2012年05月31日

もののあわれについて565

筑紫人は、三日籠らむと心ざし給へり。右近は、さしも思はざりけれど、かかるついでに、のどかに聞えむとて、籠るべきよし、大徳呼びていふ。御あかし文など書きたる心ばへなど、さやうの人はくだくだしうわきまへければ、常のことにて、右近「例の藤原の瑠璃君といふが御為に奉る。よく祈り申し給へ。その人、この頃なむ見奉り出でたる。その願もはたし奉るべし」といふを、聞くもあはれなり。法師「いとかしこき事かな。たゆみなく祈り申し侍るしるしにこそ侍れ」といふ。いと騒がしう、夜一夜行ふなり。




筑紫の連中は、三日間、参籠しようと、心積もりしている。右近は、それほどまで思わなかったが、こうした機会に、ゆっくりと話をしようと思い、参籠の理由を、大徳を呼んで言う。願い文など、そうした人は、こまごと知っているので、いつものように、例の、藤原の瑠璃君という、お方のために、奉ります。よく祈り、お願い申し上げてください。その人は、近頃、お捜ししました。そのお礼参りも、済ませるつもりです。と言うのを、耳にするのも、嬉しい。
法師は、まことに目出度いことです。怠りなく、お祈り申し上げます、と言う。そして、とても騒がしく、一晩中、お勤めするのである。

これは、仏に対して、奉るという。

聞くもあはれなり
この、あはれ、は、嬉しいのである。

お勤めが、騒がしいとは、熱心に経を上げるということ。




明けぬれば、知れる大徳の坊におりぬ。物語心やすくとなるべし。姫君のいたくやつれ給へる、はづかしげに思したるさま、いとめでたく見ゆ。右近「おぼえぬ高きまじらひをして、多くの人をなむ見あつむれど、殿の上の御容貌に似る人おはせじとなむ、年頃見奉るを、またおひ出で給ふ姫君の御さま、いと道理にめでたくおはします。かしづき奉り給ふさまも、並びなかめるに、かうやつれ給へる御様の、劣り給ふまじく見え給ふは、あり難うなむ。




夜が明けたので、知る大徳の坊に上がる。積もる話を、心おきなくという思いである。姫君は、大そう、質素になさり、恥ずかしがっている風情は、とても、美しく見える。
右近は、思いもかけない、高貴な方にお仕えして、沢山の方を見てきましたが、お邸の、奥方様の、ご器量に並ぶ方はいらっしゃらないと、長年、拝していましたが、そのほかに、年頃になられる、姫君のご様子、いかにも、当然のことと、美しくあります。大切に、お育てしている様子も、またとないほどですが、こうして、質素になさる、姫君が、負けないくらいに、見えるのは、驚くほかにありません。

右近が、姫と乳母と話すのである。

あり難きなむ
思いがけず、珍しい。




大臣の君、父帝の御時より、そこらの女御后、それより下は残るなる見奉り集め給へる御目にも、当帝の御母后と聞えしと、この姫君の御容貌とをなむ、よき人とはこれを言ふにやあらむと覚ゆる、と聞え給ふ。見奉りならぶるに、かの后の宮をば知り聞えず。姫君は清らにおはしませど、まだ片なりにて、おひ先ぞおしはかられ給ふ。上の御容貌は、なほ誰かならび給はむとなむ見え給ふ。殿もすぐれたりと思しためるを、言に出でては、何かはかずへのうちには聞え給はむ。われにならび給へるこそ、君はおほけなけれとなむ、戯れ聞え給ふ。見奉るに、命のぶる御有様どもを、またさる類おはしましなむや、となむ思ひ侍るに、いづくか劣り給はむ。物は限りあるものなれば、すぐれ給へりとて、いただきを離れたる光やはおはする。ただこれを、すぐれたりとは聞ゆべきなめりかし」と、うち笑みて見奉れば、老人もうれしと思ふ。




大臣様は、父帝の御時代から、大勢の女御や、后をはじめ、それより下は、残ることなく、ご存知である御目にも、今上の御母君であらせられる方と、この姫君の器量とを、美人とは、このような方を言うのではないかと、思われると、おっしゃっています。
拝見して、比べてみますと、その后の宮は、知りませんが、姫君は、美しくあらせられますが、まだ小さく、これから先、どんなに美しくなりますかと、思われるお方です。お邸の、奥方さまのご器量には、やはり誰が、及ぶでしょうと、思われます。殿様も、美しいと思っていますが、口に出しては、数の中に加えて、申し上げましょうか。拝見しますと、命も、延びるお二方の御様子。ほかに、こんな方がおいで遊ばすかと、思っていましたが、この姫君は、どこが劣っていましょうか。物には、限界がありますから、美しくても、頭から、光が射したりしましょうか。ただ、こういう方こそ、美しいと申し上げるべきです。と、微笑み、拝見しているので、老人、乳母も、嬉しく思う。

まだ片なりにて
まだ、未熟である。

このような、くどい書き方は、紫式部の手ではないと、思う。
敬語の、オンパレードである。
勿論、それは、紫式部も、同じだが。

皇室が、舞台であるから、当然なこと。
ここから、敬語の原点が探れる。




乳母「かかる御有様を、ほとほとあやしき所に沈め奉りぬべかりしに、あたらしく悲しうて、家かまどをも棄て、男女の頼むべき子どもにも、引き別れてなむ。かへりて知らぬ世の心地する京に参うで来し。あが御許、はやくよきさまに導き聞え給へ。高き宮仕へし給ふ人は、おのづから行きまじりたる便りのもし給ふらむ。父大臣に聞し召され、かずへられ給ふべきたばかり、思し構へよ」といふ。恥づかしうおぼいて、後向き給へり。




乳母は、こんな御器量を、すんでのところで、辺鄙な所に、埋もれさせるところでした。勿体無く、悲しくて、家かまども棄てて、男や女の頼りになるはずの、子ども達にも、袂を分かち、かえって、知らない国のような、京にやって参りました。あなた様、早く、良くして、導いてください。高貴な所に宮仕えされている方は、自然と、行き来する便りも、あるでしょう。父の大臣のお耳に入り、お子様の一人にして下さるようにと、思案してください、と言う。姫君は、恥ずかしく思い、後を向いている。

乳母は、姫君のことを、早く源氏に知らせて、子の一人として、認めて欲しいと言うのだ。
この、姫君を、玉葛、という。




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2012年06月25日

もののあわれについて566

右近「いでや、身こそ数ならねども、殿も御前近く召し使はせ給へば、物の折ごとに、いかにならせ給ひにけむ、と聞え出づるを、聞し召し置きて、われいかで尋ね聞えむ、と思ふを、聞き出で奉りたらば、となむ、宣はする」と言へば、乳母「大臣の君は、めでたくおはしますとも、さるやむごとなき妻どもおはしますなり。先づ、まことの親とおはする大臣にを、知らせ奉り給へ」などいふに、ありし様など語り出でて、右近「世に忘れ難く悲しきことになむ思して、かの御かはりに見奉らむ、子も少きがさうざうしきに、わが子を尋ね出でたると、人には知らせてと、そのかみより宣ふなり。心の幼かりけることは、よろづに物つつましかりし程にて、え尋ねても聞えで過しし程に、小弐になり給へる由は、御名にて知りにき。まかり申しに、殿に参り給へりし日、ほの見奉りしかども、え聞えで止みにき。さりとも姫君をば、かのありし夕顔の五条にぞとどめ奉り給へらむとぞ思ひし、あないみじや、田舎人にておはしまさましよ」など、うち語らひつつ、日一日、昔物語念誦などし暮らす。




