2014年03月18日

神仏は妄想である。467

福音書を書いた者は、誰か・・・

彼らが教育程度の高い、ギリシャ語を話す人びとであったことは、論を待たない。福音書がもともとアラム語で書かれていたと考える学者もいることはいる。しかし、今日では、様々な専門家、言語的理由から、全ての福音書はギリシャ語で書かれたというのが大方の見方である。
アーマン

福音書が一貫したテーマを持つ物語である。
物語を構築し、技法を持って文学的な目的を遂行する術を持つ。
つまり、相当な、教育程度を必要とする。
すると、イエスの弟子などが、書ける訳がないことが、解る。
更に、その付近の者たちも、である。

後世のキリスト教徒が、書いたのである。

彼らがパレスチナの地理やユダヤ教徒の慣習に疎いことから、パレスチナではない帝国のどこかで福音書を執筆したのだと推測できる。
アーマン

何度も、言うが、神の霊感に導かれて・・・などというものではない。
明らかに、作為があるのだ。

こうして、研究により、福音書の正体が、明らかにされている。
さて、どうするか・・・

物語、文学的という、表現は、的を当てている。
それ以上のものではない。

そこで、私は言う。
それでも、聖書、福音書は、二千年の時を過ごして、多くの人々に、影響を与えてきた。特に、野蛮な白人に影響を与え、更に、道徳的、倫理的な導を作った。
それに、意義がある。

勿論、そのキリスト教を利用して、一時期は、とてつもない、人種差別による、虐殺を行なったが・・・

西欧の伝統的読み物と言っていいだろう。

現在も、野蛮な白人に行動の規範を与えているという、意義も大きい。

そして、信仰という、魔物を与え続けている。とても、良いことだ。

だから、私は、個々の信仰に対して、云々する者ではない。
更に、宗教を否定もしない。
ただ、私は、神仏は妄想である、という、エッセイを書き続けている。

人間は、進化の過程で、必要なものを、作り続けてきた。
それで、いい。
宗教も、その一つである。

神仏を信じる人が、存在する事は、何も問題がないのである。

人間は、それほどに、弱い者である。
実に、か弱いのである。
命凛々としていた時代が過ぎて、老年に達すると、更に、気が弱くなり、そして、死を恐れる。
そこに、妄想の神仏がいても、致し方ないのである。

痴呆になるのも、自然な姿である。
死ぬのが、怖いのだから。

痴呆になるも、妄想の神仏に頼ろうが、死ぬまで、人間は、そして生きることは、辛いものである。

そういう存在の人間に対して、日本では、もののあはれ、という、心象風景が言われた。
人間の存在が、あはれ、なのである。
その、あはれ、といものを、じっと見つめ続ける行為に、日本人は、救いを見た。

生きとし生けるもの、すべてに、あはれ、という心象風景を見たのである。

そこに、特別な言葉の世界は無い。
あっては、ならないのである。
あれば、それは、人間の傲慢不遜であり、生まれて死ぬ存在であることを、ただ、見つめるだけが、人間の出来ることであると。

そこから、福音書の言葉の数々を眺めると、実に、不思議な言葉の世界が広がる。
福音書の作者は、イエスに言わせる。
私は、道であり、真理であり、命である。

ユダヤ教徒が、驚いたのは、神であるといわれたイエスの存在が、冒涜であるというもの。今も、ユダヤ教徒は、イエスをメシアと認めない。

ユダヤ教の神が、ユダヤ民族の神であるように、イエス・キリストも、西欧の神として。作られたものなのである。

仏陀という者も、大勢存在したが・・・
釈迦仏陀として、作り上げた、その心。

人間とは、実に憐れなものなのである。

生きるにも、幻想と妄想が必要な存在なのである。
それで、いい。

何せ、自己幻想ほど、激しいものは無い。
幻想と妄想の中に生きるしか、術がないのである。
更に、悲劇的なことは、死によって存在が虚無にならないことである。

想念というものが、残る。
それを霊と言ってもいい。

もし、消滅するとしたら・・・
この宇宙が消滅するしかない。

更に、宇宙外に出るしかない。
そんなことは、出来ないのである。
宇宙大の意識になっても、消滅出来ないのである。

その証拠が、神仏である。
その、神仏を私は、妄想だと言う。

神仏が宇宙に充満しているという、馬鹿がいるが・・・
それこそ、そこから、出るに出られない存在が、人間なのである。

宇宙というのも、神や仏である・・・云々・・・
そうして、人間は、辛うじて、幻想と妄想の中で、生きられる。

ここで言うのは、大乗仏教の無、空の、考え方ではない。

人間は、人間の頭の中で、捏ね繰り回したもの、考え方しか、出来ないのである。

人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり
平家物語 敦盛の段

人間とは愚かなもの




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2014年04月10日

神仏は妄想である。468

今までの、まとめのような言葉を、アーマンの言葉から、借りる。

歴史的・批判的アプローチは、「正典」たる聖書が、成立した当時の形で残っていない、つまりオリジナルではないという考えに根ざしている。正典とは、ある意味信者にとって権威がある、一冊の書物に編纂された一連の書のことである。
パウロが教会に向けて書簡を書いていたときには、聖書を書いているという意識はなかった。彼は、その時々の必要に迫られて、自分の考えや信仰や説教に基づいて、手紙を書いているつもりだった。
これらの書簡がまとめられ、それらに霊感が吹き込まれていると考えられるようになったのは、後世になってからのことだ。福音書についても事情は同じだ。実名は何であれ、マルコも、自分の著作物が他の三つの福音書と共にまとめられ、聖書と呼ばれることになるとは、夢にも思っていなかった。
当然、別の国の他のキリスト教徒が三十年後に違うコンテクストで書いたものに照らして、自分の書が解釈されるなんてことも、考えもしなかった。
マルコが、自分の書が他のものとは別個の作品として読まれ、理解されることを望んでいたことに、疑問の余地はない。マタイ、ルカ、ヨハネおよびそのほかの新約聖書の記者も同様に考えていた。

