2009年12月05日

もののあわれ 435

かくしつつ世は尽きぬべきにや、と思さるるに、そのまたの日の暁より風いみじう吹き、潮高う満ちて、浪の音荒きこと巌も山も残るまじけしきなり。



こういうことが、続いて、この世が、終わるのかと、思うとき、その翌日の、明け方から、風が激しく吹き、潮が高く満ちてきて、波の音の荒い様子は、岩も山も、崩してしまいそうである。



かみの鳴り閃めく様さらに言はむ方なくて、落ちかかりぬと覚ゆるに、ある限りさかしき人なし。侍臣「われはいかなる罪ををかしてかく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、悲しき妻子の顔をも見で死ぬべきこと」と嘆く。君は御心を静めて、「何ばかりのあやまちにてか、この渚に命をば極めむ」と強う思しなせど、いともの騒しければ、色々のみてぐら捧げさせ給ひて、源氏「住吉の神近き境を静め守り給ふ。おのおの自らの命をばさるものにて、かかる御身のまたなき例に沈み給ひぬべきことのいみじう悲しきに、心を起こして、少し物おぼゆる限りは、侍臣「身に代へてこの御身一つを救ひ奉らむ」と、とよみて、諸声に仏神を念じ奉る。






雷が鳴り、電光が、ひらめく様は、言いようもなく、恐ろしい。
今にも、落ちてくると、思ったときは、一人として、分別のあるものがない。
侍臣は、自分は、一体、どんな罪を犯して、こんな悲しい目に遭うのだろう。父母にも、顔を合わせず、可愛い妻や子の顔も見ずに、死んでしまうのかと、嘆く。
君は、心を静めて、いったい、どんな過ちがあって、こんな海辺に、命を失うことになろうかと、心を強く持たれるが、辺りがあまりに、騒がしいので、色々な、みてぐらを、お供えになり、この辺りを、静め守りたもう、住吉の神よ、誠に、現世に、跡を垂れ給うならば、助けたまえと、多くの、願を立てるのである。
御供の者たちは、自分たちの命の惜しいのは、むろんだが、このような高貴なお方が、またとないような事で、ここに、沈むということが、酷く悲しい。心を奮い起こして、気のしっかりしている者は、一人残らず、自分の命に代えて、この御身だけでも、お救いしたいと、大声を上げて、いっせいに、仏神に、祈りを上げる。

物語の面白さである。
人々の有様が、目に見えるようである。
暴風雨の様子が、見事に描かれている。





侍臣「帝王の深き宮に養はれ給ひて、いろいろの楽しみに驕り給ひしかど、深き御うつくしみ、大八洲にあまねく、沈めるともがらをこそ多く浮べ給ひしか、今なにの報いにかここら横ざまなる波風にはおぼほれ給はむ。天地ことわり給へ。罪なくて積に当り、つかさ位を取られ、家を離れ、さかひを去りて、明け暮れ安き空なく嘆き給ふに、かく悲しき目をさへ見、命つきなむとするは、さきの世の報いか、この世のをかしが、神仏明らかにましまさば、この憂へ安め給へ」と、御社の方に向きてさまざまの願を立て給ふ。




侍臣は、帝王の、住み給う、九重の奥深くにお育ち遊ばし、様々な栄華を、ほしいままになさったとはいえ、深き恵みは、国中に行き渡り、悲しみに沈む人々を、多く救われましたのに、今、何の報いで、こんな激しい、非道な波風に、溺れることに、なりましょうか。
天地の神々よ、日夜、お心の休まる間もなく、お嘆きになっている、その上に、このような辛い目に遭い、命が、尽きようとしているのは、前世の報いか、この世の罪か、神仏が、確かに、おわしませば、この苦労をなくしてくださいと、住吉のお社に向かい、色々と願いを立てるのである。





また海の中の竜王、よろづの神たちに願をたてさせ給ふに、いよいよ鳴りとどろきて、おはしますに続きたる廊に落ちかかりぬ。ほのほ燃え上りて廊は焼けぬ。心だましひなくて、ある限り惑ふ。うしろの方なる大炊殿と思布しき屋に移し奉りて、かみしもとなく立ちこみて、いとらうがはしく泣きとよむ声、いかづちにも劣らず、空は墨をすりたるやうにて、日も暮れにけり。





そのほか、海の中の、竜王や、万の神々に、願を立てたが、いよいよ雷は、鳴り響き、御座所に続いた、廊下の上に落ちた。炎がたちまち、燃え上がり、廊は、焼けてしまった。生きた心地もなく、一人残らず、あわてふためくのである。
後のほうにある、おおいどの、というべき、建物に、源氏を移して、そこへ上下の差別なく人々が、入り込み、酷く、泣き叫ぶ声が、雷にも、劣らない。
空は、墨をすったようで、日も暮れてしまった。


目の前に、その光景が、浮かぶようである。

いと らうがはしく 泣き とよむ声
大変、騒がしく、泣き叫ぶ声が・・・

空模様が、当時の、表現で、墨をすりたるやうにて、である。
喩える、表現も、面白い。

当時の人々は、自然には、手も足も出ない。
ただ、祈るのみであった。

天地の神々に、言挙げして、つまり、願いをかけて、祈るのである。
それも、こちらの、状況を訴えるという形である。

けっして、神の御心のままに、とは、ゆかない。
訴えるのである。
実に、面白い。

当時の人は、神も、同じように、心あるものと、信じていたと、解る。
超越者ではない。



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2009年12月06日

もののあわれ 436

やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆるに、この御御所のいとめづらかなるも、いとかたじけなくて、寝殿に返し移し奉らむとするに、焼け残りたる方もうとましげに、そこらの人の踏みとどろかし惑へるに、みすなどもみな吹き散らしてけり。「夜を明かしてこそは」とたどりあへるに、君は御念誦し給ひて、思しめぐらすに、いと心あわただし。





次第に、風もおさまり、雨足も衰えて、星も、瞬きはじめると、この御所は、あまりに、おかしすぎて、元の寝殿に、移そうとしたが、焼け残った、所も、気味悪い感じである。更に、大勢の者が、踏み荒らしたために、御簾なども、皆、飛んでしまっている。
夜明けを待ってと、うろうろしている中で、源氏は、念仏を朗誦しながら、色々と考える。
しかし、何とも、気分が、落ち着かないのである。






月さし出でて、潮の近く満ち来ける跡もあらはに、名残なほ寄せかへる浪荒きを、柴の戸押しあけてながめおはします。近き世界に、物の心を知り、来し方行く先のことうちおぼえ、とやかくやとはかばかしう悟る人もなし。あやしき海人どもなどの、たかき人おはする所とて、集り参りて、聞きも知り給はぬことどもをさへづり合へるも、づらかづらかづらかづらかいとめなれど、え追ひも払はず、海人「この風今しばしやまざらましかば、潮のぼりて残る所なからまし。神の助け、おろかならざりけり」と言ふを聞き給ふも、いと心細しと言へば愚かなり。

源氏
海にます 神の助けに かからずは 潮の八百会に さすらへなまし
うみにます かみのたすけに かからずは しおのやそあひに さすらへなまし




月が昇り、潮が近くまで、押し上げた跡も、ありありと見える。
今も、嵐の名残の波が、荒々しく、打ち寄せている。
その有様を、柴の戸を開けて、眺めている。
この、界隈には、物の道理をわきまえ、過去や、未来のことも、承知して、明確に判断するする者も、いない。身分、卑しい海人たちが、貴い、都の方がいらしている所だと聞いて、集まって来て、お聞きになっても、解らないようなことを、色々と、話し合っているのも、異様な光景である。だが、誰も、追い払う気も無い。
海人は、この風が、もうしばらく続いていたら、高潮が来て、何もかにも、さらっていっただろう。神のご加護は、並々ならぬものだったと、言うのを、聞いても、源氏には、心細いと、いったくらいでは、いい足りないほどである。

