2008年08月06日

もののあわれ268

からうじて鳥の声はるかに聞ゆるに、「命をかけて、何の契りにかかる目を見るらむ。わが心ながら、かかるすぢにおほけなくあるまじき心の報いに、かく来しかた行く先のためしとなりぬべき事はあるなめり。しのぶとも、世にあること隠れなくて、内に聞し召さむをはじめて、人の思ひ言はむこと、よからぬわらはべの口すさびになるべきなめり。ありありて、をこがましき名をとるべきかな」と、おぼしめぐらす。



ようやく、鶏の声が、遠くに聞こえた。
君は、心の内で、命まで、賭けて、なんの因果で、このようなことになったのか。我が心の内からとはいえ、この道の、不謹慎な欲望の、応酬で、過去や、未来に例となるような、事件が起こったのだ。
隠しても、実際に、起こったことは、隠せない。
いつかは、主のお耳に入ることだろう。そして、世間の思惑、噂になり、更に、賎しい童たちの、噂の種になる。
挙句の果て、愚か者と、言われることだろう。と、考え続けるのである。


かく来しかた行く先の ためしとなりぬべき事は あるなめり
過去や、未来の、例になるだろう。

しのぶとも 世にあること隠れなくて
隠しても、隠くすことは、出来ない。


かろうじて惟光の朝臣まいれり。よなかあかつきと言わず、御心に従へる者の、こよひしもさぶらはで、召しにさへおこたりつるを、憎しとおぼすものから、召し入れて、宣ひ出でむことのあへなきに、ふとものも言はれ給はず。



やっと、惟光の朝臣が、来た。
夜中でも、朝でも、御意に背かない者が、今夜という今夜に限り、お傍に、いず、その上、お召しに、遅れたことを、けしからんと、思いつつも、呼び寄せて、お言葉に、されようとするが、情けない話になので、急に、口が、利けないのである。


右近、太夫のむはひ聞くに、初めよりの事うち思ひ出でられて、泣くを、君もえ堪へ給はで、我ひとりさかしがり、いだき持給へりけるに、この人にいきをのべ給ひてぞ、悲しき事もおぼされける。とばかりいといたく、えもとどめず泣き給ふ。


右近は、太夫が来たことを知り、初めからのことが、思い出されて、泣く。
君も、我慢出来ずに、一人、気丈に、抱かかえていたが、惟光に、ほっとされて、悲しい思いが湧きあがる。
しばらくの間、止めようもなく、お泣き続けになるのである。


ややためらいて、源氏「ここにいとあやしき事のあるを、あさましと言ふにも余りてなむある。「かかるとみの事には、読経などこそはすなれ」とて、その事どももせさせむ、願などもたてさせむとて、アジャリものせよと言ひやりつるは」と宣ふに、惟光「昨日山へまかりのぼりにけり。まづいとめづらかなる事にも侍るかな。かねて例ならず御ここちのものせさせ給ふ事や侍りつらむ」源氏「さる事もなかりつ」とて泣き給ふさま、いとをかしげにらうたく、見奉る人もいと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。



しばし、気を静めてから、源氏は、ここに実に、意外な事が起こり、大変なこと、いや、それ以上のこと。
こんな急なことは、読経などするのが、よいとのこと。
そんなことも色々しようと、願も立て、アジャリも、来るようにと、言っておいたのだ、と仰る。
惟光は、昨日、山に参りました。
何にせよ、不思議な事件でこざいました。
前々から、ご気分の悪いことでも、ありましたか。
源氏は、そんなことは、なかったと言う。
そして、泣いた。
実に、美しく、可愛らしい。
それを、見ている惟光まで、悲しくなり、自分も、声を上げて泣いた。

泣き給ふさま いとをかしげにらうたく
泣き姿が、大変に、をかしげに、見えるという。
作者が、それを、強調する。

しかし、不思議なことに、源氏の姿形が、どこにも、書かれてないのである。
ただ、美しいの、一点張りである。
何故か。
美しいという、物指しを、読む者に、丸投げしているのである。

兎に角、美しい、というのみ、である。
ここに、源氏物語の、テーマがある。
美とは、何か。
美によって、許されるもの。
すべては、美を超えないのである。

源氏は、その象徴である。

この大変な状況にあっても、源氏の美しさを、書くという、紫式部の根性である。
女の死など、物の数ではないというのよな。

源氏の、姿、有り様に、読者を、曳き付ける。

あさましと言ふにも 余りありてなむある
源氏の言葉で、事の重大さを、言う。
あさましいと言うにも、程がある、いや、それ以上に云々である。
あさまし
驚くべきこと、にも、余り有ること、である。

惟光は、あらかじめ、事の有様を、聞いていたと、思われる。
まづいとめづらかなる事にも侍るかな
大変、珍しい、不思議なことがあったのですね。
今までにない、事件である。

それにして、源氏の泣く姿に、貰い泣きするという、惟光である。
作者は、それを、源氏の美しさゆえだという。

物語は、源氏の顔が、見えずに進んでゆくのである。
それの方が、私は、不思議である。



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2008年08月07日

もののあわれ269

さ言へど、年うちねび、世の中のとある事としほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむかたもなけれど、惟光「この院守りなどに聞かせむ事は、いと便なかるべし。この人ひとりこそ、むつまじくもあらめ、おのづから、もの言ひ漏らしつべき眷属も、立ち交りたらむ。まづ、この院を出でおはしましね」と言ふ。


なんといっても、年も取り、世間のことに経験を積んだ者なら、まさかの時に、頼みになるが、君も惟光も、若者である。
言う言葉がなかった。
惟光は、この屋敷の、留守番などには、話しては、いけない。あの者一人ならばいいが、何かの時に、つい身内の者に、喋ることもあろう。
なににより、この院を出ましょうと、言う。



源氏「さて、これより人少ななる所は、いかでかあらむ」と、宣ふ。惟光「げに、さぞ侍らむ。かのふるさとは、女房などの悲しびに堪へず、泣きまどひ侍らむに、隣しげく咎むる里人おほく侍らむに、おのづから聞え侍らむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、もの紛るる事はべらめ」と、思ひまはして、惟光「むかし見給へし女房の、尼にて侍る、ひんがしの山の辺に、移りし奉らむ。惟光が父の朝臣のめのとに侍りし者の、みづはぐみて住み侍るなり。あたりは人しげきやうに侍れど、いとかごかに侍り」と、聞えて、明けはなるる程の紛れに、御車寄す。



源氏は、でも、ここより、人気の無いところはないだろうと、言う。
惟光は、いかにも、そうですが、あの元の家は、女房などがかなしに堪えきれず、泣き騒ぐでしょう。隣近所も、下々の者たちが、聞き耳を立て、評判になります。
山寺なら、このようなことは、自然にありましょうから、目立だないだろうと、思案し、
以前、懇意にしていた、女房が、尼になって住んでおります、東山の辺りに、移しましょう。惟光の、父の乳母だった者です。
老い崩れて住んでいます。
あの辺は、人目が、多いようですが、至って、静かな場所です。
と、申し上げて、夜明けの頃の、ざわめきに紛れて、御車を寄せるのである。

