2013年08月20日

もののあわれについて628

内の大臣は、さしも急がれ給ふまじき御心なれど、珍かに聞き給うし後は、いつしかと御心にかかりたれば、とく参り給へり。儀式など、あべい限りにまた過ぎて、めづらしき様にしなさせ給へり。げにわざと御心とどめ給うけること、と見給うも、かたじけなきものから、やう変はりて思さる。




内大臣は、大して急ぐ気持ちになれない。だが、珍しい話を聞いてからは、早く逢いたいと気になっていたので、早く見たいものだと、お出になられた。儀式は、きまり以上に、結構な様子である。いかにも、特に心を込めたものだと、内大臣は、気付くので、勿体無いと思うものの、風変わりに気もする。




亥の時にて、入れ奉り給ふ。例の御設けをばさるものにて、内のおまし、いと二なくしつらはせ給うて、御さかな参らせ給ふ。大殿油、例のかかる所よりは、少し光見せて、をかしき程にもてなし聞え給へり。いみじうゆかしう思ひ聞え給へど、今宵はいとゆくりかなべければ、引き結び給ふ程、え忍び給はぬ気色なり。あるじの大臣、源氏「今宵は、いにしへざまの事はかけはんべらねば、何のあやめも、わかせ給ふまじくなむ。心知らぬ人目を飾りて、なほ世の常の作法に」と、聞え給ふ。内大臣「げにさらに聞えさせやるべきかた侍らずなむ」とて、御土器参る程に、「限りなきかしこまりをば、世にためしなき事を聞えさせながら、今までかく忍びこめさせ給ひける恨みも、いかが添へ侍らざらむ」と、聞え給ふ。




亥の刻になり、内大臣を御簾中に入れられる。おきまりの、設備はもとより、御簾中の御座席は、またとないほど、立派に整えて、御酒の肴を差し上げる。明かりも、いつもより、少し明るくし、風情あるお持て成しをされる。
是非、お顔を見たく思っているが、今夜では、早過ぎるようだから、腰に裳を結んでいる間、我慢出来ない風情である。主人の大臣、源氏は、今夜は、昔あったことは、口にしませんから、何の仔細もわからないでしょう。事情を知らぬ、傍の見る目を縫って、矢張り、世間の仕方で、と、申し上げる。内大臣は、いかにも、全く申し上げようもございません、と、杯を口にされる。更に、この上もない、お礼の言葉は、世間にまたとない、御厚意と申し上げますが、今日まで隠してしらしたお恨みも、どうして、申し添えずにいられましょう。と、申し上げる。




内大臣
恨らめしや 沖つ玉もを かづくまで 磯隠れける あまの心よ

とて、なほ包みもあへずしほたれ給ふ。姫君は、いとはづかしき御様どものさし集ひ、つつましさに、え聞え給はねば、殿、

源氏
寄るべなみ かかる渚に うち寄せて あまも尋ねぬ もくづとぞ見し

いとわりなき御うちつけごとになむ」と、聞え給へば、内大臣「いとことわりになむ」と、聞えやる方なくて出で給ひぬ。




内大臣
恨めしいことです。裳を着る日まで、隠れていて、私には何も知らせない娘の心が。

と、詠まれて、涙ぐむ。姫君は、素晴らしいお二人が集まり、口もきけず、御返事が申せない。源氏が、

源氏
寄る辺なく、このような所に、身を寄せて、取るにも足りぬ者と思い、探してくださらなかった。

何とも、酷い出し抜けの、お言葉です。と、申し上げると、ごもっともです。と、それ以上は、言わず、退席される。




親王達、次々人々残るなく集ひ給へり。御懸想人もあまた交り給へれば、この大臣、かかく入りおはして程ふるを、いかなる事にか、と、疑ひ給へり。かの殿の君達、中将、弁の君ばかりぞほの知り給へりける。人知れず思ひし事を、からうも、嬉しうも思ひなり給ふ。弁は、「よくぞうち出でざりける」とささめきて、「様異なる大臣の御好みどもなめり。中宮の御類にしたて給はむとや思すらむ」など、おのおの言う由を聞き給へど、源氏「なほしばしは御心づかひし給うて、世にそしりなき様にもてなさせ給へ。何事も心安き程の人こそ、乱りがはしう、ともかくも侍べかめれ。こなたをもそなたをも、様々の人の聞え悩まさむ、良き事には侍るべき」と、申し給へば、内大臣「ただ御もてなしになむ。従ひ侍るべき。かうまで御覧ぜられ、あり難き御はぐくみに隠ろへ侍りけるも、前の世の契りおろかならじ」と、申し給ふ。御贈り物など、さらにも言はず、すべて引き出物、禄ども、品々につけて、例ある事限りあれど、またこと加へ二なくせさせ給へり。大宮の御悩みにことつけ給うしなごりもあれば、ことごとしき御遊びなどはなし。




親王たち、それ以下の人たち、残らず、集まった。玉葛に思いを寄せる人も、その中に大勢いた。内大臣が、このように御簾の中に入り、時間が経つのを、どういう訳かと、疑うのである。
内大臣の若君たちの中では、中将と、弁の君だけが、うすうす知っていた。密かに思いをかけたことを、辛いこととも、うれしいこととも、思うようになっていた。弁は、よくまあ、言い出さなかったことだ、と、小声で言う。普通でない大臣の、お好みなのだ。中宮みたいに仕上げようと思ったのだろうか。などと、めいめい言っているとの話を聞くが、源氏は、矢張り、しばらくは御注意されて、世間から、非難されないように、扱いください。私もあなたも、あれこれの者が、噂して、困らせるとあれば、普通の身分の者よりは、弱ることですから、穏やかに、だんだんと世間が気にしなくなるようにすることが、良いことです。と、おっしゃると、内大臣は、ただただ、あなた様のなされように、従います。こんなにまで、お世話を頂き、またとない御養育に、世の荒波を受けずにいたのも、前世の因縁が特別だったのでしょう、と、おっしゃる。
内大臣への、御贈り物は、言うまでもなく、すべてお土産、お札など、身分に応じて、決まりには限界があるが、それ以上に、物を増やして、またとないほどに、行ったのである。大宮の病気を理由にしたこともあり、盛大な音楽会などは、なかった。

何とも、複雑な、情景である。
それぞれの、思いが主語がないゆえに、こんがらかる。

からうも、嬉しうも思ひなり給ふ
結婚できないことを、からう、兄妹だと知ると、嬉しう、と思うのである。





posted by 天山 at 05:53| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月21日

もののあわれについて629

兵部卿の宮、「今はことつけやり給ふべき滞りもなきを」と、おりたち聞え給へど、源氏「内より御気色ある事かへさひ奏し、またまた仰せ言に従ひてなむ、異様の事は、ともかくも思ひ定むべき」とぞ聞えさせ給ひける。父大臣は、「ほのかなりし様を、いかでさやかにまた見む。なまかたほなる事見え給はば、かうまでことごとしうもてなし思さじ」など、なかなか心もとなう恋しう思ひ聞え給ふ。今ぞかの御夢も、まことに思し合わせける。女御ばかりには、定かなる事の様を聞え給うけり。




兵部卿の宮が、このようになっては、口実にお使いになる支障もないので、と、頭を下げて、お頼みになるが、源氏は、御所から御内意があることを、ご辞退申し上げて、その上でまた、改めての仰せ言により、他の話は、いずれとも決めましょう、と、返事をする。父の内大臣は、かすかに見た様子を、何とかして、はっきりと、もう一度見たいと思う。少しでも、悪い点があれば、このように大袈裟に大事に扱うことはない、などと、今は、かえって気が気ではなく、姫を慕わしいと思うのである。今となっては、あの夢は、本当だったのだと思う。弘薇殿の女御にだけは、はっきりと、事情をお話した。

