2008年07月20日

神仏は妄想である 139

口声ひまなくせる、春の田のかえるの昼夜になくがごとし、ついに益なし。

口声、くしょう、とは、念仏である。
念仏をひまなく称えているのは、春の田圃で、蛙が夜も昼もギャアギャア鳴いているようなものだ、というのである。

更に、
又、読経・念仏等のつとめにうるところの功徳を、なんじしるやいなや。ただしたをうごかし、こえをあぐるを仏事功徳とおもえる、いとはかなし。仏法に擬するにうたたとおく、いよいよはるかなり
と、言う。

読経や、念仏に、称えるだけで、功徳があると、教えたのは、大乗仏教からである。
その、経典を読経することにより、何の功徳がありますと、その経典に書かれるという、具合である。

これは、徹底的に、念仏宗、つまり、浄土門を否定する。
春の田の、蛙とは、よくぞ、言ったものである。

それでは、題目も、当然、秋の畑の、コオロギのようなものだろう。
称えるだけで、功徳があると、教える者も、どうかしているし、また、それを、信じる者も、どうかしている。

しかし、念仏も、題目も、坐禅も、信じてしまえば、一番となる。
それが、唯一、一番であるというのは、宗教を、信じている者の、最も、陥りやすい、気分である。
私が、一番。
私の信じる神様、仏様が、正しい。
そういう人には、話など出来ない。
甚だしいのになると、他の宗教は、まだ、その段階に来ていないのだと言う。
自分の、信じているモノが、一番であると、思い込む。
勿論、それだから、騙される。

信じる者は、騙されると、大昔から、決まっている。

明晰な、道元も、そのように、坐禅が一番であると、信じきった。信じきると、強い。盲信、狂信であるから、他を受け入れないのである。
それでは、何故、信じきったのか。
それは、出会いである。

中国では、最初、禅宗ではなく、坐禅宗と、呼ばれた。
達磨大師から、受け継いだ代々が、坐禅を第一として、修業するからである。
その修行僧を、バラモンと、呼んでいたのである。
まだ、仏教を知らない。

達磨から、釈迦へと、遡る唯一正統の禅ということで、道元の師事した、如浄まで、続く。そして、道元が、師匠から、正法を継いだと、信じた。
正統的な、後継者というのである。

道元は、曹洞宗などという、宗派を名乗らない。
禅は、釈迦の正統の、修業なのであるという、確信である。

正しい仏法である。
これが、曲者である。
皆々、正しい仏法と、言うのである。
特に、大乗仏教は、そうである。

偽物ほど、正しいとか、正統を、強調する。

鎌倉時代の、新仏教は、日本的仏教の、宗教であり、仏陀とは、全く関係が無いものである。選択仏教というが、それも、大乗という、偽の仏教からのものであるから、矢張り、偽である。

このころの、奈良仏教は、腐敗の限りであり、それに、対抗して、鎌倉仏教が現れたのであるが、いずれにせよ、腐敗する。
今も、見ての通りである。

さらに、驚きは、僧以外の、信徒の団体の、仏教系の、宗教団体が、大手を振って、渡り歩いていることである。
更に、それから、政治まで、食い込むという、愚かさである。
仏陀は、弟子たちにに、一切の、政治的行動を、禁止した。
関わっては、駄目だというのである。

それは、実に、正しい、人の師としての、言動である。
修行者は、政治に関わってはならならない。

しかし、見よ、日本の宗教団体、更に、新興宗教団体は、政治家まで、擁立する。
そして、堂々と、仏法を掲げるのである。

教えでは、救いようがないから、政治に関与する。
団体の代表者も、極楽などに行けるとは、思ってないし、また、行けない者である。信者を、どうして、極楽に、導くことが、出来るだろう。

宗教の教えも、主義と、何なら変わらない。
共産、社会主義と同じく、理想、妄想、蒙昧、そして、無知である。

政治家も、票が欲しいために、俄か信者になるという、愚劣。
政党を持つ、巨大宗教団体もあるが、仏陀が、聞いたら、泡を吹く。
それらが、仏法である、仏意仏勅の法華経の仏法であるという。
仏陀、最後の教えである、最高の法華経と、信じ込んでいる。
今では、大乗仏典は、すべて、創作であると、解っていても、である。

創作の、仏典を、様々に解釈し、更に、妄想逞しく、小難しい教義、教理、教学なるものを、創作して、あたかも、有るものの如くに、信者に、学ばせるという、無明である。

全く、根拠が無い。
道元も、全く根拠が無いものを、信じてしまった。
勿論、それで、本人の、表現欲求が満たされて、自己満足していれば、いいのだが、教えを、垂れるから、おかしくなる。

黙って座れ、ただ、座れ、兎に角、座れ。
実に、馬鹿馬鹿しい。
勿論、人それぞれ、それの合う人もいる。
沈思黙考である。

道元が、感動した、椎茸乾しの、老僧も、言うのである。
椎茸乾すのも、学習であると。
つまり、座っているだけが、能ではない。
達磨は、座って、良かったが、だから、皆が、よいわけが無い。
更に、達磨から、仏陀に、辿るというのは、後世の人の言うことである。
達磨は、単に、自分の宗教を、拓いたのである。
仏陀とは、何も、関係無い。

覚者を、仏陀と称するのであり、インドで実在した、釈迦仏陀とは、何の関係も無い。

ちなみに、今でも、インドでは、聖者が、多く誕生する。
本当か、嘘かは、知らないが。

特殊能力は、魔界や、魔物が、関与するから、インドという、魔界関与の土地では、多くの聖者なる者が、登場する。
本当は、聖者ではなく、魔者、なのであっても、一般人は、その良し悪しが、判断出来ないから、聖者というのである。

達磨も、インドから、渡ってきて、中国で、座り続けて、九年。
崇山の少林寺で、壁に向かって座ったという。
こういう、偏屈な者に、師事するという、偏屈者も多い。

座り続けて、生きられた、良い時代である。

悟りという、お化けのようなものを、求めて、座るという、無明である。

座らなくても、人間は、寝る。
黙っていても、眠ることにより、瞑想するのである。
座るより、よく眠ることが、最も大切なことである。
眠りにより、深い意識に目覚めている。

坐禅をして、まさか、不眠症になっているのではないだろう、ね。

起きている意識の時に、無理して、深い意識の世界を、駆け巡らずとも、難なく、眠りにより、深い意識を、駆け巡ることが、できる。
仏陀は、そう言いました。




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2008年07月21日

神仏は妄想である 141

それにしても道元の教行は、誰にでも堪えうるものなのであろうか。禅堂に閉じこもって坐禅をひたすらはげみ、日常の生活をきびしく規制してゆくことは、ただ選ばれた出家にのみゆるされるのではなかろうか。在家の俗人がこれに従ってゆけるかという疑いが起こる。
亀井勝一郎

仏法を会すること、男女貴賎をえらぶべからず。
ただこれこころざしのあるなしによるよるべし。身の在家出家にはかかはらじ。
弁道話

その後、15年後に書かれた、出家という巻には
あきらかにしるべし。諸仏諸祖の成道、ただこれ出家受戒のみなり。諸仏諸祖の命脈、ただこれ出家受戒のみなり。いまだかつて出家せざるものは、ならびに仏祖にあらざるなり。仏をみ、祖をみるとは、出家受戒するなり。

