2010年08月01日

千鳥ヶ淵、靖国神社へ

夏は、暑いと、知りつつも、暑い。

何を、着ても、暑い。
私は、出掛ける時は、着物である。
夏物、絽の着物と、絽の長じゅばん。
羽織は、暑くて、いらない。

東南アジアへ出掛けたら、下着もつけない。
浴衣のままで、行動する。
足袋も、履かない。

そうして、今も、足袋を履かなくなった。
北海道の冬も、足袋を履かずに、行く。

足袋は、白足袋である。
昔、茶の湯をやっていたせいである。

さて、千鳥が淵戦没者墓苑に、慰霊に出掛ける。

横浜支部の、辻さんと、コータと、三人である。

曇り空。
台風が、来ていて、日本海側、東北地方は、大雨の様子。

こちらも、時折、ぱらぱらと、降るが、大雨にはならない。

二時に、部屋を出る。
辻さんの車に乗る。

カーナビの通りに、走るが、随分と、時間がかかっている。
すると、辻さんが、このカーナビ、バカなのーーーと、いう。

ようやく、千鳥が淵に、辿り着いた。

駐車場には、他に、車が、三台である。

早速、御幣と、日の丸を、持って、向かう。
すると、若い親子が、虫捕りをしていた。

平和な雰囲気である。

今年は、千鳥が淵墓苑には、新たに、3937柱の、遺骨が、納骨された。
ここには、遺骨が、奉られてある。

行き先の無い、遺骨である。
総数、358,269柱である。

ちなみに、戦没者数、2,400,000名である。
そして、民間人を入れた、総数は、320万人である。

人類発生以来、最大の戦争である。

改めて、日本は、アメリカと、ど、えらいことを、したのである。
太平洋という、大海を舞台にした、最大の戦争を、この、小さな、島国、日本が、行った。

書きたいことは、多々あるが、慰霊のことだけを、書く。

私が、慰霊塔に向かうと、すぐに、担当の、おじさんが、やって来た。
ご苦労様です。今、明かりを点けます。

何か、勘違いしているのかなーーー
私を、誰だと、思っているのかーーー

平民なのに。

ところが、もうひとりの、おじさんも、やって来て、私が、祝詞を献上し、更に、清め祓いするのまで、見ていた。

そして、深く、黙祷する。

二人の、若い女性も、慰霊にやって来た。
その場に、菊の花が、置かれて、それを、捧げる。

私は、今回、新たに出来た、シベリア抑留戦没者の慰霊碑と、引き揚げによる、死者の慰霊碑を、回ることにしていた。

おじさんに、尋ねると、すぐ傍である。

一つの、囲いの中に、それぞれの、慰霊碑が、建立されていた。

数霊を、唱えて、お送りの、音霊を唱える。

すべて、私の、やり方である。
古神道には、方法とか、手順はない。

ちなみに、ひとりのおじさんからは、神道の方ですかと、尋ねられた。
いえ、古神道です。
しかし・・・
古神道というと、変な新興宗教に、間違われる可能性もあり、これからは、テラの会ですと、答えることにした。

