2008年11月01日

もののあわれ312

門うち叩かせ給へば、心も知らぬ者のあけたるに、御車をやをら引き入れさせて、丈夫妻戸を鳴らしてしはぶけば、少納言言聞き知りて出で来たり。惟光「ここにおはします」と云えば、少納言「幼き人は大殿籠もりてなむ。などかいと夜深うは出でさせ給へる」と、もののたよりと思ひて言ふ。源氏「宮へわたらせ給ふべかなるを、その先に、聞えおかむとてなむ」と宣へば、少納言「何事か侍らむ。いかにはかばかしき御いらへ聞えさせ給はむ」とて、うち笑いていたり。




門を叩かせると、何も事情を知らない、門番が、門を開ける。
車を、静かに引き入れて、惟光が、妻戸を叩いて、咳払いをする。
少納言が、惟光と、知り出て来た。
少納言は、幼い方は、お休みです。どうして、こんな夜更けに、お出ましになりましたと、言う。どこからかの、帰り道だと、思うのである。
源氏は、父宮の、お邸に、お引き移りされるとのこと。その前に、一言、申し上げたく思います。と、仰ると、少納言は、何事で、ございましょう。どのような、返事を申し上げたらいいのやらと、言い、笑うのである。



君入り給へば、いとかたはらいたく、少納言「うちとけてあやしきふる人どもの侍るに」と聞えさす。源氏「まだおどろい給はじな。いで御目さまし聞えむ。かかる朝霧を知らでは寝るものか」とて入り給へば、「や」とも聞えず。



源氏は、中に入ると、少納言は困りきり、行儀の悪い恰好で、年寄りどもも、寝ておりますと、言う。
源氏は、まだ、お目覚めではないでしょう。さあ、起こしてあげましょう。こんな朝霧を知らずに、寝ているなんてと、仰りつつ、お入りになるので、もし、との、言葉さえ、口から出ないのである。


源氏は、強行突破するのである。




君はなに心もなく寝給へるを、いだきおどろかし給ふに、おどろききて、「宮の御迎へにおはしたる」と、寝おびれて思したり。御髪掻きつくろひなどし給ひて、源氏「いざ給へ。宮の御使ひにて参り来つるぞ」と宣ふに、あらざりけりとあきれて、恐ろしと思ひたれば、源氏「「あな心憂。まろも同じ人ぞ」とて、かき抱きて出で給へば、丈夫少納言など、「こはいかに」と聞ゆ。




若君は、何も知らずに寝ていたが、君が、抱いて起こすと、目覚めて、父宮が、迎えに来たのだと、寝惚けて思う。
髪の乱れを手で、直している。
源氏は、さあ、いらっしゃい。宮様の、お使いで、私が参りましたと、仰る。
違う人だと、若君は、驚き、怖がる。
源氏は、これは、どうしましたか。私も、宮様と、同じですと、仰り、抱かかえて、お出になる。
惟光や、少納言は、これは、何となさいますと、申し上げる。




惟光も、少納言も、驚いている。
まさか、連れて出るとは、思わないのである。




源氏「ここには常にもえ参らぬが、おぼつかなければ、心安き所にと聞えしを、心憂くわたり給ふべかなれば、まして聞えがたかるべければ。人一人参られよかし」と宣へば、心あわただしくて、少納言「今日はいと便なくな程経て、さるべきにおはしまさば、ともかうも侍りなむを、いと思ひやりなき程の事に侍れば、侍ふ人々苦しう侍るべし」と聞ゆれば、源氏「わし。のちにも人は参りなむ」とて、御車寄せさせ給へば、あさましう、「いかさまに」と思ひあへり。若君もあやしと思して泣い給ふ。少納言止め聞えむ方なければ、よべ縫いし御衣ども引きさげて、自らも、よろしききぬ着かへて乗りぬ。




