2008年06月26日

もののあわれ227

六月ばかり、なでしこの花を見て

垣ほ荒れ さびしさまさる とこなつに 露おきそはむ 秋までは見じ

六月の、撫子の花を見て。

垣根が荒れて、寂しさが募る、我が家の撫子に、秋には、涙をそそる露が、更に加わるのである。そんな秋まで、私は、生きていないであろう。

病にある時の歌である。
夫を亡くして、手入れもしていない、庭を見て、心細く思った心の様が、歌われる。

とこなつ、とは、撫子のこと。

実は、私は、この頃から、紫は、物語を書き始めたと、考える。

研究では、源氏物語の、原作は、長保三年、1001年から、三四年の寡婦時代に、書かれたといわれる。
すべての原稿が、原作として完成したのは、寛弘二年、1005年とされる。

病に、ありながらも、筆を執っていたのであろうか。

「物や思ふ」と、人の問ひたまへる返り事に、九月つごものに

花すすき 葉わけの露や なににかく 枯れ行く野べに 消えとまるらむ

「何か心配ごとでもありますか」と、人に問われた、九月のつごもりに。

すすきの葉の、間を分けて下の葉に、置かれた露が、草木の枯れた、野辺に消えずに残っています。その露のような私が、どうして、今日まで、生き残っているのでしょう。

消えつまるらむ
消えずに残る
それが、我が身の存在である。
一度、死というものを、みつめたようである。
末期の目という。
生きることと、死ぬことが、朧になってゆく。
何ゆえ、消えとまるらむ、のか。

ここで、下手な宗教家は、それには意味があり、云々かんぬんと、理屈を言うだろう。しかし、その、朧な感覚を、持ち続けて、更に、生きる時、もののあわれ、といいものの、姿が、また、朧に浮かび上がる。

この、感覚は、何であろう。
この、思いは、何であろう。
心狂おしく、湧き上がる思い。
創作の思いに、それが、昇華される。
ついに、物語に、手を染める。もののあわれ、というものを、見つめるために。

それは、我が心の内にある、もの、である。
その心の内にある、もの、から、私は、逃れられないのである。
もののあわれ、というものである。

和づらふことあるところなりけり。「かひ沼の池といふ所なむある」と、人のあやしき歌語りするを聞ききて、「こころみに詠まむ」といふ

世にふるに などかひ沼の いけらじと 思ひぞ沈む そこは知らねど

病にある頃。陸奥の新田郡にある、貝沼郷という所の池。不思議な歌語りがあるという。歌語りは、歌にまつわる話である。その話を、聞いて、詠む。

この世に、生きていて、何の甲斐がありましょう。生きているまいと思い、貝沼の池に、私なら、身を沈めるでしょう。その池は、どこにあり、池の底は、どんなところでしょう。

随分と、厭世的である。
これは、つまり、死にたいと思っているのである。
生きていたくない。
人生に、一度や二度、そのように思う時がある。
実は、心の健康な証拠である。

生きていたくない、しかし、生きたい、死にたい、しかし、死にたくない。
その、ブレの中で、弾けるものがある。
創意工夫である。
オリジナルである。

茶の湯の千利休が、茶の湯の奥義として、創意工夫を言う。
いつも、オリジナルであれ、ということである。そして、それが、生きるということ。
芭蕉の、俳句も、そうである。

守ることを、伝統と解釈するのは、間違いである。
守ることは、創意工夫することなのである。
型を学んで、形に、至る文化が、日本の文化と言われるものである。

今の言葉で、言えば、クリエイティブな創作作業こそ、生きるということなのである。
それは、どんな場所にあっても、出来ることである。

あの店は、一味違うラーメン屋だと、言われるラーメン屋にするために、どれ程の試行錯誤を繰り返して、ラーメンに取り組むか。
創意工夫を、ラーメンというものに、賭けるのである。
何に対しても、それが、出来る。
生きるということは、実に面白い。

また、心地よげにいひなさむとて

心ゆく 水のけしきは 今日ぞ見る こや世にかへる かひ沼の池

今度は、気持ちよさそうに、歌を詠んでみようと、思う。

心の、晴れ晴れする池の景色を、今日は、見ました。これが、捨てた世に、立ち返る、甲斐のある、貝沼の池でしょうか。

そうそう、それでは、一つ、気分を変えましてという、ことだ。
死ぬまで、生きるしかないのである。

そして、死は、必ず訪れる。
それまでの、暇つぶしに、物語でも、書きましょうか。
これである。
生きるという、心境が、最大限に高まる時。
ここには、理屈も、観念も、悲壮感も無い。

心に風が吹くのである。
どんな、風か。
もののあわれ、という風である。



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2008年06月27日

もののあわれ228

侍従の宰相の五節の局、宮の御前いと近きに、弘薇殿の右京が、一夜しるきさまにてありしことなど、人々言ひ出でて、日蔭やる。さしまぎらはすべき扇などそえて

おほかりし 豊の宮人 さしわけて しるき日かげを あはれとぞ見し

一条院の東の対に置かれた、藤原実成が献上した、五節の舞姫の控え所。
宮の御前とは、中宮彰子の御座所。
弘薇殿とは、一条天皇女御の女房の右京。
先日の夜、日蔭の、鬘、かずら、が、目立つ有様であること、人々が言う。
さしまぎらはすべき扇、とは、顔を隠すための扇である。それを、添えている。

宴、とよのあかり
宴会を、豊明節会、とよのあかりのせちえ、と読む。

宴に、奉仕した大勢の人々の中で、ひときわ目立つ、日陰の鬘の、あなたを、感慨深く、拝見しました。

寛弘五年、十一月の豊明節会の日の歌である。
その頃は、源氏物語の作者として、知られていた頃である.

