2012年04月04日

神仏は妄想である。365

人間は物事を語るのに自己の判断を少しも交えることなく単にその起こった通りに語るということは極めて稀なものである。
それどころか彼らは何か新しいことを見或いは聞く場合、非常に用心しない限りは、概ね自己の先入的見解によって強く支配され、彼らが実際に見或いはこととはまるで違ったものを受け取る。
殊にその出来事が語る人或いは聞く人の把握力を超越する時にそうであり、わけてもその事柄がある一定の様式で起こることがその人自身に重大な意味を持つ時に最も然りである。
スピノザ
改行は、私。

つまり、結果は、出来事そのものを、語るのではなく、自己の見解を語るのだ、と言う。

確かに、御もっとも、である。
非常に、注意深く、見ても、それがあるのだ。

同じ物を見ても、人により、全く違うものになる。
更に、解釈となると、もう、駄目。
観念に、まみれる。

スピノザは、それを聖書の記述で、取り上げるのである。

だから、聖書における、奇跡を記したといわれる、物語を理解するためには、その奇跡を最初に語った人、または、最初に書き記した人の、当時の見解を知り、その見解を持ちえた、感覚的知覚と、区別するべきなのだと、いうこと。

そうでなければ、その見解や、判断を、実際に起こったままの奇跡と、混同することになると。

出来事を、表象的なものか、予言的幻影に過ぎないものか。

例えば、
神が火に囲まれてシナイ山へ降りて来たので、山が煙を上げた。
エンアが、火の車と、火の馬とを懸けて天に昇った。
という事柄などは、実際の出来事として、伝えた人の、平素の見解に、順応した幻影に、他ならないと、言うのである。

何故なら、民衆より多少勝れた知力を持つ者なら誰でも神には右手も左手もないこと、神は運動もせず静止もしないこと、神は限定された場所に居るということはなくむしろ絶対に無限的であること、神の中には一切の完全性が含まれていること、そうしたことを知っているからである。
スピノザ

あえて言う、ものを純粋知性の諸概念によって判断し、表象力が外的感覚から触発されるところによって判断しない者は、これを知っている。
スピノザ

要するに、迷信のような考え方は、哲学者は、持たないのであると、言う。

最後に奇跡をその実際に起こったとおりに理解する為にはヘブライ人たちの言い回しや修辞的表現法を知ることが大切である。
スピノザ

奇跡の話しから、自然に関して、説明しているスピノザの、当たり前といえば、当たり前のことを、言うのである。

一つの例を上げると、
神は彼らをして砂漠を行かしめ給える時、彼らは渇くことなかりき、神彼らの為に岩より水を流せしめ、また岩をさき給えば水ほとばしり出でたり
イザヤ書
これに対して、スピノザは、
あえて言うが、彼がこれらの言葉によって述べようとしているのは、ユダヤ人たちが砂漠の中で泉を見つけ(これは普通にあることである)それによって渇きを鎮め得るのであろうということだけである。事実彼らがクロスの承諾を得てエルサレムに戻った時、前記のような奇跡はーーー人々の知る通りーーー彼らに起こらなかったのである。
と、言う。

自然的光明に矛盾することを、証明するような出来事を、ほとんど聖書の中に、見出しえないのである、ということだ。

これは、つまり、自然の法則に反する、矛盾するようなことは、起こらないとの、判断である。

更に、聖書には、若干の箇所で、自然一般について、自然が確固として、不可変的な秩序を守ることを、肯定しているとの、判断である。

スピノザは、確かに、真っ当な事を言った。
しかし、現在も、それを受け入れているとは、思われない。

信者は、奇跡を信じている。
更に、奇跡が神によって為されているとも、信じている。

自然は、自然以外の、何物でもない。
そこに神を、介入させると、それはウソになると言うのである。
真っ当な、神学的姿勢である。

人の目に見えて、行われる奇跡などは、神のすることではない。

神は、我々に知られ、知られない、すべての世紀を通じて、同一であつたこと、自然の法則は、極めて完全かつ豊穣であり、それに何物を加えることも、そこから、減ずることも出来ない。

最後に奇跡は人間の無知の故にのみ何か新しいものと見られること、そうしたことを明瞭に教える。つまり聖書にはこうしたことがはっきり説かれているのであり、これに反して自然の法則に矛盾するような或いはその法則の結果でないような何事かが自然の中に起こるということは聖書の何処にも説かれていない、従って我々はそうしたことを聖書に対して虚構してはならぬのである。
スピノザ

新しい神学の登場であった。
しかし・・・

無知の故に・・・である。
今も、それが、正されていないのである。

さて、西欧の自然観が、このようにして、明確にされると、日本の自然観との、相違が、実に、明確に分る。

ユダヤ人たちは、異教徒に対して、自然は、神の被造物であり、そこで起こる奇跡は、すべて神が関与して起こるのである。
だから、ユダヤ人の神を、信じるべきだ・・・

それは、スピノザも、同じである。
ただ、スピノザの明晰なところは、自然の法則に矛盾するようなことは、決して有り得ないし、それを、神の云々と言えば、神の観念が違ってしまうと、言うのである。

聖書の新しい解釈を、スピノザは、書き上げたのである。

ユダヤ人から見れば、日本人も、異教徒なのである。
何故なら、日本人は、自然のすべてに、神の意識を感じて、崇敬した。
太陽を、大地を、自然のありとあらゆる働きを。

当然、唯一の神を知らない人種として、その観念を伝え、信じるようにするだろう。

勿論、唯一の神という存在は、ユダヤ人の教えであり、それを受け継いだキリスト教、イスラム教の教えである。
教えであり、教えとは、妄想である。

教えとは、創られたものであり、真っ当なものではない。
神が創ったものではなく、人間が想像したものである。

もう一度、言うが、日本人には、神という観念は無い。
自然、あらゆるすべてのものは、結びついて、関連し合い、生まれて生きている。
その感覚を、カマ、カム、カミとの系列語の言葉によって、現在、カミという言葉を使うのである。

