2007年03月26日

もののあわれ31

持統天皇の御歌を読む。
天皇崩りましし時、太上天皇の御製歌二首
燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずやも 知るといはなくも
向南山(きたやま)に たなびく雲の 青雲の 星離りゆき 月も離りて

天武二年に、天皇の即位とともに、皇后となられ、天武十五年、天皇崩御の後、皇太子草壁皇子の崩によって、翌年に天皇に就かれた。
その後、草壁の皇子である、後の文武天皇の時に、譲位された。しかし、天皇は、15歳であり、太上天皇として、政務を続けた。
大宝元年、大宝令を完成し、翌年、大宝二年に、崩御された。

上記の歌の意味は、燃える火でも、紙に包んで袋に入れることが出来るというではないか、されば、神去りたもうた大君に、再びお会い出来る道を知っていると、誰もいわないのか。
北の山のあたりに、たなびいている雲。その青い雲が、いつか北の山を離れて、星を離れて、月を離れて、遠ざかるのである。

以前、死という言葉は、漢語であると言った。死という観念がなかった。
神去ると言う。お隠れになるのである。
死という観念は、虚無になるのであるが、万葉では、神去る、お隠れになるのである。
肉体としては、逢うことが出来ないが、思い、霊は、生き続けるのである。
神去る、かむさる、そして、崩、神上がり、かむあがり、である。

この神という観念も、欧米で言うところの唯一神ではないと、何度も言った。神去る人への尊称であると。
神についての言葉を検証する。
神は、髪、守、紙、上とも書く。女主人を、おかみさんと呼ぶ。髪の結い方によって、身分を示した。守は、土佐守というように、資格、身分を表した。守は、漢字では、領主を指した。

再度言うが、漢字は、外来語である。すべて漢字で表記した当時は、大変なことであった。
歴史家、学者は安易に漢字の語源や意味から、当時を探るが、実に、安易である。漢字の前にあった、大和言葉の意味を検証せず、漢字の意味だけで、歴史を解釈、進めるから、おかしくなることに、何故、気づかないのか不思議でしょうがない。
一音に意味があるという大和言葉を知らずに、勝手な解釈をしているような学者の説を、鵜呑みに出来ないのである。
神という言葉は、結びの意味である。
何を結ぶのか。人と人を結ぶのである。
神とは、何々(を)結ぶものである。
を、というものを、結ぶ意味で、カミという言葉がある。
を、ヲは、と、トでもある。何と何をの、トである。
人と人を結ぶもの。

中国周辺にある漢字文化圏で、漢字を訓読みするのは、日本だけである。音読みは、漢語の読みであり、大和言葉ではない。以前に言う通りである。
大和言葉に漢字があてられて、訓読みされるため、外来語と、大和言葉の区別が曖昧にされたのである。
後に、平仮名が登場して、大和言葉への回帰が行われた。それも、万葉仮名から、生まれたというのが定説であるが、私は違う。平仮名は、元からあったのである。それが甦っただけである。
どうしても、ひらがなでなければ表現出来ない、大和こころである。
土佐日記から、漢字かな混じり文になるのだが、それ以前からあった。大和言葉の文字は、元からあった。神代文字と言う。かみよ文字である。いずれ書く。

漢字かな混じり文の鎌倉文学は、それの最もたるものである。
鎌倉仏教も、それを抜きにして語れないのである。
勿論、鎌倉仏教というものは、新興宗教であり、仏教から一部を取って成ったものである。くれぐれも、仏法などと思わないで欲しい。



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2007年03月27日

もののあわれ32

持統天皇御製
春過ぎて 夏来たるらし 白たえの 衣ほしたり 天の香具山
春が過ぎて、夏が来たのだ。香具山のほとりには、白い衣が干してある。ああ、夏が来たのだ。
有名な歌であり、実に、気分が良くなる歌である。
自由で大らかであり、雄大で毅然としている。
ただ今の時代は、自由だと言うが、この歌を読んで、果たして、ただ今は、本当に自由を得ているのかと思う。自由であるという幻想に侵されているだけで、実は、実に、不自由である。何せ、このような歌を読む者がいないのであるから。

志貴皇子の「さわらびの 萌えいずる春」を思い出す。
自然に対する感性が、現代人のそれとは隔世の感がある。そのままを歌にする。これが、技巧や、思惑に捕らわれると、このようにはゆかない。
初期万葉の心を知ると、そこには、大和心の原型がある。

さて、ここで、日本を、何と呼ぶのか、言う。
にほん、にっぽん、どちらの読みも正しい。しかし、実は、大和である。倭と書いていた時期もある。日本が国名になったのは、後のことである。
やとま、が、正しい。
国連では、ジャパンである。不思議だ。何故、国名である、日本が使用されないのか・・・
それは、日本は最初、仲間はずれにされていた国だからである。日本叩きの仲間たちが作ったのが、国連である。それが、国名に表されている。つまり、英語のジャパンである。
それを抗議しない、日本の政治家の根性が知れない。
日本が、どれほど多くの資金を国連に出しているのか・・・
誰も言わない。こんなアホな国は無い。それで、何とかかんとか言われる。しかし、言い返さない。

日本の正式国名を知る人は少ない。
豊葦原の瑞穂の国である。
とよあしはらのみずほのくに、である。
それを、明貴津島、秋津島、あきつしま、と言った。そして、総称して、大和と言う。
上の、明貴津島は、私の考案である。
島というと、日本は島国だからだと言うアホがいるから、どうしようもない。
しま、とは、地域を言う。今、この、しまを、地域として使うのは、ヤクザの世界であるから、驚く。
我がしまぜよ・・・など。彼らは、縄張りを言う。
秋津島とは、美しい地域、別名、まほろば、と言う。まほろばは、スサノオの命の歌にある。
やまとは、国のまほろば、ただなづく青垣 やま籠もれる やまとしうるわし、と。

とよあしはらのみずほのくに、とは、豊かに葦が生える、瑞穂は、美しいの美称でもある。
この葦の生える国には、即座に、稲作が定着していった。水穂は、瑞穂であり、そのまま美しい稲である。
まずこの国の、国名さえも知らない者が、国歌、国旗を云々するという、仰天である。

