2009年05月20日

最後の沈黙を破る 28

日本にも、困っている人は、大勢いる、どうして、海外支援なの・・・

それでは、どうして、あなたが、しないの・・・と、私は、尋ねたい。

よく、海外支援を行う人が、言われることである。

困っている人は、国内だと、海外だと、支援できることは、するのである。
それが、丁度、その人に合っているから、しているのである。

例えば、衣服支援を、国内、この日本で行う場合は、アジアの国で行うより、十倍、いや、それ以上に、気を使う。
何故か。
人の着たものを、人様に、なんて・・・という人が多い。更に、また、貰う側も、戸惑う。人の着たものをと・・・

アジアの国でも、気を使い、必要ですかと、尋ねて、渡しているのである。

例えば、私は、沖縄・那覇の、港に来る、路上生活の人々に、衣服を差し上げた。しかし、それは、写真にも、撮れない。日本人だから、失礼に当たると、思う。
アジアの人々は、知らない人。それに、写真を撮ることを、喜んでくれる。
一度も、拒まれたことは、ない。

日本にせよ、ではなく、日本にも、必要な方がいれば、傍にいれば、するのである。

私は、何度も、道で見かけた、路上生活の人を追いかけたことがある。
知能障害や、知的障害を持たれている方であろうと、思う。
信じられない、格好をして、ゴミ箱を漁っている。

もし、彼らに、自治体の、福祉関係の施設などに、相談できる、知能があれば、するだろう。
しかし、それが、出来ない。

どんな形でも、やろうと、思えば、出来るのである。

さて、日本にも、困った人がいるのに、何故というのは、批判にもならない。

日本でも、格差社会到来と、言われるが、本当に、貧しい、貧しさというものを、知らない人が、平然として、そういうことを、言うのである。

日本では、困った人も、行政や、民間団体などで、救われること、多々あり。
色々な解決策がある。

しかし、全く無いという、国が、多々ある。
たまたま、出会った縁により、ボランティアなる言葉で、言われる活動を、始める人が多い。
それは、あまりの、悲惨さなのである。

黙って、素通りできない、悲惨さというものがある。

日本では、どんなに困っても、それほどのものではない。
と、私は、考えている。

日本は、福祉国家である。
政府を批判するのに、もっと、福祉政策をというが、日本は、立派な福祉国家である。勿論、まだまだ、足りない。どんどんと、福祉の進んだ国になることを、願う。

格好よく言えば、多面的、質の高い国家を、目指すべきである。

だが、そのためには、国民も、相当に、レベルの高い、知性を必要とする。

日本で、生活保護を、受けている世帯の、その、内容を見ると、日本人の、保護世帯より、在日朝鮮人が、その、十倍である。
国が、在日の人々に、手厚く保護の手を、差し伸べている。

国でさえも、である。

それほど、日本という国は、レベルが高いのである。

さて、元に戻ると、外国も、国内も、関係ないのである。
出来ることを、一人一人がすることが、世界的に、人間のレベルを上げることになる。

更に、情報のグローバル化である。
人の心も、グローバルになるべきである。
勿論、それを、強制するものではない。

しかし、日本にも、困っている人がいるのに、という、批判は、成り立たないのである。

それは、単なる、屁理屈であり、邪まな、考え方である。

よこしま、邪である。

出来る人が、出来ることを、する。それは、国境を、問わない。だから、日本人は、素晴らしいのである。

人それぞれ、好みや、傾向がある。
それぞれで、質の高い世界を、目指すために、活動することは、素晴らしく。それが、出来る、許される日本という国が、素晴らしいのである。

一つの例を、上げる。

タイ・チェンマイにて、ボランティア協議会のような、会合で、現地の団体から、日本のボランティア団体に、質問が、上がった。

欧米のボランティア団体には、キリスト教の布教という、目的があり、その活動を理解できるが、日本の団体の、目的は、何か、である。

つまり、日本の団体は、何の企みがあって、この、チェンマイくんだりまで、来ているだということ。

更に、日本でも、今は大変に、困っている人がいるでしょう、である。

そのように、憶測された。

そう、日本の団体は、布教目的ではないのである。

皆、絶句した。
思想的に、何か企んでいるなど、誰も、考えたことは無い。

勿論、中には、名誉目的、更には、支援金を頂くために、便宜上、タイという国で、ボランティア活動を行うという、人がいる。

しかし、また、中には、やむに止まれぬ気持ちで、行う人もいる。

何かの思想を、広めるために、日本人は、行っているのではないということを、タイの人に伝えるのは、実に難しいだろう。

欧米のボランティア団体は、必ず、福音宣教という、目的がつく。
それは、単なる、ボランティア活動より、非常に歪で、混乱を招く。
現地の、人の思想信条を、土足で踏み付ける。

