、後悔の煙がいっそう立つ。

全く、とんでもない話が、評判になれば、馬鹿のように思われるのは、自分だろう。と、溜息をつき、お出掛けになる。一夜逢わずにいただけなのに、改めて、珍しく思え、美しさが勝った様子なので、益々、愛情を分けられそうもない。憂うつで、長い間、どこにも行かずに、居続けているのである。

中間になりぬ
どちらにも行けない。

玉葛の所に、居続けるでいるのだ。


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2013年11月12日

もののあわれについて643

修法などし騒げど、御物の怪こちたく起こりてののしるを聞き給へば、あるまじき瑕もつき、恥ぢがましき事必ずありなむ、と恐しうて、寄りつき給はず。殿に渡り給ふ時も、こと方に離れ居給ひて、君達ばかりをぞ、呼び放ちて見奉り給ふ。女ひと所、十二、三ばかりにて、また次々に男二人なむおはしける。近き年頃となりては、御中も隔たりがちにて慣らはし給へれど、やむごとなう立ち並ぶ方なくてならひ給へれば、今は限りと見給ふに、侍ふ人々もいみじう悲しと思ふ。




修法などを、盛んにするが、物の怪が数多く出て来て、わめいていると聞くので、とんでもない非難を受け、外聞の悪いことも、きっと起こるだろうと、恐ろしくて、近づかないのである。
たまに、邸に戻っても、北の方の所には近づかず、子供たちだけを、別の部屋に呼び出して、お会いする。女の子がひと方、十二、三くらいで、その下に、男の子が二人おいでになる。最近になり、夫婦別居がちにしているが、本妻らしく、肩を並べる女もなく暮らしていたので、いよいよ最後だと思うと、女房たちも一緒に、酷く悲しい限りと、思う。




父宮聞き給ひて、「今は、しかかけ離れて、もて出で給ふらむに、さて心強くものし給ふ、いと面無う人笑へなる事なり。おのがあらむ世の限りは、ひたぶるにしも、などか従ひくづをれ給はむ」と聞え給ひて、にはかに御迎へあり。北の方、御心地少し例になりて、世の中をあさましう思ひ嘆き給ふに、かくと聞え給へれば、「しひて立ち止まりて、人の絶え果てむ様を見果てて、思ひとぢめむも、今少し人笑へにこそあらめ」など思し立つ。御兄の君達、兵衛の督は上達部におはすればことごとしとて、中将、侍従、民部の大輔など、御車三つばかりして、おはしたり。「さこそはあべかめれ」と、かねて思ひつる事なれど、さしあたりて今日を限りと思へば、侍ふ人々もほろほろと泣き合へり。女房「年頃ならひ
給はぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたは侍はむ。かたへはおのおの里にまかでて、静まらせ給ひなむに」など定めて、人々おのがじしはかなき物どもなど、里に運びやりつつ、乱れ散るべし。




父宮が、お聞きになって、もはや、そのように別居して、明確にしているのに、気強くいるのは、名誉を汚し、笑い者になるだけだ。私が生きている間は、何も無理して、従うことしはない。と、申し上げて、急にお迎えされる。
北の方は、気持ちが普通になって、夫婦の仲を、情けなく思い嘆いているが、お迎えのことを申し上げると、無理にここに残り、あの人が、私を全く捨てるのを、見届けて諦めるというもの、もっと笑い者になるだろう、などと、決心される。
お兄様方、兵衛の督は、上達部であるから、大袈裟過ぎると、中将、侍従、民部の大輔などが、お車を三台ほど連ねていらした。
結局は、こうなることと、以前から予想していたが、目に見えて、今日が最後と思うと、女房達も、ぽろぽろと涙を流し、泣き合うのである。
女房は、長年されていない、よその住まいのこと、狭くもあり、慣れませんことですから、とても大勢では、お供できません。幾人かは、それぞれ里に下がり、落ち着いてからのこと、などと決めて、女房達は、それぞれ、少しの持ち物を里、実家に運び出し、ばらばらに散るようである。




