2008年08月08日

神仏は妄想である 109

真宗には智者も学者も輩出しているけれども、ああ言えば異安心、こう言えばお聖教に抵触すると、小さい凡智の神経を尖らして蝸牛角上の闘争をつづけているけれども、それは御教化を敷き写しをしているにすぎない、不思議の仏智と一体になっていないから、如来聖人の真意を読破することができない。
大沼法龍 昭和歎異抄

真宗に限らず、宗派の教学学者という者がいる。
実際、学問には、程遠いものであるが、学問の一つだと、思い込んでいるのが、実に、不思議である。
キリスト教神学にしても、学問の一つだと、信じて疑わないのである。

教学は、学問の分野に入れて、語るものではない。
何故なら、それらは、すべて、妄想の産物、創作想像の産物だからだ。
しち面倒な、言葉の数々を覚えて、教学試験などとやっている、宗教もあるが、笑いものである。

それらを、覚えても、何一つ、人生の役には立たない。いやいや、役に立つ者がいる。それを、生活の糧にしている輩である。

各宗教の大学などでは、堂々と、学問として、仏教学などを、講じているという、仰天である。

曹洞宗系の、ある大学に行っている、一般の学生から、聞くと、僧侶になるために、入学してきている者、多数。しかし、あれらの行状を見ていると、寺に金を出す者たちが、本当に、可愛そうである、いや、哀れであるという。
寺の住職を継ぐ者なのであるのか、低能と思えるほどの、頭でも、入学しているというから、呆れる。

要するに、惰性である。
血脈に継がせるということ、自体、すでに、崩壊である。

だから、と、大沼氏は書く。
新興宗教の荒波に巻き込まれている真宗の御門徒を、傍観するのみであって、救済することができない。信仰の悩みを開化するのではなく、絢爛たる儀式に眼を剥けさすことに腐心しているから、儀式が終われば淋しいから低級の物欲の宗教に狂わされてゆくのであります。

これは、昭和歎異抄の、はしがき、である。
それ以降の、内容については、甚だしく、真宗の専門的な、教義になるので、書くことができない。
それを、説明するだけでも、とんでもない、分量になる。

上記、冷静に判断すれば、実は、浄土真宗というものも、新興宗教である。
親鸞が起こしてから、どれくらいの、時間を経ているのか。
低級の物欲の、宗教に狂わされているというが、それは、お互い様である。

何の根拠も無い、戒名などをつけて、暴利を貪る。
ご供養と称しての、寄付や、献金からはじまり、何かにつけて、金を集める。
他の、新興宗教と、何ら変わらないのである。

ただ、このように、宗旨の教えに、憂いを持ち、宗派に、反省を促す者を、追放するという、浄土真宗の、その様が理解できるというものだ。

真宗の御門徒を、傍観するだけで、救済しないと言う。
ここで言う、救済とは、親鸞の、教えに対するものであり、救済観というものは、その、宗派によるものである。

実に、宗教家は、救うという言葉が、好きなようである。

門内にいては長いものに巻かれよで、体験を語ることさえもできない不自由さで、
気迫もなければ発展もない、ただ他力無力で安逸を貪り、死後の夢を見ているにすぎない。不思議の仏智に目覚め批判をし、鉄槌を加えても、無明の酒に酔いつぶれているものには悪口としか聞こえないのだから、どうせ弥勒の出世を待つまでは流転をつづけなければなりますまい。
と、言う。

禅宗の、真っ当に住職をしていた僧が、檀家ために、金のかからない、納骨堂の建設を始めると、まさに、金にならないと、住職を追放するという。
私は、実際、その住職が、貧しい人のために、葬儀の導師を務めたのを、見ていたことがある。

宗派にとっては、救いとなるような、僧侶を、宗門に従わないと、追放する、その根性は、どこからのものか。

組織になると、手のつけられない、団体になるのが、宗教団体である。

既成宗教も、新興宗教も、変わりない。

鎌倉時代は、真宗も、新興宗教であった。
さらに、道元の曹洞宗、日蓮宗も、そうだ。
実際、大乗仏教からして、新興宗教である。

大乗仏典を、検証して、その誤りを正すという者がいないのは、既得権益の旨味である。
安穏としても、檀家がいる限り、生活は、豊かで、何の心配もない。
信徒が、年金生活で、あくせくしていても、自分たちは、何の問題も無いのである。

信徒たちの、生活と、大きく掛け離れたところにいて、のうのうと、仏の教え、救いの教えという、大嘘を説いているという様である。
更に、自分たちも、極楽に往生するか否かも、定かではない。

勿論、霊界に、極楽という世界は無いから、どうしようもないのだが。

大乗仏典の、大御所、竜樹などの著作を読めば、仏教で言う天上界とは、魔界であるとの、説を、知らないという、愚かさである。

第六天の魔王が支配する世界が、仏教の天上界である。

阿弥陀様のいる、極楽という、世界は無いのである。

観仏という、行法によって、極楽の様を、観るという、念仏行があるが、お経に書かれた、その様子を、目の前に、まざまざと見るという、修行である。
話にならない。
妄想の世界に浸れということである。

死んだら、そこに生まれると、信じよと言う。
あまりに、哀れで、ならない。

この方は、
死んで生まれるなら浄土宗、いま生まれた平生業成の浄土真宗であります。
と言う。

明らかに、法然の念仏と、親鸞の念仏を、区分けしている。

そして、延々として、親鸞の教え、浄土真宗の教義を、語る。
それは、それとして、善し。

私は、次に移ることにする。

ただ、要するに、教義の中の七転八倒であり、そこから、抜けていないのである。
親鸞が、作り出した、妄想、それを、信仰の深さと、解釈するのは、勝手なことだが、その中での、議論なのである。
議論のための、議論としか、思えないのである。

仏とは自覚覚他窮満、宇宙の真理を諦得し、無著無碍の境地、神通自在を得たから、常楽我浄の迷夢で我執をつづけ、流転をつづけている一切郡生を開覚せしめ、自分と衆生とが一体になろうと活動をつづけておられる方を、仏というのであります。

頑固明朗である。
頑固さが、明朗であるという。
ここまで、迷いを教えられ、仕込まれたら、元に戻らないだろう。

あくまでも、仏と、衆生を対立させ、その、一体を願うことが、救いだと、信じている。
それを、涅槃を願うとも言う。

宇宙の真理を、体得し、神通力を得て、自分と衆生が一体と、なるべく活動を続ける存在が、仏だと言うのである。

インドで、生まれた一人の人間の、物思いに、ここまで、酔うという、哀れは、ただ事ではない。これを、迷いと言う。

仏陀は、生まれて死んだのである。
そう、仏陀も、人間である。
超越した者ではない。
人生を思索し続けた人である。ただの、人である。だから、慕わしいのである。



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2008年08月09日

神仏は妄想である 110

多くの人、親鸞は、法然の念仏信仰を、深めたというが、私は、そうは、思わない。
単に、方法の問題である。

それを、専門的には、行と信だという。
法然は、念仏行を、親鸞は、ただ、信だというのである。
その意味は、法然は、念仏するという行為に、親鸞は、それ以前の心、つまり、歎異抄にある、念仏申さんと思い立つ心の起こる時、と、言うのである。

文章としては、見事だが、その真実に迫ってみる。
結論から言えば、親鸞は、考えすぎであり、ノイローゼの気質である。更に、法然と、比べて、劣るのは、言わずと知れた、物を書いたということである。
私も、含めて、物を書くということは、妄念であり、妄執であり、妄想である。

物を書かない者、こそ、実に、真っ当である。
その、第一の人は、言わずと知れた、仏陀である。

法然も、自筆の物を、書くことがなかった。
実に、言えば、嘘になることを、知っていた。

親鸞は、文章がお上手であり、歌も詠む。
その、和讃は、有名である。

ここで、少し、親鸞に触れる。

一番最初に、親鸞の、精神不安定を、示す事実は、19歳の時の、夢告である。
度々、聖徳太子が現れる夢をみたという。

当時、聖徳太子は、大乗仏教の日本の開祖のように、考えられていた。
更に、救世観音の化身だとされている。ただし、伝説である。その、伝説が、そのまま、太子信仰に、結びつくほど、愚かであったと、言う。
今は、それ以上、余計なことを書かないでおく。

