2013年09月12日

神仏は妄想である。437

マタイ、ルカ、ヨハネの福音書は、イエスが神の子であることを、立証することから、はじまる。

マタイの場合は、アブラハムから、ダビデ、ソロモンを経て、マリアの夫ヨゼフに至る。
42代の連綿たる、正統ユダヤ系図である。

そして、一挙に神の子、キリストと続くのである。

ここで、疑問である。
あくまでも、マリアの夫ヨゼフの系図である。
マリアではない。

マリアは処女降誕である。
それを信じられなければ、イエス・キリストは、有り得ない。

マリアのみの子であれば、ユダヤ系図ではない。

ルカの場合は、手が込んでいる。
系図は無いが、神話的衣裳に彩色されている。

天使のお告げ。ザカリアの予言、天の軍勢の合唱する讃歌。
イエスの誕生は、神の子の降臨なのである。

まさに、創作である。

ヨハネは、有名な神話的表象による。
初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。・・・

だが、一番古いマルコだけは違う。
神の子の誕生が無いのである。

更に、復活の物語が無い。
それは、ヨルダン川の荒野に叫ぶ預言者ヨハネの群集の一人から、始まる。

ありのままのイエスに、近い形である。

であるから、19世紀に隆盛する、イエス伝は、マルコを基礎にして書かれたのである。

その後の、マルコは、独自の着想により、書き続けた。

それでも、マルコも、全く史実性に欠けるという、結論である。

つまり、マルコの福音を構成する伝承群は、受難物語の、ただひとつである。
その他は、断片的、バラバラになったものを、ストーリーとして、再構成されたものである。

マタイやルカは、それ以上に、かなり高度な段階を踏んでいる。

彼らは、限られた量の伝承に、大幅なヴァリエーションをもたせるために、ひとつの事件から次の事件へ、たえず新しく場面をセットする。そうした方法にしたがって、福音書は作成されたのである。
山形

例えば、イエスの語る言葉を、背景の違う、様々な場面にセットするのである。
場面がセットされると、登場人物が問題となる。
そこにも、作家たちの、好みがある。

これ以上の詮索は、省略する。

結果的には、原始教団のキリスト像創作の、手法を示すことの手の内が解ったのである。

福音書を歴史的書物と、見ることは出来ないということだ。
また、イエスの、実像にも、遠いものである。

福音書に限らず、一般に口承文学に関して、ある物語が、口から口へ伝承されていく過程において、もっとも変化をうけやすい部分は、物語の様式や全体の構造ではなく、むしろ細部の付随的部分である。それは、人間の好奇心と結合したイマジネーションの結果であるが、好奇心というものは、つねに物語の核心よりも、その細部の明確化にむかって働く傾向をもつからである。
山形

これに関しても、今は、詮索しない。
後で、聖書のイエスの言葉が、イエスのものか、作者のものかと、論じる。

ただ一つ取り上げる。
山上の垂訓といわれる、イエスの説教である。
マタイとルカにある。

心の貧しい人は幸いである。天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる。・・・
と、全部で、8つある。

一つ一つがリズムを持つ、美しい言葉である。
全体は、三章に渡り続く。

マタイ、ルカは、この説教を、情景描写からはじめている。
物語を仔細に、分析すると、イエスは、群集に向って、語りかけているが如くに見えるが・・・
違う。

正確には、イエスはこの群集を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこで、イエスは口を開き・・・

ルカは、イエスは山で祈られて、それから、山を下り、平地に立たれた。そこで群集に取り囲まれた。

よくよく、読み込むと、大衆に語る言葉と、近くの者たちに語る言葉というものがある。

マタイは、群集に相応しくない言葉、更に矛盾する言葉は、それを回避するために、聴衆を二段構えにしているのである。

つまり、群集向けと、弟子向けの二つに、仕切られるのである。
そこに、マタイの工夫がある。

実に手の込んだ、明細化である。

私が言いたいことは、福音書は、創作されたものであるという、一点である。
それは、史実でも、事実でもないということだ。

仏教の大乗に多く見られる形である。

すべて、作者の思いのまま・・・
作者の考え方、ものの見方を描くのである。

どこにも、仏陀の言葉は無い。
同じように、福音書にも、どこにもイエスの言葉が無い可能性もある。

だから、法華経のように、日蓮が、仏陀最後の教え、これにより、救われるという、勘違いが、多々起こる。
法華経が、東方基督教の影響を受けて、創作されたものだとは、知る者しか、知らないのである。

これぞ、仏法・・・
などと、言われると、私は、笑う。



posted by 天山 at 07:08| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

神仏は妄想である。438

それでは、事実はどうであったか。イエスの一大説教は、実はさまざまな折に語られたイエスの言葉をもとにして、教団自身が再構成したものなのだ。言葉と言葉のあいだの論理的構築が弱いのは、それらがもともとバラバラな言葉であった結果にすぎない。われわれの眼前には、原始キリスト教という名の「弟子たち」、最初のキリスト教徒の小さな群れが、彷彿と浮かび上がってくる。
山形

まさに、その通りであり、更に、問題は、周囲に対する彼らの対応である。
新しいユダヤ教の一派である、イエス教団は、周囲からの攻撃を受けた。

ユダヤ教の、パリサイ派、律法主義者、そして、偽預言者たち・・・
偽物が否かは、誰が決めたのか、解らないが・・・

兎も角、イエスを崇拝する者たちにとって、他の預言者は、偽物なのである。

こうした共同体の切迫した必要性に応じて、イエスの言葉は結集され、形をととのえて提示された。それが、「山上の垂訓」である。「山上の垂訓」は、教団生活の、いわば生活綱領であり、新しいプログラムであったのだ。イエスの言葉は、こうした視点から再生されている。
山形

特に、マタイの場合は、ユダヤ教でも、上位にある人たちのグループであることから、ファリサイ派に対して、敵意むき出しである。

同じ話でも、マルコとルカが、書かないことを挿入するのである。

以下
二人が出て行くと、悪霊に取り付かれて口の利けない人が、イエスのところに連れられてきた。悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、群集は驚嘆し、「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言った。しかし、ファリサイ派の人々は、「あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言った。