御調度どもは、さるべきは皆したため置きなどするままに、上下泣き騒ぎたるは、いとゆゆしく見ゆ。君達は何心もなくてありき給ふを、母君皆呼びすえ給ひて、北の方「自らは、かく心憂き宿世、今は見果てつれば、この世に後とむべきにもあらず、ともかくもさすらへなむ。生ひ先遠うて、さすがに散りぼい給はむ有様どもの、悲しうもあべいかな。姫君は、となるともかうなるとも、おのれに添ひ給へ。なかなか男君達は、えさらず参うで通ひ見え奉らむに、人の心とどめ給ふべくもあらず、はしたなうてこそ漂はめ。宮のおはせむ程、形のやうに交らひをすとも、かの大臣達の御心にかかれる世にて、かく心おくべきわたりぞとさすがに知られて、人にもなり立たむ事難し。さりとて山林に引き続き交らむ事、後の世までいみじきこと」と泣き給ふに、皆深き心は思ひ分かねど、うちひそみて泣きおはさうず。乳母「昔物語などを見るにも、世の常の心ざし深き親だに、時にうつろひ人に従へばおろかにのみこそはなりけれ。まして形のやうにて、見る前にだに名残りなき心は、かかり所ありてももてない給はじ」と、御乳母どもさし集ひて宣ひ嘆く。




お道具の数々も、置くべき物は、すべて置いたりするも、上の者も下の者も、大泣きするのは、とても不吉な感じがする。
お子様たちは、無邪気にあちこちと歩き回るが、母君が、呼び寄せて、座らせて、私は、こんな不運な身と、今は諦めていますが、このまま生き続ける気もなく、どうなりと、なるようになりましょう。でも、将来のある、あなた達は、散り散りになるのが、悲しい。姫君は、どうなるにせよ、覚悟して、私に着いてきなさい。男の子たちは、やむを得ず、行き来して、顔を合わせることになるでしょうが、お父様は、構って下さりそうにないから、落ち着きのない生活をすることでしょう。宮様が生きている間は、いちおうの宮仕えは出来ても、あの大臣たちの、お心のままになる、この頃のこと、あの安心出来ない、一族と、やはり目をつけられて、一人前に、出世することも難しい。でも、私の後を追って、山や林に出家したりしては、あの世に行っても、諦めきれない、などと、泣くと、子供達は、深い事情はわからないが、べそをかいている。
乳母は、昔物語などを見ても、子供を可愛がる親でも、時勢に流され、後妻の言うままになり、子供を構わなくなるものです。まして、親とは、名ばかりで、私の見ている前でさえ、昔の思い出のかけらもないお方で、力になってやるようなことは、ないでしょう、と、乳母たちが集まり、北の方ともども、話し嘆いている。

かの大臣達の御心にかかれる世
それは、源氏などの、大臣、おとど、のことを言う。

昔物語とは、継母のお話である。

姫君を連れてゆくという、北の方。
男の子達は、大将の元に。
当時の、身分を知らないと、理解できないことが多々ある。

父宮のところに、姫君を連れてゆくのは、大丈夫だが・・・
大将の元にいる、男の子達は、身分が低くなるということである。

物語には、離別するとは、書かれていない。
それが、後妻になっている。
本妻の他に、妾を持ってもいいはずが・・・

それは、源氏の娘としての、玉葛の身分が、上だからである。

女房達に、手をつけても、問題がないのは、身分が低いからである。


posted by 天山 at 06:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月13日

もののあわれについて644

日も暮れ、雪降りぬべき空の気色も、心細う見ゆる夕べなり。君達「いたう荒れ侍りなむ。早う」と御迎への君達そそのかし聞えて、御目おし拭ひつつ眺めおはす。姫君は、殿いとかなしうし奉り給ふ習ひに、見奉らではいかでかあらむ。「今なうむとも聞えで、また会ひ見ぬやうもこそあれ、と思ほすに、うつぶし伏して、え渡るまじと思ほしたるを、北の方「書く思したるなむ、いと心憂き」など、こしらへ聞え給ふ。ただ今も渡り給はなむ、と待ち聞え給へど、かく暮れなむに、まさに動き給ひなむや。常に寄り居給ふ東面の柱を、人に譲る心地し給ふもあはれにて、姫君、檜肌色の紙の重ね、只いささかに書きて、柱の乾割れたる狭間に、かうがいの先して押し入れ給ふ。