歴史的・批判的方法は、各書をそれ自体として読まないと、誤読する危険があるという考えを大前提としている。記者の伝えたいことをほかの記者のメッセージと同一視し、新約聖書を二十七の書からなる書物としてではなく、一つの本として読むことに固執すると、私たちは間違った解釈をしてしまう。
聖書を構成する書は、異なる時代や地域の様々な状況下で、別個の問題を論じるために書かれている。記者もばらばらなら、彼らの見方、信仰、思い込み、伝統、出典もばらばらだ。そして、肝心要の事柄をめぐる見解も、一つとは限らない。
アーマン 改行は私

これが、聖書に対する、冷静な、見方である。

あらゆる宗教の、正典というものは、後付で、何とでも解釈する。
屁理屈付けであるが・・・

信じ込ませるためには、どんな嘘も付く。
何故なら、信じ込ませれば、こっちのものだから、である。

一度、信じ込ませると、後が実に楽である。
次は、どんなことも、信じるからだ。

信じる人は、確実に、騙されるのである。

そうして、キリスト教、あらゆる宗教は、捏造の上塗りをし続けてきた。
それは、宗教の定めである。
大宗教から、新興宗教まで・・・

キリスト教に搾って言えば、初期キリスト教では、伝承を細くするため、権威的な文書を、多く捏造した。

特に、二世紀には、それが甚だしい。
パウロの名を借りて、捏造された多くの文書。
更に、福音書は、イエスの初期の頃を、何も語っていないがため、幼少期のイエスの物語を、作り上げる。
それが、突然、出現するという、驚き。

トマスという名の人物よって、書かれたものだ。
これは、シリアのキリスト教徒に伝わる伝承から、イエスの兄弟ユダが、彼の双子の弟、ユダ・トマスだったとされていることから、付けられた。
ちなみに、トマスとは、双子という意味。

このイエスの、幼少伝は、イエスが五歳の頃からの、面白い、冒険譚である。

だが、正典にはされなかった。
奇想天外過ぎたから・・・

面白いのは、偽文書に対抗するために、更に、捏造した文書が出されたという、驚きである。

こうなると、ウソを付いた方が、勝つようである。
そうして、大嘘の、正典を作り上げたという。

ナザレのイエスが、キリストに変容して行く過程・・・
のみならず、キリスト教を作り上げてゆく過程・・・

偽文書・・・
これが、曲者だ。

偽文書に対抗するために、捏造される、テキスト・・・
一々、例を上げる暇は無い。

ただ、四世紀初頭に、「ピラト行伝」という、反キリスト教の、異教の偽文書が作成された。

この文書では、イエスが当然の報いを受けたことを示すため、ローマ人の視点から、イエスの裁判と処刑の物語が語られる。広く読まれたという。

その直後、同じく、ピラト行伝と呼ばれる、キリスト教の文書が現れた。
この文書では、ピラトがイエスに、同情する。あらゆる罪状に関して、無罪であるとし、熱心に、イエスを釈放するように、要求している。

こうした行為は、続々と出た。

四世紀に、使徒憲法、と呼ばれるテクストが作成された。
使徒が死んで、三百年後であるが、イエスの死後、使徒が書いたとされた。

そこでは、使徒が書いていないのに、そうであるとされている文書を読むべきではないと、記される。
全く・・・

如何ともし難い、連中である。

そして、ウソも本当も、何も無い上に立って、神学なるものを、作り上げたという、根性は、尋常ではない。
その、尋常ではない行為を、宗教は、平然とするのである。

ウソから出た、誠、という、ことわざがある。
人間の行為にもはそういうことも有り得るだろうが・・・

一体、キリスト教徒は、何を信じているのか・・・
唯一の神、そして、神であるイエス、聖霊・・・
教会が、作り上げた、様々な蒙昧を信じている。

新約聖書が、こうであれば、それ以前の、旧約聖書は、もっと、酷いだろう。
それを、歴史の書として、受け容れることは、全く出来ないのである。

神話文学である。
それ以上ではない。
posted by 天山 at 06:03| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

神仏は妄想である。469

歴史的観点からすれば、いくつかの偽文書が、まんまと正典入りしたことを疑う理由はない。なぜなら、新約聖書以外にも、偽文書はごまんとあるのだから。
アーマン

ところが・・・
カトリック信者、プロテスタント信者、その他の、キリスト教徒は・・・
正典以外を、偽文書だと言う。

中には、プロテスタントの一派が、外典を取り入れているグループもあるには、あるが。

正典以外の、外典を、偽文書・・・だと、言い切れるのか・・・
更に、その正典というものの、信憑性となると、誰も、何も言えないのである。
証拠も、根拠も無い。

初期教会では、様々な見解を持つキリスト教徒が大勢いたが、そのほとんどは、後に異端とされる。
アーマン

と、いうことだ。
その、異端とは、権力によって、成り立った。

ローマ皇帝と、白人キリスト教徒が、グルになって、行なったものである。

現在の、ローマカトリックは、パウロの教えが主流である。
ところが、そのパウロの書簡の一部が、偽物であることだ。

正典に収録された六つの書簡の作者が、実は、パウロではない。

だから、教えを変更するか・・・
出来ないのである。
すでに、既成事実になっている。
あるいは、変更したならば、カトリック神学が、崩れる。

アーマンの解説から・・・
「テサロニケの信徒への手紙二」は、パウロの六つの書簡の中でも、その作者を巡って最も熾烈な論争が繰り広げられた。
この手紙二は、パウロが書いたことが、ほぼ確実な、「テサロニケの信徒への手紙一」と酷似している。

あまりに似ているため、作者は、これを書く際に、手紙一を参考にし、そこに書かれている内容とは、かけ離れた内容を付け足したと、考える学者もいる。

この二つの書簡の共通点は、古代文書が捏造されたかどうかを証明する際に、学者が直面するある一つの問題を浮き上がらせた。偽造に長けた者なら誰しも、当然、自分が成りすましている人物の作品に見えるよう、最善を尽くして偽書を作るであろう。ある偽作者は、他の者よりも優秀に違いない。しかし、もし誰かがその技に抜きん出ているなら、少なくとも文体については、彼の偽造行為を証明するのは難しい。
アーマン

しかし、パウロを真似ながら、パウロとは違う、神学論を展開するのだ。

それは、沢山の理由が、考えられる。
教会を取り巻く状況が変化した・・・
パウロの思想を理解出来ず、誤解した・・・

「テサロニケの信徒への手紙二」が、パウロの手によるものではないとみなす、主要な根拠は、「テサロニケの信徒への手紙一」で、パウロ自身が語ることと、矛盾しているからである。

