2009年05月27日

性について 97

江戸時代初期、日本は、世界一の、男色天国だった。

そして、明治以降は、世界最低の、男色の国になった。

この間の、説明は、明治期に西洋文明、特に、キリスト教文明、キリスト教が、入ってきたからである。
キリスト教は、性欲を罪とし、更に、女色より、男色を特に嫌った。
ソドミズムと呼ばれて、西洋では、死刑にまで、高まった時期もある。

だが、日本の男色を、説明する時に、西洋でいうところの、男色と、同じように考えていいのかという、疑問が湧く。

江戸時代初期、男色は、若道、若衆道と呼ばれた。

その、若道は、名前さえ、女の如くにつけ、姿は、売春婦に似る。髪を美しく結い、薄化粧をして、小袖の着物を着こなす。声も、細く、歌を歌うが如くである。

それは、女そのものと、いってもよい、姿、風情である。

限りなく、女に近い、または、女以上に、女らしい魅力を持つ、男たちである。

今、あえて言うならば、性同一性障害である。

ところが、明治期以降の、男色は、全く別物になるのである。

一時期の、心理学では、性倒錯といわれる、男が、男として、男を愛する、性交するという、関係である。

つまり、男が、本当の男を愛するのである。

勿論、それ以前も、存在したであろうが、表に出るものではなかった。

若道は、女と化した少年を、愛することである。
であるから、通常の、男色とは、言い難い。

女となった、少年を愛するのだから、女も、当然に愛する事が出来るのである。
現在、言われる少年愛とは、別物である。

それが、明治以降に、消滅するのである。
いとも、簡単に、である。

それは、少年が、女に化けるということを、極度に嫌悪するようになったからである。

それは、西洋思想の影響であり、当時の、富国強兵の思想からであろう。
明治から、昭和にかけて、オカマという言葉が、実に侮蔑的だったということでも、解る。

だが、深く検証すると、文明開化以前の江戸後期から、徐々に、形成しつつあったと、思われる。

江戸時代を通じて、武士道が、衰退してゆく。
武家社会が、事実上、消滅する。
これは、女色を遠ざけ、男と男の、信義を貫く、衆道の、精神が、衰退したと見ていい。

更に、信仰を衰退させた、仏教社会においても、女人を悪として、人里から離れた寺院にて、男だけの世界を作った社会も、堕落してゆく。

男女接触の禁が解かれ、異性が、すぐ傍に、存在するようになった。

明治の、文明開化は、衆道の世界を消滅させたのである。

キリスト教文明と、富国強兵と、質実剛健の思想的高揚が、拍車をかけて、少年が、女化することを、特に、忌み嫌うことになるのである。

更に、少年愛趣味も、強い侮蔑の対象となったのである。

それらが、消滅して、残るのは、少数派だった、成人男性同士が、性行為を伴う、男色が、変態として、認知されることになる。

明治という時代は、様々な西洋思想、文化に、翻弄された時代である。
新旧の狭間にあって、怒涛の如く、日本人の精神を、揺り動かした。

だが、西洋思想とは、ヘブライイズム、それは、キリスト教に裏打ちされた思想であり、当然、男色行為は、厳禁であり、甚だしくは、病とされた。

更に、マリア信仰に見るように、フェミニズム、女性崇拝思想である。
勿論、これにも、罠がある。

旧約聖書などから見れば、女は、家畜以下の存在である。

フェミニズムとは、女たちを誤魔化し、飼いならす方法である。
紳士の思想が、西洋にはある。
その紳士たるものは、弱い女を、守り、慈しみ、更には、畏敬して、敬愛するという、偽善的行為に、至るのである。

だが、この、フェミニズムというもの、今では、世界を、男を滅ぼすほどの、エネルギーになっている。

フェミニズムは、男を女に変質させる、力を持つようになった。
つまり、女になりたがる男たちの、出現である。

ゲイの世界的認知から、ゲイを超えて、世界の男たちが、女になることを、願い出るほどの、勢いを持つに至ったのである。
これについては、いずれ、深く検証する。

さて、日本の男色である。

明治期以降、長く男色、同性愛というものが、差別され、貶められ、侮蔑の対象とされた。その時期は、長い。
太平洋戦争以後も、それに対する認識は、変化しなかった。

男色、同性愛は、世の中の、日陰の存在としてあった。
また、変態として、認知された。
実に、同性愛の歴史は、暗いものである。

高度経済成長を過ぎて、徐々に、性に対する、囚われからの、開放が始まった。
フリーセックスの時代である。
その当たりから、同性愛というものの存在も、少しずつ変化してゆく。
オカマの時代を過ぎて、ゲイの時代が、到来する。



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2009年05月28日

性について 98

G・ラットレー・ティラー「歴史におけるエロス」から。

人類の歴史は、性的基準として、非常に対照的な、二つの態度が、たえず相克を繰り返してきたという。

一つは、父権的態度。
西洋の中世、キリスト教社会や、日本の封建社会である。
その特徴は、
セックスに対する制限的な態度
女性の自由の制限
女性を劣等で罪深いとみる
幸福より純潔を高く評価する
政治的には権威主義
保守的、反革命的
調査、研究を信用しない
自発性への恐怖、禁止が強い
同性愛への深い恐怖
性差の誇張
禁欲主義、快楽への恐怖
父親宗教
である。

次には、母権的態度である。
セックスに対する許容的な態度
女性の自由
女性に高い地位を認める
純潔より幸福を評価する
政治的には民主主義的
進歩的、革命的
調査、研究を信用する
自発性、自己顕示
近親相姦への深い恐怖
性差の減少
快楽主義、快楽を歓迎する
母親宗教
である。

勿論、この、中間的時代もある。
西洋史から見れば、ケルト民族時代である。

日本も、仏教伝来以前は、母権的であった。

ただ、皮肉なことに、父権的社会では、男色を嫌うが、逆に、男色が、甦るという、こと、多々あり。

ユダヤ、キリスト教の聖典である、旧約聖書では、男色を、徹底的に、嫌い、それは、異民族、異教徒のものだと、排斥するが、禁止が、強ければ、強いほど、男色が、広く行われていたということである。