永平寺に、籠もって以来、道元は、出家道だけを、認めるようになった、ようである。

結果
世をすてば世を捨ツベキなり。
隋聞記には、明確にしてある。

これは、仏教の修行者の、根本的行為である。
世を捨てる。捨てなければ、観えないのである。
釈迦が、世のすべてを捨てて、成道したように、世のあらゆる、桎梏から逃れることこそ、仏陀への道なのだという、確信である。

そして、道元は、それを、実行した。

法然、親鸞、一遍における、念仏の救いというものと、あまりにも、その格差が大きい。
共に、男女貴賎を選ばずというが、両極端である。

道元の時代は、親鸞の晩年であり、二人は、逢うことがなかった。
「春の田の蛙のなくがごとし」という、念仏により、救われるという、念仏宗に対して、道元は、明確に、ありえないと、言うのである。
それは、釈尊の道ではないし、それによって、救いなど、あろうはずもないと。

人間は戒律によってきびしく規制されなければならない。そうでないかぎり、際限もなく甘えるからだ。戒律の厳守など、たとえ不可能でも、可能にするように努めるのが修行だ。
亀井勝一郎

成し難き事なりとも、仏法につかわれて強いて是をなし
隋聞記

すべてを、捨てて、仏の家に、入らなければ、ならないのだ。
すべてを、捨てた時点で、すでに、修行の大半が終わるとも、考えられる。

勿論、現代の、道元門の、皆々は、念仏宗のように、ゆるやかになっている。
しばしの、厳しい修行を終えると、念仏宗のように、緩やかに、僧を続けられる。
勿論、堕落である。

ちなみに、仏陀は、男女貴賎を選ばすである。
後に、女に対する、差別は、中国仏教により、生まれた新しい、教えである。
儒教思想と、あいまり、男尊女卑の思想が、仏教に入ったのである。

勿論、大乗仏典にも、差別がある。
いずれ、大乗仏典に関しては、書く。

兎に角、道元は、今までにない、仏道修行を立ち上げたということである。
只管打坐と、心身脱落である。

修証はひとつにあらずとおもえる。すなわち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆえに、初心の弁道すなわち本証の全体なり。
弁道話

修とは、修行のこと。
証とは、悟りの境地。

普通は、修行するということは、あくまでプロセスであり、その向こうに結果としての悟りがあると考えます。道元は、道を探り、悟りを求めて坐禅をするという、そのプロセス自体の中に、すでに悟りがあるという。「修証一如」、つまり修行することと悟りを開くことは一つである。
初心の坐禅も、じつはそのまま、丸ごと本当の悟りそのものが実現しているといっていい。前後の時間や順序、因果を考えてはならない、という。
栗田勇


真の坐禅は何かを期待してするものではありません。坐禅そのものが、すでに、悟った仏の境地そのものなのだから、坐禅ということのうちには、すでに悟りそのものがある。修と証は二つではなく、前後関係、因果関係はない。
栗太勇

ここである。
禅というものの、魔境がある。
実に、詭弁である。

それでは、日常生活のすべてが、禅である。
それは、そのまま、仏を生きているのである。
特別な修行などしなくてもいい。ただ、いつものことを、いつも通りに、行っていればいいのだ、という、言い方も出来るのである。

禅の、この手の、説教には、十分、注意する必要がある。

仏の悟りから離れようのない修行がすでにあるのだから、本来成仏をまるごとそなえている初心者の求道も、そのまま、完全な本格的な悟りとして坐禅のうちに実現されるのである。
栗田勇

このように、耳障りの良い言葉が、続々と登場するのである。
禅魔の言葉である。

要するに、思い込むことである。
勿論、禅者たちは、いや違う、言葉では、いい表せないものであると、言うだろう。
考え抜いた先の、屁理屈が、これである。
おおよそ、仏教というもの、ここ、ここに至るのである。

念仏だけで、救われる。坐禅をする行為自体に、仏、悟りというものがある。題目によって、菩薩となり、仏法の実現が成る、等々。
そこには、大乗仏典の、屁理屈の理論が、溢れている。
仏陀の手から離れた、到底、信じがたい、仏法というものの、教えである。

こうして、迷いの道に入り込んでいることを、勿論、誰も知らない。
それが、道だと、思い込むのである。
仏への、道である。

その、仏というものの、観念は、妄想である。

人間は、人間であり、仏という、妄想の観念がなくてもいいものである。
人間は、霊であり、魂である。
仏とは、あくまでも、観念である。

仏陀の、救いとは、ただ、一つ、二度と、この世に生まれないということである。
仏になるのではない。
この世に、生まれないことが、救いであると、明言している。
仏になれば、二度と、この世に生まれないと、仏陀は、言うが、仏という観念ではない。更に、悉皆皆仏という、大乗の考え方もない。

皆々、仏性を宿しているなどとは、仏陀は、一言も言わない。

言葉の世界に遊び、その気になっている様は、無明である。
彼らは、自分たちは、無明ではないと、思い込むのである。
それ以外の、衆生が、無明の中にいると、信じるのである。

そう、彼らも、そのように、信じているのである。
我らは、智慧を得て、衆生は、無明であるという、信仰である。

私は言う。
単なる、言葉遊びと、坐禅などして、それこそ、悟りを、行為していると、信じ込んでいるだけの話で、それは、たんなる妄想である、ということ。

勿論、一人で勝手にやっているならば、何も言うことは無い。
個人の自由である。

世に、その迷いを撒き散らさないことである。

そして、仏法の太鼓持ちをして、識者や、作家どもが、仏教を語るのは、芸術作品が書けないのであり、手っ取り早く、名利を得て、金になるからである。

ある一定の、読者というものがいる。
迷いたくて、そのような、本を読み漁る、迷走志願者がいるのである。
そして、少しばかり、理屈を覚えて、悟りというものを、理解したような気になっている。

実に、馬鹿馬鹿しい。
話にならない。
精々、一億年ほど、転生を繰り返すのであろう。

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2008年07月22日

神仏は妄想である 142

道元は、矢張り、日本人である。
それは、和歌をみれば、一目瞭然である。

何度も言うが、仏教は、日本人の感性によって、新しく拓かれたといってよい。

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり
本来の面目を詠ず

当たり前のことである。
その当たり前のことの中にある、真実を歌う。
真実とは、事実のことである。
春は花、夏はホトトギス、秋は月、冬は雪。
すべて、自然の現象である。

波も引き 風もつながぬ 捨小船 月こそ夜半の さかいなりけり
なみもひき かぜもつながぬ すておぶね つきこそやわの さかいなりけり
正法眼蔵を詠ず

波も引いてしまった。風も動かそうとしない小船がただ一つ捨てられている。小船は、もう難破してどうしようもない。捨ててこその極地である。そういう何もない無残な風景を照らして、ただ月だけが煌々と輝いている。今度は逆に、そのような風景全体が月の存在を明らかにしている。すべてがなくなってしまった風景に、月だけが残っている。その月が全世界を照らして満たしている。すなわち仏法が満ち足りている。
栗太勇

月の光を、仏法に見立てるという。
皆、そのような解釈をする。
しかし、これが、和歌のみの解釈だと、月は月である。そこに、仏法などいう、観念は無いのである。


しずかなる 心の中に すむ月は 波もくだけて 光とぞなる
坐禅の工夫の意を詠ず

波が砕けてもその一つ一つの、波の中に、それぞれが、月の光を映して、飛沫の数だけ、光がある。月の形は、なくしても、光という、月の本来の姿は、壊れることがない。
坐禅も、そのようなものであると、言うのだ。