日本民族は、感性の優れた民族である。
知性より、理性より、感性によって、感覚知覚した民族と、私は、理解する。
それは、世界に誇るべき、日本の自然によってなったものに、他ならない。

西欧の哲学は、たった一つの民族である、ユダヤ人の神観念に対して、七転八倒して、成り立つものであるとは、哀れである。




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2012年05月11日

神仏は妄想である。366

神道の自然に対する思いに関して、書いている。
そこで、ミル、スピノザを引いて、如何に、かの国の言葉の世界と違うのかということを、証明してきた。

結果、神道は、言挙げ、つまり、言葉にすることなく、何度も言うが、所作によって、成り立ってきたのである。

自然は、かしこく、おそれおおい、もの、という思いを、ただ、所作にした。
そして、祭りに託して、農民は、豊穣を土に祈り、漁民は、わだつみに、祈り・・・
すべてを、神として・・・
いや、神という概念もなく、自然を、尊ぶものとして、所作にして表してきた。

これから、スピノザの聖書の解釈について、という、箇所を読むことにする。
というのは、言葉で、語り尽くすという行為には、必ず、このような批判が、多く起こるということを、言うためである。

言葉にすると、後々で、言葉遊びに始終するのである。
そして、それに権威を付与するという、人間の性。

宗教の功罪も、そこにあり。

すべての人は、口では、聖書は神の言葉であって人間に真の福祉や救霊への道を教えるものであると言っている。しかし彼の行いの示すところは口で言うのと全く別である。
スピノザ

何事もそうだが、口で言うことと、行為することが、全く別物というのは、聖書解釈だけではない。
人間とは、そういうものなのであると、得心することだ。

実に民衆は聖書の教えに従って生きることなどまるで念願に置かないように見える。そして余の見るところでは、ほとんどすべての人が、自分の妄想に過ぎないものを神の言葉であると称し、宗教の口実のもとに他の人々を自分と同じ考えに強制することをのみこれ努めている。
スピノザ

とても、激しい、否定と、攻撃である。
既存の思想、そこから生まれる、行為行動に対して、批判するということは、このように、激しいものになる。
主イエスでさえ、殺されるほどの、激しい否定と、批判を繰り返したのである。

次のスピノザの言葉は、今も、その通りである。

あえて言う、余の見るところでは、神学者たちはおおむね、如何にして自分の思い付きや自分の独断を聖書に依ってこぢつけるか、如何にしてそれを神的権威に依って守るかということに心を砕き、聖書や聖霊の精神を解釈するに当っては何をするにもまして軽率かつ大胆にやってのける。
その際もし彼らの心配することがあるとすれば、それは聖霊を誤って解釈して救霊への道からそれはしまいかということではなくて、ただ自分の誤りを他人に指摘されて自分自身の権威を落とし、他の人々の侮蔑の的になりはしないかということだけである。
スピノザ

聖書自体の本質ではなく、我の、権威に心を砕く。
それが、言葉の世界にある、人間の姿である。

言葉にして、発言することで、賞賛される・・・それが、言葉を扱う人の、願いである。それが、誤りでも、いいのである。

だから、
もし人々が聖書について証言するところのことを真に心の底から言っているのだとしたら、人々は今と全然違った生活の仕方をしたであろうし、あれ程多くの闘争で心を激昂させることもなく、あれ程多くの憎しみで相互に争うこともなかったであろう、又聖書を解釈して宗教の中に何か新奇なことを考案しようというあれ程盲目的な、あれ程向こう見ずな欲望にひきずられることもなく、反対に、聖書が最も明瞭に教えることをのみ聖書の教えとして認めたであろう。
最後に又、聖書をその幾多の個所において改竄することをあえてするあの瀆神の徒たちはそうした罪深い行いを止め、彼らの不信の手をそうしたことから引っ込めたであろう。
スピノザ

このように、言葉の世界で、語り尽くせない世界を言葉にすると、結果、このような、主イエスや、スビノザのような、徹底批判が起こるのである。

そして、それは、余りにも、見え透いている。

宗教戦争に明け暮れた西欧の時代。
それは、解釈の違いで、戦争に明け暮れたのである。

そして、何と、勝った者が、その教えに勝利するという、仰天である。
真なるものではなく、力によるもの。
それは、もう、宗教とは、言えないのである。
だが、西欧は、一時期それに、明け暮れた。

恐ろしい、蒙昧である。

然るに野心と冒瀆の横行するところ、遂に宗教は聖書の教えに服従するとこではなくて人間の妄想を擁護することにあるの観を呈している。否、宗教は愛に存せずして人間の間に不和の種を播いたり、激烈な憎しみ「これを彼らは聖なる熱意、烈しき献身と僭称する」を広めたりすることに存するとみられるに至っている。
これらの悪にかてて加えて迷信なるものがある。迷信は人間に理性と自然とを軽蔑し、この両者に矛盾することをのみ嘆賞し尊敬するように教える。だから人々が聖書を益々嘆賞し、尊敬するために、聖書をこの両者―――理性と自然とーーーに最も矛盾するが如く解釈しようと努めるのも不思議ではない。
スピノザ

とんでもない、世界に導いてしまう、解釈の妄想を言う。

それが、言葉の世界を主体とした、西欧の大罪なのである。
言葉にすべきものと、言葉にすべきものではないことを、知らない。

東洋の思想を理解する際に、西欧の人は、極めて迷う。
言葉に出来ないものを、言葉にしないからである。

日本の、言霊と、言葉は神であるという思想を持つ彼らとは、天地の差がある。
それは、説明すれば、同じようになる。
言霊は、言葉自体が動く神である。
言葉は神である。
同じようだが、違う。

