2012年07月28日

国を愛して何が悪い21

今では近代国民国家が一般的な「国のかたち」(国家形態)として世界に拡散しているが、そうなる前は朝鮮などは「主権国家」として国際的に見なされないばかりか、「半主の国」でさえなかった。
それまで東亜世界における世界秩序を主宰してきたのは中華である。中華の天朝朝貢冊封秩序が東亜世界の核であり、主権国家などという概念は19世紀の国際政治では普及していなかった。そのため、李朝朝鮮の主権はいかなる国からも認知されていなかったというのが、歴史の常識である。
せいぜい清国か日本の「属邦」としか認知されていなかった。この史実を韓国はもっと自覚するべきだろう。もともと主権などないのに、「奪われた」と主張することはできない。もしそんなことを言うなら、それは妄語、虚言、歴史の捏造である。
黄 文雄 韓国は日本がつくった

更に、日韓併合ではなく、二つの国家の統一国家、日韓合邦であった。
それを、多くの列強諸国が、承認したのである。

更に、韓国の中でも、合邦を支持するものが、少なくなかったという。
事大主義に固執する、両班の多くは、合邦に反対したが、1904年設立の、一進会をはじめとする、合邦推進諸団体が結成され、韓国の混乱と衰退を防ぐ手段として、合邦に期待したのである。

実際、朝鮮は、独自で、事を変える力はなかった。
全く、個人の思惑ばかりで、先に進まない。
要するに、自分の国をどのようにするかという、意識に欠けていたのである。

更に、合邦国家というものは、何も、日韓ばかりではない。
多くの例がある。

清帝国なども、満州人とモンゴル人の連合国家であり、合邦国家であった。

第二次世界大戦後、合邦国家という、国家形態は、主流でなくなる。それは、植民地帝国の崩壊により、民族の競合と浄化が加速したからである。

朝鮮民族は、諸民族連合に不慣れで、有史以来、孤立を守り、属国の道を選んできたのである。

そして、日韓合邦は、異議を唱えるはずの、清国、また、利害関係の深いロシアでさえ、異議を唱えなかったのである。

これが、史実である。

近代国民国家の国家主権と、その独立を確立・認知するのは、国際法的な取り決めだけではなく、国際的政治力学も大きな力を持っている。これは、現在でも変わらない事実だ。
黄 文雄

更に、加えて、日韓合邦国家という、近現代史の巨流を背景として、三回にわたる、日韓協約を経て、つくられた、同君合邦国家なのである。

日清戦争によって、朝鮮が、独立を果たし、日韓合邦によって、「無主の国」の国民として主権が認められていなかった朝鮮人の、国際的地位が向上したのは、日本の御蔭であろう。

何度も言うが、もし、そうでなければ、今の、韓国は、無い。
中国か、ロシアに蹂躙させていた。

大韓帝国などという国も、存在しなかったのである。

よくよく、韓国人は、歴史を学んで、よくよく、当時の世界情勢から、当時の、朝鮮の状況を鑑みるべきである。

日本を恨むどころか、日本に、幾度も、感謝しなければならないだろう。

現在、世界で、韓国という国として、認められていること・・・
それは、日本の努力によってである。

だが、何故、韓国人は、いつまでも、反日だけで、自己統一性を保つのかといえば、事は、簡単である。

その、民族性である。

千年に渡る、中華帝国との、主従関係、君臣関係・・・
そこから、生まれた、事大主義と、自律性、主体性の、欠如である。

朝鮮半島の歴史を、冷静な目で見れば、他律性以外の何ものでもないのである。

中華の属国であり、大中華に対する、小中華であることを、誇りに思っていたということ。
現在は、韓国の歴史を、どのように教えているのか・・・

都合良く、勝手な解釈で、夢のような、歴史教育をしているのであろう。
何せ、聞くところによると、世界の歴史、文明は、韓国からはじまった・・・

何もかも、韓国が世界の中心である。
どこかの、新興宗教のような、歴史観である。

このような、お馬鹿な民族を、誰が、真っ当な民族と思うか・・・

朝鮮半島が、中華帝国と宗属関係になったのは、676年に始まる、統一新羅の時代からである。

唐の援助によって、半島を統一したため、自ら大唐新羅郡、と名乗ったのである。

そして、半島の、事大主義がはじまったのも、この時である。
事大とは、大きな事、国に、従う。
自らを、卑下して、付き従うという、考え方である。

ちなみに、その際、亡んだ、百済の人々は、新羅にも、唐の人にも、なりたくないと、多くの人たちが、日本にやって来ている。
天智天皇の御代である。

その時、日本側は、彼らを温かく、受け入れ、住む土地を与え、更には、能力、才能のある者を、朝廷が召し出している。

さて、新羅の後は、高麗朝である。
中華帝国から冊封され、朝貢関係にあったが、比較的自主性は、守られていた。

それが、本格的に、中華の干渉を受けるのは、大明帝国時代の、李朝からである。

李朝の太祖、李成桂は、1392年、易姓革命にて、高麗を簒奪したが、実権支配の獲得を、明の太祖に認めてもらうため、国家主権を、すべて明に売り渡した。
明の、属国となるのである。

統一新羅の時代に、唐の属国になり、事大主義を培い、李朝において、身も心も、属国意識に染まることで、完成したのである。

これが、朝鮮民族の、今に至るまでの、抜き難い、性質となった。

この、劣等感・・・
しかし、若い世代は、その劣等感も、知らないゆえに、捏造した、歴史教育を受けて、国際社会からは、はみ出すほどに、愚かな言動を繰り返すのである。



posted by 天山 at 01:56| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月29日

国を愛して何が悪い22

中国人からすれば、朝鮮はすでに漢の時代から中国の一部なのだ。中国の歴代王朝の封国といえば、漢時代の「呉楚七国の乱」で知られる呉や楚が挙げられるが、それよりもさらに一段下の外藩、つまり外様大名程度としてしか見なされていなかった。そもそも、朝鮮をつくったのは中国の箕子だと、中国人は主張するほどなのだから。
黄 文雄

中国が近現代でも、この中国人の一般的な朝鮮版図観は、変わっていないのである。

蒋介石は、第二次世界大戦後の、対日処理を協議した1943年、カイロ会談で、ルーズベルト大統領に、高麗の返還を要求しているのである。
返還である。
元から、こちらのものという、意識である。