甚だしいのは、お金を出してまで、教えを強要するという。

国内外を、問わずに、出来ることをする、それが、世界の、知的、そして理性のレベルを、上げる。更に、質の高い、関わりと、友情を育てる。

国内にも、困った人がいるのに、海外での、支援は、云々とは、批判にもならないということを、言っておく。



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2009年05月21日

最後の沈黙を破る 21

追悼慰霊の行為は、歴史の検証でもある。
それは、一人の人の、追悼慰霊でも、そうである。

戦争犠牲者ならば、その戦争の歴史の検証でもある。

特別な能力云々の、問題ではない。
誰もが、出来る。

更に、霊的能力云々の、話でもない。

それぞれの、国や民族には、それぞれの、追悼慰霊の伝統がある。
それで、よし。

宗教ではない、伝統によるものである。
勿論、宗教を抜きにして出来ないという、民族もある。

知らない、追悼慰霊は、行えないのである。

私は、その慰霊の儀を執り行う前に、その戦争の歴史を、知ることになる。
その、良し悪しではない。
事実である。

史観に、囚われない、事実を、である。

史観とは、良し悪しである。
それは、追悼慰霊には、必要ない。

不本意な命令によって、そこで亡くなった人も多い。そして、それは、無念であろう。
しかし、無念であろうが、死ぬ以外に無い場合が、多々ある。
それを、不可抗力として、受け止めつつ、そこに、意義を見出す、亡き人の思いを、感受性を持って、尋ねる。

それが、私の慰霊の原点である。

死後の世界は、無いゆえに、慰霊も必要ではないと、考える人もいるだろう。
否定は、しない。

死ねば、無いから、慰霊をする意味も無いというならば、言うことは無い。
説得をする必要も無い。

私は、私の心が、命じることをするのみ。

だから、誰にも、強制はしない。
淡々と、旅日記として、書くのみである。

衣服支援は、そのついで、である。

更に、これから、難民支援、被災者支援をする。
それも、準じたものである。

それが、目的ではない。

慰霊の行為なくして、それらの行為も無い。

言えば、支援は必要不可欠というものではない。
しかし、助け合う精神は、世界を少しは、改善させ得るものだとは、知る者である。

分かち合う精神は、世界を、平和に向かわせる。
奪うことは、争いを生む。
争いは、好まないゆえに、分かち合う。
ただ、それだけである。

分かち合うということが、出来ない人々が、大勢いる。
そういう、民族もある。

それは、いたし方ない。

いかなることといえ、この世は、共生によって、成り立つ。
少しの、妥協も必要である。
話し合うというのは、そういうことであろう。

話し合うことが、出来ない場合もある。
戦争は、そこから、生まれる。
理解という、行為も、才能であるから、才能の無い者に、求めても、無理なこと。

戦争は、この世から、無くならないのである。

そして、結局、多くの人が、巻き込まれ、死ぬことになる。
無念であろう。

私は、それを、知る者である。だから、慰霊を行う。

そして、それは、霊能力ではなく、感受性であるということ。
それ以外に、無い。


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2009年05月22日

最後の沈黙を破る 22

更に、言う。

私の、支援活動は、慈善活動でも、広い意味での、ボランティア活動でもない。

それは、私の、道楽である。
賞賛され、誉められるものではない。

私は、私の心に命じられた通りを、行為している、のみ。

差し上げるのが、嬉しい、楽しいのである。
しかし、決して、無礼な振る舞いは、していない。

必ず、必要ですか、と、尋ねる。
必要ないという人には、差し上げないのである。

ボランティアの原点を、インドのマザーテレサを、例に出す人がいる。
マザーテレサは、慈善でも、ボランティアでもない。
彼女は、はっきりと、明確に、言う。
神様のために、素晴らしいことを、と・・・・

