2013年07月15日

もののあわれについて618

東の御方へ、これよりぞ渡り給ふ。今朝の朝寒なるうちとけわざにや、もの裁ちなどするねび御達、御前にあまたして、細櫃めくものに綿ひきかけてまさぐる若人どもあり。いと清らなる朽葉の薄物、今様色の二なくうちたるなどひき散らし給へり。源氏「中将の下襲か。御前の壺前栽の宴もとまりぬらむかし。かく吹き散らしてむには何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」など宣ひて、何にかあらむ、さまざまなる物の色どものいと清らなれば、かやうなる方は南の上にも劣らずかしと思す。御直衣花文綾を、この頃摘みいだしたる花してはかなく染め出で給へる、いとあらまほしき色したり。源氏「中将にこそかやうにてき着せ給はめ。若き人のにてめやすかめり」などやうの事を聞え給ひて、渡り給ひぬ。




東の御方、花散里へ、ここから渡られる。今朝、朝方の寒かったせいの家事だろうか。不布地を裁ったりする年上の女房たちが、御前に大勢いて、細櫃のようなものに、真綿を引っ掛けて、延ばしている、若い女房たちがいる。
大変綺麗な、朽葉色の薄物や、流行の見事に艶出ししたものなど、そらこちに散らかしている。源氏は、中将の下がさねか。宮中での、壺前栽の宴も、この風では中止になるだろう。こんなに吹き荒れたのでは、何が出来よう。今年は、面白くない秋になる、などとおっしゃり、何の着物か、色々な布地の色がとても美しいので、こういったことでは、紫の上にも、負けないことだ、と思われる。
源氏の御直衣の花文綾、けもんりょう、を、この頃、摘んできた花で、さらりと染めたのが、大変に良い色である。
源氏は、中将に、このようなものを着せなさい。若い人のものとしては、結構だ。というようなことを言って、お渡りになった。

当時は、女房たちが、そのような染めを行っていたと、解る。




むつかしき方々めぐり給ふ御供にありきて、中将はなま心やましう、書かまほしきふみなど、日たけぬるを思ひつつ姫君の御方に参り給へり。乳母「まだあなたになむおはします。風におぢさせ給ひて、今朝はえ起きあがり給はざりつる」と御乳母ぞ聞ゆる。夕霧「ものさわがしげなりしかば宿直も仕うまつらむと思ひ給へしを、宮のいとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿はいかがおはすらむ」と問ひ給へしを、人々笑ひて、「扇の風だにまいればいみじき事に思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱り侍りしか。この御殿あつかひにわびにて侍り」など語る。




難しい方々の所を廻る御供に、あちこちと行って、夕霧は、何やら気持ちが優れず、書きたい手紙など、今は日が高くなってしまったと思いつつ、姫君の部屋に入られる。
乳母が、姫様は、紫の上の方においでです。風を怖がり、今朝は、起きられませんでした。と、申し上げる。夕霧は、酷く荒れた様子でしたから、こちらに宿直しようと思いましたが、大宮が大変に怖がりまして。お雛様の御殿は、どうでしたか、と問われると、女房たちが、笑って、扇の風でも当たると、一大事に思っていらっしゃるのですから、壊れそうなほどに風が吹きましたら・・・この御殿のお世話は、困りきっております。などと、報告する。




夕霧「ことごとしからぬ紙や侍る。御局の硯」と乞ひ給へば、御厨子によりて、紙一巻、御すずりのふたに取りおろして奉れば、夕霧「いな。これはかたはらいたし」と宣へど、北のおとどのおぼえを思ふに、少しなのめなる心地してふみ書き給ふ。紫の薄様なりけり。墨、心とどめておしすり、筆のさきうち見つつ、こまやかに書きやすらひ給へる。いとよし。されどあやしく定まりてにくき口つきこそものし給へ。




夕霧は、ちょっとした紙がありますか。それからお局の硯と、求めると、御厨子の傍に行き、紙一巻を硯の蓋に取り下ろして、差し上げる。夕霧は、いや、これは、もったいない、とおっしゃるが、北の御殿に対する、世間の評価を考えると、まあそれほどまでに思わなくてもいいという気がして、手紙を書くのである。
紫の薄様であった。墨を注意して、ゆっくりとすり、筆先を良く見て、念を入れ、書きながら、筆を休めている。実に良い。
だが、変に型にはまり、感心しない、読みぶりである。

明石の御方に贈る手紙である。
その身分を考えて、それほど、気にしなくてもいいと、思うのである。

その明石の姫君の硯と、筆を使うのである。




夕霧
風さわぎ むら雲まがふ 夕にも わするるまなく 忘られぬ君

吹き乱れたる刈萱につけ給へれば、人々、「交野の少将は、紙の色こそ、ととのへ侍りけれ」と聞ゆ。夕霧「さばかりの色も思ひわかざりけりや。いづこの野辺のほとりの花」など、かやうの人々にも言少に見えて、右馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人ただならずゆかしがる。




夕霧
風が騒ぎ、むら雲が起こる酷い夕べでも、忘れる間とてなく、忘れることの出来ない君。

吹き乱れた刈萱に、この文をつけたので、女房たちは、交野、かたのの少将は、紙の色と同じ草木に結びましたと、申し上げる。夕霧は、それほどの色を、思いつかなかった。どこの野の花かな、などと、このような女房たちにも、あまり物を言わない有様で、親しい隙も見せず、生真面目で、気品がある。
更に、もう一通お書きになり、右馬の助に渡されると、可愛らしい童と、もう一人、心得のある御随身などに耳打ちして渡すので、若い女房たちは、酷く気にして、どなたへのお手紙かと、知りたがるのである。

交野の少将とは、昔物語の主人公である。





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2013年07月16日

もののあわれについて619

渡らせ給ふとて、人々うちそよめき、凡帳ひきなほしなどす。見つる花の顔どもも思ひ比べまほしうて、例は物ゆかしからぬ心地に、あながちに妻戸の御簾をひききて凡帳のほころびより見れば、物のそばよりただはひ渡り給ふ程ぞ、ふとうち見えたる。人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、髪のまだ丈にははづれたる末の、ひき広げたるやうにて、いと細くちひさき様体、らうたげに心苦し。をととしばかりは、たまさかにもほの見奉りしに、またこよなく生ひまさり給ふなめりかし、まして盛りいかならむ、と思ふ。かの見つるさきざきの桜、山吹といはば、これは藤の花とやいふべからむ、木高き木より咲きかかりて風になびきたるにほひはかくぞあるかし、と思ひよそへらる。かかる人々を心にまかせて明け暮れ見奉らばや、さもありぬべき程ながら、へだてへだてのけざやかなるこそつらけれ、など思ふに、まめ心もなまあくがるる心地す。




明石の姫君が、こちらに帰られるという知らせがあり、女房たちが、ざわめいて、凡帳などを、整える。先ほど見た、花に見まがう美しい方々と、比較したくて、いつもは、別に見ることも無いが、無理に妻戸の御簾に半身を入れて、凡帳のほころびから覗くと、物影から、そっといざって、来るところが、ちらっと見えた。
大勢の女房たちが、行ったり来たりするので、はっきりとは、見定められず、気が気ではない。
薄紫のお召し物に、髪のまだ背丈になっていず、切っていない裾は、末広がりで、細く小さな体つきが、可愛らしく見える。痛々しいほどだ。
一昨年くらいまでは、たまに、お姿を拝見したものであるが、年とともに、ずっと美しくなったようである。まして、年頃には、どれほど美しくなるだろう、と思う。
あの先ほどの方々を、桜や山吹に例えれば、この姫君は、藤の花というべきだろう。背の高い木に咲きかかり、風に揺れている美しさは、このようなもの、と、比較するのである。
こんな方を、思う存分に、朝夕、お相手したいものだ、などと思うと、いつも誠実な方も、そぞろ心が落ち着かない。

