2008年07月11日

神仏は妄想である 130

道元が、宋に渡り、天童山景徳寺の如浄から、伝え受けたものは、止観打坐、である。

典座教訓の中に、道元が、宋に渡り、最初に出合った二人の老いた、典座との対話を書きとめている。

若き道元が、夏六月に、炎天下の中で、笠もつけずに、汗を吹くこともなく、ひたすら、仏殿の前で、苔を乾している老僧との会話である。

道元
お幾つですか。
典座
六十七
道元
どうして、助手を使わないのですか。
典座
彼は、私ではない。
道元
あなたは、真面目すぎる。日差しも強い。どうして涼しい夕刻にしないのですか。
典座
いったい、何時を待てばよいのだ

つまり、今という、その時、以外に無いというのである。

道元は絶句する。
禅は、私がすることである。他の人に代わってするものではない。

もう一人の、大衆に食を供養するため、身を粉にして、働く典座との会話

道元
そのお年で、どうして、坐禅弁道せず、古人の話頭を、研究せず、典座となって、労働ばかりするのですか。
典座
外国の学生さん。君は、まだ弁道を知らん。まだ学問を心得ぬ。

道元は、絶句する。
弁道とは、己が、仏道を行ずることであり、それは、自己を忘れるという行為に至る。

後に、道元は、このように、書く。
仏道をならふというは、自己をならふなり。自己をならふとは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せられるといふは、自己の心身、および侘己の心身を脱落せしむるなり。

理解というものが、あるならば、身証に他ならないと、観た。

つまり、行為にしか、理解は、成り立たない。
頭で、理解するのではない。行為によって、心身が、理解することなのである。

道元が、徹底したことは、戒律に生きるということであった。
煩悩具足の凡夫のもつ無拘束性などは、絶対に許されないのである。
念仏宗の、あの、ていたくらくなどは、欄外であった。

その、有り様は、今までの、日本仏教にないものである。
仔細な、規則作法である。

それは、手足の爪の切り方から、トイレでの作法、顔や体を洗う作法、楊枝の必要と、その意味にいたるまで、仔細に書かれる。
生きるとは、戒律に生きることを、貫いた。
そして、それが、仏に続く道である。

道元の文は、名文であるといった。
それは、その文の難解さではない。
言い表し得ぬことを、言うのである。
信仰生活とは、言語の絶えるものである。
それを、あえて語る時、どのようなことが、起こるのか。

また、翻訳の困難にも、直面したはずである。
そして、理解するとは、如何なることか。
そのために、道元は、規則作法を徹底させた。
行為によって、理解するという、道を取った。

仏という、妄想の存在を、目の前に置いて、それに、向かって生きる時、自分が考える理想の生き方というものを、徹底して考え抜くのである。
勿論、道元は、釈迦につながる唯一の道、また、それこそが、釈迦の、唯一の法統であると、信じた。

正法眼蔵は、幾重にも奥深く錯綜している言葉の密林のようなもので、伝え難い秘密に敢えて表現を与えようとしている苦行そのものの表現と言ってよい。
亀井勝一郎

道元から、みれば、甘ったるいような、念仏宗の、流浪のような、信仰の姿は、許し難いものになる。

法然、親鸞、一遍の、無寺院主義も、道元には、堕落であった。
修行すべき、道場が、必要なのである。
寺院ではない。道場である。
そして、道元にとって、釈迦に至る道は、唯一、出家である。

また、臨済宗、曹洞宗とい、宗派名も、嫌った。
宗派ではない。
いえば、釈迦への道である。
この、徹底さが、道元の生きる道である。
人は、生きるようにしか、生きられないのである。

浄土門が、自己に深く深く入り込んでの、信仰だったが、道元は、自己を否定し、否定する、信仰であった。
否定した後に、万法に証せられる。つまり、仏の家に、我が身を投げ入れるという、境地に至る。
それは、道元の創作的人生である。

それを、演じきったという意味では、評価出来るものである。

ただ、道元が誤ったのは、ダルマの禅の法統であったということだ。
それを、仏陀の道と、混合させた。
ダルマの弟子たちは、インド禅以前の教えと、認識していたのである。

ダルマの言う仏と、仏陀の言う仏とは、何か。
全く別物であることもある。
禅は、仏教というより、禅教という、一つの単独宗教であれば、よかったのである。
何故、仏教という枠に納まったのか。

更に、中国では、経典の偽書が、多く出回った。
それの真偽を巡り、禅とは、関係のない、学問学者が、それに参加した。
また、偽書とするばかりではない。
創作である。つまり、文学として、評価することは、出来るが、それが、宗教信仰に、云々が、有り得るのか。

しかし、仏典のすべては、創作活動の賜物である。

人は、自ら創作した、想像の、あるいは、妄想の、観念の中に生きるものである。

それを失えば、生きる格を失う。
宗教は、その妄想の、最もたるものである。
そのように、思い込み、そのように、信じ込むという。
そして、生きることは、それで足りるということだ。

つまり、夢を見て生きているものである。
奇想天外な夢の中を生きるのである。
そして、それは、正しい。神話なくして、人は、生きることが出来ないのである。
ただし、これからの、神話は、排他的ではなく、調和的、戦闘的ではなく、平和的でなければならない。

ホント、ご苦労さんである。



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2008年07月12日

神仏は妄想である 131

禅は、ボダイ・ダルマの渡来にはじまる。

達磨と、書かれて統一された。

この、ダルマには、二つの顔がある。
一つは、六世紀のはじめに、北魏の首都である、洛陽にやって来た、風変わりな、外国僧である。
もう一つは、禅の、始祖としての、中国僧の顔である。

互いに、矛盾する、顔が、弟子たちによって、絡み合い、固有のイメージと発展する。

ボダイ・ダルマの最古の記録は、550年頃、洛陽近郊にある町の、首長であった、楊衒之、ようげんし、が、編纂した、洛陽伽藍記である。
この本は、かつて、洛陽に甍をつらねた、1367箇所の寺院が、北魏末の、あいつぐ天災戦火で灰燼となったことを、悲しみ書かれたものである。

その中で、ダルマは、洛陽随一の、永寧寺の条に、神異な姿を現すのである。

ダルマの伝記の、もっともまとまっているものは、唐の貞観19年より、十年を経て、完成する、続高僧伝である。655年。

この本は、ダルマと、集った弟子たちの、対話を、断片的に、集録したものである。
続高僧伝は、これが、素材であったという。のちに、禅の思想と、歴史が、発展して、本自体は、低い評価しか得なくなる。

その中に、ダルマの言葉を記録した、本が流布していると、書かれる。それが、敦煌文書の、二入四行、である。

敦煌本が、発掘されて、続高僧伝は、評価を逆転させることになった。

この本は、現存最古の、禅の語録とされるのである。

二入四行では、ダルマは、三蔵法師として、呼ばれている。経律論の、三蔵を中国に伝えた、インド僧である。
これまで、達磨三論、小室六問などが、読まれたが、二入四論も、その中に入っている。

大半は、唐の、中期に、ダルマに託して、つくられたものである。
中でも、達磨無心論は、代表的なものである。
後で、それを、読むことにする。

ダルマに、はじまる、中国禅は、大乗禅、最上禅、如来清浄禅、頓悟禅などと、呼ばれる。

そのころ、ボダイ・ダルマなるものがあり、教化を旨とし、江洛の人々を、導いた。その大乗壁観の説は、功徳もっとも高く、人々は帰依して市をなした。しかし、言葉は難解で、よく判るものが稀であった。その信仰をおしはかってみると、絶対否定の心があとに残り、その主張をよく考えてみると、功徳のねがいは完全に超えられている。
続高僧伝