更に、私の慰霊の写真を撮っていて、会報誌に載せても、いいでしょうかと、問われた。

古神道を、名乗る、嘘の古神道の、宗教がある。
古神道では、集団や、組織を作るはずがないのである。
勿論、建物も、建てない。

神道を、名乗るのは、神社神道と、教派神道があり、教派神道は、皆、新興宗教である。

明らかに、宗教団体であるから、古神道ではない。

教祖が、自分に、コンタクトしてきた、霊を、神と、勘違いして、立ち上げたものである。

憑依された、教祖もいる。
そんな、霊に騙されるほど、愚かなのである。

さて、三十分ほどで、慰霊の儀を終わり、次に、靖国神社に向かう。

途中、休憩所に入り、無料配布の、色々な、会報誌を貰う。
そして、慰霊名簿に、記入する。

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2010年08月02日

あらっネグロス島へ 2

靖国神社は、千鳥が淵墓苑と、隣同士である。

車を靖国神社に、移動する。

日の丸だけを、掲げて、参拝に向かう。
明後日の、敗戦の日に向けての、準備が行われていた。

参拝者の姿も、結構多い。

靖国神社の、ご神体は、戦没者の名簿、お名前である。
そんな、行為は、日本だけであろう。

要するに、書かれた、お名前を、拝するのである。

何故、それで、通ずるのかは、日本の伝統について、語らなければならない。

さて、私は、一人先頭を歩いていた。

済みませんが
と、声を掛けられた。
警察官である。
国旗を持たれているというのは、右翼の方でしょうか・・・

えっ
私は、彼の顔を見詰めた。

後ろから、コーターが、来て、
違います
と、言う。

境内では、旗や、幕などを掲げての、集いは、禁止されている。
だが、私は一人である。

私は言う。
この、国旗を持って、アジアの追悼慰霊を行っています
そして、衣服支援をしています

警官は、それを聞くと、失礼しました
と、戻った。

至る所に、警備の警官が、立っている。
そして、携帯電話で、やり取りしている。
私のことも、連絡がいったのだろう。

確かに、右翼の街宣車が、数台、目に付いた。

参拝は、理想的なものではなかった。
丁度、賽銭箱が、横に片付けられているところである。

遠くに、鏡が見える。
私は、日の丸を掲揚し、深く、頭を下げた。

ただ。それだけ。
拍手は、打たない。

別に、気取るわけではない。
皇室と、同じ、参拝の仕方であるが、不遜な気持ちはない。

その、成り立ちは、明治二年である。
東京招魂社として、はじまる。

それは、明治維新の、戊辰戦争の犠牲者を、お祭りしたところからである。

私が、靖国神社に、組しないのは、この、最初にある。
官軍の、犠牲者を、お祭りしたのである。

つまり、敗軍の犠牲者は、祭られていない。

官軍とは、薩長同盟である。

明治維新の、犠牲者は、官軍も、敗軍も、共に、合祀するべきである。
それぞれが、国を思い、戦ったのである。
そして、かむながら、というものは、そういう、寛容なものである。

何せ、大和心である。

さて、その後の多々、屁理屈があるが、国のために、犠牲になった、皆様を、お祭りするのは、日本だけではない。
世界のすべての国が、行うことである。

靖国だけが、例外ではない。

更に、それぞれの国の、多数の人が奉じる、宗教の形態をとる。
つまり、常識である。

その、常識を知らないのが、中国と、韓国であり、彼らと、話し合うには、千年もの、時間が、必要である。

世界の常識を知らない国が、どのような、展開をするのかを、とくと、見ていることにする。

更に、日本の仏教団体、キリスト教団体も、話にならない。

政教分離という、言葉を掲げるが、彼らは、政教分離などという、観念を、歪曲して、理解している。

アメリカも、政教分離を掲げるが、大統領は、聖書に手を置いて、誓う。
どうだろう・・・
政教分離か・・・

アメリカは、キリスト教国である。
カトリック、プロテスタント諸派、多々ある。

政教分離とは、どこの、派閥にも、組しないということであり、キリスト教という、柱は、失われていない。

日本の、宗教団体は、甘えているだけである。
日本は、古来から、道教、儒教、仏教、そして、キリスト教にも、寛容に接した。
一時期の、キリシタン弾圧は、弾圧ではなく、自衛のための、行為である。

あのまま、天主教が、日本に蔓延すれば、確実に、ローマ法王に、日本は、乗っ取られた。

その、証言は、多々ある。
イエズス会が、行ったことを、検証すれば、一目瞭然である。
傲慢不遜に、イエス・キリストを信じない人々は、簡単に殺された。

今年は、全閣僚が、参拝しないと、表明した。

民主党政権が、日本には、利益とならないことは、明白である。

誰に、遠慮しているのか・・・
中国、韓国・・・国内の、偏屈な人たちに、である。

自国の戦争犠牲者を、追悼慰霊する、施設である。
神社が駄目なら、靖国戦争犠牲者追悼慰霊社と、すれば、いい。
国会で、決議すればいい。

全閣僚が参拝しないと、堂々としたところが、低レベルである。
つまり、アホ。

小学生のような、知性の社民党の、党首は、政教分離を考えると、当然だということを、いう。
勉強不足も、ここまでくると、政治家という、職に就いていること、自体、異常事態である。

