2008年08月18日

性について 18

もう少し、生理学的に、性的快感というものを、俯瞰する。

皮膚感覚である。
人は、皮膚に対する意識が低いようである。
この、皮膚感覚が、実は、性感というものと、密接に関わっている。

皮膚は、絶えず成長する。
体温を調整し、防水壁となり、発汗させて、細菌の侵入を防ぐ。太陽光線を取り込んで、太陽の栄養素を、受け取る。
太陽の栄養といっても、ピンとこないかもしれないが、体に必要な、栄養は、太陽から来ると、思っても良い。
一つだれ、例を上げる。
カルシュウムを摂取しても、太陽の光がなければ、体に取り込まれないのである。つまり、ビタミンDである。それがあって、はじめて、体に、カルシュウムという、栄養素が、出来上がる。
今は、ビタミンD配合の、カルシュウムが、健康食品で、売られているが、本来は、太陽の光を、浴びた方が良いに決まっている。
ただし、紫外線というものもあり、程度である。

欧米人が、太陽の下では、兎に角、裸になるのは、日射時間が少ない地域で暮らすからだ。

皮膚は、頭髪や、腺、神経部分などの、付属器官と共に、性的調節と、密接な関係を、持っている。

皮膚の表面にある、感覚受容器の数は、100平方ミリメートルの中に、約50の受容器がある。
皮膚から、後根を経て、脊髄に入る感覚線維の数は、50万本以上である。

これに対応する、脳の、触覚領域も、広いといえる。

例えば、髪を触られて感じるのは、毛根のまわりの、皮膚感覚の、受容器・リセプターである。
この器官は、毛に刺激があったことを、知らせる働きをする。
圧感を受容する、パチニ小体は、長さが、一ミリメートルで、皮膚のかなり深いところにある。

その、皮膚感覚というものが、変形して、くすぐったさ、かゆみ感覚、そして、性感というものがある。

脇の下や、足の裏に、刺激を与えると、くすぐったくなるのは、特別なリセプターがあるわけではない。
心理的な感受性が、変動して、同じ刺激でも、気持ちのあり方によって、くすぐったくも、快感にもなるのである。

かゆみ、というものは、痛感のリセプターに対して、弱い刺激が続くと、起こる。
外傷や、炎症のときには、遊離される、ヒスタミンなどによって、神経終末を刺激するため、かゆみ、が起こる。

しかし、これが、曲者である。
かゆみ、というものの、本体が、性的不満によって、起こる場合がある。

愛情不満、欲求不満が起こると、皮膚に、かゆみ、が起こる。
触れて欲しいという、むずむずとした、欲求が涌いてくる。
酷くなると、長引く湿疹ということにも、なる。

これは、人間のみの、感覚である。
情操である。
性的情操が、満たされない時に、かゆみ、となって、現れるのである。
特に、女性である。
性欲障害とでもいう、状態になると、かゆみ、が、酷くなる。

性欲が、かゆみ、という感覚で、表現されるという、実に、面白いことである。

専門家に言わせると、大半の、長期的かゆみ患者は、そのようである。

甚だしい場合は、性器の、かゆみ、にもなる。
原因が無いのに、アソコにかゆみが生じるのであれば、欲していると、考える。

これを、深めていくと、性感覚とは、ペニス、膣、クリトリスによる、摩擦である。

愛は、摩擦の深さであると、私は言う。

リセプターは、パチニ小体と同じ構造であり、触覚系の変形である。
つまり、接触摩擦が、快感というものを、生み出すのである。

準じて、乳房、そして、体全体が、性感帯となり、触覚刺激によって、性感というものを、高める。

それは、人間だけが、持つものである。
故に、人間とは、性感という感覚を、有するモノであると、言える。

性的交わりは、皮膚が、全面的に関わりを持つのである。
オルガズムに、達するのは、男女共に、皮膚刺激、摩擦である。

性は、皮膚である、とも、いえるのだ。

性的接触の、最大の触覚感覚は、当然、粘膜である。

特に、ペニスは、それに寄り、絶大な快感を得る。
であるから、粘膜感覚に近いもの、オイルなどで、作り出すと、膣挿入でなくても、十分に性的満足感を得て、更に、射精する。
要するに、男の場合は、それを、つまり、射精商売というものが、成り立ち易いのである。

生理学的に、言うと、人間の性交は、運動筋の働き、言語、皮膚と同じ、外胚葉性の、視覚、味覚、臭覚と、深部感覚の、付随的な刺激によって、補強される。
実に、複雑になっているのである。

性交するために、出来た体であるとも、いえる。
適度な、セックスが、生きるエネルギーを、生むということである。

更に、セックスの、喜びは、人生の、喜怒哀楽を超えることもある。
どんな、辛い状況でも、セックスの喜びで生きられる。

この、刺激に対する、感受性は、胎児、乳児、幼児期の、皮膚感覚経験によって、決まる。

この時期、性感帯としての、役目を担う皮膚の表面が、子供の成長に、多様な機能を果たしているといえるのである。

接触による、コミュニケーションが、人間にとって、実に大切であるか、ということだ。

霊長類に広げると、サルの場合は、毛づくろいという、行動。それは、社会的、絆でもある。毛づくろいの他に、軽く体を叩く、鼻を擦り付ける、キスをするなど。

下等哺乳類のように、舐めることから、キツネザルのように、歯で梳き取る、指での、毛づくろい、撫でるという、愛撫まである。

接触という行為にも、進化がある。

皮膚は、脳に次いで、最も重要な、器官であるといえる。

皮膚感覚のうち、接触感覚は、すでに胎児の最初に発達する。
ヒトの新生児の、体重の全体に対する皮膚の、重さの割合は、19,7パーセントである。成人では、17,8パーセントである。
それほど、変わらないというところに、生理的な重要さがあると、いえる。

さて、動物の場合は、相手の体に対する、攻撃という行動に、一種の性行動のパターンを形成している。
それが、問題である。

ヒトの場合も、相手に苦痛を与えることによって、性的興奮を得るといえる。
それが、人間が行う場合は、サディズム、その逆の、マゾヒズムといわれるものになる。

それは、すべての人間に内在しているものであると、言い切れる。
それを、どのように、表現するかで、人間としての、質に関わってくると、思うのである。

叩くことによって、作り出される苦痛と、性的快感とのつながり、という、それも、幼児期における、条件づけになるのである。
専門的に言うと、残忍性性欲倒錯という。

さらに、それが、永続的になると、一つの病理として、対処しなければならない。

苦痛と、残忍性が、挑発的性的快感を、引き起こす、異常行動である。
マゾヒストは、苦痛、嫌悪、屈辱の体験を、身につけ、性的興奮を、導き出す。
サディストは、苦痛、不快、恐怖、屈辱を他人に課して、性的快感とする。

共に、倒錯と言われるが、その基準は、無い。
二人の間で、許される範囲での、行為であれば、それは、愛の行為であり、相手が、それを、求めることがないのに、強制すれば、倒錯であろう。

歴史上の人物を、検証すれば、政治に、その、性的感覚、性的快感を持って対処した例が多い。その、大半は、倒錯と呼べる、残忍性である。

また、そのような、事件を起こし、人を殺害する者は、残忍的性欲倒錯と、判定してもいいと、思われる。

更に、弱者に対する、性的興奮というものも、ある。
幼児、児童に対する、性的欲求である。
一般に、幼児性愛と言われる、ロリコンである。
これは、上記の、残忍性のあるものと、同じく、病理であり、治療が必要であると、言う。

