2013年04月28日

国を愛して何が悪い61

中国という国は、その長い間、中華思想の下、周辺諸国を、植民地、属国並みに扱っていた。

そして、その意識は、誇大妄想の意気で、アジアの大国と誇っていた。
が、近世に入り、難なく、白人のアジア侵略に屈したのである。

アヘン戦争以後は、マカオ、香港のみならず、シナ平原の大半が、西欧列強に分割支配された。

果たして、今は、それをどう思っているのか・・・

そして、日本の大東亜戦争以後、アジアの植民地解放がはじまる。
東南アジアが、次々と、独立を果たすのである。

中国はというと、一番最後に、香港、マカオの如く、白人植民地支配から開放された。それは、中国の努力のせではなく、イギリスのお陰である。

アジア植民地開放戦争期において、中国は、ただ一人、遠交近攻政策を採り、白人に組して、独立運動に反抗していたのである。

日本が、唯一、アジアを代表して、西欧列強勢力と、戦っていた。
そして、その足を引っ張り続けたのであるから、呆れる。

つまり、東洋には、傲慢で、白人には、卑屈である。
だから、中国を黙らせるなら、イギリスに言わせるといい。

ここに、実に中国人らしい史実がある。

大東亜戦争にあって、東南アジアの現地住民が、一斉に日本に協力したが、その地にいる、華僑だけは、宗主国の白人側について、強力に抵抗したという、事実である。

華僑は、白人の威を借りて、現地住民を搾取していた。
ゆえに、植民地支配にあっても、一人繁栄していたのである。

自分たちの利益になることであれば、主義も主張も、信念も思想も無いのである。

さらに、現在の中国は全く関係ない、清時代の侵略によって拡大した、周辺異民族の土地、住民を、自国の領土として、手放さないという・・・

チベット、新疆ウイグル、蒙古、満州、台湾である。

特に、悲惨なのは、チベットである。
120万人を虐殺して、手放そうとしなかった。

現在の中国は、アジアでは、最も危険な国として、認識されている。

最大の問題は、共産主義の一党独裁政権であること。
核武装し、アジア最大の軍隊と、海軍力を持ち、毎年、軍事費を大幅に増大している。

そして、東シナ海、南シナ海の制覇に乗り出している。

ユーラシア大陸の中で、中国はロシアに次いで広大な領土を持った国になっている。ロシアは領土拡大の手段が軍事力という直接的な力で漸次奪い取っていったものだが、中国の場合は流民、難民の国境を越えての押し出しが、しだいに根を張っていつの間にか、なしくずしに領土に編入されているといった具合である。
清水馨一郎

現在も、チベットと、新疆ウイグルがそうである。
少数民族の中に、流民、難民という移民を送り込み、漢民族の血を増やして、人種の構成比率を逆転させる。
そして、いつの間にか、漢民族の領土にするのである。

このやり方が、実に、汚いのである。
ドイツのヒトラー以上に、蛮行である。

新疆ウイグルでは、年頃の女性を集めて、別の地域に連れ去る。つまり、ウイグル族を産ませないために、である。
更には、堕胎をさせる。

中国人、漢民族には、国境という意識が皆無である。
何せ、中華思想なのであるから・・・

更に、立場が弱い間はいいが、立場が強くなれば、どこの領土も中国のものであると、言う。
ハワイも、中国領だといって、クリントン元長官を激怒させた。

中国文化の膨張は、流民、難民によって、生まれたものである。
王朝末期になると、大混乱が起こり、そのつど、膨大な難民が発生した。
この難民が、天下を押し広げる、あるいは、天下を取るものも出てくるのである。

中国では、正規軍も酷い蛮行をするが、敗残兵、難民は、もっと酷い。
敗残兵、食い詰めた人民は、大群となり、隣地に押し寄せる。

現在も、政府高官の八割、富裕層の九割が、移民として他国に出ている。つまり、政権末期状態なのである。

香港返還前に、多くの金持ちたちが、多数逃げ出している証拠がある。

更に、流民、難民の場合は、国境など問題ではない。
ということは・・・
これからの、日本も危ういのである。

中国からの留学生・・・
彼らは、そのまま日本に居付く。
更に、不法入国にて、日本に住み着く。

更に、政変により、日本に大挙して押し寄せたら・・・
その難民は、武器を持ってくる。武装難民である。

現在の中国では、内陸の農村から、2,6億人もが、盲流、と呼ばれて、出稼ぎ労働者となり、海岸部に押し寄せている。
そして、都市を彷徨している。
彼らが、政変により、海外に押し出される難民の可能性を持つ。

それが、日本に向ってきたら・・・
漢民族は、その根、心性から違う人種である。
どんなに繕っても、それは、いつか出る。
騙すのは当たり前、恫喝するのも当たり前。人の物は、我が物である。

一党独裁の共産党が崩壊しても、似たような政権が出来上がるのである。
その歴史を俯瞰すれば、民主化など、夢のまた夢である。




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2013年04月29日

国を愛して何が悪い62

辛亥革命後の中国には、多くの主義主張が存在した。帝政あり、清国再興の腹僻あり、立憲君主制、共和制、共産制、連邦制あり、無政府主義もあった。人が多ければ口も多い。だから政党や結社も300から600もあった。しかし、どの政党結社も民衆の基盤を持っていなかった。
黄 文雄

それは、
中国は、伝統的に国民というものが存在しない社会で、農民蜂起がいくらあっても、世の中を支配するのは常に読書人であり、人民は生殺与奪の権を握られる存在でしかなかった。20世紀の今日においてすら、いまだに中国では普通選挙が実施されていない。実施されないというより、できないのである。読書人同士の違いは、天子がいなくなったら実力で決着する以外、解決の方法がないのである。
と、言う。

21世紀に入っても、普通選挙は、実施できないようである。
彼らには、国民国家という、概念がない。

であるから、法律も何のその・・・
その時々で、いくらでも、変更するし、更には、あって無きものである。

最後に、国民党と共産党の戦いとなったのは、国民党が、イギリス、アメリカの支援を受け、共産党がソ連の支援を受けて、代理戦争のようになった。
その結果、中国人が自分たちの問題を解決できない以上は、列強が介入しても、解決の道が無いということに気付いた。

