2008年10月11日

もののあわれ291

源氏「うちつけに浅はかなりと御覧ぜられぬべきついでなれど、心にはさも覚え侍らねば、仏は自ら」とておとなおとなしう恥づかしげなるにつつまれて、とみにもえうち出で給はず。尼君「げに思ひ給へより難きついでに、かくまで宣はせ聞えさせするも、あさくはいかが」と宣ふ。源氏「あはれに承る御有様を、かの過ぎ給ひにけむ御かはりに、思しないてむや。いふかひなき程のよはひにて、むつまじかるべき人にも、立ちおくれ侍りにければ、あやしう浮きたるやうにて、年月をこそ重ね侍れ。同じ様にものし給ふなるを、たぐひになさせ給へ、と、いと聞えまほしきを、かかる折り侍り難くてなむ、思されむ所をも憚らず、うち出で侍りぬる」と聞え給へば、尼君「いと嬉しう思ひ給へぬべき御事ながらも、聞し召しひがめたる事などや侍らむ、とつつましうなむ。あやしき身ひとつを、たのもし人にする人なむ侍れど、いとまだいふかひなき程にて、御覧じ許さるる方も侍り難ければ、えなむ承りとどめられざりける」と宣ふ。



源氏は、突然で、軽率なことと、思われるに、違いない、この折ですが、私は、そんな、気持ちではありません。
仏様は、お見通しでしょう。
そうおっしゃって、尼君の、落ち着いて、気のおける様子に、遠慮されて、すぐには、言い出せないのである。
尼君は、仰せのとおり、思いがけも、致しません、この折に、こんなにまでも、お言葉を、交わさせていただきますのも、浅からぬご縁です。
お志を、浅いなどと、どうして、思いましょうか。と、のたまう。
源氏は、あはれに承る御有様と、女の子について言う。
お気の毒な身の上と、伺いましたと、でも、言う。
お亡くなりになった、母君のお代わりに、私を考えて頂けませんか。
お話もならぬ、年頃に、親にも、先立たれて、なんとも、不安な年月を、過ごしたものです。
お孫様も、私と、同じ境遇です。
お仲間になってくださいと、心から、申し上げます。
このような、機会も、またとないこと。思し召しのほども、構わずに、申し出るのでございます。と、おっしゃる。
尼君は、誠に、嬉しく存じますお言葉。
しかし、聞き違い遊ばされた、節ではありませんかと、遠慮いたされます。
つまらない私のような者でも、唯一の頼りとする者がおりますが、誠に、まだ、何も知らない年頃で、大目に見ていただくわけには、参りません。
とても、お受け申しかねます。と、おっしゃる。

宣はせ聞えさするも
お話を伺い、申し上げること。
対話するということの、最高の敬語である。

女の子は、源氏と、同じく、母親に、死に別れているということを、訴える。
それを、たぐひになさせ給へ、と言うのである。

いくら、好色でも、まだ幼女のような、女の子に、と、尼も、戸惑っている。
また、預けるといっても、恐れ多くて、そんなことは、出来ないのだ。

好みの女に育てるという、願望は、男の中にあるものであろう。
幼い時から、そのように、育ててみたいという、願望を、紫式部は、ここで、描くのである。

源氏という、男は、一人の男を、描くのではない、という、結論を私は言う。
男の、複合体なのである。
それは、いつまでたっても、源氏の顔が、見えないからだ。
ただ、光り輝くように、美しいと、作者は、書くのみである。

それは、源氏の顔を、描いてしまえば、それが、叶わないのである。
故に、源氏を、男の総表としている。

果てしなく、長い物語は、それゆえである。




源氏みなおぼつかなからず承り侍るものを、所狭う思し憚らで、思ひ給へよる様、殊なる心の程を、御覧ぜよ」と聞え給へど、いと似げなき事を、さも知らで宣ふ、と思して、心とけたる御いらへもなし。僧都おはしぬれば、源氏「よし。かう聞えそめ侍りぬれば、いと頼もしうなむ」とて、おしたて給ひつ。



源氏は、何もかにも、承知いたして、おりますのに、堅苦しく、遠慮されずに、他の人とは、違う、私の思いの、深さを御覧ください、と、おっしゃる、が、尼君は、不釣合いな、年頃であり、そうとも知らずに、源氏が、おっしゃるとの、思いで、頷くことがないのである。
要するに、尼君は、源氏が、勘違いしていると、思っているのだ。
しかし、源氏は、勘違いではなく、本当に、女の子を、手に入れたいと思っている。
話し合いが、つかないのである。

源氏は、まあ、このように、お願いの口火を切りましたから、心強く存じますと、おっしゃって、屏風を閉めた。



暁方になりにければ、法華三昧おこなふ堂の践法の声、山おろしにつきて聞えくる、いと尊く、滝の音に響き合ひたり。

源氏
吹き迷う み山おろしに 夢さめて 涙もよほす 滝の音かな

僧都
さしぐみに 袖ぬらしける 山水に すめる心は 騒ぎやはする

耳なれ侍りにけりや」と聞え給ふ。



暁方 明け方になってきた。
法華三昧を勤める、堂の読経の声が、山おろしの風に、乗って、聞こえてくる。
それが、また、尊く、滝の音に響き合うのである。

源氏
ふきまよう みやまおろしに ゆめさめて なみだもよほす たきのおとかな

吹き迷う、深山おろしに、旅寝の夢は覚め、煩悩の夢も覚めて、涙を流すほどに聞える、滝の音だ。

僧都
さしぐみに そでぬらしける さんすいに すめるこころは さわぎやはする

すぐに、お袖を涙で濡らすという、この山の水にも、久しく暮らし、修行した私には、普通のことです。

聞き慣れています、と、おっしゃる。


さしぐみに
水の縁語である。
すめる
住める、澄める、係り言葉である。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月12日

もののあわれ292

明け行く空はいといたう霞みて、山の鳥どもそこはかとなく囀り合ひたり。名も知らぬ木草の花ども、いろいろに散り交り、錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くもめづらしく見給ふに、悩ましさも紛れ果てぬ。ひじり、動きもえせねど、とかうして護身参らせ給ふ。かれたる声の、いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼よみたり。



明け行く空は、すっかりと霞がかかり、山の鳥も、どこでなのか、囀り交わす。
名も知らない、木や草の花が、色とりどりに散り交じり、錦を敷いたように見える中を、鹿が立ち止まり、歩いたりする様を、御覧になり、珍しい様子に、気分の悪いことも、忘れてしまった。
僧都は、身動きができないが、やっとのことで、護身をして、差し上げる。
しゃかれた声が、歯の間から漏れて、変な調子なのだが、それも、尊くあり、効験もありそうに、聞える。
その声で、呪文を唱える。