1999年政府が、君が代に対する新見解を発表した。
その一、「君が代」の君は、日本国憲法下においては、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する国民の総意に基づく天皇のことを指している。
その一、「君が代」の「代」とは本来、時間的概念を表すものだが、転じて国を表す意味もあると理解している。君が代とは、日本国憲法のもとでは日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とするわが国のことであり、「君が代」の歌詞もそうしたわが国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当だ。

上記は、大和言葉を全く知らない者の言うことである。これが、政府見解と言うから、私は、笑う。
天皇を君とは、呼ばない。天皇は大君である。
そして、天皇と言う前に、この国では、きみ、おおきみ、という言葉があったのである。
君が代の歌には、侃々諤々の議論をするが、君が代の歌詞の内容には、無頓着である。これ、怠慢である。だから、君が代斉唱反対も、説得力が無い。
君、きみとは、誰か。大君とは、誰か。そして、どういう意味なのかを教える者がいないのである。

君が代は、漢字かな混じり文である。これが、大きな誤解を招いている。つまり、漢字の意味に捕らわれているからである。
実は、一音一音に意味があり、大和言葉で解釈しなければならないことを、誰も言わない。
これは、長くなるので、いずれの機会に書くことにするが、漢字の意味で解釈している限りは、君が代の意味を真実知ることはない。

例えば、さざれ石が、岩になるということは、自然界では考えられない。それは、例えであるとしても、万葉人の歌を見れば解るが、例えの話ではない。
自然界では、岩が次第に砕けて、さざれ石になることはあるが、その逆は無い。
また、いしを、石という文字にしたので、混迷を深めている。いしとは、いと、しの、それぞれの意味がある。

また、代について、時間的概念というが、代が単なる時間的概念では無い。時代に代が使用されているからなのか、時間と言う。つまり世と言うのである。天皇の世ということであろうか。そして、国であるという見解である。おかしい。代は、国という概念を表さないのである。
よ、を国とするものは、明治以降の誤りのままである。そして、自分のことを、予などと言っていた、君と呼ばれる人たちである。君という言葉自体を知らなかったのである。
中国思想の君主という考え方のせいであろう。中国に君主など、いたためしが無いのにである。

個人を称える歌ではない。簡単に言う。天皇の治める御世はということであり、天皇個人ではなく、何代も続くであろう、国民の時代、歴史、未来を代と言う。
単なる一時期の時間的概念ではない。
漢字を当てて表現したから、こういうことになる。代は、歯という文字にも表現された。歯とは、人の寿命を言う。年齢を言う。

代とは、代々続くものであり、一代、二代のものではないということだ。つまり、君が代という連続した制度を称える歌なのである。

しかし、これ以上は、触れないでおく。


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もののあわれ30

藤岡宣男の歌に、もののあわれがあるという私の言葉を語らなければならないが、このまま、書き続けてゆくと、中々それに至らないので、少し言う。

大和言葉は母音に返ると言った。
藤岡の声質は、生まれ持ったもの、その繊細微妙さ、ある人は、シルクトーンと言う。
しかし、裏声、ファルセットは、大きく響かない。それを大ホールでも、均等に響かせるということは、体を徹底的に、楽器のように、のようにである、楽器ではない、そのようにしなければならない。
それは、歌を学ぶ、声を出す手前の問題である。
藤岡は、歌を習う以上に、表現や、声だしを習う以上に、体と筋肉の関係を学んだ。そして、多くそのような施設に通ったのである。
そのために、駆けた金も莫大であった。
そして、もう一つは、耳である。耳の訓練である。
音を出すということは、耳にある。耳が聞けない音は、出すことが出来ない。耳が悪ければ、音痴になるのである。
声を出すということは、声を出す体があり、音を出すということは、耳が聞こえるということである。
それを、藤岡は最重要とした。
馬鹿の一つ覚えの、発声をしていなかったということである。
それを、私は目の当たりにしている。

整体、マッサージの知識はプロ並であった。体の筋肉に関しても、プロ並の知識があった。それは、私も整体を研究しているから、解る。
複式呼吸で歌うという者がウソであることが、それにより、よく解った。
歌は、複式であるが、複式になるのは、横隔膜による。
藤岡は、横隔膜を自在にすることで、響きを作った。
生まれ持った声質に、後天的に加味された努力がプラスした。
母音の響き美しいのは、そこにポイントがある。
馬鹿でかい声を出す者は、多くいる。情緒も、へったくれもない。人を飲み込むような大声である。ホールを振動させるほど大きいが、聴く者は、驚くだけで、感動は無い。伝わるものも無い。しかし、声楽家の声だと思うと、何となく納得するという利点がある。単なる馬鹿声であるが。

藤岡の歌の、もののあわれは、後天的努力によって、母音を響かせる体作りをしたことである。それも、大声ではない。
微妙繊細にホール全体に、均等に響く声である。
前で聴いても、後ろで聴いても、同じ響きで聴こえるのである。
藤岡の歌は、そうして、もののあわれを、具現化したのである。
もっと言う。
藤岡の日本の歌を聴いてみると、単なる、屁をふるような気の無いものでもなく、さりとて、がなるような響きでもない。実に、計算された響き、そして気のある響きになっている。それを、プロ、アマのクラシック通なる人は、押し寄せてくるものが無い、迫力に欠ける等々、全く論外の評をしていた。要するに、解っていないのである。
繊細微妙な響きを均等に響かせる、そして、大和言葉の骨頂である、母音の余韻を実に見事に表現したのである。
消え入るようにではなく、静かに力強くである。

民謡から始まる、日本の伝統歌の延長に、新境地を拓いたと言える。
声楽家で、日本の歌を新しく表現したということである。
私の部屋に置かれていた、様々な体作りのアイテムは、大変な量だった。
泣く泣くそれを整理したが、出来るだけ使えるお弟子さんに差し上げた。
天狗が使うといわれる、高下駄の時は、私も、半ば呆れて付き合ったことがある。深夜、それで散歩するのである。転ばないように、私は、藤岡の横についた。それで、バランスをとるという訓練である。
体のバランスとは、声だしする際に、体全体を共鳴させるために必要なのである。体を均等に共鳴させるために、バランスの練習をしたのである。
深夜、それに付き合った私は、滑稽ら何やら、実に複雑な気持ちで、付き合った。深夜であるから、本当に天狗があるいているようだった。