それは、主の日が更に来てしまった、ことに対する反論である。

語り掛けられている、キリスト教徒は、この時代の終焉、すなわちイエスが栄光に包まれて、戻ってくるときが、すぐそこまで来ていると、信じていたようである。

作者は、この間違った認識を正すため、この書簡を書いている。

そこで、書簡の二章では、終末が到来する前に起こる、出来事が列挙されている。

終末は来ておらず、すぐに来るわけでもない。終末に先立ち、はっきりとした、前兆が現れる・・・

キリスト教の新興宗教が、今も、それを行なっているようだ。

イエスが、神の国が近づいた、悔い改めて・・・と言った。
それを、今すぐのことだと、思った。
実際、イエスも、それを信じていた。

ところが・・・
いつまでも、来ない。
それどころか、イスラエルが滅ぶ。

「テサロニケの信徒への手紙一」では、パウロが、終末がすぐに訪れると、書いてあるのだ。
イエスが、戻ってくる前に、死んでしまった教会メンバーもいた。信徒は、戸惑い、取り乱していた。

パウロは、生きている信徒に、イエスが再び現れるときは、死者がまず最初に復活し、彼らに見合う祝福を受けるのだと、納得させるために、この書簡を書いた。

イエスは、これからのも、天から雲に乗ってやっては、来ない。

偽文書の話は、これで、いい。
それより、大切なことは、ウソなのである。
イエスが、天から雲に乗ってくる前に、多くのイエスの、生まれ変わりが、現れた。

驚くべき、蒙昧である。

死者は、その肉体のまま、復活すると信じていた。
今も、そうであるが・・・

キリスト教新興宗教の中には、いつも、その預言が外れ、更に、ウソの上塗りをして、平然としている、教団も多々有る。

要するに、ウソなのである。
ウソの上に築かれた教義は、大嘘なのである。

キリスト教の大きな教義の一つが、死からの復活である。
死に打ち勝った、というもの。

この世に、死に打ち勝つものは、ありません。
確実に、人は、死ぬ。
そして、復活は無い。

ただし、肉体が滅びて、魂と変容するのである。
勿論、宗教の熱心な信者は、その宗教の施設の上空で、浮遊すると、相場が決まっている。

キリスト教徒は、イエスに逢えず、仏教徒は、仏陀に逢えません。
神の国、天国も、極楽も無い。
あるのは、次元を別にした世界のみ。

posted by 天山 at 06:09| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

神仏は妄想である。470

聖書、福音書などに興味の無い人、また、キリスト教徒でも、聖書、福音書に精読していない人が多いが・・・
面倒な話で、恐縮である。

どうしても、パウロのことを書かなければ・・・
何故かというと、それは、キリスト教の教義というものが、パウロから成り立っているからである。

ところが、そのパウロの書簡、新約聖書の中に含まれる、正典であるが、全く、別物の思想が展開されているのである。
勿論、書いた者は、パウロではない。
しかし、パウロの書簡として、正典入りしている。

それが、矛盾しているとは、教義も矛盾する。

キリスト教徒は、聖書をすべて読む訳ではない。
好きな箇所を何度も、繰り返し読む。
だから、趣味なのである。
趣味の信仰を、本当の信仰だと、思い込んでいる。

旧約聖書などを、精読しているキリスト教徒は、100万人に一人くらいだろう。
聖職者といわれる人たちも、である。

パウロが「コロサイの信徒への手紙」と「エフェソの信徒への手紙」を書いたという主張への反論も、同様の理由からだ。学者は、これらの書簡と「テサロニケの信徒への手紙二」を、「第二パウロ書簡」と呼び習わしている。なぜなら、これらの書簡は、パウロの作ではないと考えられており、パウロの全作品のなかで、二次的な位置を占めているからだーー
アーマン

その第一は、両書簡の文体である。
その他・・・は、学者に任せる。

それよりも、大変なことは、パウロの書簡よりも、高度な神学論なのである。
両者の作者が別人だとして、両者とパウロの見解が異なるということだ。

その盲点は、両作者と、パウロが、洗礼を受けたイエスの信者にとって、物事が、どのように変化するのかについて、述べている。

そして、その意見は、真っ向から、対立している。

初期教会では、洗礼は、乳児期に行なわれ、大人が洗礼を受ける場合は、キリスト教に改宗したときに限られていた。パウロにとって、洗礼は、単なる象徴的行為ではなく、重要な儀式だった。洗礼を受けると、何かが実際に起こるのだ。洗礼を受けた人は、死ぬときに、霊的にキリストと一体化するのである。
アーマン

パウロは、「ローマの信徒への手紙」の中で、その考えを、慎重に言葉を選びつつ、説明している。
それは、黙示思想である。

世界は、罪の力を含む、人々を隷属させ、神から疎外する、悪の勢力がはびこる。罪とは、悪魔的な力である。誰もが、その力に、隷属されられて、誰もが、どうしようもなく、神から引き離されている、というもの。

エホバの証人が、よく口にする言葉である。

この世は、悪魔が支配している、という、とんでもない考え方である。

とんでもない、というのは、人間の悪行を、悪魔のせいにするということである。
この世は、地獄であるが、それは、人間が、行なっていることである。
神を信じるから、その対立概念として、悪魔を置くと言う、形になる。

もし、そうならば、全知全能の神が、悪魔を作ったといえる。
そうすることで、神の姿が、より一層輝く・・・
冗談ではない。

それでは、神が愛する人間が、神に、コケにされているということだ。

さて、その罪の力から遠ざかる、唯一の方法が、死ぬことである。
キリスト共に、死ぬのである。
その瞬間が、洗礼である。

信者は、墓に埋葬されたかのように、その死をもって、キリストと一体化し、この世界を支配する勢力にとっても、死んだことになる。
洗礼を受けた人々は、罪の力に隷属することが、なくなるのだ。

それが、パウロの思想である。

ところが、洗礼を受けても、悪行をやめない人々・・・
西欧史の野蛮さを、見れば、一目瞭然である。

しかし、パウロは、人々がキリストと共に死んだとしても、その復活の姿にあずかれる訳ではないという。
イエスの信者は、キリストが栄光に包まれて、降臨したときに、甦る。それも、肉体的な復活である。

