2008年09月01日

神仏は妄想である 150

生より死にうつると心うるは、これあやまり也。生はひとときのくらいにて、すでにさきあり、のちあり。
道元


生と死を分けて考えてはいけない。その事実を事実として徹底的に受け入れてしまえ、と道元は繰り返し言います。それは何故か。人間は生きている状態から、死んでいくという別の状態へ移っていくのだと考えるから誤りが生ずる。これは、いつも道元が好んで用いる考え方です。
栗田勇

春は春であって、春以外のものは何もない。秋は秋というもので、これが移っていく、つまり時間的な経過によって変化するということはない。春は春のうちに春以上のものがある。つまり空がある。花が咲き、鳥が歌うという現象の奥に、目に見えないある宇宙、絶対的な実相がある。
栗田勇

空という、実相というものがあるということを、言うのであろう。
それは、理解する。

その、空という、実相が、目の前の花になり、鳥が歌うということである。
それも、理解する。


それでは、もののあわれについてで、紹介した、古今集の仮名序を、再度見る。

和歌、やまとうたは、人の心を種として、万、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事・業しげきものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひだせるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして、天地、あめつちを動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士、もののふの心をもなぐさむるは、歌なり。

とうであろか、私は、こちらの、心象風景を取るものである。

空とか、実相などという言葉はない。
この世の生きるものに、限りない慈愛の風景を抱くのである。
歌の道。
日本の歌道は、すでに、それらの、理屈を、超えていたのである。


そこで生は、「ひとときのくらい」だと言う。くらいというのは現象、位相のこと。ひとときというのは、しばらくの間という意味ではなく、全体、まるまるさそれで全部の時、つまり永遠のいまの意。生は生というものでまとまった様相であり、永遠の変わらぬ姿である。
だから、生きているということは、死と比べて生きているということではない。生きているということの中には、絶対的な今しかない。あるいは生以上のものしかない。空しかない。
栗田勇


歌道では、空などとは、言わない。
今、目の前にあるものを、慈しみ、歌い上げる。
それだけで、いい。
この世の、すべてを、受容する。

あえて、そのものを、超えたところの、空とか、実相などは、必要ないのである。

更に、言えば、絶対的な今、生以上のものしかないと、いうが、人は、確実に死ぬのである。

容赦なく、死ぬ。
必ず、死ぬ。
生が、今しかないというのと、同じく、死も又、今しかないという、その、死を、人は、確実に迎える。

理屈を言うのではない。
だから、それが、何だって言うのだということになる。
つまり、それは、迷いなのである。

生きとし、生ける、いづれか歌をよまざりけり、という方が、やさしいのである。
優しいのである。

人命とは、呼吸の間である、などと、アホにことに、感心しているより、歌の一つでも、詠むことである、と、私は言う。

吸う息、吐く息の間に、命というものがあるなどという、浅はかな、言葉の世界に酔っているうちは、悟りなど、開ける訳が無い。

明日とか、やがてそのうちということはない。今日の今、せっかくの今この今を、仏道に、つまり真理の道に身を投げ入れて、いつのときがあるだろうか。この覚悟が生死を超えます。
栗田勇

栗田氏は、道元を、理解しやすいように、紹介する。
私は、栗田氏の、文章に対して、敬意を表する。

さて、真理の道に、身を投げ入れてというが、人には真理というものが、人の数だけあるということを、知らないらしい。
仏道を、真理とは、笑わせる。

たかが、仏の道である。
たった、一つの道である。
それ以外に、真理というものが無いというならば、それは、浅はか、愚かというものである。

道元が、芸術家であれば、許せる。

松尾芭蕉は、今日の発句は、今日の辞世という心持で、俳句を、詠む。
それならば、おおいに、納得する。

歌は、すべて、挽歌である。
皆々、歌詠みは、その心持で、歌を詠む。
そこに、この人の世の、儚いという、明確な、意識がある。
儚いとは、はかないのであり、あはれ、なのである。

必ず朽ちる肉体を、持つ人間の、そのままの、姿をこそ、見つめ続ける行為こそ、真っ当な、生きる道であろう。
この世は、無常でよし。
儚くて、よし。
あはれ、で、よし。
生死に、七転八倒するも、よし。

息切れれば、死ぬ。
死人に口なしである。それで、よし。

問答無用に、人は死ぬ。
それで、よし。
言うことも無い。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

神仏は妄想である 151

ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる。
道元

これは、実に美しい大和言葉である。

ただ、我が身も、心を離れ、忘れて、仏の家に、投げ入れて、仏の方から、来てくれる。これに、従うのである。力も入れず、心の働きもない。そうすれば、生死というものを、離れ、つまり、その観念を離れて、仏となる。
ということである。

いかがだろうか。
これには、騙される。
勘違いする。
読んだだけで、何か救われたような気持ちになる。

言葉の、恐ろしさを知らない人が、これに、やられる。

その気になるのである。

仏の方から、来てくれる。
どこかで、聞いたような、話である。
そうそう、念仏、浄土門の時に、話した、書いた。
阿弥陀仏が、救うというものである。
ただ、念仏することによって、弥陀の本願に、救われるという、ものである。

魔界の教えである。

すると、もっと、凄いのは、念仏しなくても、救われるという、考えである。
ちなわち、弥陀の本願は、一人が救われなければ、我が身の救いは、無いというのであるから、念仏しない者でも、救うということである。

このように、突き詰めてゆくと、とんでも、ハップンという、恐ろしい、境地に至る。
マジである。
マジで、そのように、考える。

三蔵法師玄奘の時までは、よかった。
辛うじて、救われない者もいる。
仏に成れない者も、いると、教えた。

要するに、馬鹿は、死んでも馬鹿ですという、教えである。
それが、どこで、どう間違ったのか、あるいは、変節したのか、アホになったのか、狂ったのか、皆救われる。皆、仏になるという、耳障りの良い言葉を、並べ立て始めたのである。

天台である。
中国の僧、天台チギという者。
つまり、解釈である。
解釈は、事実ではない。


栗田勇氏の、引用も、面倒になったが、面白い話が載っている。
カトリックの、徳の高い、修行僧や、神父は、医者にかからないというものである。
何故なら、病は、神が与えたもうたものである。
故に、それは、人為をもって、手を入れてはならないと、考えるというのである。