宮仕えも、その才能を買われてのものである。
さしわけて あはれとぞ見し
格別に、感慨深くである。

この、あはれ、は、また格別であるという、あはれであり、心の許容範囲を超える、思いを、あはれ、と言うのである。

あはれ、という言葉が、いかに、多くの意味を持ち、また、多くの表情を、持っているかが、解る。
あはれ、という言葉を、限定して、定義できない故である。

はじめて内裏わたりを見るに、もののあはれなれば

身のうさは 心のうちに したひきて いま九重ぞ 思ひ乱るる

始めて、宮仕えに出た頃の歌である。
歌の題が
宮仕えを、もののあはれなれば、という。

感激、感動、そして、不安と、期待など、様々な思いの乱れ、入り交じった情緒である。

宮仕えに出ても、我が身の嘆きは、心の中に湧いて、宮中で、あれこれと、心が幾重にも、乱れることだ。

身のうき、とは、身の憂き、である。
不運な、身の上を、憂きことと思う。辛く思うのである。
宮仕えが、辛いのではない。彼女の、身の上の辛さである。
夫を亡くし、一人子を抱えての、不安や、動揺でもある。
九重とは、宮中を指し、また、幾重にもという意味でもある。

心のうちに したいきて
心の内に 慕いくる
その思いが、ついてくるのである。

この歌を、彼女の生きてきた、道のりを考えて、様々に、書き表すことが出来る。それをこの一首に、凝縮するのである。

まだ、いとうひうひしきさまにて、ふるさとに帰りて後、ほのかに語らひける人に

閉じたりし 岩間の氷 うち解けば をだえの水も 影見えじやは

宮仕えに出て、まだ新米で、故郷に帰り、その後で、少し話し合った同僚であろうか、人に。

岩間を閉ざしていた、氷が、解け始めたら、途絶えていた、水も流れ出ます。
そこに、影が映らないことが、ありましょうか。

つまり、それは、相手に対して、言うのである。
あなたが、打ち解けてくださるならば、どうして、内裏に出ないことが、ありましょうか。

宮仕えに出たのは、十二月二十九日のこと。
間もなく、里に帰り、春になっての、出仕である。
春になり、氷の解けることを、比喩にしている。

返し

みやまべの 花吹きまがふ 谷風に 結びし水も 解けざらめやは

返しが、きた。

山辺の花を、散り乱す谷風に、固く閉ざしていた氷も、解けないことが、ありましょうか。

それは、また、中宮の御心によって、あなたの心も、解けるでしょうと、言うのである。


正月十日のほどに、「春の歌たてまつれ」とありければ、まだ出で立ちもせぬかくれがにて

みよしのは 春のけしきに 霞めども 結ぼほれたる 雪の下草
みよしのは はるのけしきに かすめども むすぼほれたる ゆきのしたくさ

正月十日のこと。
「春の歌を、詠みたまえ」と言われて。
里に戻ったまま、出仕せず、身をひそめている家で。

吉野山も、今は、春らしく、霞がかかっています。しかし、私は、雪に埋もれて、芽も出せない、下草のようです。

吉野に、み、という接頭語をつける。
吉野山は、雪深く、春になっても、雪の降る場所として、歌に詠まれる。

この、私に、光を当てて、雪を解かし、芽を出させるものは、中宮の、信頼と愛情であろう。

宮仕えとは、中宮彰子に、仕えることであり、紫の、役目は、中宮の教養を高めることである。
多くの、女房たちが、集っている。
そんな中で、紫は、人に顔をみせることを、特に、避けたという。

結ぼほれたる 雪の下草
源氏物語を、書いた後の、彼女は、この言葉のような、生き方をしていた、また、好んでいたといえる。

芽も出せない、雪の下草という、心境である。

あの、世紀を超えて残る、物語を書いた者とは、思えない、謙虚さである。

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2008年06月28日

もののあわれ229

少将・中将と名のある人々の、同じ細殿に住みて、少将の君を夜な夜なあひつつ語らふを聞きて、隣りの中将

三笠山 おなじ麓を さしわきて 霞に谷の へだつなるかな
みかさやま おなじふもとを さしわきて かすみにたにの へだつなるかな

少将、中将と、呼び名がついている人々である。
殿舎の側面、背面などの、細い庇の間で、私が、少将と、語り合うのを聞いて。
少将とは、作者の親しくしていた、小少将のことである。
隣の、局に住む中将が、詠む。