パウロは、キリストと共に復活することについて語るときは、未来の話として語る。

だから、パウロの教会には、自分たちは、すでにキリストと共に霊的な復活を遂げ、天国のキリストと共に支配していると、異議申し立てする改宗者もいた。

パウロは、それに対して、語気を荒げて、批判している。

ここで、パウロは、復活がすでに経験済みのものではなく、これから経験するものであり、過去の霊的な復活ではなく、本物の、将来の、肉体的復活なのだと強調している。
アーマン

「ローマの信徒への手紙」六章、五節、八節では、
洗礼を受けた者は、キリストと共に死ぬが、彼と共に蘇ったわけではないと、念を押す。

もし、わたしたちがキリストと一体になってその死にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう・・・わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。

ところが、「コロサイ、エフェソの信徒への手紙」では、それを否定している。

洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。

上記の二つの文は、実に、怪しい。
上は、過去の体験だが、復活は、過去の体験ではないという。

つまり、過去の体験ではなく、未来の体験であると、パウロは言うが、後者は、過去の霊的復活に言及して、パウロとは、対照的なのである。

神は・・・わたしたちをキリストと共に生かし、・・・キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。
エフェソの信徒への手紙

すべては、すでに起こったことである。
信じる者は、すでにキリスト共に支配者となった。

アーマン氏は、信者たちの、勘違いだと言うが・・・

それらの書簡は、パウロの死後、書かれた。
つまり、パウロの書いたものではない。
パウロの名を拝借して、書いたものである。

それでは、パウロの本当のお説が解った・・・良かった、良かった・・・という問題ではない。

私は言う。
聖書は、神の霊感に導かれて書かれたものというのが、ウソであるということである。
皆々、人間の手により、作為的に書かれたものであるということだ。

それを言うために、私は書いている。

posted by 天山 at 05:50| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月13日

神仏は妄想である。471

新約聖書にある、27つの書のうち、昔から、作者だと考えられてきた人物が書いたことが、ほぼ確実なのは、八つの書である。

それは、パウロが書いた七つの書簡と、ヨハネの黙示録である。
だが、ヨハネは、同名異人によるかもしれない。何処のヨハネと、記されていないのだ。

多くのキリスト教は、そんなことは、詮索せずに、流れるままに、信じている。

くどいようだが・・・
パウロの書簡に戻ると、「コロサイの信徒への手紙」「エフェソの信徒への手紙」である。彼らも、パウロの教会のメンバーであるが・・・

両書簡が、歴史的パウロと一線を画する重要な特徴は、他にもある。たとえば、動詞の使い方や、パウロの書簡に頻出する特定の用語法が、両書簡では異なっている。
アーマン

そして、アーマンは、
「テサロニケの信徒への手紙二」と同様、これらの書簡は、パウロの死後書かれたようである。もしかしたら、その十年後か二十年後に、パウロの教会に所属していた作者が、キリスト教共同体や、パウロの死後、共同体の中で持ち上がった問題について論じようと思ったかもしれない。両作者は、使徒の名を騙ることによって、読者を欺こうとしたのだ。
と、言う。

だから、矛盾が生ずる。

何せ、パウロは、本当にイエスが、雲に乗って、天から現れると考えていたのであり、それも、すぐに、それが実現すると、信じていたのである。
しかし、現れなかった。
勿論、今も、現れない。

だから、パウロの死後、何とか、それを埋め合わせるために、新しく、書簡を書かなければならなかったのである。

矛盾・・・当然出てくる。

学者は、「牧会書簡」の「テモテへの手紙一、二」と「テトスへの手紙」については、「コロサイの信徒への手紙」や「エフェソの信徒への手紙」の場合以上に、大した議論をしていない。聖書研究の最先端を行く、欧米の批評的な学者の間では、随分前から、パウロが、これらの文書を書いていないというコンセンサスが出来上がっているからだ。
アーマン

これら、三つの書簡は、同一人物が書いたと、一般に了解されている。
その三つの書簡は、パウロの手によるものではないということが、文体などの関連から、明らかにされている。

そして、その三分の二が、非パウロ的な言葉で、二世紀のキリスト教徒の著述家が、常用していたもの。
つまり、後世に発展した、キリスト教に特有の、より新しい言葉であるということだ。

その一つの言葉・・・信仰・・・

パウロにとっての、信仰とは、神と正しく向き合うために、心を委ねて、キリストの死を受けいれることを意味する。

この単語は、信頼という言葉に近く、関係性を表す。
一方、牧会書簡では、この単語は、別の意味で用いられている。キリスト教を形作る一連の教義や、考え方の集合体を指している。

つまり、関係性を表現する言葉ではなく、何を信じるべきか、という、キリスト教の教えを規定するものなのだ。

キリスト教のコンテクストのなかで、このように信仰という言葉が使われるようになったのは、後世になってからだ。これは、「牧会書簡」が、後世の非パウロ的な環境から生まれたと思われる理由の一つである。
アーマン

まだまだ、パウロの書簡、その教会の状況説明があるが・・・

もう、この辺で、いいだろう。

作られてゆく過程を見たのである。

キリスト教徒は、聖書の一部分だけを、取り出して、云々するが・・・
それは、勝手な解釈、勝手な思い込みである。
そして、その思い込みが、信仰だと、勘違いさせる。

つまり、私は、それを、迷いだと言うのである。
信仰とは、迷いなのである。

聖書と、他の書物とに、何の区別も無い。
多くの書物の一部分を取り出して、云々するのと、同じ程度なのである。

そして、その言葉というものは、多くは、思い込みの概念を作り上げて、人間の妄想を益々と、燃やすのである。

ナザレのイエスも、仰天する、言葉の数々である。
それが、より複雑になり、神学という、更なる妄想を生む。

神学の親は、哲学である。
その哲学は、人間による。つまり、神学なるものも、人間による。
決して、神が関与したものではない。
人間の頭で、捏ね繰り回したものである。