根本から違うのである。

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2012年05月12日

神仏は妄想である。367

スピノザは、聖書の解釈をして、自然を観察しない、彼ら、神学者にまつわる者たちに、徹底的に、反論している。

これは、西洋の哲学の常識である。
批判と、反論から成る、言葉の世界である。
だから、日本は、明治期に、それを徹底して、学んだ。

それは、良いことだった。
しかし、それに捉われるようになり、堕落した。
日本の精神が、堕落したのである。

つまり、日本には、思想が無い・・・
言挙げしない、文化だとは、知らないのである。

そして、言葉にしない、文化というものの、偉大さを忘れた。

かくて彼らは聖書の中に深遠な秘義が隠されていると夢想し、他の有益なことどもはさて措いてこうした不条理なものを探求することに精魂をつくす。そして彼らはその妄りに虚構するところをしげく聖霊に帰し、これをあらゆる暴力・あらゆる情熱をもって擁護しようと努力する。
何故なら人間というものは、純粋知性によって考えることはもっぱら知性と理性によってのみ擁護し、これに反して情熱によって信ずることは情熱によって擁護するように出来たものだからである。
スピノザ

これは、宗教全般に言えることである。
情熱だけで、信じる人たちは、情熱だけで、妄想に浸り、他者を、その情熱で引きずり込むのである。

全く、宗教には、知性と理性の欠けらもないという、妄想に駆られるのである。

こうした混迷から逃れ、神学的諸偏見から我々の精神を解放し、人間の妄想に過ぎないものを神の教えと軽信することのないようにするために、我々は聖書を解釈する真の方法について論じ、これを充分説明しなければならぬ。
スピノザ

要約して言えば、聖書を解釈する方法は自然を解釈する方法と異ならないのであり、むしろ完全にそれと合致するのである。
スピノザ

これは、当時としては、画期的な提言である。

聖書がまずあり、それから、自然ではないのである。
自然の解釈が、聖書の解釈と同じであるという。

聖書と自然とを、同じ位相に置くのである。

つまり、聖書の神とは、自然と同じく解釈するということである。
これは、どういうことか。
それ以前の、神学的考察を完全否定することである。

自然が神に造られたのであるなら、当然、自然を観察して、そこに、神の存在を見るということ。
ここに至ると、神道に似る。

神道は、自然が神と、明確にしているのである。

スピノザは、それに進んで、聖書の神というものに対する、理解という。
一神教の考え方は、捨てていないのである。

何故なら自然を解釈する方法がもっぱら自然の歴史を総括し、確実なる所以としてのその歴史から諸処の自然物に関する定義を結論するにあるように、丁度そのように、聖書を解釈するには先づ聖書の真正な歴史をまとめあげ、確実な所以ないし原理としてのその歴史から聖書の著者たちの精神を正しき帰結によって結論するということが必要であるからである。
スピノザ

聖書の会社は、歴史的教養を持って当るべき。
それは、自然を解釈するのと、同じである。

当たり前のことなのだが、当時としては、画期的な提案だった。

まず、聖書ありきではない。
その勝手な解釈ではない。
自然を観察するように、聖書の歴史的背景を鑑みて、解釈すべきであるというのである。

現代で、行われる聖書解釈である。

それが、唯一の道であると、スピノザが言う。

極めて、合理的な聖書解釈の道を示したのである。

スピノザは、それから唯一の神としてある、聖書の神について、云々となる。
この、唯一の神という、観念から、抜けられなかったのが、西洋思想の源流である。

西洋思想は、この唯一との、対決であった。
日本には、それが無い・・・
だから、日本の思想は、云々という人たちがいるが、全く違う。
その源流が違うのである。
その違いを見ずして、西洋思想と、日本の伝統を比較検討すること自体が、誤りである。

それも、スピノザが言うように、である。

その歴史的背景が違うのである。
ようやく、それに気付きはじめた人々がいる。

源流と立場が違えば、相違という、哲学的考察が出来る。
それが、本当の哲学のはじめである。

更に、言葉の、観念自体も違うのである。
あちらの言葉の観念で、こちらの言葉を解釈することは、出来ないのである。

だから、翻訳という、作業は、その相違との戦いである。
翻訳すること自体に、哲学的行為がある。

だが、世界の書物の大半が、日本語に翻訳されている事実は、何を語るのか。
それは、日本語にて、語ることが出来るということである。

それほど、日本語には言葉の観念と、定義が西洋思想を取り入れることによって、豊になったといえる。

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2012年05月13日

神仏は妄想である。368

神の存在と、その神聖性は、奇跡から証明されない、という、スピノザを見てきた。
まさに、当時のユダヤ人、及び、聖書研究、解釈に対する、堂々たる、否定である。

それでは、奇跡は、何故起こるのか・・・
スピノザは、奇跡は無いと、断言する。
それは、自然を観察すれば、理解できることであると。

では、新約聖書の中に書かれる、イエスの奇跡物語は、どうするのか・・・
それについては、聖書の出来かた、その成り立ちについて、別に書く。

スピノザは、後に、カトリックに取り入れられて、利用される。
だが、カトリックも、充分に咀嚼していないのである。

未だに、奇跡を求めているのである。
何せ、カトリックの聖人認定には、奇跡がなければ聖人として、認定されないのである。

更に、聖母マリアの出現・・・
これも、理解に苦しむところである。
ルルドの泉は、世界的に知られた場所であり、今も、奇跡が行われるという。
そして、それを求めて、多くの信者が、巡礼に向かう。

神道には、それが無い。
神様に、願い、病が治った程度である。
だが、それは、それなりに治療して、快癒しても、そうして、神様に、お礼をするという。

神道は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教とは、違い、超越した、神という存在を置かない。置く必要がないのである。
何故なら、神といわれる、存在が、実に実態のある存在なのである。

超越しているのではなく、すぐ傍に存在する。
例えば、天照大神は、皇祖の神である。

そして、この、神という言葉の、観念も違う。
それを一緒くたにして、論じることは出来ないのである。

日本には、唯一神が存在しない。だから、神不在であるとは、カトリック信者であった、作家の言葉であるが、実に、呆れる発言である。

初めから、日本には、唯一の神という、観念が無い。
そして、必要がなかった。
自然が、神なのである。

もっと、言えば、神そのものを見ていたのである。
だから、言葉の世界における観念は、無い。

ただし、全く、神道が、その思想を書かなかったのかといえば、違う。
それは、それは、大枚な、思想を書き続けているのである。

古神道について書く時に、それを紹介する。

スピノザが、聖書解釈と、自然との対比において、同然だというのが、当時の、眼目であったという。

それ以前は、神が主体で、自然は、その被造物として、解釈されていたのだ。
だから、奇跡は、自然を超越していて、そこには、神の介入があるという、解釈が生きていたのである。
それを、妄想であると、判断した、スピノザの勇気は、賞賛に値する。