最後は、作者の言葉である。

へだてへだてのけざやかなる・・・
これは、源氏の教えである。
誠実にという・・・




おば宮の御もとにも参り給へれば、のどやかにて御おこないし給ふ。よろしき若人などここにもさぶらへど、もてなしけはひ装束どもも、さかりなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さる方にてあはれなりける。内の大臣も参り給へるに、大殿油など参りてのどやかに御物語など聞え給ふ。大宮「姫君を久しく見奉らぬがあさましきこと」とて、ただ泣きに泣き給ふ。大臣「今この頃のほどに参らせむ。心づから物思はしげにて、口惜しうおとろへにてなむ侍める。女子こそ、よくいはば、持ち侍るまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされ侍りける」など、なほ心解けず思ひおきたる気色して宣へば、心憂くてせちにも聞え給はず。そのついでにも、大臣「いとふでうなる女まうけ侍りて、もてわづらひ侍りぬ」と、うれへ聞え給ひて笑ひ給ふ。大宮「いであやし。女といふ名はして、さがなるやうやある」と宣へば、内大臣「それなむ見苦しき事になむ侍る。いかで御覧ぜさせむ」と聞え給ふとや。




夕霧が、おばあさまの大宮のところにも、上がられた。静かな、お勤めをしている。相当な、若い女房なども控えているが、物腰も、様子も衣装も、栄華を極めるところには、とうてい及びも付かない。
器量のよい尼君たちが、黒染めの質素な姿でいる方が、かえって、こういうところとしては、尼は尼として、あはれなりける。しみじみとした、感じがある。
内大臣も、いらっしゃり、灯をつけて、静かにお話をされる。大宮は、姫君に長いこと、お会いしていないのが、情けないと、おっしゃり、ただ、泣くだけである。内大臣は、もうすぐ、こちらに伺わせます。自分の招いた苦労で、惜しいほど、やつれているようです。娘というものは、はっきり申すと、持つべきではありません。何かにつけて、心配ばかりさせられる。など、今も、なお含みのある言い方でおっしゃるので、嫌な気持ちがして、強くも言わない。この話のついでに、内大臣は、まことに、不出来な娘を引き取りました。始末に困っています、と愚痴をおっしゃり、笑う。
大宮は、変ですね。あなたの娘である以上、出来の悪いことがありましょうか、とおっしゃると、それが、とても、見られたものではありません。いずれ何とか、お目通りさせましょう、と、申し上げる、様子。

さる方にてはあはれなりける
その様子が、あはれ、である。
しみじみと・・・
という、言葉で、それを表現するが・・・

学者の怠慢である。
切々とした・・・
遥かに深い思いを・・・

など、いろいろと表現ができる。

野分を終わる。


posted by 天山 at 06:58| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月17日

もののあわれについて620

御幸 みゆき

かく思し至らぬ事なく、「いかでよからむ事は」と思しあつかひ給へど、「この音なしの滝こそ、うたていとほしく、南の上の御おしはかりごとにかなひて、軽々しかるべき御名なれ。かの大臣、何事につけてもきはぎはしう、少しもかたはなる様の事を思し忍ばずなどものし給ふ御心ざまを、さて思ひぐまなく、けざやかなる御もてなしなどのあらむにつけては、をこがましうもや」など、思しかへさふ。




このように、ご注意の至らないところなく、源氏は、何とか良い道があれば、と思案されるが、この人知れぬ恋心は、あの内大臣は、何事をもはっきりさせて、少しでも、中途半端なことは、我慢出来ずにいる気性なので、それならそれでと、何の含みもなく、はっきりした御扱いなどがある日は、笑止の沙汰になるだろう、などと、自省される。

玉葛のことを考えて、世話をする源氏の気持ちである。
姫君として、表向きは、華やかに取り扱うのだが・・・
をこがましうもや
本当は、馬鹿馬鹿しいことなのだ。




その十二月に、大原野の御幸とて、世に残る人なく見騒ぐを、六条院よりも御方々引き出でつつ見給ふ。卯の時に出で給うて、朱雀より五条の大路を西ざまに折れ給ふ。桂川のもとまで物見車ひまなし。御幸といへど必ずかうしもあらぬを、今日は親王達、上達部も、皆心ことに御馬、鞍を整へ、随身馬副のかたち丈だち装束を飾り給うつつ、めづらかにをかし。左右大臣、内大臣、納言よりしもはた、まして残らず仕うまつり給へり。青色のうへの衣、葡萄染の下襲を、殿上人、五位六位まで着たり。雪ただいささかづつうち散りて、道の空さへえんなり。親王達上達部なども鷹にかかづらひ給へるは、めづらしき狩りの御装どもを設け給ふ。近衛の鷹飼どもはまして世に目なれぬすずり衣乱れ着つつ、気色ことなり。




その年の、師走に、大原野の御幸とあり、一人残らず見物に騒ぐが、六条の院からも、ご婦人方が、続々と、牛車を出して見物される。卯の時、午前五時頃、御出門なさり、朱雀から五条の大路を西の方に折れて、進まれる。桂川のところまで、物見車が、びっしりと並んでいる。御幸といっても、いつもはこれほどではないのだが、今日は、親王たち、上達部も、皆特別気を配って、馬や鞍を整え、随身馬副の容姿、背丈衣装を凝らして、見事で素晴らしい。左右の大臣、内大臣、納言より下となると、これは揃って、お供をされる。青色の衣の着物に、葡萄染めの、下襲、したがさね、を、殿上人や五位六位までも、着ている。雪がほんの少しちらついて、道の空さえ、心も弾むようである。

御幸とは、天皇の行幸である。
何とも、優雅である。

衣装に関しては、現代訳として、記した。




女は詳しくも見知らぬ方の事なれど、ただ珍しうをかしきことに、競ひ出でつつ、その人ともなくかすかなる足弱き事など、輪を押しひしがれ、あはれげなるもあり。浮き橋のもとなどにも、好ましう立ちさまよふ好き車多かり。




女は、詳しく知らない世界のことだが、ひたすら珍しく、面白い見ものと思い、我先に出てきたので、さしたる身分でもないが、粗末な足の弱い車などは、輪を押しつぶされ、気の毒な様になったものもある。船橋の辺りなどにも、優美に、あちこちと、立派な車が多かった。

あはれげなるもの
この場合は、気の毒である。




西の対の姫君も立ち出で給へり。そこばくいどみ尽くし給へる人の御かたち有様を見給ふに、帝の赤色の御衣奉りてうるはしう動きなき御かたはらめになずらひ聞ゆべき人なし。わが父大臣を人知れず目をつけ奉り給へど、きらきらしうもの清げに盛りにはものし給へど、限りありかし。いと人にすぐれたるただ人と見えて、御輿の内より外に目移るべくもあらず。まして、容貌ありや、をかしやなど、若き御達の消えかへり心うつす中少将、何くれの殿上人やうの人は何にもあらず消え渡れるは、さらに類なうおはしますなりけり。源氏の大臣の御顔ざまは異ものとも見え給はぬを、思ひなしの今少しいつかしう、かたじけなくめでたきなり。さはかかる類はおしがたかりけり。




西の対の、姫君、玉葛もお出かけになっていた。多くの、我こそはと、綺麗を尽くしている方々の容貌、態度を御覧になると、帝が赤色の衣を召されて端正に微動だもしない、御横顔に比べる方はいない。自分の父、大臣を人知れず、注意して拝するが、威儀を正して、見た目も綺麗で、男盛りでいらっしゃるが、でも矢張り限度がある。
誠に、誰よりも立派な臣下という感じで、御輿の中より、他には、見ようとしない。まして、器量が良いとか、綺麗だなどと、若い女房たちが死ぬほど慕う、中将少将、なんとかとの殿上人などという人は、問題にならず、目にもつかないのは、全く郡を抜いている。源氏の大臣の御顔立ちは、帝と別物とも見えないほどで、気のせいか、もう少し威厳があって、もったいないほどで、ご立派である。とすると、これほどのお方は、世には稀なのである。





あてなる人は皆もの清げにけはひ異なべい物とのみ、大臣中将などの御にほひに目なれ給へるを、出で消えどものかたはなるにやあらむ、同じ目鼻とも見えず口惜しうぞおされたるや。兵部卿の宮もおはす。右大将の、さばかり重りかに由めくも、今日の装いとなまめきて、やなぐいなど負ひて、仕うまつり給へり。色黒く髭がちに見えて、いと心づきなし。いかでかは女のつくろひたてたる顔の色あひには似たらむ。いとわりなき事を、若き御心地には見おとし給うてけり。大臣の君の思し寄りて宣ふ事を、「いかがあらむ。宮仕へは心にもあらで、見苦しき有様にや」と思ひつつみ給ふを、「なれなれしき筋などをばもて離れて、おほかたに仕うまつり御覧ぜられむは、をかしうもありなむかし」とぞ思ひ寄り給うける。