源氏
海の神の、お助けがなければ、潮の渦巻く、沖合い遥かに、漂っていたことだろう。





ひねもすにいりもみつるかみの騒ぎに、さこそいへ、いたう困じ給ひにければ、心にもあらずうちまどろみ給ふ。かたじけなき御御所なれば、ただ寄り居給へるに、故院ただおはしましし様ながら、立ち給ひて、故院「などかくあやしき所にはものするぞ」とて、御手を取りて引き立て給ふ。故院「住吉の神の導き給ふままに、はや船出してこの浦を去りね」と宣はす。いとうれしくて、源氏「かしこき御影に別れ奉りにしこなた、さまざま悲しきことのみ多く侍れば、今はこの渚に身をや捨て侍りなまし」と聞え給へば、故院「いとあるまじきこと。これはただいささかなるものの報いなり。われは位にありし時あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふる程いとまなくて、この世を顧みざりつれど、いみじき憂へに沈むを見るに絶え難くて、海に入り、渚に上り、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことあるによりなむ急ぎ上りぬる」とて立ち去り給ひぬ。





一日中、いりもみつる、物を煎るように騒ぐ、雷の騒ぎに、さすがに、気強い君も、酷く弱ったので、知らずに、うとうとする。
実に、粗末な、おましどころ、である。つまり、寝床である。
物によりかかって、寝入ると、故院が、在世中のままの姿で、お立ちになって、どうして、こんな見苦しい所にいるのか、と、おっしゃり、君の手を取って、引き立てる。
住吉の神のお導きのままに、早く船出して、この浦を立ち去れと、仰せになる。
すごく嬉しくて、源氏は、父上の、尊いお姿にお会いして、あれこれと、悲しいことばかり多くございます、今は、もう、この海辺に、命を捨てようと思いますと、申し上げると、決して、そんなことは、してはならぬ。これは、ほんのちょっとしたことの、報いである。自分は、位にあるときに、過ちは、無かったが、知らず知らずのうちに、犯した罪があったので、その罪を、購う間、暇が無く、この世を、顧みることができなかった。だが、あまりに、酷く難儀しているのを見ると、じっとしていることが、出来ず、海に入り、渚に上がり、たいそう疲れてしまった。このついでに、内裏に奏上したいことが、あるゆえに、急いで、上京するのだ、と、仰り、立ち去ってしまった。


亡き父が、現れて、何事か言うことが、先々の、予言になるのである。
夢は、現のことである。
ゆめは、うつつ、である。
夢も、現実の一つなのである。




あかず悲しくて、「御供に参りなむ」と泣き入り給ひて、見上げ給へれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢のここちもせず、御けはひとまれるここちして、空の雲あはれにたなびけり。年ごろ夢のうちにも見奉らで恋しうおぼつかなき御様を、ほのかなれど、さだかに見奉りつるのみ面影におぼえ給ひて、「わがかく悲しびを極め、命尽きなむとしつるを、助けに翔り給へる」とあはれに思すに、「よくぞかかる騒ぎもありける」と、名残たのもしう、嬉しうおぼえ給ふこと限りなし。胸つとふたがりて、なかなかなる御心惑ひにうつつの悲しき事もうち忘れ、「夢にも御いらへを今少し聞えずなりぬること」といぶせさに、「又や見え給ふ」と、ことさらに寝入り給へど、さらに御目も合はで、暁がたになりにけり。




源氏は、名残惜しく、悲しくて、御供をさせてくださいと、泣き入りながら、見上げると、人影はなくて、月の顔だけが、きらきらと輝いて、夢とも、思えず、まだ、その辺にいらっしゃるような気持ちがする。
空の雲が、あはれ、に、たなびいている。
この年頃、夢の中でも、拝する事が出来ず、恋しく気がかりな有様を、一瞬でも、はっきりと、拝した、そのお姿は、尚目の前に、ちらついている。
自分が、こんな悲しみに沈み、命が尽きようとしていたときに、天翔けて、助けにいらしたのだと、しみじみと、ありがたく、よくぞ、このような、暴風雨も、あったものと、夢の後も、頼もしく、限りなく嬉しく思う。
胸が一杯になり、今は、それで、心が落ち着かず、目の前の悲しい出来事も、忘れ、夢でいま少しお話を、申し上げたかったと、残念に思う。
ひょっとしたら、もう一度、お見えになるかもしれないと、強いて、お休みになるが、全く、目も合わせることもなく、明け方になってしまった。

あはれに思すに
とても、ありがたく思うのである。
それは、空の雲あはれにたなびけり、という、あはれ、とは、違う、あはれであるが、気持ちが高じる思いを、すべて、あはれ、と、表現する。

あはれは、哀れでも、憐れでもなく、喜怒哀楽すべて、更に、感無量の思い、更に、自然、所作における、思いの深さまで、あはれ、なのである。



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2009年12月07日

もののあわれ 437

渚に小さやかなる船寄せて、人二三人ばかり、この旅宿りをさして来。「何人ならむ」と問へば、船「明石の浦より、さきの守しぼちの、御船よそおひて参れるなり。源少納言侍ひ給はば、対面して事の心とり申さむ」と言ふ。良清「入道はかの国の得意にて、年頃あひ語らひ侍りつれど、私にいささかあひ恨むること侍りて、ことなる消息をだに通はさで、久しうなり侍りぬるを、波の紛れに、いかなることかあらむ」とおぼめく。君の、御夢なども思し合はすることもありて、源氏「はや会へ」と宣へば、舟に行きて会ひたり。「さばかり烈しかりつる波風に、いつの間にか船出しつらむ」と心えがたく思へり。




岸に、小さな船を寄せて、二、三人ばかり、このかりそめの御宿所に向かってくる。
何人であろうか、と、尋ねると、明石の浦から、前の播磨の守新ぼちが、お舟をしつらえて、やって来たのです。源少納言が、おいでなら、お目にかかり、事の仔細を申し上げますと、言う。
良清は、驚いて、入道は、播磨の国の知人で、年頃、親しくしておりましたが、私事で、少しお互いに、意見の相違がございまして、特に便りも、交わさないようになりまして、久しくなります。この大荒れに、どんな用があるのかと、不審がる。
君は、夢のこともあり、早く会えと、仰せになる。
船に行き会った。
あれほど、激しい波風の中を、いつの間に、船出したのかと、不思議な気がする。


しぼち、とは、新たに発心して、仏道に帰依したものを、言う。
新発意と、書く。




「いぬるついたちの日の夢に、さま異なる者の告げ知らすること侍りしかば、信じ難きことと思う給へしかど、「十三日にあらたなるしるし見せむ船。装ひ設けて、必ず、雨風やまばこの浦にを寄せよ」と、かねて示すことの侍りしかば、こころみに船の装ひを設けて待ち侍りしに、いかめしき雨風、いかづちの驚かし侍りつれば、ひとのみかどにも、夢を信じて国を助くるたぐひ多う侍りけるを、「用いさせ給はぬまでも、このしましめの日を過ぐさず、この由を告げ申し侍らむ」とて、船出だし侍りつるに、あやしき風細う吹きて、この浦に着き侍りつること、まことに神のしるべ違はずなむ。ここにももし知ろし召す事や侍りつらむとてなむ。いと憚り多く侍れど、この由申し給へ」と言ふ。