更に、スピノザは、それを推し進めて、聖書解釈には、自然と同じように、解釈することは、聖書の記述された、歴史が如何なるものであるかを、それが、専ら、どんなものを含むのかという、前進を見せたことである。

現代の聖書研究では、当たり前のことを言うのである。

自然の種種雑多な出来事から諸諸の自然物に関する定義を導き出さねばならぬように、丁度そのように、聖書における諸事物の定義もまた個々の事柄に関して聖書の中に見られる種々雑多な記録から導き出されねばならぬ。
スピノザ

そこから、具体的に、スピノザが解説してゆくのである。

それは、次の機会に譲ることにする。
私は、神道の自然観というものを、紹介している。

西洋の思想が、唯一の神との、対座によるものであることは、充分に理解できた。
それでは、神道の場合は、唯一という、考え方ではなく、多々、自然を通して、人間と共に、ある、特別な存在としての、神意識である。

超越していない、共生してある存在。
全く、西洋の神意識とは、別物である。

更に、神道の神意識は、呼び出せば、即、応答する神意識である。
何故なら、目の前に存在するからである。
更に、それを特別に、お祭りするには、その場を造り上げて、そこに鎮座して頂くという、感覚、意識である。

また、ご神体として、樹木や、石、更には、山そのもの、などを、神として、取り扱うである。

そこには、注連縄を張れば、それで、終わる。
結界である。
それ以上は、神の世界であるという、意識である。

そして、言葉の世界は、無いが、所作がある。
神に向かう際の、所作が明確にしてある。

身を清めて、対座する。
更に、直接に言葉を述べてもいいのである。

祝いの言葉を述べて、神との、交流を図る。
神が、そこに、降臨するという意識で、共に、酒を飲み、共に食べ物を頂くという、感覚である。

神道のみならず、多くの民族的行事の中に、それが、見出される。
神とは、人と共にある存在だという、意識である。

姿は、見えずとも、神の威徳、威光を、感じられるのである。
見事な感性である。

だが、現在の神社神道においては、単なる、儀式と化しているのは、否めない。
所作に、堕落しているのである。

更に、神社という、建物に、依存し、堕落するのである。
そこには、満ち満ちる神の、威徳、威光も無い。

あるのは、神主の、マンネリ化した、堕落のみである。


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2012年05月14日

神仏は妄想である。369

西洋の自然観を、ミル、スピノザによって、少し垣間見た。

ただ今は、神道の自然観であるから、一応、神道の自然観の屁理屈ではなく、そのままを伝える。

高御産巣日神、たかみむすびのかみ
神産巣日神、かみむすびのかみ

造化神、天之御中主神、あめのみなかぬしのかみ、の次ぎに現れる神である。

そこで、学者、宗教家の、妄語は、取り上げない。
本居宣長にせよ、その後の、大本教にせよ、大本教から、数多く出た、新興宗教の教組たち、例えば、世界救世教、生長の家などの、解説、解釈は、批判の対象にも、ならない。

勝手な解釈、勝手な、妄想である。

あれほど、語るということは、神道のことを知らない。
それよりも、大和言葉について、無知なのであるから、取り上げることはしない。

私が言うのは、むすびの神とは、働きのことをして、神と呼ぶ。

生まれるのも、むすび、であり、成長することも、むすび、である。
自然は、その、むすび、に溢れている。

折口信夫も、大変興味深いことを言うが、それも、思いつきである。
それが、アカデミズムにて、ご大層な説として、通るのは、彼が、有名な学者であるから。
ただ、それだけ。

自然は、むすび、に、溢れていると、古代人は、感じたのである。
そして、自然の働きを、むすび、と称して、以後、一切を語らない。

それを、産土神、うぶすなのかみ、として、お祭りした。
自然の働きを、神として、お祭りし、感謝した。

事は、単純明快である。

そして、自然は、人知では、計り知れないゆえに、それを霊の働きと受け入れたのである。

それで、神という、尊い称号で呼ぶことになる。

だが、超越した存在ではない。
人間も、かみ、といえば、守、監、神といい、テリトリーを守り支配するものという意識である。

人間より、上の自然の働き、それを神として、尊びお祭りする。
それが、村祭り、海祭り・・・
自然のあるところは、無いのであるから、至る所で、祭りが行われた。

それは、極めて、信仰の所作に見えるが、信仰ではない。
挨拶である。

尊いものに対する、挨拶であるから、信仰とは、違う。
日本人には、信仰という、邪魔なものは、必要ない。

何せ、自然は、隣どころか、その中に包まれて暮らして生きているのである。
自然との、共生、共感以外の何ものでもない。

これに、特別な意味をつけるということは、邪心である。

折口信夫は、
産土の神は、天照大神の系列とは系列がちがうので、その点をはっきりしておかないと、考えが行き詰まってしまう。
という、それは、縁結びの神のことである。
その、縁結びの神と、産土の神は、別物であるという。

産土の神に対する信仰が、薄くなり、その後、縁結びの神の信仰が、入ってきたので、この両者は、別にして、話さなければならない。
と、どうでもいいことを言う。

霊学から言えば、縁結びの神とは、産土神の眷属である。

折口は、産土の信仰が消えたという前提で、話を進めているが、全く、違う。
産土神の信仰は、最初から無いのである。
何故なら、一緒であるから、意識せずとも、いいのである。