親鸞は、9歳から、29歳の20年間を、比叡山の堂僧として、修行研鑽していた。
夢は、19と29歳の時が、特徴的だ。

19歳の夢では、「あきらかに聴け、あきらかに聴け、我が教令を。汝の命根まさに十余歳なるべし。命終わりて速やかに清浄土に入らむ。善信、善信、真の菩薩」である。
上記、読みやすくしてある。

命根とは、命の長さである。
まさに、十余年とは、いかなることか。
後、十年の命ということなのか、今なのか。
ただし、夢である。

当時の、比叡山の様子は、親鸞の晩年の和讃から、見ると、
「この世の本寺・本山のいみじき僧とまをすも法師とまうすもうきことなり」
である。

うきことなり、と言うのである。
うき、とは、憂きである。
親鸞は、彼らの行状を、憂いでいるのである。それほど、酷かったのである。

比叡山は、天台の教えも、理想も無くして、ただ、学閥と政略に、満ちて、世間と、変わりない有様である。
要するに、堕落していたのである。
僧たちの、堕落は、今と同じく、甚だしいものがある。面倒なので、書かない。

さて、夢である。
その中に、聖徳太子が、救世観音として、登場するというもの。
真っ当に、それを、鑑定など出来ない。
後の人は、その夢告を、後生大事に、解釈するが、何のことは無い、ノイローゼである。

真面目な人ほど、そうなる。
まして、人並み以上に性欲に、悩んでいれば、同然のこと。

夢分析なるものを、する必要も無い。
願望の、雑夢である。
何せ、命終わりて清浄土に入らむ。と、言われている。つまり、浄土に往生すると言われるているのである。

善信、善信、真の菩薩。
よいかな、よいかな、真の菩薩である。
自らを、菩薩にしてしまった。
自分が、自分で、自分を菩薩と、言わしめるほど、フラフラ、朧に、迷っていた。
この宗教的な、夢に象徴されるように、宗教とは、迷いなのである。

その、迷いを、超越したものに、転化して、救われたと思い込むモノが、信仰である。

自問自答の、自業自得である。

さて、次の夢は、もっと、悩ましい。
救世観音と、交わるのである。
29歳の、六角堂参籠の時である。

後の、正統伝の作者が、言う。
「行者しふほうにて、たとひ女犯すとも、われ玉女の身となりて、犯せられん。一生のあひだ、よく荘厳して臨終引導して極楽に生ぜしめん」

簡単に言う。
夢で、女と、交わる。朝目覚めると、仏像に、精液がついている。
アア、と、ため息をつくが、後になると、菩薩が、私は女になって、あなたとセックスするというのである。

なんとも、勝手気ままな、解釈である。

勿論、これを、まじまじと、屁理屈を捏ねて、親鸞の信仰の、云々という話になるから、空いた口が、塞がらない。

その、夢を、見た年に、法然に出会い、念仏信仰、一本に、絞るのである。

私の疑問は、念仏に生きていもいいが、何故、農民や、漁民になって、ごくごく自然の普通の生活をして、信仰しなかったのかということである。

ところが、悲壮感たっぶりに、出家道より、在家道を、選び、肉食妻帯であり、我は、罪人なりという、神経である。

そして、教えを、垂れるという、傲慢である。
つまり、結局、仏教という、枠から、離れられなかったということである。
そして、それは、いい。しかし、何故、宗教家として、生きるのか。

そうそうに、足を洗って、在家信者になり、妻を娶り、普通の生活をして、市井の人として、信仰を深めていいのである。
結果は、浄土真宗であるから、がっくり、くる。

勿論、最初は、浄土新宗である。つまり、法然の、浄土宗から、新しく生まれたものという意識である。その後、真宗に、改めた。政治的匂いがする。

文学として、彼が作家であるならば、私は、言うことも無い。
宗教という、迷いを、平然として、掲げたから、批判する。

法然の門に入り、更に、結婚をして、親鸞は、日本仏教に、大きな影響を与えた。今は、僧たち、皆々、結婚をするようになった。
真宗だけではなく、すべての、宗派である。

ここ、ここに至っては、本当は、言葉も出ないことなのだが、私は、書くことにする。

仏陀は、きっぱりと、出家者は、女の膣にペニスを入れるなと、言明している。

これに、誰か、反論は、あるだろうか。

大乗仏教なるもの、誠に、嘘である。
大乗起信論に、大きな舟に衆生を乗せて、彼岸、極楽へと、運ぶ教えと言う。
嘘である。
決して、そんなことは、あり得ない。

自業自得が、宇宙の法則である。

催眠術に似たような、大法螺である。

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2008年08月10日

神仏は妄想である 111

親鸞の信仰の深さについては、多くの人が、多くのものを、書いている。
現在でも、御用学者や、小説が書けない作家たちが、親鸞様について、書いて、名声を上げ、さらに、本を信徒に買われて、金にもしている。

確かに、物思う人として、見ると、その通り、親鸞は、実に深く物を考えた。

妄想は煩悩に発するにちがいないが、煩悩から離れようとする信仰自体のうちに、実は最も深い妄想がひそんでいるのである。救いについてのそれは自己計量(はからい)である。親鸞はこれと徹底的に戦った人だ。
亀井勝一郎 日本の精神史

私も、そう思う。

そのことがおそらく彼を人々から孤立させた。晩年の彼をはるばる京都までたづねてきてくれた関東の人々に対して、「総じてもて存知せざるなり」と答えたのである。
亀井勝一郎

いづれの行も及びがたき身
地獄は一定すみか

自己の計量したあらゆる救済観念を破壊すること、これが親鸞の戦いである。換言すれば、罪の自覚の深さに応じて、そういう救済観念の空しさを身に沁みて経験してきたということである。
亀井勝一郎

上記、実に理解する。
しかし、それとて、実は、大きな観念の中でのことである。
一番大事な、その観念の枠から、逃れられなかったという。
どんな観念か。
救いとか、罪人という観念である。

この自虐は、どこからのものか。
彼の生まれ育ちにもあろう。
虐待を経験した親は、自分の子供を、虐待する。自分の子供に向かわない場合は、自分に向く。自虐である。

法然は、疑いつつ、念仏すると言う。

崩壊しつくした人間と、弥陀の本願との、どん底における出会いに、信仰の純粋性を見ようとした。
亀井勝一郎

美しい表現であるが、崩壊しつくした人間は、崩壊したのであり、信仰の純粋性を、求められるだろうか。
美辞麗句に、聞こえる。

信仰の純粋性とは、絶対帰依の心であろうか。

多かれ少なかれ、人間は、アホでない限り、人生の一時期に、自分の、どん底を観る時期がある。
親鸞ばかりではない。
ただ、多くの人、語らないだけである。

信仰の純粋性というならば、道元の方が、まともである。
彼も、同じく、文を多く書いたが、親鸞のように、くねくねと、していない。
文においても、一本筋が通っている。

私は、日本の哲学書として、一つを上げれと、言われれば、即座に道元という。
ただし、道元にも、言いたいことは、多くある。後で、それは、書く。

兎に角、阿弥陀の呪術から、阿弥陀というものの、観念から、抜けられず、七転八倒しているのが、親鸞であり、それは、ぐるぐると回る、車に入れられて、同じところを、回っている、ネズミに似ている。

亀井勝一郎も、信仰の最も重要な面は罪の自覚にあることは言うまでもない、という。

ああ、この罪の自覚というものに、振り回されて、今の今までやってきたが、本当だろうか。
当の本人たち、仏教者たちが、本当に罪の自覚を、持ち続けたとは、到底、思われないのである。

仏教者たちであり、仏教家たちではない。
宗教という、団体に、胡坐をかいている僧たちは、話にならない。私の言う、仏教者たちとは、市井に生きる、信仰深い人たちのことである。