源氏は、ここには、始終参れないのが、気がかりで、安心な所へと、申したが、つれなくも、宮家へ、お引き移りとの事。それでは、お便りも、いたしにくかろう。誰か、一人御供されよと、仰る。
気が急いて、少納言は、今日は、どうも、困ります日でございます。
宮様が、お越し遊ばします。どのように、申し上げましょう。
後のご縁があれば、そのように、なると・・・
まことに、思いもかけぬ、今日のこと。お付する、私どもも、困りますことで。
源氏は、それでは、よい。後から、誰か参れ。
御車を、縁に、寄せられるので、女房たちは、呆れて、どうしたものかと、皆々、心配する。
若君も、変だと気づき、泣くのである。
少納言は、引き止めることもできず、昨夜、縫っていた、お召し物を、何枚か手にして、自分も、見苦しくない着物を、着て、お車に、乗られた。


源氏の、強硬手段に、なす術も無く、従うという、寸歩である。

物語は、終わりを迎える。
そして、それが、お話の山場である。
息もつかずに、読ませる場面である。

ここまでして、源氏は、何を手に入れたいのか。

自分が慕う、藤壺の宮に似た幼女に、託す思い。
幼女性愛ではない。
色好みの、極地である、理想の女性を、育てるという、思い。

女性である、紫式部が、男性に指南しているようである。
ここまで、至るのが、色好みである、というふうに。
女が、思い通りに、育てられるものか、試して、みよと、言うようである。




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2008年11月02日

もののあわれ313

二条院は近ければ、まだ明うならぬ程におはして、西の対に御車寄せて降り給ふ。若君をば、いと軽らかに、掻き抱きて降ろし給ふ。少納言、「なほいと夢のここちし侍るを、いかにし侍るべき事にか」と、やすらへば、源氏「そは心ななり。御みづから渡し奉りつれば、帰りなむとあらば送りせむかし」と宣ふに、わりなくて降りぬ。



二条の院は、近く、まだ空が明けないうちに、到着した。
西の対に、車を寄せて、降りられる。
少納言は、本当に、夢の中にいるようです。どうしたら、いいのやら、と躊躇う。
源氏は、それは、お心に任せる。本人をお連れしたのだから、そちが、帰ろうと、言うならば、送ってあげようと、言う。
しょうがなく、車を降りた。




俄かにあさましう、胸も静かならず、「宮の思し宣はむ事。いかになり果て給ふべき御有様にか。とてもかくても、たのもしき人々に後れ給へるがいみじさ」と思ふに、涙の止まらぬを、さすがにゆゆしければ、念じたり。




急なことであり、呆れて、胸が静まらない。
宮様は、なんと、仰るのか。
若君は、結局は、どんな、身の上になるのだろうか。
何にせよ、頼みに思う方々に、先立たれてしまったというのが、不幸なのであると、涙が、止まらないが、ともかく、若君の、お輿入れという事になったのだから、涙は、縁起でもないことと、堪えているのである。

少納言、乳母の心境である。

さすがにゆゆしければ
という、部分に、お輿入れという、勝手な訳を入れる。
今までの、訳の、定番を載せた。

私は、涙を流しつつも、これは、ゆゆしきことと、思うとした方が、すっきりする。

果たして、源氏は、強行に、若君を連れて来たのであり、後戻りは、出来ない。
父宮に、対して、どのように対処するのか。



こなたは住み給はぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳御屏風など、あたりあたり、したてさせ給ふ。御凡帳の帷子引き下し、御座など、ただひきつくろふばかりにてあれば、東の対に、御宿直もの召しに遣はして、大殿籠もりぬ。若君は、いとむくつけう、いかにする事ならむ、と、ふるはれ給へど、さすがに声たててもえ泣き給はず。若君「少納言がもとに寝む」と宣ふ声、いと若し。源氏「今はさは大殿籠もるまじきぞよ」と教へ聞え給へば、いとわびしくて、泣き臥し給へり。乳母はうちも臥されず、ものも覚えず起きいたり。