姫君
今はとて 宿かれぬとも 慣れ来つる 真木の柱は 我を忘るな

えも書きやらで泣き給ふ。母君、「いでや」とて、

北の方
慣れきとは 思ひ出づとも 何により 立ち止まるべき 真木の柱ぞ

御前なる人々も、様々に悲しく、さしも思はぬ木草のもとさへ、恋しからむことと目とどめて、鼻すすり合へり。




日も暮れて、雪が降って来そうな、空模様も、心細く思われる、夕方。
君達は、酷い荒れた天気になるでしょう。早く、と迎えの君達が、催促して、涙を拭いつつ、外を見ている。姫君は、殿様が、とても可愛がっているのが常のことで、お目にかからずには、いられない。只今から、とお暇も申し上げずに、二度と会えないことになるかもしれないと、思うと、突っ伏して、とても行けないと思うので、北の方は、そんな気持ちとは、情けない、などと言い聞かせる。
今すぐにも、お父様、帰ってくださいと、待っているが、こんな日も暮れようとするときに、あちらから動くことがあろうか。
いつも寄りかかっている、東座敷の柱を、人にやってしまうのも悲しくて、姫君は、檜皮色の紙を重ねたものに、ほんの少し書いて、柱のひび割れた隙間に、コウガイの先で、差込になる。

姫君
今日限りと、この邸から去ります。離れても、いつも傍にいた、真木の柱は、私を忘れないで。

書き終わることも出来ず、泣くのである。母君は、なんの、なんのと、おっしゃり

北の方
真木柱が、昔の馴染みを忘れず、思い出してくれても、どうして、ここに留まっていられようか。心残りはありません。

お傍の、女房達も、それぞれに悲しく、普段は、あまり思わない草木のことのまで、恋しく、今後は思い出すだろうと、じっと目を止めて、鼻をすすり、泣き合うのである。

檜皮色
紫色の、やや黄ばんだ黒色で、柱の色に合わせた。

真木
役に立つ材木の意味。

人に譲る心地し給ふもあはれにて
人に譲る気持ちも、悲しくて・・・
切ない・・・複雑な心境も、あはれ、なのである。




木工の君は、殿の御方の人にてとどまるに、中将の御許、

中将
浅けれど 石間の水は すみはてて 宿もる君や かけ離るべき

思ひかけざりし事なり、かくて別れ奉らむことよ」と言へば、木工、

ともかくも 岩間の水の 結ぼほれ かけ止むべくも 思ほえぬ世を

いでや」とてうち泣く。御車引き出でてかへり見るも、またはいかでかは見む、とはかなき心地す。梢をも目とどめて、隠るるまでぞかへり見給ひける。君が住む故にはあらで、ここら年経給へる御住みかの、いかでか忍び所なくはあらむ。




木工の君は、殿様づきの人であるから、後に残るので、中将の君は、

石の間に溜まった水は、浅いけれど、その水は、最後まで澄んでいて、縁の浅いあなたが住んで、邸を守るはずの奥様が出て行くとは。

考えても、みないことです。こうして、お別れするとは。と言うと、木工は、

どのようなことになるのか、何とも解りませんが、岩間の水は、溜まって、影を映さず、私の心も、晴れぬことで、いつまでここにいられる、運命なのかは・・・

本当に、情けないことです、と泣く。お車を引き出して、後を振り返るが、二度と、どうして見ようかと、無常を感じる。木の梢に目を止めて、隠れてしまうまで、振り返り、振り返り、見ていられた。恋しい方が住むのではなく、この長年住み慣れた住まいが、どうして、名残の惜しまれないことが、あろう。