更に、朝鮮人である。
属国意識が強烈で、中国の朝鮮省になることを、小中華から、大中華への、昇格だと、喜ぶのである。

シナ人かぶれの、両班にとっては、恩寵だったのである。

現在の、韓国人は、これを、どう解釈するのか、尋ねてみたいものである。

1895年、日本が、清国に勝利し、下関条約で、清国が朝鮮の独立を認めたのである。

これ、日本のお蔭である。
それを、否定するならば、今の、韓国という国は無い。
中国になっていたか、ロシアになっていたのである。

何故なら、その後は、日本とロシアの、朝鮮半島を巡る紛争は、絶えなかったのである。

また、それが、日露戦争の一因ともなったのである。

日本は、朝鮮の独立を守るために、1904年、日露戦争中の第一次、1905年の、日露戦争後の、第二次、1907年の第三次と、三回にわたり、日韓協定が結ばれたのである。

第二次日韓協約を経て、大韓帝国は、日本の保護国となり、1905年、日本は、ソウルに統監府を設立して、朝鮮の内政、外交を指導、監督することとなった。

この、総監時代を含めて、40年という場合もある。
日帝36年ともいう。

それでも、まだ、韓国は、国家として認められていなかった。
つまり、外交権が無いのである。

ハーグの万国平和会議へ密使を送り、列強の力を借りて、日本を牽制しようとしたが、外交権が無いという理由で、会議への出席を拒まれているのである。

当時、初代総監となった、伊藤博文が、朝鮮の近代化をはかるために、尽力していた。
ゆえに、韓国の密使という、陰謀に対して怒り、高宗を謁見して、
かくの如き陰険な手段を以って日本保護権を拒否せんとするよりは、むしろ日本に対し堂々と宣戦を布告せらるるは捷径なるにしかず。
と、答えている。
捷径とは、早道であるという意味。

深谷博治博士著「明治日本の対韓政策」より

けれども、日本は非文明的、非人道的な働きをしてまでも韓国を滅ぼさんと欲するものではない。韓国の進歩は大いに日本の望むところであって、韓国はその国力を発展せしむるため、自由の行動をしてもよろしいけれども、ただ、ここにただ一つの条件がある。すなわち、韓国は日本と提携すべしということ、これである。日章旗と巴字旗とが並び立てば日本は満足である。日本は何を苦しんで韓国を滅ぼすであろうか。自分は実に日韓の親睦を厚くするについては、自分の赤誠を貢献しようとしている。しかも、戦争中は傍観しただけではないか。諸君は、日本が、にわかに来たって、韓国を亡ぼすならんと思うのは、果たして何に基づくのか聞きたいものである。
日本は韓国の陰謀を杜絶するため、韓国の外交権を日本に譲れというた。だが、日本は韓国を合邦する必要はない。合邦は甚だ厄介である。韓国は自治を要する。しかも、日本の指導監督がなければ、健全な自治を遂げ難い。これが今回の新協定を結んだ所以なのである。

そして、その後、日本の手を離れた韓国は・・・
大統領はじめ、国の支配層、官僚、公務員・・・
その腐敗、汚職、嘘偽りは、止まるところを知らないのである。

昔の、大統領が、汚職で手に入れた、15億円の金を使われたとして、取り返したい・・・
呆れて、物が言えないのである。

日帝時代に、建設したものは、今も健在であるが、その後の韓国の建造物は、すぐに壊れる。
手抜き工事なのである。

工事費を浮かせて、誰が、取るのか・・・
全く、そこには、責任感などという意識は、無い。
自分の懐が豊かになればいいのである。

国民国家意識が、皆無である。

国家として、成り立っているのが、不思議なほどである。
米軍が撤退したら、即座に、北朝鮮に攻め込まれるだろう。

伊藤博文は、日韓併合は、考えていなかったのであり、むしろ、反対だった。
最後に、併合も止む無しと、受け入れたのである。

日韓合邦は、東洋永遠の平和のためであり、日本の自衛のためにであり、朝鮮民族の安寧のためであり・・・

伊藤は、朝鮮の独立を最初に認めたのは、個人としてはじめてであり、国家として認めたのは、日本が初めてだと、言う。

そして、伊藤は、韓国朝廷の官使に対して、
韓国人の何ぴとが自らその独立を主張したであろうか。かつまた、韓国人の何ぴとが自ら韓国の独立を承認したであろうか。あるならば聞きたい。韓国人は、三、四000年来、固有の独立を有するよう言っているが、自分はこれを承認できない
と、問い掛けている。

現在の、韓国人は、どう考えるのか・・・
聞いてみたいものである。

現在も、国民国家の意識は、希薄であると、私は、思う。
自己を認識する、何の手立ても持たないのである。
あるのは、反日感情のみ・・・

そのうちに、北朝鮮から、韓国と、中国の領土に組み込まれるのが、目に見えるのである。


posted by 天山 at 05:12| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月30日

国を愛して何が悪い23

李朝朝鮮において、事大主義が決定的になったのは、高麗朝を滅ぼし、李朝を成立させた、太祖、李成桂が、それまでの尊仏崇武を廃止して、尊儒崇文を国是とし、朱子学を国学と定めてからである。

ちなみに、日本の江戸時代、朱子学を主として、将軍家が推奨したが、仏教も、国学も、盛んだった。そして、老荘思想も、である。

高麗時代は、仏教国家だった。それ以前の、三韓時代も、そうである。
日本に仏像を贈ったのも、百済王である。

大陸、半島での、仏教隆盛は、大陸では南北朝時代から、隋、唐時代で、朝鮮では、高句麗、新羅、高麗時代であり、日本では、奈良、平安時代である。

大陸で、仏教が隆盛して、儒教が衰退する。
その中で、宋の時代、儒教に変わり、理気学という、新儒学が唱えられた。

それを、南宋の朱子が集大成したものが、朱子学である。

大陸では、仏教が衰退すると、朱子学が定着し、元の時代になると、公認されるようになる。
その、朱子学が、半島にも流れて、李朝時代に、国教化されたのである。

朱子学は、三綱五倫、つまり、君臣、父子、夫婦の道、三綱と、君臣の義、父子の親・夫婦の別・長幼の序・朋友の信、五倫を、中核にして、厳格な道徳秩序によって、支えられると、考えた。

同時に、国王を国父、王妃を国母とする、家父長的な家族主義の絶対化により、忠君愛国の名分と秩序を唱える。

これを形式的に、法に変わり、支えるのが、礼である。
だから、朝鮮は、君父を、中華の君を父として崇めるという、忠誠心が非常に強くなった。

つまり、それは朝鮮が、当時の中華帝国である、明王朝に臣属として、忠誠を誓うことを意味したのである。

そして、悪名高い、両班、ヤンバン官僚体制を確立することになった。
加えて、大中華の属国、礼儀之邦と認知されることで、李朝による、支配が正当化され、共に、大中華に奉仕する理論付けが確立された。