更に、彼女は、カトリック教会の、主である、ローマ法王に、認可されている。

それは、どういうことか。
ローマ法王が、認めた、活動であり、団体であるということである。
それが、何を意味するのか。

彼女は、多くの宗教を、認めて、更に、宗教を超えて、尊敬を受けた。その時点で、すでに、報いを受けている。

主イエスの言葉を言う。
私を愛してくれた人を愛したとして、何の意味があるのか。
敵を愛することである。

イエスは、敵という、観念を、明確に持っていたのである。

汝の敵を愛せよ。
この、イエスの言葉の、矛盾は、甚だしい。

私は、マザーテレサの行動にも、主イエスの、言葉にも、組しない。

私は、私の、心の、発露として、行動している。
もっと、極限すれば、やまと心、大和魂の発露である。

何度も、言うが、大和とは、おおいなる、やわらぎ、の、心、魂、である。

皇祖皇宗が、築こうとした、大和の国は、おおいなる、やわらぎの心のある、国だった。つまり、祖先たちは、それを、目指して国を造ったのである。

私も、それに従う。

誰からの、認可も受けず、敵を想定しないのである。

イエスキリスト当時の、社会、その周辺は、敵で溢れていたことであろう。
その中での、イエスの、説教であり、教えである。

敵を想定しないという、考え方は、釈迦仏陀の、ものに近い。
相手の、怒りを受け取らないという、徹底した、平和希求である。

更に、生きとし生けるものに対する、憐れみの心は、やまと心に近い。

更に、釈迦仏陀は、超越した存在を、想定しない。

私が、私になるための、心のあり方を見つめ続けた。

釈迦仏陀は、私への、旅を想定したのである。

究極の自己満足である。

それは、また、人間の、絶対孤独というものに、目覚めた行為でもある。
私が、釈迦仏陀を慕うのは、そういう訳である。

日本の心、あはれ、は、また、人間の絶対孤独を、見つめたものである。

私の、支援の心は、自己満足の極みである。

決して、誉められたものではない。
私が、私への旅をする。その過程での、行為なのである。

更に、それを、理解せよと、人に問うことも、無い。
説得することもない。
私に、支援物資をくれる人々は、私の行為によって、見ず知らずの人と、つながる。

素晴らしいといえば、それが、素晴らしいことである。

私は、これから、難民支援も、被災者支援も、行う。
しかし、その、心根は、変わらない。

そして、僭越ながら、もし、その行為を、捧げることが、出来れば、皇祖皇宗である、祖先と、その代表である、陛下に捧げる。

天皇陛下と、書けば、解りやすいだろう。
来年、富士王朝成立から、9060年を経て、また、大和朝廷からは、2670年を経る。つまり、建国、2670年である。

私は、その、祖先、その血脈を継ぐ、陛下に捧げる。
僭越ながら、である。

この世に、自由と友愛と平等という、思想と言葉は、あっても、それは、妄想である。つまり、そんなものは、一つも無い。

更に、この世にあるものは、行為のみである。

言葉の、貴さは、日本の言霊にあるのみ。
つまり、言霊は、行為による。
言霊は、即、行為なのである。

日本人は、それを、忘れて久しいし、更に、言霊の意味を、勘違いして、考えている。

言霊を言うのであれば、音霊を、知る。更に、音霊を知れば、数霊を知る。
それを、知らないで、言霊のみ、取り出しても、せん無いことである。

知った風な、学者のお話を、いくら、聞いても、それは、解らない。
学者には、霊感、つまり、感受性が皆無だからである。

追って、このことについては、書くことにする。

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2009年05月23日

最後の沈黙を破る 23

矢張り、新政権は、簡単に、増税を打ち出してきた。
選挙前は、一切そんな言葉は、なかった。

兎に角、無駄遣いを検証して、云々であった。

しかし、タバコ税を上げるという。
それも、二倍に、である。

その理由が、ふるっている。
健康のため・・・

鳩山も、健康に変えられないゆえに、タバコ税に、賛成である。

更に、欧米並みである。

ある試算によると、その後、扶養控除廃止、雇用保険料引き上げで、平均的家庭で、年、五万円の、負担増である。

タバコは、過去、困った時の、頼みで、増税されてきた。
例えば、旧国鉄の、借金返済、児童手当の、財源にも、使われた。

民主党の、母子加算復活、子供手当ての、財源を作るために、行われる。

結局、無駄遣いを、徹底的に、検証することが、難しいのだ。

ちなみに、欧米では、タバコ税を、社会保障費を、軽減する減税政策に、使われている。

国民の健康のためというならば、国民の健康のために、タバコ税を、使うべきである。

更に、ガソリンの、暫定税率廃止というが、CO2削減と称して、ガソリン、軽油、航空機燃料などに、新たに、2兆円を課税する。

廃止するといった、ガソリン税を、環境税として、名を変えたにすぎない。

民主党は、税金の無駄遣いと、天下り根絶による、予算組み替えで、実現するといった。

それが、突然のように、タバコ税である。

この、タバコ税は、煙嫌家などに、歓迎されているが、問題は、そんなことではない、ということ。

次々と、このようにして、増税が、行われる、前哨戦である。

本当に、健康を考えるなら、食品の、大量の毒物は、どうする・・・
年間、四キロも、国民一人当たり、食べているのである。

食品添加物である。

更に、体に悪いものは、多々ある。