結ぼほれ
流れが停滞する様と、心が鬱屈する様を言う。

かけ止む
水が影を映さないことと、後まで残る意味とを、掛ける。

物語の歌を理解するためには、多くの歌の素養が必要である。
何故、その言葉なのか・・・
それは、昔の歌の中にあるものなのだ。

源氏物語は、当時の、教養の様が、見て取れる。

研究家の手引きにより、それらを知る。

posted by 天山 at 06:12| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月14日

もののあわれについて645

宮には侍ちとり、いみじう思したり。母北の方泣き騒ぎ給ひて、母「太政大臣をめでたきよすがと思ひ聞え給へれど、いかばかりの昔の仇敵にかおはしけむとこそ思ほゆれ。女御をも、事に触れ、はしたなくもてなし給ひしかど、それは、御中の恨み解けざりし程、思ひ知れとにこそはありけめ、と思し宣ひ、世の人も言ひなししだに、なほさやはあるべき、人ひとりを思ひかしづき給はむ故は、ほとりまでも匂ふ例こそあれと、心得ざりしを、ましてかく末に、すずろなる継子かしづきをして、おのれ古し給へるいとほしみに、実法なる人のゆるぎ所あるまじきをとて、取り寄せもてかしづき給ふは、いかが辛からぬ」と言ひ続けののしり給へば、宮は、「あな聞きにくや。世に難つけられ給はぬ大臣を、口に任せてな貶しめ給ひそ。賢き人は、思ひ置き、かかる報いもがなと、思ふ事こそはものせられけめ。さ思はるるわが身の不孝なるにこそはあらめ。つれなうて、皆、かの沈み給ひし世の報いは、浮かべ沈め、いと賢くこそは思ひ渡い給ふめれ。おのれ一人をば、さるべきゆかりと思ひてこそは、一年も、さる世の響きに、家より余る事どももありしか。それをこの生の面目にて止みぬべきなめり」と宣ふに、いよいよ腹立ちて、まがまがしき事などを言ひ散らし給ふ。この大北の方ぞさがな者なりける。




父宮は、待ち受けて、酷く物思いに耽っていた。
母である北の方は、泣き騒ぎ、太政大臣を、結構な親戚とお考えですが、どれ程に、酷い昔からの仇敵でいらしたのかと、思われます。女御のことも、何かにつけて、いたたまれない思いでしたが、それは、こちらとの間の、恨み事が解けなかったことを、思い知れということなのだと、あなたは思って、おっしゃる。世間でも、そう取り沙汰していましたが、その時でさえ、そんなことがあって、よいものかと、奥方を大事にするのであれば、その縁で、肉親の者までも、お陰をこうむる例もあるものだと、納得ゆきませんでした。そればかりか、こんな年になり、訳の解らない、まま子の世話をして、ご自分が、慰み物にされた、罪滅ぼしに、律儀で、浮気しそうにないものを、選んで、自分のことろに、引き込んで、大事にされるとは。どうして、辛くないのでしょう、と、息もつかずに、まくし立てるので、宮は、ええ、聞き苦しい。世間から非難されたことのない大臣のことを、口から出任せに、悪口をおっしゃるものではない。賢い人は、かねてから、考えておいて、こんな、仕返しをしたいと、思うことが、あったのだろう。そのように、睨まれる、こちらが、不運なのだ。何気ないふうで、一つ残さず、昔苦しみになったことでの、報いは、よくしてやったり、いじめたり、しっかりと、賢く考え続けて、いらっしゃるようだ。私一人は、肉親だと思い、先年も、世間が大騒ぎするほどに、我が家には、過ぎるお祝いごとも、して下さった。あれを、一生の名誉と思い、満足すべきなのだ。と、おっしゃるので、益々、腹を立てて、呪いの言葉を、言い散らす。この、大北の方こそ、大変なものだったのです。

最後は、作者の言葉。

色々と説明が必要だが・・・
省略する。

原文を何度も、繰り返し読むことで、解るものだ。

実法なる人のゆるぎ所あるまじきをとて
律義者である、大将を、理想の婿として、源氏が決めたことである。




大将の君、かく渡り給ひにけるを聞いて、「いと怪しう、若々しき中らひのやうに、ふすべ顔にてものし給ひけるかな。正身は、然ひききりに際際しき心もなきものを、宮のかく軽々しうおはする」と思ひて、君達もあり、人目もいとほしきに思ひ乱れて、尚侍の君に、大将「かく怪しき事なむ侍るなる。なかなか心安くは思ひ給へなせど、さて片隅に隠ろへてもありぬべき人の心安さをおだしう思ひ給へつるに、にはかにかの宮ものし給ふならむ。人の聞き見る事も情けなきを、うちほのめきて参り来なむ」とて出で給ふ。良き上の御衣、柳の下襲、青鈍の綺の指貫着給ひて、引き繕う給へる、いとものものし。などかは似げなからむと人々は見奉るを、尚侍の君は、かかる事どもを聞き給ふにつけても、身の心づきなう思し知らるれば、見もやり給はず。




