2011年12月13日

もののあわれについて。545

大殿油まいり、殿まかで給ふけはひ、こちたく追ひののしる御前駆の声に、人々「そそや」などおぢ騒げば、いと恐ろしと思してわななき給ふ。さも騒がれば、と、ひたぶる心に、許し聞え給はず。御乳母参りてもとめ奉るに、気色を見て、あな心づきなや、げに宮知らせ給はぬことにはあらざりけり、と思ふに、いとつらく「いでや、憂かりける世かな。殿の思し宣ふことはさらにも聞えず。大納言にもいかに聞かせ給はむ。めでたくとも、物の初めの、六位宿世よ」とつぶやくも、ほの聞ゆ。ただこの屏風の後に尋ね来て、嘆くなりけり。




灯が灯り、内大臣が、お帰りになった様子で、大仰に先払いする声がする。女房たちは、それそれ、お帰りだと、恐ろしい気がして、こわがり、ぶるぶると震える。
そんなにやかましく言うならば、言わせておけと、姫を放さないのである。乳母が来て、捜すが、その様子を見て、あら、嫌だ。いかにも、大宮が、ご存知ない事ではなかったのに、と、思うと、たまらなくなり、乳母は、本当に、面白くない話しです。内大臣の腹立ちは、今更申しませんが、大納言様は、どのように思われるか。結構な方でも、ご結婚の最初が、六位では、と、ぶつぶつ言うのが、聞える。
二人のいる、屏風の後まで、捜して来て、嘆いているのである。

雲居雁と、夕霧を離す計画である。
当時の、身分というもの、甚だしいものがある。
この、身分は、豪族たちの古代から、存在していたものである。

平安期には、更に、整えられた。




男君、我をば位なしとて、はしたむるなりけり。と思すに、世の中うらめしければ、あはれもすこしさむる心地して、めざまし。夕霧「かれ聞き給へ、

くれないの 涙にふかき 袖の色を あさみどりとや いひしほるべき

はづかし」と宣へば、

雲居
いろいろに 身のうきほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ

と宣ひもはてぬに、殿入り給へば、わりなくて渡り給ひぬ。




男君、夕霧は、自分に位がないと思い、馬鹿にしているのだ、と思うと、こんな二人の仲がたまらなく、恋心も薄らぐ心地して、憤慨する。夕霧は、あれをお聞きなさい。

血の涙で、深い紅に染まる、私の袖の色を、浅い緑と、けなしている。

顔向けができないと、おっしゃる。
雲居
色々なことで、情けない運命です。二人の仲は、どのようなものでしょう。

いい終わらぬうちに、内大臣が、邸にお入りになり、どうしようもなく、部屋に戻る。

あはれも すこし さむる心地
この場合の、あはれ、とは、恋心である。
恋心まで、あはれ、で、通すのである。




男君は、立ちとまりたる心地も、いと人わろく胸塞がりて、わが御方に臥し給ひぬ。御車三つばかりにて、忍びやかに急ぎ出で給ふけはひを聞くも、静心なければ、宮の御前より、参り給へ、とあれど、寝たるようにて動きもし給はず。涙のみとまらねば、嘆きあかして、霜のいと白きに急ぎ出で給ふ。うち腫れたるまみも、人に見えむがはづかしきに、宮はた召しまつはすべかめれば、心やすき所とて、急ぎ出で給ふなりけり。道の程、人やりならず、心細く思ひ続くるに、空の景色もいたう曇りて、まだ暗かりけり。

夕霧
霜氷 うたてむすべる 明けぐれの 空かきくらし 降るなみだかな




夕霧は、後に残された気持ちも、みっともなく、胸が一杯になって、部屋にて、横になっていた。お車を三つほど続けて、先払いの声も低く、急ぎ出てしまう様子を耳にすると、いらいらして、大宮の前から、こちらへ、との声はあるが、寝たふりをして、動こうとしない。涙は、止まらず、泣き明かして、霜が真っ白な頃になり、お出になる。泣き腫らした目元も、人に見られて恥ずかしい。宮も、お召しになれば、離さないだろうから、気楽な所へと、急いでお出になる。帰る途中、何もかも、自分が悪いのだと、心細い思いをしていると、空模様も、すっかりと曇り、まだ暗いのである。

夕霧
霜と氷が、張りつめたままに、まだ暗い空を、真っ暗にして降る、涙の雨。




そして、話しは、ころっと、変わるのである。
それが、物語の面白さでもある。

そして、また、元に戻る。
そうして、繰り返して、展開するのである。

突然、変わるので、読む側は、一体、これは、誰のことかと、思ってしまう。

ただ、物語は、自然、源氏から、夕霧へと、変転してゆくのである。

平安期は、色好みといわれる、時代である。
平安貴族の有様が、自然に、滲み出る。

源氏物語は、紫式部だけの、手ではない。
数名の作者によって、書き続けられている。

それは、書写していると、自然に解ってくるのだ。




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2012年01月17日

もののあわれについて。546

大殿には今年五節奉り給ふ。何ばかりの御いそぎならねど、童女の装束など、近うなりぬとて、急ぎせさせ給ふ。東の院には、参りの夜の人々の装束せさせ給ふ。殿には、大方のことども中宮よりも、童、下仕への料など、えならで奉れ給へり。過ぎにし年、五節などとまれしが、さうざうしかりしつもりもとり添へ、うへ人の心地も、常よりもはなやかに思ふべかめる年なれば、所々いどみて、いといみじくよろづを尽くし給ふ聞えあり。按察使の大納言、左衛門の督、うへの五節には、良清、今は近江の守にて左中弁なるなむ、奉りける。皆とどめさせ給ひて、宮仕へすべく、おほせごとことなる年なれば、女をおのおの奉り給ふ。