歴史が、男性宗教型になると、女性を低く評価する。
ユダヤ、キリスト教、イスラム教は、見ての通り。

仏教では、女性は、修行しても、救われない存在と、決定するという、徹底ぶりである。

ただ今の、歴史という時、この、男性の宗教をもとに成立した、父権社会が、記録されているのである。

それ以前の、歴史は、母権社会であるが、神話とされる場合が、多々あり。

要するに、古代社会は、母権社会であり、セックスの抑圧がなく、更に、快楽への、制限がないのである。

何故、父権社会になると、セックスが、タブー視されるのか・・・

セックスにより、男が女に、飲み込まれるという、恐怖からか。

そして、男色が、強い関心を呼ぶのである。
それを、嫌ってもである。

更に、父権的、父親宗教でさえ、神殿では、神官による、男色行為が、公然と、行われていたのである。
更に、売春行為もである。

実に、不可解である。

中世の西洋では、徹底的に、セックスを拒絶したが、日本の場合は、仏教社会で、男色に対しては、比較的、許容的だった。

結果、西洋では、男色に対する、恐怖心が高まり、日本の場合は、男色に対する、賛美が、高揚したのである。

何事にも、表と裏がある。

男色、嫌悪の裏には、男色の流行があり、というふうに、である。

現代では、男色の繁殖は、激しさを通り越して、ゲイを抜きにして、語れないこと、多数ある。

それでも、父権宗教主体の、社会では、男色を嫌悪し、更に、宗教的に、罪と定めている。

イスラム社会では、甚だしい場合は、死刑である。

再度、同性愛の、歴史を俯瞰しつつ、同性愛というものの、存在する意義と、価値、そして、人間が、逃れられないという、セックスの多様性を、見ることにする。

実際、セックスの多様性は、百人百様であり、それは、国家や、宗教に、支配されるものではないが、それさえも、支配しようとするのが、強い支配欲を持つ、為政者たちである。
勿論、宗教指導者といわれるものたちも、である。

何故、人の、性行為に、関与するのかを、探ってゆくと、必ず、支配欲というものが、見えてくる。そして、性とは、最も、原始的人間の、欲求であるという、事実である。

人間の、原始的欲求を支配することで、絶対的、権力の頂点に立とうとするのである。

人間の、基本的欲求を、本能と呼ぶが、その本能を支配するというのが、宗教と、政治の、キーポイントである。
つまり、本能と、主義、ドグマの戦いでもある。


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2009年05月29日

性について 99

アラブやアジアの多くの国では、同性愛行為はごくありふれたものであり、たいていの人から気楽な無関心で見過ごされるため、大きな問題が生じること殆どない。しかし世界全体がアメリカの影響を蒙るようになった現在、事情は急速に変わりつつある。発展途上国の進歩的思想の持ち主たちは、原始的と解釈されそうな行動に関して大いに神経質になってきている。そしておそらくそういうことが原因で、アメリカの知識人の動きは法的規制廃止の方向をたどっているにもかかわらず、レバノンやモロッコなどの国々の近代刑法典には、同性愛を犯罪視する規制が取り入れられているのであろう。
同性愛 ウェスト

この、著作は、30年前のものである。

同性愛行為が極めて一般的な習性であることは昔も今も変わらないが、それに対する人々の考え方が西洋化するに従い、数々の社会問題が出現するようになった、というのがより正確な説明といえそうである。
ウェスト

上記は、すでに、加速して、変化している。

英米文明の、同性愛者に対する、極端で、不合理な敵視は、多くの社会悪を引き起こす、原因となっているというのである。

彼らに重くのしかかる罪の意識や疎外感がなければ、彼らの多くは社会にもっとよく適応し、より有能な仕事をすることができるであろうし、敗北的な行動や神経衰弱、意気消沈、自殺などに走ることもずっと少ないであろう。
ウェスト

だが、時代は、変わった。
イギリスでは、ゲイの存在を無視して、商売が成り立たなくなるほどの、勢いである。
更に、世界的に、行われる、ゲイパレードである。

それは、後戻りできないほど、ゲイの存在を、認知させる力になった。

兎に角、中世から、少し前の、現代に至るまで、同性愛というものは、タブーであり、敵視され、社会から、排除されていたのである。

そして、差別は、甚だしい。
だが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教社会においては、未だに、同性愛に対する、態度は、旧態依然としてある。

それはそれ、という、対応をしつつあるが、宗教的には、未だに、解決されない問題であり、罪の裁きを受けなければならないという、教義がある。

宗教的、観念の支配する、国の社会では、ゲイ解放といえども、まだ、それには、激しい抵抗があるのである。

ゲイ解放に至る道には、まだ、強い、困難があった。

倒錯者の実情が以前より世間に知れ渡るようになってきたことが、ある意味では事態を一層悪化させている。というのは、自己の立場に対して確固とした認識をもたぬ若い同性愛者は、ある程度の寛容さを期待させるような風潮をまともに受け取り、そのためにより強い疎外感を味わわされることが多いからである。また正常人の側の知識が増すにつれ、倒錯癖を隠すことはますます困難となり、詮索好きな親類縁者の目を逃れることは特に難しくなっている。自然な成り行きからほんの数回同性愛経験をもったというような若者たちは、倒錯者の陥る恐ろしい問題の数々を耳にし、自分のことを永久に無能で堕落した存在と思いこむかもしれないのである。
ウェスト

ウェストも、この程度の、理解なのである。

同性愛は、倒錯者である。

だが、30年前から、多くのゲイ小説が、世に登場するのである。

同性愛者の、反撃が、激しく展開される。

まず、倒錯という、言葉に対する、反撃である。

正常とは、何か・・・
正常とは、男女の性行為のみに言えることなのか。
同性愛行為は、正常ではないというのは、単に少数派だからであろう。

多い民族も、少ない民族も存在する。
少ない民族は、正常ではないのか。

更に、障害を持つ人たちは、どうか。正常ではないのか。

様々な、議論のうちに、ゲイのパワーが、増していった、経緯がある。

だが、R・E・L・マスターズは、同性愛擁護者たちの運動を評して、
彼ら同性愛者は正常な人間より優れているというような素振りをみせたり、適度の寛容さの枠を越える大幅な自由を要求したりする点において、世間の同情を失っている。
と、言う。

同性愛者たちは、社会の不当な、糾弾に対して、反撃を試みる。
ウェストは、それは、敗北者に特有の反動にすぎないと、言う。
そして、
結果的に、彼らが政治的な危険分子であるという、印象を広めると。

この、政治的危険分子というのが、ポイントである。
同性愛者が、政治的発言を得ることは、同性愛者以外の人たちからは、脅威なのである。

何とか、同性愛者たちの、政治的活動や、運動を阻止して、おかなければならない。
為政者も、同じく。更に、宗教家、その指導者たちも、である。

同性愛者は、支配し難い、という、イメージを、強く抱かせるのである。
これが、恐怖を呼ぶのである。

同性愛者が、団体となり、多数派を攻撃し始めたら、収集がつかなくなるという、恐怖である。

国家の、最小の単位は、家庭である。
家庭は、父と母という、男女によって、成り立つものである。
これが、強迫観念のように、為政者や、宗教家、その指導者たちを、同性愛者を否定させる、大きな要因なのである。

