2009年09月03日

伝統について 33

剣刀 諸刃の利きに 足踏みて 死なば死ぬとて 君に依りなむ

つるぎたち もろはのときに あしふみて しなばしぬとて きみによりなむ

剣の鋭い諸刃を、足で踏んで死ぬとも、あなたに頼って生きます。

熱烈な、恋の告白である。
死ぬなら、死にますという、激しさ。


吾妹子に 恋ひし渡れば 剣刀 名の惜しけくも 思ひかねつも

わがもこに こひしわたれば つるぎたち なのおしけくも おもひかねつも

吾が妹子に、恋続けると、剣太刀の、名が惜しいことも、忘れるほどだ。

恋は、男の命の、剣さえも、忘れさせる。
良いことである。
平和だ。

戦争するより、恋を生きる方が、真っ当である。

朝月の 日向黄楊櫛 旧りぬれど 何しか君が 見れど飽かざらむ

あさつきの ひむかつげくし ふりぬれど なにしかきみが みれどあかざらむ

朝月の、日向の、黄楊櫛のように、古くはないが、どうして、あなたを、見飽きるということが、あろうか。

日向の、黄楊櫛は、珍重されて、古くなるまで、使用するのだ。

好きな人を、見れど飽きないというのは、いつの時代も、そうである。

ずっーと、あなたを、見詰めていたいのである。

里遠み 恋ひうらぶれぬ 真澄鏡 床の辺去らず 夢に見えこそ

さととおみ こひうらぶれぬ まそかがみ とこのへさらず いめにみえこそ

あなたの、里が遠いゆえに、恋心が、うらぶれる、つまり、萎えてしまう。
真澄鏡のように、いつも、床のべの、つまり、眠っている間に、姿を見せて欲しい。

逢えないことが、辛いのである。
恋が萎える、つまり、情熱を失うのではない。
その、情熱が、冷めるのが、怖いのである。

いつの時代も、遠くの恋人は、愛しいものだ。
それは、現代と、万葉時代の人も、変わらないのである。

真澄鏡 手に取り持ちて 朝な朝な 見れども君は 飽くこともなし

ますかがみ てにとりもちて あさなあさな みれどもきみは あくこともなし

真澄鏡を、手に取って、毎朝見るように、いつ見ても、あなたを、見飽きるということはない。

好きな相手を、見飽きるということは、恋が冷めてしまうということ。


夕されば 床の辺去らぬ 黄楊枕 何しかと汝は 主待ちがてに

ゆうされば とこのへさらぬ つげまくら いつしかなは ぬしまちがてに

夕方になると、床のべ、寝床を去らぬ、枕である。
いつまで、お前は、主を待ちかねているのか。

といいつつ、自分が、待つのである。

恋する者の、心は、今も、昔も、変わらないのである。


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2009年11月13日

もののあわれ 413

須磨

源氏、二十六歳の三月から、二十七歳の三月まで。
自ら、身を引き、都から、去るのである。

世の中いとわづらはしく、はしたなき事のみ増されば、「せめて知らず顔にありへても、これより増さる事もや」と思しなりぬ。かの須磨は、「昔こそ人の住みかなどもありけれ、今は、いと里離れ心すごくて、海女の家だにまれに」など聞き給へど、人しげくひたたけたらむ住まひは、いと本意なかるべし、さりとて都を遠ざからむも、ふる里おぼつかなかるべきを、人わるくぞ思し乱るる。




世の中が、実に、うるさくて、煩わしい事ばかりであり、無理しても、また、気づかない振りをして、日々を送っても、もっと酷いことがあるかもしれないと、考えるようになった。
あの、須磨の地は、昔は、住む家などもあったが、今は、住む者も少なく、寂しい限りで、漁師の家も、ほとんどないと、耳にされる。
しかし、人が多く出入りするような、住いは、きっと、行ったかいがないと・・・
だが、また、都から、遠ざかると、都のことが、気にかかるだろうと、傍の目が気に成る程、迷うのである。

人わるくぞ思し乱るる
人の目から、見ても、解るほど、迷うのである。



よろづの事、来し方行く末思ひ続け給ふに、悲しき事いとさまざまなり。憂きものと思ひ捨てつる世も、今はと住み離れなむ事を思すには、いと捨てがたき事多かる中にも、姫君の明け暮れにそへては思ひ嘆き給へるさまの心苦しうあはれなるを、行きめぐりてもまたあひ見む事を必ずと思さむにてだに、なほ一二日のほど、よそよそに明かし暮らす折々だに、おぼつかなきものにおぼえ、女君も心細うのみ思ひ給へるを、「いくとせその程と限りある道にもあらず、あふを限りに隔たり行かむも、定めなき世に、やがて別るべき門出にもや」といみじうおぼえ給へば、「忍びいもろともにもや」と思し寄る折りあれど、「さる心細からむ海づらの、波風よりほかに立ちまじる人もなからむに、かくらうたき御さまにて、引き具し給へらむもいとつきなく、わが心にもなかなか物思ひのつまなるべきを」など思し返すを、女君は、「いみじからむ道にも、おくれ聞えずだにあらば」とおもむけて、恨めしげに思いたり。





何から、何まで、今までの栄華と、将来の苦労を思うと、今は、ここから、遠く離れようと、思う。
捨て去りにくいことは、多々あるが、その中でも、姫君が、世の明けるにつけ、日の暮れるにつけて、嘆く様子が、気の毒である。
それを思うと、胸が締め付けられる。
が、いったん、別れても、また、逢うことがあると思う。と、だが、一日、二日、別々に、日を送る場合でも、気にかかって、しょうがない。
女君も、心細く思うだろう。
この度は、何年と、期限をきった、別居でもなく、再会するまで、別れているというもの。
無常な、この世のこと、そのまま、永久に、逢うことのない、旅立ちにもなるのではないかと、悲しく思うのである。
見つからないように、一緒に連れて行こうかとも、考えるときもある。
だが、あんな、物寂しい海岸。波風より、他に訪れるものもない所に、こんな、いじらいし女君を、連れてゆくとしたら、土地にも、合わず、自分としても、気苦労の種になるに、違いないと、思い直す。
女君は、どんなに、辛い旅でも、連れて行ってくだされば、と、心のほどを、口にして、恨めしい思いに浸るのである。






かの花散里にも、おはし通ふ事こそまれなれ、心細くあはれなる有様を、この御かげに隠れてものし給へば、思し嘆きたるさまも、いとことわりなり。なほざりにても、ほのかに見奉り通ひ給ひし所々、人知れぬ心をくだき給ふ人ぞ多かりける。入道の宮よりも、「物の聞えやまたいかがとりなさむ」と、わが御ためつつましけれど、忍びつつ御とぶらひ常にあり。「昔かやうにあひ思し、あはれをも見せ給はましかば」と、うち思ひ出給ふに、「さもさまざまに、心をのみつくすべかりける人の御契りかな」と、つらく思ひ聞え給ふ。





