2013年04月21日

もののあわれについて608

篝火 かがりび

この頃の世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、事に触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こし召して、源氏「ともあれかくもあれ、人見るまじくて籠り居たらむ女子を、なほざりのかごにても、さばかりに物めかして出でて、かく人に見せ言ひ伝へらるるこそ、心得ぬ事なれ。いと際々しうものし給ふあまりに、深き心をも尋ねもて出でて、心にも適はねば、かくはしたなきなるべし。よろづの事、もてなしがらにこそ、なだらかなるものなめれ」と、いとほしがり給ふ。かかるにつけても、「げによくこそ」と、「親と聞えながらも、年頃の御心を知り聞えず馴れ奉らましに、恥がましき事やあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞え知らせけり。




近頃の世間の人の噂に、内大臣様の、今姫君はと、何かにつけて、誰彼が言いまわるのを、源氏の大臣が耳にして、何はともあれ、人目に触れずに、引きこもっている女の子を、少しの口実があったにせよ、あれほど大げさに引き取った上で、このように人に見せたり、噂させたりするとは、腑に落ちないことだ。はっきりし過ぎている方だから、事情を詳しく調べず、引っ張り出して、それが感心できない者だから、こんなに酷い扱いなのだろう。何事も、やり方一つで、穏やかに済むものだ。と、気の毒がる。
この噂につけても、本当によくこちらに来たものだと、親とは申しても、長く離れていた間の気持ちを知らずに、お傍に参ったなら、恥ずかしい思いをするようにこともあっただろうと、対の姫君は分かるが、右近も、よく申し聞かせてあげるのだった。

今姫君とは、玉蔓のことである。





にくき御心こそ添ひたれど、さりとて御心のままにおしたちてなどもてなし給はず。いとど深き御心のみまさり給へば、やうやうなつかしううちつけ聞え給ふ。




困った気持ちはあるけれど、そうかといって、気持ちのままに、無理押しするわけでもなく、いよいよ、愛情の強さが増す一方なので、姫君は、次第にやさしく警戒心を解くのである。




秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、せこが衣もうら寂しき心地し給ふに、忍びかねつついとしばしば渡り給ひておはしまし暮らし、御琴なども習はし聞え給ふ。五六日の夕月後はとく入りて、少し雲隠るるけしき、萩の音もやうやうあはれなる程になりにけり。御琴を枕にてもろともに添ひ臥し給へり。かかる類あらむや、と、うち嘆きがちにて夜ふかし給ふも、人の咎め奉らむ事を思せば、渡り給ひなむとて、御前の篝火の少し消え方なるを、御供なる右近の大夫を召して、ともしつけさせ給ふ。




秋になる。秋の初風も涼しく吹き出して、人恋しい気持ちが抑えられず、しきりにお出かけになり、一日中おいでになり、琴なども教えてあげる。五日、六日の夕月は、すぐに沈み、少し雲に隠れる様子や、萩の葉ずれの音も、心に沁みる頃になってきた。琴を枕にして、一緒に横になられる。こんなことがあろうかと、ため息を漏らしがちで、夜更けまでいらっしゃるが、人が見咎めるだろうと、気にされて、お帰りになろうとして、庭先の篝火が少し消えかけているのを、御供していた、右近の大夫をお呼びになり、明るくさせた。




いと涼しげなる遣水のほとりに気色ことに広ごり臥したるまゆみの木の下に、打松おどろおどろしからぬ程におきてさし退きてともしたれば、御前の方はいと涼しくをかしき程なる光に、女の御様見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまに物をつつましと思したる気色、いとろうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。源氏「絶えず人侍ひてともしつけよ。夏の月なき程は、庭の光なき、いとものむつかしくおぼつかなしや」と宣ふ。




大変涼しそうな鑓水の傍に、面白い格好の枝を広げた、まゆみの木の下に、松の割り木を目立たない程度に積み、少し離れて火をともしているので、お部屋の方は、とても涼しい。丁度良い明るさの光に、女の姿は、見れば見るほど、美しい。御髪の手あたりなど、ひんやりと、気品のある感じがして、身を固くして恥ずかしいと思う様子は、まことに、可愛らしい。帰りづらく思い、源氏は、ぐずくずとしている。
源氏は、しじゅう誰かいて、篝火を焚きつけよ。夏の月の無い頃は、庭に光がないと、何か気味が悪くて、心細いと、おっしゃる。




源氏
篝火に たち添ふ恋の けぶりこそ 世には耐えせぬ 焔なりけれ

いつまでとかや。ふすぶるならでも苦しき下燃なりけり」と聞え給ふ。女官、あやしの有様やと思すに

玉葛
行方なき 空に消ちてよ 篝火の たよりにたぐふ 煙とならば

人のあやしと思ひ侍らむこと」と、わび給へば、源氏「くはや」とて出で給ふに、東の対の方に、面白き笛の音、筝に吹きあはせたり。源氏「中将の例のあたり離れぬどち、遊ぶにぞあなる。頭の中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」とて立ちとまり給ふ。




源氏
篝火の煙とともに、立ち上る恋の煙は、永久に消えることの無い、炎だ。

いつまで待てと、言うのですか。くすぶる蚊鑓り火ではないが、苦しい悶えです。と申し上げる。女君は、変な関係だと、思い、

玉葛
篝火に、つれて立ち上る煙とおっしゃるなら、果ても無い空に、その煙も、消してください。

皆が、変だと思います。と、嫌がるので、源氏は、じゃあ、と言って部屋を出る。その時、東の対の方から、美しい笛の音が筝と合奏している。源氏は、中将が、いつものように、一緒にいる連中と、合奏しているのだろう。たぶん、頭の中将だろう。実に、見事に響く、笛の音だと、立ち止まる。

東の対とは、夕霧の部屋である。


posted by 天山 at 01:13| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

もののあわれについて609

御消息、源氏「こなたになむ、いと影涼しき篝火にとどめられてものする」と宣へれば、うちつれて三人参り給へり。源氏「風の音秋になりにけりと聞えつる笛の音に、忍ばれでなむ」とて、御琴ひき出でてなつかしき程に弾き給ふ。源中将は盤渉調にいと面白く吹きたり。頭の中将心づかひしていだしたて難うす。源氏「遅し」とあれば、弁の少将拍子打ちいでて忍びやかに謡ふ声、鈴虫にまがひたり。二返ばかり謡はせ給ひて、御琴は中将に譲らせ給ひつ。げにかの父大臣の御爪音にをさをさ劣らず、はなやかに面白し。源氏「みすの内に、物の音聞きわく人ものし給ふらむかし。今宵は盃など心してを。さかり過ぎたる人は、酔泣のついでに忍ばぬ事もこそ」と宣へば、姫君も、げにあはれと聞き給ふ。絶えせぬ中の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君達を人知れず目にも耳にもとどめ給へど、かけてさだに思ひよらず、この中将は、心の限り尽くして思ふ筋にぞ、かかるついでにもえ忍びはつまじき心地すれど、様よくもてなして、をさをさ心とけても掻きわたさず。




お便りされて、源氏は、こちらに、涼しい篝火に引き止められていると、おっしゃるので、連れ立って三人が、参上された。源氏は、風の音が、秋になったと聞えた笛の音に、我慢ができなくなったと、琴を取り出して、親しみやすく弾かれる。源中将、夕霧は、ばんしき調に、とても見事に笛を吹いた。頭の中将は、気を使い歌いにくそうである。源氏が、遅いと言うと、弁の少将が、拍子を打って、静かに謡う声は、鈴虫かと思うほどである。二度ほど謡わせて、琴は中将に譲る。まことに、あの父大臣の、弾かれる音に、引けを取らず、派手で素晴らしい。源氏「みすの中に、音楽の分かる方がおいでのようだ。今晩は、盃なども、気をつけて頂こう。年のいった者は、酔い泣きのついでに、つい、言ってはならないことまで、喋ってしまうかもしれないと、おっしゃるので、姫君も、心から身にしみて、聞いている。
切っても、切れない、兄妹の縁は、よい加減なものではないからであろうか。この方たちを、人に分らないように、目にも、耳にも、とめているが、よもやそんなこととは思いもかけず、頭の中将は、心を傾けて思う方ゆえと、この機会にも抑えきれない気持ちがするが、見苦しくなく振る舞い、心許して、和琴を弾きつづけることは、まずまずないことだ。