兵部卿の宮は、婚約のことを言う。
しかし源氏は、帝のお言葉を頂いてからと、言うのである。
それは、臣下の者との、結婚だからだ。




世の人聞きに、しばしこの事出ださじ、と、せちにこめ給へど、口さがなきものは世の人なりけり。じねんに言ひ漏らしつつ、やうやう聞え出でけるを、かのさがなものの君聞きて、女御のお前に、中将、少将侍ひ給ふに出で来て、近江「殿は御女まうけ給ふべかなり。あなめでたや。いかなる人、ふたかたにもてなさらむ。聞けばかれも劣り腹なり」と、あふなげに宣へば、女御かたはらいたし、と思して、物の宣はず。




世間の人の口の端に、しばらくこのことが、上がらないようにと、懸命に隠すが、おしゃべりなのは、世間の人であった。
自然と話が漏れて、次第に評判になってゆくのを、あの困り者の君が耳にして、女御の御前に、中将、少将が控えている所に出て来て、殿様は、姫様をお引取りになるそうな。結構なことです。どんな方が、お二方に大事にされるのでしょう。聞いたところでは、その人も、卑しい生まれとか、と、不躾におっしゃるので、女御は、聞いていられない気持ちで、何もおっしゃらない。

身分の高い女は、聞かない振りをする。




中将、「しかかしづかるべきゆえこそものし給ふらめ。さもて誰が言ひし事を、かくゆくりなくうち出で給ふぞ。物言ひただならぬ女房などもこそ、耳とどむれ」と宣へば、近江「あなかま。皆聞きて侍り。尚侍になるべかなり。宮仕へにと急ぎ出で立ち侍りし事は、さやうの御かへりみもやとてこそ、なべての女房達だに仕うまつらぬ事まで、おり立ち仕うまつれ。お前のつらくおはしますなり」と、恨みかくれば、皆ほほえみて、「尚侍あかば、なにがしこそ望まむと思ふを、非道にも思しかけけるかな」など、宣ふに、腹立ちて、近江「めでたき御中に数ならぬ人は交るまじかりけり。中将の君ぞつらくおはする。さかしらに迎へ給ひて、軽めあざけり給ふ。せうせうの人は、え立てるまじき殿のうちかな。あなかしこあなかしこ」と、しり様にいざり退きて、見おこせ給ふ。憎げもなけれど、いと腹悪しげに目尻引き上げたり。中将は、かく言ふにつけても、げにあやまちたる事、と思へば、まめやかにてものし給ふ。




中将は、そのように大切にされる訳があるのでしょう。それはそれとしても、誰が言ったことを、このように、出し抜けに口にされるのか。口煩い女房達が、それこそ、聞き耳を立てられたら大変です。と、おっしゃると、近江は、まあ、うるさい。全部聞いています。尚侍になるのだそうですね。こちらの宮仕えをと、熱心に出て参りましたのは、そんなお世話をしていただけると思ってなので、普通の女房達でも、しないようなことまで、御用を勤めております。女御様が、酷くていらっしゃるのです。と、恨み言を並べるので、一同、にっこりして、尚侍に欠員が出来たら、私が望みましょうと、思っているのに、無茶なお願いをするのですね。などと、おっしゃると、腹を立てて、立派な方ばかりの中に、人数にも入らない者は、仲間入りするのでは、ございませんでした。中将様は、酷くていらっしゃる。さし出てお迎えくださっても、軽蔑して悪口をおっしゃる。普通の人では、とても住んでいられない、御殿の中です。恐ろしいこと、恐ろしいこと。と、後ろ向きにいざり、引き下がり、こちらを睨む。憎らしくもないが、大変、意地悪そうに、目尻を吊り上げている。中将は、この言葉を聞くにつけ、全く失敗したと、真面目な顔をしている。





少将は、「かかる方にても、類なき御有様を、おろかにはよも思さじ。御心しづめ給うてこそ。堅きいはほもあわ雪になし給うつべき御気色なれば、いとよう思ひかなひ給ふ時もありなむ」と、ほほえみて、言ひ居給へり。中将も、「天の岩戸さしこもり給ひなむや、めやすく」とて、立ちぬれば、ほろほろと泣きて、近江「この君達さへ、皆すげなくし給ふに、ただお前の御心のあはれにおはしませば、侍ふなり」とて、いとかやすく、いそしく、げらふ童べなどの、仕うまつり足らぬ雑役をも、立ち走りやすくまどひありきつつさ志を尽くして宮仕へしありきて、「尚侍におのれを申しなし給へ」と、責め聞ゆれば、あさましう、いかに思ひて言ふ事ならむ、と思すに、物も言はれ給はず。




少将は、こうしたお勤めの方でも、またとない、あなたのことですから、おろそかには、まさか、思いではないでしょう。お気持ちを落ち着けて、お待ちなさい。それでこそ、堅い岩でも、小雪に砕いてしまうほどの、お元気ですから。立派に望みを適えられる時もあるでしょう。と、笑いながらおっしゃる。中将も、天の岩戸を閉じて、引っ込んでいる方が、無難ですと言い、立ってしまったので、ぽろぽろと涙をこぼして、私の兄弟までが、お仕えしているのです、と言い、いとも手軽に、精を出して、下働きの女房や、童などの、行き届かない、つまらない仕事でも、腰軽く動き回りながら、あちこちも尋ね尋ねして、真心こめて御用をして回り、尚侍に私をお願いしてください、と、責めるので、女御は、呆れ果て、どんな気で言うのかと、思うと、何も言うことが出来ないのである。

尚侍、ないしのかみ、とは、女の職である。
近江の、滑稽な様子であるが・・・

女御も、中将も、少将も、呆れているのである。


posted by 天山 at 05:36| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月22日

もののあわれについて630

大臣、この望みを聞き給ひて、いと華やかにうち笑ひ給ひて、女御の御方に参り給へるついでに、「いづら、この近江の君、こなたに」と、召せば、「を」と、いとけざやかに聞えて、出で来たり。内大臣「いと仕へたる御けはひ、おほやけ人にて、げにいかに合ひたらむ。尚侍の事は、などかおのれにとくはものせざりし」と、いとまめやかにて宣へば、いと嬉し、と思ひて、近江「さも御気色賜はらまほしう侍りしかど、この女御殿など、おのづから伝へ聞えさせ給ひてむと、頼みふくれてなむ侍ひつるを、なるべき人ものし給ふやうに聞き給ふれば、夢に富したるここちし侍りてなむ。胸に手を置きたるやうに侍る」と、申し給ふ。舌ぶりいとものさわやかなり。




内大臣は、その望みを聞いて、陽気に笑って、女御の所に、いらっしゃる機会に、内大臣は、どうだ、近江の君、こちらへと、お呼びになると、近江は、はいい、と、大変はっきりと、答えて、出て来た。内大臣は、大変お役にたっている御様子、お役人として勤めれば、どんなに相応しいか。尚侍のことは、どうして、私に早く言わないのだと、真面目そうに、おっしゃる。近江は、ひどく嬉しく、そう御内意をお伺いしたいと思っておりましたが、こちらの女御様などが、お願いしないでも、お伝えくださるだろうと、当てにし切っておりました。でも、おなりになるはずの方がおいでのように、聞きましたので、夢の中で、金持ちになったような気持ちがしまして、胸に手を置いたようなことでございます。と、申し上げると、その口ぶりは、まことに、鮮やかなものである。