欧米、ソ連は、手を引く。
だが、日本だけが、その泥沼化の内乱の中に、深みにはまっていった。

そして、イギリス、アメリカ、ソ連が後退する中で、日本が排外運動の当て馬になったのである。

反日、抗日と叫んでいれば、大義名分が成り立つ愛国者になり自己弁護もできるので反体制運動をするにはかっこうの隠れ蓑になるのである。


満州事変までに、日中間で未処理の問題が山積みとなり、反地に運動は、更に高まり、通州事件のように、日本の民間人が虐殺される事件が、各地で多発したのである。

日本は、生真面目過ぎたのである。

だが、日本の中国進出は、20世紀初頭の列強による、中国分断を阻止し、中ごろまでに、中国の内戦を終結させた。

勿論、中国と、日本の一部のサヨク系の学者は、違う見方をする。
侵略だと・・・

19世紀の日清戦争後の、三国干渉から、列強による、中国分断がはじまっていたのである。

満蒙、新疆地区は、ロシア。
華北は、ドイツ。
華中はイギリス。
華南は、フランス。

アメリカは、スペインとの戦争で、乗り遅れた。その後で、門戸開放、機会均等を叫んだが、それでは、列強の分割を阻止できなかった。
それを阻止したのは、日露戦争以後、大陸に進出した日本である。

もし、日本が、日露戦争をせず、列強と共に、分断に関わったなら、今の中国は、無いのである。

辛亥革命によって1912年1月1日誕生した共和国体制の中華民国は、一見新しい後継国家のように見えるが、その実、国家の体制を整えることもできなかった。中華民国は南京で臨時政府を樹立したが、内部分裂と旧清国政府の圧力で三ヶ月しかもたず、結局袁世凱に政権をわたさざるをえなくなった。袁世凱の北京政府も安定できず、国家元首は、総統になったり、皇帝になったり、執政、大元帥などとくるくる代わった。


中華民国が、国家体制になったのは、40年後、台湾に移ってからである。
中国の内乱に負けて、大陸から追い出されて、ようやく、国家になったのである。

兎に角、一々書く必要がないほどの、内戦を経て、政権は銃口から生まれると、言った、毛沢東の共産党によって、終わる。
恐怖政治である。

それも、日本が、進出していたゆえである。

日本軍が、各地に、治安維持政府を創り、軍閥と匪賊が闊歩する状態がなくなり、民衆が、内戦の混乱から救われたのである。

まともでない国が、まともな歴史的判断を下すことは出来ない。
日本が中国を侵略したと言う・・・

中国には、国家と言う意識が無いのであるから、日本軍に対しても、戦うということをしなかったのである。
それは、自己保存である。

どの勢力も、自分の軍隊の温存を望み、国家意識なく、抗日より、大事なことだった。
万が一、戦いが始まると、その統率者、最高責任者は、逃げ出すのである。

中国の軍隊とは、国家の軍隊ではないのである。
この辺から、考えないと、解らない。

日清戦争当時から、軍隊ではなく、私兵、あるいは、強制連行してきた兵士である。

まともに考えていると、とんでもないことになる、中国である。

兵士は、人民より、派閥の司令官に忠誠を尽くすのである。
面白いのは、日中戦争の際に、日本軍と、一応中国軍が戦っていた。しかし、その後方では、国民党と共産党が、戦っていたという・・・

更には、地方の政府軍同士も、戦っていたのである。

各派の軍閥、匪賊は、離合集散を繰り返し、日本軍がいなくても、兎に角、戦っていたのが、事実である。

統制の取れた日本軍が、勝つのは当たり前である。

中国の支配者は、軍を掌握しないと、成り立たないのである。
現在も、然り。


posted by 天山 at 05:13| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月30日

国を愛して何が悪い63

戦後の日本の進歩的と言われる文化人は、よく、人を傷つけたり、殺したり、盗んだりする者には罰を与えるとした劉邦の「約法三章」や、泥棒や乱暴はしてはいけないことだと八路軍が歌って覚えたという「三大規律八項注意」などをとりあげ、人民解放軍がいかに教育のいきとどいた規律ある軍隊だったかということの例にして褒めそやしている。
黄 文雄

黄氏は、戦争は軍の規律だけで勝てるものではないと、言う。
国際間の近代戦争では、火力、機動力、情報力が勝敗を決するのである。

なぜ中国の軍隊が軍紀だけで天下が取れたのかというと、その背景には中国の戦争文化がある。中国の軍隊というものは、古来略奪と虐殺を行う武装集団だった。兵匪ともいわれる。


中国を統一した、秦の軍隊は、国民皆兵制度で培われた、戦争のプロ集団である。
だから、戦争には強かった。

秦が、統一するまで、切取った人の首は、100万である。
虐殺した城は、数え切れない。
更に、秦の将、白起の率いる秦軍と趙軍が長平で戦ったとき、投降した趙の兵士40万人を、生き埋めにしたのである。

だが、秦以後の中国の軍隊は、二つの特徴が見られる。
一つはプロ集団である軍隊が、烏合の衆のアマチュア農民反乱軍に、勝てないということである。

歴代の王朝は、色々な軍政改革を行ったが、毎度、アマチュアに負けている。

中国の軍隊がこれほど弱いのは、その質に問題があるからである。兵隊といえば盗賊と同じようなもので、中国ではことわざにも「好男子は兵にならない、好い鉄は釘にしない」「秀才が兵にあえばいくら理があっても話しにならない」などといわれるくらいである。


兵士にとって、唯一の賞金稼ぎのチャンスが略奪である。豊かな城を攻め落としたら、部下に最低一週間は略奪、婦女暴行をさせてやらないと、司令官は名将になれない。すぐに部下に殺されるか、見捨てられてしまう。