玉葛と、頭の中将は、実の、兄妹である。




篝火を終わる。

ここで、少し私の勝手な言い分を書く。

源氏物語は、二つの系列がある。
それは、研究者によって、提案されたものであるが・・・
一々、誰がとは、書かない。

その一つは、紫の上系であり、もう一つは、玉葛系である。

その登場人物も、二系統になるのである。
面白いのは、玉葛系の登場人物が、紫の上系には、全く登場しないのである。

勿論、両方の主は、光源氏である。

またまた、面白いのは、鎌倉時代は、37巻とされていたことである。
しかし、現在、54巻まで存在する。

その差の、18巻が、並びの巻と、呼ばれている。
並びの巻とは、鎌倉時代以前は、物語を分けていないということである。

何故、誰が、区分けしたのか・・・

ここで、結論から言うと、作者多数説である。
それは、玉葛系が、取り除かれても、紫の上系の物語は、全く影響が無いのである。

それは、独立した物語で、玉葛系とは、元々、無関係だと、考えられるのである。

先ほど言った、並びの巻は、紫の上系には、全く無く、玉葛系のみにある。
つまり、多くの人の手によって、書かれたと考える。

私は、研究家ではない。
もののあわれについて、を、書くために、物語を書写し、そして訳している。

もののあはれ
というものを、見つめる時、源氏物語は、外せないからである。
何せ、源氏物語は、もののあはれの物語と言われる。

光源氏の色恋の物語ではなく、大和言葉による、世界初の散文小説という価値で、私は見ている。

更に、全編が、大和言葉の敬語による。
実に、面白く、学ぶことが出来る。

そして、語源が多い。
物語の言葉から、生まれた多くの日本語である。

紫の上系の物語が、整然として創作された。
その後、現実的な構成によって、創作された、玉葛系である。

それは、上塗りされているのではない。
別の物語になっているのである。

そして、大作、源氏物語が成り立った。

小説作法などの無い時代に、紫式部が起こした、革命的な、散文小説が、多くの人の心に、火をつけた。
そして、物語が、勝手に、どんどんと、増えていった。

私の場合は、それでいい。

あはれ、という心象風景が、成長してゆく様である。

最初は、万葉集、そして、和泉式部日記、紫式部日記、古今集、そして、源氏物語と続けている。

この後も、続々と、続く。
死ぬまでに、書ききれないと思うが・・・
本望である。

もののあはれ
日本人の心性である。

posted by 天山 at 00:06| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

もののあわれについて610

篝火を終えて、野分、のわき、に入る前に、今一度、物語に佇んでみる。

源氏物語の著者の代表は、紫式部である。
複数の作者がいたことは、以前に書いている。
更に、書写をする人たちによっても、手が入れられている。

だが、最初の紫式部の、物語を書く意味、意義、そして、その情熱とは何かを、考える。

源氏物語は光源氏のまばゆいばかりの青春の色好みをもって始まるが、それを描いた紫式部の内部には・・・「たゆたふ」思いのあったことを私は重視したい。
とは、亀井勝一郎の日本人の精神史研究から、である。

光源氏をはじめ、藤壺や空蝉や最後の浮舟にいたるまで、この思いは次第に強まってくる。現世の色好みと求道とのあいだの言わば心のさすらいだが、彼女の内部には、爛熟した王朝の夢とともに、すでに中世のあけぼのが訪れていたと言っても過言ではあるまい。
亀井
現代文に書き直してある。

中世の曙という亀井の評論である。

そして、紫式部の中には、
「女房」と「隠者」の同時存在であり、作者の心理としては、「世にあるべき人かずとは思はず」という出離の思いと、虚構の妙技への執着とのあいだの矛盾の苦悩であり、それは同時代において普遍性をもつ精神の課題でもあったのだ。
と、亀井は言う。

世の中に、いるべき存在ではないと、紫式部が告白するのである。
自分の存在をそのように思うという・・・

物語の前に、私は、紫式部日記を現代語訳している。
その中には、そのような思いに満ちた言葉が多くある。

そして、罪深き身、という言葉である。
これは、当時の浄土宗の教えによるものであると、言う。

この執着を持っている限り・・・
だから、物語を書くのである。

前世のつたない因縁に発した「業感」の自覚でもあり、源氏物語にしばしば出てくる「宿世」の嘆きにもむすびついている。
亀井

確かに、物語を書写していると、多くの登場人物の口から、宿世の嘆きが聞かれるのである。
それは、紫式部の思いである。

物語全体を貫く、宿世の嘆きである。
色好みとは、全く異質の感覚である。

物語に流れる、その嘆きは、紫式部の嘆きでもある。

その日記には、色好みのことなど、一度も出てこないのである。
しかし、物語は、色好みを通して、何かを見るのである。
その何かが、嘆きなのである。

その、嘆きが、たゆたふ心を創る。

仏教、浄土の教えの、無常観から、紫式部も大きな影響を受けた。

その無常観とは、矢張り、日本語にすると、たゆたふ、になるのである。

紫式部が、投げた一つの石が、波紋を広げて、日本文化の精神へと、続いてゆく。

日記を読むと、紫式部が、人の品定めをする、天才だったということが解る。しかし、その裏では、孤独の生活がある。
更には、女房たちからの、嫌われ者でもある。

賢い彼女は、ただ、沈黙するのみになる。
そして、我が身に閉じこもるのである。

沈黙のうちに「たゆたふ」心の戦いをつづけたのである。
亀井

そして、それが、同時代の人たちと、苦悩を分かち合う、ということが可能だったとみるのである。

源氏物語というあの虚構の世界は、こうした暗い情熱の所産であったことはまちがいあるまい。砂漠にも似た灰色の生活から夢みられた壮大な蜃気楼のようなものだと言ってもよさそうである。
亀井

つまり、物語の光源氏のような生活とは、全く逆の生活を送る紫式部の、壮大な物語、虚構への情熱が、文を書かせた。それは、また、罪深い者の、自覚でもあった。

その、罪とは、何か・・・
生まれたという意識、存在するという意識・・・

浄土思想が拍車を掛けるのである。

そこで、信仰に向うが、ここで、不思議なのは、決して、伝えられた浄土思想の通りの信仰ではない。
それが、日本人の精神の特有の感覚を生むのである。

それが、あはれ、の思想である。

人間の存在が、あはれ、なのである。

もののあはれ
というものが、始動する。

そこで救いようの無いような意識が、逆転して、無常観から、無常美観が生まれるように、あはれ、の意識、自覚が芽生えてくる。

表向きは、色好みの虚構であるが、作者は、しみじみと、人生の哀しさを見続けている。それが、他の手に移っても変わらないテーマとなり続けるのである。

そして、尚、書き続けるという行為も、宿業として自覚する。
宿業から抜けるために、また、書き続ける。
そして、それは、終わらないものとなった。
今も、小説を書く人たちが、大勢いる。

