2008年12月11日

もののあわれ351

「たれと知られで出でなばや」とおぼせど、「しどけなき姿にて、冠などうちゆがめて走らむうしろで思ふに、いとをとこなるべし」とおぼしやすらふ。



どこの、誰かは、知らぬうちに、出てしまおうと、考える。
しかし、しどけない姿である。
冠なと、歪めたままに、走る後姿などを想像すると、いかにも、ばか者に見えるだろうと、躊躇するのである。




中将、「いかでわれと知られ聞えじ」と思ひて、ものも言はず。ただいみじう怒れる気色にもてなして、太刀を引き抜けば、女、「あが君、あが君」と向ひて手をするに、ほとほと笑ひぬべし。好ましう若やぎてもてなしたるうはべこそさてもありけれ、五十七八の人の、うちとけて物思ひ騒げる、けはひえならぬ二十の若人たちの御中にてものおぢしたる、いとつきなし。



中将は、どうかして、自分とは、知られまいと、何も言わずに、ただ、凄まじく怒ったように、見せかけて、太刀を引き抜くと、女は、あなた、あなたと、前に跪いて、手を合わせる。
それを見て、笑いだしてしまいそうである。
綺麗に若作りしている様子は、相当に見事なものであるが、五十七、八の、婆さんが、見栄も忘れて、あわてふためいている様、美しい二十歳の若者の間で、恐がっているのは、何とも不釣合いである。




かう、あらぬ様にもてひがめて、恐ろしげなる気色を見すれど、なかなかしるく見つけ給ひて、「われと知りて、殊更にするなりけり」と、をとこになりぬ。「その人なめり」と見給ふに、いとをかしければ、太刀抜きたるかひなをとらへて、いといたうつみ給へれば、ねたきものから、え堪へで笑ひぬ。




全くの別人のようにして、恐ろしげな有様をしているが、実は、目ざとく、知っているのである。
自分、つまり、中将と知って、わざと、そうして見せているのだと思うと、馬鹿馬鹿しくなる。
頭の中将だなと、解ると、大そうおかしく、太刀を引き抜いた肘を、強くつねったので、しまったと、思いつつ、とうとう、吹き出して笑う。

要するに、源氏も、典侍も、誰かと、気づいたのである。




源氏「まことはうつし心かとよ。たはぶれにくしや。いでこの直衣着む」と宣へど、つととらへて、さらにゆるし聞えず。源氏「さらばもろともにこそ」とて、中将の帯をひき解きて脱がせ給へば、脱がじとすまふを、とかくひこじろぬ程に、ほころびはほろほろと絶えぬ。中将、

つつむめる 名やもり出で むひきかはし かくほころぶる 中の衣に

上に取り著ば、しるからむ」といふ。君、

かくれなき ものと知る知る 夏ごろも きたるをうすき 心とぞ見る

と言ひかはして、うらみなき、しどけな姿に引きなされて、みな出で給ひぬ。




源氏は、本当に、正気の沙汰か。冗談も出来ない。さあ、この直衣を着ると、仰るが、中将が、しっかりと、つかまえて、離さない。
源氏は、それでは、仲良く、やりましょうと、中将の帯を解いて脱がせるが、脱ぐまいと、争う拍子に、縫い目が、ほろほろと、切れてしまった。
中将は、
隠していた浮名は、お互いに引き合って、ほころびた中着の縫い目から、漏れてしまった。

上に着たら、さぞ、目立つことでしょうと、言う。源氏も、

あなたの色事も、明るみに出ると、解っていながら、私を脅しに来たとは、浅はかだ。

と、言い交わして、二人ともに、恨まず、しどけない姿にされてしまい、二人で、出ることにした。




君はいと口惜しく、見つけられぬること、と思ひ臥し給へり。内侍は、あさましく覚えければ、落ちとまれる御指貫・帯など、つとめて奉れり。



君は、見つけられたことを、口惜しく思いつつ、お休みになられていた。
典侍は、呆れた事であると、思いつつ、残していった、指貫や、帯などを、翌朝、お届けになる。




典侍「うらみてもいふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波の名残に底もあらはに」とあり。「面無のさまや」と、見給ふも憎けれど、わりなしと思へりしも、さすがにて、

源氏
あらだちし 波にこころは 騒がねど よせけむ磯を いかがうらみぬ

とのみなむありける。



典侍
お恨み申しても、何にもなりません。ご一緒に、いらして、ご一緒に、お帰りになられた、その後は。

底も、あらわになってしまい、悲しいことでございますと、ある。
あつかましく、憎いとも、思いつつ見るが、途方にくれたであろうと、思うと、それも、気の毒である。

源氏
暴れた中将は、何とも思わないが、中将を近づけたお前を、恨むぞ。恨まれずにいられようか。
と、返事をする。

何とも、ドタバタ劇である。

源氏の歌だけ、分析する。

あらだちし 波にこころは 騒がるど よせけむ磯を いかがうらみぬ

荒立つ、寄せる、磯、浦見 うらみ、は、縁語である。
さわぐ、は、心騒ぐと、波の騒ぐを、かけ、うらむ、は、浦見と、憾みを、かけている。

紫式部の教養が、伺われる。




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2008年12月12日

もののあわれ352

帯は中将のなりけり。わが御直衣よりは色深し、と見給ふに、はた袖もなかりけり。あやしの事どもや、下り立ちてみだるる人はむべをこがましき事も多からむ、と、いとど御心をさめられ給ふ。
中将、宿直所より、「これまづ綴ぢつけさせ給へ」とて、おし包みておこせたるを、「いかで取りつらむ」と心やまし。「この帯をえざらましかば」とおぼす。その色の紙につつみて、

源氏
中たえば かごとやおふと あやふさに はなだの帯は とりてだに見ず

とて遣り給ふ。立ちかえり、

中将
君にかく 引きとられぬる 帯なれば かくて絶えぬる 中とかこたむ

えのがれさせ給はじ」とあり。




帯は、中将のものであった。
ご自分の、直衣より、色が濃いと、気づいて、改めると、はた袖も、なくなっている。
様子の悪いことばかりだ。色事に夢中の人々は、こうして、狂態を演ずることも、多いのだろう。と、己を、戒める。
中将が、控えの間から、まず、これを縫い付けてくださいと、言い、押し包んで寄こしたので、何時の間に、この袖を取ったのかと、思い、憎らしい。
この帯がなければ、口惜しい事だったと、思われる。
帯と、同じ色の紙に包んで
源氏
女との仲が切れたら、私のせいだと言われるのが、心配で、この帯を取り上げてみることもない。

と、遣わす。その返事は

中将
あなたは、こんな事で、取られた帯です。こんなことで、女と、駄目になったと、恨みます。
逃げられませんよ、とある。

はなだの帯
催馬楽という、歌の歌詞にあるものから、連想している。




日たけて、おのおの殿上に参り給へり。いち静かに、もの遠きさましておはするに、頭の君もいとをかしけれど、公事多く奏し下す日にて、いとうるはしくすくよかなるを見るも、かたみにはほほえまる。人間にさしてよりて、中将「ものがくしは懲りぬらむかし」とて、いとねたげなるしり目なり。源氏「などてかさしもあらむ。立ちながら帰りけむ人こそいとほしけれ。まことは、憂しや世の中よ」と言ひ合わせて、
「とこの山なる」と、かたみに口がたむ。




昼過ぎ、二人は、殿上の間に、参上する。
大そう澄まして、よそよそしい様子でいる。
頭の中将は、ひどくおかしいと思うが、その日は、公事が多く、奏上したり、宣下なさる日にあたり、威儀を正して、改まった姿をみるにつけても、お互いに、笑むのである。
人の居ない所で、傍により、中将が、内緒事は、お懲りになったでしょうと、忌々しく、尻目で、睨むのである。
源氏は、そんなことがあるものか。無駄足の方こそ、気の毒。本当のところ、うしや世の中とでも、言うと、話し合う。
とこの山なる、我が名もらすなと、互いに、口止めするのである。