みづはぐみて
はなはだしく年を取る。
老いに崩れて。

いとかごかに
閑散としている。
静寂がある。


この人をえいだき給ふまじければ、うはむしろにおしくくみて、惟光乗せ奉る。いとささやかにて、うとましげもなくらうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれいでたるも、目くれまどひて、あさましう悲しとおぼせば、なりはてむさまを見む、と、おぼせど、惟光「はや御馬にて二条の院へおはしまさむ。人さわがしくなり侍らむ程」とて、右近を添へて乗すれば、かちより、君に馬は奉りて、くくり引上げなどして、かつはいとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見奉れば、身を捨てて行くに、君はものもおぼえ給はず、われかのさまにておはし着きたり。



この女を、君は、抱けそうにもないので、上敷きにくるみ、惟光が、乗せた。
とても、小柄で、厭な感じもなく、かわいらしい。
髪が、こぼれ出しているのが、目に入ると、君は、涙が溢れ出し、何も見えず、たまらなく悲しく思い、その果てを、見届けようとするが、惟光が、早くお馬で、往来が、騒がしくならないうちに、二条の院に、お帰りくださいと、言う。
車には、右近を付き添わせて、乗せる。
惟光は、徒歩にて、君には、馬を差し上げ、指貫の裾をくくり上げて、行く。
実に、妙な葬送である。
源氏の、悲嘆する様を見て、我が身のことは、考えないのである。
源氏は、何も判断できず、我を失う有様で、二条の院に到着した。


かつは いとあやしく
実に奇妙で、ある。

われ かれの さまにて
我なのか、彼なのか、つまり、我を忘れる様。

あっけなく、物の怪により、命を落とした、夕顔の巻である。

これは、後の物語の、伏線にもなるのである。
当時の、死霊、生霊に対する考え方が、伺える。
それらは、物の怪なのである。

目に見えない世界と、関わって生きているということ、実感として、感じていた時代である。
医学というものが、なかった時代は、その死因なども、解らない。
急死の場合は、物の怪に、憑かれたと、考える。
そうして、原因として、納得していたのである。

現代でも、原因不明の、死というものがある。
どんなに、医学が発達しても、原因不明というものは、ある。

また、この時代は、そういう、目に見えない世界を相手にする、陰陽師という存在があった。それは、宮廷が認めた存在である。
陰陽博士とも言われた。

有名な、安陪清明なども、その一人である。
陰陽とは、中国の、陰陽五行からのもの。ただ、道教などの影響もあり、更に、元からあった、霊的所作を加味して、独特の修法を行ったものである。

更に、当時は、密教の影響により、加持祈祷というものが、当たり前であり、病快癒のための、加持祈祷は、貴族を中心に、多く行われていた。
これについては、このエッセイの主旨ではないので、省略する。

出来心での、行為で、女を死なせたという、源氏の、悲しみと、悩みが、はじまる。
我が身を責める日々である。
それが、どのような形で、新たに展開するのか。

物語は、どんどんと、進む。


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2008年08月08日

もののあわれ270

人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせ給ふ」など言へど、御帳のうちに入り給ひて、胸を押さへて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらむ。いかなるここちせむ。「見捨てて行きあかれにけり」と、つらく思はむ」と、心まどひのうちにも思ほすに、御胸せきあぐるここちし給ふ。御ぐしも痛く、身も熱きここちして、いと苦しくまどはれ給へば、「かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり」と、おぼす。



女房たちは、どこからお帰りやら。ご気分が悪いようです。などと、言う。
黙って、御帳台の中に、お入りになる。
胸に手を当てて思うと、どうにも、たまらなくなり、どうして一緒に乗ってあげなかったのかと、生き返ったとしたら、どんな気がしよう。見捨てていかれた、薄情者だと、思うだろう。心騒ぐ中にも、そう思われる。
胸がつまり、頭も痛くなり、熱もあるようである。
とても、苦しく、このように元気がないとは、自分も、死んでしまうのではないか、と思うのである。


かくはかなくて 我もいたづらになりぬるなめり
このように辛くては、我も、死ぬのかもしれない。

女の死に、自分の死を、考える。

心まどひのうちにも
心の、惑い、動顚である。


日たかくなれど、起き上がり給はねば、人々あやしがりて、御かゆなどそそのかし聞ゆれど、苦しくて、いと心ぼそくおぼさるるに、内より御使ひあり。きのふえ尋ね出で奉らざりしより、おぼつかながらせ給ふ。おほい殿の君だち参り給へど、頭の中将ばかりを、源氏「立ちながら、こなたに入り給へ」と宣ひて、みすのうちながら宣ふ。


日は、高くなったが、起き上がりされないので、女房たちは、変だと思いつつ、食事をお勧めするが、君は、苦しく、心細くいらっしゃる。
そこに、宮中から、お使いが、ある。
昨日、お捜し出せなかったので、主は、ご心配あそばす。
大臣の家の若君方が、お出でになったが、頭の中将だけを呼び、立ったまま、こちらに、お入りくださいと、言う。
御簾を隔てたままに、おっしゃる。


源氏は、正式な衣装に着替えることも、できなかったのだ。
それ程、衝撃的事件だった。



源氏「めのとにて侍る者の、この五月のころほひより重くわづらひしが、かしらそり忌む事うけなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このごろまたおこりて、弱くなむなりたる、今ひとたびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者の、いまはのきざみに、つらしとや思はむ、と思う給へてまかれりしに、その家なりける下人の病しけるが、俄に出であへでなくなりけるを、おぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出で侍りけるを、聞きつけ侍りしかば、神わざなるころいと不便なる事と、思う給へかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶきやみにや侍らむ、かしらいと痛くて、苦しく侍れば、いと無礼にて聞ゆること」など宣ふ。



乳母である者が、この五月から、重病でありましたが、髪を下ろし、戒を受けて、その効験で、生き返りました。
しかし、近頃、再発して、弱ってしまい、もう一度、見舞ってくれと申すので、幼い時からの、関係であり、臨終の時に、薄情者と、思われると、考えて、参りました。
すると、その家にいた、下人で、病にあった者が、外へ出す間もなく、急死してしまいました。
それを、恐れつつしんで、日が暮れるのを待ち、担ぎ出したことを、耳にして、神事の多いこの頃の事、不都合千万と、恐れ多く感じて、参内せずにいたのです。
今朝、明け方から、風邪でしょうか、頭が痛く、苦しいものですから、はなはだ失礼でしたが、申し上げる次第です。と、仰る。


いと きなきより なづさひし者の
幼き頃からの、親しんでいた者
神わざなるころいと 不便なる事と
神わざ、とは、神事である。九月は、神事が多い。
死の、けがれは、三十日間である。

無礼、ぶらい
ぶれい、ではない。礼無き様をいう。



中将、「さらば、さるよしをこそ奏し侍らめ。よべも御遊びに、かしこく求め奉らせ給ひて、御気色あしく侍りき」と、聞え給ひて、立ち返り、中将「いかなる行き触れにかからせ給ふぞや。のべやらせ給ふ事こそ、まことと思う給へられね」と言ふに、胸つぶれ給ひて、源氏「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬけがらひに触れたるよしを奏し給へ。いとこそたいだいしく侍れ」と、つれなく宣へど、心のうちには言ふかひなく悲しき事をおぼすに、御ここちも悩ましければ、人に目も合はせ給はず。蔵人の弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせ給ふ。おほい殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御せうそこなど聞え給ふ。