えみ給ひぬべきを念じて、内大臣「いとあやしうおぼつかなき御癖なりや。さも思し宣はましかば、ここに切に申さむ事は、聞し召さぬやうあらざらまし。今にても申し文をとり作りて、美々しう、書き出だされよ。長歌などの心ばへあらむを御覧ぜむには、捨てさせ給はじ。上はそのうちに情け捨てずおはしませば」など、いとようすかし給ふ。人の親げなくかたはなりや。近江「やまと歌は、あしあしも続け侍りなむ。むねむねしき方の事はた殿より申させ給はば、つまごえのやうにて、御徳をもかうぶり侍らむ」とて、手を押しすりて聞え居たり。御凡帳の後ろなどにて聞く女房、死ぬべく覚ゆ。物笑ひに耐へぬは、すべり出でてなむなぐさめける。女御も御おもて赤みて、わりなう見苦し、と思したり。殿も「ものむつかしき折りは、近江の君見るこそよろづ紛れる」とて、ただ笑ひぐさにつくり給へど、世人は、「恥ぢがてら、はしたなめ給ふ」など、様々言ひけり。




笑い出しそうな気持ちを抑えて、内大臣は、とても変な、はっきりしない、いつものされ方です。そんな風なら、言ってくださればいい。第一に、あなたを誰よりも、陛下に申し上げたのに。太政大臣の娘という御方が、立派な身分でも、私がお願いすることは、陛下が許さないことは無いのに。今からでも、願書を作り、立派に書き上げてごらんなさい。長歌などで、趣向のあるのを御覧あそばせば、お捨てになることはありません。陛下は、中でも、特に風流の趣味をお捨てにならないお方です。などと、うまいこと、騙す。
人の親らしくない、見苦しいことです。
近江は、和歌は、下手でありますが、なんとか作れます。表向きのことのほうは、殿様からおっしゃっていただければ。私も言葉を添えるようなことで、お陰を頂戴いたしましょうと言い、手を摺って申し上げる。
凡帳の影などで聞いている、女房は、死にそうなほどに、おかしい。おかしさの我慢出来ない者は、そこから滑り出して、ホッとしている。
女御も、お顔が赤くなり、とても見ていられない気持ちである。
内大臣も、気のくしゃくしゃする時は、近江の君を見ると、気が紛れると、言い、笑い草にしているが、世間の人は、自分でも恥ずかしがっていながら、酷い目に合わせる、などと、色々と言うのである。

今も、昔も、近江のような、勘違いの女がいるものである。
そして、適当にあしらわれる。
また、馬鹿にされる。

行幸、みちゆき、を、終わる。


posted by 天山 at 05:30| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月17日

もののあわれについて631

藤袴 ふぢばかま

尚侍の御宮仕への事を、誰も誰もそそのかし給ふも、「いかならむ、親と思ひ聞ゆる人の御心だに、うちとくまじき世なりければ、ましてさやうの交じらひにつけて、心より外に便なき事もあらば、中宮も女御も、方々につけて心おき給はば、はしたなからむに、わが身はかくはかなき様にて、いづかたにも深く思ひとどめられ奉る程もなく、浅き覚えにて、ただならず思ひ言ひ、いかで人笑へなる様に見聞きなさむ、と、うけひ給ふ人々も多く、とかくにつけて、安からぬ事のみありぬべきを」、物思し知るまじき程にしあらねば、様々に思ほし乱れ、人知れずもの嘆かし。




尚侍として、宮仕えされることを、誰もが勧めるのだが、どうしたものだろう。親と思い、申し上げている方のお気持ちさえ、安心できないことなのだから、まして、そんな所で、お付き合いするにしても、思いがけず、困ったことが起こったりして、中宮も、女御も、あれこれにつけて、自分に対し、気まずい思いをされたら、途方に暮れるだろう。自分は、こんなに頼りない境遇で、どなた様にも、親しく願ってからも、間もなく、世間からも、軽く見られている。大臣との間柄を普通ではないと、邪推したり、噂したり、何とかして物笑いの種にして、見たり聞いたりして、呪っている方々も多く、何かにつけて、嫌なことばかりがあるに違いない。と、物を知る年頃なので、あれこれと、考えがまとまらず、独り嘆いている。

玉葛の心境である。





「さりとて、かかる有様も悪しき事はなけれど、この大臣の御心ばへの、むつかしく心づきなきも、いかなるついでにかは、もて離れて、人の推し測るべかめる筋を、心清くもありはつべき。まことの父大臣も、この殿の思さむ所を憚り給ひて、うけばりて取りはなち、けざやぎ給ふべき事にもあらねば、なほとてもかくても見苦しう、かけかけとき有様にて心を悩まし、人にも騒がるべき身なめり」と、なかなかこの親尋ね聞え給ひて後は、殊に憚り給ふ気色もなき、大臣の御もとなしを取り加へつつ、人知れずなむ嘆かしかりける。思ふ事を、まほならずとも、片端にてもうちかすめつべき女親もおはせず、いづ方もいづ方もいとはづかしげに、いとうるはしき御様どもには、何事をかは、さなむかくなむと聞え分き給はむ。世の人に似ぬ身の有様をうち眺めつつ、夕暮の空の、哀れげなる気色を、端近うて見出だし給へる様、いとをかし。薄き鈍色の御衣、なつかしき程にやつれて、例に変はりたる色合ひにしも、かたちはいと華やかにもてはやされておはするを、御前なる人々はうち笑みて見奉るに、宰相の中将、同じ色の今少しこまやかなる直衣姿にて、えい巻き給へる姿しも、またいとなまめかしく清らにておはしたり。




しかし、今の状態も悪くはないが、この殿様のお気持ちが、いとわしく、堂々と引き取って、自分の娘として扱うことなど、ないようで、やはり、どちらにしても、外聞が悪く、男に思いを懸けられた様で、思い悩み、とやかく他人に言われる運命なのだ。と、かえって、実の親が、探し当ててからというものは、特に遠慮される様子もない大臣の君の、有り様まで加わり、一人悩んでいるのである。
悩み事を、すべてでなくても、ほんの少しでも、話すことが出来る、女親もいず、お父様や、大臣に相談しようにも、ご立派な近づき難い方々なので、どんなことを、ああだ、こうだと、申し上げて、解っていただけよう。世間にはない、わが身の上を嘆く思いで、夕暮れの、身にしむ空の様を、縁近くに出て、眺めている様子は、実に美しい。
薄色の喪服をしっとりと、身にまとい、いつもと違う、色合いにも、かえって器量が華やかに、引き立てられるのを、お傍の女房たちは、満足げに、笑みを浮かべて、拝しているところに、宰相の中将、夕霧が、同じく喪服の、更に少し濃い色の直衣姿で、冠のえいを巻いていられるお姿が、大変優美で、綺麗で、おいでになった。

夕霧が、宰相の中将になっている。




初めより、ものまめやかに心寄せ聞え給へば、もて離れてうとうとしき様には、もてなし給はざりしならひに、今、あらざりけりとて、こよなく変はらむもうたてあれば、なほ御簾に凡帳添へたる御対面は、人づてならでありけり。殿の御消息にて、内より仰せ言ある様、やがてこの君の承り給へるなりけり。御返り、おほどかなるものから、いとめやすく聞えなし給ふけはひのらうらうじくなつかしきにつけても、かの野分の朝の御朝顔は、心にかかりて恋しきを、うたてある筋に思ひし、聞きあきらめて後は、なほもあらぬここち添ひて、「この宮仕へを、大方にしも思し放たじかし。さばかり見所ある御あはひどもにて、をかしき様なる事の煩はしきはた、必ず出で来なむかし」と思ふに、ただならず胸ふたがる心地すれど、つれなくすくよかにて、夕霧「人に聞かすまじと侍りつる事を聞えさせむに、いかが侍るべき」と、気色だてば、近く侍ふ人も、少し退きつつ、御凡帳の後ろなどにそばみあへり。