現成公案にある
人のさとりをうる、水に月のやどるがごとし。月ぬれず、水やぶれず。ひろくおおきなるひかりにてあれど、尺水の水にやどり、全月も弥天も、くさの露にもやどり、一滴の水にもやどる。

人が悟るとは、水に月が映るようなものだ。
水に映っても、月は月であり、水は水である。
水が月を写しても、そのために、波紋を起こすことはない。

心の中に、大いなるものを、映すことができる。
それを、悟りという。
全宇宙をも、映すことが出来るのである。

どんな、小さな露でさえも、月の光を映すことが出来る。
誰もが、心に、仏という、月の光を映すことができると、いうものである。

実に、美しい表現である。
これが、日本の伝統の歌道である。
道元は、それを、用いて、仏というもの、悟りというものを、言う。

つまり、言葉にして言うのである。
そして、それは、実は、言葉にならないものなのであるとも、言う。
それを、不立文字という。
言葉、文字を立てないのである。
しかし、随分と、文字を立て、言葉を立てている。


こうして道元の歌をみてくると、絶対的坐禅の境地とは何か、という問題に突き当たる。私はそういう境地に達しているという自信はありませんが、それを科学的に処理すると、脳波を測るという方法があるそうです。すなわち、ふだん人間が起きているときには、ぺター波というのが出ているのだそうです。ところが、何かに熱中したり集中しているときには、すなわち我を忘れている状態のときには、アルファ波が出るという。
栗太勇

坐禅をしなくても、絶対禅という、境地に達するという。
つまり、日常生活の内にある、行動も、坐禅と同じことになるというもの。

坐禅をしていても、していなくても、そのような、境地でいるということ。

これは、つまり、心の在り方である。
心の在り方を、作るという意味での、坐禅である。

ここに、どうして、仏という、観念を持ち出すのか。
それが、時代性であり、時代精神である。

道元は、時代性に生きたのである。

実際、中国禅というものを、尋ねてみると、そこには、インド禅ではなく、中国、老荘思想というものが、大きく関与している。大きな影響を与えている。
仏典の翻訳には、老荘思想の言葉を持ってして、訳されたという、経緯がある。
当然、それでは、老荘思想が、大きな影響を与える。

中国の禅家は、また、老荘思想も、学んでいた。
つまり、実は、禅思想は、老荘思想との、関係で、成り立ったものだと、思えるのである。

それについて、少し見てみることにする。

ただし、老荘思想には、仏という観念は無い。
老荘思想により、仏という観念に、結びつけた経緯とは、何か。
何故、仏という観念を、持つに至ったかである。

中国禅とは、一枚岩ではなかったのである。
インド禅から、中国禅に至り、そして、日本禅へと、伝えられ、日本独自の、禅というものが、出来上がる。
勿論、道元の存在がある。

道元が、歌道である、和歌を詠むということ、矢張り、日本の伝統から、逃れられなかったのである。
私は、そこに、救いを観る。
仏法に、救いを観るのではなく、歌道というものに、道元の救いを観るのである。

ちなみに、である。
私見を言う。
仏を、月光に、投影するのが、仏教の得意技である。

月光とは、本来、太陽の光を反射しての、光である。
太陽の光ではない。
そこに、仏教の陰性がある。

太陽を奉ずる、日本の伝統である、古神道は、陽性であるが、どうも、仏の教えとは、陰性を、帯びる。


釈迦の、釈迦族という民も、実は、日の子という、意識があった。
それが、何故か、月光に、移行している。
誰の、思惑か、または、策略か。

月の光は、実は、狂いの光である。
月は、夜の輝きであり、それは、潜在しているものが、表に表れるものである。
狂いにある者は、月の光によって、その狂いを、益々と、表す。

夜の月の光は、実は、電気のない時代は、夜の最高の明かりであった。故に、仏を、月の光に喩えた。
何故、昼間の太陽を、見ないのか。

昼は、薄暗い部屋で、坐禅をするのでろあう。

太陽の光、つまり、お天道様を、拝することが、出来ないのは、病んでいる証拠である。

日差しの強い、インド周辺の地で、仏陀も、太陽を配することの、難しさを、知っていたのである。
自然、その光を、反射する月の光を、拝することで、太陽を拝することに、替えたと、思える。

仏陀も、憐れである。
西に、落ちる太陽の光を、拝したという。

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2008年07月23日

神仏は妄想である 143

道元の救いは、歌道にある。
それは、仏に至る道より、救われる道である。
何となれば、日本人として、本来の道、歌の道に、立ち戻ることが、出来たからである。

仏は、方便である。
勿論、道元は、そうは、思わない。仏への道、そして、坐禅こそ、唯一の仏陀への道と、信じる。


さて、禅思想が、老荘思想により、その言葉により、成った経緯をみる。

繰り返すが、中国に禅というものが、入って来たのは、六世紀の、達磨によってである。
そして、その禅というものは、インドにもともとあった、バラモンの修行法の一つ、ヨガである。

また、禅宗だけではなく、坐禅という修行法は、禅宗のみならず、多くの宗派で、取り入れていたものである。
しかし、不立文字という、禅の、以心伝心を主にするものは、中国禅からである。

勿論、不立文字であるが、語る語る、のであるが。

インドには、そのような、ヨガ、坐禅は無かった。
中国に来て、そのようになった。

そして、禅宗では、師資相承、ししそうじょう、というものが、重んじられる。
つまり、師匠から、認可を得るというものである。

禅宗が、釈迦の教えであり、インド起源のものである。
故に、インド僧である、達磨からの、相承を得ることが、必要だった。

しかし、禅宗ほど、中国的色彩の濃いものは、他の仏教に無い。それは、何故か。
老荘思想から、大きな影響を受けたからである。

勿論、現代の、禅家は、それを、認めないだろう。
更に、禅よりも、老荘思想の方が、遥かに、理想的なのである。
それは、絶対的な存在を、置かないからである。

中国では、宋時代以後、仏教といえば、禅と、念仏しか、残らなかったという、事実がある。

禅が、いかに、中国に合ったものであるかが、解る。
念仏については、単純な、念仏行により、救われるという、現世利益的にものにより、残った。


日本でも、簡単、単純、バカでも出来るという、念仏、題目が、大流行である。
今も、廃れることがない。
大衆は、簡単、単純で、明確なものほど、信じやすいし、騙されやすい。

浄土門と、題目宗で、日本の仏教は、語られるのである。
加えて、禅宗である。

日蓮宗系は、行者として、真言宗は、加持祈祷という、おどろおどろしいもので、見えない世界を、扱い、つまり、幽霊、悪霊、邪霊の類を、相手にして、何とか、人心を、掴む。
実際は、霊が、霊を、なにやら、あっちに行かせたり、こっちに、連れたりする程度なのであるが、知らぬ人は、奇跡のように、考える。

それらの、方法で、永遠に解決するなどは、有り得ないが、とりあえず、今は、何やら、少しは、良い方向に、改善されるので、人は信じる。そして、騙される。


実は、禅宗が、成立する前から、不立文字を、掲げる思想があった。
老荘思想である。

ばしめに、断っておくが、老荘思想も、一部のみが、正しくある。
言葉遊びに始終すると、誤る。
地の思想としては、非常に勝れたものである。
ただ、中国の思想家は、孔子をはじめ、平面思想である。
つまり、霊的世界を知らない。
知る術も無いのである。
それが、難点である。