幼児期から、親の性的虐待にあった、女性の相談を、多く受けたが、それは、後々まで続く、精神的苦痛となり、甚だしくは、自分の性を、投げ捨てるような、性行為を望む。

そこから、解放されるために、本人は、血の滲むような、苦労を重ねる。
しかし、それから、逃れならなかった人は、神経症を持続して持ち、或いは、抑鬱を続け、通常の性行為を、持てない者もいる。

子供の悲劇は、大人の欲望によって、成るということである。

この、性的残忍性のある、性的倒錯者を、侮ってはならない。
つまり、一度や二度の反省では、治らない。
人権の問題もあるが、治らないものは、治らないのである。

西洋の一部地域では、去勢という、刑を採択したところもある。
当然である。




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2008年08月19日

性について 19

快感と、快楽は、違う。
快感は、他の動物にもあるが、快楽を享受できるのは、人間だけである。

快楽とは、高等な、快適気分である。
快感とは、本能が満たされた時、まっとうされた時に感じる、快、であり、まっとうされない場合は、不快、となる。

快楽は、生理的な快感を超えて、幸福感を伴う。
これは、大脳化ゆえである。
つまり、脳が介入して、精神的快感というものに、変容するからだ。

単純であった、快感情報が、大脳化によって、情緒溢れる、快楽の世界を生み出す。
快楽主義者というものが、いるほどである。
これは、精神性の高さである。

何故、宗教が、快楽を制したか。また、罪意識を、植え付けたか。
個々人の、快楽を許すと、支配するのに、障害が出るからである。
禁欲という、掟によって、思考を停止させる。

信じきると、思考が停止し、兵隊のように、上官の命令だけに、従うようになる。
実に、恐ろしい、洗脳である。

話を続ける。

動物の脳には、神経と神経をつなぐ、シナプスが存在する。
シナプスで、情報を受け渡しするのが、神経ホルモンであり、そのホルモンが、快感を誘うものであれば、その神経を、快感系と、呼ぶ。

その、ホルモン、快感物質が、脳に現れるのは、脊柱動物である人間である。

脳が、感覚し、行動に命令を出す。
そのために、脳内の快感物質の一つに、麻薬物質がある。
これが、人間の最大の特徴であると、私は、思うのである。

自分の脳で、快感物質である、麻薬物質が、作り出されるという、驚きである。

それは、感性によって、なされる。
その、感性の、働きを、感受性という。

忍耐力、創造力を駆使する時に、脳内の麻薬物質が、威力を発揮することが、明らかにされている。

また、脳内麻薬物質と、免疫系との間にも、直接的な関係があり、免疫細胞が、DNAにより、究極的に、副腎皮質刺激ホルモンとか、ベータ・エンドルフィンを、作るということも、照明されている。

快感中枢の発見は、1954年であり、麻薬レセプターが、脳内にあることが発見されたのは、1973年のことである。

この、神経系のシナプスに介在するホルモンが、ドーパミンであることが、発見された。

快感神経には、鞘、がかぶっていない、というものも、特徴の一つ。
鞘、をかぶっていると、漏電する。そして、情報電流が、早く流れ処理が、非常に早くなる。

しかし、鞘を、持たない、快感神経の伝達速度は、毎秒、0,5メートルである。つまり、快感は、ジワーッと、込み上げるのである。
ドーンと、快感がくるのは、オーガズムの時だけである。

だから、セックスが楽しいものになる。
ジワーッとくる、快感を楽しむことが、出来るのは、人間だけである。

一変にくる快感は、交感神経性反応である。
それが、何度も繰り返されれば、命が、いくつあっても、足りない。

ゆっくりと、くる快感は、副交感神経が反応し、それは、ストレスを解消させ、やすらぎ感が、優位になる。
その時に出る、脳波は、アルファ波である。

ゆらぎ、という、大和言葉に、表される、感覚。

その時に、神経伝達をする、ホルモンである、快感物質が、爽快な感覚をもたらす。
中脳に、発した、快感神経は、性欲、食欲中枢のある、視床下部をかすめて、怒り、警戒、探索という、攻撃性と関係が深い、扁桃核と、そして、学習記憶の、海馬に、線維をのばして、上昇する。

この、視床下部、扁桃核、海馬は、古い皮質に属する。
他の動物と、同じである。つまり、大脳辺縁系の本能が満たされるという、素朴な、快感である。

だが、人間は、さらに、新しい皮質系へと、上昇し、精神活動と、関係の深い、大脳新皮質系に、快感情報を、放射状に、広範囲に、広げるのである。

豊かな、セックスは、脳内に、麻薬物質を、作り出すといえる。
その、努力をせずに、薬物の麻薬を、取り込むという、暴挙は、実に、愚かである。

それは、脳内で、作り出すことの出来る、脳内麻薬を、作り出せなくなるということになる。
脳も、適応するものであるから、他から、麻薬物質を、取り込むと、麻薬物質を、作り出すのが、難しくなる。

安易に、薬物による、麻薬物質を、取り込むと、精神が荒廃し、脳内の機能も、混乱し、果ては、機能不全に陥る。
更に、他の脳内の機能が、不全になると、人格まで、破壊することになり、そうなると、廃人同様になる。

薬物麻薬を、用いて、セックスをすると、最初は、絶大な快感を得るが、次第に、量を求めるようになる。慣れるからである。
そして、通常の、人間らしい、セックスでは、満足しなくなり、最も人間の根源的な、快感感覚を、破壊してしまうのである。

自分で、脳内の麻薬物質を作るには、いくら作り出しても、いいのである。
それが、自然な麻薬効果なのである。

よりよい、セックスにより、麻薬物質を出して、有意義なセックス生活を送ること、それが、生きるということでもある。
性欲が、本能ではなくなり、実に、人間性溢れる、存在の確たるものになる。
快楽、それは、人間性の回復となるものである。

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2008年08月20日

性について 20

男の、エクスタシーは、射精である。
そして、それに至る、ペニスの摩擦が、快感である。
実に、簡単なもの。

しかし、マスターベーションにより、射精をいつも、遅らせている、つまり、摩擦の快感を、長い時間に渡り楽しんでいると、セックスでの、摩擦が、物足りなくなり、遅漏、ちろう、という状態になり、または、膣では、射精出来ないになることもある。

射精に至る楽しみ方も、色々あるので、実に個人差が激しい。

それでは、女の方はというと、実に、エクスタシーに達するのは、複雑である。

神経科医の、日向野春総さんという方が、エクスタシーに関する、医学的測定をしたレポートがある。それを、紹介しつつ、女のエクスタシーを見ることになする。

注目すべき、ポイントは、眼球の動きである。
女がピークに達し、脳波に、シータ波が現れると、眼球の動きが、二秒、ないし、三秒止まる。

もし、その瞬間に、女が、目を開けていると、放心して、一点を見つめる表情になる。瞳孔が開くのである。

つまり、これは、何も見ていない。二人の世界に浸りきっているということ。

眼球は、目が覚めている時も、たとえ熟睡している間も、ゆっくりと、時には早く動いている。
レム睡眠という睡眠の状態の時になると、昼間のように、目まぐるしく動く。
しかし、エクスタシーの時は、眠ってもいないのに、その動きが止まる。
興味深いのは、エクスタシーに達していない、興奮期や、単なる演技の場合は、こうした現象は、起こらない。