この調子で、色々な場面で、ファリサイ派を攻撃し、敵とみなしている。

ただ、こうした伝承は、後期に見られる。
古い伝承には、こうした図式は、見られないのである。

マルコでは、イエスが誉めた律法学者を、マタイでは、イエスを試そうとしたと、書かれている。

それぞれの、福音書を読み込むと、そういう矛盾が、沢山ある。

イエスを崇拝する、それぞれの共同体が、それぞれに、理論武装を余儀なくされたと、考えていいのである。

明白なことは、伝承を生み出したものは、イエスに対する歴史的関心ではなく、教団自体の生活に根ざした要求であったということである。
山形

さて、問題は、イエスから、キリストへである。
ルカに多いが、イエスは、「神からつかわれさたもの」、天からやってくる「人の子」として、語る。

イエスは、神ではない。
つかわされた者である、との、福音書の宣言であるが・・・
それが、どうして、キリストになっていったのか・・・

ところで、神の子、という表現は、イエスだけの話ではない。
イスラエルの人々は、皆、神の子なのである。

さらに、ルカの書いた、使徒行伝には、イエスが神とは、一言も書かれていないのである。

とても単純なことだが、神がいて、イエスも神の子で、神だとすると、神は、二人いることになる。
唯一の神ではない。
その簡単な、矛盾に対して、とてつもない、妄想を生み出してゆく、キリスト教共同体である。

最後に行き着いたのは、三位一体説である。

だが、そこまでに至るには、まだ、話がある。
ペトロの説教である。
ナザレのイエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。・・・

ここでは、イエスは、神によって力を与えられた、奇跡を起こす人間であるが、神そのものではない。

そして、ペトロは、
だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。・・・

つまり、死んだ後で、復活し、神はイエスを主とし、メシアにしたのである。

見事な嘘である。

後に、これが、論争を呼ぶ。

パウロの言う。
わたしたちも、先祖に与えられた約束について、あなたがたに福音を告げ知らせています。つまり、神はイエスを復活させて、わたしたち子孫のためにその約束を果たしてくださったのです。それは詩篇の第二編にも、
「あなたはわたしの子
わたしは今日あなたを産んだ」
と書いてあるとおりです。

イエスは、どの時点で、神の子になったのだろうか?
「わたしは今日あなたを産んだ」とあるとおり、復活したときである。
バート・D・アーマン

これは、キリスト教信仰の最古の姿であるように思える。イエスは、神によって、その威力を示すための力を授かった人間だった。彼は、ユダヤの指導者に受け入れられず、殺された。しかし、神は、彼を蘇らせ、高い地位につけることによって、彼が義であることを証明してみせた。
アーマン

だが、復活の後ではなく、宣教活動時代を通して、イエスが神の子だったと考える信者が出現するのに、そう時間はかからなかった。

と、この辺りを、もう少し追求するとして・・・

イエスを殺しのは、ユダヤ人であるが・・・
本当は、政治的なものだったのだ。
それは、その前後の歴史を俯瞰すれば、よく解る。


posted by 天山 at 06:57| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

神仏は妄想である。439

われわれはもはや、受難物語全体から、イエスの死の歴史的真相を正確に再現することは、断念しなければならない。それはこれまで述べてきたように、あまりにも強く教団神学の描く祭儀のキリスト、すなわち死と復活のキリスト像におおいつくされてしまっている。ユダヤ教のファリサイ派や律法学者が、一貫して、イエスの敵に仕立て上げられる受難の図式は、先に指摘したように、一部は明白に、後の教団神学の虚構にすぎない。
山形孝夫

作り上げられた嘘の上にあるもの・・・
それが、イエスは、キリストである。

さて、政治的な状況を見れば、イエスの出現は、当時、10年もの長きに渡り、体制ユダヤを脅かし、その後、紀元66年、ユダヤ戦争の導火線となり、70年、エルサレム陥落の引き金となった、反体制メシア運動と、確実に二重写しになる。

イエスは、この状況下で、反逆罪に問われたのである。

イエスもまた、そのことを知る。
エルサレム入りを目の前に、イエスは、それを知り、恐れおののくのであるが・・・

それが、一切合切、受難物語として、語られるのである。
付け入る隙が無い。

ルカ、マタイの福音では、イエスが、自分を、神からつかわされたもの、天からやってくる、人の子として、語るのである。

そこでは、イエスを受け入れることは、イエスが神からつかわされたもの、だけではなく、イエスの言葉が神からのもの、それを事実として、受け入れる。
歴史を変革する決定的な出来事として、受け入れるのである。

そして、マタイは、
わたしにつまずかない人は幸いである。
と、書き添える。

最初の教会は、その福音書の作者の求めに、決断を持って、受け入れた人たちの、信仰共同体としての、信仰告白である。
つまり、福音書は、信仰告白の何物でもないのである。

創意工夫された、福音書なのである。

ヨハネや、パウロは、イエスの告知の内容を大胆に無視する。
何故か・・・
すでに、結論が見えているからである。
イエスは、キリストであると・・・

答えが先にあるのだ。

そこに、推論や、推測は無い。
イエスは、キリストであるという、結論である。

信じてしまえば、話は早いのである。

そこで、通俗的に言えば、その福音書は、誰に向って書かれたのかである。
ユダヤ人である。
ローマの支配を受けていた、ユダヤ人たちに書かれたものである。

よって、世界的云々という話ではない。
福音作家たちの、世界観は、どの程度のものだったのか・・・

人類の救い主、イエス・キリストではない。
彼らのための、イエス・キリストだったのである。

キリスト教が、世界的になったのは、白人主義と絡み、世界制覇に乗り出してからである。

つまり、白人のキリスト教に変容してから、世界的キリスト教となったのである。

であるから、福音書というものは、
彼らはイエスの生涯の出来事を、ありのままの姿において描き出すことに、ほとんど関心を示さなかった。しかもそれは福音書記者だけに限られない。パウロなどは、単にイエスの地上的生涯を知らなかったというだけではなく、知ろうともしなかった。
と、山形氏は言う。