とこの山なる
古今集
犬上の とこの山なる いさや川 いさと答へよ 我が名もらすな

当時の貴族生活の中には、歌の世界をして、会話が成り立つ。つまり、歌の教養がなければ、話が出来ないほどである。




さてその後は、ともすれば事のついでごとに、言ひ迎ふるくさはひなるを、「いとどものむつかしき人ゆえ」と、おぼし知るべし。女は、なほいとえんにうらみかくるを、「わびし」と思ひありき給ふ。中将は、妹の君にも聞え出でず、「たださるべき折のおどしぐさにせむ」とぞ思ひける。




その後は、何かの機会があるたびに、冷やかしの種である。
これも、あの、厄介な婆さんのせいだと、酷く、懲りたことだうろとは、作者の感想。
しかし、女は、相変わらず、色っぽく、恨み言を言うので、困ったことだと、思う。
中将は、妹の君、つまり、源氏の妻にも、言わず、ただ、折りあれば、やりこめる材料にしょうと、企むのである。





やむごとなき御腹々の親王たちだに、上の御もてなしのこよなきにわづらはしがりて、いとことにさり聞え給へるを、この中将は、「さらにおし消たれ聞えじ」と、はかなき事につけても、思ひいどみ聞え給ふ。この君一人ぞ、姫君の御一腹なりけり。帝の御子といふばかりにこそあれ、われも、同じ大臣と聞ゆれど、御おぼえ殊なるが、皇女腹にてまたなくかしづかれたるは、何ばかり劣るべきはと覚え給はぬなるべし。人がらもあるべき限りととのひて、何事もあらまほしく、足らひてぞものし給ひける。
この御中どものいどみこそあやしかりしか。されどうるさくてなむ。




身分の高い方を、母君とする、親王たちでさえ、帝の寵愛をはばかり、大そう、特別に遠慮されているのに、この中将の君は、絶対に、ひけを取るまいと、つまらぬことでも、意地を張る。
この君一人が、姫君と、同じ腹から、生まれた。
陛下の御子というだけの、違いである。自分も、大臣の中でも、特別帝に、ご信任の厚い方の子として、しかも、内親王を母として、この上なく、大切に育てられた。何ほども、劣った身分であるとは、思わない。
人品も、条件も、すべて揃っている。何事も、理想的で、不足は無い。
二人の意地の張り合いには、おかしな話が、一杯あるが、しかし、うるさくなるので、申し上げません。
最後は、作者の言葉である。

ちなみに、母の身分が、子の身分となるとは、古代の社会からである。
豪族達が、天皇の下に、秩序を得てから、次第に、そのように、身分が整えられていった。

推古天皇の頃には、すでに、それが明確になっていた。

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2008年12月13日

もののあわれ353

七月にぞ后居給ふめりし。源氏の君、宰相になり給ひぬ。帝おり居させ給はむの御心づかひ近うなりて、この若宮を坊に、と思ひ聞えさせ給ふに、御後見し給ふべき人おはせず。御母方、みな親王たちにて、源氏の公事しり給ふ筋ならねば、母宮をだに動きなき様にし置き奉りて、つよりにとおぼすになむありける。弘薇殿、いとど御心動き給ふ、ことわりなり。されど、主上「東宮の御世、いと近うなりぬれば、疑ひなき御位なり。思ほしのどめよ」とぞ聞えさせ給ひける。げに、「東宮の御母にて二十余年になり給へる女御を置き奉りては、引き越し奉り給ひ難きことなりかし」と、例の、やすからず世人も聞えけり。




七月には、立后の事があった。
源氏の君は、宰相、つまり、参議になられた。
陛下は、位を、退かれる、支度を進める。
この、若宮、つまり、藤壺の子であり、源氏の子を、東宮にと、願うも、御後見、みうしろみ、後ろ盾する方がいない。
御母方は、皆、親王たちで、皇族が政治をされる筋合いはない。
せめて、母君を確固たる、地位に据えて、その力にとの、思し召しであろう。
弘薇殿の女御が、ひとしお動揺するのも、もっともである。
しかし、帝は、東宮の御世も、近いこと。もう疑いようがない地位です。安心するがよいとの、仰せである。
いかにも、東宮の御母として、二十年以上にもなる、女御を差し置いて、他の方を中宮の位には、しにくいことであると、例によって、世の人々は、噂するのである。





参り給ふ夜の御供に、宰相の君も仕うまつり給ふ。同じ宮と聞ゆる中にも、后腹の皇女、玉光りかがやきて、類なき御おぼえにさへものし給へば、人もいと殊に思ひかしづき聞えたり。まして、わりなき御心には、御輿のうちも思ひやられて、いとど及びなき心地し給ふに、そぞろはしきまでなむ、

つきもせぬ 心のやみに くるるかな 雲いに人を 見るにつけても

とのみ、ひとりごたれつつ、ものいとあはれなり。



中宮入内の夜の御供には、宰相の君、源氏も、出仕される。
藤壺の宮は、同じく中宮と、申し上げる中でも、先帝の皇后を母とする、内親王であり、玉の如く光り輝き、比類の無い、帝からの寵愛がある、お方であるゆえ、人々も、特別に、崇め敬うのである。
まして、切ない源氏の、心の中には、御輿のうちも、思いやられ、いよいよ、及びも付かない、気持になるのも、じっとはしていられないのである。

源氏
果てしない、暗い思いに、何も見えない。雲の上に、あの方が、登られたのである。

とだけ、独り言を口に出し、感慨無量である。




御子は、およづけ給ふ月日に従ひて、いと見奉り分け難げなるを、宮いと苦しとおぼせど、思ひよる人なきなめりかし。げにいかさまに作りかへてかは、劣らぬ御有様は、世に出でものと給はまし。月日の光の空に通ひたるやうにぞ、世の人も思へる。



御子は、成長されて、その月日に添って、ますます、区別し難いことを、宮は、お気に病む。
気の付く者は、いない様子である。
つまり、藤壺の産んだ子が、源氏にますますと、似てくるというのだ。
本当に、どのように、作り変えたら、君に劣らない、有様が、この世に、生まれることがあるのだろうか。
月と日の輝きが、大空に並んで、似通っているようなものだと、世の人も思うのであった。


しかし、作者、紫式部は、決して、源氏の、その姿形を書かないのである。

読者の想像力に、任せられてある。いや、それさえも、拒絶しているようである。
源氏の、美しさを、追及しては、いけない。
何故なら、源氏は、この世の者ではないのである。

つまり、これは、物語なのである。
だから、こそ、書き続けることが出来る。

源氏の容姿を、いくら詮索してもいいように、物語が、作られている。それは、また、それぞれの、物語によって、変化するのである。

紫式部も、源氏を描こうとしているのではない。
源氏を、描くという、スタイルを取りつつ、もののあはれ、というものを、求めている。
そして、それは、いつまでも、捉えることが出来ないのだが、それは、確実に存在するものである。

そして、それは、人の心の中にあり、つまり、内観なのである。
内道である。

もののあわれ、という、心象風景は、人の心の中にあるものなのである。
それを、出すことは、心を出すことと、同じである。

言葉に、解して、説明することの出来ないものを、言葉という、物語に託して、描き出すこと。それが、源氏物語の、存在意義なのである。

西洋哲学、思想にある、語り過ぎるという、言葉の世界は無い。

それは、所作として、表出するものである。
所作の中に、隠れるものである。
何故なら、心象風景だからである。

日本人は、対座して、話すということを、しない。
例えば、いけばなを、互いに見詰め合って、言葉を交わす。
一碗を間に置いて、茶を飲むという行為を、間にして、語り合う。