いいえもう、私など、取るに足りない者ですが、殿様も近くに、お使いくださいますので、何かの時に、姫君は、どうなりましたでしょうと、申し上げ、それをお聞きくださり、何とか捜しだしたいが、消息を聞きだしたら、と、仰せられます。と言うと、乳母は、大臣様は、ご立派であらせられても、そんなご立派な、奥方様がおいで遊ばすとのこと。それよりも、本当の親御様であられる、大臣様に、お知らせ申してください、などと言うので、昔の事情などを話して、右近は、本当に忘れられず、悲しいことに思い、あの方の代わりに、お世話しようと、子供も少なく、物足りないし、自分の子を探し出したと、人には、思わせるようにして、と、その当時からおっしゃっているのです。分別のなかったことには、何かにつけて、遠慮が先に立つことで、お探し申し上げることも出来ずに、過ごしていたところ、小弐になりましたことは、お名前で知りました。赴任のご挨拶に、お邸においでになった日、少し拝見しましたが、申し出ることもできませんでした。それでも、姫様は、あの昔の夕顔の五条に置き申し出ることも、出来ませんでした。ああ勿体無いこと。田舎者として過ごしていらしたら、どんなことになったでしょう。などと、話をしつつ、一日中、昔話や、念誦などして、暮らす。




参りつどふ人の有様ども、見下さるる方なり。前より行く水をば、初瀬川といふなりけり。右近、
ふたもとの 杉のたちどを 尋ねずは 布留川のべに 君を見ましや

うれしき瀬にも」と聞ゆ。




お参りにやってくる人々の姿を、見渡せる場所にいる。前を流れる川は、初瀬川という。
右近は、
この、二本の杉の立っている所に来なければ、古い川のここで、あなた様に、お会いできなかったでしょうか。
嬉しいことです、と、申し上げる。




玉葛
初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ

とうち泣きておはする様、いとめやすし。容貌はいとかくめでたく清げながら、田舎びこちごちしうおはせましかば、いかに玉の瑕ならまし、いで、あはれ、いかでかくおひ出で給ひけむと、おとどをうれしく思ふ。母君は、ただいと若やかにおほどかにて、やはやはとぞたをやぎ給へりし、これは気高く、もてなしなど恥づかしげに、よしめき給へり。筑紫を、心にくく思ひなすに、皆見し人は里びたるに、心え難くなむ。暮るれば御堂に上りて、またの日も行ひ暮らし給ふ。




玉葛
昔のことは、知りません。今日の巡り逢いに、この身までも、流れるように、涙を止められません。

と泣いている様子は、とても、好ましい。器量は、こんなによく、綺麗でも、田舎の人のように、ごつごつとしていたら、どんなにか、玉の瑕に、思われることだろう。いや、本当に、どうして、こんなお育ちになったのであろうか。と、右近は、乳母に感謝したく思う。母君は、実に若やいで、おっとりとし、なよなよと、柔らかくいらしたが。この方は、気高く、所作なども、こちらが恥ずかしくなるほどで、奥ゆかしくていらっしゃる。筑紫という国を、心憎いと思うが、他の知る人は、皆、田舎者であるし、訳が解らない。日が暮れたので、御堂に上がり、次の日も、勤行で、過ごすのである。




秋風、谷より遥かに吹きのぼりて、いと肌寒きに、物いとあはれなる心どもには、よろづ思ひ続けられて、人なみなみならむ事もあり難きことと、思ひ沈みつるを、この人の物語のついでに、父大臣の御ありさま、腹腹の何ともあるまじき御子ども、皆ものめかしなしたて給ふを聞けば、かかる下草たのもしくぞ思しなりぬる。出づとても、かたみに宿る所も問ひ交して、もしまたおひ惑したらむ時々と、あやふく思ひけり。右近が家は、六条の院近きわたりなりければ、程遠からで、言ひ交すもたづき出で来ぬる心地しけり。




秋風が、谷から、遥かに吹き上げて、とても肌寒い。思い乱れた人々には、何もかもと、次々と心に浮かんできて、人並みの生活が出来るようになるのは、大変なことだと、悲観していたが、この右近の話のついでに、父の大臣の御様子や、あちこちの女の生んだ、何ほどのこともない、お子様たちが、皆、一通りの者として、育てていることを聞くと、こんな日陰の身にも、望みがあるように、思える。寺を出るときは、互いの住所を尋ねあい、もしも、また、姫の行方がわからなくなった時は、と、右近は、心配に思う。
右近の家は、六条の院に近い辺りであるから、遠くも無く、相談するにも、便りが出来た気がするのである。

皆ものめかしなしたて
一人前に育てているのである。
父大臣とは、源氏のこと。

物いとあはれなる心ども
色々と心配する様であり、それの、極限の状態である。

絶望にある時も、いとあはれなり、なのである。
言葉に出来ないほど、心が極まる状態に、あはれ、という言葉を置く。




右近は大殿に参りぬ。この事をかすめ聞ゆるついでもや、とて急ぐなりけり。御門引き入るるより、けはひことに広々として、まかで参りする車多く迷ふ。数ならで立ち出づるも、眩き心地する玉の台なり。その夜は、御前にも参らで、思ひ臥したり。またの日、よべ里より参れる上臈若人どもの中に、取り分きて右近を召し出づれば、おもだたしく覚ゆ。大臣も御覧じて、源氏「などか、里居は久しくしつるぞ。例ならず、やまめ人の、ひきたがへこま返るやうもありかし。をかしき言などありつらむかし」など、例のむつかしう、戯など宣ふ。右近「まかでて、七日に過ぎ侍りぬれど、をかしき事は侍り難くなむ。山路し侍りて、あはれなる人をなむ見給へつけたりし」源氏「何人ぞ」と問ひ給ふ。




右近は、源氏のお邸に参上した。
この話を、ほのめかし申し上げる機会でもあれば、と思い、急いだのだ。御門に車を入れるなり、感じが広々として、退出したり、参上する車が沢山通る。数にも入らない身で、出入りするのは気が引ける思いがする、素晴らしい御殿である。その夜は、御前にも上がらず、思案しつつ寝た。次の日、昨夜、里から参上した上臈や、若女房たちの中で、取り分けて、右近をお召しになったので、名誉に思う。殿様も御覧になり、どうして、里下がりを長くしていたのだ。いつもと違い、一人者が、見違えるほど若くなることもあるから。面白いことなどあったのか、などと、いつものように、意地悪く冗談を言う。右近は、下がりまして、七日あまりになりましたが、面白いことは、なかなかございません。山里に行きまして、珍しい人を見つけました、と言うと、源氏は、どんな人か、と問いかけられる。

あはれなる人をなむ
単なる人であれば、あはれなる人とは、言わない。
特別の意味を込めて言うのである。

これには、源氏も、身を乗り出す。
また、物語が面白くなるのである。


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2012年06月26日

もののあわれについて567

ふと聞え出でむも、まだ上に聞かせ奉らで、とり分き申したらむを、後に聞き給うては、隔て聞えけり、とや思さむ、など思ひ乱れて、右近「今聞えさせ侍らむ」とて、人々参れば、聞えさしつ。大殿油など参りて、うちとけ並びおはします御有様ども、いと見るかひ多かり。女君は、二十七八にはなり給ひぬらむかし。盛に清らにねびまさり給へり。少し程経て見奉るは、またこの程にこそ、にほひ加はり給ひにけれ、と見え給ふ。かの人をいとめでたし、劣らじ、と見奉りしかど、思ひなしにや、なほこよなきに、幸のなきとあるとは、隔てあるべきわざかな、と見あはせらる。