お殿様、源氏の所からは、今年、五節の舞姫をさし上げる。これといった、用意でもないが、童女の衣装など、日も近くなり、急いでさせる。東の院におかれては、参内の夜の、お付のもの達の衣装を作られる。
殿におかれては、中宮からも、童女や下仕えの着物など、他では、見られないほどに、仕立ててさし上げる。昨年一年、五節なども、中止となり、物足りなかったこともあり、殿上人の気持ちも、例年より、華やかなものにと、思っているらしい年なので、家々で競争して、実に見事に、あらん限りの事をすると、評判である。
按察使の大納言、左衛門の督と、殿上人からの、五節には、良清、今は近江の守で、左中弁を兼ねているのが奉った。
皆、留めおきて、宮仕えするようにとの、特別の勅命があった年なので、自分の娘を、それぞれ、さし上げるのである。




殿の舞姫は、惟光の朝臣の、攝津守にて左京の大夫かけたる、むすめ、かたちなどいとをかしげなる聞えあるを、召す。からいことに思ひたれど、同輩「大納言の、ほか腹の女を奉らるなるに、朝臣のいつき女出だしてたらむ、何の恥ぢかあるべき」と、さいなめば、わびて、おなじく宮仕へやがてせさすべく思ひおきてたり。舞ならはしなどは、里にていとようしたてて、かしづきなど、したしう身にそふべきは、いみじうえり整へて、その日の夕つけて参らせたり。



殿からの、舞姫は、惟光の朝臣が攝津守で、左京の大夫を兼任している、その娘で、器量なども大変良いと、評判なのを、お召し出しになる。
困ったことと、思ったが、同輩たちが、大納言が、妾腹の娘をさし上げると言うことなのに、朝臣が、愛娘を出しても、何の恥ずかしいことがあるか、と、皆が叱りつけるので、弱って、同じ出すなら、宮仕えさせるつもりでと、決心した。舞の稽古などは、実家で、十分にしこんで、介添えの女房など、身近に付き従うはずの者は、丹念に、選び揃えて、その日の夕方に、参上させた。




殿にも、御方の童、下仕へのすぐれたるを、御覧じくらべ、えり出でらるる心地どもは、ほどほどにつけて、いとおもだたしげなり。御前に召して御覧ぜむうちならしに、御前を渡らせて、と定め給ふ。棄つべうもあらず、とりどりなる童女の様体かたちを、思しわづらひて、源氏「今ひとところの料を、これより奉らばや」など笑ひ給ふ。ただもてなし用意によりてぞえらびに入りける。




殿、源氏におかせられても、それぞれの婦人たちの、童女や、下仕えの優れているものを、見比べて、その結果、選りだされた者の気持ちは、それぞれに、誠に誇らしげである。主上の、御前に召されて御覧遊ばす、その稽古の様子を、源氏の前に通らせて見る。
落第には、出来ないほど、それぞれ立派な童女の姿、顔立ちに、迷ってしまい、源氏は、もう一人分、舞姫の付き添いを、こちらから、差し上げたいと、笑うのである。
僅かな、態度と、心構えによって、合格者を決めた。

御方の童女とは、紫の上、花散里、明石の御方である。

ほどほど、とは、身分や生まれのこと、である。
それぞれの、身分に応じて。




大学の君胸のみふたがりて、ものなども見入れられず、くんじいたくて、ふみも読までながめふし給へるを、心もやなぐさむ、と立ち出でて紛れありき給ふ。さまかたちはめでたくをかしげにて、静やかになまめい給へれば、若き女房などは、いとをかしと見奉る。上の御方には、御簾の前にだに、もの近うももてなし給はず、わが御心ならひ、いかに思すにかありけむ、疎うとしければ、御達なども気遠きを、今日は物のまぎれに入り立ち給へるなめり。




大学の君、夕霧は、ただただ、胸が一杯で、食事も見る気がしない。すっかり塞ぎこんで、本も読まないで、ぼんやりと、横になっていたが、気持ちが、紛れないかと、部屋を出て、人目に触れぬように、あちこちと、歩き回っている。体つきや、顔立ちは、立派で、美しく、物静かで、魅力があるので、若い女房などは、美しいと拝する。
紫の上のいらっしゃる方には、御簾の前近くに出ることも、させないのである。
自分の心の癖で、どのように思うかと。若君は、日頃離れているので、奥付きの女房たちも、親しくないが、今日は、この騒ぎで、入り込み、物陰に立っている。

わが御心ならひ、とは、誰の御心か・・・
源氏のものか、夕霧のものか。

御簾の前にだに、もの近うももてなし給はず、とは、どうしてか・・・

ここは、夕霧のことを書いているので、夕霧の気持ちが、御簾の前に出ることもしないと、訳すべきかと、迷う。

御簾の前に出ると、どのように思うかと、考えているのが、夕霧である。と、すれば、何故か。

紫の上は、夕霧の義理の母親である。

深読みしたくなる、書き方である。
源氏も、故院の父の姫、藤壺と、関係したのである。

そのようなことが、ある、との前提で読むと、また、楽しい。

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2012年01月18日

もののあわれについて。547

舞姫かしづきおろして、妻戸の間に屏風など立てて、かりそめのしつらひなるに、やをら寄りてのぞき給へば、なやましげにて添ひ臥したり。ただかの人の御程と見えて、今すこしそびやかに、様体などのことさらび、をかしき所はまさりてさへ見ゆ。暗ければ、こまやかには見えねど、程のいとよく思ひ出でらるるさまに、心移るとはなけれど、ただにもあらで、きぬの裾を引きならい給ふに、何心もなく、あやし、と、思ふに、

夕霧
あめにます とよをかひめの 宮人も わが心ざす しめを忘るな

みづがきの」と、宣ふぞ、うちつけなりける。若うをかしき声なれど、誰ともえ思ひたどられず、なまむつかしきに、けさうじ添ふとて、騒ぎつる後見ども、近うよりて人騒がしうなれば、いち口惜しうて、立ち去り給ひぬ。




舞姫を、大事に車から降ろして、庇の端の間に屏風などを立てて、臨時の部屋を作ってある。そっと近づいて、御覧になると、疲れたようで、物に寄りかかり、横になっている。丁度、あの方くらいの年で、もう少し背が高く、姿などの見事で美しいのは、勝っている気がする。暗いので、良く見えないが、全体の感じが、すぐに雲居雁を思い出させるほど、似ているので、恋心が、五節に移るわけではないが、心が動き、衣の裾を引いて、衣擦れの音を出す。だが、五節は、何も気づかず、変だと、思っていると、