こちらは、お住みにならない、対であり、御帳台などもなかった。ベッドである。
惟光を、呼んで、御帳台や、屏風その他、色々と、用意させる。
御帳台の帷子を、引き下して、ご座所なども、引き述べる用意である。座る場所である。
東の対に、夜具を取り寄せに、人をやり、お休みになった。
夜具とは、布団である。
若君は、とても、不安で、どうしたものかと、震えているが、さすがに、声に出して泣くことはない。
少納言のところで、寝ると言う。その声が子供である。
いと若し。若い声、子供の声。
源氏は、もう、大きくなったので、そんな寝方をされるものではありませんと、教える。
しかし、悲しく、泣きながら、横におなりになる。
乳母は、横になるどころではない。
ものも覚えず起きいたり。
呆然と、うつらうつらしつつ、正気無くと、訳すのか。



明け行くままに見わたせば、大殿の造りざま、さらにも言はず。庭の砂子も玉を重ねたらむやうに見えて、かがやくここちするに、はしたなく思ひいたれど、こなたには、女なども侍らざりけり。うとき客人などの参るをりふしの方なれば、男どもぞ御簾の外にありける。かく人迎へ給へり、とほの聞く人は、「誰ならむ。おぼろげにはあらじ」とささめく。




明け行くにつれて、少納言が、辺りを見回すと、御殿の造りや、室内の装飾は、見事である。庭の砂さえ、玉を敷いたよう見えて、輝いているようである。
自分などは、こんな場所に相応しくないと、小さくなっていた。だが、この対には、女は、いないようである。
時々の、お客が、参上する場所なのである。
男たちが、御簾の外で、控えている。
女君を、お迎えになると、耳にする者は、誰だろうか、只者ではない、などと、ひそひそ、話している。




御手水御粥などこなたに参る。日高う寝起き給ひて、源氏「人なくてあしかめるを、さるべき人々、夕づけてこそは迎へさせ給はめ」と宣ひて、対に童女召しにつかはす。「小さきかぎり、ことさらに参れ」とありければ、いとをかしげにて四人参りたり。君は御衣にまとはれて臥し給へるを、せめて起こして、源氏「かう心憂くなおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は心やはらかなるなむよき」など、今より教え聞え給ふ。




お手水や、食事なども、こちらに、持って参る。
日が高くなってから、起きられて、源氏は、召使がいなければならない、適当な人々を、夕方になったら、呼び寄せるがいいと、仰る。
対の屋に、女の童を呼びに、人をやらせる。
源氏は、小さいのばかりに、参らせよとのことで、とても可愛い四人が、上がって来た。
若君は、お召し物に、くるまり、寝ていたが、源氏が、無理に起こして、そんなに、すねては、駄目ですよ、薄情者は、いけません、女は、おとなしいほうが、いいのです、などと、今から、教えるのである。


源氏にとっても、若君にとっても、新しい生活が、始まるのである。

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2008年11月03日

もののあわれ314

御かたちは、さしはなれて見しよりも、いみじう清らかにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、あそび物ども、取りにつかはして見せ奉り、御心につく事どもをし給ふ。やうやう起き居て見給ふに、にび色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうちえみなどして居給へるが、いとうつくしきに、われもうちえまれて見給ふ。




御かたち、とは、器量はということで、離れて見たよりも、いみじう、とても、綺麗であるという。
やさしく、お話して、面白い絵や、遊び道具を、あれこれと、取り寄せて、見せたまうのである。気に入りそうなことを、して上げる。
若君は、ようやく起き出して、御覧になる。
その姿は、色の濃い、喪服の皺になったものを、重ねて着ている。そして、無邪気に笑うのが、とても、可愛いので、源氏も、自然、笑みを浮かべて、御覧になる。