これが、歴史である。

朱子学を国教化した、李朝は、大中華に対する君臣の義が、絶対化され、以来、朝鮮は、朱子学の大義名分に従い、君臣の義を守り続ける運命を、自らが負ったのである。

不幸のはじまりであった。

李氏一族の、属国願望は、限度を超えて、徹底したものになり、明から国号を希い、国王の認知を求めて、生殺与奪の権利を、すべて宗主国に任せてしまった。

人類史上類例を見ない属国根性である。
黄 文雄

唖然とすることは、朱子学は、単なる、儒教の一部を取り入れたものであり、朝鮮では、仏教用語を用いて、孔子、孟子の教えを解釈しただけであるということ。

現代韓国においても、精神文化の核は中華で誕生した朱子学であり、韓人が独自に創出したものではない。
黄 文雄

韓国では、儒教が盛んで・・・云々・・・
嘘である。

朝鮮にはその独自的文化なし。もしあるとすれば、仏教文化と儒教文化などの外来文化のみ。
高橋亨 朝鮮人の特性

唯一、独創性のあるものは、ハングル文字である。
しかし、それも、朝鮮自らが、破棄したのである。
日本の努力によって、ハングルは、日の目を見たという、皮肉である。

現代韓国人が、反日を叫べば、叫ぶほど、史実としての、歴史が明らかにされるのである。

やぶ蛇と言う。

ハングルの復興については、以前に書いたとおりである。

その他、愚かしいことが、多々あるが、省略する。
ただ、日本と比べると、全く違う文化的受容力だということだ。

日本にも、大陸から、あらゆる思想が輸入されたが、日本は、それらを、独自に日本的、日本流に変容し、伝統文化にまで、高めたのである。
更に、取り入れなかったものもある。

宦官などは、日本には存在しない。
科挙の制度も。

宗教、宗派は、強烈な排他性を持つ。
しかし、朱子学は、宗教ではないが、それ以上に、極端に無情な排他主義である。

だから、朱子学を国教化したということは、あらゆる思想、学問を排斥したということである。

例えば、諸子百家、陽明学、仏教、西学と呼ばれたキリスト教、東学といわれた民間信仰の、儒教、仏教、道教を取り入れたものなど・・・

そして朱子学の国教化によって、半島では他者に対して絶対不寛容で、まったく空疎な空理空論を果てしなく繰り返すという儒教的精神風土が形成された。現代の韓国の朱子学者も、この性格をしっかりと受け継いでいる者が多い。
黄 文雄

今日でも、この傾向から抜け切れないでいるのは、一目瞭然である。
南北の対立、内部抗争に見られる不寛容さは、まさに李朝時代からのもの。

そして、一番は、朱子学によって、大に従うという、事大主義が完成したということだろう。
更に、それを、今も冷静に判断する思考力に欠ける、韓国人という民族に、未来を見るとき、何か、暗澹としたものを感じるのである。
一致団結するのは、反日の時だけで、後は、反目、批判、中傷・・・・
現代韓国の、社会問題は、一向に解決の目途が見えない問題ばかりである。

それなのに、宗教に入信すると、何にせよ、盲目になり、イスラム圏に平気で、キリスト教を布教に行くという、信じられない行為をする人たちがいる。
陶酔型の信仰なのであり、決して、理性的ではないのである。

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2012年07月31日

国を愛して何が悪い24

韓国人は、日本が李朝朝鮮を滅ぼし、国王と国を奪ったと非難している。だが、李朝は腐敗が横行し、権力闘争が絶えない時代だった。国民に対する悪政が続き、内部崩壊が決定的となっていたのだ。そこに日本が現れ、瓦解寸前の李朝にとって代ったのである。
黄 文雄

近代中国思想界の、リョウケイチョウ氏も、
朝鮮亡国の原因は日本ではなく朝鮮人自身によるものでると、言う。

滅ぼされたのではなく、自ら、滅んだのだ。

さて、現代韓国人は、それを決して、認めないだろう。
何故なら、彼らにとって、歴史というのは、ファンタジーなのであるから、すべて、妄想に支えられる。要するに、創作する歴史なのであり、そこには、史実というものは、無いのである。

李朝衰亡の主因は、三政紊乱と、言われる。
田政、軍政、還政、である。

つまり、田税、兵役、還穀、である。
それは、農民に対する、収奪制度である。

これ以上の説明はしない。

李朝末期になると、行政は、更に混乱する。
官職の売買が盛んになる。一部の良民は、地方官や官庁と組んで、軍布、その他の徴収から免れる。
土豪に身を託し、軍役から免れる良民も多く、貧農は、苛めの対象となる。

不正をしない良民は、一人で四人分の軍布を負担しなければならなくなる。

末期の、門閥政治は、勢道政治といわれ、めちゃくちゃな政治をしていたのである。

例えば、ある一族が、国家の要職を独占する。一族の関係者、1000名あまりが、起用されるという事態にもなる。

更に、官使の位が売買される。
最も、腐敗と悪政に苦しめられたのが、農民である。

ついに、農民は団結して、官庁を打ち壊し、両班の家を襲い、獄門を開いて、囚人を解放した。
租税、軍布、還穀の帳簿を燃やして、逃散するという、一揆が続いたのである。

1894年の、東学党の反乱が有名である。
この東学党の総大将だった、ゼンホウジュンによると、
朝鮮亡国の二大元凶は、李朝末の、大院君と、高宗の二人にあるという。

大院君は、残虐で、驕慢、猜疑心が強い。権謀術数にのみ長けて、大礼を知らない。
高宗は、惰弱、優柔不断、讒言を好み、びん妃という悪女に操られた。

宮廷や、両班の権利壟断、収奪、更には、朝鮮人の空論、激情、厚顔無恥を痛烈に批判していた。

どうだろうか・・・
今の、韓国人も、そのようではないか。

当時の人たちとの差は、無いのである。

李朝は、骨肉の争いが絶えない時代である。
血で血を洗う争いは、高麗朝でも、新羅朝でも、同じである。

新羅時代では、歴代国王の半数近い、20数名が、非業の死を遂げている。

それを、黄文雄氏は、朝鮮の名物という。

反日、抗日運動で日本の官憲によって死刑にされた者よりも、各党各派の内部抗争によって暗殺、虐殺された者のほうがはるかに多いのだ。これだけ歴史上同じことを繰り返していると、すでにもう立派な党争文化である。
黄 文雄

中国もそうだが、儒教国家というものは、人間集団は、国ではない。氏族や宗教であり、最優先されるのは、国益ではなく、私欲であり、殺し合いが絶えないということが、当たり前なのである。

中国、南北朝時代の南朝の宋では、帝室一族が殺し合い、ついには、後継者がいなくなり、王朝が滅びたケースがあるほどだ。

同じく、儒教を取りいれ学んだ日本には、そんなことは、一切無いのである。
これは、国家の権威者としての、天皇の存在が、実に、和を以って貴し、とする、古代以来の伝統であるといえる。