と、いうことで、戦後の日本の進歩的文化人という者どもは、何も知らないのである。
願望を、現実として、語った。

更に、中国式の、人の殺し方である。
頭に穴を開け、目をえぐり、鼻や耳をそぎ、皮をはぐ・・・
瞬間的に殺すことはない。

文化大革命の際も、とても言葉に出来ないほどの、残忍な殺し方をしていた。
酷いものになると、心臓を手づかみで取り出して、食うのである。

日本の戦争文化は、全く別物である。

あの、関が原の戦いの際に、農民たちは、弁当を持って、高みから見物するという、のどかさである。

戦いは、武士同士のことであり、民衆は、関係ないことであった。
中国の戦争文化とは、まったく別物である。

更に、明治以後の日本の兵士は、皇軍という誇りがあり、一部で暴走があったとて、全体的には、略奪、大量虐殺などはない。

中国人が日本軍の、残虐さを言うのは、彼らがそうだから言うのである。

日本軍の残虐行為を、三光作戦というが・・・
冗談ではない。
三光作戦とは、中国の伝統的な戦争文化のことである。

三光とは、焼き尽くす、殺し尽くす、奪い尽くす、である。

中華人民共和国述語辞典には、それは、蒋介石が人民を殺害するために使ったスローガンであると、書かれている。

一方、台湾の辞典には、共産党軍のスローガンだと、書かれている。
地主を静粛するときの、スローガンである。

日本軍の南京大虐殺も然りで、自分たちのことを言うのである。

城内、都市の住民を殺し尽くすのは、中国の武装集団である。
南京では、何度も、大虐殺が行われた。それを、一々上げるまでもない。
皆々、中国人同士の戦いである。

中でも、最も有名なのは、太平天国の乱の際の、大虐殺である。

太平天国軍が占領した南京を、湘軍が攻撃した際、大虐殺が一ヶ月に及び、南京城内から財宝を運び出す車の列が、その間、絶えることがなかったという。

この、焼き直しが、日本軍に使われたのである。

兎に角、これ以上、記す必要は無い。

中国人に決まった史観があるかというと、そんなものはないといえる。つまり、そのときの政治的な都合によって史観など臨機応変に変えてしまうのである。


一見して、唯物史観で統一されているように見えるが・・・
実際、いつも不安定である。

その一つの証拠が、文化大革命を賞賛した日本の進歩的文化人たちは、ケ小平の時代になり、ゴミのように捨てられた。

中国寄りの人たちは、中国と同じように、コロコロと考えを変える必要がある。
自分たちの都合の好いようにである。

更に、中国では、人物評価も時代によって、コロコロ変わる。
極悪人が、ある日突然、大善人、愛国者になったりする。

善人も、大悪人にされるし・・・

兎に角、そんな彼らの言い分に振りまわれさていると、ノイローゼになる。
私も、中国の近代史を見ているうちに、嫌になってきた。
出来る限り、お付き合いしたくない相手、国である。

これから、中国は、世界一の嫌われ者になるということだけは、明確に解るのである。


posted by 天山 at 06:09| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月01日

国を愛して何が悪い64

日本国内にいて、日本を見るというものは、難しい。
当たり前の感覚に慣れて、見逃す。

だから、一番良いのは、異国との相違点である。
特に、西洋礼賛、アメリカ礼賛が主流だった一時期から、今少し時を経て、それら白人の国との相違を見ることが、有効である。

今、手元に、驕れる白人と闘うための日本近代史、という本がある。
日本人がドイツ語で書いたものを、また、日本語に翻訳したものである。
著者は、松原久子、訳者は、田中敏である。

その一部から、
ドイツ人が手にするどの紙一枚についても、そもそも紙は、アラブ人が紙の製法の秘密をスペインに持ち込む以前に、すでに一千年もの間、中国で使われていたという事実を心に銘記しておいてほしい。その製法がスペインからドイツのニュルンベルクまで伝わるには、さらに二百五十年を要したのである。・・・
カルロ・チッポラは17世紀以降のヨーロッパ文明の繁栄について大袈裟な言葉で次のように書いている。
「ある社会の生命力は、自己のアイデンティティを失うことなく、また余分なマイナス要素を取り入れることなく、他の文化を十分に借用する能力に最も明白に示される」
借用することは、カルロ・チッポラによればよいことなのである。ただし、借用するのがヨーロッパ人であれば、である。

もし他の、非ヨーロッパ社会が同じことをすれば、激しい批判が巻き起こる。
「日本人は相変わらず猿真似をしている。彼らは役に立つと思われるものは何でも取り入れる。百年間彼らは西洋をコピーし続けた、政治機構であれ、法制度であれ、工業製品であれ、そしてそれを恥だと思ったことがない、真似という芸当は大昔から彼らの伝統だからだ」

ヨーロッパ人が他民族、他文化圏から何か役に立つものを取り入れれば、彼らは自分たちがいかに文化的に開かれ、受容能力があるかを誇らしげに語る。そこに何かを付け加えて成功したならば、「独創的」だと評価する。ところが、もともとヨーロッパの発想であったものをどこか他の国で、例えば日本が借用し、応用した場合は、この「独創的」という言葉はまず使われない。

私は、ヨーロッパの内容豊かな独創性に疑いを抱くとか、ましてや過小評価する気などさらさらない。ヨーロッパは間違いなく、その優れた独創性を賞賛されるに値する。

ただ私が不思議に思うのは、ヨーロッパ文化の体面を顕示する際の、あのバランスの欠けた態度である。自分たちが、自分たちだけが、独創的なのだと主張するあの断固たる態度である。その態度が、私にはどうしても我慢ならないのである。
松原久子

と、いうことで・・・
そこにあるのは、優越意識であり、白人主義である。

ヨーロッパという、世界の一地域を世界であると、幻想しているヨーロッパ人である。

ゆえに今でも、彼らは、変わらない。

白人優越意識、主義とでもいうか・・・

白人による世界史の「流れ」は、ルネッサンス、産業革命、フランス革命、アメリカ独立と一貫した精神で貫かれている。それは自分たちの考え方こそ真実であり正しいと信じ、それによって世界を動かそうという白人たちの理想主義によってつくられた流れである。この白人の理想主義は、それに反対するものは許さないという一種の思い上がった狂気を内包している。
清水馨八郎

イラクを攻撃した、元アメリカ大統領のブッシュは、十字軍という言葉を用いて、イラク攻撃を開始した。

その、十字軍とは、ヨーロッパの戦争のはじまりである。
イスラムに対する、戦争であり、徹底的に、略奪、強盗をして、成り下がった。
そして、恐るべきは、神の名において・・・

現在のイスラム系テロリストが、何故、生まれたか・・・
それ以前の、キリスト教の蛮行によってであることを、知ることもない。

上記の、清水氏は、過去1500年ほどのスパンで、白人の血の中に組み込まれた遺伝子を見ると、次の三点に注目するという。

第一、 8世紀から11世紀に活躍した北方ゲルマン民族によるバイキング、海賊の実相。
第二、 砂漠の宗教であるキリスト教を政治的に取り入れ、布教し、11世紀から13世紀の長きにわたってイスラム世界を侵略した十字軍の蛮行。
第三、 デカルトの人間中心の二元論的思想・哲学、弱肉強食=適者生存のダーウィンの進化論などを基にした、西洋の物質科学技術文明の世界支配などを挙げることができる。
と、なる。

その、略奪性、侵略性、野蛮性の本性は、十字軍の蛮行や、コロンブス以来の世界侵略の手口、英米アングロサクソン族の世界制覇の手口である。
大東亜戦争に見る、アメリカの原爆投下、そして、日本侵略などの蛮行は、まさに、バイキング精神が一貫して流れている。