世界的ブームである、禁煙に乗って、増税とは、頭が悪すぎる。

本当に、タバコが、健康に悪いと、判断されるなら、選挙にて、国民の判断を、仰ぐべきである。

国民が、多数、反対するのなら、タバコ販売を、止めることだ。

それが、民主的、手続きである。

政権発足から、もろくも、民主党という、政権に、絶望感が、湧く。

外国人参政権というのも、そうだ。
もし、そうなれば、確実に、中国人に、日本の政治は、左右される。

ただでさえ、中国は、日本を、属国化したのいのである。
あの、全体主義国家の、国民は、その政権のためには、日本の政権を、倒す。

世界に、散らばる、中華系は、その国の、根本的、伝統を、破壊し、中国に染めるのである。

中国共産党の、一声で、中国人は、一致結束する。

オリンピックの、長野での、聖火リレーの際の、中国人留学生のも行動を、思い出すと、いい。

全体主義、そのものである。

世界第二位の、経済大国になるという。
日本を超える。

あれほど、日本から、支援を受けても、平然として、当たり前だと、受け取り、感謝もない。
それで、国内では、捏造の歴史を教えて、反日教育を、徹底させた。

アヘンまで、日本が持ち込んだと、教えているのである。

あれは、イギリスが、やったことである。しかし、中国共産党は、悪いものは、すべて、日本がやったと、教えている。

知らないのは、日本人だけである。

中国人の、小学生の、将来の夢は、日本人を、殺すことだそうだ。

私も、実際、反日教育を、受けた、留学生に尋ねた。
すると、そんなにまで、そこまで、言うことはないと思うほどの、事を、教えられたと、言う。

嘘を、言い続けていると、本当になるというのが、中国人である。

東アジア共同体と、アホな、鳩山が言うが、それを、聞いた、中国政府は、鴨ネギだと、思っただろうと、思う。
あれは、中国支配のための、東アジア共同体である。

愚かにも、程がある。
つまり、鳩山というのは、アホ、馬鹿、間抜けなのである。

何も知らない。
単なる、良家の、ボンボンなのである。

信じられないの、一言。

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2009年05月24日

最後の沈黙を破る 24

新興宗教が、どんなに、多く流行っても、神社信仰が、廃れない。
日本の、良い伝統である。

新年の参拝も、一年に一度だけでも、神社にお参りするという、伝統は、美しい。

ただし、私は、あまり、関わらない。
私は、太陽を拝しているので、出掛けなくても、納得、満足している。

古来からの、信仰である、太陽崇敬である。

古神道で言えば、太陽崇敬は、当然である。

さて、北海道神宮を、批判する。

このところ、神宮の面前で、事故が多発している。
死者も出た。
しかし、神宮側では、何もしない。
つまり、清め祓いをしないのである。

信じられない。

門前も、門前である。
奥の鳥居の前である。
そこで、事故が多発したというならば、身を清めて、潔斎し、清め祓うのが、当然である。

更に、そこで、事故が、起こるというのは、霊的障害である。

更に、宮司に、何か、不祥事があると、みる。

恐れ多くも、神を頂く神宮を、名乗るのである。

その、対処の仕方は、実に、アホ、馬鹿、間抜けと、言ってよい。

神社の伝統は、2000年を超える。
それを、知ってのことか。

更に、神宮とは、神社よりも、格が高いのである。

神社は、かむやしろ、である。
神宮は、かむのみや、である。

ちなみに、出雲大社は、いずもおおやしろ、である。

さて、その北海道神宮の、対処から、見えることは、宗教の、惰性化であり、居眠り化である。

多くの宗教が、そうである。

つまり、現代の、状況に対処できないのである。
言うことは、御伽噺のような、嘘話ばかりである。

現実の生活と、遊離した、妄想話である。

すべての、宗教に言える。

先祖供養を、掲げる宗教全般もそうである。

供養など、出来るものではない。
それこそ、釈迦仏陀が、教えたのは、自業自得、因果応報の、システムである。

供養して、浮かばれる霊が、いるならば、余程、惚けている。

自分の尻は、自分で、拭くことなのである。

信仰とは、今を生きるということに、他ならない。

それは、どの宗教も、そうである。しかし、信徒の数が安定して、それなりの、売り上げがあると、安穏として、堕落する。

何の、苦労もせず、信者から、金が入るのである。
勿論、それらは、皆、地獄へ行く。
地獄という、霊的場は、無いが、あえて言う。

宗教家は、皆、舌を抜かれる地獄へ行く。

嘘偽り、知らないことを、言うからである。

さて、私は、東京目黒区にある、古い、稲荷神社と、縁することになった。

それは、神主が、サボって、来ないというのである。
そこで、苦心の末、私に、話が来たと、いってよい。

はっきり言うが、私と、稲荷明神というのは、かかわりが無い。
私は、天照る、太陽崇敬である。

豊受大神の、眷属とは、別に、関わることはない。
ちなみに、豊受大神は、伊勢神宮の、外宮である。

内宮参拝の前に、参拝せよと、言われる、神宮である。

農耕を、司るから、食べ物の神様でもある。

しかし、縁をして来たからには、触ることになる。
触るとは、縁するということである。

神主が、サラリーマンのようになってしまった。
馬鹿馬鹿しい限りである。

今、神社は、浮遊霊の住処ともなる。
出来れば、関わりたくない。

しかし、その神社は、古い社である。
古くから、信仰されてきた、その社に、収まる、霊的存在が、縁してきたと、考える。