道教で、扱われる、天という、善なるものも、悪霊、邪霊、迷い霊などと、一緒の空間にいるという、程度である。

中国思想の、天の思想は、平面である。決して、垂直には、働かない。
これを、前提に書くことにする。


世間の尊ぶものは書物である。だが、ほんとうに尊ばれているものは、書物そのものではなくて、そこに書かれている言葉である。しかし言葉もそれ自体が尊いのではなくて、その言葉のうちにふくまれている意味の方が重要である。だが、意味もまだ究極のものではない。意味が指向している事実こそ、最も尊いものなのではないか。
ところが、この事実というものは、言葉では伝えられないものである。言葉で伝えられるものは、その物の名と声にすぎない。名と声とは、はたてして物の真相を伝えることができるだろうか。
壮子 天道篇

言葉というものは、不可分であるはずのものを、分別して、破壊するというのである。

つまり、言葉は、対立を生む。
白といえば、白ではないもの。真といえば、偽というもの、など。

道元が言う、弁道という、弁とは、物を分けるという意味である。
そこで、もう、道元の、言葉の世界の浅いことが、解る。
いかに、名文といえども、単に、物を分けて、考えるということなのである。

仏と、仏でないもの、である。
仏の家に、投げ入れて、という時、仏の家ではないという、モノがあると、いうことである。
道元は、それを、知っていたのか。


さて、言葉という、人為的な行為は、無限であるべき自然に、限定を与えて、更に、有限化するという致命的、欠陥を持つのである。

言葉には、一定の枠、つまり、意味というものがあり、その枠で、事実を捉えようとする時、それは、言葉の枠の内であるということ。限定され、有限化された内であるということ。


そこで、壮子は、
弁ずるは黙するにしかず
知る者は、言わす、言う者は、知らず
という、名言を残す。

正に、禅が言うところの世界である。
しかし、禅は、壮子の、そこまでは、至らない。

更に、
聖人は不言の教えを行う
と言う。
仏陀と、同じではないか。


それでは、老子は、どうか。
禅家を、揺るがす程の、思想である。

道の思想。
仏に至る道の、何ほどもないこと、明白である。
少し、寄り道するが、老子を見ることにする。

本居宣長、松尾芭蕉も、老荘思想を、通して、大和心に、目覚めたことを、付け加えておく。だが、宣長は、唐物を、嫌った。老荘思想により、より明確に、大和心に、目覚めたと言う。

ただし、私は、違う、
万葉集により、開眼した。

それまでも、老荘思想を、眺めていたが、万葉集の大和心は、正に、
力むことなき、人間の生きる、そのままの、原風景であった。

万葉の、歌道は、老荘思想も、超える。
超えるとは、素であるということ。
言葉に関する、屁理屈もない。
音を、素直にして、息遣いに、歌を詠んだということ。
いずれ、書く。

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2008年07月24日

神仏は妄想である 144

道の道とすべきは、常の道にあらず。名の名とすべきは、常の名にあらず。無は天地の始に名づけ、有は万物の母に名づく。故に常に無はもってその妙を観さんと欲し、常に有はもってそのキョウを観さんと欲す。この両者は同出にして名を異にす。同じくこれを玄と謂う。玄のまた玄は、衆妙の門なり。
老子


これこそ真の道であるといえる「道」は、絶対不変の固定した実とではない。これこそ真の名であるといえる「名」は、絶対不変の固定したなではない。
徳間書房 中国の思想 老子 以下、この訳を記す。

常の道とは、永久不変の固定した道、ではない。
常の道を、肯定するか、否定するかで、意味が、全く逆になる。
老子は、それは、否定されなければ、ならないという。

つまり、万物は流転する。
それが、宇宙の根本原理である。
普遍存在としての、それは、「道」の運動形式である。
この、変転する巨大な動きの中に、人間が、何ほどの力を持つのか。
むしろ、進んで、この変化の中に、身を投じて、必然の動きに順応し、一体化して、はじめて、限りない自由を得る、という。

更に、道の、無限定な、その姿を、玄という言葉で、表した。
玄とは、赤みを帯びた黒という色である。


そして、更に、老子は、相対的な物事に、囚われず、無為、を行為の基準とし、不言を、教化の基準とした。

これは、そのまま、禅に至るのである。

中国禅の、多くは、この老子、壮子の思想に、多く依る。


しかし、老子は、一切の、超越したモノ、神や、仏を、置かない。
この、根底にあるのは、自然である。冷徹な、自然観である。
自然は、不断にして生起しては消滅していく非情な物理的自然として、把握されていた。かれは自然を変化においてとらえようとし、宇宙間の事物の変化を通じて、そこに一定の通則を見出す。それは万物の根元、つまりあらゆる現象の背後にひそむ時空を超越した本体と、その運動法則とである。
この本体を、かれは「道」と命名する。道は知覚を超越した「無」としかいいようのないある物である。
徳間書房 中国の思想

この、老子の、無という思想が、仏教の、空に、置き換えられた経緯がある。

無の思想と、空の思想との、出会いである。
中国禅は、その、交じり合いにより、生まれたものである。

しかし、老子は、単なる、無ではない。
そこに、有という対立を置き、無は、時間的空間的に制約された現象、つまり、万物として、あわられる、有をも、無に帰るのである。
無は、極微を示し、有は、極大を示す。
それは、無から生じ、無に帰る。
道の統一体として、老子は、一と呼ぶ。

無は、常に、有に転じようとし、有は、常に、無に転じようとする。
このような、理屈である。

老子の、人間観を、禅は、取り入れた。
それは、人間の知である。

人間を自覚に導く、知の働きは、同時に人間を、過誤に陥れる両刃の剣である。
人間は、生成発展する自然必然的に過程にありなかせら、知によって、作為を起こして、誤るのである。

知に対して、いかにあるべきかが、老子の問題であった。
それを、禅も受け継ぐのである。

知の、限界を知ること、それによって、真の認識が、あるとする。

再度、中国へ仏教が、伝えられた経緯を、言う。
西域の仏教が、中国に伝えられたのが、はじまりである。
西域とは、チベット付近からである。

それは、後漢の初期、一世紀のはじめころである。
しかし、当初は、中国人に帰化した、西域人であったと、いわれる。
漢の時代の中国人は、無関心だった。
それが、中国の知識人たちに、受け入れられたのは、300年ほどを、経た当たりである。
六朝時代、四世紀の、東晋初期の頃である。

永嘉の乱と呼ばれる、大動乱が起こる。
華北の地が、イテキ部族によって、占領された。
多くの中国人は、南方に逃れた。
現在の南京を都として、王朝を建設するのである。

今まで、仏教に冷淡だった、中国の知識人たちが、異常なまでに、仏教に関心を示すようになるのである。
その訳は、仏教に対するものは、中国人の中華意識である。
中華意識とは、世界は、ここが、つまり、中国人がいる場所が、中心であるというもの。それは、現在もある。

しかし、大乱は、その意識を低下させた。
イテキ部族の威力を知る中国人は、彼らが信じる、仏教というものに、興味を抱いたのである。

それ以後、仏教は、六朝から、隋、唐の時代、700年間ほど、全盛を迎える。

中国特有の、三論、天台、法相、華厳などの、諸宗が、成立し、とりわけ、禅宗と、浄土宗という、宗派の、誕生である。
インド仏教ではない。あくまでも、中国仏教である。

さて、それと、時を少し先にして、老荘思想が、知識人たちに、流行するのである。

六朝時代に、老荘思想が、盛んになったのは、王朝の存在である。
王朝時代が、盛んな時は、上下の差別を重んじる、儒教が、盛んだったが、それが、衰退すると、自由な思想である、老荘思想が、流行するようになるのだ。