エホバの証人、ものみの搭という、カルト系キリスト教は、輸血を禁止する。
我が子が、手術をするのに、輸血を拒否するという、アホ、馬鹿、間抜けの、親がいる。
今は、法律で、未成年者の場合は、輸血が、出来るようになった。

さて、解釈を、持っての、教えとは、全く、筋違いになるのである。

おわかりか、皆様、宗教とは、如何様にも、解釈出来るということ。
気が狂えば、狂うほど、とんでも、解釈になるのである。
そして、それを、人に押し付ける。
信じさせる。

これは、暴力である。

神父は、神の意志ゆえに、病と、闘わないのである。
よろしい。
その本人がそれで、いい気分ならば、言うことはない。
何ゆえの、医学であろうか。
それを、考える。

あたかも、信仰深い、立派な態度に見えるようだが、単なる勘違いである。

助かるものなら、助かった方がいい。
二度とない、人生である。

前世というものがあろうが、この時、この私という、存在は、唯一の存在である。
二度と、この私という意識は、現れない。

道元は、生死を、離れたところに、仏というものを、置いている。いや、生死が、仏の命であるという。

一体、何を言いたいのか。
仏の境地とは、そういうものなのか。
あるいは、仏という存在が、生死を、超えたものなのか。

それでは、仏として、尊敬された、仏陀は、どうか。
死んだ。

今は、仏陀は、死んでいないのである。この世に、存在しない。
仏が、生死を、超えたものということは、証明出来ない。

思い余った末の言葉である。

信仰に、つきものな、我を、何かに、任せるという、境地を言うのだろう。
仏という、訳のわからないものに、我を任せて、どうする。

生死を離れ、仏となる。
それでは、道元は、仏になったのか。
何故、我、仏になれり、と、書かないのか。

ここに、道元の、不案内がある。
つまり、迷いである。

どうせ行くなら、我、仏となれり、でいい。


ただ、その道元も、矢張り、大和心に、戻っている。
次の、文である。

仏となるに、いとやすきみちあり。もろもろの悪をつくらず、生死に著するところなく、一切衆生のために、あわれみふかくして、上をうやまい下をあわれみ、よろずをいとうこころなく、ねがう心なくて、心におもうことなく、うれうることなき、これを仏となづく。又ほかにたずぬることなかれ。

これを、仏というと、明確にした。

それは、悪を行わない。
生死に、執着しない。
みんなのために、哀れみ深く。
上を敬い、下を憐れみ。
すべてのことを、厭わない。
願う心もなく、心に思うこともない。
憂いに沈まずにいる。
それを、仏だというのである。

願うことなく、心に思うこととは、妄想である。
それでは、仏という妄想を捨てるべきである。

何も、仏になる必要はない。
大和心を、生きればいいのだ。

おほいなる やわらぎの こころ である。
大和心を、仏であると、最後に、締めくくる。

それでは、次に、道元の、大和心に至る道を見て、道元を終わることにする。

結局、仏教の究極が、大和心であるということ、実に、明確である。
道元、辞世の句である。
また見んと おもいし時の 秋だにも 今夜の月に ねられやはする

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月03日

神仏は妄想である 152

道元は、深草安養院に、31歳から、34歳の、三年間にわたり過ごした。
その時に、道元の跡を継ぐ、三歳年上の、懐奘 えじょう、が、日本達磨宗の門人を引き連れて、入門する。正法眼蔵隋聞記を、著した。

1233年に、同じ地の、興聖寺に、僧堂を設けて、約十年、指導しつつ、正法眼蔵を書く。

しかし、比叡山の迫害が、激しくなり、越前、志比の庄の、寺に移る。

寛元元年、1243年、道元、44歳の年、吉峰寺で、執筆に励むのである。

そして、現在の、永平寺の土地に、新しく、伽藍を建てる。
寛元二年、七月、吉祥山大仏寺が開堂する。

ここで、厳格な、禅林の規則を定めて、寛元四年、六月、大仏寺を、改め、永平寺とする。

永平寺知事清規という、生活規則を、作る。

しかし、道元は、仏陀を知らないゆえに、厳しい修行を、続ける。
仏陀は、中道の心を説いた。
それは、出家者にもである。
偏った、修行は、するな。
疲れさせたり、行過ぎるなと、教えた、仏陀を知らない故に、健康を、害する。

建長四年、1252年から、具合が悪くなり、養生のために、京に上がる。

高辻西洞院の、俗弟子、覚念という者の、邸宅で、建長五年、八月二十八日、五十四歳にて、没する。
正式には、入寂である。

入滅ともいう。
滅とは、仏教では、安心の境地である。

最後の漢詩の、それを、ゲというが、その一節
活陥黄泉 である。
生きながら、黄泉に陥つ、というのである。

活陥成仏、ではない。
黄泉とは、我が国の、死後の世界である。

そして、辞世の句

また見んと おもいし時の 秋だにも 今夜の月に ねられやはする

またみんと おもいしときの あきだにも こよいのつきに ねられやはする

もう一度、見たいと思うであろう、秋の月である。
今宵の月に、ねられやはする、とは、何か。

ねられや は する
眠られる、のか、眠られないのか。
きっと、眠られるのであろう。
いや、文法では、ねられやの、や、とは、係助詞である。反語であり、疑問である。
すると、ねられようか、いや、ねられない、という意味になる。だから、月を眺めて、眠られないだろうと、言うのである。
眠られるだろうか、いや、眠られない。

この月を、眺めて、静かに、眠りに入りたいものである。そう思いたいが、どうも、迷いがある。ねられやはせず、だったのではないか。何故、やはする、と、なったのか
勿論、や、と、せず、となると、意味合いは、変になる反語の反語、疑問の疑問である。
しかし、詮索するのは、止める。