去る月の、はじめの日の夢に、異形の者が現れて、お告げを申し上げることがありまして、信じがたいことと、思われるでしょうが、十三日に、あらたかな霊験を見せよう、船の準備をして、雨風が止んだら、必ずこの、浦に漕ぎ出せと、前もって、お告げが、ございました。試しに、船の用意をして、待っていますと、激しい雨風が起こり、雷が鳴り響きましたので、外つ国においても、夢を信じて、国を救うということが、多くありましたので、兎に角、お告げの、ありました日を過ごさずに、この旨を申し上げようと、思いまして、船を出したところ、不思議な風が、一筋吹いて、この浦に着きました。
まことに、神の、導きと、思いました。
こちらにおかれても、もしや、思い当たることもあろうかと、大変恐縮ですが、この次第を、申し上げてくださいと、言う。






良清忍びやかに伝へ申す。君思しまはすに、夢うつつさまざま静かならず、さとしの様なることどもを、きしかた行く末思し合わせて、「世の人の聞き伝へむ後のそしりも安からざるべきを憚りて、まことの神の助けにもあらむを、背くものならば、又これより勝りて、人笑はれなる目をや見む。うつつの人の心だになほ苦し。はかなきことをもつつみて、われより齢まさり、もしは位高く、時世の寄せ今ひと際まさる人には、なびき従ひて、その心むけをたどるべきものなりけり。退きて咎なしとこそ、昔のさかしき人も言ひ置きけれ。げにかく命を極め、世にまたなき目の限りを見尽くしつ。更にのちのあとの名を省くとても、たけきこともあらじ。夢のうちにも父帝の御教へありつれば、又何事をか疑はむ」と思して、御返り宣ふ。




良清は、そっと、ことの次第を、申し上げる。
君は、様々に考えて、夢につけ、うつつにつけ、様々な、物騒がしいことが、続き、お告げのような事が起こった。それを、自分の過去に照らして、世の人が、耳にして、伝えるであろう、後の非難を恐れて、本当の神の、助けであるのに、それに背くことは、今より以上の、物笑いを招くだろう。現に生きている人の心さえも、背くのは、苦しいことである。ちょっとしたことでも、大切にして、自分より、年上の人が、位が高く、世間の人望も、一段と優れている人には、靡き従い、その考えに、従うべきである。退いて咎無しと、昔の賢者も言うことだ。本当に、このように、命がけの災難に遭い、世にまたとない、憂き目の数々を、見尽くした上は、後の世に伝わる、悪評をなくそうとしても、何ほどのこともない。夢の中でも、父帝の、教えがあったのだから、この上、何を疑うのかと、思い、お返事をなさるのである。





源氏「知らぬ世界に、珍しき憂への限り見つれど、都の方よりとて、言問ひおこする人もなし。ただ行くへなき空の月日の光ばかりを、古里の友とながめ侍るに、うれしき釣り船をなむ。かの浦に静やかに隠ろふべき隈侍りなむや」と宣ふ。限りなく喜び、かしこまり申す。入道「ともあれかくもあれ、夜の明け果てぬさきに御船に奉れ」とて、例の親しき限り四五人ばかりして奉りぬ。例の、風出で来て、飛ぶように明石に着き給ひぬ。ただはひ渡る程は片時の間と云へど、なほあやしきまで見ゆる風の心なり。




源氏は、見知らぬ土地に来て、珍しい、辛苦の有様を見尽くしたが、都のほうから、といって、便りをくれる人もない。ただ、行方も知らぬ、空の月日の光だけを、故郷の友として、眺めていたところ、嬉しい釣り船を下さった。明石の浦には、静かに、隠れ住む場所が、ありましょうかと、仰る。
入道は、とても喜び、御礼を申す。
とにもかくにも、夜の明けるうちに、お船にお乗せ申せとあり、例の側近の、四、五人だけを、御供にして、船に乗り込まれた。
例により、不思議な風が吹き、飛ぶように、明石の浦に、到着した。
いかにも、這い渡るほどのところは、少しの間に、行けるのだが、それにしても、気味の悪いほどの、風の働きである。

私は、これを、名文だと言う。

なほ あやしき までに 見ゆる 風の 心なり

その、風が、妖しいのである。それが、風の心と、見抜く力は、後の、風に心が、宿るという、風情の在り処となるのである。

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2009年12月08日

もののあわれ 438

浜のさま、げにいと心ことなり。人しげう見ゆるのみなむ、御願ひに背きける。入道の領じ占めたる所々、海の面にも山隠れにも、時々につけて、興をさかすべき渚のとまや、行ひをして後の世のことを思ひすすましつべき山水のつらに、いかめしきき堂を立てて三昧を行ひ、この世の設けに、秋の田の実を刈り収め、残りの齢積むべき稲の倉町どもなど、折々所につけたる見所ありてし集めたり。高潮におぢて、この頃、むすめなどは岡辺の宿に移して住ませければ、この浜の館に心安くおはします。





浜の有様は、たいそう違っている。
人が大勢いることだけが、君の気持ちに、添わなかった。
明石入道の、領地の所々には、海近くにも、山がけにも、四季折々について、興を催すように、趣向した、渚の、苫屋を建てたり、勤行をして、後の世のことに、思いをいたすに、相応しい、景色の場所に、荘厳な堂を建てて、念仏三昧を行うようにしたり、また、この世での、生活の用意として、秋の田の、実を刈り収めて、余生を豊かに暮らすようにした、稲の倉町を、数多く建てたり、四季につけて、それぞれの、場所に似つかわしく、沢山作ってある。
高潮に驚いて、この頃は、娘など、岡辺の邸に、移住させていたので、この浜の館にて、気楽に暮らしていた。





船より御車に奉り移る程、日やうやうさしあがりて、ほのか見奉るより老い忘れ齢延ぶるここちして、笑みさかえて、先づ住吉の神を、かつがつ拝み奉る。月日の光を手に得奉りたるここちして、営み仕うまつることことわりなり。




船から、お車に、移るころ、ようよう日も、上がり、入道は、ほのかにお姿を拝むと、もう、老いも忘れ、寿命も延びる心地して、にこにこしつつ、まず、住吉の神を、心の中で拝むのである。
日や月の光を、我が物にしたように、感激し、お世話申し上げるのも、無理はない。

これは、作者の思いである。
そのようであると、書きつける。




所の様をばらにも云はず、作りなしたる心ばへ、木立、立て石、前栽などの有様、えも云はぬ入り江の水など、絵に書かば、心の至り少からむ絵師は、書き及ぶまじと見ゆ。月頃の御住まひよりは、こよなく明らかに、なつかし。御しつらひなどえならずして、住ま引ける様など、げに都のやむごとなき所々に異ならず、えんに眩き様は、まさりざまりにぞ見ゆる。




所の、有様は、言うまでも無い。こうした趣向は、植木や、立て石、庭の植え込みなどの様、えもいわれぬ、海沿いの、美しさなど、絵に描いても、心ばえの浅い絵描きでは、とうてい、写し取ることができないだろうと、思われる。
今までの、お住まいよりも、晴れ晴れとして、落ち着くのである。
お部屋の、飾りつけなども、良く整え、入道の暮らしの様は、なるほど、都の高貴な方々の住まいにも、劣らず、贅沢で、煌びやかなことは、こちらのほうが、上だと、思われる。