大将の君は、北の方が、このように引き移ったと聞いて、何とも妙な、年若い夫婦仲のように、面あてがましいことを、したものだ。本人は、そういう思い切ったことが出来る人ではない。宮が、そのように軽率でいらしたのだ。と思い、子供達もあり、世間体も具合が悪いと、困りきり、尚侍の君、玉葛に、こんなおかしなことがあると、いいます。北の方がいなくなって、かえって、気が楽だと思いますが、そのままで、邸の隅に引っ込んでいて、よい気楽な人だと、安心していましたのに、急に、式部卿の宮がされたのでしょう。世間が、見たり聞いたりしても、薄情だと、言いましょうし、ちょっと、顔を出して、すぐに、戻って参ります、と言い、お出になる。
上等の着物に、柳の下襲、青鈍色の綺の指貫を召して、身繕いされたところは、貫禄がある。どうして、不似合いなことが、あろうかと、女房達は拝するが、尚侍の君は、こんなことを、あれこれ耳にするにつけても、我が身が、情けないと思い知らされるので、見向きもしないのである。

何とも、物語の調子である。




宮に恨み聞えむ、とて、参うで給ふままに、先づ殿におはしたれば、木工の君など出で来て、ありし様語り聞ゆ。姫君の御有様聞き給ひて、雄々しく念じ給へど、ほろほろとこぼるる御気色、いとあはれなり。大将「さても、世の人にも似ず、怪しき事どもを見過ぐすここらの年頃の心ざしを、見知り給はずありけるかな。いと思ひのままならむ人は、今までも立ち止まるべくやはある。よし。かの正身は、とてもかくても、いたづら人と見え給へば、同じ事なり、幼き人々も、いかやうにもてなし給はむとすらむ」と、うち嘆きつつ、かの真木柱を見給ふに、手も幼けれど、心ばへのあはれに恋しきままに、道すがら涙おし拭ひつつ参うで給へれば、対面し給ふべくもあらず。




宮に恨み言を申し上げようと、出掛けたついでに、先に邸に立ち寄ると、木工の君などが、出てきて、その時の様子をお話しする。姫君の様子を聞いて、男らしくこらえているが、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる様子は、何ともあはれである。
大将は、それにしても、普通の人と違い、狂気の沙汰を我慢して、この長年の愛情を解って、下さらないのだ。酷くわがままな男なら、今まで、連れ添ってなどいるものか。しようがない。あの本人は、どうなろうと、廃人と思われるゆえ、同じ事。子供達まで、どうされるのか、と、溜息しながら、あの真木柱を御覧になると、筆跡は、子供っぽいが、心根がいじらしく、顔が見たくなり、道々、涙を拭いながら、宮邸に参上されると、会うはずがない。

少しばかり、浪花節調になっているところが、面白い。



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2013年11月15日

もののあわれについて646

宮「何か。ただ時に移る心の、今初めて変はり給ふにもあらず。年頃思ひ浮かれ給ふ様聞き渡りても久しくなりぬるを、何処をまた思ひ直るべき折りとか待たむ。いとどひがひがしき様にのみこそ見えはて給はめ」と諌め申し給ふ、ことわりなり。大将「いと若々しき心地もし侍るかな。思ほし捨つまじき人々も侍ればと、のどかに思ひ侍りける心の怠りを、返す返す聞えてもやる方なし。今はただなだらかに御覧じ許して、罪さり所なう、世の人にもことわらせてこそ、かやうにももてない給はめ」など、聞えわづらひておはす。姫君をだに見奉らむと聞え給へれど、出し奉るべくもあらず。男君達、十なるは殿上し給ふ。いと美し。人に誉められて、容貌などようはあらねど、いとらうらうじう、物の心やうやう知り給へり。次の君は、八つばかりにて、いとらうたげに、姫君にもおぼえたれば、かき撫でつつ、「あこをこそは、恋しき御形見にも見るべかめれ」など、うち泣きて語らひ給ふ。宮にも御気色賜はらせ給へど、「風起こりてためらひ侍る程にて」とあれば、はしたなくて出で給ひぬ。