身分の高い人は、皆綺麗で、感じも違うはずと思うが、玉葛は、大臣、中将父子などの、美しさを見慣れて考えているが、見劣りして、問題にならないせいか、同じ目鼻の人間とも見えず、悔しいほどに圧倒されている。
兵部卿の宮もおいでになっている。右大将の、あれほど重々しく気取っている人も、今日の服装は、まことに艶やかで、ヤタグイなどを背負って供奉している。色が黒く髭が多い感じで、好感が持てない。どうして、女の化粧した顔の色に、男が似るでしょう。大変、無理なことを、お若い方の事とて、軽蔑するのである。
源氏の大臣が、思い立ちになって、おっしゃることを、どうしたものかしら、宮仕えは、思うようにゆかず、見苦しいことではないのか、と躊躇されるが、帝のご寵愛ということを離れて、普通にお仕えして、お目通りするのなら、結構なことだと、そんなことを思うのである。

posted by 天山 at 07:05| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

もののあわれについて621

かうて野におはしまし着きて、御輿とどめ、上達部の平張にもの参り、御装束ども、直衣、狩りの装などに改め給ふ程に、六条の院より、おほきみ、御くだものなど奉らせ給へり。今日仕うまつり給ふべく、かねて御気色ありけれど、御物忌の由を奏せさせ給へりけるなりけり。蔵人の左衛門の尉を御使にて、雉一枝奉らせ給ふ。仰せ言には何とかや、さやうの折りの事まねぶに煩はしくなむ。




こうして、大原野に到着して、御輿を止められ、上達部は天幕の中で食事をされ、服装を直衣や、狩り衣などに改めたりされるところに、六条の院より、お酒やお菓子などを献上される。今日、供奉なさるようにと、前もってご挨拶があったが、御物忌みとのことを、奏上されたのである。帝のお言葉は、何とございましたか、そのような時のことを申しますのは、困りますので・・・




冷泉
雪深き をしほの山に 立つ雉の 古き跡をも 今日は尋ねよ

太政大臣の、かかる野の行幸に仕うまつり給へる例などやありけむ。大臣、御使をかしこまりてなさせ給ふ。

源氏
をしほ山 みゆき積れる 松原に 今日ばかりなる 跡やなからむ

と、その頃ほひ聞きし事の、そばそば思ひ出でらるるは、こがごとにやあらむ。





雪の深い小塩山に、雉が飛び立っているが、例に従い、今日こちらに参ればよかったのに。

太政大臣が、このような野の行幸に、奉仕された先例などがあったのでしょうか。源氏の大臣は、御使いを、恐縮して、おもてなしされた。

源氏
小塩山の雪の降り積もる松原に、今日ほど、足跡が多く、盛大だったことは、ありませんでしょう。

と、その当時、聞いたことが、ちらほらと思い出されるのは、記憶違いかもしれません。

この部分は、三人称である。
現代の小説に近い、書き方である。




またの日、大臣西の対に、源氏「きのふ、上は見奉り給ひきや。かの事は思しなびきぬらむや」と聞え給へり。白き色紙にいとうちとけたる御文こまかに気色ばみてもあらぬがをかしきを見給うて、玉葛「あいなの事や」と笑ひ給ふものから、「よくもおしはからせ給ふものかな」と思す。御返りに、玉葛「昨日は、

うちきらし 朝曇りせし みゆきには さやかに空の 光やは見し

おぼつかなき御事どもになむ」とあるを、上も見給ふ。




その翌日、大臣、源氏は、西の対に、昨日、帝を拝みましたか。あのことは、私の勧めに従いますか、と書いた。白い色紙に、親しげにお手紙である。こまごまと、気取ることなく、見事なものを御覧になり、玉葛は、いやなことを、と、笑うが、よくも人の心を見通されたと、思うのである。お返事には、

朝曇りの雪の日では、すっかりと空の光を見たり出来ましょうか。

はっきりしないことばかりです。と、書いてあるのを、紫の上も御覧になる。

上も見給ふ、とは、紫の上のことである。




源氏「ささの事をそそのかししかど、中宮かくておはす、ここながらの覚えには便なかるべし。かの大臣に知られても、女御かくてまた侍ひ給へばなど、思ひ乱るめりし筋なり。若人の、さも馴れ仕うまつらむにはばかる思ひなからむは、上をほの見奉りて、えかけ離れて思ふはあらじ」と宣へば、紫「あなうたて。めでたしと見奉るとも、心もて宮仕ひ思ひたらむこそいとさし過ぎたる心ならめ」とて笑ひ給ふ。源氏「いで、そこにしもぞ、めで聞え給はむ」など宣うて、また御返り、

源氏
あかねさす 光は空に 曇らぬを などてみゆきに 目をきらしけむ

なほ思し立て」など、絶えず勧め給ふ。「とてもかうても、まづ御裳着の事をこそは」と思して、この御まうけの御調度の、こまやかなる清らども加へさせ給ひ、何くれの儀式を、御心にはいとも思ほさぬ事だに、おのづからよだけく厳めしくなるを、まして、「内の大臣もやがてこのついでにや知らせ奉りてまし」と思し寄れば、いとめでたく所狭きまでなむ。




源氏は、こういうことを、勧めてみたのだが、中宮がああしていらっしゃることゆえ、同じこの家からの扱いでは、具合が悪い。あちらの大臣に打ち明けても、女御がこうして別におられるのだから、などと、前にも気にしていたらしい事情と、同じことになる。若い女で、そのように宮中へお仕えするのに何憚ることもないものは、主上を、少しでも拝して、宮仕えを考えずに、いられるものはないだろう、とおっしゃると、紫の上は、まあ嫌なこと。いくらご立派だと拝しても、自分から進んで宮仕えを考えるなど、あまりに出すぎた人でしょう。と、笑う。源氏は、さあ、そういうあなたこそ、熱心になるのだろう、などと、おっしゃり、改めて、御返事に

日の光は、曇りなく、空に差しているのに、どうして、雪のために、目がかすんで見えなかったのでしょう。

是非、決心されるように、などと、ひっきりなしに、お勧めになる。

どうなるにせよ、まず裳着の式を、と思い、その儀式のお道具類の、精巧で立派なものを増やして、大体どんな儀式でも、ご自分では、大して考えていないことでさえ、いつしか、大袈裟に厳しくなるのも、まして、内大臣にも、このまま式のついでに、お知らせしようか、と考えるので、実に立派で、並びきれないほどである。

女御とは、玉葛の姉である。

裳着の式とは、女の成人式のことである。

とてもこうても
兵部卿の宮、あるいは、右大将と結婚するにしても・・・
また、入内するにしても、である。
その前に、女の成人式をするというのである。


posted by 天山 at 05:21| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

もののあわれについて622

「年かへりて二月に」と思す。「女は聞え高く名隠し給ふべき程ならぬも、人の御むすめとて籠りおはする程は、必ずしも氏神の御つとめなどあらはならぬ程なればこそ、年月は紛れ過ぐし給へ、このもし思し寄る事もあらむには、春日の神の御心たがひぬべきも、つひには隠れてやむまじきものから、あぢきなくわざとがましき後の名までうたたあるべし。なほなほしき人の際こそ、今やうとては氏改むる事のたはやすきもあれ」など思しめぐらすに、「親子の御契り絶ゆべきやうなし。同じくはわが心許してを知らせ奉らむ」など思し定めて、この御腰結には、かの大臣をなむ、御消息聞え給うければ、大宮こぞの冬つ方より悩み給ふ事、さらにおこりたり給はねば、かかるにあはせて便なかるべき由聞え給へり。中将の君も夜昼三条にぞ侍ひ給うて、心のひまなくものし給うて、折りあしきを、「いかにせまし」と思す。「世もいと定めなし、宮もうせさせ給はば御服あるべきを、知らず顔にてものし給はむ、罪深き事多からむ。おはする世にこの事あらはしてむ」と思し取りて、三条の宮に御とぶらひがてら渡り給ふ。




