2014年10月21日

もののあわれについて708

いとものあはれに眺めておはするに、御方参り給ひて日中の御加持にこなたかなたより参りつどひ、もの騒がしくののしるに、お前にこと人も候はず、尼君所えていと近く候ひ給ふ。明石「あな見苦しや。短き御几帳引き寄せてこそ候ひ給はめ。風など騒がしくて、おのづからほころびの隙もあらむに。医師などやうの様して、いと盛り過ぎ給へりや」などなまかたはらいたく思ひ給へり。由めきそして振舞ふ、とは覚ゆめれども、もうもうに耳もおぼおぼしかりければ、「ああ」と、かたぶきていたり。さるはいとさ言ふばかりにもあらずかし。六十五六の程なり。尼姿いとかたはらにあてなる様して目つややかに泣き腫れたる気色の、あやしく昔思ひ出でたるさまなれば、胸うちつぶれて、明石「古代の僻事どもや侍りつらむ。よくこの世のほかなるやうなる僻覚えどもに取りまぜつつ、あやしき昔の事どもも出でまうで来つらむはや。夢のここちこそし侍れ」とうちほほえみて見奉り給へば、いとなまめかしく清らにて、例よりもいたく静まり、物思ひしたる様に見え給ふ。わが子とも覚え給はず、かたじけなきに、「いとほしき事どもを聞え給ひて思し乱るるにや。今はかばかりと御位を極め給はむ世に聞えも知らせむとこそ思へ。口惜しく思し捨つべきにはあらねど、いといとほしく心劣りし給ふらむ」と、覚ゆ。




とても、心を痛めて、物思いに沈んでいるところに、明石の御方が、お上がりになり、日中の加持に、修験者たちが、あちこちで集まり、大声で祈祷しているが、姫君の御前には、他の女房も控えず、尼君が、いい気になって、身近に、お付きしている。
明石は、いけませんね。短い御几帳を傍に置いて、お付きされませ。風などが酷くて、ひとりでに、ほころびの隙間も出来ましょう。まるで、医者のような恰好です。すっかり、盛りが過ぎていますよ。などと、はらはらしている。気取りすぎる振る舞いと解っているが、老いぼれて、耳も遠いので、ああ、と首をかしげている。
そんなに言うほどの、年でもありません。六十五、六くらいです。
尼姿が、大変すっきりと、上品な様子で、目がきらきらして、涙に濡れて、泣きはらした感じが、昔を思わせるようで、はっとして、明石は、大昔の、訳のわからないお話でも、していたのでしょうか。よく、この世には、ありそうもない、記憶違いも、色々一緒に、おかしな昔話も、出てきましょう。夢のような気がします。と、にっこりして、姫君を御覧になる。
姫君は、大変艶やかで、すっきりしていて、いつもより、とても沈んで、考え込んでいる様子である。自分のお腹を痛めた子とも思えない程で、勿体無く、お気の毒な事を、色々と申し上げたので、お心が静まらないのか。もうこれで最後の、御位に就くのだという時に、お話申し上げようとしていたのに。もう駄目だと、自信をなくしてしまう程のことではないが、とても、可愛そうに、随分と、気後れされるだろうと、ご心配される。

明石の娘、姫君は、もう、位が高くなるのである。
紫の上に、育てられた故に、母の身分が、子の身分になる時代である。




御加持果ててまかでぬるに、御くだものなど近くまかなひなし、明石「こればかりをだに」といと心苦しげに思ひて聞え給ふ。尼君はいとめでたう美しう見奉るままにも、涙はえ止めず。顔は笑みてはつきなどは見苦しくひろごえたれど、目見のわたりうちしぐれてひそみいたり。「あなかたはらいた」と目くすれど、聞きも入れず。




御加持が終わり、修験者たちが、退出したので、御果物などを、お傍にお持ちする。明石は、せめて、これだけでも、と、大変心を痛めて、申し上げる。尼君は、ご立派な方、可愛らしい方と、姫君を拝する。もうそれだけで、涙を抑えることができない。顔は、笑い、口の恰好は、みっともなく広がっているが、目の当りは、涙に濡れて、泣き顔をしている。御方が、見かねて、目配せされるが、構わないのである。




尼君
老の波 かひある浦に 立ちいでて しほたるあまを 誰が咎めむ

昔の世にも、かやうなる古人は罪許されてなむ侍りける」と聞ゆ。御硯なる紙に、


しほたるる あまを波路の しるべにて 尋ねもみばや 浜の苫屋を

御方も忍び給はで、うち泣き給ひぬ。

明石
世を捨てて 明石の浦に 住む人も 心の闇は 晴るけしもせじ
など聞え紛はし給ふ。別れけむ暁の事も夢の中に思し出でられぬを、口惜しくもありけるかなと、思す。




尼君
この老いた私が、かいある浦と、幸せな身の上を喜び、うれし涙にくれているからとて、誰が咎めるでしょう。

昔から、私のような年寄りは、何をしても、大目に見てもらえるのです。と、姫に申し上げる。御硯にある紙に、

姫君
泣いている尼君を頼りに、私の生まれたところを、尋ねてみたいものです。

御方も、堪えきれずに、泣いてしまわれた。

明石
出家して、明石の浦に住んでいる、入道も、子を思う心の顔は、晴れることはないでしょう。
などと、申し上げて、涙を隠される。
別れたという、その暁の事も、ほんの少しも、覚えていないのを、残念なことと、思いになる。




三月の十よ日の程にたひらかに生まれ給ひぬ。かねてはおどろおどろしく思し騒ぎしかど、いたく悩み給ふことなくて、男御子にさへおはすれば、限りなく思すさまにて、おとども御心おちい給ひぬ。




三月の十日過ぎに、ご無事にお生まれになった。
前々は、大変ご心配になり、大騒ぎだったが、たいして苦しみもせず、その上、男御子であったので、何から何まで、理想通りで、殿様、源氏も、ご安心された。




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2014年11月20日

もののあわれについて709

こなたは隠れの方にてただ気近き程なるに、いかめしき御産養などのうちしきり、響きよそほしき有様、げに「かひある館」と尼君の為には見えたれど、儀式なきやうなれば、渡り給ひなむとす。




こちらは、裏側で、広くはないが、堂々とした御産屋などが、次々とあり、騒ぎが仰々しい有様は、なるほどに、かひある館と、尼君の為には、見えるのだが、こんな所では、儀式らしくない雰囲気なので、東南の町の寝殿に、移ることになった。




対の上も渡り給へり。白き御装束し給ひて、人の親めきて若宮をつと抱きてい給へる様、いとをかし。みづからかかる事知り給はず、人の上にても見習ひ給はねば、いとめづらかに美しと思ひ聞え給へり。むつかしげにおはする程を絶えず抱き取り給へば、まことの祖母君はただまかせ奉りて、御湯殿の扱ひなどを仕うまつり給ふ。東宮の宣旨なる内侍のすけぞ仕うまつる。御迎へ湯におりたち給へるもいとあはれに、内々の事もほの知りたるに、少しかたほならばいとほしからましを、あさましく気高く、げにかかる契ことにものし給ひける人かな、と見聞ゆ。
この程の儀式などもまねびたてむに、いとさらなりや。




対の上、紫の上も、いらした。白い御装束をつけて、まるで親のような顔付きで、若宮を、ずっと抱き続けていらっしゃる様子は、大変素晴らしい。
ご自身では、このようなことは、ご存知ないし、人ごとででも、御覧になったことがないので、大変珍しく、若宮を可愛らしいと思うのである。
扱いにくい時から、しきりにお抱き上げるので、本当のお婆様は、まかせっきりで、お湯殿のお世話などをされる。
東宮の宣旨である、典侍、ないしのすけ、が奉仕される。そのお相手役を、御方ご自身でされるのも、誠に胸を打つことで、典侍は、内々の事情も少しは知り、少しでも、不明なことがあれば、姫君のために、お気の毒なことであるが、御方は、驚くほど、気品があり、されば、こういう特別の御運がある方だと、思うのである。
この頃の儀式などは、あれこれ申しても、殊更めきます。

最後は、作者の言葉。

御迎へ湯におりたち給へるもいとあはれに
御方が、自身でされることが、いとあはれ、なのである。

本当のお婆様は、明石の御方である。




六日といふに例の御殿に渡り給ひぬ。
七日の夜、内よりも御産養の事あり。朱雀院のかく世を捨ておはします御かはりにや、蔵人所より頭の弁、宣旨承はりてめづらかなる様に仕うまつれり。禄の衣などまた中宮の御方よりも公事には立ちまさり、いかめしくせさせ給ふ。
次々の御子たち、大臣の家々、その頃の営みにてわれもわれもと清らを尽くして仕うまつり給ふ。