源氏物語は、当時の敬語で、書かれているということが、特徴であり、驚きである。それが、文章の格調を、高くしている。

東の対にわたり給へるに、立ち出でて、庭の木立、池の方などのびき給へば、霜枯の前栽、絵にかけるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位五位こきまぜに、ひまなう出で入りつつ、「げにおかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするも、はかなじや。




源氏が、東の対においでになったので、若君は、端に出て、庭の植木や、池の方などを、覗かれると、霜枯れの植え込みは、絵に描いたように、美しく、見たこともない、四位や、五位の人々が、色とりどりの衣が、入り交じり、出たり入ったりしている。
若君は、本当に、面白いところだと、思うのである。
そこらの、屏風や、面白い絵などを、見て回り、楽しんでいるのが、いじらしいのである。

はかなじや
これは、作者の思いであろう。
それは、愛くるしいとも、不憫だとも、言える。




君は二日三日内へも参り給はで、この人をなつけ語らひ聞え給ふ。やがて本にと思すにや、手習ひなど、様々に書きつつ見せ奉り給ふ。いみじうをかしげに書き集め給へり。「武蔵野と云えばかこたれぬ」と紫の紙に書い給へる墨つきの、いと殊なるを取りて見い給へり。少し小さくて、

源氏
ねは見ねど 哀れとぞ思ふ 武蔵野の 露わけわぶる 草のゆかりを

とあり、源氏「いで君も書い給へ」とあれば、若君「まだようは書かず」とて見上げ給へるが、なに心なくうつくしげなれば、うちほほえみて、源氏「よからねど、むげに書かぬこそわろけれ。教え聞えむかし」と宣へば、うちそばみて書い給ふ手つき、筆とり給へる様の、幼げなるも、らうたうのみ覚ゆれば、心ながらあやしと思す。若君「書き損なひつ」と、恥ぢて隠し給ふを、せめて見給へば、

若君
かこつべき ゆえを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらむ

と、いと若けれど、生ひ先見えてふくよかに書い給へり。故尼君のにぞ似たりける。「今めかしき手本ならはば、いとよう書い給ひてむ」と見給ふ。雛など、わざと屋ども造りつづけて、もろともに遊びつつ、こよなき物思ひの紛らはしなり。



君は、二日三日と、宮中へも、参上せず、この人を、なつけようと、お話し相手をお勤めする。
そのまま、手本になると、思うのか、筆や、絵など、色々書いては、お見せする。
素晴らしく、立派なものを、沢山書いた。
武蔵野と言うと、感無量との、紫の紙に、書かれた、筆の、格別に見事なものを、若君は、手にして、御覧になる。
少し、小さい文字で、

ねはみねど あわれとぞおもふ むさしのの つゆわけわぶる くさのゆかりを

根は、見えないが、可愛いと思う。武蔵野の露を分けずに、我が物と、できない、草にゆかりの、この草を

根は見ねど、とは、寝に、掛けている。寝てはみないがということになり、大胆な歌である。もっと、説明すると、まさに、エロスである。これ以上は、省略する。

と書いてあるものを、源氏は、さあ、書いてみなさいと、仰る。
若君は、まだ上手に、書けませんと言う。
それが、無邪気で可愛いので、微笑み、上手でなくても、何も書かないというのは、いけません。教えて上げましょう。と仰ると、少し、横を向いて、お書きになる手つき、筆を持つ様子の、不釣合いな具合も、可愛いのである。
心ながらあやしと思ほす
そのように、思うが、怪しいのである。妖しいのかも、しれない。
若君は、、書き損じたと、恥ずかしがって、お隠しになるのを、無理に御覧になる。