発声にレッスン代を掛けるが、体作りにそれの何倍もお金を掛ける人はいないだろう。
北に、仙骨治療があると聞けば、北に行き。南に、骨格治療があると聞けば、南に出掛け、西に、高密度の酸素の施設があれば、西に行く。毎日、そんな情報を集めていた。
そして、人体の不思議展である。何度も出掛けて、プロの医師も驚く質問をするという。

本人の言葉で紹介する。
カイロプラテック、ボディーワーク、ボディセラピー等を融合させ、独自のメソッドを開発する。身体の使い方を徹底的にマスターすること。理論的に解説すること。

それは発声を超えて、ピアノ指導にまで至った。つまり、体を作ることにより、ピアノの音色も変えることが出来るということに気づいたのだ。
座り方一つで、ピアノの音色が変わるということを、実証したのである。

藤岡宣男は、実に、霊界入りしても、筋肉の研究を行っている。また、歌の練習も欠かさない。
兎に角、それには、脱帽するのみ。


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2007年03月28日

もののあわれ35

清め祓いの世俗化は、茶の湯を見れば解る。
村田珠光、武野紹鴎、千利休へと続く、茶の湯は、まさに、唯神の清め祓いを世俗化したものとなった。
彼らは、禅と縁したが、結局、行為したことは、日本の伝統である、清め祓いを成したのである。
現代の茶道というものではない。彼らの茶の湯は、現代の茶道とは、似てもにつかいない。
その所作にあるものを見れば一目瞭然である。
炭を起こし、湯を沸かし、茶を立てるという行為に、汚れを廃した。
後に、侘び寂びといわれる、心的状態も、清め祓いの清涼感である。

仏教からの無常観を、無常美感に昇華したのも、それがあったからである。無常観を咀嚼してしまったのである。
生まれて生きることに、何の罪悪感も持たない民族である。ただ、汚れたものを廃した。
民族が罪悪感を持った、西洋の国々は、どうであろう。他民族を一掃し、他民族を皆殺しにすることを平気で成した。
一体、何ゆえの罪悪感だったのか。

日本では、一人、罪悪感を徹底して意識した人がいる。
親鸞である。
私のような罪人が救われるはずはない。しかし、弥陀の本願により、救われない私も救くわれることになるという。特異体質であった。
西洋型の哲学的思考を好んだのだろう。
法然に帰依し、徹底した他力の信仰を実践する。
ちなみに、親鸞から、日本の僧は、妻帯したというが、実は違う。親鸞の前に、すでに僧たちは、妻帯していた。親鸞が素直なだけだった。
つまり、日本の仏教家というのは、多く堕落していたのである。

さて、親鸞の弱さの強さと言うが、私は、どうもこの頃、不信に思う。
歎異抄の美しい文に魅せられて、一時、私も酔ったことがあった。そしてそれは、大和言葉であったから、なお惹かれた。
「なごり惜しく思えども娑婆の縁尽きて力なくして終わる時に、かの土へは参るべきなり」
名残惜しいこの世てあるが、縁が尽きて死に赴く時、あちらの世界へ行かなければならないと、言う。
徹底した諦めの心的状態であり、他力の極意である。
ここに、万葉人の、大らかな死に対する心的状態は無い。仏教の一派による、狭く苦しい、惨めな諦め、それを信仰と言うのである。
自然回帰の万葉人の、雲隠れの考え方は無い。
弥陀の本願という妄想に、捕らわれて、心酔する様が見える。
彼が、キリスト教に似ると言われるが、弥陀を神に置き換えると、そういうことになる。弥陀は、愛の神になるのである。

鎌倉時代に吹き荒れた新興仏教の影響を、そのまま受けたのである。
要するに、外に希望や夢を求めたのであり、内にある、真実を見なかった。見えなかったのである。
内にある、万葉の心である。

それは、他力本願の日蓮にも言える。
他力という妄想からして、すでに堕落している。
万葉には、他力も自力も無い。
在るものが在るという世界観である。
日蓮は、仏法が東の日本から、再度インドへ向けて伝道するのであると言う、妄想に取り付かれた。
自意識過剰、誇大妄想は、日蓮を強固な人にした。強固とは、捕らわれである。
日本を救うという妄想に、法華経を掲げて、誤りを犯した。
なんとなれば、邪教を信じる故に、国難に遭うと言うのである。蒙古襲来も、それゆえであると言う。狭い世界観のみが、彼を迷わせた。
今も、その日蓮の考え方を持って、国というものを意識しているが、単に、情報が少なかったせいであるとは、気づかない。
立正安国論とは、戯言である。
それ以前に、法華経が仏陀の最後の教えであるとは、何の根拠も無い。

実は、大和言葉の乱れの元は、仏典にある。仏典を読経することによって、清涼な大和言葉が、濁音や、吃音に成ったのである。
じゅ、ぎゃ、叩き潰す音や、濁りの音を仏典を読経することによって、発した。これは、非常に罪である。
経文により、邪霊、悪霊、怨霊の類を治めるという考え方は、実に、愚かである。低レベルの霊界の存在する霊を相手に、何事かを成して、霊力があると思い込んだ。
今でも、多くの霊能者といわれる者は、低レベルの霊を扱い、さもさもしく、霊力があると思い込む。単なる、レベルが低い霊を相手にしているだけである。

欧米の罪悪感、仏教の罪の意識、真に、妄想逞しいものである。
無いものを、有るものとして思い込むから、世話がない。
これにより、知識というものが、迷いであるということが解る。
日本の最初の迷いは、仏教伝来であり、それ以後は、儒教、道教による。
そして、第二期は、明治期の西洋礼賛である。
私は、それを否定しない。国際的関係を学ぶことは、他を知るということであるからだ。しかし、それによって、我が国の有るものを卑下する必要はない。
今でも、他国を評価して、日本は駄目だと言う人がいるが、それならば、即刻、その理想の国に移住すればよい。今は、そういう時代である。しかし、そういう者も、一向に日本から離れず、日本批判を繰り返す。
要するに、幸せ者の、戯言なのである。