六日目に、いつもの御殿にお移りされた。
七日の夜、御所からも、御産養があった。朱雀院が、あのように出家された、代わりであろうか。蔵人所から、頭の弁が、宣命をたまわって、例のないほどに、盛大にされた。禄の絹などは、別に中宮の方からも、御所の公式の禄以上に、堂々とあそばす。
次々の御子たちや、大臣の家々も、その当時、この事にかかりっきりで、吾も吾もと、善美を尽くし、お勤めになる。




おとどの君もこの程の事どもは例のやうにも事そがせ給はで、世になく響きこちたき程に、内々のなまめかしく、こまやかなる雅びの、まねび伝ふべき節は目も止まらずなりにけり。おとどの君も若宮を程なく抱き奉り給ひて、源氏「大将のあまたまうけたなるを、今まで見せぬが恨めしきに、かくらうたき人をぞ得奉りたる」とうつくしみ聞え給ふは理なりや。日々に物をひき延ぶるやうにおよずけ給ふ。御乳母など心知らぬはとみに召さで候ふ中にしな心すぐれたる限りをえりて、仕うまつらせ給ふ。




殿様、源氏も、この度の儀式などは、いつものように、簡素にされず、世の例のない程、大袈裟な騒ぎだった。内々の、女らしく気を配った風流の、そのまま伝えることは、目もつかないでしまった。源氏も、生まれたばかりの若宮をお抱きになって、大将が、大勢子供を作ったそうだが、いまだに見せてくれないのを、恨めしく思っていた。こんなに可愛らしい人を授かった。と、可愛がるのは、無理も無いこと。
日に日に、何かを引き伸ばすように、ご成長される。御乳母なども、気心の知れない者を、慌てて、呼び寄せたりせず、お仕えしている中で、品格や気立てのよう者ばかりを、お付かせになる。




御方の御心掟らうらうじく気高く、おほどかなるものの、さるべき方には卑下して、憎らかにもうけばらぬなどを誉めぬ人なし。対の上はまほならねど見え交し給ひて、さばかり許しなく思したりしかど、今は宮の御徳に、いとむつまじく、やむごとなく思しなりたり。児慈しみし給ふ御心にて、あまがつなど御手づから作りそそくりおはするもいと若々し。明け暮れこの御かしづきにて過ぐし給ふ。かの古代の尼君は若宮をえ心のどかに見奉らぬなむ、あかず覚えける。なかなか見奉りそめて恋ひ聞ゆるにぞ命もえたふまじかめる。




明石の御方の、お心構えが、働きもあり、品もあり、大らかで、しかるべき時には、謙り、小憎らしく出しゃばったりしないのを、誉めない人はいない。対の上は、正式ではないが、ご対面されて、あれほど許せないと思っていたが、今では、若宮のお陰で、大変、仲良く、大切な方と、思うようになった。子供好きの、ご性格で、あまがつ、など、御自分で作られ、忙しくしていられるのも、大変若々しい。
朝から晩まで、この若宮のお世話で、日を送っていられる。あの古めかしい、尼君は、若宮を、ゆっくりと拝すことができないのを、残念に思っている。なまじ拝したものだから、若宮を恋い慕い、それで、今にも、死にそうな程だった。
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2014年11月21日

もののあわれについて710

かの明石にもかかる御事伝へ聞きて、さるひじり心地にもいと嬉しく覚えければ、入道「今なむこの世のさかひを心安く行き離るべき」と弟子どもに言ひて、この家をば寺になし、あたりの田などやうの物は、みなその寺の事にしおきて、この国の奥の群に人も通ひがたく深き山あるを、年頃も占めおきながら「あしにこ籠もりなむ後、また人には見え知らるべきにもあらず」と思ひて、ただ少しのおぼつかなき事残りければ、今まで長らへけるを、今はさりともと、仏神を頼み申してなむ、移ろひける。




あちらの、明石でも、こういう話を人伝に聞いて、その悟りきった心にも、大変嬉しく思い、入道は、今こそ、現世から安らかな気持ちで、離れて行くことが出来る。と弟子たちに話して、住んでいた家を、寺にして、近くの田などのようなものは、皆、その寺の領にして、播磨の国の、山奥の土地に、人も通わない深い山があるのを、昔から領地にしておきながら、そこに籠もってしまった後は、再び、誰にも顔を合わせたり、消息を知らせたり出来ないと、ほんの少しの、心がかりが残って、今まで、籠もらずにいたが、今は、もう入山しても大丈夫と、仏神をお頼みして、山奥に移ったのである。

明石の入道とは、明石の君の父親である。
尼君は、その妻。
源氏が、明石に出た頃に、親しく付き合った。




この近き年頃となりては京に殊なる事ならで、人も通はし奉らざりつ。これより下し給ふ人ばかりについてなむ、一行にても、尼君にさるべき折節の事も通ひける。思ひ離るる世のとぢめに文書きて、御方に奉れ給へり。




ここ最近では、都に、特別の事ではなくて、使いを差し上げることもしなかった。京の方から、下される使者に持たせて、一行の手紙なりと、尼君に、しかるべき場合の、お返事をするのだった。俗世を捨てて、山に入る、お別れに、手紙を書いて、御方に差し上げになった。




入道「この年頃は、同じ世のうちに、めぐらひ侍りつれど、なにかは、かくながら身を変へたるやうに思う給へなしつつ、させる事なき限りは聞え承らず。仮名文見給ふるは日のいとまいりて、念仏も懈怠するやうに益なうてなむ。御消息も奉らぬを、伝に承れば、若君は東宮に参り給ひて、男宮生まれ給へる由をなむ、深く喜び申し侍る。そのゆえは、みづからかくつたなき山伏の身に、今更にこの世の栄えを思ふにも侍らず。過ぎにし方の年ごろ心ぎたなく、六時の勤めにも、ただ御事を心にかけて、蓮の上の露の願ひをば、さし起きてなむ、念じ奉りし。




入道は、ここ数年というもの、同じこの現世に生きておりますが、何の何のと、このままで、生まれ変わったように、考えることにしまして、特別の事が無い限りは、お手紙を差し上げたり、いただいたりせずに、おります。仮名の手紙を見ますのは、時間ばかりかかり、念仏も、怠けるようで、無益だと考え、お手紙も差し上げません。人伝によると、姫君は、東宮に入内されて、男宮が、お生まれになったとのこと。深くお喜び申し上げます。その訳は、私自身、このように、取るに足りない、山伏にして修行する身で、今更、この世の栄華を願うものではありません。過ぎ去った何年もの間、未練がましく、六時の勤行にも、ただ、あなた様の事だけを思い続けて、極楽往生したい願いを、二の次にして、お祈り、申しました。




わが御許、生まれ給はむとせしその年の二月のその夜の夢にみしやう、みづから須弥のやまを右の手に捧げたり。山の左右より、月日の光さやかにさし出でて世を照らす。みづからは山の下の蔭に隠れてその光にあたらず。山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に乗りて西の方をさして漕ぎ行く、となむ見はべし。




あなた様が、お生まれになろうとした、あの年の二月の、ある日の夜の夢に、見ましたのは、私自身須弥山を右手に捧げている、山の左と右から、月の光、日の光が、赤々と差しいで、天下を照らす。私自身は、山の下の蔭に入り、その光は当らない。山を広い海に浮かべて、小さい舟に乗って、西の方へ向って、漕いで行く、という夢を見ました。




夢覚めてあしたより数ならぬ身に頼む所いできながら、何事につけてかさるいかめしきことをば侍ちいでむ、と心のうちに思ひ侍りしを、その頃よりはらまれ給ひにしこなた、俗の方の文を見侍しにも、また内教の心を尋ぬる中にも、夢を信ずべきこと多く侍しかば、賎しき懐のうちにも、かたじけなく思ひいたづき奉りしかど、力及ばぬ身に思う給へかねてなむかかる道におもむきはべにし。




夢が覚めて、翌朝から、物の数でもない、この私に、希望が出て来たのですが、どんな事によって、そんな立派なことを期待できようかと、心の中で、思っていましたところ、その頃から、あなたが宿られになり、それ以来、仏典以外の書を見ましても、それとは別に、仏教の真意を求めましても、夢を信じるべきだと言うことが、多くございました。賎しい身ながら、勿体無く思い、大事にお育て申してきましたが、力の足りない身に、辛抱できずに、こんな田舎に、下ったのです。




またこの国のことに沈み侍りて、老の波にさらに立ち返らじ、と思ひとぢめて、この浦に年ごろ侍し程も、わが君を頼むことに思ひ聞えはべしかばなむ、心ひとつに多くの願をたてて侍し。その返申たひらかに、思ひのごと、時にあひ給ふ。




