2010年09月01日

天皇陛下について 32

東京裁判という、欺瞞溢れる、復讐裁判に、判事として、唯一の、国際法学者である、インドの、ラダ・ビノード・パール判事が、真っ向から、異を唱えた。

この裁判は文明国の法律に含まれる貴い諸原則を完全に無視した不法行為
であると、告発し、日本が、無罪であることを、明確した。
英文にして、1275ページにわたる、意見書を、提出したのである。

勿論、多数派に、阻止されて、通らなかった。
しかし、パール判事は、冤罪を着せられた、日本の将来を、思い、三度も、来日する。

そのたびに、日本の教科書が、東京裁判史観に沿って、日本は、侵略の暴挙を犯した、先の大戦は、侵略戦争だったという、教育のあり方に、自虐的になっていく日本人を見て、憂いだ。

東京裁判で、何もかも悪かったとする、戦時宣伝デマゴギーが、これほど、日本の人の魂を、奪ってしまったとは、思わなかった。
この影響は、原爆の被害より、甚大であると、述べている。

日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流れるさまを、私は、平然と見過ごすわけにはいかない。誤った彼らの、戦時宣伝の欺瞞を、払拭せよ。誤られた、歴史は、書き換えられなければならない。
パール判事の、警告であり、メッセージである。

しかし、日本人は、自虐史観に、囚われ、犯された。
誰が、そうしたのか。
左翼系の人々、更に、マスコミ、進歩的といわれた知識人たち、日教組・・・
売国奴たちの、戦略である。
では、何故、そのようになったのか。
何が、目的で、そのようにしたのか。

答えは、簡単である。
彼らも、妄想の恨みを抱いたからである。
妄想の、恨みとは・・・

名利の大海に、溺れるのである。
つまり、支配欲である。
強烈な、支配力に、恨みを抱き、今度は、強烈な、支配力を得たいと、思ったのである。

そして、遂に、マスコミは、強大な、支配力を得て、更に、自虐史観を、加速させた。
テレビ、新聞・・・

自虐史観でなければ、取り上げないのである。

そして、左翼系政治家・・・
彼らは、その自虐を楽しみ、謝罪外交を繰り返して、悦にいった。
ぶってぶてと、自虐を楽しむ、マゾヒズムである。
それが、国民に受け入れられると、信じた。

歴史を、真っ当に学ばない、政治家が、それから、多く出た。
今でも、歴史を知らない政治家が多い。
実に、アホ、馬鹿、間抜け、糞っ垂れ、自害して果てた方が、身のために、良い者たちである。

しまいに、学者である。
何を持って、伝統と言うのか・・・
呆れた
素人の私でさえ、伝統の何かを知る。

要するに、大戦以降は、伝統も何も無いということなのだろう。

先祖の因縁が悪いとしか、言いようが無い。

更に、作家・・・
それほど、日本が嫌なら、日本に居る必要はない。
中国でも、韓国にでも、移住すべきである。

考えても、日本人であることを、嘆く・・・
という、自虐も、ここまで、くれば、病気である。
それらが、堂々と、小説も書かずに、自虐を、書き続ける。
ホント、病気としか、言いようが無い。

東京裁判は、その後、国際法学者の間では、完全に否定された。
違法な裁判である。
それが、定説である。

それを、忘れることなかれ。

更に、である。裁判に関わった、多くの判事たちが、帰国して、裁判の不当性、違法性を、証言したのである。

信じる者は、騙される。
東京裁判の、判決を信じたのは、日本人である。
つまり、騙されたのは、なんと、日本人である。

そして、驚くべき事実。
裁判を、開廷させた、マッカーサーが、後に、日本を、侵略国として、裁いたのは、間違いだったというのである。

1950年10月、ウエーク島で、トルーマン大統領と、会談した、マッカーサーは、
東京裁判は、誤りだった
と、述べたのである。

そして、翌年の、5月3日、アメリカ上院の軍事外交合同委員会の、聴聞会にて、聖書に誓い、
日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、それが四つの島にひしめいているのだということを理解していただかなければなりません。その半数近くが農業人口で、後の半分が工業生産に従事していました。
潜在的に、日本の擁する、労働力は、量的にも質的にも、私がこれまで接した、いずれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上の、どの時点においてか、日本の労働者は、人間は、怠けているときよりも、働き、生産しているときの方が、幸福なのだということ、つまり、労働の尊厳と呼んでもよいようなものを、発見していたのです。
更に、続けて
これほど巨大な労働能力を、持っているということは、彼らには、何か働くための材料が必要であったということを、意味します。彼らは、工場を建設し、労働力を有していました。しかし、彼らは、手を加えるべき、原料を得ることができませんでした。

とても、よい分析をしている。
真っ当に日本人を、見たということだ。

日本は、絹産業以外には、固有の産物が、ほとんど何もないのです。彼らは、綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない。その他、実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものが、アジアの海域には存在していたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から、一千二百万の失業者が発生するであろうことを、彼らは、恐れていました。したがって、彼らが戦争に、飛び込んでいった動機は、大部分が、安全保障の必要に迫られてのことです。
と、語ったのである。

安全保障の必要性により、戦争を始めた。つまり、自存自衛の戦争だと、認めたのである。

更に、歴史は、隠されていたから、マッカーサーも、アメリカの日本潰しなどの計画は、知らない。

アメリカこそ、アジアを、侵略したい、などとは、マッカーサーも、知らない世界のことだった。

日本が、いう、大東亜権を、最も、欲したのは、アメリカである。
更に、西欧列強である。

大東亜戦争を、しなければ、今でも、アジア諸国は、欧米の植民地として、搾取、搾取の歴史を、重ねていった。

白人の、人種差別というものは、今でも、生きている。
それを、忘れることなかれ。

東南アジアを多く旅する、私は、その、白人たちの姿を、目の当たりにしている。
昔は、ここは、俺たちの、国が支配していたのだという、強烈な意識を、今の、今でも、持っている。
そして、現地の人たちに、サーと尊称して呼ばれることを、当たり前に思っているのである。

サーである。殿様・・・
ご主人様である。

色付き人間は、劣っていると、書いた、イギリスのアホの、あの時代から、何も、変わっていない。つまり、成長していないのである。




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2010年09月02日

天皇陛下について 33

これは、重大なことである。
東京裁判を、開廷した、マッカーサーが、日本は安全保障の必要により、戦争をはじめた。
大東亜戦争は、自存自衛の戦争だった。
そして、東京裁判は、間違いだったというのである。