さらに、この時代の、知識人たちは、老荘思想と、仏教を共に、信奉するという、状態になる。

僧侶の中でも、老荘思想に、通ずる者が多くなるのである。
中国仏教の成り立ちで、忘れはいけないことは、老荘思想なのである。
特に、禅宗に、多くの影響を与えのである。

実に、禅宗の語録などは、老荘思想かと、思えるようなものが、多い。

私見であるが、実に、老荘思想の方が、仏教より、勝れているのである。
それは、仏、という、存在を置かないからである。
人は、仏になれるというが、中国仏教での、また、日本仏教での、仏という存在は、一神教の神という、存在に近い。

禅では、仏に会えば、仏を殺せ、などと、詭弁を吐くが、それならば、仏というものを、テーマにせずともよい。
老荘思想の方が、すっきりしている。

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2008年07月25日

神仏は妄想である 145

あれほど、
六朝時代、隋、唐において盛んだった、中国仏教も、宋以後になると、禅宗と、念仏しか、残らなくなる。

念仏は、簡単であり、誰もが出来る。
そして、もう一つの、禅宗は、中国人の思考に合っている、または、屁理屈を好む中国人に合っていたということになる。

他の宗派は、今、日本に残るだけである。

禅宗は、インドの仏教ではないということを、言う。
それは、教義である。
その中心的、教義は、信じられないかもしれないが、不立文字、教外別伝、以心伝心、見性成仏である。

真理は、言葉や文字によっては、伝えられない。
真理は、心の本姓を体験的に直観することで、把握する。つまり、この、直感なるものが、悟りなのである。

不立文字については、仏典でも、それに近い情景は、書かれているが、それが、すべてではない。
インドでは、そんな、教えは無い。
それでは、どうして、不立文字、言葉や文字に出来ないという、考え方が、現れたのか。
実は、それを、言い出したのは、荘子である。

禅者は、荘子に頭が上がらないだろう、きっと。または、知らんふりをするのみか。

実は、真理という言葉を、使うのも、中国仏教、日本仏教では、好まれる。それからして、胡散臭いのである。

荘子は、事実という。
ありのままの、事実を、言葉にすれば、ありのままの、事実、自然が、損なわれるからである。

ありのままを、表現しようとすると、それ自体、ありのままではなくなる。
つまり、言葉によって、それが、限定されるのだ。
無限であるはずのものが、言葉によって、限定され、有限化されるということになる。

言葉で、捉えられた事実は、言葉の枠内に、留まる。

「これが真理だ」といったとたんに、その真理は虚偽との相対におちいり、その相対性のために有限化される。このようにして人間の言葉は、無限なるべき真理を有限化し、絶対不可分であるべき真理を二つに分け、相対化するという、致命的な欠陥をもつ。そこに、「弁ずるは黙するにしかず」「至言は言を去る」「知る者は言わず、言う者は知らず。故に聖人は不言の教えを行う」という、荘子の言葉が生まれる。
森三樹三郎 「無」の思想


それでは、どのような姿勢が理想なのか。
そこで、荘子は、非言非黙、のみが、残される姿勢だという。

非言非黙とは、何か。
それは、言葉を用いながら、言葉に囚われないという姿勢である。
これが、禅の奥の手になるのである。

荘子は、言葉は、手段である。
ものの、そのままの姿を捉えたなら、言葉は、いならくなるのである。
言葉を捨てても、いいのである。
この、荘子の、思想は、禅の語録にも、多く登場する。
勿論、荘子曰くなどとは、言わない。それこそ、禅、である、という風に。

更に、以心伝心は、孔子なども言うものであり、何も、禅の得意技ではない。
それについての、説明は、省略する。


仏典に、拈華微笑というお話がある。
実話ではない。創作のお話である。
あたかも、本当のように書く。

釈迦が、集った大衆を前に、一枝を手にして、一同に見せた。
誰も、その意味が解らない。
その時、摩訶迦葉だけが、その意味を悟り、微笑んだ。
そこで、釈迦は、仏法の極意、正法眼蔵を、迦葉に伝授したという。

実在の仏陀は、決して、そのような、説教はしない。
しかし、禅宗は、この、拈華微笑というお話を、それそこ、禅宗が、釈迦の教えに基づくものであると、いう。証明されたという。
創作のお話であると、言った。そのなると、創作でも、何でもいいのである。
こじつけられれば、いいのである。

以心伝心、教外別伝とされる、教義のようなものになる。

さて、創作の仏典と言ったが、その後、この経典は、全くの出鱈目、つまり、偽書、偽作されたものと、判定された。
つまり、インドには、そのような、教えがないために、それを、作り上げたというのである。しかし、今も、平然としている、禅宗、いや、仏教の面々である。

これでも、解る通り、何でもいいのである。
都合の良いことであれば、嘘でも何でもいいのである。

信徒を、騙すためには、何でもする。

大梵天王聞仏決疑経、という。
呆れる。

次に、大嘘の、教義である、仏性である。
見性成仏という、教えは、人の心には、仏が在るという、思想である。
天台も、そう言う。
悉皆仏性である。

仏性論という。
大乗仏教という、偽の、仏教の掲げる、耳障りの良い、教義である。
誰にも、心に仏が在るというものである。

これも、実は、中国思想には、元々あった、考え方の一つである。
例えば、孟子の、性善説である。
荘子も、本性自然という。
ただし、自然であり、仏ではない。
しかし、自然を、仏と、入れ替える手である。

自然に、仏そのものが、現れていると、道元は、繰り返し言うが、荘子の説とは、知らなかったのだろう。
すでに、言う人がいたのである。
しかし、自分が、発見したように、書くというのが、真面目な、道元の性格である。

それを、また、真剣に、受け止めて、道元は、云々かんぬん、そうして、こうだ、ああだという、知った風な、禅病に憑かれた者、禅家である。

荘子の、自然は、仏教の言う、仏という感覚に近いものである。
物みな、自然であるとき、それぞれが道である。
すべてに、道というものがある。
それれを、そのまま、仏に、入れ替えると、禅の出来上がりである。

仏教は、人間の煩悩というものを、特に強調する。
禅も、そうである。
そこで、坐禅の意味が、煩悩から逃れ、我の内にある仏性に目覚めるめに、坐禅が、唯一の方法であると、説く。
その行為を、有為自然という。