これは、自律神経系の麻痺、前頭葉の麻痺であろうと、いわれる。
男には、決して、そんなことはない。

二、三秒でも、神経経路がオーバーヒートして、瞬間的に、死人と同じようになっていると、考える。
つまり、快楽の中の小死である。

男の射精時には、そんなことはない。
セックスに没頭していても、意識は、ある。
瞬間の死も無い。
それは、長い間に培われた、男の性、さが、である。
この場合の、性、さがとは、そのように、仕組まれたという、性質のことである。
外敵などを、意識して行うセックスなのである。

男は、射精をしつつ、動くことも出来るのである。

さらに、女は、その間、呼吸も止まる。
死人であるから、当然である。

興奮期から、絶頂へ昇りつめると、つまり、シーター波が現れると、呼吸が止まる。
その時に声を出したのは、一割程度だという。

興奮が高まり、呼吸が大きくなる時に、自然に出る声が、よがり声である。
男は、あえぎ声や、呼吸の乱れに、気を取られて、女が感じていると、思うが、実は、一瞬の静かさに、なった時に、エクスタシーに達しているのである。

大声ばかりを上げる女は、ヒステリー体質であると、思っていい。
または、演技である。

さらに、殊更、声を上げるというのは、他に、欲求不満を抱えているとみてよい。

止まった呼吸が、そのあと反動のように、息を吹き返す。
そして、次第に普通に戻る。
その時、男は、ペニスを抜いてはならない。
男の射精に、余韻は、無いが、女は、その後の、余韻があり、それが、愛情を深くする。

男と、女の、性感の感性については、驚くほど、違いがある。
理解という言葉の意味は、それを、知る、知るように努めることである。
それぞれの、違いを、理解することが、愛情というものである。

女は、体で、愛情を感じるものである。
その一つに、汗がある。
汗は、感じた深さに比例するのである。

実は、この汗は、嘘をつかないのである。
眼球の動き、呼吸の停止は、手馴れた女になると、演技で、出来るが、汗だけは、演技で、出ないのである。

脳波と、発汗作用の、関係は、実験によって、示された。

女に、オナニーをしてもらう。
陰唇が、充血して熱く開き、分泌物も出る。つまり、濡れるのである。
呼吸も、乱れ、心拍数も多少増える。
ここまでは、セックスと同じである。
ところが、オナニーの場合は、発汗が無い。
その時、シーター波は、出ない。シーター波が現れて、エクスタシーを感じて、全身の発汗が、起きるのである。

その、汗は、薄く膜を張ったような、汗である。

発汗作用は、温熱性発汗と、精神性発汗がある。

温熱発汗は、通常の汗である。
精神性発汗は、感動、驚き、恐怖などによる。
それは、全身ではなく、手のひら、足の裏、わきの下など、局部に出るものである。

嘘発見器は、それを、利用したもの。

発汗作用について、大事なことがある。
発汗中枢は、脊髄にあり、上位中枢は、視床下部に位置して、ここで他の自律神経系と、連絡している。

エクスタシーの発汗は、実は、温熱でも、精神性でも無いのである。

エクスタシーによる、発汗は、視床下部にある性中枢と、発汗中枢が、非常に近い位置にあるため、性中枢の興奮が、発汗中枢を刺激するという。
エクスタシーの汗は、脳がかく汗なのである。

つまり、女の性は、脳による。それは、体全体によると、考える。

男の、射精は、どこかの、トレイでも、行えるが、女のエクスタシーは、そういう訳にはいかないのである。

全身に、うっすらと膜を張るように出る汗が、つまり、エクスタシーの汗が続けば、続くほど、シーター波も、ゆったりと安定した、波を見せる。
それは、エクスタシーが、深いということである。

発汗が長く続き、大量の汗をかくほどに、女のエクスタシーが深いのであり、その時、男は、しっかりと、抱きしめることである。
そして、女の体が、ひんやりと感じたならば、最高のセックスをしたということが、言える。

膣からの、液を、愛液というが、それは、膣の汗である。
それにより、感じていると、勘違いする男が多い。

それは、エクスタシーの前段階のものである。

セックスにおける、女は、演技派である。
よがり、のけぞり、わめき、爪を立て、膣を濡らしても、全身に汗をかいていないなら、演技であり、それで、女も、イッたと思うならば、勘違いである。

女も、エクスタシーを知らない者、多々あり。

更に、セックスには、全人格が、投影される。
一人の女を満足させ得ないで、多数と、交わる、俗に言う、千人斬りなどと、豪語する男は、オナニーを女の体で、しているようなものである。

一人の女に、すべての女を観る男こそ、女を愛する男と、言える。

女に飽きるという男は、潜在性、同性愛を持つ。
勿論、本人には、そんな意識は、もうとう無い。
俺は、女好きな男だと、信じている。信じる者は、騙されるのである。
つまり、自分を騙しているのである。

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2008年08月21日

性について 21

もう少し、女のエクスタシーについて、書く。

エクスタシーに達した時の、顔の表情は、左右対称になるというものである。
大脳の目覚めた意識で、作られる表情は、けっして、左右対称には、ならない。

筋肉の自動運動に、移行してゆく、性交中の興奮期以降の段階では、自動運動が強いる、左右対称の筋肉運動に逆らって、口を歪めたり、身をよじるという左右非対称な動作が、出来ないと、多くの実験結果で、解っている。

エクスタシーに入る直前でも、それに近づいている場合は、筋肉が自動に動き出しているゆえに、右側だけ、左側だけが、収縮するということは、無いのである。

だから、女が、体をこわばらせて、口をへの字にしても、左右のどちらかに、傾いていれば、嘘である。
体を突っ張り、爪を立てている場合も、同じである。

ただ、それは、エクスタシーに達する前の、女の表現方法であるといえる。

エクスタシーの最中に、顔を片方にしかめたり、体を捩ったり、アーと、声を上げるのは、偽物である。

矢張り、それは、エクスタシー前の、女の表現であるといえる。

エクスタシー前に、感じて、体を、エビのように、張るなどの反応は、あくまで、その手前の表現であるということ。

日向野春総氏は、性交中の、脳と、体の変化を調べるために、次の四点を、行ったという。

脳波、脈波、発汗作用を調べるGSR、そして、筋電図である。

筋電図を測定することで、興奮期から、絶頂期へと続く、女の体の状態、筋肉の緊張と弛緩の繰り返しが、もたらす、膣の締まり具合や、体の固さ、重さが、どのように変化するのかが、解る。

興奮期に入ると、全身の筋肉が緊張、弛緩を繰り返す。
そして、絶頂期に至る前には、その度合いが強くなり、爪を立てる、足に力が入るという、動きがある。

それで、解ることは、興奮期の中ほど、絶頂期、エクスタシーに近づくと、柔らかかった肌が、固くなる。首筋が、張る。膣が締まる。さらに、正常位でも、体が重く感じられるのである。

興奮期の間、筋電図は、ゆるやかな波を描きつつ、大きくふれている。
ところが、絶頂期、エクスタシーに近づくと、突然、振幅が小さくなる。つまり、筋肉の弛緩である。

この時期になると、膣も緩み、表情も、固くなく、腑抜けたようになる。

要するに、すべての、性的動作が終わるのである。

男も、射精直前なると、筋肉の緊張が解けて、射精後には、完全に脱落する。
これに、同調するように、女の筋肉も、突然弛緩する。
そして、15,6間の、エクスタシーを迎える。

これが、一緒にイクということである。

ところが、ここで、男が射精しない場合は、女の膣が緩くなった、締りが無いということになる。
もう少しのところで、膣の締り具合が、緩くなると、男は、惜しく思う。

実は、女は、エクスタシーに達していると、共に、エクスタシーを感じられる相手であるということが、証明されているのである。
膣の緩みは、男を愛している証拠なのである。