あの、花散里の所にも、通われることは、稀だったが、女君は、心細く、ひっそりとした暮らしをしながら、源氏の庇護に頼って、生活しているゆえ、心では、嘆くのである。それも無理は無い。
かりそめの関係で、少し逢い、通った方々で、一人ひそかに、心を痛める人が、多かった。
入道の宮からも、世間では、今改めて、どんな取りざたをするのかと、自分のためには、憚られるが、人目を忍んで、お手紙が、多々ある。
昔、このように、自分と同じ思いをして、あれこれにつけて、物思いの限りを味わう、宿縁の、二人だとは、と、辛く思い、申し上げる。




三月はつかあまりの程になむ、都離れ給ひける。人に今としも知らせ給はず、ただいと近う仕うまつり慣れたる限り七八人だかり御供にて、いとかすかに出で立ち給ふ。さるべき所々に御文ばかり、うち忍び給ひしにも、あはれと忍ばるばかり尽くい給へるは、見所もありぬべりしかど、その折りのここちのまぎれに、はかばかしうも聞え置かずなりにけり。





三月二十日過ぎの頃、都を離れた。
誰にも、出発は、知らせず、こぐお傍近くに仕えていた者を、七、八人ばかりを供に、目立たぬように、出発された。
お知らせすべき方々の所へは、消息だけを、ひっそりと、お遣わしになった。
そして、作者の観想である。

その中には、胸痛く、君を思う、言葉を尽くして、お書きになったものは、素晴らしい書き物も、あったに、違いないが、その折の悲しみに、溺れてしまい、聞いておかないままになってしまったのである。

あはれと忍ばるばかり尽くい給え

あはれ、という言葉に、諸々の思いを、託して使うのである。

あはれ、と、忍ぶばかり、ただ、心を尽くしたもの。


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2009年11月14日

もののあわれ 414

須磨

源氏、二十六歳の三月から、二十七歳の三月まで。
自ら、身を引き、都から、去るのである。

世の中いとわづらはしく、はしたなき事のみ増されば、「せめて知らず顔にありへても、これより増さる事もや」と思しなりぬ。かの須磨は、「昔こそ人の住みかなどもありけれ、今は、いと里離れ心すごくて、海女の家だにまれに」など聞き給へど、人しげくひたたけたらむ住まひは、いと本意なかるべし、さりとて都を遠ざからむも、ふる里おぼつかなかるべきを、人わるくぞ思し乱るる。




世の中が、実に、うるさくて、煩わしい事ばかりであり、無理しても、また、気づかない振りをして、日々を送っても、もっと酷いことがあるかもしれないと、考えるようになった。
あの、須磨の地は、昔は、住む家などもあったが、今は、住む者も少なく、寂しい限りで、漁師の家も、ほとんどないと、耳にされる。
しかし、人が多く出入りするような、住いは、きっと、行ったかいがないと・・・
だが、また、都から、遠ざかると、都のことが、気にかかるだろうと、傍の目が気に成る程、迷うのである。

人わるくぞ思し乱るる
人の目から、見ても、解るほど、迷うのである。



よろづの事、来し方行く末思ひ続け給ふに、悲しき事いとさまざまなり。憂きものと思ひ捨てつる世も、今はと住み離れなむ事を思すには、いと捨てがたき事多かる中にも、姫君の明け暮れにそへては思ひ嘆き給へるさまの心苦しうあはれなるを、行きめぐりてもまたあひ見む事を必ずと思さむにてだに、なほ一二日のほど、よそよそに明かし暮らす折々だに、おぼつかなきものにおぼえ、女君も心細うのみ思ひ給へるを、「いくとせその程と限りある道にもあらず、あふを限りに隔たり行かむも、定めなき世に、やがて別るべき門出にもや」といみじうおぼえ給へば、「忍びいもろともにもや」と思し寄る折りあれど、「さる心細からむ海づらの、波風よりほかに立ちまじる人もなからむに、かくらうたき御さまにて、引き具し給へらむもいとつきなく、わが心にもなかなか物思ひのつまなるべきを」など思し返すを、女君は、「いみじからむ道にも、おくれ聞えずだにあらば」とおもむけて、恨めしげに思いたり。





何から、何まで、今までの栄華と、将来の苦労を思うと、今は、ここから、遠く離れようと、思う。
捨て去りにくいことは、多々あるが、その中でも、姫君が、世の明けるにつけ、日の暮れるにつけて、嘆く様子が、気の毒である。
それを思うと、胸が締め付けられる。
が、いったん、別れても、また、逢うことがあると思う。と、だが、一日、二日、別々に、日を送る場合でも、気にかかって、しょうがない。
女君も、心細く思うだろう。
この度は、何年と、期限をきった、別居でもなく、再会するまで、別れているというもの。
無常な、この世のこと、そのまま、永久に、逢うことのない、旅立ちにもなるのではないかと、悲しく思うのである。
見つからないように、一緒に連れて行こうかとも、考えるときもある。
だが、あんな、物寂しい海岸。波風より、他に訪れるものもない所に、こんな、いじらいし女君を、連れてゆくとしたら、土地にも、合わず、自分としても、気苦労の種になるに、違いないと、思い直す。
女君は、どんなに、辛い旅でも、連れて行ってくだされば、と、心のほどを、口にして、恨めしい思いに浸るのである。






かの花散里にも、おはし通ふ事こそまれなれ、心細くあはれなる有様を、この御かげに隠れてものし給へば、思し嘆きたるさまも、いとことわりなり。なほざりにても、ほのかに見奉り通ひ給ひし所々、人知れぬ心をくだき給ふ人ぞ多かりける。入道の宮よりも、「物の聞えやまたいかがとりなさむ」と、わが御ためつつましけれど、忍びつつ御とぶらひ常にあり。「昔かやうにあひ思し、あはれをも見せ給はましかば」と、うち思ひ出給ふに、「さもさまざまに、心をのみつくすべかりける人の御契りかな」と、つらく思ひ聞え給ふ。





あの、花散里の所にも、通われることは、稀だったが、女君は、心細く、ひっそりとした暮らしをしながら、源氏の庇護に頼って、生活しているゆえ、心では、嘆くのである。それも無理は無い。
かりそめの関係で、少し逢い、通った方々で、一人ひそかに、心を痛める人が、多かった。
入道の宮からも、世間では、今改めて、どんな取りざたをするのかと、自分のためには、憚られるが、人目を忍んで、お手紙が、多々ある。
昔、このように、自分と同じ思いをして、あれこれにつけて、物思いの限りを味わう、宿縁の、二人だとは、と、辛く思い、申し上げる。




三月はつかあまりの程になむ、都離れ給ひける。人に今としも知らせ給はず、ただいと近う仕うまつり慣れたる限り七八人だかり御供にて、いとかすかに出で立ち給ふ。さるべき所々に御文ばかり、うち忍び給ひしにも、あはれと忍ばるばかり尽くい給へるは、見所もありぬべりしかど、その折りのここちのまぎれに、はかばかしうも聞え置かずなりにけり。