天においでの、豊岡姫に仕える宮人も、そなたも、私のものと思っている、この気持ちを忘れないで欲しい。

大昔から、思っていた、と、おっしゃると、驚き過ぎたようである。
若くて、美しい声だが、誰やら思い当たらず、薄気味の悪いと思うところに、化粧を直そうということで、騒いでいる介添えたちが、傍に来て、騒々しくなったので、夕霧は、残念ながら、立ち去った。

五節と。夕霧の気持ちが、同時に書かれているため、混乱する。




浅葱の心やましければ、うちへ参ることもせず、もの憂がり給ふを、五節にことづけて、直衣など、さま変れる色ゆるされて参り給ふ。きびはに清らなるものから、まだきにおよずけて、ざれありき給ふ。帝よりはじめて奉りて、思したるさまなべてならず、世にめづらしき御おぼえなり。




夕霧は、あさぎ色の服が嫌なので、内に参ることもせず、何もかも嫌がり、五節だからということで、直衣で、束帯とは違う色を着ることを許されて、参内される。
子供っぽくて、綺麗な方だが、年の割りに、大人ぶり、浮かれて歩き回っている。陛下をはじめ、参らせて、皆が、とても、大事にする様子で、大変な寵愛である。




五節の参る儀式は、いづれともなく、心々にになくし給へるを、舞姫のかたち、大殿と大納言殿とは、すぐれたり、と、めでののしる。げにいとをかしげなれど、ここしううつくしげなることは、なほ大殿のにはえ及ぶまじかりけり。もの清げに今めきて、そのものとも見ゆまじう、したてたる様体などの、あり難うをかしげなるを、かうほめらるるなめり。例の舞姫どもよりは、みな少しおとなびつつ、げに心ことなる年なり。




五節の参内する儀式は、いずれ劣らず、それぞれが、最善を尽くしているが、舞姫の器量は、大殿、源氏と、大納言殿とが、ぬきんでていると、誉める騒ぎである。
いかにも、二人とも、綺麗だが、おっとりして、可愛らしいのは、矢張り、大殿のものには、及ばないのである。綺麗で、現代的、誰か分からないほど、見事に着飾った姿は、またとないほど、立派で、このように、誉められるのだろう。例年の舞姫たちよりも、いずれも、少し年長で、誠に、特別の年という感じがする。




殿参り給ひて御覧ずるに、むかし御目とまり給ひしをとめの姿を思しいづ。辰の日の暮つ方遣はす。御文のうち思ひやるべし。

源氏
をとめ子も 神さびぬらし 天津袖 ふるき世の友 よはひ経ぬれば

年月のつもりをかぞへて、うち思しけるままのあはれを、え忍び給はぬばかりのをかしう思ゆるも、はかなしや。

五節
かけていへば 今日の事ぞ 思ほゆる 日陰の霜の 袖にとけしも
青摺りの紙よくとりあへて、まぎらはし書いたる濃墨、薄墨、草がちにうちまぜ乱れたるも、人の程につけてはをかし、と、御覧ず。




殿が参内されて、御覧になると、若い頃、心を惹かれた、五節の少女の姿を思い出す。
節会の当日の夕暮れ、お手紙を遣わす。その内容は、ご想像ください。

源氏
少女だった、お前も、神さびたことだろう。天の羽衣の袖を振り舞った頃の、古い友も年を取ったゆえに。

過ぎ去った年月を数えて、ふと、心に浮かんだ思いだが、我慢されず、お手紙を下さるが、五節には、心弾む思いとは、せん無い事。

五節
五節のことを、口にしますと、日陰のかずらを懸けて舞った昔、日陰の霜の解けるように、心を許したことが、今のように、思われます。

青ずりの紙をうまく合わせて、誰か分からぬように、あるところは濃く、あるところは薄く、草書を多くまぜて、乱れ書きしてあるのも、その身分から見れば、立派にものと、御覧になる。

五節は、花散里、須磨、明石の巻きに出る、筑紫の五節のことである。

うち思しけるままの あはれを
ふっと、思い出す時の、心の機微を、言う。
それも、あはれ、の、風景である。


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2012年01月19日

もののあわれについて。548

冠者の君も、人の目とまるにつけても、人知れず思ひありき給へど、あたり近くだに寄せず、いとけけしうもてなしたれば、ものつつましきほどの心には、なげかしうて止みぬ。かたちはしもいと心につきて、つらき人のなぐさめにも、見るわざしてむや、と思ふ。




冠者の君も、惟光の娘が目にとまるにつけて、心密かに、思いをかけて、辺りをうろうろする。しかし、傍にも、近づけず、酷く無愛想な態度をとっているので、慎ましい年頃では、嘆くばかりである。その器量は、心に強く残り、あの雲居雁の無情な人に、会えない慰めにも、手に入れたいと、思うのである。




やがて皆とめさせ給ひて、宮仕へすべき御気色ありけれど、この度はまかでさせて、近江のは辛崎の祓、摂津守は難波といどみてまかでぬ。大納言もことさらに参らすべき由奏せさせ給ふ。左衛門の督、その人ならぬを奉りて、とがめありけれど、それもとどめさせ給ふ。




やがて、皆を宮中に残して、お仕えするようにとの、御内意があった、が、今度は、一旦、退出させて、近江の守は、辛崎で祓いをし、攝津のかみは、難波でと競い、退出した。大納言も、改めて、差し上げる旨を奏上される。左衛門のかみは、資格の無い者を差し上げて、お咎めがあったが、それも、残し遊ばれた。


近江の守は、良清である。
摂津の守は、惟光である。

資格の無い者とは、実子ではない者である。





摂津の守は、「典侍あきたるに」と申させたれば、さもやいたはらまし、と大殿も思ひたるを、かの人は聞き給ひて、いと口惜しと思ふ。わが年のほど、くらいなど、かくものげなからずは、請ひ見てましものを、思ふ心ありとだに知らでやみなむこと、わざと事にはあらねど、うちそへて涙ぐまるる折々あり。