日本侵略は、江戸末期の黒船当時からの、願望であった。

現在文明人の顔をしている英米のアングロサクソン民族の祖先が、海賊のバイキングであったことを忘れてはならない。彼らの血や遺伝子の中には、バイキングの攻撃性、残虐性、収奪性、策謀性の行動原理がしっかりと組み込まれているのである。
清水

大東亜戦争時、英米を、鬼畜英米と呼んだのは、誤りではなかったようである。

以前にも、そのバイキングの民族の発祥を書いている。
その、バイキングに最も加担したのが、これまた、野蛮なユダヤ・キリスト教である。

ユダヤ教の聖典である、旧約聖書は、兎も角、一つの民族の神話、伝承であり、他民族、異教徒に対する、攻撃性と、排他性で溢れているのである。

それと、結びついた、バイキングであるから、手が付けられない。

西欧白人が、短時間に全世界を制覇、征服できたのは、鉄砲という武力だけではない。キリスト教という、文治、宣撫策を巧みに活用したからである。

侵略者は、宣教師を伴い、宣教師を侵略の手先にして、他民族の宣撫策を行ったのである。

日本も一時期、九州が、実はキリスト教の植民地になっていた事実がある。
それに秀吉が気付き、早めの手を打ったから、救われた。
それを、キリシタン弾圧というが・・・
弾圧ではない。
国を守るための、方策であった。


posted by 天山 at 05:07| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月02日

国を愛して何が悪い65

ユダヤ教の選民主義から、キリスト教へ移行してからも、その選民意識が、受け継がれた。

ユダヤ・キリスト教に関しては、別エッセイ、神仏は妄想である、に、詳しく書いているので、ここでは、それを省略する。

ただ、カナンという砂漠で出来た民族宗教である、ユダヤ教の聖典とされる、旧約聖書は、実に、傲慢非道極まりないものである。

そして、その神に選ばれた民族・・・イスラエル人である。
その選民意識を、そのままキリスト教が受け継ぎ、そして、それを白人に置き換えたのである。

つまり、白人は選ばれた人種となる。

その旧約聖書から見ると、神―人間―自然となる。
自然とは、動植物、被造物ということである。

階級主義による、世界観である。

それが、他民族を征服し、奴隷化すれば、奴隷は家畜と同じく扱うのである。
そこに、何の痛み、憐れみも無い。

つまり、ユダヤ・キリスト教は、遊牧、狩猟、牧畜、奴隷使役生活に都合の良い宗教になっている。

イスラエル人は、奴隷を引き連れて、移動していたという事実。

有史以来、世界の砂漠化は人間の営みによって急速に進んできている。それは遊牧、肉食民族の一神教の拡大と軌を一にしている。キリスト教では人が自然の上位にあり、人は自然を征服支配してもよいという思想だから、現在進行中の地球環境悪化や砂漠化の責任の一端はキリスト教にある。
清水

キリスト教の南北アメリカ大陸への拡散によって、森林の牧場化などで森の破壊が一挙に拡大した。
北米は、キリスト教徒の入植以来、わずか300年で、森の80パーセントを消滅させたのである。

古代の日本人は、自然は、命あるものであり、その自然に生かされていると、感じてきた経緯がある。
自然を支配するなどとは、考えないのである。

更に、キリスト教の平和、愛の対象は、白人自身の身内のことである。
自然、そこに含まれる、動植物、家畜、奴隷は除外してある。

更に、異民族、異教徒も除外である。
ユダヤの思想は、そこで完璧になるのである。

キリスト教は、それも受け継ぎ、キリスト教を信仰しない民族は、野蛮人として排除する。更には、抹殺してもよいのである。

ユダヤ教の一派だった、キリスト教は、ローマの国教となり、西欧全体に広まった。
そして、ユダヤ教にある、妬み、復讐、対立、抗争の思想が、そのまま引き継がれた。

であるから、11世紀から13世紀の聖地奪回という、十字軍の遠征を見れば、よく解る。戦争を始めたのは、キリスト教であるといえる。

第一回の遠征は、成功したが、その後は、皆々、失敗に終わっている。しかし、その後の、十字軍は、宗教の名を利用した、強盗団に変質した。
手当たり次第の、略奪行為を繰り返したのである。

この十字軍の暴挙は、15世紀のコロンブス以降も、世界に向って発進された。
つまり、大侵略行為である。

だが、世界に向けてだけではない。
西欧においても、深刻な派閥争い、異端審判、魔女狩り、火炙り、拷問、ホロコーストと狂気の沙汰になっているのである。

その影響は、現在の民族、宗教紛争にも連なっている。

西欧の歴史を見ると、それはそれは、戦争、紛争の多いことに気付く。

百年戦争、30年戦争、七年戦争、ばら戦争、ユグノー戦争、アイルランド紛争・・・

世界の大陸の中で、西欧ほど、戦争の坩堝になったところは、無い。
それは、すべて、ユダヤ・キリスト教に起因するのである。

15世紀以来、その狂気が世界を駆け巡る。
更に悪いのは、その侵略行為が、神の名による聖戦として、正当化されるのである。

アメリカのインディアン虐殺も、黒人奴隷も、すべて、神の定めた宿命して説明する暴力である。

ただ今は、キリスト教精神が、唯一の拠り所である。
それは、彼らの野蛮性を唯一、引き止められるために利用されているからである。

彼らの先祖、バイキングの性質に戻ることなく・・・
イエスの説いた、愛の教えを、他民族、自然に対しても、行って欲しいと願うのである。

ユダヤ・キリスト教は、神との契約というものを、重んじるようだが、対人間との契約は、全く守らないというのも、事実である。

契約不履行は当たり前なのである。

アメリカが先住民族インディアンと結んだ契約は、300以上もある。しかし、どれ一つも、彼らは、実行しなかった。
そればかりか、勝手に、契約をして、勝手に破るという、野蛮である。

契約、条約を結び、インディアンに弓矢を置かせて、契約を破り、インディアンを皆殺しにするという、繰り返しをして、西部全域を手に入れた。

これが、未だに、謝罪無く、裁かれていないのである。

昔、西部劇が流行したが・・・
それが、どれほど、野蛮なものかを知らぬ。
そして、バイキング精神を発揮して、侵略、略奪することを、自慢するという根性は、ただ事ではない。