初めから、誠意を持って、好意を寄せていたので、こちらも他人行儀にされない習慣なので、今更、姉弟ではないということで、態度を改めることも変なので、以前のように、御簾の内側に凡帳を立てて、面会は、取次ぎなしである。殿の命令を持って、主上のお言葉の内容を、そのまま、この君がたまわり、伝えにいらしたのだ。
お返事を、大袈裟ではあるが、如才ない申し上げをされる。その物腰が、気が利いて、しかも、女らしいのにつけても、あの台風の朝、垣間見たお顔は忘れられず、恋しいので、あの時は、いけないことと思ったが、事情を聞いてからは、何もなしではいられない気持ちも出て、この人の宮仕えを、普通では、思い切りにならないだろう。あれほど、見事な婦人がたとの間柄では、美しくあるのが、困ったことになるだろうと思うと、気が気ではない。心配をするが、そ知らぬ、生真面目な顔をして、夕霧は、誰にも聞かせるな、とのことでございます、お言葉を申し上げますので、どういたしましょうか、と意味ありげに言うので、お傍に控えていた女房達も、少し退いて、凡帳の後ろなどに、互いに顔を見合さないようにしていた。

そばみあへり
聞いていませんとの、意思表示をする姿。
互いに横向きに座るのである。

をかしき様なる事の煩はしきはた
玉葛の美しさに、問題が起こる・・・
つまり、嫉妬などが、起こるというのである。

それは、夕霧が、考えている。
更に、夕霧も、玉葛に恋心を寄せているという様子。
何とも、当時の男女の関係は、即、恋に発展するようで・・・
というより、貴族社会がそうだった。
平安時代である。


posted by 天山 at 06:21| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月18日

もののあわれについて632

そら消息をつきづきしく取り続けて、こまやかに聞え給ふ。「上の御気色のただならぬ筋を、さる御心し給へ」などやうの筋なり。答へは給はむ事もなくて、ただうち嘆き給へる程、忍びやかに、うつくしく、いとなつかしきに、なほえ忍ぶまじく、夕霧「御服もこの月には脱がせ給ふべきを、日ついでなむよろしからざりける。十三日に、河原へ出でさせ給ふべき由宣はせつる。なにがしも御供に侍ふべくなむ思う給ふる」と聞え給へば、玉葛「たぐひ給はむもことごとしきやうにや侍らむ。忍びやかにてこそ良く侍らめ」と宣ふ。




殿様の言葉ではないことを、いかにもそれらしく、次から次へと、こまごま申し上げる。主上の様子が、普通ではないから、ご注意されますように。などといったことである。返事のしようなく、そっと溜息をつく様子は、ひっそりとして、可愛らしくも、優しくもあり、矢張り、夕霧は、我慢出来ず、喪服も、今月には、お脱ぎになるはずなのに、日がよくなかったのです。十三日に、河原にお出であそばすようにとの、仰せです。私も、御供をいたします。と、申し上げると、玉葛は、ご一緒くださるのも、事が大袈裟になると思われますが。人目に立たないほうが、よいでしょう。と、おっしゃる。




「この御服なんどの詳しき様を人にあまねく知らせじ」とおもむけ給へる気色、いとらうあり。中将も「漏らさじとつつませ給ふらむこそ心憂けれ。忍び難く思う給へらるる形見なれば、脱ぎ捨て侍らむ事も、いともの憂く侍るものを、さてもあやしうもて離れぬ事の、また心得難きにこそ侍れ。この御あらはし衣の色なくは、えこそ思う給へ分くまじかりけれ」と宣へば、玉葛「何事も思ひ分かぬ心には、ましてともかく思う給へたどられ侍らねど、かかる色こそ、あやしくものあはれなるわざに侍りけれ」とて、例よりもしめりたる御気色、いとらうたげにをかし。




この喪服の、詳しい事情を、他人に広く知らせまいとしているところは、実に、思慮深いこと。
中将は、知られまいと隠していられるのが、残念です。恋しくてたまらない、おばあ様の形見なので、脱いでしまうのも、辛いことです。それにしても、この家から、不思議に離れないのが、また腑に落ちません。この喪服を着ていなければ、おばあ様の孫とは、とても私には、分らなかったでしょう。と、おっしゃると、玉葛は、何も分らない私には、あなた以上に、どういうことかとも、考えつきませんが、でも、こういう色は、何となく、しみじみと感じさせられるものでございます、と、いつもより、沈んだ様子は、とても、可憐で、美しい。

あやしく もの あはれなる わざに
心の情景である。
妙に、何となく・・・感じる様である。




かかるついでにとや思ひ寄りけむ、蘭の花のいと面白きを持給へりけるを、御簾のつまより差し入れて、夕霧「これも御覧ずべきゆえはありけり」とて、とみにもゆるさで持給へれば、うつたへに、思ひ寄らで取り給ふ御袖を、引き動かしたり。

夕霧
同じ野の 露にやつるる 藤袴 あはれはかけよ かごとばかりも

道のはてなるとかや、いと心づきなくうたてなりぬれど、見知らぬ様に、やをら引き入れて、

玉葛
尋ぬるに はるけき野辺の 露ならば 薄紫や かごとならまし

かやうにて聞ゆるより、深きゆえはいかが」と宣へば、少しうち笑ひて、夕霧「浅きも深きも、思し分く方は侍りなむと思う給ふる。まめやかには、いとかたじけなき筋を思ひ知りながら、えしづめ侍らぬ心の中を、いかでか知ろしめさるべき。なかなか思しうとまむがわびしさに、いみじく籠め侍るを、今はた同じと思う給へわびてなむ。頭の中将の気色は御覧じ知りきや。人の上になど思ひ侍りけむ。身にてこそいとをこがましく、かつは思う給へ知られけれ。なかなか、かの君は思ひさまして、つひに御あたり離るまじき頼みに、思ひ慰めたる気色など見侍るも、いとねたましくねたきに、あはれとだに思しおけよ」など、こまやかに聞え知らせ給ふ事多かれど、かたはらいたければ書かぬなり。




この機会にと思いついたのか、蘭の花の見事なものを、持参してきた。御簾の端から差し入れて、夕霧は、これも、御覧になる、ゆかり、縁あるものです、と言い、すぐには離さず、持っているので、すっと、気付かずに、取ろうとした袖を引いた。

夕霧
あなたと同じ、野の露にしおれた、藤袴、蘭の花です。可哀想だと言ってください。せめても・・・

申し訳にでも、逢ってとの意味なのか。酷く、疎ましく嫌になったが、そ知らぬふりで、そっと、奥へ引き下がる。

玉葛
元を正せば、遠く離れた野の露です。薄紫の、ゆかり、とは、いいがかりでしょう。

このようにして、お話する以上に、深い因縁はございません。と、おっしゃると、少し笑い、夕霧は、浅いも深いも、お分かりのはずだと思います。本当は、畏れ多い、主上のお言葉をわきまえつつも、抑えようも無い、私の心を、どうしてお分かりになりましょう。言い出しては、かえって、煩く思われるのが辛くて、強いて、心に、じっとこらえておりましたが、たとえ、命を懸けてもと思い余りまして。頭の中将のことは、ご存知でしたか。人事のように、何故考えてくださらないのでしょう。自分の身になって、よくよく、愚かしいと、分りました。かえって、あの君は諦めて、兄妹として、いつまでも、親しくしていられるのを頼みに、気持ちを慰めている様子などを見ます。とても、うらやましく、嫉ましいので、せめて、可哀想と思ってください。などと、こまごまと、訴えることが沢山ありましたが、具合が悪いから、書かないのです。

最後は、作者の言葉。

かたはらいたければ
あまりに、くどいお話なので・・・
細々とした、話なので・・・

蘭の花は、藤袴ともいう。

薄紫は、付し袴の色。ゆかりの色である。

posted by 天山 at 05:43| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月21日

もののあわれについて633

尚侍の君やうやう引き入りつつ、むつかしと思したれば、夕霧「心憂き御気色かな。あやまちすまじき心の程は、おのづから御覧じ知らるるやうも侍らむものを」とて、かかるついでに、今少し漏らさまほしけれど、玉葛「あやしく悩ましくなむ」とて、入りはて給ひぬれば、いといたくうち嘆きて立ち給ひぬ。なかなかにもうち出でてけるかな、と、口惜しきにつけても、「かの、今少し身にしみて覚えし御けはひを、かばかりの物越しにても、ほのかに御声をだに、いかならむついでに聞かむ」と、安からず思ひつつ、お前に参り給へれば、出で給ひて、御返りなど聞え給ふ。