その、呪文を、陀羅尼といい、梵語のままに、唱えるものである。

梵語の音のままに、漢語にしたものである。
漢訳したものではない。
密教系に多いが、どうも、それは、バラモンから出たもののようである。



御迎への人々参りて、おこたり給へる喜び聞え、内よりも御とぶらひあり。僧都、世に見えぬさまの御くだもの、なにくれと、谷の底まで堀り出で、営み聞え給ふ。僧都「今年ばかりの誓ひ深う侍りて、御送り侍るまじき事、なかなかにも思ひ給へらるべきかな」など聞え給ひて、おほみき参り給ふ。源氏「山水に心とまり侍りぬれど、内よりおぼつかながらせ給へるも、かしこければなむ。今、此の花の折り過ぐさず参り来む。


宮人に 行きて語らむ 山桜 風より先に 来ても見るべく

と宣ふ御もてなし、声づかひさへ、目もあやなるに、


僧都
優曇華の 花持ち得たる 心地して 深山桜に 目こそ移らね

と聞え給へば、ほほえみて、源氏「時ありて一度開くなるは、難かなるものを」と宣ふ。ひじり、御かはらけ賜はりて、


奥山の 松のとぼそを まれに開けて まだ見ぬ花の 顔を見るかな

と、うち泣きて見奉る。




お迎えの家臣たちが、参って、お治りになったことを、お祝い申し上げる。
御所からも、使者が来た。
僧都は、普段見られない果物を、色々と、谷の底から掘り出して、もてなす。
僧都は、今年一杯は、という誓いを固くしています。お見送りに参れないこと、残念至極でございます。かえって、煩悩の種に、なりそうでございます、と、おっしゃり、お酒を、お勧めになる。
源氏は、山にも、水にも、心は残りますが、主が、お待ちかねの様子なのも、恐れ多いものです。
すぐに、また、花の散らないうちに、やって参ります。

みやびとに ゆきてかたらむ やまざくら かぜよりさきに きてもみるべく

御所の人々に、帰って話します。山の桜を、散らす風の吹く前に、急いで、来るようにと。

と、おっしゃる、ご様子、御声まで、眩しいほどの、ご立派さです。

僧都
うどんげの はなまちえたる ここちして みやまざくらに めこそうつらね

三千年に、一度咲くという、優曇華の花が咲くのを、見た気持ちがします。山奥の桜など、見る気もいたしません。

と、申し上げる、源氏は、微笑み、時あって、一度咲くという、あの花は、めったに、出会えぬものだのに、と、おっしゃる。
上人は、お盃を頂き

おくやまの まつのとぼそを まれにあけて まだみぬはなの かおをみるかな

奥山の、庵室の、松の戸を珍しく開けまして、まだ、見たこともない、花のような、お美しい、お顔を、拝しますこと

と、涙を流して、拝むのである。



源氏の、美しさを、ここまで、強調するが、一切の、具体的、美しさには、触れないのである。紫式部は、読者の想像に、任せる。

すでに、小説は、言い過ぎないという、手法になっている。
特に、日本文学は、省略の、文学である。
多くを、語らない。
つまり、それを、行間を読むというが、違う。
それは、行間を読むというより、自ずと、解るということである。
その、伝統を、紫式部が、作ったといえる。

主語がなく、一体、誰のことを、言うのだろうかと、迷う箇所、多数。
矢張り、源氏物語に、触れて、この、日本の文学の伝統を、知るべきである。
文学を、志す者は、必須である。

更に、当然のことに、歌詠みがある。
歌道というものが、また、文学の伝統であることも、解るのである。

歌道の、教養も、必要である。
それは、優劣の問題ではない。
伝統の教養として、必要なのである。

歌の、真意は、優劣を、超える。
上手な歌を、詠むのではない。
もののあわれ、を、詠むのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

もののあわれ293

ひじり、御まもりに独鈷奉る。見給ひて、僧都、聖徳太子の百済より得給へりける金剛子の数珠の、玉の装束したる、やがてその国より入れたる箱の唐めいたるを、透きたる袋に入れて、五葉の枝につけて、紺瑠璃の壷どもに、御薬ども入れて、藤桜などつけて、所につけたる御贈り物ども、ささげ奉り給ふ。君、聖よりはじめ、読経しつる法師の布施ども、まうけの物ども、様々に取りに遣したりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、御読経などして出で給ふ。




上人は、お守りに、トツコを差し上げる。
それを、御覧になり、僧都は、聖徳太子が百済から、手に入れた、金剛子の数珠の玉で装飾してあるのを、百済から入れてきた、唐風の箱に収めたまま、すかし織りの袋にいてれ、五葉の松の枝に結び付けて、それからまた、紺瑠璃の壷に、色々な薬を入れて、藤や桜の枝に結びつけて、そのほかに、土地柄に相応しい、贈り物を、色々と、献上される。
君は、上人をはじめ、読経した法師への、布施の品や、帰京のための、品々を、色々と、京に、取りにやらせたので、その辺りの、森人にまで、相応の物を、差し出され、読経などして、ご出発された。



うちに僧都入り給ひて、かの聞え給ひし事まねび聞え給へど、尼君「ともかうも唯今は聞えむかたなし。もし御心ざしあらば、いま四五年を過ぐしてこそは、ともかうも」と宣へば、さなむ、と、同じさまにのみあるを、ほいなしとおぼす。御消息、僧都のもとなる小さき童して、

源氏
夕まぐれ ほのかに花の 色を見て けさは霞の 立ちぞわづらふ

御返し
尼君
まことにや 花のあたりは 立ち憂きと 霞むる空の 気色をも見む

と、よしある手のいとあてなるを、うち捨て書い給へり。



奥に、僧都が入り、あの仰せを、お言葉のままに、伝える。
尼君は、もし、愛情がありましたら、もう、四、五年を経てからなら、なんとか、お返事も、出来ましょうと、おっしゃる。
僧都は、そうであるか、と、自然に申し上げる。
源氏は、飽足りないが、お手紙を、僧都の所の童に、持たせた。