若君
かこつべき ゆえをしらねば おぼつかな いかなるくさの ゆかりなるらむ

あなたが、感慨無量という、訳が解りません。それで、気になります。どんな草のゆかり、なのでしょう。

この、ゆかり、縁とは、源氏が、心を寄せるお方である。その、ゆかりにある、若君である。

と、いかにも、子供らしい。
しかし、将来の上達が、伺える。
ふっくりとした、筆である。
亡くなった、尼君の、筆に似る。
今、流行の、手本を習えば、とても、上手になられるだろうと、御覧になる。
人形なども、わざわざ、御殿を造り並べて、一緒に遊ぶ。
またとない、煩悶の気晴らしである。

こよなき物思ひの紛らはしなり
物思いとは、悩み事、色々と、考えること、など、精神的な、不安定さ、抑鬱状態である。
平安期は、特に、そのような、抑鬱状態が、続いていた。
それは、平和だったからだと、思われる。
歴史的に、束の間の、平和を享受していたのである。

物思う人は、どこかに、憂いを持つのである。
その、憂いを、直接的表現を、避けて、自然の風物に託して、詠い上げる。
それが、伝統となってゆく、過程が、面白い。

生きることが、憂きことと、感得したのである。
それが、生老病死を、苦とする、仏教を受け入れやすくしたと、いえる。

万葉の、野性味が、分解、分析されて、微妙曖昧な、心の綾に、取り入れられる。
文化というもの、日本では、病なのである。

欧米の文化とは、武器を使用せずに、民を治めるという意味である。
日本のそれを、文化と、翻訳したが、実は、文化に近い訳とは、芸能である。
武器を用いずに、民を支配するというのではなく、芸能を、持って民を支配するという方が、あっている。

精神的な、有様を持って、文化と言うことが、できないのが、日本の文化であり、それは、病である。

日本の文学は、病にあり、それが、健康的になるのは、何と、太平洋戦争の、敗戦後である。

万葉以後から、千年ほど、日本の精神は、病の中にあった。
それゆえ、もののあわれ、という、心境風景も、生まれた。

怪我の功名は、まさに、千年を掛けて、築き上げられるのである。


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2008年11月04日

もののあわれ315

かのとまりし人々、宮わたり給ひて尋ね聞え給ひけるに、聞えやる方なくてぞ、侘びあへりける。「しばし人に知らせじ」と、君も宣ひ、少納言も思ふ事なれば、せちに口がためやりたり。ただ、「行方も知らず、少納言がいて隠し聞えたる」とのみ聞えさするに、宮もいふかひなう思して、「故尼君も、かしこにわたり給はむ事を、いとものしと思したりし事なれば、乳母の、いとさしすぐしたる心ばせのあまり、おいらかに、わたさむを便なし、などは言はで、心にまかせて、いてはふらかしつるなめり」と、泣く泣く帰り給ひぬ。




若君なき家で、残った女房たちは、宮様の、お越しになっての、お尋ねに、お返事のしようもなく、皆、困惑した。
しばらくは、誰にも、知らせるなと、君も言う。
少納言も、同じ考えである。
固く口止めをして、ただ、どことも知れず、少納言がお連れましたとだけ、申し上げるので、宮も、どうしようもなく、亡くなった尼君も、あちらに、引き移ることを、嫌っていたゆえ、乳母が、考えて、お渡しするのは、困るとは、言わずに、自分の考えで、連れて行ったのであろうと、泣き泣き、お帰りになった。

源氏が、女房たちに、口止めしたのである。そして、乳母である、少納言も、同じ考えである。



父宮「もし聞き出で奉らば告げよ」と宣ふもわづらはしく。僧都の御もとにも尋ね聞え給へど、あとはかなくて、あたらしかりし御かたちなど、恋しく悲しと思す。北の方も、母君を憎しと思ひ聞え給ひける心も失せて、わが心にまかせつべう思しけるに、違ひぬるは、口惜しう思しけり。