尚侍の君、玉葛は、だんだん奥に引っ込んで、やっかいなことと、思っている。夕霧は、冷たい仕打ちですね。馬鹿なまねをするような、私ではないことは、もう解っておいででしょう。と、こんな機会に、もう少し打ち明けたいがと思う。玉葛は、変に気分が悪くて、と、入ってしまったので、酷く嘆いて、出て行かれた。
余計なことを言ってしまったと、悔やまれるが、もう少し、余計に身に染み、恋しく思われた御方の気配を、これくらいの、凡帳越しにでも、かすかにお声だけでもと、どんな機会に、聞こうかという、思いに心を苦しめる。そのまま殿の所に、お上がりになったところ、出ていらしたので、お返事などを、申し上げる。

かの 今少し身にしみて覚えし・・・
紫の上のこと。




源氏「この宮仕へを、しぶげにこそ思ひ給へれ。宮などの練じ給へる人にて、いと心深きあはれを尽くし言ひ悩まし給ふに、心やしみ給ふらむと思ふになむ、心苦しき。されど、大原野の行幸に、上を見奉り給ひては、いとめでたくおはしけりと思ひ給へりき。若き人は、ほのかにも見奉りて、えしも宮仕へり筋もて離れじ。さ思ひてなむ、この事もかくものせし」など宣へば、夕霧「さても人ざまは、いづ方につけてかは、類ひてものし給ふらむ。中宮かく並びなき筋にておはしまし、また弘微殿やむごとなく、覚え殊にてものし給へば、いみじき御思ひありとも、立ち並び給ふ事難くこそ侍らめ。宮はいとねんごろに思したなるを、わざとさる筋の御宮仕へにもあらぬものから、引きたがへたらむ様に御心置き給はむも、さる御中らひにては、いとほしくなむ聞き給ふる」と、おとなおとなしく申し給ふ。




源氏は、この宮仕えを気乗りしない風に、思った、宮などの、その道に練達している方が、深い情を見せて、口説かれるので、そちらに心を開かれたのだろうかと、思うと、気の毒である。けれども、大原野の行幸で、主上を拝しては、とても立派であらせられると、思うのである。若い人は、少しでも、拝すれば、とても、宮仕えのことを、思い切れないだろう。このことも、そのようにしたのだが。などと、おっしゃると、夕霧が、それにしても、あの方の人柄では、どんな地位が相応しいでしょう。中宮がご立派でいらっしゃいますし、それに弘微殿も、立派な家柄で、評判もよく、素晴らしい寵愛があっても、肩を並べることなどは、難しいでしょう。宮は、酷く熱心でいらっしゃるとのこと。格別に、そうした行き方での、宮仕えではないにしても、意地の悪い取り計らいのようなことは、お二方の間では、お気の毒だと、今度のことを聞いております。と、大人びたことを言う。

何とも、難しい内容である。
わざとさる筋の御宮仕へにもあらぬものから
女御などという、格別な、宮仕えのことを言う。

宮とは、蛍兵部卿のこと。
話の内容が、情勢分析と、招来の見通しで、夕霧の言葉が、一人前に聞える様子を、おとなおとなしく、と書く。




源氏「難しや。わが心ひとつなる人の上にもあらぬを、大将さへ我をこそ恨むなれ。すべてかかる事の心苦しさを見過ぐさで、あやなき人の恨み負ふ、かへりては軽々しきわざなりけり。かの母君の、あはれに言ひ置きし事の忘れざりしかば、心細き山里になど聞きしを、かの大臣はた、聞き入れ給ふべくもあらずと憂へしに、いとほしくて、かく渡り始めたるなり。ここにかくものめかすとて、かの大臣も人めかい給ふなめり」と、つきづきしく宣ひなす。源氏「人柄は、宮の御人にて、いと良かるべし。今めかしく、いとなまめきたる様して、さすがに賢く、あやまちすまじくなどして、あはひはめやすからむ。さてまた宮仕へにも、いとよく足らひたらむかし。かたち良くらうらうじきものの、公事などにもおぼめかしからず。はかばかしくて、上の常には願はせ給ふ御心には、たがふまじ」など、宣ふ。




源氏は、難しいものだ。私の一存で行く、お方の話でもないのに、大将、髭黒右大将までが、私を恨んでいるという。何事も、こんな気の毒なことを見ていられないので、人から、つまらない恨みを受ける。かえって、軽率なことになった。玉葛の母君が、かわいそうな遺言をしたのを、忘れず、寂しい山里にいるなどと、聞いたが、あの内大臣は、相談に乗ってくれそうもないと、心配していたので、気の毒で、こうして、引き取ることになったのだ。私が大事にしているとあって、あの大臣も、人並みの扱いをするようだ。と、もっともらしく、説明する。
更に、源氏は、人柄は、兵部卿の宮夫人となって、適当だろう。現代的な感じで、華やかであり、それでいて、頭が良く、間違いなどしそうにないほど、宮との間も、まあうまくゆくだろう。それに、また、宮仕えも、十分に合格だろう。器量が良く、おっとりしているが、儀式などにも、暗くない。てきぱきしていて、主上が、いつもお望み遊ばす、御意向にかなうだろう。などと、おっしゃる。




気色の見まほしければ、夕霧「年頃かくてはぐくみ聞え給ひける御心ざしを、ひがざまにこそ人は申すなれ。かの大臣もさやうになむおもぶけて、大将のあなたざまの便りに、気色ばみたりけるにも、答へ給ひける」と聞え給へば、うち笑ひて、源氏「かたがたいと似げなき事かな。なほ宮仕へをも何事をも、御心許して、かくなむと思されむ様にぞ従ふべき。女は三に従ふものにこそあなれど、ついでをたがへて、おのが心に任せむ事は、あるまじき事なり」と宣ふ。夕霧「内々にも、やむごとなきこれかれ年頃を経てものし給へば、えその筋の人数にはものし給はで、捨てがてらにかく譲りつけ、おほぞうの宮仕への筋にらうぜむと思し置きつる、いと賢くかどある事なりとなむ、喜び申されけると、確かに人の語り申し侍りなり」と、いとうるはしき様に語り申し給へば、げにさは思ひ給ふらむかしと思すに、いとほしくて、源氏「いとまがまがしき筋にも思ひ寄り給ひけるかな。いたり深き御心ならひならむかし。今おのづから、いづ方につけても、あらはなる事ありなむ。思ひぐまなしや」と笑ひ給ふ。




様子が知りたいので、夕霧は、何年も、こうしてお育てになった御愛情を、妙な風に、世間では噂しているようです。あの内大臣も、そういう風に解釈される言い方で、大将があちらに、つてを持って申し込んだときにも、御返事なさいました。と、申し上げると、源氏は、笑って、それもこれも、事実とは、大変違っている。矢張り、宮仕えにせよ、何にせよ、内大臣が納得されて、こうしようと考えることに、従うべきだ。女には、三従の道があるが、順序を誤って、私の自由にしては、よくないことだ。と、おっしゃる。
夕霧は、内大臣は、内心でも、こちらに動かせない方々が、幾人も長年かけているので、その中の一人として、扱うことが出来ないようで、捨てる気分で、譲ってしまいたいと、一般職の尚侍ということにして、その実、手活けの花にしょうと考えている。実に利口で、頭のいい、やり方だと、喜んで言っておられた。と、はっきり、ある人が私に伝えてくれました。と、真面目にお話になるので、なる程、内大臣は、そうお考えなるだろうと、思うと、玉葛が気の毒だ。源氏は、酷くひねくれた風に、理解したものだ。行き届いたやり方を、自分がいつもなさるからだろう。すぐに、放っておいても、いずれにせよ、はっきりすることが、あるだろう。と、お笑いになる。