唯一、救いがあるとすれば、行為によってのみ、救われる。
それは、現実的な行為である。

例えば、隣人愛を説くなら・・・
本当に、隣人を愛することである。

ところが・・・
プロテスタントが、出来た時、30年戦争が始まる。
カトリックと、プロテスタントの闘いである。

更に、それ以前は、十字軍の遠征という、闘い。
カトリックは、戦争仕掛け人であり、キリスト教という、宗教は、全般的に、戦争を生む宗教である。
何処に、隣人愛なるものがあるのか・・・

そういう意味では、全く話にならないのである。
更に、付け加えれば、人種差別思想も、キリスト教から、出たものである。

posted by 天山 at 06:08| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

神仏は妄想である。472

現存する最古のイエスの生涯に関する史料は、イエスの死の三十五年から六十五年後に成立したものなのである。
アーマン

だが、何度も書いているように、矛盾だらなのである。
福音書に関しては、もっと、後になる。

マルコは、西暦70年のローマとの戦争前後に、福音書を書いた可能性がある。
そして、それを下敷きに書かれた、マタイとルカは、マルコが作成された、共同体以外の地域で、出回り始めた後に、成立した。

ヨハネは、最も高度な神学論を展開している。
それは、色々なものから、影響を受けている。
その一つは、グノーシス派である。

それは、一世紀末、西暦90年から、95年頃である。

この空白期間に、どのような事態が進行していたのだろうか? この期間のキリスト教の動向については、かなりはっきりと分かっている。地中海地域の主な都市部で勢力を拡大していたのだ。もし福音書や「使徒行伝禄」が正しければ、イエスの復活の直後、彼の信者は、男女合わせておよそ15人から20人いた。
アーマン

それ以前からガリラヤでイエスと行動を共にしていた彼らは、イエスが死から蘇ったと信じた。
一世紀末には、使徒やパウロのような改宗者の伝道活動が実を結び、キリスト教は、ユダヤ、サマリア、ガリラヤ、シリアの各地に広がった。

更に、そこから北上した後、西ノキリア、小アジアまで、広がる。
現在のトルコである。
更に、ギリシャ、そして、遂に、ローマ帝国の首都ローマに及び、スペインまで達する。

また、北アフリカにも南下して、エジプトの一部にまで、進出した。

それでは、どのように、伝えられたのか・・・
単なる、口伝えである。
口頭伝承という。

人から人への、聞き伝え・・・
それが、どのようなものになるのかは、明確である。
伝言ゲームを思えばよい。

それを、事細かに、説明しない。

キリスト教は、何年も、何十年もこのようにして広まった。そして漸く誰かが物語を書いたのだ。イエスを知っている公平無私な話として語られたのではなく、五次、六次もしくは九次情報を耳にした人々によって、人々を改宗させるためのプロパガンダとして語られ物語が、人から人へと伝達された長い年月のうちに、物語がどうなったと読者は思うだろうか?
アーマン

それでは、ギリシャ、ローマの史料には、イエスは、書かれているのか・・・
何も書かれていないのである。

イエスは、現存する当時の異教徒の史料のなかで、言及されることも、反論されることも、非難されることも、中傷されることもなく、いかなる形でも登場しないのである。
アーマン

これは、見事である。
完全、存在感が無い。

事実、当時のギリシャやローマの史料が山ほど現存しているにもかかわらず、彼の名前は、いかなる異教徒の史料にも登場しない。
アーマン

この事実に、学者も戸惑いを隠せないという。

そして、極めつけは、
イエスは当時、全然重要な人間ではなかったというのが、一番簡単な答えだろう。
アーマン
である。

作られてゆく、イエスのキリストへの道・・・
ナザレのイエスは、キリストとして、作られてゆくのだ。
これが、私の言いたいことである。

イエスが、異教徒の史料に登場するのは、西暦112年のこと。
著者である、小プリニウスは、ローマの属州の総督だった、トラヤヌス帝に宛てた手紙の中で、キリスト教徒と呼ばれる集団があり、違法に集会を開いている。この事態に、どのように対処すればいいのかと、指示を仰いでいる。
彼らは、キリストを神として崇めている・・・

その友人である、ローマの歴史家、タキトゥスは、西暦115年に書いたローマ史の中で、64年にネロ帝が、ローマに火を放ったことに触れて、皇帝は、クリスチャンに濡れ衣を着せたと書く。

そこには、また、キリスト教の迷信は、ローマに広がる以前に、ユダヤで最初に出現したと書いてある。

その、迷信である、キリスト教を後に、ローマ皇帝が、国教として、利用するという・・・

何処の国、世界でも、大衆の運動というものがあるが・・・
キリスト教も、その一つである。

それから、御覧の通り、ローマカトリックの成立。
皇帝と結んで、法王の権威を高め、法王が皇帝の権威を認めるという、その循環である。

更に、驚くべきは、その神学が発展して行くのである。
母胎は、ギリシャ哲学から。

だが、そのギリシャ哲学は、西欧より早く、イスラム帝国に伝わり、迂回して、西欧に入って来たという、お粗末さ。

それから、生まれ出る、人間の頭で捏ね繰り回した、教義の数々である。

全く、人間とは、哀れなものである。
いずれ、信仰とは、何かと問うてみるが・・・
迷いに他ならないのである。
posted by 天山 at 05:45| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

神仏は妄想である。473

イエスという、ユダヤ教徒の男は、一体何を言いたかったのか・・・

端的に言えば、彼は、黙示思想家だった。

平たく言えば、イエスは、人の子が裁きを下すためにまもなく天から訪れるため、人々は生き方を改め、神が望むような生活を送り、審判に備えなければならないと説いたのだった。この教えは、他者のための自己犠牲的な愛を奨励するものであった。
アーマン

だから、旧約聖書にある、隣人を自分のように愛しなさい、という言葉を引き合いに出したとされる。

それで、審判の日は、いつやって来るのか・・・
それは、イエスの弟子の存命中である。

ここに一緒にいる人々の中には、神の国が力にあふれて現れるのを見るまでは、決して死なない者がいる。
これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。
マルコ