源氏物語は、終わってはいないのである。
書き付けるということの、宿業を持って生まれた人々・・・
あはれ、である。


posted by 天山 at 01:57| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月24日

もののあわれについて611

小説には、着想がある。
そして、作家の情緒と力量である。

源氏物語は、世界初の散文小説である。
だが、当時、小説の書き方などはない。

それでも、紫式部の創作欲は旺盛であり、それでは、着想があったのかといわれれば、あったのである。

当時の、歌詠みも同じく、本歌をして、歌詠みをするという形がある。

それでは、紫式部は、どこから、その着想を得たのか。
実は、それは、当然そのように書くという、見本があったのである。

重要なことは、古い物語の成立する際の、伝統である。

光源氏の、着想には、伊勢物語の、在原業平が存在したのである。
伝統であるというのは、貴種流離譚である。

つまり、身分の高い者が、流浪するという悲劇である。

であるから、その着想は、独創的であってはならないのだ。
それが、書き物、創作の伝統だからだ。

平城帝の皇孫として、臣籍に下った、業平が、色好みの極限に生きるという・・・
高貴な女性を犯して、東下りをするという。

光源氏もまた、桐壺帝の子として、臣籍に下った。
色好みの極限に生きるのである。

須磨明石に下り、流譚の生活を送る。

貴種流離譚の型を骨格とするのである。

紫式部にとってまず重要なことは、犯してはならぬものを犯したときの罪と苦悩と、それにも拘らず迷う快楽の魅力を創造することであった。
亀井勝一郎

そのために主人公の実生活をすべて抹殺して、「十代の青春」の色好みの狂気に限定し、そこから出発した。
亀井

ということだ。

要するに、作者が、苦悩を託すために必要な、極限状態を虚構したのである。

光源氏五十年の運命はここで決するのである。
亀井

つまり、色好みに掛けて、紫式部は、自らの、苦悩を具現化させたかったのである。

母を知らぬ源氏が、父桐壺帝に入内した、若い義母、藤壺との密通である。更に、懐妊してしまうという・・・

古代からタブーとされていた、近親相姦である。

紫式部は光源氏の青春にまず「罪の烙印」を押した。同時に藤壺に、女であるゆえの十字架を背負わせたようなものだ。それは永久に消えない烙印であり、女にとっては死んでもなお亡霊となってあらわれざるをえないような受難であり、そして双方がなければ源氏物語は成立しないのである。
亀井

この、光源氏は、物語の中で、女を求める時に、障害のある女を求めている。それが、大きければ、大きいほど、情熱を燃やすのである。

単なる、色好みの物語ではないのである。
更に、この文体は、敬語に貫かれられている。

大和言葉による、流れと響きに、色好みと、その底流に流れる、あはれ、という情緒を描くのである。

紫式部は「罪の烙印」を押しながら、同時に「罪の美しさ」のために絶妙の筆をふるった。
亀井

これが、彼女の才能であると、言う。

更には、本居宣長が言うように、物語と共に、歌の道を描くのである。

それもまた、彼女の才能である。

当時は、物語は、女子供のものであり、漢字かな混じりの文は、男の読むものではなかったのが、物語は評判を呼び、様々な階級の男の世界にも、広がったという。
だが、まさに当時は、仏教、儒教の受容期であり、その評価は、いかばかりだったのか。

現代でも、単なる、淫乱の物語だという人がいるほどであるから、当時は、もっと、強い批判があったことも、想像できる。

後の天皇の中でも、この物語が生まれてから、朝廷、貴族の生活に乱れが生じたという御方もいる。

一歩、踏み誤ると、そのような極悪な物語として、受け取られるはずである。

本居宣長の言葉を紹介すると、
物語は、儒仏などのしたたかなる道のように、迷いを離れて悟りに入るべき法にもあらず。また国をも言えをも身をも治むべき教えにもあらず。ただ世の中の物語なる故に、さる筋の善悪の論はしばらくおきて、さしもかかわらず、ただもののあはれを知れるかたのよきを、取り立ててよしとはしたるなり。
である。

ただ、もののあはれ、を知る術を知る上で、よしとする、と言うのである。

仏教、儒教のような、物言いは、全く無い。
ただ、世の中、つまり、人間の生きるということを、もののあはれ、と捉えているのみで、いいのであると、言う。

更に、私は言う。
物語は、面白いから読む。

物語の蛍の巻きで、源氏に物語について、語らせている。
そこで、源氏が玉葛に、女の物語好きをからかうのである。

架空の物語に、欺かれて、喜んだり、悲しんだりする、女というもの、と。

紫式部自体が、突き放して、物語を見ている。
それなのに、書き続けるという、執念である。

小説家は、嘘つきである。
虚構を書いて、人を欺く。
しかし、それで、救われる人たちもいる。
また、深く考える人たちもいる。

ここからは、文学というものについての、話になる。
私は、素人なので、そんな話はしない。

面白くない、物語、小説は、読むに値しない、と、それでいい。

例え、誰に読まれずとも、その作者は、充分にそれで、満たされているはずだ。
死ぬまでの、暇を潰すのに、最適であるから。


posted by 天山 at 05:24| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

もののあわれについて612

源氏物語に登場する女性の性格として、拒絶の強さをあげる必要があろう。言い寄る男に対して、浮気っぽくなびくような女性は原則としてひとりもいない。その身分や事情にもよるが、ためらい、はぢらい、或るときはそっけなく、概してひどく強情なのは、巫女的性格によると言っていいだろう。この拒絶が物語の大切な劇的要素になるわけで、光源氏の恋心はそのため一層切実さを帯び、同時に、この場で女のいのちのかなしさがあふれ出てくる。「恋ひ」が本来の「魂乞ひ」となり、「うた」となるのはこのときである。
亀井勝一郎

この、うた、歌の道に、源氏物語があるとは、本居宣長である。

そして、宣長が言う、
やすらかに見るべき所を、さまざまに義理をつけて、むつかしく事々しく註せる故に、さとりなき人はげにもと思ふけれど、返てそれはおろかなる註也。
と。

義理とは、儒教で言うところの、理屈である。
哲学と訳す場合もある。

わざわざ、難しく解釈する必要はない。
やすらかに、見るのである。
つまり、近代的解釈によって、こじらせて見るのである。

その必要は無い。

しかし源氏物語には、「もののあはれ」だけで尽くせない複雑な要素がある。伝統の色好みと、宣長のきらった仏教信仰との、微妙にからみあってゆくそこに生じた「たゆたひ」であ。仏教信仰なくしてはあらわれえなかったもので、宣長もその点は一応みとめている。
亀井

物語に、浄土思想が、ふんだん使われている。
そして、この世を厭うという感覚である。

登場人物の中に、その心境を思う者は多い。
しかし、紫式部は、それを心に傾けて書いたのではない。

いと心憂く・・・
何度も、使われる表現であるが・・・

源氏と藤壺の歌のやり取り
源氏
見てもまた 逢ふ夜まれなる 夢のうちに やがてまぎるる わが身ともがな

藤壺
世がたりに 人や伝へん たぐひなく うき身をさめぬ 夢になしても

藤壺は、拒絶しつつ、動揺する。
二人は、取り返しのつかない、運命に陥る。

罪業感を持った、戦慄である。

藤壺の懐妊と、出産・・・
しかし、源氏は、若紫をも、慕い続けるという・・・

それは二重の罪だ。紫式部はここで「美しさ」などに陶酔しているのではない。生の戦慄を描いたのである。色好みにまつわる矛盾のかぎりと、一の極限状況へ自分自身を追い詰めていったのである。
亀井

そういう形で、式部は、同時代の女の、嘆きを代弁したともいえる。

小説とは、道徳の書でもなければ、思想信条を説くものでもない。
虚構のお話である。
読者は、何にせよ、面白いから読む。
そこで、読者が、道徳に目覚めようが、人倫の道に目覚めようが、作者には、関わりが無い。