それは、自然を求める不自然な姿でもある。
浄土門から見れば、明らかに、それは、自力の技である。

それでは、荘子は、どうしたか。
無為自然なのである。

坐禅と、近い言葉、坐忘や、心斎というものであるが、それは、行為ではなく、自然になった時の、心境を表すものである。
つまり、不自然な姿は、必要ないである。

そのために、荘子の思想を、もう少し眺める必要がある。
次に続ける。

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2008年07月26日

神仏は妄想である 146

荘子に関しては、史実として、確たる証拠があり、前四世紀の初期から末期にかけての、人である。が、老子に関しては、不明である。その前後なのか、複数の人なのかである。

老子は、道家学派の間で、蓄積された、格言なのではという、こともいえる。

また、荘子も、内篇は、荘子の手により、外篇は、荘子学派の人によるものではないかと、いわれる。

自然、無為自然という言葉は、老荘思想から、初めて言われた言葉である。

その自然の、第一義は、自然とは、他者の力を借りず、それ自身の内に在る力、働きにより、そうなること、という。

万物の自然を輔けて、敢えて為さず。
ばんぶつのしぜんをたすけて あえてなさず

老子の言葉である。

学を為すは日に増し、道を為すは日に損す。これを損して又損し、以って無為に至る。無為にして為さざるは無し
老子

人為は、退廃と無秩序をもたらす原因である、という。
老子は、ひとえに、太古の自然のあり方こそ、最も理想の生き方であるという。

自然が失われた時、仁義という作為的な道徳が生まれるというのは、孔子の反対である。

大道廃れて仁義あり。知恵出でて大偽あり。六親和せずして孝子あり。国家昆乱して忠臣あり。
老子

世の乱れを救うために、道徳や法律を厳しくすることは、更に混乱を招くという。
現代の、日本を見れば、解る。

多くの説明を、要するが、そうすると、老荘思想に、多くを費やすことになるので、大まかに、書く。

赤子のようになり、無為自然に生きることが、善いと、老子は、言う。
それを、現実の生き方として、考えてみるに、非常に、生き難い感じが、しないでもない。

無知、無欲、無名、無極、無物など、老子の言葉には、無、という言葉が多い。これも、仏教の空の思想に通じることになる。

老子の、無の思想は、無は、姿こそないが、そこから、無限の妙用があらわれる、根元であるとする。
有が有としての、働きがあるのは、背景に、無の働きがあるからであると、言う。

無用の用、とは、ここから、生まれた。
しかし、老子の思想は、荘子によって、完成される。

人為が、生み出した有を否定し、形ある有を否定し、虚無そのものを、善しとした、無為自然に至る道を、説くが、それを、荘子は、より深く突き詰めた。

老子が、人為として、道徳や、政治に置いたのに対し、荘子は、より根源的なもの、哲学的認識論の立場から、人為を考察する。

荘子は、有無の対立を根本から否定し、無差別自然という、境地に達する。

あらゆる価値観の対立も無く、自然の世界には、善も悪も無く、相対差別から離れて、是非、善悪、美醜などを、超えた、自然の世界を捧げるのである。

人力ではどうすることもできないと悟ったとき、運命のままに従うことこそ、至上の徳であるといえよう。
荘子

すべてを物事のなりゆきのままになかせ、心をゆうゆうと自由の境地に遊ばせて、やむにやまれぬ必然のままに身をゆだね、心の中におのずからな中生の状態を養うがよい。しいて、よい結果を求めようとするな。ただ天命のままに従え。
荘子

これは、結果、禅の悟りの境地にもなる。

更に
聖人は一切を失うことのない境地、一切をそのままに受け入れる境地に遊び、一切をそのままに肯定する。青春をよしとし、老年をよしとし、人生のはじめをよしとし、人生の終わりをよしとする。
荘子

荘子は、死を賛美した思想家でもある。
禅を学ぶのならば、まず、老荘を学べばよい。

荘子の、正さは、運命の絶対者を置かないことである。
仏という、化け物を、置かないということである。
そのような、妄想を抱かないのである。

簡単に言えば、風そのものには、音が無い。しかし、風は、様々な物によって、音を出す。ただ、人は、その風に吹かれるだけである。
その風に、笑うことも、泣くこともある。しかし、風の、本質は、変わらない。

自然の思想は、人為を廃するだけではない。神というモノも、廃する。
仏陀と、同じく、無神論である。

人間が生まれたのは、自然、必然の運命にあり、神なる絶対者によるものではない。もし、そうならば、人間は、自然ではなくなる。他然になる。

仏陀は、すべては、因縁に依ると言う。
荘子は、自然、必然の運命であるという。

中国にも、絶対者としての、神という観念があったが、思想家たちによって、それは、否定された。

ただし、中国思想家たちの、最大の、認識不足は、霊というものを、真っ当に、見つめなかったことである。
孔子をはじめ、死後の世界を知らないと、言う。

荘子に関しては、生死に関しての、思索が多く、納得するが、極めて、合理的であり、心霊などの、考え方を見出さない。

霊界の、存在を知らない、平面思想であるとだけ、言う。

ただし、実に、私は、理想的な、思索を為したと、思う。

天の思想、道の思想として、この三次元の世界を、実によく把握したといえる。

ただ、その後の、道教に至っては、興味がない。
確かに、道教の要素は、多分に、日本に影響を与えたが、それを、今、論ずることはしない。

私は、老荘思想が、禅に与えた影響の大きさを言うものである。
禅は、中国思想により、禅として、成り立った。そして、それが、日本禅にも、当然、大きな影響を与えたという。
それより、老荘思想は、禅を超えていると、私は思う。
仏を、置かないからである。

さて、少しオマケで書く。
荘子、外篇にある、欲望肯定の言葉である。

人間の寿命は最高でも百歳、中ほどで八十歳、短いもので六十歳に過ぎない。しかもそのうち、病気や肉親の死など、さまざまな憂いの期間をさしひけば、口をひらいて笑って暮らせるのは、一月のうち、せいぜい四、五日にすぎない。
天地は無窮であるのに、人間には死ななければならない時がある。限りある身を天地の無窮にくらべれば、まことに千里の馬が戸の隙間を走りすぎるのにも似て、一瞬のことでしかない。このつかのまの人生において、その心の欲望をみたすことができず、その寿命を養うことができないものは、道に通じた人間だといえるであろうか。


更に
歌舞や女色、口にうまい食物、さては権勢といったものは、別な学ばなくても自然に人間の心の楽しさを覚えさせるものであり、教えられなくても自然に人間の身体に快適さをもたらすものだ。快適なものに喜んで近づき、いやなものを憎んで避けるのは、別に師から教えられなくても自然にできることであり、これこそ人間の本性なのだ。

実に、すっきりとする、言葉である。
付録として、ここに書いた。

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2008年07月27日

神仏は妄想である 147

禅というものを、見るために、老荘思想を見ている。

さて、老荘思想では、無為自然というものを、掲げていると言った。
それでは、その方法は、どんなものだろうか。

実は、人為や努力を捨てれば、すぐに自然の姿になるという、考え方なのである。
驚く。
自然の境地に達するために、坐禅のような、行為などは、言われていない。

ただし、荘子の中に、それに近いものとして、心斎と、坐忘というものがあると、以前書いた。

心斎とは、心を清浄にするというものである。
耳、目の感覚を退け、心の働きを止める。心身を、空虚にすること。
それは、相対差別を無くすということ。知の働きを止めて、心を無にすることにより、すべてを、ありのままに、受け入れるという、境地である。

坐忘とは、座ったまま、一切を忘れる。
心斎の、方法と同じである。

ところが、その方法について、荘子は、実に淡白で、それ以上の言葉が無いのである。

坐禅を言う禅宗とは、全く、その意識を、別にする。
要するに、それは、方法を云々するより、その後の、心境を言うものである。
すでに、坐禅というものを、超えている。
ただし、研究家たちに言わせると、不案内だと、言う。

坐禅という、練達自然を明確にし、自然の境地に達するために、修練や、工夫をするということは、六朝時代の、仏僧からである。

老荘思想は、逍遥遊という、行為を実に大切にする。
それを、仏僧は、遊びの替わりに、精進して、努力し、無為自然ではなく、有為自然を強調した。つまり、それが、老荘思想と、仏教家たちとの、違いである。