生きていること、自体が、産土の行為である。

人間が生まれて存在していること、が、産土であり、自然の働きも、産土の行為である。

古神道を名乗る、大本教をはじめ、そこから、派出した、多くの新興宗教の教組が語ることは、単なる妄想である。
よく解らない信者を、言葉遊びで、騙しているのである。

意味づけ・・・
それによって、如何に信じる者が、騙されるか。

むすぶ、とは、掬ぶとも書く。
ここから、折口は、この掬ぶという、文字にかけて、新発見のようなお説を語る。

水を掬ぶは、信仰的に言うと、人間の身体の内へ霊魂を容れる・霊魂を結合させるということらしい。

ことらしい・・・
そして、大そうなことを語る。

つまり、水の中へ霊魂を容れて、それを人間の身体の中へ容れるというのが、産霊の技法だったことになり、そういう意味で、むすぶと言う言葉が、水を掬って飲む動作にも用いられているのである。
現在では、そうした産霊の精神的な内容は、失われてしまっている。
とのこと。

産土を、産霊と、書くことなど、作為的である。

失われてしまったのではない。
すでに、そういうことを、意識せずに、身につけたのである。

当たり前のこととして、身につけた。
それが、民族の精神のあり様である。
だから、信仰などという、言葉にしては、誤るのである。

所作を身につけたのである。

さて、神道でも、古神道でも、何故、言葉遊びに始終するようになったのか。
それは、中国からの、書物による。

最も、影響を受けたのが、道教である。
実に、訳の解らない、道教という、宗教か、屁理屈か・・・

600年代に、大量の書物が入っている。
その中に、道教、儒教の物、多数あり。

小野妹子が、遣隋使として、隋に出掛けたのが、607年であるから、その前に、大量に書物が入っているのである。
それらが、奈良から、平安にかけて、日本の言葉に、大きな影響を与える。

更に、生活にも、である。
その、道教というものを、少し見ておかなければ、理解できない。


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2012年06月07日

神仏は妄想である。370

日本の禅は、インドからのものではない。
あくまでも、中国禅からのものである。

そして、その中国禅とは、老荘思想の言葉によって、語られたのである。
つまり、老荘思想の言葉の概念から・・・

日本の禅を学ぶならば、まず、老荘思想を理解することである。

更には、仏典というものも、サンスクリット語によって、書かれたということは、バラモンの概念を用いて、説かれたということであり、バラモンの言葉の、理解が必要なのである。

さて、日本の神道には、教義も教祖も無い。
ところが、神道について、説明されるのである。
その大元は、どこからのものか・・・

言挙げしない、神道の清真さを、言挙げするのは、道教の言葉による。
それは、道教の言葉の概念によるといえる。

その、道教が如何なるものか・・・
全く、意味不明なのである。
実態の無いもの。

ところが、道教の教えというものが、日本の平安期に定着するのである。
陰陽師なども、その一つである。

そして、更に、日本人の生活の中に浸透して行く。

すべて、迷信である。

その実態はと、尋ねられたら、私は、即座に、人の想念によるものと、答える。
人の想念が、実態を作り上げたのである。

道教は、中国にて、生まれたものであるが、生まれだけであり、その中には、ありとあらゆる、迷信が取り入れられている。

儒教と共に、存在したというから、驚くのである。

その、儒教は、中国思想の主流となり、知識人、官僚の教養資格として、絶対欠くことの出来ないものとなった。

道教の場合は、唐の時代、少しばかり、政治的に支配権力を得たが、そうした場合は、実に、少ないのである。

だが、儒教より、民衆の心を掴んでいたのは、道教の方であった。
中国の民族宗教といっても、いいのである。

そして、神道に似るのは、開祖も無い、教義も無いのである。

中国人が、自然発生的に、色々な、原始信仰を混合して、いつの間にか、集大成してしまったものである。

誰かが、何か、拝むようになり、それが、人々に伝播してゆくようなもの。

そして、驚くべきことは、今でも、その道教が、廃れず、生き残り、中国系の人たちが、お祭りしているのである。

古代において、ほとんどの原始信仰は、アニミズムといわれる、精霊信仰を元にしている。

中国古代では、この精霊のことを、鬼神と呼び、それには、三種類の、天神、地祇、人鬼があると、考えたのである。

天神とは、天と、日月星辰のみならず、暑さ、寒さ、雨風などの、精霊を含む。
更に、天には、上帝、皇天、皇天上帝、と呼ばれ、天神の中心であった。

ちなみに、日本の天皇の称号も、そこから、取られた。
すめらみこと、を、天皇に当てたのだ。

地祇は、大地の精霊を言う。山川など・・・

人鬼とは、死者の霊魂である。
更に、空中にさ迷う、魑魅魍魎、あらゆる、妖怪変化なども、意味する。
その中では、先祖の霊を、最も、重要なものとした。

多くの精霊に対する、多くの信仰形態が、つまり、民間信仰が、道教の母体になっているのである。

その中で、特に、重要なものとなったのが、巫祝、陰陽五行、道家、方士などである。

方士とは、神仙思想である。

巫祝とは、精霊の中で、最も身近なものとして、人鬼、霊魂との関わりを持つものとして、その仲立ちをする、シャーマン的活動をする者を言う。

人鬼は、物理的働きをすると、考えた。
ある方法を用いれば、それを自由に取り扱うことが出来ると、考えたのである。
呪術により、霊と対応できるものとして、巫祝がある。

神降ろしである。
霊媒とも言う。

更に、夢判断を行うもの。
病気も、精霊の技と信じられて、巫祝以外に、治すことは、出来ないと信じられた。
預言、予知、占星術も、その中に含まれる。

霊能者である。

それが、権威を持ったのは、紀元前8世紀がピークだったが、その権威は、その後も続き、道教の有力な構成要素となっている。

今、現在も、そのようなことをする者がいる。
科学万能の時代でも、人々は、道教の、怪しい力にすがるのである。

どこの国にも、占い師、霊能者が、存在する。
人知を超えたところのもの・・・
それが、人の心を掴む。
勿論、何の根拠のないのである。
仏教でいうところの、無明である。
だが、その仏教も、無明に陥って、久しい。