春夏秋冬という、風景を見つめつつ、人が対座する。
実に、奥床しいのである。
また、奥床しくなければ、通じないのである。

これは、自然豊かな、民族だからである。
この、豊かな自然によって、作られた、民族なのである。

自然と、共生、共感する民族であり、そこに、心を置いた。つまり、心を、自然に預けることが、出来る民族なのである。

太陽を、お天道様と、呼ぶ民族は、無い。
自然の、象徴である、太陽を、擬人化して、おてんとうさま、と、呼ぶ民族である。

ゆめゆめ、この、民族の心を、誤ってはならない。
そして、もののあはれ、ということを、考える時、それが、前提としてあるということ。

もののあはれ、という、心象風景は、伝統なのである。

紅葉賀を、終わる。


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2008年12月14日

もののあわれ354

花宴
はなのえん

二月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせ給ふ。后、東宮の御局、左右にして、参う上がり給ふ。弘薇殿の女御、中宮のかくておはするを、折節ごとに安からず思せど、物見にはえ過ぐし給はで参り給ふ。日いとよく晴れて、空の気色、鳥の声も心地よげなるに、親王達、上達部よりはじめて、その道のは、皆探韻賜はりて、文作り給ふ。宰相の中将、「春といふ文字賜はれり」と宣ふ声さへ、例の、人に異なり。



きさらぎの、二十日過ぎ、南殿、ししんでん、の、桜の宴を催しされる。
皇后と、東宮の、ご座所を、玉座の左右に設けて、お二人が参上される。
弘薇殿の女御は、中宮が、このように上座にいられることを、事あるごとに、不快に思うのだが、物見には、じっとしていられないので、参上される。
晴れて、空の様、鳥の声も、気持よく、親王たち、上達部をはじめ、その道の人々は、皆、文字を頂いて、詩を、作られる。
宰相の中将、つまり、源氏が、春という文字を賜ったと、仰る声まで、いつものように、人とは、違う響きである。

花見の宴は、この頃から、始まった。
その席で、帝から、文字を賜り、歌を詠むのである。
この場合は、漢詩文で、句の末に置く文字を、頂くのである。




次に頭の中将、人の目移しも、ただならず覚ゆべかめれど、いとめやすくもてなしづめて、声づかひなど、ものものしくすぐれたり。さての人々は、みな臆しがちにはなじろめる多かり。地下の人は、まして、帝、東宮の御才かしこくすぐれておはします、かかる方にやむごとなき人多くものし給ふ頃なるに、恥づかしく、はるばるとくもりなき庭に立ち出づる程、はしたなくて、やすき事なれど、苦しげなり。年老いたる博士どもの、なりあやしくやつれて、例なれたるも、あはれに、さまざま御覧ずるなむ、をかしかりける。



次の、頭の中将は、源氏を見た目で、自分を見る人々の注目は、いつもと違うと、感じているようであるが、体裁よく、落ち着いて、声なども、重々しくされる。
その他の、人々は、皆、気後れしているようで、きまり悪そうにしている者多い。
地下の人は、陛下も、東宮も、学才際立ち、皆、立派な方が、大勢いるので、恥ずかしく、広々とした庭に出るのが、きまり悪そうである。歌を作ることは、よいが、切なそうな感じである。
年を取っている、博士たちは、身なりが、いやに、みすぼらしいが、場慣れしているのも、気の毒であると、それぞれ、御覧になるのは、帝にとって、興味深いことであった。


地下の人とは、殿上人に対して、まだ、清涼殿の、殿上に上がることを、許されていない者達である。

博士とは、文章博士のこと。もんじょうはかせ、である。





楽どもなどは、さらにも言はず調へさせ給へり。やうやう入り日になる程、春の鶯さへづるといふ舞、いと面白く見ゆるに、源氏の御紅葉の賀の折、思し出でられて、東宮、かざし賜はせて、切に責め宣はするに、のがれ難くて、立ちて、のどかに、袖かへす所を、ひとをれ気色ばかり舞ひ給へるに、似るべきものなく見ゆ。左の大臣、うらめしさも忘れて、涙落とし給ふ。主上「頭の中将、いづら、遅し」とあれば、柳花苑といふ舞を、これは今少し過ぐして、かかる事もやと心づかひやしけむ、いとおもしろければ、御衣賜はりて、いとめづらしき事に人思へり。





舞楽など、十分に用意されている。
次第に、夕日が傾く頃は、春の鶯が、さえずるという舞いが、大変面白く見えるのである。
源氏の、紅葉賀の時のことが、思い出されて、東宮が、源氏に、花を授けて、しきりに舞いを、求めるので、辞退しかね、立って、ゆるやかに、袖をひるがえす所を、一区切りとし、少し形だけ、舞われた。それがまた、見事である。
左大臣は、恨めしさも忘れて、涙を流される。
頭の中将は、どうした、早くと、お声がかかると、柳花苑という舞いを、少し念入りに舞う。こういうこともあろうかと、心づもりをしていたようであり、大変面白い。
帝から、御衣を頂き、それは、大変珍しいことと、人々が、感心する。


いとおもしろければ
大変、素晴らしい。おもしろい、とは、すべてを含めている。
興味深い、引き込まれるなどなど。





上達部みなみだれて舞ひ給へど、夜に入りては、殊にけぢめも見えず、文など講ずるにも、源氏の君の御をば、講師もえ読みやらず、句ごとの誦しののしる。博士どもの心にもいみじう思へり。かやうの折にも、まづこの君を光にし給へれば、帝もいかでか疎に思されむ。中宮、御目のとまるにつけて、「東宮の女御の、あながちに、にくみ給ふらむもあやしう、わがかう思ふも心憂し」とぞ、自ら思し返されける。

藤壺
おほかたに 花の姿を 見ましかば つゆも心の おかれましやは

御心のうちなりけむこと、いかで漏りにけむ。夜いたうふけてなむ、事果てける。



上達部も、皆、順序なく舞われれるが、夜になると、上手、下手の、区別もつかない。
詩を披露するにも、源氏の君の、御作品を、講師も読むことが難しく、一句ごとに、読んでは、褒め称える。
博士達も、心底、感心している。
このような時にも、君を光のように思い、陛下も、疎かに思うこともない。
中宮は、この君に、目が留まるにつけて、東宮の女御が、むやみに、この君を憎むのに、理解が出来ないのである。
また、自分が、君を、このように思うことも、辛いことだと、深く反省する。

藤壺
何の関係もなく、この美しい花を眺めるのであれば、少しも、気兼ねすることは、あるまいに。

心の中で、詠む歌が、どうして人に知られてしまったのか。
夜が、すっかりと更けてから、宴は、終わったのである。

何故、藤壺の歌が、人の知られることになったのかと、作者は書くが、それは、作者のゆえである。

東宮とは、源氏の、腹違いの兄である。その女御は、妻である。
源氏に対して、悪感情を抱くのである。

中宮となった、藤壺は、それに、不可解な思いである。

しかし、次第に、源氏の、状況が、表れてくるのである。
それが、物語の楽しみ。


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2008年12月15日

もののあわれ355

上達部おのおのあかれ、后、東宮かへらせ給ひぬれば、のどやかになりぬるに、月いと明うさし出でて、をかしきを、源氏の君酔ひ心地に、見過ぐし難く覚え給ひければ、上の人々もうち休みて、かやうに思ひかけぬ程に、「もしさりぬべき隙もやある」と藤壺わたりを、わりなう忍びてうかがひありけど、語らふべき戸口も鎖してければ、うち嘆きて、なほあらじに、弘薇殿の細殿に立ち寄り給へれば、三の口あきたり。女御は、上の御局に、やがて参う上り給ひにければ、人少ななる気配なり。奥のくるる戸も開きて、人音もせず。「かやうにて世の中のあやまちはするぞかし」と思ひて、やをら上りてのぞき給ふ。人は皆寝たるべし。