自由な、遊びの境地に達するには、身命も、惜しまない、精進が必要であるとは、仏教家が、考えそうなことである。
つまり、簡単なことで、辛く苦しい、努力というものを、好む人であるということ。
要するに、仏教の人は、マゾなのである。我が身を痛めるものを、好むのである。

さて、老荘思想と、仏教の、基本的共通点がある。
それは、老荘の、無の思想と、仏教の空の思想である。

無と、空とは、その内容、意味については、違いはあるものの、基本的方向に関しては、一致する。
六朝時代は、老荘の、無の思想から、仏教の、空の思想を、理解するものだった。
仏典も、多く、老荘思想の言葉から、翻訳されたと、考えてよい。

また、そのような、仏教を、格義仏教と呼ぶ。

しかし、老荘と、仏教の相違点があった。
それは、無や、空に達するために、精進、努力が必要であるかということだ。

そこでは、こんなことが、言われた。
高い精神を備えた人は、なにものにも、束縛されない、自由な心境を持つのである。しかし、仏僧たちは、世俗の営みから、離れているとはいえ、戒律などの、教えに、束縛されている。それは、真の意味の、高士、こうし、つまり、精神の自由な人ではないという。

老荘が、理想とする、虚無の自然に達するには、ただ、人為を捨て去ればよい。
無為が、そのまま、自然である。
しかし、仏教は、無為の自然に達するために、血のにじむような精進が必要とされた。

中国で、残りえた、仏教の、禅宗と、浄土宗は、共に、老荘思想に負うところが、多い。

最も、老荘に近い考え方をしたのは、親鸞である。
人為を捨てれば、自然になる。
易行としての、念仏を、勧めた親鸞である。
それ以外の、方法は無いという、親鸞である。

浄土宗も、老荘思想の、全盛期の時に、起こったものであるから、大いに、老荘に、助けられ、影響を受けた。

浄土三部経の一つ、大無量寿経が、漢訳されたのは、三世紀のはじめから、四世紀にわたる。その時代は、老荘思想の、時代でもあり、その経典の中に、老荘思想の言葉が、多く用いられたということが、考えられる。
その中でも、大無量寿経は、自然という言葉が多い。

これは、老荘の影響であろう。
親鸞が、後に、自然法爾という言葉を、使うようになる。
それは、その経典からの影響であり、また、老荘思想の影響でもある。

大無量寿経の中の、三毒五悪段と呼ばれる部分であるが、実は、そのサンスクリット語の、原文が存在していないのである。
それは、極めて、純粋な漢文調である。
外国文を翻訳したとは、思われないような、調子なのである。

この部分は、中国人が、解説として書いたものを、誤って原文、本文に、紛れ込んだと、研究家たちは、見ている。

さらに、他の箇所の、自然というものと、その箇所の、自然というものとは、意味合いが、違っているというのだ。

浄土宗の、大成者といわれる、道綽の「安楽集」には、善力自然、正念自然、解脱自然という言葉が、多く、その弟子の善導なども、「西方寂静、無為の楽は、畢竟逍遥して、有無を離れたり」などいう言葉があり、まさに、老荘思想からの、ものであろと思われる言葉である。

逍遥とは、荘子の、逍遥遊篇からのもので、人為から、解放された、自由な境地を、表すものであり、荘子特有の、重い意味を持つ言葉である。

しまいに、自然は是弥陀国なり、というのである。
弥陀の浄土とは、実は、自然の境地そのものというのである。

親鸞の、教行信証には、「みだ仏は自然のやうを知らせむれうなり」という言葉かあり、全く、老荘思想である。

親鸞の、最後に、行き着いた境地というものも、老荘思想の、自然であり、それを、自然法爾というのである。
親鸞については、先に多く述べたので、今は、語らないが、このように、老荘思想は、実は、多くの仏教家に、影響を与えたということである。

別に、仏を、持ち出さずとも、老荘思想で、いいであろうと、思うが、仏教の中にある者、兎に角、修行が好きなようである。
勿論、一人で、勝手に、修行に酔うのは、一向に構わない。
好きにいたせ、である。
しかし、人に、強要するな、ということだ。

仏典というもの、いかに、適当で、あるかということ、よく、解ったのである。

まあ、死ぬまでの、暇を潰すというのには、もってこいである。
しようもない、言葉遊びを続けて、説教するという、仏教の、輩、ホント、うんざりする。

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2008年07月28日

神仏は妄想である 148

さて、道元に戻る。

「無」の思想の、森三樹三郎氏は、
道元が、無為自然から、有為自然への転換をとげているということは、確かである、という。
直接的、自然の立場から、只管打坐によって、再び、自然に帰ってきている。

自己をはこびて万法を修証するを迷とする。万法すすみて自己を修証するはさとりなり。
道元

人為の主体である、自己の力によって、法を明らかにするのは、迷いであり、法のほうから、自己が、照らし出されるのが、悟りである、という。

作為の主体である、自己というものを、忘れて、法の光に照らされるという、受身の境地になったときに、悟りというものが、現れるのである。

完全な主体性の、放棄であり、無為自然の境地である。
つまり、老荘思想に戻るということである。


ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏の家になげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころもついやさずして、生死をはなれ、仏となる
道元

美しい、大和言葉である。

無為自然の境地である。
それは、自力を捨てることであった。
つまり、浄土門と同じく、他力である。
自力の極みまで行き着き、他力の本性に至る。
ただ、春の畑の蛙のように、念仏しては、それを、得られない。
血の滲むような、精進にあって、得られた境地である。

さて、面白い話がある。

若き日の道元を、悩ませた、問題がある。
それは、一切の衆生は、皆法性、つまり、仏性を持つ。
天然自性身、てんねんじしょうしん、というが、それなのに、何故、三世の諸仏は、菩提を求める必要があったのかという。

すべての人間には、生まれつき、自然の仏性をもつといわれる。それならば、人間は、何もしなくても、そのまま、仏であるはずだ、というものである。
何故、過去の仏となった人は、精進努力をする必要があったのか。

これは、老荘思想の無為自然という立場から、仏というものを、理解したと思われる。

しかし、道元は、有為自然から、無為自然へと、変更してゆくのである。

上記の、疑問は、道元の真面目な性格を、実に、よく表す。

つまり、仏教というものは、屁理屈の極みを行く。
誰が言ったのか、悉皆仏性である。
そんな、頭で捏ね繰り回した、理屈に、真面目に取り組むという、道元である。

結局、中国仏教が、大きな影響を受けた、老荘思想というものによって、悟りへの、道筋を得たと、言える。
または、老荘思想に、食われたのである。

それは、老荘思想の、器が大きい故である。

では、道元は、何故、老荘思想に、転向しなかったのか。
それは、仏教というものしか、目に入らなかったからである。
要するに、それしか、見えない、見ないのである。
心にあるものしか、人間は、見ない、見えない。

完全に、仏の教えというものに、目くらましにあったのである。

ところが、開けて見ると、何と、老荘思想の無為自然の境地に、至っているという、結末。

道元の、名文は、老荘思想の、核となる、思想の只中に身を置いたといえる。
仏、云々は、余計であった。
折角、無為自然の境地に至り、それを、仏というもの、実は、方便なのであるが、それに、表現を託した。

だから、今まで、見てきた、道元の言葉が、見事に理解できることになった。
老荘思想である。

仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふというは、自己をわするるなり。自己をわするるというは、万法に証せらるるなり
道元