一時的に、皇室内での、紛争があったが、結局、落ち着いている。
武家が登場して、政治の権力を有しても、天皇の権威は、揺るがないのであり、民は、天皇の勅命さえあれば、為政者を良しと、したのである。

500余年にわたる、李朝史には、王位、世子、王妃、外戚、権臣、士林を巡る、簒奪、士禍、朋党の争いなど、残虐な抗争が、絶え間なく起こっている。

韓国人の、歴史叙述問題、歴史観の問題に対する、神経質さ、不寛容は、日本人には、理解できないものがある。

何せ、正しい歴史認識というものを、持たないのである。
都合の悪いことを、無視するのではなく、無いことにするのである。

そして、偏執した、民族主義に、若者を駆り立てるという、暴挙である。

また、民族の性質がそうであるから、それに乗る若者たち。

事実も、史実も、関係ないのである。
歴史観など、すっ飛ばして、民族主義、独断的民族主義が、盛り上がるのである。

それは、傍から見ると、異常である。
だから、フランス人神父ダレの、朝鮮事情にある、
50人が陰謀を持っていれば、そのうちの49人から漏れる
と、言う記述が、理解できる。

つまり、民族主義を掲げても、実は、裏切りと、抗争が裏にあるのだ。

朝鮮史を見れば、歴然としているのである。
もし、韓国人が、真っ当な国際感覚と、民族主義を持つならば、まず、自国の歴史の誤りを充分に反省し、新しい、韓国の歴史のために、国民に何が出来るのかを、真摯に問うことである。


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2012年08月01日

国を愛して何が悪い25

現代韓国人が、自国の歴史を真っ当に見ていないということが、よく解った。

更に、日帝時代のことになると、とてつもない、大虐殺だの、奪っただの・・・
聞くに耐えないことを言う。

その他のことには、目を塞ぐという、良い例を上げてみる。

かつて、中国の人民解放軍は、鴨緑江を渡り、朝鮮半島の北から南までを、くまなく蹂躙した。これは、現在の分断国家を固定させた、一つの原因である。

この時の、韓国人の犠牲者は、日帝36年の比ではない。
だが、韓国人は、これを不問にしている。

さて、朝鮮戦争の犠牲者は、500万人と言われる。
朝鮮半島のイデオロギーを問う、自民族同士の戦争で、これほどの死者数である。

日帝時代の、反日運動の犠牲者は、多く見ても、一万人以下である。
更に、半島の人口は、日帝時代に、大きく増加しているのである。

更に、韓国建国後、李承晩政権時代をはじめとする、国内政争、謎の事件によって、多くの韓国人が虐殺された。
この時代だけでも、とてつもない、虐殺である。

韓国民衆は、自国政府の官憲に殺されたのだ。

南朝鮮単独選挙反対を契機に、済州島で起こった、四・三事件、1948年では、三万人が虐殺された。

朝鮮戦争中の1951年、半島南部の山岳地帯では、韓国軍ゲリラ容疑で、住民を虐殺している。
この、居昌事件、きょうしょう事件では、良民虐殺事件処理特別措置法が、制定されるほど、死者が出た。

更に、同じ頃、編成された、国民防衛隊用の予算のほとんどが着服、横領された、国民防衛隊事件では、50万人の第二国民兵が、餓えと疾病に追い込まれ、多数が死亡した。

更に、奇怪な事件である。
国民補導連盟事件である。

左翼勢力の懐柔を目的に、30万人が組織された補導連盟員が、朝鮮戦争勃発後、無差別に検挙され、処刑された事件である。未だに、その真相が分らないのである。

これ以外にも、政敵の暗殺、処刑、強制連行、言論弾圧、不正選挙・・・

これに関して、醜い韓国人の、朴テショク氏の、話である。
ハンギョレ新聞の、補連虐殺事件を特集した記事から、
1950年に六・二五韓国戦争が勃発してから一ヶ月あまりの期間に、韓国の良民が虐殺された。これらの良民は、交戦と直接にかかわりがない状況のもとで、自国軍によって集団的に殺された。彼ら良民が死に追い込まれた唯一の理由は、彼らが補導連盟員だったからである。

生き残った証人と、一部の現代史研究家は、補導連盟事件は全国的に行われた、大々的な虐殺だった、と主張している。それは同時に、新政府が樹立される以前に、左翼諸団体に加入した前歴があった民間人たちを「新生大韓民国が寛大に迎え入れる」ことを約束したが、六・二五韓国戦争勃発と同時に虐殺したことによって、政府の正当性に大きな傷を与える契機になった、と説く人々もある。

その証言者の話である。
兵士たちは、補連員たちが、われわれは、なんのために倉庫に入れられたのですか、と口々に質問するのを、無視しながら、素早く機関銃三挺を倉庫の前にすえつけました。誰も、その瞬間までは、兵士たちが自分たちを殺すとは、夢にも思わなかった。小隊長と思われる軍人が、命令を叫ぶと、機関銃が倉庫に向かって、はぜるような音をたてて、火を吐きました。そして、手榴弾がいっせいに倉庫のなかに投げ込まれました。

それから、もっと酷いことが起こった。
数名の兵士が、大声で、生き残った者は、大韓帝国バンザイと叫んで出来たら、生かしてやる、と叫んだ。すると、生き残った純粋な農民が、倉庫の中のあっちこっちから、大韓帝国バンザイと叫んで、走り出した。すると、軍は、バンザイを叫ぶ者に対して、再び銃火を浴びせました。

国軍が、後退しながら行った、この事件は、全国にわたったものだったという。

朴テシュク氏は、ナチス・ドイツによる、ユダヤ人虐殺に似ていると、断言する。

そして、今もその真相が定かではないのである。
これが、韓国人の歴史感覚である。

見たくないものは、見ない。
そして、見たいものは、日本のやったことで、それは、針の穴のようなことでも、大砲で撃たれたように言う。

まさに、精神の転化である。

自分たちの、醜さを、無意識に閉じ込めてはいるが、どうも、その不安感が襲う。そこで、その不安感の元を、別のものに転移して、その対象に不安感と、罪悪感を向ける。すると、とても攻撃的になる。

そうして、自己浄化を図るが、いつまでたっても、浄化しないのである。

自分と向き合うことでなければ、本当に解決しないからである。

転化の次にくるのは、妄想である。
そして、反省しなければならい、反省を他に謝罪させて、浄化しようとするのである。

いつまでも、日本に謝罪を要求する。そして、補償を要求する。
本当は、自分自身に行うべきことで、救われるのであるが・・・

だから、成熟した社会を、未だに作れない。

韓国社会は、全体が腐敗しています。脱税や汚職が日常茶飯事になっています。凶悪事件が頻繁に起こっています。


この本の、出版が、1995年である。
今は、もっと、凄いことになっている。
人心の乱れは、国家の運営に、大きな支障をきたすのである。
真っ当なことが、どんなことなのか、分らなくなっている、現代韓国社会である。
ああ、恐ろしいことである。そして、国が崩壊する。