三笠の山の、同じ麓にいるのに、区別して、霞に谷が隔てられてあるようです。
中将も、少将も、同じ場所の、仲間なのに、あなたに、分け隔てされました。

返し

さしこえて 入ることかたみ 三笠山 霞ふきとく 風をこそ待て

三笠山とは、奈良、春日神社のある、山のこと。

霞の覆う谷を越えて行くのは、大変なことです。風が、霞を吹き払い、あなたが、打ち解けてくださるのを、私の方こそ、待っています。

あなたの心が、打ち解けてくれたら、私は親しくなれるという。

女房たちの、呼び名が、少将、中将、大将と、言われていたのである。


紅梅を折りて、里よりまいらすとて

むもれ木の 下にやつるる 梅の花 香をだに散らせ 雲の上まで

雲の上まで、とは、中宮に、紅梅を、献上したのである。

人目に触れず、みすぼらしい梅の花よ、せめて、香りを、宮中の中に、散らしておくれ。

むもれ木の、とは、下にかかる、枕詞。
やつるる、とは、やつれる、と、使う。やつれたものである。みすぼらしいもの。

梅の花を、卑下している。
つまり、自分の里を卑下しているのである。

雲の上は、宮中である。それは、敷居の高い場所なのである。

卯月に八重咲ける桜の花を、内裏わたりにて見る
うづきにやえさけるさくらのはなを、うちわたりにてみる

九重の にほふを見れば 桜狩り かさねてきたる 春のさかりか

寛弘四年、1007年の四月のこと。

今、美しく咲く、八重桜を見ると、桜見物の、春の盛りが、再びやってきたのかと、思われる。

宮中で咲く、桜を見ての、歌である。
桜の花は、華やかに、見える様が、伺える。

にほふを見れば
この、にほふ、とは、美しいという意味である。

にほふ、を、美しいと、解釈した、言葉の、美しさである。

これが、後に、匂うとなり、匂いとなる。
実は、美しさは、匂うものなのである。

香道という世界がある。
それは、香を嗅ぐのではない。
香を、聴くという。

香を嗅ぐ行為を、ものを聴く行為に見立てたのである。

この、見立てる心とは、もののあわれ、である。
また、これを、間合いともいう。
間合いの、確かさが、日本の心である。

すべての、芸術、芸能に、この、間合いというものを、置く。
こり、間合いこそ、もののあわれ、の、真骨頂である。

後に、世阿弥の、花伝書を、読む時に、じっくりと、考えてみる。

上記の歌、伊勢大輔が、宮中に対して詠んだ歌の返歌の、代作といわれる。

いにしえの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな

古の、奈良の都に咲いた、桜を、本日、九重の美しい桜として、見ることです。

八重桜は、遅咲きである。
春の盛りが、再びきたというほどに、美しい桜であろう。

卯月の祭の日まで散り残りたる、使の少将のカザシにたまわすとて、葉に書く

神代には ありもやしけむ 山桜 今日のかざしに 折れるためしは

カザシとは、簪であろう。この、文字がないゆえに、仮名にした。
カザシは、桂と、葵で作る。中宮から、賜るものである。
カザシは、冠につける。

祭りの、勅使となった、少将のカザシを見て、葉に書き付ける。

神代にも、あったのでしょうか。山桜を、簪につけるという、珍しいことが。

つまり、山桜を、冠につけたのである。
そんな、粋な行為が、神代にあったのかという。

桂と葵と、山桜を、冠に取り付けた、派手やかなものだったと、思える。


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2008年06月29日

もののあわれ230

正月の三日、内裏より出でて、ふるさとの、ただしばしのほどに、こよのう塵積もり、荒れまさりたるを、言忌みもしあへず

あらためて 今日しもものの かなしきは 身のうさやまた さまかはりぬる

宮仕えに出て、一年か、二年目のことである。
ふるさと、とは、実家のこと。
ただしばしのほどに
少しばかり、留まっていた。
塵積もり、荒れまさりたるを
整理させていない様なのか。
お正月なのに、不吉な言葉を、慎むことなく。

新年になったとて、何やら、悲しい気持ちである。我が身の、嘆かわしさ、以前にも増して、深まるのである。

夫の死後の、宮仕えの、身の憂きことの、多いのを、嘆くのか。

今日しもものの かなしきは
正月に、相応しくない言葉である。

身の憂さやまた 様変わりぬる
身の上の様は、何も変わらない。益々、憂きことなのである。

物語を書いて、それが評価されているという、状況とは、思えない、紫の気持ちである。

寂しい生活なのか。
絢爛豪華な、物語を書いた人とは、思えないのである。
平安の、雅は、すべて、源氏物語にある。


五節のほど参らぬを、「くちをし」など、弁の宰相の君ののたまへるに

めづらしと 君し思はば きて見えむ 摺れる衣の ほど過ぎぬとも
めづらしと きみしおもはば きてみえむ すれるころもの ほどすぎぬとも

十一月の卯の日の、新嘗祭、しんじょうえ、前後四日間、五節の舞姫が奉仕する、公事である。
弁の宰相、とは、中宮上臈女房で、藤原道綱の女、豊子、大江清通の妻。

その祭事に、行かないことを、口惜しいと、言う、女房である。

摺り衣は、見慣れずに、新鮮な感じがすると、あなたが思うなら、摺り衣の時期が過ぎましても、それを着て、お目にかかりましょう。

返し

さらば君 山藍のころも 過ぎぬとも 恋しきほどに きても見えなむ

お返し

それならば、あなた、山藍の摺り衣の時期が、過ぎても、お逢いしたいと思いますので、それを、着せて見せてください。

この歌には、多くの解説がいる。
ころも、は、頃もと、掛けるとか、着ては、来てと、掛けるなど。
しかし、歌の意味さえ、理解すればいい。

何とも、優雅な、掛け合いの歌である。が、深読みすれば、何やら、皮肉めいた気分にもなる。
当時の様子を、知らなければ、よく解らない。


人のおこせたる

うちしのび 嘆きあかせば しののめの ほがらかにだに 夢を見ぬかな

訪れなかった夫の、言い訳による、歌のやり取りである。

お前に逢えず、昨夜は、人知れず、嘆き明かした。夢の中でも、逢うことができなかった。

七月ついたちごろ、あけぼのなりけり。返し

しののめの 空霧りわたり いつしかと 秋のけしきに 世はなりにけり

旧暦では、七月から、秋になる。

しののめ
夜明けの空は、一面、霧に包まれて、早くも秋になりました。私たちの仲も、飽きることになりました。

これは、秋と、飽きるを、掛けている。
世はなりにけり
世とは、二人の仲のことである。
二人の仲を、突き放して見つめている。

七日

おほかたの 思へばゆゆし 天の川 今日の逢ふ瀬は うらやまれけり

七月七日

一年に一度しか、逢えないという、七夕の夜は、いまわしい。お前に逢えぬ今日は、七夕の逢瀬が、うらやましい。

返し

天の川 逢ふ瀬を雲の よそに見て 絶えぬちぎりし 世々のあせずは

天の川の、逢瀬を、よそ事と、思い、今夜逢えずとも、二人の仲が、変わらないものだと、信じています。

絶えぬちぎりし 世々にあせずは
二人の仲が、絶えないこと。末永く、続きますように。

ここでは、心変わりを心配する様がある。
別の女の元に、行くのであろうか。
時は、通い婚の時代である。
その後も、待つ女の姿が、描かれるのは、この時代からの、名残だろうか。
しかし、今時、待つ女がいるだろうか。
そんなことなど、していないだろう。
男が、来なくても、女の方から、出掛けて行く。
それなら、それで、また、文化を、作ればいい。