そして、播磨の国の守を最後に、老いの身で、都にむざむざ帰ることはしないと、覚悟を決めて、この浦に、長年おりました。その間も、あなた様に、期待をかけておりましたので、誰にも言わず、多くの願を立てました。そのお礼参りも、無事にできる望み通りの、時節に会いました。

posted by 天山 at 06:56| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

もののあわれについて711

若君国の母となり給ひて願満ち給はむ世に、住吉の御社をはじめ、はたし申し給へ。さらに何事をかは疑ひ侍らむ。この一つの思ひ、近き世にかなひ侍りぬれば、はるかに西の方十万憶の国隔てたる九品の上の望み疑ひなくなり侍りぬれば、今はただ迎ふる蓮を待ち侍る程、その夕まで、水草清き山の末にて勤め侍らむとてなむまかり入りぬる。
 光出でむ 暁近く なりにけり 今ぞ見し世の 夢がたりする」
とて、月日かきたり。




姫君が、国母とおなりになり、願いが叶うことができたら、住吉の御社をはじめとして、お礼参りをなさいませ。さらさら何事を、疑いましょう。姫君についての、唯一の願いが、すぐに叶いましたら、はるかに、西の方、十万億土を隔てた極楽の、上品上生に往生する望みも、間違いないことになります。今は、ただ弥陀の来迎を待ちます間、臨終の夕まで、水も草も清らかな山の奥で、勤行いたしましょうと思いまして、入山いたしました。
光の差し出る、暁が近くなりました。今はじめて、昔見た夢の話をいたします。
とあり、月日が書いてある。




入道「命終らむ月日もさらにな知ろしめしそ。いにしへより人のそめおきける藤衣にも、何かやつれ給ふ。ただわが身は変化の物と思しなして、老法師の為には功徳をつくり給ふ。この世の楽しみにそへても後の世を忘れ給ふな。願ひ侍るところだに至り侍りなば、必ずまた対面は侍りなむ。娑婆の外の岸に至りてとくあひ見むとを思せ。」
さてかの社にたて集めたる願文どもを大きなる沈の文箱にふんじてこめて奉り給へり。




入道は、何月何日に死のうとも、決して、お構いくださるな。昔から、皆が着ることになっている、喪服なども、お召しになる必要は、ございません。ひたすら、自分は神仏の権化と思い、この老僧のためには、冥福を祈ってください。現世の楽しみと共に、後世のことを、お忘れなさいますな。願っております、極楽にさえ、行き着けば、きっと改めて、お目にかかるでしょう。苦界の外の彼岸に行って、早く逢おうと考えてください。
それから、住吉の神社に、たてた多くの願文を、大きな沈香木の文箱に入れ、封をして、差し上げになった。

何とも、見事な、死ぬ準備である。




尼君にはことごとにも書かず。ただ、入道「この月の十四日になむ、草の庵まかり離れて、深き山に入り侍りぬる。かひなき身をば熊狼にも施し侍りなむ。そこにはなほ思ひし様なる御世を待ちいで給へ。あきらかなる所にてまた対面はありなむ」とのみあり。




尼君には、詳しく書くことはない。ただ、入道は、この月の十四日に、草庵を捨てて、山奥に入ります。役にも立たない、この身は、熊や狼にでも、施してやろうと思います。あなたは、長生きして、望み通りの、御世にしなさい。極楽浄土で、再びお目にかかりましょう。と、あるのみだった。




尼君、この文を見てかの使ひの大徳に問へば、僧「この御文かき給ひて三日といふになむ、かの絶えたる峰にうつろひ給ひにし。なにがしらも、かの御送りに麓までは候ひしかど、みな返し給ひて、僧一人童二人なむ御供に候はせ給ふ。今はと世を背き給ひし折りを、悲しきとぢめと思う給へしかど、残り侍りけり。年頃行なひのひまひまに、寄り臥しながら、かき鳴らし給ひし琴の御琴、琵琶とり寄せ給ひて、かい調べ給ひつつ、仏にまかり申し給ひてなむ、御堂に施入し給ひし。さらぬ物どもも多くは奉り給ひて、その残りをなむ、御弟子どね六十余人なむ、したしき限り候ひける、程につけて皆処分し給ひて、なほし残りをなむ京の御料とて送り給へる。「今は」とてかきまかり、さるはるけき山の雲霞に交り給ひにし、むなしき御跡にとまりて、悲しび思ふ人々なむ多く侍る」など、この大徳も、童にて京より下りし人の、老法師になりてとまれる、いとあはれに心細しと思へり。




尼君は、この手紙を見て、使いの大徳に尋ねると、僧は、このお手紙をお書きになって、三日目という日に、お手紙にあります、人跡の絶えた、山の峰に入りました。拙僧なども、入道様のお見送りに、麓まで参りましたが、一人残らず、帰されて、僧一人と童二人だけを、御供に、お連れされました。もうこれまでと、ご出家された時を、悲しみの最後と思いましたが、まだ残りがありました。長年の間、勤行の合間に、寄りかかり、掻き鳴らした、琴の御琴や、琵琶を取り寄せられて、最後の演奏をされて、本尊にお別れをして、楽器を御堂に寄進されました。その他の物も、仏に差し上げて、その残りを、御供して、入道した六十人あまり、安心な者ばかりが、お使えしていましたが、身分に応じて、それぞれ、形見分けされて、その上で、残ったものを、京の方々に、お送り申し上げました。これが最後と、引き籠り、あのような遠い山の霞の中に、入ってしまいました。その後は、空しく取り残されて、悲しく思う者が、大勢おります。などと言う大徳も、子供の頃から、京から下った人が、今は、老法師になり、明石に残った人で、大変、情けなく、心細いと思っている。




仏の御弟子の賢しき聖だに、鷲の峰をばたどたどしからず頼み聞えながら、なほ、たきぎつける夜のまどひは深かりけるを、まして尼君の悲しと思ひ給へること限りなし。




仏の弟子たちの、賢い聖者でも、霊鷲山を心から信じていながら、それでも、釈迦入滅の際の、悲しみは深かったのだから、それ以上に尼君が、悲しく思うのは、限りも無いのである。




御方は南の御殿におはするを、「かかる御消息なむある」とありければ、忍びて渡り給へり。重々しく身をもてなして、おぼろけならでは通ひあひ給ふ事も難きを、あはれなる事なむ、と聞きて、おぼつかなければ、うち忍びてものし給へるに、いといみじく悲しげなる気色にて居給へり。火近く取り寄せてこの文を見給ふに、げに、せきとめむ方ぞなかりける。




御方、明石の君は、南の御殿にいらしたが、明石からお手紙がきましたと、知らせがあり、こっそりとお出でになった。若宮の祖母として、重々しく振舞って、いい加減なことでは、尼君と、行き来し、お会いになることも難しいが、悲しいことがある、と聞いて、気に掛かり、こっそりお出でになったところ、尼君は、酷く悲しそうに、座っている。灯火を傍に引き寄せて、この手紙を御覧になる。いかにも、涙が止めようにもなかった。

あはれなる事なむ・・・
父の入道が、出家して、山に入ること。




よその人は何とも目にとどむまじき事の、まづ昔きし事思ひ出で、恋しと思ひわたり給ふ心には、あひ見で過ぎ果てぬるにこそはと見給ふに、いみじく言ふかひなし。涙をえせき止めず、この夢語りを、かつは行く先き頼もしく、さらばひが心にてわが身をさしもあるまじきさまに、あくがらし給ふと、中頃思ひただよはれし事は、かくはかなき夢に頼みをかけて、心高くものし給ふなりけり。と、かつがつ思ひあはせ給ふ。




他人は、別に気に掛けないことだが、何より先に、今までの事を思い出し、恋しいと思い続けていられる御方には、二度と逢えずに終わってしまうのだと思うと、たまらなくて、何を言っても、どうにもならない。涙を止めることが出来ない。手紙にある、夢物語を、一方では、正夢かと、将来が頼もしく思われ、いや、それは考え違いをして、自分を、とんでもない状態にして、困らせ、苦しめると、一時は、思案に暮れた。それは、実はこんな頼みにならない、夢に期待して、高望みしていらしたと、やっと、お分かりになる。