源氏
ゆふまぐれ ほのかにはなの いろをみて けさはかみすの たちぞわずらふ

薄暗い、夕暮れに、少しばかり、美しい花を見ました。今朝は、立ち帰る気持ちが、しません。

尼君の、お返事
まことにや はなのあたりは たちうきと かすむるそらの けしきをもみむ

本当に、花のところが、立ち去りにくいのかと、ご様子を見ています。

と、筆使いのある、筆跡での、上品ではあるが、素早く、無造作に、書き流したものである。



御車に奉る程、大殿より、人々「いづちともなくておはしましにける事」とて、御迎への人々、君達など、あまた参り給へり。頭の中将、左中弁、さらぬ君達も慕ひ聞えて、君達「かうやうの御供は仕うまつり侍らむと思ひ給ふるを、あさましくおくらせ給へること」と怨み聞えて、君達「いといみじき花の陰に、しばしもやすらはず立ち帰り侍らむは、飽かぬわざかな」と宣ふ。岩がくれの苔の上に並み居て、かはらけ参る。落ち来る水の様など、ゆえある滝のもとなり。



お車に、お乗り遊ばすところに、大臣家から、人々が、どこへとも、仰らずに、お出かけ遊ばした、とあって、お出迎えの人々、ご子息たち、その他の人々が、おいでになった。
頭の中将、左中弁、その他の、若殿たちも、後を慕い申して、来た。
君たちは、このようなお供は、是非、勤めさせていただきたい。お見捨て遊ばすのは、酷いことですと、言う。
また、君達は、こんなに、美しい花の木陰に、少しも休まずに、帰りましては、心残りです、と言う。
岩陰の苔の上に、居並び、お酒を召し上がる。
流れ落ちる水の様など、趣きある、滝の下である。

ゆえある滝のもとなり
風情ある、趣あるという。

皆が、源氏を迎えに来たのである。
そして、口々に、お供をしたかったと言う。
源氏は、それに答えない。



頭の中将、懐なりける笛取り出でて、吹きすましたり。弁の君、扇はかなう打ち鳴らして、「豊浦の寺の西なるや」と謡ふ。人よりは異なる君達なるを、源氏の君いといたううち悩みて、岩に寄り給へるは、類なくゆゆしき御有様にぞ、何事も目移るまじかりける。



頭の中将は、懐にあった、笛を取り出して、吹き始める。
弁の君は、扇を軽く打ち鳴らして、拍子をとり、豊浦の寺の西なるや、と謡う。
お二人共に、勝れた若殿なのだが、源氏の君が、ひどく気分が勝れない様子で、岩に、寄りかかって、おいでになるのが、またとないほどに、心配なほど、美しいご様子なので、他の人などは、目を向けられないのである。


類なくゆゆしき御有様
いつもにない、美しさである。
作者は、このように、漠然とした表現で、源氏の美しさを言う。
それは、読む者の、想像に任せられる。
現代小説ならば、ここを、徹底的に指摘されるだろう。
源氏の姿が、見えないと。
しかし、ここで、源氏の姿が見えないことが、源氏物語の、核心である。

ここで、読者が、如何様にも、参加できるようになっている。

主人公は、美しいのであり、その美しさは、書き得ないのである。
つまり、読者の美しさに、賭ける。読者の美意識に、賭けるのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月14日

もののあわれ295

君は先づ内に参り給ひて、日頃の御物語など聞え給ふ。主上「いといたう衰へにけり」とて、ゆゆしきと思し召したり。聖の尊かりけることなど問わせ給ふ。委しく奏し給へば、主上「あじゃりなどにもなるべき者にこそあなれ。行ひのらふは積もりて、公に知ろしめされざりけること」と尊がり宣はせけり。



君は、最初に、参内なさり、この頃のことなどを、申し上げる。
主上、天皇は、すっかりやつれたものだと、言い、ご心配遊ばすのである。
上人の尊いことをなどを、お尋ねになるので、詳しく申し上げると、天皇は、あじゃりなどになるのも、当然の者であろう。修行の長きは、大きいが、朝廷では、存じなかったことである。と、尊敬する言葉であった。



らふは積もりて
修業のことである。
あじゃり、とは、僧の位のこと。



大殿参り合ひ給ひて、大臣「御迎へにもと思ひ給へつれど、忍びたる御ありきにいかが、と思ひはばかりてなむ。のどやかに一二日うち休み給へ」とて、大臣「やがて御送り仕うまつらむ」と申し給へば、さしも思さねど、ひかされて罷で給ふ。我が御車に乗せ奉り給うて、自らは引き入れて奉れり。もてかしづき聞え給へる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。



大臣も、そこに、居合わせて、お迎えにと存じましたが、お忍びでのことと、ご遠慮いたしました。私の宅にて、ゆっくりと、一日二日、お休み下さい。と、申し上げる。
大臣は、源氏を迎えて、ここから、お供をさせていただきますと、自分の車に、源氏を先に乗せて、大臣は、末席に乗る。
大事にされていると、源氏は思うが、そう思うと、大臣が気の毒にも思えるのである。

奉り給うて
乗るということの、行為の、最高敬語である。

上座は、降り口になり、下座は、乗り口になる。
源氏が、先に乗り上座に、大臣が、後に乗り、下座に、である。

御心ばへのあはれなるをぞ
それほど、大事にしてくださるという気持ちに、あはれ、を感じるのである。
この場合は、申し訳ないと思う、気遣いに対する、感謝の気持ちである。



殿にも、おはしますらむと心づかいし給ひて、久しく見給はぬ程、いとど玉の台に磨きしつらひ、よろづを整へ給へり。


お邸でも、おいで遊ばすことだろうと、ご用意されていた。
久しく、おいでにならない間に、益々と、金殿玉楼と、磨き上げ、飾りたてて、万端整えているのである。

作者は、源氏に対して、すべて、敬語扱いである。
これが、この物語の特徴でもある。
大和言葉の、敬語が、自然に身につくということだ。



女君、例の這ひ隠れて、とみにも出で給はぬを、おとど切に聞え給ひて、からうじて渡り給へり。ただ絵に画きたるものの姫君のやうにしすえられて、うちみじろき給ふ事も難く、うるはしうてものし給へば、思ふ事もうちかすめ、山路の物語りをも聞えむ、いふかひありてをかしううち答へ給はばこそあはれならめ、世には心もとけず、うとく恥づかしきものにおぼして、年の重なるに添へて、御心のへだてもまさるを、いと苦しく、思はずに、源氏「時々は世の常なる御気色を見ばや。堪へ難うわづらひ侍りしをも、いかがとだに問ひ給はぬこそ、めづらしからぬ事なれど、なほ恨めしう」と、聞え給ふ。からうじて、女君「とはぬはつらきものにやあらむ」と、しり目に見おこせ給へるまみ、いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御かたちなり。