すぐに、お話しするのも、まだ、奥様の耳に入れず、早速、殿様に、申し上げては、後で聞いて、隠していたと思われるだろうか、などと、あれこれと心配し、右近は、すぐにお耳に入れますといって、人々がお傍に来たので、申し上げるのを、止めた。
大殿油を点けて、くつろいで一緒におられるお二方は、とても、見事である。女君は、二十七、八におなりだろう。女盛りで、いよいよ美しくある。少し日をおいて、拝見すると、またその間に、美しさが増していると、思われる。あの方を、とても立派だ、劣らないと拝見したが、気のせいか、矢張り、紫の上は、この上なく、運のないのと、あるのとでは、違いのあるものだと、つい見比べてしまう。




大殿籠るとて、右近を御脚まいりに召す。源氏「若き人は、苦しとてむつかるめり。なほ年経ぬるどちこそ、心交はして睦びよかりけれ」と宣へば、人々忍びて笑ふ。女房達「さりや、誰かその使ひならひ給はむをばむつからむ。うるさき戯言いひかかり給ふを、わづらはしきに」など言ひ合へり。源氏「上も、年経ぬるどちうちとけ過ぎ、はたむつかり給はむ、とや。さるまじき御心と見ねば、あやふし」など、右近に語らひて、笑ひ給ふ。いと愛敬づき、をかしきけさへ添い給へり。今は公に仕へ、いそがしき御有様にもあらぬ御身にて、世の中のどやかに思さるるままに、ただはかなき御戯言を宣ひ、をかしく人の心を見給ふあまりに、かかるふる人をさへぞ、たはぶれ給ふ。




お休みになられると、右近を、脚さすりに、お召しになる。
源氏は、若い人は、面倒だと、嫌がるようだ。やはり、年寄り同士は、気が合うね、とおっしゃるので、皆は、くすくすと、笑う。女房達は、そうですわ。お使いくださるのを、誰が嫌がりましょう。変な冗談で、からかわれるのですから、困ります、などと、話し合っている。
源氏は、紫の上は、年寄り同士が仲良くし過ぎたから、ご機嫌を悪くされるだろうと思う。そんなところのない、御心とも思えないから、危険だよ、などと、右近に話されて、笑う。とても、愛敬があり、とぼけていらっしゃる。今は、朝廷に仕えるのに、お忙しくもない様子で、世の中に対しても、のんびりとした気持ちのままに、ただ、取り留めない冗談を言う。面白がり、人の心を試されるあまり、こんな年のいった人にも、ふざけるのである。




源氏「かの尋ね出でたりけむや、何様の人ぞ。尊き修行者語らひて、いてきたるか」と問ひ給へば、右近「あな見苦しや。はかなく消え給ひにし夕顔の、露の御ゆかりをなむ、見給へつけたりし」と聞ゆ。源氏「げに、あはれなりける事かな。年頃は何処にか」と宣へば、ありのままには聞えにくくて、右近「あやしき山里になむ。昔人もかたへは変らで侍りければ、その世の物語し出で侍りて、堪へがたく思ひ給へりし」など聞え居たり。源氏「よし、心知り給はぬ御あたりに」と、隠し聞え給へば、上、紫「あなわづらはし。眠たきに、聞き入るべくもあらぬものを」とて、御袖して御耳塞ぎ給ひつ。源氏「容貌などは、かの昔の夕顔と劣らじや」など宣へば、右近「必ずさしもいかでか物し給ひしか」と聞ゆれば、源氏「をかしの事や。誰ばかりと覚ゆ。この君と」と宣へば、右近「いかでかさまでは」と聞ゆれば、源氏「したり顔にこそ思ふべけれ。われに似たらばしも、後やすしかし」と、親めきて宣ふ。




源氏は、その捜し出したというのは、どんな人だ。尊い修行者と話が合い、連れて来たのか、と、問い掛ける。右近は、まあ、人聞きの悪いこと。あえなく、お消えました、夕顔の露のゆかりの方を、お見つけしました。と、申し上げる。源氏は、本当に懐かしい話だ。永い間、どこにいたのだ。と、おっしゃるが、ありのままに、申し上げにくく、右近は、辺鄙な山里でございます。昔の人々も、幾人か、変わらずに、おりましたので、あの頃の、話をしまして、たまらない思いがしました。などと、申し上げる。源氏は、よしよし、事情を知らない方の前だから、と隠すのである。紫の上は、まあ、嫌だこと。眠たくて、耳に入るはずもありません、と、お袖で耳を塞ぐのである。源氏は、器量などは、あの昔の夕顔に劣らないのか、などと、おっしゃる。右近は、きっと、あれほどではいらっしゃるまいと、思っていましたが、この上なく美しく、ご成人されたように、お見受けしました。と、申し上げると、源氏は、面白いこと。誰くらいだと、思うか。こちらとでは、とおっしゃる。右近は、まさか、そんなには、と申し上げる。源氏は、得意に思っているようだな。私に似ているとしたら、安心だ、と親のようにおっしゃる。

こちらとでは、とは、紫と比べると、どうだと、問うている。
右近は、紫より上だと、暗に示唆しているのである。

何とも、面白い会話である。




かく聞きそめて後は、召し放ちつつ、源氏「さらばかの人、このわたりに渡い奉らむ。年頃もののついでごとに、口惜しうまどはしつる事を、思ひ出でいるに、いとうれしく聞き出でながら、今までおぼつかなきも、かひなき事になむ。父大臣には何られむ。いとあまたもて騒がるめるが、数ならで、交りたらむが、なかなかなる事こそあらめ。われはかうさうざうしきに、覚えぬ所より尋ね出だしたるもてなさむ」など語らひ給へば、かつがついとうれしく思ひつつ、右近「ただ御心になむ。大臣に知らせ奉らむとも、誰か伝へほのめかし給はむ。いたづらに過ぎものし給ひし代りには、ともかくも引き助けさせ給はむ事こそは、罪かろませ給はめ」と聞ゆ。源氏「いたうもかこちなすかな」と、ほほえみながら、涙ぐみ給へり。




これを聞いてからは、右近一人をお召しになり、源氏は、そういうわけならば、あの人を、ここへ、お連れ申そう。長年、何かあるたびに、残念にも、行方知れずにしたことを、思い出していた。嬉しいことに、居場所を聞き出して、逢わずにいるとは、つまらぬ話だ。父の大臣には、なんで知らせることがあろう。とても沢山の子で、賑やかな様子。数ならぬ身で、これから初めて仲間に入るのは、大変なことだろう。私は、こんなに子供が少ないのだから、思いがけない所から、捜し出したのだとでも、言おう。好き者どもに、気をもませる種にして、大事に大事にしよう、などと、おっしゃる。ただ、一方では、嬉しく思いつつ、右近は、御心のままに、大臣にお知らせしても、あなた様の他に、どなたが、内大臣のお耳に、入れましょうか。空しくお亡くなりになりました、御方の代りに、どういうふうにでも、お手を差し延べ遊ばすことが、罪を軽くすることになりましょう、と、申し上げる。
源氏は、酷く、人のせいにするんだね、と、微笑みつつ、涙ぐんでいる。

物語の、名場面かもしれない。
亡き夕霧の子を、右近が探し出したのである。


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2012年06月27日

もののあわれについて568

源氏「あはれに、はかなかりける契となむ。年頃思ひわたる。かくて集へる方々の中に、かの折の心ざしばかり思ひとどむる人なかりしを、命長くて、わが心長さをも、見果つる類多かめるなかに、言ふかひなくて、右近ばかりを形見に見るは、口惜しくなむ。思ひ忘るる時なきに、さてものし給はば、いとこそ本意かなふ心地すべけれ」とて、御消息奉れ給ふ。かの末摘花の、いふかひなかりしを思し出づれば、さやうに沈みて生ひ出でたらむ人の有様、うしろめたくて、先づ文の気色ゆかしく思さるるなりけり。