大和心に、抱かれて、道元は、我が人生、その戦いの人生を、見つめた。

母の胸に、抱かれたかっただろう。
早くから、親に死に別れて、どれほど、辛い思いをしたのか。

求めるところは、母の胸であり、あの、尊敬すべき、父である。

親の懐に、抱かれる、安心の境地は、事実である。

妄想の、存在は、そこにはない。

誰か知る
かの道元の
胸の内
作為を超えて
親の元へと

私は、道元の生き方を、尊敬する。
敬意を表する。

一筋という道を、見つめて、ひたすらに、生きた。
そして、我がために、書き続けた。
我が、読むべきものを、書き続けた。

一番の、読者は、私なのである。

私が、私に読ませたいが、故に、渾身の力をもって、書き続ける。

それを、大和心という、親心が、抱き寄せてくれる。
そこには、父あり、母がいる。

父と母の存在は、事実である。
これに、適うものなどない。

たとえ、アホでも、馬鹿でも、間抜けでも、親がいる。

道元を、死の世界へ、導いたのは、仏でも、勿論、神でもない。
父と母である。

仏への道を、一筋に、歩むべくして、歩み続け、最期の時は、父母の胸に抱かれて、逝くのである。
それは、信じるというものではない。
事実である。

今夜の月に ねられやはする
私見である。
道元の、月は、最後に、父母となった。
父と母の、傍で、眠りたい。
それで、いいではないか。

心理学という、未熟な学問があるが、それでも、相当な、人間の心の世界を、観るものである。
道元の、仏は、父母に、至ったのである。
あれほど、身を清く生きたのは、父母への、思慕である。
誰も、それに、気付かないほど、仏教、禅というものに、迷うのである。

道元の、著作に、一言も、父母のことが、無い。
何故か。
触れられない程、恋しい人であった。

孤児の、心境の解る者は、それを、知る。

実は、鎌倉仏教の開祖で、父母のことに触れたのは、親鸞のみである。
父母のために、念仏しないという、歎異抄の言葉である。
自分が、成仏したなら、真っ先に、父母を、救うでろあうという。
そこが、愚かである。
自業自得なのである。
誰も、救うことは、できない。また、仏にする事も、できないのである。
仏陀は、そう、言った。

法然も、道元も、日蓮も、父母のことは、言わない。
以下、他の、開祖も、言わない。

彼らの、仏の実在は、父母であった。
私は、それを、知る者である。

皆々、若い、青臭いのである。
それで、いい。

父母無くして、我の存在があったか。
木の股から、誰が生まれる。
人は、母の股から、生まれるのである。

仏陀も、女の股から、生まれた。

道元を、終わる。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

神仏は妄想である 153

日蓮にゆく。

日蓮は、仏陀を知らない。
それは、実在の仏陀を知らないというのではない。
仏陀の教えを知らない。
彼が、知った、仏教は、天台である。
ここに、彼の悲劇がある。

下々の、身分である、単なる僧の一人が、国の政治に、物申すという、暴挙をなした。
何故か。
国を案じたか。
違う。
自己顕示欲と、名利の何物でもない。

千葉の貧しい漁民の子に生まれて、天下を目指すとしたなら、身分の意識曖昧な、仏教という、場から、はじめなければ、彼の野心を、満たすことはない。
高僧になれば、身分を超えて、ゆける。

法華経を称えること、天台を真似て、祈祷をなすこと、真言に真似て、題目を唱えること、念仏に真似て、末法思想は、厭離穢土の浄土門を、真似た。
さらに、安国を述べること、仏教の護国を、真似た。
そこに、オリジナルは、無い。

更に、鎌倉では、神道をも、学んだ。
故に、神棚の前でも、法華経を唱えるという、行為が、日蓮から、はじまった。

後の人、法然は、理で悟り、親鸞は、情で悟り、日蓮は、意で、悟るというが、そんなことはない。
皆、それは、迷いである。

彼が、他宗のすべてを、罵り、攻撃したのは、それらに、最も関心を抱いたからである。
彼の、不屈の精神は、偉くなり、人に尊敬されること、それに、尽きる。

彼の、行動は、すべて、裏目に出た。

仏僧は、多く、偏屈であり、天邪鬼が多い。
私自身がそうであるから、それを、理解する。

人の意表を突き、飄々として、いられる。
あえて、物議を醸し出す。
日蓮は、それの、典型である。
彼の、教義の屁理屈は、何のことは無い。

日蓮の目的は、解った。
それでは、日蓮を見る。

「立正安国論」にみられる日蓮の抱いた疑惑そのものは必ずしも新しいとは言えない。源平合戦から承久の変まで、なぜ多くの天皇が悲運のうちに倒れて行ったか。安徳帝や、承久の変で配流となった三上皇を悼んでいるが、そこに古代風の「鎮護国家」にむすびついた一種の「神国思想」がみられる。また内乱を通しての犠牲者と、そこに生ずる無常観は当時の誰しも抱いたところである。或いはなぜ天災地異がくりかえされるのか。鎌倉の大地震や、疫病飢餓の発生を深く憂えているが、これも当然のことだ。内乱と天災と疫病と、歴史は恐怖の歴史だという実感に立っていることは、いずれの出家者にも共通している。
亀井勝一郎 日本人の精神史


何も、新しいものではない。
そして、注目すべきは、彼は、日本という国に、その精神的支柱として、君臨すべくの、活動であるということ。
それは、野心である。


では日蓮の独自性はどうにあるか。いまのような疑惑に直面して、法華経を根本とするととともに、それ以外の一切の経典と宗派に対して、強烈な折伏力を発揮し、その結果として生ずる受難において、信仰の証をたてようとした点である。

と、亀井は言う。さらに

法華経専修による宗教改革力を爆発させたようなものである。法華経そのものは聖徳太子の時代以来、ひろく読まれてきた。様々な性格の菩薩が登場し、劇的に構成された多彩な大乗経典であり、芸術の上にも多くの影響を与えてきた。しかし、日蓮のように読んだものはひとりもいなかった。

そうである。
日蓮のように、あの、御伽噺を、あのように、読んで、解釈したものはいない。
それに、注目すべきであろう。

日蓮の、末法思想は、膨大な仏典の、どこにも、出てこない。というより、そんな、考え方は無い。
それは、中国の一人の、誇大妄想の僧の、アイディアから、生まれた、思想というより、戯言である。