えんに眩き様
光り輝く様子である。
まさり ざまりにぞ 見ゆる
都の方より、勝っている如くに、見えるのである。






少し御心静まりては、京の御文ども聞え給ふ。参れりし使は、「今はいみじき道に出で立ちて悲しき目を見る」と泣き沈みて、あの須磨にとまりたるを召して、身に余れる物ども多く賜ひて遣す。むつまじき御祈りの師ども、さるべき所々には、この程の御有様、委しく言ひ遣すべし。入道の宮ばかりには珍らかにてやみがへる様など聞え給ふ。二条の院のあはれなりし程の御返りは、書きもやり給はず、うち置きうち置きおしのごひつつ聞え給ふ御気色、なほ異なり。





少し心が落ち着いてから、京への、お手紙をしたためる。
この前参った、使いは、このたびは、大変なときにやって来て、大変な目に遭ったと、泣き沈み、あの須磨に、留まっていたのを、お召しになり、身にあまる、品々を沢山授けて、立たせた。
出入りの祈祷師どもや、しかるべき方々には、この間からのことの有様を、詳しく、したためることであろう。
入道の宮にだけは、奇跡的な、命拾いの様子を申し上げるのである。
二条の院からの、心を込めたお便りの返事には、すらすらと、書く事が出来ない。筆を何度も止めて、涙を流し流し、書かれる様は、やはり格別のものがある。

おしのごい つつ 聞え給ふ
戸惑いつつ、書き、または、書いている。




源氏「かへすがへすいみじき目の限りを見尽くしはてつる有様なれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさり侍れど「鏡を見ても」と宣ひし面影の離るる世なきを、かくおぼつかなながらや、と、ここら悲しきさまざまの憂はしさはさし措かれて、

遥かにも 思ひやるかな 知らざりし 浦よりをちに 浦伝ひして

夢のうちなるここちのみして、さめはてぬ程、いかにひがごと多からむ」と、げにそこはかとなく書き乱り給へるしもぞ、いと見まほしき側目なるを、いとこよなき御心ざしの程、と、人々見奉る。おのおの古里に、心細げなる言伝すべかめり。をやみなかりし空の気色、名残なく澄み渡りて、あさりする海人ども誇らしげなり。須磨はいと心細く、海人の岩屋も稀なりしを、人しげき厭ひはし給ひしかど、ここは又、さま異にあはれなること多くて、よろづに思し慰まる。




源氏は、何度も、何度も、恐ろしいことの、すべてに遭ってしまった、思いの、この頃は、もうこの上はと、世を厭う心ばかりが、募ります。「鏡を見ても」と仰った、あなたの面影が、我が身に付き添い、離れる暇もありません。このまま、お会いせずに、お別れすると思いますと、多くの悲しい、様々な、心配事は、二の次になります。

源氏
初めて来た、須磨の、浦から、更に遠く、浜伝いに、明石に来て、遥かに都の、あなたを思います。

まだ、夢の中にいるような気がします。覚めてしまわない間は、どんなにか、間違いが、多いことでしょう。

と、言葉通り、取り留めなく、あれこれと、書き乱れている。
それが、かえって、内容を見せていただきたくなるほどで、並々ならぬ、ご寵愛かと、人々は、拝する。
それぞれ、めいめいも、故郷に、心細いことを書いて送るのだろう。
絶え間なく、降り続いた、空の景色も、跡形もなく、見る限り澄み切って、海人たちは、威勢がいい。
須磨は、大変、心細く、海人たちの、岩屋さえ少なかったが、人が大勢いるのは、心にそらないとはいえ、ここは、また、様子が違い、興を催す事が多く、何かにつけて、心が安らぐのである。

さま 異に あはれなること 多くて
有様は、異なり、色々な状況が、多く。

有様をも、あはれなること多くて、と、あはれ、を用いるのである。

前後の、状況で、あはれ、という、言葉の意味を、推し量るのである。

まさに、あはれなることである。

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2009年12月09日

もののあわれ 439

あるじの入道、行ひ勤めたる様、いみじう思ひすすましたるを、ただこの女ひとりをもてわづらひたる気色、いとかたはらいたきまで、時々漏らし憂へ聞ゆ。御ここちにもをかしと聞き置き給ひし人なれば、かくおぼえなくてめぐりおはしたるも「さるべき契りあるにや」と思しながら、「なほかう身を沈めたる程は、行ひより外のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに違ふと思さむも心恥づかしう」思さるれば、気色だち給ふことなし。ことにふれて「心ばせ有様なべてなら゛もありけるかな」と、おかしう思されぬにしもあらず。





あるじの、入道の、その勤行振りは、見事なものである。ただ、この娘一人の身の上を、苦にしている様子は、よそ目にも、気の毒なほどである。
時々、君の耳にも、その憂いを漏らすのである。
君も、美しい娘だと、聞いているので、このように、思いがけなく、回りまわって、この地に、来たことも、こうなる、縁があったのであろうかと、思いつつ、矢張り、このような境涯に沈んでいる間は、勤行より、外のことは思うまい。都の人も、何事もないのと思い、約束が違うと思うだろう。それでは、会わす顔がないと、思い、自分からは、素振りを見せることはない。
折に触れて、人柄も、暮らし振りも、並々ではないらしいと、気にされないでいる。

都の人とは、紫の上のことである。
ただなるよりは、何事もないと思い、何事かあれば、約束が違うと思う。
気色だち、とは、明石の女に、心動くことである。
今は、あえて、そのようなことを、しないのである。





ここには畏りて、自らねをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋に侍ふ。さるは明け暮れ見奉らまほしう、あかず思ひ聞えて、いかで思ふ心をかなへむ、と仏神をいよいよ念じ奉る。年は六十ばかりになりたれど、いと清げにあらまほしう、行ひさらぼひて、人の程のあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれほれしきことはあれど、いにしへのことを見知りて、物きたなからず、由づきたることも交れれば、昔物語などさせて聞き給ふに、少しつれづれの紛れなり。年頃、公私御いとまなくて、さしも聞き置き給はぬ世のふるごとどもくづし出でて、「かかる所をも人をも見ざらましかばさうざうしくや」とまで、「興あり」と思すことも交る。





御座所には、遠慮して、入道は、めったに上がらず、別棟の召使の部屋に、控えている。
本当は、源氏を、明け暮れ、その姿を拝みたくて、仕方ないのである。
だが、ままならないのが、残念で、何とか望みを叶えたいと、以前にもまして、仏神に、一心に祈願する。
年は、六十ほどになるが、見苦しくなく、好ましい老人で、勤行のためか、痩せて、生まれの貴いゆえに、頑固で、老いぼれたところはあるが、古いことも経験して、言葉や、動作も、上品であり、風雅なところもある。
昔の話などを聞くと、少しは、退屈も紛れるのである。
この数年、公にも、私的にも、忙しく、あまり話を聞くこともなかった、故事来歴の数々を、ぼつりぼつりと、源氏にお話するので、このような土地で、このような老人を知らなければ、物足りないと思うほど、興ある話があることも、ある。

いかで思ふ心をかなへむ、とは、源氏に娘を差し上げたいと願う心である。

人の程のあてはかなればにやあらむ、とは、貴い生まれ、つまり、大臣の子孫であるからだ。

興あり、とは、興味のあること。
時には、あはれなるお話と、表現することもある。





かうは馴れ聞ゆれど、いと気高う心恥づかしき御有様に、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出で聞えぬを、「心もとなう口惜し」と、母君と言ひ合はせて嘆く。正身は、おしなべての人だにめやすきは見えぬ世界に、「世にはかかる人もおはしけり」と見奉りしにつけて、身の程知られて、いと遥かにぞ思ひ聞えける。親達のかく思ひ扱ふを聞くにも、「似げなくことかな」と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。