宮は、なに、すぐに時勢に乗る心で、心変わりも、今に始まったことではない。昨年以来、うつつを抜かしているとの、噂を耳にして、長いことになるが、元通り、心を改める時を、待つと。益々、悪い一方とばかり思われて、一生を終わることになろう。と、北の方を止められる。無理もないこと。
大将は、大人気ないことです。見捨てるはずのない子供達もいることだから、と、暢気に構えていた私の至らなさを、何度、お詫びしてみても、仕方ないこと。こうなっては、ただ、お心広く、大目に見てくださり、罪は私にあるのだと、世間の人にも解らせた上で、こういう処置をされるがいい。など、言う言葉も、苦労する。せめて、姫君だけにでも、会いたいと申し上げるが、御簾の外に出すはずもない。
男君たちで、十歳になるのは、童殿上している。とても可愛らしい。評判がよくて、容貌など良くないが、大変利口で、だいぶ訳がわかるようになっている。次の子は、八歳くらいで、とてもあどけなく、姫君にも似ているので、頭を撫でながら、大将は、お前を恋しい姫君の形見に見ることに、など、涙を流しながら、お話になる。
宮にも、ご内意を伺うが、風邪ぎみで、静養しておりますので、という、言い方で、きまりの悪い思いで、出られた。

風起こりて
風病のこと。神経系の疾患。

はしたなくて
手持ち無沙汰で・・・
恰好がつかないなどの意味。




小君達をば車に乗せて、語らひおはす。六条殿には、え率ておはせねば、殿にとどめて、大将「なほここにあれ。来て見むにも心安かるべく」と宣ふ。うち眺めて、いと心細げに見送りたる様ども、いとあはれなるに、物思ひ加はりぬる心地すれど、女君の御様の見るかひありめでたきに、ひがひがしき御様を思ひ比ぶるにもこよなくて、よろづを慰め給ふ。うち絶えておとづれもせず、はしたなかりしにことつけ顔なるを、宮にはいみじうめざましがり嘆き給ふ。春の上も聞き給ひて、紫の上「ここにさへ恨みらるるゆえなるが苦しきこと」と嘆き給ふを、大臣の君は、いとほしと思して、「難き事なり。おのが心一つにもあらぬ人のゆかりに、内にも心置きたる様に思したなり。兵部卿の宮なども怨じ給ふと聞きしを、さいへど、思ひやり深うおはする人にて、聞きあきらめ恨み解け給ひにたなり。おのづから人の中らひは、忍ぶる事と思へど、隠れなきものなれば、しか思ふべき罪もなしとなむ思ひ侍る」と宣ふ。




男の子たちを、車に乗せて、お話しながらお出でになる。六条殿には、連れて行けないので、邸に残し、大将は、今まで通りに、ここにいなさい。会いに来るのも気が楽だから。と、おっしゃる。ぼんやりと、心細げに見送る二人が、いじらしく、心配事が、また増えた気持ちがする。女君の、お姿が見るに価値あり、立派なので、北の方の、気違いじみた様子と比べると、話にもならないことで、全ての苦労が、癒される。
その後は、さっばり便りもせず、先日無愛想だったことを、よい口実にしている様子なので、宮は、酷く呆れた人だと、嘆いているのを、春の上も耳にされて、私までが、恨まれる元になるのが、辛い、と嘆くのを、大臣の君は、気の毒に思い、難しいことだ。私の一存だけでは、どうする事も出来ない人の事で、主上におかれても、拘りを持たれているようだし、兵部卿の宮なども、恨んでいると聞いたが、そうはいっても、思慮の深い方で、事情を聞いて、解ってくださり、了解してくださったようだ。男女のことは、秘密にしていることでも、いつしか、事情は、解ってしまうものだ。そんなに、気にするほど、間違いはないと、思います、とおっしゃる。

ここでの、女君は、玉葛のこと。
この文の、登場人物は、小君達、大将、玉葛、兵部卿の宮、北の方、紫の上、大臣の君とは、源氏である。
それぞれの、文が、誰のことを言うのか・・・
混乱する。