信じた者が、信仰告白として、福音書を書けば・・・
何とでもなる。

実際、福音書は、それぞれの作家によって、バラバラである。
マルコの奇跡物語、マタイのユダヤ的メシア待望論と、終末論的キリスト論、パウロの贖罪論的キリスト論、ヨハネの、光の子キリスト論・・・

それらが、統一されたのは、313年、コンスタンティヌスの宗教寛容令によって、非合法化されていたキリスト教が、公然と布教活動を開始する時である。

ローマの教会が、白人に取って代わられた時である。

すでに、初期ユダヤ人キリスト教徒は、殺されていたのである。

更に、聖典編纂により、新約聖書が、ローマ教会により、認められた。
その際に、捨てられた多くの書物は、外典、異端として、今に至る。

キリスト教徒は、ローマ教会以来の、聖典を聖書として、受け入れている。
そして、それを、正統とする。

根拠は、ローマ教会の権威である。
ただ、それだけである。

信仰は、各自それぞれの、極めて個人的な情緒である。
しかし、キリスト教の場合は、教会が支配する。
カトリック、プロテスタントに関わらず・・・

新興キリスト教も、そうである。
人の心を、支配する。

権威主義的宗教である。
そこには、人道的な宗教の姿は無い。

イエスの、受難は、あれは、政治的なものである。
それも、信じる人たちによれば、神の子が人類の救いのために、十字架につけられた、ということになる。

宗教における、何とでも、言えるというからくりは、おぞましい程である。

そして、それが、後に、白人主義と結びつき、世界的強奪の歴史が生まれる。
その一面を見ても、キリスト教が、邪教であることが理解出来るのである。


posted by 天山 at 05:48| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月15日

神仏は妄想である。440

更に、分析を続ける。

イエスは、神なのか・・・

新約聖書、福音書が書かれたのは、イエスの死後何年も経てからである。
そのうち、三つの福音書では、イエスが、神と呼ばれていないのである。

新約聖書に含まれる、その他の書には、福音書より、古い伝承が見られる。
使徒言語録に収録されている、使徒の言葉の一部が、ルカが使徒行伝を書いた何年も前に、活動している。

つまり、それは、ルカが福音書と使徒行伝を書く、数十年前に出ていた、言い伝えである。
それでも、使徒行伝には、イエスが神とは、書かれていない。

神がイエスに特別な地位を授けたのは、復活したときだという、原始的な信仰が述べられている。

イエスは、神によって力を与えられた、奇跡を起こす人間であるが、神ではないのである。

ペトロの説教である。
だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、また、メシアとなさったのです。

死後、復活して、初めて、神はイエスを主とし、メシアとした・・・

イエスは、どこから、神の子になったのか・・・
パウロが、詩篇から、
あなたはわたしの子、
わたしは今日あなたを産んだ
と書いてあるとおりです。

それが、復活のことだというのである。

なんとも、へんちくりんなことになった。
が、この、へんちくりんなことが、多々続いてゆくのである。

膨大な旧約聖書の言葉から、抜き出して、都合よく解釈するというのは、キリスト教の、特徴である。

復活によって、イエスが、主となり、神の子となった。
それが、キリスト教信仰の最古の姿。

だが、復活の後ではなく、宣教時代から、イエスが神の子であるという、考え方になるのは、時間の問題だった。

最古の福音書、マルコでは、イエスが、ヨハネから洗礼を受けたときであるという。

天が割れ、鳩の姿を借りた聖霊が、彼の上に舞い降りてくる。そして、「あなたは私の愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から降るのである。

つまり、マルコの集団は、そのように信じたのである。

さて、古代ユダヤ人にとっては、「神の子」であることは、神であると同義語ではない。
旧約聖書では、何人もの登場人物が、神の子と呼ばれた。

完全なる人間である、イスラエルの王も、神の子とされる。

または、イスラエル王国全体が、神の子でもあるのだ。

そして、神の子とは、地上における、神との仲介者であることを、意味した。
神の子は、神がその意志を現すために選んだ、神と特別な関係のある、人間だった。

マルコでは、メシアとして、定められたために、神の子であり、その使命は、生贄として、贖罪をもたらすべく、十字架で死ぬことだったとされる。
ところが、福音書の何処にも、イエスが神だという、記述は無い。

その十字架で死ぬことも、政治的な意味であり・・・
彼らが、後付した、贖罪のために、では無い。

時代が経るに従い、洗礼を受けたときに、神の子になったという、考え方が多数になる。

次の、ルカは、生まれた瞬間から、神の子と定義した。
だから、処女懐胎の物語が、加えられた。
マリアが受胎したときに、イエスが、神の子になったと解釈する。

聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。

だが、最も新しい、ヨハネは、イエスが、神の子だった時点を、更に遡らせた。
永遠の昔からというものである。

そして、イエスの神性に言及しているのは、ヨハネだけだった。

キリストは、天地創造以前から、そもそもの始まりから、神の言として、神と共にいた、神の子である。そうして、人間として、この世に降臨したのである。

これが、後に、キリスト教の標準的な、キリスト教教義になるのである。

これは、思想である。
イエスが神性を宿すという思想は、後世のキリスト教徒が、思いついたものである。
つまり、ヨハネ集団の、思いつきである。

ヨハネの伝承は、実に他の福音書とは、違うのである。
他の福音書とは、格段に違う程、イエス・キリスト観を高めている。

兎に角、作られていった、イエス像である。
本当のイエスは・・・

そこで、研究家たちは、一体、イエスの本当の言葉は、福音書のどれかと、分析し始めたのである。

更に、イエスの、本当の立場である。
イエスは、何者だったのか・・・

すると、キリスト教が言うことが、全くの嘘であることが、解る。

今も、キリスト教は、イエス像を作り出している。
そして、それらが、妄想の最たるものであることだ。

posted by 天山 at 05:56| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月10日

神仏は妄想である。441

ヨハネの福音書に関して・・・

学者は、長年この疑問に頭を悩ませてきた。そして、ある種のコンセンサスが、過去25年から30年のうちに、「ヨハネ」の解釈者の間で出来上がった。このコンセンサスは、新約聖書の解釈で世界的に有名な二人の大家が、20世紀末に提議したものである。
一人はプロテスタント、もう一人はローマン・カトリックで、どちらもニューヨークのユニオン神学校で教鞭を執っていた。
この二大巨頭、すなわちJ・ルイス・マーティンとレイモンド・ブラウンは、イエスの神性を強調している「ヨハネ」のキリスト論が、この福音書が書かれる以前に、ヨハネの属していたキリスト教共同体の仲間内で変化したキリスト観を踏襲しているのだと主張した。こうした変化は、この共同体の社会的経験の影響を受けていた。
アーマン