女君は、例の如く、奥に居て、すぐに出て来ないのを、父の大臣が、熱心に、口説いて、やっと、お出になった。
絵に描いた、物語の姫君のように、座らされたままに、身動き、一つしないのである。
整然として、居るのである。
心に思うことを、口にしたり、山に出掛けた話をした時も、話甲斐があるほどに、反応してくれれば、嬉しく思うが、全然反応がない。
親しみのない、気のおける人だと、君を見ることなく、年を重ねるほど、よそよそしさも、増すばかりであり、たまらなく心外である。
源氏は、時には、世間並みの、妻の様子を見せてください。ひどく患っていた時も、お見舞いの言葉をと、思いましたよ。いつものことながら、恨めしく思いますと、言う。
やっと、姫が、とわぬはつらいものでしょうか、と、流し目で御覧になる、目つきに、こちらが負けて、目をそらせてしまうほど、上品で美しいご器量である。


本妻とは、うまい関係が持てないのである。
これが、また、物語を面白くする。

とはぬはつらきものにやあらぬ
問わぬことは、辛いことでしょうか。
これは、古今集を、踏んでいる。

ことも尽き 程はなけれど かた時も 訪はぬは辛き ものにざりける

後撰集

忘れぬと 言ひしにかなふ 君なれど 訪はぬつらき ものにざりける


一々と、相槌を打って聞いているのでしょうか。
それが、辛いと、思うのですか。

どうも、賢くない女、姫に思える。
源氏に大切にしてもらいたいと、思えば、僻み事は、言わないはずである。

それに対して、源氏も、キレてしまうのだ。


源氏「まれまれは、あさましの御ことや。とはぬなど言ふきははことにこそ侍るなれ。心憂くも宣ひなすかな。世とともにはしたなき御もてなしを、もしおぼし直る折もやと、とざまかうざまにこころみ聞ゆる程、いとど思ほし疎むなめりかし。よしや命だに」とて、夜の御座に入り給ひぬ。女君ふとも入り給はず。聞えわづらひ給ひて、うち嘆きて臥し給へるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぬたげにもてなして、とかう世をおぼしみだるる事多かり。



たまたま、仰るかと思えば、あさましの言葉、あきれた言い方である。
とわす、などというのは、恋人同士であろう。結婚した者であるぞ。
心憂く、物を言う。
いつまでも、愛情のない気持ちですね。
しかし、いつか、考え直してくださることもあろうと、見ておりますのに、いっそう、嫌がる様子です。
よしや命だに
長生きが出来れば、いつか、わかるのでしょう。
源氏は、そう言うと、寝屋に入るのである。
女君は、ずくには、入らない。
君は、言うべき言葉もなく、溜息をついて、お休みになった。
しかし、何やら、気まずい気持ちがある。
中々、寝付けなくて、あれこれと、考えられるのである。


よしや命だに

命だに 心にかなふ ものならば 何かは人を 恨みしもせむ

この歌からの、出典である。

和歌の教養が必要である。
和歌とは、やまと歌である。
和とは、日本を象徴する言葉である。
和物、和芸等々。
やわらぎ、とも、読む。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

もののあわれ296

かの若草の生ひ出でむ程のなほゆかしきを、「似げない程と思へりしも、道理ぞかし。言ひ寄り難き事にもあるかな。いかに構へて、ただ心安く、迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む。兵部卿の宮は、いとあてになまめい給へれど、にほひやかになどもあらぬを、いかでかの一族におぼえ給ふらむ。一つ后腹なればにや」など思す。ゆかりいと睦まじきに、いかでか、と深うおぼゆ。



あの、若草が生長するのが、見たいと、たまらないが、年が不釣合いだと、尼君たちが、考えたのも、最もなことである。
口説きにくいことである。
なんとか、工夫して、気楽に、邸宅に迎え入れ、一日中、相手にして、悩みを忘れたい物だ。
兵部卿の宮は、とても、品があり、洒落てもいるが、色艶があるわけではないのに、どうして、あの一族の、あのお方に、似ているのか。
同じ、皇后さまの、子供だからか。
なとど、考えられると、その縁に、親しみを感じて、切にと、思われるのである。


なほゆかしき
成長する様を見たいと言う。
ただ、なほゆかしき、という言葉を、現代語に訳すことは、無理である。
成長する様の、その過程を、なほゆかしき、と、表現する様は、微妙な、ニュアンスである。
日々に、少女が、女になる過程を、なおゆかしき、というのである。
ある意味では、実に、艶かしいのである。


作者、紫式部は、男というものの、本性を見抜いていたのか。
男が、女を、思うが如くの、女に教育するということが、理想であると、見ていたのである。

ゆかしき、は、後に、奥床しい、という、大和言葉になる。



またの日、御ふみ奉れ給へり。僧都にもほのめかし給ふべし。尼上には、源氏「もてはなれたりし御気色のつつましさに、思ひ給ふる様をも、えあらはしはて侍らずなりにしをなむ。かばかり聞ゆるにても、おしなべてたらぬ志のほどを御覧じ知らば、いかに嬉しう」などあり。



翌日、お手紙を、差し上げた。
僧都にも、ご挨拶と、共に、頼みの事を、それとなく書きつけた。
尼君には、取り合っていただけなかったことに、気が引けて、考えておりますことを、十分に、お伝えできなかったことが、残念です。
重ねて、申し上げますことを、並々ならぬ、私の思いの強さと、思ってくだされば、どんなに嬉しいことか。などと、書いた。


ほのめかす
何となく、それと、解るように、語ることを、ほのめかす、という。
現在でも、使用されている言葉である。




中に小さく引き結びて、

源氏
面影は 身をも離れず 山桜 心のかぎり とめて来しかど

夜の間の風もうしろめたくなむ」とあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおし包み給へる様も、さだ過ぎたる御目どもには、目もあやに好ましう見ゆ。「あなかたはらいたや。いかが聞えむ」と、思しわづらふ。尼君「ゆくての御事は、なほざりにも思ひ給へなされしを、ふりはへさせ給へるに、聞えさせむ方なくなむ。まだ難波津をだに、はかばかしう続け侍らざめれば、かひなくなむ。さても、