年が改まり、二月にと、思っていた。女というものは、評判が高く、名を隠すことのできる年ではなくても、一家の姫君として、家に引っ込んでいる間は、必ずしも氏神参拝など表立ってしないものだから、今まで、はっきりしないで過ごしていたのだが。今、もし思い通りのことが実現するとした時には、春日明神の神慮に背くことだろうし、結局は、隠しおおせるものではないのに、つまらぬことに、企みあってのことのように、後々、評判が立っては、嫌なことだ。平凡な身分の人ならば、現代では、氏を改めることも簡単だが、などと、思案される。親子の縁が、絶えることはない。同じことなら、自分から、進んで内大臣に知らせよう、などと、決心されて、今度の腰紐を結ぶ役目に、内大臣をと、ご依頼の手紙を差し上げたところ、大宮が、去年の冬頃から病気だとのことで、一向に回復しないので、このように都合がつきません、とのご返事だった。
中将の君も、夜昼、三条の宮の方にお詰めになり、他のことを考える余裕もないので、時期が悪いのを、どうしたものか、と考えられる。無常な世の中だ。大宮でも亡くなったら、玉葛も喪に服すべきなのに、知らない顔でいることは、罪深いことが多い。大宮の在世中に、このことを打ち明けてしまうことだ、と決心して、三条の宮に、お見舞いかたがた、お訪ねになった。

氏改むる事
藤原の生まれだが、源氏の養子になり、改めること。




今はまして、忍びかにふるまひ給へど、行幸に劣らずよそほしく、いよいよ光をのみ添へ給ふ御かたちなどの、この世に見えぬここちして、珍しう見奉り給ふには、いとど御ここちの悩ましさも、取り捨てらるるここちして、起きて居給へり。御脇息にかかりて、弱げなれど、物などいとよく聞え給ふ。源氏「けしうはおはしまさざりけるを、なにがしの朝臣の心惑はして、おどろおどろしう嘆き聞えさすめれば、いかにやうにものせさせ給ふにか、となむ、おぼつかながり聞えさせつる。内などにも、ことなるついでなき限りは参らず、おほやけに仕ふる人ともなくて籠り侍れば、よろづうひうひしう、世だけくなりにて侍り。よはひなど、これよりまさる人、腰たへぬまでかがまりありく例、昔も今も侍めれど、あやしくおれおれしき本性に添ふもの憂さになむ侍るべき」など聞え給ふ。




今は、前よりも、お忍びになっても、帝の行幸に負けないほどの威勢で、益々、美しく輝く顔立ちなどは、人の世では、見られない程で、珍しく御覧になる大宮は、気分の悪さも、さっぱりと無くなった気持ちで、起きて座られた。御脇息に寄りかかり、弱々しそうだが、口はよく利けた。
源氏は、そう、お悪くもなかったのに、何某の朝臣があわてて、大袈裟に嘆きますので、どんな具合でいらっしゃるかと、ご心配しました。宮中などへも、特別な場合のほかは、参内いたしません。朝廷に仕える人らしくなく、家におりますので、万事が動き鈍く、鷹揚になってしまいました。年齢など私より上の人で、腰が辛抱できないほど曲がりながらも、動き回るものが、昔も今も、いるようですが、私は、変に愚かな生まれつきの上に、物ぐさにもなりましたのでしょう。と、おっしゃる。




大宮「年の積もりの悩みと思う給へつつ、月ごろになりぬるを、今年となりては、頼み少なきやうに覚え侍れば、今ひとたびかく見奉り聞えさする事もなくてや、と心細く思う給へつるを、今日こそまた少し延びぬるここちし侍れ。今は惜しみとむべき程にも侍らず。さべき人々にも立ちおくれ、世の末に残り止まれる類を、人のうへにて、いと心づきなし、と見侍りしかば、出でたちいそぎをなむ思ひもよほされ侍るに、この中将の、いとあはれにあやしきまで思ひ扱ひ、心をさわがい給ふ、見侍るになむ、さまざまにかけ止められて、今まで長引き侍る」と、ただ泣きに泣きて、御声のわななくも、をこがましけれど、さる事どもなれば、いとあはれなり。




大宮は、長生きし過ぎの病気とは知りつつ、長いことになりますけれど、今年になって、生きられる望みも少ない気がいたしまして、もう一度、このようにお目にかかり、お話申し上げることなしに、終わるのかと、心細く感じていました。今日という今日は、改めて、少し寿命が延びた気がいたします。
もう死にましても、惜しい年でもありません。親しい人々にも、先立たれ、年老いて生き残る人たちを、他人のことでも、何とも嫌なことと、思いましたから、あの世への準備のことが、気になりまして、この中将が、心を込めて、不思議なほど世話をし、心配してくださる。それを見ては、あれこれと、引き留められて、今まで、生き延びているのでございます。と、ただ、泣くばかりで、お声が震えるのも、馬鹿馬鹿しく思うが、言われることは、いずれも、最もなことなので、お気の毒である。

中将とは、夕霧のことである。

さる事どもなれば
夕霧と、雲居雁のことである。

出でたちいそぎをなむ
もう、あの世に参ろうという気持ち。

いとあはれにあやしきまで思ひ扱ひ
大変に、あはれ、あやしきまで、あはれ・・・
ここでは、中将の世話についてを、言うのである。

いとあはれなり
大変に気の毒・・・
大変に、残念・・・
とても、それぞれの場面で、あはれ、が生きる。
これ以上に無いという、感情の思いである。


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2013年07月20日

もののあわれについて623

御物語ども、取り集め聞え給ふついでに、源氏「内の大臣は、日隔てず参り給ふことしげからむを、かかるついでに対面のあらば、いかに嬉しからむ。いかで聞え知らせむと思ふことの侍るを、さるべきついでなくては、対面もありがたければ、おぼつかなくてなむ」と、聞え給ふ。




色々なお話をするついでに、源氏は、内大臣は、日をおかずに参られるでしょうが、こうした機会にお目にかかることができれば、どんなに嬉しいことでしょう。何とかして、お話しようと思うことがありますが、適当な機会がなくて、お目にかかるのが、難しいので、気になりまして、と申し上げる。




大宮「おほやけ事のしげきにや、私の志の深からぬにや、さしもとぶらひものし侍らず。宣はすべからむ事は、何ざまの事にかは。中将の恨めしげに思はれたる事も侍るを、「初めの事は知らねど、今はけにくくもてなすにつけて、立ちそめし名の、取り返さるるものにもあらず、をこがましきやうに、かへりては世人も言ひ漏らすなるを」などものし侍れば、たてたる所、昔よりいと解け難き人の本性にて、心得ずなむ見給ふる」と、この中将の御事と思して宣へば、うち笑ひ給ひて、源氏「いふかひなきに許し捨て給ふこともや、と聞き侍りて、ここにさへなむかすめ申すやうありしかど、いと厳しういさめ給ふ由を見侍り後、何にさまで言をもまぜ侍りけむと、人わるう悔い思う給へてなむ、よろづの事につけて、清めという事侍れば、いかがはさも取り返しすすい給はざらむ、とは思う給へながら、かう口惜しき濁りの末に、待ちとり深うすむべき水こそ出で来難かべい世なれ。何事につけても末になれば、落ち行くけぢめこそ安く侍めれ、いとほしう聞き給ふる」など、申し給うて、




大宮は、公務が忙しいのか、私への気持ちが深くないのか、それほど、見舞いには来ません。お話になりたいということは、どんなことですか。中将が、恨めしく思っているとのことですが、「初めの事は、知りませんが、今となっては、二人を引き離そうとしたところで、一度立った噂が、取り返せるわけでもなく、馬鹿げたことのように、かえって、世間の人も噂するとか」などと、聞かせますと、言い出したことは、昔から決して、後へは引かない性質で、解ってくれないように見受けられます、と、この中将のことと、思っていると、にっこりして、源氏は、今更言っても、仕方ないことと、許してくだると、耳にしています。私までが、内大臣に、それとなく口添え申したことがありますが、夕霧を大変きつく叱ったことを聞きましてからは、何のために、あれほど口出しをしたのかと、外聞も悪く、後悔しました。何事も、汚れには、清めがございますから、どうしてそれでも、綺麗さっぱりと、水に流して下さらないことがあろうかと、思いますが、これほど酷く濁った果てに、いくら待っても、見事に綺麗にしてくれる水というものは、出てきにくいようです。万事、後になるほど、だんだんと悪くなってゆきやすいようですから、内大臣にとっては、お気の毒なことと、聞いております、などと、おっしゃり・・・