多くは、その神社を信仰して、他界した霊的存在が、関わる。

毎日、参拝者が、訪れるという、神社であるから、霊的存在も、まともに、扱って欲しいと、思うのである。

人を介して来た、その人は、私とは、縁深いのであるから、私を、目指して来たと、思われる。

こんな者を、目指してくる程、今の、宗教家が、駄目になってきたということだ。

要するに、姿、形ではない、そのものの心を、求めるのである。

姿、形から、入るという、日本の伝統が、壊されているのである。
本来は、姿、形から、入る。

しかし、それでは、もう、望みが無くなったのである。

霊的存在も、心を、観る。
心からの、崇敬を求める。

あちらは、お見通しである。

信じる者は、信じるがいい。

しかし、騙されるほど、信じることはない。

こちらも、霊的存在である。
そのことを、忘れて、信仰など出来ないのである。


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2009年05月25日

最後の沈黙を破る 25

私は、毎日、食事を自分で、作る。
外食は、ほとんど、しない。

だから、買い物に行く。
行きつけの、野菜屋さんがある。
卸売りもしている店なので、兎に角、安い。

しかし、国産である。
中国野菜は、安いが、決して買わない。
その店にも、中国産野菜があったが、お客が、次第に買わなくなって、今では、生姜程度である。それでも、買わない。

私は、店員に言った。
中国産のものは、どんなに安くても、買わないから、仕入れない方がいいよ、と。

自国の人の食べ物でも、平気で、毒入りなのだから、他国には、更に、酷いはず。

何から、何まで、中国産を、追放したのである。
それは、お客が、買わないから。

それで、地元の野菜が、実に、安い。
形不揃いなので、安いという。

形が不揃いでも、味に変わりなし。

今に、中国産は、すべて、追放される。
しかし、それが、無くなれば、家計に大きく響くといわれる。
そんなことは、無い。

中国産の、生姜が、88円で、国産が、120円でも、国産を買う。

更に、私は、アルバイトも、中国人追放を言う。
自然、じわじわと、中国人が、浸透している様子を見ている。

ある、ラーメン屋は、中国人に乗っ取られた。
中国人は、兎に角、じわじわと、占領する。

ここで、中国人というのは、漢民族である。
更に、漢民族として、総称していう。

東南アジアを、回っていると、どこも、富裕層と言うと、中国人、中華系、漢民族系である。

彼らは、ゴキブリのように、増殖する。
そして、その場を、乗っ取る。それは、実に、巧妙である。
まず、安い金額でも、働く。そして、終には、その場を、占領する。

彼らの、言い分もあるだろう。
安く働き、そこを、乗っ取って、何が悪いと。

その通り、乗っ取ってもいい。しかし、その後が、悪い。
システムを、滅茶苦茶にする。
その上で、乗っ取るのである。

そして、彼らの、システムに変更する。

日本の支援金を、手一杯使い、中国は、後進国に、金をばら撒き、支配する。
日本は、何もかも、中国に渡して、終には、その、母屋も取られる。

漢民族は、そうして、増殖してきた。

彼らは、嘘も、平気である。
その、反日教育を見れば、一目瞭然である。

あの、アヘン戦争でさえ、日本がやったというのである。

イギリスに対しては、とても、よい印象を言う。
日本には、その逆である。

イギリスは、遠い。
日本は、近い。
更に、アジアである。

東アジアというのは、中国では、中国支配のことを、言う。

日本には、内政干渉するが、中国に対する、批判は、内政干渉だと、平然として言う。

更に、日本の中にも、中国に、寄り添う団体も多い。

何故か。
その血の中に、漢民族の血が入っているとしか言えない。
例えば、創価学会である。

いずれ、創価学会は、斬り捨てることにする。

あの、名誉会長は、日本が中国に、大変に迷惑をかけたと、大枚の金を、中国の、様々な機関に、ばら撒くのである。

さて、食べ物である。
中国製が、なくなれば、日本の食卓は、成り立たないという者、多数。
そんなことは、決して無い。

台湾、タイ、インドネシア、ベトナムなど、いくらでも、ある。

オーストリラリア、ニュージーランド、果ては、アフリカ各国である。

中国の物は、何一つ、必要ではない。

缶詰から、ピーナッツ、その他諸々、私は、中国製品の追放に、徹底的に、対処している。

経営者にも、言う。
中国製品を売るなら、誰も来ないように、喧伝すると。

私が行く、ダイエーも、次第に、中国製品を、置かなくなった。
決して買わない。
それが、手である。

そして、中国人、漢民族を信用しない。
それが、我が身と、日本を守る、手である。

善良な、漢民族の人もいるだろうが、当面、私は、全面的に、漢民族を、否定する。

それ程、彼らは、酷いのである。

これから、その酷さを、書き続ける覚悟である。

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2009年05月26日

最後の沈黙を破る 26

11月15日、シンガポールで、開催された、米・アセアン首脳会議で、オバマ大統領と、ミャンマー軍事政権の、テイン・セイン首相が、初めて、顔を合わせた。

オバマは、各国首脳の面前で、ミャンマー問題に触れた。
民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんを、含む政治犯の開放、民主化の進展を率直に求めた。