なのに、何故、今まで、侵略戦争だと、金切り声を上げて、日本人が、言うのか・・・
更に、である。

今では、大東亜戦争を、侵略戦争であるというのは、日本人と、韓国人と、中国人である。
韓国、中国は、真っ当に歴史というものを、学ばないし、検証もしない。答えを先に造り上げ、それに、沿って、歴史を創作するのである。
話にならない。

この、マッカーサーの証言の翌年、1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効して、日本は、独立国として、復帰する。

アメリカは、安全保障条約の同時締結と、東京裁判の堅守を要求する。

条約第十一項に、
日本国は、極東軍事裁判所・・・裁判を受諾し
とある。
しかし、この、裁判という、訳は、誤りで、判決である。
これは、日本の官僚の作為ある、訳である。
これでは、裁判すべてを、受諾するという意味になる。

官僚の中には、売国奴がいるということ。
忘れるな。

マッカーサーの、証言を、日本国民に知らせず、侵略戦争であると、喧伝する、政治家、官僚、そして、政府・・・
それにより、日本は、巨額の賠償金を、支払う。
ここだ。ここに、問題がある。

侵略戦争でなければ、賠償金を、支払う義務はない。

この、賠償金の行方である。
おおよそは、知る。
しかし、その賠償金が、途中搾取されているとしたら・・・
私は、彼らが、それを、途中で、搾取するために、侵略戦争であると、国民に信じ込ませたと、思う。

賠償金を、払うから、後で、いくらか、こちらに、回せと、言える。
そして、そういう、政治家、官僚が、必ず居る。

中国に、支払った金額は、富士山を超える以上の巨額な、金額である。
それで、彼らは、軍事大国になるべく、邁進した。

更に、今の、今でも、韓国、北朝鮮に、戦後保障が、されていないと、言われる。
実に、おかしな話である。
保障は済んでいるのに、まだ、寄越せという。

彼らが、おかしいと、思っていたが、それを、言わせる、日本政府と、それらの政治家に、私は、疑念を抱く。
日本国民より、あちらの、国民の機嫌を取りたい、政治家がいるのである。

何故か。

歴史は、必ず、暴かれる。
時間が、解決する。

さて、その、マッカーサーだが、日本占領で、為したことは、甚だしく、日本精神を、崩壊させるものだった。

それを、俯瞰すれば、欧米の思想というものが、手に取るように、解る。
要するに、理解できないものが無いということを、知らない。

マッカーサーは、日本の神道を、キリスト教のように、考えることしか、出来なかった。
日本の精神的支柱に、神道があると、思い込んだ。

彼らの、一神教は、戦う宗教である。
しかし、日本の神道は、平和の宗教である。

儒教、道教、そして、今では定着した、仏教を、すんなりと、受け入れた。

ホント、マッカーサーが、馬鹿だと、思うのは、神社の焼き払いを、計画したことである。

日本人は、神社などなくても、神道の心は、失わないことを、知らない。
本来は、建物を、置かないのが、神道であり、それは、所作の問題であることも、知らなかった。

勿論、知らなくていい。
彼は、軍人である。
文化人類学者ではない。

だが、占領軍の、日本解体の計画を見れば、欧米の人の、精神というものが、透けて見えるのである。

実に、軽薄短小である。

体と、性器は、大きいが、軽薄短小・・・・

大きすぎて、頭の方は、隙間だらけである。

さて、マッカーサーは、神社焼き討ち、を、計画して、駐日ローマ法王庁代表、バチカン公使代理のフルーノ・ビッテル神父に、意見を聞いた。

神父は言う。
自然の法に基づいて考えると、いかなる国家もその国家のために死んだ人々に対して、敬意を払う権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれば、以上のことは、自然に理解できるはずです。

更に、続けて
もし、靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は、アメリカの歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残るであろう。歴史はそのような行為を理解しないに違いない。はっきりいって、靖国神社を焼却することは、アメリカの占領政策と相容れない犯罪行為である。

そして、神父は、
われわれは信仰の自由が完全に認められ、神道、仏教、キリスト教、ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰する者であろうと、国家のために死んだ者は、すべて靖国神社にその霊を祀られるようにすることを、進言するものである。

神父の言葉が、マッカーサーの、アホになるような、行為を止めた。
神父に、尋ねなければ、そんなことも、解らないのである。

カトリックの、したたかさである。
その国の、伝統を守り、その伝統を、有効に利用して、布教をする。
馬鹿な、プロテスタントの、ヒステリーのような、布教はしないのである。

つまり、カトリックは、伝統を、理解できる、伝統があるからである。


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2010年09月03日

天皇陛下について 34

靖国神社以下、神社の、焼き討ちを断念した、マッカーサーであるが、日本人の心を、骨抜きにするという、方針を諦めた訳ではない。

その前に、一言、アメリカは、広島、長崎と、原爆を落とし、更に、国際法に違反する、都市への、空襲などなど・・・
いずれ、日本から、謝罪を求められる。更には、その保障を求められると、考えたはず。

何せ、一般市民を、攻撃したのである。
今でも、アメリカの世論では、原爆投下は、戦争終結のために、また、多くの犠牲を出さないことによりと、肯定されている。

兎に角、今までの、日本人の、精神を破壊する。

その、第一歩。
「神道指令」を発布して、日本政府に、「国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、感得、及び公布の廃止」を命じる。

これが、後に、憲法の政教分離条項に、引き継がれる。

だが、おおよそ、政教分離とは、理想である。
アメリカでさえ、大統領並びに、何かを証言する時には、聖書に手を置いて、誓いを立てるのである。

更に、戦争犠牲者の、施設では、宗教なくしては、意味をなさない。
政治と、宗教の扱うテーマが違う。

政教分離は、正しいが、現実に、行おうとすると、とても、異常な事態になる。

靖国神社への、首相参拝などが、国内で、これほど、議論されるのは、国際社会では、異常なことである。
少なくとも、最も歴史ある、更に伝統として、ある、神社という、形態にて、戦争犠牲者を、奉ることは、当たり前である。

ところが、仏教系、キリスト教系の、一部、ヒステリーのような、人々が、反対を掲げる。では、どうすればいいのか・・・と、なると、自分の宗派なら、一番良いということになる。

そうした場合は、混乱甚だしくなることは、見えている。

だから、歴史と、伝統に従う形が、理想である。

神社では、どのような祈りを、上げても、構わないのである。

さて、日本精神の、破壊は、あらゆる分野に、及ぶ。
システムも、すべて新しく作り変える。
政治、教育、税制、法律・・・・
憲法、教育基本法、累進課税方式の所得税法、六・三・三制の教育制度・・・