中将は、それでは、その旨を、奏上いたしましょう。
昨夜も、音楽の際に、しきりに、お捜しあそばして、ご機嫌、ななめに拝しました。
と、申し上げて、一度立ったが、また、引き返して、どうした、けがれに、出会いましたのやら。お話の内容は、事実とは、思えません。と言う。
源氏は、ドキッとして、詳しい内容ではなく、ただ、思いがけない、穢れに、出合ったとだけ、奏上してください。
まことに、申し訳ないことです。
何気なく、仰るが、ご心中は、言葉にもならない、悲しみが、込み上げてくる。
ご気分も、勝れず、相手の視線を、受け止めることもできないでいる。
中将と、同行して来た、蔵人の弁を、呼び寄せて、この事情を、奏上するように、しっかりと、仰せになる。
大臣宅にも、こういう事情で、参内できないと、お手紙など、差し上げるのである。

行き触れに かからせ 給ふぞや
穢れたところに、行きあったということ。

いとこそ たいだいしく
怠怠、である。
不心得、持っての他である。

ここで、源氏の、状況が、よく見えるのである。
その立場と、地位である。

蔵人 くらんど の弁
役職の、位である。
太政官の弁局の、中弁とか、少弁とかを、いう。
更に、蔵人を、兼ねる者である。

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2008年08月09日

もののあわれ271

日暮れて惟光参れり。「かかるけがらひあり」と宣ひて、参る人々も皆立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、源氏「いかにぞ、今はと見はてつや」と宣ふままに、袖を御顔に押しあてて泣き給ふ。



日が暮れて、惟光が、やって来た。
こういう穢れがあると、仰ったので、参上する人も、皆、退出し、お宅は、閑散としていた。
惟光を、呼びよせて、源氏は、どんな、最後を見定めたのか、と言う。
そのまま、袖にお顔をおしあてて、お泣きになるのである。



惟光も泣く泣く、「今は限りにこそは物し給ふめれ。ながながと籠り侍らむも便なきを、あすなむ日よろしく侍れば、とかくの事、いと尊き老僧のあひ知りて侍るに、言ひ語らひつけ侍りぬる」と聞ゆ。源氏「添ひたりつる女はいかに」と宣へば、惟光「それなむ又え生くまじく侍るめる。右近「われも遅れじ」とまどひ侍りて、けさは谷に落ち入りぬとなむ見給へつる。右近「かのふるさと人に告げやらむ」と申せど、「しばし思ひ静めよ。事のさま思ひめぐらして」となむ、こしらへおき侍りつる。と語り聞ゆるままに、いといみじとおぼして、源氏「我もいとここち悩ましく、いかなるべきにかとなむおぼゆる」と宣ふ。


惟光も、泣く泣く、もう最後で、ございました。
長いこと、籠もりますのも、不都合ゆえに、明日の日が、よろしゅうございますから、それのことを、尊き老僧で、懇意にしている者に、頼んでおります。と、申し上げる。
源氏は、付き添っていた女は、どうした、と尋ねる。
惟光は、あれは、また、生きられそうにも、ございませんようで。
自分も、一緒にと、正体もなく、今朝など、谷に、飛び込みかけました。
あの、五条の家に、知らせようと言いましたが、しばらく気を落ち着けて、事情を十分考えてからと、慰めました。
そう、報告するのを、源氏は、ただ、悲しくて、たまらず、私も、とても、気分が勝れず、どうなることか、という、気がすると、仰る。

こしらへおき
慰める。
心の有様を、こしらへる、のである。



惟光「何かさらに思ほしものせさせ給ふ。さるべきにこそよろづの事侍らめ。人にも漏らさじと思ふ給ふれば、惟光おりたちて、よろづは物し侍り」など申す。源氏「さかし。さ皆思ひなせど、浮かびたる心のすさびに、人をいたになしつるかごとおひぬべきが、いとからきなり。少将の命婦などにも聞かすな。あま君、ましてかやうの事などいさめらるるを、心はづかしくなむおぼゆべき」と、口がため給ふ。惟光「さらぬ法師ばらなどにも、みな、言ひなすさま異に侍り」と聞ゆるにぞ、かかり給へる。



惟光は、何を、今更、ご心配あそばすのですか。因縁によりてのことです。誰にも、知らせないようにと、惟光が、すべていたしました。と、言う。
源氏は、そうか、そう思ってみるが、浮気心の、遊びから、人を死なせてしまった非難は、避けられないのが、実に、たまらない。少将の命婦などにも、知らせるな。尼君なら、いっそうに、喧しい。知られたら、会わす顔もない。と、口止めする。
惟光は、その他の、僧などにも、いずれも、皆、違ったように話しています、と言う。
源氏は、それを聞いて、力強く思う。

命婦とは、惟光の、姉妹のことである。
尼君とは、惟光の、母親のこと。

ましてかやうの事など いさめらるるを
まして、こんなことは、諌められる、喧しく言われる。

源氏は、女が、死んだことを、
いとからきなり、と言う。
からき、とは、堪らない気持ちである。



ほの聞く女房など、「あやしく、何事ならむ。けがらひのよし宣ひて、内にも参り給はず。又かくささめき嘆き給ふ」と、ほのぼのあやしがる。源氏「さらにことなくしなせ」と、そのほどの作法宣へど、惟光「なにか。ことごとしくすべきにも侍らず」とて立つが、いと悲しくおぼさるれば、源氏「便なしと思ふべけれど、いま一たびかのなきがらを見ざらむが、いといぶせかるべきを、馬にて物せむ」と宣ふを、いとたいだいしき事と思へど、惟光「さおぼされむはいかがせむ。はやおはしまして、夜ふけぬさきに帰らせおはしませ」と申せば、このごろの御やつれにまうけ給へる狩りの御さうぞく着かへなどして出で給ふ。



小耳にする、女房などは、変ですね、何事でしょう。穢れに触れたと、おっしゃって、参内もあそばさず、それに、ひそひそ話で、お嘆きになっている、と、不審がる。
源氏は、この上は、手抜かり無く、はからえ、と、葬式のやり方をおっしゃる。
惟光は、仰々しくいたすべきでは、ごささいません。と言い、席を立つのが、とても、悲しく思われる。
源氏は、不都合と、そちは、思うだろが、もう一度、あれの、亡骸を見ないでは、いつまでも、気がかりになるので、馬で行く、と、仰る。
それは、とんでもないと、思うが、惟光は、そう思われるならば、いたしかたありません。早く、お出まして、夜の更けぬうちに、お帰り遊ばしませと、言う。
このほど、作られた、御狩衣に、御召しかえなどなさり、お出かけになるのである。