摂津のかみは、ないしのすけが、空いていますが、それに、と、申し上げたので、そのようにしてやろう、と、大殿も思っていらっしゃるのを、夕霧が聞いて、大変残念に思う。自分の年や位が、こんなに問題にならないのなら、願い出て、自分のものにしたものを、と、思っていることも、知られずに終わる、と、特に強い恋心ではないが、雲居雁との事に加えて、涙ぐむのである。

いたはらまし
いたはる、から出ている。労をねぎらう。哀れむという意味もある。




兄の童殿上する。つねにこの君に参り仕うまつるを、例よりもなつかしう語らひ給ひて、夕霧「五節はいつかうちへは参る」と問ひ給ふ。童「今年とこそ聞き侍れ」と聞ゆ。夕霧「顔のいとよかりしかば、すずろにこそ恋しけれ。ましが常に見るらむもうらやましきを、また見せてむや」と宣へば、童「いかでかさは侍らむ。心に任せてもえ見侍らず。男兄弟とて近くもよせ侍らねば、まして、いかでか君達には御覧ぜさせむ」と聞ゆ。夕霧「さらば文をだに」とて、賜へり。さきざきかやうの事はいふものを、と苦しけれど、せめて賜へば、いとほしうて、もていぬ。年の程よりは、ざれてやありけむ、をかしと見むり。緑の、このましきかさねなるに、手はまだいと若けれど、生ひさき見えて、いとをかしげに、

夕霧
日かげにも しるかりけめや をとめ子が あまの羽袖に かけし心は

二人見る程に、父ぬしふと寄り来たり。恐ろしうあきれて、え引き隠さず。




惟光の娘の兄で、童殿上して、いつも、この君の所に参って御用を務めている者を、いつもより、優しくお話しになり、夕霧は、五節は、いつ参内するのだ、と、お聞きになる。童は、今年のうちにと、聞いています、と、申し上げる。
夕霧は、器量がよかったので、何となく、慕わしい気がする。お前が、いつも見ているのは、羨ましいが、もう一度、会わせてくれないかと、おっしゃると、童は、そんなことが、どうしてできましょう。私でさえ、思うままに、会えないのですから。男兄弟だということで、身近にも、入れてくれません。まして、若様には、どうして、会わせることができましょう、と、申し上げる。夕霧は、それなら、せめて、手紙だけでも、と、お渡しになる。以前から、こういう事は、やかましく言われていたのに、と、童は、困ったが、無理矢理に、渡すので、それが気の毒で、持って帰った。
娘も、年のわりに、ざれてやありなむ、大人びて、その気になっているので、お手紙を見て、立派なものだと、思った。
緑色の薄い様子に書き、気の効いた色を重ねて、筆跡は、まだ子どもだが、将来が思われるほど、立派である。

夕霧
日の光にも、はっきりと、解ったろう。乙女が、天の羽衣の袖を、ひるがえして舞うという、姿に、思いをかけた、私のことを。

それを、二人で、見ているところに、父親の、惟光が入って来た。怖くて、どうしていいのか解らず、隠すこともできないのである。

日かげ、とは、日の光と、ひかげのかづら、を、懸ける。
かけし、は、日かげ、の、縁語。

日の光の中で、知ったことだろう。私が、お前を、見ていたことを。
それは、乙女が、天の衣をひるがえして、舞った姿を。
忘れられない。

懸想文の一種である。

当時の、恋は、至るところに、あった。
心が動くと、それは、恋になる。

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2012年01月20日

もののあわれについて。549

惟光「なぞの文ぞ」とて取るに、面赤みて居たり。惟光「よからぬわざしけり」と憎めば、せうと逃げていくを、呼びよせて、惟光「誰がぞ」と問へば、童「殿の冠者の君の、しかじか宣うて賜へる」といえば、名残なくうち笑みて、惟光「いかにうつくしき君の御ざれ心なり。きんぢらは、同じ年なれど、いふかひなくはかなかめりかし」などほめて、母君にも見す。惟光「この君達の、すこし人数に思しぬべかめりかしかば、宮仕へよりは、奉りてまし。殿の御心おきてを見るに、見そめ給ひてむ人を、御心とは忘れ給ふまじきにこそ、いとたのもしけれ。明石の入道にためしにやならまし」などいへど、皆いそぎ立ちにたり。




惟光は、何の手紙だ、と言い、手に取るので、二人は、顔を赤らめている。
惟光は、けしからんことをしたな、と、叱ると、男の子が、逃げ出そうとするのを、傍に呼び、誰の手紙だ、と問う。童は、殿様の冠者の君が、こうこうとおっしゃりまして、と、言うと、打って変わって、顔をほころばせ、惟光は、何と愛らしい若君の、いたずらか。お前たちは、同じ年だが、お話しにならないほど、頼りない、などと、誉めて、母君にも見せる。惟光は、この若様が、もし少しでも、一人前扱いしてくださるなら、宮仕えよりは、若様に、差し上げよう。殿様の、性格を拝すると、お相手にされた人は、ご自分から、忘れることない。誠に、頼もしい。あの、明石の入道のようになるだろう、など言うが、皆は、急ぎ、宮仕えの仕度をするのである。




かの人は、文をだにえやり給はず、立ちまさるかたの事し心にかかりて、程ふるままに、わりなく恋しき面かげに、またあひ見でや、と思ふよりほかのことなし。宮の御もとへも、あいなく心憂くて参り給はず。おはせし方、年頃遊びなれし所のみ、思ひ出でらるる事まされば、里さへ憂くおぼえ給ひつつ、まだこもり居給へり。殿はこの西の対にぞ、聞えあづけ奉り給ひける。源氏「大宮の御世の残りすくなげなるを、おはせずなりなむ後も、かく幼き程より見ならして、後見おぼせ」と聞え給へば、ただ宣ふままの御心にて、なつかしうあはれに思ひあつかひ奉り給ふ。