ダルマの教えは、容易に人に受け入れられなかったという。
哲学的、観念的であった。

仏陀滅後、千年を過ぎている。
仏陀の教えも、当時の、バラモンなどに、影響されている。つまり、禅というものも、仏教に影響されて、出来た、新宗教である。

仏教を母とするであるから、当然、目指すは、仏という、境地である。
だが、それは、実に、今までの、仏というものの、捉え方と、異なるのである。
私は、そう思う。

600年代とは、玄奘三蔵法師が、天竺に渡り、そして、帰国して、唐の太宗に保護されて、経典の翻訳に、没頭していた時期である。
ダルマの、出現は、そのすぐ、後である。
それ以後、中国仏教は、花盛りとなるのである。

ちなみに、日本人として、玄奘に師事した僧は、唯一、道昭である。玄奘の、法相宗を、日本に持ってきた。

ダルマの教えは、こうである。
二入とは、理入と、行入があり、行入は、さらに、四つに分けられる。
入、とは、悟りのことである。

第一の、報怨行は、すべての苦しみの元は、前世の悪行によるものと、思い、耐えて、怨みの念を抱かぬ行。
第二の、隋縁行は、ものは、すべて因縁であり、無我であると、観じて、一時的な感情に、動かされない行。
第三の、無所求行は、貪着の心を捨てる行。
第四の、称法行は、一切皆空の理を信じて、善行を行じて、しかも、これに囚われない無心に、徹する行。

ダルマの、行為は、般若の実践であった。
般若とは、透徹した智慧のことである。
普通の、知恵が、物を覚え、ものを、比較して価値を追うのに対して、般若は、つねに、心を空にする実践である。
坐禅は、その方法である。

ここで、感じるのは、南インドの、龍樹の考え方である。
般若は、知恵、そして、空という、考え方、龍樹を思い出す。
ダルマも、南インドの出である。

いずれにしても、心の乱れを前提にして、坐禅ははじめて有意義となる。手段を目的視すると、本来自由な心をみずから縛ることとなる。それは、坐禅の目的に反する。したがって、坐禅の実践には、どうしてもそうした心の本質論が前提される。こうして心をどうみるかによって、坐禅の仕方はおのずから二つに分かれる。心の散乱、動揺に対処するものと、本来清浄のところに立つものとの二つである。前者を小乗、後者を大乗に擬してよいであろう。ダルマが理入と行入の二つを分ける真意が、そこにある。理入にもとづいて、行入の一つ一つを有意義ならしめようというのである。
柳田聖山

大乗の坐禅は、心の哲学とその独自の実践をもとめる。そして、ダルマを始祖とする禅の思想は、そうした要求に沿って展開してゆく。
柳田聖山

ダルマは、いつも、壁に向かって坐禅したという。
これを、壁観という。
心を、壁の如く、木石の如くなるように、心を内に向けるものである。
坐禅とは、我の内を観る行為である。

これは、実に、インドの伝統行為であると、思う。
インドという地の有り様を、もって、出来上がった行為である。

実に哲学的であり、仏陀もまた、そのような風土の中で、あることに、気付いた一人である。

龍樹も、仏は、方便だった。
禅というのも、仏というものは、方便だった。

その、哲学を語るための、方便としての、仏である。
兎に角、中国禅が、ダルマから、出たということである。

それが、我が日本に、伝えられる。
更に、それが、生成発展し、大和心が、加味されて、禅という、新しい宗教形態が、生まれる。
仏というものの、境地を目指して、である。

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2008年07月13日

神仏は妄想である 132

畢竟じていわく、居士の悟道するか、山水の悟道するか。たれの明眼あらんか、長舌相・清浄身を急著眼せざらん

ちょうぜつそう しょうじょうしんを きゅうぢゃくせざらん

このくだりは、まさに道元ならではで、朱筆ものです。
結局、居士は悟って山水と一致してしまった。とすると、悟ったのは居士なのか。悟った居士の姿が、もし山水そのものと一致するならば、居士が悟ったというよりも、山水が悟ったのだというほうが正しいのではないか。
栗太勇

こういうのを、悟り病という。
更に、言葉遊びという。

人間が悟ったという瞬間には、山それ自体、川それ自体が己の姿を表しているのであって、もはや人でもなく、山水でもない。煌々と輝く真実そのものがむき出しになる。
ならば、山水そのものが悟ったと言ってもいっこうに差し支えない。
栗田勇

悟りとは、真実の姿をあきらかにするという、妄想である。

この世に、真実など、あろうかう。
事実があるのである。

更に、このような、自然との一致などということ、今更である。
万葉集を、読めば解る。

一体、何ゆえに、このような、迷いに陥るのか。
それは、病である。
気の病なのである。

この、禅の言葉に騙されて、皆々、その気になっている様は、実に滑稽である。
つまり、知ったと勘違いするのを、知ったと、思い込むのである。
禅というものは、実に、愚かな、世界である。

そこに、真実だとか、仏だとかを、入れ込むと、一丁上がりである。
アホらし。

み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間なくぞ 雨は降りける
その雪の 時なきが如 その雨の 間なきが如 隈もおちず 念ひつつぞ来る
その山道を
天武天皇御製

み吉野の、耳我り嶺に、止む時もなく、雪が降る。
間断なく雨が降る。
その雪が止む時もなく、その雨が絶え間なく降り続くように、山道を、思いに沈み、ひたすらに、歩いて来たことである。

思いつつぞ来る
これを、迷いと、禅者は、言うだろう。
生きるということは、この、思いつつ来る、行くことである。
雪にも雨にも、一体となり、思いつつ、行く、来るのが、生きるということであろう。
つまり、人生の捉え方である。

禅の、捉え方には、作為がありすぎる。

渓声山色の功徳によりて、大地有情同時成道し、見明星悟道する諸仏あるなり

十二月八日、明けの明星を見て、釈迦が、悟り、仏陀となるのである。

それに、真似て、空海は、明けの明星が、口に飛び込んできたというから、魔界関与である。

道元は、修行者として、最も、理想的な、坐禅というものを、行為した。
それは、釈迦の教えたものである。
そして、その坐禅は、出家者がするものであり、在家、つまり、一般の人のするものではなかった。
釈迦は、一般の在家というか、在俗の人には、それを、勧めていないのである。

釈迦の教えの、八正道という、物の見方、考え方がある。
その最後に、正定というものがある。
しょうじょう、である。
それは、出家者のものである。
それほど、正定は、難しいことである。

道元も、弟子たちのために、教えを書いたのであろう。
今、しかし、それを、一般の者たちが、読む。

私も、それで、批判する。

しかし、釈迦が、仏陀となった、悟りというものを、誰も、知ることは出来ない。
極めて個人的な、情緒である。
更に、大乗仏教では、その仏陀を神格化して、ついに、神様のように、扱い、対立させて、仏陀、そして、仏という存在を、置いた。
一神教と、変わらない。
だが、こうも言う。
仏と、仏と、釈迦という仏陀は、違うのであると。
数多の仏が、永遠の仏陀として、存在する。
釈迦も、その一人である。

久遠実成の、仏というものがある。
釈迦も、その仏に向かう仏である。

道元は、更に、釈迦の悟りの、時、それを、禅では、機ともいう。
禅機である。

山も時なり、海も時なり、時にあらざれば山海にあるべからず

「有時」の「有」とは存在のことであり、「時」とは時間のことです。つまり「存在と時間」といえばドイツのハイデッカーの著作の名前とまったく同じです。彼やフランスのサルトルなど二十世紀の実存哲学者の思想を、道元は何百年の昔にすでに先取りしているのだから驚きです。