上達部、かんだちめ、は、それぞれ、退散して、皇后と東宮が、お帰りになった。
ひっそりとしたところに、月が明るく射して、趣深く、源氏は、酔い心地で、見過ごしがたく思い、清涼殿の、宿直、とのい、の、人々も寝てしまったので、このような思いがけない時には、もしや、これて良い隙かもしれないと、藤壺のあたりを、無理に忍んで、歩いてみる。
しかし、手引きをする人の戸口が、閉めてあり、溜息をついて、それでも、ここままでは、気持が収まらなく、弘薇殿の、細殿に、立ち寄ると、三番目の戸口が、開いている。
女御は、上の御局に、宴の後で、すぐにお上がりになったので、人が少ない様子である。
奥の、扉も、開いていて、人の居る物音もない。
源氏は、こういうことで、男女の間違いが起こるのだと、思い、そっと、上がって、覗かれる。
人は、皆、寝ているだろうと。

源氏は、物を置く台に乗ったようである。
長押、なげし、というものだ。

何とも、好奇心旺盛である。そして、その、好奇心と共に、物語が、続く。





いと若うをかしげなる声の、なべての人とは聞えぬ、「朧月夜に似るものぞなき」と、
うちずして、こなたざまには来るものか。いとうれしくて、ふと袖をとらへ給ふ。女、恐ろしと思へる気色にて、女「あなむくつけ。こは誰ぞ」と、宣へど、源氏「何かうとましき」とて、

源氏
深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろげならぬ 契とぞ思ふ

とて、やをら抱き下して、戸は押し立てつ。あさましきにあきれたる様、いとなつかしうをかしげなり。わななくわななく、女「ここに人」と宣へど、源氏「まろは、みな人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ。ただ忍びてこそ」と、宣ふ声に、「この君なりけり」と聞き定めて、いささか慰めけり。




大そう、若く美しい感じの声で、普通の人とは、思えない者が、朧月夜に、似るものぞなき、と言いつつ、こちらへ来るようである。
とても、嬉しくなり、ふっと、袖を、掴まえた。
女は、恐ろしいと、思い、ああ、気味が悪い、どなたかと、言う。
源氏は、なにゆえ、嫌なものですかと、言って、

源氏
あなたが、今夜の良い夜を、お解りなのも、私に逢うという、前世からの、宿縁です。

と言って、そっと、抱き降ろし、戸を閉めた。
あまりのことに、呆れている様子に、源氏は、思わず抱きしめたいほど、美しい。
震えながら、女は、変な人が、と、言うが、源氏は、私は、誰にも、許されている。人をお呼びになっても、構いませんよ。ただ、静かにしてくださいと、仰る声で、源氏の君だと、解り、少し、気持が、安らいだ。

源氏という男、とんでもない男である。
藤壺の所へと、思ったが、途中で、見つけた女を、口説くのである。
正に、エロ男である。

まろは、みな人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ
私は、皆に、許された存在である。人を呼んでも、詮無いことだと言うのである。
自分の身分を利用して、好き放題である。

だが、これが、物語の所以である。
作者が、作る源氏像である。

女も、源氏だと、解ると、少し安心するのである。

恋において、源氏の行為は、許されるという、物語の、基本である。
その、人間の、どうしようもないモノを、見つめ続けて、紫式部は、もののあはれ、というものを、見つめている。






わびしと思へるものから、「なさけなくこはごはしうは見えじ」と思へり。酔ひ心地や例ならざりけむ、許さむ事は口惜しきに、女も若うたをやぎて、強き心もえ知らぬなるべし。らうたしと見給ふに、程なく明け行けば、心あわただし。女はまして、様々に思ひ乱れたる気色なり。源氏「なほ名のりし給へ。いかでか聞ゆべき。かうて止みなむとは、さりとも思されじ」と、宣へば


うき身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 訪はじとや思ふ

といふ様、えんなまめきたり。源氏「道理や。聞え違へたる文字かな」とて、

源氏

いづりぞと 露の宿りを わかむまに 小笹が原に 風もこそ吹け

わづらはしく思す事ならずは、何かつつましむ。もし、すかい給ふか」とも言ひあへず、人々起き騒ぎ、上の御局に参りちがふ気色ども繁くまよへば、いとわりなくて、扇ばかりを、しるしに取りかへりて出で給ひぬ。



嫌だと、思っているものの、無愛想な、強情な女とは、見られたくないと、思う。
源氏は、酔い心地が、いつもとは、違うようで、放すのは、残念であるし、女も、若くて、なよなよして、撥ね付けることもできないでいる。
可愛いと、思うが、夜は、足早に明けるので、心ぜわしい。
女は、君以上に、思い乱れている。
源氏は、是非、お名前を教えてください。お名前が、解らなければ、お便りも出来ません。これで、止めようとは、まさか思わないでしょうと、言うと、


不幸な私が、このまま、死んでしまえば、草の原の、お墓を探してくださらない、おつもりですか。

と、言う様子。美しく、優雅である。源氏は、もっともです。申し損ねましたと、言い、

源氏
あなたの、身の上を知ろうと尋ねている間に、人に噂が立って、二人の仲が、駄目にならないのか、心配です。

迷惑に、思われなければ、どうして、遠慮などしましょうか。もしや、私を騙すつもりですか。と、言い終わらないうちに、人々が起きて、ざわめき、上の御局に、行き交う気配がするのである。
源氏は、あわてて、扇だけを、後の証拠にと、取り替えて、その場を出た。


なんともはや、好き者の、源氏の姿というものが、明確にされている。
ただし、それでも、源氏の、姿は、見えない。
その、容姿も、定かではない。
それが、作者の狙いである。

読む者が、勝手に、想像、妄想する。

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2008年12月16日

もののあわれ356

桐壺には人々多く侍ひて、おどろきたるもあれば、かかるを、人々「さもたゆみなき御忍びありきかな」と、つきじろひつつ、そら寝をぞしあへる。入り給ひて臥し給へれど、寝入られず、「をかしかりつる人の様かな。女御の御おとうとたちにこそはあらめ。まだ世になれぬは、五六の君ならむかし。




桐壺、つまり、源氏の宿泊所では、女房たちが、大勢いて、目を覚ましている者もいて、源氏の朝帰りを、あんなに熱心にお出歩きですと、互いに突っつきあいながら、寝たふりをしている。
源氏は、部屋に入り、横になったが、寝付かれない。
美しい人だった。女御の妹君のいずれかであろう。まだ、初心なのは、五の君か、六の君であろう。




そちの宮の北の方、頭の中将のすさめぬ四の君などこそ、よしと聞きしか。なかなかそれならましかば、今少しをかしからまし。六は東宮に奉らむとこころざし給へるを、いとほしうもあるべいかな。わづらはしう尋ねむ程も紛らはし。さて絶えなむとは思はぬ気色なりつるを、いかなれば、言かよはすべきさまを教へずなりぬらむ」などよろづに思ふも、心のとまるなるべし。




そちの宮の、北の方、つまり右大臣の三女であり、源氏の弟の、太宰そちの宮の北の方である。その北の方と、頭の中将が、嫌う四の君などは、美しいと聞いていたが、それだったら、少し面白いと、思う。
六の君は、父大臣が、東宮に差し上げようと、希望しているので、もしそれなら、気の毒なことだ。
面倒なことだが、詮索しても、誰なのかは、解らないだろう。
あれっきり、別れてしまおうとは、思っていない様子だった。どうして、手紙をやり取りする方法を教えなかったのか、などと、色々思うのも、心挽かれてしまったからだろう。
最後は、作者の思いである。