このような思想が、一世紀のパレスチナのコンテクストにぴったりと符号することは、この時代を専門にする歴史家なら、誰でも了解済みであろう。
アーマン

その時代、イエスだけではなく、時代の終焉、人の子の出現が、目の前に迫っていることを、公言していたのは、多数いたのである。

そうした預言者には、ユダヤ的黙示思想に満ち満ちている死海文書を残した、ほぼイエスと同時代人のユダヤ人も含まれる。
アーマン

黙示思想、終末思想は、実に西欧に多いのは、伝統的なのだ。

より重要なのは、イエス以前の洗礼者ヨハネのメッセージも黙示思想的だったということである。
アーマン

ルカが、Q資料を引用したヨハネの言葉は、
斧はすでに木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
である。

だからこそ、複数の裏付けと比類似性に基づき、イエスが、ヨハネと知り合うことによって、宣教活動を始めたことを知ることが大切なのである。イエスは、宣教活動の始めから、黙示思想家だったのだ。
アーマン

更に、イエスの死後、その信者たちが、黙示思想的志向を、保ち続けたことである。

彼らは、生きているうちに、終焉が到来し、イエスが、地上で裁きを行なうために、天から戻ってくると、信じたのである。
勿論、パウロも、そうだった。

初期キリスト教徒の前にイエスがおり、イエスの前に洗礼者ヨハネがいた。そして初期キリスト教徒は、黙示思想に傾倒したユダヤ人たちであり、差し迫った時代の終焉を予期していたのである。
アーマン

ところが・・・
2000年を経ても、天からイエスは、来ない。
待ちに待っても、来ない。

であるから、単なる、妄想だった。
初期ユダヤ人のキリスト教徒は、終末を信じたという・・・
幻想、妄想を信じたのである。

つまり、洗礼者ヨハネも、イエスも、また、多くの預言者も、終末の妄想に、取り付かれていたのである。

それが、キリスト教の原型である。

これを理解すれば、多少、おかしいと思うイエスの、行為も、納得できるのである。

全く、宗教の根源に近づけば、人間の妄想に行き着くのである。
神仏は妄想である、所以である。

もっと、端的に言うと、この世は、悪が支配する世の中。つまり、悪魔の世の中である。その悪と悪魔の世の中で、神の御心である、善を行なうことにより、救われる。
と、それでは、悪と悪魔とは、何かとなれば、それは、人間が作る世の中であるから、悪と、悪魔のせいにせず、端的に、悪魔は、人間であると、宣言すれば、事足りる。

一番最後の福音書である、ヨハネの福音書では、ユダヤ人は、悪魔だと言うのである。
ユダヤ人が悪魔なら、それ以外の人間も、悪魔であろう。

それとも、ユダヤ人が信じる神が、悪魔なら、キリスト教の神は、悪魔ではないのか。いやキリスト教の神も、そこから来ているから、キリスト教の神も、悪魔である。

それが、最も正しい物の見方であろう。

エジプトの、地霊から起こった、ユダヤ人の神・・・
ユダヤ民族の神・・・
それが、人類全体の神などといわれる、筋合いは無い。

そして、イエスも、立派なユダヤ教徒である。

何度も言うが、キリスト教とは、ローマ皇帝と結び付いて、白人の宗教として、成り立った過程がある。
白人主義を延長させた、新しい宗教である。

ちなみに、イエスも、ユダヤ人も、アジア民族である。
それゆえ、白人は、ユダヤ人を差別する。

だが、不思議なことは、そのユダヤ人の神を書き綴る、旧約聖書も正典としているのである。著作権の大侵害である。

キリスト教は、反ユダヤ主義である。
だから、還元すれば、宗教の分派として、キリスト教が登場したのである。
派閥争いとなる。
実に、呆れる。

posted by 天山 at 05:22| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

神仏は妄想である。474

ナザレのイエスは、黙示思想に浸っていたのである。
純然なユダヤ教徒として。

神学者が、なぜイエスが人生最後の週に、エルサレムへ旅をしたのかと問われれば、世界の罪を背負って十字架に架けられるためだったと答えるだろう。しかし、歴史的観点からすると、旅の動機は何だったのか? イエスが黙示思想家だと考えるなら、筋が通る。最古の共観福音書によれば、イエスは、ユダヤ人に教えを説きながら宣教活動を行なっていた時期の大半を、ガリラヤの片田舎で過ごした。全くとは言えないまでも、彼は、大都会にはほとんど滞在せず、明らかに北部一帯の小さな町や村、小部落ばかりを回っていた。
アーマン

それが、事実である。

キリスト教が行なったのは、ガリラヤの片田舎のイエスが、世界的イエスに成る過程である。
単なる、一人のユダヤ教徒の、黙示思想家である。
それが、何故、イエス・キリストなのか・・・

これでは、あまりに、稚拙である。
陳腐な物語である。

と、いうことは、キリスト教徒は、一度、ユダヤ教徒になり、それから、考え直して、キリスト教徒になるべきである。

さて、イエスは、何故、エルサレムへ出たのか・・・
それは、人の子の出現と共に、王国がまもなく到来することを、人々に伝え、人々が、その準備をしなければならないことを、教えるためである。

つまり、イエスも、妄想の人であった。
妄想に、取り付かれていた人であった、ということになる。

イエスを信じる人も、妄想に取り付かれたのである。
そして、今も、続々と・・・

一人の妄想を信じて、その後を継ぐ人たちを、宗教、その団体という。

ユダヤ人は、モーゼの妄想を、キリスト教は、イエスの妄想を、そして、イスラムは、ムハンマドの妄想を・・・
すべての宗教は、そのようである。

そこで、イエスは、それを伝えるために、ユダヤ教の中心地、首都、神殿の所在地、そして民衆と共にある、社会的、政治的に重要な要人に、自分のメッセージを伝えるために、出掛けた。
更に、過ぎ越しの祭りの最中である。
つまり、群集が、最も多く集う時期である。

過ぎ越しの祭りとは、ユダヤ人を、モーゼがエジプトから脱出させたことを、思い出す日である。
神が、ユダヤの民に介入した日と、ユダヤ人は、考える。

それは、伝承である。
いえば、神話である。

それなら、それでいい。
それぞれの民族には、神話が必要である。

ユダヤ民族の神話を、世界の神話にせずともよい。

更に、ユダヤ人は、神が再び介入して、過去の支配者を打倒したように、現在の支配者、ローマを打倒するようにと、願う。
が、願いは、叶わない。
逆に、滅ぼされてしまった。