このように、お傍近く、親しくあっても、大変、気高く、立派な君の、お姿の前に出ては、あのように言ったが、気が引けて、思っていることを、自由に申し上げられないのが、気がもめて、残念だと、母君と共に、嘆く。
当の娘は、普通の身分でも、見苦しくない男は、めったに、見つからない田舎に、世の中には、このような方が、いらっしゃるのだと、拝むにつけ、我が身の程が、思い知られて、とても、及ばぬと、思うのである。
親たちが、色々と、思案するのを、聞くにつけて、不釣合いなこと、と、なまじ我が家に、お迎えしては、悲しく、切なく、思うのである。

ただなる よりは ものあはれ なり
何事もないときより、源氏を迎えることは、悲しい、辛い、つまり、ものあはれ、と言うのである。

この、もの、は、心である。
心、あはれ、なのである。

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2009年12月10日

もののあわれ 440

四月になりぬ。ころもがへの御装束、御張の帷など、由ある様にし出づ。よろづに仕うまつり営むを、「いとほしう、すずろなり」と思せど、人様のあくまで思ひあがりたる様のあてなるに、思しゆるして見給ふ。





四月になる。
衣替えの、御装束、御張台の帷子など、趣のあるように、調えて差し上げる。
何から何まで、お世話するのを、気の毒でもあり、出過ぎたことだと、思うが、あくまで、気位を高く持つ、入道の人柄であるから、そのままにして、見ているのである。




京よりも、うち頻りたる御とぶらひども、たゆみなく多かり。のどやかなる夕月夜に、海の上くもりなく見え渡れるも、住み慣れ給ひし古里の池水、思ひまがへられ給ふに、云はむかたなく恋しき事いづかたとなく、ゆくへなきここちし給ひて、ただ目の前に見やらるるは、淡路島なりけり。「あはと遥かに」など宣ひて、

源氏
あはと見る 淡路の島の あはれさへ 残る隈なく 澄める夜の月

久しう手ふれ給はぬ琴を、袋より取り出で給ひて、はかなく掻き鳴らし給へる御さまを、見奉る人もやすからすずあはれに悲しう思ひあへり。





京からも、引き続いて、お見舞いが、次々と来る。
のどかな、夕月夜に、海の上、曇りなく、一面に見渡せる風景も、住み慣れた、古里の邸の、池水に、似ているように思い、たまらなく恋しい事を、誰に言うともなく、行方も知れず、さ迷い出る気持ちになるのである。
その、目の前に見えるのは、淡路島である。
あわと遥かに、などと、言いつつ

源氏
あはれと、呼んだ、淡路島のあはれさえも、残るところ無く、照らす、今宵の月である。

久しく手を触れなかった、琴を、袋から取り出して、少しばかり、かき鳴らす姿を、拝する人々も、何となく落ち着かず、悲しく思うのである。

あはれに悲しう思ひあへり
心深く、悲しみを感ずることを、あはれ、という言葉に託すのである。





広陵といふ手をある限り弾きすまし給へるに、かの岡辺の家も、松の響き波の音に合ひて、心ばせある若人は身にしみて思ふべかめり。なにとも聞き分くまじきこのもかのものしばふる人どもも、すずろはしくて浜風をひきありく。入道もえ堪へで、供養法たゆみていそぎ参れり。




広陵という、曲を全曲、ある限り、力ある限りに、御弾きになると、かの岡辺の家へも、松風や、波の音に響き合って、流れてゆき、たしなみのある、若い女房たちは、身に沁みて、感じているだろう。
何の音かと、聞き分けられずにいるであろう、そこここの、下人たちまでも、つい浜辺に誘い出されて、風邪を引いたりする。入道も、じっとしていられなく、勤行中の、供養法を怠けて、急いで、やってきた。





入道「さらに、背きにし世の中も取り返し思ひ出でぬべく侍り。後の世に願ひ侍る所の有様も、思う給へやるる夜の様かな」と、泣く泣くめで聞ゆ。わが御心にも折々の御遊び、その人かの人の琴笛、もしは声の出でし様に、時々につけて、世にめでられ給ひし有様ね帝より始め奉りて、もてかしづきあがめ奉り給ひしを、人の上もわが御身の有様も、思し出でられて、夢のここちし給ふままに、掻き鳴らし給へる声も、心すごく聞ゆる人は涙もとどめあへず。岡辺に琵琶筝の琴取りにやりて、入道琵琶の法師になりて、いとをかしう珍しき手一つ二つ弾きたり。筝の御琴参りたれば、少し弾き給ふも、さまざまいみじうのみ思ひ聞えたり。いとさしも聞えぬ物の音だに折からこそはまさるものなるを、はるばると物のとどこほりなき海づらなるに、なかなか、春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう繁れる蔭どもなまめかしきに、くひなのうちたたきたるは「たがかどさして」とあはれに覚ゆ。





入道は、改めて、一度捨てた、浮世も、取り戻して、思い出しそうでございます。後世に願っておりますところの、有様、このようであれと、思われます、今宵の風情でございますと、感動に、咽びて、褒めるのである。
君の、お心のうちにも、折々の、御遊び、その人、かの人の、琴や笛の音、あるいはまた、歌声の調子で、その時、かの時、それぞれ、世間から、もてはやされた事など、帝をはじめ奉り、多くの人が大切にし、尊敬してくれたときの事が、人の身の上も、ご自分の事も、記憶に浮かんで、夢見心地のままに、かき鳴らす。
その、音に、心揺らぐ人は、涙を止める事が出来ず、岡辺に琵琶や筝の琴を、取りにやらせて、入道が、琵琶の法師になって、大変面白く、珍しい曲を、一つ、二つと、弾くのである。
君には、筝のお琴を差し上げたゆえ、少し弾かれる。
それを入道は、どの道にも、堪能だと、感じ入る。
それほどでもない、音でも、その折柄の風景によっては、引き立つものであるのに、遠く広く、何物も遮るもののない、海の景色は、かえって、春秋の花や、紅葉の盛りよりも、ただ、何となく、生い茂る緑の、木陰までが、色めいた感じに見えて、水鶏が、ほとほと、と、戸を叩くのは、誰が門さして、と、心を打つのである。

あはれに覚ゆ
くいなの、鳴き声が、戸を叩くように聞こえて、誰が門を叩くのかという、情景をして、あはれに、思うというのである。

この、あはれ、は、感動である。

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2009年12月11日

もののあわれ 441

音もいと二なう出づる琴どもを、いと懐かしう弾き鳴らしたるも、御心とまりて、源氏「これは女のなつかしき様にてしどけなう弾きたるこそをかしけれ」と、大方に宣ふを、入道はあいなくうち笑みて、入道「遊ばすより懐かしき様なるは、いづこのか侍らむ。なにがし、延喜の御手より弾き伝へたること三代になむなり侍りぬるを、物の切にいぶせ折々は、掻き鳴らし侍りしを、あやしうまねぶ者の侍るこそ、自然にかの先大王の御手に通ひて侍れ。山伏のひが耳に松風を聞き渡し侍るにやあらむ。いかで、これ忍びて聞し召させてしがな」と聞ゆるままに、うちわななきて涙落とすべかめり。