単に、それぞれの解釈の在り様である。
だから、解説などというものは、一切必要ない。
物語は、物語で、決着する。

世界初の小説は、作者の、物思いを描き出しているのである。

だから、実は、本居宣長も、亀井勝一郎も、何のことはないと言えば、言える。
それぞれの、解釈である。

宣長は、もののあはれを否定するはずの仏教が、逆にもののあはれを知らせる場合の多いことを語る。
だが、罪については、触れていない。

何故か・・・
仏教の説く、罪とは、何かである。

それは、仏を知らぬという罪である。
更に、仏の法を知らぬということである。
そういう人間が罪ある人間なのである。

宗教は、依然として、人間を罪に定める運命を持つ。
実に、白々しい。

だが、当時は、その仏教思想、浄土思想が、華やかなりし頃である。
この、華やかというのも、実に、おかしなものであるが。
流行だったのである。

更に、人間として、罪を重ねて、罪の意識を深めるという、自虐である。
呆れる。

物語は、そんなことを、描いたのではない。

宣長は、もののあはれ、に拘り、亀井は、たゆたひ、に拘る。

入信と悟りを思いつめながら、いよいよそれと矛盾して、戦慄の上に「たゆたふ心」のつらさを表現するのが物語りではないか。矛盾の自覚とその苦悩を背負うということではないか。
亀井

それを徹底したのが源氏物語であり、全編をつらぬくこれは「私」の内的主題だ。
亀井

内的主題である。

前世からの約束のように避け難い女の悲劇、「宿世」の嘆きを歌いたかったのだと彼女ならば言うだろう。
亀井

これには、同感する。
歌いたかったのである。

だから、物語は、歌の道を目指しているのである。
物語の中に、散りばめられている、歌の数々を見れば、それは、一目瞭然である。



posted by 天山 at 05:43| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月01日

もののあわれについて613

野分 のわき

中宮の御前に秋の花を植えさせ給へること、常の年よりも見所多く、色種をつくして、由ある黒木赤木のませを結ひまぜつつ、同じ花の枝ざし姿、朝夕露の光も世の常ならず玉かと輝きて、造り渡せる野辺の色を見るに、はた春の山も忘られて、涼しう面白く、心もあくがるるやうなり。春秋の争ひに、昔より秋に心よする人は数まさりけるを、名だたる春の御前の花園に心よせし人々、またひきかへしうつろふ気色、世の有様に似たり。




中宮の、お庭先に、秋の花を植えていらっしゃることは、いつもの年より、見事な眺めで、ありとあらゆる種類の色を集めて、趣のある黒木赤木の、ませ垣を所々にのぞかせて、同じ花といっても、その枝ぶり格好、朝夕の露の光も格別で、玉かと思うほどに輝き、一面に、作られた野辺の色を見ると、春の山も、忘れて、涼しく結構であり、心も抜け出てゆくようである。
春か、秋かとの、論争には、昔から、秋に味方する人が多く、評判の春の御方の花園に、心奪われた人々が、今度は、取って返して、心変わりする様子は、世間の人が、権勢につくのと、似ている。




これを御覧じつきて里居し給ふ程、御遊びなどもあらまほしけれど、八月は故前坊の御忌月なれば、心もとなく思しつつ明け暮るるに、この花の色まさる気色どもを御覧ずるに、野分例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ。花どものしをるるを、いとさしも思ひしまぬ人だにあなわりなと思ひ騒がるるを、まして、叢の露の玉の緒乱るるままに、御心惑ひもしぬべく思したり。おほふばかりの袖は、秋の空にしもこそほしげなりけれ。暮れゆくままに物も見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじ、と、花の上を思し嘆く。




このお庭が、お気に召して、お里にいらっしゃる頃、音楽会なども催したいが、八月は、父宮がお亡くなりになった月なので、気にされながら、一日一日を送っていらっしゃるうちに、庭の花の色が益々と美しくなる様子を、あれこれ御覧になっていると、台風が、いつの年よりも激しく、空の色も変わって、吹き出した。
色々な花がしおれるのを、それほど秋の庭に心奪われない人でさえ、困ったことだと、心も騒ぐものだが、まして中宮は、草むらの露が、緒が切れた玉のように、ばらばらと散るのを、気もおかしくなるほど、心配された。
大空を覆うほどの袖は、秋の空にこそ、欲しいと思うのである。
日が暮れてゆくにつれ、何も見えないほど、一面に吹き荒れて、とても気味が悪い。格子などを下ろしても、気がかりでたまらない、と、中宮は、花のことを心配されるのである。

何とも、美しい場面である。
こうして、野分の巻きがはじまる。




南の御殿にも、前栽つくろはせ給ひける折にしも、かく吹きいでてねもとあらの小萩はしかたなく待ちえたる風の気色なり。折れかへり露もとまるまじく吹き散らすを、すこし端近くて見給ふ。大臣は姫君の御方におはしますほどに、中将の君参り給ひて東の渡殿の小障子のかたみより、妻戸のあきたる隙を何心もなく見入れ給へるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて音もせで見る。御屏風も、風のいたく吹きければ、押したたみ寄せたるに、見通しあらはなる庇の御座にい給へる人、物に紛るべくもあらず、気高く清らに、さと匂ふ心地して、春の曙の霞の間より面白き樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。あぢきなく、見奉るわが顔にも移りくるやうに愛敬は匂ひ散りて、もたなく珍しき人の御様なり。御簾の吹きあげらるるを人々押へて、いかにしたるにかあらむ、うち笑ひ給へる、いといみじく見ゆ。花どもを心苦しがりて、え見棄てて入り給はず。御前なる人々も、さまざまに物清げなる姿どもは見渡さるれど、目移るべくもあらず。大臣のいと気高くはるかにもてなし給へるは、かく、見る人ただにはえ思ふまじき御有様を、いたり深き御心にて、もしかかることもやと思すなりけり、と思ふに、気配恐ろしうて立ち去るにぞ、西の方より、内の御障子ひきあけて渡り給ふ。




南の御殿でも、お庭のお手入れされた、その時に、吹き出して、株もまばらな小萩が、待っていたにしては、激しい風の吹き具合である。繰り返し吹き、木の葉の露も、少しも残らないほど、吹き散らすのを、少し縁側に近く出て、見ておられる。殿は、姫君のお部屋にいらっしゃる時に、中将、夕霧の君が、こちらにおいでになり、東の渡殿の小障子の上から、妻戸のあいている隙間を、何気なく、覗きになったところ、女房が大勢見えるので、立ち止まり、音もさせずに、見ている。
屏風も風が強く吹いて、畳んで片付けてあるので、中まで、はっきりと見える。その庇の間の御座所に座っていらっしゃる方、何にも間違いようがない。気高く綺麗で、輝く感じで、春の夜明けの露の間から、見事な樺桜が、咲きこぼれているのを、見る思いがする。
情けなくなるほど、拝見している、我が身の顔にまで、降り掛かるように、美貌は一面に広がり、二人とないご立派な姿である。
御簾が、風に吹き上げられるのを、女房たちが、おさえて、どんなことをしたのか、にっこりとしたのは、素晴らしく見える。一面に咲いている、花を心配して、構わずに、中にお入りにならない。お傍の女房たちも、それぞれに皆、小ざっぱりした姿で、並んでいるのが、見えるが、目が移るはずもない。
大臣が、自分をここに近づけず、ずっと離しておられるのは、このように、見る人が、そのままで心を動かさずにはいられない、美しさだから、行き届いた、お方のことで、あるいは、こんなことが起こるかもしれないと、思ってのことだったと、思うと、空恐ろしくなり、歩み離れる、丁度そこに、殿様、源氏が、西の対から、奥の襖を開けて、お入りになった。