今度は、待つ男の、文化である。

この世を、男と女の世の中だと、思う時代は終わった。
今では、ゲイ、レズも、当然ある。
少数派と言われても、その勢力は、今、まさに、席巻する。

また、性同一性障害という、病と認定されたものもある。
心が、男か女かの、時代である。

最早、何事かを、断定して、判断する時代ではない。これも、人類の進化であろう。
色々な、生き方がある。
その、色々な生き方を、受け入れることが出来る人が、新しい時代の人となる。

それもあり、これもあり、である。

見渡せば 人皆違う 顔ばかり 百人百様 それぞれでよし 天山


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2008年06月30日

もののあわれ231

門の前よりわたるとて、「うちとけたらむを見む」と言ひたるに、書きつけて返しけり

なほざりの たより訪はむ 人ごとに うちとけてしも 見えじとぞ思ふ

我が家の、門を通りかかったという。
リラックスしている様を見たいという。それに、返して

いい加減な、通りすがりに訪れる人の言葉に、心を許して、お目にかかることは、決してありません。

これは、夫が、昼間に、訪れたということである。
夫を迎えるために、準備をしていない、その様を、見たいという。

人ごとに
それは、夫のこと。

しかし、夫は、中々、夜には、訪れなくなった。つまり、夜離れである。よがれ、という。

月見るあした、いかに言ひたるにか

よこめをも ゆめといひしは 誰なれや 秋の月にも かでかは見し

月を眺めていた、翌朝、言ってきた。夫が昨夜、来られないという、言い訳である。

他の女に、心を移すことなど、決して無いというのは、どなたでしょう。昨夜の秋の月を、どのように、御覧になったのか。

よこめ
他に目を奪われる。
ゆめ
決して無いということ。
いかでかは
どのようにして、である。

次の歌も、夫の夜離れを、歌う。

なにばかり 心づくしに ながめねど 見しにくれぬる 秋の月影

昨夜の月は、なんとなく、眺めていましたが、見ているうちに、秋の月が、涙で、雲ってしまいました。

心づくし
様々なことを、物思いすること。

心づくしに ながめねど
何も、考えることなく、ただ、眺めていた。

見しにくれぬる 秋の月影
見ているうちに、曇ってきたのである。それは、涙のせいである。
寂しいのである。

心づくしに、という心境で、眺めることは、多々ある。
そのうちに、何となく、色々な物思いに、浸る。そして、思い出し、それに、悲しみ、喜ぶ。すべて、我が心の内のこと。

独り、月影を眺める夜が、あってもよい。
夜に、物を眺める時代である。

さて、現代は、どうだろうか。
田舎では、まだ、夜の空、月や星が見える。
都会では、光が多く、それを見ることは、難しい。しかし、それでも、眺めていれば、夜の空には、物思いの、種がある。

昼間の疲れは、夜の闇が、解放するはずであるが、どうも、そうではないらしい。
夜の空を、見る余裕もなくなった。

昨年の自殺率が、また、更新した。
特に、三十代の人が多い。
過労死も、多い。
大変な時代になった。

歌を詠むどころか、夜の空も、眺めることの出来ない、生活とは、それが、文明生活なのであろうか。
それなら、文明化を、もっと、ゆっくりと進めたいものである。

とは、言うものの、最早、この流れは、止められない。

見しにくれぬる 秋の月影、という、状態に、置くことなど出来ないのである。

人生とは、と、問われたら、即座に、思い出であると言う。
思い出に、しばし、浸る時、心の回復がある。
また、人生は、過ぎた日の、思い出のみが、残る。
この先も、思い出作りである。

その、思い出を、畳み込んで、死の床に就く。
ああ、楽しかったと、息を引き取るか。

一人一人に、与えられた、思い出は、その一人のものである。そして、死後、多くの人の、共有のものとなる。
死後も、生き続けるのは、それである。

心づくしに ながめねど
ぼんやりとして、夜の空を、眺める時、我らの、もののあわれ、というものの、姿を見る。
目には清かに見えぬものを、見る。
もののあわれ、である。

秋の月にも いかでかは見し
あなたは、どんな思いで、秋の月を見たのでしょう。
その、あなたの存在が無い人は、寂しい。
しかし、我が心に、我が心が、共鳴することもある。
その、共鳴に、歌道がある。

歌道も、もののあわれ、に支えられてある。

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2008年07月01日

もののあわれ232

相撲御覧ずる日、内裏わたりにて

たづきなき 旅の空なる すまひをば 雨もよにとふ 人もあらじな

毎年、七月末、諸国から集めた力士の相撲を、宮中で、天皇が御覧になる。
相撲は、すまひ、と読む。

故郷から、遠く離れて、寄る辺の無い力士たちと、同じように、寂しい宮中へ、今夜の雨の中、私を訪ねてくれる人は、いないでしょう。

雨で、相撲が中止になっての、歌である。
相撲なく、また、寂しい紫の心境である。

返し

いどむ人 あまた聞こゆる ももしきの すまひうしとは 思ひ知るやは
雨降りて、その日御覧はとまりにけり。あいなのおほやけごとどもや。

相撲を競う人が多いとのこと。同様に、張り合う人が多いという、宮中の生活が、住みづらいと、解ってくれますか。

雨で中止になった、相撲は、公事である。
あいなのおほやけことどもや
あれこれと、つまらない行事であった。


初雪の降りたる夕暮れに、人の

恋しくて ありふるほどの 初雪は 消えぬるかとぞ うたがはれける

初雪の降る夕暮れ、人の、とは、同僚の女房である。

あなたを恋しく思い、過ごしています。そんな折から降る初雪は、知らぬ間に、消えてしまったのではと、疑いました。

恋しさに、日々の生活で、何が起きているのか、解らないという、気持ちである。
ありふる
月日を過ごす。

紫が、実家に戻っている間のことだろう。

返し

ふればかく うさのみまさる 世を知らで 荒れたる庭に 積る初雪

お返し

荒れた我が家の庭に、美しく降った初雪です。
その前に、憂さのみ勝る、世を知らで、とある。
生きていれば、住み辛い世の中であることが、もっと深く感じられるという。
しかし、それを知らずにいるという。
それは、家に籠もっているからである。