共同体であるために、自分たちにまつわる、伝承を有していたということである。
共同体は、同一の物語を共有している。
物語が、語られる手法は、当該の共同体に起きた、出来事と、連動しているのである。

さて、ヨハネの特徴である。
イエスの神性を、ことさら強調するのとは、対照的に、キリストが、全く、人間的な言葉で、語られているということである。

それを、高いキリストと、低いキリストと、呼ぶ。

低いキリストは、全く神性を感じさせず、地上での使命を果たすために、神によって、選ばれた人間である。

高いキリストは、その冒頭にあるように、高いキリストを書き付ける。

マーティンとブラウンは、人間味溢れる言葉でイエスが描かれている箇所は、福音書が、具現化している、最古の言い伝えであり、高められた存在としてのイエスは、後世の産物だと、考えた。

高いキリストは、彼らの共同体が、体験した経験を通して、イエスが、この世のものではなく、神の世界に属する者だと、考えるようになった。

ヨハネの共同体は、元々、シナゴーグに属する、イエスがユダヤのメシアであることを、受け入れていた、ユダヤ教の一派だった。
だが、この信仰のために、彼らは、シナゴーグを去ることを強いられた。
そして、イエスを信じる、信者からなる、共同体を作ったのである。

彼らは、自らを納得させる、必要があった。
何故、私たちは、拒否されたのか・・・

何故、家族や友人は、イエスの真実が見えないのか・・・
何故、イエスを理解できないのか・・・

そして、遂に、共同体は、共同幻想を抱く。
真実を知るのは、我々であり、他の共同体は、その真実が見えないのだ。

そして、その真実は、天から授けられたものだ。
共同体以外の人は、地上の思考に囚われている。
ヨハネの共同体だけが、この真実を獲得した。
他のすべての人間は、間違っている。

とうとう、共同幻想のとりこになったのである。
カルトに似る。

遂には、われわれには、天から降臨したものを、識別できる力がある。他の人たちは、それが、無い。

こうなると、妄想全開である。

この共同体が、シナゴーグを追われた我が身について説明するために編み出したイエス観は、どんどん高められていった。ついには、神と正しい関係を結ぶには、神が遣わしたこの者を受け入れなければならないと言い始めた。
すなわち、人は、「霊的」に新たに生まれなければならない。共同体の外部の人間は、生きてはおらず、命を得ることは、決してない。彼らは神の子ではない。彼らは悪魔の子だ。
アーマン

最終的に、ヨハネの福音書が書かれた時には、作者は、共同体で語られていた、様々な伝承を合体させた。

だから、イエスを完全なる人間とみなす本来の伝承と、彼を神とみなす、後の伝承がごた混ぜになっているのだ。かくして、イエスが神であるという思想が誕生した。
アーマン

ヨハネの共同体は、他の共同体が、イエスは神であるという道に至る、それを獲得した方法とは、異なるのである。

それぞれが、異なる道を辿る。
そこで、色々な軋轢もある。

主導権争いもある。
何せ、信じる者たちの、共同体である。
どこの宗教も、その争いが付きまとうのである。

何故か。
妄想だからである。

妄想のぶつかり合いである。
より信じる者が、頑固になり、排他的になり、非寛容になる。

ただ、政治的作為により、後に、教会として、統一されるのである。
それが悲しい。

ローマ皇帝の、一つの駒として、キリスト教が出来上がるのである。
それが、ローマカトリックである。
ローマと冠が付くのが、おかしい。

カトリックとは、公教会と、訳されるが・・・
実際は、ローマ皇帝によって、統一されたキリスト教という意味になるのである。

だが、そこに行き着くまで、初期のイエス共同体は、乱れる。
更に、非ユダヤ人の信者の獲得である。

そこに、反ユダヤという思想も、生まれてくる。
イエスは、ユダヤ教の一人の革命家だったはずだ。

イエスは、ユダヤ教の人々の中での、宣教を行ったのである。


posted by 天山 at 05:37| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月11日

神仏妄想である。442

当初は、イエスを信じるという、共同体は、多数存在していた。

であるから、イエスを、神の子と、呼ぶ口承は、存在していた。
だが、神の子に対する、認識は、それぞれの共同体で違ったのである。

イエスを信じる、一部のユダヤ人は、ダビデ王をはじめとする偉人と同じように、イエスが、神と密接な関係があると、考えた。

神は、イエスを通じて、この世に働きかけ、イエスは地上で、神の意志を仲介する者という、意識である。

しかし、キリスト教に改宗した、非ユダヤ人にとって、イエスが神の子とは、どんな意味を持つのか。
非ユダヤ教徒の神話には、神の子とみなされた多くの登場人物がいる。
彼らは、不死身の親と、そうではない親の間に生まれたため、半神半人と信じられた。

だから、彼らの異教の伝説に照らして、イエスを理解するのである。

つまり、それは、イエスが半神だと、思い込むものであり、完全なる人間である、ユダヤ的神の子とは、別物である。

さて、もう一つは、イエスが人の子であるという、発想である。
イエス自身が、福音書で、旧約のダニエル書に書かれる、この世の宇宙的審判者である、人の子がやってきて、この世に裁きを下すと語る。