源氏「さるは、かの知り給ふべき人をなむ、思ひまがふる事侍りて、ふいに尋ね取りて侍るを、その折りは、さるひがわざとも明かし侍らずありしかば、あながちに事の心を尋ねかへさふ事も侍らで、たださるもののくさの少なきを、かごとにても、何かは、と思う給へ許して、をさをさむつびも見侍らずして、年月侍りつるを、いかでか聞し召しけむ、内に仰せらるるやうなむある。「尚侍宮仕へする人なくては、かの所の政しどけなく、女官なども、おほやけ事を仕うまつるに、たづきなく事乱るるやうになむありけるを、ただ今上に侍ふ故老の典侍二人、またさるべき人々、さまざまに申さするを、はかばかしう、選ばせ給はむたづねに、類ふべき人なむなき。なほ家高う人の覚え軽からで、家の営みたてたらぬ人なむ、いにしへよりなり来にける。したたかに賢き方の選びにては、その人ならでも年月の労になりのぼる類あれど、しか類ふべきもなし、とならば、おほかたの覚えをだに選らせ給はむ」となむ、内々に仰せられたりしを、似げなき事としも、何かは思ひ給へむ。




源氏は、実は、内大臣がお世話になるはずの人の、思い違いがありまして、思いがけず、探し出し、引き取りましたが、その時、間違いだとは、はっきりと言ってくれず、しいて、事情を詮索することもしませんでした。ただ、そうした子が少ないので、口実でも、構うものかと、自分勝手に、納得して、全く親身な世話もしませんで、年月が経ちました。それを、どういうことで、お耳にあそばしたのやら、陛下から、お言葉を下されることがありました。
尚侍は、勤める者がいなくては、内侍所の事務が整わず、女官なども、職務を行うのに、頼りところなく、仕事が出来ないようでしたが、現在のところは、宮中に仕えている、年寄りの典侍二人、またその他に、相当な者たちが、それぞれに任官を懇願するが、立派に、選びあそばそうとの求めに、及第する人がいない。矢張り、尚侍ともなれば、家柄高く、評判が重くて、生活の心配のない人が、昔からなっている。甚だしく賢いということでの選考ならば、そういった人でなくても、長年勤務の功労により、昇進する例があるが、それに当たる者もない。ということになると、せめて、一般世間の人望にでもよって、人選あそばそう、と、内々で、お言葉を賜りましたが、相応しくないことと、思えません。




宮仕えは、さるべき筋にて、上も下も思ひ及び、出で立つこそ心高き事なれ、おほやけざまにて、さる所の事を司り、政のおもぶきをしたため知らむ事は、はかばかしからず、あはつけきやうに覚えたれど、などかまたさしもあらむ。ただわが身の有様からこそ、よろづの事侍めれ、と思ひ弱り侍りしついでになむ、よはひの程など、問ひ聞き侍れば、かの御尋ねあべい事になむありけるを、いかなべい事ぞとも、申し明らめまほしう侍る。ついでなくては対面侍るべきにも侍らず。やがてかかる事なむと、あらはし申すべきやうを思ひめぐらして、消息申ししを、御悩みにことづけてもの憂げにすまひ給へりし、げに折りしも便なう思ひ止まり侍るに、よろしうものせさせ給ひければ、なほかう思ひおこせるついでにとなむ思う給ふる。さやうに伝へものせさせ給へ」と、聞え給ふ。




宮中にお仕えするのは、女御更衣になり、身分の上の者、下の者も、寵愛を望んで入内するのが、理想が高いというものです。一般の職で、そういう役所を配し、事務を処理するようなことは、何でもない簡単なことに思われますが、そうとも限りません。ただ、本人の人柄によって、万事決まると考えるようになりました。そのついでに、年齢のことなどを尋ねてみますと、内大臣のお探しになっている人でありましたが、どのようにいたすべきかと、はっきり相談したいと思います。わざわざということでなければ、お目にかかるわけにいきませんから、すぐにお知らせをと、打ち明けて知らせる方法として、手紙を差し上げたのですが、こちらのご病気を口実に、気が進まないらしく辞退されました。なるほど、時期も悪いと思い止まりました。ご病気もよろしいようで、矢張りこういうふうに考えました、この機会にと思います。そういうふうに、お伝えくださるようにと、申し上げる。

何とも、回りくどい話である。
回りくどいのは、源氏の、玉葛に対する、思いである。

やがてかかる事なむと
玉葛の裳着の腰結を頼み、その時にと思ったという。

さっさと、言わないのは、源氏の邪心である。
物語の難しいのは、こういう、心模様の場面だ。

一体、何を言いたいのか・・・
解説を見て、ようやく、察することが出来るのである。


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2013年08月16日

もののあわれについて624

宮「いかに。いかに、侍りける事にか。かしこには、様々にかかる名のりする人を、いとふ事なく拾ひ集めらるめるに、いかなる心にて、かくひきたがへがこち聞えらるらむ。この年頃承りてなりぬるにや」と、聞え給へば、源氏「さるやう侍る事なり。詳しき様は、かの大臣もおのづから尋ね聞き給うてむ。くだくだしきなほ人のなからひに似たる事に侍れば、明かさむにつけても、らうがはしう人言ひ伝へ侍らむを、中将の朝臣にだに、まだわきまへ知らせ侍らず。人にも漏らせさせ給ふまじ」と、御口かため聞え給ふ。




大宮は、それは、それは一体、どういうことなのですか。内大臣には、あれこれと、こういう申し出をする人を、構わずに集めていられるようです。どういうつもりで、このように間違って申し出たのでしょう。ここ何年間か、ずっと承知していて、このようになったのでしょうか。と、申し上げると、源氏は、それには、それなりの理由があります。詳しいことは、内大臣も自然と、お耳に入るでしょう。ごたごたした身分の無い者の間に、よくある話です。発表したりしても、喧しく、次から次と、噂するでしょう。それで、中将の朝臣にさえ、まだ解らせる話はしていません。どちらにも、漏らさぬようにと、お口留めされる。




内の大殿にも、かく三条の宮に太政大臣渡りおはしまいたる由聞き給ひて、内大臣「いかに寂しげにて、いつかしき御様を待ち受け聞え給ふらむ。御前どももてはやし、御座ひきつくろふ人も、はかばかしうあらじかし。中将は御供にこそものせられつらめ」など、驚き給うて、御子どもの君達、睦まじうさるべきまうち君達奉れ給ふ。大臣「御くだもの大御酒など、さりぬべく参らせよ。自らも参るべきを、かへりてもの騒がしきやうならむ」など宣ふ程に、大宮の御文あり。「六条の大臣のとぶらひに渡り給へるを、もの寂しげに侍れば、人目のいとほしうも、かたじけなうもあるを、ことごとしう、かう聞えたるやうにはあらで、渡り給ひなむや。対面に聞えまほしげなる事もあなり」と、聞え給へり。




内大臣の元でも、このように、三条の宮に太政大臣が、お出かけしたことを、お聞きになり、どんなに人少なくても、威光輝くお方を、お迎えしたことだろう。御前駆たちをねぎらったり、御座所を整える人も、てきぱきとやる者はいないであろう。中将は、御供をされていたことだろう。などと、驚き、お子様の若殿たちで、仲もよく、彼らを大宮のところへ上げられた。
内大臣は、くだものや、御酒など、適当に差し上げるように。私自身も、参上すべきであるが、それでは、かえって、仰々しいことになるだろう、などと、おっしゃるところへ、大宮のお手紙がきた。
大宮は、六条の大臣が、お見舞いにおいでくださりましたが、人少なく感じますので、皆が何と思うかも気になり、勿体なくもあるので、大仰に、このような手紙を差し上げたのではないように、おいで下さいませんか。お会いして、お話されたいこともあるようです。と、申し上げた。

くだもの、とは、木の実、草の実、お菓子類なども言う。




「何事かはあらむ。この姫君の御事、中将の憂えにや」と思しまわすに、「宮もかう御世残りなげにて、この事とせちに宣ひ、大臣も憎からぬ様に、ひとことうち出で恨み給はむに、とかく申し返さふ事、えあらじかし。つれなくて思ひ入れぬを見るには安からず、さるべきついであらば、人の御言になびき顔して許してむ」と思す。「御心をさし合はせて宣はむこと」と思ひ寄り給ふに、「いとどいなび所なからむが、またなどかさしもあらむ」とやすらはるる、いとけしからぬ御あやにく心なりかし。「されども、宮かく宣ひ、大臣も対面すべく待ちおはするにや。方々にかたじけなし。参りてこそは御気色に従はめ」など思ほしなりて、御装束心ことにひきつくろひて、御前なども、ことごとしき様にはあらで、渡り給ふ。