降れば、は、経れば、の、懸り言葉である。

いづくとも 身をやるかたの 知られねば うしと見つつも ながらふるかな

どこへ、この身をやったらよいのか。住み辛いと思っても、この世に生き永らえているのです。

この世に生きることを、憂きことと思い、何かに耐えている様子が、至るところの、歌に見える。
何故、このように、憂きの、気分を持つのだろうか。
一つには、仏教の、厭離穢土という、考えた方、そして、無常観である。
万葉の、命輝く、気分は無い。

この世を、うとうという感覚は、健康なものではない。
勿論、人生に一度や二度、厭世観を抱き、無常観に、浸ることもある。絶望することもある。しかし、平安期のそれは、不健康である。

丁度、浄土思想というものが、席巻していた時期である。
これから、風情という感覚、情緒が生まれたと考える人もいるが、心の影の観念を、植え付けられたといえる。

世間は、虚仮と観た、厩戸皇子、後に、聖徳太子といわれる者も、仏教に傾倒した、ひとりであり、それを、今日まで、理想化して考える人の多いことである。

何ゆえ、無用な無常観というものを、全面肯定したのか。
あたかも、それが、心の深みの如くに考えたということが、病理である。
自分の問題を、すべての、世の中の問題として、捉えた、自己顕示欲である。

彼の掲げた、理想の一つとして、成ってはいない。
和をもって貴し、と掲げたが、それ以後は、自分の子孫も、皆殺しに遭うという悲劇が、続く。

大王家に、取って代わる大国を目指した、蘇我馬子、その子、蘇我蝦夷、そして、孫の、入鹿は、中大兄皇子によって、殺害され、大化の改新が起こった。

厩戸皇子は、蘇我の血を引く者である。
同族争いの中心人物であった。
大王家と、蘇我家の間で揺れた心境をもって、世間は虚仮とは、顕示欲に、他ならない。

後に、人々から、祀り上げられて、拝まれるようになるが、本当のところは、作り話が多い。

推古天皇の際の、皇太子である。
あの頃から、日本が変質し始めたと、私は、考える。

今までの、日本の伝統を、すべて清算して、大陸の文化を持って、更に、仏教を持って国造りを始めたのである。と言っても、その手前で、斃れた。

その後、仏教は、天武天皇、天智天皇に引き継がれたが、何故か。
国教とされるまでに至るのは、何故か。

日本にもたらされた仏教は、大乗である。
大乗とは、仏陀の新しい解釈である。
さて、この話は、長くなるので、止めるが、平安期は、その、大乗の一つ、浄土思想が、貴族に、広がり、厭離穢土という、考え方が、席巻した。
実に、不愉快なことである。

それから、鎌倉に出来た、新しい、日本流仏教が、日本人の精神を、作ってゆく。
万葉を忘れた、日本人は、その頃から、いたのである。

仏教の言葉の世界に、翻弄され、それを、精神の深さであると、勘違いしたのである。
それから、今に至るまで、迷い続けている。

加えて、厭離穢土とは、欣求浄土を希求するものである。
生きている、この場を、厭い、生きていない、あの世を、希求するというのは、健康であろうか。

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2008年07月02日

もののあわれ233

日記歌

これは、古本にあるのみ。
紫式部日記の歌にないものを、抜き出したものである。

三十講の五巻、五月五日なり。今日しもあたりつらむ提婆品を思ふに、阿私仙よりも、この殿の御ためにや、木の実もひろひおかせけむと、思ひやられて

妙なりや 今日は五月の 五日とて いつつの巻に あへる御法も
たえなりや きょうはさつきの いつかとて いつつのまきに あへるみのりも

法華経は、八巻で二十八品である。これに、開経と結経二巻を加えた、三十の経巻を、一日、一巻、または、二巻、講ずることである。

その中でも、提婆品は、最も、尊ばれ、それの、講じられる日は、盛況であったという。

それは、仏陀に、法華経を説いたといわれる、仙人である。
仏陀は、それを得るために、木の実を採り、水を汲み、蒔きを拾うなどして、阿私仙に仕えたと、その経にいう。
その日は、それに因んだ、行事が、執り行われる。

尊いことだ。今日は、五月の五日である。丁度、五巻が講じられることになった、法華経も、今日の行事も。

法華経は、誰が書いたのか、不明である。
仏陀の滅後に、多くの人が、それなりの、考えで、経典を書いた。特に、大乗といわれる、経典は、数多い。

池の水の、ただこの下に、かがり火にみあかしの光りあひて、昼よりもさやかなるを見、思ふこと少なくは、をかしうもありぬべきをりかなと、かたはしうち思ひめぐらすにも、まづぞ涙ぐまれける

かがり火の 影もさわがぬ 池水に 幾千代すまむ 法の光ぞ
かがりびの かげもさわがぬ いけみずに いくちよすまむ のりのひかりぞ

池の水が迫っている。
御堂の丁度、この下にあって、篝火と御灯明が光っている。
その輝きは、昼をも、思わせるもの。
物思いが、少なければ、風情に酔うだろう。
わずかに、我が身のことを、考えるにつけて。