嵐吹く 尾上の桜 散らぬ間を 心とめける ほどのはかなさ

いとどうしろめたう」とあり。


中に、小さく、結び文にして、つまり、この形は、恋文の形である。

おもかげは みをもはなれず やまざくら こころのかぎり とめてこしかど

山桜の、美しい姿が、私の心から、離れない。私の心は、すべて、そこに置いてきました。

夜の間の風が、気がかりです。と、書く。
筆跡は、勿論、無造作に包んだ、その包み方も、年寄った方には、眩しいほどに、見えるものである。
尼君は、ああ、恐れ多い。何と、お返事を申そうと、思案に暮れる。
尼君は、お出かけ際の、お言葉には、ご冗談とも思いましたが、このように、お手紙を頂きまして、お返事のしようもありません。まだ、なにわづ、さえ、満足に書けませんで、折角の、お手紙も、如何にも出来ないことで、ございます。
それにしましても、

あらしふく おがみのさくら ちらぬまを こころとめける ほどのはかなさ

すぐに、嵐の吹く峰に、咲く桜です。その散らない間だけ、ご熱心では、頼りなくて・・・

いっそう、気がかりに、思います。と、書いてある。

まだ難波津をだに
連綿体という、書体の続き文字のことである。
それさえ、まだ、出来ないという。



僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、二三日ありて、惟光をぞ奉れ給ふ。源氏「少納言の乳母といふ人あべし。尋ねて、委しう語らへ」など宣ひ知らす。惟光「さもかからぬ隈なき御心かな。さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども見し程を、思ひやるもをかし。



僧都の、返事も、同じようである。
残念で、二三日を経て、惟光を、使いに、立てた。
源氏は、少納言の、乳母という人がいるはず、それに逢い、細かに話し合えと、言う。
これ程に、抜け目のない心なのかと、惟光。
あれ程、子供っぽい様子だったのが。
明確ではないが、盗みみた時の事を思い出し、おかしくなる。笑いたくなるのである。

まほならねども見し程を、思ひやるもをかし
とは、作者の注釈であろう。
惟光の心境にかけて、作者の、感想である。

作者は、源氏を、突き放して見ている。
それが、また、面白い。
作者が、作り上げる、人物を、作者が、評すのである。

これ、作家の余裕である。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

もののあわれ297

わざとかう御文あるを、僧都もかしこまり聞え給ふ。少納言に消息して会いたり。委しく、思し宣ふさま、おほかたの御有様など語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、いとわりなき御程を、いかにおぼすにかと、ゆゆしうなむ、誰も誰も思しける。御文にも、いとねんごろに書い給ひて、例の中に、源氏「かの放ち書なむ、なほ見給へまほしき」とて、


源氏
浅香山 あさくも人を 思はぬに など山の井の かけはなるらむ

御返し
尼君
汲みそめて 悔しと聞きし 山の井の 浅きながらや 影を見るべき

惟光も同じ事を聞ゆ。「このわづらひ給ふ事よろしくは、この頃過ぐして、京の殿に渡り給ひてなむ聞えさすべき」とあるを、心もとなうおぼす。



改まり、このようにお手紙を下さるのである。
僧都も、恐縮した旨を、申し上げる。
惟光は、少納言に申し入れて、面会した。
事細かに、君のご真意と、口上なさること、日頃の、様子などを話す。
雄弁であり、その人柄に相応しい話し方をするが、それは、少しばかり、無理がある。
どういう、つもりなのであるかと、ゆゆしうなむ、とんでもないことのように、思うのは、尼君だけではない。
ここでは、少納言とは、尼君のことである。
君の手紙も、惟光の、口上と同じで、とても、情けを込めて、書かれてあり、いつも、同様の、結び文であり、
源氏が、その、放ち書き物を、是非、拝見したいと、書いてある。

源氏
あさかやま あさくもひとを おもはぬに などやまのいの かけはなるなむ

とても深く、あなたを思うのです。どうして、私から、あなたは、離れるのでしょう。

これは、万葉集が出典である。
浅香山 影さえ見ゆる 山の井の 浅き心を 我が思はなくに


御返し
くみそめて くやしとききし やまのいの あさきながらや かげをみるべき

汲んでみて、後悔したと、聞きました、山井戸の浅いままで、こちらの影が、映せましょうか。真心を確かめてからに。

これは、古今集からの出典である。
くやしくぞ 汲みそめてける 浅ければ 袖のみぬるる 山の井の水

惟光も、この返事と、同じ口上である。
こちらの、病気がよくなれば、もう暫くして、京のお宅に、お帰りになります。その上で、お返事します。というのである。
心細く思われる。


源氏は、惟光を、使いに出して、手紙と共に、気持ちを、伝える。
その、惟光であるが、これまた、実に、雄弁なのである。
更に、源氏の手紙と、同じことを言う。


惟光について、私は、今まで、何も書いてこなかった。
惟光は、源氏の乳母の、子供である。
つまり、源氏と、同じような年、少し下であろう。

源氏に対して、忠臣を尽くす。
源氏の思いを、我が思いとして、行為行動するのである。

私は、これに、同性愛行為を見る。
源氏の、好色の行為に、忠実に、付き合い、更に、手引きまでする。
この、伝統は、武士道にまで、引き継がれる。

君と家臣の付き合いは、基本的に、同性愛である。

女色と、男色は、別物である。

ここまで、源氏の心を、汲んで理解し、そして、それを、成就させようとするのは、一心同体である。
忠実な、僕というより、情を交わした相手である。

小君という、少年もいたが、源氏は、小君に対しても、同性愛行為を、持って臨んでいる。寂しいから、と、一緒に寝るのである。

作者、紫式部は、それ以外に、触れないが、また、源氏物語、研究をする者は、それには、全く触れないが、それは、当然あるものであるとの、前提で、書いているのである。

そして、その、伝統ともいえる、男同士の関係は、江戸時代まで、続くのである。
しかし、明治期になり、西洋の、同性愛という、誤った、考え方、特に、キリスト教によるものであり、病気であり、罪であるとの、判定を、受け入れてから、誤解の誤解に至る。

日本の男同士の関係を、西洋の、同性愛という、観念で、取り入れて、伝統を、壊したのである。

以後、それは、変形し、変質し、更に、戦争により、歪なものになり、とんでもない観念を作り上げた。
武士道というものの中には、男色、男同士の恋愛が、欠くことのできないものであると、断定しているのである。

その関係を、書く事のない、武士道は、偽物である。

何も、同性愛性交を言うのではない。
西洋は、性交のみに、焦点を当てる。話にならない。野蛮な彼らの、考えることである。しかし、同性愛性交は、西洋の方が、激しいという、アホらしさ。