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2012年08月26日

国を愛して何が悪い26

日韓併合の、朝鮮総督府の活動は、まだまだある。
しかし、一度、終わりにして、いずれまた、再度取り上げることにする。

そこで、今、問題になっている、従軍慰安婦問題に関して、少し書く。

韓国は、政権末期になると、必ず反日運動が盛り上がる。
盛り上がるのは、当然で、それ以外に盛り上がるものを持たないのである。
彼らの、唯一の、国家国民としてのアイデンティティは、反日なのである。

つまり、いつまでも、日本から、独立できないのである。
成長できない、障害を持つ国・・・

昨年、12月、ソウル中心部の日本大使館前に、元慰安婦支援団体が、慰安婦像を設立した。

更に、反日抗議運動、3・1独立運動を記念する式典で、大統領が、元慰安婦への補償請求問題について、すぐに解決しなければならない人道的問題だと、演説している。

すでに、解決済みの問題である。
解決済みの問題を、繰り返すというのは、ノイローゼと同じ状態である。

韓国人の、九割は、精神疾患と、確認すべきである。

更に、同じ月、米ニューヨーク韓国人会は、ニュージャージー州の、公立図書館内に、従軍慰安婦の追悼碑を設置した。今後も、全米各地で、次々と追悼碑を建てるという。

そして、ソウル市内に、慰安婦に関する資料を集めた、戦争と女性と人権博物館を開設した。政府が、3500万円提供したという。

それに比べて、日本政府、日本人は、アメリカに対して、一般市民を攻撃した、各地方都市への空爆、そして、原爆投下に対して、一度たりとも、抗議も、補償も言わない。明らかに、国際法を破ってのものであっても・・・

100万人以上の死者を出しているのに・・・

韓国の選挙が近づくと、左派が反日を掲げ、保守派も、やむなく反日のポーズをとる。そして驚きは、朝日新聞などが、それを増長させるという。

朝日新聞の記者は、昔、自分たちの先輩が書いた記事を、読まないらしい・・・

さて、従軍慰安婦の問題の発端は、昭和58年、1983年、吉田清治という人が、その著書、私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録の中で、昭和18年、軍の命令で、韓国斉州島で女性を強制連行して、慰安婦にしたという体験を発表した。

しかし、この体験は、その後の現地調査で、創作であったことが、明らかにされ、本人も、それを認めたのである。

だが、平成4年1月11日、朝日新聞が宮沢首相の韓国訪問の前に、一面トップで、慰安所、軍関係示す資料、部隊に設置指示、募集含め統制・監督と、報道したのである。

それにより、ソウル市内では、抗議、糾弾のデモ、集会が相次ぎ、宮沢首相は、首脳会談で、謝罪を繰り返し、真相究明を約束したのである。

ここで、軍が慰安所を設けることは、違法ではないということ。

敗戦後に、米軍が、日本と韓国に、慰安所を作らせた。強制連行ではなく、希望者を募るのである。

さて、韓国軍がベトナムに進駐した時に、どんなことを行ったか・・・
人道的に許せぬことである。

ベトナム女性を強姦したり、現地婚で、置き去りに去れた孤児が、数千から、数万人の規模で発生しているのである。

人権を言うならば、それである。

問題は、軍が関与したのかである。
この関与とは、慰安婦を募集する民間業者の中に、募集の方法誘拐に類し警察当局に検挙取調べを受けるものある等注意を要す、警察当局との連携を密にし・・・社会問題上遺漏なき様配慮せよ、というものである。

これが、軍の関与である。

だが、朝日新聞は、軍が強制連行したかのように、報道したのである。
意図的である。
何故・・・
日本の新聞が意図的に、そんな報道をするのか・・・

それが、解らないのである。
私は、相当に先祖の因縁が悪い人たちの集まりだと、言う。

戦前の朝鮮では、以前も書いたとおり、婦女子を誘拐して娼妓として、売り飛ばす悪徳業者が多数存在した。
そして、それらの、悪徳業者を、朝鮮総督府が、いかに、苦心して取り締まったか。
それを、当時の朝日新聞が、報道しているのである。

その、先輩たちの記事を読むこともなく・・・

更に、日本統治時代に創刊された、現在では、韓国の三大紙の一つになっている、東亜日報でも、同様の報道がされている。

この、東亜日報は、全面、漢字と、ハングルで書かれている。

日本統治時代に創刊された、新聞にハングルである。
以前に書いたように、日本が、進んでハングルを復活させた証明でもある。

朝鮮総督府の警察は、日本人と韓国人によって、構成・運営されていた。両者が、協力して、婦女子を誘拐し、売り飛ばす悪徳業者を取り締まっていたのである。

更に、警察は、誘拐防止だけではなく、朝鮮人娼妓の、劣悪な待遇を見かねて、自前制度を、認めるという改革にも、乗り出している。
自前制度とは、娼妓の個人営業を認めて、雇い主による搾取から、救い出そうと制度である。

娼妓制度は、合法的なものとして、娼妓たちへの、不当な搾取は、許さないというものである。

それでさえ、日本が行わなければ、今の韓国は、どうなっていたか・・・
勿論、今でも、売春立国であるが・・・

朝鮮は、伝統的に、女性蔑視である。
総督府は、その中で、女性を守るための法改正、制度改正を推し進めたのである。

その一つに、再婚を認めるというものがある。

再婚を許さぬ風習により、累々たる幼児殺しが行われていたのである。
要するに、不義の子として、始末するというもの。

寡婦の再婚は、絶対に認めないという、朝鮮古来からの、風習を改善したのも、総督府である。

何故、韓国人は、正しい歴史認識を持たないのか・・・
それは、教えないからである。
そして、何度も言うが、反日のみが、国民国家としての、自己同一性なのである。


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2012年08月27日

国を愛して何が悪い27

世界史というと、中学、高校の教科書では、すべて西洋史のことであった。
それに対して、あまり疑問を持たず、世界史と、意識していた。

特に、私の場合は、イギリスの産業革命が、印象的だった。
ここから、始まったのだ・・・・
という、思いである。
そして、日本は、明治期に、それを真似た・・・

ところが、イギリスの産業革命が、植民地支配により、搾取して成されたものだと、知ることになる。
そこから、どんどんと、疑問が湧いた。
誰も、教えてくれる人がいない。
故に、自分で調べることになる。

そして、驚くのである。
白人支配というもの。白人主義というもの・・・

1492年、コロンブスの米大陸到着からはじまる、白人の世界侵略である。
それ以降、白人たちは、鉄砲と、更に、十字架を掲げて、残虐非道な手段で、全世界を支配下に収めるという・・・