同性愛結婚などと、権利を主張されては、たまらないと、思うのである。
しかし、同性愛結婚を、認める国や、アメリカでは、州も、出来たのである。
更に、アメリカ軍は、軍隊における、同性愛者の入隊を、認めるという、段階に入ったと、
発表した。

時代は、どこかへと、流れてゆくものである。

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2009年05月30日

性について 100

ここで、少し、特に、ヨーロッパにおける、歴史的見地から、同性愛というものを、眺めてみる。

その、手引きは、キリスト教と同性愛、ジョン・ボズエル著である。
副題は、1世紀から14世紀のゲイ・ピープルである。

キリスト紀元の始めから中世の終わりまでのあいだに若干の少数者に対するヨーロッパ人の態度には大きな変化があった。はじめのうちは、目立たないとはいえ社会の本流の一部を形成していたのだが、しまいには差別され、軽蔑され、ときには過酷に抑圧される周辺集団を構成するに至ったのである。
ジョン・ボズエル

ゲイ・ピープルのことである。
当然の如くに、存在した、ゲイたちのことである。

中世ヨーロッパとその諸制度を異常に不寛容であるとか、不寛容を特徴として描くのは正確とも有効ともいえない。さらに、とはいわぬまでも、同じくらい社会的不寛容に傾きがちな時代がほかに多く存在した。
ヨーロッパの少数派の大多数は、「暗黒時代」よりも「ルネッサンス」のあいだのほうが生活水準が低かったし、他のいかなる世紀も20世紀のそれと同じほど破壊的な毒をもつ反ユダヤ主義を目撃したことがないのである。さらに、この二つのテーマーーー不寛容および中世ヨーロッパーーーを、あたかも互いに一方がある意味で他方の歴史的説明であるかのように扱うと、どちらのテーマを理解することもまず不可能になる。中世ヨーロッパの社会史、およびおそらくそれ以上に、社会的現象としての不寛容の歴史的起源とその影響といった問題ははるかに精密な分析が必要なのである。
ジョン・ボズエル

彼は、不寛容は、20世紀の良心の重圧となって、のしかかるという。
だが、歴史の流れの中での、不寛容の本質、広がり、起源、その影響については、ほとんど知られていないとの、論説である。

同性愛の、差別、つまり、社会の、不寛容について、学者として、大いに、分析を進めてゆくのである。

何故、同性愛が、差別の対象とされるようになったのか。更に、社会が、不寛容に、彼ら、ゲイ・ピープルを、差別し、抑圧するようになったのか。

勿論、キリスト教の、教義に発するものが、大きいのであるが、更に、それを、グローバルに、捉える研究をしている。

単に、旧約聖書の神、ヤハァウエが、同性愛行為は、異教徒の行為であり、許されないと、断定したことから、のみ、始まるのではないということ。

更には、教会が、性的快楽を、罪とする、判断をしたことにより、生殖を伴わない、男女間の性交も、更に、生殖を全く伴わず、快楽のみを求めた、同性愛行為を、罪と、定めたということは、大きい。

ヨーロッパ中世を通じて不寛容の対象となったもろもろの集団のなかでも、ゲイ・ピープルがこの研究のために役立つことには多くの理由がある。
ジョン

ユダヤ教徒とイスラム教徒と違い、ゲイ・ピープルは、ヨーロッパの至るところで、あらゆる階層の人々の間に、散らばっていたという。

彼らは、異端者や、魔女のようではなく、どの時代でも、少数者として、存在していたのである。

更に、ゲイ・ピープルに対する、敵意は、庶民の偏見と宗教的確信の混同を、他に例がないほど、明確にする。

特殊な、偏見を支えている、宗教的確信を、一般の人々が、抱いている限り、両者を分離することは、事実上不可能である。しかし、いったん、宗教的確信が、放棄されると、分離が完全なものとなって、元の結びつきは、大半が理解し難いものとなるのである。

例えば、ジョンは、一例を挙げて、ヨーロッパの、大半の国では、今日「ユダヤ人をその信仰のために虐げてはならない」というのが一信仰箇条であるが、14世紀には、「虐げなければならない」というのが、同様に、一信仰箇条であったという。

それは、前近代ヨーロッパの、多くのキリスト教徒に、極めて、重要な宗教的義務だったことである。

14世紀の、キリスト教は、ユダヤ人を改宗させること、というのが、宗教上の、信条だったこと。
ユダヤ人に対する、偏見の混同が、あまりに、完璧だったという。

だが、20世紀に入り、現代キリスト教徒の大半が、中世の、宗教的信念に、基づいて、加えられた、虐待の真剣さに、疑念を持つほどになった。

ジョンは、
宗教と偏見の混同が根強く残っているものの、それがまれで疑問視されるようになった時代のみ、両者の有機的関係を納得のゆくわかりやすい方法で分析することができるといえよう。
と、言う。

現代西欧社会は性的に特異なさまざまな集団について、まさにそのような移行期にあると思われ、ゲイ・ピープルはそうした偏見の歴史を研究する上で、またとない好個の機会を提供してくれるのである。
ジョン

ゲイは、今尚、厳しい禁止法、公衆の敵意、種々の儀礼的抑圧を、受けている。
そして、それは、すべて、宗教の、正当性を持つのである。

ジョン・ボズウェルの研究は、キリスト教であれ、他の宗教であれ、信仰が、ゲイに対する、不寛容の、原因であったとする、一般的な、見解を反駁することに、当てられている。

何故、ゲイが、宗教及び、それによる、不寛容の対象にされるのか。
更に、それは、時代と共に、変化し、ゲイの存在に対しての、寛容を見出す研究ともいえる。

注意深く分析してみればほとんどつねに、宗教道徳を良心的に応用することと、私的悪意や偏見を正当化するために宗教の教えを利用することとの区別は付くものである。
ジョン

そして、実に、興味深いことを提言する。

もし、虐待を正当化するために宗教の規制を用いるひとびとが、同じ宗教法典に含まれる同様に厳格な教えを常日ごろ無視しているならば、あるいは忌み嫌われる少数派を規制する禁止条項が絶対不可侵のものとして一語一句の疎漏もなく厳守されている一方で、多数派に影響のある同様の教えが緩和されたり解釈し直されているとすれば、虐待を動機付ける理由としてなにか別のものがあることを疑わねばならないのである。
ジョン