三月二十日過ぎの頃、都を離れた。
誰にも、出発は、知らせず、こぐお傍近くに仕えていた者を、七、八人ばかりを供に、目立たぬように、出発された。
お知らせすべき方々の所へは、消息だけを、ひっそりと、お遣わしになった。
そして、作者の観想である。

その中には、胸痛く、君を思う、言葉を尽くして、お書きになったものは、素晴らしい書き物も、あったに、違いないが、その折の悲しみに、溺れてしまい、聞いておかないままになってしまったのである。

あはれと忍ばるばかり尽くい給え

あはれ、という言葉に、諸々の思いを、託して使うのである。

あはれ、と、忍ぶばかり、ただ、心を尽くしたもの。


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2009年11月17日

もののあわれ 417

そちの宮、三位中将などおはしたり。対面し給はむとて、御直衣など奉る。源氏「位なき人は」とて、無紋の直衣、なかなかいとなつかしきを着給ひてうちやつれ給へる、いとめでたし。御鬢かき給ふとて、鏡台に寄り給へるに、面やせ給へる影の、われながらいとあてに清らなれば、源氏「こよなうこそおとろへにけれ。この影のやうにや、やせて侍。あはれなるわざかな」と宣へば、女君、涙を一目うけて見おこせ給へる、いと忍び難し。

源氏
身はかくて さすらへぬとも 君があたり 去らぬ鏡の かけは離れじ

と聞え給へば、

紫の上
わかれても 影だにとまる ものならば 鏡を見ても 慰めてまし

柱がくれに居隠れて、涙を紛らはし給へるさま、なほここら見る中に類なかりけり、と思し知らるる人の御有様なり。
親王は、あはれなる御物語り聞え給ひて、募るる程に帰り給ひぬ。






そちの宮や、三位の中将などが、いらした。
お会いになろうと、おんのうしなどを、お召しになる。
無位無官のものは、と、無紋のなおしの、かえって美しく感じられるものを、召して、質素にした姿は、実に見事である。
おぐしを、なでつけようと、鏡に向かわれると、面やつれた姿が、我ながらも、品があり、綺麗である。
源氏は、すっかり、やつれてしまった。本当に、映っているほど、痩せているのか。悲しいことだと、おっしゃると、女君は、涙をためて、ご覧になる。
その姿も、忍び難いものである。

源氏
我が身は、このうよに、流れてゆこうとも、あなたの、お傍を離れぬように、鏡に映る姿のように、私は、思い続ける。
と、おっしゃる。

紫の上
お別れしても、影になり、留まりますならば、鏡を見ても、一人で、慰めることもできますが・・・
柱の影に隠れて、座り、涙を見せまいとしている姿は、矢張り、多く出会った女の中でも、類ないと、思うのである。
親王は、しんみりとした、お話をされて、日の暮れるまで、別れを惜しんで、お帰りになった。






花散里の心細げに思して、常に聞え給ふもことわりにて、「かの人も今ひとたび見ずはつらしとや思はむ」と思せば、その夜はまた出で給ふものから、いともの憂くて、いたう更かしておはしたれば、女御、「かくかずまへ給ひて、立ち寄らせ給へること」と、喜び聞え給ふさま、書き続けむもうるさし。いといみじう心細き御有様、ただこの御陰に隠れて過ぐい給へる年月、いとど荒れまさらむ程思しやられて、殿の内いとかすかなり。月おぼろにさし出でて、池広く山木深きわたり、心細げに見ゆるにも、住み離れたらむ巌の中思しやられる。




花散里が、心細く思い、常に、お便りを、差し上げることも、無理からぬことで、あちらにも、今一度、会っておかなければ、薄情と思うだろうと、考えて、その夜も、また、外出なさる。だが、億劫で、たまらない。
ひどく遅くになり、いらっしゃると、姉の女御も、このように、人並みに、扱っていただき、お越しくださるとはと、お礼を申し上げたことなども、書き続けるのも、煩わしい。
とても、心細く、ひとえに、この君の庇護に隠れて過ごしていられた、これまでのこと。いよいよ、荒れてゆきそうな、これからのことが、思われるほど、屋敷内も、ひっそりとしている。
月が、朧に差し出て、池広く、木々の、深いあたりが、心細く見えるにつけても、都を離れた後の、巌の中を、思うのである。




西表は、「かうしも渡り給はずや」と、うち屈して思しけるに、あはれ添へたる月影の、なまめかしうしめやかなるに、うちふるまひ給へるにほひ、似るものなくて、いと忍びやかに入り給へば、すこしいざり出でて、やがて月を見ておはす。またここに御物語りの程に、明け方近うなりにけり。




西の座敷では、こんにまでしても、お出でくださらないだろうと、諦めていた。
あはれ添えたる月影、とは、実に見事な表現である。
しみじみとした、月影、月の光である。
柔らかくて、しっとりとした、その光の中で、身動きされると、匂う香りも、似るものなく、素晴らしいのである。
静かに、お入りになる。
女は、にじり出て、そのまま、月を見つめている。
また、ここで、お話しているうちに、明け方近くになったのである。





源氏「みじか夜の程や。かばりの対面もまたはえしもやと思ふこそ、事なしにて過ぐしつる年頃も悔しう、来し方行く先の例になるべき身にて、なにとなく心のどまる世なくこそありけれ」と、過ぎにし方の事ども宣ひて、鳥もしばしば鳴けば、世につつみて急ぎ出で給ふ。例の、月の入りはつる程、よそへられて、あはれなり。女君の濃き御衣にうつりて、げに「ぬるる顔」なれば、


月影の やどれる袖は せばくとも とめても見ばや あかぬ光を


いみじとおぼいたるが、心苦しければ、かつは慰め聞え給ふ。

源氏
行きめぐり つひにすむべき 月影の しばし曇らむ 空なながめそ


思へばはかなしや。ただ、知らぬ涙のみこそ、心をくらすものなれ」など宣ひて、明けぐれの程に出で給ひぬ。




源氏は、短い夜だ。これくらいの、逢瀬も、もう一度となると、難しいと思われる。何事なく過ごしてしまった、これまでが、残念である。
今までも、これからも、話の種にされるだろう、私のことで、何となく、落ち着く暇がなかった、と、昔のことを、あれこれと、お話されるうちに、鳥も、しきりに鳴く。
世間を、気にして、急いで、お帰りになるのである。
例の如く、月の入り際に、たとえられて、あはれなり、つまり、胸が詰まるのである。
女君の濃いお召し物に、月の光が、映えて、そのまま、濡れる顔になるので、