しかし、イエスが復活したと信じた者は、地上で審判を行うために、イエス自身が、降臨すると、考えた。

パウロも、そのように語る。
パウロは、イエスこそが、未来の裁き人として、天から降りてくる、人の子であると、理解していた。

更に、もう一つは、イエスが生きていた間、彼の信者は、イエスのことを、主とみなした。
奴隷、僕が、主人を主と呼ぶのと同じである。

ところが、復活を信じるようになると、その主が、変容する。

イエスは、地上だけではなく、天の国における、支配者となるのである。

初期キリスト教徒は、旧約聖書の中で、主と呼ぶのは、神自身であると、気付く。
そうすると、もしイエスが、神ならば、地上に出現する以前から、存在していたという結論に達した。

この見解は、パウロが特に言うことだった。

イエスが神だという考えは、すべての初期キリスト教共同体で、同時期に、あるいは同じ道を辿って形成されたわけではない。何世紀もの間、エピオン派のように、このような考えを持たない共同体が存在し続けた。
アーマン

パウロの共同体は、早い時期から、それを認めていた。
マルコ、マタイの共同体では、そのような認識が生まれた形跡が無い。
ヨハネの共同体では、その認識に至るまで、数十年かかった。

だが、二世紀、三世紀になると、様々な共同体で、論争が起きる。
その結果、イエスが神であるという信仰が、かなり一般的になったのである。

そして、驚くべきことに、イエスが、復活のときに、神がその地位を引き上げて、単なるユダヤの神の子から、イエス自身が神になった。
それは、初期教会が考え出した、神学論のなかでも、最も息の長いものとなった。

このように、イエスが、神の子であり、神であるという、過程、創作が行われたことが、見えてきた。

そして、異教徒、異邦人にまで、イエスを伝えることから、ユダヤ教を飛び出したのである。

だが、問題は、山積みである。
初期キリスト教の神学者は、イエスの神性を信仰することで、大きな壁に当たった。

神は大勢いるという、異教の教えを排除し、ユダヤ教の堅固な一神教の伝統を、守り抜こうとしたからである。

イザヤ書には、
わたしは初めであり、終わりである。
わたしをおいて神はない。

神も神、イエスも、神・・・

実に馬鹿馬鹿しい議論であるが・・・

ユダヤ教的キリスト教徒だった、エピオン派は、神は一人しかいない、だから、キリストは、神ではないと、頑固に主張した。

すでにこの時、原罪という意識があり、エピオン派は、イエスはメシアであり、原罪を背負って、死ぬことにより、この世で神の意志を実現するために、神によって選ばれた人間である。
彼は、神にとって、特別な人間であり、その息子として、迎えられた。しかし、彼は、最初から最後まで、人間である、という。

ユダヤ社会では、メシアが神と、みなされることは、一度もなかった。

つまり、ユダヤ教では、メシアは、神ではなく、人間なのである。

現在も、ユダヤ教は、イエスをメシアとは、認めない。
何故か・・・
それは、何度も言うが、イエスの死は、政治的なものであり、更に、反ユダヤ教と、認識されたからである。

ユダヤ教の体制批判をする者である。
だが、イエスは、ユダヤ教徒として、説教を繰り返した。
ユダヤ教の刷新である。

イエスの思いと、信じる者たちの思い、ユダヤ教の人たちとの、思いが、バラバラである。

イエスは、世界人類のための説教は、していないのである。
イエスの世界観は、ユダヤ社会のみである。
人類の罪のために・・・
とは、全く、馬鹿げた話である。

まだまだ、このイエス論争は、続く。


posted by 天山 at 07:00| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

神仏は妄想である。443

イエスは人間であると、主張した、エビオン派と、全く逆は、マルキオン派である。

イエスは、神であるから、人間である事は無いという。

しかし、マルキオン派は、イエスと、父なる神が、二人の別々の神とは、考えていないのである。
彼らにとって、二人の神とは、ユダヤ教の神、旧約聖書の怒れる神と、イエスの神、慈愛の神だった。

イエスが、後者の神と、どのような関係なのか・・・
全く解らないのである。

しかし、一部地域では、イエスが受肉した、神自身であると、考えられていた。

さて、グノーシス派の様々な集団は、キリストが、神だと、宣言することに、何の抵抗もなかった。
というのは、彼らには、神性を示す存在は、山ほど存在していたからである。

自分だけが、神であり、他にはいないという神は、本当の神ではなく、この世界を創った、下位にいる、劣った神であるとなる。
そして、この嫉妬深く、無知な神の上には、神性を有する、すべての存在が住む、より神聖な領域が存在すると、考えた。

勿論、後に、異端として、退けられるが・・・

初期キリスト教研究史では、正統、正しい信仰というのは、非正統、異なる信仰に、対置されてきた。

非正統とは、異端である。

キリスト教が発展するにつれて、イエスの神性を、どう説明すべきかと、人々は試行錯誤を繰り返した。

多くの試みは、時代、場所によって、受け入れられだが、結局は、淘汰された。

さて、今度は、パトリパッシアニズム、天父受苦説である。
これは、アリウス派によるもの。

二世紀、三世紀に、自覚的、強引に、神の唯一性を奉じる見方が、キリスト教思想家や教父の間で、大流行した。

神は一人のみで、イエスは、神が受肉した姿であるというものだ。
神の子は、受肉した、父なる神であるということになる。

一人の神が、異なる存在形態を有しているため、モダリズムと呼ばれることもある。

一人の者が、他者との関係性において、異なる定義を与えられるということである。
サベリウス主義とも呼ばれる。

だが、このサベリウスは、歴史的には大した人物ではない。
この説を唱えたことで、波紋された。

二世紀末、テルトゥリアヌスが、父なる神と、神の子の、ペルソナ、位格は、別物だと考えるようになった。
彼によれば、二人とも神だ。しかし、神は唯一である。

その時代以降、この考え方が、洗練され、大幅に整えられて、後に、正統教義になるのである。

キリストは、神だ。父なる神も、神だ・・・
しかし、この二人は、一つである。

次に問題なのは、聖霊である。

ヨハネでは、
イエスが天に帰った後で、別の弁護者である、聖霊が、地上に降りると書いた。
この聖霊も、父なる神、神の子とは、別物である。

ついに、三位一体説が、出来上がる。

テルトゥリアヌスの理屈では、
実体の意味においてではなく位格の意味においてであり、分割のためではなく区別のためである。
私は固く結び合わされた三つの中に一つの実体があるという立場をつねに維持している・・・