その後、手紙さえもやることができない。これより、立派な雲居雁の事が忘れられず、時が経つにつれて、更に、恋しく思われる面影に、あちら、夕霧は、再び逢うことができずに、終わるのかと、そればかりを、思う。大宮の傍にも、何となく気が進まず、伺わないでいる。住んでいた部屋、雲居雁と、一緒に遊んだ場所ばかりが、いよいよ思い出される。大宮の邸までが、嫌な感じがして、あのまま、二条の院の東院に、じっとしている。
殿は、こちら、東院の西の対の上、花散里に、お話しして、夕霧を預けるのである。源氏は、大宮の寿命も、あとは僅かであるから、お亡くなりになった後も、幼い時から親しんでいらしたゆえ、お世話をして下さい、と、申し上げると、ただ、おっしゃる通りにされる、性格ゆえ、やさしく心から、気を使い、大事にされるのである。

なつかしうあはれに思ひ あつかひ奉り給ふ
なつかしうあはれ・・・
そのような、心象風景を育ててきた、日本人の心情である。




ほのかになど見奉るにも、かたちのまほならずもおはしけるかな、かかる人をも、人は思ひすて給はざりけり、など、わが、あながちにつらき人の御たかちを、心にかけて恋しと思ふもあぢきたなしや、心ばへのかうやうにやはらかならむ人をこそあひ思はめ、と、思ふ。また、向ひて見るかひなからむも、いとほしげなり、かくて年経給ひにけれど、殿の、さやうなる御かたち、御心と見給うて、浜ゆふばかりのへだてさしかくしつつ、何くれともてなしまぎらはし給ふめるも、むべなりけり、と思ふ心のうちぞはづかしかりける。大宮のかたちことにおはしませど、まだいと清らにおはし、ここにもかしこにも、人はかたちよきものとのみ、めなれ給へるを、もとよりすぐれざりける御かたちの、ややさだ過ぎたる心地して、やせやせに御髪少ななるなどが、かくそしらはしきなりけり。




ちらちらと、この方、花散里を、観察すると、お顔立ちは、十人並みでもない方だ。このような方をも、父上は、捨てなかったのだと、思い、自分が、無性につれない人、雲居雁の器量を、忘れられず、恋しく思っているのも、詰まらないことだ。性格が、このように優しい人であったら、愛し合いたいものだと、思う。といっても、向かい合って、面白くない人なら、困るだろう。こういう状態で、長い間、過ごしていらっしゃるが、殿が、そのような器量と、性格をご承知の上で、浜木綿ほどの隔てを置いて、顔は見ず、何かと、お相手されながら、見ないようにしているのも、無理はない、と、考える、夕霧の心の中は、大人も恥じるしかないもの。
大宮は、尼姿になっているが、まだ綺麗で、どこへ行っても、女の人は、器量の良い人ばかりと、いつも見ているのが癖になり、もともと、綺麗でなかった、器量が、少し盛りを過ぎた感じがして、痩せて、髪の毛も、少なくなっていることなどが、このように、批判し、考える気持ちを、起こさせるのであった。

最後は、作者の言葉である。
物語は、実に、理解するのが、面倒なのは、一人称、二人称、三人称が、混合して、入るからである。

だが、それも、魅力だと、いえば、魅力である。
ゲームのように、それを楽しむ気持ち・・・

散文小説が、出来上がっていない時代に、よくぞ、ここまでの、物語を書いたものだと、思う。

だが、作者は、一つではない。
複数の人によって、書かれている。
あるいは、書き写す時に、加えられたものも、あると、考える。

いずれは、おおよそ、作者の違いなどを、検証することにする。

一応は、代表として、紫式部である。
最初に、手をつけたという紫式部は、勇気がある。

物語は、楽しいもの。
古典であるから、難しいのではなく、慣れ親しんでいないから、難しく感じるだけ。
毎日、読み続けていれば、楽しくなる。

まあ、死ぬまでの、暇つぶしに、もってこいである。



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2012年01月21日

もののあわれについて。550

年の暮れには、む月の御装束など、宮にはただ、この君一ところの御ことを、まじることなう急い給ふ。あまたくだりいと清らにしたて給へるを、見るももの憂くのみおぼゆれば、夕霧「ついたちなどには、必ずしも内へ参るまじう思ひ給ふるに、何にかく急がせ給ふらむ」と聞え給へば、大宮「などてかさもあらむ。老いくづほれたらむ人のやうにも宣ふかな」と宣へば、夕霧「老いねどくづほれたる心地ぞするや」と、ひとりごちて、うち涙ぐみて居給へり。かの事を思ふならむ、と、いと心苦しうて、宮もうちひそみ給ひぬ。




年の暮れには、正月のお召し物などを、大宮は、今はただ、この君、夕霧、一人の事だけを、準備される。幾組も、見事に仕立てされたが、それを見ていても、夕霧は、嫌な感じがするので、元旦などには、特に参内しなくてもいいと、思っていますのに、どうしてこんなに準備するのでしょう、と、申し上げると、大宮は、どうして、そんなことが、ありましょう。年を取って、すっかり気落ちしたようなことを、おっしゃいますね、と、おっしゃる。夕霧は、年は、取りませんが、すっかり、気が抜けたような気持ちがします、と、おっしゃり、涙ぐんで、座っている。あの事、雲居雁のことを、思っているのだろうと、大宮も、可哀想だと、泣き顔になる。





大宮「男は、口惜しききはの人だに、心を高うこそつかふなれ。あまりしめやかに、かくなものし給ひそ。何とかかうながめがちに思ひ入れ給ふべき。ゆゆしう」と宣ふ。




大宮は、男は、身分が低い者でも、気位だけは、高く持てと、いいます。あまり、沈んでいないことです。どうして、こんな物思いで、くよくよしていらっしゃるのか。縁起の悪い事です。と、おっしゃる。