源氏は、あはれに、儚い縁であったと、これまで思ってきた。こうして、集まる方々の中に、あの時の気持ちほどの、愛着を持った人はいない。長生きして、私の変わらない心を、見届ける人々の、沢山いる中で、あっけなく、死んでしまい、右近だけを、形見に見ているのは、残念なこと。忘れることはないが、そういう姫がいれば、本当に願いの叶う気持ちがするだろう、と言い、お手紙を差し上げる。
あの、末摘花の期待はずれだったのを、思い出して、このように落ちぶれて、大きくなられた人のことが、心配で、まず、返事の様子を知りたかったのである。

あはれに
様々な意味を込めている。
夕顔との、一連の出会いのことと、その死・・・

幾らでも、形容できる言葉である。




物まめやかに、あるべかしく書き給ひて、端に、
源氏「かく聞ゆるを、
知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に おふる三稜の すづは絶えじを

となむありける。御文、自らまかでて、宣ふさまなど聞ゆ。御装束、人々の料など、さまざまあり。上にも語らひ聞へるなるべし。御しげ殿などにも、まうけの物召し集めて、色あひしざまなどとこなるを、と、選らせ給へれば、田舎びたる日どもには、ましてめづらしきまでなむ思ひける。




丁寧に、それに相応しく、お書きになり、終わりに、源氏、このように申し上げますことを、
何ゆえか、知らないが、やがて、誰かに聞いて、解るでしょう。三島江に生えている、三稜、みくり、の筋のように、御縁が続いています。

と、書いてある。お手紙は、右近自身が、出向いて、おっしゃることなどを、申し上げる。お召し物、女房達の物など、色々な贈り物がある。上にも、お話ししたのだろう。みくしげどの、などでも、用意している品物を、数々取り寄せて、色合い、出来具合の良いものを、と、選ばれたので、田舎風になった人々の目には、見たこともないと思うのだった。

上にも、とは、紫の上である。




正身は、ただかごとばかりにても、実の親の御けはひならばこそうれしからめ、いかで知らぬ人の御あたりには交らはむ、とおもむけて、苦しげに思したれど、あるべきさまを、右近聞え知らせ、人々も「おのづから、さて人だち給ひなば、大臣の君も尋ね知り聞え給ひなむ。親子の御契は、絶えて止まぬものなり。右近が、かずこにも侍らず、いかでか御覧じつけられむ、と思う給へしだに、仏神の御導き侍らざりけりや。まして、誰も誰もたひらかにだにおはしまさば、」と、皆聞え慰む。




本人は、ほんの一言だけでも、実の親の気持ちによるものであれば、嬉しいが、どうして、知りもしない人の所に、出掛けて行けるだろう、と思う様子で、嫌がっていたが、この際、なすべきことを、右近が、諭すので、お付の一同も、こちらから、何もなさらなくても、そうして、ご身分のあるお方らしく、姫様がおなりになられたら、大臣様も、聞いてくださるでしょう。親子のご縁というものは、絶えることなく、切れないもの。
右近が、物の数ではありませんが、何とかして、お目にかかれるようにと、申したのでさえ、仏神のご加護があったのでは、ありませんか。まして、どなた様も、ご無事でいらっしゃったら、きっといつかは、と、皆が慰めるのである。




先づ御返しを、とせめて書かせ奉る。いとこよなく田舎びたらむものを、と、恥づかしく思いたり。唐の紙のいとかうばしきを取り出でて、書かせ奉る。

玉葛
数ならぬ みくりや何の すぢなれば うきにしもかく 根を止めけむ

とのみ、ほのかなり。手は、はかなだちて、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心おちいにけり。




何よりも、お返事をと、無理に書かせる。とても、酷く田舎ぽくなっているだろうと、恥ずかしく思う。唐の紙に、よい香を焚き染めたものを取り出し、書かせるのである。

玉葛
物の数ではない、この身は、どのような訳で、みくりが水底に根を下ろすように、この辛い世の中に、生まれてきたのでしょう。

と、のみ、薄く書いてある。文字は、力が入らず、弱弱しいが、品良く、見苦しくは無いので、安心したのである。

主語が無いゆえに、前後の文で、理解する。

よろぼはし
よろよろし易い、崩れやすい、という意味。

あてはかにて口惜しからねば
品が良く、見苦しくはないので・・・

御心おちいにけり
安心する。

大和言葉の美しさである。

物語を読み続けると、自然に、それらの言葉が身に沁みるのである。


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2012年06月28日

もののあわれについて569

住み給ふべき御方御覧ずるに、南の町には、徒らなる対どもなどもなし、勢ひことに住み満ち給へれば、けせうに人繁くもあるべし、中宮おはします町は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さて侍ふ人の列にや聞きなされぬ、と思して、少しうもれたれど、丑寅の町の対、文殿にてあるを、他方へ移してと思す。あひ住みにも、忍びやかに心よくものし給ふ御方なれば、うち語らひてもありなむ、と思しおきつ。




お住みになられる所を、思案するのに、南の町に、空いている対などもない。威勢も特別で、どの建物も、使われているゆえに目立つし、人目も多い。中宮のおいで遊ばす町は、このような人も、住めるほど、空いているが、そこに仕える人と、同列に思われるかもしれない。そう思い、少し陰気だが、東北の町の西の対が、文殿なのを、よそに移して、そこへと、考える。相住みでも、あの方、花散里は、控え目で気立ても良くて、話し合っても、いいだろうと、決めたのである。

主語は、源氏である。
玉葛の住まいについて、考えている。




上にも、今ぞかのありし昔の世の物語聞え出で給ひける。かく御心にこめ給ふ事ありけるを、うらみ聞え給ふ。源氏「理なしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞え出でむ。かかるついでにへだてぬことは、人にはことに思ひ聞ゆれ」とて、いとあはれげに思し出でたり。




上にも、紫の上にも、今になって、あの昔の二人の話を申し上げるのだった。こんなに心に秘めている事があったと、恨むのである。
源氏は、無理な話です。生きている人のことだって、問われもしないのに、申しましょうか。こんな機会に、隠さず話すのは、他の人以上に、思っているからです。と、感慨深く思い出している。

あはれげに
何と訳してもいい。
言う言葉が見つからないほどに、心に迫ることを、あはれ、というのである。




源氏「人の上にてもあまた見しに、いと思はぬ中も、女というものの心深きを、あまた見聞きしかば、さらにすきずきしき心はつかはじ、となむ思ひしを、おのづからさるまじきをもあまた見し中に、あはれとひたぶるにらうたき方は、また類なくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人のなみには、などか見ざらまし。人の有様とりどりになむありける。かどかどしう、をかしき筋などは後れたりしかども、あてはかに、らうたくもありしかな」など宣ふ。紫「さりとも、明石のなみには、たち並べ給はざらまし」と宣ふ。なほ、北の御殿をばめざまし、と心おき給へり。姫君のいとうつくしげにて、何心もなく聞き給ふが、らうたければ、また道理ぞかし、と思しかへさる。




源氏は、人のことでも、沢山見たことだが、それほどに思わない中でも、女というものの愛執の深さを、沢山見たり、聞いたりしています。決して浮ついた心は、持つまいと思っても、いつの間にか、そう出来ない女も沢山、相手にした。しかし、その中で、しみじみと、ただただ、可愛らしいところは、他に例がないと思えてきます。生きていたら、北の町にいる人くらいには、世話をしたでしょう。人の有様は、色々です。しっかりして、気が利いている所などなかったが、品がよく、可愛らしかった、などと、おっしゃる。紫の上は、そうだとしても、明石と同じようには、されないでしょうと、おっしゃる。まだ北の町のお方を、気に障る者と、お許しにならないのである。だが、姫君のとても可愛く、何心もなく聞いているのが、いじらしく、改めて、大切にされるものと、当然と、思い返すのである。