存在と時間などというとむずかしく聞こえますが、基本的には、時間というものは二つあるということです。一つは時計の針が指し示していく客観的、物理的な時間。もう一つは、おもしろさに時を忘れるというように、時計の針とは無関係な、主体的な時間というものがある。
栗田勇

松も時なり、竹も時なり、時は飛去するとのみ解会すべからず
道元

ところが道元は、飛躍的というか独特の考え方をしている。実は、時間についてあれこれ考えているわれわれ自身、実際は時のまっただ中に投げ込まれているのだということをまず言う。そういう観点でみれば、仏法といい、悟りという真実の法則は、皆、時が姿を現したものである。世の中のありとあらゆる現象は実は時間そのものが姿を現したものである、形をとったものであるという考え方が出てくる。
栗田勇

時は、流れるものではなく、様々な、在り方の根本であるという、考え方になるという。

山も、海も、時そのものであるというのだ。

このように、どんどんと、迷いの道に入り込むのである。

それならば、松尾芭蕉の言う、松のことは、松に、竹のことは、竹に聴けという、言葉の方が、実際的である。

もし、道元が、仏法に迷わずに、大和言葉で、その、思想を語れば、実に、有意義な、哲学、思想を、生むことが出来たと思う。

道元は、釈迦の唯一の教えとしての、禅と認識した。
それは、つまり、釈迦の悟りの、あの時を、求めたということである。
そして、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、釈迦の、その時の、機を求めた。
それが、道元の著作のすべてである。
これは、確かなものなのであると、何度も、繰り返し、繰り返し、確認するために、飛躍的な、言葉の数々を吐いたのである。

釈迦の悟りの、ある機は、去ってはいない。今も、その時である。今も、その機である。
実に、真面目である。

道元の、本質は、生真面目なのである。
坐禅という、一つの修行方法が、とても、道元には、合っていたのである。

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2008年07月14日

神仏は妄想である 133

生というは、たとえば人のふねに乗れるときのごとし。このふねは、われ帆つかい、われかじをとれり、われさおをさすといえども、ふねわれをのせて、ふねのほかにわれなし。われふねにのりて、このふねをもふねならしむ
道元 全機より


禅が、生き残るべきは、宗教という、看板を下ろし、哲学道場として、活動することだと思うのは、このような、名文を見ると、強く思う。


人生というのは、たとえば人が舟に乗っているようなものだ。この舟は確かに自分が帆を使い、自分が動かしているにはちがいない。しかし、おれが生きているのだ、おれがおれがと言うけれど、逆に言えば、いくら自分がかじを取っていると言っても、しょせんは人生という舟に乗せられているにすぎない。舟がなければ川におぼれる。舟に乗せられてはじめて自分が成り立っている。とすると逆に、本当は人間を操っているのは船だということもできる。だから厳密に考えると、舟のほかにわれというものはない。
栗田勇


もし、人生を、このように、突き放して、観ることが、出来れば、実に有意義である。
これは、禅的に言えば、主観の客観性である。


栗田氏の、案内でゆく。
この場合、舟というのは人生のことです。つまり、人間は自分の生命、人生をああしようとか、こうしようとか、何とか自分の意志で動かせるものだと考えがちですが、実際は、自分で自分の人生を左右できるはずもなく、生という舟に乗せられているにすぎない。したがって、自分で自分の人生を自由にすることなど、できないのだというわけです。


宿命論のような、他力のような、気分になる。
ところが、道元の、捉え方は、違う。


栗田氏は、続けて
しかし同時に、「われふねにのりて、このふねをも舟ならしむ」。考えてみれば、私が乗っているからこそ、舟が舟なのだ。言い換えれば、自分なんてものはない。生きているという中に、ただ自分は乗せられているのだけれど、この自分が、私が生きているという事実を除いて、人生というものの実体はない。


これでは、また、元に戻っているようであるが、違うらしい。

要するに、生というものは、巨大な、それこそ宇宙爆発、また宇宙消滅のようなタイミングの一つの現れなのだ。宇宙と自分との間に生というものはある。あるいは、その両方が含まれたところにある。


青年の主張である。
そしてそれは、哲学である。
人生を、どのように、捉えるのか。


ところが、道元の「生死」というところに、書かれるのは、
この生死は、すなはち仏の御いのちなり、これをいとひてすてんとすれば、すなはち仏の御いのちを失わんとするなり。これにとどまりて、生死に著すれば、これも仏の御いのちを失うなり。
と、ある。


その生死は、自己の生死ではない。「私」が「私」の生を生きるのではなく、「私」が「私」の死を死ぬのではない。だから厭ひ捨てても、執着しても、失われるのは仏の御いのちである。
亀井勝一郎


結果、仏というものに、転化する。
これでは、逆転の、発想であるが、大逆転である。
主体的でありながら、主体性を取り除き、仏に至るという。

この、仏に、神という言葉を、あててみると、キリスト教になる。
これが、宗教の迷いである。
それを、迷いではなく、真理だと、信じてしまうのが、信仰というものである。


いとふことなく、したふことなき、このときはじめて、仏のこころにいる。ただし心をもてはかることなかれ、ことばをもて言ふことなかれ。ただわが身をも心をも、放ちわすれて、仏の家になげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ仏となる。
道元 生死より


美しい大和言葉である。
私も、若い頃、この言葉に、心酔した。
しかし、自我というものを、離れる、我というものを、突き放すという、行為によって、仏というものに、成る、成れると、思う心が、迷いである。

心を持ってはかるな、言葉を持って言うな
悟りや、救いについての妄想を完全に追い払うというのだ。
と、亀井勝一郎は、書く。

ところが、どうだろうか。
道元の、正法眼蔵は、全95巻もある。
よくよく、語ったものである。


一体、道元は、何を言いたかったのか。
仏と、仏で、向かい合っていれば、足りたものである。
しかし、何故、こうも、語るのか。
妄執である。
つまり、迷いである。

物を書くことによって、その、妄執から、逃れようとする。
書くという行為も、語るという行為も、妄執である。

仏陀は、語るが、実に易いのである。その多くは、例え話である。
道元は、中国思想の、中国禅の世界に入り、仏陀の本来の、目的、を、知らない。

もし、自分が、唯一の仏陀の法を継いで、それを、広告宣伝しなければならないと、考えたなら、京都から、離れずに、そこで、活動していたはずである。
都で、活動するのが、一番である。
しかし、失敗し、福井の田舎に、籠もる。

厳しい戒律、坐禅に生きるのである。
それで、良かった。
しかし、書くのである。
妄執である。それは、迷いである。

仏陀は、山に籠もらず、適度に、町から離れた場所で、行動した。
それには、意味がある。

少し、話は、逸れるが、仏陀の行動を、次に見る。
何度も言うのだが、日本の仏教は、中国を通してのものである。
特に、その思想は、漢語に訳された。

仏陀の、教えというものを、仏教、仏法というのなら、日本の仏教は、仏陀の、仏教ではなく、日本仏教であり、それは、創作である。

大乗になると、仏陀は、神格化されて、結果、各宗派の、開祖を、頼り、甚だしくは、その、開祖を、拝むという、真似までする。


考えるという、哲学の一つとして、あるのならば、理解するが、信仰するという、宗教という形にしてあるのは、実に、誤りである。
仏陀は、一言も、そんなことを言わないのである。