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2009年06月01日

性について 101

同性愛の病因をめぐる今日の科学理論で、社会的寛容がその発生を決定することを示唆するものは皆無である。純粋に生物学的な理論でさえ、「同性愛はいかなる条件においても、またいかに好条件を得ても、少数派の嗜好にすぎないであろう」とする点で軌を一にしている。
ジョン

性的特異行動とは、色々ある。
禁欲や、自己犠牲なとも、そうだ。
しかし、それらは、特異行動だが、社会に害を、もたらすことはなく、逆に、賞賛されることもある。

また、同性愛を、認めると、社会は、衰退する。つまり、生殖を伴わないからと、いう者もいるが、全く、それは、誤りである。

ジョンは、
さらに、同性愛の欲望のために個人またはもろもろの集団が生殖にあずからぬようになると推測する強固な理由はない。
と、言う。


同性愛の行動と異性愛の行動は排除し合うとする一般の考えを支持する証拠はなく、多くのデータはその逆を示唆している。

ゲイ・ピープルが結婚し子供を作る率はゲイではないひとびとの場合よりも低いと期待されるのは、近代産業国家のようにエロスのエネルギーは一生にわたる合法的配偶者にもっぱら向けられるべきだとする社会においてのみであろう。そして、そうした文化社会においてすらゲイ・ピープル人口のかなりの割合がーーーことによると大多数がーーー事実結婚し子供を作っている。
ジョン

オスカー・ワイルドが、ゲイであり、男の恋人がいたことは、知られているが、彼が、夫であり、父であったことに、気づいているものは、稀である。

ゲイ、同性愛ということの、事実が、彼ら、同性愛者を、特異な存在にするという、社会的、認識である。

ジョンの、反論は、ただ、同性愛であるということで、他の、多くの、多数派と同じ、側面を無視することは、できないという。

この、膨大な論文は、ゲイ擁護の立場にたって、論評している。

次に、
同性愛に対する不寛容さを説明するためにもと出されるかもしれぬ第二の脅威はその「不自然さ」に関連する。
と、言う。

だが、人間社会が、ゲイに対して、敵意ある反応を示すのは、彼らの、好みが、本来、不自然だからであろうか、となる。

ジョンは、この、自然、不自然ということについても、多くの、論評を行っている。

「自然な」「不自然な」という言葉の意味は、それらの言葉が関連する、自然の概念に応じて、変化するものだと、提案している。

そして、
自然のいくつかの概念は主として「現実的」ということである。
と、言う。

自然界、およびそれを観察することに関連するのである。

自然は、あるものの、特性ないし本質といってもよい。例えば、愛の自然、人間の自然など、である。

不自然なという言葉は、この概念に対立するものとして、そうしない者は、不自然である、となるのである。

更に、広い意味で、観察できる世界の、すべての自然である。
その意味の反対語として、不自然である、というのは、科学的に観察できる、世界の一部をなさないもの、つまり、幽霊や奇跡に当てはまる。

「自然」および「不自然」の「現実的」カテゴリーはひどくあいまいに使用されているが、比較的「現実的な」「自然」観から見ても同性愛は「不自然」であるとする確信の底流をなす主要な仮説に触れてよいと思う。そのなかで新しいほうの仮説、つまり、本来生殖に関わらない行動は進化論的な意味で「不自然」であるという考えをゲイ・ピープルに適応するのはおそらく不正確である。ともあれ、禁欲を理想化した古代社会にあって、あるいはマスターベーションを完全に「自然」であると考える現代社会にあって、生殖に関わらぬということがゲイ・ピープルに対する反感を誘発するとはまず考えられない。そもそもこうしたひとびとが結局は生殖に成功しているという点は同性愛の行動と変わらないのだから。この反対論は明らかに偏見の原因というよりむしろその正当化である。
ジョン

更に、同性愛は、動物には、見られないという、仮設である。

しかし、それは、誤りである。
動物の、同性愛行動は、野生状態かどうかを問わず、種々の動物について、観察されている。

更に、多くの動物の同性愛行動が、不自然だと、考える者は、いない。逆に、それが、自然の一部と、みなされているのである。

だから、
人間が同性愛の欲望や行動を示す唯一の種であるとしても、そのことはそうした欲望や行動を「不自然」として分類する理由とはならぬであろう。
ということになる。

同性愛が、自然に、反する行為ということは、全く、お門違いの話である。
更に、特異行動でもなく、それは、ある意味、自然な行為でもある。

人間のエロスは、百人百様である。

成人した人間の、性行動に関しては、その本人の、責任の範囲にあるものであり、他の誰もが、介入できないものである。

人の、ベッドを覗き見するという、下品な行為は、宗教の、得意とするところである。

更に、ジョンの、自然についての、論述を見ることにする。


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2009年06月02日

性について 102

先ごろ、イギリス議会が、同性愛差別禁止法を、通過させた。

すると、ローマ法王は、即座に声明を出した。
同性愛は、自然に背く行為であり、認められない、と。

カトリック教会が、一貫して、言い続けていることである。
同性愛は、自然に背く。堕胎は、自然に背く。マスターベーションは、自然に背く。

カトリック教会が言う、自然とは、何か。
しかし、カトリック教会は、それについては、沈黙する。
要するに、単純に自然観察をしてのことであり、実に浅はかな観察である。

そして、皮肉なことに、その単純な自然観察から、弱肉強食の自然界を、真似て、多くの他民族を、虐殺したのである。

大航海時代、カトリックは、布教を名目に、従わない民族を、皆殺しにしたのである。
その反省を、未だに、行っていない。

さて、
自然―不自然の対立のまったく別個の分類法は「理想的自然」と呼んでよいかもしれぬものにもとづいている。
ジョン
と、言う。

「理想的自然」の諸概念は「現実の自然」がもろもろの意味に類似し、かつその強い影響を受けているが、「自然」は「善」であるということを明らかな前提としている点で後者とは重大な相違がある。「理想的自然」が包含するのは森羅万象か人間の関わらぬ事物のみかという理解のほどはともかく、それはつねに「善」へと働きかけるものと信じられている。

これによれば、ある「自然」の物事が悲惨で苦痛を与える場合はあろうし、悪の形相を呈することさえあろうが、長いあいだにはーーーまたは、大きな尺度で見ればーーー結局はそのすべてが望ましく価値ある状態に落ち着くことを示しうる。

「自然」はおのれの力で悪を生み出すことができぬから、真に咎むべきもの、または邪悪なものはすべて「不自然」にちがいないというわけだ。「理想的自然」の諸概念は観察される現実世界によって大きく左右されはするが、結局は文化価値によって決定されるのである。このことは、とくに「不自然」という語について観察される。つまり、このような理想的自然体系のなかでは、「不自然な」という語は「悪い」とか「受け容れがたい」という意味の強い言い換えとなっている。