どういうことか。この姫君のことで、夕霧の愁訴だろうか。と、あれこれ考えると、大宮も、このように余命少なく思われるが、このことを熱心におっしゃり、大臣も穏やかに、一言、口に出し、酷いと、おっしゃったら、反対することも出来ない。平気な振りで、姫に熱心ではないのを見ると、胸が収まらない。適当なきっかけがあれば、お言葉に従った顔をして、許すとするか、と、考える。
お二人が、心を合わせて、おっしゃろうとするのだ、と思うと、二の足を踏む。まことに、困った、意地っ張りな、お方である。だが、大宮が、こう言い出し、大臣も会おうと言うとか。どちらに対しても、勿体無いことだ。行った上で、あちらの出方を見ることにしょう。などという気持ちになり、御服装に、特に気を整えて、御前駆なども、大袈裟な感じではなく、お出かけになる。




君達いとあまた引き連れて入り給ふ様、ものものしう頼もしげなり。丈だちそぞろかにものし給ふに、太さもあいて、いと宿徳に、おももち、あゆまひ、大臣といはむに足らひ給へり。葡萄染めの御指貫、桜の下襲、いと長うは裾引きて、ゆるゆるとことさらびたる御もてなし、あなきらきらし、と見え給へるに、六条殿は、桜の唐の綺の御直衣、今やう色の御ぞひき重ねて、しどけなきおほぎみ姿、いよいよたとへむものなし。光こそまさり給へ、かうしたたかにひきつくろひ給へる御有様に、なずらひても見え給はざりけり。




お子様たちを大勢、引き連れて、三条の宮にお入りになる様子は、堂々として、頼りになる感じである。背が高く、太り具合も、丁度よく、まことに貫禄もあり、顔付き、歩き振り、大臣というのに、十分である。えび染めの御指貫、桜の下かさねの裾を、とても長くして、ゆっくりと、わざとらしい態度、派手だという感じがするが、六条の殿、源氏は、桜の舶来の綺の御直衣、紅色の下着を何枚も着て、ゆったりとした、王族らしい姿で、いよいよ形容のしようがない。生まれつきの美しさは勝り、このように、きちんと整えておいでの、内大臣の様子には、比較出来ないお姿である。




君達次々に、いともの清よげなる御なからひにて、集ひ給へり。藤大納言、東宮の大夫など今は聞ゆる子どもも、みななり出でつつものし給ふ。おのづから、わざともなきに、覚え高くやむごとなき殿上人、蔵人の頭、五位の蔵人、近衛の中少将、弁官など、人柄華やかにあるべかしき、十余人集ひ給へれば、いかめしう、次々の、ただ人も多くて、かはらけあまたたび流れ、皆酔ひになりて、おのおのかう幸い人にすぐれ給へる御有様を物語にしけり。




ご子息たちは、どれもこれも、まことに綺麗な兄弟で、集まっている。藤大納言や東宮大夫などと、今はそれらの地位になられているお子様たちも、皆それぞれ出世して、御供をされる。自然で、わざわざではないが、評判が高く、身分の高い殿上人の、蔵人の頭や、五位の蔵人、近衛の中少将、弁官などで、人柄が派手で立派なのだが、十余人集まったもので、堂々として、それ以下の普通の者も多く、盃が幾度も座に廻り、皆、酔ってしまい、それぞれが、大宮の幸せが、このように誰よりも優れているという、境遇を話題にしていた。

posted by 天山 at 04:40| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月17日

もののあわれについて625

大臣も、珍しき御対面に、昔の事思し出でられて、よそよそにてこそ、はかなき事につけて、いどましき御心も添ふべかめれ、さし向かひ聞え給ひては、かたみにいとあはれなる事の数々思し出でつつ、例の、隔てなく、昔今の事ども、年頃の御物語に、日暮れ行く。御土器など勧め参り給ふ。内大臣「侍はでは悪しかりぬべかりけるを、召しなきにはばかりて、承り過ぐしてましかば、御勘事や添はまし」と申し給ふに、源氏「勘当はこなたざまになむ。勘事と思ふ事多く侍る」など、気色ばみ給ふに、この事にや、と思せば、わづらはしうて、かしこまりたる様にて、ものし給ふ。




大臣も、久しぶりの出会いに、昔のことが、自然に思い出されて、離れていればこそ、なんでもないことにでも、競争心も、つい起こるのだと、面と向ってお話しする。互いに、胸に迫ることが、あれこれと、思い出されて、いつもの通り、心に隔てなく、昔や今の話を、次々に、長年の話をしていると、日が暮れてゆく。
盃を勧める。内大臣は、お伺いしなくては、いけないことでしたのに、お呼びがないので、遠慮していました。お越しを知りながら、出て参らずじまいになれば、お叱りが増えることだったでしょう。と、申し上げると、源氏は、お叱りを受けるのは、こちらの方です。お怒りではないかと思うことが、多々あります、などと、おっしゃりかけると、この姫のことかと、思うので、面倒なことになったと、恐縮した振りをする。

かたみにいとあはれなる
かたみに いとあはれ なる
どのように、訳してもいいのである。

つまり、本文の情景を深める言葉である。
形容詞のような扱い・・・

互いに深く感ずることろありて・・・など。




源氏「昔より、公私の事につけて、心の隔てなく、大小の事聞え承り、羽を並ぶやうにて、おほやけの御後見をも仕うまつる、となむ思う給へしを、末の世となりて、そのかみ思う給へし本意なきやうなる事、うち交り侍れど、内々の私事にこそは。おほかたの志は、さらに移ろふ事なくなむ。何ともなくて、積もり侍る年よはひに添へて、いにしへの事なむ恋ひしかりけるを、対面賜はる事もいと稀にのみ侍れば、こと限りありて、世だけき御ふるまひとは思う給へながら、親しき程には、その御勢ひをも、引きしじめ給ひてこそは、とぶらひものし給はめ、となむ、恨めしき折々侍る」と、聞え給へば、大臣「いにしへはげに面なれて、あやしくたいだいしくまで慣れ侍ひ、心に隔つる事なく御覧ぜられしを、おほやけに仕うまつりし際は、羽を並べたる数にも思ひ侍らで、嬉しき御かへりみをこそ、はかばかしからぬ身にて、かかる位に及び侍りて、おほやけに仕うまつり侍る事に添へても、思う給へ知らぬには侍らぬを、よはひの積もりには、げにおのづからうちゆるぶ事のみなむ、多く侍りける」など、かしこまり申し給ふ。




源氏は、昔から、朝廷の公務、また私生活の事につけて、思うことは、何でも、事の大小関わらず、お話をしたり、伺ったりして、あなたと、肩を並べたようで、朝廷の補佐もしたいと思ったが、年月が経ってしまい、当時考えていた、あの気持ちと違うようなことが、時々ありましたが、それは、ほんの内輪のこと。それ以外の気持ちは、全然、昔と変わらないのです。別に、何と言うことも無く、年を取ってゆくにつれて、昔の事が、懐かしく思われます。お会いすることが、ほとんど無くなってゆくばかりです。身分が身分ゆえに、目覚しいご活躍とは、知りながら、親しい間柄では、その御威勢も抑えてくださり、お訪ねくださればよいのにと、恨めしく思うことも、何度かありました。と、おっしゃると、内大臣は、昔は、仰せの通り、しげしげとお会いして、何とも失礼なほどご一緒し、隠し立てもせずに、お世話になりました。朝廷にお仕えした当初は、肩を並べる一人などは、思いもよりませんでした。ありがたい、お引き立てを、力の無い私が、こんな地位にまで昇りまして、朝廷にお仕え出来ること、ありがたいと思いますが、年を取り、仰せの通り、ついつい、途絶えがちのことばかりが、多くありました。などと、お詫びを申し上げる。