ことごとしくすべきにも侍らず
身分の高い女ではないから、それほど、仰々しくしなくても、いい。

いといぶせかるべきを
いぶせ、気分が、晴れないのである。

いとたいだいしき事
そんな、ことは、源氏の身分では、してはいけないのである。

さおぼされむは いかがせむ
そのように、思われるならば、しかたがない。

このごろの御やつれにまうけ給へる 狩りの御さうぞく
微行、びこう、である。
人に知られず、行為すること。
そのために、作った、狩衣である。
御さうぞく、は、装束である。

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2008年08月10日

もののあわれ272

御ここちかきくらし、いみじく堪へがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危かりし物懲りに、「いかにせむ」と、おぼしわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、「ただ今のからを見では、またいつの世にかありしかたちをも見む」と、おぼし念じて、例の大夫隋身を具して出で給ふ、みち遠くおぼゆ。



その、お心は、暗く、酷くたまらないもので、更に、このような、如何わしい場所に出掛けることは、危険であり、昨夜のようになるかもと思い、引き返そうかと、思案にくれる。
しかし、悲しみの、晴らしようがなく、女の亡骸を見ないでは、二度と、いつの世に、女の姿を見られようと、我慢して、いつものように、惟光、隋身を連れて、お出かけになる。
道が、遠い気がするのである。


おぼし わづらへど
考える、思案する、煩うのである。

わづらえ おぼし、と、つまり、敬語になるのだ。



十七日の月さし出でて、かはらのほど、御さきの火もほのかなるに、鳥辺野のたかなど見やりたるほどなど、物むつかしきも、何ともおぼえ給はず、かき乱るるここちし給ひて、おはし着きぬ。あたりさへすごきに、板屋のかたはらに堂たてて、行へる尼の住まひ、いとあはれなり。



十七日の月が出て、加茂の河原の辺に、先駆の松明も、微かに、鳥辺野の方を、見ると、気味が悪いのである。
君は、胸が、一杯で、何とも感じなく、やっと、辿り着いた。
そこら辺り一帯の様子は、凄い様である。
板屋根の小屋の傍に、堂を建てて、尼が住んでいる様は、実に、あはれ、である。

この場合の、あはれ、は、物寂しいのであろう。

東山の、麓の、寂しい場所に、出掛ける源氏の、心境である。
普通ならば、夜に、そんな場所に、出向くことなどない。

何故、女が、あっさとり、死んだのかということが、まだ、語られていないのである。
六条御息所の、生霊として、明確に意識されるのは、いつか、である。
源氏は、狐の類と、思っている。



御燈明の影ほのかにすきて見ゆ。その屋には女ひとり泣く声のみして、外のかたに、法師ばら二三人、物語しつつ、わざとの声たてぬ念仏ぞする。寺寺の初夜も皆おこなひはてて、いとしめやかなり。清水のかたぞ、光り多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼ぎみの子なる大徳の、こえ尊くて、経うちよみたるに、涙の残りなくおぼさる。



お燈明の火影がかすかに透いて外から見える。
その家には、女が一人泣く声のみ、聞こえて、法師たちが、二三人、話をしながら、小声の念仏をしている。
寺寺の初夜の、勤行も皆、済んで、ひっそりとしている。
清水の方には、光が多く見える。
大勢いる様子である。
庵主の尼君の子である、お上人が、尊い声で、読経している。
それを聞いて、源氏は、涙を、とめどもなく流される。


涙の残りなくおぼさる
涙を、流すのであるが、残りなく、とは、止め処もなくということ。


当時の様が、目に見えるようである。

初夜とは、午後十時頃。
東山の、寺とは、現在の清水寺である。
十七日は、清水寺の、観音の縁日である。



入り給へれば、火とりそむけて、右近は屏風へだてて臥したり。いかにわびしからむ、と、見給ふ。


お入りになると、燈は、遺体に背けて、右近は、屏風の向こうに、横になっている。
どんなに、たまらないだろうと、御覧になる。

いかにわびしからむ
いかに、わびしい、という気持ちは、現在の心境にすると、やり切れない思いという、ことになるのか。
切ない気持ち。



恐ろしきもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたる所なし。手をとらへて、源氏「我に今ひとたび声をだに聞かせ給へ。いかなる昔の契りにかありけむ、しばしのほどに心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち捨ててまどはし給ふが、いみじきこと」と、声も惜しまず泣き給ふこと、かぎりなし。大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひて、みな涙をおとしけり。



恐ろしい気持ちはしない。
実に、可愛らしい姿で、変わったところはない。
手を取り、私に、もう一度、せめて声を聞かせてくれ。どんな前世の縁であったのやら、わずかの間、愛情を注いで、愛しいと思った。
後に、残して、途方に暮れさせるとは、酷い、と、声も惜しまずに、限りなく泣く。
法師たちも、誰とは知らず、何か訳があるのだと、皆、涙を流すのである。



いとらうたげなるさまして
よく出てる表現である。
可愛らしい。愛らしい。

しばしのほどに 心を尽くして あはれに 思ほえしなる 昔の契りにかありけむ
美しい表現である。
昔の縁による、契りを、あはれ、に思う。
この、あはれ、は、愛したことを、言う。
あはれ、という言葉は、前後の表現により、広い意味合いを持つ言葉であることが、物語を、読むことで、解った。

定義できない、あはれ、という言葉である。
私が、ここに書いている、もののあわれについて、は、また、同じく、定義が出来ない。
自由自在に変化する、言葉なのである。
もののあわれ、とは、こういうものですと、書くことが出来ない、広がりを持つ言葉であり、それは、日本の精神、日本人の心の、在り方を察する、手がかりにも、なるのである。

この、あはれ、という言葉を、見つめ続けて、日本の伝統が、成り立つ。
すべての、伝統の文化的行為にあるもの、それが、この、あはれ、という言葉に、集約されるのである。

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2008年08月11日

もののあわれ273

右近を、源氏「いざ二条の院へ」と宣へど、右近「年ごろ、をさなく侍りしより、かた時たち離れ奉らず、慣れ聞えつる人に、にはかに別れ奉りて、いづこにか帰り侍らむ。いかになり給ひにきとか、人にも言ひ侍らむ。悲しき事をばさるものにて、人に言ひさわがれ侍らむが、いみじきこと」と言ひて、泣きまどひて、右近「けぶりにたぐひて慕ひ参りなむ」といふ。源氏「ことわりなれど、さなむ世の中はある。別れといふもの悲しからぬはなし。とあるも、かかるも、同じ命の限りあるものになむある。思ひなぐさめて、我を頼め」と宣ひこしらへても、源氏「かくいふ我が身こそは、生きとまるまじきここちすれ」と宣ふも、頼もしげなしや。



右近に向かって、源氏が、さあ、二条の院へ行きましょうと言う。
すると、右近は、長年、小さな時分から、少しも離れることなく、親しくしていましたお方に、急にお別れして、どこに、帰れましょう。どうなったと、皆に申せましょう。悲しいことは、ともかく、皆に、色々と言われることが、辛いです、と言う。
おろおろと泣き、あの方の、煙と一緒に、私も、後を追いたい。
源氏は、誠に、もっともなことだが、世の中は、こうしたもの。
別れが悲しくないということは、ない。
先に死ぬのも、後に残るのも、みな寿命として、決められたこと。
悲しみは、静めて、私に頼りなさいと、言う。
源氏は、そういう自分の方が、生き永らえることが、出来ないという気持ちがすると、仰るのも、頼りないことである。