夕霧「何かは。六位など人のあなづり侍るめれば、しばしの事とは思ふ給ふれど、内へ参るももの憂くてなむ。故大臣おはしまさましかば、たはぶれにても、人にはあなづられ侍らざらまし。物へだてぬ親におはすれど、いとけけしうさし放ちて思いたれば、おはしますあたりにたやすくも参りなれ侍らず。東の院にてのみなむ、御前近く侍る。対の御方こそあはれにものし給へ。親いま一ところおはしまさましかば、何事を思ひ侍らまし」とて、涙の落つるをまぎらはい給へる気色、いみじうあはれなるに、宮はいとどほろほろと泣き給ひて、




夕霧は、そんなことは、ありません。六位だなどと、皆が馬鹿にしているようですから、しばらくのことと、思いますが、参内するのも、気が進まないのです。亡くなった大臣が、生きていらしたら、冗談にも、人に馬鹿にされることは無かったでしょう。遠慮のいらない、実の親ですが、はっきりと私を、遠ざけているので、お傍に、いつも簡単に、参ることもできません。ただ、東の院に、お出でになるときだけ、お傍に参ります。対のお方は、親切な方ですが、お母様が、もし、おいでてあったら、何の心配がありましょう。と、涙が落ちるのを、誤魔化している。その様子が、誠に可哀想で、大宮は、一層、ほろほろと、涙をこぼし、

いみじうあはれなるに
夕霧の様子を見て、とても、あはれ、を感じて・・・




大宮「母におくるる人は、ほどほどにつけて、さのみこそあはれなれど、おのづから宿世宿世に、人となりたちぬれば、おろかに思ふ人もなきわざなるを、思ひ入れぬさまにてを、ものし給へ。故大臣の今しばしだにものし給へかし。限りなきかげには、同じことと頼み聞ゆれど、思ふにかなはぬことの多かるかな。内の大臣の心ばへも、なべての人にはあらず、と、世人もめでいふなれど、昔に変わることにみまさりゆくに、命長さも恨めしきに、おひさき遠き人さへ、かくいささかにても、世を思ひしめり給へれば、いとなむよろづうらめしき世なる」とて、泣きおはします。




母親に、先立たれた人は、それぞれの身分に応じて、可哀想なものですが、放っておいても、前世の約束通り、一人前になれば、誰も、馬鹿にしなくなります。くよくよしないで、下さい。亡くなった、太政大臣が、もう暫くの間でも、生きていたら・・・
この上ない、保護者として、同じように、お父様を信頼申し上げているけれど、思う通りには、いかないことが、多いものです。内大臣の、性格も、そこらの人とは、違うと、世間では、誉めるという話しですが、私への態度は、昔と違うことばかり増えてゆくので、長生きするのも、恨めしいと、思うのに、老い先の長いあなたまでが、こんなに、少しにせよ、悲観しているものだから、いよいよ、何から何まで、この世が、恨めしく思われます、と、泣いている。

さのみこそあはれなれど
その時は、あはれ、であるが・・・
あはれ、が、心象風景だけではなく、置かれた状況、現状に対しても、使われる。

不可抗力に対する、思いを、あはれ、と、表現する。
あはれ、の、風景が更に広がるのである。

心の、極まる思いを、あはれ、と、表現する。

あはれ、を、定義することが、出来ないほど、広がり、それぞれの、文の中で、感極まる、感動する、悲嘆する、また、喜び、感情の極まるところに、あはれ、が、ある。

何かしら、言うに言われぬ思い・・・
あはれ、と、表現する。
無理に、それを、語らない。
そして、語る必要がないのである。

日本の芸術文化に、息づくもの、それは、あはれ、というものを、表現するものなのである。

花鳥風月から、人のあらゆる、行為行動、そして、物に対しても、あはれ、という、言葉が生きる。



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2012年03月12日

もののあわれについて551

ついたちにも、大殿は御ありきしなければ、のどやかにておはします。良房の大臣と聞えける。いにしへの例になずらへて、白馬ひき、節会の日は、内の儀式をうつして、昔の例よりも事そへて、いつかしき御ありさまなり。



元旦にも、大殿、源氏は参賀されず、のんびりしている。良房の大臣と申した方の、昔の例に習い、白馬を引いて来て、節会の日は、御所で行う儀式をし、昔の例より以上の色々な事をして、厳かな、儀式であった。





きさらぎの二十日あまり、朱雀院に行幸あり。
花盛はまだしき程なれど、やよひは故宮の御忌月なり。とくひらけたる桜の色もいと面白ければ、院にも御用意ことにつくろひ磨かせ給ひ、行幸に仕うまつり給ふ上達部、親王たちよりはじめ、心づかし給へり。




二月の二十日過ぎに、朱雀院に行幸がある。
花の盛りは、まだ来ないが、三月は、今上天皇のお母様、藤壺が亡くなった月である。早くから、桜の花の色が見事なので、院におかせられても、特別の準備で、修繕し、手入れをなさり、また、行幸のお供をする、上達部や、親王方をはじめとして、十分に用意された。





人々皆青色に、桜がさねを着給ふ。帝は赤色の御衣奉れり。召しありて太政大臣参り給ふ。おなじ赤色を着給へれば、いよいよひとつものと輝きて見えまがはせ給ふ。
人々の装束、用意、常にことなり。院もいと清らにねびまさらせ給ひて、御さま、用意、なまめきたる方に進ませ給へり。




人々は、皆、青色に、桜襲、さくらがさね、をお召しになる。陛下は、赤色の御衣をお召しあそばした。特別のお召しがあり、太政大臣、源氏も、参上される。同じ赤色をお召しになった二人は、一層そっくりで、輝くばかり、美しく、どちらが、どちらか、解らないほどだ。
人々の衣装も、振る舞いも、いつもとは違う。院も、大変綺麗で、年とともに、ご立派になり、御様子、振る舞い、ひとしお優雅におなりだ。

