福岡伸一
さて、受精後、約七週間を経ると、ある特別なタンパク質が作られる。
それは、細胞核の内部に入り込み、その中を拡散しつつ、自分の居場所を探す。
ここまでは、基本仕様である。
ここからが、初めて、行く先が分かれるという、岐路である。
染色体がXXならば、その岐路は、何の問題もなく、続行される。
だが、染色体XYならば、特別な状況が起こる。
その、特別な状況は、非常に険しい道のりである。
Y染色体の定めである。
SRY遺伝子が、活性化されると、SRY遺伝子のメッセージを伝えるべく、RNAが数多く転写される。
そして、その情報が翻訳されて、SRYタンパク質が作られる。
SRYタンパク質は、DNA結合能を持つ、特殊なタンパク質である。
それは、細胞核の内部に入り込み、拡散しつつ、結合すべき場所を探す。
その場所とは、ゲノムDNA上の、特別な配合である。
SRYタンパク質が、その配合に結合すると、配列の直後に位置する、遺伝子から、RNAの転写が開始される。
それが、更に翻訳されて、タンパク質が、作られる。
SRYタンパク質によって、スイッチが入る遺伝子は、複数あるといわれる。
つまり、情報が、増幅されるのである。
だが、科学では、未だ、SRYの指令を受ける、遺伝子は、解明されていない。
しかし、それが、行われる過程は、明らかにされつつある。
それを、ミュラー管抑制因子と呼ぶ、タンパク質の一種である。
それは、ミュラー管のみに、働くものである。
それは、生殖器を形成している、組織の中にある、細胞に、そのタンパク質を作らせるという、働きを持つ。
ミュラー管は、基本仕様に従えば、何事もなく、プログラムに添って、進行されるが、ミュラー管抑制因子を受け取った、ミュラー管の細胞群は、徐々に小さくなり、やがて消滅する。
こうして、基本仕様の、卵管、子宮、膣になるべき、細胞群を失った、女として、男が、誕生するのである。
そこからが、大変な活動なのである。
つまり、女を壊してしまったのであるから、それを、作り変えることになる。
膣が、開口する必要がなくなった、割れ目を閉じる作業が、はじまる。
肛門に近い側から、細胞と細胞の、接着を行う。
縫い合わせるわけである。
更に、男性ホルモンの生産と、放出である。
更に、ミュラー管抑制因子を作り出した細胞の近くに、別の細胞の一群がある。
この細胞は、SRYの指令を、受けて、テストステロンという、男性ホルモンを、作り出すのである。
それが、付近の細胞に、放出される。
胎児の、生殖器には、ミュラー管とともに、ウォルフ管が、平行してある。
ミュラー管も、ウォルフ管も、発見した人の名をつけたもの。
ウォルフ管は、テストステロンに、晒されると、分化、成長を始めて、精巣上体、輸精管、
精嚢など、精子の輸送を行う管を作る。
ウォルフ管の、奥には、原始生殖細胞が位置する。
この時点で、ミュラー管は、すでに、消滅している。
ミュラー管抑制因子に、晒されると、消えるからである。
基本仕様の場合であれば、卵細胞になるはずだったものが、テストステロンを、浴びることによって、原始生殖細胞は、精子細胞を作る、精巣になるのである。
原始生殖細胞は、左右に分かれた卵管の奥にあるはずだったが、精巣に変わると、徐々に下降をはじめる。
下降した精巣は、割れ目を閉じて、合わせた場所まで、下がる。
その部分は、女性器の、大陰唇を縫い合わせたものである。
こうして、陰嚢が、出来る。
ウォルフ管の、反対側は、外へ通じる出口であるが、精巣で作られた精子を、ウォルフ管が作り出した通路、つまり、精巣上体に入り、輸精管を経て、精子の貯留槽である、精嚢に入る。
射精時に、精嚢は、0,8秒間隔で、強く収縮し、精子を射精管を通して、放出させる。
だが、この時点では、ペニスが、出来ていない。
ここで、解ることは、男は、女の体から、発祥しているということである。
更に、ペニスの作られ方を、みると、男は、女より、不完全であるということが、解る。
次に書くが、尿道は、尿だけではなく、精子も、運ぶ管であるということ。
女の尿道は、尿だけのもの。
男は、それを、兼ねているのである。
人間の、生命基本仕様が、女であること。
要するに、生物学的に、男は、女の、まがい物であるということである。
女に、なれなかった、女、それを、男という。いや、オスといっておく。女になれなかった、メス、それを、オスと、呼ぶ。