この文体は、また格別の味わいがある。

その、比喩の在り様が、実に、美しい。
野分とは、台風のこと。
強い風の吹くことを言う。

春の曙の霞の間より面白き樺桜の咲き乱れたるを見る心地す

何とも、優美で、涼やかである。

物語の楽しみは、その文体にもあるのだ。


posted by 天山 at 05:54| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月02日

もののあわれについて614

源氏「いとうたて、あわただしき風なめり。御格子おろしてよ。男子どもあるらむを、あらはにもこそあれ」と聞え給ふを、また寄りて見れば、物聞こえて大臣もほほえみて見奉り給ふ。親とも覚えず、若く清げになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。女もねびととのひ、あかぬ事なき御様どもなるを身にしむばかり覚ゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ちのきぬ。今参れるやうにうち声づくりてすのこの方に歩み出で給へれば、源氏「さればよ。あらはなりつらむ」とて、「かの妻戸の開きたりけるよ」と今ぞ見とがめ給ふ。「年頃かかる事の露なかりつるを、風こそげに巌も吹き上げつべきものなりけれ、さばかりの御心どもを騒がして、珍しく嬉しき目を見つるかな」と覚ゆ。




源氏は、嫌だね、心配させる風だ。御格子を下ろしてくれ。下男どもがいるだろうに、丸見えだ、と申し上げるのを、もう一度傍によって見ると、何か言って、殿も一緒にほほえんで顔を見ている。自分の親とも思えない。若々しく、綺麗であでやかで、素晴らしい盛りのお姿である。
女、紫の上も、成熟して、何一つ不足のない、お二人の姿である。身に染むほどに感じられるが、こちらの渡殿の格子も、風が吹き出して、立っているところが、丸見えになったので、怖くなり、立ち退いた。
今はじめて、伺ったようにして、咳払いをして、すのこの方に、歩み出て行くと、源氏が、それ御覧、丸見えだっただろう、と、あの妻戸が開いていたなと、今改めて、気付かれる。長年、こういうことは、少しもなかったのだが、風というものは、昔から言うとおり、大きな岩でも、吹き上げてしまうことの出来るものだった。あれほどの、方々の気持ちを騒がして、またとない、嬉しい目を見たものだという、気がするのである。

さばかりの御心ども
源氏と、紫の上のこと。




人々参りて、「いといかめしう吹きぬべき風に侍り。丑寅の方より吹き侍れば、この御前はのどけきなり。馬場のおとど、南の釣殿などはあやふげになむ」とて、とかく事行ひののしる。源氏「中将はいづこよりものしつるぞ」夕霧「三条の宮に侍りつるを、風いたく吹きぬべし、と人々の申しつればおぼつかなさに参り侍りつる。かしこにはまして心細く、風の音をも今はかへりて若き子のやうにえぢ給ふめれば、心苦しさにまかで侍りなむ」と申し給へば、源氏「げに早まうで給ひね。老いても行きてまた若うなること、世にあるまじき事なれど、げにさのみこそあれ」などあはれがり聞え給ひて、源氏「かくさわがしげに侍めるを、この朝臣侍へば、と思ひ給へ譲りてなむ」と御消息聞え給ふ。




男どもが参上して、大変な嵐になりそうでございます。東北の方から吹きますので、こちらは大したことはございません。馬場のおとど、南の釣殿などは、危険でございます。と、何やかにやと、風を防ぐ手立てを講じて、騒ぐ。
源氏は、中将は、何処から来たのだ。夕霧が、三条の宮におりましたが、酷い嵐になりそうだと、皆が申しますので、如何と思い、お見舞いに参りました。三条では、気が弱くなり、風の音も今は、小さな子のように、怖がりますので、お気の毒ですから、あちらへ参ろうと思います、と申し上げると、源氏は、その通りだ。早くあちらにお伺いいたせ。年を取るにつれて、再び幼くなるということは、有り得ないことではあるが、いかにも、そうしたものだな。と、気の毒に思い、申し上げて、このように騒がしい様子でございますが、この朝臣がお傍におりますと考え、これに代理させます、との言伝を申し上げる。

かくさわがしげに侍める
暴風で不安な様子である。

あはれがり聞え給ひて
ここでは、気の毒に思うという・・・
同情する気持ちも、あはれ、という。




道すがらいりもみする風なれど、うるはしくものし給ふ君にて、三条の宮と六条の院とに参りて御覧ぜられ給はぬ日なし。内裏御物忌などにえさらずこもり給ふべき日よりほかは、いそがしき公事節会などの、いとまいるべく事しげきに合はせても、まづこの院の参り宮よりぞ出で給ひければ、まして今日、かかる空の気色により、風のさきにあくがれありき給ふもあはれに見ゆ。宮いと嬉しうたのもしと待ち受け給ひて、大宮「ここらのよはひに、まだかく騒がしき野分にこそ会はざりつれ」と、ただわななきにわななき給ふ。大なる木の枝などの折るる音もいとうたてあり。大殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、「かくてものし給へる事」と、かつは宣ふ。そこら所せかりし御勢のしづまりて、この君をたのもし人に思したる、常なき世なり。今も大方のおぼえの薄らぎ給ふことはなけれど、内の大殿の御けはひはなかなかすこし疎くぞありける。




道々、激しく吹き舞う風だが、しっかりした性格の方で、三条の宮と、六条の院に、伺って、お目通りしない日はない。宮中の御物忌みなどで、やむを得ず、出られない場合以外は、忙しい仕事や行事などの、時間がかかる用事が多い時も、まず、この院に参上し、三条の宮に回り、そこからお出になるので、そして今日は、このような空模様なので、風の先に立ち、落ち着かずに、歩き回るのも、けなげに感じられる。
宮は、大変嬉しく、お待ちになっていて、こんな年になるまで、まだこのように、酷い野分には遭わなかった、と、ただ、震えてばかりいる。
大きな木の枝などが折れる音も、まことに、嫌な感じである。御殿の瓦まで、一枚も残らないほど、吹き荒れるが、大宮は、こんな時に、来てくださった、と、ふるえながらおっしゃる。辺り一面に、満ち溢れていた御威勢が、今は、ひっそりとして、この君を頼りにしているとは、儚い世の中である。今も、一般の評判が悪くはないが、内大臣の態度は、親子なのに、かえって少し、粗雑のようである。




中将、夜もすがら荒き風の音にもすずろにものあはれなり。心にかけて恋しいと思ふ人の御事はさしおかれて、ありつる御面影の忘られぬを、こはいかに覚ゆる心ぞ、あるまじき思ひもこそ添へ、いと恐ろしき事、とみづから思ひ紛らはし他事に思ひ移れど、なほふと覚えつつ、来し方行く末あり難くもものし給ひけるかな、かかる御なからひに、いかで東の御方、さる物の数にて立ち並び給ひつらむ、たとしへなかりけりや、あないとほし、と覚ゆ。大臣の御心ばへをあり難しと思ひ知り給ふ。人がらのいとまめやかなればにげなさを思ひ寄らねど、さやうならむ人をこそ同じくは見て明かし暮らさめ、限りあらむ命の程も今少しは必ず延びなむかし、と思ひ続けらる。




夕霧は、一晩中、激しい風の中で、ものあはれ、を感じている。前々から、恋しいと思う人のことを、忘れたわけではないが、先ほどのお姿が忘れられないのである。これは、何とした事か、けしからんことだ。まことに恐ろしいと、気を紛らわそうとするが、それでも、またふっと、浮かんでくる。昔も今も、二人といないお方だ。あれほどの夫婦仲に、どうして東の御方、花摘里が、女君の一人として肩を並べられるのか。比べ物にならないだろう。可哀想にと、思う。そして、殿のなさり方を、ご立派だと理解する。
夕霧は、生まれつき、誠実な性格なので、けしからぬことは考えないが、あれくらいの人を、同じ結婚するなら、相手にして、一日一日を送りたい。限りある命も、きっと少しは延びるだろうと、次々と思いが浮かぶ。