命を、預ける関係を築く、日本の武士道である。
更に、それは、由緒ある、伝統なのである。
性交ではない。情緒なのである。
日本における、男性同性愛における、基本的、関係軸は、情操、情緒として、考えなければ、理解出来ないものである。
すべては、キリスト教による、西洋思想が、潰してしまったのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

もののあわれ298

藤壺の宮、悩み給ふ事ありて、まかで給へり。上の、おぼつかながり嘆き聞え給ふ御気色も、いといとほしう見奉りながら、かかる折りだにと、心もあくがれまどひて、いづくにもいづくにもまうで給はず。内にても里にても、昼はつれづれとながめ暮らして、暮るれば王命婦を責めありき給ふ。いかがたばかりけむ、いとわりなくて見奉るほどさへ、うつつとは覚えぬぞわびしきや。



藤壺の宮は、ご病気になられて、お下がりになっている。つまり、里にいるということである。
上とは、帝である。
帝が、気がかりになって、嘆いていることを、源氏は、本当に、いたわしいことと、見ている。
せめて、こうした時にでも、藤壺にお会いしたいと思うのである。
心もあくがれてまどい、とは、心も上の空になって、憧れるのである。
他の女性のところへは、どこにも、参らない。
宮中にても、自宅でも、昼は、ぼんやりとして、物思いに沈み、日が暮れると、藤壺に、逢わせて欲しいと、王命婦を責め立てる。
命婦は、どのように手続きをしたのか、大変無理な状況で、藤壺に逢わせる段取りを取ったが、それが、現実になることなのかと、源氏は、酷く辛い思いをしている。


この段は、非常に難しいところである。
誰が、誰の思いなのかと、迷う。

しかし、名文である。
うつつとは覚えぬぞわびしき
現実とは、思えないので、辛いのである。
しかし、原文の方が、説得力がある。



宮もあさましかりしを思し出づるだに、世と共の御物思ひなるを、さてだにやみなむ、と深うおぼしたるに、いと心憂くて、いみじき御気色なるものから、なつかしうらうたげに、さりとてうちとけず、心深う恥づかしげなる御もてなしなどの、なほ人に似させ給はぬを、などかなのめなる事だにうちまじり給はざりけむ、と、つらうさへぞおぼさるる。



藤壺も、思いもよらないことだった。
かつての、密会のことを、思い出して、常の悩みとしてあったので、あのことだけで、終わりにしたいと、思うのである。
しかし、こうして、また逢ってしまったことを、辛く感じていると、共に、お怒りの、様子でもあるが、藤壺は、情が細やかで、心曳かれるほどの、可愛らしさである。
だが、源氏には、気を許さず、思慮深く、こちらが、恥じ入る程に、立派な様子である。
やはり、普通の方とは、違うと思うが、源氏は、もう少し、平凡な風情があってもいいのにと、思い、恨めしい、気持ちになる。

つまり、源氏は、少し平凡に、色事に対して、寛容になってもと、思うのである。
源氏の勝手な、思いである。

相手は、父の帝の寵愛する、宮である。

逢うということは、契るということである。
つまり、関係するということ、である。



何事をかは聞え尽くし給はむ。くらぶの山に宿も取らまほしげなれど、あやにくなる短か夜にて、あさましうなかなかなり。

源氏
見ても又 逢ふ夜まれなる 夢の中に やがて紛るる 我身ともなが

と、むせかへり給ふ様も、さすがにいみじければ、

藤壺
世語りに 人や伝へむ 類なく うき身を醒めぬ 夢になしても

おぼし乱れたる様も、いと道理にかたじけなし。命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集め持て来たる。



どれだけのことを、源氏は、申し上げることが、できるのかと、思う。
夜明けの来ない、暗部の山に、宿りたい気持ちである。
しかし、あいにく、夏の夜である。
短い夜で、呆れるほど、夜の明けるのが、早い。
そのため、かえって、思いが、増すのである。

くらぶの山とは、近江国甲賀群の歌枕であり、いつまでも、夜が明けないで欲しいという意味である。

源氏
みてもまた あふよまれなる ゆめのうちに やがてまぎるる わがみともがな

お会いしても、また、いつお会いすることが、出来ますか、解りません。
いっそ、この夢のようなままで、消えてしまいたいものです。
死んでしまいたい。

源氏が、涙にむせいでいる、様子に、さすがに、気の毒に思う。

藤壺
よがたりに ひとやつたへむ たぐひなく うきみをさめぬ ゆめになしても

世の中の、語り草として、伝えるのでしょう。この上もなく、辛い身を、いつまでもさめない、夢の中に消してしまっても。

思い乱れている、藤壺の宮も、ごもっともな様子。
畏れ多いことです。
命婦の君は、源氏の、衣装を集めて、持って来ているのである。

命婦は、源氏の帰りを、促すのである。

父、帝の寵愛する、藤壺の宮との、密会である。
非常に、緊張感のある、場面である。
何を語る。
語るという言葉にある、色好みである。
語り尽くすとは、情を重ねるのである。
父の妃に、思い焦がれる様。恋という。

しかし、この後、藤壺は、その結果に、振るえ慄くのである。

源氏の、子を宿してしまう。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

もののあわれ299

殿におはして、泣き寝に臥し暮し給ひつ。御文なども、例の御覧じ入れぬよしのみあれば、常の事ながらもつらういみじう思しほれて、内へも参らで、二三日籠りおはすれば、またいかなるにか、と、御心動かせ給ふべかめるも、恐ろしうのみ覚え給ふ。



お邸にお帰りになって、泣き伏しつつ一日中、寝ているのである。
お手紙なども、いつも通り、お目通ししないということを、命婦から言ってきたので、いつもながらに、辛く、絶望的な気分になるのである。
参内もせず、二三日外出しないので、また、主が、どうしたのかと、心配されるだろうと思うと、それも、恐ろしいことと思うのである。

恐ろしうのみ覚え
憂鬱な気分と、解釈した方が、いい。



宮も、なほいと心憂き身なりけり、と、おぼしく嘆くに、悩ましさもまさり給ひて、とく参り給ふべき御使ひしきれど、おぼしも立たず、まことに御ここち例のやうにもおはしまさぬは、「いかなるにか」と、人知れずおぼす事もありければ、心憂く、いかならむとのみ、おぼし乱る。暑き程はいとど起きも上がり給はず。



藤壺の宮も、やはり、辛い、悲しい、我が身であったと、悲嘆にくれ、病気も進み、早く参内せよとの、お使いが度々あるが、そんな気にはならない。
ご気分が、いつものようでないのは、どうしたことかと、密かに考えるのである。
辛くなり、どうなることかと、煩悶する。
暑いうちは、なお更、起き上がることも出来ない。