何とも、大変な会話である。
当時の言葉遣いは、難しい。




あやしく たいだいしく・・・
しげしげとお会いして・・・
慣れ侍ひ・・・
失礼と思うほどに、会う・・・




そのついでに、ほのめかし出で給ひてけり。大臣「いとあはれに、めづらかなる事にも侍るかな」と、まづうち泣き給ひて、大臣「そのかみより、いかになりにけむ、と尋ね思う給へし様は、何のついでにか侍りけむ、憂へに耐へず、漏らし聞し召させしここちなむし侍る。今かく少しひとかずにもなり侍るにつけて、はかばかしからぬ者ども、方々につけてさまよひ侍るを、かたくなしく見苦し、と見侍るにつけても、またさるさまにて、数々に連ねては、あはれに思う給へらるる折りに添へても、まづなむ思ひ給へ出でらるる」と宣ふついでに、かのいにしへの雨夜の物語に、色々なりし御むつごとの定めを思し出でて、泣きみ笑ひみ、皆うち乱れ給ひぬ。夜いたう更けて、おのおのあかれ給ふ。源氏「かく参り来あひては、さらに、久しくなりぬる世の古事、思う給へ出でられ、恋ひしき事の忍び難きに、立ち出でむここちもし侍らず」とて、をさをさ心弱くおはしまさぬ六条殿も、酔ひ泣きにや、うちしほたれ給ふ。宮、はたまいて、姫君の御事を思し出づるに、ありしにまさる御有様勢ひを見奉り給ふに、あかず悲しくてとどめ難く、しほしほと泣き給ふ。あまごろもは、げに心ことなりけり。




引き続けて、少しばかり、玉葛のことをおっしゃる。内大臣は、胸痛く、またとない話を伺いました、と、探しあぐねていましたことは、何のきっかけでございますか。悲しさに我慢しきれず、つい申し上げ、お耳に入れましたような気がします。今は、このように少しは、一人前らしくなりましたにつけて、つまらない子供たちが、誰彼の縁故を辿り、名乗り出ますが、馬鹿な、見苦しいと思いますにつけても、それはそれとして、あのように、大勢を並べてみると、可哀想にと思います。玉葛が、一番に胸に浮かびますと、おっしゃるのをきっかけに、あの昔の雨夜の品定めの話の時に、あれこれとあった、打ち明け話の結論を思い出し、泣いたり笑ったり、お二人とも、崩れてしまった。夜が更けて、お二人共に、お別れになる。
源氏は、このように、互いに足を運び、一緒になり、全く古くなった昔の出来事が、つい胸に浮かび、懐かしい気持ちが抑えきれず、出て行く気もしませんと、おっしゃり、一向に、気弱ではない六条の殿も、酔い泣きなのか、涙を流す。
大宮は、ましてそれ以上に、姫君、葵上のことを思い出し、あの当時より、立派な様子、威勢を拝すると、いつまでも悲しくて、涙を止められず、しおしおと泣くのである。尼衣の身ゆえに、本当に特別なのである。

書写する私も、昔の事を思い出す。
あの頃・・・

兎に角、長い物語である。


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2013年08月18日

もののあわれについて626

かかるついでなれど、中将の御事をば、うち出で給はずなりぬ。ひとふし用意なし、と思しおきてければ、口入れむ事も、人わるく思しとどめ、かの大臣はた、人の御気色なきに、さし過ぐし難くて、さすがにむすぼれたるここちし給うけり。大臣「今宵も御供に侍ふべきを、うちつけに騒がしくもやとてなむ、今日のかしこまりは、ことさらになむ参り侍る」と、申し給へば、源氏「さらば、この御悩みもよろしう見え給ふを、必ず聞えし日たがへさせ給はず、渡り給ふべき」由聞え契り給ふ。御気色どもようて、おのおの出で給ふ響き、いといかめし。君達の御供の人々、「何事ありつるならむ。珍しき御対面に、いと御気色よげなりつるは、またいかなる御譲りあるべきにか」など、ひが心をえつつ、かかる筋とは思ひ寄らざりけり。




こういう機会だが、中将の御事は、口に出さずじまいに終わった。一ヶ所、不用意であると、判断されたので、口出しすることも、外聞が悪いと、思いとどまり、あちらの大臣もまた、お言葉もないのに、出過ぎることも出来ず、言わないだけに、打ち解けぬ気持ちである。内大臣は、今夜も、御供いたすべきですが、急なことで、お騒がせしてはと、思います。今日のお礼は、日を改めまして、お伺いいたします。と申し上げると、源氏は、それでは、大宮のご病気も悪くない様子ですから、必ず申し上げた日を、忘れずに、お出でくださるように、との、約束をなさる。
お二人のご機嫌うるわしい、それぞれのお立ち居でされる、ざわめき、まことに堂々たるものである。子息の方々のお供をして来た連中も、どういうことがあったのかと。久しぶりの御出会いに、たいそう機嫌よく見えたのは、今度は、どんなお譲りがあるのだろう、などと、勘違いして、そのようなこととは、思いもかけないのである。

人々は、何か役職に関することと、思うが、実は、夕霧のことである。
昔、内大臣が、夕霧の申し出を、撥ね付けたことである。




大臣、うちつけに、いといぶかしう、心もとなう覚え給へど、「ふとしか受け取り親がらむも、便なからむ。尋ね得給へらむ初めを思ふに、定めて心清う見離ち給はじ。やむごとなき方々をはばかりて、うけばりてその際にはもてなさず、さすがにわづらはしう、ものの聞えを思ひて、かく明かし給ふなめり」と思すは、口惜しけれど、「それをきずとすべき事かは。ことさらにもかの御あたりにふればはせむに、などか覚えの劣らむ。宮仕へざまにおもむき給へらば、女御などの思さむこともあぢきなし」と思せど、「ともかくも思ひ寄り宣はむおきてを、たがふべきことかは」と、よろづに思しけり。




内大臣は、突然のことであり、腑に落ちない、とても不審に思うが、ふっと、引き取って、親しく暮らすのも、具合が悪いだろう。探し出して、手に入れた当初を考えると、確かに、手を触れずにいることはあるまい。立派な婦人方の手前を遠慮し、堂々と、婦人として取り合わず、とあっても、矢張り具合が悪い。世間の評判を思い、このように打ち明けられるのか。と、思うことは、残念であるが、それを疵としなくてはならないことなのか。こちらが、進んで、あちらのお傍に差し上げるとしたところで、どうして、評判が悪くなるだろう。宮中に入れるように、気が進みだと、女御などの思うことも、面白くないと、思う。どちらにせよ、考えて、お口にされる決定に背けることではない。と、何もかもについて、考えるのである。

これは、玉葛のことである。
内大臣の心の内を、書き付けるのである。




かく宣ふは、二月ついたち頃なりけり。十六日彼岸の初めにて、いと良き日なりけり。近うまた良き日なし、と、かうがへ申しけるうちに、よろしうおはしませば、急ぎ立ち給うて、例の渡り給うても、大臣に申しあらはしし様など、いとこまかに、あべき事ども教え聞え給へば、「あはれなる御心は、親と聞えながらもあり難からむを」と思すものから、いとなむ嬉しかりける。かくて後は、中将の君にも、忍びてかかる事の心、宣ひ知らせけり。「あやしの事どもや。むべなりけり」と、思ひ合はする事どもあるに、かのつれなき人の御有様よりも、なほもあらず思ひ出でられて、思ひ寄らざりける事よ、と、しれじれしきここちす。されど、あるまじう、ねぢけたるべき程なりけり、と思ひ返す事こそは、あり難きまめまめしさなめれ。




このお話があったのが、二月上旬である。
十六日は、彼岸の入りで、たいそう、良い日であった。この前後に吉日はないと、陰陽道の占いが出て、大宮も大丈夫な様子で、急いで用意されて、例の通り、玉葛の方に出られて、内大臣に打ち明けた様子など、とても詳しく、心得を色々と教え申すと、玉葛は、親切なお心は、親と申す方でも、まずいないだろうと思うが、実の親との対面は、大変嬉しかった。
この後で、中将、夕霧に君にも、こっそりと、こういう事情であると、説明する。変なことだらけだ、それなら、無理もないと、夕霧も合点のゆくことが、あれこれとあるが、あの冷たい人の様子よりも、玉葛のことが胸に浮かび、気がつかなかったと、自分が馬鹿のような気がする。だが、してはならない、筋違いのことだと、反省することは、そこらには無い、誠実さでしょう。