何とも複雑な心境である。
自分の姫が、男子を生み、いずれ帝の位に就けば、姫が、国母となるという・・・
しかし・・・
それは、我が身が、ありそうもないこと、源氏と結婚することから始まった。
そして、父親とは、もう逢う事が出来無いと言う、悲しみ・・・

posted by 天山 at 07:04| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月25日

もののあわれについて712

尼君久しくためらひて、尼君「君の御徳には、嬉しく、おもだたしき事をも、身にあまりて並びなく思ひ侍り。あはれに、いぶせき思ひもすぐれてこそ侍りけれ。数ならぬ方にても、長らへし都を捨てて、かしこに沈みいしをだに、世人に違ひたる宿世にもあるかな、と思ひはべしかど、生ける世にゆき離れ、隔てるべき中の契とは思ひかけず、同じ蓮に住むべき後の世の頼みをさへかけて、年月を過ぐしきて、俄かに、かく覚えぬ御事出できてそむきにし世に立ち返りて侍る。かひある御事を見奉り喜ぶものから、片つ方には、おぼつかなく悲しきことのうち添ひて絶えぬを、遂にかく逢ひ見ず隔てながら、この世を別れぬるなむ口惜しく覚え侍る。世にへし時だに、人に似ぬ心ばへにより、世をもてひがむるやうなりしを、若きどち頼みならひて、おのおのはまたなく契おきてければ、かたみにいと深くこそ頼みはべしか。いかなれば、かく耳に近き程ながら、かくて別れぬらむ」と言ひ続けて、いとあはれにうちひそみ給ふ。




尼君は、長い間、涙を抑えていたが、あなたのお蔭で、嬉しく、光栄な事も、身に過ぎて、またとないことと、思います。しかし、胸を痛め、晴れない思いのことも、人並み以上です。たいした身分でもないながら、長年住み着いた都を離れ、明石にうらぶれて住んだことさえ、人とは、違った運命だと、思っていました。生きながら、夫と別れて、別々に住むような夫婦になるとは、思いもかけず、同じ蓮の上に住むことが、出来るはずだと、あの世に望みをかけて、年月を過ごして来た末に、急に、こんな思いがけない縁談が起こり、出て来た都に立ち返り、戻って来ました。嬉しい御運と拝見して、嬉しいものの、一方では、気掛かりで、悲しいことが、つきまとって絶えませんが、とうとう、主人に逢えず、離れたまま、一生の別れとなってしまったこと、残念に思います。都に住んでいた時でさえ、風変わりな性質のため、世をすねているようでしたが、若い同士は、頼みにつけ、二人は、またとない約束をしていましたから、互いに深く頼りにしあっていました。どういうわけで、こんな便りの通じる近いところでありながら、こうして、別れてしまったのでしょう。と、話し続けて、大変悲しい泣き顔をしていられる。

いとあはれに・・・
この情景からは、とても、悲しく・・・




御方もいみじく泣きて、明石「人にすぐれむ行く先の事も覚えずや。数ならぬ身には、何事もけざやかにかひあるべきにもあらぬものから、あはれなる有様に、おぼつかなくてやみなむのみこそ口惜しけれ。万の事、さるべき人の御為めとこそ覚え侍れ。さてたえ籠もり給ひなば、世の中も定めなきに、やがて消え給ひなば、かひなくなむ」とて、夜もすがら、あはれなる事どもを言ひつつ明かし給ふ。




明石の御方も、大変泣かれて、将来、人より出世する事など、考えもしません。どうせ、たいした身分ではない私は、何につけても、はっきりとした、しっかりした扱いは、受けませんけれど、情けない日陰者の有様で、不安なままに、終わってしまうことだけが、残念なのです。何もかも、因縁を持つ、父上の為だと、思われます。そうして、人里離れた山に入り、人間は、いつ死ぬか解らないもの。そのままにして、お亡くなりになれば、何にもなりません。と、一晩中、悲しい話を、あれこれと、話し合って、夜を明かしたのである。

あはれなる事ども・・・
悲しい話である。




明石「昨日も、おとどの君の、あなたにありと見おき給ひてしを、俄かにはひかくたらむも、かろがろしきやうなるべし。身一つは、何ばかりも思ひはばかり侍らず、かく添ひ給ふ御為めなどのいとほしきになむ、心に任せて、身をももてなしにくかるべき」とて、暁に帰り渡り給ひぬ。




明石は、昨日も、殿様は、あちらの姫君の所に、いるとご存知でいらしたのに、お許しも得ず、こちらに、こっそりと来ているのも、よくないこと。私一人は、たいして遠慮もしません。ああして、若宮までお生まれになった御方の為に気掛かりですから、思うままに、私も動きにくいのです。と言い、暗いうちに、お帰りになった。




尼君「若宮はいかがおはします。いかでか見奉るべき」とても泣きぬ。明石「今見奉り給ひてむ。女御の君もいとあはれになむ、思し出でつつ聞えさせ給ふめる。院も、事のついでに、「もし世の中思ふやうならば、ゆゆしき予言なれど、尼君その程まで長らへ給はなむ」と宣ふめりき。いかに思すことにかあらむ」と宣へば、またうち笑みて、尼君「いでや、さればこそ、さまざま例なき宿世にこそ侍れ」とて、喜ぶ。
この、文箱は持たせて、まうのぼり給ひぬ。




尼君は、若宮は、どうしています。何とかして、拝することはできないのか、と言い、また尼君は、泣いた。
明石は、すぐにお会いになれましょう。女御の君も、懐かしく、あなたを思い出しになって、お口に遊ばすようです。院も、何かの時に、もし世の中が、思い通りになるなら、恐れ多い望みだが、尼君も、その頃まで、長生きしてほしいもの、と仰いました。どういうお考えがあるのでしょう。と、おっしゃると、今度は、にっこりとして、尼君は、さあ、それだからこそ、喜びも悲しみも、またと、例のない私の運命なのです。と言い、喜ぶ。
御方は、この願文を入れた、文箱を、侍女に持たせて、姫君のところに、参上した。




宮より、とく参り給ふべき由のみあれば、紫「かく思したる、理なり。珍しき事さへ添ひて、いかに心もとなく思さるらむ」と、紫の上も宣ひて、若宮忍びて参らせ奉らむ御心遣ひし給ふ。御息所は、おほんいとまの心安からぬに懲り給ひて、かかる序にしばしあらまほしく思したり。程なき御身に、さる恐ろしき事をし給へれば、少し面痩せ細りて、いみじくなまめかしき御様し給へり。明石「かくためらひがたくおはする程、つくろひ給ひてこそは」など、御方などは心苦しがり聞え給ふを、おとどは、「かやうに面痩せて、見え奉り給はむも、なかなかあはれなるべき業なり」など宣ふ。




東宮より、早く参内されるように、とのお召しがあるので、紫の上は、そのように思われるのも、無理の無いこと。おめでたいことまでありました。どんなに、待ち遠しく思っていらっしゃるか、と、おっしゃり、若宮を、こっそりと東宮に上がらせようと、ご準備をされる。御息所は、お里下がりのお許しが容易に出来ないので、懲りて、このような機会に、しばらくお里に、居たいと思うのである。年も行かない御体で、あんな恐ろしいことをなさったので、少しお顔もやつれ、痩せて、大変なまめかしいご様子である。明石は、このように、ゆっくりと出来ない、お体ですから、もう少し、静養されてからに、などと、御方などは、気の毒に思い、申し上げるが、殿様、源氏は、このようにして、面痩せして、御前にお出になるのも、かえって、魅力あるもの、などと、おっしゃる。

さる恐ろしき事をし給へれば・・・
出産のことである。

posted by 天山 at 06:55| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日

もののあわれについて713

対の上などの渡り給ひぬる夕つ方、しめやかなるに、御方、お前に参り給ひて、この文箱聞え知らせ給ふ。明石「思ふさまに叶ひ果てさせ給ふまでは、とり隠しておきて侍るけれど、世の中定め難ければ、後めたさになむ。何事をも、御心と思し数まへざらむこなた、ともかくも、はかなくなり侍りなば、必ずしも今はのとぢめを御覧ぜらるべき身にも侍らねば、なほ、現心うせず侍る世になむ、はかなき事をも、聞えさせおくべく侍りけると思ひ侍りて、むつかしく、怪しき跡なれど、これも御覧ぜよ。




対の上、紫の上が、お部屋に戻られた夕方、物静かな時に、御方、明石は、姫君の御前に上がり、この文箱のことを申し上げる。明石は、望み通りになるまでは、隠しておくはずだったのが、この世は無常で、気になりますので、何事も、ご自分のお考えで、一つ一つを判断される前に、いずれにせよ、私が亡くなることもありましょう。きっと、臨終の際に、お見取りいただく身分ではありませんので、矢張り、気のしっかりしているうちに、つまらないことでも、お耳に入れておきますことと思います。見苦しく、何とも申しようがない筆跡ですが、これも、御覧ください。

現心、うつしこころ・・・
現在の心の様を言う。




この願文は、近き御厨子などに置かせ給ひて、必ずさるべからむ祈りに御覧じて、この中の事どもはせさせ給へ。うとき人にはな漏らさせ給ひそ。かばかりと見奉り置きつれば、みづからも世をそむきはべむと思う給へなり行けば、よろづの心のどかにも覚え侍らず。対の上の御心、おろかに思ひ聞えさせ給ふな。いとありがたくものし給ふ深き御けしきを見侍れば、身にはこよなくまさりて、長き御世にもあららなむとぞ思ひ侍る。もとより御身に添ひ聞えさせむにつけても、つつましき身の程に侍れば、ゆづり聞えそめ侍りにしを、いとかうしもものし給はじとなむ、年頃はなほ世の常に思う給へ渡り侍りつる。今は来し方行く先、後安く思ひなりにて侍り」など、いと多く聞え給ふ。涙ぐみて聞きおはす。