音色も、この上なく出る琴を、幾つも、たいそうやさしく、弾き鳴らしたのが、君のお耳に、留まり、筝の琴は、女がやさしい姿で、無造作に、弾いたのが、面白いと、何気なく仰せになる。入道は、微笑んで、あなた様が、弾かれますより、やさしい姿が、何処の女にありましょう。わたくしは、延喜の帝の御手法を弾き伝えまして、三代になりますが、このような、ふつつかな身の上で、この世の事は、捨て去り忘れ果てておりますのに、気分が、ひどくふさぐときに、掻き鳴らしました。それを、不思議に、真似るものがいまして、それが自然と、前大王の、御手に似ているのでございます。山伏の、僻耳で、松風の響きあうのを、それと聞くのでございましょうか。何とかして、それを、内々で、お聞きしたいと、御願いしたいものです。と言いつつ、身をふるわせて、涙を落とすようである。





君「琴を琴とも聞き給ふまじかりけるあたりに、ねたきわざかな」とておしやり給ふに、源氏「あやしう昔より筝は女なむ弾きとるものなりける。嵯峨の御伝へにて、女五の宮、さる世の中の上手にものし給ひけるを、その御筋にて、取り立てて伝ふる人なし。すべてただ今世に名を取れる人々、かきなでの心やりばかりのみあるを、ここにかう弾きこめ給へりける、いと興ありけることかな。いかでかは聞くべき」と宣ふ。




君は、私の琴など、琴とは、いえないもの。ばかなことを、しました。と、おっしゃり、楽器を押しやって、どういうものか、筝のことは、昔から、女が奏法を会得するものになっています。
嵯峨の帝からの、ご伝授で、女五の宮は、その当時の、名人でいらしたのに、その系統では、これといった、伝授者は、いません。
総じて、現在に、名声を得ている人々は、通り一遍の独りよがりで、ここにそんな、名人が、潜んでいるとは、まことに、面白いことです。どうにかして、聞きたいものです。と、仰せられる。





入道「聞し召さむには何の憚りか侍らむ。お前に召しても、商人の中にてだにこそ、ふるごと聞きはやす人は侍りけれ。琵琶なむまことの音を弾き静むる人、いにしへも難う侍りしを、をさをさとどこほることなう、なつかしき手など筋ことになむ。いかでたどるにか侍らむ。荒き波の声にまじるは、悲しくも思う給へられながら、かきつむる物嘆かしさ、紛るる折々も侍り」など好きいたれば、をかしと思して、筝の琴取りかへて賜はせたり。げにいと過ぐして掻い弾きたり。





入道は、お聞きくださいますならば、何のご遠慮がありましょう。御前にお召しくださっても、結構です。商人の妻を呼び出しても、古曲を聴いた人がおりました。琵琶は、本当の音色を弾きこなす人は、昔も少ないものでした。しかし、どうやら、滞ることなく、弾くようですし、やさしい弾き方などは、特別のようです。いつの間に、ものにしたのでしょう。荒い波の響きと、一緒に聞きますのは、悲しくもありまが、つもる愁いの慰められる時もあります。などと、風流と思っているので、君は、面白く思い、筝の琴と、取り替えて、与える。なるほど、たいそう、上手に掻き鳴らす。





今の世に聞えぬ筋ひきつけて、手づかひいといいたう唐めき、ゆの音深う澄ましたり。伊勢の海ならねど、「清き渚に貝や拾はむ」など声よき人に謡はせて、われも時々拍子とりて、声うち添へ給ふを、琴弾きさしつつめで聞ゆ。
御くだものなど珍しき様にて参らせ、人々に酒強こそしなどして、おのづからもの忘れしぬべき夜の様なり。





今の世には、知られない曲を、弾きだして、その手さばきが、唐風であり、由の音が、深く透き通るように、響く。ここは、伊勢の海ではないが、清き渚に、貝や拾わん、などと、声の良い者に歌わせて、ご自分も、時々拍子を取って、声を添える。入道は、琴の手を休めて、それを褒めるのである。
お菓子など、珍しい様に整えて、人々に、後から後から、お酒を勧める。
いつしか、憂き世の悲しみも、忘れてしまいそうになる、夜の様子である。

ゆの音、とは、左手で、弦をゆすり、音を響かせること。

清き渚に貝や拾わん
催馬楽伊勢の海より

何とも、優雅な雰囲気である。
物忘れしぬべき夜の様なり、とは、物は、憂き世のこと、それを、忘れるような、夜の有様である。

この、物は、もののあはれの、もの、でもある。

物は、単なる存在する、もの、だけではない。
心の風景も、もの、として、表現するのである。



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2009年12月12日

もののあわれ 442

いたく更け行くままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに澄みまさり、静かなる程に、御物語り残りなく聞えて、この浦の住み始めし程の心づかひ、後の世を勤むる様、かきくづし聞えて、この女の有様、問はず語りに聞ゆ。をかしきものの、さすがにあはれと聞き給ふ節もあり。入道「いと取り申し難きことなれど、わが君、かう覚えなき世界に、仮ににても移ろひおはしましたるは、もし、年頃老法師の祈り申し侍る神仏の憐びおはしまして、しばしのほど御心をも悩まし奉るにやとなむ思う給ふる。その故は、住吉の神を頼み始め奉りて、この十八年になり侍りぬ。





夜が更けてゆくにつれ、浜風が涼しく吹き、月も入り方になるにつれて、いよいよ、澄み切って、あたりも、ひっそりとしてくる。入道は、事情を残らず、申し上げる。
この浦に住むようになった、当時のことから、後世を願う、仏道修行のことなどを、ぽつぽつと、お耳に入れる。そして、その娘の有様を、問はず語りに言う。
源氏は、面白い話だと思うが、さすがに、あはれと、不憫であると、感じるのである。
入道は、まことに、申し上げにくいことですが、あなた様が、このような、思いがけない土地に、ひと時でも、移っていらしたのは、もしや、年頃のこの老僧が、祈りましております、神仏が、憐れに思い、しばらくの間、ご苦労をおかけすることになったのではないかと、存じます。
住吉の神に、願いをかけて、十八年になります。




女の童のいときなう侍りしより、思ふ心侍りて、年ごとの春秋ごとにかならずかの御社に参ることなむ侍る。昼夜の六時の勤めにみづからの蓮の上の願ひをばさるものにて、ただこの人を高き本意かなへ給へとなむ念じ侍る。さきの世の契りつたなくてこそかくく口惜しき山がつとなり侍りけめ、親、大臣の位を保ち給へりき。自らかくいなかの民となりて侍り。つぎつぎさのみ劣りまからば、なにの身にかなり侍らむ、と悲しく思ひ侍るを、これは生まれし時より頼む所なむ侍る。




娘が、幼少の頃から、思うことがありまして、毎年、春秋と、必ず、あの社にお参りして、きました。昼夜の六時の勤めも、自分が極楽往生する願いは、それとして、ただ、この娘を、位の高い方にと思う、私の願いを叶えてくださいと、祈願しました。
私は、前世からの、運命がないゆえに、こんな、情けない、山がつ、つまり身分の低い、人間になってしまった。親は、大臣の位を得ておりました。自分は、田舎の人間になり、次々と、このように、落ちぶれることでは、しまいには、どういう境遇に成り下がりますかと、悲しく思います。娘は、生まれたときから、頼もしく思うところがありました。