篝火が、静かに写る池の水。
仏の法は、幾千年と、澄んで、宿ることでしょう。

仏の法の光を宿した、土御門殿の、栄光を祝うものである。

おほやけごとに言ひまぎらはすを、大納言の君

澄める池の 底まで照らす かがり火に まばゆきまでも うきわが身かな

おほやけごと 
表向きのこと、である。
私事は、隠して。
大納言とは、女房である。道長の妻倫子と、義理の兄弟である、源扶養の女。

澄み切った池の底まで、照らす篝火が明るく、眩しく恥ずかしいまでに、我が身の、不幸せを思います。

まばゆく
こちらが、恥ずかしくなるほど、輝く光である。
現代の、まぶしい、とは、別物である。

五月五日、もろともに眺めあかして、あかうなれば入りぬ。いと長き根を包みてさし出でたまへり。小少将の君

小少将と、眺め明かして、それぞれが、菖蒲の長い根を、紙に包んで、贈り合うのである。
菖蒲は、健康、凶を祓うといわれる。

すべて、世の辛さに、泣けて、菖蒲の行事の過ぎた今日まで、残った、この根のように、今日も、泣く音が、絶えません。どう思われますか。

返し
なにごとと あやめはわかで 今日もなほ たもとにあまる ねこそ絶えせね

お返し

頂戴した、菖蒲の根が長く、懐に、包みきれません。
今日もまた、何のために、泣くのでしょう。
涙で、袖を、抑えきれず、泣く音が、絶えません。

当時は、涙を流すということ、当然の有様だったと、思える。
涙もろいのである。
心を、外の風に、そのまま、当てているような、ものである。
故に、多く、泣く。

あやめはわかで
あやめ、とは、条理とか、節目の意味で、根と、音は、係り言葉である。
わかで、とは、節目の立つ判断が出来ないという。

何が何か解らぬが、悲しいこと、泣けることどもある、という。

当時の常識的、心情と思えば、理解できる。
人の世は、儚いのであり、無常であり、哀れなのである。
それが、底辺に流れている。

歌は、それを、表現する。また、歌によって、昇華するのである。

たもとにあまる ねこそ絶えせね
自分の袂には、溢れるほどの、涙である。それが、絶えないのである。
仏の法は、それからの、救いと、見る。

そのように、仏教によって、新しい観念が、生まれたのである。
当時は、そのようだった。

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2008年07月03日

もののあわれ234

九月九日、菊の錦を、「これ、殿の上、「いとよう老のごひ捨てたまへ」とのたまはせつる」とあれば

菊の露 わかばかりに 袖ふれて 花のあるじに 千代はゆづらむ

九月八日から九日にかけて、菊の花を真綿で覆い、露と香りを移して、その真綿で、体を拭くという老いが、除けると考えられた儀式がある。
殿の上とは、殿様の北の方、道長の妻の倫子のことである。
老いを捨てたまえと、言われたことに。

菊の露で、体を拭けば、千年も寿命が延びると言われますが、私は、若返るほどに、少し袖を触れるだけで、千年の寿命は、花の持ち主である、あなたに、お譲りします。


水鳥どもの思ふことなげに遊びあへるを

水鳥を 水の上とや よそに見む われも浮きたる 世を過ぐしつつ

水鳥が、何も物思わず、遊ぶのを見て

水鳥の、楽しき様を、私に関係ないと、見ていられようか。
傍目には、私も、華やかな宮廷で、過ごしているように、見えるのです。

われも浮きたる
浮ついている。宮仕えに、浮ついて、日を過ごしているように、見えるという。


小少将の君の文おこせたまへる返り事書くに、時雨のさとかきくらせば、使も急ぐ。「空の気色も心地さわぎてなむ」とて、腰折れたることや書きまぜたりけむ。立ち返りいたうかすめたる濃染紙に

雲間なく ながむる空も かきくらし いかにしのぶる 時雨なるらむ

土御門殿への、一条天皇の行幸が、近づいた頃、里に出ていた、小少将の君からの、手紙への返事である。
時雨が、降り、空を暗くした。使いの者、返事を急ぐのである。
空模様が、怪しくなるのつけて、気持ちが落ち着かない。
返事の中に、腰折れ歌を書いてしまった。
腰折れ歌とは、第三句と、第四句の、続きの悪い歌である。
また、自分の歌を、卑下する場合もある。
折り返して、小少将の君から、紙の上と下の部分に、雲のたなびく形を、濃い紫に、染めてぼかしたものに。