あはれとひたぶるに
しみじみと、ひたすらに・・・
とても、一筋に・・・

あはれ、の、風景が広がるのである。

紫の上は、明石に対して、まだ、何となく、気が許せないようである。




かくいふは九月の事なりけり。渡り給はむこと、すがすがしくもいかでかばあらむ。よろしき童若人など求めさす。筑紫にては、口惜しからぬ人々も、京より散りぼひ来たるなどを、便につけて呼び集めなどして侍はせしも、にはかに惑ひ出で給ひし騒ぎに、皆おくらしてければ、また人もなし。京は、おのづから広き所なれば、市女などやうのもの、いとよく求めつついて来。その人の御子などは知らせざりけり。右近が里の五条に、先づ忍びて渡し奉りて、人々選り整へ、装束整へなどして、十月にぞ渡り給ふ。




この話は、九月の事だった。お移りする事が、やすやすと、どうして運ぶことか。少しましな、童や、若い女房などを、捜させる。筑紫では、一通りの女房たちも、京から流れてきたことなど、手ずるを辿り、呼び集め、お傍に置いていたが、俄かに飛び出して来たことで、皆を、残してきたので、今は、誰もいない。京は、別に騒がなくても、広い所だから、市女のようなものなどが、上手に捜してきては連れて来る。これこれの、お子様だとは、知らせないで。
右近の里の、五条に、先に、こっそりと移して、女房を選び揃え、衣装なども整えて、十月に、移られた。

すがすがしくも
滞らずに、スムーズと。

散りぼひ来たる
散り散りになって来た。

市女とは、都に置かれた、東西の市ではなく、それ以外の、貴人の家を訪れる、行商女のことで、女房なども、集めて、斡旋する。

物語の中に、玉葛の存在が入るのである。
いよいよ、玉葛系の物語が、はじまる。


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2012年06月29日

もののあわれについて570

大臣、東の御方に聞えつけ奉り給ふ。源氏「あはれと思ひし人の物うじして、はかなき山里に隠れ居にけるを、幼き人のありしかば、年頃も人知れず尋ね侍りしかども、え聞き出ででなむ、をうなになるまで過ぎにけるを、覚えぬ方よりなむ、聞きつけたる時だにとて、移ろはし侍るなり」とて、「母も亡くなりにけり。中将を聞えつけたるに、悪しくやはある。同じごと後見給へ。山がつめきて生ひ出でたれば、鄙びたる事多からむ。さるべく事に触れて教へ給へ」と、いとこまやかに聞え給ふ。花散里「げにかかる人のおはしけるを、知り聞えざりけるよ。姫君の一所ものし給ふがさうざうしきに、善き事かな」とおいらかに宣ふ。源氏「かの親なりし人は、心なむ、有り難きまでよかりし。御心も後安く思ひ聞ゆれば」など宣ふ。花散里「つきづきしく後見む人なども、こと多からで、つれづれに侍るを、嬉しかるべき事になむ」と宣ふ。殿の内の人は、御女とも知らで、「何人また尋ね出で給へるならむ。むつかしき古ものあつかひかな」と言ひけり。




大臣、源氏は、東の御方、花散里に、姫君をお預けになる。
源氏は、いとしく思っていた人が、落胆することがあり、寂しい山里に引き籠り、小さい子があったので、長らく、密かに尋ねていたのですが、探し出せずにいました。年頃になるまで、そのまま過ぎてしまい、思いがけない所から、見つかりまして。聞き出した今からでもと思い、呼び寄せることにしたのです。と言い、母親も、亡くなりました。中将もお願いしたことゆえ、差し支えないでしょう。同じように、お世話してください。田舎で育ったので、気がつかないところが、多いでしょう。適当に機会を見て、教えてください、と、このごまと、申し上げる。花散里は、本当に、そんな方のいらっしゃることを、知りませんでした。姫君が、一方でいられるのが寂しいところに、よいことですね、と、気持ちよく、お引受けになる。源氏は、その母親だった人は、気立てが珍しくよくて、あなたの、気立ても安心なものと思い、申し上げています、などと、おっしゃる。花散里は、私の手で世話をする人なども、そんなになくて、暇なところですから、嬉しいことです、と、おっしゃる。お邸の中には、姫様だと知らず、どんな方をまた、捜しだしたのだろうか。やっかいな、骨董いじりのようです、と、言うのである。

おいらかに
鷹揚に、素直に・・・

つきづきしく
相応しく・・・

つれづれに
暇です・・・

古ものあつかひ
古いものを世話する、面倒をみる・・・




御車三つばかりして、人の姿どもなど、右近あれば、田舎びずしたてたり。殿よりぞ、綾何くれと奉れ給へる。
その夜、やがて大臣の君渡り給へり。昔光る源氏などひふ御名は、聞き渡り奉りしかど、年頃のうひうひしさに、さしも思ひ聞えざりけるを、わのかなる大殿油に、御凡帳のほこめびより、はつかに見奉る、いとど恐ろしくさへぞ覚ゆるや。




御車三つばかりで、お供の人の身なりなど、右近がいるので、田舎くさくなく仕立てている。殿からは、綾、何やと賜る。その夜、早速、大臣の君が、お出でになった。
昔は、光る源氏などというお名前で、聞いていたが、長年、こういう所とは、かけ離れた生活で、今は、それほどにも思わないが、かすかな大殿油の光で、御凡帳の隙間から、少しばかり拝見し、美しいお姿には、恐ろしいばかりに思うのである。

作者と、玉葛が、主語になっている。




渡り給ふ方の戸を、右近かい放てば、源氏「この戸口に入るべき人は、心ことにこそ」と笑ひ給ひて、庇なる御座につい居給ひて、源氏「火こそいと懸想びたる心地すれ。親の顔はゆかしきものとこそ聞け。さも思さぬか」とて、凡帳少し押しやり給ふ。理なくはづかしければ、そばみておはする様体など、いとめやすく見ゆれば、うれしくて、源氏「今少し光見せむや。あまりに心にくし」と宣へば、右近かかげて少し寄す。源氏「おもなの人や」と少し笑ひ給ふ。げにと覚ゆる御まみのはづかしげさなり。




お渡りされるほうの戸を、右近が少し押し開けると、源氏は、この戸口を入るような人は、心がときめく、と笑って、庇の間の座に座る。源氏は、この灯は、恋の気分がするものだ。親の顔は、見たいと聞いているが、そうは思わないか、と、凡帳を少し押しのける。姫が、たまらなく恥ずかしく、横を向いている姿など、とても感じがよく見える。嬉しくて、源氏は、もう少し明るくと、思わせぶりすぎる、と、おっしゃるので、右近は、芯をかき立てて、少し寄せる。源氏は、無遠慮な人だ、と少し笑う。確かに似ている、目元の美しさである。




いささかも、他人と隔てあるさまにも宣ひなさず、いみじく親めきて、源氏「年頃御行方を知らで、心にかけぬ隙なく嘆き侍るを、かうて見奉るにつけても、夢の心地して、過ぎにし方の事ども取り添へ、忍び難きに、えなむ聞えられざりける」とて、御目おしのごひ給ふ。まことに悲しう思し出でらる。




少しも、他人として、隔てを置くようには話さず、大変、親らしく、源氏は、長年の、行方も知らず、心にかけない時とて、ないほどに心配していましたが、こうしてお会いすると、夢のような気がして、過ぎ去った昔の事が、色々思い出され、たまらなくなります。何も、申し上げることができないほど、と、御目を拭くのである。本当に、悲しく、思い出されるのだった。