罪の自覚に、震え慄いていれば、生活など出来ない。
昔、言われた、不安神経症である。
信仰の深さというもの、精神病理に、どうしても、関わる必要がある。

この話ばかりを、続けていると、嫌な気分になるので、少し、寄り道する。

心が病むということは、どういうことなのであろうか。
大和言葉を、見る。

やむ やアむウ
アウという、母音にゆく。
病むは、止むとも書く。
心の何かが、停止する。思考停止状態でもある。同じ思考を、ぐるぐると、回る。

それでは、日本の伝統は、どうあるのか。
そういう時こそ、自然に向かった。
山川草木に、心を、向けて、樹や、石や、山川海に、カミ呼びをした。
自然を回復し、自然を清め祓い、そして、その自然の前に、祈りを上げた。額ずいたのである。

心、止まる時こそ、自然の恵みを頂いた。
八百万、千代万の神々と、飲み食いし、歌い踊った。

依り代を、作り、つまり、カミの場を作り、ひと時、その場で過ごす。
そして、自己回復を図った。

依り代とは、自分を突き放す場である。樹に、注連縄を張り、樹を依り代として、そこに、我が心を置いた。それを、カミと共に、自然と、共に、共感させた。
真っ当な自己回復である。

人間が生きるのは、自然の中である。
人間が、人間として生きるのは、自然と共にあるときである。
それを、日本は、伝統として、有する。
解りやすく言う。
エコという言葉があり、あたかも、それが正しい行為のように、思っている。また、それを、前提にエコという行為をする。
あれは、自然支配の欧米の傲慢な、考え方であること、明々白日である。

自然は、どんな状態でも、回復する。
台風の大きな被害の後でも、サイクロンから、竜巻の後でも、自然は、自己回復する。その、エネルギーたるや、計り知れないものがある。

その、自然対して、人間がするという、エコロジーという、考えたは、あまりに、浅はかである。
日本の伝統を、もってすれば、まず、自然の清め祓いを成し、自然と、飲み食いすることから、始まる。

対立したものが、自然ではなく、飲み食いする相手が、自然なのである。

木を植え続けた人の話は、感動するが、自然と、飲み食いする人の話には、感動しないという、アホ馬鹿、間抜けの多くなった日本である。

病むことが、回復するのは、自然の中にあってである。

それが、出来ないという人が、便宜上、精神薬を飲むのである。

仏教が、自然と離れた処で、語られ始めて、おかしくなった。
伽藍という、馬鹿馬鹿しい空間である。
それは、寺院という、中にある。

昔、人は、宇宙という、空間にいて、太陽を、主として、カミの懐にあることを、知っていた。


道元は、福井の山に籠もり、ようやく、大地雪満々と、観た。
だから、道元は、健康であった。
なよなよした、文は、見当たらない。

仏教家で、最も自然に対座したのは、田舎に籠もった、道元である。
結果、親鸞も、都に戻り、悩み続けた。
勿論、それも、否定しない。

信徒が、多くなると、その土地を、離れて、出て行く。
語れば語るほど、言いたいことが、遠のくからである。

言いたいことが、遠のく時は、沈黙しているに限る。

言挙げ、しないという、古神道は、それを、知っていた。故に、言葉にしない。沈黙したままである。
人は、言葉という、観念に縛られることを、知っていた。
だから、あーーーー、いーーーー、うーーーー
というように、一音に、思いを託すという、言霊、いや、音霊の所作を、尊んだ。

それは、まさに、自然の様である。
だから、自然と、同化、共生した時、病は、癒える。

自己の罪をかぞえて、救いを計る。人間の妄想にはきりがないのだ。妄想と格闘しつつ、別の妄想にふけるのである。
亀井勝一郎

マスターベーションは、罪であると、教えられてする、マスターベーションは、そうではない場合と、格段の差のある、快感になる。
人の妻と、セックスするなと言われれば、逆に人の妻との、セックスが、通常の何倍にも、快感になる。
技巧を凝らした、セックスをしなくても、罪の意識が、快感を増幅する。

西洋の文学には、そういう話題で、持ちきりである。
それを、深みだとして、日本には無い、精神の云々という、アホの紹介者を、鵜呑みにして、有り難がるという、これまた、アホの皆々である。

日本に、神は、いない、神の不在の文学などという、アホも多かった。
神など、いる訳がないのである。
日本の方が、真っ当であったが、兎に角、白人に弱い。

勿論、白人に弱いのは、日本人だけではない。
中国など、日本に対しては、徹底的に、交戦態度であるが、イギリスに対しては、尻尾を丸める。
白人に弱いのである。
侵略と言うなら、イギリスは、中国の怨敵である。
しかし、白人であるから、頭を上げない。

そうして、アジアの中で、威張り腐っているのである。
日本と中国である。
アホか。
以下省略。
寄り道し過ぎだ。

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2008年08月11日

神仏は妄想である 112

親鸞を、貶めるつもりは、毛頭ない。
多くの人、親鸞の思索によって、更に、思索を深めたことであろう。

何度も言うが、私は、人の信仰を否定しない。
極めて個人的な、情緒であるから、それに介入することはない。

私が、書いているのは、批判である。
更に、宗教が無くなる時が、来たことを言うのである。

人間の知性と、感性が、目覚め、知性によって、行為行動する時が来たというのである。

勿論、一人の人が、今までの宗教行為を続けても、何も問題は無い。
極めて個人的なことである。

頭の悪い人のために、再度言う。
私は批判をしている。

そして、この批判も、妄想であると、言われることを、知っている。

一つの例を上げる。
定方晟さんという方が、「憎悪の宗教」という本を書いた。
ユダヤ、キリスト、イスラム教と、聖なる憎悪という、副題がついている。

聖書を徹底批判している。
その内容は、実に、見事なものである。
そして、最終的に、仏教の慈悲の思想による、提言と、最後のページ、あとがきで、こういうのである。

私はユダヤ教、キリスト教、イスラム教を批判したが、本文でも言及した青鬼の役割を演じたつもりでいる。人々から愛されない赤鬼は愛されたくて、友人の青鬼に悪役を演じてもらった。青鬼は巷に出て暴れまわった。赤鬼がそこに現れて、青鬼を追い払った。人々は赤鬼は自分たちの友人だと考えて、かれを愛するようになった。わたしは仏教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒がこぞってわたしの批判を批判し、そのことによってたがいに赤鬼となり人間となって近づきあい、仲良くなることを望んでいるのである。

仏教の慈悲の思想に、精通している方である。
上記の意味は、痛いほど解る。

しかし、私の立場は、違う。
私も、批判するが、彼らが仲良くなることを、望むのではなく、私は、宗教の終焉を言うのである。

先にも、言ったが、それぞれが、それぞれの宗教的行為を行ってもかまわないが、それは、伝統としてあるべきなのである。

更に、その伝統は、強制力の無いものである。
極めて個人的な、行為としての伝統である。

教えを説くということの、誤りをいう者である。

人に自分の信じているモノを、拝めという、傲慢極まりない行為を、断罪するものである。

おおよそ、宗教というものは、上記の通りであろう。
自分の幸せが、何故、人の幸せになるのか。そんなことは、有り得ない。勿論、アホならば、そうであろうが、自分の頭で、考える人、知性ある人、そして、感性を磨く人、知性により、行動する人に、それは、必要ない。

22世紀は、そういう時代である。
時代性と、時代精神に、習うものである。

私の批判は、そこにある。

定方氏は、あくまでも、宗教の保存を願うものであり、更に、仲良くという、全く希望の無い、希望を持って、終わる。

批判に批判して、仲良くなるというのは、仏教家の、陥りやすい、慈悲の思想である。

それならば、ヘロドトスの時代に、そうなっていたはずである。
それから、どれ程の、時を過ごしたか。

神仏という、人間の妄想力が、作り上げたものに、そろそろ、お別れする時が、きたのである。私は、それを、言う。
個が、最大限に、生きられる時、集団は、輝く。

自由と平等と博愛の思想が、それを、成したとは、思えない。それは、宗教から出ているからである。
宗教から出るモノは、魔物である。
御覧の通り。

どれ程多くの、無理、無駄、むら、つまり、無用を成してきたか。
真っ当な、仏陀の生活指導の教えが、根こそぎ、無視されてきた事実を、歴然として、見ているではないか。

幅広い許容範囲の仏陀の、教えも、不可能だったのである。それは、宗教になったからである。

かえりみて、日本の古神道を見れば、良く解る。
教義も、教祖も無く、ただ、先祖が築いてきた、所作を通して、平らけく、平和を望んできたではないか。

ここで言う、古神道は、宗教団体が、勝手に名乗る、古神道ではない。

かんながらのみち
それを、唯神の道と、漢字で書くから、おかしくなった。
神という、文字から、観念を生む。

かんながらのみち、を、現代訳すれば、自然と共感、共生する道ということである。
そして、アフリカから出た、小数の人の集団が、最初に、その自然の大元である、太陽を拝したことから、畏敬の思い溢れて、出来た、情緒が、それ、である。