末法という、考え方に、強迫された。
要するに、末法思想の、強迫神経症である。

更に、日蓮は、その、末法というものに、撹乱され、今こそ、我が、我が、我がと、自我意識を、拡大させた。
とてつもない、妄想の中に、身を埋没させたのである。

それに、拍車をかけたのが、名利である。


日蓮の考えた末法の世とは、折伏の時機であった。接受ではもはやまにあわぬとみたところに、彼の危機感があったということである。法華経を護るため、様々な経文から、折伏の必要と必然性をあきらかにしようとしている点に、きわだって特徴がみられる。
亀井勝一郎

法華経については、後で、じっくりと、検証する

日蓮の、迷いは、正法というものと、釈迦の説いた教えの、根本であるという、ものである。
要するに、信じた。
何をか。
自分の妄想を、信じ込んだのである。

これこそ、正法、釈迦が、説いたもの。
信じるしかない。
釈迦に会っていないのだから。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月05日

神仏は妄想である 155

日蓮の矛盾と、回心は、西嘉年間に、起こった、大飢饉と、地震である。

日蓮が布教を、はじめたのは、鎌倉である。
大飢饉が起こった時、地獄絵が、現れる。

鎌倉の、町全体が、死体で、埋まる。

中世の、死者は、海岸に捨て置かれた。
酷い時は、道端に捨てられた。幕府が、見かねて、道端に死体を捨てるなと、禁止したほどである。
火葬されるのは、一部の特権階級である。

さて、大飢饉と、地震の様を見て、その被害の甚大さに、日蓮は、驚く。

天変地異や飢饉、疫病があまねく天下に満ち、広く地上を覆っている。馬牛は路上に倒れ伏し、死者の屍と骨は道にあふれている。・・・
食を求めてさすらう人々は目に溢れ、死人は視野に満ちている。しかばねを積み上げれば望楼となるほど高く、横に並べれば橋となるありさまである。
立正安国論

ここには、仏の教えなど、何ほどのものでないことを、悟る、ものがあったと、思える。
それこそ、悟りである。
仏の教えなど、役に立たないのである。
しかし、それならば、仏の教えを捨てるか。
捨てられないのである。

何故か。
人は、生きられるようにしか、生きられないからである。
もし、日蓮が、仏の道を止めて、庶民のために、尽くす生き方を選んでも良かったが、いかんせん、彼は、無力である。
飢餓に苦しむ人を、助けられない。
自分が、食べるのも、やっとである。

ここが、考えどころである。
宗教家というものは、宗教家にしか、なれないのである。

後に、日蓮を、迫害する、良観という、極楽寺の僧侶がいるが、彼は、鎌倉の福祉事業を、一手に、引き受けた。
しかし、日蓮は、それを、罵倒するのである。
その理由が、奮っている。

偽善であるというのだ。
偽善でも何でも、である。助けの必要な人を助けるということ、急務である。

川を見れば、橋を架け、病人を見れば、治すのである。
良観が、手がけた病人で、助かった者は、四万六千人、治らなかった者、一万四百五十人などと書かれる。
これは、社会的に、大変な福祉事業である。

日蓮は、それでは、何をしたのか。
何もしない。
ただ、内にあるものに、目を向けて云々という。

あの、イエスキリストでさえ、人はパンのみに生きるのではなく、神の言葉によると、言う。つまり、パンも必要なのである。そして、神の言葉も、必要なのだ、と。

日蓮が、律国賊と、罵倒したのは、この、律宗の良観のことであろう。
しかし、律宗は、人間の行いを正すのは、世の中を正すという、教えがあり、良観としては、宗派の教え通りを、行ったのである。

ところが、日蓮の言い分は、国賊であるというから、救いようがない。
更に、彼によって、日蓮の、法難が起こったという。
勿論、良観から、すれば、平穏な鎌倉に、とんでもない嵐を、起こす日蓮の存在は、とんでもない者との、意識があっただろう。

日蓮は、何もせずに、批判をする。
以後、日蓮が、行ったことは、何一つ、社会の役に立たないのである。

人の行為を、偽善であるというほどの、何物も、日蓮は、持たない。つまり、説得力に欠ける。これは、日蓮の、ある種の病である。
つまり、人格障害である。

生まれ持っての、傲慢不遜である。
意思の強さと、人が言うが、それは、違う。
傲慢不遜が、意思の強さに、見えただけである。

何せ、日蓮宗である。
唯一、自分の名を冠して、宗派が、起こるという、自己顕示欲は、ただ事ではない。

ある、仏教家が、日蓮を、擁護して、きっと、仏教は、内外不二と言うので、良観のやり方が、外向過ぎると、言いたかったという。
自分の内で、修行を深めることと、外へ出て、人を救うことと、どちらかに、ウエートが、かかるのは、良くないと。

こんな程度が、常識的な、仏教家として、著書を著しているのである。

日蓮は、自分の無力に、嫌気が差して、良観の、行為を嫉妬したと、みてよい。
日蓮の、一生を、見れば、何一つとして、社会活動は、していない。
ただ、正法をのみ、云々という、妄想に生きたのである。

念仏無間とは、念仏宗は、無間地獄に落ちる。
禅天魔は、禅宗は、天魔である。天の魔物がすることであるという。

私に言わせれば、題目盲目である。

立正安国論を、見れば、一言で、誤っている神仏を、拝んでいるから、国に、難が起こるという、子供のような、議論である。

それから、日蓮教学なるものが、出来あがるが、偽書まみれである。
本当と、嘘の区別が、つかなくなり、議論の議論に陥り、果ては、疲れて、日蓮宗の僧侶たちは、在家よりも悪い生活態度である。
何一つ、社会の役に立たないという、役立たずであるから、終わっている。

ちなみに、日蓮宗を、大きく分けると、身延山の、日蓮宗と、富士の日蓮正宗がある。
別段、区分けするほどのものではいない。
同じ穴の狢である。

さて、題目、一筋に至った、日蓮の、絶対主観を、ゆっくりと、見つめてゆくことにする。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月06日

神仏は妄想である 157

日蓮の、絶対主観主義は、まず、念仏宗に、向けられる。
この、現実を見ずに、極楽往生という、妄想の世界を求めている念仏宗は、何事かということである。
法然に対する、罵詈雑言は、甚だしい。