従わざるを得ない、状況に置かれた日本と、日本人は、素直に、受け入れた。
それも、見事な変わり身である。

敗戦が、いかに、多くの人の心を、踏みにじったか、である。

兎に角、敗戦でも、なんでもいいから、戦争は、やめて欲しいという、気持ちが、敗戦により、腑抜けたものになり、ただ、従順に従う。
戦争より、マシだ、である。

だから、あの大戦が、いかに、国民には、過酷なものだったのか。

物資の乏しさ、特に、食べ物・・・
人間は、食べるためには、なんでもする。
食べなければ、死ぬからである。

戦時を生きた人々が、それを、語らないのは、語れないほど、辛かったということ。
語れないほど、辛いこととは・・・
生死の、境にあったからである。
兵士でなくとも、死を見つめた。そこまで、追い詰められたのである。

栄養失調で、亡くなった人のことは、多く語られない。が、そうして、亡くなった人が大勢いる。

日本解体によって、価値観が、180度、変容した。
アメリカ、更に、戦勝国の、目論見通り、戦前とは違う、異質な、そして、異様な日本人が、生まれた。

大まかに、言えば、日本の先祖たちは、清貧に甘んじて、子孫のために、神社や、寺を作り、国を護ろうとしてきた。
明治以降の西洋化の流れで、神社仏閣は、激減したが、それでも、神社仏閣、それぞれ、八万、合計十六万が、日本に点在する。

戦後の、日本人を代表する、精神構造は、現在の価値観を、大切にする考え方、つまり、今がよければいい、である。
現世利益、刹那主義、それは、私利私欲、身勝手、快楽主義・・・

敗戦までは、礼節を重んじ、勤勉、忍耐、公徳心という、心と、魂のあり方が、明確だった。

だが、それが、自己本位、無責任、問題先送りと、すっかり、変わった。

私が、子どもの頃の田舎では、まだ、戦前の考え方が残っていたように思う。

人を、諌めて、真っ当に、しようとする場合、年長者から、それでも、お前は、日本人か、と、咎められた。
そして、それを聞く者も、それで、反省した。
それでも、日本人か、という、誇りが残っていた。

たった、一度の敗戦で、かくも、人の心は、変わるのか・・・
変わったのである。

私は、変わることは、悪いことではないと、思う。
しかし、国の意識を、破壊することは、最も、不幸なことである。

更に、自己卑下する。
特に、教育程度の高いひとほど、日本・・・そんな意識は、無い。
日本人・・・そんな意識を持っても、どうするの・・・

あえて、愛国心教育を、するまでのことは、無い。
しかし、日本人という、意識は、教育によって、得られる。
昔、それは、大人の姿を、見て、学ぶことだった。

今、大人の、何人に、何百人に、何千人に、何万人に、何十万人に、何百万人に一人が、国を意識するのか。そして、国を護り、育てることを、伝えられるのか。

日本の、パスポートを持つことで、それだけで、信用される。
よき日本人の伝統を、生かした、戦後の人たちの、お陰である。

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2010年09月04日

天皇陛下について 35

政財界
敗戦後、いち早く、建て直しを行ったのが、経済界である。
焦土となった、日本を復興させようとの、経済活動が、日本を、未曾有の経済成長へと、突き進んでゆく。

その、多くの経済人たちは、経済的建て直しを図り、その後で、日本人の精神を、取り戻そうと、考えた。

兎に角、貧しさから、脱すること。
国民が、食べるに、困らないようにする。

敗戦後の、功労者は、経済人たちである。

そして、天皇陛下の、全国行幸である。

敗戦の、道義的責任に、心を痛めた天皇が、罪滅ぼしにと、思い立ったのが、全国行脚の旅であった。
天皇裕仁の昭和史 河原敏明

だが、実際は、そんなものではない。
道義的責任・・・

天皇陛下の、痛みは、そんなものではない。
あえて言えば、宗教的痛み・・・
皇祖皇宗に対し奉る御心、そして、それに連なる祖先たちへの、痛みである。
彼らが、築き上げた、この美しい日本という、国を、戦争によって、焦土にしたという、痛みである。

更に、物資の不足により、国民が、しのんだであろう、苦労を思えば、この身を、引き裂いても、解決しないという、痛みである。

陛下の御心を、考える時、下、しもの目線では、理解できない。
陛下は、上の人であらせられるから、上の目線で、理解しようとしなければ、理解できない。
それは、多分に、想像になる。

私は、陛下ではない。

同じ、下々の人を、理解するのさえ、ままならないのである。
どうして、上の人の御心を、理解できようか。

出来るというのは、傲慢である。

元来、内向的な天皇が、まして雲の上に隔絶されてきた身で、俄かに国民大衆の中に分け入るのは、大変な勇気と決心が必要だった。さらに、天皇に恨みをもつであろう数多くの人々、あるいは左翼テロリストの兇刀や暴行も予想せねばならなかった。
河原敏明

だが、天皇は、出掛けた。
そして、ありのままの、国民の生活を目にする。
更に、戦争犠牲者の、遺族たち、孤児たち・・・

それは、天皇にとって、針の筵に座すものであった。

一、 下々の私は、それを、思うと、狂うと、考える。
狂い死ぬ。

天皇陛下は、国体であらせられる。
そして、それを、教えられた。
我が身の、痛みが、至る所に、見えるのである。

昭和21年2月、神奈川県川崎市から、スタートした。
猛攻撃と、焼夷弾を受けて、破壊された跡の、昭和電工工場で、陛下は、対話に慣れずに、
あつ、そう
を、連発する。

雲の上の人、天皇陛下が、来られる。
人々は、好奇心もあり、至る所で、大変な人だかりであった。

巡行は、地方ブロックごとに行われた。

天皇の、温和な容姿と、飾らない人柄は、かつての軍服姿とは、結びつかないのである。
人々は、信じられなかったという。

大阪、名古屋では、何千人という、大群衆がなだれ、天皇めがけて殺到した。
立ち往生の天皇は、靴を踏まれ、ボタンを剥ぎ取られ、警備当局が、その有様に、懸念したほどである。