あはれなる御心は
親切な心である。

あやしの事ども
夕霧が、玉葛が源氏に引き取られたということ。そして、実は、内大臣の子であることを知るのである。

最後は、作者の感想である。

主語がないので、誰の思いなのか・・・
更に、省略である。

当時の人には、理解出来たのであろうが・・・
解説がなければ、理解出来ない。



posted by 天山 at 05:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月19日

もののあわれについて627

かくてその日になりて、三条の宮より忍びやかに御使あり。御櫛の箱など、にはかなれど、事どもいと清らにし給うて、御文には、
大宮「聞えむにもいまいましき有様を、今日は忍びこめ侍れど、さるかたにても、長きためしばかりを思し許すべうや、とてなむ。あはれに承り明きらめたる筋を、かけ聞えむも、いかが、御気色に従ひてなむ。


ふたかたに 言ひもて行けば 玉くしげ わが身離れぬ かけごなりけり

と、いと古めかしうわななき給へるを、殿もこなたにおはしまして、事ども御覧じ定むる程なれば、見給うけるを、年に添へて、あやしく老い行くものにこそありけれ。いとからく御手震ひにけり」など、うち返し見給うて、源氏「よくも玉くしげにまつはれたるかな。三十一文字の中に、こと文字は少なく添へたる事の難きなり」と、忍びて笑ひ給ふ。




かくして、その裳着の当日、三条の大宮から、ひっそりとお使いがあった。御櫛の箱など、急のことであるが、色々な用意をされて、まことに綺麗に仕上がっており、お手紙には、お手紙を差し上げるにも、憚られる尼姿ゆえに、今日は、こらえて引き籠っていましたが、それにしても、長生きの前例に、あやかる気になっていただけようかと、思いまして。聞いて知りまして、喜びましたことを、申し上げますのも、どうでしょう。あなたの、お気持ち次第で。


どちらの方から申しましても、私の方からは、切っても切れない、孫ということになります。

と、たいそう古風で、筆先も震えて書いてあるものを、源氏も、こちらに来て、色々お世話をしている最中なので、御覧になり、古風な書きぶりだが、立派なものだ。この筆跡は。昔は上手でいらしたが、年を取るにつれて、奇妙に年寄り臭くなってゆくものだ。とても、痛々しいほど、お手が震えている、などと、しきりに何度も御覧になり、酷いことだ、玉櫛に、まつわれているもの。三十一文字のなかで、玉櫛に縁の無い言葉を少ししか使わないことは、できるものではない。と、くすくすと、笑う。

よくも玉くしげにまつはれるかな
縁語仕立ての歌に対する、源氏の評価である。

つまり、大宮の歌は、源氏の養女としても、内大臣の子にしても、どちらから言っても、孫に当たるのである。




中宮より、白き御裳、唐衣、御装束、御ぐしあげの具など、いと二なくて、例の、壺どもに、唐の薫物、心ことに薫り深くして、奉り給へり。御方々、皆心心に、御装束、人々の料に、櫛、扇まで、とりどりにし出で給へる有様、劣り優らず、様々につけて、かばかりの御心ばせどもに、いどみ尽くし給へれば、をかしう見ゆるを、東の院の人々も、かかる恩いそぎは、聞き給うけれども、とぶらひ聞え給ふべき数ならねば、ただ聞き過ぐしたるに、常陸の宮の御方、あやしうものうるはしう、さるべき事の折り過ぐさぬ、古代の御心にて、「いかでかこの御いそぎをよその事とは聞き過ぐさむ」と思して、形のごとなむ、し出で給うける。あはれなる御志なりかし。青鈍の細長ひとかさね、おちぐりとかや、何とかや、昔の人のめでたうしけるあはせの袴ひとぐ、紫のしらきり見ゆる、あられ地の御小うちぎと、良き衣箱に入れて、包みいとうるはしうて、奉れ給へり。御文には、末摘「知らせ給ふべき数にも侍らねば、つつましけれど、かかる折りは思う給へ忍び難くなむ。これ、いとあやしけれど、人にも賜はせよ」と、おいらかなり。




秋好む中宮からも、白い裳、唐衣、御装束、御髪上げの道具など、またとないほどの出来で、いつもの通り、色々な壺に、中国からの薫物、格別な香りのするのを、差し上げた。
ご婦人方は、皆、それぞれに、お召し物、お付の女房たちが使う物として、櫛、扇にいたるまで、それぞれが、作られた出来栄えは、優劣がつけられず、贈り物のそれぞれについて、あれほどの方々が、必死に競争したもので、結構に見える。が、二条の院の東の方々も、こういう準備のことは、聞いているが、お祝い申し上げる人数には入らないと、そのまま聞き過ごしたのだが、常陸の宮の御方、末摘花は、奇妙にきちんとされて、するべき場合は、しないで済まさないという、昔風の気持ちであり、どうして、この御準備を、他人事として知らない振りが出来ようかと考え、おきまりの通りにされた。
特殊な心がけである。
青鈍色の細長が、一かさね、落ち栗色とか、何とか、昔の人が、結構な物だとしていた、袷の袴を一揃え、紫色が白くなっている。
あられ模様の小うちぎと、結構な衣装箱に入れて、包み方も見事にされ、差し上げた。お手紙には、お見知り願うほどの者では、ございませんので、気が引けますが、このような時は、知らない振りをいたしたくないのです。この品物は、まことにつまらないものですが、女房たちにでも、おやり下さい。と、おおようである。

おいらかなり
穏やかではあるが、偉ぶる態度である。

あはれなる御志なりかし
心掛けとしては、特殊である。珍しい心掛けか・・・




殿御覧じつけて、いとあさましう、例の、と思すに、御顔赤みぬ。源氏「あやしきふる人にこそあれ。かくものづくみしたる人は、引き入り沈み入りたるこそ良けれ。さすがに恥ぢがましや」とて、源氏「返りごとはつかはせ。はしたなく思ひなむ。父親王のいとかなしうし給ひける思ひ出づれば、人におとさむは、いと心苦しきなり」と、聞え給ふ。御小うちぎのたもとに、例の同じ筋の歌ありけり。

末摘
わが身こそ 恨みられけれ 唐衣 君がたもとに なれずと思へば

御手は、昔だにありしを、いとわりなう、しじかみ、えり深う、強う、堅う、書き給へり。大臣、憎きものの、をかしさをばえ念じ給はで、源氏「この歌よみつらむ程こそ。まして今は力なくて、所狭かりけむ」と、いとほしがり給ふ。源氏「いで、その返りごと、騒がしうとも、我せむ」と、宣ひて、源氏「あやしう、人の思ひ寄るまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべけれ」と、憎さに書き給うて、

源氏
唐衣 また唐衣 唐衣 かへすがへすも 唐衣なる

とて、源氏「いとまめやかに、かの人のたてて好む筋なれば、ものして侍るなり」とて、見せ奉り給へば、君いとにほひやかに笑ひ給ひて、玉葛「あないとほし。ろうじたるやうにも侍るかな」と、苦しがり給ふ。




源氏は、それを見て、呆れて、またいつも通りだと、思う。顔が赤くなるのである。源氏は、変に、昔かたぎの人なのだ。こんなに内気の人は、引っ込んで、出て来ない方がいい。私まで恥ずかしくなる。と、おっしゃり、返事は、やりなさい。きまり悪く思うでしょうから。父君の常陸の宮が、大変に可愛がっていたことを、思い出すと、人より軽く扱っては、気の毒な人だと、玉葛に、申し上げる。
小うちぎの袂に、いつも通り、同じ趣旨の歌がある。

末摘
私自身を恨みます。あなたのお傍にいることが、出来ない身なのだと・・・

筆跡は、昔もそうだが、まことに酷いもので、縮まり、彫りこんだように、強く、堅く、書いてある。大臣は、憎いとは思うが、おかしさを我慢できないので、この歌を詠んだときは、どうなのやら。昔以上に、今は助ける人がいなくて、気の塞ぐことだろう。と、気の毒がる。
一つ、この返事は、忙しいが、私がしよう。と、おっしゃり、

源氏
変なことです。誰も思うような、お心遣いをされて。そんなことは、されなくても、いいことです。と、憎いように書いて、

源氏
唐衣 そしてまた、唐衣唐衣、いつもいつも、唐衣とおっしゃいますね。

と、お書きになって、大変真面目に、あの人が、特に思い込んで、好むやり方だから、それに従って作りました。と、玉葛に見せると、玉葛は、とても華やかに笑い、また、お気の毒なこと。からかったようですね。と、気の毒がる。
役にも立たないことが、多いことです。

最後は、作者の言葉。


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