いとうるはしき 様に 語り申し給へば
現代の、うるわしき、とは、違う。

いづ方につけても
玉葛が、結婚するしかないか・・・


posted by 天山 at 17:15| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月22日

もののあわれについて634

御気色はけざやかなれど、なほ疑ひはおかる。大臣も「さりや。かく人の推し測る、案に落つる事もあらましかば、いと口惜しくねぢけたらまし。かの大臣に、いかでかく心清き様を、知らせ奉らむ」と思すにぞ、げに宮仕への筋にて、けざやかなるまじく紛れたる覚えを、賢くも思い寄り給ひけるかな、と、むくつけく思さる。




その様子に、後ろめたいところはないが、それでも、疑いは、晴れない。大臣も、やはりだな。こう皆が邪推する、その思惑通りになることがあるとしたら、実に癪でもあり、感心しないことだ。内大臣に、何とかして、この身の潔白を知らせたいと、思うと共に、中将の言うとおり、宮仕えということで、はっきりさせず、誤魔化している懸想を、よくも感づいたものだと、気味悪く思うのである。

つまり、源氏の玉葛に対する、恋心に感づいたということに対する、思いである。
自分の恋を、目立たせないように、誤魔化すというのである。

しかし、何とも、まあ、平和なことである。
この物語には、戦のことは、一切書かれないのである。
平安期は、戦がなかった、平和な時代である。
そして、平和な時代は、文化が、花開く。

江戸時代も、そうである。




かくて御服など脱ぎ給ひて、「月立たばなほ参り給はむ事忌あるべし。十月ばかりに」と思し宣ふを、内にも心もとなく聞し召し、聞え給ふ人々は、誰も誰もいと口惜しくて、この御参りの先に、と、心寄せのよすがよすがに責めわび給へど、吉野の滝をせかせむよりも難き事なれば、「いとわりなし」とおのおの答ふ。中将も、なかなかなる事をうち出でて、いかに思すらむ、と苦しきままに、かけりありきて、いとねんごろに、おほかたの御後見を思ひあつかひたる様にて、追従しありき給ふ。たはやすく、軽らかにうち出でては聞えかかり給はず。めやすくもてしづめ給へり。




こうして、おばあさまの喪服などを、お脱ぎになって、月が替わると、御出立には、障りがあるということになろう。十月頃に、との、お話なので、主上におかせられても、待ち遠しく、思し召し、思いをかけている方々は、どなたもどなたも、残念でたまらず、このお方の、御出立以前に、何とかと、それぞれひいきの女房達に泣きついて、責め立てるが、吉野の滝をせき止めるより、難しいことであり、何とも仕方ありませんと、いずれも返事をする。
中将も、言わなければよかったことを口にして、何と思っているのかと、気にかかってたまらないので、駆けずり回り、こまごまと、何かのお世話を熱心に勤めるふりをして、機嫌をとり歩いている。簡単に軽率に、口を滑らせて、お話などしないで、上手に心を抑えている。




まことの御はらからの君達は、え寄り来ず、宮仕への程の御後見を、と、おのおの心もとなくぞ思ひける。頭の中将、心を尽くしわびし事は、かき絶えにたるを、うちつけなりける御心かな、と、人々はをかしがるに、殿の御使ひにておほしたり。なほもて出でず、忍びやかに御消息なども聞えかはし給ひければ、月の明き夜、桂の陰に隠れてものし給ひけり。見聞き入るべくもあらざりしを、名残なく南の御簾の前にすえ奉る。




実の兄弟の、若様方は、こちらに来られず、出立の時には、お世話しようと、それぞれ、その日を待ちわびている。頭の中将は、心から思い悩み泣きついていたのが、ぱったりとやんでしまったので、あっさりと変わる方だと、女房達は、おかしがっていた。殿様のお使いとして、おいでになった。
今も、表向きではなく、こっそりと、お手紙などのやり取りをしているので、月の明るい夜、桂の木の陰に隠れていらっしゃった。今までは、まるっきり、文も見ないで、話も聞かなかったのが、打って変わって、南の御簾の前に、お通しする。




みづから聞え給はむ事はしも、なほつつましければ、宰相の君して答へ聞え給ふ。中将「なにがしを選びて奉り給へるは、人づてならぬ御消息にこそ侍らめ。かくもの遠くては、いかが聞えさすべからむ。みづからこそ数にも侍らねど、絶えぬたとひも侍るなるは。いかにぞや、古代のことなれど、頼もしくぞ思ひ給へける」とて、ものしと思ひ給へり。玉葛「げに年頃の積もりも取り添へて、聞えまほしけれど、日頃あやしく悩ましく侍れば、起き上がりなどもえし侍らでなむ。かくまでとがめ給ふも、なかなかうとうとしきここちなむし侍りける」と、いとまめだちて聞え出だし給へり。中将「悩ましく思さるらむ御凡帳のもとをば、許させ給ふまじくや。よしよし、げに、聞えさするも心地なかりけり」とて、大臣の御消息ども忍びやかに聞え給ふ、用意など人には劣り給はず、いとめやすし。




頭の中将は、直接お話されることは、今でも気が引けるので、宰相の君を通して、お返事される。
中将は、父が、私を選んで、こちらにお遣わしになったのは、人に頼めないお便りだからでございます。こう離れておりましては、どうして、申し上げられましょう。私は、物の数では、ありませんが、切っても、切れない縁とも申しますが、なんということでしょう。老人くさい言い方ですが、頼みに思っておりました、と、面白くないと、思っている。
玉葛は、お言葉通り、積もる年月のお話も、一緒に、申し上げたいのですが、この頃、気分が優れず、起き上がることも出来ずにいます。これほど、責められますと、かえって、親しめない気持ちがいたします。と、真面目になって、お伝えする。
中将は、ご気分が優れないという、その御凡帳の傍に、入れてくれませんか。いや、いいでしょう。お言葉通り、こんなことを申し上げるのも、気が利かないことでした。と、大臣のお言葉を、声を低めて、お伝えされる態度など、誰にも負けぬ様子。まことに、結構である。

最後は、作者の言葉。

頭の中将も、玉葛に懸想している一人であるが、実の兄妹と分り、分別ある態度を取るのである。

物語の人間関係は、狭くもあるが・・・
登場人物は、数多い。



posted by 天山 at 06:43| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月23日

もののあわれについて635

大臣「参り給はむ程の案内、詳しき様もえ聞かぬを、うちうちに宣はむなむ良からむ。何事も人目に憚りて、え参り来ず、聞えぬ事をなむ、なかなかいぶせく思したる」など、語り聞え給ふついでに、中将「いでや、をこがましき事も、えぞ聞えさせぬや。いづ方につけても、あはれをば御覧じ過ぐすべくやはありけると、いよいよ恨めしさも添ひ侍るかな。先づは今宵などの御もてなしよ。北面だつ方に召し入れて、君達こそめざましくも思し召さめ、下仕へなどやうの人々とだに、うち語らばはや。またかかるやうはあらじかし。様々に珍しき世なりかし」と、うち傾きつつ、恨み続けたるもをかしければ、かくなむと聞ゆ。玉葛「げに、人聞きをうちつけなるやうにや、と憚り侍る程に、年頃のうもれいたさをも、あきらめ侍らぬは、いとなかなかなる事多くなむ」と、ただすくよかに聞えなし給ふに、まばゆくて、よろづおしこめたり。