そんな日は、宿舎に着くと、侍従たちに、
今日も、人が、なだれたね
と、嬉しそうに語ったという。

どこも、戦災で、やられていたため、宿舎も、県庁の貴賓室、公会堂、時には、小学校の教室、駅の、引き込み線で、車中泊であった。

侍従が、風呂を心配するが、
十日間ぐらいは、入らなくていい
と、意に介さない。

四国、宇和島で、天皇のご宿泊の光栄に浴した、「つたや」の主人は、大金を投じて、浴室を改めて、到着を、心待ちした。
当日、主人の期待も空しく、陛下は、風呂に入らなかった。

折角なのに、勿体無いと、二人の侍医が、拝借していたところ、湯が、どんどんと、抜けてしまう。
風呂番が、失望のあまり、呆然としているところ、侍医が、入ってきたので、頭にきて、栓を抜いたのである。

風呂番の怒りは、もう一つ。
陛下に入浴の後に、市長、議長、議員らが、ご相伴に与ることになっていた。
彼らは、モーニングに威儀を正して、順番を待っていたのである。
それが、潰れて、面目を失った、悔しさである。

天皇は、
宿屋というものは、人を泊めるのに、なんと具合がよくできているのか
と、機能的な作りに、感心していた。

この、天皇行幸が、マッカーサーを、落胆させるとは、誰も、思わない。
天皇は、国民から、非難の的にされるはずだと、信じていたのである。
そして、人心は、天皇から、離れると。


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2010年09月05日

天皇陛下について 36

天皇陛下の、全国行幸は、敗戦の焦土の中で、随分と、不便と、難儀を伴った。

地下500メートルの炭鉱の最先端まで、降りて、炭鉱夫をねぎらい、田圃のあぜ道、漁村の水揚げ場へも、出掛けて、農漁民を、慰めた。

ソフト帽を無造作に、つかんで、会釈する。
型が、崩れて、毎晩それを、内舎人や、侍従が、直すのである。

カンカン帽は、すぐにツバが、ガタガタになった。

さて、私は、天皇行幸の、詳しい様子を、書きたいと、思う。
佐賀県の、因通寺に、行幸した様子である。
それは、後で、書くことにする。

その前に、天皇行幸についての、評価と、反応について、少し書くことにする。

天皇の、国民からの、絶大な人気を、アメリカはじめ、連合国側に、再認識させたということである。

他の敗戦国とは、異を事にした。

自殺した、ヒトラー、ムッソリーニーは、民衆に虐殺されて、三日間も、公園の木の枝に、逆さづりになり、石を投げられた。

イタリア王は、国外に追放である。
長男が即位したが、一ヶ月で、廃止された。

敗戦国ではないが、ベルギーのレオポルド国王も、戦後、その対独協力を、国民が許さず、長い間、国外から、留位を画策したが、退位し、長子に譲位せざるを得なかった。

それらの、悲惨な末路に、引き換え、日本のみは、国民が、全国津々浦々で、天皇を歓迎し、熱狂して、迎えた。

欧米の人たちは、それが、理解できず、不思議だった。

イギリスの新聞は、
日本は敗戦し外国軍に占領されているが、天皇の声望はほとんど衰えていない。各地の巡幸で、群集は天皇に対し超越的な存在に対するように敬礼した。何もかも破壊された日本の社会では、天皇が唯一の安定点をなしている。

GHQが、天皇巡幸を、認めたのは、天皇の人気をはかるバロメーターにしようとしたからである。
そして、それにより、占領政策における、天皇の位置と、近くはじまる、極東国際裁判での、処遇を決めるためであった。

ソ連をはじめ、一部の連合国は、強硬に、天皇の戦犯要求を出していた。

GHQは、何よりも、占領行政における、天皇の利用を、考えていたのである。

そして、その様を、見て、
天皇の存在は、米軍20個師団の駐留にも匹敵する
という、マッカーサーの、嘆賞を証明することになった。

更に、期待を、裏切られたのは、共産党である。

必ず、人民の反発を引き起こし、失態を晒すと、考えていた。
ところが、全く違う。
彼らは、いつも、予想を間違えるが、それを、認めない。

天皇が侵略戦争の最大の責任者であるのに、最近各地に出動して自己の責任を棚に上げて、人民に呼びかけている。天皇のかかる行動は、天皇制護持の旗をかかげ、日本の民主化を挫折させようとする反動政党のための選挙運動に他ならない
と、意味の無い、悲鳴を上げた。
焦燥感。
しまいに
天皇は箒だと、ののしる。

歓迎のために、街や道路が、綺麗になるからである。

共産主義者は、天皇を廃止するとの、考え方であるが、共産主義より、民主主義より、天皇親政は、民に、平等で、民のために、存在するという、存在が、天皇であると、知らない。

ここに、大きな誤りがあるが、それを、知らない。

大和朝廷以前からの、富士王朝という、長い、古代史の中で、築かれてきた、すめらみこと、の、存在意義を、知らないし、知ることも、拒否する。

実に、その愚かさは、無明である。

理想的な、政、まつりごと、を、天皇親政が、行っていたという、歴史的事実を、理解しないのである。

だが、一般国民は、無意識に、それを、見抜いていた。
天皇は、国民の、最大の権威であり、最大の、味方であると。

帝の、承認のない者は、天下を、治められないのである。
その、帝を、擁立したのは、民である。

日本民族の、知恵が、天皇存在を、承認したのである。

民は、天皇に、すべてを、託した。そして、託してよい、存在なのだ。
何故なら、陛下は、唯一、民の側に着く方である。

上下の思想。
上は、天皇であり、下は、民である。

今は、政治家というもの、その中間に位置する。
いや、征夷大将軍と、許される者も、その中間に位置するのである。

朝廷、帝、天皇に、許されなければ、政治を担当できない。
明治維新が、成ったのも、天皇あれば、のこと。
そうでなければ、いつまでも、戦が続いた。

その内乱を予想して、商売をするというのが、イギリス商人たちだった。
ところが、明治維新は、成った。
天皇を、戴いて、明治政府が樹立された。

戊辰戦争にて、最後まで、抵抗した、会津藩も、王氏に逆らうこと、子々孫々までの恥であるとの、仙台藩の、説得に応じたのである。

いかに、薩長同盟であろうが、今それ、帝に、逆らうことになるとはと、藩主、容保は、恭順を示し、降参したのである。

帝、天皇の存在が、日本には、必要なのである。
それが、知恵であること、民が一番知っている。

無形の権威というものが、日本の歴史を支え、日本精神を、支え、そして、日本という、国を、創造してきたのである。



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2010年09月15日

天皇陛下について41

占領以来、GHQは日本の既成体制打破のため、次々と大ナタを揮ったが、肝心の天皇制については、沈黙を守っていた。
内外の動向を見極めながら、秘蔵のカードとして使おうという意図だった。外電の伝えるところは、おおむね厳しかった。
河原敏明 天皇裕仁の昭和史