いかにして都の貴き人に奉らむと思ふ心深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人の嫉みを負ひ、身のためからき目を見るをりをりも多く侍れど、さらに苦しみと思ひ侍らず。命の限りはせき衣にもはぐくみ侍りなむ。かくながら見棄て侍りなば、波の中にも交じり失せね、となむ掟て侍る」など、すべてまねぶべくもあらぬことどもを、うち泣き聞ゆ。君もものをさまざま思し続くる折からは、うち涙ぐみつつ聞し召す。





どうかして、都の貴い方に、差し上げようと思う心が、強く、身分が低ければ、低いなりに、多くの人の、嫉みを受け、私自身も、辛い目に遭うことも、ありましたが、そんなことは、苦しみとは、思いません。
命ある限りは、この狭い袖にも、娘を大事に抱いてやりましょう。私が、先に逝くようなことがあれば、海の中に、身を投げてしまえと、申し付けております。などと、全く話しが出来ないことを、泣く泣く申し上げる。
源氏も、色々と、物思うこの頃のことで、涙ぐんで、聞いていらっしゃる。





源氏「横ざまの罪に当たりて思ひかけぬ世界に漂ふも、なにの罪にかとおぼつかなく思ひつるを、今宵の御物語に聞き合はれば、げに浅からぬさきの世の契りにこそはとあはれになむ。などかは、かくさだかに思ひ知り給ひけることを今までは告げ給はざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行ひよりほかのことなくて月日をふるに、心も皆くづほれにけり。かかる人ものし給ふとはほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ棄て給ふらめ、と思ひ屈しつるを、さらば導き給ふべきにこそあなれ。心細きひとり寝の慰めにも」など宣ふを、限りなくうれしと思へり。




源氏は、無実の罪を蒙り、思いもよらぬ土地に、漂うことになったのは、何かの報いかと気にしていたが、今宵のお話を聞いて、考えてみれば、まことに、浅からぬ前世からの、運命であったと、しみじみわかりました。どうして、そのように、はっきりと、わかっていることを、今まで話してくださらなかったのです。都を離れたときから、無常な世の中が、嫌になり、仏の行をすることばかりで、月日を送っているうちに、すっかり意気がなくなりました。そういう方がいらっしゃるということは、うすうす聞いていました。役にも立たない、私のような者は、ゆゆしきものにこそ、忌まわしく思い、相手にも、してくれないだろうと、気を滅入らせていたのです。さらば導き、それでは、私を案内してくださるのですね。心細い、独り寝の慰めにもなります。などと、おっしゃるのを、入道は、この上なく、嬉しいと、思うのである。





入道
ひとりねは 君も知りぬや つれづれと 思ひあかしの うら淋しさを

まして年月思ひ給へわたるいぶせさを、おしはからせ給へ」と聞ゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆえなからず。源氏「されど、浦なれ給へらむ人は」とて、

源氏
旅衣 うらがなしさに あかしかね 草のまくらは 夢もむすばず

とうち乱れ給へる御さまは、いとぞ愛敬づき、いふよしなき御けはひなる。数知らぬことども聞え尽くしたれど、うるさしや、ひがごとどもに書きなしたれば、いとどをこにかたくなしき入道の心ばへも、現れぬべかめり。



入道
ひとり寝の、寂しさは、君も、お分かりになったでしょう。なすこともなく、思い明かす、明石の浦の、娘心のわびしさを。

まして、長い年月、思い続けております、私の心のうちを、お察しください、と、申し上げる様は、声が震えているのである。が、上品さを、失わない。
源氏は、でも、このような、浦に住み慣れている人は、と、仰せになり、

源氏
旅寝の寂しさに、夜を明かしかね、夢の結ぶ夜とて、ありません。

と、くつろぐ姿は、愛敬があり、いいようもない、風情である。
入道は、数え切れないほど、色々と、お話申し上げたが、もう、面倒なこと。
筆の向くままに、間違いまじりに、書きつけているので、それでなくても、頑固一徹な入道の性格が、いっそう、むき出しになったに、違いありません。

最後は、作者の、言い分である。

うるさしや
ああ、もういい、と、作者が投げ出すのである。
ひがごとどもに書きなしたれば
筆の向くままに、書いてきたが・・・
いとど をこに かたくなしき 入道の 心ばへも
入道の性格である。
後は、読者の想像に、お任せするというのである。



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2009年12月13日

もののあわれ 443

思ふ事かつがつかなひぬる心地して、涼しう思ひ居たるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文遣はす。心恥づかしき様なめるも、なかなかかかる物の隈にぞ思ひの外なる事も籠るべかめると、心づかひし給ひて、高麗の胡桃色の紙に、えにらず引きつくろひて、

源氏
をちこちも 知らぬ雲居に ながめわび かすめし宿の 梢をぞとふ

思ふには」
とばかりやありけむ。入道も、人知れず待ち聞ゆとて、かの家に来居たりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。




願うことが、まずまず叶い、清清しい心になっていると、あくる日の、昼ごろ、岡辺の家へ、御文を、遣わす。中々、奥ゆかしい人らしいので、かえって、こんな辺鄙な土地に、意外な人が、埋もれていないわけでもないと、気をつけなさり、高麗の胡桃色の紙に、特別に、思いを込めて、お書きになる。

源氏
東西も、わからぬ土地に、侘しく暮らし、少し耳にした、あなたのお宿を、訪れたいと、その心に、負けてしまいます。

と、だけであろうか。入道も、人知れず、御文をお待ち申し上げようとて、かの家に、来ていた頃、お使いが、あったので、お使いの者が、気まりわるがほど、もてなす。
しかし、お返事は、大変、遅いのである。




内に入りてそそのかせど、女はさらに聞かず。いと恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも恥づかしうつつましう、人の御程わが身の程、思ふにこよなくて、「ここちあし」とて寄り臥しぬ。言ひわびて入道ぞ書く。
入道「いとかしこきは、田舎びて侍る袂に、つつみあまりぬるにや、さらに見給へも及び侍らぬかしこさになむ。さるは、

ながむらむ 同じ雲居を ながむるは 思ひもおなじ 思ひなるらむ

となむ見給ふる。いとすきずきしや」
と聞えたり。陸奥国紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。「げにも好きたるかな」と、めざましう見給ふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。





奥に入って、娘に急かせるが、娘は、一向に、聞き入れない。
ひどく立派な、お手紙の様子に、返事をしたためる、筆の運びも気になり、手が出ないのである。
人のご身分と、自分の身分を考えると、空恐ろしく、気分が悪いと、言い、つっぷしてしまう。
困りきって、入道が、お返事を書く。
あまりの、恐れ多い、思し召しが、田舎の袂には、包みきれないのでしょう。ただ、もう、お筆の跡を、拝見することさえできない、勿体無さでございます。
と、申しましても、

君が、眺めておいでになる、同じ空を、娘も、眺めております。きっと、娘の思いも、同じなのでございます。

と、存ずるのでございます。大変、色めいた事を考えまして、恐縮でございますと、申し上げる。
陸奥国紙に、酷く古風な書き方で、書いてあるが、どこか、洒落ている。
なるほど、色っぽく書いたものだと、出過ぎ者と、ご覧になる。
お使いには、結構な、女装束を与える。




またの日、源氏「宣旨書きは、見知らずなむ」とて、

源氏
いぶくせも 心にものを なやむかな やよやいかにと 問ふ人もみな
言ひ難み」と、このたびはいといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書き給へり。若き人のめでざらむも、いとあまりうもれいたからむ。めでたしとは見れど、なずらひならぬ身の程の、いみじうかひなければ、なかなか、世にあるものと尋ね知り給ふにつけて、涙ぐまれて、さらに例の動なきを、せめて言はれて、浅からずしめたる紫の紙に、墨つき薄くまぎらはして、