この願文は、お傍の御厨子などに置いて、必ずそのような時に、御覧あそばして、この中にある事を、果たしてください。気心の知れない者には、決して、お話になっては、いけません。このように、将来も予想がつきましたことで、私自身も、出家をしたいと、考えるようになりました。何かにつけて、ゆったりとした気持ちにはなりません。対の上のお心を、いい加減に思うことなく。世にも珍しいご親切が解りましたので、私などより、ずっと幸せに長生きをされるように、願っています。元々、私は、あなたのお傍にお付き上げるのも、控えた方が、よい身分です。最初から、あの御方に、お任せ申し上げたのでございますが、まさか、これ程までにとは、長い間、矢張り世間並みに考えていました。今は、過去から未来も、安心出来る気持ちになりました。などと、色々なことを、申し上げる。
姫君は、涙ぐんで、聞いていらっしゃる。




かく睦まじかるべきお前にも、常にうちとけぬ様し給ひて、わりなくものづづみしたる様なり。この文の言葉いとうたてこはく、憎げなる様を、陸奥紙にて、年経にければ、黄ばみ厚肥えたる五六枚、さすがに香にいと深くしみたるに書き給へり。いとあはれと思して、御額髪のやうやう濡れゆく御そばめ、あてになまめかし。



明石の御方は、このように親しくしてもよい姫君の前でも、いつも畏まった様子でいられる。むやみに遠慮しているのである。
入道の手紙の文句は、いやに堅苦しく、粗野なのだが、陸奥紙で、数年を経ているので、黄ばんで、ぶくぶくになっている五、六枚に、それでも、香が焚き染めてあるのに、書かれている。姫君は、大変にあはれに思い、御額髪が、だんだんと涙に濡れてゆく、その横顔が、上品で、艶やかである。

入道とは、明石の父親であり、姫君の祖父に当る。
明石は、我が子ながら、身分の違いから、遠慮がちに、対面している。

いとあはれと・・・
その場その場で、あはれの、風景が違うのである。




院は、姫宮の御方におはしけるを、中の御障子よりふと渡り給へれば、えしもひき隠さで、御几帳を少し引き寄せて、みづからははた隠れ給へり。源氏「若宮は驚き給へりや。時の間も恋しきわざなりけり」と聞え給へば、御息所は答へも聞え給はねば、御方「対に渡し聞え給ひつ」と聞え給ふ。源氏「いと怪しや。あなたにこの宮を領じ奉りて、ふところをさらに放ちずもて扱ひつつ、人やりならず衣もみなぬらして、脱ぎ変へがちなめる。かろがろしく、などかく渡し奉り給ふ。こなたに渡りてこそ見奉り給はめ」と宣へば、明石「いとうたて。思ひぐまなき御事かな。女におはしまさむだに、あなたにて見奉り給はむこそよく侍らめ。まして男は、限りなしと聞えさすれど、心安く覚え給ふを、たはぶれにても、かやうに隔てがましき事、なさかしがり聞えさせ給ひそ」と聞え給ふ。うち笑ひて、源氏「御中どもに任せて、見放ち聞ゆべきななりな。隔てて、今は、誰も誰もさし放ち、「さかしら」など宣ふこそをさなけれ。先はかやうにはひ隠れて、つれなく言ひおとし給ふめりかし」とて、御几帳をひきやり給へれば、母屋の柱に寄りかかりて、いと清げに、心恥づかしげなる様してものし給ふ。




院は、源氏は、姫宮の許にいらっしゃったが、間の襖から、不意に起こしになったので、手紙を隠すことも出来ず、御几帳を少し引き寄せて、体を少し隠した。
源氏は、若宮は、お目覚めか。少しの間も、恋しいものだ。と、申し上げると、御息所、姫宮は、お答えもしないので、御方、明石が、対の方に、お渡し申し上げました。と、申し上げる。源氏は、実にけしからん。紫の上では、若宮を独占して、懐から少しも放さず、お世話しては、着物もすっかりと、濡らして、しきりに着替えている様子。簡単に、どうして、お渡しするものですか。こちらに参って、お世話申し上げればいい。と、おっしゃるので、明石は、まあ、嫌なこと。思いやりもない、お言葉です。女宮でいらしても、紫の上の方で、お世話申し上げるのがよろしいでしょう。まして、男宮は、どれ程の身分でいらしても、ご自由と、存じ上げます。ご冗談にも、そのような隔てがましいことを、煩くおっしゃいますな。と、申し上げる。
源氏は、笑って、あなた方同士にお任せして、お構いされるのが、いいのだな。分け隔てして、この頃は、誰も彼もが、私をのけ者にして、「喧しい」などと、おっしゃるとは、浅はかだ。そのような、こそこそと、隠れて、容赦なく、こき下ろすのだから。と仰せになり、御几帳を引き寄せると、母屋の柱に寄り掛かり、大変に綺麗で、立派なお姿で、いられるのだ。

明石は、我が子を、紫の上に任せて、お世話をしてもらい、その姫が、東宮に嫁ぎ、大変な身分になったのである。
当時は、母親の身分が、父親より、上だった。
源氏が、その姫を引き取り、紫の上が、育てたお蔭である。

posted by 天山 at 07:14| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

もののあわれについて714

ありつる箱も、惑ひ隠さむもさま悪しければ、さておはするを、源氏「なぞの箱ぞ。深き心あらむ。懸想人の長歌よみて封じ込めたる心地こそすれ」と宣へば、明石「あなうたてや。今めかしくなり返らせ給ふめる御心ならひに、聞き知らぬやうなる御すさび言どもこそ、時々出でくれ」とて、ほほえも給へれど、ものあはれなりける御気色どもしるければ、「あやし」とうちかたぶき給へるさまなれば、わづらはしくて、明石「かの明石の岩屋より、忍びてはべし御祈りの巻数、またまだしき願などの侍りけるを、御心にも知らせ奉るべき折りあらば、御覧じ置くべくやとて侍るを、ただ今は序なくて、何かはあけさせ給はむ」と聞え給ふに、げにあはれなるべき有様ぞかしと思して、源氏「いかに行ひまして住み給ひにたらむ。命長くて、ここらの年ごろ勤むるつみもこよなからむかし。世の中に由あり賢しき方々の人とて見るにも、この世に染みたる程の濁り深きにやあらむ、かしこき方こそあれ、いと限りありつつ及ばざりけりや。さもいたり深く、さすがに気色ありし人の有様かな。聖たちこの世離れ顔にもあらぬものから、したの心は、皆あらぬ世にかよひ住みにたるとこそ見えしか。まして今は心苦しきほだしもなく、思ひ離れにたらむをや、かやすき身ならば、忍びていと会はまほしくこそ」と宣ふ。




先ほどの文箱も、あわてて隠すのも、見苦しいと、そのままにしてあるのを、源氏は、何の箱だ。深い仔細があるのだろう。恋する男が長歌を詠んで、入れて封をした様子だ、と仰せになるので、明石は、まあ、嫌なことです。今風に、若返り遊ばされたお癖で、聞いても解らないようなご冗談が、時々、お口から漏れます、と微笑んでいられる。が、何となく、沈んでいる様子が、二人ともはっきりとしているので、源氏は、変だと、首をかしげている。明石は困り、あの明石の岩屋から、内々でいたしました、ご祈祷の巻数や、それにまだ願い解きをしていません願いもあり、殿様にも、お知らせする機会がありましたら、御覧頂いてと思いました。という事で、送って参りましたが、只今は、その時でもございませんので、何の、お開け遊ばすことは、ございません。と、申し上げると、源氏は、なる程、それなら、沈んでいるのも、無理は無いと思い、どんな修行に励んで、暮らしていられることだろう。長生きして、長年の勤行の功徳も、積もり、大変なことだろう。世間で奥ゆかしい立派な名僧と言われるのも、気をつけてみると、俗世を抜けられぬ煩悩のせいか、学問はあるが、それも限度があり、入道には、及ばない。実に悟りは深く、それでいて、風情のあった人だ。聖者ぶったり、現世から離れた顔付きでもない。本心はすっかり、別の世界に行き、住んでいると見えます。まして、今は、気にかかることもなく、解脱し切っているのだろう。気軽な体なら、こっそりと行って、逢いたいものだ。と、おっしゃる。