さらに、苦悩に喘ぐ人々を助けることのない、本覚思想も、何物でもない。

そして、何を思ったのか、法華経を流布することによって、この現実世界を、変革するというのである。
それの、端的な方法が、題目である。

おかしいでしょう。
念仏などしていて、この現実世界を救えるか、と言いつつ、それと、同じように、題目を唱えて、この世に、浄土を、建設するというのである。

念仏は、死後の世界で、日蓮は、この世に、浄土である。
違うように、見えるが、彼の行動を見れば、実は、同じことなのであるが・・・

だって、日蓮は、何も、していないのです、よ。現実世界に。

その前に、法華信仰でも、その行を唱題するという行為は、平安期から、持経者と呼ばれる、民間の布教者たちによって、行われていたのである。
それは、下賎な人とも言われる人々に、広められていた。
簡単な、方便の行と言われて、正統的な、仏教からは、度外視されていたのである。

それを、日蓮は、取り入れた。

面白いのは、日蓮の、法華経の読み方である。

法華経は、釈迦が、仏滅後に、衆生を救うために、この経典を、地湧 じゆ、の、菩薩に、授けたとある。
しかし、末法の、それも、何も知らない衆生が、出来ることは、知れている。
仏が、万人の成仏を願い、この経典を授けたと、信じれば、どのうよにすれば、いいのだろうかと、考える。最も、易い方法である。

題目、それだと、直感的に、悟ったと、言うが、思い付きであろう。
念仏も、あるし、ね。

日蓮が、佐渡に流された時、更に、その考えを深めて、とんでもない、妄想を起こす。

つまり、仏が、授けた法とは、実は、法華経ではなく、その題目だったというのである。

それでは、ここで、法華経について、書きたいところだが、それをすると、膨大な量になるので、後にする。

日蓮の、思い込みは、自分が、法華経の地湧の菩薩だと、信じたことである。
勿論、それまでも、我が、我がという意識、自己意識肥大は、十分にあったが、受難を受けて、さらに、精神的に、変調をきたしたのである。

例えば、あの、鎌倉時代である。
時の執権北條氏に、念仏攻撃を超えて、それを、許している、幕府の過ちを正すと、立正安国論を提出するというのであるから、仰天である。
心ある、学者は、宗教レベルを超えて、念仏のような邪悪な宗教を、野放しにする、鎌倉幕府に、訴えるという、行為である、と書くが、そんなものではない。あまりに、道を外している。要するに、狂気である。

とても、通常の神経ではない。
その時代の、身分感覚から見ても、信じられない行為なのである。

その、提出した後で、すぐに、念仏宗が、日蓮を、襲う。
それは、幕府の誰かが、目を通して、とんでもないことを、書いていると、念仏宗に、教えたのであろう。

ここで、何故、日蓮が、幕府に対して、そのようなことが、出来たのかという、問題に、ズレた、感覚の者が、日蓮の出生の秘密があるという。
それは、やんごとなきお方の、落胤ではないかというものである。

漁師の息子などではない。実は、日蓮は、公家の血を引くもの、など等の説である。
故に、幕府は、無視出来なかった、云々である。

事後預言ならば、何とでも言える。

仏法の、良し悪しを、正しく判断し、正法をもって、国を安泰にすることこそ、幕府の役割である。との、忠告は、気違い沙汰である。

それは、地獄に落ちる行為であると、高々と宣言するという様。
時代が、違えば、病院行きである。

中世はみだりに他宗を誹謗することはタブーの時代だった。まして権力批判など問題外である。一時期アウトローとみなされていた法然流の専修念仏も、この時期には体制仏教の一翼を担っていた。その根絶を主張し、幕府の怠慢を言葉鋭く糾弾し、北條時頼や後鳥羽院が地獄へ堕ちたと公言する日蓮は、客観的にみれば明らかに許容される一線をふみ超えていた。日蓮がみずから望んで嵐の中に突入していくのである。
佐藤弘夫 偽書の精神史

それを、法難というから、呆れるのである。
日蓮は、仏陀の教えを知らない。
自業自得、因果応報。
中道の心。
戦うのではない。戦う場所から、逃れるのである。それが、仏陀である。

仏教の中で、日蓮宗系は、兎に角、戦うとい言葉が好きである。
仏陀の、教えを知らない。
しかし、正法である、仏法であると、言う。
こういうのを、手がつけられないと、言う。

日本政府は、どこかの、無人島を、日蓮宗系の人々に、開放し、そこで、好きなだけ、題目を上げて、意気揚々と生活できるように、すると、いい。
そこでこそ、仏法の国であると、認めて、日蓮島として、特別地区に指定すると、いい。

日蓮を見ていると、信じるという行為の、最極端を見るようである。

伊豆に流罪の前後から、法華経の行者であると、名乗るようになり、更に、激しく、すべてを、批判した。いや、非難である。

法華経は、最高の法である。
その、正法を、信奉する、我が、何故、このような、受難を受けなければならないのか。
すると、法華経には、なんと、自分のことが、書かれているではないか。

つまり、仏滅後に、この経典を、実践する者、三類の強敵が、現れて、様々な試練が、降りかかるというものである。

私は、何度も、信仰とは、極めて個人的な情緒であるゆえ、それに対して、否定することは、無いと、言った。
しかし、盲信、狂信、という、逸脱した、勿論、信仰は、一度、逸脱して、冷静な意識に戻るものであるが、それを、続行させる意識とは、病である。