日本は天皇制を廃して再組織すべきだ。天皇の起源についての不合理な神話も廃すべきである。米国上院議員

日本に少なくとも二十年くらい空位(天皇をおかない)時代をつくり、民主主義による国民の再教育を行い、天皇への神話をこわしてから共和制、立憲君主制いずれをとるか投票によるべきだ。米紙

天皇制は即時廃止し、天皇と皇族は戦犯として裁判にかけよ。ソ連放送

中国は天皇を戦争犯罪者として宣告すべし。中国参政会の決議

国別では、ソ連、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、それにはじめのうちは、中国が、廃止に強硬だった。

その中で、
元駐在日米大使、当時の国務次官の、グルーは、
天皇はローマ法王のように、日本には不可欠の存在だから、天皇制は存続しつつ民主化すべきだと、擁護する。

同じく、元駐日大使だった、英国の、クレーギーも、
古い歴史のある天皇制が突然、廃止されたら、日本は混乱におちいり、侵略的、軍事的な共産主義が生まれる危険が大きい。
と、英国民を啓蒙した。

もっとも、彼らに、天皇の存在を、理解せよという方が、無理である。
ローマ法王のように・・・全く違う。ローマ法王より、権威がある存在である。

それに対して、昭和天皇は、深く悩む。

沈黙するのも、一つの方法だが、新聞記者に、開戦の経緯を明らかにするか、あるいは、マッカーサー元帥に話すことは、どうだろうか。
と、木戸に告白している。

木戸は、賛成しなかった。
弁明は、かえって、情勢を紛糾させる、というものだった。

ここで、素朴な疑問が、多くの人にあった。
敗戦を受け入れた、天皇が、何故、開戦を阻止できなかったのか・・・

それは、情報が無いゆえの、疑問だった。
以前、私は、少し開戦の経緯について、書いた。
また、詳しく書くが、戦争に追い詰められたのである。

天皇は、最後まで、外交での交渉をと、何度も、繰り返していた。
しかし、戦争を企画したのは、アメリカである。

その情報が、あれば、そんな疑問は、起こらない。

ところが、敗戦後、そういう、情報を知らない、進歩的知識人といわれる人々が、天皇の戦争責任や、退位について、平然と語る。

更に、共産主義者が、拍車を、かける。
彼らは、破壊と、全体主義しか、知らない。
天皇を理解できる、能力が無い者たちである。

では、マッカーサーは、どうか。
最初は、共和制を考えていた。しかし、時と共に、天皇存続に傾いた。
天皇との、会見で感動を受けたこともあるが、何よりも、占領政策、行政をスムーズに遂行し、偉業を成し遂げて、アメリカ大統領出馬を、目論んでいたのであるから。そのためには、天皇の存在が、最も、良いのである。

帰国後、立候補し、予選で敗れるが・・・

敗戦にも、左右されない、日本人の天皇崇敬を見て、天皇廃止などは、考えられなくなったのである。

最終的に、マッカーサーは、
天皇の地位の変更を、考えていない、という、結論に達した。

その頃、新憲法の草案作りも、天皇制存続の前提で、進められた。

関係者が、最も、苦心したのは、GHQの意向の範囲で、天皇をどのように表現し、位置づけるかということだった。

侃々諤々の議論を通し、西欧の憲法にもある、シンボル、象徴という、表現を採用した。

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく
第一条

ここで、天皇は、元首ではなく、権限も大幅に縮小されて、首相と最高裁判官の任命、法律、条約の公布、衆議院の解散・・・
儀礼的に、行うものにすぎなくなった。

新憲法は、昭和21年11月3日に公布され、施行される、翌年5月3日には、両陛下の出席の元、十数万人が、集まり、皇居前で、記念式典が行われた。

なにより、天皇制が、確立されたことを、国民が、喜んだ。

そこで、少し、込み入った、天皇論を、鑑みる。

天皇を含めての国民だの、国民を含めての天皇だのというものはありえない。天皇は国民ではなく、天皇と呼ばれるべきであるから天皇というのであり、国民は天皇ではなく国民というべきだから国民と名付けられているのである。
天皇とは何か 里見岸雄

更に、続けて、
さて、わが国では古来、国人中に特定の一人を認めている。もっともこのような特定の一人を認めるのは、およそ君主国にはみな共通であるが、この特定の一人を、支那、日本ではともに単に「一人」という。
書経には有名な「一人慶あれば万民之に頼る」という句がある。「人」は漢音でジン、呉音でニンであるが、日本では昔から天子の場合だけイチジンと発音して他の一人と区別する。

日本の国人中の特定の一人は、古くは「おほきみ」「すめらみこと」などと称したが、漢字を用いるようになってから「天皇」と書きあらわすことになり、明治以後には一般に天皇の称に定まり、憲法もまた新旧ともに天皇といっている。すなわち、我が国人中の特定の一人は「天皇」である。
里見岸雄

これから、少し、天皇を論じることにする。

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2010年09月16日

天皇陛下について42

天皇裕仁の昭和史の、河原敏明は、天皇は、シンボル、象徴となり、君主ではなくなったと、書いている。

そこで、問題提起する。

天皇は君主でないという者が出てきた。しかし、憲法では天皇という文字を用いている。天皇とは君主ということである。君主というと、すぐ権力と結びつけて考える人があって、主権を掌握していれば君主、主権を喪えば君主ではないなどというけれども、これはその人の視野が狭く思想が浅いための誤解にすぎない。
天皇とは何か 里見岸雄

多く、共産主義に、かぶれたものが、そのように言うのを、聞いた。
勿論、共産主義といっても、本人が、切磋琢磨して、学んだものではない。
耳学問程度の、知識で、ものを言うのである。

更に、彼らは、言葉の意味を知らない者多く、話の仕様が無い場合も多い。

勿論、先祖の因縁が、悪いからである。
いや、遺伝子が、悪いのか・・・その方が、納得するだろう。

君主の本質は権力にあるのではなく、身分と地位とに存ずる。権力があれば誰でも君主であるとはいえまい。ナチス独逸におけるヒットラーは最高の権力者であり、しかも独裁者であったが、彼は決して君主ではない。単に独逸国民の一人に過ぎなかった。ヒットラーにも増して、否、東西古今のいかなる独裁者にも増して超絶対的主権者であり独裁者であったソ連のスターリンも、一個の国民以上の何者でもなかった。彼は君主といわれる身分があるものではなかったのである。
里見岸雄