膣も、弛緩するからである。
それは、男の精液を、受け入れるプールが、子宮の入り口が広がって、出来るということである。
女の体は、セックスの後では、妊娠を求めるのである。

これが、自然なのである。

商売で、セックスをする女の体は、いつまでも、緊張しているから、膣も、締まっている。それは、愛情ではなく、商売だからである。

ここで、少し主旨を替えるが、女が男を、受け入れるということについて、言う。

女の体は、男を受け入れるように、出来ていると、思うのは、誤りである。
矢張り、異物を、体に入れるという感覚があるのである。

男が、それを理解するには、アナルに挿入されることで、少しは、理解出来る。
アナルに、挿入される痛みを感じて、また、異物を挿入されるという感覚を、感じて、女のこと、その心理的な気持ちも、理解出来るのである。

女が、股を開くということは、実は、大変な勇気なのである。
相手を本当に、信じる、信頼する、愛情を持つからこそ、股を開けるのである。

現在、当たり前のように、性行為を行う年齢が、低くなっているという。
援助交際などと、マスコミなどで、アホな報道をしているが、要するに、売春であり、成人前の、女は、子供である。

買う大人の、男の精神年齢も、低いが、それを、許す社会も、精神年齢が、低いということである。

特に、幼児、児童買春は、死刑を宣告してもいい、重罪である。

自分の性的満足を得るために、社会の宝、いずれ、子供を生むべき、母親を、壊しているのである。
重罪であろう。

刑が軽すぎる。

高校生程度の、年齢までは、女は、性欲というものを、感じないのが、普通である。
それより、精神的成長を求めるのである。
だから、良い母親になる。

しかし、お金という、化け物によって、それが、揺るがされるという、馬鹿馬鹿しい事態である。

男も、どうしても、相手が欲しいと思うならば、高校生程度までは、同性愛で、やり過ごせばいいのである。
それは、歴史を見れば、歴然として、理解するだろう。

高校生での、性体験者は、九割に達するという。
勿論、それを、悪いとは、言い切れない。個人差があるからである。

だが、重大なことを言う。
女が低年齢で、性に溺れると、そこから、一生抜けられない。
男は、一度沈み込んでも、抜けられるが、女は、抜けられない。
淫乱は、生涯続くのである。

それも、個人的嗜好であれば、いたしかたないが、それを、望まないのに、強制的に、性に溺れる事態を、他によって、引き起こされた場合は、悲劇である。

セックス依存症の、女性の相談も、多く受けたが、最早、相手が、誰であろうと、構わないという程になる。
悲劇である。

数知れない男と関係し、数知れない、堕胎をした女は、手の施しようが無い。

助けを求められたが、あまりに無残であった。

女が、性を誤ると、それが、生涯に渡って続くということである。

自由恋愛という言葉の元に、女も、男と同じように、性の自由を持つのであると、意気を上げていた時期も、あるが、結局、性の処理は、女がするのである。

性差ということを、知らない不幸である。
自由というが、何によって自由なのかを、考えない、アホ、馬鹿である。

貞操観念などは、最早無い時代であるが、無くてもいいが、男がを知る、理解するには、知識と、教養が必要である。

更に、性を、見つめてゆく。

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2008年08月22日

性について 22

女が、性的に興奮すると、性器への、血流量が増え、膣から汗がにじみ出る。これが、いわゆる、愛液、ラブジュースといわれるもの。
だが、それは、エクスタシーの度合いではない。
インサートの準備完了を告げるものである。

個人差は、あるが、愛液が匂うという状態になると、更に、良い。
つまり、愛液が、混濁してくるのである。
それは、膣内の、老廃物が混入するからである。
白濁してくるのである。

男が焦るあまり、濡れていない膣に、挿入することは、愚かな行為である。
濡れていない膣は、苦痛である。

南米の男たちは、相手の肛門に、軽く指を当てて、筋肉の緊張と弛緩の様子を探り、インサートのタイミングを探るという。
それくらいの、配慮があっていい。

愛液が多い女は、感じやすいとか、イキやすいというのは、俗説にすぎない。
それは、個人差が大きすぎるのである。

男も、濡れるということ、多々あり。
興奮すると、先走りと言われる、液体が、ペニスの先から出る。
それも、互いの性器を保護するための、配慮なのである。
だが、それも、個人差が大きい。

先走りが、たらたらと、垂れるという男もいる。

さて、男が勘違いする、失神という状態について言う。

セックスで、失神するというのは、別の要素がある。
つまり、ヒステリー体質なのである。

失神とは、自律神経の異常興奮により、レスポンスを停止させる。そのために、安全装置に、スイッチがおれるのである。
これは、危険な状態から、逃れるための、自己保存である。
セックス云々の問題ではない。

更に、自己顕示欲の強い女なども、失神する。

失神する女の、脳波は、セックスしなくても、出る。
例えば、熱烈な歌手のファンなどは、熱狂して、失神する。
自己中心的、ヒステリー性の失神は、エクスタシーとは、別物の、速いシータ波が出る。

この、シータ波は、前頭葉、おでこから出る。
本当の、エクスタシーは、視床下部から出る。その、本物に似せて、前頭葉の快感で、代償させるというもの。

エロ小説に書かれるような、失神するという状態には、決してならない。
単なる、ヒステリーあるいは、自己顕示欲の強い女である。
つまり、人の気を引きたいという、強い欲求がある。

オマケに言えば、こういう女に、霊感の強いタイプがいる。
勿論、自己申告である。つまり、自己顕示欲である。霊能者の女に、多いのである。

さて、性交中の、脳波をみる。
エクスタシーの前の、脳波は、アルファはと、ベータ波が、交互に出る。
また、筋肉が、緊張、弛緩を繰り返す。
女の、昇り方は、直線ではなく、曲線、更に、複雑である。

更に、その時々で、女の体が違うということである。
ということは、同じテクニックで、女が満足することはないということであり、定説は無い。

性交中に、女が腰を動かすのは、もっと、強い刺激を求めているということ。
それに対応して、動きを作る。
複雑な動きを、好むのである。

男は、摩擦の快感で、満足するので、女の複雑な希望を、知ることが、少ない。
兎に角、出し入れするという、パターンは、女を理解していないということだ。
それならば、深く差し込んで、静かに、腰を動かしてあげた方が、理想的である。

この、挿入に関することは、ただ、ただ、相手との、コミュニケーションに尽きる。
そして、それが、愛情を育てる。

ボディーランゲージとしての、セックスは、最高である。
体で、語り合うのである。
これに勝る、語り合いは無い。

セックスをせずに、エクスタシーを感じる場合がある。
その一例が、高速道路を走る際に起こる、低覚状態である。
眠ってはいないのだが、視野が狭くなり、非常に危険な状態になる。
その後で、眠気が襲う。
これが、実に気持ちいいのである。
だが、どんなベテランドライバーでも、事故を起こす。
性交以外で、エクスタシーを味わおうとするなら、これである。
しかし、勧める訳には、いかない。
死ぬ。

男の場合は、セックスでも、マスターペションでも、同じであるが、女は、それが、全く違う。
マスターペションの場合は、アルファはと、シータ波が、交互に出る。それの、入り混じったものである。
女は、セックスでなければ、シータ波を持続させられないのである。

これが、女の喜びであり、また、悲しみでもある。

一度、知った喜びは、忘れない。
それを、再びと、願う。

日本の男は、世界的に、セックスの回数が少ない。
まして、今は、セックスレスといわれる。
では、男は、射精していないのかと、言われれば、している。
マスターペションである。