すずろにものあはれ
何となく、寂しい気持ち・・・
しんみりする・・・

花摘里は、夕霧の義母として、お世話をしている。

posted by 天山 at 05:10| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月03日

もののあわれについて615

暁方に風すこししめりて村雨のやうに降り出づ。「六条の院には離れたる屋ども倒れたり」など人々申す。風の吹きまふほど、広くそこら高き心地する院に、人々、おはします大殿のあたりにこそ繁けれ、東の町などは人ずくなに思されつらむと驚き給ひて、まだほのぼのとするに参り給ふ。道のほど横ざま雨いとひややかに吹き入る。空の気色もすごきに、「あやしくあくがれたる心地して、何事ぞや、またわが心に思ひくははれるよ」と思ひいづれば、いと似げなき事なりけり、あなものくるほし、と、とざまかうざまに思ひつつ、東の御方に先づまうで給へれば、おぢ困じておはしけるに、とかく聞えなぐさめて、人召して所々つくろはすべき由など言ひおきて南のおとどに参り給へれば、まだ御格子も参らず。




明け方に、風は少し湿気を含み、雨が村雨のように降り出す。六条の院では、離れている建物が、幾つも倒れた、などと、人々が報告する。風が吹き荒れている間、広々として、幾棟も高い六条の院で、召使どもが、殿のいらっしゃる御殿近くに、大勢いようが、東の町などは、人が少なく、心細く思われるだろうと、気付き、まだ東の空が、ほんのりとする前に、お出でになる。
その途中、横殴りの雨がとても冷たく吹き込む。空の様子も恐ろしく、とても変で、魂と雲と共に迷い出てゆきそうである。何と言うことか。もう一つ、自分に、物思う心がついたのだ、と、意識する。まことにけしからんことだ。何と狂気じみている。と、あれこれ思いながら、東の御方、花摘里に、お出でになると、怖がりきっている。色々と、気持ちの安らぐように申し上げ、下男を呼び、あちこちと、修繕するところを命じる。そして、南の御殿に上がられると、まだ格子も上げていない。

いと似げなき事なりけり
紫の上を思うことである。




おはしますにあたれる高蘭におしかかりて見渡せば、山の木どもも葺きなびかして枝ども多く折れふしたり。叢はさらにもいはず、ひはだ、瓦ねところどころのたてじとみ、透垣などのやうのもの乱りがはし。日のわづかにさし出でたるに、憂へ顔なる庭の露きらきらとして、空はいとすごく霧り渡れるに、そこはかとなく涙の落つるを、おしのごひ隠してうちしはぶき給へれば、源氏「中将の声づくるにぞあなる。夜はまだ深からむは」とて、起き給ふなり。何事かあらむ、聞え給ふ声はせで、大臣うち笑ひ給ひて、源氏「いにしへだに知らせ奉りずなりにし暁の別れよ。今ならひ給はむに心苦しからむ」とて、とばり語らひ聞え給ふけはひどもいとをかし。女の御いらへは聞えねど、ほのぼの、かやうに聞えたはぶれ給ふ言の葉のおもむきに、ゆるびなき御中らひかな、と、聞きい給へり。




二人のおいであそばすお部屋の前にある、高蘭に寄りかかり、お庭を見ると、築山の木を何本も吹き倒し、枝が沢山折れていた。草むらは、言うまでもなく、ひわだ、瓦、たちこちの垣根、透垣なども倒れて、散乱している。
日が少しばかり差してきて頃、心配顔の庭が、きらきらと輝いて、空一面に霧がかかって、何となく、涙が落ちる。それを押しぬぐい、咳払いをすると、源氏が、中将が来ているようだ。夜はまだ深いことであろうに、と、起きるようである。何事かと、おっしやり、お声は聞えないが、殿が笑い、昔でさえ、知らせずに終わった暁の別れ。今頃いつもになっては、大変だろう、と、しばらくの間、話し合っている様子は、また素晴らしい。女の返事は聞えないが、かすかながらも、このように冗談を言っている、やり取りの様子で、水も漏らさぬ仲だと、聞き入っていた。

ゆるびなき御中からひ
隙のない関係である。




御格子を御手づからひきあげ給へば、気近きかたはらいたさに立ちのきて侍ひ給ふ。源氏「いかにぞ、よべ宮は待ち給ひきや」、夕霧「しか、はかなきことにつけても涙もろにものし給へばいと不便にこそ侍れ」と申し給へば、笑ひ給ひて、源氏「今いくばくもおはせじ、まめやかに仕うまつり見え奉れ。内の大臣はこまかにしもあるまじうこそ憂へ給ひしか。人がらあやしうはなやかにををしき方によりて、親などの御孝をもいかめしき様をばたてて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深き所はなき人になむものせられける。さるは心のくま多くいとかしこき人の、末の世に余るまで才類なく、うるさながら、人としてかく難なき事はかたかりける」など宣ふ。源氏「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮にはかばかしき宮司など侍ひつらむや」とて、この君して御消息聞え給ふ。源氏「夜の風の音はいかが聞しめしつらむ。吹きみだり侍りしにおこりあひ侍りていと堪えがたき、ためらひ侍る程になむ」と聞え給ふ。




御格子を殿ご自身で上げられるので、あまりお傍近くて、具合が悪いと思い、立ち退いて、控える。源氏は、どうだった、昨夜は宮はお待ちで喜んでいただろう。夕霧は、さようでございます。ほんの少しのことでも、すぐ、涙を流しまして、まことに困ります。と、申し上げると、笑い、もう、大して長くもないだろう。ねんごろにお仕え申し、精々、お伺いすることだ。内大臣は、細かいところまで気をつけてくれないと、苦情を言っていた。性格は、凄く派手で、テキパキとするようだが、親に孝行なども、仰々しくする。世間の目を、驚かせようとする気持ちがあり、本当に心からの、親身さはない人だ。実は、策略に富んでいる、頭の良い人で、この末世には、もったいないほど、学問も並ぶ者がなく、気難しいところはあるが、人しては、これほど欠点がないのは、いないようだ、などと、おっしゃる。
源氏は、大変酷い風だったが、中宮の所には、役に立つ役人などは、いただろうか。と、この君を、お使いに、お手紙をことづける。
源氏は、昨夜の風の音は、どのように、お聞きあそばしたことでしょうか。吹き荒れて、おりました時に、持病がおこりまして、参上をためらっておりますところです。と、申し上げになる。

おこりあひ侍りて
おこり、とは、神経痛のようなもの。




中将おりて、中の廊の戸より通りて参り給ふ。朝ぼらけのかたち、いとめでたくをかしげなり。東の対の南のそばに立ちて御前の方を見やり給へば、御格子二間ばかりあげて、ほのかなる朝ぼらけの程に御簾巻き上げて人々居たり。高蘭におしかかりつつ若やかなる限りあまた見ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明けぐれのほど、いろいろなる姿はいづれともなくをかし。童べおろさせ給ひて虫の籠どもに露かせ給ふなりけり。しをん、なでしこ、濃き薄きあこめどもに、をむなへしのかざみなどやうの、時にあひたるさまにて四五人つれて、ここかしこの叢によりていろいろの籠どもを持てさまよひ、なでしこなどのいとあはれげなる枝ども取りもて参る、霧のまよひはいとえんにぞ見えける。