すべての民族は、太陽を拝していた。
拝すると、漢字で書くから、また、観念になる。

あー
という太陽を、目指して、生きる場所を、求めて歩き、
いー
という、この身が、その中で、自然の中でしか生きられないことを、知る。
うー
という、相手という存在を、受け入れることから、集団の生活を知り。
えー
という、その場にあるものから、生きるとする、肯定的な姿勢を持った。
おー
という、その物事の、人の終わりを受け入れて、生きてきた。

お送りする、の、おー、が、死ぬことであった。

それで、すべてが、済んだ。
それを、古神道という。
いや、別に、古神道と、呼ばずともよい。
言葉に騙され続けてきた、人間の歴史である。

書けば嘘になると、知りつつ、書き付けてきた。
何ゆえに。
子供たちのために。
次に続く者、幸あれと、願いつつ。

私は、民族の伝統の中に、もし、救いというものがあるならば、それを、観る。

ただし、私見である。
人間に救いなどというものは、無い。全く無い。
救われるというならば、生まれる必要は無い。
救われないから、生まれるのである。
というより、救いという観念を、持つ方が、どうかしている。

そして、妄想の救いというものに、酩酊してきたのが、人間の歴史である。

神仏は、疲れた人の、蜃気楼である。
蜃気楼は、無い。幻覚である。
ただし、幻覚が、必要だというなら、それを、否定しない。

一つだけ、私にも、妄想がある。
次元の違いというものである。
それを、霊界と名づけて語る。しかし、それも、妄想である。
だが、便宜上使用している。

私が、この世に生まれる確率は、無に等しい。
それなのに、生まれて生きている。
これを、何かに感謝する以外にないのである。
誰に。
太陽である。

太陽が死滅すれば、すべてが、死滅する。

真実とか、真理というもの、実に単純明快なものである。

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2008年08月12日

神仏は妄想である 113

親鸞の信仰の深さは、賜りたる信仰という言葉に達した。
どこかで、聞いたような言葉である。

主イエス言う。
あなたが私を選んだのではなく、私があなたを選んだのである。

要するに、神への信仰も、実は、与えられてあるということである。

キリスト教に、似ていると、言われる所以である。

ユダヤ教にあった、イエスは、ユダヤ教における、救いというものを、見ていた。
しかし、親鸞は、どこから、救いという観念に、まみれたのか。

親鸞の年代を追ってみると、まず、出家して比叡山に入った時、9歳である。
平家が壇ノ浦で滅亡したのは、13歳。衣川合戦で、藤原三代の滅亡した時、17歳。鎌倉幕府が成立し、頼朝時代から実朝が暗殺された時、47歳。承久の変の時、49歳。
さらに、この間に、法然と共に、流罪となり、親鸞は、35歳から39歳の間、越後国府にあり。

亡くなる90年間のほとんど、半分は、内乱を見ていたことになる。
特に、源平合戦の後のことなど、身近に聞いたことであろう。
更に、自然災害などを、見ている。
内乱と、乱世の、思いに、あって、人間の様を、観続けたのである。

当然、人間とは何か、そして、仏教の教えを、信じても、互いに仏に祈りつつ、殺しあうという、人間の様に、救いというものを、考える以外になかったと、思える。
浄土信仰は、平安期からあった。
念仏信仰も、平安期からあった。
しかし、法然により、念仏一つで、善しと、宣言される、鎌倉仏教の、選択、せんじゃく、仏教が生まれる。

それもこれも、救われるためである。

最初に、私は、何故、救われようとするのかと、言った。
何故、極楽に往生しなければ、ならないのかと、言った。
それは、時代性である。

今、親鸞の教えは、一つの情報である。
信仰を、考えるというより、生き方の、一つの情報となっている。
それも、時代性である。

日本人の七割は、宗教を信じないという、統計がある。
それを、嘆くのは、集金が出来ない宗教団体である。

実に、七割の人、宗教を信じないということは、宗教団体を信じないということである。それを、宗教団体は知らない。

日本人は、潜在的に、信仰深い民族である。
宗教という観念は、必要ない。伝統として、それを、持つのである。

心だに 誠の道に かないなば 祈らずとても 神や守らん
菅原道真

お天道様に、顔向けできる生き方をしていれば、神は、祈らずとも、守るのである。
それ、日本人の、真骨頂である。

宗教団体を信じていなくても、十分に生きられる。
それを、精神的に未熟だというのは、欧米の思想に侵されているか、または、会員を増やしたい、宗教団体である。

われらが心のよきをばよしとおもひ、あしきことをばあしとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことを知らざることを、おほせのさふらひしなり
歎異抄で、唯円が言う。
それは、親鸞が
なにごとも、心にまかせたることならば、往生のために千人殺せといはんに、すなはち殺すべし。しかれども一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わが心のよくて殺さぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人を殺すこともあるべし。
を、受けての、唯円の、思いである。

往生のために、千人殺せと言われても、殺す縁がなければ、殺すことは出来ない。また、殺すと、思わずとも、殺してしまう縁もある。
因縁である。
これが、賜りたる信仰に、行き着く。

絶対他力は、絶対帰依である。

それを、支えるのは、罪意識である。
そして、救われたいという意識である。

この、罪意識は、仏教によって、もたらされたものである。
そして、そこからの、救いという観念も、そうである。

仏教は学問としてあった。当時は、中国の書物をもって、ものならふ、学問と、言った。
学問は、定義と、観念の産物である。

その枠の中での、思索である。
だから、弥陀の誓願の、第18
もし我仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽し、我が国の生ぜんと願じて乃至十念せんに、若し生ぜずば正覚をとらじ。唯五逆と正法を誹謗することをば除く

親鸞は、この、最後の、唯五逆と正法を誹謗する者を、除くという言葉に、思索を深める。
皆、救うというのに、五逆と正法を誹謗する者は、除くというのは、如何なることかと。

これも、観念の中での、七転八倒である。

スポーツのルールのように、定められたことに、疑問を生ずるということ。
スポーツなら、理解するが、人間の生きることになると、定義され、定められるのいうのは、国家以外に、必要ないことである。

皆、救われるという、悉皆成仏という思想は、最澄の天台のものである。
すべてのものに、仏性があるという、とんでもない勘違いの思想である。

大乗の唯識を、極めた三蔵法師玄奘の、法相宗では、無性の人ありとする。つまり、仏に成れない人ありと、する。
大乗仏教が、すべての人を救うというのは、実は、嘘なのである。

真面目な者、細部までに、拘り、仏典の細部に滞る。
結局、仏典にも絶望を感じて、物思いを捨てて、行き着くところ、賜りたる信仰になった。
つまり、弥陀の本願という、定義に、振り回されて、それも、人の創作したものである、それに、くたくたにされたのである。

このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり
歎異抄

ついに言ったのである。
もう、念仏を信じても、信じなくても、皆々、好きなようにしてください。

行き着くところに、行くと、そういう言葉になる。
好きにいたせ、である。

それを、深いとか、親鸞の心の広さである等々、解釈するのは、勝手であるが、必ず、絶対他力は、そこに行き着く。

つくべき縁あればともなひ、はなるべき縁あれば、はなるる

親鸞は弟子一人もたずさふらふ

縁があれば、そうなるし、無ければ、そうなる
親鸞は、弟子一人も、持たない

無かったものを、在ると信じて、考えていたのであるから、最終的に、それらを、すべて捨てることで、元に戻り、自己回復するのである。

親鸞は、和讃を多く詠んだ。
和歌の形式である。

大和の歌道の形式で、その、思索の様を歌った。
結局、大和心に、抱かれていたのである。

仏法という、旅をして、故郷に戻ると、故郷の山は、川は、変わらずに、迎えてくれたのである。
さて、親鸞は、それを自覚していたとは、思われない。
どんなに、七転八倒しても、いつも、故郷である、天地自然は、抱いていた。
人間の観念遊びも、その前には、無に等しい。