「理想的自然」に魅せられたひとびとにとってある行動が欠点を補うに足る美質をもたぬように見えるほどイデオロギーのうえで無縁であるか、または個人的にいとわしいならば、その行動は「不自然」のレッテルを貼られよう。

それは、そんな行動が「現実の」自然のなかでは決してなされないのか、しばしばなされるのか、あるいはなされるとすれば人間がなすのか、下等な動物がなすのか、ということには無関係である。なぜならそのようなひとびとは、「良き」自然はいかなる状況下にあっても、そのような行動を生み出すことができないと推測するであろうから。
ジョン
読みやすく、改行しています。

ここでも、皮肉なことに、理想的自然観を持つ人々が、宗教上の理由や、個人的な理由に基づいて、反対する、性行動を、不自然とみすなすことは、よくあること。
だが、驚きは、次だ。

理想的自然を意識的に排斥する人々が、そのくせ、そのような反対論に影響される程度の、甚だしいことである。
この、混乱は、宗教的確信と、個人的嫌悪の混乱と同様、ゲイ・ピープルに対する態度において、特に、多いのである。

同性愛は、不自然であるという、観念は、古代社会に広がった。
プラトンの、何気ない言葉に、端を発している。

だが、これは、理想的自然観が、現実的自然観に対して、勝利したからであると、ジョンは、言う。

特に、キリスト教台頭直後、数世紀にわたり、哲学諸派は、理想化された自然を、人倫の基準として、用いることで、西欧思想に、大きな影響を与えた。
共に、生殖に、無縁な性愛は、すべて、不自然であるという、観念を一般に広めたのである。

だが、一旦、それは、廃れたが、その後、13世紀になり、スコラ哲学によって、復興された。

それは、技術科学から、教義神学に至る、あらゆる分野の学問に、決定的な、そして、支配的な観念となった。

のちにはこの理想的自然観を根拠とする科学的、哲学的、さらには道徳的考察すらほぼ完全に信用を失ってしまい、大半の識者から見向きもされなくなっているが、「不自然」とか「自然に反する」という語句のもつ感情的な影響力は根強く残ったまま今日に至っている。
ジョン

ゲイ・ピープルは「冒涜的存在」であるという見解は近代科学の興隆より優に二千年以前にさかのぼり、かつ近代科学とはまったく無縁の発想にもとづいているにもかかわらず、多くのひとびとはなんの考えもなくこの古代からの偏見をおのれが科学的と思いこんでいる思考の枠組みに当て嵌め、それに伴うひどい矛盾に気づきもしない。

そして、同性愛の行動はーーー古代の哲学者によって理想化された「自然」ではなく現代の科学者がいうところのーーー「自然」を冒涜する、という結論に至るのである。
ジョン

不自然という、観念の、根強さは、ほとんど、それを捨て去っているにも、関わらず、現実に、そのような観念を吹き込む偏見の顕著な指標となっているのである。

そして、要するに、同性愛は、不自然であるという、論難は、科学的にも、道徳的にも、説得力があるとは、思われないと、ジョンは、結論づける。

「不自然」という語は敵意の収束点とはなりえようが、入り組んだ感情のみなもとをなしているとは夢にも考えられないのである。
ジョン

これは、何も、ゲイだけに言えることではない。
他の、多くの少数派に関しても、同じである。

難病、奇病を持つ人たち、障害を持つ人たち、更には、生まれによる差別なども、そうである。

更には、職業までも、視野に入るのである。

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2009年06月03日

性について 103

ゲイ・ピープルに対する偏見を研究することによって、不寛容・信仰および社会がさらされるとされる想像上の危険の関係が多少とも明らかになるわけだが、ここで論ずべき利点をもう一つ付け加えるなら、この研究からは、多くの相異なる集団や特徴に向けられる不寛容の類似点と相違点への洞察が得られるのである。
ジョン

宗教上の多様性を、拘り無く、許す大半の、社会は、性の多様性も、多めに見ることができる。しかし、ユダヤ人と、ゲイ・ピープルの辿った、運命は、初期キリスト教徒による、迫害から、強制収用所における、大量虐殺に至るまで、ヨーロッパの歴史を通じて、軌を一にしている。

ユダヤ人を虐待した、その法律は、ゲイ・ピープルも、虐待したのである。

ユダヤ人排斥に専念した、その集団は、同性愛をも、一掃しようと、努めた。

ヨーロッパ史上、ユダヤ人の独自性を許容することのできなかったその時代は性的な反体制にも激しく反対した。
ジョン

ただし、ナチスにおける、同性愛迫害は、実に矛盾していた。
何故なら、ナチスに中に、大勢の同性愛者を、抱えていたのである。

上司と、部下の関係の、実に熱い、同性愛の関係は、見ぬ振りをしていたのである。

宗教の統一に腐心したその国々は性行動についても多数派の標準を押し付けた。そして宣伝活動についてもユダヤ人に対するのとゲイ・ピープルに対するのとでーーー多数派の子孫の撲滅にやっきとなる獣として描くというーーーその同じ手段が用いられたのである。
ジョン

ところが、皮肉なことに、それによって、ユダヤ人たちは、政治的智慧と、彼らの倫理上の戒律を、じっくりと、子孫に伝えた。

さらに
ユダヤ教精神はその信奉者に少なくとも抑圧に直面した際の団結という慰めを与えた。
ジョン

ユダヤ人の、集団生活は、史上再々、多数派から疎外された、一群の人々のための、主要な社会のはけ口として、個々のユダヤ人に当面の共同意識を与え、祖先の悠久にして、神聖な伝統への、帰属意識を高め、栄えることになった。

何故、ユダヤ人の排斥が、起こったか。
事は、簡単である。
キリスト教による。

ユダヤ教は、イエスキリストを、救世主とは、認めない。
一人の、預言者である。
ユダヤ教の、救世主は、まだ、この世に、現れていないのである。

ローマのキリスト教が、初期ユダヤキリスト教徒を、皆殺しにして、国教とした。
本来の、イエスキリストの、教えとは、別に、ローマキリスト教、つまり、カトリック教会が、生まれたのである。

イエスキリストは、ユダヤ人の、信仰の刷新を、目指した。しかし、その、教えと、神格は、ユダヤ人から、剥奪され、ユダヤ教とは、別の宗教組織として、発足したのである。

イエスキリストの、世界観は、ユダヤ人たちの、世界観である。
世界宗教への、道を歩み始めたのは、大航海時代の、植民地化政策に、最大の目的としての、キリスト教、カトリックの布教という、名目がある。
それが、ユダヤキリスト教を、変容させた。