ものあはれなりける御気色
何とも、沈み込んでいる様子である。
げにあはれなるべき有様ぞかし
その様子が、理解出来るという。

人の心の様に、あはれ、という言葉を使う。




明石「今はかの、侍りし所をも捨てて、鳥の音聞えぬ山にとなむ聞き侍る」と聞ゆれば、源氏「さらばその遺言ななりな。消息はかよはし給ふや。尼君いかに思ひ給ふらむ。親子の中よりも、またさるさまの契りはことにこそ添ふべけれ」とて、うち涙ぐみ給へり。




明石は、今は、あのおりました住まいも捨てて、鳥の声も聞えない、山奥に、とのことでございます。と、申し上げる。源氏は、それでは、その遺言だな。手紙は、やり取りされているのか。尼君は、どんなに思っているだろう。親子の間よりも、夫婦の仲は、また格別のことだ、と、涙ぐみになった。




源氏「年のつもりに、世の中の有様を、とかく思ひ知り行くままに、怪しく恋しく思ひ出でらるる人の御有様なれば、深き契りの中らひは、いかにあはれならむ」など宣ふ序に、この夢語りも思し合はすることもやと思ひて、明石「いと怪しき梵字とか言ふやうなるあとにはべめれど、御覧じとどむべき節もやまじけり侍るとてなむ。今はとて、別れ侍りにしかど、なほこそあはれは残り侍るものなりけれ」とて、様よくうち泣き給ふ。とり給ひて、源氏「いと賢く、なほほれぼれしからずこそあるべけれ。手などもすべて何事も、わざと有職にしつべかりける人の、ただこの世ふる方の心おきてこそ少なかりけれ。かの先祖の大臣は、いと賢くありがたき心ざしを尽くして、朝廷に仕うまつり給ひける程に、もののたがひ目ありて、その報いに、かく末は無きなり、など人言ふめりしを、女子の方につけたれど、かくていと嗣なしと言ふべきにはあらぬも、そこらの行ひのしるしにこそあらめ」など涙おしのごひ給ひつつ、この夢のわたりに目とどめ給ふ。




源氏は、年をとったゆえに、世間の事があれこれと解ってくるにつけ、変に恋しく思い出されてくる入道のことゆえ、深い契りの夫婦では、どんなに思いが深いものか。などと、おっしゃる。そして、この夢物語も、思い当たることがあるかも知れぬと、明石が、何とも、変な、梵字とか申します文字でございますが、あるいは、お目にとまることもありましょうと、存じまして、最後と思い、別れたのでございますが、矢張り、思いは、残るものでございました。と言い、見事に泣かれる。
手紙を手に取り、源氏は、実に見事で、まだまだ老衰していない。筆跡もその他、何につけても、特に有職といってよいはずの人だったが、ただ、世渡りの心得だけが、不十分だった。入道の先祖の大臣が、大変賢く、世に稀な真心をもって、朝廷にお仕えしていらした間に、何か行き違いがあり、その報いで、こんなに子孫が絶えるのだなどと言う者もいるようだが、娘の系統でだが、こうして決して子孫が無いと言えない。多年の修行のしるしだろう。などと、涙を拭きになりつつ、この夢物語の所に、目を留めるのである。




「怪しくひがひがしく、すずろに高き心ざしありと人もとがめ、またわれながらも、さるまじき振舞を、仮りにてもするかなと思ひし事は、この君の生まれ給ひし時に、契り深く思ひ知りにしかど、目の前に見えぬあなたのことは、おぼつかなくこそ思ひ渡りつれ。さらばかかる頼みありて、あながちには望みしなりけり。横さまにいみじき目を見、ただよひしも、この人一人のためにこそありけれ。いかなる願をか心に起こしけむ」と、ゆかしければ、心のうちに拝みて取り給ひつ。




源氏は、心の中で、変に偏屈で、むやみに大それた望みを持つと、人を批難し、また自分自身も、よろしくない結婚を、かりそめにもすることだと、思ったのは、姫君が生まれた時に、前世からの約束事だと思ったが、目の前の見えない将来のことは、不安に思い続けていたのだ。そして入道は、この夢を頼りに、無理に私を望んだのだ。無実の罪で、酷い目にあい、流浪したのも、この姫君一人のためだった。入道は、どんな願を思い立ったのかと、知りたいと、心の中で拝んで、願文を、取り上げた。
posted by 天山 at 06:33| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月26日

もののあわれについて715

源氏「これはまた具して奉るべき物侍り。今また聞え知らせ侍らむ」と、女御には聞え給ふ。その序に、源氏「今はかくいにしへの事をもたどり知り給ひぬれど、あなたの御心ばへをおろかに思しなすな。もとよりさるべき中、えさらぬ睦びよりも、横さまの人のなげのあはれをもかけ、ひとことの心寄せあるは、おぼろけの事にもあらず。まして、ここになど候ひ慣れ給ふを見るるも、はじめの心ざし変はらず、深くねんごろに思ひ聞えたるを、いにしへの世のたとへにも、「さこそうはべにははぐくみげなれ」とらうらうじきたどりあらむも賢きやうなれど、なほ誤りても、わがため下の心ゆがみたらむ人を、さも思ひ寄らずうらなからむためには、引き返しあはれに、いかでかかるにはと罪えがましきにも、思ひなほる事もあるべし。おぼろけの昔の世のあだならぬ人は、たがふふしぶしあれど、一人一人罪なき時には、おのづからもてなす例どもあるべかめり。さしもあるまじき事に、かどかどしく癖をつけ、愛敬なく人をもて離るる心あるは、いとうちとけ難く、思ひぐまなきわざになむあるべき。多くはあらねど、人の心の、とある様かかるおもむきを見るに、ゆえよしといひ、さまざまに口惜しからぬ際の、また取りたてて、わが後見に思ひ、まめまめしく選び思はむには、ありがたきわざになむ。ただまことに心のくせなくよき事は、この対をのみなむ、これをぞおいらかなる人と言ふべかりけるとなむ思ひ侍る。よしとて、またあまりひたたけて頼もしげなきも、いと口惜しや」とばかり宣ふに、かたへの人は思ひやられぬかし。




源氏は、これは、別に、一緒にして差し上げる物があります。そのうちに、お話しましょう。と、女御に申し上げる。
そのついでに、源氏は、もう、このように、姫君は、昔の事を、だいたいお分かりになったことですが、紫の上の、心遣いを、疎かにせぬように。元々、親子、夫婦の親しみよりも、他人が、かりそめの情けをかけたり、ちょっとした事で、好意を寄せるのは、並大抵のことではありません。まして、御方が、こちらに、いつもお付きして、おいでなのを、目にしながらも、最初の気持ちが変わらず、深く好意を寄せているのですから。昔から、世間での例を見ても、「あんな表面は可愛がっているが」と、頭が良さそうに、推量するのも、利口みたいだが、矢張り、間違いであっても、自分に対して、内心では、邪険な人を、それをそうとも気づかず、裏表なくしていたら、その子のために、放って、代わって、心を動かし、どうして、こんな子にと、罰が当りそうな気になり、改心することもありましょう。並々ならぬ仇敵ではない人は、意見の相違は、色々合っても、お互い、めいめいが、本当に罪が無い場合は、いつしか考え直す例もあります。
それほどでもないことに、角を立て、難癖をつけ、無愛想に、人を無視する性質の人は、仲良くなりにくく、同情のし甲斐がない。そう多くはないが、人の心の色々な様子や、動きを見ると、趣味とか、それぞれに、まんざらでもない、才能があるようです。誰でも、一人一人、得意な分野があり、取り得のないものもないが、といって、特に、自分の妻にと思って真面目に選ぼうとすれば、中々、見当たらないもの。本当に、気立ての良い、立派なところは、この紫の上だけを、穏やかな人と、言うべきだと思います。
立派な人と言っても、あまりに、締まり無く、頼り無いのも、残念なもの。と、だけおっしゃるが、もう一人の方はと、想像される。

女御は、明石の娘。
もう一方の方とは、女三の宮のこと。




源氏「そこにこそ少し物の心えてものし給ふめるを、いとよし。むつび交して、この御後見をも、同じ心にてものし給へ」など、しのびやかに宣ふ。明石「宣はせねど、いとありがたき御気色を見奉るままに、明け暮れの言種に聞え侍る。めざましきものになど思し許さざらむに、かうまで御覧じ知るべきにもあらぬを、かたはらいたきまで、かずまへ宣はすれば、かへりてはまばゆくさへなむ。数ならぬ身の、さすがに消えぬは、もて隠され奉りつつのみこそ」と聞え給へば、源氏「その御ためには、何の心ざしかはあらむ。ただこの御有様を、うち添ひてもえ見奉らぬおぼつかなさに、ゆづり聞えらるるなめり。それもまた、とりもちてけちえんになどあらぬ御もてなしどもに、万の事なのめに目安くなれば、いとなむ思ひなく嬉しき。はかなき事にて、物の心えずひがひがしき人は、立ち交らふにつけて、人のためさへ辛きことありかし。さなほし所なく、誰ももののし給ふめれば、心安くなむ」と宣ふにつけても、「さりや、よくこそ卑下しにけれ」など思ひ続け給ふ。
対へ渡り給ひぬ。




