2013年01月08日

ミャンマー難民孤児に逢う10

六年間のまとめとして、書いている。
だから、シビアなことも書く。

その前に、私の情報は、私の仕入れたものである。
そして、そのためには、共通の言葉が必要である。

正しい英語というものがあるのか、どうなのかは、知らないが・・・
英語が最も、共通の言葉になる。

私は、英語が出来ないが、英会話が少し出来るようになった。
ただ、相手が、正しい英語で喋ると、よく解らないのだが・・・

何せ、ストリートチルドレンでも、英語圏ではない国でも、生きるために、必死で覚えるのである。
また、物売りの人たち・・・
日本語で話し掛けてくる。

どこで、覚えたの・・・
自然に・・・
日本人の会話を聞いて、自然に覚えたという。
これも、生きるがための、力だ。

必要に迫られると、覚えるのである。
そして、兎に角、話すこと。

それで、私は、図々しくも、ブロークン英会話をする。
だが、英語圏の人が正しい英会話をするものでもないのである。

そして、私の興味は、物の値段である。
普通は、幾らなのか・・・
それは、コンビ二に行き、確認する。

ベトナム、ハノイで、水を買おうと思った。
道端のおばさんが、一ドルという。
そこで、私は、コンビ二に行き、その値段を確かめた。

一ドルは、その時、4000ドン程度。
その水は、2000ドンだった。

そうして、色々な値段を確認する。

カンボジアの、シェリムアップに出掛けた時に、マッサージをした。
丁度、ボーイがいたので、フットマッサージをした。

そこで、途中から、主人がいなくなり、誰も、店に居ない状態になった。
23歳だというボーイは、それから、私を口説き始めたのである。

スペシャル・オッケー
えっ・・・
すると、股間を指して、スペシャルと言う。
ああ・・・えっ・・・

どうして・・・
ボーイが男にスペシャルとは・・・
そこで、興味を持って、幾らと聞いた。
30ドル。
えっ・・・30ドル・・・
大金である。

だが、どうして、そんなことを覚えたのか。
つまり、そういう客がいるということだ。

マッサージが終わるまで、そのやり取りが続いたが、店主の奥さんが戻ると、ピタっと、止めた。
そこで、私は、その値段を確認すべく、色々なマッサージの店を廻った。
そして、英語で、聞いて歩いたのである。

大半の店が、スペシャルをすることが解った。
だが、聞いたのは、皆、女の子たちである。

ボーイを捜した。
そして見つけて、聞いた。
スペシャルは、あるのか・・・
えっ・・・
今度は、ボーイが不審な顔をするので、私は、股間を指した。
すると、ノーと言う。

つまり、あのボーイは、特別だったのだ。

前置きが長くなった。
児童買春と、児童さらいと、児童の臓器売買である。

児童買春に関しては、極めて、遺憾である。
だが、そのことも、詳しく書けない。情報になってしまう。

何せ、場所によっては、日本人の客が多いという、ショックな場所もあるのだ。

特に、国境付近は多い。
児童でなくても、少女売春もある。

それも、誰に聞けばいいのか、解った。
それは、書かない。

子供さらいは、この頃、特に多くなっている。
子供を拉致して、別の場所に連れて行き、物乞いをさせる。

東南アジア全域に渡り、行われている。
インドなども、実に多いと聞いている。

だが、子供は敏感で、私が不審と思い近づいて、話しを聞こうと思うが、何も喋らない。言葉が分からないということもあるが・・・見張りがいるのだろう。

タイの場合は、一日の売り上げが、1000バーツの場合は、上々である。約2800円ほどになる。
売り上げの悪い子は、食事が与えられない。

臓器売買は、インドネシアで盛んである。
ジャカルタ・・・
首都であり、あまりに、広い町であり、それを追求するには、そうとうな時間がかかる。

生活苦で、子供を売る。または、さらう、のである。

そこで、私には、何が出来るのかである。

児童買春の場合は、告発である。
しかし、法整備がなっていない国は、難しい。
ただし、建前は、法整備が出来ているのだ。

それが実行されていないのである。
地元の真っ当な人に相談すると、無理だと、言われた。
それは、無いということになっているから。

さらわれた子供は、そこから連れ去り、保護をして貰うことだが・・・
その前に、保護をしてくれる施設を見つけることだ。

臓器売買は、手をつけるには、危険過ぎる。
犯罪組織が背後にあり、個人では、無理である。

児童に関する問題は、兎に角、その国の法律が問題である。
そして、それが、実行されていることだ。

現在、バンコクでは、児童買春を求める客がいる場合は、そのまま警察に連れて行かれるまでになった。
だが・・・

心ある人たちは、私に、近づくなと、アドバイスする。
危険だ。
誰も、あなたを守れない・・・

確かに・・・
ルポライターも、命懸けで取材をするのである。

そして、もう一つは、障害者の問題である。
決して、彼らは、表に出ない。
出ている人は、物乞いをしているのみ。

バンコクで、両足の利かない人が、道を這っているのを見た時は、本当に驚いた。

貧しい国の障害者の置かれている環境は、想像も出来ないのである。

追悼慰霊と、衣類支援、食糧支援・・・
それで、満足しなければならないのだろうか・・・
と、いつも、考えている。




posted by 天山 at 05:15| ミャンマー難民孤児に逢う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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