仏法とは、行為することである。
信仰することではない。仏陀は、一言も、信じよとは、言わない。

勿論、創意創作の、行為を、誤りだと言うのではない。
それを、信仰させるということが、誤りである。
だから、仏陀の、行為を、見ることにする。


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2008年07月15日

神仏は妄想である 134

出家生活というのは、インドでは、隠遁生活のようなものではない。
世俗と断絶するという、イメージは、中国や、日本においてである。

インドの仏教団では、生産生活が、すべて、禁じられていた。
その生活は、乞食、こつじき、生活が、中心である。
そして、乞食は、大切な修行であった。乞食行という。

この、乞食行は、実は、大切な意味があった。
それは、出家者と、世俗の人との、結びつきである。

乞食を、行うことで、街の中に入り、人々の生活を見る。そして、人々も、乞食行をする、出家者を、見る。
語り合う。
受ける者と、与える者が、出会い、そこで、お話をする。

与える方も、実は、布施をするという、行が出来るのである。
互いに、互いの存在によって、それぞれの修行となる。

マガダ国のビンビサーラ大王が、仏陀に、帰依した時に、
村から遠すぎず、近すぎず、往来に便利で、会いたい人々が行きやすく、昼は静かで、夜は人声が聞こえず、人跡絶え、人に煩わされることがなく、瞑想するに適したところ
ということで、竹林精舎を建てて、寄進した。

精神生活は、世俗と隔絶しているが、生活のあり方は、世俗と、接しているのである。

出家とは、家から出ること、そして、家族から離れることの、二つの意味がある。

その一つは、私が所有する何物も、持たないこと。
そして、愛する者から、遠のくこと。愛するものを、持たないことなのである。

ここで、仏陀は、欲望を否定したのではないということ、である。
ただ、出家者は、欲望から、遠く離れることを、教えた。


釈尊は中道の生活を説いている。この立場からすれば、俗世との完全な断絶は世俗の一方的な否定であり、極端な生き方であるということになる。これは中道とはいえない。出家生活は中道の実践であり、それを実現する生活であるから、世俗を一方的に悪ときめつけて否定しさることは、自己矛盾に陥ることになる。
田上太秀 仏陀のいいたかったこと


執着の条件によって苦しみが起こる。
苦しみは執着の条件から生ずるものである。
執着の条件が滅びたならば
苦しみの起こることはない。

仏陀は、拘り、囚われの心を無くすことを、教えるが、欲望を捨てることを、言わないのである。

欲から遠く離れろと教えた。「滅欲」ではなく「離欲」を教えている。仏教では滅は一般に平和・安らぎを表すことばである。したがって滅欲という表現はないといえる。
田上太秀


非常に、誤ってとらえられている、滅却という、考え方は、仏教には無い。
それに、囚われない、拘らない、それから、遠く離れるという、教えである。


仏陀は、極端に生きることを、戒めたのである。

世俗を、否定せず、世俗から、離れること、という、理想的な、考え方をしていた。

更に、仏陀の画期的な、教えは、人間平等主義である。
当時も、カースト制度が、厳然としてあった。
数千年の間、インドは、カースト制であり、現在も、そうである。

ここで、仏陀の根本的な教えは、人は、行為によって、成る者に成るという、ことである。
生まれながらに、善人も、悪人も無い。
人間の性には、善も悪も無い。
ただ、行為によってのみ、それが現れる。

人の行為の、善悪によって、差別が生まれる。
善行は、善人となり、悪行は、悪人となるのである。

だが、仏陀は、カースト制廃止の、運動をしたという、形跡は無い。
仏陀は、そういう、政治的、社会的な、現場にも、近づかないのである。
特に、顕著なのは、政治家には、決して、近づかなかった。
そして、それを、出家者の、規則ともした。

王が、仏陀に帰依する時には、王が、仏陀の元に、やって来たのである。


人間の本性について、それがブッダになれる可能性があるとか、反対に、悪魔の性質があるとか、そんな説法をしたことはない。これは仏教の人間観を理解するうえでとくに注意すべき点である。
田上太秀


大乗仏教が言う、人間には、仏性が、宿っているという、考え方は無いということだ。

仏陀の行為行動を、見れば解るが、仏陀は、どんな人とも、一緒に行動し、話をした。身分の差別があるはずもない。

ただ、その身分制度から、離れる、また、解放される道は、出家であった。
出家者には、カースト制は、成り立たないのである。

釈迦の元に集うと、階級は、消える。
バラモンも、王も、庶民も、誰も彼も、平等である。
先に、出家した者が、先に座るのである。

仏陀の、集団は、インドの中でも、特殊な集団として、認められていた。
だが、面白いのは、その弟子たちの多くが、最高位の、バラモンたちであるということだ。
賎民の出家者は、十を数える程度である。


ただ、仏陀滅後、集団の中で、差別が、生まれてきたことは、見逃せない。


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2008年07月16日

神仏は妄想である 135

仏陀は、人間の欲というものを、どのように取り扱うかということを、教えた。

インドの、伝統的修行法を捨て、当時の、新思想家たちの、思想を捨て、仏陀は、中道の道を説いた。

それは、欲を否定するものではなく、その、欲を、どのように、考えるかということだ。

欲を、否定も肯定もしないという、立場を取った。
実に、難しいものである。
極端を、避ける。それを、実行するのは、難しい。
しかし、仏陀は、そのための、生活指導を説いた。

更に、その教えは、神からのものというような、超越的なものではない。
心の在り方について、思索した、仏陀の成果を、伝えたものである。

欲を、捨てるのではなく、それに、執着する心を、捨てろと言う。

そして、それを、まとめて、五つの戒めを、創る。
五戒というものである。
生き物を殺さない。
盗みをしない。
邪な性行為はしない。
嘘をつかない。
酒を飲まない。
以上である。

生き物を、殺さないという、不殺生は、アヒンサーという。それを、解釈すれば、他の生きる権利、領域を、侵さないということである。
そして、他からの、暴力に、無抵抗であれ。

悪いことをしない、という、前提のもとに、行為する。そうすると、自然に、善なることに向かうと、考えた。
悪いことをしない、悪い行為の癖を、つけないのである。

出家者と、在俗の者に、対する、仏陀の対し方は、勿論、違う。
出家者には、厳しい。
しかし、それでも、体を痛めたり、疲れる程の、行為を禁じているのみである。

いかに、バランスを、持って生活するのかということだ。

仏陀は、それを、習慣にし、更に、伝統行為に高めようとしたと、私は、考える。
何かを、拝むとか、信仰するという、態度は無い。
己を、正しく生かすことなのである。

そして、出家者には、坐禅という、瞑想の必要性を、説くのである。在俗の人には、それは、無理なこととして、仏陀、それを、求めていない。

さらに、仏陀は、世界は因縁によって、成り立つと、知った。
これは、釈迦の、直感である。

神なるものや、不滅原理を立てず、ものは、種々の因縁によってなる、と。
そして、その因縁も、また、他の因縁によって、生じると、考える。
世界にあるもの、因縁に、依らないものはないと、考えた。

俗に言う、前世の因縁によってなどという、単純なものではない。
複雑に、絡み合った因縁の様を、釈迦は、観ることによって、仏陀となったのである。

ここで、明確にしておくことは、釈迦の発明としての、因縁ではなく、それを、発見したのである。自分の生まれる前から、生まれた後から、その因縁の法があるということ、を。

その、因縁は、どのよなものであるのか。
それ自身は、実体が無いのである。つまり、空である。
空の、原語は、シューニヤという、膨れ上がるという意味である。それを、無いとか、欠けたものとして、理解した。
要するに、ものの、本来のあり方であり、ものの本質ではない。