ドイツ、イタリア、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ロシア、インド、インドネシア、タイ、台湾、ミャンマー、パキスタン、スリランカ、チベット、トルコ、パラオ、ソロモン諸島、ポーランド、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、ベルギー、リトアニア、チリ、メキシコ、ブラジル、エジプト、モロッコ、更に、南アフリカの国々である。

世界各国の、政治家、外交官、宗教家、軍人などが、相次いで、参拝している。

あの、馬鹿ブッシュも、靖国参拝を、希望したが、更なるバカの、外務省が、懸念して、明治神宮に、変更した。

お解かりだろうか・・・

それが、世界の常識である。

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2010年08月03日

あらっネグロス島へ 3

憲法には、政教分離という、言葉はない。

それでは、どこから、その言葉が出るのか。

国の宗教的活動などを禁止した、憲法20条と、宗教団体への公金支出を禁止した、憲法82条の、前段を総称して、政教分離と、呼んでいる。

それが、強固になったのは、日本のアホな、憲法学者たちの、説である。
何も、知らない彼らは、厳格分離説を、掲げた。

国民大多数の常識、世界的常識と、かけ離れた、厳格分離説である。

完全に、国家と、宗教を、切り離して考えると、その混乱は、甚だしい。

一つの例は、国宝、重要文化財に指定される、神社、仏閣、その宗教的文化財に対する、補助金の支出は、一切出来ないのである。

刑務所に、収監されている、受刑者に対する、教戒師の活動も出来ないのである。

お分かりか。
憲法学者の、不勉強振り・・・

更に、学者たちは、日本の伝統的、心情である、たゆたふ心、あはれ、なる心というものも、知らない。

地鎮祭で、町から、市から、お礼のお金を渡すことは、政教分離に反するという、偏狭な、考え方・・・呆れる。
それが、伝統であるという、お勉強をしていないのである。

何よりも、日本は、伝統の国である。

それは、宗教などを、飛び越えている。
世界に、その伝統を、有する国は、日本のみである。

さらに、言う。

ミッションスクール、仏教、神道系の、私立学校への、公費助成は、どうする。
それも、政教分離に反することになるのである。

憲法89条には、公の支配に属さない私立学校への、助成を禁止し、宗教団体に対する、公金の支出も、禁止されている。

さあ・・・どうする。

宗教系私立学校は、学校法人であるが、その母体は、各種の宗教団体である。

そこでは、宗教家が、養成されたり、宗教教育も、されている。

さあ、どうする・・・

さながら、イスラム圏の国のような、考え方が、厳格分離論者である。

その癖、上記に上げたようなことは、合憲だとする。

イカレている。
それに、追従する、アホなマスコミ、政治家、官僚・・・・
全く、知らない。事の真相を知らない。

いつも、真実というものが、犠牲になるのである。

教育を受ける権利の保障、私学振興の必要性・・・などを、理由に、合憲とするというから、笑う。

政教分離についての、古典的著作がある。
ジョン・ロックの、寛容についての書簡、である。

第一に、政治と、宗教は、その任務、役割において、明確に区別されなければならない。何故なら、政治は、世俗的事項にのみ関わるのに対して、宗教は、魂の救済を目的とする。

第二に、政治の担い手である、国家と、宗教の担い手である、教会は、区別され、組織的にも、分離されなければならない。

第三に、政治と、宗教は、互いに、その役割を尊重しなければならず、互いの領域に介入したり、干渉したりしては、ならない。

これは、広義の意味の、政教分離である。

公明党などは、これに、全く違反していることになる。

更に、時代は、新しい世紀は、宗教を必要としない、時代になるから、自然、問題は、解決に向かう。
とは、言え、宗教という、商売は、止められないから、宗教団体は、続く。