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もののあわれ34

欧米の思想とは、日本の思想は、全く異質なものであることを言う。
イギリスの歴史家サンソムの文である。
「日本人はその歴史を通じて、「罪悪感」の問題を識別する或る程度の無能力さと、又この難問題を解くことに或る程度の気乗りなさを示している。・・・古代から現代まで、日本人の歴史を研究する際に困難を感ずることの多くは、日本人がなべて罪悪感の苦悩を味わっていないことを想起すれば、比較的よく分るのである。」
それに関して、福田恒存の文がある。
「日本人の道徳の根底は美感であります。そして、その美感の最低限を示す原理が「汚れていない」ということであり、それがまた同時に最高原理にもなりうるのです。つまり、「汚れていない」という「醜悪の欠如状態」が積極的な最高の美になりうるのです。」

罪悪感という命題は、キリスト教の原罪という教義から生まれる。生まれたことに罪悪感を抱くように教義がある。それを解決するために、洗礼という秘蹟がある。秘蹟とは、カトリックが行うところの儀式である。
このカトリック教会というものも、初期キリスト教では、単なるキリスト教の一派であったが、時の皇帝と結び、正統とされて認証され、他の宗派を異端として退けたものである。
さて、私は言う。
原罪という妄想を教義にして、キリスト教全般は、人を裁いてきた。
原罪など、あろうはずもない。生まれて生きているということは、恵みである以外の何物でもない。
キリストの洗礼を洗礼と言っているうちは、キリスト教にも、救いは無いこと確実である。
イエスは、洗霊を言うのである。
古神道の御魂鎮めのことである。清め祓いを言う。
罪悪感を持たない日本人を、欧米人は理解出来ない。そんなものは、無いからである。
原罪は、旧約聖書のアダムとエバから始まる。智恵の実を食べた、つまりそれは、神との約束を破ったということである。そうして、男は額に汗して働くことを、女は生みの苦しみを得たのである。そして、もう一つ、最も人間の弱さである性の欲望をも、罪にしたという仰天であり、それは、支配欲である。人間を支配するに、最も弱い部分、決して逃れられない部分を支配することで教義が成り立ち、そして人を支配しやすいのである。

旧約聖書の神は、裁きと嫉妬の神であり、契約の神である。
神は、神もどきであり、人格を持つ者であり、神とは言えないのであるが、彼らは、神と言う。そして、祭上げて信仰する。
日本には、そのような人格神はいない。また、唯一絶対の神観念も無い。
無いものを在るということほど、罪はない。
この、罪という言葉も、大和言葉では、全く違った意味になる。
大和言葉では、欧米のいう罪という観念は無い。
つみ、という言葉には、海神、わだつみという如く、罪という文字は、当てはまらないのである。
現在も、日本では、近代法、法律としての罪はあるが、精神的空間における罪は無い。
原罪という罪意識を持って支配しなければならない、野蛮な民族ではないということである。

大和言葉の、つみという意味は、作り結ぶという意味からなる。
つみ、つむから、つみという関係で成り立つ。
つ、とは手の行為、手も、実は、た、という言葉である。掌とは、たなごころと、手をいう。
手の行為の、つは、空間的存在である、ま、への行為、む、とが結びついた語である。
つみとは、摘み、積みという意味であり、欧米の罪と異質である。
自然の幸をもたらす行為を、つみという。
山つみ、海つみとは、山の神、海の神ということであり、それは、自然の幸をもたらすものである。こうした、自然の恵みに対する行為を、つみと呼ぶのでありも、それを罪という漢字に当てただけである。

福田氏が言う、美感は、汚れていないということ、それは、醜悪の欠如状態であると言う。
古神道が、霊も体も、清め祓いをするのは、それである。
霊は、言霊で清め、体を水で祓うのである。
これ、すべて自然から学んだ作法である。
稲は、水がなければ育たない。水による祓いによって、成長する。それを育てる人間は、祈る、言霊を掛けるしか術が無い。後は、自然が成すことである。
自然を征服して成り立つ欧米の思想と、自然と共生共存する日本の思想は、根本的に違うのである。

だから言う。彼らの思想の言葉で、日本を理解出来ないと。
饒舌多弁な彼らの思想、その言葉で、日本を理解出来ないと。
ギリシャ思想によって、積み上げた神学なるものは、妄想の積み重ねである。人が作ったものであり、神が作ったものではない。
彼らの思想には、万葉の歌一首で解決するのである。

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もののあわれ33

もののあわれを、書き綴っていると、益々と、その深みに陥るのである。
それは、日本の精神の骨格であり、日本の心の置き所であった。そして、大和魂の発露でもあった。
すべて、それは、歌の道による。
万葉を抜けると、どうしても、西行に行かなければないないと思うのである。
そして、新古今集である。
私は、平行して、日本の精神史を眺めることにした。
多くの研究家、学者、評論家、思想家は、日本の精神史を成したが、私もまた、私独自の精神史を掲げなければ成らないと思う。
もののあわれが、一環して流れる精神史である。

ここではっきりさせておかなければならないことは、欧米の思想との相違である。
長い間、日本に思想はなかった、哲学はなかったという言い方をされていた。それは、欧米型の思想体系が無いということであろう。特に、戦後が、そうである。
日本の寛容さは、多くの外国の思想を受け入れることに、抵抗を示すことがなかった。また、仏教も根本は、寛容の思想であるから、日本の心に融和した。

問題は、キリスト教を主にする、欧米の思想である。それをもって、学者、アカデミズムといわれる場所では、それを主にして、日本を解釈したのである。
実に、奇妙なことをした。
計ることの出来ない計りで、日本を計ったということである。

非常に解りやすい例を上げる。
一人のカトリック作家といわれる者の作品を解説するに、日本にある神の不在を問う作品であるという提言が成される。実に、奇妙な言葉である。
日本における神の不在である。
一体、どういうことかといえば、日本に、ユダヤ教、キリスト教が言う唯一、絶対の神というものが無い、それが問題であるというのである。
また、ある思想家は、日本には、西洋にある、神との対決が無いゆえに、思想が生まれなかったと言う。
実に、変である。
神の不在も、神との対決も、それは、あちらの世界のことであり、それを日本に当てはめようとすること自体が誤っていることを知らない。