更に、モーゼ以後、神は一度も、介入しなかった。
今に至っても・・・

イスラエルを守るのは、神ではなく、核兵器という、おまけつきである。

一部のユダヤ人は、政治的・軍事的蜂起によって、この時期が実現すると考えていた。また、神が自分に背く者どもを破滅させるような、超自然的・宇宙的事件として現実化すると考える者もいた。イエスの考えは、後者の延長戦上にあった。
アーマン

だが、信じた者は、騙される。
事実を知っても、信じないのである。
自分の妄想を、信じるのである。

宗教の洗脳とは、そういうことである。
説教による、幻想が、自己幻想に至るまで、続けられる。
そして、信じると、宗教の勝ちである。

信者は、勝手に、幻想の中に入り込む。
無いものを、在ると思い込む。
そして、それ以外のモノを、すべて悪、悪魔からのものだと、信じ込む。
それを、蒙昧と言う。

だから、平然とキリスト教は、他民族を虐殺し、更には、他民族を根絶させたのである。

現在は、イスラム系のテロ行為を、糾弾するが・・・
キリスト教、カトリックがやったことは、それより、怖ろしいのである。
勿論、プロテスタントも、今も同じように、異教徒の場所にて、馬鹿馬鹿しい、幻想を振りまいている。

信仰が、迷いであることは、後々に、十分に書き付けるが・・・
付ける薬が無いのである。

その宗教の中にあって、霊性とか、聖霊の働きとか・・・
霊学を知らない者が、言うことである。

そして、何処をどうしたら、神学なるものが、現れてくるのか・・・解らない。
大真面目に神学を学ぶという。

哲学から生まれた、神学であり、神学から、生まれるものは、無い。
妄想だからである。

人間を無明の闇に、陥れるもの、それは、神仏である。
神仏こそ、妄想なのである。

開祖が、妄想全開なのである。

posted by 天山 at 05:57| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月07日

神仏は妄想である。475

さて、当時、一部のユダヤ人たちは、イエスを冒涜的な人間だと、見ていた。
何故か・・・
神を語るからである。
その名も、畏れ多い、神を簡単に語るのである。

その他の行為も、同じく。
だが、それがイエスを窮地に追いやった。

イエスは、旧約の預言者、エレミヤを引き合いに出す。
エレミヤも、神殿やその内部での活動が、崩壊すると、警告していた。
更に、神殿を痛烈に批判した。
だが彼も、イエスと同様に、大きな代償を払わされた。

イエスは、すぐにでも訪れる審判で、神殿が破壊されると信じていた。
アーマン

だから、神殿に上がった時、テーブルをひっくり返し、騒ぎを起こす。
例え話を、実践したのである。

旧約聖書に出てくる、多くの預言者同様に、イエスは、腐敗し、増長した神殿を管理する、ユダヤ人指導者たちも、神の敵だとみなしていたのである。

神の敵は破滅する。

当然、当局は、イエスを脅威に感じて、イエスを排除することを考える。
すぐに逮捕されなかった。だが、イエスの噂が広まる。監視される。

イエスの周りには、審判の時が訪れるという彼の黙示思想的メッセージに興味を持った群集が群がり、その数はどんどん膨れ上がっていった。
アーマン

つまり、ローマの支配下にある、自分たちの悲惨な暮らしを変えてくれる。何かが起こることを、切望していたのである。

それ程、民衆は、悲惨な生活を強いられていた。
だが、それは、ローマの支配だけではない。
ユダヤ教の指導者たちも、その原因である。

もし、現在も、イエスが現れて、ローマカトリック、その他のキリスト教に、警告を発したら、まず、受け入れられず、迫害されるだろう。

イエス以後、そのような、預言者が現れていない。
実に、皮肉である。

ここで私は、イエスが、自分が神聖な存在であるとは言わなかったと主張してきた。彼は、ほとんどの場合、自分自身についてではなく、神について語ったのである。とりわけ彼が強調したのは、地上で審判を下すために人の子が出現し、神の国がまもなく訪れるということである。イエスは、神の国が、彼の生きている時代が終わる前に到来すると主張した。
そして、この新しい国に入るためには、自分の教えを受け入れなければならないと、群集に説いた。彼の教えとはすなわち、全身全霊を傾けて神と向き合い、自分を愛するように隣人を愛することである。
アーマン

それを聞いて、ユダヤ人指導者は、何と思うか・・・

そして、ローマ総督である。
ローマ当局に身柄を拘束され、裁判にかけられたとき、イエスの容疑は、ユダヤ人の王を僭称したことからであると、マルコが書く。

だが、アーマン氏に言わせれば、それは、実に奇妙である。
何故なら、イエスは、公の説教の中で、一度も、そのようなことを口にしていないのである。

ローマ当局が、ローマ市民が任命した人だけが、王になれる時代に、王の名を語ることは、反逆行為になる。
だから、イエスは、ローマに対する氾濫を起こすように扇動した罪で、処刑されたのである。

だが、イエスは、謀反を起こすようなことは、していない。
それは、イエスの黙示思想的な教えにあると、アーマン氏は言う。

まもなく実現する、王国で、イスラエルの十二部族を支配するのは、イエスの弟子たちである。と、イエスは、弟子たちに説いていた。

もしイエスが、自分が弟子の現在の主人であるだけではなく、次の時代の主人でもあると、私的な場で彼らに話したのであれば、全てつじつまが合う。王国の王になるのはイエスなのだ。古代イスラエルにおける未来の王の呼び名の一つが「油を注がれた者」を意味する「メシア」という言葉である。他の人々は、イエスがメシアだと考えていたかもしれないが、公的な場では、彼自身は自分をメシアとは呼ばなかった。しかし、弟子と共にいた私的な場で、メシアを自称したとき、彼は、ローマ人を追い払い、イスラエルを独立させることを意図していたわけではない。彼は、神が悪の勢力を駆逐し、自分を王に任命するのだと言いたかったのだ。
アーマン