特に、日本の場合は、政治と、宗教とは、一緒に活動しているようなもの、である。
宗教団体の、政治活動を見てみるとよい。

吐き気がする。

商売であり、政治的であり、どこに、魂の問題の、更に、魂の救済などあるか・・・

誰も、宗教家は、一人として、宗教的ではない。

政治が、宗教の役割を尊重し、宗教も、政治の役割を、尊重する。
誰が・・・それが、出来るのか。

そんな、上等な人間は、いないだろう・・・

政治の宗教への介入が禁止される。更に、宗教の政治的権力の行使を禁止する。
それが理想である。

創価学会、幸福の科学等々は、憲法違反となる。

とまあーーー

もう少し、よく考えてみることだ・・・・

ちなみに、専門家は、狭義説、限定説、広義説色々上げている。

私は言う。
伝統行為の前に、宗教は、飛ぶ、散る。

戦争犠牲者への、追悼慰霊は、靖国神社という、伝統が、存在するという、ことである。

神社に、拘りがあるなら、靖国のお宮でいい。
それでも、駄目になら、靖国さん、でいい。

それでも、駄目なら、兵隊さんの、お家でもいい。

靖国神社が、宗教法人なのは、アメリカ占領軍の、指示である。
本来は、宗教法人ではない。

森の鎮守の神様と、同じ。
誰のものかも、解らないが、昔から、やっていたから、ねーーーである。


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2010年08月04日

あらっネグロス島へ 4

参拝を、終えて、戻る道、声をかけられた。

木村さんですか・・・
ええ
大西です
ああーーー

戦没者の慰霊のために、戦地に出掛けて、桜を植えている方である。
桜会の代表であり、本日も、靖国神社の、草刈に来ていたという。

最初に、お会いしたのは、チェンマイである。
あれから、三年が過ぎる。
チェンマイの、タイ・ビルマ戦線の追悼慰霊碑にも、桜を植えていた。

お手紙では、お話している。
偶然のことで、嬉しく、驚いた。

今日は、こんな格好ですから、声をかけるのを、躊躇ったのですが・・・
と、仰る。

確かに、草刈用の服装である。
しかし、ご苦労様である。

戦争犠牲者を、忘れていない人々がいる。

次は、パラオの、ペリリュー島へ、出掛けると、言う。
私も、あの、激戦地である、ペリリュー島には、出掛けるつもりだった。

直行便が出るのが、九月の時期なのだそうである。
八月、九月に、特別便が出る。夏休みのせいでもある。

更に、ツアー旅行になる。

格安航空券だと、台北か、グアム経由になる。

しばしの、立ち話だった。
いつか、ご一緒したいと、申し上げて、頭を下げた。

それから、茶屋に立ち寄る。
ソフトクリームを食べるためである。

そして、母に、お土産の、お菓子を買う。
もう、靖国神社などに、出掛けて来られない年である。

落雁を買った。
昔、落雁は、贅沢なお菓子だった。
今は、貧乏臭い・・・
しかし、懐かしさで、食べる。

日の丸を、丸めて、しばし、休憩する。

参道を通る人を見ている。

二時間ばかり歩いて小休止となった。私も崩れるように地面に腰を降ろす。転がるように横に寝てしまう兵士もいた。しばらくして出発となり、闇の中に立ち上がり歩き始めたが、間もなく「橋本がいないぞ」と誰かが言い出した。しかし、長い隊列は容赦なく暗闇の中を進んで行く。
私たちの小隊もこの流れの一部となって最後尾辺りを行くだけで、誰も止まるわけにいかない。引き返し、先ほど休憩した所まで探しに行きたい気持ちはあるが、そうなると闇夜の中で方向を失い、自分も落伍者になってしまう恐れがあるので、どうにもならない。躊躇している頃、後方遠くで「ドーン」という手榴弾の爆発音がした。橋本上等兵がやったのだろうか。誰も悲痛のあまりものも言わず黙ったままで闇の中を遅れまいとして歩いた。
ビルマ最前線 白骨街道生死の境 小田敦巳

病になった人、もう、動けない、体力を失った兵士は、自爆して果てた。

戦死ではない。
自爆で、亡くなった兵士も多い。

戦記を読むと、時々、先が、読めなくなる。
その状況を理解しようとして、佇むからである。
しかし、理解を超える。
皆の迷惑になると、自爆する兵士もいる。

連隊本部の山本上等兵が自分の水筒に水を汲んできて、竹竿の先に括りつけ林伍長に差し出した。彼はそれをゴクリと飲み、「有難う、俺は助からない、死ぬ・・・山本、わしはここで死ぬがお前が内地に帰ったら、故郷の父母にこの歌を伝えてくれ」と言った。
「身はたとえ ビルマの果てに 朽ちるとも とどめおかまし 大和魂」という辞世の歌を。そして、「みんな、あっちへ行ってくれ」と言い、手榴弾を自分で叩き轟音と共に散っていった。実に見上げた最期であった。
上記より