それは、宗教というより、政治的目的、利用のための、ものである。

現在、世界に10億人の、信者を抱える、カトリック教会は、数名の、政治的野心から、出たものである。

スペインの、植民地政策を、今、裁くならば、国が消滅するほどの、罪の裁きを受けるだろう。

更に、かけがえの無い、各民族の、伝統文化を、皆、破壊した罪も、大きい。
それは、スペインが、植民地にした、国々に、出掛けてみれば、一目瞭然である。

ゲイ・ピープルは、世間の態度が彼らに好意的なときのみ表立った下位文化を形成する傾向がある。逆に反感を抱く社会のなかではそうしたグループは姿を消す。それは彼らの場合、標準からのずれが本来私的なものであるために許される贅沢なのだが、この贅沢ゆえに彼らの孤立化は大いに進み圧力団体としての効力が激減することにもなる。そして比較的楽な時代が戻るころには抑圧の再発阻止の動きを促進する機構は存在しなくなっている。

虐殺を記憶する古老はすでになく、生き残った者が死者の運命を思い出すよすがとなる流浪の文学はなく、危機と受難の時代を記念する祭壇も存在しない。今日でも、時節柄自分の置かれている立場のきわめて多種多様であることに気づいているゲイ・ピープルは比較的まれであるし、昔の社会ならなおさらそのことに気づいたものは皆無に等しかったと思われるのである。
ジョン

つまりは、ゲイ・ピープルは、完全に、彼らに対する、世間、社会の態度に、左右されてきたということだ。

同性愛に対する公衆の反感の歴史はこうしてある程度まで社会的寛容一般の歴史ともいえるのである。
ジョン

そこでは、ゲイ文化が、危ないものとして、多くの手が加えられて、全く、異質のものとして、歴史に残るという、馬鹿馬鹿しいことも、行われている。

神奈川県の、江ノ島にある、少年と、僧侶の心中の英語の書き込みは、二人が同性愛であることを、隠して、少年を少女に書き換えているという、馬鹿馬鹿しさである。

同性愛が、美談として、語り伝えては、ならないという、タブーを、誰が作ったのか・・・

ヨーロッパでも、そのような、小細工が、大手を振って行われた。
いちいち、例を上げるまでもない。

だが、文化を創った、ゲイ・ピープルの歴史的事実は、少しばかり、見ておきたい。
更に、ジョン・ボズウェルの著作から、引用することにする。

多くの歴史的遺産とも言うべき、文学の、ゲイ的要素が、乱暴な、堅物により、歪曲されて、紹介されるという、暴力である。
女を求めるように、男が、男を求めたという、事実は、隠せないのである。

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2009年06月04日

性について 104

西欧史のどの時代を取ってもこの20世紀の前半におけるほどゲイ・ピープルが広汎で激しい不寛容の犠牲となったとは考えられないし、現代の西欧諸国の生きるゲイ・ピープルを観察して同性愛に関する結論をひきだそうとしても、ナチス支配下のドイツにおけるユダヤ人あるいは南北戦争以前のアメリカ南部諸州における黒人に関して出された結論ほど正確で客観的な一般論を生み出すことは期待できない。ごく最近まで、ゲイ・ピープルで自分の素性を公けにする気になった者はほんの一握りにすぎないし、そのようなひとびとにしても、当然予期されるひとびとの反発を考えると、典型的なゲイではなかったにちがいない。
キリスト教と同性愛 ジョン・ボズウェル

これは、序章である。
問題は、何かということから、はじまるのである。

巷で、言われる、ホモとか、おかま、ゲイ、など、実に曖昧で、差別的発言であるということが、理解できる。

同性愛とは、何か。
その民族、文化に、おける、同性愛というもの、とは、何かである。

伝統や、風習として、行われる、同性愛的行為も、同性愛というのか。
友情を深くして、精神的に、結びついたものも、同性愛と、言うのか。

様々な、疑問が湧くのである。

私は、すべての、人間に、同性愛性というものが、存在すると、考えている。
そして、異性愛性というものも、である。

更に、ゲイという場合は、ゲイという、同性愛だけではなく、ゲイセックスという、同性愛性交の有無を問う。

日本の武士道における、師弟のあり方、君主との、あり方も、また、同僚に対する、あり方も、同性愛を伴うものである。

明確に、同性愛であるという、線引きをすることは、至難の業である。

更に、もっと、追求すると、異性愛を、実現できない者が、同性愛行為に、救いを見出すという、実例もある。

同性愛ではないが、同性愛性交を行うという、者もいるのである。

それでは、定義を、どこに置くのかということが、問題になる。

しかし、その前に、
したがって、現代のまったく典型からはずれているかもしれないサンプルからひきだされたゲイ・ピープルの観念を歴史データに投影することは極度に慎重でなければならない。
ボズウェル
ということになる。

たとえばゲイの男たちはあまり男性的ではなく、ゲイの女たちはあまり女性的ではないという観念が、経験による知識というより、同性愛に対する反感の結果であることはほぼ疑いない。
ボズウェル

更に、分析すると、
ゲイ・ピープルに対して寛容でない文化には、男性はその文化が女性的とみなすものによってのみーーーまたは女性は文化的に規定された男らしさによってのみーーー性的な刺激を受けるという一般の期待があるため、他の男性の興味を惹きたい男性は「女性的」になり、女性に性的な関心のある女性は「男性的」になる、という憶測がおのずと生じてくる。
ボズウェル
ということになる。

わずかの、例に捉われて、それを標準としがちな公衆の心にある、紋切り型のイメージは、そんな一部の例によって、強められると、言う。

だが、寛容な、古代民族にあっては、他の男を愛する男は、異性愛の男より、男性的になると、考えられたが、これは、男を愛する男は、男たちに見習って、彼らに似ようと、努めるという、論理的な理論に基づいていた。

これに対しては、説得力に欠けると、ボズウェルは、言う。

プラトンの、饗宴から見ると、
男を愛し男と寝たり抱き合ったりすることを喜ぶ男は、その人自身、生まれつきことに男らしいのだから、子供や若者のなかでもっとも美しいといえます。彼らのことを恥知らずだという者がいまが、それは誤りです。というのは、彼らがそのようなことをするのは、破廉恥のせいではなく、自分と似たものを追い求める勇気と男らしさと男伊達があるからです。これには大きな証拠があります。つまり、長じてから政治に向いていることがわかるのは、そういう男たちだけなのです。