けぶりにたぐひて慕い参りなむ
煙と、一緒に、私も慕い、参りたい。

かくいふ我が身こそは、生きとまるまじきここちすれ と宣ふも 頼もしげなしや
これは、作者の思いである。

とあるも かかるも
ああなのも、こうなのも
様々な姿である。



惟光、「よは明けがたになり侍りぬらむ。はや帰らせ給ひなむ」と聞ゆれば、かへり見のみせられて、胸もつとふたがりて、出で給ふ。道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふここちし給ふ。

惟光が、夜は明け方になります。早々に、お帰りあそばしましょうと、言う。
源氏は、後を振り返り、振り返りして、胸いっぱいになり、お立ち出でになる。
君の、お目には、涙の露、そして、道は朝露で濡れ、さらに、朝霧で立ちこめた道である。
いっそう、見えにくく、何処とも知らず、さ迷うような気がするのである。


美しい、情景である。
道いと 露けきに いとどしき朝霧に いづこともなく まどふここちし
道は、朝露に濡れ、更に、朝霧が立ち込めて、何処のなのか解らぬ茫漠とした、風景の中を、惑う心持で、進むのである。

源氏の、心模様を、その風景で、表すのである。
目の前の、風景が、心の姿なのである。
紫の、筆は、いつも、人の心模様と、風景を対にして、描く。
これを、一言で、言うとき、あはれ、という言葉になる。



ありしながらうち臥したりつるさま、うちかはし給へりしが、我が御くれないの御ぞの、着られたりつるなど、いかなりけむ契りにかと、道すがら思さる。


あの夜の、姿のままに横なっていた様。
着せた、自分の紅の、御衣が、そのままかかっていた。
どうした、前世の縁で、このようなことになったのかと、道々、お心に、浮かぶ。


当時の、浄土思想によるもので、前世の因縁と、考える。
これは、その後も、日本人の、基本的感情になった。
何ゆえの、前世の因縁かという、考え方である。
それを、理由として、考える方が、易いのである。


御馬にもはかばかしく乗り給ふまじき御さまなれば、また惟光そひ助けておはしまさするに、堤の程にて御馬よりすべり降りて、いみじく御ここちまどひければ、源氏「かかる道の空にて、はふれぬべきにやあらむ。さらにえ行き着くまじきここちなむする」と宣ふに、惟光ここちまどひて、「わがはかばかしくは、さ宣ふとも、かかる道にいて出で奉るべきかは」と思ふに、いと心あわただしければ、川の水にて手を洗ひて、清水の観音を念じて奉りても、すべなく思ひまどふ。君もしひて御心をおこして、心のうちに仏を念じ給ひて、又とかく助けられ給ひてなむ、二条の院へ帰り給ひける。



お馬にも、うまく乗れない様子である。
惟光は、助けつつお連れするが、途中、加茂川の堤の辺りで、滑り落ちてしまった。
源氏は、酷く、気分が悪くなり、こんな道端で死んでしまうのか、とても、帰り着けそうにないと、仰る。
惟光は、惑い、そう仰るが、それは、自分が、こんな所に、お連れしたからだと、思い、川水で、手を洗い、清水観音に、祈願する。しかし、途方に暮れる。
惟光の、様子に、君は、力を絞り、気力を出して、心に、仏を念じる。
それゆえか、何とか、二条の院に、辿り着いた。


いみじく 御ここちまどひければ
酷く、気持ちが、動揺するのである。気分が悪くなる。

はふれぬべきにや あらむ
ここで、死んでしまうのか。

いと心あわただしければ
大変、気持ちが、落ち着かない。慌ててしうのである。

互いに、観音や、仏を、念じるという。
人知を超えたところのもの、それは、観音や仏であった。
平安の頃より、そうして、観音信仰、仏信仰に、頼るのである。

日本人の原風景は、万葉であるが、平安期になって、仏の法、ほとけののり、としての、仏教に、大きく影響されている。
当時の、仏教は、天子、貴族の、仏教であり、ハイカラな、ものだった。
信仰という、観念は無い。
拝むべき、もの、という意識である。
人間を超えた存在という、意識である。

庶民には、手の届かない、仏の教えだった。
ただし、平安貴族の、退廃振りは、この仏教の、無常観というものが、大きく影響した。
一種、インドのバラモン、ヒンドゥーに近い感覚である。
すべては、因縁により、起こる。
人間は、それに手出しは出来ないという、諦観である。

その、良し悪しは、別枠の、エッセイ、神仏は妄想である、で、お読み下さい。

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2008年08月12日

もののあわれ274

あやしう夜ふかき御ありきを、人々、「見苦しきわざかな。このごろ、例よりも静心なき御しのびありきの、しきるなかにも、きのふの御気色のいと悩ましうおぼしたりしに、いかでかくたどりありき給ふらむ」と、嘆きあへり。



あやしう深夜の、お出歩きを、女房たちは、みっともないことです。この頃、いつもより、そわそわして、お忍び歩きが続いていますが、昨日は、特に、ご気分がすぐれない様子でしたのに、どうして、ふらふらと、お出かけ遊ばすのでしょう、互いに嘆きあう。

あやしう
怪しい、出歩き。
不可解な、である。



まことに、臥し給ひぬるままに、いといたく苦しがり給ひて、ふつかみかになりぬるに、むげに弱るやうにし給ふ。内にも聞こしめし嘆くこと限りなし。御祈り、かたがたにひまなくののしる。祭り、祓へ、修法など、言ひ尽くすべくもあらず。「世にたぐひまなく、ゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにや」と、あめの下の人のさわぎなり。



お休みなさったまま、酷く苦しがり、二三日のうちに、大変な衰弱の様子である。
帝も、それを、聞いて、大変、限りなく、嘆いていた。
ご祈祷は、方々で、ひっきりなしの、大騒ぎである。
祭り、祓え、修法など、言い切れない有様である。
またとない、ご立派な方であるゆえに、長生きしないのではないかと、天の下、つまり、民が、騒ぐのである。


ゆゆしき御ありさまなれば
特別の立派なお方である。
通常ではない、御人である。



苦しき御ここちにも、かの右近を召し寄せて、局など近く賜ひて、さぶらはせ給ふ。惟光、ここちもさわぎまどへど、思ひのどめて、この人のたつきなしと思ひたるを、もてなし助けつつ、さぶらはす。君は、いささかひまありておぼさるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交らひつきたり。ぶくいと黒くして、かたちなどよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。



苦しい中でも、あの女の、右近を、召しだし、部屋などを近くに与えて、お召し使えとされる。
惟光は、動顚し、狼狽するが、心を落ち着けて、右近には、拠り所もないと思い、色々と世話をして、お仕えさせる。
君は、少しでも、気分がよい時は、呼び出して、使ったりするので、次第に、御殿にも、馴染んだである。
喪服を、濃い黒で、固めて、器量などは、それほどではないが、見られないほどの姿ではない、若い女房である。