これを、道元は、精進して、気付くのである。
ご苦労様である。

先の、仏の家に投げ入れて、と、同じ心境であろう。

しかし、道元が、それを、知るために、あれほどの、規則作法を作り上げて、更に、十分真面目に対処したのは、性格であり、日本人であったからである。
日本人の禅というものを、創作した。

ここで、再度、老荘思想を持ち出すことはしないが、一つ、実に、不思議である。

自然を、仏のそのままの姿であるだの、やまは是山などという言葉、端的に、境地を、語るようであるが、詞である。
文章として、最大限削除して、そのもの、すばり、を、書くが、単なる青年の主張の、詞である。

永平寺が、無ければ、ただの、若者の、戯言になる。

宗教行為が、芸術行為になっている。そして、その方が、聞きやすい。

宗教は、芸術の母という宗教家もいるが、戯言である。
宗教は、芸術に、適わない。

更に、言えば、主体を捨てて、更に、自己を捨てて、悟るというが、そんなことは、有り得ない。
自己という、主体を捨てるという意識は、迷いである。
あくまでも、自己という主体があってのものだね。

捨てるという、自己の主体性があるからこそ、客体という、主体を、意識出来るのであり、仏法から、照らされると、感じる主体的な自己が、無ければ、何故、それを、感じ取れるのか。
つまり、言葉遊びに、堕落しているのである。

荘子は、不立文字を言った。
そして、それ以外は、多くを語らない。
語れば、嘘になる。
何故、道元は、あれほど、多くを語ったのか。
何度も言うが、妄執である。

語った事実は、道元が、悟りを得ていない証拠である。

悟りを得ていない、私は、こうして、書くのである。
書くという行為は、そういうものである。

道元は、自分のために、書き続けた。
一瞬も、我を忘れぬように、書き続ける必要があった。

絶えず、自分を縛り付けていなければ、ならなかった。
それだけ、自己に厳しい人だった。
しかし、それが、囚われなのである。

文才があることが、禍した。
あの、親鸞もである。
堕落したのである。

和歌も、風情のあるものだが、結局、仏という、囚われから、奪することが、出来なかった。
仏は、無為自然ではない。
無為自然を、仏の家と、確信したこと、実に、誤りであった。
自然の内に、隠れるという、感性を、日本人は、持っていたはずである。
そこに、辿り着く前に、仏の家に辿り着いて、安堵した。

お疲れ様です。ということになる。

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2008年07月29日

神仏は妄想である 149

生死の中に仏あれば生死なし。又曰く、生死の中に仏なければ生死にまどわず
道元

道元の生きた中世では、戦や疫病で、貴族も武士も農民も、みな死に直面していました。冒頭の言葉から、中世の宗教家がぎりぎりまで死について考え抜いた、その重みが、ずっしりと感じられます。
栗太勇


人間の最大の問題は、死ぬことだと、私は、考える。
一日も、死というものから、逃れられない。
それを、踏まえて、道元の問題意識は、当然である。ましてや、宗教であるから、普通の人以上に、死に対して、敏感であろう。

結論から言う。
いかにせよ、人は死ぬということである。
これから、道元の多くの、死に対しての思索の言葉を、読むが、どうしても、こうしても、人は、死から逃れられないということである。
例え、悟りや、解脱というものを、得た人でも、そうではない人でも、アホも、馬鹿も、チョンも、すべての人は死ぬ。

私も、あなたも、死ぬ。


生死は、生と死という二つのことを論じているのではありません。仏教では生死は、生き死にのあるこの煩悩の現世をいうのです。生死の中にもともと仏がある、すなわち絶対的な真実をつかんでいれば、すでに現世を超えているというわけだから、今さら生きる死ぬということを迷うことはない。また逆に、生も死も、ただそれだけの事実で、ことさら悟りや救いがあるわけでのものではないと観念していれば、生だ死だと迷い疑うこともない。
ずいぶん突っ放した言い方ですが、ずばり俗説に水をかけています。
栗田勇


しかし、それを言う限り、道元も、生き死にを、迷っていたのである。

人は絶対に死ぬ。
それで、いい。
生死の中に仏あれば生死なし。などとは、詭弁である。
そんなことは、言うほどのことではない。

何度も言う。
誰もが死ぬ。
一体。何故、それを、何程か、重大に説くのか。


もし人、生死のほかにほとけをもとむれば、ながえをきたにして越にむかい、おもてをみなみにして北斗をみんとするがごとし。
道元

栗田氏は、このエッセイの副題に、現世のほかに夢の国は存在しない、とつける。

この現実のほかに、たとえば夢のような極楽浄土や、なにか永遠の生命というものを求めて死を直視することから逃れようとすれば、それは車を引っ張る轅、長柄でほある、を北の方に向けて、越、今のベトナムのこと、すなわち南へ向かおうとするのと同じでし、同様に、顔を南に向けて北の北斗星を眺めるようなもので、とうてい救いの途とは正反対だ。
栗太勇

つまり、道元は、念仏門のような、お遊びのような、極楽へ生まれるという妄想や、救いというものは、そんなものではないと、言うのである。
しかし、道元自身が、迷いに在る。
つまり、救いという、迷いである。

われわれは、死のことを忘れようしすればするほど、ますますそのことにとらわれてしまって、離れようと思えば思うほど、とらわれて気が狂いそうになる。まして、解脱、それから抜け出す道を、かえって失ってしまう。
栗太勇

解脱から、抜け出す道というが、それが、迷いである。

何度も言うが、気が狂いそうになっても、何でも、死ぬのである。
悟りに至った人も、悟らない人も、死ぬのである。
その死に、何ほどの違いがあるのか。

泣いても、笑っても、死ぬというのが、現実であり、事実である。


ただ生死すなわち涅槃とこころえて、生死としていとうべきもなく、涅槃としてねがうべきもなし。このときはじめて生死をはなるる分あり
道元

何を言うのだろうか。

生死すなわち、涅槃と、心得ずとも、死ぬのである。
涅槃として、願うべきもなし、と言いつつ、結果は、死ぬのである。
道元は、自分に、言い聞かせているのである。


栗田氏も、
生や死から離れようとすればするほど、その離れようと思うことにとらわれる。もう現実を受け入れて、徹底的にそのことを認めてしまう。すると、逆に、もう生か死かと考える余地はなくなる。このときはじめて、生死をはなれることの可能性が生まれる。
と、言う。

嘘である。
特攻隊の若者は、まだ、十代、二十代で、今、特攻攻撃で、死ぬという、逃れられない運命に身を任せて、死んだ。
迷うも何も、死ぬしかないのである。
死とは、そういうものである。
そこで、救いやら、仏やら、解脱、悟りなどという、妄想に、浸っている暇は無い。

つまり、暇なのである。
暇潰しの、ご苦労な、思索である。

問答無用に、人は、死ぬ。

生死を、離れる可能性も、何も無い、あるわけが無い。
確実に、死ぬ。

さらに言う。
一時間後に、死ぬ可能性がある。

道元は、生きたから、言えた。
死んだら、言えない。
ただ、それだけである。

ちなみに、このような、道元の言葉を読んで、実に、悟ったような気分になった者、多数。私は、それらを、否定しない。
何ほどかの、妄想は、精神衛生に良いのである。
ただ、それだけである。

人は、黙っていても、何事か言っても、死ぬ。
確実に、死ぬ者であることに、理屈を言うものではない。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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