これは、現代の偏見とは、逆の、最も、けたたましい例だと、ボズウェルは、指摘する。

性愛のカテゴリーとしての、同性愛と、判断する場合もあり、文化的、伝統的、更に、民族的な、様々な、同性愛の、考え方があるということだ。

人間の、欲望を分析すれば、恐ろしいほど、複雑奇怪になってくる。
つまり、一概に、定義や、決めつけなど出来ないということである。

例えば、全く、女に興味を示さなかった男が、精神分析によって、何故、女に、興味を示さなかったのかということが、解明されて、同性愛傾向から、抜けるという、場合もある。

更には、異性愛も、同性愛も、受け入れない、全く、別の、カテゴリーの者もいるのである。

極端な例だと、性的に、何ら、欲望を感じる事が無いという、者である。

それも、欲望が善だとすると、異常である。

また、プラトンより、数世紀後に、生じた、プラトニック・ラブという、概念の起源は、ゲイの関係には、セックスが欠けているべきだとする、プラトンの確信ではなく、同性同士の愛のみが、セックスを超越できるものだという、プラトンの、信念にあった。

様々な、民族の、同性愛の、証を俯瞰すると、実に興味深いことが、解る。

ゲイ・ピープルに対する不寛容の歴史を研究する際に付きまとうもろもろの困難が、たんに現代の神話や紋切り型のイメージの時代錯誤的な投射を避けるということだけで解決できるなら、事ははるかに容易であろう。残念ながら歴史家は、古代の同性愛と現代の同性愛を誇張する傾向という、もっと誘惑的でやはり事実を歪める危険にもさらされるのである。
ボズウェル

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2009年06月05日

性について 105

西側諸国の現代人は大半が、いやゲイ・ピープルでさえ多数が、ゲイの恋愛は、「しばしば理想化される」男女のそれよりも短絡的で肉体的だと考える傾向にある。これが本当かどうかという問題は社会の反感という変数との関連で考察しなければならない。敵対的な環境のなかでは永続的な関係の一方の当事者とならぬことがゲイの人間にとつて大変有利なことは明らかである。
ボズウェル

更に
同性愛が抑圧されているところでは、同性同士の関係が親密であればあるほど、また長続きすればするほどいっそう疑惑を招きかねない。抜け目のないゲイ・ピープルはうまく立ち回るかもしれないが、抑圧に対するもっとも効果的な防衛策は、注意を引きつけもせず疑惑を呼び覚ますこともない束の間のひそやかな関係を図ることにあろう。

だが、ゲイ・ピープルと、その愛が、公衆の賛美の的となるところでは、防衛する必要はない。

もっと、寛容な社会では、防衛のための、特徴的行動は、発達しないのである。

多くの、ギリシャ人が、ゲイの愛を、永続的、純粋、かつ、真に精神的でありうる、エロティシズムの、唯一の形態として、描いている。

アッティカの立法者ソロンは、同性愛のエロティシズムを、奴隷には高尚過ぎるとして、彼らには、それを、禁じた。

ヘレニズム時代の、物語の理想化された世界では、ゲイ・ピープルが、ゲイでない友人たちの、情熱に劣らず、持続的、あるいは、精神的な情熱を抱く不幸な、恋人たちとして、描かれて、異彩を放った。

ローマでは、亡き恋人アンティノオスに対する、ハドリアヌス皇帝の、尽きることのない、愛情が、恋の忠誠の、もっとも、よく知られた、美的表現の一つとなった。

イスラム教の、スーフィー派文学では、同性愛のエロティシズムが、神と人間の霊的関係の、重要な隠喩表現として、用いられた。

ペルシャの詩や、小説でも、精神的な愛の、実例として、ゲイの関係が取り上げられる、場面が多かった。

古代中国では、ゲイの愛情を示す、もっとも、ポピュラーな文学表現として、「断袖」という言葉がある。
前漢末期の皇帝が、謁見を賜るように請われて、自分の衣の袖を敷いて、寝入っていた、寵童薫賢を起こさぬように、袖を、断ち切ったという。

原始民族のあいだでさえ、精神性、あるいは、神秘性と、同性愛とは、何らかの、つながりがあったと、推測されている。

上記から、同性愛感情と、道徳的だらしなさが、関連付けられるようになったのは、比較的、最近のことである。

歴史家は、古代の同性愛と現代の同性愛の相違を誇張する傾向という、もっと誘惑的でやはり事実を歪める危険にもさらされるのである。
ボズウェル

一部の学者の間では、古代の同性愛と、現代の同性愛とは、違うと、主張する者もいる。
つまり、古代の、関係は、常に、異なる年齢、年長者と少年という関係などから、現代の同性愛とは、根本的に違うと、言うのである。

ただちに考えてみなければならないことだが、男と少女の異性愛関係は年齢の相違のためにいささかでも異性愛らしくなるであろうか。異性愛と同性愛の区別で基本的なことは、多種多様な性的感心をすべてーーー男と男か、男と女か、といったーーー性関係の諸カテゴリーに分類することであろう。「同性愛」という言葉に少しでも意味があるなら、男と少年の関係も男と男または少年と少年の関係と同じくそれに含まれることは明白である。
ボズウェル

古代の、成人男性と、少年の関係は、多分に、理想化された、文化的習慣に、帰結するかもしれない。

更に、その時代の、女という存在の、地位の問題もある。

女は、男の、付属物であるとした、古代の、女性蔑視がある。
特に、旧約聖書では、家畜と同じ程度の、モノとしての、認識である。

親族社会、つまり、民族社会とも、言い換える事が出来るが、男にとって、離婚は、たやすいことだが、女には、その自由がない。
更に、女は、夫以外の、男と関係を持つと、死刑である。

自由な身分の、女でも、たった一度の、過ちのために、破滅させられた、時代がある。

だが、男は、一夫多妻でよく、妾を何人持っても、いいのである。

同性愛問題が、女性の地位と、関連してくるという、問題である。

現代でも、イスラム社会の、イスラム法による、国々では、結婚以外の、女性の、性的関係は、死に、結びつく。
悲劇なのは、親に殺される場合もある。

だが、そのイスラムも、キリスト教も、ユダヤ教も、同性愛を、忌み嫌うのである。

その反面、逃げ道は、数多くあるという、不思議である。

再度、話しを戻し、
性によって作られる諸関係を組織原理とする文化での性的逸脱は、宗教が支配する社会での異端、あるいは政治によって組織される共同体での反体制と酷似している。親族社会のゲイ・ピープルは、カトリック教のヨーロッパの異端者や、近頃では西欧民主主義の社会主義者と同様、危険人物とみなされる。このような場合はいずれも、異説ないし逸脱は最初は反逆罪のように見えるかもしれない。時間と親交と教育によってのみ、無害な逸脱を許すゆとりが得られ、また変則的行動の形態を、現実に社会秩序を破壊するものとそうでないものとに区別することが、多数派にも、できるようになるのである。
ボズウェル