仏法という、ルールの中で、よくやったと思う。
鎌倉仏教は、日本の思想史の、始まりである。

日本には、思想がないと言う者、大勢いたが、実に、見事に、思想を成したのである。

日本の思想史を、書き表す若者の、出現を待つ。

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2008年08月13日

神仏は妄想である 114

念仏申さんと思い立つ心のおこるとき

親鸞は、心の動機を言う。
そして、その、念仏申すという心の動きは、どこからくるのかといえば、賜りたるものという。

我の信仰ではなく、信仰するという心も、あちらから、つまり、弥陀の本願から出るものである。

主イエスも、やはり、私があなたを、選んだという。それも、賜りたる信仰に、昇華する。

主体は、客体になり、主体と、客体が、混合して、行き着くところが、これ、である。
これも、心身脱落である。
後で、道元のところで、書くが、皆、この、心身脱落をもって、よしとする。また、それを、求める。
心身を脱落して、弥陀の御手に委ねる。
神の御手に、委ねる。

信仰の行き着く先は、そこである。
それは、計らい、はからい、を、捨てた時に、現れる心象風景なのである。

これを、語ると、また、延々とした議論になるので、省略するが、計らい、というものを、排除して、成り立つという、宗教心情の、極みである。

勿論、計らいを、捨てたという、計らいは、残る。
だから、その、計らいというものも、捨てる。捨てて、捨てて、すべてを、捨てるという境地に至る。

そして、南無阿弥陀仏が、南無阿弥陀仏を唱えるという、境地に至る。

ホント、ご苦労さんなことである。

蒔きも、刈り入れも、捕ることも、造ることもせず、ただ、言葉の遊びに、始終して、救いだ、往生だという。
それを、今の今まで、している。
当時は、それが、学問であるから、その時代性、時代精神があったから、まだ、理解は、するが、現在、それも、情報の一つである。

人間の妄執というものは、とんでもないことだと理解出来るのは、共産国で、細々と、続けられる信仰を見る時である。

ロシア正教会を、みる。
聖職者ではない。
彼らは、同性愛の隠れ蓑にし、更に、一人の女では、収まらない者が、聖職者となり、幾人もの女との、関係を持ち、子までなすという、彼らのことではない。また、同性愛を、否定するものでもない。

宗教を否定する、国家にあっても、民衆が、信仰を必要とすることである。

どんな状態下にあっても、祈るものを、欲するという、悲しみである。
私は、これは、人間の歴史の定めだと、思っていた。

いつか、私は、何故、人は、祈るのかと、疑問を投げかけた。
そして、人は、何故、救われたいと思うのか。
そして、その救いというものは、何か。

何故、いかなる理由があって、救いを、求めるのか。
すべて、観念による。

何一つ、実体は無い。

キリスト教国の、政治を見ると、キリスト教徒の団体が、政党を、作る。それが、最も、現実味があり、宗教活動より、政治活動の方が、実際的である。
そして、さらに、イデオロギーというものが、なければ、成り立たない、人種というものがいるのである。

どうしても、言葉で、語るというものが、必要な者がいる。
また、最初に、思想である、イデオロギーである、言葉が必要だと言う。
それから、事が始まるのである。

それを、多く負うのが、宗教である。
哲学や思想も、それらに、理由される。
キリスト教神学は、ギリシア思想を持って成った。カトリシズムである。そして、それに、対抗し、批判して、プロテスタントがある。
両者共に、着かず離れず、良い距離感覚をもって、相対している。
勿論、地域によっては、紛争が絶えないところもある。

最初の一人の言葉から、離れて離れて、それらの言葉を利用して、自分の思想を、築き上げるという行為を、思想というのであれば、それはそれでいい。

マルクス主義など、信じてない者が、それを、利用して、共産主義革命を推し進める。実際、共産主義というものも、宗教と、変わりなく、妄想である。
宗教と、同じ根から、出ている。

人類が、アフリカの数百人から、始まったように、それらも、そのようである。

それが、人類の、進歩発展である。

ただ、宗教には、もう一つ、霊性とか、見えない空間を、作り上げるという、不思議がある。単なる、イデオロギーに終わらない、妄想に、大きく依存する。

往生して、極楽浄土に行く、神の国、天国に入る等々。

その妄想のために、無用無駄な、祈りを成す。
更に、無明の世界に、身を入れてしまう。勿論、彼らは、無明などとは、思わない。それが、救いと信じている。

信じれば、すべて事が足りる。
信じることで、すべてが解決される。
つまり、信じる者は、騙されるからである。

天国に入る必要も、極楽に行く必要も無いとは、考えない。
宗教団体に入会しているのと、生命保険に入っているのと、何の変わりも無いことを、知らない。
宝くじを買って、すでに当たったと思い込めば済む。

真剣に信仰に賭ける人は、すべての思考を停止して、教団に我が身を、預け切る。
私が恐れるのは、この思考停止である。

安心立命を、得るのではない。思考停止を、得るものである。
さらに、悪いことは、妄想の教義というものを、覚えて、あろうことか、それを、人に説くという、傲慢不遜な行為を、繰り返す。

一人で、していれば、事足りるのであり、一人でしているなら、私は、それを否定しない。

蜃気楼にあるところに、皆さん一緒に行きましょうと、言う、宗教の有り方に、誤りを見る。

福音宣教だの、布教だの、折伏だのという、精神的暴力は、他に無い。
無明の闇に、人を引きずり込むという、その行為に、誤りをみるのである。

死ぬまで暇つぶしとは、言え、あまりに愚かな行為は、まさに、宗教の勧誘である。
誰のためにしているのか。
相手の救いと、幸せのためにしていると、芯から信じていることに、私は、驚嘆し、大きな危惧を覚える。

時代は、いつも、激動である。
そして、時代精神は、いつも、新しい。

宗教が、一つの情報として、処理される時、人類は、始めて、生きるということに、覚醒する。

今、中世ヨーロッパの異端審判というものを、思い浮かべると、なんと、おぞましい、愚かなことをというであろう。
では、今の時代も、後々から見て、なんと、おぞましい、愚かな時代であろうと、振り返ること、必至である。

まさに、宗教が言うところの、今、今に永遠があるという言葉を、使えば、今、目覚めるべきなのである。

神仏は妄想である、ということに。

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2008年08月15日

神仏は妄想である 116

大無量寿経に「それ彼の名号を聞くことを得ることありて歓喜踊躍し、乃至一念せん。当さに知るべし、この人は大利を得るとなす、即ちこれ無上の功徳を具足するなり」とある。

これを、一念無上の文、といい、一念は一声のことである。

念仏をもって無上となすなり。概に一念を以って一無上となす、当に知るべし、十年を以って十無上となす、また百念を以って百無上となし、また千年を以って千無上となす。
法然 選択本願集

ここでも、思案の深さについての、云々がある。
つまり、多念か一念かである。
また、それが、行と、信かとの云々である。

行とは、多く念仏を唱えるということであり、信とは、一念の念仏に、重きを置くかということである。

常念仏の生活こそは、念仏行者の生活である。不断念仏であり、多念仏である。生涯を念仏に捧げるのであるから、おのずから多念の行となるのである。即ち専修念仏こそを、念仏行というのである。
柳宗悦

しかし、そこから、一念念仏という、考え方も生まれる。

むしろ念仏を念仏たらしめるものはその純度にあるともいえよう。数ではなく質が肝心である。たとえ一念といえども十全の念仏たるなら、概に往生が約束されたものといえよう。念仏を横断面に見るなら数の多念となろうが、これを縦断面に見るなら、質の一念となろう。この一念は結晶された多念ともいえる。一念に念仏の念仏があるのである。ここで一念義へと考えは進んだ。
柳宗悦