思ふらむ 心のほどや やよいかに まだ見ぬ人の 聞きか悩まむ

手のさま書きたるさまなど、やむごとなき人にいたうおとるまじう上衆めきたり。




翌日、源氏は、代筆のお手紙は、はじめてですと、

源氏
どうしているのかと、訪ねてくれる人もいない。私は、心の中で、うつうつと、悶えて、苦しみます。

言い難きです、と、今度は、たいそう、しなやかな薄様に、美しく書いた。
若い娘が、それに、感激しないのは、あまりに、控え目である。ご立派なと、思うのだが、及びもしない、身の程を思うと、とうてい、話にもならない事である。自分のような者のことを、考えてくださったことは、涙の種でもある。
それで、この前と、同じように、動じようとしないのだが、回りから、無理に責められて、しっとりと香を焚き染めた、紫色の紙に、墨も薄く、趣をつけて、


あなたは、心の中で、悶え苦しんでいると、仰せになりますが、まだ、私を知らない、あなたが、噂だけで、お悩みになることが、ございましょうか。

筆跡や、言葉遣いなど、高貴な方に比べて、見劣りせず、上臈のようである。

いよいよ、入道の、娘と、関係を持つことになるのである。
これが、また、後々、悩みの種になる。
明石の段の、クライマックスである。

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2009年12月14日

もののあわれ 444

京のこと覚えて、をかしと見給へど、うち頻りて遣さむも、人目つつましければ、二三日隔てつつ、つれづれなる夕暮れ、もしはものあはれなる曙などやうに紛らはして、折々も同じ心に見知りぬべき程おしはかりて、書き交し給ふに、似げなからず。心深う思ひあがりたる気色も「見ではやまじ」と思ものから、良清が領じていひし気色もめざましう、年頃心つけてあらむを、目の前に思ひ違へむもいとほしう思しめぐらされて、「人進み参らば、さる方にても紛らはしてむ」と思せど、女はた、なかなかゆむごとなき際の人よりもいたう思ひあがりて、妬げにもてなし聞えたれば、心くらべにてぞ過ぎける。





京のことが、思い出されて、なにやら、深くご覧になるのだが、そう頻繁に、遣わすのも、人目が、憚られるので、二、三日おきぐらいに、する事もない夕暮れとか、心寂しい、明け方などと、目立たぬように、時々、相手も、自分と同じような思いをしている時を、想像して、やりとりをされると、まんざらでもないのである。
ものあはれなる曙
この、明け方の、あはれは、ものあはれ、と、寂しい、心象風景である。
思慮深く、気高く構えている様子に、是非、会ってみたいものだと、思うのだが、良清が、我が物のように言っていたとこも、気に障ることであり、年頃、望みをかけていたらしいのを、目の前で、がっかりさせるのも、気の毒に思う。
もし、先方から、進んでくるなら、そういう建前にして、目立たぬように、事を運ぶことだと、思う。が、女の方は、身分の高いお方以上に、お高く留まっていて、じらすような態度である。お互いに、根競べのように、日が過ぎてゆく。





京の事を、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひ聞え給ひて、「いかにせまし。戯れにくくもあるかな。忍びてや迎へ奉りてまし」と思し弱る折々あれど、「さりともかくてやは年を重ねむ。今さらに人わろき事をば」と思ししづめたり。




京の事が、このように、須磨の関より、さらに遠くに流れてきた今は、ますます、心にかかり、どうしたものか、本当に、戯れにくき、まで、恋しいことだ。いっそのこと、内緒で、呼び迎えることにしょうかと、気弱いことを、考えることもある。
いくらなんでも、ここで、年を重ねることは、ないだろう。今になって、外聞きの悪いことなどと、思い返すのである。


次第に、源氏が、入道の娘に、惹かれはじめているのである。
そして、人目や、良清の手前、相手から、進んできたように、見せるのがいいと、思う。

戯れにくい、相手なのであるが、逆に、逢いたくなるのである。




その年、おほやけに、物のさとし頻りて、もの騒がしきこと多かり。三月十三日、雷鳴りひらめき、風雨騒がしき夜、帝の御夢に、院の帝、お前の御階の下に立たせ給ひて、御気色いとあしうて睨み聞えさせ給ふを、かしこまりておはします。聞えさせ給ふことども多かり。源氏の御事なりけむかし。
「いと恐ろしう、いとほし」と思して后に聞えさせ給ひければ、大后「雨など降り、空乱れたる夜は、思ひなしなる事はさぞ侍る。軽々しきやうに、思しおどろくまじき事」と聞え給ふ。




その年、朝廷では、神のおさとしが、引き続いて、物騒がしい事が多かった。
三月十三日、雷が鳴り響き、雨風の強い夜のこと、陛下の夢に、故上皇陛下が、お前の階段の下にお立ちあそばして、大変機嫌の悪い様子で、睨んでいるのを、陛下は、畏まり、見ていた。そして、色々な、仰せがあった。源氏のことでしたのでしょう。
大変、恐ろしく、また、気の毒にも思し召して、大后に申し上げると、后は、雨などが降り、天候が乱れている夜には、心の中にあることが、夢に見えるものです。軽々しく、驚きあそばすものでは、ありません、と、仰る。


源氏の御事なりむかし。
これは、作者の言葉である。



睨み給ひしに見合はせ給ふと見しけにや、御目わづらひ給ひて、絶え難うなやみ給ふ。御つつしみ、内にも宮にも限りなくせさせ給ふ。太政大臣亡せなやみ給ふ。道理の御齢なれど、つきつぎに自ら騒がしき事あるに、大宮もそこはかとなうわづらひ給ひて、程経れば弱り給ふやうなる。内に思し嘆く事さまざまなり。主上「なほこの源氏の君、まことに犯しなきにて、かく沈むならば、必ずこの報いありなむとなむ覚え侍る。今はなほ本の位をも賜ひてむ」と、たびたび思し宣ふを、大后「世のもどき軽々しき様なるべし。罪に愧ぢて都を去りし人を、三年をだに過さずゆるされむことは、世の人もいかが言ひ伝へ侍らむ」など、后固くいさめ給ふに、思し憚る程に、月日重なりて、御なやみどもさまざまに重なりまさらせ給ふ。





お睨みになったとき、眼を見合わせたせいか、眼病を患い、堪えきれないほど、苦しんだ。物忌みの行事が、宮中でも、皇太后宮でも、あらん限りに、執り行われた。そんな折に、太政大臣が、亡くなる。お年からいえば、当然であるが、次々と、穏やかならぬことが、自然に起こる上に、大后も、病の床につかれた。日が経つほどに、衰弱するので、主上も、あれこれと、嘆きが多い。
矢張り、源氏の君が、真実犯した罪もなくて、逆境に苦しんでいるならば、必ずその報いがあるだろうと、思われます。この上は、元の地位を与えましょうと、度々、仰せになる。
だが、大后は、世間でも、軽々しいと、陰口を申すことでしょう。罪を恐れて、都を去った人を、三年も、過ぎないうちに、許しては、世の人は、どのように、言うでしょう、などと、大后が、固く、諌めるので、ためらううちに、月日が経ち、共に、病気が、重くなっていった。


当時、流罪人は、六年以内は、任官せず、その咎に及ばずとても、三年以内は、任官しないとある。

しかし、物語は、源氏を許さないことで、陛下と大后の病が重くなると、進める。
源氏物語の、主人公は、源氏である。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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