明治期は、西洋の、戦後はアメリカの影響を大きく受けた。それはそれでいいが、それにより、日本の精神まで、迎合しようとしたことが不思議である。
内村鑑三のように、キリスト教倫理性を徹底的に行為したというならば、まだ理解が出来るが、単に言葉遊びに尽きるようなことをして、日本の精神、心を無碍にした多くの人の罪は、計り知れないのである。

ヤーゥエの神の不在が、何故、問題なのであるのか。何故、唯一絶対神の不在が、日本で問題になるのであろうか。また、その神との対立を持って、思想を形成する必要があるのか。
それは、全く、日本の神道、及び、神道の大本、古神道を知らないといえる。

それでは、彼らは、本当に西洋の思想、キリスト教を理解し得たのかといえば、否である。
例えば、遠藤周作という作家は、イエスキリストを日本的に解釈しようとしたが、彼の描くイエス像は、全くイエスとは、かけ離れたものであり、小説としてのウソなら許せるが、イエスの生涯等々のイエスキリストの姿は、全く、ウソである。
私は、彼の文学性に関して言うことは無いし、中には、文学とし読むに値するものも多くあるが、イエスキリストに関しての記述の多くは、ウソである。
聖書を知らない。キリスト教を知らない。そして、イエスという人間を知らないで、勝手な解釈、つまり、都合の良いイエスを描いて、共感を誘った。

プロテスタント作家の三浦綾子も、実に、盲目的信仰によるキリスト教を描いた。文学性を言うのではない、彼らの描くものは、キリスト教の神を知らないのである。

そうであれかしを、そうであると書いたのである。
これは、一例である。
これを見ても解るが、多く、ユダヤ教、キリスト教の神を知らずに、勝手な解釈、勝手な思い込みで書くのである。それは、宗教学者等々にも言える。
欧米の宗教学を持って、日本の宗教を論ずると、どういうことになるのであろか。
全く、ちぐはぐ、りんごと、みかんを比べるようなものであろう。

簡単に言う。
日本の神観念は、欧米の神観念とは、全く異質なものであるから、比べようが無い。それでは、相違という哲学の初歩を持って望むかといえば、それも無い。
言葉による思想的体系が無いことが、思想がないことではない。
だから、私は、万葉集を持って、日本の精神と、心を語る。
実に、万葉の歌、一首に適う、欧米の思想はあるか。千万の言葉を持っても、三十一文字の世界に適うか。それを言う。
言さえぐ、欧米の思想なるものと、言挙げせずという、日本の思想は、戦うことも出来ないのである。
また、日本の思想は、戦うという意識は無い。包容があるのみである。
だから、仏教も、儒教も、道教も、中国思想の多くを受け入れたのである。
本居宣長は、その中国思想を、唐心と言い、言さえぐとして、嫌った。語り過ぎるとして、嫌った。理屈が過ぎるとして嫌った。
不立文字の禅宗が、語る語る、不立文字などというのがウソであることが解るのである。

日本の精神は、と言い、一首を挙げれば事足りる。
藤原定家作る歌一首
見渡せば 花も紅葉も なかりけり 裏の苫屋の 秋の夕暮れ

菅原道真の歌一首
東風吹かば 思いおこせよ 梅の花 主なしとて 匂い忘れそ

日本には、神観念など必要ないのである。
その人間の膨大な妄想など必要ない。自然共生と共感によって成り立った日本の精神、心である。精神とは、言場の世界、歌道であり、心とは、そのままの行為である。
日本に欧米の神なる妄想は必要無し。
ましてや、言霊という言葉に神格を与え、音霊として、一音に意味を見出し、数霊として、霊的な所作を持つ国である。
一音に意味を持つ国は、世界広しと言えども、日本以外に無いのである。 

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もののあわれについて26

ここで、飛鳥、奈良時代について言う。
文明開化の明治時代は、意識するが、それ以上に激しい外国文化が輸入された、飛鳥、奈良時代を言わない。
漢学や、仏教という思想が雪崩のように入ってきたのである。
それを、咀嚼したから、驚く。
祖先たちが、飛鳥、奈良時代を生き抜いたことで、日本の精神的支柱が成ったといってもよい。心は、十分に充実していたのは、歌を見れば解る。
ここで反省であるが、確かに、漢学、仏教という思想が入ってきたが、それは、後に、日本人の影となる。
清き、明るき、直き心の大和心に、陰りを帯びるのは、仏教の思想からである。
特に、平安期になると、それは貴族の生活を支配したし、それが、主たる考え方になった。あの平安期の貴族の退廃した生き方は、尋常ではない。

万葉時代の、あのおおらかな性が、平安期になると、無常に変化し、それゆえ、人は、快楽的になり、なお、そこに無常をみて、仏の救いを頼むという、何とも、救いがたい、性の退廃を生きるのである。
仏教がアクセサリーと化したのも、平安期からで、今も続いている。
信長の時代も、仏教は退廃していた。そして、江戸幕府三代将軍の家光の時の、キリシタン弾圧のための、檀家制により、確実になった。

仏教は、最初から堕落を教えたのである。
今、般若心経がブームであるという。あれは、三蔵法師玄奘が訳したものである。大般若経の心臓部であるというが、あれを読み込むと、思考が空中分解する。要するに、理屈の極みである。大和言葉で言えば、言挙げする、言さえぐの、最もたるものである。
私も、一時期、五年ほど唱えていた時期があるが、言霊として考えても、迷いを現す。
何事か、解った風に納得させるようだが、実は、無い。
大乗仏教の饒舌の故に出来た、思想、考え方である。
空観という思想は、魔界からのものである。思考の弄びに過ぎない。
最もらしく多くの者が説明するが、誰一人、救われている者は、いない。
糞は空である。空は糞である。糞即空、空即糞、と書けばよく解る。空という妄想にすべてを帰結させて、煙にまいている。言葉遊びの骨頂である。