かうやうなるにつけても、まづかのわたりの有様の、「こよなう奥まりたるはや」と、ありがたう思ひ比べられ給ふ。



こういうことにつけても、何より、藤壺の辺りであるから、何とも奥深く、近づき難いことだと、こちらと比類ないことだと、比べてみるのである。

つまり、藤壺の宮と、弘薇殿とを、比べるものである。
それにしても、色事にかけては、節操がない風情である。
エロ事師である。





その日は後宴の事ありて、紛れ暮らし給ひつ。筝の琴仕うまつり給ふ。昨日の事よりも、なまめかしうおもしろし。藤壺は、暁に参り上り給ひにけり。「かの有明出でやしぬらむ」と、心もそらにて、思ひ至らぬ隈なき良清惟光をつけて、うかがはせ給ひければ、お前よりまかで給ひける程に、良清ら「ただ今、北の陣より、かねてより隠れ立ちて侍りつる車どもまかり出づる。御方々の里人侍りつる中に、四位の少将、右中弁など急ぎ出でて、送りし侍りつるや、弘薇殿の御あかれならむ、と見給へつる。けしうはあらぬけはひどもしるくて、車三つばかり侍りつ」と、聞ゆるにも、胸うちつぶれ給ふ。「いかにして、いづれと知らむ。父大臣など聞きて、ことごとしうもてなさむも、いかにぞや。まだ人の有様よく見定めぬ程は、わづらはしかるべし。さりとて知らであらむ、はた、いと口惜しかるければ、いかにせまし」と、思しわづらひて、つくづくとながめ臥し給へり。





その日は、後宴のことがあり、取り紛れて一日を過した。
後宴とは、大きな宴の翌日に行われる、規模の小さなものである。
源氏は、筝の琴を勤める。
昨日の催しより、優雅で、面白い。
藤壺は、朝早く、上の局に参上していた。
君は、あの有明の人が、退出してしまうのではないかと、気が気でない。
万事に、抜け目ない、良清や、惟光をつけて、見張らせたので、帝の御前から退出するした時、只今、北の陣から、あらかじめ、物陰に隠れて立っていました車が、退出しました。女御様方の、ご家族がいた中に、四位の少将や、右中弁などが、急いで出て来て、見送っておりましたのは、弘薇殿がたの、退出であろうと思われます。相当の方々らしいご様子が明らかで、車は、三つ程ありました、と、申し上げると、源氏は、ハッとするのである。
どうやって、どの姫だと、突き止めよう。
父の右大臣などが耳にして、大仰に婿扱いされたりするのも、困るし。
それにまだ、姫の様子も、よく見極めていないのだから、重荷になるかもしれない。
そうかといって、知らないでいるのは、それはそれで、残念至極であろうし、どうしたものかと、思案に暮れる。
ぼんやりと、物思いに耽っている。




「姫君いかにつれづれならむ。日ごろになれば、屈してやあらむ」と、らうたく思しやる。



姫君は、どんなに、淋しく思っているか。逢わないで幾日もになるから、塞ぎ込んでいることだろうと、いじらしく、思うのである。

この、姫君は、若草の姫である。若紫のこと。
突然、文中に、出て来るので、戸惑う。
物語の難しさは、こういうことである。




かのしるしの扇は、桜の三重がさねにて、濃きかたに霞める月をかきて、水にうつしたる心ばへ、目慣れたれど、ゆえなつかしうもてならしたり。「草の原をば」と言ひし様のみ、心にかかり給へば、

源氏
世に知らぬ 心地こそすれ 有明の 月のゆくへを 空にまがへて

と書きつけ給ひて、置き給へり。


あのしるしの、扇は、桜の三重重ねで、色の濃い方に、霞んでいる月を描いて、それを水に映してある趣向は、珍しくは無いが、持ち主の、趣味教養が、懐かしく偲ばれるまで、使い慣らしている。
草の原をば、と言った、女の様子ばかりが、思い出される。

源氏
未だ、経験したことのない、悲しく寂しい気持がすることである。
有明の月の行くへを空の途中で、見失ってしまった。

と、書き付けて、傍に置かれた。


かのしるしの扇
しるし、とは、契ったという意味。
扇は、後で、確認するための、渡し物である。

源氏の歌の、有明の月とは、昨夜の女のことである。


しかし、この物語の、凄さは、戦いの場面が一切ないということである。
実に、平安な日々である。
平安期とは、何と、平和な時期だったのか。

歴史は、この後、騒乱へと、進む。

色恋に、戯れる平安貴族の有様を、批判しつつ、紫式部は、平和であることも、見つめているのである。



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2008年12月17日

もののあわれ357

「大殿にも久しうなりにける」と思せど、若君も心苦しければ、「こしらへむ」と思して、二条の院へおはしぬ。見るままに、いとうつくしげに生ひなりて、愛敬づき、らうらうじき心ばへいと殊なり。「飽かぬ所なう、わが御心のままに教へなさむ」と、思すにかひぬべし。男の御教へなれば、「すこし人慣れたる事や交らむ」と思ふこそうしろめたけれ。日頃の御物語、御琴など教へ暮らして出で給ふを、例の、と口惜しう思せど、今はいとようならはされて、わりなくは慕ひまつはさず。




左大臣邸にも、久しくご無沙汰したと、思い、また、幼い若君、若草も、可愛そうであり、慰めておこうと、二条の院へいらした。
若草は、見るたびに、とても可愛く成長して、優しく、利発な性質である。
不足のないように、自分の心のままに、教育しようとの、期待に応えてくれるだろうと思う。
男手の教育であるから、少し男に、馴れ馴れしくなるであろうかと、思うことが、不安である。
この数日、お話をしたり、琴などを教えて、一日を過して、お出かけになるのを、いつものように、残念と思われるが、この頃は、躾けられたせいか、むやみに、追いすがり、まといつくことはない。

今はいとようならはされて
いと よう ならはされて
大変躾けられて、である。




大殿には、例の、ふとも対面し給はず、つれづれとよろづ思しめぐらされて、筝の御琴まさぐりて、「やはらかにぬる割るはなくて」と謡ひ給ふ。



左大臣邸では、女君は、例の如く、すぐには、お会いにならない。
君は、所在なさに、色々と、思うこと多く、筝の琴を、まさぐりて弾き、やわらかに寝る夜はなくて、と、謡いになる。





大臣渡り給ひて、一日の興ありし事聞え給ふ。左大臣「ここらの齢にて、明王の御代四代をなむ見侍りぬれど、この度のやうに、ふみどもきやうざくに、舞、楽、物の音ども調ほりて、よはひ延ぶることなむ侍らざりつる。みちみちの物の上手ども多かる頃ほひ、くはしうしろしめし整へさせ給へるけなり。翁もほとほと舞ひ出でぬべき心地なむし侍りし」と聞え給へば、源氏「ことに整へ行ふ事も侍らず。ただ公事に、そしうなる物の師どもを、ここかしこに尋ねは減りしなり。よろづの事よりは、柳花苑、まことに後代の例ともなりぬべく見給へしに、ましてさかゆく春に立ち出でさせ給へらましかば、世の面目にや侍らまし」と聞え給ふ。





大臣が、おいでになり、先日の催しの、面白かったことを、申し上げる。
こんなに、年老いて、天子の御代四代を生きましたが、このたびのように、詩文が勝れて、舞も管弦の音も、完全にできていたことで、命が延びる思いをしたことはありません。諸道の名人たちが多い時代ゆえ、あなたが、それらのことを、詳しく知っておいででしたから、揃えられたのです。私のような、老人までが、踊りだしたくなるような、気持でした、と、申し上げる。
源氏は、特別に、揃えたことはありません。ただ、役目として、優れた専門家たちを、あちこちから、探し出したのでございます。何よりも、柳花苑の舞は、まことに、後世の手本ともなるに違いないと、拝見しました。まして、栄えゆく御代の春に、御前で舞われたら、一世の面目でございましたでしょう、と、申し上げる。