女との、関係が、面倒なので、マスターベーションをする。

相談を受けた。
夜、夫が一人で、エロビデオを見て、オナニーをしているというのである。
何故か。
自分でする方が気持ちいいのですか。と、尋かれても、何とも、答えようが無い。

また、バスルームで、しているとも言う相談もあった。

更に、男側からの、相談は、妻とのセックスは、しんどい。いつも、個室ビデオで、オナニーをしているが、このままだと、妻に疑われるだろう。何とかしたいというもの。

だが、妻との、セックスでは、ビンビンに立たないという。
完全勃起しないというのである。

困ったものである。

ちなみに、タイよく行くが、タイの夫婦は、毎日するという。
更に、一日、三度、四度することもあり、日本の夫婦の、セックスレスは、理解できないというのである。

世界的に、日本の夫婦のセックスは、最低の回数である。

妻は、不満で、ついに、セックスだけの、相手を求めることになる。

夫が、セックスをしないので、他に相手を求めて、関係を続けているという、奥さんの相談は、深刻だった。
しかし、夫は、浮気などを、している様子は無いという。
職場から、家庭の往復である。

二十代後半でも、完全勃起しないという、相談が多く寄せられた時期がある。
治療すれば、治るかというものだ。
マスターベーションでも、完全勃起しないというのだ。
これは、別に何か原因があるように、思える。
食べ物ではないかと、私は、考えている。

ファストフードとか、ジャンクフードといわれるものを、毎日食べていると、基本的な、栄養が得られない。故に、基本的体の、欲求が、起きない。
不完全勃起になるのである。

そのための、サプリメントなどもあるが、本人の食に対する意識が、問題である。
色々な、サプリメントがあるが、紹介するのは、控える。
人それぞれ、体質も、足りないものも、違うと、思えるからだ。

女の満足感というものを、もう少し、検証してみる。

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2008年08月23日

性について 23

前戯や性交によって興奮期がうまくいき、安定したアルファ波が長く続くと、つぎにくる絶頂期のシーター波や、さらに絶頂期が終わったあとの速いベータ波も長く続く傾向がある。逆にいえば、性交後に安定したベータ波が現れず、すぐに眠気のシータ波がやってくるようなら、絶頂期のシータ波も短くかつ安定していなかった証拠になるわけだ。こんな場合はもちろん、エクスタシーを感じることもないし、深い満足感もえられない。
日向野春総

女が、エクスタシーに達したのであれば、全身発汗によって、相当の水分が失われて、喉が乾くはずである。
セックスの後で、女が、水物を摂るのは、オーガズムに達して、満足した証拠だろう。

更に、翌朝の、女の目覚めは、すっきりとした、爽やかな目覚めになる。
それは、完全な絶頂感を得て、ゆったりしたシータ波が長く続くと、その後の、脳波も安定し、熟睡することが、出来る。

実は、男も、行為の後で、実に、安定した心境になるものである。
すぐに、寝るということにはならないはず。
少しの、間をおいて、眠りに着く。
要するに、余韻である。
男にも、射精後の、そして、二人の満足感の、余韻というものがある。
それは、勿論、精神的なものである。

セックスの満足感は、生きる喜び、生きている喜びになる。

頭脳労働で、自律神経が、イカレている男は、残念ながら、性欲の処理が、ストレスのはけ口となり、女の体を使って、マスターベーションするのに、近いものがある。

それでも、女が喜んでいるのは、好意による。
ただし、好意は、いつまでも、続かない。

男は、一度目の、射精が、一番強いエクスタシーを得る。
二度目、三度目からは、それが、ガクンと落ちる。
しかし、女は、一度目から、二度目、三度目と、エクスタシーが深くなる。
逆なのである。

つまり、一晩に、何度も、射精するという、若さのあるうちはよいが、三十を過ぎると、何度も射精するということが、出来なくなる。
勿論、例外はある。

回数は、個人差である。
理想的なのは、前戯のテクニックで、女を十分に興奮させて、女がエクスタシーを、十分に満たせるようにすること、である。

長時間の勃起により、女を何度もイカせると、考える男たちも、多くいる。
確かに、それは、それで、いいが、個人差があり、一度のセックスで、一度の射精で、十分に満足するという人もいる。

長時間、勃起するという男は、実は、遅漏である。
イキたくても、イケないのである。
強ければ、いいというものではない。

遅漏の男の相談を、受けたことがあるが、実に辛いものである。
イケないのである。
時間がかかり過ぎて、疲れる。結局、射精しないで、終わる。
それは、マスターベーションも、そうである。
感覚が、鈍化している。生まれつきの場合は、どうすることも出来ない。
また、マスターベーションにより、そのようになってしまった、男もいる。

セックスは、個性である。
これが、一番良いというものは、無い。
パートナーとの、互いの満足感がいいならば、それで、問題は無い。ということは、セックスの良い相手に出会えたということは、人生の、喜びを得たということでもある。
それが、結婚後であれば、悲劇である。

だから、婚前交渉は、必要である。
ただし、何も知らない者同士が、一緒に、性生活を作り上げるという、形も、否定しない。

戦前までは、見合い結婚が、多数を占めた時代もある。
それでも、うまく夫婦関係を、築いたのである。
それは、互いに、探りつつ、性生活を築いたからである。

さて、統計的にみると、エクスタシーが、ピークに達するのは、三十代後半から、四十代である。
五十代に入ると、初老期になり、月経が止まり、脳の機能や、脳波が、子供返りをはじめる。
つまり、エクスタシーの質が低くなる。
ただし、だから、より充実した性生活も、考えられる。
別の形で、喜びの代償がある、というもの。

これで、解ることは、脳波も、年齢と共に、成長するということである。
10歳くらいの脳が、未分化な子供では、シータ波が、いつも、頭全体に出ている。
エクスタシーの、シータ波が出るというのは、特異的に出るから、いいのである。
いつも、シータ波が出ている子供は、本当の意味の、エクスタシーを感じる能力はない。

12歳くらいになると、肉体は、妊娠出来るようになる。しかし、それは、エクスタシーを伴わないセックスである。
中学生くらいから、脳波も、次第に成長する。
そして、二十歳を過ぎて、ようやく、安定した、成人の脳波が、出せるのである。

だから、脳波が、しっかりしない間の、セックスは、単なる興味であり、弊害がある。それは、本当のエクスタシーを感じない前に、ある程度の、快感で、終わるということである。

その、ある程度の快感を、エクスタシーと、思い込み、つまり、脳が思い込み、それ以上には、ならないのである。
それは、ある種の、悲劇である。

少女売春の事件を見るにつけて、その後の、少女の性生活を、思う。
少しの時間の差で、素晴らしい、エクスタシーを、体験出来なくなるのである。
簡単に体を、金に替えるという、愚かさは無い。
勿論、そこには、買う大人、男がいるのである。

一人の少女の人生に渡る、性を、破壊する行為である。
実に、罪深いものである。

更に言えば、十代、二十代の男の、セックスは、射精欲に支配されて、本当のセックスを味わう余裕は無いといえる。

何度も、射精して、めくるめくる感覚と、勘違いする様は、愚かである。
射精欲が、セックスの喜びであると、勘違いしたまま、男の人生を送ることになる。

もし、女を愛するならば、一人の女と、死ぬ程のセックスをして、女を、知り尽くすべきであると、私は、思う。

一人の女を、味わい尽くして、すべての、女を、知る。
それが、男の中の男である。

数の問題ではない。
質の問題である。

何人もの、女を通過して、これだと思う女と、出会うこともある。
それは、人それぞれである。

誰一人として、同じ人間はいない。
性の表情も、百人百様である。
実に、人生は、面白いものだ。


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2008年08月24日

性について 24

少し、話題を変える。

レイプについてである。
強姦した男は、通常のセックスより、深い、あるいは、強い刺激を感じるのか。

アメリカでは、実に詳しいレポートが、ある。
強姦の際、挿入した途端に、射精するというのである。

救急病院を兼ねた、産婦人科には、夜中に、強姦検査の依頼がある。
膣内に、精子が残っているか、否かを調べるためである。

また、精神科医が、強姦した男を鑑定する場合もある。
その際に、強姦の男の証言は、襲うという行為に、興奮するものの、挿入は、単なる、マスターベーションと、変わらないという。

これは、性欲を満たすための、行為ではなく、変形した、特殊性愛である。
異常性愛ということになる。
更に、それが、昂じると、殺しということになる。

一度、強姦する男は、二度、三度と、繰り返す。
隔離が、必要である.