中将、夕霧は、縁からおりて、中の廊の戸を通り、お出でになる。朝日を受けた姿は、立派であり、見事だ。東の対の南側に立ち、寝殿の方を遥かに見ると、御格子を二間ほど空けて、ほんのりとした弱い朝日の光の中に、御簾を巻き上げて女房たちが、座っている。
高蘭に寄りかかり、若々しい女房ばかりで、大勢が見える。くつろいだ姿は、よく見れば、どのようなのかわからないが、ぼんやりした夜明け前の暗さでは、色々な美しい色の衣装を着ている姿は、どれも、見事である。女の童を庭に下ろして、虫篭を幾つも持たせて、露をやっているのである。紫苑、撫子、紫の濃いものや、薄いものや、あこめの上に、女郎花のかざみなどを着た、季節に相応しい服装で、四、五人連れ立って、あちこちの草むらに近づき、色とりどりの虫篭を持って、歩き回り、撫子などの、見るからに痛々しい枝を何本も取って、持って来る姿が、霧の中にかすんで見えるのは、実に、妖艶な気色である。

なでこしのいとあはれげなる枝ども
撫子のとても、あはれ、なる・・・つまり、痛々しい、酷い・・・などの意味として考える。

いとえんにぞ見えける
とても、艶に見えるのである。


posted by 天山 at 05:38| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

もののあわれについて616

吹きくる追風は、しをにことごとににほふらむ香のかをりも、ふればひ給へる御けはひにやと、いと思ひやりめでたく心げさうせられて、立ち出でにくけれど、忍びやかにうちおとなひて歩み出で給へるに、人々けざやかに驚き顔にはあらねど、皆すべり入りぬ。御まいりの程など、童なりしに入り立ち慣れ給へる、女房などもいと気疎くはあらず、御消息啓せさせ給ひて、宰相の君、内侍などけはひすれば、私事も忍びやかに語らひ給ふ。これはた、さいへど気高く住みたるけはひ有様を見るにも、さまざまに物思ひいでらる。




そのあと、風がこちらに吹いてくると、紫苑の花の全てが匂うように、香の匂いで、これは、中宮が、おふれになったことであろうか。そう思うと、大変素晴らしい気がして、つい緊張する。出て行きにくく、小声で挨拶して、静かに歩を進めると、女房たちは、際立って狼狽する風ではないが、一同、奥に入ってしまった。
入内された時は、まだ子供だったので、御簾の中に入り、いつも一緒にいらしたものだから、女房たちも、よそよそしくない。お言葉をお耳に入れるようにおっしゃり、宰相の君、内侍などがいる様子がするので、私事を小声で、お話あいになる。中宮も、こちらで、何と言っても、上品で過ごされている様子をみると、色々なことを思うのである。

さまざまに物思ひいでらる
つまり、自分の好きな人のことなどである。




南のおとどには、御格子まいり渡して、よべ見棄て難かりし花どもの行く方も知らぬやうにてしをれふしたるを見給ひけり。中将御階に居給ひて御返り聞え給ふ。秋好「荒き風をもふせがせ給ふべくやと若々しく心細く覚え侍るを、今なむなぐさめ侍りぬる」と聞え給へれば、源氏「あやしくあえかにおはする宮なり。女どちはもの恐ろしく思しぬべかりつる夜の様なれば、げにおろかなりとも思いてむ」とて、やがて参り給ふ。御直衣など奉るとて御簾ひきあげて入り給ふに、短き御凡帳ひきよせてはつかに見ゆる御袖口は、さにこそはあらめと思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するもうたてあれば、外ざまに見やりつ。殿御鏡など見給ひて、忍びて、源氏「中将の朝けの姿はきよげなりな。ただ今はきびなるべき程を、かたくなしからず見ゆるも心の闇にや」とて、わが御顔はふり難くよし、と見給ふべかめり。




南の御殿では、御格子を上げて、昨夜見難かった、花が、見る影も無くしおれ伏しているのを、見ていらっしゃった。中将、夕霧は、階段に座して、お返事を申し上げる。激しい嵐でも、防いで下さることと、子供のように心細く思っていましたが、やっと、気が休まりました、とお伝えすると、源氏は、妙に気が弱くなっている宮様だ。女ばかりでは、空恐ろしく思ったに違いない、夕べの荒れ方だから、お言葉通り、放っておいたと思ったのだろう。と、すぐにお出かけになる。
御のうしなどをお召しになるため、御簾を引き上げて中に、お入りになる時に、短い御凡帳を傍に引き寄せて、ちらっと見える袖口は、紫の上に違いないと思うと、胸がどきどきする。よくないことと、視線をそらせた。
源氏は、お鏡などを御覧になり、小声で、中将の朝の姿は、綺麗だ。ほんの子供のはずなのに、悪くなく見えるのは、親心の迷いかと、おっしゃり、自分の顔は年を取らなず、美しいと、御覧になっている様子である。

秋好、とは、秋を好む、中宮のこと。




いといたう心げさうし給ひて、源氏「宮に見え奉るは恥づかしうこそあれ。何ばかりあらはなるゆえゆえしさも見え給はぬ人の、おくゆかしく心づかひせられ給ふぞかし。いとおほどかに女しきものから、気色づきてぞおはするや」とて、出で給ふに、中将眺め入りて、とみにも驚くまじき気色にて居給へるを、心とき人の御目にはいかが見給ひけむ、立ちかへり、女君に、源氏「昨日風のまぎれに、中将は見奉りやしてけむ。かの戸のあきたりしによ」と宣へば、面うち赤みて、紫上「いかでかさはあらむ。渡殿の方には人の音もせざりしものを」と聞え給ふ。源氏「なほあやし」とひとりごちて渡り給ひぬ。御簾のうちに入り給ひぬれば、中将、渡殿の戸口に人々のけはひするに寄りて物など言ひたはぶるれど、思ふ事の筋筋嘆かしくて、例よりもしめりて居給へり。




とても心づかいされて、源氏は、中宮にお目にかかるのは、気が引ける。なんといっても、目につくほどの、特徴を持っていると見えないお方だが、何か奥にありそうな気がして、つい緊張してしまう。まことにおおようで、女らしい方なのに、うっかり出来ないお方だ。とおっしゃり、外に出られると、中将は、物思いに沈み、急に気付きそうも無い様子で、座り込んでいる。すぐ気のつく方には、どのように見えるのか。源氏は戻り、女君に、昨日の風が吹いた騒ぎで、中将は、あなたを見たのではないか。あの戸が開いていたからと、おっしゃると、紫の上は、顔を赤らめて、どうしてそんなことがありましょう。渡殿のほうに人の物音もしませんでした。とおっしゃる。源氏は、それでも、変だ、と独り言を言って、お出かけになる。
中宮の御簾の中にお入りになったので、夕霧は、渡殿の戸口に女房たちがいるらしいので、近寄り、冗談を言ったりするが、あれを思い、これを思えば、たまらなくなり、いつもより、沈み込んでいらした。




こなたよりやがて北に通りて、明石の御方を見やり給へば、はかばかしき家司だつ人なども見えず、なれたる下仕どもぞ草の中に交りてありく。童べなど、をかしきあこめ姿うちとけて、心とどめ、取りわきうえ給ふりんどう、朝顔のはひ交れるませも、みな取り乱れたるを、とかく引き出でたづぬるなるべし。物のあはれに覚えけるままに、筝の琴をかきまさぐりつつ、端近う居給へるに、御さきおふ声のしければ、うちとけなえばめる姿に小うちぎひきおとしてけぢめ見せたる、いといたし。端の方につい居給ひて、風の騒ばかりをとぶらひ給ひて、つれなく立ちかへり給ふ、心やましげなり。