弁、中将など参りあひて、香蘭に背中おしつつ、とりどりに物の音ども調べ合はせて遊び給ふ、いと面白いし。


折から、弁や中将などが、集って、高欄によりかかり、思い思いの、楽器の音色を整えて、合奏されるのが、とても面白い。





かの有明の君は、はかなかりし夢をおぼし出でて、いともの嘆かしうながめ給ふ。東宮には、四月ばかりとおぼし定めたれば、いとわりなうおぼし乱れたるを、男も、尋ね給はむにあとはかなくはあらねど、いづれとも知らで、ことに許し給はぬあたりにかかづらはむも、人わるく思ひわづらひ給ふに、三月の二十余日、右の大殿の弓の結に、上達部、親王達多くつどへ給ひて、やがて藤の花の宴し給ふ。はなざかりは過ぎにたるを、「ほかの散りなむ」とやる殿を、宮達の御裳着の日、磨きしつらはれたり。はなばなとものし給ふ殿のやうにて、何事も今めかしうもてなし給へり。




あの、有明の女君は、儚い春の夜の、夢のような逢瀬を、思い出していた。
酷く、嘆かわしいほどに、物思いに耽る。
東宮には、四月頃にと、予定があるので、酷くやるせなく、思い乱れているのを、男君も、捜すのに、当てが無いわけではないが、どの姫ともわからず、特に、自分を嫌らう一家に関わりあうのも、体裁が悪いと思っている。
そこへ、三月二十日過ぎに、右大臣邸の弓の競技で、上達部や、親王たちを集めて、そのまま引き続き、藤の花の宴を、催すことになった。
桜の花の盛りは、過ぎていたが、ほかの散ってのちに、と教えられたのか、遅れて咲く、二本の桜が、また、趣がある。
新しくお造りになった、御殿を、姫君たちの、御裳着の日に、磨きたてて、飾られた。
派手な、家柄か、何事も、今流行りである。

ほかの散りなむ
古今集より
見る人も なき山里の さくら花 ほかの散りなむ 後ぞ咲かまし 伊勢
見る人もいない、山里の桜花は、他の桜が散ってしまった後に、咲いたらよい。さすれば、あるいは、見てくれる人もあろうに。
上記から、取られている。



源氏の君にも、一日、うちにて御対面のついでに聞え給ひしかど、「おはせねば、くちをしう、物の栄なし」とおぼして、御子の四位の少将を奉り給ふ。

右大臣
わが宿の 花しなべての 色ならば 何かはさらに 君を待たまし

うちにおはする程にて、上に奏し給ふ。主上「したり顔なりや」と笑はせ給ひて、「わざとあめるを、早うものせよかし。女御子たちなども、生ひ出づる所なれば、なべてのさまには思ふまじきを」など宣はす。




源氏の君にも、先日、御所で、対面の折に、お招き申し上げたが、お出でにならないので、御子の四位の少将を、お迎えに向かわせた。

右大臣
私の家の、藤の花が、普通の平凡な花ならば、どうして、殊更、あなたを、ご招待もうしましょう。

君は、御所に、いらした折なので、帝に奏上なさった。
得意顔だと、笑われて、わざわざ迎えに来たことであるし、早く行くかよい。内親王たちなども、育っている所だから、そなたを、他人のように、思うまい、などと、おおせられる。


物語の歌も、すべて、作者の詠む唄である。
その時々の、情景と、人物に合わせての、歌詠みである。
それも、大した、技である。
これにも、感心するのである。


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2008年12月18日

もののあわれ358

御装など引きつくろひ給ひて、いたう暮るる程に、侍たれてぞ渡り給ふ。桜の唐の綺の御直衣、葡萄染の下襲、裾いと長く引きて、皆人はうへの衣なるに、あざれたるおほぎみ姿のなまめきたるにて、いつかれ入り給へる御さまげにいと異なり。花のにほひもけおされて、なかなかことざましになむ。



源氏は、衣装を整えて、すっかりと暮れた頃、皆が、待ち遠しく思うころあいに、お越しになった。
桜の唐の、綺の直衣に、葡萄染めの、えびぞめである、下襲、したがさねである、裾を長々と引いて、他の人は皆礼装であるが、お洒落な、王族風の優雅な衣装である。
皆に、あがめられ、かしずかれて入る様子は、真に格別な雰囲気である。
花の色香も、それに圧倒されてしまい、興ざましのようである。




遊びなどいとおもしろうし給ひて、夜すこし更け行く程に、源氏の君、いたく酔ひなやめるさまにもてなし給ひて、まぎれたち給ひぬ。



管弦の遊びなども、大変面白くなさる。
夜が少しばかり更けて行く頃は、源氏は、酷く酔って、苦しんでいるように、見せて、そっと、席を外れたのである。




寝殿に女一宮、女三宮のおはします、東の戸口におはして、寄り居給へり。藤はこなたのつまにあたりてあれば、御格子ども上げわたして、人々出で居たり。袖口など、たう歌のをり覚えて、ことさらめきもて出でたるを、「ふさはしからず」と、まづ藤壺わたりおぼし出でらる。



寝殿に、女一の宮、女三の宮がおいでになる。
その東の、戸口においでになり、寄りかかっていた。
藤は、こちらの角にあたっているので、格子を上げて、端近くに女房達が、座っていた。
袖口など、踏歌の折に似て、わざとらしく、御簾の下から出しているのを、相応しくないと、何よりも、藤壺の辺りの、奥床しさを、思い出すのである。

袖口
出だし衣 いだしぎぬ、である。
見物する女房達が、着物の袖口を、御簾の下から、出す風情である。

踏歌
正月に、宮中で、行われる催しであり、公事である。

藤壺の邸とは、違う雰囲気であり、源氏は、こちらの、邸の様子を相応しくないと、思うのである。


源氏「なやましきに、いといたう強ひられて、わびにて侍り。かしこけれど、この御前にこそは、陰にも隠させ給はめ」とて、妻戸の御簾を引き着給へば、人々「あな、わづらはし。よからぬ人こそ、やむごとなきゆかりはかこち侍るなれ」といふ気色を見給ふに、重々しうはあらねど、おしなべての若人どもにはあらず、あてにをかしきけはひしるし。そらだきもの、いとけぶたうくゆりて、衣の音なひいと花やかにふるまひなして、心にくく奥まりたるけはひは立ちおくれ、今めかしき事を好みたるわたりにて、やむごとなき御方々物見給ふとて、この戸口はしめ給へるなるべし。




源氏は、気分が悪いのに、酒を強いられて困っています。恐縮ですが、こちらならば、私を、物陰に隠してくださるでしょうと、妻戸を御簾に、上半身を入れる。
人々は、あら、厄介なこと。身分の賎しい人は、高貴な親族に、寄りかかると申しますが、という、様子を御覧になる。
彼女達は、重々しくはないが、並の女房達ではない。
上品で、美しい様が、よく解る。
そらだきものが、大変に煙たく香って、衣擦れの音を、わざと、華やかにして振舞うという、奥床しさ、深みを現す様子ではなく、軽やかな粋を好んでいる様子である。
高貴な方々が、物見をすると、この戸口を占領しているのである。

そらだきもの
部屋の中を薫りで包むのである。



さしもあるまじき事なれど、さすがにをかしう思ほされて、「いづれならむ」と胸うちつぶれて、源氏「扇を取られて、からきめを見る」とうちおほどけたる声に言ひなして、寄り居給へり。女房「あやしくもさまかへける高麗人かな」といらふるは、心知らぬにやあらむ。いらへはせで、ただ時々うち嘆くけはひする方によりかかりて、凡帳ごしに手をとらへて、