これが、深みというものであろうか。
一念と、多念で、思索するという、姿勢である。

専門家は、弥陀の本願の十八願の、因文により、法然は「乃至十念」の言葉に、多念と見た。親鸞は、その果文により、「乃至一念」即ち、一念の信に重きを置いたと見る。

親鸞の思索の著しい点は、一念の深さに念仏の相を見たことにある。それ故信に充ちた一念に概に往生の業が果たされているのを感じた。誠に一念とはいえ、念仏の一切を集めた一念である。念仏の数ではなく質にその意義を見抜いた。それ故第十八願が一般に「往生の願」と呼ばれているのに、それを「信楽の願」といい改めた。念仏とは称名よりもまず信心を意味した。かくして称名は、むしろ報謝を意味する行として考えられるに至った。一念に信を決定すれば、概に成仏の位を得たのであって、爾余の念仏は報恩のための念仏であるとされた。
柳宗悦

ここで、親鸞は、賜りたる信仰という境地に、達したということになる。
念仏は、救われてあるということの、感謝の念仏なのである。
そして、絶対帰依である。

これが、深みであろうか。

私は、これを、迷いとみるものである。
経典の言葉の解釈を、深めているのであろうが、それは、単に、そこから、その中からでしか、思索の幅を広げることが、出来ないという、致命的、思索に陥ったのである。
それが、思索の深さであろうか。

ところが、一遍になると、更に、突っ込んで、報謝の念仏で、いいのかということになる。

念仏、それ自体が、報謝であるという、画期的な、考え方である。
一遍は、念仏を何々の目的としては、ならないという、境地に達する。
目的を前に置く、念仏は、不純であるというのだ。

念仏はただ念仏である。

一切の念仏は、各々が念仏自らの念仏とならなければならいない。それを指して当体の一念とはいったのである。それ故、念々が一念でなければならぬ。かかる一念には、もはや称える私もなく称えられる仏もない。そこに往生があるのである。それ故、念々の往生である。名号のほかに往生はなく、名号が往生なのである。
柳宗悦

一遍は
一念十念も本願にあらず
名号の所には一念十念という数はなきなり
と、言う。

法然は、多念を見て、親鸞は、一念を見て、一遍は、一念多念を見て、称えること、それが、往生だと、見た。
つまり、一遍は、称える行為に、往生を見たということであり、それが、祈りを上げる者に、一番相応しい姿である。

理屈を超えたのが、一遍である。

称えることのみに、往生がある。
どこか、遠い所に、極楽があるのではない。今、ここが、念仏を称える私が、極楽なのである。

私も、それに賛成する。

一遍が、捨て聖であること、十分に理解する。
そして、その教団は、今無い。当然である。
一人一代の信仰であり、一人一宗一派が、その信仰なのである。

思索の深さというのは、間違いである。
単なる、経典の解釈である。それを、信仰の深さ、思索の深さとするのは、誤りである。

法然は、念仏すれば、仏がその人を念じる。
親鸞は、念仏しなくとも、仏はその人を念ずる。
一遍は、仏か仏を念じている。

法然は、仏と人を対座させる。
親鸞は、仏からの願のみが、流れ来る。
一遍は、我とか、人というものが、消えて、仏のみになる。

その教え、親鸞ひとりがためなり、と言う言葉に、親鸞の信仰の深さがあるようなことを言うが、我一人という意識も、一遍には、無くなる。
理屈は、無いのである。

念仏の外の余言をば皆たきごとと思ふべし
と、一遍は、言い切る。

この一遍の信仰の、大元は、実は、大和心なのである。
浄土門を、格調高く押し上げたのは、日本の伝統なのである。
それは、元からあった、日本人の心象風景である、もののあわれ、というものである。
一遍は、念仏を通して、そこに、立ち戻ったのである。

もののあわれ、の他に、この世のことは、有り得ない。
だから、念仏が念仏するという、境地に達した。
我など無い。
あるのは、大和の山川草木にあるものである。
それは、心であった。
日本の心であった。

仏教が、ここまで、高みに至ったのは、日本人だからである。

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2008年08月16日

神仏は妄想である 117

日本人だからこそ、仏教を後にも、思索できるほどに、高みに上げたと、言った。

仏教という、当時の学問は、多くの思索の方法を教えたが、それはまた、観念の産物であった。

一番の、観念は、厭離穢土という、考え方である。
つまり、この世は、厭離すべくの場所、穢土だというのである。
一体、仏教以前に、日本にそのような、考え方はあったろうか。

何故、この世が、汚い、厭うべき場所なのか。
そして、欣求浄土といい、清い、浄土を望むという、観念である。

この、考え方は、今でも、すべての仏教が、取り入れている考え方である。

また、新興宗教系も、例えば、この世を、現象の世界といい、あの世を、実相世界とするのである。

この世の思想と、あの世の思想である。

この世は、移り行く世界であり、あの世は、完全無欠な世界であるとする。
この観念から、抜けてはいないのである。
どれほど、科学的な宗教観を持っても、そこから、逃れられない。
何故か。
つまり、あの世を、前提に置かなければ、教えに、迫力が、欠けるのである。

要するに、相手が、知らない、解らない世界を持って、語り掛けるという、手品を行うのである。
現世利益という、方法をとっても、それでもなお、あの世行きを、提言する。
天国に行く、極楽に行く。

源信の、往生要集は、地獄の様を、ありありと描いた。それを、絵にして描いて見せた。それはそれは、恐ろしい世界である。無智な者は、畏れたであろう。そして、今度は、極楽の様を見せる。
何と言う、低俗な感覚であろうか。
それも、すべて、想像である。

文学的価値としては、十分に納得するが、それをもって、信仰を促すという根性は、ただ事ではない。

それは、仏教の、厭離穢土欣求浄土という、観念から出ている。
日本の伝統には、そんな考え方は無い。

万葉の世界には、そんな世界観は、無い。

仏教が、根を下ろしてから、暫くして、そのような、観念に覆われたのである。
お勉強するならば、よかったが、それをそのまま、信じてしまった。
ところが、調べてゆくと、仏典は、事実であると、信じていたというから、驚いたと、共に、さもありなんと、思った。
ある時期まで、仏典は、事実を書いているものとして、扱われていたのである。

いずれ、禅などを書く時に、明らかにする。

この世を、厭い、浄土を願うから、往生を願うという。
往生は、浄土門の人々が、使い、成仏とは、自力の宗派聖道門が、使う言葉である。

もともと浄土への欣求は穢土への厭離の念を去ってはいない。浄さへの求めと、穢れへの厭いとは結ばれねばならなぬ。だから往生を遂げる得るのは、往生も能わぬ自らを省みることでなければならぬ。それ故浄土の国に往いて生まれるのは、自らに資格があって往けるのではない。仏が来り迎えるので浄土に往けるのである。往生の真意は浄土への到達ではなくして、浄土からの引接なのである。この引接が来迎である。それ故来迎なくしてどうして凡夫に往生が出来よう。この事実をまざまざと眼に浮かべる時、来迎の図相が生まれたのである。これより真実な仏の慈悲の描写があろうか。
柳宗悦

引接、いんじょう、という、あちらからの働き掛けを言う。
実に、驚くべき、蒙昧である。

厭離穢土という観念も、蒙昧だが、来迎という考え方も、蒙昧である。
その、来迎を、ありありと、目の前に見るという、観想をまた、善しとする、修行とは、単なる妄想の様を、促すのみである。
確かに、死者の心は、想念に任せられるが、思い描いた、来迎の妄想に、心を、浸らすというのは、あまりにも、馬鹿げている。

さらに、来迎とは、仏の側から、来ることであれば、念仏なども、しなくていいのである。仏の慈悲は、念仏申さんとしても、しなくても、あるものであれば、来るのである。

つまり、ここに至ると、キリスト教の、恩寵の思想に似る。
神は、善人の上にも、悪人の上にも、日の光を与える、というのと同じである。

特に、親鸞の場合は、キリスト教の、神の愛の思想に、実に近く、こういう自虐的信仰を持つこと自体、彼が、病んでいたことを、教える。
罪人こそ救われるというのは、イエスが、私が来たのは、健康な人のためではなく、病にある人のためである、という言葉を、思い出させる。

絶対帰依というより、すべて、投げ捨ての信仰である。
よく言えば、与えられた信仰、賜りたる信仰であるが、悪く言えば、お任せの信仰、捨て身の信仰であり、それは、一見して、深さのあるようなものに、見えるが、単なる、限界の様である。
何が限界か。
我に対する、罪意識の妄想である。