暑き程はいとど起きも上がり
暑さに負けて、今までより、辛い状態である。



三月になり給へば、いとしるき程にて、人々見奉りとがむるに、あさましき御宿世の程、心憂し。人は思ひ寄らぬ事なれば、この月まで奏せさせ給はざりける事、と驚き聞ゆ。わが御心一つには、しるう思し分く事もありけり。



三ヶ月になったので、はっきり解る。
皆々、見かけては、不審に思うのは、情けないと、運を嘆く。辛い。
皆は、思いもよらないことで、この月まで、奏上されないとは、と、驚くのである。
ご自分だけは、はっきり解る事であった。


要するに、妊娠したのである。
懐妊である。それが、誰の子であるかも、でもある。




御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をも、しるく見奉り知れる、御乳母子の弁、命婦などぞ、「あやし」と思へど、かたみに言ひ合はすべきにあらねば、なほのがれ難かりける御宿世をぞ、命婦は「あさまし」と思ふ。内には、御もののけの紛れにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。みな人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使ひなどのひまなきも、そら恐ろしう、物をおぼす事ひまなし。




御湯殿などでも、御傍近く、お世話して、どのような様子なのかと、はっきりと知る乳母子の弁、それに命婦などは、変だと、思うが、お互いに、話し合うべきことではないと、やはり、どうしようもなかった、運というものを、命婦は、嘆き、呆れ果てる。
主上には、御もののけのせいで、急には、懐妊とは、見られなかったと、奏上したらしい。
誰も、誰も、そうと、ばかりに思ったのである。
主は、いとどあはれに限りなう思されて、つまり、ひとしお愛しいと、思う。思われて、御使いなども、間なく、暇なく、見える。が、それも、何やら、恐ろしく、宮は、煩悶が絶えない。

乳母の子、弁は、何も知らない。
命婦は、知っている。
そして、藤壺は、煩悶している。

恐ろしく
現代の、恐ろしいではなく、気が重い、憂鬱なことである。

この、藤壺の懐妊から、源氏物語というもの、源氏という男を、分析する、研究が多い。
そして、父、帝と源氏の関係などから、物語の、それこそ、文低にあるものを、察しようとする、試みである。

だが、当時としては、珍しいことではない。
ただ、相手が、帝と、その息子と、帝の寵愛する姫との、関係である。
物語として、それが、最大の山場ではない。

物語全体に、流れる、もののあわれ、というものの、心象風景である、問題は。

事件は、それに、付随するものである。

私は、名訳を心がけてはいない。
この、物語に、流れる、もののあわれ、というものを、見詰める、観るために、訳しているのみである。
世に、多くの名訳がある。
それで、不自由しない。

当時の、湯殿は、今で言えば、シャワー室のようなものである。
お付の者が、湯を掛けるのである。

そして、病気は、物の怪の仕業と、考えられた。
物の怪とは、目に見えない、気の働きである。
物の怪の、気に、祟られるという、ものである。これに、対処したのが、加持祈祷である。その、効果のある、僧を、皆、徳のある者として、讃えた。

空海の、密教は、その、ツボに嵌ったものである。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

もののあわれ300

中将の君も、おどろおどろしう、様異なる夢を見給ひて、合はする者を召して問はせ給へば、及びなう思しもかけぬ筋の事を、合はせけり。夢「その中に違目ありて、慎ませ給ふべき事なむ侍る」と言ふに、わづらはしくおぼえて、源氏「自らの夢にはあらず。人の御事を語るなり。この夢合ふまで、また人にまねぶな」と宣ひて、心のうちには、いかなる事ならむ、と、思しわたるに、この女宮の御返事聞き給ひて、「もしさるやうもや」と、思し合はせ給ふに、いとどしく、いみじき言の葉尽くし聞え給へど、命婦も思ふに、いと剥くつけうわづらはしさまさりて、さらにたばかるべき方なし。はかなき一行の御返しの、たまさかなりしも、絶えはてにたり。




中将の君も、驚くしかない、異様な夢を見て、夢占いを召して、お尋ねになる。
及ぶこともない、考えも着かない、ストーリイである。
夢占いは、凶相もありまして、お慎みあそばねばならないと、言う。
事は、面倒と、思い、源氏は、私の夢ではない。ある人の、夢である。この夢が、事実となるまで、誰にも、申すなと仰る。
心の中では、どんなことであろうと、思う。
藤壺の宮の、懐妊の話を、聞いて、あるいは我が種か、と、思い当たりになり、いよいよ、切に、言葉を尽くして、逢瀬を、頼むのであるが、命婦は、考えても、恐ろしいことと、手に余る思いにして、全く、計らいようがないのである。
ほんの、一行の返事がきたが、それさえ、まるっきり、来なくなった。

中将の君とは、源氏のことである。
源氏の位が、中将である。

懐妊の、報せは、悪い夢の事だったのか。

及びなう思しもかけぬ筋の事
今度、生まれる御子が、即位あそばすという、占いの言葉である。

源氏が、人の御事を語るというのは、敬語であるから、源氏より、身分の高い方とは、帝であるゆえ、帝の夢と、嘘を言ったのだ。


とんでもない、展開になってきた。



七月になりてぞ参り給ひける。めづらしうあはれにて、いとどしき御思ひの程かぎりなし。少しふくらかになり給ひて、うち悩み、面痩せ給へる、はた、げに似るものなくめでたし。例の明け暮れこなたにのみおはしまして、御遊びもやうやうをかしき頃なれば、源氏の君も、いとまなく召しまつはしつつ、御琴笛など、様々に仕うまつらせ給ふ。いみじうつつみ給へど、忍び難き気色の漏り出づる折々、宮もさすがなる事どもを、多くおぼし続けけり。




七月になり、藤壺の宮が、参内された。
主は、お久しぶりで、愛しく、常にも増して、愛情は限りない程である。
少し、ふっくらとしているが、お元気とは、言いがたく、面痩せしている様子。
しかし、それは、それで、評判通りの、美しさである。
いつも通り、主は、朝から晩まで、藤壺方に、おいでになり、音楽なども、盛んになる時節なので、源氏の君も、ひっきりなしに、お呼びになり、琴や笛、その他、色々と命じられる。
源氏は、ひたすら、隠しておられるが、堪えきれない気持ちが、湧くこともあり、藤壺の宮も、さすがに忘れられない、思いを、それからそれと、思い出すのである。