本来のあり方である、因縁は、空であるという教えを、諸法無我と訳した。
諸々の法は、無である。

存在は、因縁によって、成ったものである。
しかし、その、因縁は、実体の無いものである。それを、空と、呼ぶ。
空とは、無いということではない。
存在によって、空の、現象が見えるのである。

因縁を、縁起という、働きとして、認識し、縁起が起こるのは、本来のものが、空だからであると、する。

そこで、本来は、空であるはずのものが、今、目の前に、姿として現れているものに、執着すると、苦が生ずると、考える。
従って、執着するなという。
執着は、苦の元なのである。

実に、合理的な、考え方であり、驚くべきは、その中には、霊魂というものに対する、絶対否定がある。

これでは、既成仏教は、すべて崩れる。
仏陀は、霊魂否定で、しかし、方便として、善を、行えば、天に生まれると、説いた。
あくまで、方便である。


これには、もっと、説明が必要である。

今は、しかし、これを、書く。
ある弟子が、仏陀に問うた。
生と老死などの現象は何ものに所属するのでしょうか、と。
仏陀は、その質問は止めよ、正しくない、と、戒める。
生まれることがあるから、老いがあり、死がある、と言う。

それは、因縁により、来世がある人も、無い人もいる。

何せ、霊魂というもの自体、空なのである。

では、仏陀は、何を持って、弟子たちの、支持を得たのか。
弟子たちには、天に生まれるということも、言わないのである。

釈迦の言葉として、信憑性のある、スッタニパータに書かれている言葉は、
行為によって世界はあり
行為によって人々はある
生存するものは行為に束縛される
ちょうど車がくさびに結びつけられているように。

欲の別名は、愛である。
そして、執着である。
愛着、愛執である。
つまり、すべてのもの、愛執から、起こるのである。

輪廻というものも、この愛執によると、仏陀は、観た。

人を愛するというが、愛するということ、自体に、執着がある。
人を愛してはいけない。
そこで、慈悲の思想が生まれる。

これは、ただ事ではない、教えである。

もう少し、続ける。

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2008年07月17日

神仏は妄想である 136

いま現象している存在を否定するものではない。ものは幻だ夢だというが、ものの存在を否定してしまっては話にならない。ものは幻のごとしといっても、それも幻や夢の存在を現象の上で認めているからいえるのである。現に形あるものの存在を無いというのではない。
田上太秀  仏陀のいいたかったこと

ものに、執着する心を、作るなという、仏陀の教えは、宗教であろうか。
生きること、生活することの、実践的倫理である。

私が、カトリック教会に、通っていた頃、カトリックの司祭たちは、仏教は、宗教ではなく、道徳だと言っていた。確かに、そのようである。
しかし、宗教という、団体になると、無明である。
迷いである。
存在することのない、神や仏を、拝むという。

在ると、想定して、拝むという行為を、宗教というのである。
そのために、膨大な、教義や、教理を作り上げたのである。
ご苦労さんである。


さて、更に、仏陀は、ものだけではなく、人間というものも、観た。
体は、色や形という、肉体で成り立つ。そして、心である。
心は、感受作用と、表象作用と、形成作用、識別作用とによって、構成されると、考えた。
それを、五つとして、五蘊という。

この身を、構成する、五蘊も、本来は、空、と見た。
私の物という、実体も、永久、恒久なものでは無いと。

ゆえに、その体にも、囚われるなと、教える。

ものの、本来性は、空であると、正しく考察し観察すれば、それは、智慧となる。
この智慧を、持つこと、持つ人を、仏陀と呼ぶ。

従って、仏陀の教えは、仏陀になるための、教えである。

原始経典を見ると、釈尊は、人とは何か、人は何によって構成されているのか、人はどうして苦しむのか、なぜ迷うのか、人の根本悪は何か、などについてしきりに述べている。
人の老死の現実的苦しみについて問うのが、釈尊の立場である。かれは、すべてのものはみな苦(思うようにならないこと)である、と喝破している。老いるという苦しみ、死ぬという苦しみはわれわれに切実な問題である。その苦しみは何が原因であるのか、それは人がもっと知りたいところである。
田上太秀


その苦しみは、感覚的欲への囚われと、世界のあり方についての、無知であると言う。
そこには、霊魂の存在について、少しも介在することがないのである。

霊魂の存在を否定しては、宗教として、成り立たなくなる。
その通りである。
仏陀の、教えは、宗教ではない。


見事な、現実主義、合理主義である。

私が、宗教は、迷いであるというのは、そういう意味である。

無いものを、有るとしては、迷いなのである。

それでは、転生輪廻とは、何か。
仏教では、転生輪廻を教える。

ここからは、私の言葉で書く。

生まれ変りということは、有り得ないと言う。
前世というものは、前世で終わった。
以前に、行為によって、すべてのものが、決まるという、仏陀の、教えを書いた。
行為によって、輪廻するのである。

輪廻するような、行為を続けているのである。
その、行為から、逃れられないでいる。
故に、その行為が、繰り返されて、輪廻となる。

下手糞な、霊能者が、転生輪廻を言うが、前世は、何であったと言う、お話は、妄想である。

古代インドでは、輪廻を、サンサーラと呼ぶ。
つまり、流れる、という意味である。
それが、人生観、世界観となっていった、経緯がある。
輪廻の、最初の考え方は、人の行為を、業と結び付けて、考えた。
現在言われる、輪廻は、それである。
古代インドの、そのままを、言うのである。

過去の行為の結果として、今の存在があると、考える。


仏陀は、当時の人々に、教えを述べるために、在俗の人には、善を行えば、天に生まれると説いたが、方便である。
出家者には、一言も、そんなことを、言わない。

当時の善という、観念は、祭祀する行為を、善と言う。
仏陀は、そうではないと、言う。
仏陀の言う行為は、身、口、意の、三つである。その行為が、善であるということ。
その行為に、よって、因縁となり、次の生を、もたらすというのだ。
しかし、輪廻の、主体というものは無い。

ものの、生起は、すべて因縁による。
持続して、過去、現在、未来への存在する、不滅の主体があるのではない、と言うのだ。

行為(業)によって世界はあり、
行為によって人々はある。
生存するものは行為に束縛される。
ちょうど車がくさびに結びつけられているように。
スッタニパータ

人は愛執によって何かの行為を起こし、その善悪の積み重ねを繰り返し、習慣力としての業をつくる。その業が世界をつくり、人を形づくるというのである。輪廻は、すべて業に促されて、いろいろな因縁の助けを得て現象化するというのが、釈尊の輪廻説であった。
田上太秀

私の行為が、業となり、次の生をつくる。
しかし、私という、意識の私は、いないのである。
つまり、私は、無いのである。
あるのは、行為によって、繰り返される、因縁という、業のみである。

輪廻の主体は、因縁である。
それは、火である。
火が燃え尽きる。
火が、他方へ転移した時に、輪廻するというのは、有り得ない。
一つの体から、他の体に、主体が転移することは、無い。

因縁、業によって、ただ、生まれるのである。

私の、今世の意識が、輪廻するのではない。
私の因縁、業が、ただ、生まれるのである。

絶えず変容する個人主体は、前後の時間にわたって同一としてでもなく、また別の異なった者としてでもなく生存しつづける・・・
田上太秀

10歳の、私と、20歳の私は、違う者だが、同じ人間である。
10歳の私は、私として有り、20歳の私は、私として有る。
それと、同じことを、輪廻は言う。

そこから、脱却するのである。

転生輪廻とは、前世が、何か云々の話ではないのである。

生まれ変りの記憶というものは、主体が空なのであるから、それは、単に記憶なのである。
記憶を、私だと言うのが、前世云々である。

二度と、そんな記憶を、持たないこと。
つまり、行為によって、繰り返すような、愛執を、つくらないことなのである。

愛執という記憶によって、苦しみの、この世に、縁するのである。

霊魂というものも、作り出した、幻である。
本来は、空なのである。

霊魂とは、記憶である。

インドで、生まれた仏陀の思想は、インドに縁しているため、インドの価値観と、言葉による。
空とは、膨らんだもの、という意味だった。
つまり、空という記憶も、膨らんだものという、妄想である。