弥陀の本願は、親鸞一人がためなり、という言葉を、浄土信仰の面目のように、解釈するが、それは、誤りである。
あの時代だから、受け入れられるが、今の時代は、浄土信仰も、一つの情報である。
更に、仏典は、事実ではないという、証明がなされたのである。

迷いを、深さと、勘違いする時代は、過ぎたのである。

更に、禅では、まだまだ、深いと、思わせる言葉に溢れている。
文学として、残るのは、禅の文学である。

さて、親鸞は、来迎の様まで、捨てた。
法然も、親鸞も、共に、一切の、既成仏教の祈りの様を捨てた。
しかし、浄土宗は、来迎まで、捨てなかった。
浄土真宗は、来迎までも、捨てるという、徹底さである。

念仏の、六文字さえあれば、足りるとした。
来迎も、自力の有り様だと考えた。
日蓮宗の題目を、ご本尊として掲げるのと、同じように、念仏の文字だけで足りた。
往生というものを、平生とした、平生業成の教えである。
これは、その瞬間、その刹那、往生しているという、考え方である。

つまり、今救われていると、考えることである。
臨終に救われるのではない。今、救われている。
しかしそれは、親鸞によって、成った、考え方ではない。
皆、そのような、考えに至ったのである。

前回も、書いたが、一遍のように、仏教、浄土門という、迷いを通して、元の、大和心に戻ったと、同じように、結局は、念仏などいらない世界に立ち戻るのである。

弥陀の本願というものが、あるならば、念仏などしなくしても、救われるのである。

なんとなれば、弥陀の四十八願というものは、皆、仏の世界に生まれなければ、仏にならないという、願なのである。

人間であってしかも人間に縛られない時が、覚りの姿なのである。
柳宗悦

覚りに関しては、禅のところで、検証するが、上記、人間であって、人間に縛られない時とは、いつか。
人間に、縛られないという観念は、実に愚かである。
人間は、人間であることに、意味があり、人間というものに、縛られて、というより、何故、縛られると考えるのか、である。

厭離穢土と同じように、厭離人間と、何故、考えるのであるのか。
実に、病んでいるのである。

万葉は、人間讃歌である。
それが、大和心であった。
この、無常にある、人間であるからこそ、尊く、高いものである。
人間であるから、善しなのである。

人間の持つ、欲望等々を、厭うという思想は、実に、病む思想である。
欲望を、恵みとして捉えた、万葉の時代は、実に、健全であり、それが、大和心、大和魂といわれるものである。

浄土思想は、学ぶに足るものであるが、信仰に上げてはいけない。
それは、迷いである。

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2008年08月17日

神仏は妄想である 118

600年に当時の、隋から大量の書物が届いている。
その中には、多く仏典もあったと思われる。
厩戸皇子、聖徳太子は、いち早く、仏典を学んでいる。
そして、日本を仏教の国にすべく、仏法の精神で国造りを考える。更に、漢字をもって、文字とすることもである。

天皇まで、仏法に帰依するという国である。
天皇は、日本の祭司であるが、仏教を取り入れて、今に至る。
神道といわれるものの、許容範囲が、如何に広いかが解る。

更にである。道教、儒教に関しても、受け入れているのである。
兎に角、無批判に向け入れるという、体質が日本人である。
明治にも、ヨーロッパの文化を、兎に角、取り入れて、近代化を急いだ。

学ぶべきものは、学ぶという、精神は、強くなければ出来ないことである。
いや、強いというより、しなやかな精神である。

戦後は、アメリカを取り入れた。咀嚼する力がある。
日本は、アメリカの十年前を行くと、言われた。
今のアメリカは、十年後の日本ということになる。ただ、この頃は、少し変化している。

兎に角、受け入れて、我が物にするという、才能に長けている。

仏典に関しても、無批判に受け入れて、最新の情報とした、古代の人々は、賢い。

インドから中国、半島、そして、日本へと、仏典は、渡ってきた。
最後の到着地で、仏教は、花開いた。
現在、インドは勿論、その仏典が、通ってきた道は、今は、仏教が廃れて、久しい。多くは、イスラムに取って代わられた。

また、別ルートで、伝わった仏教がある。
インドからビルマやタイ、そして、マレー半島からインドネシアに流れたものは、小乗といわれたものである。チベットも、その土着の信仰に仏教が合流して、チベット仏教となった。

日本に伝わったものは、大乗といわれる。それは、隋から唐へと移行した時期に、天竺に出掛けた、三蔵法師玄奘に多く、依る。
現在使用される、仏典の翻訳ものは、玄奘によるもの、多々あり。

さて、大乗仏教といわれるものは、いつ頃から始まったのか。
まず、最初は、釈迦の遺骨を祭る仏塔、パゴダという塔に人々が集い、出家者も、在家の者も、一緒に、仏陀を慕った行為から、始まった。

仏塔崇拝から、始まったのである。
そこに、出家者や、指導的立場の者が現れる。
そこから、新しい経典製作が、始まることになる。
初期の仏典、阿含経などの解釈、更に、その中の一部を、拡大して新しい形にした、経典製作を始めるのである。

それらは、非常にドラマチックなお話になったものもある。
それは、仏陀滅後、500年を経た、紀元前後である。

それから、インドには、大乗仏教の、二派が出来る。それは、五世紀頃である。
その一つ、中観派といわれる、「中論」に基づき、空観と中道の実践を主にするグループから、ナーガールジュナ、龍樹という、者が現れる。
南インドの人で、150年から、おおよそ100年に渡って活躍した。

龍樹以前に、ずてに、般若経が、編纂されていた。
その般若経に、龍樹が、一つの理論を打ち出す。
無所得空である。
無所得とは、あらゆるものに、捕らわれないという考え方であり、更に、空という言葉も、無執着ということになる。

日本の仏教の基本は、この龍樹の書いたものから、理解される。
今では、大乗の哲学の祖といわれる。

大智度論、中論を始め、膨大な書物がある。

仏陀の思想の中心は、中道である。
苦行でも、快楽でもない、中道という道を目指した。
当時のインドでは、様々な考え方により、修行する者、多々いた。仏陀のような人も、多々いた。
しかし、仏陀の教えが、残った。
というより、仏陀を慕う人々によって、語り伝えられたのである。

私は、龍樹の大智度論に、目を通したが、実に、くどい。否定の否定の否定という、文章には、辟易した。

そこで、少しばかり、龍樹に関して、調べると、彼は、最初、欲望のままに暮らしていた。そのまま、欲望である。
だが、私が不審に思ったのは、霊的能力があり、宮殿に夜な夜な、飛んで行き、その中にいる、女たちを毎日、犯し続けたという話である。
そして、ある時、忽然として、その生き方に、空しさを感じて、生き方を、改めたという。

そのきっかけは、一緒に行動していた、友人の死である。同じような、ことを一緒にしていた者の死である。

私見である。
インドは、魔界の支配する土地である。
今でも、ヒンドゥーという、バラモンから出た、カースト制という、差別を持って、人々を、縛っている様は、魔界関与であると、思っている。
仏陀が、画期的な、平等を説いたが、それも、呑み込んで、更に、仏陀まで、ヒンドゥーの中では、一人の神として、取り込まれたのである。

霊的能力を、持って、その欲望を満たしていたという、龍樹に、私は、納得できないのである。彼は、基本的に、魔界関与の者であると、判断する。

彼の書き物の、くどさは、それを、証明する。
哲学の一つとして、学ぶことには、異論はないが、果たして、彼の理論が、仏陀を、理解するもになるかは、別である。

無批判に、龍樹の思想を受け入れた、仏教の面々である。

阿弥陀仏の、称号を唱えるという、称号念仏も、龍樹の無所得空、という考え方を、その境地を得て、悟りというものを、開いてゆこうとするものである。

所得を得ない、さらに、空も無いという。
それを、有無の見を推破せん、と親鸞は歌う。

仏の位は、五十二番目であり、阿弥陀の本願に基づく念仏の、教えによって、この世で、不退転の位に位置する。
そして、仏の候補者になって、命終わり、浄土に生まれ、仏になることを得るであろうという。
その、不退転の位が、菩薩道からいえば、十地の位の最初であり、全体の仏の位からは、四十一番目ということになる。