中将は、内大臣が、参内されるときの、ご都合、詳しいことも聞けずに、内々ご相談くださるがよい。何事も、他人の見る目を気にして、伺うことも出来ず、お話をすることも出来ないのを、今は、かえって、気がかりに思っています、などと、伝える。
いや、もう馬鹿らしいことも、申し上げませんね。どのみち、私の気持ちを見ぬふりをされるということがあるものかと、益々、恨めしさが増すことです。第一は、今宵のこの扱いぶり。北向きとでも言った方に、お呼びになり、宰相がたは、嫌なやつと思われてのことでしょうが、せめて、下仕えのような人たちとでも、話し合いたいもの。他では、こんな扱いは、ありませんね。どちらにしても、またとない、二人の間ですから、と、首をかしげながら、恨みを言い続けるのも、面白くないので、こうですと、宰相の君が、申し上げる。
玉葛は、おっしゃる通り、急に変わり過ぎると、人に言われまいかと、外聞を気にして、長年こらえていた気持ちを、晴らせませんのは、前よりかえって、辛いことが多くあります。と、ひたすら、正直なお答えなので、顔が上げられず、何も言わず、じまいである。




中将
いもせ山 深き道をば 尋ねずて をだえの橋に 踏み迷ひける

よ」と恨むるも、人やりならず。

玉葛
惑ひける 道をば知らで いもせ山 たどたどしくぞ たれもふみ見し

宰相「いづ方のゆえとなむえ思し分かざめりし。何事も、わりなきまで、おほかたの世を憚らせ給ふめれば、え聞えさせ給はぬになむ。おのづからかくのみも侍らじ」と聞ゆるも、さる事なれば、中将「よし長居し侍らむも、すさまじき程なり。やうやうらう積もりてこそは、かごとをも」とて立ち給ふ。月くまなくさし上がりて、空の気色もえんなるに、いとをかし。女房「宰相の中将のけはひ有様には、え並びはねど、これもをかしかめるは、いかでかかる御中らひなりけむ」と、若き人々は、例の、さるまじき事をも取り立てて、めであへり。




中将
兄妹という、実のところは知らず、とげられない恋の道に、踏み迷ったことです。

よ、と恨んでも、誰のせいでもない。

玉葛
間違っていたとは、知らず、変なお手紙と思いました。

宰相の君が、どういう意味か、お分かりにならないようでした。何につけても、非常に世間を気にしておりましたので、お話されないのでしょう。まさか、ここままでは、ございません。との言葉に、中将は、いや、長居しますのも、よろしくないこと。だんだんと、お役に立って、その上で、お恨みも、言わせていただきます。と、立ち上がった。
月が澄んで、高く上がり、空の様子も、気持ちをそそるが、中将は、とても品良く、こぎれいな姿で、直衣のお姿もよく、派手である。宰相の中将の感じや、姿には、及びも無いが、それでも、こちらも立派といえるのは、どうしてこんな御一族なのだろうと、若い女房たちは、いつもの通り、それほどではないことも、取り上げて、誉めあう。




大将は、この中将は同じ右のすけなれば、常に呼びとりつつ、ねんごろに語らひ、大臣にも申させ給ひけり。「人柄もいと良く、おほやけの御後見となるべかめるしたかたなるを、などかはあらむ」と思しながら、「かの大臣のかくし給へる事を、いかが聞え返すべからむ。さるやうある事にこそ」と心得給へる筋さへあれば、任せ聞え給へり。この大将は、東宮の女御の御兄弟にぞおはしける。大臣達をおき奉りて、さしづの御覚え、いとやむごとなき君なり。年三十二、三の程にものし給ふ。北の方は紫の上の御姉ぞかし。式部卿の宮の御大君よ。年の程三つ四つがこのかみは、殊なるかたはにもあらぬを、人柄やいかがおはしけむ、おうなとつけて心にも入れず、いかでそむきなむ、と思へり。その筋により、六条の大臣は、大将の御事は、似げなくいとほしからむ、と思したるなめり。色めかしくうち乱れたる所なき様ながら、いみじくぞ心を尽くしありき給ひける。「かの大臣も、もて離れても思したらざなり。女は宮仕へをもの憂げに思いたなり」と、うちうちの気色も、さる詳しき便りしあれば、漏り聞きて、大将「ただ大殿の御おもむけの異なるにこそはあなれ。まとこの親の御心にだにたがはずは」と、この弁のおもとに責め給ふ。




髭黒の大将は、この中将の女御の御兄弟である。大臣たちを別にすると、それに次いで、ご信任のすこぶる厚い方である。年は、三十二、三くらい。その正妻の、北の方は、紫の上のお姉さまなのだ。式部卿の宮の、長女となる。年が、三つか四つ上というのは、大した欠点でもないのに、人柄が、どうだったのか、おばあさんと、あだ名をつけて、構わず、何とか別れようとしている。
そういう事情で、六条の大臣、源氏は、大将との縁組は、似合いではなく、気の毒なことになると、考えている。
大将は、女を追いかけて、事件を起こすような方ではないが、たいそう熱心に、奔走していたのである。
あちらの大臣も、問題にもならないと、考えている様子。ご本人は、宮仕えに気乗りしない様子で、と、内情も、そうした、いわくがついているのを、漏れ聞いて、大将は、ただ大殿のご意向が、違っているのだ。実の父君のお気持ちにも、添っているならば、と、弁の、おもとに、催促するのである。

何とも、面倒な人間関係である。

つまり、髭黒の大将は、頭の中将と、兄弟である。
そして、右近衛の大将と、中将なのである。

髭黒大将の正妻、北の方は、何か問題があり・・・
玉葛との結婚を望んでいる。

かの大臣とは、内大臣のこと。
大将が言う、大殿とは、源氏のこと。
源氏が、実の父親の気持ちに添うならば、と、弁に玉葛との、縁を求めている様子。

おもと、とは、玉葛の侍女の敬称である。


posted by 天山 at 05:47| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月24日

もののあわれについて636

九月になりぬ。初霜結ぼほれ、えんなる朝に、例のとりどりなる御後見どもの引きそばみつつ持て参る御文どもを、見給ふ事もなくて、読み聞ゆるばかりを聞き給ふ。大将殿のには、
「なほ頼み楽しも過ぎ行く空の気色こそ、心づくしに、

数ならば いとひもせまし 九月に 命をかくる 程ぞはかなき

月たたばとある定めを、いとよく聞き給ふなめり。兵部卿の宮は、
「いふかひなき世は、聞えむ方なきを、

朝日さす 光を見ても 玉笹の 葉分けの霜を 消たずもあらなむ

思しだに知らば、慰む方もありぬべくなむ」
とて、いとかじけたる下折れの霜も落とさず持て参れる、御使ひさへぞうちあひたるや。式部卿の宮の左衛門の督は、殿の案内も聞きて、いみじくぞ思ひわびける。いと多く恨み続けて、

左衛門
忘れなむと 思ふも ものの悲しきを いかさまにして いかさまにせむ

紙の色、墨つき、しめたるにほひも様々なるを、人々も皆、「思し絶えぬべかめるこそ、さうざうしけれ」など言ふ。




ながつき、九月になった。
初霜が降りて、心そそられる朝、例により、それぞれの取り持ちたちが、目立たぬように、手にして、御前に持参するお手紙の数々を、御覧になることもなく、読んでいるのを、聞いているだけである。大将殿の文には、

あてにしていたことも、虚しく去ってゆくこの頃の空の様子は、気がもめて、しかたありません。

大将
人並みならば、この月を嫌がりましょうか。九月は、結婚なさらないと、それを頼みに、生きているのは、情けないもの。

月が改まったら、御出仕との予定を、聞いているのである。

兵部卿の宮からは、
決まってしまったことは、今更、申しようもありませんが、

たとえ、帝の御寵愛を得ても、玉笹の葉末についた霜のように、私を忘れないで下さい。

分ってくだされば、心の鎮めようもあります。
と、霜にかじかんで、折れ臥した笹の枝の、霜も落とさず、持ってきた、御使いまでもが、似つかわしい。

式部卿の宮の、左衛門は、殿様の奥方のご兄弟である。親しく参上したりしている君なので、いつしか十分に、事の事情も聞いていて、大変な気の落としようである。長々と、恨み言を並べて、