桜がさね
面が白で、裏が赤である。

なまめきたる
優美である、女性的な美しさをいう。

何とも、優美、みやびな、風景が、見えるのである。
源氏物語の、大きな特徴は、人の心の、機微を書き、戦の描写がないことである。

見事に、あはれ、に、貫かれている。
無常観が、無常美観へと、変転してゆく様が、描かれる。

無常であることが、美しいことであるとは、日本人独特の、心情である。
それが、鎌倉時代を経て、室町に至り、室町文化を開花させた。

そして、無常であり、美しいこと、そのものも、あはれ、なのである。




今日はわざとの文人も召さず、ただその才かしこしと聞えたる学生十人を召す。式部の司のこころみの題をなずらへて、御題賜ふ。大殿の太郎君のこころみ賜はり給ふべきゆめり。臆だかき者どもは、物もおぼえず。つながぬ船に乗りて池にはなれ出でて、いと術なげなり。日やうやうくだりて、楽の船ども漕ぎまひて、調子ども奏する程の山風のひびき、面白く吹きあはせたるに、冠者の君は、かう苦しき道ならでも交ひ遊びぬべきものを、と、世の中うらめしうおぼえ給ひけり。




今日は、専門の詩人を呼ばず、ただ、詩を作る才能が高いという、評判の大学の学生十人を、お呼びになる。式部省の試験の題になずらえて、勅題が出る。大殿のご長男が試験をしていただくからだろう。臆しがちな学生達は、うろたえてしまう。一人ずつ、船に乗って、池に放たれ、途方にくれているようだ。
日も、だんだと、暮れて行き、楽人を乗せた船が、漕ぎまわり、調子を奏すると、折から吹き降ろす山風の響きに、面白く合っている。それを耳にした、夕霧は、こんな辛い思いをしなくても、皆と一緒に、冗談を言ったり、合奏できるはずなのに、と、世の中を、恨めしく思うのである。

太郎君も、冠者の君も、夕霧のことを、言う。




春鶯てん舞ふ程に、昔の花の宴のほど思し出でて、院の帝「またさばかりの事見てむや」と、宣はするにつけて、その世の事あはれに思し続けらる。舞ひはつる程に、大臣、院に御かはらけ参り給ふ。

源氏
鶯の さへづる声は むかしにて むつれし花の かげぞかはれる

院の上、


九重を かすみへだつる すみかにも 春とつげくる うぐひすの声




しゅんあうてん、を舞う時分、昔の花の宴を思い出し、上皇陛下は、もう一度、あれほどの事が、見られるだろうか、と、仰せられる。源氏は、あの当時の、事を次々と思い続けて、胸が締め付けられる思いがする。舞い終わる頃に、大臣が、院に盃を差し上げる。

源氏
鶯の囀る声は、昔のままでございますが、花の陰で、慣れ親しみ一緒に遊んだ当時とは、すっかり時世が変わりました。
上皇さま、

朱雀院
雲を、霞が隔てるように、宮中から、遠くはなれている棲みかにも、鶯が鳴いて、春が来たと、教えてくれました。

その世のことあはれに思し続けらる
その当時のことが、あはれ、に、特に深く心に刻まれた思い出、である。



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2012年03月13日

もののあわれについて。552

帥の宮と聞えし、今は兵部卿にて、今の上に御かはらけ参り給ふ。

蛍宮
いにしへを 吹き伝へたる 笹竹に さへづる鳥の 音さへ変わらぬ

あざやかに奏しなし給へる、用意ことに、めでしたし。取らせ給ひて、

主上
うぐひすの 昔を恋ひて さへづるは 木伝ふ花の 色やあせたる

と宣はする御ありさま、こよなくゆえゆえしくおはします。これは御わたくしざまに、うちうちの事なれば、あまたにも流れずやなりにけむ。また書き落としてけるにやあらむ。




むかし、帥の宮と申し上げた方は、今は、兵部卿になられて、今上に盃を差し上げる。

蛍宮
昔のままに、聞える笛の音、それに、鶯の鳴き声まで変わりません。

おめでたく奏上して、お取り成しになる。この心遣いは、見事である。お手に遊ばして、

主上
鶯が、木から木へと渡りながら、昔を慕い鳴いている。木の花の色が、昔より、悪いからだろうか。

と、おっしゃる様子は、この上なく、奥ゆかしい。今日の、御盃は、非公式の、内輪の催しであるから、沢山の人に、その盃が渡らなかったのでしょうか。それとも、筆取る者が書きもらしたのか。

帥の宮は、源氏の、弟である。

源氏の、兄弟と、源氏の子である、帝の三人の、やり取りである。




楽所遠くておぼつかなければ、御まへに御琴ども召す。兵部卿の宮琵琶、内の大臣和琴、筝の御琴院の御まへに参りて、琴は例の太政大臣賜はり給ふ。せめ聞え給ふ。さるいみじき上手のすぐれたる御手づかひどもの、つくし給へる音はたとへむ方なし。唱歌の殿上人あまたさぶらふ。「安名尊」遊びて次に「桜人」、月おぼろにさし出でてをかしき程に、中島のわたりに、ここかしこ篝火どももとして、おほみ遊びはやみぬ。




楽所が、遠くて、はっきりと聞えないので、主上は、御前に弦楽器を持ってこさせる。兵部卿は、琵琶、内大臣は和琴、筝の御琴は、上皇陛下に差し上げて、琴は、いつもの通り、太政大臣が頂戴する。是非にと、仰せがあり、そのような素晴らしい上手な方が、優れた御手の弾き方で、秘術を尽くす、楽の音は、素晴らしいのである。唱歌の殿上人が、多く控えている。「安名尊」を謡い、次に「桜人」を。月が朧に差し出て、趣のある頃、中島の、あちこちに、篝火を焚いて、この御遊びが終わった。




夜ふけぬれど、かかるついでに、大后の宮おはします方をよぎてとぶらひ聞えさせ給はざらむも、なさけなければ、かへさに渡らせ給ふ。大臣もろともにさぶらひ給ふ。后、待ちよろこび給ひて、御対面あり、いといたうさだすぎ給ひにける御けはひにも、故宮を思ひ出で聞え給ひて、かく長くおはしますたぐひもおはしけるものを、と、口惜しう思ほす。大后「今はかくふりぬるよはひに、よろづの事忘られ侍りにけるを、いとかたじけなく渡りおはしまいたるになむ、さらに昔の御世の事思ひ出でられ侍る」と、うち泣き給ふ。主上「さるべき御かげどもにおくれ侍りて後、春のけぢめも思ひ給へわかれぬを、今日なむなぐさめ侍りぬ。またまたも」と、聞え給ふ。