かかる事どもの騒ぎに、尚侍の君の御気色いよいよ晴れ間なきを、大将はいとほしと思ひあつかひ聞えて、この参り給はむとありし事も絶え切れて、防げ聞えつるを、内にも、なめく心ある様に聞し召し、人々も思す所あらむ、おほやけ人を頼みたる人はなくやはある、と思ひ返して、年寄りて参らせ奉り給ふ。男踏歌ありければ、やがてその程に、儀式いとめかしう二なくて参り給ふ。方々の大臣達、この大将の御勢ひさへさしあひ、宰相の中将、ねんごろに心しらひ聞え給ふ。兄の君達も、かかる折りにとつ集ひ、追従し寄りて、かしづき給ふ様いとめでたし。




このような、あれこれの事件の騒動で、尚侍の君、玉葛の様子は、いよいよ晴れる時もないので、大将は、お気の毒に思い、心配して、尚侍が、参内するはずだった予定も、あれっきり、立ち消えになり、自分が参内に反対したのを、主上も快く思わず、何か含むところのあるように、話を聞いて、思し召すようだし、大臣達も、考えるところがあろう。宮中奉仕を妻にしている男も、なくはない。と、考え直して、新年に参内させるのである。
男踏歌があったので、ちょうど、その折に、儀式の威儀を、この上なく整えて、参内される。お二方の大臣に、この大将の御威勢まで加わり、宰相の中将、夕霧は、熱心に気を配るのである。兄弟達も、こういう機会にと集い、皆々、ご機嫌をとり、大事にされる様子は、とても立派である。

玉葛に対する、皆々の様子である。

兄弟達とは、玉葛の兄弟である。
それにしても、玉葛は、いつも、心が冴えない様子である。
一種の、抑うつ状態か・・・

男踏歌、をとこだうか、と読む。

posted by 天山 at 06:52| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

もののあわれについて647

承香殿の東面に御局したり。西に宮の女御おはしければ、馬道ばかりの隔てなるに、御心のうちは遥かに隔たりけむかし。御方々いづれとなくいどみ交し給ひて、内わたり心にくくをかしき頃ほひなり。ことにみだりがはしき更衣達あまたも侍ひ給はず、中宮、弘微殿の女御、この宮の女御、左の大殿の女御など侍ひ給ふ。さては中納言の御女、二人ばかりぞ侍ひ給ひける。




承香殿の東側を、お局にしてあった。
西側には式部卿の宮の、女御がいらしたので、馬道だけの隔てだが、御心中は、ずっと遠くに隔たっていたことだろう。どの方も、お互いに、競争し合って、御所の中は、何かと奥ゆかしく、趣のある時分である。
取り立てて、ごたごたする更衣たちは、多くもいず、中宮、弘微殿の女御、この宮の女御、左大臣の女御などが、お仕えしている。
そのほかには、中納言と宰相の御娘二人ほどが、お仕えしていられる。

中宮とは、秋好む中宮である。
弘微殿の、女御とは、内大臣の娘。




踏歌は、方々に里人参り、様異にけに賑ははしき見物なれば、誰も誰も清らを尽くし、袖口の重なりこちたくめでたく整へ給ふ。東宮の女御も、いと華やかにもてなし給ひて、宮はまだ若くおはしませど、すべていと今めかし。御前、中宮の御方、朱雀院との参りて、夜いたう更けにければ、六条の院には、この度は所せしと省き給ふ。朱雀院より帰り参りて、東宮の御方々めぐる程に夜明けぬ。




踏歌には、局々に里から、家族が参上して来て、普段とは違い、格別に賑やかな見物なので、どの方も、どの方も、綺羅を尽くして、袖口の重なりも仰々しく、立派に、用意される。東宮の女御も、たいそう華やかになさり、東宮は、まだ若いが、あらゆる点で、現代的である。
主上の御前、そして中宮の御方、朱雀院という順番で参って、夜も深く更け、六条の院には、今度は、たいそうだからと、省略される。
朱雀院から帰り、東宮の御方々の局を廻るうちに、夜が明けた。




ほのぼのとをかしき朝ぼらけに、いたく酔ひ乱れたる様して、竹河謡ひける程を見れば、内の大殿の君達は、四五人ばかり、殿上人の中に声すぐれ、容貌清げにて打ち続き給へる、いとめでたし。童なる八郎君は、むかひ腹にて、いみじうかしづき給ふが、いと美しうて、大将殿の太郎君と立ち並びたるを、尚侍の君もよそ人と見給はねば、御目とまりけり。やむごとなく交らひ慣れ給へる御方々よりも、この御局の袖口、大方の気配今めかしう、同じ物の色合ひ重なりなれど、ものよりことに華やかなり。正身も女房達も、かやうに御心やりてしばしは過ぐい給はましと思ひ合へり。皆同じごとかづけ渡す中に、錦の様もにほひことに、らうらうじうしない給ひて、こなたは水馬なりけれど、気配賑ははしく、人々心げさうしそして、限りある御饗などの事どももしたる様、殊に用意ありてなむ、大将殿せさせ給へりける。