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2012年06月08日

神仏は妄想である。371

古代中国の世界観は、物の本体は、捉え難いものであり、それを、気と、呼んだ。

そして、陰陽五行説が起こる。
木、火、土、金、水、である。
この五つの原理が、変転して、働き、すべてが、構成されているとした。

歴史の変転から、人事百般が、それで説明される。

更に、十干、十二支の、干支が、結びついて、年月日に配され、益々と、複雑怪奇なものになった。

この十干、十二支による、年月日時に配して、未来予知をする方法を、考案した。
現在は、四柱推命と呼ばれて、その解釈が、実に複雑である。

そして、識緯説である。
陰陽説から、発展させて、八卦といわれる、易である。

当然のことで、陰陽五行説が結びつくのである。

こうして、複雑にすれば、するほど、凡人には、脅威すべきものと、見える。

陰陽説は、後に、儒教の哲学的根拠となるが、道教の神学をも、構成するのである。

道教の、識緯説は、識は、未来を、緯は、儒教の経書にのせないところの、神秘を書いたものとする、道教の、秘義である。

三世紀頃が、全盛期で、以後、道教の中に取り入れられて、今も続く。

道家とは、紀元前の四世紀から、三世紀に開花した、諸子百家の一つである。

さて、道教は、民間信仰を取り入れ、雑多な思想を包含して、とても一筋では、理解できないものとなった。
そして、更に、その中核として、神仙道を説くことになる。

神仙説が現れるのは、紀元前三世紀である。

黄海に面する、山東半島の海岸地方で、方士と呼ばれる人たちが、長寿の術を説き、それを体得して、不老長寿の域に達したものがあると、宣伝したのである。

それが、各地に広がり、様々な呪術、民間信仰を習合して、方術を為して、多くの人の信仰するところとなる。

極めて、現世利益的である。

誇大妄想の最たるものである。

神仙は、真人と呼ばれて、東方海上の蓬莱、方丈、エィ州という、三神山に住み、そこで、幸福そのままの生活を楽しむという。
仏教の言う、極楽に似る。

その後、紀元前後になると、神仙は、深山幽谷に住むと信じられて、その性格も、あらゆる超能力を備えると、信じられるようになる。

中国人の、富貴長寿という、現実的傾向を、そこにすべて投入したと言ってもいい。

秦の始皇帝が、徐福という、方士に命じて、数千人の童男童女を率いて、三神山に、長寿の仙薬を求めさせたという話しは、有名である。

その、徐福は、日本にやって来たと言われる。

この、神仙説は、秦、漢、そして、三国、南北朝、隋、唐と、時代を経て、益々盛んになったのである。

ここで、解ることは、よく解らない、複雑怪奇なものほど、人の心を掴むということである。

さて、古代中国では、すべての根源は、天にあると考えた。
天の道である。

その天道について、どのように語るかで、思想が分れる。

儒教は、天道は、仁義礼智の人道にあり、これで身を修めるのが、人間の生き方であると、説く。

だが、道教は、それでは駄目だ。
天道とは、無為自然にして、無名の道であると、説くのである。

天道は、人為の発生する前から存在する、太古の道であり、人為の外にある。人為を徹底し排して、はじめて、無為自然になるというのが、老子であった。

そして、老子の説く、老子道徳経が、道家の根本経典となったのである。

だが、老子とは、実在するのか、否か・・・
不明である。

そこに、荘子が、現れて、道家の代表的思想家となる。
老荘思想という。

老荘思想は、儒教の、仁義礼智という、仁義道徳を世俗のものとして、蔑視し、老子の思想を、さらに発展させた。

ここで、重要なことは、儒教に対立した思想を展開したということである。

荘子は、天道は、無為自然なもの。同時に、虚無絶対であるとする。
それゆえ、そこから見れば、儒教の説く、人は、仁義礼智として、道徳を、また、生死について、云々などは、滑稽なことであるとする。

人は、それらを、超越して、絶対虚無の世界に、徹して生きるべきである。

その世界を体得して、人間は、自然の道に帰り、無為自然と、合することが出来るのであると、説いた。

ここには、徹底した、厭世思想がある。

荘子は、この道を体得したものが、真人、神人と、名付けた。

さて、このような、思想を持たなかった日本人。
古代、日本人は、これをどのように、受け入れたのか。
中国語、漢字、漢籍が、古代日本に、怒涛の如く、押し寄せてきたのである。

要するに、理屈の世界である。
思想とは、言うが、単なる、理屈の世界のことである。

その思想を知ることで、人は、何事かを解ったと、思う。
思い込む。
その、思い込みが、観念になり、人を不幸に陥れるとは、知らない。

思想、哲学の世界で、狂う人が多いのは、現実世界より、妄想世界に身を投げ入れるからである。

つまり、狂わない人は、知らないのである。
知れば、狂うしかなくなる。


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2012年06月09日

神仏は妄想である。372

道教の教団らしきものが現れるのは、二世紀前半の、後漢の頃である。

干吉という、道士が、病人にお札と、神に供えた水を与えて、病を治すという方法で、人々の信仰を集めた。
この場合の、神とは、老子である。
老子を神にしてしまったのである。

太平道と呼ぶ。

更に、それを広めたのが、張角という道士。
ここで、面白いのは、病気は、人間の犯した罪の結果であり、天は、人の善悪の行為によって、その命を増減させるというもの。

ゆえに、病気を治し、神に罪の許しを願い、符水、ふすい、という、干吉の呪術の水を飲み、呪術を唱える。
この、現世利益の教えは、後漢末の社会不安に乗じて、下層民の間に受け入れられて、かなりの勢力となった。