仏陀の、限界は、輪廻から、外れることというものだ。
それは、魔界の巣である、インドでの、究極の、選択である。

ただ、仏陀は、神などという、絶対的存在を、置かなかったことである。
世界は、すべて、縁りて起こることである。
よりておこる
つまり、世界に有るものは、相互に依存している。
そして、滅しているのである。

相互関係による、生起と、消滅、それは、縁起と、縁滅ということである、それによるのである。
神や仏という、絶対的存在は無い。

霊魂というものを、置けば、それが、絶対的なものになる。
霊魂も、空という、記憶、それは、妄想である。

ここで、飛躍すると、この世という、次元に生まれないこと。
次元移動してゆくこと。

仏陀は、インドの霊界に、天という場が無いと知るゆえに、天にも生まれるということを、考えなかった。
インドの天は、魔界の天である。
それらの、一切から、外れることを言うのである。

一人の人間が、100年後の、人間に、生まれることはない。
ただ、記憶が、引継ぎされるだけである。
それも、すべてではない。一部である。

ゆえに、誰が、前世という言い方は、誤りである。

前世の、記憶のあるという人がいる。
それで、前世は、誰々でしたという。
それは、強烈な、記憶の一部である。
その、前世と同じように、24時間を生きることは出来ない。

仏陀は、霊魂があるかどうかよりも、今の、行為を、正しくすることを、言う。
実に、真っ当な、対処法である。
生きるに、真っ当な対処法を、仏陀は、考え続けたのである。

これについては、また、別な形で、書くことにする。

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2008年07月18日

神仏は妄想である 137

月のときはかならず夜にあらず、夜かならずしも暗にあらず。ひとえに人間の少量にかかわることなかれ。日月なきところにも昼夜あるべし。日月は昼夜のためにあらず、日月しもに如如なるがゆえに、一月両月にあらず、千月万月にあらず
道元


月が出ているから必ず夜というわけでもないし、真昼の如き夜もある。夜は必ずしも位というわけでもない。そういう因果関係はものの本質と関係ない。人間のちっぽけな考えにとらわれてはいけない。月日というものと時間というものを結びつけて考えてはいけない。
栗太勇


これは、仏法というものを、言うのである。真理の法である、仏法とは、色々に姿を変えるが、それは、一つであるという。

だから、昨日、月があったと言っても、また今日、月が出ている。それは昨日の月ではない。今日の月は今日の月だ。昨日の月は昨日の月といっていい。いつもそのままなのだから、それが新しいしか古いとか言うことはない。月はつきそのものとして不変のものそのものである。それが仏心なのである。仏法に古い新しいはない。
栗太勇


日月の身になれば、昼夜とは関わり無いのである。日月は日月そのもので自足している。
自足とは、満足である。

一体、このような、物の捉えかたを、延々とするのである。
仏法というものを、理解する手引きとしているのであろうが、それは、価値観の転換というものを、引き出しているつもりなのだろう。

今なら、取り立てて、凄いというほどの、ものではない。
こういう言葉の遊びに、単純な人は、やられる。
何か、知ったような、気にさせる。


盤山宝積禅師の言葉を上げている。

心月孤円、光、万象を呑めり。光、境を照らすに非ず、境また存ずるに非ず。光境倶に亡ず、復た是れ何物ぞ

しんげつこえん ばんしょうをのめり ひかり きょうをてらすにあらず きょうまたそんずるにあらず ひかりきょうともにもうず またこれなにものぞ

それに、道元は言う。
いまいうところは、仏祖仏子、かならず心月あり。月を心とせるがゆえに、月あらざれば心にあらず、心にあらざる月なし

仏祖、仏弟子は月を心としている。心の月は独り空に澄み切っている、その光はあらゆるものを呑み込んでいる。だから、光はある限られた場所を照らしているのではない。限られた範囲というものがあるわけでもない。光があれば、光の照らすところがあり、光がなければ、その光の照らす範囲もない。では、いったい光とは何物か。
栗太勇

悟りを開いていれば、心の月があるという。
月を心としているからだ。月のように、澄み切って、すべてを映すということだという。

孤円とは、満月である。
万象、あらゆる姿は、月の光によって、生じるものである。その光は、万象を呑み込んでいるという、ものだ。

最後は、すべての、現象が月の光によって、そこに、存在する。
そして、光が、光を呑み込んでいるのだという。
それを、光呑万象という。

そして、月は闇も呑み込むというのである。

月のような心は、そのまま光によって明らかにされた、すべての、存在であり、万物は、光によって、示された月の心、そのままである。
それを、一心一切法、一切法一心、という。

私は、若い頃、一つの本を読む際に、一端、批判する心を、捨てて、すべて、そのままを、受け取るようにと、読書した。
すべて、受動である。
しかし、今、このように、批判する気持ちになって、読めば、実に、多くの言い分がある。

禅というものは、中国にて登場したと、書いた。
中国の屁理屈の世界から、更に、また、飛躍して、屁理屈を生み出す様である。

普段、何気なく、見ているものに、新しい価値観を、求めたのであろうが、また、それを持って、仏法というものを、語るつもりなのだろうが、如何せん、言葉遊びに、堕落する。

表現する行為は、芸術行為である。
それには、異論は無い。
しかし、何ゆえ、仏というものを、語るのに、このような、価値の転換、こけおどしのような、表現になるのか。

もっと、面白いのは、
雲はしれば月運り、舟行けば岸移る
とくる。

くもはしればつきめぐり ふねゆけばきしうつる

雲が動くと、雲はじっと動かないで、月が雲間を走っているように見える。
舟が走れば、舟が動かずに、岸が動いているように見える。

雲が走るのも、月の運るのも、舟の行くのも岸の動くのも、皆同時に、全体として起こっている。AとBを比較して、原因と結果を分けて、それだけを取り出してはいけない。どちらが本当で、どちらが嘘だということを論じてはいけない。止まっているのも動いているのもひっくるめて、その瞬間はそのありのままが全世界なのだ、真実なのだ。
栗太勇

論じては、いけないというが、誰も論じている暇は、無い。
食う、寝る場所を確保するために、日夜、努力奮闘している。
そんな、馬鹿馬鹿しいことを、考えている暇などないのである。

しかあるを、愚人おもわくは、くものはしるによりて、うごかざる月をうごくとみる、舟のゆくによりて、うつらざる岸をうつるとみると見解せり。もし愚人のいうがごとくならんは、いかでか如来の道ならん。仏法の宗旨、いまだ人天の少量にあらず
道元

そういう永遠の今を直感的に体験することをしないで、愚か者は目先だけを見るから、雲が動くと、動いてもいない月を動くと見る。舟が動いているために、本当は動いていない岸を動いていると小賢しい分別を働かせて分かったような気になる。
栗太勇


いやいや、分かった気になっているのは、道元の方である。
そんなことは、どうでも、いいことである。
一体、そんなことを、何故、こうも、性懲りもなく、語るのだろうか。