古神道は、在るものは在ると言う。そして在るものは、それ自体に働きがあり、その働きを尊称して、神と呼ぶのである。
真直ぐにものを見れば、それで良かったのである。
仏教は、日本の思考を複雑化させ、なおかつ堕落させた。言霊の言葉を、堕落させた。延々と語ることが出来るというのが、ウソの証拠である。
多くの仏典の根拠は無い。まして中国からの経典には、偽作したものも多い。あの中国人のやることである。目的のために、手段を選ばない。
半島を通り、大陸中国から輸入されたというのが、悲劇の元である。中国思想に変形した仏教を持って、真実の仏教だと、思い込んだのである。
無常という思想は、仏陀には、無い。仏陀は、今が永遠なのである。
インド魔界の数の遊びを仏教に結びつけた者の罪は重い。

ちなみに言う。
すべての人が救われる仏の教えという考え方は、最澄からのものである。
玄奘三蔵法師の立てた、法相宗には、はっきりと、救われない者もいるという教義がある。最澄は、耳障りの良い仏教を立てたのである。
山川草木皆仏性などという言葉は、創作である。そして、空海の真言密教である。仏教とは、何の関係も無い。あれは、インドバラモン、ヒンドゥーの呪術からのものであり、それを中国の言葉遊びの極みから創作されたもので、とうてい仏教とは、信じられないのである。

それでは、鎌倉仏教とはいえば、すべて新興宗教であり、仏教と言えない。法然教、親鸞教、日蓮教、道元教である。皆々、元を正せば、中国仏教のものであり、その中国仏教は、今は、皆々滅んでいる。
ここで言えることは、すべて人間が作り上げたものであるということである。
それを仏からのものと考えるのは、愚かである。

万が一、仏という超越した存在があるとしても、言葉にして教えを説くことは無い。
超越したものが、人間の言葉で語るというのがウソである。
万葉の歌を読めば、山川草木皆仏性と言わなくても、自然のすべてに神を観ていた。理屈ではなく、自然をそのままに観て、共生し共感していた。あえて、自然は神であるなどと言わない。言う必要がないほど、当然のことだった。
言葉にすると、迷うのである。
即ち、仏教とは、あえて、人を迷わすものである。
仏陀の教えは、仏教にはない。いずれ、詳しく説明する。
三次元と四次元空間にいる人間には、それ以上の次元の世界は見えない、聴こえない。精々、うろうろとしている霊、幽霊を見るのが関の山である。

上記、話があらぬ方向に飛んだが、いずれ、般若心経のウソも書くことにする。
ニィーチェは、神は死んだと高らかに言う。そして面白いのは、神ではなく、怨念が人を、時代を作るという。
私は言う。
宗教は死んだ。
その妄想の、または、根拠なき、教義なるものは、無である。要するに、無い。
この世には、在るものしかない。
確かに、霊界にも、人間の妄想、想念で成る場所がある。
しかし、この世も、あの世も、在るものしかない。
この世の在るものは、自然である。
自然と対する思想に二通りある。
対立と支配であり、欧米の思想である
共生と共感は、日本の思想である。
欄外は、無視する態度である。

大和言葉を有する日本人には、欧米、インド、及び中国の、言挙げする思想、言葉遊びは、いらない。
何故か、大和言葉は、それ自体に意味がある。彼らの言葉は、記号であり、組み合わせである。つまり、多くの言葉により、事を説明しなければ、如何ともし難いのだ。
それを、理解し、身に付けるのは、日本の事、大和言葉を説明するに必要である。それだけである。

大和言葉でなければ、和歌も俳句も成立しないのである。何よりの証拠である。
他国の言葉に翻訳出来ないことが、証拠である。
和歌を翻訳しようとすると、膨大な言葉が必要になる。それでは、意味を成さない。

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2007年04月01日

もののあわれ36

欧米で言うところの、罪と罰という観念がなかった、大和人である。
罪と罰とは、絶対神を置く民族に有る。
罪と定める神がいて、それに罰を与えるのである。勿論,それを成すのは、神の名を借りた支配者、時に聖職者といわれる人々である。
大和には、わざはひ、けがれ、があった。
わざはひは、荒ぶる神によるものであり、けがれは、感じる我が身のものである。
従って、大和人には、荒ぶるものも神であり、つまり、自然であり、欧米の言う、悪魔という存在は無い。
神と悪魔との対立するものを置くことを、しない。
脱天使を悪魔と定めるというのも、実に創作的である。
彼らには、どうしても、対立が必要なのである。それを知らず、日本人には、神がいない等々、余計なお世話である。
神不在の云々という言葉を聞く時、余程、欧米の思想に毒されているとしか言いようがない。欧米の思想、すなわち、キリスト教である。あちらは、兎に角、キリスト教の神との対決しかないのである。無いものと戦う程、哀れなことはない。
観念に対決するのであるから、ご苦労様である。
神は死んだというニーチェさえ、神との対決をしたのである。

大和人から、日本人への移行で、罪悪感を植えつけたのは、仏教である。地獄の思想を持って望んだというから、笑う。
地獄へ落ちるなら、まだ救いはあるが、インド魔界は、魔界であり、地獄も無い。
しかし、実に、大和人の死後の世界は、地獄という観念が無い。黄泉の国と言う。そこは、ただ穢れがあるのみであり、裁きなど無い。
世界広しといえども、民族の冥府観に裁きの無いのは、大和民族だけである。要するに、霊界というものを知っていたのである。
死後に裁きに合うことはない。自らが、自らを裁くというか、行くべき世界を決めるのである。これについては、いずれ書く。

仏教の影響が大きくなった、平安、鎌倉という中世では、無常観が支配したが、結果的に、大和人からの、感性が生きていて、罪悪感より、無常観が強く現れて、それが哀感となり、次第に美感になってゆくのは、大和人の思いが残っていたためである。