それを、歓喜地といい、正しく悟りが開けると定まっている人々ということになる。

これは、仏陀の教えに遠い。
自分という意識を、探る行為は、素晴らしいものであるが、それを、上記のように、定めて、いるということが、私には、解せない。
解せない私が、誤っているのか、龍樹の考え方に、誤りがあるのか。

それは、いずれ、天竺に、その教えを求めていった、玄奘三蔵法師の、教えを、見ることにする。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

神仏は妄想である 119

八宗の祖といわれる、龍樹である。
その、考え方の、バックボーンを、般若経、そして、浄土三部経とした。

要するに、解釈である。
それが、大乗仏教の教義の、始めである。

そして、理論としては、無所得空を、実践としては、阿弥陀仏の本願に基づく、念仏の教えによって、不退転の位に住するという。
不退転の位とは、仏の候補者になって、命終わり、浄土に生まれて仏となるというものである。

ここで、仏教家は、仏陀から、龍樹へと、教えが伝えられたと、信じたことである。
仏陀滅後、七百年後の人が、仏陀の教えを、受け継いだというのである。

それが、更に飛躍して、日蓮などは、仏の教えが、東より西に帰るだの、道元のように、これこそ、仏陀の教えを継いだものだと、言うのである。

青年の主張である。

仏陀在世当時、様々な、考え方があった。その中で、仏陀は、極端を嫌った。それゆえ、中道という、考え方を勧めた。
勧めたのであり、強制ではない。

多くの偏った見解にある、当時の様である。
快楽主義も、禁欲主義も、苦行主義も、運命論者も、道徳否定者も、不可知論の者も、ありとあらゆる、考え方があった。
その中で、仏陀のオリジナルな、考え方は、中道だった。

苦と楽という、両極端を否定して、中道を得ることを教える。
また、面白いのは、あるとか、ないとかの、両極端を克服するともいうのである。
それを、後の人、仏教という、一つの枠に嵌めた。

さて、この中道という、考え方は、実に難しい。
私が、それを、解釈しても、中道にはならない。何故なら、中道の思想とは、百人百様の思想だからだ。

このように、書けば、仏教家は、もっと、深いものだと、批判するであろうが、書く。
その深いものだと、思い込む様が、実は、迷いなのであるが。

人により、丁度良いという、感覚は、それぞれである。
これが、良いというものは、無い。それは、人によるのである。

ロシアの夫婦は、一週間に、八回セックスして、当たり前である。それを、日本人の夫婦に、当てはめることが、出来るだろうか。
若いうちなら、何とかなるが、年老いてくると、無理であろうし、それほど、セックスをしなくとも、夫婦関係を続けていられる。

中道とは、何かである。

先に、龍樹が、不退転の位を得るためと言ったが、それを、歓喜地という。それは、仏になるための、位の一つであり、菩薩の段階から、言うと、十地の位の、最初であり、全体の修行の段階から、四十一番目であるという。
ちなみに、仏の位は、五十二番目である。
不退転であるから、退かない位ということである。

こういう考え方をするという、龍樹を、真っ当な感覚といえるのか。

仏の位を定めて、仏に至る修行をするという、矛盾である。
それそこ、仏陀の否定したものである。

仏教家は、悟りを、我自身を知るものであるという。
本来の私というものを、悟ることだという。
更に、仏の教えを聞くことは、同時に、自己自身の姿を見つめてゆくことだ、ともいう。

それを、また、我執の自己というものに、気付くという。そして、我執のままに、無所得空の、私が実現するというのである。

それが、深くなると、我執にとらわれている、自己で良かった。煩悩具足の凡夫で良かったということになる。
阿弥陀の御蔭で、ある。

そのまま、問題意識なく、聞いていれば、そんなものかなあと、思えるが、真っ当に、考えれば、あまりに、身勝手な言い分である。

面白いのは、仏陀在世当時は、その弟子たちが、悟りを開いて、多く、阿羅漢になったという。つまり、菩薩の位を得たと言う。
しかし、その、滅後は、そういう阿羅漢の位に到達するのが、困難になったという。
修行が難しいことと、それに耐える能力のある者が、減ってきたのであると。

仏陀在世当時に、悟った、阿羅漢になったと、誰が、知るのだろうか。

阿羅漢という、大乗で言うところの、菩薩になったかどうかは、本人にしか、解らないのである。
そう、本人の自覚である。
つまり、悟りとは、本人の、自己認識である。
更に、つまりは、自己申告なのである。

私も、菩薩であるということになる。
自己申告する。

それにである。
仏陀滅後、修行が難しくなった、それに、耐える能力のある者が、減ってきたというのである。
それでは、仏陀の存在している間のみ、菩薩になることが出来るというのと、同じである。
おかしい。
仏陀は、最後の言葉で、我を頼るな、己自身を頼り、真理の法を抱けというのである。

仏典の矛盾は、多くの人の、考え方により、様々な方法で、書かれたゆえに、支離滅裂になってしまったのである。

阿羅漢とは、直訳すれば、施しを受ける相応しい者、尊敬される者である。聖者四段階の、最高位であるという。
誰が、それを、認定するのだということになるのだが、気付かない。

ここにくると、キリスト教の、聖職者の段階に似てくる。
法王、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭等々である。

龍樹は、単に、頭が回った者であることが、解る。
私には、手の届かないほどの、頭の良さである。しかし、それ以上の何者でもない。
今に至るまで、この龍樹に対する批判が無い。
誰も、龍樹のように、頭が良くないのである。
また、その、ブランド名に、適わないのか。

西暦前後に、大乗を始めた人々は、仏陀が説いた一つの、信心を主にする、悟りの道を、大乗経典を編纂することによって、云々という。
それを、龍樹が、不退転の悟りの位を得ることを、明らかにしたという。

明らかにしたのではなく、創作したのである。

これこそ、龍樹の、顕示欲である。
仏陀の教えを、根こそぎ、奪い、我が物として、アレンジして、道の祖となるべくの、手はずである。

それを、日本仏教は、大乗として、伝える。

ちなみに、仏陀は、もう一つの悟りへの道を、示したといわれる。
それは、理論によって、悟るというものである。
それを、隋法行という。
信心を主にする悟りを、隋信行という。

それらも、後に、付け加えられたものである。

信心というが、西暦前後の人々は、仏陀を慕った心を、信心というのである。
今の信心は、信仰であり、それとは、別物である。
信じるという行為が、同じものだと、思うのは、愚かである。

理論で悟るという人と、信心で悟るという人では、その悟りは、全く違うものになる。
それでも、同じ境地に行くというから、困る。

そうして、今では、他宗教の者とも、同じ境地に行くという人がいる。
そんなことは、一切無い。

同じ境地に行くのなら、宗派の別は無い。
同じ境地ではない、顕示欲が、宗派となる。
見よ、馬鹿馬鹿しい限りの、宗派の争いである。
それを、見るだけで、それらが、嘘だと、解る。

仏陀を見よ。
彼の怒りを、私は受け取らないという。
私が受け取らなければ、その怒りは、彼自身に向くという。
実に、真っ当である。

相手に、説くが、それを受け入れなければ、そのまま、立ち去る。

やや、虚弱体質の仏陀は、無理、無駄を嫌った。
その身を慈しみ、その人生を、味わい尽くす。
生きていること、それが、恵みである。

この世を厭うという感覚は無い。
あの世は、あの世である。
今は、この世にいる。

仏教家の、何人が、あの世を知っているのか。
知るはずが無い。
知れば、僧を辞めている。

僧侶が、あの世で、良い場所に行かないことくらい、その姿を見れば、解るというもの。

どんなに、善行を行うとも、僧侶は、あの世では、幽界止まりである。
それは、読経をするからである。
読経は、言霊が大きく乱れる。

それは、漢語の棒読みからくる。
私は、声明というもの、魔界の音だと、知る者である。

大和言葉から、言えば、濁音が多すぎる。
濁音は、魔界関与の音である。

地獄ではない。
魔界である。

あれは、芸術。そう、芸術である。芸術とは、魔界から、発するもの、多い。
芸術、は、術である。

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