物思いに沈んで、眺めている、空も、雲の切れ間なく、降り続く時雨は、あなたが恋しくて、耐えられない、涙のようです。

いかにしのぶる
如何に偲ぶる、である。また、しのぶる、とは、こらえるという意味でもある。

空模様と、心模様を、合わせている。

返し

ことわりの 時雨の空は 雲間あれど ながむる袖ぞ かわくよもなき

当たり前に降る、時雨の空には、雲の絶える間がありません。
あなたを思い、物思いする、私の袖は、乾く暇もありません。

少し、大袈裟なくらいが、丁度よいのである。

親しみの関係である。
恋歌ではないが、恋歌のような、気分にさせる。

大納言の君の、夜々御前にいと近う臥したまひつつ、物語りしたまひしけはひの恋しきも、なほ世にしたがひぬる心か

うきねせし 水の上のみ 恋しくて 鴨の上毛に さえぞおとらぬ

中宮の上臈女房、道長の妻、倫子の姪。
夜、中宮の御前で、宮仕えの、辛さを語るが、今の境遇に、順応してしまったことである。

中宮様の、御前で、あなたと一緒に過ごした時が、しきりに恋しく、一人いる、里の霜夜の冷たさに、鴨の上毛の、それにも、劣りません。

里に下がった時の歌である。

返し

うち払ふ 友なきころの ねざめには つがひし鴛鴦ぞ よはに恋しき
うちはらふ ともなきころの ねざめには つがひしをしぞ よはにこいしき

上毛の霜を、互いに払う、語り合う友もなく、独り寂しい夜中に、目覚めると、鴛鴦のように、過ごしたあなたが、恋しいことです。

鴛鴦、おしどり、である。
番の鳥のこと。

贈歌の鴨を、つがいの、おしどりにして、恋しさを歌うのである。

よはに恋しき
夜半である。夜の中、つまり、夜中である。

恋歌として、生かしてもよい歌である。

万葉の歌も、相聞歌が多い。相聞とは、恋歌である。
恋歌が、歌の基本にある。

日本の伝統には、恋というものが、厳然としてある。恋心を知らなければ、歌は詠めない。歌を詠むということは、恋を歌うということである。
恋とは、人生全般に渡る、心得であった。
恋とは、人生、そのものであった。

恋も、友情も、人の情けにある。
つまり、情けの歌なのである。
勿論、それは、もののあわれ、というものに、支えられてある。
情けの心象風景は、もののあわれ、なのである。

情を交わす、情をかける、情に流れる等々、皆、もののあわれ、というものによる。

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2008年07月04日

もののあわれ235

師走の二十九日に参り、はじめて参りしも今宵ぞかしと思ひ出づれば、こよなう立ち馴れけるもうとましの身のほどやと思ふ。夜いたうふけにけり。前なる人々、「内裏わたりは、なほいとけはひことなり。里にては、今は寝なまし。さもいざとき沓のしげさかな」と、色めかしく言ふを聞く

年暮れて わがよふけゆく 風の音 心のうちの すさまじきかな

この部分は、紫式部日記にあり、宮仕えしたことの、唯一の証拠となっている。

作者が、はじめて宮仕えした日。
宮仕えを、辛いことだと思っていたが、今では、すっかり、馴れきっていることを、嫌な身であると思うのである。
宮中というところは、他とは、全く違っている。
里とは、実家を言う。ここでは、土御門殿にいた時のことである。

さもいざとき沓のしげさかな
寝付けないほど、沓の音がする。

色めかしく言ふを聞く
誰もが、沓の音を、煩いと聞いたのであろう。

今年も暮れて、私も老いてゆく。折から吹く、夜更けの風の音を聞いていると、心が、寒々として、寂しいことである。

心のうちの すさまじきかな
寒々とした心境を、すさまじきかな、という。
この、すさまじき、心の姿も、また、もののあわれ、である。

私も老いてゆくという、現実に、目を背けられない。
誰しも、抱く、老いへの、恐怖である。
それが、静まる時、心には、もののあわれ、というものの、心象風景が、広がる。そして、そこに、身を任せる時、もののあわれ、というものに、抱かれる。


源氏の物語、御前にあるを、殿御覧じて、例のすずろ言ども出できたるついでに、梅の下に敷かれたる紙に書かせたまへる

すきものと 名にし立てれば 見る人の をらで過ぐるは あらじとぞ思ふ

源氏物語が、中宮の前にあるのを、道長が見て、とりとめない冗談を話ていた。
梅の下に敷いてあった、紙に書かせて。

浮気者という、評判が立っている。そなたを見て、口説かずに、済ます人はいないだろう。

すきもの
様々な恋を描いた、源氏の作者であるから、好色な者と、冗談を言うのである。

をらで過ぐるは
梅を手折らずにということで、口説き靡かせないことはない。

とて、たまはせたれば

人にまだ をられぬものを 誰かこの すきものぞとは 口ならしけむ

書いて、歌を下さったので

人には、まだ、口説かれたことは、ありませんのに、誰が、そのような、評判を立てたのでしょう。


渡殿に寝たる夜、戸をたたく人ありと聞けど、恐しさに音もせで明かしたるつとめて

夜もすがら 水鶏よりけに なくなくも 槇の戸口を たたきわびつる
よもすがら いくなよりけに なくなくも まきのとぐちを たたきわびつる

渡殿に、寝た夜、戸を叩く人あり。しかし、恐ろしくて、誰かが、わからないため、夜を明かした朝

昨夜は、水鶏にもまして、泣く泣く、槇の戸口を、夜通し叩きあぐねた

これは、日記にもあり、道長の歌としている。

返し

ただならじ とばかりたたく 水鶏ゆえ あけてはいかに くやしからまし

お返し

ただごとでは、あるまいと思われるほどに、戸を叩く水鶏なのに、戸を開けては、どんなに、悔しい思いをしたことでしょう。

とばかりたたく
と思うばかりに、叩く。

何故、戸を開けては、悔しい思いをするのか。

相手が、道長だと、知れば、開けない訳にはかないのだ。


題知らず

世の中を なに嘆かまし 山桜 花見るほどの 心なりせば

後拾遺集に載る、題しらずである。

山桜の花を見ている心のように、物思いのない心ならば、この世の中を、どうして、嘆こう。

花を愛でる心で、いたいものだ。
いつも、花を見ている心境でいたい。
そうすれば、この世の中の、憂きことを、忘れる、忘れられる。

これで、最後の歌になる。
私は、これを、書きつつ、いつも、紫式部が、世の中を、憂きものと、思う心が、不思議だった。
源氏物語という、雅を描いた作者が、何故、こうも、憂鬱なのかと。
しかし、憂きことは、世の習いなのである。

生きることを、憂きこと、と観たものである。
それも、一つの人生の、見方である。

もののあわれ、というものを、憂きとする、心境もあっていい。
もののあわれ、というもの、おおよそ、すべての、心境を、抱擁する。

世の中を なに嘆くかな 春桜 歌詠うほどの 心なりせば 天山

次に、源氏物語に、分け入って行く。

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2008年07月25日

もののあわれ255

さて、かの空蝉のあさましくつれなきを、この世の人にはたがひておぼすに、おいらかなましかば、心苦しきあやまちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなむを、心にかからぬ折りなし。かやうのなみなみまでは思ほしかからざりつるを、ありし雨夜の品定めののち、いぶかしく思ほしなるしなじなあるに、いとどくまなくなりぬる御心なめりかし。