しかし、テイン・セイン首相からは、具体的な発現はなかった。

軍政の出方は、曖昧である。

何故、軍政が、それほど、強硬姿勢を取るのか。
その背後にあるものである。

それは、中国である。

軍事政権の、諸々の、悪行を、推し進めているのが、中国である。

アセアン当局者は、ミャンマーは、慎重だ。中国の後ろ盾があるかぎり、スー・チーさんを含む、様々な、カードは、簡単に切らないというのである。

中国の支援に頼る、ミャンマーである。
というより、中国は、ミャンマーを、属国化しているのである。

金の、流れは、中国による。
更に、中華系の、台頭は、甚だしい。

元の、首都、ヤンゴンでは、停電が、八時間など、ざらである。
ヤンゴンの都市機能を、麻痺させている。

何故か。
国民の力を、削ぐことだけを、考えている。
国民に力を、与えない。
そして、中国の、言いなりに、人権無視を、推し進める。

中国は、自国のみならず、そのようにして、他国にも、人権無視を、推し進めるようにするのである。

自国民を、1000万人殺した、毛沢東を、国父と、仰いでいる国である。
他国の国民など、何人殺しても、平気である。

中国は、何を目指しているのか。
それは、世界の覇権である。

中国によって、世界は、滅茶苦茶にされるのである。
ゴキブリのように、増殖する、中華系は、その国の、システムを、ずたずたにして、我が物にする。

今、ラオスも、そのように、中国の属国化が、進む。

中国の暴力を、徹底的に、抑制させないと、世界の輪も、和も、保てない。

アメリカの国力が、落ちて、中国台頭となれば、中国は、とんでもないことを、始めるのは、目に見えている。

中国人、漢民族の、増殖を、推し進める中国である。
その、国内の問題を、他国に、押し付ける意欲、満々である。

日本の、軍事化を、徹底的に、牽制し、自国の、軍事化は、徹底的に、推し進める。
それも、日本の支援金を、有意義に使ってである。

敵に、お金を出し続ける、日本という国は、どう考えても、おかしい。が、しかし、それを、声を出して言う事が出来ない。
何故か。

マスコミはじめ、多くの識者たち、中国共産党に、骨抜きにされた、アホ、ばか者が、日本の、言論を握るからである。

勿論、ようやく、まともな、意見を言う者が、出てきたことは、喜ばしい。

世界の平和を、考えるならば、中国の国力を、削減しなければならない。

中国の国内問題は、今にも、爆発寸前である。

すると、共産党の、考えることは、他に転ずることである。

生まれ持っての、魔界の者たちであるから、兎に角、悪行の数々は、朝飯前である。

これから、少し、中国の、悪行の様を、書くことにする。

知らないことは、実に、恐ろしいことである。

中国の同化政策は、まさに、漢民族一主義である。
チベットにしろ、ウイグルにしろ、それはそれは、残酷無残な行動である。

世界の、進化と、逆行する、中国共産党の、様を、今こそ、日本人は、知るべきである。

ゴキブリ中国人に、乗っ取られる、東南アジアを、救うためにも、知るべきである。

東アジア共同体などいうのは、中国支配を、推し進めるものに、他ならない。

鳩山は、即刻、退陣して、貰いたい。
あの、アホは、何も知らない。知る術も無い。

あんな、お目出度い、首相というのは、はじめてだ。

自国を、売る行為であることに、気づいていないのである。
アホも、極まれり、である。


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2009年05月27日

最後の沈黙を破る 27

宗教、及び、宗教団体の、えげつなさ、は、皆の、知るところである。

カウンターテナー藤岡宣男が、宗教の勧誘にあった。

曰く、コンサートに、お客が集まる。成功する、というものである。

勿論、私は、大反対である。

芸の世界に、宗教団体の、信者が大勢、押し寄せるというのは、許しがたい。
良いも悪いも無い。その信者であるというだけで、客が来る。
笑わせる。

そうして、宗教団体というもの、えげつなさを、堂々と、行為する。

そして、実に、この私にも、宗教団体、S会の勧誘があった。
藤岡亡き後の、コンサートである。

人が少ない。
そこで、彼らの手は、人が集うというものである。

馬鹿馬鹿しい。
実に、馬鹿馬鹿しい。

下手糞な者でも、信者になれば、皆、お情けで、人が集うという、哀れさに、気づかないのか。

信長が、比叡山焼き討ちを、行ったのは、正しい。
傲慢不遜の、僧侶たち。更に、僧兵まで雇うという、宗教には、全く、ありえない、姿。
信長という、政治家の、面目である。

一人残らず、殺すという、焼き討ちは、正しい。
それほど、宗教とは、堕落するものだからである。

信じさせれば、こっちのものである。

浄土真宗の蓮如などは、何度殺されてもいい。

空海が、言う、人を酒に酔わせたようにする、信仰というもの。

信仰に、酔わせて、騙す、脅す、実に、甚だしい、人権侵害を、行う。

芸能人が、信者であると、大声で言う宗教団体の、手は、人をそれで、酔わすのである。

信じてしまえば、こっちのもの。

実に、実に、救われないもの、それが、宗教である。

更に、である。
その、ボランティア活動や、奉仕活動などは、全くもって、偽善の一言である。

無償の行為ではない。
宗教の宣伝である。
最も、卑劣である。

信者から、得た金で、援助したとは、笑わせる。
教祖、会長は、痛くも、痒くもない。
信者の金である。

この、罪は、計り知れない。

夢物語を、語り、信者を、騙す。

だが、馬鹿、アホはいるもので、人集めには、宗教に入るのが、一番と、思う。勿論、それで、宗教団体を、利用する程の、玉なら、認める。
しかし、結局、取り込まれるのである。