ほんのりと、白んで、趣ある夜明けに、酷く酔った様子で、竹河を謡うところを見ると、内大臣の君達が、四も五人ほど、殿上人の中で、特に声がよく、器量も美しく、並ぶところは、本当に、素晴らしい。
童姿の八郎君は、嫡子で、とても大事にしていて、とても可愛らしく、大将殿の長男と並んで立つのを、尚侍の君、玉葛も他人とは思わないゆえ、目が留まった。
身分が高くて、宮仕えをしなれた方々よりも、こちらの局の、袖口や全体の感じが、何となく現代的で、他と同じ色合い、重ね具合だが、普段よりも、ひときわ華やかな感じである。ご自分も、女房達も、こうして気晴らしをして、暫くいたいものだと、お互いに思うのである。どこでも、同じように、お与えになるのだが、中でも、錦の色艶も格別で、品のあるされ方で、こちらは、水馬であるが、何となく感じが賑やかで、女房達は、特別な心遣いをして、しきたり通りの、ご馳走などを用意してある様子は、特別の注意が払われて、こうしたことは、大将殿が、させたことだった。

水馬とは、湯漬けに、酒を出す、簡略なもてなしの場所。




宿直所に居給ひて、日一日聞え暮らし給ふことは、大将「夜さりまかでさせ奉りてむ。かかるついでにと思し移るらむ御宮仕へなむ、安からぬ」とのみ、同じ事を責め聞え給へど、御返りなし。侍ふ人々ぞ、「大臣の、心あわただしき程ならで、まれまれの御参りなれば、御心ゆかせ給ふばかり、許されありてをまかでさせ給へ、と聞えさせ給ひしかば、今宵はあまりすがすがしうや」と聞えたるを、いと辛しと思ひて、大将「さばかり聞えしものを、さも心にかなはぬ世かな」とうち嘆きて居給へり。




宿直所にお出でになり、大将が一日中、おっしゃることは、暗くなったら、退出させよう。こういう折に、宮仕えをしようと気が変わられては、たまらないからとばかりに、同じ言を繰り返して、矢の催促をするのだが、返事は無い。
お傍の女房達は、大臣が、急いで退出するような真似をせず、ほんの少しの、御参内なのだから、主上が、十分満足していただき、お許しを戴いて、退出なさい、とおっしゃるので、今夜というのは、あっさり過ぎませんか、と、申し上げるのを、大将は、酷く辛いと思い、あれほど、申し上げたのに、思い通りにならない方だと嘆いている。




兵部卿の宮、御前の御遊びに侍ひ給ひて、しづ心なく、この御局のあたり思ひやられ給へば、念じ余りて聞え給へり。大将はつかさの御曹司にぞおはしける。それよりとて取り入れたれば、しぶしぶに見給ふ。

兵部卿
深山木に 羽うち交し いる鳥の またなくねたき 春にもあるかな

囀る声も耳とどめられてなむ」とあり。いとほしう面赤みて、聞えむ方なく思ひ居給へるに、上渡らせ給ふ。




兵部卿の宮は、御前の管弦の御遊びにいらしたが、気が落ち着かず、この君の、お局の方角が気になって、たまらない。とうとう辛抱できず、お手紙を差し上げた。大将は、近衛府にいらした。近衛からと、女房が取り次いだので、いやいやながら、御覧になる。

兵部卿
奥山の木に、羽を打ち交わして止まる、鳥のように仲が良いので、またとなく、嫉ましい春です。

鳥の鳴き声も、耳について、気になります。と、ある。
申しわけない思いで、顔が赤くなり、なんとも、返事のしようがないところへ、主上が、お出であそばした。

つかさ、とは、右近衛府。
宿直所も、ここを言う。

posted by 天山 at 06:34| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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