要するに、君主といわれる者は、第一に、君主たる身分が、その本質であると、言うのだ。

それでは、身分とは、何か。

国民、あるいは、人民と、呼ばれる者、すなわち一般の人と区別して、特別の、しかも、ただ、一人の人である。
更には、その特別の人が、存在することが、国家構成上、必要であると、観念されているのでなければ、ならないのである。

また、この特定の一人は、単に人個人だけが特別なのではなく、その血統も特定の一統とされるから、国人中の一般国民がこれに代わりえないものとされるものでなければならない。
里見

身分の上に、国民と、区別されている存在。
それを、君主と、観念するものである。

国民が、最高栄誉の身分である、讃えるべき、お方が、君主なのである。

だが、私は言う。

天皇は、君主のみだけではない。
日本の天皇は、祭祀でもあり、君主より、更に、格式が高いのである。

ローマ法王は、祭祀であるが、君主ではない。

つまり、天皇は、ローマ法王より、身分、位が、高いのである。

その下には、国王が、いる。

そして、最大の、違いは、権力を持つものではないということ、である。
では、何を持つのか。

それは、権威である。

権威は、作られない。
権力は、作られる。
天皇は、作られないのである。

伝統と、権威を持つ、お方が、天皇である。

日本の場合、伝統とは、歌道である。
万葉集に、象徴される。
その、万葉集は、国民が、広く、自由に、読むことができる。
更に、多くの、和歌集である。

更に、日本の伝統とは、祖霊に対する、所作である。
それは、天皇が、最高権威者として、受け継いでいる。

それを、誰も、出来ることは、無い。
天皇のみが、出来る所作がある。
伝統である。

論より証拠で、法律たる皇室典範には、天皇の敬称は陛下とすると定めてあるが、陛下というのは、君主に対する尊称として国際的に使用される言葉である。また、日本と国交を回復した諸国家は、いずれも公の文書や言葉の上では必ず、天皇に対し、陛下の尊称を附している。天皇は君主でないなどというのは、日本人の中の愚かな者だけであって、そんな独断は、日本はいうまでもなく世界各国に通用しないのである。天皇は厳然たる日本国家の君主にまします。
里見

愚かな者とは、反日思想、共産主義者などの、者どもを言う。

どうして、彼らが、日本にいるのか、私は、今も、不思議でしょうがない。
共産国家は、まだ、少ないが、存在する。
そちらに、移住すると、良いと思うが、出て行かないのである。

出て行かないどころか、国家権力を嫌い、それを、また、有効に利用するという、精神が、理解不能である。

更に、学者たちで、ある。
頭がいいと、思っていたが、憲法には、象徴と、書いてあり、君主とは、書いていないと、小学生並みのことを、言う。

素人の、私の方が、まだ、少しは、賢いのかもしれない。

元首というのは、文字の起源としては君主を意味するのであるが、今日の用法では、国際法上、国家の全般の国際関係について、外部に対し、国家を代表する一国最高の地位に在る者を指す概念であって、君主国では君主が、共和国では大統領などがそれに該当する。
里見

これは、また、それぞれの、国の歴史によるものである。

それで、日本の歴史は、建国から、今年は、2670年である。
世界で、これほど、長い歴史を有する国があろうか。

中国四千年・・・
あれは、嘘。
中国共産党の歴史は、60年程度。
それまでの、歴史は、中国の歴史できはない。はっきりと、彼らは、それを否定している。否定して、今の、中国を作ったのである。

唯一、2600年以上の、歴史を有するのは、日本のみである。

その、歴史と、伝統の上に、天皇陛下という、存在がある。


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2010年09月17日

天皇陛下について43

第一次大戦終了後及び第二次大戦修了後の各国の革命により、元首の語を使っていた国の憲法も改正され元首の語はほとんど世界各国からその影を没し去り、日本もその一つとなった。
里見岸雄

それでは、元首が、無くなったのかといえば、違う。

しかし、英国憲法に「国王は元首である」と書いてなくても、英国王は英国元首として、また、米国憲法に「大統領は国の元首である」と明規していなくても、米国大統領は米国の元首として、国際法上確認されているのである。現在では伊太利の1947年の共和国憲法が、その第87条に「共和国の大統領は国の元首であり且つ国民の統合を代表する」と規定しているのが、元首の文字を使っている憲法の唯一例となっている。
里見

元首と、書かれていなければ、元首が存在しないのではない。
英米仏独その他の、諸国は、日本も含めて、国家元首のない国となるとは、誰も考えないことである。

天皇は、憲法の定める通り、政治に関する機能を有しない。それ故、天皇が君主であり、元首であるということは、厳密には言えない。とは、へぼ学者が言うことである。

天皇の象徴とは、米国製の、規定であるが、それは、国内法上の地位であり、国際法では、象徴を、元首と区別し、認めているわけではない。

つまり、天皇は、象徴であるというのは、国内法であり、外国では、国交上、天皇を元首と認めて、対応している。
それは、敗戦後から、見ての通りである。

首相は、コロコロ代わろうが、天皇陛下のみは、不動の存在として、ある。
だから、天皇にお目通りすることを、海外の賓客は、求めるし、更に、喜ぶ。
また、日本国民も、それで、面目が立つ。

その、天皇の存在に、代わるものがあるだろうか。

更に、日本には、伝統として、上下の、関係がある。
上は、天皇であり、下は、国民である。

民主化、主権在民・・・
素晴らしい理想である。また、その理想を、取り入れた。
しかし、それは、それ、なのである。

日本民族の、知恵は、上、カミとして、天皇を戴くのである。

更に、理想なのは、天皇、昭和天皇自らが、主権在民を、民主化を、勧めた、求めたことである。

だから、こそ、多くの真っ当な国民感情は、天皇の存在意義を、十分に感じ取り、陛下として、崇敬するのである。

崇敬できないのは、先祖の因縁が悪い。いや、遺伝子が悪いのである。

革新的考え方を、持つといわれた、左派、左翼系の人たちは、そこが、分からない。
随分と、頭の悪いことである。

更に、ここで、天皇制廃止を、唱えた人たちが、敗戦後、日本にいたということである。

これも、天皇制という。
日本には、天皇制は、無い。

制度としての、天皇の存在は無い。

天皇の存在は、制度ではなく、自ずから成るものである。
民族の知恵だといった。

国民を、公宝、おほみたから、と、呼ぶ元首は、他国には、いない。
民ではない。
民は、公の、宝であると、高らかに、宣言した、すめらみこと、の、心は、国民をして、自ずから、成る存在として、天皇を擁立したのである。