ちなみに、彼らは、ポツダム宣言でも、約束を破っていた。
無条件降伏は、日本軍に対してである。
しかし、それを、日本国に入れ替えたのである。

日本軍が武装解除すると、即座に、日本国の無条件降伏に変更するという、手口である。

その後の、軍事占領は、国際法違反である。
更に、原爆投下も、日本の各都市への空爆も、国際法違反である。

一般市民を攻撃することは、禁止されている。
ところが、謝罪もなく、今も平然としていられる根性である。

ユダヤ・キリスト教には、世の始まりがある。
つまり、白人に世界を任せると、世の終わりが来るということになるのだ。



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2013年05月03日

国を愛して何が悪い66

長期の十字軍遠征の暴挙があったにも関わらず、今度は、同じキリスト教同士の内乱が、18世紀まで、続いた。

西欧は、いつ果てるとも知らぬ、戦争、内乱の巷と化していた。
人々が、この戦乱に疲れ果てた頃に、戦争にも何かの決まり、秩序が必要であると、気付く時がくる。

国際法の、はしり、として、オランダのフーゴ・グロティウスの有名な、戦争と平和の法について、がある。
三十年戦争のさなかにあって、戦争の災禍から人類を救うために、国際法的ルールの設定を提唱したのである。

グロティウスの残した法的遺産は、その後、17世紀の半ば、イギリスの国際法学者、リチャード・ズーチの、諸国民間の法、に継承された。

続いて、18世紀末、ベンサムが、国際法、と名づけて現在に及んでいる。

だが、この国際法の適応範囲は、西欧のキリスト教国にのみ、限られている。

18世紀にアメリカの独立があり、その適応範囲が、欧米に拡大された。

それでも、白人キリスト教国家間の法という、基本的性質は変わらない。

19世紀になり、少しその性質が変わった。
1856年のパリ条約の際に、トルコの参加を認めたのである。

それに先立ち、1842年、中国が、南京条約を結び、また、日本が、1854年、日米和親条約をして、次々に、条約を結び、国際法の適応を受けることになった。

日本では、最初、万国公法として、知られた。

日本の坂本竜馬などは、それを持って、世界への道を考えたのである。
しかし、日本では、世界を律する、道義の道として高く意識されたが・・・

元々、それほどに、高次のものではないのである。

互いのエゴイズムを調節し合うという程度であった。

日本人は、万国公法を非常に高く評価していた。し過ぎでいたのである。

日本開国当初は、その万国公法では、一等国が、イギリス、フランス、オーストリア、プロシア、ロシアとされていた。
二等国として、スイス、デンマーク、オランダ、スペイン、ポルトガル、イタリアなどが、続く。
それ以外は、三等国扱いである。

アメリカは、新興国という扱いである。

さて、日本は、日清、日露戦争に勝利して、英米独仏と共に、五大一等国の地位を勝ち取った。
だが、その頃から、キリスト教国以外の、非白人国で、ただ一国、国際社会に参入したということで、西欧では、ドイツ皇帝ウィルヘルム二世などにより、黄禍論、こうかろん、が叫ばれ、日本は、アングロサクソンの人々から、目を離せない、脅威の存在となっていた。

それは、多分に、差別である。

その証拠を、松原久子氏が書く。
開国したばかりの日本に西洋からやってきた人たちは、この国は二百年以上も戦争がなかったばかりではなく、社会が安寧を保ち、人々は太平の世を謳歌している豊かな国であることを見抜けるだけの態勢になっていなかった。西洋人にとって重要なことはただ一つ、日本はキリスト教ヨーロッパ文化圏の外にあるということだった。

彼女は、そこで、1876年に東京帝国大学医学部の教授として、来日した、ドイツの医師、エルヴィン・ベルツの書簡を上げる。

彼が家族に宛てた手紙の中に、
お前たちはだいたいこんな風に想像すればよいだろう。日本人はわずか十年前までは、我々の中世の騎士時代の文化状況、つまり教会、修道院、手工業者の同業組合といった封建制度の中で生きていた。それが今、我々のヨーロッパの文明がたっぷり五百年かけて成し遂げた発展過程を一足とびに跳び越えて、ヨーロッパがやっと19世紀になって勝ち取ったものを、一挙に横領しようとしているわけだ。
である。

この手紙の一部分は、当時に日本にやって来た、外国人が見て、感じたことを全て要約している。

更に、今日まで、日本について、聞いたり、見たりすることのほとんどに、浸透しているというから、驚く。

松原氏は、
開国した時の日本の文明は、西洋の五百年後ろを足を引きずり歩いていたという妄想は、数え切れないほどのバリエーションで繰り返し語られ、彩色されてきた。
と、書く。

西洋文明に一気に追いついた民族が世界に存在するという、興奮と、脅威である。

白人たちは、神経を苛立たせた。
神秘を感じつつも、危険を感じた。

その黄色人種は、異常な力を駆使でき、ヨーロッパ世界の脅威となる天才的な超人か、はたまた悪魔か・・・

このアンビヴァレントな想像は、ヨーロッパ人の心を深く惑わしている。好意的に考えるか、反感を持つかによって、日本は神秘と力に満ちた国になったり、暗黒の陰謀に満ちた帝国として描かれたりする。しかし魅惑も恐怖も、誤解に基づいたものなのである。
松原

この誤解が、今も続くのである。
人が理解出来るのは、その人の器による。
それを超えるものは、理解不能になる。
つまり、それ以外のことを考えられないのである。

西洋人は、それである。
考えられない、思考外の国、そして、日本人なのである。

本当は、彼らの救いが、日本にあることを知れば、幸いだが・・・
非寛容、排他的、更には、野蛮さ・・・

日本には、基本的に、そのような心情を持つ風土ではないということ。

欧米人ほど、日本を学ぶべきである。

ちなみに、現在は、西洋白人こそ、人類を破滅に導く恐ろしい存在であるという、白禍論、はっかろん、が語られるようになっている。


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2013年05月04日

国を愛して何が悪い67

西欧の人たちの、日本に対する誤解は、実に多い。
それは、日本を知らない。その歴史を知らないということから、いえる。

例えば、何故、日本だけが、早いスピードで、西欧に追いついたのか・・・

それは、19世紀の日本の置かれた状況を見るべきである。
当時は、国際的な開発援助などはない。技術教育の助けも、財政援助も無い。学術、技術、文化の交流も無い。
工業先進国の費用で学ぶことが出来る、第三世界諸国からの、留学制度も無かった。
国際連盟も、国際連合も無い。世界銀行も無い。

あったものは、苛酷で、情け容赦の無い植民地主義である。
植民地妄想に取り憑かれた欧米列強にとり、自国の国境の向こう側は、搾取の対象だった。

日本のように、二百年以上の鎖国から出た国は、彼らには、特別のご馳走であった。

西洋人が「我々は日本人を援助した。我々の助けがなかったら、日本の近代化は決して成らなかった」と言うのをしばしば耳にする。
松原久子

冗談ではない。

日本政府は、自国の費用で、何百人という日本の学生をヨーロッパの工業国に留学させ、更に、日本政府は、自国の費用で、学者、技術者を日本に招聘したのである。
その数、およそ、500名である。