この、十字架は、カトリックである。
その排他的、攻撃的な行動は、どこからのものか・・・
十字軍遠征からのものである。

そして、カトリックは、未だに、それに対する謝罪など一切していない。
更に、ユダヤ、キリスト、イスラム教は、世界の戦争の種であったこと。

異教徒、異端・・・
この名目さえあれば、殺しても、罪の意識が無いと言う、残酷極まる行為。

一神教といわれる。
共に、旧約聖書を奉ずる。
カトリックは、それに、新約聖書、つまり、イエスの生涯を付け加えた。

そして、イエス・キリストも、いつの間にか、白人になっているという。
イエスは、アジア人である。

白人の、弱肉強食、世界制覇の野望・・・
それは、今も続く。

そこで少しばかり、その歴史を見回して、その思想を探り、彼らのしてきたこと、そして、目指すものを見る。

思想というより、彼らの生来の、遺伝子にある、暴力、排他性など・・・多々ある。

彼らの、理想主義は、われらの考え方こそ正しいものであるという、信仰に尽きる。
そして、それに反するものは、すべて悪であるという、考え方。

ヨーロッパ白人の、300年ほどの、短期間に作られた、軍事力と、文明・・・それで、世界制覇が出来たという。
何故・・・

異民族に対する、冷酷非情な性格は、いつから作られたのか・・・

千年単位の歴史的スパンが必要である。

その中で、注目すべきものは、8世紀からの、北方ゲルマン民族による、バイキングである。
要するに、海賊行為である。
イギリス王室が、その象徴である。

そして、キリスト教を政治に取り入れて布教し、11世紀から13世紀に渡って、イスラム世界を侵攻した、十字軍の遠征。
ここから、戦争がはじまる。

更に、近代を拓いた思想家といわれる、デカルトである。
人間中心の二元論的思想、哲学。弱肉強食という、考え方は、ダーウィンの進化論を元とする。
これは、西洋の、物質科学技術文明の世界支配を表すものである。

西洋は、30年戦争という、カトリック対プロテスタントの戦いで、戦争抑止の考え方を、持つに至った。
それで、漸く、目覚めたが、今度は、世界に対しての戦争を仕掛けたのである。

旧約聖書を元にする宗教は、戦いが好きである。
その神が、そのようだからである。
更に、異端と、異教徒に対する、非情な扱いも、然り。

聖書の中には、戦いの場面も多く、更には、一つの民族を滅ぼす行為もある。
野蛮極まりない、その神の教えを、奉じるのであるから、当然と言えば、当然である。

頑迷な信仰が、もたらす、戦争。決して、平和的な解決など、望むことの出来ない、その信仰である。

宗教の功罪は、計り知れないものがある。

ところが、中国を省く、東洋の思想、宗教は、別物である。
真っ先にくるのが、慈悲の行為と、共感と、受容である。

インドにても、争いを持ち込んだのは、ゲルマン民族である。

更に、小賢しい屁理屈が好きで・・・
それらの、思想、哲学・・・
終わりの無い、戦いを続けている。

日本は、島国である。
それらのものを、理解するには、とてもとても、時間を要する。また、納得するにも、余程の、粘り強さが必要である。

我に、無いものを、理解するのは、至難の技である。
しかし、世界がここまで、狭くなっている。
理解せずして、付き合うことは、出来ない。

更に、相手とやり取りするに、相手のことを、知らなければ、手の足も出ないのである。

世界の平和を願うのならば、彼らの、白人主義を、十分に知ること。
そして、その対処法を考えるべきである。
野蛮人を相手にするのである。

posted by 天山 at 02:16| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月28日

国を愛して何が悪い28

彼らの非情な掠奪性、侵略性、野蛮性の本性は。十字軍の蛮行( 白人はこれを聖戦と呼ぶ )やコロンブス以来の世界侵略( 大航海時代と呼ぶのは白人側からみた一方的な自己賞賛の史観だ )の手口、英米アングロサクソン族の世界制覇の手口、特に第二次大戦におけるアメリカの日本侵攻と原爆投下の蛮行などにバイキング精神は一貫して流れているのである。三つ子の魂は、百まで変わらないのである。
破約の世界史 清水馨八郎

ヨーロッパの歴史を見る。
四世紀頃にはじまる、北方ゲルマニア民族の南方大移動により、開始された。
彼らの現住地は、スカンジナビア半島の南部と、バルト海海岸地帯である。

この民族の大移動により、ローマ帝国は東西に分裂し、やがて西ローマ帝国は、滅亡していく。

ゲルマン民族は、土着の民族を征服し、略奪して各地に王国を作る。
その後、8世紀から、11世紀に渡り、同じスカンジナビア南部と、バルト海に残る北方人のノルマン人が、バイキングとなり、ヨーロッパ全域に侵入し、四世紀に渡り、爆発的に跳梁してまわったのである。

バイキングとは、海賊である。

バイキング、ノルマン人は、入江に住む海洋民族である。

彼らは、ゲルマン人の大移動の際に、動かなかった。何故、動き出したのかは、未だに、謎である。

バイキングは、居住地、言語、風習などから、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの三部族に大別される。

彼らは、全ヨーロッパの海外から地中海にまで及び、河川があれば、入江と見立てて、どんどんと、さかのぼったのである。
いや、攻め上がったのである。

手当たり次第、食糧や財宝を奪う。そして、放火し、殺戮を繰り返した。

やがて、既存の先住民族の王国を滅ぼす。

現在の、英仏などの、ヨーロッパ諸国の基礎を作ったのである。

イギリスの王室は、先祖が勇敢なバイキングであることを、誇りにしているというから、驚く。

つまり、それは、略奪強盗の海賊行為を、少しも恥、罪と思わないということである。

北欧の三国が、現在では、福祉国家の模範とされているが・・・
彼らの先祖は、荒くれたバイキングの先祖を持つ民族である。

更に、現在の英米の、アングロサクソン民族の先祖が、海賊のバイキングであったことである。

過去は、問わないが・・・
そのようであった、ということである。

アメリカが移民の国であることは、承知している。
だからこそ、移民の国としたい、気持ちが解るというものだ。

バイキングの先祖たちが、何故あれほど北の地に住むようになったのか・・・
彼らは、南のコーカサス地方に住む、アーリア人であり、騎馬民族の蒙古の侵入によって、追われたものとの、見方がある。