法華経とは、ファンタジーである。
当時、書かれた時代の、ファンタジーである。

真理とか、真実などというものは、星の数ほどある。
唯一とか、正法とかは、信じる人のみに、通じることである。

正気に戻れ、と、言う。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

神仏は妄想である 158

空海は、インド・バラモンの呪術を持って霊的存在に対処する。
日蓮は、それを、真似て、陀羅尼で、対処する。

日蓮は、法華経の行者と自ら名乗り、霊的存在と対処し、その弟子たちも、行者として、霊的存在に対処した。
それは、現在も、行われている。

彼らの、言葉にすると、不成仏霊ということになる。
それは、日蓮宗系の、霊能者などにも、引き継がれて、法華経を持って、霊的存在に対処するという形である。

空海の、真言密教の方法と、日蓮宗系の、所作には、違いがあるが、それは、専門的というか、個々人で、違うゆえに、一概に、書くことは、出来ない。

ここで、面白いのは、成仏、不成仏という言葉である。
一体、何を基準として、不成仏というのか。
それは、単に、幽霊という形で、現れる霊に対する所作でもある。

マスコミなどが、放送するものは、それである。
見える形で、霊的存在を、示すものだから、放送という形を取れるが、見えなければ、出来ない。

人に霊が、憑いて、何やら喋らせたりする。
それを、取り除くという方法である。
霊の存在を、信じない人には、催眠術のように、見える。

それ以前に、不成仏霊について、少し言う。

あちらの世界に行けない霊である。
つまり、この世に、留まり、浮遊する。
何故か。
思いである。強い思いが、そうさせる。
しかし、子供の霊などもいる。
強い思いがなくても、いる。何故か。
よく解らないのである。

死んだということを、意識しない場合が、多い。
何故か。
死後の世界を、受け入れないからである。

事故多発地帯に、多く幽霊が、出ると言われる。
それは、そこで亡くなった人が、そこに、留まるからである。
その霊を、不成仏霊と言う。

私の言葉にすれば、次元移動出来ない、霊であり、不成仏ではない。
人間は、成仏するものではない。というより、成仏というものは、観念である。

仏になる。
死んだら、仏になると、観念するという、誤りである。

それでは、日本の伝統では、命 みこと、になると言う。
自然に隠れた存在になると、考えて、お隠れになると言う。
つまり、次元を別にするということである。

総称して、神になるとも、言う。
しかし、一神教の神観念ではない。
超越した、存在ではない。
この世に、また、あの世に、超越した存在は無い。
それは、信仰である。
信じる行為で、それを、生み出す。

我は、神であると、出て来るモノは、霊である。
単なる、霊である。
新興宗教の教祖たちは、皆、この、霊に、やられた。

迷い、浮遊する、そして、成仏せずに、苦しむ霊を、読経により、引き出し、それらを、納得させて、成仏させるという、行がある。

確かに、それは、事実としてある。
霊が、障り、不調和を起こすというものである。
それなりに、処置をすると、それが収まり、正常に戻る。
しかし、これが、実に、難あり。
確認する術が無いのである。

霊的能力者と言われる者たちは、多くは、精神疾患的である。
また、人格としても、未熟である。
自己顕示欲によって、成る人もいる。

多く、霊的能力があると、言う人は、何のとりえが無いゆえに、その自己顕示を満たすべく、霊的能力があると、演じる。

それの、恰好の、お経が、法華経である。
悪魔のお経であるから、言霊が強い。
特に、漢訳されたことにより、更に、それが増した。
いずれ、法華経について、書くことになるが、内容は、ハリーポッター並の、ファンタジーである。

釈迦仏陀が、最後に説いた教えというが、それは、後世の人の、言うことであり、根拠が無い。
しかし、多くの人が騙される。
騙されるような、お経である。
つまり、如何様にも、解釈が出来るのである。

白隠という、禅師も、最初は、法華経を、単純なお経と見ていたが、次第に、法華経の、凄さが、解ったという。それは、単に、法華経に、取り込まれただけである。

漢訳された時、妙法蓮華経と、訳された時、魔が入った。
みょう ほうれんげ きょう
妙法は、つまり、真理の法は、蓮華の、つまり、蓮の花の如くにあり、である。

大乗仏典というものは、後々、編纂されたものであり、誰が書いたのかも、特定出来ない。
創作の話から、あれほどの、教義を作り出すものであるから、相当に、おかしい、変なものである。

文学として、扱った時のみ、正しい。

南無阿弥陀仏も、おかしいが、創作の、お経に、帰依するという、南無妙法蓮華経は、更に、おかしい。
それが、本地の仏から、出たものと、信じた日蓮は、おかしい。
その、おかしさに、気付いて、いなければ、法華経を唱える者は、地獄に落ちるということになる。

仏教は、経典を掲げて、宗派を起こす。
新興宗教では、阿含経を掲げるものもある。涅槃経を掲げるものもある。
甚だしいのは、般若心経のみで、詐欺のような、宗教を立てる者もある。

霊を祓うと、一心に、般若心経を唱える集団もある。

三蔵法師玄奘の漢訳が、日本の大乗仏典の多くである。
玄奘は、法相宗を起こした。
その、法相宗の、教義というか、考え方を知らないで、唱えるという、愚行である。

玄奘は、大乗を学ぶために、命懸けで、天竺に旅した。
最高学府ナーランダにて、学び、唐に戻り、翻訳をはじめた。
そこでは、大乗のみならず、小乗も、学びつくした。
とんでもない程の、優秀な頭脳により、最高学府の、最高に達したのだ。

玄奘の、教えには、仏に成れない者がいるというものがある。
人を五種に、分けて、最後の、一種に、仏に成れないものがいると、打ち立てた。

これが、天台との、違いである。
最澄は、お育ちが良いのか、人は皆、仏に成ると、掲げた。
天台宗は、名門である。
鎌倉仏教の、祖師たちは、皆、これに習った。
大きな間違いの元である。

天台という、新興宗教が、仏教を堕落させ、破壊し、とんでも仏教にした。
以後、日本仏教は、誤り続けて、今日に至る。
その、天台とは、中国僧、天台チギによる。
三千大千世界というものを、立てた。一念は、三千世界に通じるというものである。

ちゃかす訳ではないが、五千でも、六千で、なんぼでもいい。要するに、心の広さを言うのである。しかし、天台は、仏の世界を言う。

そして、もし、この三千世界を主にして、経典を解釈するというなら、それなりの、直感的解釈がある。
何事もそうであるが、人類は、先のものを批判することによって、生成発展してきた。
その、批判の精神とは、精神進化の、成果である。
批判の精神を、失うことは、精神的死を意味する。
いずれ、それについても、書くことにする。

さて、
人を、皆、救うというから、大乗仏教はいいという、お馬鹿な、仏教家や、識者がいるが、あれは、生業である。
それで、食っているのである。
ホント、いい気なものである。

私は、このエッセイを書いて、食っていけないのである。
それでも、書くというのは、わかるかなーーー
芸術活動である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