そして、彼らに対して、莫大な給料を支払った。

日本以外の、発展の遅れを引きずる国々は、その原因が、必ずしも、植民地主義の後遺症というだけではないのである。

というのは、日本には、工業化のための、前提条件が当時、すでに揃っていたのである。

19世紀半ばの日本は、貧富の差が極端ではなく、富が広く分配されていた。
また、手工業の訓練を受けて、学習意欲のある、更にその熱意のある若者が沢山存在していた。
更に、見事に運営された学校制度があった。
総人口の比率で比較すると、すべてのヨーロッパ諸国より、多くの人たちが、読み書きが出来た。

数世紀前から、国内市場が栄えて、見事に張り巡らされた交通網と、それに付随する道路、運河、船の航路という、産業基盤も完備していた。
資金は、贅沢を考える人たちではなく、投資事業に意欲を持つ人たちの懐にあった。

日本には、手工業から工業化された生産過程への切り替えを可能にする、教育、訓練を受けた人たちが存在していたのである。

そして、兎に角、日本人には、向学心があり、学習能力に優れていたのである。

自力で工業化を成功させるためには、資金が必要である。
それが、19世紀半ばの日本には、すでに十分に揃っていたのである。

つまり、江戸時代とは、そういう、日本の根を張る時代だったといえる。

近代化を妨げる恐らく最大の問題は、富の不平等な分配である。一握りの上層階級が土地の大部分を所有し、その土地から生み出される富の大部分を独占するかぎり、需要も偏ったものになる。経済活動の軌道は金持ちの要求する方向へ向けられる。
金持ちの贅沢な要求を満足させるために、繊細で素晴らしい芸術作品が生み出されることもしばしばある。そういった作品はヨーロッパの美術館に飾られ、人々を感動させている。しかしその芸術作品を創作した民族の大部分は貧困に喘いでいた。彼らはわずかな上層階級の人たちの豪華な生活のために死ぬほど酷使される運命にあった。
松原久子

この状態は、私が旅して見聞した、多くの貧しい国において、実感できるのである。
何故、日本だけが・・・

植民地支配が終わっても、半工業化で精一杯な国々・・・
何故か・・・

経済的な豊かさと購買力が、広く行き渡ることが、工業化の前提条件である。
日本には、それがあったのである。

その原因の最大なことは、貧富の差である。
貧富の差のために、広く全国民に、利益をもたらす工業化の芽が、摘み取られてしまうのである。

松原氏は、
数世代にわたって、貧富の差が拡大することを食い止める効果的なメカニズムが、経済の仕組みの中に組み込まれていなければ、その社会はあっという間に、破局へと雪崩れ込んでいくだろう。無産階級が破滅の淵へと追い込まれ、生き延びる望みを失った時、彼らは暴力へと手を伸ばす。貧困、嫉妬、そして社会の不正に対する怒りが、常に革命の最大の温床であった。
と、言う。

日本には、革命が無かった。
それは、貧富の差、上層と下層の差が極端ではなかった。
そして、そのことは、世界の何処の国、どこの民族にも無いことである。

中国の温首相は、不正蓄財が、1800億円である。
これでは、革命が起きても、おかしくない。

ここで、象徴的に、天皇が、時の為政者に対して、お言葉を述べられていたこと・・・
国民が宝である。

住民の間で、個々の集団の格差があまりにも、極端になると、その社会は、不安定になる。日本は古くから、その考え方を常識として、深く根を下ろしていた。

どうして、他の国々が、それに気付かないのか・・・
事は、簡単である。

上にいる者、つまり、権威者である。
多くの国には、権力者のみである。
だが、日本には、天皇という長い伝統の権威者が存在したことが、幸いしたのである。

非常に皮肉なのは、フランス革命である。
自由、平等、博愛・・・
何故、キリスト教の隣人愛は、十数世紀もの間、自由、平等、博愛を西欧の基本的思想に出来なかったのか・・・

それは、教会自体が、権力者だったからである。
ローマ法王も、権力者だったからである。

為政者も、精神的指導者も、共に、権力者であった。

日本民族の智恵としての、天皇の存在が、日本を奇跡の国に仕立て上げたのである。
最高の権威が、国民と共にあるという・・・
実に、素晴らしいことだった。


posted by 天山 at 05:35| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月05日

国を愛して何が悪い68

格差の問題は、欧米と、日本企業の給与体系にも見ることが出来る。

欧米の企業幹部の給与は、一般労働者、社員の給与の百倍、千倍ということが珍しくない。日本では、伝統的に、幹部の給与は、低いのである。

その額は、新入社員の初任給の十倍、あるいは、十五倍以上と言うことは無い。

欧米では、その格差により、激しい嫉妬が噴出する。日本では、そういうことは、無いのである。

もっと、突っ込んで、西洋社会を見ると、いつも隣国などとの戦争により、鬱屈した苛立ちを発散させ、植民地で、日ごろの鬱憤を晴らす。

しかし、日本人は、このいずれの可能性も無かった。

内部に溜まった、不満のガス抜きを取るものが無い以上、問題は、あくまでも、自己の中で完結させるという。

日本人は、見知らぬ人たちの群集の渦にあっても、いつでも目に見えない、自分の繭に引きこもることが出来る能力を身に付けた。
どんな雑踏の中でも、欧米人ほど苛立つことなく、いられるのは、歴史から得た智恵である。

欧米人は、その肩を他人に触られるだけで、激怒することがある。
私も、実際に体験した。

更に、日本語は、断定的な表現を避けて、暗示という綿のように柔らかい表現方法を発達させたのである。

刺激的な物言いが和らげられて、過敏な反応も回避することが出来たのである。

また、反対意見に対しても、当たり障り無く、言い方により、賛同さえすることもある。

それを、以前は、日本人の曖昧さは、世界の非常識と言われたが・・・智恵である。

日本では、欧米人から見れば、過剰と思えるほどに、礼儀作法が発達した。
松原氏は、
その作法は、要は、人間が空間的にお互いに離れることのできない社会において、相手と人為的な距離をつくるための手段なのである。
と、言う。

更に、続けて、
今日もなお日本では、譲歩したり、相手や場の雰囲気に合わせたりすることが、美徳として高く評価される。譲歩してはじめて何かが達成できる。先を譲ることによってはじめて、開いたドアを自分が通れる。自分の意見を相手の意見とあわせることができて、自分の意見に耳を傾けさせ、自分の意見を通すことができる。
と、言うのである。