源氏
あづさ弓 いるさの山に まどふかな ほの見し月の 影や見ゆると

何ゆえか」とおしあてに宣ふを、え忍ばぬなるべし、


心いる 方ならませば ゆみはりの 月なき空に 迷はましやは

といふ声、ただそれなり。いとうれしきものから。




場所柄を考えると、控えるべきことだが、さすがに興に乗り、あの女君は、どれだろうと、胸をときめかせる。
源氏は、扇を取られて、からめを見ると、おどけた調子で言いつつ、身を寄せかけて、座っている。
女房は、妙に変わった、高麗人ですこと、と、答えるには、事情を知らないゆえである。
答えはせずに、ただ、時々、溜息をつく、気配のする方へ、寄りかかり、凡帳越しに、手を捕らえて

源氏
ちらっと見た、月の姿が、再び見られるかと、いるさの山に、迷っています。
なぜでしょう、と、当てずっぽうに、仰ると、とても、堪えきれない様子で、


深く、お心をかけておいでならば、月のない空でも、迷いになるはずは、ありますまい

と言う声は、まさしく、あの女である。
それは、本当に、嬉しいことだが・・・

いるさの山
但馬国の名所である。

ゆみはり
月の枕詞である。

ほの見し月の 影や見ゆると
あの夜に、ほんの少しばかり見た、月、つまり、女のこと。
月の影とは、月影であり、月の光である。

星の光を、星影という。
月の光を月影という。
それらは、皆、光の影なのである。
つまり、太陽の影である。
夜の光は、皆、太陽の、日の影なのである。

女の歌は、思い深ければ、月の光のない、夜の闇でも、迷うことはないと言う。
つまり、ここにいますと、宣言しているのである。

ただそれなり。いとうれしきものから

これで、花宴を、終わる。

人生を、一言で言えば、ただそれなり、なのである。


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2008年12月19日

もののあわれ359



世の中変はりて後、よろづ物憂くおぼされ、御身のやむごとなさも添ふにや、軽々しき御しのびありきもつつましうて、ここもかしこも、おぼつかなさの嘆きを重ね給ふ報いにや、なほ我につてなき人の御心を、尽きせずのみおぼし嘆く。今はましてひまなう、ただうどのやうにて添ひおはしますを、今后は心やましう思すにや、うちにのみ侍ひ給へば、立ち並ぶ人なう心やすげなり。をりふしに従ひては、御遊びなどを好ましう世の響くばかりせさせ給ひつつ、今の御有様しもめでたし。ただ東宮をぞ、いと恋しう思ひ聞え給ふ。御後見のなきをうしろめたう思ひ聞えて、大将の君によろづ聞え給ふも、かたはらいたきものから、嬉しとおぼす。




この段は、源氏、21歳四月から、22歳の正月までの、話である。

桐壺帝が、朱雀帝に、譲位した。
御代の代わりである。
世の中が、代わり、何もかもが、物憂い、億劫になってしまた。
更に、昇進したために、身分に尊さが加わり、軽々しい、忍び歩きも、出来にくくなったのである。
ここかしこの、方々の心思いを、感じて、嘆きの数を積み重ねたせいでの、報いであろうか。
相も変わらず、つれない方の、心の模様を、嘆いているのである。
譲位後の、現在は、以前にも増して、間断なく、まるで普通の夫婦のようになっているのを、今后は、不快に思い、御所にばかりおいでになるため、競争する者がなく、気軽そうである。
よい機会があれば、管弦の御遊びなどを、世の評判になるほど、催されたりして、今の有様の方が、結構に拝されるのである。
ただ、東宮を大変に、恋しく思うのである。
守護役のいないのを、気がかりに思い、大将の君に、万事を依頼されるのにも、君は、内心、気の引ける思いがする、一方、嬉しいとも、思うのである。


少し説明する。
新しい帝は、源氏の兄宮である、朱雀帝である。
その、母后と、祖父に当たる、右大臣の勢力が、源氏にとっては、好ましくない、政治的状況になるのである。

次第に、物語は、複雑に展開してゆく。




まことや、かの六条の御息所の御腹の、前坊の姫宮斎宮に居給ひにしかば、大将の御心ばへもいと頼もしげなきを、「幼き御有様のうしろめたさにことづけて下りやしなまし」とかねてよりおぼしけり。




まことや、さて、とか、それでは、と、話を転じる時の言葉。
あの、六条の御息所を母君とする、前の東宮の、姫宮が斎宮の地位に就かれた。
御息所は、源氏の大将の気持も、まるで頼りになりそうもないと、姫君の、幼い様子が、気がかりであると、口実を作り、姫と、共に、伊勢に下ろうかと、思うのである。


六条御息所は、源氏の年上の愛人である。
源氏は、大将に昇格している。

下りやしなまし
まし、とは、推量の助動詞で、反実仮想の意味である。
や・・・まし、は、躊躇う気持を表す。
な、は、完了の、ぬ、の、未然形で、強意の意味になる。

下り や しな まし、となる。


院にも、「かかる事なむ」と聞しめして、院「故宮のいとやむごとなくおぼし、時めかし給ひしものを、軽々しうおしなべたる様にもてなすなるが、いとほしきこと。斎宮をも、この御子達のつらになむ思へば、いづかたにつけても、おろかならざらむこそよからめ。心のすさびにまかせて、かくすきわざするは、いと世のもどき負ひぬべき事なり」など、御気色あしければ、わが御ここちにも、げにと思ひ知らるれば、かしこまりて侍ひ給ふ。「人のため恥ぢがましき事なく、いづれをもなだらかにもてなして、女の恨みな負ひそ」と宣はするにも、「けしからぬ心のおほけなさを聞しめしつけたらむ時」と恐ろしければ、かしこまりてまかで給ひぬ。




桐壺院も、こんな事情があると、聞いて、前の東宮が、御息所を大変な大切な人として、寵愛されたのに、それを、軽々しく、並の人のよう扱っているということであるが、気の毒なことではないか。斎宮のことも、私の皇女たちと、同列に思っている。いずれにしても、粗末にせぬほうがよい。気まぐれに、このような、好き事をすることは、たいそう、世間の批難を浴びるものである。などと、仰せられ、院のご機嫌が悪いので、源氏は、そうだと、納得されるので、恐縮して控えている。
人の体面を、傷つけるようなことなく、角の立たないような扱うべきであり、女の恨みを、受けないように、しなさいと、仰るのである。
源氏は、人の道から外れた、藤壺に恋する心の、大それた気持を、万一、院がお聞きになったらと思うと、その時は、恐ろしいと、思い、恐縮して、退出された。


いづれをも、なだらかに、もてなして
いずれにしても、穏やかにして、もてなす、とは、取り計らう、取り扱う、世話をする、振舞う、もてはやす、ご馳走する、などの意味がある。
この場合は、男女の関係に対しての、なだらかに もてなして、である。

女の恨みな負ひそ
実に、面白い。
女の恨みを買うな、である。
負ひそ、の、そ、は、な、よりも、弱い表現である。
しかし、恨みな、と、な、を、つけて、後に、そ、で、終わる。
これは、日本人の、言い回しである。
深読みすると、女の恨みをかっては、いけない、と強いのだが、出来れば、買わないようにした方が、いいのですよ、と、最後に、柔らかく終わるのである。

何とも、微妙繊細である。

けしからぬ心
異しからぬ、と、書く。
異なこと、異常なこと、合点がいかないこと。

現代でも、けしからんと、怒ることがある。
怪しからんと、書くこともある。
それは、怪しいことなのである。

おほけなさ
身の程知らず、身分に合わない行為である。

源氏は、兄の、桐壺帝に、我が心を知られると、恐ろしいことだと、思うのである。




又かく院にも聞しめし宣派するに、人の御名もわがためも、すきがましういとほしきに、いとどやむごとなく、心苦しき筋には思ひ聞え給へど、まだあらはれては、わざともてなし聞え給はず。女も、似げなき御年の程を恥づかしうおぼして、心とけ給はぬ気色なれば、それにつつみたる様にもてなして。院に聞しめしいれ、世の中の人も、知らぬなくなりにたるを。深うしもあらぬ御心の程を、いみじうおぼし嘆きけり。