更に、支配者層の圧迫に対して、張角は、信者に黄巾をつけ、標識として、ついに後漢王朝の打倒の反乱を起こすのである。

だが、数年で、壊滅する。

宗教というものは、このように、時代時代で、似たようなことを、繰り返すようである。

それから、いよいよ、妄想の一途がはじまる。

五斗米道である。

信者から、米約9リットルを出させた。
今なら、金である。

祈祷による、治癒が中心である。
方法は、前と同じである。

更に、慈善事業なども、手掛けて、後漢末には、数十万人の信者が集うというほどになる。

原始道教は、実に未熟であるが、下層民相手であるから、簡単なものである。

その頃は、神仙説は、まだ、出てこないのである。

そうして、次第に、衰退してゆく。
時代は、進化するのである。

教団として、社会に定着するには、教義の生理が必要であり、儒教と比べると、遥かに、劣っていたのである。

そして、もう一つの要因は、三世紀から、五世紀、三国時代から、南北朝時代にかけての、仏教伝来である。

仏教は、三世紀末から、急速に発展した。
だから、道教も、盛んに、老荘思想を取り入れ、理論を作り上げ、仏教の教義、組織に真似て、教団として、成立させなければならなかったのである。

仏教が与えた影響は、実に大きかったといえる。

道教の最終目標は、不老長寿である。
それが、神仙説であり、道である。

それゆえ、妄想満開になるのである。

神仙になる方法を秩序立てて述べ、その可能性を証明する。神仙思想は、人々の願いを捉えたにしろ、それを信仰し、情熱をかけるまでになるのは、難しい。
民間信仰を超えて、神仙説の根底を、信者に与えるという方法。

道教の教義、理論的基礎の形成が、必要不可欠になったのである。

四世紀に入り、神仙道が、道教の中心となる。

それに携わった、人の名前は、省略することにする。

神仙道には、三つの、重要な方法がある。
第一は、胎息で、神仙道における、特別な呼吸法である。
第二は、房中である。陰陽、つまり、男女の交わりである。房中術を学び、真のセックスをしなければならない。
第三は、服薬である。神を祀り、祈祷をするだけではなく、仙薬を必要とする。
その、仙薬とは、神仙にも、上中下三等級の区別があり、上士は昇天して、天仙となり、中士は、導引長生きができる。下士は、地仙として、千歳の寿命を保つに過ぎないというのである。

神仙道とは、薬を作ることに、成功しなければならないのである。

それから、五世紀に入り、宗教教団として、組織と、体裁を整えた道教を、成立道教、教団道教という。

それは、経誡、けいかい、つまり、哲学的なものに基づく秩序と、組織の成立に重点を置いたものになった。

儀式を、科儀と名付け、祭壇を設けて行う祈祷を整備したのである。

そして、仏教に対抗しうる、宗教となった。
五世紀前半には、すでに社会に勢力を持つことに成功した。

北魏の太武帝は、廃仏事件が起きるほど、熱心な道教信者になったのである。

下層民中心の信仰ではなく、広く上層階級にまでも、確固たる地位を築いたのである。

六世紀の隋、七世紀初頭の唐の時代は、まさに、成立道教の花と開く時代になった。

唐の王室は、老子と同じ姓である、李であったゆえに、老子を先祖とし、道教を同族の宗教とみなし、歴代の天子は、特別の保護を与えたのである。

七世紀において、道教は、国家的宗教として、確立した。

天尊信仰といい、仏像に習い、道像を礼拝する形が完成し、広く一般に普及するのである。

そして、今もって、それは、脈々と中華系に伝わっている。

ただし、問題は、日本に伝えられた道教は、民衆道教時代の、四世紀後半である。
七世紀の道教は、仏教とは違い、間接的道教であったこと。
これが、最大の問題である。

簡単に言えば、日本の道教は、専門家ではない、素人により、大陸から渡来したものであるということを、忘れてはならない。

ところが、当時は、日本に、特別な宗教的教義など無い時代である。

特に怪しく、妖しい道教の毒が伝わっている。
今でも、神仙道による、男女交合の術などという、真面目なアホがいる。


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2012年06月10日

神仏は妄想である。373

日本に、儒教が入ってきた際に、道教も、入ったのである。
ところが、その道教は、民衆道教である。

道教には、成立道教と、民衆道教がある。
成立道教に関しては、後で、少し説明する。

兎に角、日本に入った、民衆道教は、あらゆる日本文化に、影響を与えた。
そして、この民衆道教は、日本人の生活の内部まで、入るのである。

日本、古代の末ごろまで、道教的な形で、歴史の表面に露呈していたが、いつしか、神道、仏教、陰陽道、修験道、そして、民間信仰の中に、習合されるに至っている。

魔物は、このように、自然に目立たずに、入り込むものなのである。

余計な言葉の世界のなかった神道にも、大きな影響を与えるほどに、浸透してゆく力は、何だったのか。

例えば、四方拝のような、儀礼、八十嶋祭に泰山府君を祀るという、祭祀、鎮宅霊符神、星宮神社のような信仰がある。

星宮の祭神は、本来、北斗星である。
それも、道教から、もたらされた。

更に、北斗星信仰が、仏教と習合して、妙見菩薩が生まれた。
そして、日本の神と習合して、各地に妙見宮が多くなり、今も、庶民の信仰を集めている。

驚くべきは、密教系寺院の、星曼荼羅である。
これも、道教が仏教、密教に習合された結果の産物である。
この、曼荼羅の前で、庶民は、息災安穏、増長福寿を祈る。

桃の節句、菊の節句、そして、子供の日の、菖蒲の節句。
七五三の宮参り。

民間信仰に習合されて生まれた、民俗であるが、道教の影響は、凄まじいのである。

故に、今では、果たして、道教と呼べるのかといえば、日本の伝統文化となっているのであり、道教とは、言えない。しかし、大元は、道教による、影響である。

道教的なものは、すべて、今では、裏側に隠れたのであり、表は神道であり、仏教であり、伝統行事である。

研究家は、いかに、道教からの信仰や習俗と言えども、日本で生まれ出て来たものは、道教と呼ぶことは出来ないと、言う。

日本における、中世以降の道教は、もはや、道教から離れたものであるとも、言える。

ただし、私は、それらを迷信の所作に陥れ、庶民を蒙昧にしたことは、確実だと、考えている。

お札、お守り、護符なども、遠からず、道教的である。

ところが、不思議なことに、老荘思想の文献、経義を説く経典が、日本に渡来しても、それらは、特に目立たず、儒教主義を持って対処したゆえに、奈良時代は、老子、荘子が、使われることはなかった。