もし、同じことをドイツで試しても、大方失敗に終わるらしい。
松原氏は、ドイツに長く住み、ドイツ語で、これを書くほどの人である。そこから見た、ドイツ人は、
節くれ立った樫となってどんな厳しい攻撃にも抗しなければならない。常に自分にこう言い聞かせていなければならない。「私は屈服しない。私は説き伏せられない。私は翻弄されない」と。

そうなると、争いになるしかなくなるのである。

ヨーロッパ人は、いつも社会の中で、自己を拡げる十分な空間を持っており、握りこぶしで机を叩いて自己主張をすることに慣れていて、自制よりも言葉による衝突、闘争で決着させる方が、お好みだというのである。

さて、松原氏が、英国紳士はいかにして生まれたかという、チャールス・ピートリー卿の考察した一文を載せている。

「自制心は英国紳士の特徴だとよくいわれる。確かに英国人の自制心に対する愛着を国際社会で比較してみれば、その評価は正しいといえよう。しかしイギリス人のこの性向も、その歴史をたどれば決して古いものではない。1300年から1750年までの英国の歴史は、残忍な内乱の連続であった。征服された敵を、残酷を極めて虐待し迫害するのが伝統であった。英国の刑法はヨーロッパの中でずば抜けて情け容赦のないものだったし、また実際その通りに執行された。自制、それは18世紀から19世紀にかけて英国の生活様式の中に取り入れられたものだが、それは決して英国人の国民性が善に目覚めたことによるのではなかった。あくまで国民経済の利益のためだったのである。人口が増え、人々が裕福になると、物事は極端に走るのは得策ではないという認識が定着し、次第に自制、抑制といった伝統が育成されるようになった。つまり、自分自身と、文明の発展と、そして獲得した富を保守するために自制の精神が生まれたのである」

英国人が、紳士に目覚めた頃は、植民地を占有していた時期である。
更に、植民地は、本国で規則に従おうとせず、紳士として振舞おうとしない人たちに、広い活動領域を提供していたのである。

バンキングの子孫たちが、紳士になるのは、並大抵のことではない。
野蛮極まりない人たちが、それなりに、富、利益ということを、考えて、自制を身に付けていったというのである。

日本人とは、全く別物である。

植民地の無かった日本は、自己昇華をしたのである。

であるから、万国公法というものは、ヨーロッパ人たちが、長い悪行を続けてきて、やむなく作った、戦いのルールだったのだ。

それを日本人は、最初から、善であると、誤解していたのである。

実際は、西欧中心の、そして西欧人の自己の戦争を優位かつ合理的に展開するための、ルールとして作られた、国際法である。

その底には、差別全開がある。
非キリスト教徒、非白人への蔑視と、コントロール術が内包されていた。

幕末の志士たちは、万国公法を学ぶことが、文明開化であり、新しい時代への参入と考えて、これを迎えたのである。

ところが、悪魔というものは、善の顔して、華やかである。
賑やかな、西洋文明礼賛・・・

その文明の裏など、気付かずに、いたのである。それは、日本人が、性善説だからである。
更に、話し合えば解るという、甘さ。誠意を持って当たれば、通じるという、日本の伝統的美徳の精神に満たされていたからである。
哀れと言えば、哀れである。

今こそ、白人主義の野蛮と、傲慢に気付き、今度は早めに手を打つことである。

ちなみに、世界的な歓楽街では、イギリス人が最も、評判が悪い。
行儀が悪いのである。
紳士面をしていても、矢張り、血は隠せない。
酒を飲むと、その本性が出るのである。


posted by 天山 at 05:34| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

国を愛して何が悪い69

国際法違反・・・
大東亜戦争、第二次世界大戦にて、アメリカは、国際法など無いかの如く、違反に次ぐ、違反を犯した。

日本の各都市への、攻撃、空爆は、一般人を攻撃するもので、違反である。
あの、広島、長崎への原爆投下・・・

しかし、平然としている。

何故か。

正直な日本人は、ヨーロッパ人が決めた国際法は世界中に通ずる普遍のもの、天地の公道と考え、これを必死に守ることが国際信義と心得てきた。さらに西欧人が決めたスポーツのW杯、その他の国際ルールもすべて公正なものと信じて、これを忠実に守ることがスポーツマン精神だと確信していた。ところがこれらはすべてヨーロッパ人のために作られたもので、彼らは彼らに不都合があると、いつでも勝手に変えて平気である。
清水

国際法といっても、最強国が、自国に都合よく押し付けたもの。
運用のされ方も、強国が決めているのである。

更に、違反者が出ても、罰する主体は、最強国しかないという。
とすると、最強国が違反しても、誰も罰することが出来ないのである。

非白人は、欧米人が創設した国際連盟、国際連合は、世界の平和と繁栄のため、近代世界が生んだ理想の殿堂と思っている。

実際は、いずれも、欧米列強のための連合で、超大国が弱小国を支配するための、道具に過ぎないのである。

日本が世界初の、人種差別撤廃法案を掲げた時も、賛成多数であったが、このような重大な事項は、全会一致でなければならないと、議長であるアメリカのウイルソンの独断で、簡単に否決された。

更に、アメリカは、国際連盟を作っておきながら、後に自国に不都合ということで、独り参加していないのである。

現在、アメリカは、国際連盟を、ニューヨークに本部を置かせて、ある時は、国連を表にし利用する。ある時は、国連を隠れ蓑に使い、戦争を起こす。
世界の警察だと、言うのである。

つまり、国連は、超大国の世界制覇の道具にされているのである。

日本は、国連維持の分担金を二番目に多く払う。
しかし、発言権は、敵国条項の下で、大幅に制限されているのである。

その金は、欧米列強が、勝手に使っているのである。

そのことが、露骨に解るのは、スポーツ界における、ルール改正というものである。

長野五輪の栄光から、二年、スキーの日本ジャンプ陣は、ワールドカップで全く、優秀できないという試練を味わった。
それは、長身な外国人に有利な、日本つぶしの規則改正が行われたからである。

長野五輪で、日本は、金メダル二個、銀メダル一個、銅メダル一個と、圧勝した。

そこで、ヨーロッパのスキー連盟は、1998年から、スキーの長さを身長の146パーセントに、ルール変更した。
従来のルールでは、長さは、身長プラス80センチという決まりである。
この改正では、173センチを境にして、それより背が高い選手は、より長いスキーを使え、低い選手は、より短い板を使うことを余儀なくされる。