また、このように、御息所との関係を、知られて、諌めの言葉を述べるにつけて、御息所の名誉に関しても、自分のためにも、いかにも、色好みの行動であると、思われて、御息所が、気の毒でもある。
それは、大そう、大切なことで、今のまま、気の毒であると、申し上げているが、まだ、公に、きちんとした結婚の形を取らないでいる。
御息所も、不釣合いな、年の違いを、きまり悪く思い、源氏に打ち解けない様子である。
源氏は、その気持に、遠慮しているという風に、振舞われていて、その二人の関係が、院の耳にも入り、世間の人も、知らぬ者はないという状況である。
源氏の気持が、深くないということを、御息所は、大変、嘆いているのである。


それぞれの、心境を描くが、訳すのは、本当に、面倒なところである。

似げなき御年のほどを
似げなき、とは、相応しくないという意味。
御息所は、29歳であり、源氏は、21歳である。

源氏自身、好色の男と、思われることは、云々と言うが、実際、行っていることは、好色である。
何故、作者は、源氏に、そのように思わせるのか。
源氏は、自分の行為を、どのように、把握しているのかを、解っていないと、説明するようである。

好色ののせに、私は、好色ではないと、思っている男という、イメージである。
としたら、源氏という、男、とんでもない、男である。
その、身分を利用しての、好色の行為の数々を、何とする。

これは、当時の、貴族社会の、有様を、源氏を通して書いているのである。

紫式部の嫌うところの、男の、好色、好き者の、行為を、源氏に、集中させているのである。
当時の、貴族社会の、男達に対する、徹底した、批判である。

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2008年12月20日

もののあわれ360

かかる事を聞き給ふにも、朝顔の姫君は、「いかで人に似じ」と深うおぼせば、はかなき様なりし御かへりなども、をさをさなし。さりとて、人憎くはしたなくもてなし給はぬ御気色を、君も、「なほことなり」と思しわたる。



このような、噂を聞かれるにつけ、朝顔の姫君は、決して、人の二の舞は、するまいと、心に深く決めているので、ちょっとした返事なども、しないのである。
かといって、憎らしいと、思われたり、間の悪い思いをさせたりすることのないように、気配りする。
君は、矢張り、たいしたものだと、思うのである。




大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしとおぼせど、あまり包まぬ御気色の、いふかひなければにやあらむ、深うも怨じ給はず。心苦しき様の御ここちに悩み給ひて、もの心細げにおぼいたり。珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ。誰も誰も嬉しきものから、ゆゆしうおぼして、さまざまの御つつしみせさせ奉り給ふ。かやうなる程、いとど御心のいとまなくて、おぼしおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。




大臣家では、このような、浮ついた、源氏の心を、面白くないとは、思うが、余りにも、人目を憚らない様子が、言っても詮無いことと、大して、怨むこともない。
姫は、痛々しく、体の具合が悪く、苦しんでいるので、心細く思う。
君は、そういう姫の気持を、珍しいことだと、思いもし、また、愛しいとも思う。
どなたも、どなたも、嬉しいものの、恐ろしい思いもし、色々と、物忌みを、させるのである。
こうしている間に、いっそう、心の休む間も無く、なおざりにされているわけでもないが、他の方々へは、途絶えが多いことであろう。

心苦しき様
源氏の妻の、葵の上の、懐妊である。

妻の様子が、いつもと違うのに、珍しいと、思うのだが、源氏の最初の子は、藤壺が産んでいる。しかし、それは、誰も知らぬことである。
勿論、作者は、知っているから、源氏は、妻が懐妊して、苦しんでいることを、珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ、という。つまり、自分の行状を知らずに、妻が懐妊して、苦しんでいるということである。

そういう状態なので、源氏は、他の女の所へは、行くことがない。
とだえ多かるべし、なのである。





その頃、斎院も下り居給ひて、后腹の女三の宮居給ひぬ。帝后、いとことに思ひ聞え給へる宮なれば、筋ことになり給ふを、いと苦しうおぼしたれど、こと宮たちのさるべきおはせず。儀式など、常の感わざなれど、いかめしうののしる。祭の程、限りあるおほやけごとに添ふこと多く、見所こよなし。人柄と見えたり。




その頃、斎院を辞めて、代わりに、后腹の女三の宮が、就任した。
陛下も、后も、格別に大事にしている宮である。
その特殊な身分になることを、大変辛く思うが、姫宮方の方では、適当な方がいないために、このようになったのである。
儀式など、普通の神事ではあるが、大変な騒ぎである。
祭りの折には、規定の行事の他に、付け加わることが多く、この上なく、立派な見ものである。
これは、斎院によるものと、思われた。

いかめしうののしる
大変な出来事。騒ぎである。




御祓の日、上達部など数定まりて仕うまつり給ふわざなれど、覚えことに、かたちある限り、下襲の色、うへの袴の紋、馬、鞍までみな整へたり。とりわきたる宣旨にて、大将の君も仕うまつり給ふ。かねてより、物見車心使ひしけり。一条の大路、所なくむくつけきまで騒ぎたり。所々の御桟敷、心心にし尽くしたるしつらひ、人の袖口さへいみじき見ものなり。




御祓、ごけい、の日は、上達部など人数が定まって、供奉されることになっているが、特に今回は、評判も良く、容姿の立派な人たちばかりであり、下襲、したがさねの色合い、袴の模様、馬や鞍まで、皆、立派に整えていた。
特別な、宣旨があって、大将である源氏も、供奉なさる。
そんなわけであり、前々から、見物の方々は、気を配っていた。
一条の大路は、隙間無く、恐ろしいまでに、混雑した。
あちらこちらの、桟敷や、思い思いに趣向を凝らした飾りつけなど。
女房達の、出だし衣の袖口までも、大変な見ものである。

女房達の、袖口とは、御簾の下から、わざと外に出して見せるものである。




大殿には、かやうの御ありきもをさをさし給はぬに、御ここちさへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人々、「いでや、おのがどち引き偲びて見侍らむこそはえなかるべけれ。おほよそ人だに、今日のもの見には、大将殿をこそは、あやしき山がつさへ見奉らむとすなれ。遠き国々より、めこを引き具しつつもまうで来なるを、御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな」と言ふを、大宮聞しめして、「御ここちもよろしきひまなり。さぶらふ人々もさうざうしげなめり」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて、見給ふ。




大臣家では、このような外出も、ほとんど出ず、その上、気分も優れないので、考えもしなかったが、若い女房達が、どうでしょう。私達だけでも、こっそりと、参るというのは、見物の見栄えがしませんでしょう。ご縁の無い人でさえ、今日の物見は、まず、第一に、大将さまを、いやしい田舎者までもが、拝もうとしているとのこと。遠い国から、妻子を連れて、上がって来ているというのに、それを、正妻である、姫君様が、御覧にならないのは、あんまりです。と言うのを、大宮が、耳にされて、今日は、ご気分も、よろしい日です。お付の人々も、つまらなさそうだし、と、急に、おふれを出して、御覧になることになったのである。


はえなかるべけれ
忍んで行くのは、行った甲斐がない。
ぱっとしない。
はえ、とは、見栄えであり、面目である。
なかるべけれ、の、べけれ、は、推量、未然形で、見栄えがしないだろう。つまり、ぱっとしない、のである。

堂々と、物見に行きたいというのである。

今で言えば、有名芸能人が、路上パフォーマンスをするようなものである。

あやしき山がつさへ
山賎であり、山里に住む身分の賎しい者たち。
田舎のきこりなど、である。
いやしい田舎者たちである。

賎しい
身分の無い者である。

大宮
葵の上の母。桐壺帝の妹。

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