時の経過とともに、この種の微妙な区別は、どんどん技巧的になっていった。テルトゥリアヌスは、同時代のモダリストへの反駁のなかで、すでに、三つの別個の位格として顕示した一人の神、すなわち三位一体について言及していたのである。
アーマン

だが、彼は、その中でも、ヒエラルキーが存在すると、考えていた。
つまり、父なる神と、神の子が、実体は同じでも、父なる神が優位にあるのだ。
父なる神、だから・・・

そのことで、一世紀以上も、議論を続けたのである。

この問題は、四世紀初頭に、アリウスが巻き起こした、論争の核心部分だった。

アリウスは、神学が盛んだった、エジプト、アレキサンドリアの、著名なキリスト教教師だった。
アリウスの時代までに、原始正統派は、エピオン派、マルキオン派、その他、種々のグノーシス派の集団という、初期キリスト教の異端派を一掃し、少なくとも、完全に、傍流派へと、弱体化させた。

そして、キリスト教教会に属していた人々は、イエスは神であるが、神は一人しかいないという、考え方を持っていた。

アリウスは、キリストは神だが、その力と本質において、父なる神の下位にあるとした。

本来、神は一人しかいなかったが、永遠の昔に、神は、第二の神である息子、つまりキリストを産んだ。神は、キリストを通して、宇宙を創造した。そして、この世に顕現する際、受肉したのはキリストだった。
アーマン

この考えによれば、永劫の過去には、キリストが存在しなかった期間があることになる。彼は、ある時点で生まれたのだ。加えて、彼は神性を備えているものの、父なる神と同等ではない。彼は息子であるため、父なる神に従属しているのだ。両者は、「同一の実体」を有していない。彼らは、ある意味で、「類似の」実体を有しているのだ。
アーマン

何とも、ご苦労なことである。

人間の頭で、捏ね繰り回した、考え方の見本である。
どうしても、超越した存在を持つということは、このような、とんでもない、議論を続けて、作り上げるのである。

勿論、妄想である。
更に、幻想でもある。


posted by 天山 at 05:57| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

神仏は妄想である。444

アリウスの考え方は、
この考え方によれば、永劫の過去には、キリストが存在しなかった期間があったことになる。彼は、ある時点で生まれたのだ。加えて、彼は神性を備えているものの、父なる神と同等ではない。彼は息子であるため、父なる神に従属しているのだ。両者は、「同一の実体」を有していない。彼らは。ある意味で、「類似」の実体を有しているのだ。
アーマン

当時、この説は、大人気を博したが、何人かの神学者は、異議を唱えた。
その一人、アレクサンドリアの教会の若い助祭、アタナシウスである。

彼は、キリストと父なる神の実体は同じで、彼らは完全に同格であり、キリストが存在しなかった期間などはないと、言う。

この議論は、熾烈を極めた。
そして、多くの教会は、それにより、分裂する。

同一の実体か、類似の実体か、である。

さて、ここから、政治の力が働く。
キリスト教に改宗した、コンスタンティヌス帝が、この新宗教を、分裂した帝国を統合するために、利用しようとしたのである。

しかし、肝心の宗教が分裂したのでは、話にならない。
そこで、宗教を一つにする必要があった。

皇帝は、この問題について議論し、全キリスト教徒を結束させるため、決着をつけるため、帝国内の最も重要な司教を招集し、ニケアで会議を開催した。
これが、325年に開催された、ニケア公会議である。

公会議の最後に、アタナシウスの説が採択された。
ほぼ、満場一致である。
しかし、その後も、議論は続いたが・・・

結局、正統となったのは、アタナシウス派の見解である。

神格を有する位格は、三つある。
それらは、相互に独立して、しかし、そのどれもが、等しく唯一神である。永遠の存在である。そして、同一の実体を共有している。
三位一体の教義である。

イエスを、神とみなす、ヨハネでさえ、三つの存在が一つの実体だという、見解は無い。

新約聖書のどころにも、それが書かれていない故に、三位一体に言及する、文書を挿入した。
それが、ヨハネの手紙、である。

三位一体は、聖書の教えに基づいていると、アタナシウスは、主張するが、どこにも書かれていないのである。
であるから、後世のキリスト教の発明である。

三百年の間に、イエスは、ユダヤの黙示思想的預言者から、三位一体の位格の一つである神へと変貌した。初期キリスト教の発展は、まさに瞠目すべきものだった。
アーマン

結果は、政治力である。
コンスタンティヌスが、発案しなければ、いつまでも、議論は、続いていた。

イエスは、黙示思想的預言者・・・
一人の人間だった。

それが、ここまでに至ると、当然、ユダヤ教とは、衝突する。
簡単に言えば、キリスト教は、反ユダヤ教になるのである。

イエスは、反ユダヤ教だったのか・・・
全く違う。
イエスは、ユダヤ教の中での、説教を繰り返した。
つまり、イエスの実体とは、随分と、いや、全くといっていいほど、かけ離れたものになった。

それが、キリスト教である。
つまり、人間の頭で、捏ね繰り回した教義の結果、出来上がったものである。

それでは、イエスという人間の本当の姿は・・・

作り上げられるものではなく、イエスの実像は、どのような者だったのか・・・

問題は、更に、イエスの宣教時代、イエスの生まれに関わる事である。

アーマンは、言う。
彼はユダヤ人であり、ユダヤ人の両親を持ち、ユダヤ文化の中で育った。彼は、ユダヤの律法を説く教師になり、ユダヤ人の信者を従え、ユダヤの神を真に信仰するとはどういうことか、その本質を教え諭した。