左衛門
忘れようとすることが、悲しくて。一体、どのようにしたものでしょうか。

紙の色、墨つきの具合、焚き染めた香の匂いも、それぞれ、優れているものを、女房達も一同に、この方々が、諦めてしまったら、物足りないものです。などと言う。




宮の御返りをぞ、いかが思すらむ、ただいささかにて、

玉葛
心もて 光に向ふ あふひだに 朝置く霜を おのれやは消つ

とほのかなるを、いとめづらしと見給ふに、自らはあはれを知りぬべき御気色にかけ給へれば、霜ばかりなれど、いと嬉しかりけり。かやうに何となけれど、様々なる人々の、恩わびごとも多かり。「女の御心ばへは、この君なむ本にすべき」と、大臣達定め聞え給ひけりとや。




兵部卿の宮への、お返事だけを、どういう思いか、ほんの少しばかり、

玉葛
みずから望んで日に向うひまわりでさえ、朝置く霜を、自分で消すでしょうか。

と、薄墨で、さらりと書いてあるのを、宮は、大変珍しいと、御覧になり、ご本人は、宮の愛情を感じているという、様子に見えるので、わずかな言葉ながら、大変嬉しく思った。

このように、特に、どうということではないが、色々な人々の、恨み言も沢山あった。
女の心の持ちようは、この君を手本にすべきだと、大臣達は、判定されたとか・・・

大臣達とは、源氏、内大臣である。

最後は、作者の言葉。

藤袴を、終わる。


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2013年10月17日

もののあわれについて637

真木柱 まきばしら

源氏「内に聞し召さむ事もかしこし。しばし人にあまねく漏らさじ」と諌め聞え給へど、さしもえ包みあへ給はず。程経れど、いささか打ち解けたる御気色もなく、「思はずに憂き宿世なりけり」と、思ひ入り給へる様のたゆみなきを、いみじう辛しと思へど、おぼろげならぬ契りの程、あはれに嬉しく思ひ、「見るままにめでたく、思ふさまなる御容貌有様を、よその物に見果てて止みなましよ」と、思ふだに胸つぶれて、石山の仏をも、弁のお許をも、並べて頂かまほしう思へど、女君の深くものしと思し疎みにければ、え交らはで籠り居にけり。げにそこら心苦しげなる事どもを、とりどりに見しかど、心浅き人の為にぞ、寺の験現はれける。大臣も心ゆかず口惜しと思せど、いふかひなき事にて、「誰も誰もかく許しそめ給へる事なれば、引き返し許さぬ気色を見せむも、人の為いとほしう、あいなし」と思して、儀式いと二なくもてかしづき給ふ。




源氏は、主上が、お耳にあそばされても、畏れ多い。少しの間は、一般には知られないようにと、注意するが、そんな我慢はできない。
何日か経ったが、当人は、少しも親しむ様子なく、思いのほか、不運な私であったと、思い詰めている様子が、変わらず、たいへん辛いと思うのだが、黒髭大将は、なみなみならぬ、宿縁の深さをしみじみと、嬉しく思い、見れば見るほど、見事に、非の打ち所のない器量、様子を、他人のものにしてしまう結果になるところだった。と、思うだけで、気がそぞろである。
石山の仏と、弁のおもとを並べて拝みたく思うが、女君が、酷いと嫌っているので、勤めにも出ず、籠もっている。
本当に、あちこちで、大勢の懸想人の悩みを、色々と見てきたが、結局は、気の無い人の為に、石山寺の効験も現れた。大臣も不満で、残念だと思うが、どうにもならないことで、誰もが、こうして、承知したことだから、今になって、不承知の態度を見せることも、大将には、気の毒だし、つまらない、と思う。儀式は、またとないほど、立派にして上げるのである。

玉葛の結婚のことである。
愛情を持たずに、髭黒大将と、結婚する。

あはれに嬉しく思ひ
嬉しいという気持ちの前に、あはれ、という言葉がつく。
また一つ、あはれの、風景が広がる。

それにしても、ここでも主語が無いため、誰の思いなのか・・・
迷う。




いつしかと、わが殿に渡い奉らむ事を思ひ急ぎ給へど、軽々しくふと打ち解け渡り給はむに、かしこに持ち取りて、良くしも思ふまじき人のものし給ふなるがいとほしさにことづけ給ひて、源氏「なほ心のどかに、なだらかなる様にて、音なく、いづかたにも人の謗り恨みなかるべくを、もてなし給へ」とぞ聞え給ふ。父大臣は、「なかなかにめやすかめり。殊にこまかなる後見なき人の、なまほのすいたる宮仕へに出で立ちて、苦しげにやあらむ、とぞうしろめたかりし。心ざしはありながら、女御かくてものし給ふをおきて、いかがもてなさまし」など、忍びて宣ひけり。げに、帝と聞ゆとも、人に思し落とし、はかなき程に見え奉り給ひて、ものものしくももてなし給はずは、あはつけきやうにもあべかりけり。三日の夜の御消息ども、聞え交し給ひける気色を伝へ聞き給ひてなむ、この大臣の君の御心を、あはれにかたじけなく、あり難し、とは思ひ聞え給ひける。




大将は、一日も早く、自分の邸に、お連れしようと急ぎ、準備をされるが、身分を考えず、大将に任せて移る場合、あちらで、待っていましたと、いい顔をされない方がいらっしゃるそうで、可哀想だと、かこつけて、源氏は、まあまあ、ゆっくりと、目立たないようにして、騒がれずに、どこからも非難や、恨みを受けることのないように、なさるがよい。と、申し上げる。
父大臣は、内宮仕えよりも、かえって、気が楽であろう。特に、親身になってくれる、世話役も無い者が、御寵愛を争うような、宮仕えに出ては、辛いことだろうと、気がかりだ。可愛いと思う気持ちはあるが、女御が、ああしておいでになるのを差し置いて、どうして、世話ができよう、などと、陰でおっしゃる。
まあ、主上であっても、人より低いお扱いで、時々、お目にかかる程度で、堂々とした待遇をされなかったら、御出仕は、軽はずみだということになるだろう。
三日目の夜のお便りを、あちらこちらと、取り交わしされた様子を伝え聞いて、内大臣は、こちらの大臣のお気持ちを、しみじみ、勿体無く、またとないことと、思われた。

ここでは、源氏と、内大臣の考えである。
が、時に、作者が筆を添える。

あはれにかたじけなく
切々として・・・かたじけない、のである。




かう忍び給ふ御中らひの事なれど、おのづから、人のをかしき事に語り伝へつつ、次々に聞き漏らしつつ、あり難き世語りにぞささめきける。内にも聞し召してけり。「口惜しう宿世ことなりける人なれど、さ思しし本意もあるを、宮仕へなど、かけかけしき筋ならばこそ思ひ絶え給はめ」など宣はせけり。




このように、隠している、間柄のことであるが、いつしか、誰彼と無く、面白い話として、言い伝えながら、口から口へと伝わり、またとない、世間話として、言いはやした。
主上も、お耳にあそばし、残念なことに、縁の無い人であったが、尚侍にという本来の希望もあったのだし、入内などという特殊な関係なら、それは、断念もなさろうが、など、仰せがあった。

御中らひ
玉葛と、大将のこと。

ささめきける
ひそひそと、大袈裟ではなく。

かけかけしき筋ならば
男女関係のことである。

宿世のことなりける人
別人と結婚する運命の人、である。



posted by 天山 at 06:00| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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