琴とは、十三弦の、筝、七弦の、琴、きん、六弦の、和琴、わごん、四弦の、琵琶を、総称して、琴という。


微妙繊細な、部分である。
知る者は、二人か。
いや、命婦もいる。しかし、下の者である。

主は、知らない。しかし、いずれ、知ることになる。
だが、知らない振りを通す。
ここに、源氏物語の、また、あはれな様がある。

作者、紫式部は、物語の中に、タブーを取り入れて、絢爛豪華な、展開を繰り広げた。
何故か。

人の世の、あはれ、である。

物語そのものが、あはれ、であり、更に、人の世が、あはれ、に、満ちていると、感得している。

人の世は、また、人は、何と、あはれで、儚いものであるか。
この、あはれで、儚い人の世を、生きるとは、何か。
何ゆえに人は、生まれて生きるのか。
それは、文学のテーマであり、あらゆる学問のテーマである。
そして、哲学思想、宗教のテーマでもある。

生まれた瞬間から、死に向かって生きる、人の世の様。そこに、現れる様々な、相。

王朝という、舞台を使い、紫式部は、人生の、すべてに、問題提起をしたのである。
その答えは無い。

仏という、救いの教えも、実は、刹那のものである。
更に、それは、実に、不確かである。
しかし、現実は、確かにある。
そして、それは、不確かな、人の心に支配されるものである。

日本文学は、紫式部が、テーマとしたものを、追い続けてきた。
それは、現実を、赤裸々に観るというものだ。

その、現実直視を、総称して、日本の心は、もののあわれ、という、心象風景を、置いた。それは、目の前にある、もの、すべてが、あはれ、なのである。

あはれ、を、生きると、得心した時、すべての生き方が、肯定される。
それは、宗教的でもなく、観念的でもない。
与えられた場所で、生きる、生き続けると観念した、諦観した、人の生き様である。
それを、また、もののあわれ、という。
もののあわれ、は、世界で、唯一、神仏を超えた、物の見方、考え方である。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

もののあわれ301

かの山寺の人は、よろしうなりて、出で給ひにけり。京の御すみか尋ねて、時々の御消息などあり。同じ様にのみあるも、道理なるうちに、この月頃は、ありしにまさる物思ひに、異事なくて過ぎ行く。



あの山寺の人は、快方に向かって、山を出られた。
京のお住まいを捜して、時々、お手紙を、差し上げる。
しかし、いつも同じ内容の、返事であるのも、無理ないことと、思いつつ、この幾月は、昔以上の、苦しい物思いに、藤壺の宮のことばかりを、考えて過ごす。

返事というのは、あの少女のことである。
幼すぎて、話にならないということだ。

ありしにまさる
いつものようではない。
通常のものではない、という。

秋の末つ方、いともの心細くて、嘆き給ふ。月のおかしき夜、忍びたる所に、からうじて思ひたち給へるを、時雨めいてうちそそぐ、おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこし程遠きここちするに、荒れたる家の、木立いとものふりて、木暗く見えたる、あり。



秋の終わりになり、何かたまらなく心細く、溜息が出る。
月の美しい夜に、秘密の愛人の所に、やっとのことで、出掛ける気になったが、時雨のように、雨が降ってきた。
出掛ける先は、六条京極付近である。
そこは、宮中より、少し距離がある。途中、手入れのしない、家の木立が、とても古びて、木暗く見えるのである。



例の御供に離れぬ惟光なむ「故按察使の大納言の家に侍り。ひと日物たよりにとぶらひて侍りしかば、かの尼上いたう弱り給ひにたれば、何事もおぼえず、となむ申して侍りし」と聞ゆれば、源氏「あはれのことや。とぶらふべかりけるを、なぜかさなむとものせざりし。入りて消息せよ」と宣へば、人入れて案内せさす。



いつも通り、お供する惟光が、なき、あぜち大納言の家でございます。先日、ついでに見舞いましたら、あの尼君は、酷く弱って、何も手がつきませんと、少納言が、申していましたと、申し上げる。
源氏は、気の毒なこと。
お見舞いすべきだったのに、どうして報告しなかったのか。入って、案内を、請えと、仰るので、供を邸に入れて、申し入れさせた。


あはれのことや
憐れみの感嘆である。
それは、嘆きのことも、哀しみのことも、慈しみのことも、あはれ、なのである。

あはれは、自由自在である。
天地自然、人事全般に渡り、あはれは、広がる。



わざとかう立ち寄り給へる事、と言はせたれば、入りて、供人「かく御とぶらひになむおはしましたる」と言ふに、おどろきて、女房「いとかたはらいたき事かな。この日頃むげに、いと頼もしげなくならせ給ひにたれば、御対面などもあるまじといへども、帰し奉らむはかしこし」とて、南の庇ひきつくろひて入れ奉る。



わざわざお出かけになりましたと、口上を述べさせたので、内に入り、供人は、わざわざお見舞いに、おいで遊ばしましたと言うと、女房たちは、驚き、どうしたらよいのか。ここ数日、すっかり弱りまして、ご対面は、できますまいが、でも、このまま御帰ししては、恐れ多いと、南の庇を、片付けて、お入れ申し上げる。



女房「いとむつかしげに侍れど、かしこまりをだにとて。ゆくりなうもの深きおまし所になむ」と聞ゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。



女房は、まことに、取り散らかしたる所でございますが、せめて、お見舞いの、お礼だけでもと、存じまして。知らずとはいえ、陰気なお座敷で、恐れ入りますと、申し上げる。
いかにも、このような席は、勝手の違う思いがする。


ゆくりなうもの
ゆくりなく、という、不意に、しかしそのようにある如くという、たゆたう言葉である。
実に、繊細微妙な言葉である。
おまし所
御座所である。源氏を座らせる場所である。客間になる。



源氏「常に思ひ給へ立ちながら、かひなき様にのみもてなさせ給ふに、つつまれ侍りてなむ。悩ませ給ふ事を、かくとも承らざりけるおぼつかなさ」など聞え給ふ。



源氏は、いつも、思い立ちながら、参っても、詮無いことと、気が引けまして。
ご病気も、知らず、気になりますことです。と、仰る。

つつまれて侍りてなむ
何も力にならないのである。
訪れても、詮無いことである。
つまり、何も出来ないのだが。

いつも、気にかけていましたが、こちらに来ても、何も出来ることがないのです。
まして、病気であるとは。知らずとは言え、本当に気がかりになります。

このように、相手に対する様に、もののあわれ、というものを、観るのである。
人に対処する様にも、もののあわれ、という風景がある。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。