マリアが身ごもった子が、ユダヤ人であれば、問題ないが・・・
処女降誕は、奇跡である。
信じるしかない。

生物学的には、有り得ない。
更に、自然という点から見ても、有り得ない。
だから、奇跡。
神には、出来ない事はない。

両親が、ユダヤ人・・・
だが、その血は・・・
キリストの布が残っているというから、そこから、DMA鑑定でもするしかないが・・・

もし、ローマ兵の血が入っていたら・・・
とんでもないことになる。

更に、キリストの棺、という書籍が出版されだが・・・
キリスト教国では、無視だった。

科学的検証により、分析したものである。
イエスの妻も、子も存在していた。

それも、信じるしかないのか・・・
だが、一度、嘘でも、信じた者は、騙され続ける。
つまり、他の史実、事実を受け入れないのである。

信仰とは、頑固であり、頑迷であり、愚かなものである。
愚昧という。

現在も、イエス・キリストの生まれ変わりとして、宗教を立ち上げる、ばか者が多いが・・・
ばか者というしか、無いのである。

イエスは、神でも、メシアでもない。
純粋な人間である。


posted by 天山 at 06:00| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

神仏は妄想である。445

イエスは、黙示思想的なユダヤの預言者だった。彼は、ユダヤの神が、まもなく歴史に介入し、悪の勢力を打ち負かし、この地上に、神の国を樹立すると信じていた。この王国に迎え入れられるには、神が律法で定めたことに従わなければならないと、イエスはユダヤの群集に説いた。とりわけ重要なのは、全身全霊で神を愛すること「申命記」我が身と同じように、隣人を愛することだった。「レビ記」「律法と預言者は、この二つの掟に基づいている」と、イエスは力説している「マタイ」
キリスト教成立の謎を解く バート・D・アーマン

ということで、イエスも、信じていた一人である。
それも、熱狂的に・・・

更に、あの神が歴史に介入すると・・・

イエスが新しい宗教の開祖だと、みなしたのは、後世のキリスト教徒だけである。

イエスが、信奉していたのは、正しく理解された、ユダヤ教である。
それは、ファリサイ派や、サドカイ派の理解とは、違う意味で。

初期のユダヤキリスト教徒は、イエスのユダヤ的特徴を、守り通した。
しかし、キリスト教が、別の方向へ向うにつれ、彼らは、異端として、退けられた。

エピオン派としての、キリスト教は、イエスは、ユダヤの神が、ユダヤの律法を守らせるために、ユダヤの民に遣わした、ユダヤ人のメシアだった。

であるから、イエスの信者は、ユダヤ教徒でなければ、ならなかったのである。

エピオン派は、エルサレムの教会指導者だった、イエスの兄弟、ヤコブが、このような考え方を推奨したと、主張した。
現在の、学者は、彼らの主張は、正しかったのではと、認めている。

マタイなどは、この主張の上を行くのである。

つまり、イエスは、熱心なユダヤ教徒であり、更に、神の国が、現れると信じた一人であるということ。

とても、頑固なユダヤ教徒であったと、言える。

こうした研究により、益々と、キリスト教が、創られた宗教であることが、解る。
つまり、妄想である。

キリスト教徒は、決して、ユダヤ教徒にはならない。
しかし、イエスが求めるのは、それである。

あれほどの、イエスが、求めたが、神の国は、やって来なかった。
歴史に介入することも、無かった。
さて、どうしたのだろうか・・・

イエスも、信じる人だったのである。
それだけのこと。

キリスト教の教えの、大半は、パウロからのものである。
勿論、その後も、色々と加味されて行くが・・・

イエスに付き従うということは、どんなことか・・・
その解釈は、初期キリスト教会における、核心的問題である。
が・・・

敗北した。

パウロは、エピオン派や、マタイは、イエス自身のものとは、恐ろしく違ったものである。

パウロは、神に正しく向き合う上で、律法など、何の役にも立たないと、声だかに主張している。

入信した、異教徒は、ユダヤの律法などに、従うことは、無いのだ。

神は、律法や割礼の盟約ではなく、イエスの死がもたらした贈り物として、救済するのだから、割礼などした男は、救われないことにも、なりかねない。「ガラテヤの信徒への手紙」

パウロにとって、大切なことは、イエスの死と、復活である。

歴史上のイエスは、律法について教えた。
パウロは、イエスについて教えた。

アーマンは、
パウロは、イエスの再解釈を試みたわけではなく、それまでの解釈を受け継いだだけではあったが・・・
と、書いている。

パウロと、マタイは、全く異質である。
それが、一緒にされている、新約聖書・・・

ところで、話は、霊学的なことになるが・・・

パウロに姿を現した、イエスは、誰なのか・・・
パウロは、その時まで、初期キリスト教を迫害、弾劾していた。

突然、馬から落ちて・・・
そこにイエスの声が聞えた。
サウロ、サウロ何故、私を迫害するのか・・・

パウロの前は、サウロといった。
その声の主が、イエスだと、どうして証明出来るのか・・・
そこが、宗教の良いところ。
何とでも、なるのである。

人の見えないもの、霊などを見るという人も・・・
何とでも、言える。
だから、恐ろしい。

今では、使徒パウロと言われる。
使徒とは、弟子たちのことでは・・・
パウロも、使徒なのである。
後の教会が、そのように、定めた。

そして、教会は、更に、パウロの教えを、推し進めたのである。
律法と、福音は、別物・・・

律法は、ユダヤの神が、ユダヤの民に与えたものであり、これを守る者は、「そしてキリスト教徒以外は」、地獄に落ちるのである。

福音を授けてくれたのは、イエスの神である。
イエスの死によって、もたらされた救済の道であり、旧約聖書の怒れる神から救い出してくれるものである。

旧約の神との、断絶である。

そして、旧約聖書も、ユダヤの書物であり、それ以上のものでなし。
初期キリスト教は、滅茶苦茶であった。


posted by 天山 at 06:02| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月15日

神仏は妄想である。446

パウロの考えを、推し進めてゆく派閥では、律法を定めた神と、イエスの神は、別物であり、旧約聖書は、ユダヤ人の憤怒の神に属して、ユダヤの書物であり、キリスト教の聖典には、入らないというところまで、行く。