便宜上、制度として、考えるのは、簡単でいい。
しかし、事実は、制度ではない。
制度とは、あらかじめ、その制度によるための、準備をして、制度として、機能するように、努力するのである。

それとは、異質である。

慣わし、であり、よすが、であり、拠り所、であり、祖霊に認められた、つまり、神意に認められた、存在であると、考えるのである。

ここで言う、神意とは、欧米の言う、神の意思ではない。
祖霊が、求めたものである。
日本は、祖霊を、神とする。

神は、カミ、カム、カマと、大和言葉からなる。

そもそも、天皇がその御一身をもって日本国を体現され、また国民の統合を体示なさるという性質、即ち象徴性は、憲法によってはじめて生ずるものではなく、遠いむかしから、いつの世にもあったものである。・・・

天皇が象徴であるということは、天皇の社会的機能であって、それは本来、社会的に存在する性質である。明治の憲法の下においても徳川時代においても、それより以前の時代においても、天皇はいつでも日本国の象徴であったのである。
里見

昔、人は、天皇を、天子様と、呼んだ、
天の子である。
その天を、象徴するもの、太陽を、祖霊と、見立てて、崇敬し、それに続く存在として、天子様を、頂いた。

敗戦後も、日拝といって、太陽を拝する行為が、あった。
もっとも、原始的で、いにしえを、思わせる、自然崇敬の形である。

そして、その先には、矢張り、日拝する、天皇の存在があった。
祖霊と、その子孫を、結ぶもの。
それが、天子様、天皇という、存在であった。

天皇は、いつの時代も、象徴であらせられた。
それを、別名、国体と、お呼びする。

日本国憲法が制定されたが、ゆえに、天皇が象徴とされたのではない。

事象の、徴ではない。
それは、国旗などの、日の丸のことである。

かむながらのみち、といわれる、人の道の、上にある、人格としての、存在。生身の人間が象徴なのである。

かむ ながら の みち
人が、より人になるための、ありうべく姿を、求める生き方である。

そして、日本人として、生まれた以上、現人神、ひととして、あらわれた、よりひととなるべき、生きるべき道を、生きるという、尊称として、それぞれを、そのように、観た。

ちなみに、天皇は、一人特別な存在として、現人御神、あらひとみかみ、と、お呼びする。

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2010年09月18日

天皇陛下について44

東大法学部教授、横田喜三郎
民主主義の徹底という点から見れば、日本の新憲法などは、まだまだ不十分であり、微温的というべきものである。ひとつの例をあげてみれば、天皇制を維持したこと、つまり君主制を保存したことがそうである。天皇が君主であることは、いうまでもない。しかし、君主の存在は、徹底した民主主義とは、あいいれないものである。君主は人民に対立するもので、人民に対して特別な地位に立ち、特別な身分を有し、また特別な権限を有する。しかも、君主は一般に世襲である。かように、特定の人が世襲によって特別な地位、身分、権利を有することは、民主主義の根本理念に反する・けだし、民主主義の根本理念は平等ということにある。いっさいの人が平等なものと認められ、平等な機会を与えられ、平等な権利と義務を有することにある。

という、当時の、アホの発言である。

東大法学部教授という、特権により、その権威により、国民を迷わせ、更に、今に至る、官僚の、売国的、働きを、推し進めた、人物である。

面白いのは、天皇を君主と、認めていることである。
象徴天皇を、君主と、認める。
正しい。

根本理念が、平等だとは、社会主義も、共産主義も、言うが、平等などないのは、歴史を見ての通り。
彼らの、作る、組織なるもの、不平等の巣である。
幹部になれば、組合員を、顎で使う。更に、組合貴族といわれる、一部の者たちの、行状は、更に激しい。

さて、この横田のいう、民主主義が、生まれた国は、イギリスである。
イギリスは、君主制の国。

君主制と、民主主義が、相反すると、主張するのだが、どこかに対する、迎合主義が、丸見えである。

この、横田という者が、いかに、悪人かということは、その後の、日本の世論を、その方向に、従わせたということ。
東大教授という、権威を持って、である。

つまり、戦前の日本の全否定。
その更生のために、武力を放棄し、天皇制を廃止する。
日本の過去、とくに、大東亜戦争では、日本だけが、全面的に、悪かった。
開国以来の、日本の近代史を、全面的に、否定した。

今でも、東大には、ロクな先生はいない。
特に、悪の巣は、法学部。

官僚の多くが、この横田の、思想を受け継いでいる。

自虐史観を、定着させた、功績は、大きい。

当時、GHQが、占領をはじめると、立身出世、自己保身のために、占領政策に、迎合する、学者が、多く出た。

おおよそ、先祖の因縁が悪く、下賎の出である。

彼は、日本人でないかのように、東京裁判の正当性を、訴えて、日本有罪論を展開する。

法学部国際法主任教授の肩書きで、
゛平和に対する罪 ゛は形式的な法の技術的な立場からすると、いくらの不備や弱点はあるが、実質的な法の精神的な立場からすると、やはり、゛戦争犯罪゛としての性質を有することがあきらかにされた。これを処罰することは、十分な理由がある。

上記は、ハーバード大学、グリュック教授の、受け売りである。

兎に角、時代の流れに乗り、我が世の春を、作りたかった。

この時期、東京裁判に対して、世界から、疑問の声が、多数上がる。
アメリカのメディアも、それを取り上げていた。

更に、横田は、あの、パール判事の、意見書の翻訳を担当したといわれる。
東京裁判の無効を訴えた、パール判事である。

だが、横田は、
いずれにしても、第二次世界大戦では、これを戦争犯罪とし、その責任者を実際に処罰した。これによって、重要な先例が作られ、平和に対する罪が戦争犯罪として成立したと考えられる。