これを、我が身のことと、考えてみるのが、体験の追悼、追憶である、経験となる。
体験するわけではないが、共感する能力により、経験となる。
言葉遊びをしているのではない。

その、共感能力を、日本では、別名、あはれ、という。
もののあはれ、である。

その兵士たちが、靖国にお奉りされている。
だから、彼らに、その御霊に、お逢いするために、参拝に来ている。

国のために、命をかけて、苦労された兵士の皆様に、感謝と、慰霊の心を、持つことは、世界の常識である。

戦犯合祀があるから・・・
敗戦したから、戦犯になったのであり、勝てば、戦犯などというものは、存在しない。

歴史を、見よ。

今、この世界大戦の、事実が、明るみにされてきた。
その時、アメリカの、ルーズベルトが、戦犯になるだろう。
しかし、アメリカ国民は、彼を裁くだろうか。

更に、ルーズベルトの墓を暴き、不遜な行為をするだろうか。
更に、マッカーサーを、戦犯とするだろうか。

アメリカが、仕掛けた戦争であるとが、明確になってきた。
さて、どうする・・・

日本には、戦犯という、罪状は無い。
あれは、東京裁判によるもの。それを、今、認めないとしてもいい。

日本に、戦犯は、存在しないのである。

フィリピン、モンテンルパの刑務所に、日本兵の戦犯とされた、B、C級戦犯が、収容されていた。
その大半は、無実である。

何とか、理由をつけて、戦犯にされたという、悲劇である。

だが、数名の処刑者を出して、開放された。
一人の、歌手によって、それが為された。
渡辺はま子である。

モンテンルパの夜は更けて、という、獄中で、作詞し、作曲された、歌を、日本に持ち帰り、歌った。
それが、国民を動かし、自発的に、嘆願書の署名が集まり、フィリピン大統領が、開放した。
大統領も、その妻と、子供三人を、日本兵に、射殺されていた。

全国に、戦犯を開放する、嘆願書の、署名運動が、展開された。

戦犯などとは、実に、馬鹿馬鹿しい。

戦犯を、戦犯と呼ぶ、日本人が、戦犯認定戦犯者である。

私は、言う。
日本に、戦犯はいない。
戦犯は、アメリカにいた。

さて、これを書き続けても、終わらない。
兎に角、私は、今年、二度目の、慰霊を、行った。

最期に、靖国神社に、私は、組しないといった。

それは、それ、これは、これ、である。

私は、神社神道の、神道を、新神道と、便宜上言う。
私は、古神道である。
更に、新興宗教の古神道を名乗る、偽者の古神道ではない。

大和朝廷以前の、富士王朝、一万余年の伝統を有する、天照るかむ、の、定めた、かむながら、である。

富士吉田市に、微かに、その名残がある。
阿曽山大神宮跡の、小さな、社、やしろ、である。

現在は、坂上田村麻呂が、創建した、浅間神社が、ある。

しかし、それは、大和朝廷の、命により、創建したもの。

ただし、みらめみこと、当時は、大政頭、おおまつりごとかしら、と、呼ばれた、主を、持つ、民族である。

そして、すめらみこと、は、現在まで、信じられないが、一系なのである。

富士王朝の、おおまつりごとかしら、が、大和朝廷、そして、神武天皇の、血族である。

証拠があり、私の霊感である。

アカデミズムの、歴史学者が、権威を失う。
それだけの、私は、確信がある。

学者は、プロである。そして、それは、商売である。
私は、素人である。そして、それは、商売ではない。

誤てる学者は、幽界にて、反省し、己の罪を、贖っている。
この世の、名誉を欲した者、霊界には、中々、上がれないのである。
これを、あはれ、という。

posted by 天山 at 00:00| 千鳥ヶ淵、靖国神社へ 平成22年8月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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