上記を、ボスウェルは、田舎風社会と言う。

それでは、都会風社会におけるものは、と言うと、
都会風社会の、性道徳は、拡大家族内での合法的位置の、確立という以外の目的に、向けられるという。

高度な都会風の社会では、同性愛は、容認される。更に、理想化される場合も、ある。

最悪の場合でも、同性愛は、文明と、余暇の無害な、副産物と、みなされる。
更に、都会に、害を与えるどころか、愛の追求に、関連する、芸術、商業、租税を通して、おそらくは、都会を豊かなものにすると、考えられると、述べている。

大半のアテナイ人がその民主主義を一対のゲイの恋人たちによって樹立されたものと考え、またゲイの性愛にもっとも好意的であったことで知られる西欧社会―――アテナイとローマーーーが都会風民主主義ともっとも関係の深い社会であったことは、おそらくたんなる偶然ではないのである。
ボズウェル


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2009年06月06日

性について 106

不寛容の岐路を辿ることでそれが横切る風景について多くのことがわかってくるし、その理由だけでも不寛容は研究に値する。またそのこと以上に、不寛容に関する調査研究によって、それにまつわる受難を減少ないし根絶しようと望むようなひとびとが有効な洞察を得られるよう期待することもあながち無理ではあるまい。
ボズウェル

少数派が、うまくやっていけるのは、どうしても、中央の権力が、それを、望む限りでのことであると、言う。

その少数派の、ゲイ・ピープルについては、
ローマの都市化が急速に進んだのは帝政期のことだが、ゲイ・ピープルが実際により安全だったのは、国家が市民の私的生活の面を統制する権威ないし手段をもつ自然の共和政体の下でであった。
ボズウェル

問題なのは、
およそ信仰のような個人的な事柄を統制しようという意欲と手段と権力を有する政体はセックスをも規制するであろうし、ゲイ・ピープルは見たところつねに少数派なのだから、彼らの利益が大いに重視される見込みは比較的薄いのである。
ということになる。

12世紀の、ヨーロッパ諸都市では、ゲイ・ピープルを、擁護しようとすることが、多々あったようである。

だが、多くの民主国家では、個人の権利を公共の下に置くという、それは、国家たらんとして、である。実践的な潮流が、擬似・宗教的な信仰箇条となり、多数派が、賛同するという、最大公約数的な、領域は、有利というより、神聖だとする、様相を呈するようになる。

中世において、この発展段階は、民の声は神の声という、標語に取り込まれたのである。

人民の、政府に対する、絶対的忠誠心を、叩き込む効果的手段ともいえる、この原則は、大衆のそれとは、異なる生活様式、ユダヤ人、そして、ゲイ・ピープル、更には、魔女などのような、人々にとっては、致命的と、なったのである。

政府というより、中世の場合は、カトリック教会である。
多数派を、善しとして、少数派を、排除することで、権威と、権力を、強めるという、構図である。

実に、少数派には、不寛容なのである。

更には、宗教は、他宗教に対しての、異端視である。
そこには、寛容の、かけらもない。

ボズウェルは、国民の大多数の好みが、神の好みと、同一視されるというが、それは、教会が、先導することであり、また、国民の多数が、ゲイ・ピープルを嫌えば、神も、彼らを嫌うという、同時進行による。

このことはもちろん教会の公式の教理ではなかったし、多くの神学者たちによって率直に否定されたが、いくつかの少数派に対する反感を含むさまざまの理由から宣伝家に利用され、多くの状況では自明のこととみなされるようになった。
ボズウェル

それで、迫害という、段取りになる。
教会の、教理ではない。更に、神学者たちによっても、否定されたというが、結果は、不寛容の道に走り、迫害、弾圧が、起こったのである。

教会、修道院の中で、行われる、同性愛行為は、実に多くあった。そして、それが、また、信仰の重さという、見解もあった。
だが、教会が、旧約聖書を、聖典として、取り上げた暁には、ゲイ・ピープルは、罪であり、裁かれる、対象となったのである。

ユダヤ教の、聖典でもある、旧約聖書の神は、男と男が、男と女と、するようなことを、しては、ならないと、明確にしている。
つまり、それだけ、同性愛行為が、広く行われていたということでもある。

時代や、時代精神は、いつも、何かの、少数派を、生贄にしたと、思われる。
それは、大衆の、カタルシスでもあった。更には、為政者たちにとっての、大衆を味方につける、方法でもあったと、いえる。

西欧史の大半を通じて、大惨事を、多数派と一線を画すなんらかの集団の邪悪な策謀の結果と説明することは由々しくも容易であったようであるし、特別の結びつきがほのめかされないときでも、怒り不安になったひとびとは変人奇人を始めとする異常者に対してくりかえし否定的感情をぶちまけた。
ボズウェル

時代性は、無視できないものである。

1世紀の活気に満ちたローマ、12世紀の喧騒の都パリでは、ユダヤ人、ゲイなどの、反体制派は、同時代の人にとって、多彩な人生絵巻の一つとして、幸福だった。
が、6世紀の、凋落し、危機に瀕したローマ、あるいは、14世紀の、パリでは、標準からの、逸脱は、不吉で、脅威的な様相を呈し、慣れ親しんだ世界秩序を破壊する、群れなす悪と見なされた。

歴史は、時代と、時代精神を、教える。
そして、その底流に流れるものは、何であろうか。

為政者や、権力者、あるいは、宗教的権威が、絶対性を帯びる時に、そして、大衆が、怒りと、不安に駆られる時に、不寛容という、時代の形相を持つに至る。

ただ今は、ゲイという存在を取り上げているが、これは、他の少数派に関しても、言えることである。

障害を持つ人たちに、関しても、その時代と、時代精神が、関与する。

更に、貧困という状況も、書き入れておく。
貧困とは、大衆に潜在するものであるが、それを、意識する時、少数派の中に、入り込むのである。

金持ちと、貧乏人の、住み分けが、明確に出来ている場合は、いいが、隣り合わせにある場合などは、実に、貧困者は、少数派に入れられるのである。

その数が、多くても、である。
そこで、救いとしての、共産主義思想、社会主義思想などが、現れるが、それらの、試みは、失敗している。

別の、権力構築を作りだし、民主的な、国家より、より、悲劇が起きるという。
更には、不寛容が、極みに至るのである。

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