さて、ヨーロッパ白人が、短時間に全世界を制覇、制服できたのは、鉄砲という武力だけではない。それに、キリスト教という、文治、宣撫策を巧みに利用したのである。

侵略者は、鉄砲と同時に、十字架も、担いでいたのである。

宣教師・・・
彼らは、その先兵となったのである。
更に、征服した土地の民衆に宣教するという、働きをした。
つまり、文化のみならず、宗教の強制である。

日本の場合を見ると、ザビエルが1549年に来日している。
スペイン人である。
当時の、スペインは、限りない残虐性で、他民族を虐殺して、キリスト教を強制している。

当初は、信長、秀吉は、その布教を許した。
が、秀吉が、宣教師はスペインの日本侵略の先兵である事を知ると、宗教上の鎖国政策をとった。更に、禁教である。

家康もそうである。

宣教師の匠さは、凄いものである。
天主教と名のり、ローマ法王を主とする、洗脳教育を行う。
民衆の中に入り込み、巧みに信者を増やす。

一時期、九州は、乗っ取られた状態になるのである。
それを、秀吉が見逃さなかったのである。

例えば、スペインの植民地となったフィリピンは、現地の人たちの伝統をぶち壊して、キリスト教に回収させ、徹底的に、洗脳をした。
フィリピンという国名も、スペイン王から、取られたものである。

白人主義と、キリスト教の融合・・・
原始キリスト教は、ユダヤ人のイエス主義である。

だが、ローマ帝国が、キリスト教を国教にしてから、手前勝手な教義を作り出すのである。

白人キリスト教、つまり、ローマカトリックである。

その、排他的独善的征服性は、限りない。

先の、清水氏は、キリスト教とだけ、記すが、その前に、ユダヤ教がある。
その、ユダヤ教の旧約聖書も、取り入れて、更に、新約を付け加えたのである。

そして、好き勝手に、教義を作り出せたのである。

新旧約聖書は、矛盾だらけである。
しかし、それが、何より勝手な教義を作るのに、役立った。

森林で生まれた世界観と、砂漠で生まれた世界観とは、当然、別物になる。
それほどの、違いがある。

東洋は、森林であり、ユダヤ、キリスト、イスラム教は、砂漠である。

旧約聖書の世界は、砂漠が主であり、そこから生まれる人間の感情は・・・

その地が、峻厳で、過酷であれば、あるほど、嫉妬、怨念、復讐、対立、そして、抗争を生む。
現に、旧約の神は、言う。
私は、嫉妬と妬みの神・・・
復讐の神・・・

とんでもない、魔神である。

モーゼ五書と言われる、旧約聖書の、最初から、人殺しに溢れているのである。

ユダヤ教は、神ら人へ、そして、人から自然へと、階級を作り出した。
そして、人間は、神の代弁者であるという・・・

動物を家畜化して、人間の労働を代りにさせ、乳を絞り、殺して食べる。そこに、罪や憐れみの感情は無い。

他民族を征服し、奴隷化すれば、奴隷は家畜として同列となり、彼らを家畜並みに扱っても、罪悪感も憐れみも感じない。

旧約聖書の世界観は、遊牧、牧畜、奴隷使役生活に、都合がいい。

この思想が、後に、どれほどの、自然破壊を生むことになったか・・・

人の下に自然があり、それは、人のために、存在するという、思想だから、どこまでも、自然破壊を推し進めるのである。
世界的自然破壊、砂漠化の、主たる原因はキリスト教に代表される、旧約聖書の思想である。
そこに、何の反省も見られないのである。
実に、傲慢な考え方である。

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2012年08月29日

国を愛して何が悪い29

旧約聖書の世界観は、神が人を造り、人が、神の作ったもの、自然、つまり、動物、植物、被造物全体を治めるという、階級主義である。

人は、神の次の存在ある。
そこから、更に発展して、他民族を征服し、奴隷化すれば、奴隷は家畜と同列になり、家畜並みに扱っても、何ら罪悪感も、憐れみも、感じることはない。

人間を奴隷にするという意識は、古代日本人にはなかった。
日本の場合は、奴婢である。
彼らは、奴隷のようであるが、人として扱われた。
動物と同じではない。

有史以来、世界の砂漠化は、人間の営みによって、急速に進んだ。
それは、遊牧、肉食民族の、一神教と軌を一にする。

現在の、地球環境の悪化、砂漠化の責任の一端は、その思想にあるといえる。

キリスト教の、南米アメリカ大陸への拡散により、森林の牧畜化によって、森の破壊が一挙に拡大した。
北米は、キリスト教徒の入植以来、わずか300年の間に、森の八割が消滅したのである。

更に、新約聖書にて、イエスが説いた愛の思想は、人間のみの愛と、自己犠牲と解釈した。自然に対する愛は、無い。
そして、動物に対しても・・・

そして、恐ろしいことは、イエスの説く、平和と愛の対象が、白人自身の身内であり、自然の動植物、家畜や、奴隷などは、入っていない。
白人以外の、異民族、他宗教の信仰を持つ人たちも入らない。
ここに、非排他的独善性の思想がある。

キリスト教以外の人間は、野蛮人として排除、抹殺しても、いいのである。

モーゼの十戒を見ると、殺すな、盗むな、騙すな、姦淫するな・・・
野蛮人が守るべき教えである。
つまり、そういうことを、行っていたということである。

それに比べて、日本の最初の、憲法は、和を以って貴しとなす、である。
今から、1400年前も日本人は、高度な礼節を守る国家を形成していたのである。

十戒は、命令であり、十七条憲法は、諭すものである。

ユダヤ教から、砂漠のカナンの地から、地中海を通り、キリスト教を生み出し、ローマの国教となり、北方のヨーロッパ全域に、急速に広まった。

妬み、復讐、対立、抗争の思想である。

それは、権力者、政治支配、侵略行為には、都合がいいものだ。
宗教が政治と結び、互いに相助けて、白人キリスト教が布教されるという、形である。

インドの、仏教の教え・・・
東洋の思想・・・
全く意を異にする。

そして、日本の思想も、自然との共感と、共生であり、慈しみの心に溢れる。

自然に対する、二つの考え方。
一つは、自然を征服して、自然からかけ離れた、反自然のものに、作り上げるという、あり方である。

そして、もう一つは、自然を耕しながら、自然を離れず、自然らしく見せ、自然に即する、洗練を求めるあり方である。

最初のものは、ユダヤ教から出た、キリスト教、イスラム教の一神教である。
そして、次が、豊葦原の瑞穂国、と呼んだ、日本人の固有の自然観である。

仏教、東洋思想にあるもの。

日本人は、自然のいのち、人間のいのち、を連続してみることになる。
いのち、というものの中に、連続性を見るとは、自然のいのちを、鏡として、目標とし、それと一つになろうとする営みを生活の根本におく。