父宮は、もし、居所が、わかったら、報せてくれとの、お言葉も、女房たちには、苦しいものであった。
僧都の元にも、お尋ねになったが、手掛かりもない。
惜しい程の、器量なども、思い出されて、恋しく悲しいと、父宮は、思うのである。
北の方も、若君の母を憎いと思っている気持も、消えうせて、思い通りに、育ててみようと、思っていたが、その、当てが外れたので、残念に思う。


違い
たがい、とは、思うこと、うまくいかないという、意味。




やうやう人参り集りぬ。御遊がたきの童女ちごども、いとめづらかに今めかしき御有様どもなれば、思ふことなくて、遊びあへり。君は、男君のおはせずなどして、さうさうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひ聞え給ひて、うち泣きなどし給へど、宮をばことに思ひ出で聞え給はず。もとより見ならひ聞え給はでならひ給へれば、今はただこののちの親を、いみじうむつびまつはし聞え給ふ。物よりおはすれば、まづ出で迎ひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りいて、いささか疎く恥づかしとも思ひたらず。さるかたに、いみじうらうたきわざなりけり。



次第に、女房たちが、若君の所に、寄り集まった。
遊び相手の、女の童やも稚児たちも、またとない、珍しい雰囲気、今めかしき、つまり、新しい感覚で、大満足である。
若君は、男君、源氏のことである。が、いらっしゃらない時や、寂しい夕暮れの時などは、尼君を慕い、泣いたりするが、父宮のことを、思い出すこともない。
もともと一緒に暮らしていなかったからか、今は、この後の親、源氏に、すっかり親しんでいる。
源氏が、帰ると、誰よりも、先に出迎えて、嬉しそうに、お話になる。
源氏に抱かれても、嫌がらず、恥ずかしいと、思うこともない。
そうした、遊び相手として、いみじうらうたきわざ、実に可愛らしいのである。




さかしら心あり、なにくれとむつかしき筋になりぬれば、わがここちも、少し違ふふしも出で来や、と心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかの事、おのづから出で来るを、いとをかしきもと遊びなり。むすめなどはた、かばかりになれば、心安くうちふるまひ、隔なきさまに臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いと様変はりたるかしづきさなり、とおぼいためり。




さかしら心
嫉妬心である。
嫉妬心がつき、何かと、難しい関係になったら、自分の心にも、ぴったりとしないものも、あるかもしれないと、思われる。
相手の女を、恨みもし、それで、思いがけない、離婚ということもある。
これは、しかし、面白い遊びである。
自分の娘でも、これくらいの年になると、気楽に振舞い、馴れ馴れしくすることは、できない。
これは、大変、様変はりたる、かしづきさなり。
つまり、風変わりな、かしづき、秘蔵っ子である。
と、おぼいためり、つまり、と、思ったとか、である。
最後は、作者の、注訳である。


これで、若紫を、終わる。

世界最初の小説に、幼女拉致、偏愛の様が、描かれるという有様である。
兎に角、すべてが初の試みである。
源氏物語にはじまり、源氏物語に終わるという、実に、いつまでも、新鮮な、千年の物語である。

タブーというものを、置かないという意味でも新鮮である。

私は、まだ、誰も発見していない、源氏物語を、見たいと思っている。そして、私の訳は、あくまでも、もののあはれ、という、心象風景を見るためのものであるということである。
訳に、拘る必要はない。
名訳は、多いが、原文には、勿論、適わないのである。
何度も言うが、敬語で、書かれたという意味でも、この物語は、意外性に、溢れている。

紫式部が、扱う物語の人々は、すべて、紫式部より、身分が高いということである。
それも、また、紫式部の、たいした玉であることを、思わせる。

要するに、登場人物を、徹底的に、突き放しているのである。
彼女は、この世に、憂いている。
いつも、心は、憂きことなのである。

日本人の、抑鬱状態をも、最初に発見したのであろう。
そこから、辛うじて、逃れる意味でも、物語の創作が、必要だった。
芸術というものは、そういうことかもしれない。
死ぬまでの、暇潰しの、最良の行為であろう。


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