現在は、殺人に至らない、強姦罪は、釈放されるが、必ず、再犯する。
刑務所を、出たり入ったりする。
繰り返す男は、精神鑑定により、去勢する刑しかない。


さて、もう一つの話である。
女の、性的、欲求不満ほど、たちの悪いものはない。
周囲に、その不満を、撒き散らす。
そして、更に、戦闘的になる。
誰彼構わずに、不満を、ぶつけるのである。些細なことで、いきり立つ。

時に、それを、宗教行為に、昇華させる女もいるが、手が付けられない。
それに、ヒステリーが加わると、霊感、霊能力ありと、周囲に、妄想を、撒き散らすのである。

宗教自体、妄想であるから、それに、更に妄想がかるのである。
女は、性的欲求不満によって、精神にも異常をきたす。
更に、女の不定愁訴は、九割が、性的な障害と、不満である。

更に、盗みや、放火などという、社会的事件を、起こす女も多い。
一度、男を知った女は、元に戻ることは出来ないのである。
大人のオモチャでは、結局満足せず、皮膚感覚を求めるのである。
騙される女も、性的不満にある者、多数。

一番の方法は、食べ物である。
食欲を、満足させて、代用するしか方法はない。
社会や、周囲に、迷惑をかけるより、太った方が安全である。


それでは、性感帯にゆく。

性感帯というのは、実際に、性感帯という感覚を、有する、感覚器官は無い。
単に、思い込んでいる場合が多い。
どこが、感じると、互いに探りならがしている程度である。

温覚、冷覚、圧覚、痛覚触覚を感じる、通常の感覚器官が、それに当たる。
この、感覚器官が、他の部位よりも、敏感であるということ。

では、何故、その器官が、敏感に働くのか。更に、それを、性感帯と、言わしめるのは、何かである。

股間、首筋、皮膚で、良く感じるというのは、自律神経が集中している部分である。
自律神経は、温覚、冷覚、圧覚、痛覚触覚などに反応して、自動的に、体の調節、保護作用を行う。
されゆえ、それが集中している皮膚感覚が、鋭敏になっているということである。

自立神経が、集中する理由は、動脈の保護にある。
動脈は、原則的に、静脈より、体の内側を通るように、出来ている。
動脈は、心臓からの、強いプレッシャーに耐えるため、静脈より、固く出来て、その分、伸縮性が弱い。
なるべく、動きの少ない、そして、破損し難い、より安全な体の内側を、回るのである。

しかし、それでも、構造上、動脈が、皮膚の近くを通る部位がある。そこでは、動脈が、破損する危険などを、敏感に感じる取る、自律神経が集中するという、訳である。

そこから、性感帯と、呼ぶ部位は、動脈が、皮膚の近くを通る部位を、指すことになる。

股間には、股動脈という、足に血液を送る太い動脈が走る。
脇の下には、手に血液を送る、動脈が走る。

そこは、触ると、くすぐったく感じる。この、くすぐったさが、快感に変わるのを、性感、感じると、性的に変容するのである。

耳の前には、動脈がある。ゆえに、耳の前も、性感帯となる。
首筋も、頚動脈が走る。ゆえに、性感帯と、呼ばれる。
膝の裏側、足の甲、指先の、直前なども、動脈に近い。

男は、乳首や、性器への、刺激を第一とするが、いきなり、それらを攻めても、女は、痛みを、感じるだけである。

ところが、馬鹿な男がいて、女が痛みで、声を上げるのを、感じていると、思うのがいる。

性感とは、自律神経の、お蔭である。
性は、自律神経に行き当たるということである。

正に、生命維持に必要な、自律神経が、性感を司るという、カラクリである。
性は、生命である。

不感症という、感じないタイプの女がいるが、それは、実に、生命維持活動により、体が、それ以外の刺激を受け付けないのである。
生きているだけで、十分に感じているからである。ただ、本人は、鈍化していると、思う。

ただし、精神的なものによる、不感症は、上記にあらず。
幼年期、少女期を、緊張感一杯で、過ごした女は、不感症になる。
更に、性的暴行を、受けたことによる、精神的ダメージである。

生来の、緊張性性格の女も、不感症になる。
ただでさえ、緊張しているのである。
性的にも、緊張することは、出来ない。

性行為というのは、緊張である。
性行為後が、緊張緩和なのである。

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2008年08月25日

性について 25

挿入して20分以上の努力は無意味である。それでも女性が達しない場合は、二人のサイクルがずれているのだ。
日向野春総


アメリカの雑誌、レッドブックスが、10万人の女性を対象にした、オーガズムにいたるまでの、時間を調査したものが、紹介されている。

1分から5分以内が、28パーセント。
6分から10以内が、37パーセント。
11分から15分が、20パーセント。
要するに、10人の女がいれば、8,9人が、挿入から15分以内で、オーガズムを得ることができる。

勿論、アメリカ人と、日本人は、違うし、人それぞれである。
だが、やみくもに、長時間の挿入が必要であるということは、無い。

女が、オーガズムにスタンバイしていない、状態で、挿入すれば、とんでもなく、時間がかかるか、オーガズムに達しないで、男だけが、射精を楽しむということになる。

持続時間の長さは、単に、体力の消耗である。

大切なことは、男と女のエクスタシーのサイクルを、一致させることである。
大切な相手ならば、それが、更に愛情を深める。

更に、同じ体位で、挿入を長時間続けても、どうしようもないのである。
つまり、膣内の、同じ箇所ばかりを刺激しても、女の方が、その刺激に慣れてしまい、最後は、感じないということにもなる。

行為の最中に、色々と体位を、替えることで、膣は、刺激される箇所が、変化して、エクスタシーを、確実に高める。
更に、興奮期の興奮が、高ければ、高いほど、その後の、エクスタシーが、高いのである。

行為中の、ペニスの挿入中断は、短いものであれば、何の問題もない。
体位を、替えるために、ペニスを抜くのは、問題無いと言うことだ。

中世の、カトリック教会の、教え、正常位のみ、許された、性行為であるという、時代は、過ぎ去った。
アホらしくて、話にならない。

実際、一番女のために、良い体位は、騎乗位であろう。
これは、女が、好きなように、ペニスの感覚を楽しめるからである。
更に、クリトリスへの刺激も、女の求めるままである。
一番、女の理想的な体位である。
しかし、女が上になるという、感覚を、日本人は、持たなかった。今は、違う。どんどんと、女が上に乗るか、乗らなければ、単に、疲れるのが、嫌なだけであろう。