忍び難きに
これは、あはれにも、通じる。
過ぎにし方の事ども取り添へ、あはれに・・・

え なむ 聞え られざりける
え、は、強調である。
話しが出来ぬほどに・・・

こうした、心模様に関して、本居宣長が、感心したのである。
際に渡り、微に渡り、心模様を描く、物語。

その心の綾が、幾重にも、幾重にも、重なり、物語の主題が、見えてくる。
それを、もののあはれ、と、一言に託す。

ものあはれ、を、しみじみと、云々は、別の言葉である。
しみじみ、という言葉は、物語の中に、多く使われている。

しみじみと、思うだけではないのである。
もののあはれ、とは、日本人の、思想と言える。

西欧の思想というものではない。
言挙げせずという、思想である。

語り尽くすというのが、西欧の思想であるならば、日本の思想は、語らぬ思想である。

禅でいうところの、不立文字でもない。
禅の、それは、語り尽くして、なお、語るということを、言う。


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2012年07月24日

もののあわれについて571

御年の程かぞへ給ひて、源氏「親子の中の、かく年経たる類あらじものを、契りつらくもありけるかな。今は物うひうひしく、若び給ふべき御程にもあらまじを、年頃の御物語など聞えまほしきに、などかおぼつかなくは」とうらみ給ふに、聞えむ事もなく恥づかしければ、玉葛「足たたず沈みそめ侍りにける後、何事もあるかなきかになむ」と、ほのかに聞え給ふ声ぞ、昔人にいとよく覚えて、若びたりける。ほほえみて、源氏「沈み給ひけるを、あはれとも今はまた誰かは」とて、心ばへいふかひなくはあらぬ御答と思す。
右近に、あるべき事宣はせて、渡り給ひぬ。




お年を数えて、源氏は、親子の間で、こんなに長く逢わなかった例はないでしょう。悲しい縁でありました。今では、恥ずかしがったり、子供のような年でもないでしょう。これまでの、積もる話をしたいが、どうして、よそよそしいのです。と、恨み言を言うが、玉葛は、申し上げることもなく、顔も上げられず、足もまだ、立たないうちに落ちて行きましてから後は、何もかも、頼りないことで、と、微かに、申し上げる声は、昔の人に、よく似て、若々しいのだった。源氏は、微笑んで、落ちていらしたのを、お気の毒とも、今は、私の他に、誰がいましょう、と、頭の悪くない、返事だと、思う。
右近に、心得ることを、おおせられて、源氏が出てゆかれた。

あはれとも今はまた誰かは
この、あはれ、は、沈み給ひける、を、あはれ、と思うのである。

心が痛い、あはれ、なのである。

足たたず沈みそめ侍り
和漢朗詠集、巻下、日本紀宴歌
かぞいろは いかにあはれと 思ふらむ みとせになりぬ 足たたずして

あるべき事、とは、六条の院で暮らすための、こと。




めやすく物し給ふを、うれしく思して、上にも語り聞え給ふ。源氏「さる山がつの中に年経たれば、いかにいとほしげならむと侮りしを、かへりて心はづかしきまでなむ見ゆる。かかるものありと、いかで人に知らせて、兵部卿の宮などの、このまがきの内好ましうし給ふ心乱りにしがな。好き者どもの、いとうるはしだちてのみ、このわたりに見ゆるも、かかるもののくさはひのなき程なり。いたうもてなしてしがな。なほうちあはぬ人の気色見集めむ」と宣へば、紫「あやしの人の親や。先づ人の心はげまさむ事を先に思すよ。けしからず」と宣ふ。源氏「まことに君をこそ、今の心ならましかば、さやうにてもてなして見つべかりけれ。いと無心にしなしてしわざぞかし」とて、笑ひ給ふに、面赤みておはする、いと若くをかしげなり。
硯ひき寄せ給うて、手習ひに、

源氏
恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなるすぢを 尋ね来つらむ

あはれ」と、やがてことりごち給へば、げに深く思しける人の名残なめりと見給ふ。




難の無いことを、嬉しく思い、紫の上にも、お話しする。
源氏は、そのような田舎に長く暮らしていたので、どんなに可哀相な様子だろうと見くびっていたのに、かえって、こちらの方が、気恥ずかしい思いです。こんな子がいると、ぜひとも、皆に知らせて、兵部卿の宮などが、この邸を気にすることなど、心を騒がしたい。好き者たちが、とても真面目な顔をして、この辺りに、姿を見せるのも、このような、種になる女が、いなかったからだ。何やら、世話を焼いてみたくなる。知らない顔をする男の、やり方を見てやりたいものだ、と、おっしゃると、紫は、変な、親御ですこと。まず第一に、人の心をそそるような事を先に、考えるなんて。いけません、と、おっしゃる。源氏は、本当に、あなたを、私が今のような気持ちだったら、そのように扱ってみたかったものです。全く考えもしなかったことだ。と、笑うと、紫は、顔を赤らめて、とても、若く綺麗である。
硯を引き寄せて、手習いに、

源氏
恋いつづけてきた、この身は、昔のままだが、あの娘は、どういう縁を辿り、尋ねてきたのだろう。

あはれ、と、独り言をおっしゃる。紫は、お言葉通りに、深く愛していらした方の、忘れ形見なのだと、思うのである。

後撰集より
いづくとて 尋ね来つらむ 玉かづら 我は昔の 我ならなくに

あはれ、との、独り言に、万感の思いを、託す。

兵部卿の宮は、源氏の、弟である。

その弟の心を、玉葛によって、乱してやりたいと、言うのである。




中将の君にも、源氏「かかる人を尋ね出でたるを、用意してむつびとぶらへ」と宣ひければ、こなたに参うで給ひて、夕霧「人数ならずとも、かかる者侍ふと、先づ召し寄すべくなむ侍りける。御わたりの程にも、参り仕うまつらざりけること」と、いとまめまめしう聞え給へば、かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ。




夕霧の君にも、源氏は、これこれの人を見つけ出したのだが、気をつけて、仲良くしなさい、と、おっしゃるので、参上されて、夕霧は、人数にはいらなくとも、こんな者がいますと、真っ先に、および付ければ、よろしかったのです。ここに、お移りの時にも、お伺いしませんでした、と、とても、生真面目に申し上げるので、くすぐったいまでに、事情を知っている人は思うのである。

かたはらいたきまで
黙って聞いていられない程に、気の毒な程に・・・

何故、すぐに、教えてくれなかったのですか・・・
と、夕霧は、源氏に言うのである。

我が妹ではないか・・・

物語が、どんどんと、面白くなってゆく。

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2012年07月25日

もののあわれについて572

心の限りつくしたりし御住まひなりしかど、あさましう田舎びたりしも、たとしへなくぞ思ひくらべらるるや。御しつらひより初め、今めかしう気高くて、親兄弟と睦び聞え給ふ御様かたちよりはじめ、目もあやに覚ゆるに、今ぞ三条も、大弐をあなづらはしく思ひける。まして監がいきざしけはひ、思ひ出づるもゆゆしき事限りなし。豊後の介の心ばへを、あり難きものに君も思し知り、右近も思ひいふ。おほぞうなるは、事も怠りぬべしとて、こなたの家司ども定め、あるべき事ども掟てさせ給ふ。豊後の介もなりぬ。年頃田舎び沈みたりし心地に、俄かに名残もなく、いかでか、仮にても立ち出で見るべきよすがなく覚えし大殿の内を、朝夕に出で入りならし、人を従へ、事行ふ身となれるは、いみじき面目と思ひけり。大臣の君の御心掟の、こまかにあり難うおはしますこと、いとかたじけなし。