月の光の宿る、私の袖は、狭いのですが、お引止めしたいのです。いつまでも、見ることの飽きない、あなた様の、姿を。

大変悲しく思う様が、気の毒である。悲しいことだが、慰める。

源氏
行きめぐっても、ついには、晴れて、この家に宿る、月の光。しばらく、陰っても、悲しむなかれ。

思えば、儚いこと。
ただ、行くへも知らぬ涙だけが、心を曇らせる元なのです。などと、おっしゃり、明けてくる光の頃に、お帰りになった。

知らぬ涙のみこそ、心をくらすものなれ
行く先を知らぬことが、悲しいのである。
しかし、人は、明日のことは、知らない。知らないゆえにこそ、生きられもするのである。

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2009年11月18日

もののあわれ 418

よろづの事どもしたためさせ給ふ。親しう仕うまつり、世になびかぬ限りの人々、殿の事とり行なふべき上下定め置かせ給ふ。御供に慕ひ聞ゆる限りは、また選り出で給へり。かの山里の御すみかの具は、えさらずとり使ひ給ふべきものども、ことさら装ひもなくことそぎて、またさるべき書ども文集など入れたる箱、さては琴一つぞ持たせ給ふ。所せき御調度、はなやかなる御装ひなど、さらに具し給はず、あやしの山がつめきてもてなし給ふ。侍ふ人々よりはじめ、よろづの事、みな西の対に聞えわたし給ふ。領じ給ふ御荘、御牧よりはじめて、さるべき所々の券など、みな奉りおき給ふ。それよりほかの御倉町、納殿などいふ事まで、少納言をはかばかしきものに見置き給へれば、親しき家司ども具して、しろしめすべきさまども宣ひあづく。わが御方の中務、中将などやうの人々、つれなき御もてなしながら、「見奉る程こそ慰めつれ、何事につけてか」と思へども、源氏「命ありてこの世にまた帰るやうもあらむを、待ちつけむと思はむ人は、こなたに侍へ」と宣ひて、上下みなまうのぼらせ給ふ。若君の御乳母たち、花散里などにも、をかしきさまのはさるものにて、まめまめしき筋に思し寄らぬことなし。






すべての事を、整理される。
親しく、お仕えし、世の中に、動じない人ばかりを、お邸のことを、執り行う、上役、下役として、決めてゆくのである。
お供は、御願いする者の中から、更に、選ばれた。
山里の暮らしの道具は、どうしても、必要とする品々を、特に飾りもなく、質素にして、更に、適当な漢籍、白氏文集などの入った箱、そのほかには、琴一つを、お持ちになる。
見栄えのする道具や、派手なお召し物などは、一つも持たない。身分のない山里人のような感じである。
お付の、女房たちをはじめとして、何から何まで、西の対に、お譲りになる。
所有の荘園、牧場をはじめ、適当と、思われる、あちこちの、領地の証書なども、すべて、お渡しして、行くのである。
それ以外の、お倉町や、納殿などというところまで、少納言を見込んで、更に信頼する家司たちをつけて、紫の上が、御支配する方法などを、少納言に、教えて、預ける。
ご自分の、お部屋付きの、中務、中将という人たちは、内々のことで、お傍にいるからこそ、心安らいだのだ。これからは、一体、何によってと、思うのである。
源氏は、命あって、この都に、再び帰ることもあろうから、待っていたいものは、西の対にいなさいと、おっしゃり、上も下も、女房を、すべて、そちらに、まわすのである。
若君の乳母たち、花散里などにも、風情あるものから、何まで、気のつかないことが無い。


つれなき御もてなしながら
熱意のあるものではないが、つまり、源氏の存在があればこその、彼らの存在感であるという。だが、解雇することはない。
色好みの、源氏の中にある、やさしさを、書き綴る。
薄情なものではないのだ。





ないしのかみの御もとに、わりなくして聞え給ふ。源氏「とはせ給はぬも、ことわりに思ひ給へながら、今はと世を思ひはつる程の憂さもつらさも、類なきことにこそ侍りけれ。

あふ瀬なき 涙の川に 沈みしや 流るるみをの はじめなりけむ

と思ひ給へ出づるのみなむ、罪のがれ難う侍りける」。道の程もあやふければ、こまかには聞え給はず。女いといみじう覚え給ひて、忍び給へど、遠袖よりあまるも所狭うなむ。

尚侍
涙川 うかぶ水泡も 消えぬべし 流れてのちの 瀬をも待たずて

泣く泣く乱れ書き給へる御手いとをかしげなり。「今一たび対面にくてや」と思すは、なほ口惜しけれど、思し返して、憂しと思しなすゆかり多うて、おぼろげならず忍び給へば、いとあながちにも聞え給はずなりぬ。





ないしの、もとにも、無理をして、お便りされる。
源氏は、お手紙を下さらないのも、無理はないと、思いますが、いざ、この生活を捨てる間際の、憂き辛さ。いずれも、たとえようも無いことです。

逢える瀬のない、涙の川に、嘆いて沈むのです。流れ行く身の、はじめでしょうか。

そのように、思い出すことだけが、罪も避けられないことでしょう。
お手元に、届くまでも、危ういこと。詳しくは、申し上げない。
女君も、たいそう辛く思われて、こらえるが、袖をこぼれる涙は、どうしようもない。

尚侍
涙川に浮かぶ、うたかたの私は、消えてゆくでしょう。流れて後の、会う瀬も、待たずに。

泣く泣く、心乱れて、書き綴る、筆跡は、見事である。
もう一度、会うこともなくと、思うのである。
矢張り、残念なこと。思い直して、嫌なやつだと思う、縁者が多く、真面目に人目を忍んでいるゆえに、無理に、お手紙を差し上げないのである。

憂しと 思しなす ゆかり 多うて
嫌だと、思う、縁者が、多い。
ゆかり、とは、縁するものである。

事のゆかり、などという、表現は、現代では、物の言われを言う。


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2009年11月19日

もののあわれ 419

明日とての暮れには、院の御墓をがみ奉り給ふとて、北山へ参うで給ふ。暁かけて
月出づる頃なれば、まづ入道の宮に参うで給ふ。近き御簾の前に御座まいりて、御みづから聞えさせ給ふ。東宮の御事を、いみじううしろめたきものに思ひ聞え給ふ。かたみに心深きどちの御物語りは、よろづあはれまさりけむかし。





明日、出発という日の、夕暮れ、院のお墓にお参りされるとあって、北山に、参拝された。
夜明け近く、月が出る頃で、先に、入道の宮の御所に、伺う。
お傍近い、御簾の前に、お座席をしつらえて、宮自身が、直接お話される。
東宮のことを、大変気がかりに思っている。
お互いに、考え深いもの同士の、話は、よろづあはれまさりけむかし、つまり、すべてのことに、あはれ、ある、ものだっただろうと、語る作者である。