布施行為を、強要されて、元の木阿弥である。

個々の人の、信じる気持ちは、否定しないが、こと、団体となると、手がつけられない。

宗教団体とは、搾取の団体である。

これから、個々の宗教を、名指してして、私は、徹底攻撃する。

勿論、その教義なるものも、徹底解明する。

教義とは、妄想である。

そんなものは、無い。

虚無である。

人は、妄想と、幻想によって、生きる。それは、認める。
自己幻想の無い人はしない。

幻想があるから、生きられる。

釈迦仏陀が、目くそ、耳糞、鼻くそ、そして、体には、糞だまりであると、人間を示した。

そんな、糞だまりの、人間が、幻想を抱くというのは、理解するが、それでは、それらが無い、糞はしないという、嘘は、理解できない。

即身成仏した、教祖は、二度の、脳梗塞になっても、平然としている。
即身成仏したのであれば、即、死んでも、よいはずであるが、死なない。

それでは、即身成仏は、嘘であろうが、信者は、気づかない。
何故か。

騙されているのである。

信じると、騙されたことにも、気づかなくなる。

これを、日本的には、あはれ、という。

実に、あはれ、である。


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2009年05月28日

最後の沈黙を破る 28

アホというのは、自分のことを、知らないという、ことである。

私の活動を、ある、おじさんが聞いて、言った言葉は、俺も、東南アジアには、よく行っていたという言葉である。

つまり、ある、大手企業に、勤めていて、海外赴任で、出掛けたというもの。

あっそう

私は、あまり、話をしたくないが、延々として、何事かを、話す。

ホント、アホなのである。

東南アジアに、赴任したということは、能力が無いと、言っているようなもの、なのである。

更に、拍車をかけて、世界を回った。
どうせ言うなら、世界の女を買ったと言うほうが、聞きやすい。

開店休業が、赴任先の、事務所のあり様である。
何も、別にすることが、無い。
あっても、日本からの、電話を受ける程度。
仕事らしいことは、しない。出来ない。
だから、海外に、飛ばされたのである。

また、言えば、領事館の職員なども、そうである。
大使館とは、聞えは良いが、サラリーマンより、悪い。

大企業の、お使いのような、領事館、領事もいる。

勿論、海外で、何事かあれば、お世話になるが、それは、当たり前のこと。そのために、領事館や、大使館がある。

私が、はじめて、訪れた、領事館は、タイ・チェンマイの、領事館である。
手厚く、持て成された。
それは、有難いことである。

しかし、批判する。

日本国の、出先機関である。
お話は、いいが、要するに、こちらが、何を特に望んでいるのかということに、気を使うべきである。

領事館が、音頭を取ってすることは、取ってつけたような、行事などである。
地元の、要するに、タイ国政府、または、地元の、行政などの、形通りの、なにがしかを、すること。

物々しい、厳重な、警備体制での、領事館には、ただ、驚くばかり。

入るのに、二度、三度の、扉を、通るのである。

タイから、日本に、旅行する人に、ビザを、発給する程度の、仕事で、それほど、厳重にする必要があるのか・・・と、思うほど。

要するに、自分たちのための、意識なのである。

だから、民間の、活動などは、理解し難いし、理解できない。

勿論、それで、いい。

民間の本当に、大変な、活動を知れば、彼らは、自殺したくなるだろう。自分たちの、仕事の、どうでもよいことに、である。

それも、仕事であるから、それでいい。
何も、期待しない。

晴れの舞台に出て、挨拶する程度で、仕事をしている気になる、程度が、国の、要するに、海外に出る、公務員である。

さて、大企業の、無能な者、海外赴任で、何をしているか。

ゴルフと、風呂である。

ゴルフは、そのまま。
風呂というのは、女を買うことである。

あちらでは、風呂とは、日本の銭湯ではない。
女が、つく。

女に、体を洗ってもらい、その後は、射精に至るまでの、時間を、過ごすのである。

勿論、ただの、旅行者も、風呂に行く。

それについては、人それぞれ。
何も、文句は、無い。

売春は、堂々とした、商売である。
誰の、世話も、受けず、体を売って、我が身を、養い、更には、家族を養う。見事である。

アホの、おじさんは、知ったかぶりをして、私に話すが、全く、役に立たない、情報である。

人は、見るものしか、見えない。
見ないものは、見えないし、無いものである。

私のように、街の、小路に入って、最低の生活をしている、ものなどは、見えないのである。

私は、天皇陛下と、同じく、観光はしない。
更に、特別に、遊ぶことは無い。
興味がない。

その国の、その町の人々が、どんな暮らしをしているのか、何が必要なのか、更に、国のあり方を見ている。
そして、価値観の違う、人々が、どのようにして、共生して生きるのか、生きられるのかを、考えている。