と、まあ、知らない者の、代表の面目である。

先例が作られた、だから、平和に対する罪が・・・
これが、法学者とは、思えない、蒙昧。

軍国主義に、出世を、阻まれた、腹いせと、ある方が、断定する。
さも、ありなん。

今も、全共闘世代が、民主党の政権を担っているが、見ての通り。
未成熟なまま、年を重ねた、万年青年の、面影である。

世渡りのうまさから、何と、最高裁長官、そして、大勲章、文化勲章まで、頂く。
否定していたが、そんなことは、忘れての、受賞である。

兎に角、偉くなれば、いい。
兎に角、金を握れば、いいのであり、後のことは、知らない、のである。

東大法学部からは、このような、人間が、わんさと、生まれた。
今も、そうして生きている。

国にことなど、その後のことなど、一切、関係ないのである。
自分の、今さえ、良ければ、いいのである。

そして、死ぬ。
誰も、彼の死後の世界を、見ていないので、私が見る。

行き先が無く、浮遊している。
勲章をつけて、色々な場所に、浮遊する。
卑しい野心を、持つ者に、時に、憑依して、同じことを繰り返して、死の自覚無く、浮遊する。

実に、あはれに、卑しい、のである。

日本の言論を担うべきジャーナリズムを含めて知識人が混乱、狼狽の極みにある時に、このような人物が指導層を輩出する日本最高学府の教授であり、法曹界の権威であったところに日本の深刻な悲劇がありました。日本の伝統を否定する歴史観で日本人を戦後、マインドコントロールし、贖罪意識を植え付け、現世利益、その場限りの現実主義を定着させた横田の罪は誠に大きい。現在に至るまでその呪縛は解けていません。
歴史の真実 前野 徹


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2010年09月19日

天皇陛下について45

敗戦後、悪の巣を作った、東大法学部教授、横田喜三郎の、世界国家論という、論文がある。

それには、戦前では、国際連盟、戦後は、国際連合を高く評価している。
世界が、一つの政府になることが、重要だという。
国家の否定。
世界は、国益で動いているという、当たり前のことを、知らない。

この横田の世界観は、日本人の国際政治を見る視座を狂わせただけではなく、国益無視の官僚を生んでしまいました。
前野 徹

国益無視の官僚を、生んだ・・・
そして、今でも、そのようである。

横田は、世界各国仲良くし、軍備は必要ない。日本の、アメリカ製憲法を、高く評価し、理想的な憲法であと、子どもの理想のようなことを、言う。
あの、イカレタ、ジュン・レノンの、薬物中毒の歌のような・・・

東大退官後、外務省の参与となり、対米従属路線を定着させる。

横田の教えを信奉した、教え子たちが、東大法学部を卒業して、官僚となり、国を動かす。
贖罪意識で、謝罪外交を繰り返し、金をばら撒く。
現実主義で、その場限りの、対応に、始終する。
自己保身と、既得権益最優先で、改革には、手をつけない。

アメリカにとっては、またとない、利用価値のある、人間だった。

アメリカは、占領後も、日本を支配下に置くため、用意周到に、システムを作り変える目的があり、日本が、未来永劫、白人、戦勝国、中国、韓国などに、刃向かうことのないような、永続的支配体制を、確立するという、役割である。

憲法も、然り、教育制度も、然り。
そして、最大に、活用しようとしたのが、官僚制度である。

アメリカの、占領政策の、基本は、天皇制の存続。
官僚機構の温存。
マスコミの飼い慣らし。
である。

官僚機構は、自分たちが、コントロールしやすいが、ため。
そして、官僚は、アメリカの意志通りに、動いた。

面白いのは、終戦の日という言葉である。
私は、一貫して、敗戦の日と、呼んでいる。

終戦の日という言葉も、アメリカの意図を汲んだ、官僚のもの。

終戦といえば、誰にも、責任は無い。
二度の、原爆投下、日本の百五十一の都市に行った、無差別空襲という、人類史上初の極悪非道な行為に対する、アメリカの責任も、問われない。

一般市民の攻撃は、国際法にも、違反している。

アメリカの、手先とも、なった、横田喜三郎という、名前は、官僚の腐敗、そして、アメリカ追従の徒として、覚えておくべきである。

更に、アメリカが、恐れたのが、原爆投下による、大量虐殺の罪。
一瞬にして、13万人も、焼き殺した。
後遺症によって、亡くなった方を、含めると、死者は、40万人。
ヒットラーの、ホロコーストに匹敵する、大虐殺である。

いずれ、それが、人道問題として、追求されることを、非常に恐れたアメリカは、綿密に、日本統治計画を練るのである。

更に、恐るべきは、日本という国家、日本人の精神の、徹底破壊。
唯一、白人に、刃向かった、有色人種である、日本人が、二度と、立ち向かえなくするべくの、作戦である。

日本が敗戦したことを、ニューヨークタイムズが、書いた。
この怪物は倒れはしたが、決して命を失っておらず、未だ非常に危険な存在だ。よってこの怪物の牙と骨を徹底的に抜き去り、解体しなければならない。この作業は戦争に勝つよりむずかしいかもしれないが、われわれアメリカのために、世界のためにも永久にでも、この作業を続けなければならない。

それは、アメリカを代表する、白人世界の、思いでもある。

何せ、日本敗戦後の、植民地の、独立運動、戦争で、白人世界は、叩きのめされたのである。すべて、日本が、きっかけだった。

人種差別・・・
それは、今も、そうである。
あわよくば、今も、白人は、色付き人間の国々を、植民地にしたいのである。

この、白人は、世界で、最も、好戦的で、いつの世も、戦いを続けていた。更に、色付き人間の、大量虐殺には、平然としているのである。

甚だしい、差別意識は、今も、存在する。

以前に書いたが、日本の解体は、35年ほど前、セオドア・ルーズベルトの、オレンジ計画からはじまり、フランクリン・ルーズベルトに引き継がれた。

フランクリン・ルーズベルトは、ハイドバーグの大統領私邸で、イギリスのロナルド・キャンベル駐アメリカ大使と会談し、その時、ルーズベルトから、「劣等アジア人種の品種改良」という、提案を受けたと、本国に宛てた、書簡を書き残している。

インド系、あるいはユーラシア系とアジア人種を、さらにヨーロッパ人とアジア人種を交配させ、それによって立派な文明をこの地に生み出していく、という計画で、ただし、日本人は除外する。もとの島に隔離して衰えさせると、続けたのである。

歴史の事実が、明らかにされている。
それは、質と、次元が違う、レベルである。

天皇の戦争責任、云々と言っている、場合ではないのである。
戦争責任を、言うなら、アメリカであろう。
上記の、激しい、人種差別・・・・

日本が、国際連合で、人種差別撤回を、提案した時、絶対反対だったのが、議長国のアメリカだった。

日本を、戦争にまで、追い詰めたのは、アメリカである。
戦犯は、アメリカである。

原爆投下も、都市への、空襲にも、一度たりとも、謝罪していないのである。
つまり、謝罪する必要はないと、思っている。
その底には、白人主義がある。

その裏返しには、色付き人間が、とても、怖いのである。


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