長いスキーは、扱いが難しいが、技術的な問題をクリアすれば、空気の抵抗力が大きく、短いスキーよりも、飛行距離が延びる。

つまり、146パーセントは、長身選手に有利になるのである。

背の低い日本選手を潰すためである。

自分に都合が悪くなると、規則を変える。

日本の柔道などは、日本が有利になるような柔道の規則を変えるというようなことは、しないのである。

これと同じように、自動車レース、F1界でも、平然と行われたのである。
内容は、省略する。

ヨーロッパ人は世界のリーダーで、文明人で、非白人に負けるはずがない、負けるなら規則がおかしいからだ。だから勝手に規則を変えても何ら不都合はないと考えているのだ。
清水

1986年6月、国際自動車競技連盟のパレストル会長は、安全性を理由に、ターボ・エンジンのパワーを規制することを決めた。ボンダの努力してきた新技術を封じ込めるためである。

彼らは、安全性を大義名分にして、掲げたのであるが・・・
その時、会長の口から出た言葉、
F1は欧州発のレースだ。イエローのためにやっているのではない。イエローがいなくても問題はないのだ。
と、人種差別発言を思わずしてしまったのである。

バイキングに、規則も何も無い。
その血に流れる、バイキングの特性である。

野蛮、傲慢・・・
白人主義である。

それでも、日本の一部のインテリたちは、欧米礼賛なのである。
日本と、欧米を比べて、日本は・・・と、言う。

白人に世界を支配させると、どうなるか、一目瞭然である。
だから、現在、アジア圏では、日本に期待し希望しているのである。

別の意味では、アラブ圏もそうである。
宗教、民族対立で、唯一、その仲介役が出来るのが、日本であるという、意識である。

天皇を戴く伝統の国、日本の面目である。
日本人は、ここに、誇りを持つことである。

posted by 天山 at 06:08| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月27日

国を愛して何が悪い70

東南アジアへ出掛ける知り合いが言う。
韓国人が嫌われている。これから、中国人が世界的に嫌われる。
私は、何も言わず、黙って聞いていた。

その通りだと、思うが・・・
私は、もう一つ、嫌われる箇所があると、思っている。
それが、ヨーロッパ人である。
そして、アメリカ人となる。

アメリカ人は、イギリスから出た。

清教徒と言うが、清教徒とは、間違いである。
暴力集団である。

野蛮、残虐・・・
ヨーロッパ人の根性である。
何故か・・・

ヨーロッパ人は、バイキングの出である。

世界的に、ヨーロッパ文明に覆い尽くされている状況である現在。
日本の世界史の教科書は、西洋史が主体で、学ぶ。
そうすると、西洋が文明の主たる場所と、勘違いする。

とんでもないと、知るが、それでは遅い。
ヨーロッパより、イスラム帝国の方が、断然、文明として優れていた。

その頃、ヨーロッパ人は、イスラム圏からは、野蛮人として、嫌われていたのである。
更に、戦争・・・
これを始めたのは、キリスト教である。

少しばかり、ヨーロッパの出来方を見る。

西洋文明とは、アングロ・サクソンの文明である。
しかし、最近になり、とみに、この文明の限界と、そこに潜む矛盾、人類絶滅の危機に、世界の識者が気付くようになった。

地球陸地のわずか三パーセントにも満たない狭域のヨーロッパ人が、僅々200年から300年の間に全世界の軍事的、経済的、文明的世界制覇を達成できたのはなぜか。そのエネルギーはどこからきたのか。飽くことのない世界への侵略、闘争、奴隷化、殺戮の悪行の根源は何か。ヨーロッパ人の素行、正体を形成した過去の歴史的事実は何か。彼らの遺伝子、DNAに組み込まれた悪の歴史体験を明らかにしなければならない。
清水馨八郎

その通りだと、思う。

その先祖である、ゲルマン人、ノース人の、いわゆるバイキングの故地は、北緯60度以北の寒帯圏に属する。
現在、北欧諸国の中心都市、フィンランドのヘルシンキ、スウェーデンのストックホルム、ノルウェーのオスロなどの都市は、北緯60度の線上にある。

太陽が乏しい土地は、農業の生産性が低い。
北欧は、氷河期の名残を留めた大小の湖、沼が多く、地味は痩せて、農耕不適地である。
収穫量も、中世では、蒔いた種の三倍、近世になって、農業革命を経ても、10倍程度である。

ヨーロッパでは、農業は、愚か者のすることといわれる。
利口者は、略奪が一番有利な職業と言われる。

略奪が職業である。
つまり、バイキング、海賊行為である。

バイキングは、8世紀から、11世紀の四世紀に渡り、ヨーロッパ全土を荒らし回ったのである。
つまり、元の人々を追い出して、国を創ったのである。

先住民を追い出す、あるいは、皆殺しにして、国土を乗っ取り、新王国を創ったのである。

フランス、イギリス、ドイツなど、皆そうである。
つまり、ヨーロッパの主要国は、皆々、彼らの子孫なのだ。

アメリカのインデアンの皆殺しも、それに準ずる。
同じ血だからである。

であるから、北米大陸に及び、コロンブスの米大陸到着の数世紀も前に、アイスランドから、グリーンランドを経て、カナダの北岸に達していた。

日本の世界史教育は、このバイキングの西洋中心史観から、理解させられたことが、悲劇である。

この、明らかに、非人間的で、凶暴、野蛮な略奪行為を、賞賛していたのであるから、救われない。

敗戦後は、またまた、その子孫である、アメリカに憧れるという、不思議な現象を起こした。
アメリカ建国・・・
どれほどの、犠牲が伴ったのか・・・知らずに・・・

先住民を皆殺しにするという、蛮行を知らずに・・・
いや、それを賞賛した。
あの、西部劇などを、楽しく見た。

インデアンが悪者・・・
そんなイメージを持って見ていたのである。

とんでもない、勘違いをしていた。
悪者は、イギリスから来た、清教徒と名乗る、野蛮人たちだった。

その建国は、200年程度である。
200年程度で、世界の警察を名乗るほどに、巨大な国になったのは・・・
何故か・・・

皆々、侵略行為、ドロボー行為からである。

日本も、植民地として、狙われていたのである。
その傲慢で、野蛮な精神に、である。

先の大戦で、平然として、日本の一般市民を攻撃した。
更に、原爆投下である。

彼らは、その植民地政策を一度足りとも、謝罪しないのである。
当然だと、思っている。
弱肉強食が、当然であると、思っているのである。
今も、なお。

シャーシャーとして、他国の人権問題に口を出すが・・・
それ以前の、彼らの人権問題は、どうなったのか・・・

その、最大の人権問題は、奴隷制である。
その報いを、必ず、受けなければならない時が来る。


posted by 天山 at 06:08| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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