この、あはれ、は、深く話し合うことである。
あはれ、極まるという。




なつかしうめでたき御けはひの昔に変はらぬに、つらかりし御心ばへもかすめ聞えさせまほしけれど、今さらにうたてと思さるべし、わが御心にも、なかなか今一際乱れまさりぬべければ、念じ返して、ただ、源氏「かく思ひかけぬ罪にあたり侍るも、思う給へあはする事の一ふしになむ、そらも恐ろしう侍る。惜しげなき身に亡きになしても、宮の御世だに事なくおはしまさば」とのみ聞え給ふぞことわりなるや。宮も、みな思し知らるる事にしあれば、御心のみ動きて聞えやり給はず。大将、よろづの事かき集め思し続けて泣き給へる気色いと尽きせずなまめきたり。源氏「御山に参り侍るを、御言づてや」と聞え給ふに、とみに物も聞え給はず。わりなくためらひ給ふ御気色なり。

入道の宮
見しはなく あるは悲しき 世のはてを 背きしかひも なくなくぞふる

いみじき御心まどひどもに、思し集むる事どもも、えぞ続けさせ給はぬ。

源氏
別れしに 悲しきことは 尽きにしを またぞこの世の 憂さはまされる





やさしく、ご立派な様子が、昔と変わらない。
お許しくださらなかったことを、それとなく、お恨み申し上げてみたくなるが、今更では、嫌なことだと、思われるだろう。
ご自身も、今いっそうの、心の乱れも、増す様子。それを、こらえて、ただ、源氏は、このように、思いがけない罪を受けましたこと、思い当たることが、一つありますが、それは、天に対しても、恐ろしいこと。どうでもない私などにしても、東宮の御代さえ、何事もなくあればと、それだけを、申し上げる。
もっともである。
宮も、思い当たることなので、お心が騒ぐ。何も、おっしゃらない。
大将は、何もかも、一切を思い続けて、涙を流される様子。
それが、限りなく、美しいのである。

入道の宮
お仕えした、院はなく、生きている、あなたは、悲しい運命です。
悲運の限りを、出家のかいもなく、涙で、暮らします。

お心乱れて、二人共に、心に浮かぶあれこれを、うまく、歌に出来ないのである。

源氏
亡き院との、お別れで、悲しいことは、終わったはずでした。しかし、更に、この世の憂さは、勝るもの。




月まち出でて出で給ふ。御供にただ五六人ばかり、下人もむつまじき限りして、御馬にてぞおはする。さらなる事なれど、ありし世の御ありきに異なり。皆いと悲しう思ふなり。中にはかの御禊の日、仮の御随身にて仕うまつりし右近のぞうの蔵人、得べきかうぶりもほど過ぎつるを、つひに御簡けづられ、官も取られてはしたなければ、御供に参るうちなり。賀茂の下の御社を、かれと見わたす程、ふと思ひ出でられて、おりて御馬の口をとる。

右近
ひき連れて 葵かざしし そのかみを 思へばつらし 賀茂のみづがき

といふを、「げにいかに思ふらむ。人よりけに花やかなりしものを」と思すも心苦し。君も御馬よりおり給ひて、御社のかた拝み給ふ。神にまかり申し給ふ。

源氏
うき世をば 今ぞ別るる とどまらむ 名をばただすの 神にまかせて

と宣ふさま、物めでする若き人にて、身にしみしてあはれにめでたしと見奉る。






月の出るのを、待って、お出かけになる。
お供には、五六人ばかり、下仕えの者も、親しい者だけを連れて、馬で出かける。
今更、言うまでも無いが、昔の、出歩きと違い、誰も、大変悲しく思う。
中でも、あの禊の日、臨時の御随身として、お仕えした、右近の丞の蔵人は、得るはずの位も得られず、時期は過ぎたが、とうとう、殿上からも、除籍され、官職も免じられて、世間に顔向けができないゆえ、お供の一人となった。
下賀茂の社が、見渡せる場所で、ふと思い出し、降りて、馬の口をとる。

右近
ご一緒して、葵をかざした、あの当時を思います。恨めしくもある、賀茂のみやしろでございます。

と言うのを、源氏も、本当に、どう思うだろう。人よりは、一際、華やかだったものをと、思う。堪らない気持ちである。
源氏も、馬から下りて、社の方を、拝む。
神に、暇乞いを申し上げる。

源氏
辛い、この世を、ただ、今離れて、後に残る噂は、ただすの神の、お心にお任せします。

とおっしゃると、右近は、感じやすい若者ゆえに、心の底から、しみじみと、立派であると、拝するのである。

身にしみて あはれ に めでたしと 見奉る
お供の者たちが、源氏の、姿を、あはれ、めでたしと、拝するのである。
あはれ、に、しみじみ、と、訳している。

心の様々な表情を、あはれ、と言う言葉に託すのである。



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2009年11月20日

もののあわれ 420

御山に参うで給ひて、おはしましし御有様、ただ目の前のやうに思し出でらる。限りなきにても、世になくなりぬる人ぞ、言はむかたなく口惜しきわざなりける。よろづの事を泣く泣く申し給ひても、そのことわりをあらはにえ承り給はねば、「さばかり思し宣はせしさまざまの御遺言は、いづちか消えうせにけむ」と、言ふかひなし。





御陵に、参拝されて、ご生存中の、ご様子が、まざまざと、目のあたりに思われる。
どんな地位の方でも、この世を去られた御方は、話にならない、つまらぬことである。
何かを泣く泣く、申し上げても、その是非の判断を、たまわることも出来ない。あれほどに、心配して、仰せられた多くの遺言は、どこに、消えてしまったのかと、いうことも、甲斐がないのである。





御墓は、道の草茂くなりて、分け入り給ふ程いとど露けきに、月も雲隠れて、森の木立深く心すごし。帰り出でむかたもなきここちして、拝み給ふに、ありし御面影、さやかに見え給へる、そぞろ寒き程なり。


源氏
なきかげや いかが見るらむ よそへつつ 眺むる月も 雲隠れぬる




お墓は、道の草が茂り、分け入るが、露も増えてゆく。
月も雲に隠れ、森の木立は、うっそうとして、胸が締め付けられる思いである。
帰る方向も、わからなくなりそうであり、拝むときに、ご生前の姿が、はっきりと、見えた。
ぞっとする、ほどだった。

源氏
亡き父は、どのように、ご覧になっているだろうか。
お姿と、仰ぐ月も、雲に隠れてしまった。





明けはつる程に帰り給ひて、東宮にも御消息聞え給ふ。王命婦を御かはりにて侍はせ給へば、そのつぼねに、とて、源氏「今日なむ都離れ侍る。また参り侍らずなりぬるなむ、あまたの憂へにまさりて思う給へられ侍る。よろづおしはかりて啓し給へ。

いつかまた春の都の花を見む時うしなへる山がつにして」




すっかりと、夜の明けた頃に、お帰りになり、東宮にも、ご挨拶申し上げる。
王命婦を代理として、付き添わせているので、そのお部屋にあてて、源氏は、今日、都を離れます。二度と参上いたさずに、終わりましたことに、何事にもまして、切なく思われます。すべて、想像されて、よしなに、申し上げてください。