弟子たちが、イエスの死後も、メシアと呼び続けたのは、このためである。

ローマ当局は、イエスの王を、黙示思想的な意味ではなく、王を自認する者として、その事実を知ったからである。
政治的な王という意味に、受け取ったのである。

それをローマ当局に、イエスが未来の、ユダヤの王と言うと、告げ口したのが、ユダである。

そして、ユダヤ人指導者である。
イエスの黙示思想に業を煮やしていた彼らは、尋問した挙句、裁判にかけるべく、その身柄をピラトに引き渡した。

ピラトは、イエスに、ユダヤ人の王かと問い、イエスは、否定しなかった。
ビラトは、磔刑を申し渡し、判決は即座に実行された。

と、いうように、単なる、ユダヤ世界の中での、お話なのである。
それが、いつしか・・・
人類の救い主、メシアとして、登場する。

妄想の遊びである。
何度も言う。
イエス以後、神がユダヤの世界に介入したか・・・
一度も介入せず、ユダヤは、滅びた。
神は、不在である。
いや、神は、妄想だった。

すぐに来るはずの、神の威力も、見えない。
弟子たちが死んで、何代を経ても、全く、現れない。

イエスも、雲に乗って来ない。

あれから、二千年以上待っても、来ない。
来るのは、気候変動による、自然災害ばかりである。

posted by 天山 at 05:18| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

神仏は妄想である。476

聖書とは、何か・・・
旧約聖書は、伝承、神話に入る。

新約聖書は、捏造一色である。

更に、正典とは何か・・・誰が決めたのか・・・
その他の、外典と呼ばれるものは、何か・・・

偽書と、簡単に決め付けて、聖書以外の、文献を拒む人たちがいる。
正典入りしないが、数多くの、聖書の類が存在する。

キリスト教徒は、神の霊感によって、書かれたもの、それが、聖書だと言う。つまり、信じ込まされているのである。
そして、信じる者は、騙される。

この二千年の間、騙され続けてきたのである。

霊感を受けて書かれた聖書とは、私たちの手元にある聖書なのか? ある人たちが今でも主張しているように、ジェームズ王欽定聖書のことなのか? しかし、それはいくらなんでも無理がある。ジェームズ王の命を受けて翻訳家が聖書を訳す以前の何世紀もの間、キリスト教徒は誰も神の言葉に接することができなかったなんて言えるだろうか? 神は何を考えていたのだ? それなら、もっと後世の翻訳版を指すのだろうか? もしそうであるなら、ヘブライ語やギリシャ語のオリジナル・テキストが一つも現存せず、後世に作られた誤写だらけの写本しか残されていないという状況を、どう考えたらいいのだろうか?
アーマン

私も、驚いた。
オリジナル・テキストが無いとは・・・

アーマン氏は、更に
そもそもどうして神が、人類に語りかけたのだと確信できるだろうか? どの聖書に神の霊感が宿るのか特定する際、この疑問は、私のなかで大疑問となった。
と、言う。

疑問は、更に続く。
アーマン氏の、疑問を私が要約する。

イエスの死後、何十年後に、神が人々のために、特定の書物に、霊感を授けたなら、どうやって、後世の教父が、聖書を編纂する際、文書を正しく選び出したと、確かめられるだろう。

初期キリスト教の動静に関する、歴史研究にのめり込めば、世界各地で、大勢のキリスト教徒が、正典に採用すべきだとみなしていたものは、他の文書である事実を知るようになった。

逆に、正典に最終的に編入された、幾つかの文書が、他の宗派の指導者によって、時に何世紀もの間、拒否され続けたことも、認めざるを得ない。

幾つかの宗派では、「ヨハネの黙示録」は、謝った教えを含むとして、全面的に否定され、最終的に正典に組み入れられなかった「ペトロの黙示録」が受け入れられていた。

「ペトロによる福音書」を認めるキリスト教徒もいれば、「ヨハネによる福音書」を拒絶するキリスト教徒もいた。

現在は、聖書から外されている、「トマスによる福音書」が採用される場合もあった。

と、いうように、滅茶苦茶である。

私の手元にも、ユダの福音書や、モーゼの聖書・・・などあるが・・・

もし神が、霊感が宿った聖書の書を、そしてそれだけを、自分の教会が護持すべく采配をふるったのなら、なぜ三百年にもわたって、熾烈な論争と異議申し立てが止むことがなかったのだろうか? なぜ神は、そのような議論を、数週間できちんと終結させることなく、何世紀にもわたって続けさせたのだろう?
アーマン

司祭、牧師、その他、諸々が、祭壇の前、説教台で説く、聖書解釈・・・
大嘘である。

私は、多くのキリスト教指導者、カトリック、プロテスタントなどの、文書を読んだが、皆、聖書は、神の霊感により、云々からはじまる。

だから、絶対的なものである。
ウソである。
皆々、人間の作り出したものである。
更には、権力によって、正典とされた数々の、文書である。

これについては、別に詳しく書くことにする。

問題の大きさからいえば、私たちが、神の啓示の言葉がどのようなものだったのか分らないことよりも、聖書に記された言葉が、神の啓示だと考えることのほうが深刻だ。加えて、現在私たちの手元にある聖書を、本当に聖典として認めたのかどうか、知ることもできない。正しい文書だけが聖書に収められていると、どうして言えるだろうか? 神から霊感を授けられた書など、他には存在しないと、どうして断言できるのだろうか?
アーマン

全く、その通りである。
私の言いたいことを、すべて言ってくれる。
さすがに、神学者である。

現在の聖書は、何と、16世紀に宗教改革に対抗して開かれた、トリエント公会議まで、いかなる公会議によっても、承認されたことはなかったのである。

この公会議は、当時広まっていた、「旧約聖書外典」を旧約正典から外そうとする、プロテスタントの運動に対抗して、これも同時に正典に入れることにしたのである。

突然、正典、聖典が、現れたのである。

更に、ユダヤ教に断りもなく・・・
著作権の最大の侵害である。

そこで、面白いのは、キリスト教を最大の利用しようとした、ローマ皇帝により、権力で、教会を統一されたということである。
その頃、ローマ教会が、最も力を持つ集団になっていたのである。

つまり、白人キリスト教徒である。
ローマカトリックと今でも、言われる。
ローマ人のキリスト教会である。

人間の欲望によって、生まれた、邪教、キリスト教である。

ここに至ると、ナザレのイエスの存在は、虚無になる。

posted by 天山 at 05:44| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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