理屈の理屈を、捏ねている、青年の主張である。

比較するな、相対主義に、陥ってはならない。
ただ、そのものは、如来、仏の真実の姿なのである。
と、一気に、飛躍する。

月の運行は、過去、現在、未来を超越して、始原の月である。
修行をする、これも、月だ。
供養をする、これも、月だ。

古来、仏教においては、「心月」とか「真如の月」という表現に見るように、心や悟りを、空に曇りなく輝いている月に託しています。
栗太勇

それは、勿論、中国式の仏教である。

栗田氏は、更に
突き詰めると、本当のものなんてないんだということになる。すべてが仮のものだから、それが偽物と分かるまえに、次の仮の嘘に身をまかせよう。これがいまはやりの「逃げろ、逃げろ」のスキゾ族というわけです。道元は、本当も嘘もない。ひっくるめて、そのままズハリが、おまえの真実だ。そこに、どんと腰を据えろ。いやなものも、自分に都合の悪いことも、ばっちり見つめろ。そのとき不完全な人間なら不完全なままで、欠点だけらの人間なら欠点のままで、大宇宙と一部となる。
と言う。

これ、大乗仏教の奥の手である。
煩悩即菩提などというのである。
煩悩は、そのままで、悟りの境地に至るということである。

こうして、魔界の、迷いの言葉の世界の、闇に陥る訳である。

無益な、理屈を、こうまでして、書き綴るという、道元の、心の病というものが、観える。

更に、そのように、考えられない人を、愚人というから、仰天する。

一体、悟りとは、何か。
仏というものを、目指す必要があるのか。

仏陀は、もう二度と生まれて来ないことが、救いであるという。
もう一度、仏陀に、戻り、検証する。

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2008年07月19日

神仏は妄想である 138

信じるという行為は、一体、どんなものなのであろうか。
兎に角、信じて行えと、言う。
最初に、信から、はじまると、皆々、宗祖たちは、言う。
信じなければ、はじまらない。

ただし、法然は、疑いつつも、念仏するという。
それでも、阿弥陀の救いの手にある、というのだ。

結論から言えば、信じるという行為は、思い込みということに、尽きる。
思い込めば、信じることになる。

それは、道元を読めば、よく解る。

諸仏如来、ともに妙法を単伝して、あのく菩提を証するに、最上無為の妙術あり。これただ、ほとけ仏にさずけてよこしまなることなきは、すなわち自受三昧、その基準なり。
この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせり。

只管打座 しかんだざ
坐禅宣言によって、延暦寺の弾圧を、受けて、京都郊外の、深草に身を寄せた、道元が、正法眼蔵のエッセンスともいえる、弁道話を、書いた。
道元、三十三歳のときである。

まず「諸仏如来」ですが、過去の具体的な悟りをひらいた先人、古人たちの誰彼だけを指すのではありません。過去・現在・未来の仏はもちろんですが、また修行によって正覚(正しい悟り)を得て、すでに仏となったものすべては、すでに絶対的な境地に達しているわけですから、もはや個々の仏や先師を指すのではなく、同時に悟りの境地、まだ、修行をしている者たちのうちに秘められた、悟りをも含めていうのです。
栗太勇

ひたすら仏の心そのままに、自ら成ったというとき単伝といいます。ただ伝える、伝わるのではなく、親密にして不断の相続をいいます。だから自らが、仏祖そのままの真の自己になりきってはじめて、単伝したことになります。だから、その悟りの境地は、先の諸仏如来と重なり、それはすなわち妙法ということです。
栗太勇

ところが、こういう話になる。

しかし、諸仏から妙法を単伝したとき、すでに受ける修行者の側もまた、真の自己に徹底し、悟りの境地にいなければならない。それを「唯仏与仏」―――仏だけが仏にしか伝えられないーーーといいます。

唯仏与仏 ゆうぶつよぶつ
ただ仏が、仏にという。
実に、馬鹿バカしいのである。

正法は、悟りをひらいた者と、悟りをひらいた者との、間でしか、伝えられないという。

アノクタラサンミャクサン菩提という、最高の境地を、悟りという。
それは、解放された、自己の世界である。

ここまで、思い込むと、幸せである。
悟りを開いたと、思い込むことである。

中国禅の、発祥は、インド、天竺から来た、達磨によって、成ったと書いた。
インド禅は、ヨガである。
仏陀の、坐禅は、八正道の一つ、正定である。
正定とは、正しい注意と、訳される。

正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念そして、正定である。
正しく見て、正しく思い、正しく行い、正しく、修行する、正しく記憶し、正しい注意である。

その、正さというものは、仏陀在世当時は、仏陀が指導した。
それで、問題はなかった。
それ以後は、どうなったか。

八を、更に、三つに、分けて、戒、定、慧、とする。

戒は、習慣、習性という原意を持つ。
八正道の中の、正しい言葉、行い、生活態度、努力は、いずれも、習慣づけられなければ、ならない。
その後で、正しい教えを記憶する。心を静かに、一点に注意する修行となる。それが、定、つまり、坐禅である。

定とは、原語で、アディチッタといい、すぐれた心という意味である。
ものを正しく記憶し、ものを洞察する力を得ようとするのである。

戒と、定の上に、はじめて、正しい、物の見方、観察と、思念が、得られる。

ところが、道元は、一足飛びに、定に向かうという。
そして、それが、唯一の正法というのである。
すると、正法と、名乗りを上げた、日蓮などから、禅天魔と、言われるという有様である。
勿論、どっちも、どっちである。

唯一と、名乗ると、必ず、堕落する。
正法である。これが、仏陀の唯一の教えである。
そうして、仏を、奉り、戦ってきた。
更には、それを、正法を、汚す行為に対しての、戦いであると、言うのである。
最も、争いを嫌った仏陀の教えを、戦うという言葉で、信者を、鼓舞させるという、仰天である。

仏陀の教えに、勝ち負けはない。
仏陀は、その土地の気候風土に、合った方法で、正しく生きるということを、実践したのである。

彼が、ここにしか、生きる方法は無いと、考えることは、何も問題はない。しかし、これこそ、仏陀の教えであり、唯一の方法であると、言うから、おかしくなる。
気持ちは、解る。
自分が、納得して、良いと思ったものを、人に勧めたくなる。


「仏門におおくの門あり、なにをもてかひとえに坐禅をすすむるや」
「この仏門の正門なるをもてなり」

仏の門には、おおくの方法があるが、何故、坐禅なのかと問う。
これが、仏門の正門だからだと、答える。

そして、極めつけが、
おおよそ心に正信おこらば、修行し、参学すべし。しかあらば、しばらくやすむべし。むかしより法のうるおいなきことをうらみよ

もし、心に信じる心が、起これば、修行し、勤めよ、そうでなければ、止めよ、と言う。

まず、信じて行うこと、からである。
つまり、思い込めである。
思い込み程、強いものはない。

このような考えたのは、多く、大乗仏教による。
であから、大乗仏教の、成り立ちを、再度見なければならない。

道元にしろ、日蓮にしろ、インドに行かず、中国止まりであり、日蓮は、日本にて、法華経を、掲げた。
すべての、大乗仏典が、創作したもの、されたものだとは、知らず、である。
それらが、作られた物と、知っても、そのように、思い込むものだろうか。

これによらなければ、救いは無いとか、仏の道ではないと、言い切る何物を、持っているのか。それは、ただ、思い込みの、一点である。
正しく見る、一点ではない。
誤って見る、一点である。

一神教と、同じ心境になるのである。
つまり、宗教の最も、未熟な姿である。

宗教が、神仏を掲げているうちは、宗教に、進歩、発展は無い。
宗教を、超えるものは、伝承と、伝統である。
宗教は、伝統を作らずにきた。
それらは、皆々、人の頭で捻り出された、ゴミのような、言葉の数々である。