そこから、生まれた、宗教的態度・・・
この宗教という言葉自体が、キリスト教から生まれたものであり、信仰と呼んでもいいが、心性と、呼ぶ方が好ましい。

信仰とは、心性によるものである。

それぞれの、信仰と呼ぶことより、心性と呼ぶことが解りやすい。

日本人の心性は、その固有の性質において、日本の気候、風土に即した、自然的な生活、そして、日本語という特殊な言語構成を持つ、精神生活と深く結びつく。

それは、つまり、伝統的な生活の仕方と、切り離して考えられないものである。

もっと、深く追求すると、自然に色々と文化の手を入れて、自然と明確に対立する形で、文化を打ち立てた西洋。

それに対して、自然に手を加え、文化の手を入れるが、粗野な自然を脱して、自然らしい、洗練を装うことを主とする、日本の伝統である。

自然に即するもの・・・

全く別物である。

だから、日本人は、西洋文化を真似ても、しっくりとこない。また、和洋折衷という姿を作り出せるのも、その心性が底辺にあるからである。
そして、和洋折衷も、日本のものになったのである。

一時期、猿真似といわれた日本人だが、真似ることから、日本人に相応しい形を、作り出すことが出来る、許容範囲を持つのである。
極めて、寛容である。

そこに、排他性があれば、出来ないことである。

調和と、美意識は、自然を鏡として、手本として、自然を写し、手入れをしてきた、民族のあり方である。
それは、宗教的であり、信仰的である。
心性と、呼ぶ。

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2012年08月30日

国を愛して何が悪い30

オランダの、画家ゴッホは、今では知らぬ人がいないし、その作品は、特別な価値がある。だが、彼は生前、一枚の絵も売れなかった。

その彼を支えていたのが、彼の弟のテオである。
兄に仕送りを続けていたのである。

その、親愛の弟に書き送った、ゴッホの手紙・・・
そこには、所々に美しいスケッチが描かれていた。

ゴッホの死後、テオの奥さんが、その手紙を整理し、編集して出版した。
この、ゴッホの手紙が世に出て、そのスケッチが注目を集める。

ゴッホは絵描きになるはずではなく、最初は貧しい炭坑町に出向いて、キリスト教の伝道を行っていた。
文字通り、自分の身についた、あらゆるものを、愛のしるしとして与えて、聖書の言葉通りに、神の愛を、この世のものとすべく、実践した。

最後は、ボロを身にまとい、乞食同然の姿になった。
それが、伝道協会により、相応しくないとの理由で、非難され、遂に牧師を止めさせられたのである。

宗教という形で、神の道を実践できなくなったゴッホは、今度は、絵筆をとり、絵画という芸術の世界において、神の愛を描きあげようとする。

そして、ゴッホの修行がはじまり、その修行上の鏡となったのが、日本画であったという、事実に驚くのである。

そして、彼は日本画を生み出し、日本人の生活に多いに影響されるのである。

ゴッホの手紙から
日本の芸術を研究してみると、あきらかに賢者であり、哲学者であり、知者でもある人物に出会う。このような人物は、どういう歳月をすごしておるのだろう。地球と月との距離を研究しているのか。いや、そうではない。ビスマルクの政策を研究しているのか。いや、そうでもない。彼はただ一茎の草の芽を研究しているのだ。
ところが、この草の芽が、彼にはあらゆる植物を、つぎには季節を、田園の広々とした風景を、さらには植物を、人間の顔を描けるようにさせるのだ。こうして、彼はその生涯を送るのだが、すべてを描きつくすには人生は余りにも短い。
いいかね。彼がみずからが花のように、自然の中に生きていくこんなに素朴な日本人がわれわれに教えるものこそ、真の宗教ではないだろうか。

以上を見ると、宗教という言葉でしか、表せないゴッホの気持ちが解る。

あらゆる情緒的な人間の活動を、宗教という言葉で、表すことと、ここでは、確認しておきたい。

更に、ゴッホは
呼吸のように単純で、まるで服のボタンでもかけるように、簡単に楽々と教本の線で描きあげる。

因襲的な世界で教育をうけて仕事をしている我々には、もっと日本の芸術を研究して、自然に帰らなければいけない。日本の芸術を研究すれば、誰でも、もっと陽気に、もっと幸福にならずにはいられないはずだ。

フランスで、北斎の作品を頂点とする日本画を、鏡とし、基礎として、その手法と精神を生かそうとする、印象派の芸術家たちのことを、ゴッホは、フランスの日本人と、呼んでいたのである。

日本人は、ただ、自然のあるがままにというだけではない。
文化的に洗練した手心を加えて、あたかも、自然そのもののように、自然に則して、自然らしくあることを、究極の目的とするのである。

それは、非常に深い自然に対する、愛情であると、いえる。

日本の文化とは、それなのである。
それは、日本人の心性である。

熟達した生活感情に根をおき、そこから生まれた文化の一つの型を作り上げていった。
それを、伝統と呼ぶ。

そして、伝統は、日本の場合は、いつも新しいのである。
伝統から、伝統へ・・・

牧師だったゴッホが、自分から、花のように、自然の中に生きている日本人の生活が、真の宗教だと、言い切るのである。

これは、旧約聖書などの思想からの、大逆転である。
牧師だったゴッホが、西洋の言う宗教という感覚を、超越したのである。
それが、日本画による理解から、日本人の生活態度を、読み取ったのである。

宗教という、訳語は、明治期にある。
その前は、ペリーの黒船の際に、宗旨と訳していた。

宗旨とは、つまり、仏教のそれぞれの、宗派という意味である。

キリスト教によって、行われた、宗教学という、言葉では、日本の場合は、収まらないものがある。

だから、私は、心性というのである。

民族の、あらゆる精神活動をもって、心性という。

あちらは、宗教という概念で、すべてが収まるが、日本の場合は、収まりがつかない。
一神教と、多神教・・・
そんな違いではない。

生き方の違いであり、精神活動の違いであり、心のあり方の違いである。

更には、論理的に語れば語るほど、あちらの人は、理解できなくなるのである。

その良い例がある。
ドイツ人に、神道のことを尋ねられて、少し説明すると、更に、更にと、問い掛けてくる。すべてを、言葉で理解するという、態度は、理解するが、その場に、来て、体得しなければ解らないことが多々あるのである。

何もない所に結界を設けて、神呼びをして、祈り、そして、皆で会食し、終わると、神送りをして、一切の跡形を無くする。
巨大な神殿を造り上げて、そこに神の存在を感じて祈り、歌うという、キリスト教の儀式とは、全く異質なものである。

宗教学に惑わされてはならない。
更に、日本には、厳密に宗教と呼んでいいものかどうかという、疑問を私は、持つ。
言えば、伝統である。

日本は、天皇を戴く伝統の国である。
私が、海外に出て、一貫して、日本を説明するのに、用いている言葉である。


posted by 天山 at 05:22| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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