ぶくいと黒くして
喪服のこと。
特に、黒々とした喪服である。

かたはに見苦しからぬ若人なり
見られないという程の、器量でもない。若い人である。
その前に、かたちなどよからねど、とある。これは、器量は、それほどてもないという。



源氏「あやしう短かかりける御契りにひかされて、我も世にえあるまじきなめり。年頃の頼み失ひて、心ぼそく思ふらむなぐさめにも、もしながらへば、よろづにはぐくまむとこそ思ひしか、ほどもなく又たちそひぬべきが、口をしくもあるべきかな」と、忍びやかに、宣ひて、弱げに泣き給へば、いふかひなき事をばおきて、いみじく惜し、と思ひ聞ゆ。


源氏は、不思議に、短い縁にひかれて、私も、とても、生きていけないような気持ちだ。
長年の頼みの綱を、失い、心細く思うだろうが、それを、慰めるためにも、もし生き永らえたら、一切、面倒を見て上げようと思った。
しかし、自分も、間も無く、後を追いそうな、気がする。
残念なことだと、小声で仰り、傍目にも、弱々しく泣くのである。
言っても、甲斐のないことだが、たまらなく、悔しいと、思い直すのである。


よろづにはぐくむこそ
後の、すべての、面倒をみる。
通常は、育てるのである。

しかし、ほどなく又たちそひぬべきが
ほどなくして、我も、たちそひぬべき、か、である。
立ち添いぬべきか、とは、誰にか。それは、死んだ女にである。つまり、自分も、死ぬのではないかと、思うのだ。

それ程、源氏は、弱い男である。
女の死が、源氏には、耐えられない程の、恐怖になった。
死を知らない者である。


このような、源氏の、後に残された者に対する、思いをもって、本居宣長などは、もののあはれ、というものを、観たようである。
人と人の、慈愛の関係にある、もののあはれ、である。

人と人の、機微から観る、もののあはれ、というものも、ある。
心の、細やかさである。
それは、心を砕くこと、相手に、共感し、そして、その心を共生しようとする。

しかし、私は、それ以上に、紫式部の筆の、風景と、情景に、もののあわれ、というものを、観るものである。

確かに、我も世にえあるまじきなめり、と、痛烈な思いに駆られる。
それは、源氏の若さゆえであろうし、作者である、紫の思いでもあろう。
夫を、亡くした後の思いを、ここに、込めるのである。
人の死は、実に辛いものである。
その後に、残された者は、どのように生きればいいのか。
実際、我が身も、死にたいと思うのである。
しかし、生かされるまで、生きなければならない。

人の死を実感として、感じた作者の思いが、込められている。

人の死ほど、もののあわれ、を、感じるものはない。
どうしようもないもの、それは、人の死である。
その、死を、どのように、受け止めるのか。
それが、もののあわれ、という心象風景の、行くべき先であろう。

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2008年08月13日

もののあわれ275

殿のうちの人、足を空にて思ひまどふ。うちより御使ひ、雨の脚よりもけに繁し。おぼし嘆きおはしますを聞き給ふに、いとかたじけなくて、せめて強くおぼしなる。大殿もけいめいし給ひて、おとど日々に渡り給ひつつ、さまざまの事をせさせ給ふしるしにや、廿日あまりいと重くわづらい給ひつれど、ことなるなごり残らず、おこたるさまに見え給ふ。


御宅の人々は、足も地につかない様で、おろおろとする。
宮中から、お使いが雨の脚よりも、更に、しきりに来る。
主が、お嘆きになっているとのことで、まことに、恐れ多く、しいて、元気を奮い起こす。
大臣たちも、世話をし、大臣自身が、おこしになって、色々なことを指示されるかいもあり、二十日ほど、重く、おわずらいになっていたが、余病も出ずに、快方にお向かいした様子である。


けいめいし給ひて
これは、経営である。
意味は、精出して励むという。

ことなるなごり残らず
別の病気などは、無かった。

おこたるさまに
善い方向に向かった。
病が、怠るのであるから、病が無くなるのである。



けがらひ忌み給ひしも、ひとつに満ちぬ夜なれば、おぼつかながらせ給ふ御心わりなくて、内の御とのい所に参り給ひなどす。大殿、わが御車にて、迎へ奉り給ひて、御物忌み、何やと、むつかしうつつしませ奉り給ふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえ給ふ。



穢れを、忌み、ちょうど一緒に済まされた夜が、お所上げである。
ご心配あそばす、主のお心も、恐れ多く、宮中の私室に、お上がりなさる。
大臣は、自分の車で、お迎えなさって、御物忌みや、何やかにやと、厳重に、慎みを、おさせになる。
まったく、夢のようで、別の世界に、生き返るような、気分であった。

あらぬ世によみがへりたるやうに
別の世界に、生まれ変ったような、気持ちである。


穢れとは、死の穢れである。
三十日目に、病気も、治ったのである。
それは、死の穢れも、終わる日であった。


当時の人は、実に、素直であったと、思う。
そのようなものと、言われれば、そのような、気持ちになるのである。
情報量の少ない時代である。
それを、察する記述である。



九月廿日の程にぞ、おこたりはて給ひて、いといたくおもやせ給へれど、なかなかいみじくなまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣き給ふ。見奉りとがむる人もありて、「御もののけなめり」など言ふもあり。


九月二十日の頃に、御全快なさり、とても、酷くおやつれになったが、かえって、素晴らしく美しく、とかく、外をぼんやりと、眺めては、声を上げて泣いている。
それを、見かけて、怪しむ女房もあり、御物の怪ゆえだろう、などと言うのである。



右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に物語りなどし給ひて、源氏「なほ、いとなむあやしき。などて、その人と知られじとは、隠い給へりしぞ。まことにあまの子なりとも、さばかりに思ふを知らで、隔て給ひしかばなむ、つらかりし」と宣へば、右近「などてか深く隠し聞え給はむ。はじめより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、「うつつともおぼえずなむある」と宣ひて、御名隠しも「さばかりにこそは」と聞え給うながら、「なほざりにこそ紛らはし給ふらめ」となむ、うき事おぼしたりし」と聞ゆれば、源氏「あいなかりける心くらべどもかな。我は、しか隔つる心もなかりき。ただかやうに人に許されぬふるまひをなむ、まだ慣らはぬ事なる。うちに諌め宣はするをはじめ、つつむこと多かる身にて、はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所せう取りなし、うるさきこと多かる身の有様になむあるを、はかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに見奉りしも、「かかるべき契りにこそはものし給ひけめ」と思ふも、あはれになむ、又うちかへし辛うおぼゆる。