その、講義が行われたのは、平安時代に入ってからである。

また、近世では、儒学の中でも、朱子学が主流となったが、民間の漢学者の中では、老荘を論じる者が相当数いたのである。

老荘思想は、かなり読まれ、研究されていたとも、言える。
だが、道教は、日本では、宗教には、成り得なかった。

そして、日本では、老荘思想は、道教の神学として、行われていないのである。
それは、別物という意識である。

それは、教義関係、経典類や、神仙伝などに対して、それほどの関心が向けられなかったということでも、解る。

故に、道教の教えに関しては、それが老荘思想についてであっても、読書人の段階に留まっていたのである。

ただし、中国と、日本の違いは、倫理的なものは、儒教倫理を取り入れ、中国は、実践道徳として、儒教倫理より、道教の倫理によって支えられていたということである。

道教の実践道徳は、宋代以降で「善書」として道徳律をまとめ、「太上感応篇」その他がある。

日本では、江戸時代に入り、それら「善書」による、道教倫理の影響がある。

江戸時代の、在野の教育者の一人である、広瀬淡窓などは、道教の「功過格」に基づき、「万善簿」十巻を著して、日々の実践規範としたほどである。

更に、道教の医方は、民間療法に取り入れられた。
中でも、導引と調息は、按摩として再生され、近世以後、現代に至るまで、残る。

江戸時代の、貝原益軒は、道教の養成法に傾倒し、「養生訓」に、大幅に採用している。
その健康法は、現在でも行われているのである。

さて、医方の中にある、房中は、性行為による、教えであるが、中国では、淫靡、淫猥に流れ、それが宗教としての道教を、貶める主因となった。

この傾向は、日本でも、同じである。

この、房中に関しては、公的に禁止されたが、江戸末期に至るまで、公然と横行していたのである。

また、現代でも、この房中法を、講じる者がいる。

セックスに関する、歴史的文献は、数多い。
アラビア、インド、中国・・・
廃れることがない。

だが、結局は、淫猥な状態に陥るのは、目に見えている。
道教の場合は、不老長寿を求めてのものだと、言われるが、結果は、単なるセックスの楽しみである。

セックスにより、千年も生き続けることなどは、いまだかつて、一人もいないのである。
中国人の妄想以外の、何ものでもない。


posted by 天山 at 07:21| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

神仏は妄想である。374

道教の、方術は、色々に形を変えて、仏教や神道、そして民間信仰に溶け込んでゆく。

陰陽道や、修験道の呪術も、その多くは、道教が起源である。

前回も書いたが、神社仏閣などで売られる、お守り、お札なども、道教の符を、日本化したもので、鎌倉時代から、はじまっている。
およそ、千年も、経つと、日本の伝統的なものであるといっても、いい。

呪術で、日本が道教の方術のうちで、最も盛んになったのが、禁呪と、符である。

禁呪とは、まじないのことである。
災いを避けるもの、長生きするもの・・・禁忌、タブーである。

符については、桃符といって、桃の木で作った、呪符がある。
中国では、早くから桃は、百鬼を制し、邪気を払う霊木と、信じられていた。

厳重な精進潔斎をした上で、道士は、色々複雑な儀式作法を行い、材料の桃の木から、呪符を作る。
その威力は、実に凄まじいのである。

例えば、
この符を持つと、死籍を削られて不死となる。
罪を犯した人でも、この符を持つと罪を免れて、長生きできる。
諸天善神は、桃符を持つ人を片時も離れず、守護し、天人と一緒に遊楽することができる。
肺病は、ただちに、全治し、以後は、絶対に罹らない。
肝・心・脾・肺・腎の五臓から起こる、中風を治す。
疾病にかかわらず、あらゆる病人をたちまちのうちに、全快させる。
中略
悪神、悪鬼、狐狸などの、一切の祟りを払うことができる。
暴風・落雷の災いを受けず、毒虫・毒蛇に害されない。

上げれば、切が無い。
要するに、とんでもない、妄想である。

道教を信じない者でも、効き目はあるというのだから・・・呆れる。

研究家は、
こうした現世利益の精神が強く貫かれているものは、それを生み出したそれぞれの宗教の性格をのりこえて、現実に苦しい生活をおくっているもの、とくに庶民層のなかにとりいれられていくのが自然の流れである。
と、言う。

それが、極まって、妖怪変化、亡霊などを、圧伏する威力があると、された。
要するに、特別な、霊的力があると、信じられたのである。

結論を言えば、現世利益的効果が、あるということが、起源である。

ここで、一つ、日本の伝統としての、修験道に関して書く。
修験道とは、極めて、曖昧模糊である。

近世では、修験宗といわれた。
えんの行者が、開祖といわれるが・・・

それ以前は、験者、げんざ、山伏の活動があるが、それらが、修験道として、統制されていたのではない。

山伏の活動は、平安時代の中期からあらわれはじめた。
そして、中世、近世と、時代が下るにつれて、活発になってゆくのである。

それらは、武士なのか、僧侶なのか、神主なのか・・・何とも、決めようも無い、服装や、行状をとるのである。

修行の場が、古来からの、山岳信仰の中心的名山なのであることから、神道の一派とも考えられるが、京都の天台聖護院と、真言の醍醐三法院が、それぞれの本山派と、当山派の本山と、仰がれていると、仏教の一派のようでもある。

民衆の側からは、山伏とは、呪術、祈祷で、病を癒し、悪事災難を逃れさせる力がある、修行者と、考えていた。山伏も、そのように、振舞う。

だが、その呪術の大半は、陰陽道のマジックと同じで、その意味では、陰陽道の一派とも、受け取られていた。

この、修験道について、もう少し、書くことにする。

現在のところも、定義づけが難しく、更に、信じがたい蒙昧が、はびこっているのである。



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