ちなみに、無常観とは、中国仏教からのもので、しかも、中国では、この無常感覚が、皆無であるという不思議である。
インド魔界から侵食された中国であるから、矢張り弁舌になり、仏教も中国で大きな思想体系を作り上げた。
それ以前に、膨大な思想があったからであろう。孔子、老荘思想等々である。
しかし、それらの思想には、霊界の存在が皆無であり、孔子にしても、鬼人を語らずと言う。つまり、孔子も霊的存在を知らなかったのである。
平面思想であるから、仏教にある霊的存在に、飛びついたのである。
中国思想は、人の生き方の思想であり、それ以外の何物もない。この次元でのあり方のみであり、唯一、天という人の道の先にあるものを、想定しただけである。
中国には、神も仏も無かった。天という、理想の世界を言うのみである。
中国思想をいくら研究しても、その先が無いのである。
三次元の思想のみが中国思想である。

そこに、仏教である。妄想逞しい、仏典という、根拠の無い膨大な書物に翻弄される。
日本の仏教は中国思想である。ウソの上塗りの仏教である。
天台、真言、浄土、禅に至るまで、中国仏教である。
あるが如きの言葉の世界に翻弄されたものである。
大乗仏典で、根拠のあるものは、一つも無い。しまいに、夜に、観音様が現れて教えられたと言われれば、絶句するしかない。しかし、それを後生大事に、仏典として奉ずる様は、仰天というより、哀れである。
仏陀の言葉を伝えているのは、ダンマパダ、一点である。後は、すべて創作、妄想の所産である。そのダンマパダさえ、寝ぼけたような言葉の羅列なのである。

大和人の嫌う、言さえぐ、言葉の数々をもって、何故、迷いの世界に入ったのかは、世界同時、共時性の法則であろう。
人間の精神と心をかく乱させ、混乱させて、益々混迷を深めようとの、魔界の関与である。
言挙げしない、日本にも、魔の手が入り込んだといえる。

仏教を奉じた者は、仏教が言う、迷いの道を今も生き続けている。
お経を読経して、成仏するという観念は、全く、欄外のこと。それならば、桃太郎の御伽噺を読んだ方が、霊界入りするであろう。
読経するということは、仏典を読み上げるということで、大和言葉を発するものと、全く違い、迷いの中に放り込むということである。何せ、死んだ者は、仏典の意味など知らない。それをいくら読んでも、詮無いこと。
供養と言い、読経している様は、哀れを通り越して、悲劇を通り越して、喜劇となる。
参考に、仏典の一部をここに書いてもいいが、面倒なので止める。
例えば、婆さんが滑って転んで起きたら花が咲いていた。というような、どうでもいい内容ばかりである。天上の世界を描いた、浄土三部経典などは、いい加減にしろ、と言いたくなる。
万葉の歌、一首に適わないのである。

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2007年04月03日

もののあわれ36

説明不足を感じるので、少し仏教なるものについて言う。
どこの宗派を取り上げても、理屈のみがあるのだが、もっとも理屈を捏ねる、禅という宗派をみる。
禅のいう仏教、または、その思想は、インドの中観派という空の理論からなる。
要するに概念を構築するという、言葉の遊びを重ねるのである。
有名な竜樹という理屈屋がいる。
語りつくして、矛盾を起こし、しまいに、言語化できないという事態に陥る。
理論では解明できないという限界に突き当たるのである。そこを飛び越えて、表現出来ない世界、つまり、宗教的な実体験の世界があり、それを涅槃というから、私は笑う。
それが、禅に受け継がれて、無語底、つまり、語ることの出来ない世界というものを言う。論理的ではない言葉の行き着かないところを、言い表すという暴挙に出る。彼らは、それを知らない。
公案という、何やら怪しげな言葉の世界で、悟るだの、大悟しただのと言う。
その悟りの世界は、誰も知らない。本人の自己満足である。
碧眼録という本に、その怪しい言葉の世界が羅列してある。これ、知的好奇心のある人は、好む。死ぬまでの暇つぶしに丁度よいからだ。その内に、死ぬからいい。

仏教の修行僧という者は、花の一本、大根の一本も育てることなく、のうのうとして、言葉遊びに始終する。哀れである。
例えば、手を打つ。どちらの手が鳴ったか。どちらの手も鳴らない。鳴ったのは、お前の心だとか・・・そんな話がゴマンとある。
しまいに、言語に出来ない矛盾を悟ることが禅だとか。
もう、話にならない。
インドから中国に渡り、このような言葉遊びに汲々として出来たのが、禅である。
勿論、文学として読むには、面白い。しかし、宗教とは・・・
では、欧米の宗教が宗教と定義すると、仏教も宗教ではない。
勿論、古神道も宗教ではない。
欧米の言う宗教という概念は、欧米の宗教のみに言える。

かくばかり 恋ひむものとし 知らませば 遠く見るべく ありけるものを
読み人知らず。
人を恋することは、やむ時もなく、その人を恋焦がれるものだ。恋と言うものを、そのようなものだと知っていたならば・・・恋などせずに、遠くから見詰ていただけだろうに。
人の心は、恋の心で十分によろしい。もののあわれの骨頂である。源氏物語も、矢張り、恋の情にもののあわれを観るのである。

このような大和言葉に、彼の禅の世界など適わない。
大和言葉には、悟るとか、悟らないとかの迷いは無い。
要するに、仏教とは、膨大な迷いの言葉を撒き散らかして、人の心を煙に巻くのである。
勿論、仏陀は、そのようなことを一言も言わない。
ただ、淡々と、日々の生活の心の在り方を言う。
心静かに、あらゆる事象を見よと。そこには、すべて関わりがあり、何一つ無駄なものはない。そこに心を鎮めて見れば、物事の本質が、向こうから姿を現すのである。その自分の欲望さえも、よくよく見詰るべきである。それも、我が身から起こるものではなく、突き放して見よと。そして、ありうべき生き方を生きるべきであると。
仏陀の言葉は、決して難解、歪曲したものではない。本当に霊界を知る者は、そのようにしか語らない。

ある若者が、相談に来た。
一人の女の子が好きで好きでたまらないと言う。
何とかアタックしたいが・・・勇気が出ないし、相手は、自分をどう思うのかと。
私は聞いた。相手とどうしたいのかと。
すると、ただ、好きで、どうしようもないのだと言う。
私は言った。それは、性欲だよと。
要するに、セックスがしたいんだよと。
若者が、悟った。
晴れやかな顔になった。好きだという気持ちの真実を観たからである。性欲、それに支配されて、好きだと思い込んでいたと。
さて、次に彼は、自分の気持ちを告白する勇気が出た。当然である。理由が分ったのであるから。
要するに、こんなものである、悟りとは。