名文の、道元であるから、特に、それを、残念に思う。
ただし、勿論、彼は、自らが言う言葉を、実践したという点では、尊敬に値する。
自らの言葉の、実践も無い物ども、多く、仏の教えの、提灯持ちをし、書くのである。

痛くも、痒くもない、場所にいて、仏を、語る者どもを、私は、皆殺しにしたいと、思う。
人の心を、翻弄し、迷わせ、金を得るのであるから、地獄行きである。

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2008年07月20日

神仏は妄想である 140

日本の坐禅は、道元が最初にはじめたわけではない。
瞑想法の一つとして、天台宗の比叡山でも、真言宗でも行われていた。
色々な形の、坐禅法が、中国にも、日本にもあった。

広く言えば、念仏することも、坐禅の中に入るのである。

しかし、道元は、釈迦が行った坐禅というものを、しっかりと作り上げたいと考えた。

坐禅は静処よろし。坐褥あつくしくべし。風煙をいらしむることなかれ、雨露をもらしむることなかれ。容身の地を護持すべし
道元

坐禅は、静かな所で、やるべし。
背骨の下に、座布団を敷くべし。
風や煙に当たってはいけない。
雨露に、打たれてはいけない。
坐禅をするのに、適当な場所を確保せよ。

また、当時、坐禅瞑想の形はあっても、それをひとつの威儀のあるセレモニーとして、修行の道場・僧院での朝起きてから寝るまでの、坐禅を中心とした修行の形というものをはじめて道元が確立した。
栗田勇


諸縁を放捨し、万事を休息すべし。
作仏を図することなかれ、坐臥を脱落すべし。

諸縁を捨てて、とは、俗世の因縁を捨てるということ。
仏に成ると思うことも、やめて、更に、坐禅をしているということも、脱落して、突き抜けてという。
座っていることも、忘れよと、言う。

それでは、座る前から、悟りの境地であろう。
禅では、こういう言葉が、多い。
全てを捨てよ、である。
捨てられないから、坐禅をするのであろうと、思うが、そう言うのである。

さらに、面白いのは、
いわゆる非思量を使用すること玲瓏なりといえども、不思量底を思量するには、かならず非思量をもちいるなり
と、言う。

考える考えないという問題を乗り超えるためには、考えことと、考えないということを、相対的にそれぞれの場合に分けて考えないことだ。考えることも考えないこともひっくるめて、そういう次元を否定してしまう。ぽんと飛び出してしまう。そういう思考を非思量と呼んでいるわけです。個々の否定ではなく全否定です。するとまったく予期しない真の精神活動が現れてくる。非思量ということは、まことに玲瓏透明な感じがするが、考えられない境地をさらに考えるためには、非思量しかない。
栗太勇

考えられない、その奥を考えると言う。

一体、これを、理解するには、どうしたらいいのか。
坐禅をする以外に無い。

自分が解放されて宇宙と一体化している。
山のようになる。
エネルギーに充ちた、存在感のあるものになる。
しかも、心が、晴れやかである。

理解するには、坐禅するしかないのである。

しかし、上記、非常に、危険極まるものである。
通常の精神活動から抜けて、自由になるというが、果たして、それは、どういうことか。また、宇宙と一体化するとは、何か。

道元は、37歳の時に、山城に興聖寺を建てて、八年間、法を説き、更に、その後、越前、福井の永平寺へと、移る。
伽藍仏教を否定した、禅堂として、日本仏教史はじまって以来の、新しい、道場である。

求道者は、名利を捨ててまず閑寂の場に定着しなければならぬ。きびしい戒律のもとに、坐禅する独自の「学校」を彼は欲した。乱世のなかにおいてみれば、そこだけが一点静まりかえっているような不動の、言わば「極静の学校」ともいうべきものが彼の構想した禅堂である。「重雲堂式」をはじめ、「洗浄」「洗面」「典座教訓」等、すべてこの建築内における実践綱領であり、同時に入学するものの心得はきびしかった。
亀井勝一郎


それは、つまり
王侯の身分を捨てて乞食修行し、菩提樹の下に坐禅して成道した釈尊の道を、そのままに再現しようとして、仔細な規律と作法と心得をつくりあげたわけである。「釈尊に帰れ」といったときの第一義の道を、彼ほど忠実に歩もうとした人はいない。
亀井勝一郎


兎に角、厳しいのである。
戒律があっても、戒律主義に陥ることなかれであり、つまり、戒律も自然でなければならない。戒律が、難行苦行になっては、いけない。
心身脱落であるから、戒律に、自我という意識が、入ってはならないのである。

死ぬまで、やっても、終わらないであろう。
妻子など、持っていては、そんな修行など、出来ないのである。
余程の、超人でない限りは。


この道に、一筋に賭けた道元であるから、出来た。
それには、出家しなけれぱならない。
在俗では、そんな修行が出来る訳が無い。

これは、多分に、道元の、生まれ育ち、そして、性格がある。
しかし、今、道元の伝記を書く訳には、いかない。

私は、道元の、この修行を否定する者ではない。
それで、有意義に、生きられるのならば、言うことは無い。

また、仏陀の行為に、近い気がする。
ただし、仏陀は、遊行して、教えを説いた。
坐禅をして、成道の後は、出家者、在俗に、関わらず、教えを説いて回った。
更にである。
仏陀は、一言の、書も、残さなかった。


道元の、著作に、多くの者、多くの書き物を、著す。
それは、すべて、解説である。
解釈である。
さらに、その教えの分析である。
これは、道元禅の、堕落であろう。

坐禅をしない者、堂々と、道元を論ずるという、堕落。

私は、否定はしないが、道元が、釈尊の唯一の方法であり、それによって、仏になると、考えることに、批判する。
仏になる、ならないは、人の問題である。
誰も、それに、関与することは出来ない。
更に、仏の自覚は、極めて個人的な、情感である。

もっと、言えば、極めて個人的な、妄想である。

何故、人は仏になるのか、ならなければ、いけないのか。
仏陀は、唯一の救いは、二度と、この世に生まれないことだと、明言した。

坐禅することも、戒律に生きることも、それは、個人の自由である。
そこでの、様々な、言葉は、それも、また、自由である。
しかし、それが、唯一であるというのは、僭越行為も、甚だしい。

己一人が、それを、黙々と、行為すべきであり、それを、人に説くとは、何事か。

更に、である。
今、現在の、道元門を引き継ぐ者の、多くは、一体、何を行っているのか。
それも、自由で、いいはずはない。
多くの人に、迷いを、教えるようなものである。
それは、己が、成道せずに、人に仏を、説くことである。

仏にならずに、仏の道など、説けるものではない。それでは、学者と、同じである。
痛くも、痒くも無い、学者の研究と、同じである。

更に、その学者を立てて、道元禅を、肯定する様など、魔としか、言い様が無い。

坐禅は、魔境を作り出す。
魔境とは、あたかも、悟った者であるかの如く、であり、あたかも、仏の道に進んでいるように、勘違いすることである。

自分が、仏にならずに、人に仏に、成れとは、説けないのである。

更に、道元は、仏に成ったのか。
我は、仏であると、道元は、どこにも、書かない。
ただ、仏の道に行くには、坐禅あるのみと言うのみ、である。

まだ、行き着かない場所に、行き着いたと、思い込む、妄想するという、程度であり、道場を作ったのであり、仏の場所を作ったのではないということ。

道場、つまり、迷いの、場であるということ。
その、迷い波動の中に、身を置くことは、私には、出来ない。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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