いつかまた、春の都の花を見ることも、ありましょうか。時に、見捨てられた、この、山賎の身にして。


王命婦は、藤壺の後を慕い、出家している。つまり、これは、作者の誤りか。
または、別の命婦か。





桜の散り過ぎたる枝につけ給へり。命婦「かくなむ」と御覧ぜさすれば、幼き御ここちにも、まめだちておはします。命婦「御返りいかがものし侍らむ」と啓すれば、東宮「しばし見ぬだに恋しきものを、遠くはましていかに、と言へかし」と宣はす。「ものはかなの御返りや」と、あはれに見奉る。あぢきたなき事に御心をくだき給ひし昔の事、折々の御有様思ひ続けらるるにも、物思ひなくてわれも人も過ぐい給ひつべかりける世を、心と思し嘆きけるを、悔しう、わが心ひとつにかからむ事のやうにぞおぼゆる。




それを、桜の花の散った後の、枝に付けた。
命婦は、このようでございますと、ご覧にいれると、幼い心ながら、真剣になっている。
ご返事は、いかがいたしましょうかと、命婦が伺うと、暫く会わなくても、恋しいのに、遠くに行くとは、どんなに、と伝えて、との仰せである。
あっけないほどの返事だと、胸打たれて拝する。
つまらない恋に、心労した昔の事、あの時、この時と、色々と思い出される。何の苦労もなく、自身も、宮も一生を過ごすことができたはずの世を、自ら求めて、苦労したことを、悔しく思い、我が身一人に、責任を感じるのである。

ものはかなの御返りや
あっけない、返事である。
もの はかな の 
もの儚い、である。




御返りは、命婦「さらに聞えさせやの侍らず。おまへには啓し侍りぬ。心細げに思し召したる御けしきもいみじくなむ」と、そこはかとなく。心の乱れけるなるべし。

命婦
咲きてとく 散るは憂けれど ゆく春は 花の都を 立ち帰り見よ

時しあらば」と聞えて、なごりもあはれなる物語りをしつつ、一宮のうち、忍びて泣きあへり。



ご返事は、なんとも、申し上げようもありません。御前には、お話しました。心細く思いあそばしている様子、いたわしゅうと、命婦は、はっきりとせずに言う。
心が乱れていたのだ。

命婦
咲いて、すぐに散るのは、辛いことです。春は、去ってもまた、花の都に、お戻りください。

時が来ませばと、申し上げて、後引き続き、しみじみとした物語をして、御殿の中の者、皆、密かに泣くのである。

なごりもあはれなる物語
名残惜しく、切ないお話をする、のである。




ひと目も見奉る人は、かく思しくづほれぬる御有様を、嘆き惜しみ聞えぬ人なし。まして常に参りなれたりしは、知り及び給ふまじきをさめ、みかはやうどまで、ありがたき御かへりのみ下なりつるを、しばしにても、見奉らぬ程やへむと思ひ嘆きけり。




一目でも、拝見した人は、このように、思い悲しくする様子を、嘆き惜しみ申さない人は、いない。まして、いつも、仕えていた者は、ご存知ない者まで、類稀な御庇護のもとにあったのであり、しばらくでも、拝することがなくなるのかと、思い嘆くのである。

源氏物語の舞台は、宮廷である。
更に、源氏は、天皇の御子である。
それが、今、都を離れて、須磨という、田舎に行くという。
作者は、源氏の、境遇を、貶めて、描く。

華々しい、恋愛物語ではないのである。
つまり、人の生涯というものを、見つめている。
その栄華と、衰退、そして、復帰などなど。
そのも、これも、あはれ、の、風景なのである。

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2009年11月21日

もののあわれ 421

おほかたの世の人も、誰かはよろしく思ひ聞えむ、七つになり給ひしよりこのかた、帝のおまへに夜昼さぶらひ給ひて、奏し給ふ事のならぬはなかりしかば、この御いたはりにかからぬ人なく、御徳をよろこばぬやはありし。やむごとなき上達部、弁官などの中にも多かり。それより下は数知らぬを、思ひ知らぬにはあらねど、さしあたりて、いちはやき世を思ひはばかりて、参り寄るもなし。世ゆすりて惜しみ聞え、下に公をそしり恨み奉れど、身を捨ててとぶらひ参らむにも、「何のかひかは」と思ふにや。かかる折りは人わろく、恨めしき人多く、「世の中はあぢきたなきものかは」とのみ、よろづにつけて思す。




一般の世間の人も、誰が、いい加減に思いましょうか。
七つになられて以来、陛下のお傍に、夜も昼も、お付して、奏上されることで、実現しなかったことはありませんでした。
その庇護に、与らないものはなく、恩恵を喜ばない者は、いなかった。
身分の高い、上達部や、弁官の中にも、多くいる。
それより、下の者たちは、数知れないのだが、それが、皆、解らないわけではない。しかし、この時期に、その厳しい世間の目に、気兼ねして、参上する者は、いない。
世の中の人、皆、惜しみ、心の中で、朝廷を、謗り、恨んだりするが、我が身のことを、考えると、それを無視して、お見舞いに出かけたところで、何の役にも立たないと、思いもする。
このような時には、情けないことだが、酷い人も多く、人間というものは、嫌なものだと、源氏は、思うのである。

よろづにつけて思す
すべてのことに、関して、である。




その日は、女君に、御物語りのどかに聞え暮らし給ひて、例の夜深く出で給ふ。狩りの御ぞなど、旅の穏そひ、いたくやつし給ひて、源氏「月出でにけりな。なほすこし出でて見だに送り給へかし。いかに聞ゆべき事多く積りにけりとおぼえむとすらむ。一日二日たまさかに隔たる折りだに、あやしういぶせきここちするものを」とて、御簾まき上げて、端にいざなひ聞え給へば、女君泣き沈み給へるを、ためらひていざり出で給へる、月影にいみじうをかしげにて居給へり。




その日は、女君、紫の上に、静かにお話をされて、過ごされる。
例のように、夜暗いうちに、お出でになる。
狩り衣など、旅の装束も、大変に質素にされて、月が出てしまった、いくらなんでも、少しは、出て、見送ってください。どんなにか、話したいことがあるか。後で、話したいことが、多かったと思うこと。一日、二日離れていても、不思議なほどに、晴れぬ思いがします、と、御簾を上げて、端の方に、お誘いする。
女君は、泣き沈んでいたところ、気持ちを静めて、出てきた。
月の光に、照らされ、とても、美しい。





「わが身んくてはかなき世を別れなば、いかなるさまにさすらへ給はむ」と、うしろめたく悲しけれど、思し入りたるに、いとどしかるべければ、

源氏
生ける世の 別れを知らで 契りつつ 命を人に 限りけるかな

はかなし」など、あさはかに聞えなし給へば、

紫の上
惜しからぬ 命にかへて 目の前の 別れをしばし とどめてしがな

「げにぞ思さるらむ」と、いと見捨てがたけれど、明けはてなばはしたなかるべきにより、いそぎ出で給ひぬ。




自分が、こうして、明日のことも解らない都を離れてしまったら、どんな生活をすることか、と、気がかりで、悲しいが、思いつめた様子を、見て、益々、酷くなりそうなので、
源氏
生きながらの、別れがあると、気づかずに、命のある限りはと、約束しました。