思う限りの、数奇を凝らした筑紫の住まいだったが、思いもよらない、田舎のものだと、比べ物にならないほどに見える。部屋のしつらいを始め、今風で、上品で、親兄弟として、親しくしておられる方々の、御様子や、お姿をはじめ、目も眩むほどに思える。今は、三条も、大弐を取るに足りないと、思うほどだった。まして、監の、意気込みや、態度は、思い出すのも、いまいましい。豊後の介の心ばえを、珍しいものと、君も認めて、右近も、そのように思うと、口にする。普通にしていれば、事も行き届かないに違いないというので、こちらの執事連中を決めて、するべきことを、色々、指図される。豊後の介も、家来になった。
長年の、田舎暮らしで、腐っていた心には、急に打って変わって、とうてい仮にでも、出入りできる縁などないと思っていた、お邸の中を、朝晩と、出入りし、人を指揮して、事を取り仕切る身になったのは、非常に名誉なことだと思う。大臣の君の、お心遣いが、細かに行き届き、またとない程、おいで遊ばすことも、恐れ多いのである。




年の暮に御しつらひの事、人々の御装束など、やむごとなき御列に思し掟てたる、かかりとも田舎びたることやと、山がつのかたに、あなづりおしはかり聞え給ひて調じたるも、奉り給ふついでに、織物どもの、われもわれもと、手をつくして織りつつもて参れる、細長、小うちぎの、いろいろ様々なるを御覧ずるに、源氏「いと多かりける物どもかな。方々に、羨みなくこそものすべかりけれ」と、上に聞え給へば、御くしげ殿に仕うまつれるも、こなたにせさせ給へるも、皆とうでさせ給へり。かかる筋はた、いとすぐれて、世になき色あひにほひを染めつけ給へば、あり難しと思ひ聞え給ふ。




年の暮れに、お部屋飾りのこと、人々の、お召し物などを、身分の高い方々と、同列に言いつけられる。器量は、これでも、好みが田舎ぽいところがないかと、山里育ちのように、侮って、考え申し上げ、仕立てたものも、一緒に差し上げるついでに、織物などの、我も我もと、人々の工夫を凝らして、色々織り、持って上がった細長、小うちぎの、色合いの様々を御覧になり、源氏は、とても沢山の品物だ。方々に、恨みの出ないように、分けなければいけない、と、紫の上に、申しげたので、みくしげどの、で、お仕立てしたものも、こちらで、お仕立てしたものも、皆、お取り遊ばした。
こういうことには、とても上手で、この上ない色合いや、綺麗さに、染付けされるので、類ない人だと、あり難く思うのである。

こなたにせさせ給へるも
紫の上のことである。

小うちぎ
貴族の女の上布であり、打ち掛けである。

源氏は、玉葛が、容貌は美しいが、長年の田舎暮らしのことゆえ、好みが、田舎ぽいものかと、考えている。


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2012年07月26日

もののあわれについて573

ここかしこの打ち殿より、参らせたる打ち物ども御覧じくらべて、濃き赤きなど、さまざまを選らせ給ひつつ、御衣櫃衣苔どもに入れさせ給うて、おとなびたる上臈ども侍ひて、これはかれはと取り具しつつ入る。上も見給ひて、紫「何れも劣りまさるけぢめも見えぬものどもなめるを、着給はむ人の御容貌に、思ひよそへつつ奉れ給へかし。着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」と宣へば、大臣うち笑ひて、源氏「つれなくて人の御容貌おしはからむの御心なめりな。さては何れをとか思す」と聞え給へば、紫「それも鏡にてはいかでか」と、さすがにはぢひておはす。




あちこちの、打ち殿から、差し上げた打ち物の、色々を比べて、御覧になり、紫の濃いものや、赤いものなど、様々な、あれこれを選び、御衣櫃や、衣箱に入れて、年取った上臈の女房達が、傍に控えて、これは、あちらに、あれは、こちらに、と、取り揃えて入れる。
上も御覧になり、紫の上は、どれも、劣り勝る様子も見えない品のようですが、お召しになる方の、お顔を考えて、差し上げください。お召し物が人に合わないのは、見苦しいことでしょう、と、おっしゃる。源氏は、微笑、素知らぬ顔で、人々の御器量を想像するというお気持ちらしいな。それでは、あなたは、どれをと、思いますか、と、申し上げると、紫の上は、そんなことは、鏡などで、どうして解りましょう、と、はにかんでいる。

打ち殿
色合いを出し、艶を出すために、衣を打つ仕事場所である。




紅梅のいと紋浮きたる葡萄染めの御小うちぎ、今様色のいとすぐれたるとは、かの御料。桜の細長に、艶やかなる掻練とり添へては、姫君の御料なり。
浅はなだの海賦の織物、織りざまなまめきたれど、にほひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方に、曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対に奉れ給ふを、上は見ぬようにて思し合す。




紅梅の、くっきりと浮き紋になった、葡萄染めの、御こうちぎと、流行の、とても綺麗なのは、こちらの、お召し物。桜の細長に、艶の良い、かいねりを付け添えたのは、姫君の、お召し物である。
あさはなだ、の、海賦の織物の、織り方は上品で、鮮やかではない色合いのものに、とても濃い紅の、かいねりをつけて、夏の御方に。くすんだところなく、赤いものに、山吹の細長は、あの西の対へ、差し上げるのを、上、源氏は、見ないふりをして、想像するのである。

海賦
海辺の風物、貝、波などの、模様。




内の大臣の、はなやかに、あな清げとは見えながら、なまめかしう見えたる方の交らぬに、似たるなめりと、げにおしはからるるを、色には出し給はねど、殿見やり給へるに、ただならず。源氏「いでこのかたちのよそへは、人腹立ちぬべき事なり。よきとても物の色は限りあり、人の容貌は、後れたるもまたなほそこひあるものを」とて、かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほえまれ給ふ。梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小うちぎに、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方に。思ひやりけだかきを、上はめざましと見給ふ。空蝉の尼君に、あをにびの織物、いと心ばせあるを見つけ給ひて、御料にあるくちなしの御衣、許し色なる添へ給ひて、同じ日着給ふべき御消息、聞えめぐらし給ふ。げに似ついたる見むの御心なりけり。




内大臣が、華やかで、まあ、綺麗だと見えながら、優しく見える所がないのに、似ているらしいと、殿の言葉通りに、推し量られて、それとは、顔に出さないが、源氏が横目で、眺めると、紫の上の心は、穏やかではないらしい。
源氏は、いや、この器量比べは、当人には、腹が立つに違いない。良いものだといっても、物の色には、程度がある。人の器量は悪くても、また、矢張りあるものは、あるのだから、と、あの末摘花の、お召し料に、柳の織物の、結構な唐草の乱れ模様を織り出したのも、とても派手なので、人知れず、微笑まれる。
梅の折枝、蝶や鳥の飛び違い、唐風の白い小うちぎに、濃い紫の艶のあるものを重ねて、明石の御方に。見た目も、気品がありそうなものを、源氏は、憎らしいと御覧になる。空蝉の尼君には、青にびの織物の、品のあるものを捜し当てて、ご自分のお召し料の、くちなし色の衣に、許し色を加えて、皆が、同じ日に、お召しになるようにと、お手紙を、廻される。想像どおりに、似合う姿を見ようという、気持ちなのである。

内大臣とは、紫の上の、父である。




皆御返りどもただならず、御使の禄、こころごころなるに、末摘花東の院におはすれば、いま少しさしはなれ、えんなるべきを、うるはしくものし給ふ人にて、あるべきことはたがへ給はず、山吹のうちぎの、袖口いたくすすけたるを、うつほにてうちかけ給へり。御文には、いとかうばしき陸奥紙の、少し年経厚きが、黄ばみたるに、
末摘「いでや、賜へるは、なかなかにこそ。