どこどこに、美味しいものがある、などという、情報は、全く興味なし。
どこどこの、売春宿は、若い女がいるという、情報も、興味がない。

射精に至る道は、それこそ、人それぞれ。

バスで、一同、売春に行くなどという、趣味は、全く無い。

20年ほど前に、タイ・パタヤに出掛けた時は、何も知らなかった。
だが、高級ホテルの、ボーイたちから、日本人であるということから、私は、蔑みの目で、見られた経験がある。
それの、意味を知ったのは、夜である。

日本人の、おじさんたちが、車を、チャーターして、出掛けた。
それが、売春ツアーだった。

それを、知った。つまり、はじめて、それを、目にした。
私の、身で得た、情報である。
ああ、これなら、蔑まれると、思った。

個人で、売春に行くというなら、それはそれ、である。
しかし、団体での、売春ツアーは、蔑みの対象となる。
当然である。

以下省略。

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2009年05月29日

最後の沈黙を破る 29

中国の本性である。

北朝鮮との、軍事協力である。

核問題をめぐる六カ国協議の停滞を、よそに、北朝鮮の、地下資源開発と、軍事協力を強化する。

中国の、嘘は、朝飯前。

11/22、平壌入りした、中国国防相は、両国の伝統的な友好をさらに打ち固めて発展させ、両軍間の友好交流を密接なものにするための訪問と、言う。

更に、
中朝両国の軍隊と人民の協力に何によっても壊れず、永遠である。
とのこと。

核兵器開発を、続ける北朝鮮でも、それが、在韓米軍と、中国の間の、緩衝地帯であり、安全保障に、欠かせないと、考えているのである。

つまり、北朝鮮は、中国の出先、軍事との、認識である。

更に、中国は、あの、独裁体制に、二億元、26億円相当の、経済援助をしている。
こうして、独裁政権の、維持を続けさせる。
人民のことなどは、どうでもいい。

人権無視の、中国は、支援する国、支配下におく国にも、人権無視を、推し進める。

ミャンマーのスーチーさんの、対応にも、了解しているのである。

兎に角、世界の混乱の種を、どんどんと、撒き散らしている。

六カ国協議など、眼中に無いのである。

これが、中国共産党なのである。

要するに、我が身さえよければ、他は、どうでもいい、だけではない。
他も、支配下に置くという、考えなのである。

東アジア共同体など、中国支配の、何物でもない。

中国の、企みは、何か。
世界制覇、世界支配である。
そして、中国共産党の、独裁である。

そこには、アメリカと、イスラムが、存在する。

いずれ、徹底抗戦の構えで、くる。

そして、その最初が、北朝鮮の日本への、宣戦布告となる。

北朝鮮の持つ、二つの核で、日本は、降参である。

そして、中国支配に、組み込まれる段取り。
さて、日本は、どうするのか。

友愛に、酔いしれる、鳩山という、アホは、それでも、友愛で、中国の支配下に、治まる気なのか。

実は、今年に入り、中国と、北朝鮮の、要人の往来が、激しくなっている。

北朝鮮の、核問題など、実は、中国には、どうでもいいこと。
六カ国協議は、茶番なのである。

北朝鮮に、核の一つ、二つを、維持していて、欲しいのである。

要するに、北朝鮮も、中国の支配下にあるのである。

北朝鮮の、人権問題は、中国のものであり、ミャンマーも然り。
そして、周辺国を、飲み込む勢いである。
それに、力を、与えたのが、日本の金。

中国は、イランと、イスラエル、そして、アメリカが、共倒れすることを、待っている。
更に、アメリカ軍の力が、アフガンなどで、弱るのを、待つ。

北朝鮮が、アメリカと、直接対話したいのと、同じように、中国も、アメリカしか、頭に無い。

韓国、日本などは、赤子の手を捻るより、やさしい。

一体、日本の、安全保障は、如何なることか。

本当に、日本の安全保障を、考えているのかと、思える。

攻撃されたら、終わりである。

原爆反対、平和を、求める。
と、叫んで、本当に、原爆、核兵器が、無くなり、平和が、訪れると、思っているのか。
妄想である。

日本の中だけで、通用する、運動であり、いったん、外に出れば、そんな話は、無い。
夢物語である。

オバマは、核兵器廃絶を言うが、アメリカの、核を、捨てない。
捨てたら、どんなことになるのか、目に見えている。

核の、均衡が、失われた時、世界は、未曾有の、混乱状態になる。
そして、中国は、それを、求めている。

この世は、地獄である。
地獄で、夢を見るのは、個人の勝手だが、日本という、国が、中国支配の手になるならば、夢を見るのは、止めた法が、身のためである。

いいか
個人の自由など、吹き飛ぶのである。
全体主義とは、いかなるものか。
一度、大東亜戦争で、経験しているではないか。

政治家の、見識を問う。

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