どーんと、寝ていて、男だけに、セッセと、努力させるのは、女の傲慢である。

互いに作り上げる、性生活である。
または、恋人同士が、ボディーランゲージとして、色々と試す行為に、セックスの、醍醐味がある。

性を楽しむことは、生を楽しむことである。

それでは、男の、最も、悩み多い問題を、取り上げる。
早漏である。

九割は、精神的なものである。
生来の、過敏症という体質もある。
それは、方法が色々と、ある。
精神的なものは、心理的原因が、解決されれば、完治するといわれる。
それでも、駄目な時は、精神科から、精神安定剤を、処方してもらう。それで、力を付ける。要するに、セックスに、恐怖しない心を、作るのである。
あるものは、何でも、有効利用すべきである。

ある女は、夫の、早漏を治すために、努力に、努力を、重ねた。
ペニスを、冷たいタオルで、包み、次に熱いタオルで、包みと、刺激を、繰り返した。その他、ペニスへの、刺激法を取り入れて、ついに、三年かがりで、早漏を、克服させた。
ところが、何と、セックスに自信のついた、夫は、若い娘と、浮気、更に、その娘と、一緒になり、家を出て行った。
笑えない、話である。

今一度、整理すると、ペニスを挿入させて、徐々に、絶頂に至ると、脳が、シータ波を出す。それが、エクスタシーである。

このエクスタシーに、入る前には、アルファ波と、ベータ波が、交互に出される、興奮期がある。
この、興奮期は、外界に対する、感覚が、視覚、聴覚共に、鈍化する。
ただ、皮膚感覚のみが、鋭敏になるのである。
これが、ポイントである。

興奮期に、脳の、機能切り替えが、行われる。
高級感覚である、視覚、聴覚が、退けられて、皮膚感覚が上位になってゆくということである。

その時、女は、男からの、皮膚刺激で、強い、性感を覚える。
撫でつけである。
女の体を、撫で付けることで、絶頂期は、実に、充実したものになる。

日向野さんは、清朝最後の女帝、西大后の、驚くべき、話をしている。

彼女は、過酷な独裁者として、君臨したことは、知られるが、彼女が、レズビアンであることは、知られていない。

彼女は、将来、自分のレズ相手にしようとした、少女の、目を潰し、触覚だけを、鍛えさせて、自分のセックスの相手とした。
皮膚感覚の、重要さを、見るのである。

挿入をして、男は、それだけに、没頭する。
その姿は、実に滑稽である。要するに、性器セックスのみである。アホらし。

女に挿入して、それからも、皮膚刺激を与えるのである。

首筋から、乳首にかけての、唇での愛撫から、体全体への、愛撫を怠らない。興奮期の、女の体は、皮膚感覚が、鋭敏になっているから、エクスタシーに登らせる上では、必要不可欠である。

だが、それが、面倒で、女との、セックスより、大人のオモチャ、果ては、友人同士、つまり、男同士で、マスターベーションの、お手伝いを、し合うという。

何年か前に、男同士で、する、セックスという本が出て、ゲイのものかと、思ったら、ごく普通の男たちのための、ものであると、聞いて、仰天した記憶がある。

それから、女が、徐々に、優しくなくなってきた。
次第に、男が、女から、遠のくからである。

更に、一人の男を、奪い合うという、争奪戦である。
セックス好きの男を、皆で、取り合うのである。

実に、女の受難の時期到来である。

セックスに興味を、示さなくなった男たちは、どこへ行くのか、である。

更にである。
男の、美意識が、変化してきた。
セックスをしている、我が身の姿を、想像して、ぞっとするというのである。
自己愛から、自己愛美である。

女よりも、美しくなり、一切の、穢れたものを、寄せ付けないという、潔癖症である。
ゲイではない。
ごく普通の男たちである。

実は、男が、射精を、しなくなると、男性ホルモンが、減少して、女性化する。更に、美しくなってゆくのである。
それを、自覚した、自己愛美型の男たちは、射精もしなくなる。

しかし、不安は無い。
子供は、生まれる。
世界中の男が、ゲイになっても、子供は、生まれる。
心配する必要は、もうとう無い。


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2008年08月26日

性について 26

性行為、特に、男女における性行為とは、基本は、子作りである。
妊娠を、目的にされるもの。
そして、それが、自然なものであるといわれる。

依存は無い。
しかし、今、現在、そして、更に、性というものが、グローバル化した時代と、時代性である。
様々な、性行為の型がある。

それは、人間の大脳化ゆえのこと。

ただし、性行為において、シータ波が持続するという、エクスタシーを得る性行為といえば、矢張り、基本は、男女の、行為となる。

例えば、マスターベーションとか、オーラルセックス、つまり、局所による、射精行為、または、女に対する行為でも、シータ波の獲得は、得られていない。

感じる脳が、性行為のポイントなのである。
つまり、下半身と、脳が、完全に一致する行為でなければ、エクスタシーというものを、得ることが出来ないのである。

だから、男女の場合の、理想的な、セックスは、子作りが、前提にあって、最高のセックスとなる。

さて、しかし、この時代性である。

昔、私が受けた相談の中に、次第に増えたものが、アナルセックスだった。
要するに、彼氏が、非常に興味を持つのだが、どう対処したらいいのかというもの。

肛門性交といえば、即座に、ゲイセックスを思う人がいる。
尻を犯すというものだ。

ところが、男女の間でも、アナルセックスは、行われる。
それでは、女の場合の、アナルセックスというものは、どんなものか。

肛門も、粘膜である以上、重要な性感帯であると、いえる。
会陰部から、肛門と、愛撫に対して、非常に敏感な部分である。

肛門が、感じるのは、出入り付近であり、直腸まで入ると、何の感覚も無い。
だが、肛門の筋肉と、膣の外輪筋は、つながっていて、肛門括約筋が収縮すると、膣の周囲の、外輪筋も収縮して、あたかも、性器を刺激されているように、錯覚する。

女の中に、マスターベーションをする際に、肛門、クリトリスへの刺激をする者がいる。肛門が、性器、そして、唇に次ぐ、第三の性器になりうるのである。

相談の結果は、嫌なことは、逆効果であるから、断るべきであるとしたが、中には、それを受け入れて、試みた、者もいるが。
人それぞれ。
中には、あまりの快感に、吠えたという女もいた。が、それ以後は、怖くなって、止めたという。あまりの、快感に、死ぬ思いをした。更に、このまま行くと、とんでもない、性行為を、求める女になってしまうのではないかという、恐怖で、抑止したのである。

セックスの最中、後背位の場合、膣にペニスを挿入して、更に、指で、アナルを刺激、または、指を出し入れすることが、出来る。それにより、快感が倍化することもある。

膣とアナルの、筋肉は、8の字になっていて、両方の穴の刺激であるから、相乗効果を、生むのである。


さて、それでは、男の場合は、どうか。

男の直腸は、女と違い、前立腺というものが、ある。
出入り口と、前立腺刺激による、快感がある。
それが、女と違う。

受身の男は、終わらない快感というものを、感じることが出来る。
また、その刺激に対して、射精することもある。

いずれ、男娼の歴史にも、触れることになるが、肛門性交の、歴史は、人類の歴史と、同じほど、長い。

実に、多数の女と、性行為をしていた男が、何かのきっかけで、男娼と、関係することにより、女の膣の感覚とは、また、違った、味わいに、驚いたという、男がいる。

それは、男のアナルも、それぞれで、全く持って、名器と呼べる者もいる。
膣と、同じで、中は、見えない。
入れてみなければ、解らない。

刑務所などの、異性との、触れ合いがない、場所にいると、男が男を犯す行為ということが、発生する。
それが、男女のセックスの代用であったが、そのまま、それが、その男の、性向になる場合も、多々ある。