源氏は、あなたは、少し物の道理が解っていられるようなので、安心です。仲良くして、姫君のお世話も、心を合わせて、して下さい。などと、声をひそめて、おっしゃる。
明石は、仰せはなくとも、有り難いご好意を拝見しております。朝夕、口癖のように、申し上げております。こちらが、決まり悪くなるほどに、お目をかけて頂きますので、かえって、恥ずかしい気になります。つまらない私のような者が、兎も角、生きていますのは、世間の評判も、よろしくない気が引ける思いが、いたします。粗相のないように、お隠しいただいてばかりです。と、申し上げると、源氏は、あなたのために、好意があるのではない。ただ姫君のご様子を、始終付き添い、お世話する事の出来ないのが、気がかりで、あなたに、頼んでいるのだろう。それもまた、あなたが取り仕切って、親らしい扱いをしないために、何も穏やかで、体裁よくゆくので、とても安心して嬉しい。少ししたことでも、物の解らぬ、ひねくれ者は、仲間に入ると、傍の人まで、迷惑をかけることもある。そんな欠点はなくて、どちらもいられるので、安心だ。と、おっしゃるにつけ、その通り。よくここまで、謙遜して来た事だ、などと、御方は、思いなさる。
源氏は、対へお出でになった。

姫君の本当の母親が、世話をすることを、紫の上が考えて、そのようにしたことの話である。
明石が生んだ子を、紫の上が、引き取り、育てて、母親の身分よりも、高い身分となった、姫君である。




明石「さもいとやむごとなき御心ざしのみまさるめるかな。げにはた、人より殊に、かくしも具し給へる有様の、ことわりと見え給へるこそめでたけれ。宮の御方、うはべの御かしづきのみめでたくて、渡り給ふこともえなのめならざるは、かたじけなきわざなめりかし。同じ筋にはおはすれど、今ひとときは心苦しく」と、しりうごち聞え給ふにつけても、わが宿世はいとたけくぞ覚え給ひける。




明石は、あのように、紫の上を大事にされるお気持ちが、深まるばかりです。本当に、それは、紫の上が、誰よりも、あれほどに整っていらっしゃる方で、無理もないと見えますのが、ご立派です。宮の御方は、表向きの扱いばかりで、お出掛けになるのも、充分だといえないことも、勿体無いことです。紫の上と、三の宮は、同じ血筋でいらっしゃるけれど、一段とご身分が高くて、お気の毒です。と、陰口を申し上げるのも、自分の運命も、たいしたものだと、思うのである。




やむごとなきだに、思すさまにもあらざめる世に、まして立ちまじるべき覚えにしあらねば、すべて今は恨めしき節もなし。ただかのたえ籠りたる山住みを思ひやるのみぞ、あはれにおぼつかなき。尼君も、ただ「福地の園に種まきて」とやうなりし一言をうち頼みて、のちの世を思ひやりつつながめい給へり。




ご身分の高い宮でさえ、思い通りに行かないものなのに、まして、お仲間入りできるような身分ではないから、何もかも、これ以上、何の不足もありません。ただ、入道が世を捨てて、籠もった深山の生活を思いやるだけが、悲しくて、心配です。尼君も、「幸いの国めあてに、種をまいて」とあった、一言を、頼みに、後世のことを考えて、物思いに、沈んでいらした。

明石が、我が娘である、姫君に話して聞かせている。

あはれにおぼつかなき
悲しみと、心配の気持ちを、あはれ、と表現する。

posted by 天山 at 06:22| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月29日

もののあわれについて716

大将の君は、この姫宮の御事を思ひ及ばぬにしもあらざりしかば、目に近くおはしますを、いとただにも覚えず、おほかたの御かしづきにつけて、こなたにはさりぬべき折り折りに参りなれ、おのづから御けはひ有様も見聞き給ふに、いと若くおほどき給へる一筋にて、うへの儀式はいかめしく、世の例にしつばかり、もてかしづき奉り給へれど、をさをさけざやかにもの深くは見えず、女房なども、おとなおとなしきは少なく、若やかなるかたちの人の、ひたぶるにうち花やぎざればめるは、いと多く数しらぬまで集ひ候ひつつ、物思ひなげなる御あたりとは言ひながら、何事ものどやかに心静めたるは心の中のあらはにしも見えぬわざなれば、身に人知れぬ思ひ添ひたらむも、また、まことに心地ゆきげに、とどこほりなかるべきにしうちまじれば、かたへの人に引かれつつ、同じ気配もてなしになだらかなるを、ただ明け暮れはいはけたる遊び戯れに心入れたる童の有様など、院はいと目につかず見給ふことどもあれど、ひとつさまに世の中を思し宣はぬ御本性なれば、かかる方をも任せて、さこそはあらまほしからめと、御覧じ許しつつ、いましめ整へさせ給はず。さうじみの御有様ばかりをば、いとよく教へ聞え給ふに、少しもてつけ給へり。




大将の君、夕霧は、この姫宮との結婚も、考えないこともなかったので、目に見られる所に、おいであそばすのを、平気でいられず、何かの用事のとき、こちらには、しかるべき時に、いつも伺うのが普通で、いつしか雰囲気や、ご様子を、見聞きもするにつけて、あまりにも若く、おっとりとしているばかりで、表向きの扱いは、堂々として、世間が喩えにするほど、院は大事にされている。だが、これといって、奥ゆかしさは見られず、女房なども、しっかりしたのは少なくて、年若い美人が、ただただ華やかにし、洒落好きなのが、とても多く、数え切れないほど、集まって、お仕えしている。
何の苦労もないお住まいとはいうものの、何につけても、騒がず、落ち着いている女房は、考えていることが、はっきりと解らず、我が身に、誰も知らない悩みを持っていても、本当に楽しそうに万事思い通りに運んでいる人たちと一緒だと、周りに影響されて、同じ調子、態度に合わせるものだから、一日中、子供みたいに、遊び、戯れに熱中している、女童の様子など、院は、関心しないと、御覧になることも、一度ならずある。が、一律に、世間を考えて、おっしゃったりしない性分なので、こういうことも、勝手にさせて、そうしていたいのだろう、と、見て見ぬふりをしつつ、叱って、止めさせることもしない。宮ご自身の、なさりようを、充分に教えされるので、少しは、直されたが。

夕霧の観察した、姫宮の様子である。
何とも、まったりとした、文である。




かやうの事を、大将の君も、「げにこそあり難き世なりけれ。紫の御用意気色の、ここらの年へぬれど、ともかくも漏りいで見え聞えたる所なく、静やかなるをもととして、さすがに心美しう、人をも消たず、身をもやむごとなく、心憎くもてなし添へ給へること」と、見し面影も忘れ難くのみなむ思ひいでられける。




このようなことも、大将の君は、なるほど立派な女は、なかなかいないものだ。紫の上の、お心がけや、態度は、もう長年経ったが、何も人の目に触れ、耳に触れることがなかった。静かなことを第一として、それでいて、ひねくれず、人をないがしろにしない。自分自身も、気高く奥ゆかしくして、いられることだと、昔、垣間見たお顔も忘れられず、つい、思い出されるのである。




わが北の方も、「あはれと思す方こそ深けれ、いふかひあり、すぐれたるらうらうじさなど、ものし給はぬ人なり。おだしきものに、今はと目なるるに、心ゆるびて、なほかくさまざまに集ひ給へる有様どもの、とりどりにをかしきを、心一つに思ひ離れ難きを、ましてこの宮は、人の御程を思ふにも、限りなく心ことなる御ほどに、取り分きたる御気色にしもあらず、人目の飾りばかりこそ」と見奉り知る。わざとおほけなき心にしもあらねど、「見奉る折りありなむや」と、ゆかしく思ひ聞え給ひけり。




自分の妻である、北の方も、可愛いと思う心は強いが、しっかりして、人に優れた才覚などは、ない人だ。安心出来る。もう大丈夫だと思い、暮らしていると、気が弛み、矢張りこのように、色々集まる婦人方が、それぞれ立派なので、一途に愛情を感じるのだが、中でも、宮様は、ご身分のことを考えても、最高の特別のお生まれである。だが、格別のご寵愛があるでもなく、世間体を飾っているだけのこと。と、見受けられる。特別に、大それた気持ちではないが、お顔を拝する機会があるだろうかと、心引かれる思いがするのである。