右近を呼び寄せて、お暇な夕暮れ時、世間話などをする。
源氏は、やはり、どうしても、変だと思う。
何故、誰なのかと、解かられまいと、隠していたのか。
本当に海女の子であるにしても、あれほど、私が恋しく思っていることを、察しないで、水臭くしているのは、辛かった。と、仰る。
右近は、どうして、そんなに隠し申しなさることが、ありましょう。
おなじみも浅く、いつの折にも、大したものではない、お名前を、お耳に入れましょう。
最初から、腑に落ちず、思いもかけない方ですので、夢でも、見ている気持ちがすると、仰って、あなた様が、お名前を隠していられるのも、たぶん、いい加減に、あしらっているのでしょうと、辛く思っていたようです。と、申し上げる。
源氏は、つまらない、意地の張り合いだった。
私は、そんなに、隔てを置くつもりはなかった。
ただ、こんなふうに、皆に、止められている、忍び歩きは、初めてのことだった。
主が、お叱りあそばすのを、はじめに、遠慮の多い、この身では、少し、誰かに、冗談を言いかけても、大袈裟に、受け取られて、取り上げられる、うるさいほどの、身分なので、あの、ふっとしたことのあった、夕べから、不思議に気になって、無理やりお会いしたことも、このような、宿縁だったのだろう。
懐かしくも、辛くも、思われる。


あはれになむ
この場合は、懐かしくと、訳してみる。
切なくでも、いい。



かう長かるまじきにては、などさしも心にしみて哀れとおぼえ給ひけむ。なほ詳しく語れ。今はなにごとも隠すべきぞ。七日七日に仏かかせても、誰がためとか心のうちにも思はむ」と宣へば、右近「何か隔て聞えさせ侍らむ。みづから忍び過ぐし給ひし事を、なき御うしろに、口さがなくやは、と思ひ給ふるばかりになむ。親たちははやうせ給ひにき。三位の中将となむ聞えし。いとらうたきものに思ひ聞え給へりしかど、我が身のほどの心もとなさをおぼすめりしに、命さへ堪へ給はずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭の中将なむ、まだ少将にものし給ひし時、見そめ奉らせ給ひて、みとせばかりは心ざしあるさまに通い給ひしを、こぞの秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしき事の聞え、まうで来しに、ものおぢわりなくし給ひし御心に、せむかたなくおぼしおぢて、西の京に御めのとの住み侍る所になむ、はひ隠れ給へりし。



こんなに、短い縁だったのに、何故、あんなに、しみじみと、愛しく思われたのか。
もっと、詳しく、お話したかった。
今は、何も、隠すことはない。
名前を知らなければ、七日七日に、仏像を描かせても、誰の冥福を祈るのかと、心の中でも、思うと、仰る。
右近は、何のお隠し申しましょう。
ご本人が、仰らなかった事を、お亡くなりになった後で、口軽くしてはと、思っただけです。
ご両親は、もう、お亡くなりになりました。
三位中将と、申されました。
とても、可愛がりましたが、運の思うように、いかないことを嘆いていました。
ご寿命までも、思うに任せず、早く、お亡くなりになりました。
その後、ふっとした、ご縁で、頭の中将様が、まだ少将でいらした時に、お通いはじめて、三年ほどは、お情け深く、お通いなさいましたが、去年の秋ころ、あの、本妻の、右大臣様の方から、とても、恐ろしいことを申しておいでで、怖がりの性分ですので、わけもなく、怯えて、西の京に、御乳母が住んでいます所に、こっそり、忍ばれました。



それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、今年よりはふたがりけるかたに侍りければ、たがふとて、あやしき所に物し給ひしを、見あらはされ奉りぬる事と、おぼしく嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみもてなして御覧ぜられ奉り給ふめりしか」と語り出づるに、「さればよ」と、おぼしあはせて、いよいよ哀れまさりぬ。


そこも、あまりの、むさ苦しさに、住みづらくなりまして、山里に、引越しをなさろうとしましたが、今年からは、方角が悪いということで、方違えとして、妙な所にお出でになり、見つけたことを、嘆いていました。
普通の方とは、違い、ご遠慮あそばして、お慕い申していると知られたら、お会わせする顔もなくなると思いで、お顔には、出さないようにして、お迎えして、いらしたようです。と、話すのである。
それじゃあ、矢張りと、思い合わせて、益々、愛情が増すのであった。


この段では、哀れという言葉が、何度か、出てくる。
あはれ、ではなく、哀れと、漢字である。
あはれ、と、哀れは、違いがあるのかと、思えば、そうではない。

あはれ、も、哀れも、同じ意味である。
使い分けをしている訳ではない。
しかし、哀れの場合は、憐れに、近い感覚である。

ふたがりけるかた
方角が悪い場所である。
そして、それは、当時、たがふ、という、方違えという、方法を取る。
つまり、悪い方角に行く前に、その方角を、善い方角に変える意味で、悪い場所かせ、善い方角になる、場所へ、一端移り、そこから、悪いという、方角に向かう行為である。

陰陽道による。

源氏は、右京から、女の素性を、聞くことになる。
それを、聞いて、益々と、女を愛しいと思うのである。

頭の中将とは、源氏の妻の兄である。
また、面白くなってきた。

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2008年08月14日

もののあわれ276

源氏「幼き人まどはしたりと、中将の憂へしは、さる人や」と問ひ給ふ。右近「しか。をととしの春ぞ物し給へりし。女にて、いとらうたげになむ」と語る。源氏「さていづこにぞ。人にさとは知らせで、我にえさせよ。あとはかなくいみじと思ふ御かたみに、いと嬉しかるべくなむ」と宣ふ。


源氏は、小さな子を見失ったと、頭の中将が惜しく思っていたが、その子は、と、お尋ねになる。
右近は、はい、昨年の春に、お生まれになりました。
女の子です。
それは、たいそう、可愛いお子です。と、言う。
源氏は、どこにいるのだ。皆に、知らせず、我に預からせてくれ。
あっけない、しみじみとする女君の、お形見に、なんて嬉しいことだろう。と、仰る。

あとはかなく いみじと思ふ
後はかなく、その後は、儚いのである。あっけないと、訳すか。どうも、違う。
矢張り、後は儚くなのである。
いみじと思う。しみじみと、思う。いや、それも、感じが違う。矢張り、いみじと、思うのである。

いと らうたげ
よく出てくる、表現である。可愛らしい。
これは、らう たげ、であろう。
文法解釈ではない。


源氏「かの中将にも伝ふべけれど、いふかひなきかごと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、はぐくまむ咎あるまじきを、そのあらむ乳母などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし」など語らひ給ふ。右近「さらばいと嬉しくなむ侍るべき。かの西の京にて生ひ出で給はむは、心苦しくなむ。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこになむ」と聞ゆ。



源氏は、あの中将にも、知らせても、いいが、かえって、怨みをかうこともあろう。
あれこれにつけて、私が、育てるのに、不都合はないだろう。
その、乳母などにも、言い繕い、連れておいで。と、言う。
右近は、そうなりましたら、どんなに、嬉しいことでしょう。
あの、西の京で、成人するには、お気の毒です。
きちんと、お付申す者がいない、あちらに、いますと、と、答える。


いふかいなき かごと負ひなむ
あえて、益のない、無用な、怨みを買う。
つまり、何故、女を死に至らしめたのか、と。

とざまかうざま
あの女の子でもあり、更に、中将の子であれば、源氏の姪に当たることになる。
妻の兄の子である。
それを、あれこれにつけて、と訳す。



夕暮れの静かなるに、空の気色いとあはれに、おまえの前栽かれがれに、虫のねも鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵にかきたるようにおもしろきを、見わたして、「心よりほかにをかしきまじらひかな」と、かの夕顔のやどりを思ひ出づるも恥ずかし。