お話にもなりません、など、軽くおっしゃる。

紫の上
惜しくない、私の命に、替えましても、目の前の、別れを、しばし、留めたいと思います。

本当に、そうであろうと、立ち去りにくいが、夜が明けては、具合が、悪いと、急ぎ、ご出立になる。





道すがら面影につと添ひて、胸もふたがりながら、御船に乗り給ひぬ。日長き頃なれば、追い風さへ添ひて、まだ申の時ばかりに、かの浦に着き給ひぬ。
かりそめの道にても、かかる旅をならひ給はぬここちに、心細さもをかしさもめづらかなり。
おほえどのといひける所は、いたう荒れて、松ばかりぞしるしなる。

源氏
から国に 名を残しける 人よりも ゆくへ知られぬ 家いをやせむ

なぎさに寄る波のかつ返るを見給ひて、「うらやましくも」と、うちし誦し給へるさま、さる世のふるごとなれど、珍しう聞きなされ、悲しとのみ御供の人人思へり。





道々も、面影が常に、瞼から、離れない。
胸もつまりながら、船に乗り込む。
日が長い頃で、追い風があり、まだ、申の刻、午後三時頃に、かの浦に、到着した。

ほんの少しの、お出かけでも、このような、旅の経験がないことなので、心細さも、面白さも、はじめてのことである。
大江殿といったところは、酷く荒れた場所で、今は、松だけが、その、しるしである。

源氏
唐国の、名を残した、流人よりも、更にいっそう、行くへも知らぬ、侘び住まいであろう。

岸に寄せる波が、寄せては返す様をご覧になり、うらやましくも、と、口ずさむ様子で、世に言い古された歌ながら、新たしくも、聞こえて、ひたすら、悲しいと、お供の者たちは、思う。

伊勢物語
いとどしく 過ぎゆく方の 恋しきに うらやましくも かへる波かな




うち顧み給へるに、来し方の山は霞はるかにて、まことに三千里のほかのここちするに、かいの雫もたへがたし。

源氏
ふる里を 峰の霞は 隔つれど ながむる空は おなじ雲居か

つらからぬものなくなむ。



振り返り、ご覧になると、来し方の山は、霞の彼方である。まことに、三千里の外、である。櫂の雫も、こらえられない。

源氏
故郷は、峰の霞が、隔てている。だが、眺める空は、同じ空であろうか。

辛くないものは、一つもない。

かいの雫もたへがたし
雫は、涙である。
古今集
わがうへに 露ぞおくなる 天の川 とわたる舟の かいのしずくか

つらからぬものなくなむ
人生は、あはれ、であり、そして、つらからぬものはなくなむ、である。

それを、かろうじて、何かが、越えさせる。
その、何かとは何か、である。

万葉から、今に至るまで、それは、恋である。

恋こそ、超えられぬ、人生を、超える糧である。

日本の伝統は、恋心であり、それが、歌道に至り、もののあはれ、という、心象風景に、至るのである。


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2009年11月22日

もののあわれ 422

おはすべき所は、行平の中納言の、藻塩たれつつわびける家居近きわたりなりけり。海づらはやや入りて、あはれにすごげなる山中なり。垣のさまよりはじめてめづらかに見給ふ。茅屋ども、葦ふける廊めく屋など、をかしうしつらひなしたり。所につけたる御すまひ、やうかはりて、「かからぬ折りならば、をかしうもありなまし」と、昔の御心のすさび思し出づ。





お住まいになる、予定のところは、行平の中納言が、藻塩たれつつ、わび住まいした家の近くである。
海岸から、入り込んで、あはれにすごげなる、何とも凄いところである。
垣根の様から、珍しくご覧になる。
茅屋は、葦でふいた廊のような建物など、面白い造りである。
この土地らしい、住居は、様子も変わり、こんな時でなければ、風情もあるものをと、昔の、心の、すさびを思い出す。





近き所々の御荘の司召して、さるべき事どもなど、良清の朝臣、親しき家司にて、仰せ行ふもあはれなり。時の間に、いと見所ありてしなさせ給ふ。水深うやりなし、植木どもなどして、今はとしづまり給ふここち、うつつならず。国の守も親しき殿人なれば、忍びて心寄せ仕うまつる。かかる旅所ともなう、人騒がしけれども、はかばかしう物をも宣ひあはすべき人しなければ、知らぬ国のここちして、いとうもれいたく、「いかで年月を過ぐさまし」と、思しやられる。





近くの、荘園の管理人を召して、色々な仕事など、良清の朝臣が側近の、家令として、指図して、立ち働くのも、心打たれる。
ほんの少しの間に、実に面白く、改造する。
鑓水を深く流して、木々を植えるなどして、いよいよ落ち着くのである。
現実とは、思われない様子。
国の守も、側近の家来で、ひそかに、好意をこめた、お世話をする。
このような、旅住まいに、似合わない人が多く、騒がしいが、役に立つ相談相手が、いないので、見知らぬ国のように、思われ、気が滅入り、どのようにして、月日を過ごそうかと、先々が心配である。

仰せ行うもあはれ
指図して、行うことも、あはれ、という。
つまり、感動するというのである。
心に、極まる思いを、あはれ、という言葉で、表現する。





やうやう事しづまりゆくに、長雨の頃になりて、京の事も思しやられるるに、恋しき人多く、女君の思したりしさま、東宮の御事、若君の何心もなく紛れ給ひしなどをはじめ、ここかしこ思ひやり聞え給ふ。京へ人手だしたて給ふ。二条の院へ奉り給ふと、入道の宮のとは、書きもやり給はず、くらされ給へり。宮には、

源氏
松島の あまの苫屋も いかならむ 須磨の浦人 しほたるるころ

いつと侍らぬなかにも、来し方行く先かきくらし、みぎはまさりてなむ」内侍のかみの御もとに、例の中納言の君の私事のやうにて、中なるに、源氏「つれづれと、過ぎにし方の思ひ給へいでらるるにつけても、

こりずまの 浦のみるめの ゆかしさを 塩焼くあまや いかが思はむ

さまざま書きつくし給ふ言の葉、思ひやるべし。大殿にも、宰相のめのとにも、仕うまつるべき事など書きつかはす。



しだいに、生活が落ち着いてくる頃、梅雨の時期に入り、京のことを、考える。恋しい人が多く、特に、女君の沈んでいた様子、東宮の御事、若君の無心に動き回る姿など、あちらこちらの、方々の事を考える。
京に使いを立てる。
二条院に差し上げるもの、入道の宮には、いっこうに筆が進まず、涙にくれていた。
宮には
源氏
松島のあまの、あなたは、いかがお過ごしでしょう。須磨の浦の私が、涙にくれています、今頃。