さて、あの空蝉が、呆れるまでに、冷淡だったことを、世間の人とは違った者と、思うが、おとなしかったならば、気の毒と思い、あれ一度で、やめられただろうが、思うようにならなくて、しゃくに、障って、こちらの負けで終わるのが、気になって、忘れられないのである。
このような、身分の女には、思いなどかけなかったが、あの、雨夜の品定め以降、知りたくなった、階級がいくつかあり、それで、いっそう、開き直った君である。


中流の身分の女に、興味を持たせるような、話だった。
皇子であれば、身分の違う女との、付き合いは、実に慎重でなければならない。が、源氏は、次々と、身分の低い女との、かかわりを持つのである。


うらもなく待ち聞えがほなる方人を、あはれとおぼさぬにしもあらねど、つれなくて聞き居たらむ事の恥づかしければ、先づこなたの心見はてて、とおぼすほどに、伊予の介のぼりぬ。


一途に、お待ち申しているらしい方がを、あはれ、と思わないではないが、空蝉が、心を動かさないで、聞いていたと思うと、たまらなくなるので、まず、空蝉の、心を見定めてから、と、思っている、矢先に、伊予の介が、上京した。

あはれとおぼさぬにしも あらねど
可愛そうだと、思わないではないが。


先づ急ぎ参れり。船道のしわざとて、少し黒みやつれたる旅すがた、いとふつつかに心づきなし。されど、人も卑しからぬすぢに、かたちなどねびたれど清げにて、ただならず気色よしづきて、などぞありける。国の物語りなど申すに、「湯げたはいくつ」と問はまほしくおぼせど、あいなくまばゆくて、御心のうちにおぼし出づる事もさまざまなり。物まめやかなるおとなをかく思ふも、げにをこがましく、うしろめたきわざなりや。「げに、これぞなのめならぬかたはなべかりける」と、馬の頭のいさめおぼし出でて、いとほしきに、つれなき心はねたけれど、人のためはあはれとおぼしなさる。


まず、急ぎ、源氏の元に、伺った。
船旅のせいか、少し日焼けし、くたびれた旅の衣服は、とても不恰好である。
だが、生まれも、相当な家柄で、顔立ちも、年配ではあるが、綺麗で、人並みすぐれている。その感じも、様子ありげである。
任地の話なども、湯桁は幾つと、尋ねたくなるが、何やら照れくさく、お心の中に、思い出すことも、多々ある。
実直な、老成人を、このように考えるのも、いかにも、愚かしい居心地の悪いものである。
いかにも、これが、並々ならぬ、不埒なこと、というべきだ、馬の頭の忠告を思い出して、伊予の介が、気の毒で、空蝉の冷淡な心は、憎いが、夫のためには、感心なことであると、考え直した。

空蝉は、伊予の介の妻である。
その、妻に、好色の思いを抱き、何度も、アタックしたのである。
源氏も、少しばかり、心苦しいのである。


「娘をばさるべき人に預けて、北の方をばいて下りぬべし」と聞き給ふに、ひとかたならず心あわただしくて、君「今一たびはえあるまじき事にや」と、小君を語らひ給へど、人の心を合わせたらむ事にてだに、かろにかにえしも紛れ給ふまじきを、まして似げなき事に思ひて、「いまさらに見苦しかるべし」と思ひ離れたり。


娘を、適当な人に、片付けて、北の方を連れて、任地に下るつもりであると、言うのを、聞いて、源氏は、せめて、もう一度逢えぬものかと、小君に、相談してみるが、向こうが、同意しても、簡単には、忍びに行くのは、難しい。
まして、女は、身分が違うと、二度も、逃げたのである。
改めて、また、そんなことは、みっともないと、全然気付かないであろう。


さすがに、絶えて思ほし忘れなむことも、いと言ふかひなく憂かるべき事に思ひて、さるべき折々の御いらへなど、なつかしく聞えつつ、なげの筆づかひにつけたる言の葉、あやしくらうたげに、目とまるべきふし加へなどして、あはれとおぼしぬべき人のけはひなれば、つれなくねたきものの、忘れがたきにおぼす。いま一方は、ぬし強くなるとも、変らずうちとけぬべく見えしさまなるを頼みて、とかく聞き給へど、御心も動かずぞありける。


とは言っても、まるっきり、お心から、お忘れになったらば、これも、お話にならないのである。
適当な場合の、返事などは、嬉しいことを、申し上げて、無造作に、書き流す、返歌も、意外なまでに、可憐でもあり、お目につくところもあり、お心を、ひかれずにはいられない様子。
無情な、しゃくにさわる、と、思っても、忘れられないのである。
もう一人の方は、夫が出来ても、前と同じように、靡くであろうと、見えた素振りを、頼みにして、その、結婚話は、耳にされるが、お心は、動かないのである。


人の心模様が、入り組んで、解りにくい場面である。

もう一方というのは、娘の方である。
人違いをした相手であろう。

次第に、物語の、主人公、源氏の、好色の様が、理解されてくる。
恋愛小説というより、エロ小説に近づくが、それは、浅い読みである。

紫式部は、源氏を、すべての男の、総体として、描くのである。
そして、それにまつわる、女たちである。
その、やり取りに、雅の目を向ける。

更に、なお、この物語には、戦というものがない。
一切、戦に関することに触れていないのである。
宮廷での、男女の機微を描くことにより、紫式部の観たもの、観えたものとは、何か、である。

色好みに、生きる、源氏に、生きるということの、総体を、観たのである。


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