この、風景の様、そのままに、二人の心の、風景なのである。
それが、物語の、核心に迫る。
風景描写が、単なるそれではなく、心の模様なのである。


静かな夕暮れの時、空の景色は、あはれに、この、あはれは、趣き深くとか、心に染み入る空ということになる。
庭の、植え込みも、枯れ枯れして、虫の音も、嗄れ果てたという。
紅葉が、次第に色づく風情、絵に描いたように、美しい。
右近は、それを、じっと見て、思いがけず、良いお勤めだと、夕顔の宿を思い出すにつけても、顔の赤らむ思いがする。

絵に描いたように、美しい。とは、おかしな表現である。
絵に描いたものより、目の前にある、風景の方が、実である。
つまり、美しいという、実感を、絵に描いたようにと、例えでいる。

更に、この風景の中に居る、二人の風情である。
しみじみとした、情感が流れる。

心より ほかに をかしき まじらひかな
まじらひ、お勤めすることが、をかしき、ことなのだ。
結構な、勤めである。


そして、
かの夕顔の やどりを 思ひ出づるも 恥ずかし
何故か。何故、恥ずかしいのか。

住まいが、貧しいからか。
女が、一人で、いたからか。
女が、情婦のようだからか。
親が、出世しなかった故に、女の立場も、良くなかったからか。
身分の低いままで、死ぬまで、そのままである、女というものの、定めにか。

さて、私にも、解らない。

すると、先ほどの、風景が、見える。
夕暮れの静かなるに
空の気色 いと あはれに
虫のねも 鳴きかれて
紅葉の色づくほど
絵にかきたるやうに おもしろきを

源氏の、身分と、右近の、身分とが、風景の中で、平等なのである。
もののあわれ、というものは、平等に与えられているのである。

万葉の歌のように、民も、主も、平等なのである。
歌道が、もののあわれ、というものに、支えられているのである。

風情の前に、人は、平等である。
例えば、仏陀の説く、平等などと、比べると、実に自然な、平等感覚である。
自然の前には、皆、平等なのである。
大和心というもの、自然の前に、平等であると、言うのである。
しかし、それを、あえて、言わない、言葉にしない。
しかし、言葉にしないから、無いというのではない。
観念というものを、置かない中に、日本の伝統というものがある。

観念としてしまうらば、嘘になる。
その、嘘になるということを、知っていたのである。

欧米の思想などは、足元にも、及ばない、実に、無いというべき、思想が、流れていいる。

もののあわれ、というもの、言葉で、語りきれない。
だからこそ、それは、事実であり、それ以外の何物も無いのである。

それは、感じるものである。
つまり、感性である。
感性の、ありようを、言葉にすれば、堕落する。

すべて、風景を、語ることで、それを、完結するのである。

以下省略。

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2008年08月15日

もののあわれ277

竹のなかに家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に此の鳥の鳴きしを、いとおそろしと思ひたりしさまの、おもかげにらうたく思ほしいでらるれば、源氏「年はいくつか物し給ひし。あやしく、世の人に似ずあえかに見え給ひしも、かく長かるまじくてなりけり」と宣ふ。


竹の中で、家鳩が、変に鳴く声を、君が聞かれて、あの泊まった院で、この鳥が鳴くのを、ひどく怖がった女を、思い出し、それも、可愛く思うのである。
源氏は、年は、幾つだったのか。珍しく、普通と違い、ひ弱に見えた。
このように、長く生きられなかったからか、と、仰る。

おもかげに らうたく
可愛い、面影である。

この話は、物語には、無かった話である。

当時、鳩を家で、飼っていたのだろう。
野生の鳩は、河原鳩という。



右近「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、捨ておきて侍りければ、三位の君のらうたがり給ひて、かの御あたり去らず、おほしたて給ひしを、思ひ給へ出づれば、いかでか世に侍らむとすらむ。いとしも人にと、くやしくなむ。物はかなげに物し給ひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろ、慣らひ侍りけること」と聞ゆ。


右近は、女が、十九におなりでしたと、言う。
右近は、産みの親の、御乳母が、後に残して、死にましたので、三位の君様が、可愛がりくださりまして、お姫様の、傍に離れず、お育て下さいました。
それを、思うと、どうして、生きていられるでしょう。
いとしも人に
親しく、仲良くしていた人である。
いとしも人にと、悔しくて、なりません。
頼りなさそうなお方でしたから、頼む人として、長年、お傍に仕えました、と、申し上げる。



源氏「はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく、人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心慣らひに、女は只やはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、哀れにて、わが心のままにとりなほして見むに、なつかしくおぼゆべき」など宣へば、右近「このかたの御好みには、もて離れ給はざりけりと思ひ給ふるにも、くちをしく侍るわざかな」とて泣く。



源氏は、頼りなさそうなのが、愛らしいものだ。
利口で、人の話を聞かないのは、決して、好ましいものではない。
私自身、はきはきせずに、きつくない生まれゆえ、女は、ただ、優しくて、うっかりすると、男に騙されてしまうような、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞くことが、可愛いものだ。
自分の思う通りに、性格を、直して、暮らしたら、仲良くしてゆけるだろうと、思うと、仰る。
右近は、そうした、お好みでしたら、ぴったりと合ったお方でした、と、思います。それにつけても、残り惜しいことでした。と、言って泣くのである。


源氏が、好む女の風情を語る。
興味深いものだ。
されは、作者の求める、女の姿なのであろう。
自分も、そのような、女になりたいと、思ったのか。

女は、ただ、優しくて、男に騙されてしまいそうな、風情であり、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞いてくれる。
冗談じゃないと、今の、女は、言うだろうか。
男の、思い通りになど、なるものかと。それも、いいだろう。男を、思い通りにしてやる、という、女がいても、いい。
皆々、勝手にすると、いい。



空のうち曇りて、風ひややかなるに、いといたくながめ給ひて、

源氏
見し人の けぶりを雲と ながむれば 夕べの空も むつまじきかな

と、ひとりごち給へど、えさしらへも聞えず。「かやうにておはせましかば」と思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧の音をおぼし出づるさへ、恋しくて、源氏「まさに長き夜」と、うちずんじて、臥し給へり。


空が、曇ってくる。
風も、冷たくなり、非常に辛く、しんみりとする、物思いに沈む。

あの人の、亡骸を焼いた煙が、あの雲かと思い、眺めている。この夕空も、実に、親しいものである。
けぶり、とは、亡骸を焼く、煙である。
雲を、亡き人の形見と、見る行為は、万葉からの伝統である。

独り言を言う。
右近は、それに、答えることもできない。
そして、こうして、お二人で、並んでいたら、どんなにか、幸せかと思うと、胸が、一杯になる。
君は、喧しかった、砧の音を、思い出し、恋しくてたまらず、まさに長き夜、と、口ずさむ。
そして、お休みになった。


まさに、長き夜とは、白楽天の詞にある、言葉である。
八月九月正に長き夜
千声万声やむ時なし

漢詩の教養は、当たり前である。
当時の正式文書は、漢語で書かれた。
平仮名は、女、子供の文字とされていたのである。
物語も、女、子供のものとされていた。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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