が、しかし、正反対の立場をとる者もいる。
バルナバの手紙、である。

バルナバは、旧約聖書は、ユダヤ教ではなく、キリスト教の書物である。
ユダヤ人は、その教えの解釈を誤り、過去もそうだった。
彼らは、冷酷で、無知で、反抗的な人たちであり、それは、モーゼの頃から、変わらない。

バルナバによれば、ユダヤの民は、神と特別な契約を交わした直後に、その契約に背いた。モーゼが、十戒を破った瞬間に、ユダヤ人との盟約には、終始が打たれた。
そして、神は、再び、契約を結ぼうとしなかった。

神が新しい契約を、結んだのは、イエスの信者との間である。
と、いう。

まあ、要するに・・・
互いに、言いたいことを言うのである。

アーマンの、導きで進めると、
一つだけ例を挙げておこう。ユダヤ人は、彼らの祖アブラハムに与えられた契約の印である割礼を、男の赤子の包皮を切除しなければならないことを指しているのだと誤解してきたと、バルナバは言う。しかし、これは完全に間違いである。割礼とは、イエスの十字架を信じなければならないことを意味しているのだ。バルナバは、どうやって、この解釈が正しいことを証明したのだろうか? 彼は、旧約聖書に、アブラハムが318人の兵士を率いて闘いに臨んだときに、まず、彼らを割礼することによって、勝利を備えたことを指摘している。318人の割礼を受けた家来は何を意味しているのだろうか、とバルナバは問うている。この数字は、あることを象徴しているのだ。
と、今度は、古代言語の、アルファベットが、数字としても、使われていたことを説明するのである。

いい加減に、嫌になる。
こじ付けのようなものである。

結果は、イエスというなの最初の二文字であり、つまり、割礼とは、包皮の切除のことではなく、イエスの十字架のことなのだ・・・

旧約の当時、イエスの十字架など、誰も、知る者は、いないのである。

それより、キリスト教が、実に、反ユダヤ的であるということに、行き着くのである。

時代が経れば、経るほど、キリスト教の、反ユダヤ主義が、強くなっていった。

キリスト教の、著述家たちは、ユダヤ人が、自分たちの聖書を理解しないばかりか、あらゆる悪事を働いていると、攻撃した。

ユダヤ教の中心地である、エルサレムが、西暦70年に、ローマ人によって滅ぼされたのは、彼ら自身の、メシアを殺したユダヤ人への、神の裁きだと、決め付けた。

更に、キリスト教徒が、イエスを神だと、みなすようになると、イエスの死に責任を負う、ユダヤ人は、神殺しの大罪を犯したと、糾弾するのである。

しかし、イエスが、十字架で、死んだのは、ユダヤ人のお陰であろう・・・

神殺しの、告発は、サルディスの司教だった、メリトンという人物が、二世紀末に行なった、説教の文書の中に、証拠としてある。
それは、20世紀半ばに、発見された。

情熱的なイエスの、ユダヤ教が、激烈な反ユダヤ主義的宗教になった・・・
それは、キリスト教徒が、イエスをメシアだと、主張した時から、必然的に生まれたのである。

メシアは、人々の原罪のために苦しまなければならず、メシアの死は、人々が、神との新しい関係を築くための、手段である。
という、定義が、生まれた。

その人々が、人類という、広さになった。
実に、迷惑である。

甚だしいのは、敬虔なユダヤ教徒、その他の人間は、神に呪われる・・・

あきらかに、狂いである。
だが、キリスト教徒は、それを信じた。そして、信じ続けるという、蒙昧である。

キリスト教徒の思想家は、ユダヤ人の聖書それ自体が、神がユダヤの民を見捨てたことを証明していると主張するかもしれない。旧約聖書の預言者は、繰り返し、古代イスラエル人が、神の意思と法を犯したために、神が彼らに裁きを下していると警告している。アモス、ホセアあるいはイザヤといった預言者は、自分の民が選んだ生き方に怒った神が、彼らを見放したのだと言っている。イエスの初期の信者は、この見解に拘泥し、原則論に仕立て上げた。冷酷無比で頑冥無礼なユダヤ人は、彼ら自身のメシアを拒絶するまで堕落した。神の堪忍袋の緒は切れた。ユダヤ人は、もはや神の選ばれし民などではなく、イエスの信者がそれに取って代わったのだ。
アーマン

このようなことが、どういう事態を招くのか・・・
キリスト教徒以外は、神の怒りと、呪いの対象となるのである。

反ユダヤ感情は、新約聖書、パウロの手紙、そして、福音書のヨハネにも見られる。

ヨハネは、ユダヤ人が神の子ではなく、悪魔の申し子であると、書いている。

二世紀以降、それは、益々と、激しくなり、それが、教義のようになるのである。

この反ユダヤ思想は、キリスト教が誕生するまで、いかなる地域にも、存在しなかった。キリスト教によって、ユダヤ教は、邪悪で、退廃的な宗教と、見なされるようになったのである。

キリスト教が発展し、最終的に、コンスタンティヌス皇帝が、キリスト教に改宗したときは、キリスト教徒の数は、ユダヤ教徒を上回った。
キリスト教徒になることが、流行したというから、驚く。
そして、四世紀末には、ローマ帝国の人口の半分がキリスト教になり、テオドシウス皇帝が、国教と定めた。

これで、決定的になった。
ユダヤ教徒への、嫌悪感が、即、行動に結びつくようになった。

ユダヤ教徒だった、イエスの教えが、遂に、反ユダヤ教になり、悪意に満ちたものとなった。それが、中世における、身の毛もよだつ迫害運動へと連なる。

現代にまで連綿と続く反ユダヤ主義が、非キリスト教徒のユダヤ人に対する、キリスト教徒の敵対意識の歴史の延長線上にあることは確かだ。それは、初期教会が生み出した、最も歓迎されざる発明の一つなのである。
アーマン

イエスから、離れた、キリスト教の、妄想は、このようにして、成った。
更に、人類には、最も迷惑千万な、代物となったのである。


posted by 天山 at 06:55| 神仏は妄想第九弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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