きてみれば うらみられけり から衣 かへしやりてむ 袖を濡らして

御手の筋、ことあうよりにたり。
いといたくほほえみ給ひて、とみにもうち置き給はねば、上、何事ならむと見おこせ給へり。




皆の返事は、心を込めてあり、お使いへの禄も、それぞれに気を配り、末摘花は、二条の東の院におられて、少しは区別して、つつましくするべきだが、几帳面にされる方で、するべきことは、疎かにせず、山吹のうちぎの、袖口の、大そうすすけているのを、重ね着もなく、使者に与えた。お手紙には、
どうも、いただくのは、かえって悲しくて

着てみれば、恨めしく思えます。この唐衣は、お返ししましょう。涙で、袖を濡らしまして。

筆跡は、特に古めかしい。
源氏は、しきりに微笑みを浮かべて、すぐに手放さないので、紫の上は、どうしたのかと、覗き込むのである。

ことにあうよりにたり
古風であり、昔の型から、抜けない。


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2012年07月27日

もののあわれについて574

御使にかづけたる物を、いとさびしくかたはらいたしと思して、御気色あしければ、すべりまかでぬ。いみじく、おのおのはささめき笑ひけり。かやうに理なう古めかしう、かたはらいたき所のつき給へる、さかしらに、もてわづらひぬべう思す。源氏「はづかしきまみなり。古代の歌よみは、から衣、袂、濡るるかごとこそ離れねな。まろもその列ぞかし。更に、一筋にまつはれて、今めたきる言の葉にゆるぎ給はぬこそ、妬きことははたあれ。人の中なることを、折節おまへなどの、わざとある歌よみの中にては、あだ人のといふ五文字をやすめ所にうち置きて、言の葉の続き、たよりある心地すべかめり」など笑ひ給ふ。




お使いに取らせた物が、とてもみすぼらしく、体裁が悪いと思い、殿のご機嫌が悪いので、使いは、こっそりと退出した。酷いことと、女房達が囁き合い、笑う。
このように、むやみに、古風で、はた迷惑な所のあるのが、小ざかしく、扱いに、手を焼くのだと、思われる。源氏は、美しい目元だ。昔風の歌詠みは、唐衣とか、袂ぬるる、といった恨み言が、抜けないようだ。私も、その類だ。ただ、一つの流儀にしがみついて、今風の文句に、惹かれないのは、恐れ入るよ。一同の中にあり、その時々の、御前などで、特に集めて、歌を詠む場合などでは、まどい、が欠かせない三文字だ。昔は恋のやり取りには、あだ人の、という五文字を、句の切れ目に読み込むと、言葉の続き具合が、落ち着く気がする、などと、笑うのである。

これは、末摘花の、歌に対する、批判である。
堅物で、昔風を、そのままにしている。
融通が利かないのである。

きてみれば うらみられけり から衣 かへしやりてむ 袖を濡らして
着る、うら、かへし、が、衣の縁語になり、なんとも、昔風であり、今ひとつ、臨機に欠けるのである。

やすめ所
句の中止する所で、上の句と下の句の、切れ目である。

紫式部は、日記に、上の句と、下の句の、つながりに、悩んでいた。
上手くゆかないと・・・

この歌の場合は、から衣、そして、かへしやりてむ、が、古臭いのである。
要するに、衣を、から衣と言い、袂濡るる、という、恨み言の関わりである。

その時代も、歌詠みは、どんどんと、生成発展していたということである。




源氏「よろづの冊子、歌枕、よく案内知り、見つくして、そのうちの詞を取り出づるに、よみつきたる筋こそ、つようは変らざるべけれ。常陸の親王の書き給へりたる、紙屋紙の冊子こそ、見よとておこせたりしか。和歌の髄脳いと所狭う、病去るべき所多かりしかば、もとより後れたる方の、いとどなかなか、動きすべくも見えざりしかば、むつかしくて返してき。よく案内知り給へる人の口つきにては、めなれてこそあれ」とて、をかしく思いたる様ぞ、いとほしきや。




源氏は、あらゆる草子や、歌枕をよく勉強し、読み尽くして、その中の言葉を取り出してみても、読み慣れている調子は、たいして変わらないだろう。常陸の親王が、書き残して置いた、こうや紙の草子を読んでみろと、寄越してきたが、和歌の規則が、とても細かく書いてあり、歌の病の避けるべきところが、沢山上げてあったので、元来、不得手の方面で、いよいよ、そのために、自由に詠めなくなりそうに思えた。面倒臭くて、返してしまったのだ。よく勉強している方の詠み方としては、ありふれている、と言い、面白く思っている様子は、可哀相だ。

常陸の親王、とは、末摘花の、父親である。
その常陸守が、和歌の髄脳、和歌の奥義を書いたのである。

ここでは、源氏の歌論が述べられている。
つまり、作者の歌論である。

いとほしきや
愛しいとは、現代に使われる。
頑固一徹の末摘花が、可哀相なのだ。




上、いとまめやかにて、紫「などて返し給ひけむ。書きとどめて、姫君にも見せ奉り給ふべかりけるものを。ここにも、物の中なりしも、虫皆そこなひてければ、見ぬ人、はた、心ことにこそは遠かりけれ」と宣ふ。源氏「姫君の御学問に、いと用なからむ。すべて女は、たてて好めること設けてしみぬるは、さまよからぬ事なり。何事も、いとつきなからむは、口惜しからむ。ただ、心の筋を、漂はしからずもて沈めおきて、なだらかならむのみなむ、目安かるべかりける」など宣ひて、返しは思しもかけねば、紫「返しやりてむとあめるに、これより押し返し給はざらむも、こがこがしからむ」と、そそのかし聞え給ふ。
情棄てぬ御心にて、書き給ふ。いと心安げなり。

源氏
返さむと いふにつけても かたしきの 夜の衣を 思ひこそやれ

ことわりなりや」とぞある。




紫の上は、とても真面目に、どうして、お返しされたのです。書き写して、姫君にも、お見せ申しけ上げれば、よろしかったのに。私の所にも、何かの中にありましたが、皆、虫がついてしまい、見ていない私は、特別、歌の道には、暗くて、と、おっしゃる。
源氏は、姫君のお勉強には、全然役に立たないだろう。総じて、女というものは、特に気に入ることを見つけて、それに凝ってしまうので、みっともない。何事であれ、少しも、知らないのは、感心しないだろう。ただ、心を、移り気ではなく、落ち着けて、うわべだけでも、穏やかにしていることこそ、感じのよいものだ。などと、おっしゃり、返事のことは、気に掛けていないようである。
紫の上が、お返ししたいとありますのに、こちらから、置いておくような、お返事をなさらないのも、意地悪なことでしょう。と、お勧めする。
思いやりのあるお方であるから、返事をお書きになる。とても、気安い風である。

源氏
返そうと、おっしゃるにつけても、その衣を敷いて、独り寝なさるあなたを、思います。

もっとも、ですね。と、書いてあるらしい。

古今集
小野小町
いとせめて 恋しき時は むば玉の 夜の衣を 返してぞきる

心ことにこそは遠かりけれ
髄脳を見た人は、際立って、歌の道から、遠くにいる。歌をよく知らない。

今で言えば、短歌の作り方である。
それに、拘ってしまえば、自由に、伸び伸びとした歌詠みは、出来ないという。

日本語の面白いところで、返す、という言葉に、お返ししますという意味を、裏返すという意味に、取り替える。

源氏は、小野小町の、夜の衣を返してぞきる、に、歌詠みを懸けたのである。

玉葛を、終わる。


posted by 天山 at 00:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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