衛門の督の君も、院に常に参り、したしく候ひ慣れ給ひし人なれば、この宮を父帝のかしづきあがめ奉り給ひし御心掟など、詳しく見奉り置きて、さまざまの御定めありし頃ほひより聞え寄り、院にもめざましとは思し宣はせずと聞きしを、かくことざまになり給へるは、いと口惜しく胸痛き心地すれば、なほえ思ひ離れず。その折りより語らひきにける女房のたよりに、御有様なども聞き伝ふるを、慰めに思ふぞはかなかりける。「対の上の御気配には、なほおされ給ひてなむ」と世人もまねび伝ふるを聞きては、柏木「かたじけなくとも、さるものは思はせ奉らざらまし。げに類なき御身にこそあたらざらめ」と、常にこの小侍従といふ御乳主をも、言ひ励まして、「世の中定めなきを、大殿の君もとより、本意ありて思し掟てたる方におもむき給はば」と、たゆみなく思ひありきけり。




衛門の督の君、柏木も、上皇御所に常に参上して、お傍近くに仕えていたので、女三の宮を、朱雀院が大事にされていることを、仔細に拝見していた。色々なご縁談があった頃から、申し出て、院も嫌なやつと思いではないと、おっしゃることもないと聞いていたので、このように、六条の院、源氏に、嫁いだのは、まことに残念と心が痛む思いがするので、今尚、諦めきれないでいる。その求婚の頃から、親しくなった女房の口から、宮様の、ご様子などを聞くのを、慰めにしていたのは、儚いことだった。
対の上、紫の上には、やはり、負けていると、世間の人も噂しているのを聞くと、恐れ多いことだが、自分なら、そんな思いはさせなかったと思う。だが、いかにも、自分が、そんな貴い身分には、相応しくないと、いつも、この小侍従という、御乳母子を攻め立てて、この世は、無常だ。六条の院が、もともとお望みで決心された、出家をされたらと、熱心に、小侍従の周りをうろついていた。

物語は、柏木と、女三の宮との関係に進む。
結局、女三の宮は、柏木の子を生むのである。

少しばかり、複雑になってゆく、物語である。

posted by 天山 at 05:39| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月30日

もののあわれについて717

三月ばかりの空うららかなる日、六条の院に、兵部卿の宮、衛門の督など参り給へり。おとど出で給ひて、御物語などし給ふ。源氏「静かなる住まひは、この頃こそいとつれづれに紛るることなかりけれ。公私に事なしや。何わざしてかは暮らすべき」など宣ひて、源氏「けさ大将のものしつるはいづかたにぞ。いとさうざうしきを、例の小弓射させて見るべかりけり。好むめる若人どもも見えつるを、ねたう、出でやしぬる」と問はせ給ふ。大将の君は、丑寅の町に、人々あまたして、鞠もて遊ばして見給ふと聞し召して、源氏「乱りがはしき事の、さすがに目にさめてかどかどしきぞかし。いづら、こなたに」とて御消息あれば、参り給へり。若君達めく人々多かりけり。源氏「鞠持たせ給へりや。誰々かものしつる」と宣ふ。「これかれ侍りつ」源氏「こなたへまかでむや」と宣ひて、寝殿の東面、桐壺は若宮具し奉りて、参り給ひにし頃なれば、こなた隠ろへたりけり。




三月頃で、空がうららかに晴れている日、六条の院に、兵部卿の宮、衛門の督などが、参上された。源氏が出て、ご対談があった。
源氏は、静かな暮らしだが、この頃、実に退屈で、気の紛れることがない。国も、我が家も、平穏無事だ。何をして、一日を暮らそう、などとおっしゃり、今朝、大将が来ていたが、何処にいる。何とも、物寂しいが、お決まりで、小弓を射させて、見るものだった。好きらしい若い連中が、見えたのに、惜しいことだ。帰ったのかと、お尋ねになる。
大将の君、夕霧は、東北の町で、大勢の人々に、蹴鞠を見せていると、お耳にして、源氏は、無作法なものだが、しかし眠気の覚める類のものだ。さあさあ、こちらへ、と、あり、お言葉が伝えられたので、参上された。
若殿らしい方々が多い。
源氏は、鞠を持たせたか。誰々が来たのだ。と、おっしゃる。誰と誰が来ました。
源氏は、こちらへ来て貰えないか、とおっしゃり、寝殿の東座敷、明石の女御は、若宮をお連れして、参内された頃で、こちらには、人目が少ない。




やり水などのゆきあひはれて、よしあるかかりの程を尋ねて立ち出づ。太政大臣殿の君達、頭の弁、兵衛の佐、大夫の君など、過ぐしたるもまだかたなりなるも、さまざまに、人より勝りてのみものし給ふ。




遣水など合流して、広場になって、趣ある蹴鞠の場所を求めて、出て行く。
太政大臣の若殿は、頭の弁、兵衛の佐、大夫の君など、年のいった者も、まだ幼い者も、それぞれに、他の人たちよりも、立派な方ばかりである。




やうやう暮れかかるに、風吹かずかしこき日なりと興じて、弁の君もえ静めず立ち交じれば、おとど「弁官もえをさめあへざめるを、上達部なりとも、若き衛府司たちは、などか乱れ給はざらむ。かばかりの齢にては、あやしく、見過ぐす、口惜しく覚えしわざなり。さるはいと軽々なりや、この事のさまよ」など宣ふに、大将も督の君も、皆おり給ひて、えならぬ花の蔭にさまよひ給ふ、夕映えいと清げなり。をさをさ、さまよく静かならぬ乱れごとなめれど、所がら人がらなりけり。ゆえある庭の木立のいたく霞みこめたるに、いろいろひも解きわたる花の木ども、わづかなる萌黄の蔭に、かくはかなきことなれど、良き悪しきけぢめあるを挑みつつ、われも劣らじと思ひ顔なる中に、衛門の督のかりそめに立ちまじり給へる足もとに、並ぶ人なかりけり。かたちいと清げに、なまめきたる様したる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。




だんだん、日が暮れかかるが、風がなくて、よい日だと面白がる。弁の君も、我慢できずに、仲間に入ったので、源氏は、弁官さえ落ち着いていられないらしい。上達部であろうとも、若い衛府の役人たちは、どうして飛び出して、遊ばないのか。皆の若さでは、不思議に、見ているだけでは、残念なこと。実のところ、全く、軽々しい。この遊びは、などと、おっしゃる。大将も、督の君も、お下がりになり、美しい桜の木陰で、蹴鞠をされる。夕日を受けた、姿が大変、美しい。
決して、体裁もよくなく、静かでもない、無作法な遊びであるが、それも、場所により、人によるものである。趣きある庭の木立の、霞が深く立ち込めた所に、色とりどりの蕾のほころぶ花の木、わずかに、芽の吹き出した柳の木陰に、このような、つまらない遊びであるが、上手下手の違いがある競争をして、自分も負けないという顔付きの中で、衛門の督が、ほんの少しばかり仲間入りされた蹴り方に、及ぶ者はいなかった。
容姿が大変に綺麗で、やさしい感じのした人が、心遣いも十分に、それでいて、活発なのは、見事である。




御階の間にあたれる桜の蔭によりて、人々、花の上も忘れて心に入れたるを、おどとも宮も、隅の高蘭に出でて御覧ず。




階段の柱間に面した、桜の木陰に集まり、誰もが、花のことも忘れて、熱心に、蹴鞠をしているのを、源氏も、兵部卿の宮も、隅の欄に出て、御覧になるのである。




いとらうある心ばへども見えて、かず多くなり行くに、上臈も乱れて、冠の額少しくつろぎたり、大将の君も、御位のほど思ふこそ例ならぬ乱りがはしさかなと覚ゆれ、見る目は人よりけに若くをかしげにて、桜の直衣のややなえたるに、指貫の裾つかた、少しふくみて、気色ばかり引き上げ給へり。かろがろしうも見えず、もの清げなるうちとけ姿に、花の雪のように降りかかれば、うち見上げて、しをたる枝少し押し折りて、御階の中のしなの程にい給ひぬ。




大変、巧みな技が数々と現れて、回が進んで行くにつれ、身分の高い人々も、礼儀構わず、冠の額際も、少し弛んできた。大将の君も、ご身分の高さを考えればこそ、いつにない、崩れ方だと、思われるが、見たところ、誰よりも、一段と若く立派である。桜襲の直衣の、やや柔らかくなったものに、指貫きの裾が、少し膨らんで、心持引き上げて、いらした。羽目を外しすぎたとも、見えない。こざっぱりした、くつろぎの姿に、花が雪のように降り掛かるので、ふと見上げて、たわんでいた枝を、少し折り、階段の中段に腰を掛けていらっしゃる。

何とも、風情のある、風景である。
これも、あはれなる、風景なのだ。
posted by 天山 at 07:18| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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