悲しさの止むことのない中、この頃は、過去も、未来も、真っ暗で、涙ばかりが、流れます。
尚侍の、元には、例のように、中納言の君にあてのようにし、その中に、する事もないままに、過ぎ去ったときの事が、つい、胸に浮かぶにつけても、

懲りずに、お会いしたいと、思いますが、塩焼く海人のほうは、どう思うか。

あれこれと、書かれた言の葉を、想像してみてください。
大臣家にある、宰相の乳母にも、よくお仕えするようにと、文をやる。


このあたりの、源氏の心境は、大袈裟にも、思えるが、当時としては、京から、離れて、須磨とは、大変なことである。

さまざま書きつくし給ふ言の葉、思ひやるべし
作者が、読む者に、語り掛けている。

想像してみてください、である。

物語は、書く者と、読む者によって、成り立つのである。
更に、それは、共同作業により、完成する。

一人一人の、源氏物語が、出来上がるのである。


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2009年11月23日

もののあわれ 423

京には、この御文、所々に見給ひつつ、御心乱れ給ふ人々のみ多かり。二条の院の君は、そのままに起きも上がり給はず、つきせぬさまに思しこがるれば、侍ふ人々もこしらへわびつつ、心細う思ひあへり。もてならし給ひし御調度ども、弾きならし給ひし御琴、ぬぎすて給ひつる御衣のにほひなどにつけても、今はと世にならむ人のやうにのみ思したれば、かつはゆゆしうて、少納言は、僧都に御祈りの事など聞ゆ。二方に御修法などせさせ給ふ。かつはかく思し嘆く御心しづめ給ひて、思ひなき世にあらせ奉り給へと、心苦しきままに祈り申し給ふ。





京では、それぞれの、邸にて、ご覧になり、心乱れる方々が多い。
二条の院の君は、そのまま、起き上がりもせず、果てしなく、慕い焦がれている。お仕えする人々も、慰めることもできず、心細く思うのである。
お使いされていた、道具類や、弾いていた琴、脱ぎ捨てた、お召し物の、匂いなどにつけても、これが最後と、去ってゆく人のように、思うので、一つには、不吉であり、少納言は、僧都に、祈祷を、御願いする。
二つの祈りをこめて、御修法をさせるのである。
また、一つには、このように、心配される心を、鎮めるために。
悩みない仲にしてあげたいとの、思いである。
心苦しきままに祈り申し給ふ
気の毒なままに、祈りをするのである。





旅の御とのい物など、調じて奉り給ふ。かとりの御なほし、さしぬき、さま変りたるここちするもいみじきに、「さらぬ鏡」と宣ひし面影の、げに身に添ひ給へるもかひなし。出で入り給ひし方、寄り居給ひし真木柱などを見給ふにも、胸のみふたがりて、物をとかう思ひめぐらし、世にしほじみぬる齢の人だにあり、まして慣れむつび聞え、父母にもなりて生ほし立てならはし給へれば、恋しう思ひ聞え給へる、ことわれなり。ひたすら世になくなりなむは、言はむ方なくて、やうやう忘れ草も生ひやすらむ。聞く程は近けれど、いつまでと限りある御別れにもあらで、思すにつきせずなむ。





旅の、夜具などを、整えて、差し上げる。
平絹の直衣や、指貫が、今までの様子が変わったと思うのも、悲しい。さらぬ鏡と、おっしゃった、面影は、身に添っていられるが、それでは、何にもならないのである。
出入りになった所、寄りかかっていられた、柱などを、ご覧になっても、胸が、一杯になるばかりか、物事を、あれこれと、考える、世慣れた人でも、そうなのに、ましていつも、ご一緒し、父母のようでもあり、育てるのが、常になっていたゆえに、恋しく思うのも、当たり前である。
本当に、この世から、いなくなるということ以外は、別として、だんだんと、忘れ草も生えてこないかと、思う。
聞いたところでは、近所だが、いつまでとの、期限はない別れであるから、実に悲しい気持ちは、尽きない。






入道の宮にも、東宮の御事により、思し嘆くさまいとさらなり。御すくせのほどを思すには、いかが浅くは思されむ。年頃はただ物の聞えなどのつつましさに、「すこし情あるけしき見せば、それにつけて人のとがめ出づる事もこそ」とのみ、ひとへに思し忍びつつ、あはれをも多う御覧じ過ぐし、すくずくしうもてなし給ひしを、かばかり憂き世の人言なれど、かけてもこの方には言ひ出づる事なくてやみぬるばかりの人の御おもむけも、あながちなりし心の引くかたにまかせず、かつはめやすくもて隠しつるぞかし、あはれに恋しうもいかが思し出でざらむ。御返りもすこしこまやかにて、宮「この頃はいとど、

しほたるる ことをやくにて 松島に 年ふるあまも なげきをぞつむ

かんの君の御返りには、

尚侍
浦にたく あまだにつつむ 恋なれば くゆるけぶりよ 行く方ぞなき

さらなることどもはえなむ」とばかりいささか書きて、中納言の君のなかにあり。思し嘆くさまなど、いみじう言ひたり。あはれと思ひ聞え給ふふしぶしもあれば、うち泣かれ給ひぬ。






入道の宮に、おかせられても、東宮の御事ゆえに、思い嘆くこと、しきりである。
宿縁の深さを思い、どうして、いい加減に思われよう。
今では、世間の噂が気にかかるあまり、少しでも、好意ある素振りを見せると、それにつけて、人のとがめだてもあろうと、ただ、忍びに忍び、深い愛情も、気づかぬ振りをして、素っ気無く、あしらうようにする。
こんなに、酷い世間の噂ながら、このことについては、何も言い出すことのない、君のお心づかいである。それは、溢れる感情の有様に、任せず、また、見っとも無くないように、していられるのだが、それも、どうして、心から恋しく思われないことが、あろうか。
お返事も、心を込めて、
この頃は、ひとしお、

涙を流すこと多く、松島に年を送る尼の私も、嘆きを重ねています

ないしの君のお返事には

須磨の浦に、塩焼く火を炊く海女が、多くの人に、隠す恋です。くすぶる煙は、行くところがないのです

言うまでのことが、多くて、とてもと、だけ、少し書いて、中納言の君の手紙にある。
思い嘆く様が、詳しく書いてある。あはれと、思うことも、いくつかあり、つい、涙を抑えきれない。


あはれをも多う御覧じ過ぐし

あはれに恋しうもいかが思し出でざらむ

あはれと思ひ聞え給ふ

それぞれの、あはれ、という、言葉は、皆、意味がある。
それぞれの、心の模様の、限界に達すると、あはれ、となるのである。

現代語訳にする時は、読み手の、読み方、感情移入による、訳文となる。

何が、正しいということはない。

ただ、あはれ、なのである。

深く感じ入った時に、あはれ、という、言葉が出る。


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