明石
おほかたに 萩の葉すぐる 風の音も うき身ひとつに しむ心地して

と、ひとりごちけり。




こちらから、そのまま北に抜けて、明石の御方のお住まいを、御覧になると、家司の者も見えず、物慣れた下女たちが、草を分けて、あちこちと、後始末をしている。女の童など、美しいあこめ姿でくつろぎ、心を込めて、特別に植えている、リンドウ、朝顔などが、丈の低い垣根に這ったまま、あちこちに倒れて、ばらばらになっているのを、あれこれと引き出して、元の姿を探しているのだろう。
心打たれるままに、筝の琴をもてあそびつつ、縁近くに座っているところを、お先払いの声がしたので、くつろいだ普段着に、小うちぎを掛けて、けじめを見せたところ、立派である。
縁近くに膝をついて、風のお見舞いをおっしゃっただけで、源氏は、無情にもお立ち帰る。胸を痛めることだろう。

明石
意味なくも、荻の葉を通り過ぎる、風の音も、情けない、我が身に染み入る気がします。

と、独り言を言うのである。


posted by 天山 at 00:13| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月05日

もののあわれについて617

西の対には恐ろしと思ひ明かし給ひける名残に、寝すぐして今ぞ鏡なども見給ひける。源氏「ことごとしく前な追ひそ」と宣へば、殊に音せで入り給ふ。屏風なども皆たたみよせ、物しどけなくなしたるに、日のはなやかにさしいでたるほど、けざけざともの清げなる様して居給へり。近くい給ひて、例の風につけても同じ筋にむつかしう聞えたはぶれ給へば、堪へず、うたてと思ひて、玉葛「かう心憂ければこそ今宵の風にもあくがれなまほしく侍りつれ」とむつかり給へば、いとよくうち笑ひ給ひて、源氏「風につきてあくがれ給はむや、軽々しからむ。さりともとまる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。道理や」と宣へば、「げにうち思ひのままに聞えてけるかな」と思して、自らもうち笑み給へる、いとをかしき色あひつらつきなり。頬づきなどいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々美しう覚ゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その外はつゆ難つくべうもあらず。




西の対では、一晩中、恐ろしいと思い明かした。その気持ちのままに、朝寝してしまい、今、鏡に向っていた。源氏は、大げさに先払いするな、とおっしゃるので、大きな音を立てず、お入りになる。屏風なども、皆、隅に寄せて、乱雑にしてあるところへ、朝日が鮮やかに、照らした中に、くっきりと、美しい感じで座っておられる。
その傍に座り、おきまりの、風の見舞いをおっしゃりながら、いつもの、恋人のように、うるさい冗談を言うので、聞くに耐えず、嫌に思い、こんなに情けないので、夕べの風と一緒に、行ってしまいたいと思いましたと、機嫌を悪くすると、すっかり笑顔になり、源氏は、風の吹くままに、行ってしまうとは、軽過ぎるでしょう。それにしても、落ち着く先があるのでしょうね。次第に、このような気持ちになってきたのですね。無理もない。とおっしゃると、お言葉通り、心に浮かぶままに申し上げたと思い、自分も笑顔になりつつ、大変可愛らしい顔色で、表情である。ほおずきのように、ふっくらとして、髪がかかっている隙から見える肌が、美しく思われる。目つきがにこやか過ぎるのが特に上品とは、見えないのである。それ以外に、非難のしようがない。

最後は、作者の言葉である。




中将、いとこまやかに聞え給ふを、いかでこの御容貌見てしがな、と思ひ渡る心にて、すみのまの御簾の凡帳は添ひながらしどけなきを、やをら引きあげて見るに、紛るるものどもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かくたはぶれ給ふ気色のしるきを、「あやしのわざや。親子と聞えながら、かくふところ離れずもの近かべき程かは」と目とまりぬ。「見や付け給はむ」と恐しけれど、あやしきに心もおどろきてなほ見れば、柱がくれに少しそばみ給へりつるを、引きよせ給へるに、御髪のなみよりてはらはらとこぼれかかりたる程、女もいとむつかしく苦しと思ひ給へる気色ながら。さすがにいとなごやかなる様して寄りかかり給へるは、ことと馴れ馴れしきこそあめれ。「いであなうたて。いかなる事にかあらむ。思ひよらぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見馴れおほしたて給はぬは、かかる御思ひ給へるなめり。うべなりけりや。あなうとまし」と思ふ心も恥づかし。




中将、夕霧は、源氏がしきりに話し込んでいるので、何とか、こちらの器量を見たいものだと、前々から思っていたので、隅の間の御簾が、凡帳が奥に立ててあるが、きちんとしていないので、そっと持ち上げて、中を覗くと、邪魔なものも片付けてあるので、大変よく見える。
このように、ふざけている様子が、はっきりと解るので、変なことだ。親子とはいえ、このように、抱かかえるほどに、近くいてよい年だろうか、と目に留まった。
見つけられないかと、恐ろしいが、変なので、驚き、そのまま見ていると、柱に隠れて、少し横を向いていた女君、玉葛が、源氏を引き寄せると、御髪が、はらはらと着物にこぼれかかったところ、玉葛も、嫌だ、困ると、思っているようだが、それでも、穏やかな様子で、源氏に寄りかかっているのは、特別慣れ親しんだ仲なのだろう。
いやいや、酷い。どういうことなのか。女には、抜け目無くしていられる方だから、生まれた時から、育てにならなかった人には、このような考えもおこすのだろ。なるほど、ああいやだ、と、そう思う自分も恥ずかしくなるのである。

源氏と玉葛の二人の様子を見て、夕霧が驚き、そして、恥ずかしくなるのだ。




女の御さま、げにはらからといふとも、すこし立ちのきてことはらぞかしなど思はむは、などか心あやまりもせざらむ、と覚ゆ。きのふ見し御けはひにはけおとりたれど、見るに笑まるる様は立ちも並びぬくべき見ゆる。八重山吹きの咲き乱れたるさかりに露のかかれる夕映ぞ、ふと思ひいでらるる。折にあはぬよそへどもなれど、なほうち覚ゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたるしべなども交るかし。人の御容貌のよきたとへむかたなきものなりけり。御前に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひ聞え給ふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ち給ふ。女君は、
玉葛
吹き乱る 風のけしきに をみなへし しをれしぬべき 心地こそすれ

くはしくも聞えぬに、うち誦じ給ふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見はてまほしけれど、近かりけりと見え奉らじと思ひて、立ち去りぬ。
御かへり

源氏
した露に 靡かましかば をみなへし 荒き風には しをれざらまし

なよ竹を見給へかし」など、ひが耳にやありけむ。聞きよくもあらずぞ。




女、玉葛の様子は、兄妹といっても、少し縁薄く、腹違いなのだと思うと、どうして間違いを起こさないであろうかと、思われるほどだ。
昨日見た、紫の上の器量には及ばないが、一目見れば、にっこりしてしまう様は、同格だと見える。
八重山吹きの咲き誇る盛りに、露がかかり、そこに夕日が輝く美しさが、ふっと、思い浮かぶのである。季節に合わないたとえだが、そんな感じがするのだ。
花は、美しいといっても、限りのあるもの。ばらばらになったり、しべなども、ないではない。でも、人の姿の美しいことは、例えようもないこと。
御前には、誰も出て来ないので、しんみりと小声で話し合っている。そして、どうしたわけか、急に真面目になり、お立ちになった。女君が、

そこらを吹き荒らす風のせいで、女郎花は、しおれて枯れてしましそうな気持ちがします。

はっきりとは、聞えないが、源氏が、口ずさむのが耳に入ると、疎ましいものの興味が湧くので、このまま最後まで、見ていたいのだが、源氏が、傍にいたいと思われると困ると思い、立ち離れた。
御返事
人知れず、愛情を受け入れるなら、女郎花は、世間の荒い風に、しおれることはないだろう。
なよ竹を見なさい、など、聞き違いだろうか。あまり、聞きよいやり取りではないと思われる。

なよ竹、とは、風が吹いても、折れることはない、の例えである。

複雑な心境の、夕霧を描くのである。


posted by 天山 at 00:14| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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