神仏は妄想である 159

「立正安国論」にみられる日蓮の抱いた疑惑そのものは必ずしも新しいとは言えない。・・・
そこに古代風の「鎮護国家」にむすびついた一種の「神国思想」がみられる。また内乱を通しての犠牲者と、そこに生ずる無常観は当時の誰しも抱いたところである。或いはなぜ天災地異がくりかえされるのか。鎌倉の大地震や、疫病飢餓の発生を深く憂えているが、これも当然のことだ。内乱と天災と疫病と、歴史とは恐怖の歴史だとい実感に立っていることは、いずれの出家にも共通している。
亀井勝一郎


文応元年、1260年、日蓮、39歳の時、北条時頼に、立正安国論を、提出している。

その中で、驚くべき日蓮の、稚拙さは、誤った神仏を拝むからであるという、ことだ。
国家が、題目を選択して、皆、題目を唱えれば、国家安泰であるという、実に、飛躍した、病ともいえる、提言である。

日蓮は、歴史を、お勉強する暇が、なかったといえる。

正しい教えこそ、国を救うという、鎮護国家と、国家が、奨励する、正しい教えを言う。
それは、国会戒壇である。つまり、国の戒壇を法華経に置けということである。

この、無茶苦茶な、言論に、果たして冷静に、対処できるだろうか。
様々な問題を抱えて、日夜、様々な方法を指示しなけばいけない、為政者が、真っ当に、受け入れることが、出来るだろうか。

空海と、比べると、非常に、稚拙で、劣る行為である。
空海は、決して、そのような方法ではなく、既成事実として、着々と行為した。
天皇の目の前に、寺を建てる。
私には、これだけの、力がありますと、内外に、広告宣伝するという、やり方である。

どちらが、大人か、一目瞭然である。

さて、私が、思うに、何故、念仏宗、特に法然を攻撃し、更に、道元禅を、攻撃したかである。

浄土宗は、釈迦の分身の阿弥陀仏を有縁の仏と思ひて、教主を捨てたり。禅宗は、下賎の者、一分の徳有て父母を下ぐるがごとし。仏をさげ、経を下す。これ皆本尊に迷へり。
日蓮 開目抄

モンゴルが襲来した時、真言宗、その他の、祈祷が全く無意味であると主張した。
ただ、法華経によってのみ、国難を救うことが出来るというのである。

日蓮は日本国の棟梁なり。予を失うは日本国の柱を倒すなり。只今に自界反逆難とて、どうしうちして、侘国侵逼難とて、この国の人々他国に撃ち殺さるるのみならず、多くいけどりにせられるべし。建長寺、寿福寺、極楽寺、大仏、長楽寺等の一切の念仏者、禅僧が寺搭をば焼きはらひて、彼らが頸を由比の浜にて切らずば、日本国はほろぶべし。
日蓮 撰時抄

このような、言葉を見れば、躁病的誇大妄想と、いえる。


まさに狂信独善の人という以外にないが、ただここで見のがしえない一事がある。それは実際に頸を切られそうになったり、流刑に処せられたのは日蓮自身であり、彼を迫害したもののなかに、徒党を組む念仏者が多かったということである。狂信独善の人のようにみえる背後に、実は日蓮の信仰の秘密がある。
亀井勝一郎


法華経の信仰は、何によって、身証されるかという、問題である。
それは、受難を、もたらすものでなければならなかったという、秘密である。

法華経に書かれる言葉は、法華経を広めるには、難が降りかかるという、実に、驚くべき詭弁がある。

迫害に耐えることによって、法華経の真実が、現れるという、信仰である。
別の言い方をすれば、マゾである。

日蓮は、躁病的誇大妄想の、自作自演を演じたということである。

今になってみれば、この、日蓮の無作法、病的行為を、皆々、やや肯定し、意志の人などと、持ち上げているが、生業である。

亀井勝一郎も
すべての信仰のめざしている「無私」を、彼も決して忘れなかった。
と、言うが、違う。

本当に、そうならば、日本国のために、勝手に、祈り、その安泰を願うはずである。
我、日本国の棟梁なりと、言うならば、何故、黙々と、日本国のために、祈らないのか。

俺を、認めろ。俺を、認めろと、言うのである。

私は、戦争犠牲者の追悼慰霊行為を、行っているが、そこでは、多くの人、淡々として、出来ることを、している人が大勢いることが、解った。
彼らは、世に訴えるより先に、行為行動している。
現地の人との、触れ合いで、日本兵が、お世話になったことを、身を持って、行為し、感謝している。
私は、それを、見る、聞く度に、明るい気持ちになる。
世に主張せずに、淡々として行為する者、その者こそ、日本国のために、行為しているのであると、観るのである。

日蓮は、何をしたのか。
何一つ、実績あるものを、為していない。
飢餓にある人々を、救ったのか。
死者を葬ったのか。

あの時代、黙々と、死者を、弔った無名の僧たちがいる。
そこから、葬儀が、僧侶に手になるという、事実がある。

私は、日蓮という、誇大妄想の、宗教家より、無名の、僧たちの、悲しみを、釈迦仏陀の、教えを、実行する者として、受け入れている。

様々な、問題を抱えた、為政者に対して、更なる混乱を、巻き起こし、自作自演で、迫害されたり、流されたりして、故に、日蓮の、仏法は、正しいなどと、ほざく様、だだ、見苦しいのである。

日蓮の言い方で、日蓮を評すれば、彼は、インド魔界の、バラモンの神々の系列を汲むモノが、指導して、日本を、混乱させるために、送られた者であると、言う。

日本には、あのような、破壊的な人物は、生まれない。
新しい時代を、切り開くために、織田信長という、破壊者を、生んだが、全く、それとは、意を異にする。

織田信長が現れなければ、日本の歴史は、実に遅れたであろう。
近代を、拓いたのである。
そして、役目を終えると、50を前に、死んだ。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

神仏は妄想である 154

緒の善男子よ、我が滅しぬる後に於て、誰か能く、この経を受持ちて読みそらんぜん。今仏の前に於て、自ら誓の言を説け。この経は持ち難し。もし暫くも持つ者あらば、我則ち歓喜せん。諸仏もまた然り。
法華経