もう一つ、言う。
日本仏教の最大の汚点は、最澄が、すべての人が救われると説いた時からである。
生きとし生けるもの、すべてに仏性があるという。
勿論、人間にも、皆仏性があると言うのだ。
ならば、すでに救われているのではないか。
それが、どうして役立たずの僧になどなって、何事かするのか。
つまり、僧になるとは、そうとしか生きられないからであろう。そのようにしか生きられないから、僧になっているのである。
すると、ある宗派は言う。その仏性を顕示するために、題目を上げると。
町内会の掃除を毎日やった方が、無難である。
題目を上げて、あのインド魔界の呪術の伝統を汲む、唱えごとなどは、先祖の因縁を出すわ出すわで、とんでもないことになると知らない。
元気になると言うが、元気にならず、病気や悪因縁で、人生棒に振る人も大勢いることを知らない。

そうして、日本一の念仏である。
念仏とは、架空の阿弥陀と言うものに、帰依するというのだから、笑う。
観念に帰依して、どうする。
アミタとは、人間が作り出した架空の仏、勿論、密教の大日如来も、当然、架空の観念である。
架空の観念に帰依して、どうする。それに、護摩を焚いて、祈願するというのだから、魔界も、ここまで行けば、勝ったも同然。
魔界の勝ちである。

私は言う。この世は、在る物しか無い。
万葉の歌は、在る物しか無い。だから、素晴らしいし、真実である。
言葉遊び、つまり、言挙げせずの思想であり、言幸う言の葉のみである。
教義、教理、神学等々、万葉の歌、一首に前には、消えてしまうのである。


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2007年04月04日

もののあわれ38

万葉集には、作者不明の歌が、三千三百ほどある。
総数は、四千五百首であるから、半数以上を占める。その中には、「人麿歌集所出」の歌が三百七十種ほどもあり、人麿の作もあるが、兎に角、半数の作者不明というのは、一般庶民であるということだ。
ここで、公民、百姓を、大和言葉では、おおみたから、と言う。
民を、おおみたから、と呼ぶ支配者が、世界の、どこにいるだろうか。
たからに、尊称をつれけて、おおみと言う。
大美と書いてもよい。おおみである。万葉人がしたように、私も、漢字を当てはめてみる。たからは、宝であり、大美宝と書くといい。

さて、過半数を占める歌の作者が、何故不明なのか。
それは、名も無き、庶民の歌だからである。
そして、それは、歌の優劣と全く関係ない。
庶民の歌が、記憶に留められていたということは、語り伝えられていたということであり、それが、個人を超えて、共同のものとなっていたということである。
そして、それを、書き取った人がいたということ。
人々の共感をよんだ歌は、生きる共同性であり、根幹で結びついていたということである。そして、それが、こうして万葉集と言う歌集に、収められたということである。
これは、前代未聞の出来事である。
世界史上に類をみない出来事である。

民謡の元も万葉である。民謡の原点、原始の姿である。
ここで一言言っておくが、庶民の歌う多くの歌を卑下する、西洋音楽に関わる者どもの、低レベルの感性を、私は笑う。
庶民の歌こそ、文化であろう。文化的行為であろう。それも、時を超えて歌われる歌は、問答無用に伝統である。
例えば、演歌、歌謡曲などの大衆歌を卑下する理由はない。
何か、芸術歌曲が優れているという、理由は無い。単に、その世界だけでの、慰めあいのようなものであれば、芸術などという言葉も出ないはずである。
時を超えて、歌い継がれる歌こそ、人の心の真実を写す。

声楽家という、クラシック系の歌い手の歌を聴いて、感動することは、実に稀である。
私は、藤岡宣男の歌によって、ようやく歌曲なるものの、良さを知った。芸術と冠しなければならない、お馬鹿の世界の人々の存在を知った。

万葉を見よ。
名の無き人々の歌が、こうして千年の時を経て残され、読まれ、語り継がれている。
また、少なくても、日本の歌、日本歌曲などを歌うとしたならば、万葉の歌、大和言葉の歌道を知るはずである。
日本の歌道を知らずに、何を言うか。

この庶民の歌を、ある研究家は「庶民の生活の中に、綿々と息づいている日本民族の心情が、作者なのである。」と言う。
日本民族の心情が作者であるということは、また、私の言いたい言葉である。
誰がではない。民族の心情が作者であるという理解に、彼らの歌を書き留め、それを後世に残した人の功績は、大神、おおかみ、と尊称してよいほどのものである。
そうせずにはおれなかった、止み難い思いを抱いた人がいたということ、それに、私は感動する。
感動とは、そういうものである。
無償の行為ほど、崇高なものはない。
民族の心情を伝えるためにである。
万葉の神と呼ぶべき存在である。
いずれ、その編纂に関わった、人麿と、家持のことは書く。しかし、それ以外の人の名は無い。名も無い人の歌を集めて、己も名も無く去った。
これ、もののあわれの極致である。

大伴家持は、巻二十の防人の歌を編纂している。そして、巻十四の東歌は、誰が採取したのか、解らないが、家持かもしれない。
いずれにしても、その功績は、神と称えられてよい。
今まで、誰も言わなかったので、私が言う。
万葉の神である。
学者、研究家等々は、滔々として好き勝手に万葉を語るが、祈り無く、霊感無くして、万葉が解るはずもない。
瑣末なことにのみ捕らわれて、肝心要を見ないのであるから、救いようがない。
辞句や言語の考証に喧しく論議しても、もっとも肝心な祈りの心を持っていなければ、学問にもならない。
言葉に対しての、御言を、みこと、として、正しく解釈している者は皆無である。天皇の尊称であると言うのみ。命も、みとこと読む。
みことの、意味を知らず、万葉、大和言葉を知るはずがない。
書かれた物があるということは、書かれなかった物もあるということを知らない。
文献研究の限界である。

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