娑婆に出て来た男が、女では、満足しないと、ボーイバーで、ボーイを買うという。

アナルセックスを、男女のセックスの代用として、堂々と、展開する部族もいる。
アフリカの部族の中では、子供をある程度、産み終えると、膣を、閉じて、つまり、縫ってしまい、それ以後は、アナルセックスが、主になるところもある。

九州の、ある地域は、お稚児どん、という、風習があり、少年がある程度の、年齢になると、他家に擬似養子に出される。
その家の、新しい父親と、そのような関係になることは、実に多く、矢張り、アナルセックスが、主である。

実際、今でも、その風習があるというが、誤解があっては、ならないので、地名は、書かない。

ただ、その風習により、伝統を、伝え、育てているのである。
それは、また、民俗学の分野になる。

その地方の、女の出身者は、男同士の関係に対して、ある程度の認識があり、その関係を、嫌悪するということはない。それはそれ、これはこれ、と、分けて考えるのである。

ある、日本の建設会社が、未開の地に、建設作業に出た。
皆、男であるから、自然、そのような関係を結ぶ者も出たという。
擬似セックスを、行うが、矢張り、それにより、目覚める男もいて、以後、男との、関係を、続ける者もいたという。

昔、同じ新聞の、コラムに原稿を書いていた縁で、南極越冬隊に出掛けた方にお会いした時、それとなく、尋ねてみたことがある。

それなりの、用具、つまり、大人のオモチャなどの備品もあるというが、それを使用したことはないし、また、男同士の関係も、見当たらなかったという。

その人が言うには、朝目覚めて、南極の自然を、見ているだけで、通常の感覚を超えてしまうというのだ。
つまり、その場にいるだけで、脳内に、快感物質が、出るのであろうと、思う。

射精をしなければ、精液は、自然消滅する。
目の前の、自然の様に、感動して、我が身の、性欲も、忘れるという、体験を、一度は、してみたいものである。

これが、宗教などの世界で、言われる、シータ波の出る、悟りの境地と、考えてもよいと思う。

脳が、満足すれば、体も、満足するということである。

脳が、満足しななければ、いつまでも、繰り返し、行為を続けるということである。

つまり、性行為の代用は、別のものでも、あるということだ。


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2008年08月27日

性について 27

快感の、脳の仕組みを、整理してみる。

快楽物質、あるいは、快感物質が、脳に現れたのは、脊柱動物である。
脳は、感覚して、行動命令を出すところである。
そのため、脳内の快感物質の一つである、麻薬物質は、強い痛みや、過酷なストレスに耐えるために、特に感性の強くなった、人間で作られるようになる。

それが、また、忍耐力や、創造力を駆使するときも、脳内の麻薬物質が、威力を発揮することが、明らかになっている。

脳内麻薬物質と、免疫系との間にも、直接的な関係がある。
免疫細胞が、DNAにより、究極的に、副腎皮質刺激ホルモンや、ベータ・エンドルフィンを作ることも、照明された。

麻薬レセプターが脳内にあり、この神経系のシナプスに、介在するホルモンが、ドーパミンであることも、発見された。

さて、そこで、大麻や、覚醒剤による、弊害を、言う。

覚醒剤を、使用している時の、脳波は、セックスの絶頂期と同じく、シータ波が出ている。
覚醒剤や、大麻、シンナーなどもそうであるが、幻視、幻聴、幻覚に襲われる。
更に、時間感覚が、麻痺する。
つまりそれは、感覚が、加速されるということである。
時間の流れが、通常より、速く感じられる。

もし、薬物を使用して、セックスをした場合は、エクスタシーが、より早く感じられ、しかも、何度となく、訪れるような、錯覚を起こす。

男の場合は、持続力が、長くなり、エクスタシーに達しても、射精に至らない。
つまり、快感が、いつまでも、続くということになる。

アメリカで、中毒者が多い、覚醒剤アンフェタミンなどは、セックスがスピードアップするために、スピードと名付けられている。
これは、日本でも敗戦直後に、ヒロポンと言って、科学組織が少し違うものが、出回った。

実は、これは、戦時中に、軍が、特攻隊に、支給していたものである。
ヒロポンの力を、借りて、恐怖心などを、エクスタシーに替えて、死を恐れないためである。

このように、覚醒剤は、セックス時の、エクスタシーと同じシータ波を出すことが、可能である。
しかし、である。

本来、脳内で、作られるべきものが、他から、得るということは、脳内の働きを、退化させ、脳内物質を、更に抑制させるとしたら。
脳内で、作られるはずものが、簡単に、体に取り込まれるということは、人間の体と、脳の破壊である。

薬によって、強制的に、エクスタシーを作り出すということが、実に恐ろしいものであるということ。

薬物の力なくしては、エクスタシーに至れないという、体質になり、中毒に陥る。
そして心身共に、朽ち果てるのである。

非常時に麻薬を使用するのは、病気闘病の、痛みを和らげたり、死の苦痛を、和らげるために、使用されるべきなのである。

芸術、特に、音楽関係者に、覚醒剤の使用者が、多い。
それらの、作り出す音楽を聴いて、癒されたと、思い込む方も、アホだが、使用して、音楽なるものを、作り出す方も、アホである。

勿論、そういう音楽や、歌は、一年持って良いほうである。

さて、次に、媚薬や、強精剤である。

性欲亢進、性感度を、高めるというもの。
媚薬の多くは、ペニスや、クリトリスの、鬱血を引き起こすものが、大半である。

男の精髄にある、勃起中枢を、過度に刺激して、一度服用すると、15時間から、20時間の勃起が、可能である。
ただし、快感は、得られない。
射精に至らない。
持続力はあるが、一二時間を、経ると、後は、痛みだけになる。

精力剤は、信じる者は救われるという、宗教の妄想と、同じで、妄想である。

セックスの後に、どっと、疲れるというのは、体が、疲れるのではない。疲れるのは、脳である。

一回のセックスにおける、エネルギー消費は、70カロリー前後である。
体力の消耗ではない。

ちなみに、マスターベーションの方が、疲労度が高いはずである。
つまり、脳内の、創造力を総動員しての、イメージセックスであるから。

イメージ力というものは、凄まじいもので、それだけで、射精に至ることもある。

マスターベーションは、害にも、薬にもならないものである。
ただし、マスターベーションにより、多くのイメージトレーニングが出来て、それが、創作活動へと、つながることも多い。

ただし、マスターベーションによって、シータ波は、得られないといわれる。
この、マスターベーションに関しては、後で、徹底的に、その歴史から取り組んで、更に、マスターベーションによる、私が私を愛するという、極地まで、高まるものだということを、書くつもりである。

大脳化した人間の、最大の性的能力は、マスターベーションにあると、私は、考えている。

マスターベーションにより、人間は、地球とも、宇宙とも、一体になるという、壮大なイメージを、生み出すことが、出来たのである。

そしてその、現場が、性と、切り離されたかに見える、宗教の世界に、実に多い。
神や、仏と、結ばれるという、恍惚感は、まさに、シータ波のゆえであり、セックス無しでも、そこに行き着けるという、驚き。

人間を支配するものは、脳の快楽物資による、エクスタシーと、その脳に発生する、シータ波を、抑えてしまえば、簡単なのである。


posted by 天山 at 00:00| 性について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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