諸々の、善男子よ、私の滅した後で、この経典を、受持ち、読むことである。
今こそ、仏の前において、その誓いの言葉を説け。この経典は、中々持つことが出来ない程、大切なものである。
これを、掲げるものあれば、私は、歓喜する。
そして、諸々の仏たちも、である。

釈迦の、究極の、遺言のように、日蓮は、それを、聞いた。
更に、正法として、掲げるのである。
日蓮にとって、正法こそ、重大なものである。
これこそ、正法である、と、信じ込んだ時、日蓮の覚悟が、決まった。

ところが、日蓮は、この、法華経というもの、大乗仏典の中でも、創作中の創作の、御伽噺であるとは、知らない。
とにかく、仏陀最期の教えであると、聞いた。

鎌倉仏教の、最初を、走り出した法然から、親鸞、そして、道元、この日蓮も、含めて、すべて、主観の何物でもない。
その、主観を、信仰というものに、置き換えただけである。

選択仏教と、言われるが、それは、多く中から、一つを、取り出して、それを、掲げて、意気揚々と、救いの道を説くということである。
その根拠は、主観のみである。

日蓮を、俯瞰する。

12歳の時に、安房の国長狭郡片海の漁師の子に、生まれた日蓮は、同じ郡内にある、清澄寺に、入る。
天台宗山門派に属する寺である。
最初は、稚児として、雑事をするために、入った。
成人すると、里に戻るか、出家して、本格的な、修行に進むかを、決める。

結果、日蓮は、出家を選んだ。
出家した、日蓮は、鎌倉、京、畿内へと、遊学の旅に出る。
ある人、荘園経営の実務を学ばせるために、寺の代表として、派遣したという。
それも、ありなんである。
しかし、それを、詮索している暇は、ない。

日蓮の、遊学は、30過ぎまで、続いた。
勿論、その間、仏教教学に、のめり込んでいる。
比叡山は、もとより、京、畿内の、寺を回り、熱心に、学んだ。

30の時に、新義真言宗の祖とされる、覚鑁 かくばんの、五輪九字明秘密釈を、書写したという。
それは、真言密教をはじめ、諸宗派の教学にまで、及ぶ。

ちなみに、この覚鑁は、撹乱している。その考え方が、である。私見である。

そして、その青年期、日蓮は、数々の神秘体験をしていると、いわれる。
これが、曲者である。

ある本によると、日蓮が、出家した時、虚空蔵菩薩に知恵を、授けてくれるように、願い、生身の菩薩から、知恵の大宝珠を、右の袖に受け取る、とある。
また、32歳の時、不動明王、愛染明王を、目の当たりにして、それを、図に描いて、弟子に授けている。

中世は、実に、このような、神秘体験というものが、多い。
勿論、それは、妄想であり、あるいは、邪霊の類の、遊びである。

それを、神仏との、交感という、アホがいるから、世話がない。

さて、問題は、寺社会の中で、知識を得ていた日蓮は、次第に、その世界から、逸脱してゆく。
それは、現実世界の有様である。

ここに、野心の芽生えがある。

当時の、寺社会とは、世間と、全く、隔絶されていた。
比叡山などは、すでに、地上の楽園の様である。
荘園経営の豊潤さに、学僧たちは、厚く保護され、特権階級並の、生活である。
あの、中世である。

信長が、比叡山、焼き討ちをしたのは、まさに、正しい。あれでも、手緩い。
皆殺しにしたが、逃れた者もいる。
討伐に、当たった秀吉は、逃げた者を、追わなかった。
それが、誤った。
キリシタンを、徹底して、正当防衛で、殺したように、徹底して、よかったのである。

ちなみに、キリシタンを、許していたら、今頃、日本は、ローマ法王が、指揮する国になっていた。
アメリカの言いなりになる日本などというものではない。
伝統を破壊され、とんでもない、国になっていた。

勿論、今も、伝統を破壊され、アメリカ左翼、アメリカ左派のような、へんてこりんな、識者が、嘘八百を、泡を吹いて言う国になったのであるが。


そのような、環境で、仏教を、お勉強して、どうなるのかは、見ての通りである。
糞の役にも立たない、仏の道が、一丁出来上がりで、現実の世界とは、何の関わりもない、坊主の、やりたい放題である。

里には、女を幾人も、囲い、セックス三昧。修行三昧では、ない。セックス三昧である。
さらに、稚児遊びの、甚だしさといったら、無い。
僧兵などは、里の貧しい子を、稚児にして、その、性欲のために、窒息死するのも、平然としていた。
書くのも、嫌になる、体たらくである。

すでに、あの頃から、仏教は、堕落し、今に至っては、堕落を通り越し、アホ、馬鹿、間抜け、糞ったれ、もう一つおまけに、自害して果てろ、である。

当時、現れた、本覚思想というものを、見れば、唖然呆然である。

地獄界は地獄界ながら、餓鬼界は餓鬼界ながら、ないし仏界は仏界ながら、なにひとつ改めることなく、そのままの姿で悟りの相を示している、と説かれるのである。決して万象が一つの根本真理に帰すのではない。本門の教えでは、迷妄の衆生がそのままとりもなおさず実相であり、邪見を抱いた衆生がそのまま仏の当体なのである。
源信 作 三十四箇事書

この世は、本質的に、悟りの世界である。
それを、地獄としか、見ることができないのは、その人間の悟りの境涯が、低いからであると、平然という。
呆れる。

要するに、何とでも、言える、解釈する世界が、宗教というもの。

日蓮も、その影響を、受けて、最初の著作、戒体即身成仏義には、

法華の悟りをえるとき、我らの色心生滅の身がそのまま不生不滅の存在となる。国土も同様である。この国土をはじめ、馬牛や六畜までみな仏である。草木月日もみな聖衆なのである。
と、ある。

21歳の、日蓮の悟りは、道元の、それと同じく、目の前のもの、すべて、仏である。
何から、何まで、仏であると、妄想した。

こういうのを、仏病、という。
今も、仏病に罹っている、仏教の、僧、信徒である。

この世の、存在は、あるがままの、形で、仏の悟りを表しているのだと、釈迦仏陀が、聞いたら、泡を吹き、気絶する。


posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。