夜が更けた。こういう機会に、大后の宮の、お住まいを避けて、お伺いしないのも、思いやりがないと、帰りにお立ち寄りになる。大臣も、一緒に、お供する。
大后は、お待ち遊ばして、喜び、御対面される。ひどく年を取った様子につけても、主上は、亡くなった、藤壺を思い出し、このように、長生きする方もいるのに、と、残念に思う。大后は、今は、こんなに、すっかり、年を取り、何もかも、忘れてしまいました。恐れ多くも、おいで下さいまして、今更のように、昔の御世が、思い出されることで、ございます。と、泣くのである。
主上は、頼りになる方々も、先立たれ、いつ春になったのかも、はっきりしませんでした。今日は、お目にかかって、心も安らぎました。時々、お伺いいたします、と、申し上げる。

昔の御世、とは、桐壺院の御世である。

さるべき御かげども、とは、桐壺院と、藤壺のこと。





大臣もさるべきさまに聞えて、源氏「ことさらにさぶらひてなむ」と、聞え給ふ。のどやかならで帰らせ給ふ響きにも、后は、なほ胸うち騒ぎて、いかに思し出づらむ。世をたもち給ふべき御宿世は、けたれぬものにこそ、と、いにしへを悔い思す。



大臣も、適当に挨拶をして、源氏は、改めて、お伺います、と、申し上げる。
ゆっくりされず、帰る威勢を御覧になり、大后は、今でも、胸が静まらず、昔のことを、思い出して、どんな気持ちでいるのかと、思う。結局は、政権を取るという、運命は、押し潰せなかったのだ、と、昔を後悔する。

いかに思し出づらむ
どんな気持ちでいるのか、とは、源氏に対する、心境である。
当初は、源氏を嫌い、政権から、源氏を遠ざけたのである。

源氏に対する、意地悪を、今、振り返り、後悔するという。

世をたちも給ふべき御宿世
結局、政権を取るべき、運命だったのだ。

彼女は、主上が、源氏の子であると、知っていたのである。

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2012年03月14日

もののあわれにいて。553

尚侍の君も、のどやかに思し出づるに、あはれなること多かり。今もさるべき折、風の伝にもほのめき聞え給ふこと絶えざるべし。后はおほやけに奏させ給ふことある時々ぞ、御たうばかり年官年爵、何くれのことに触れつつ、御心にかなはぬ時ぞ、命長くてかかる世の末を見ること、と取りかへさまほしう、よろづを思しむつかりける。老いもておはするままに、さがなさもまさりて、院もくらべ苦しくたへがたくぞ、思ひ聞え給ひける。




尚侍、かんの君も、ゆったりした気持ちになり、昔の事を思い出すと、あはれなること、多かり。
今でも、都合の良いときには、わずかのツテに、こっそりと、お手紙を贈りになることが、続いている。大后は陛下に申し上げることのある折々、御下賜の年官年爵、その他色々なことにつけて、自分の思い通りにならないときは、長生きをして、こんな酷い目に遭うなんて、と、もう一度、院の御代にしたいと、何につけても、機嫌が悪い。年を取るに連れて、根性の悪さも、酷くなり、院も、ご機嫌を取りにくく、辛抱できないで、困っている。

あはれなること多かり
胸を痛めることが、多い。
辛く、切ないことが、多い。




かくて大学の君、その日の文うつくしう作り給ひて、進士になり給ひぬ。年つもれるかしこき者どもをえらせ給ひしかど、及第の人わづかに三人なむありける。秋の司召に、かうぶりえて、侍従になり給ひぬ。かの人の御こと、忘るる世なけれど、大臣の切にまもり聞え給ふもつらければ、わりなくてなども対面し給はず。御消息ばかり、さりぬべきたよりに聞え給ひて、かたみに心苦しき御中なり。




こうして、大学に学ぶ君、夕霧は、あの試験の日の詩文を見事に作り、進士になった。長年、修業した才学のある者だけを、選んだのだが、及第したのは、三人だった。秋の、定期異動に、従五位になって、侍従になられた。あの方のことは、忘れる時はないが、内大臣が、熱心に監視しているのも辛いので、無理をして会うことは、せずに、ただ、お手紙を適当な時に、差し上げるだけで、互いに、気のかかる御仲である。

かの人
雲井雁のこと。




大殿、静かなる御住まひを、同じく広く見所ありて、ここかしこにておぼつかなき山里人などをも、つどへ住ませむの御心にて、六条京極のわたりに、中宮の御ふるき宮のほとりを四町を占めて、造らせ給ふ。式部卿の宮、明けむ年ぞ五十になり給ひけるを、御賀のこと、対の上おぼし設くるに、大臣もげに過ぐしがたき事どもなり、と、思して、さやうの御いそぎも、同じくは珍らしからむ御家居にてと、いそがせ給ふ。




大殿は、落ち着いた、住まいを、同じことなら、広く立派にして、別居していては、心配な、山里に住む人なども集めて、住まわせようというつもりで、六条京極のあたりに、中宮の昔の邸がある、近所を、四町手にいれ、造られる。
式部の宮は、あくる年、五十になられるので、御賀のことを、対の上が、準備しているが、殿様も放っておくわけにはいかないと、思い、その準備も、同じするなら、新しい邸で、と、早速完成させようと、される。

式部卿とは、紫の上の父親。
山里人とは、明石の女である。




年かへりては、ましてこの御いそぎの事、御としみのこと、楽人舞人の定めなどを、御心に入れていとなみ給ふ。経仏法事の日の御装束、禄どもなどをなむ、上はいそがせ給ひける。東の院にも、分けてし給ふ事どもあり。御なからひ、ましていと雅かに聞えかはしてなむ、過ぎし給ひける。




新年になると、昨年以上に、祝いの準備、精進落としの事、楽人や舞人の選定などを、熱心になさる。経や、仏像の装飾、法事のお召し物、沢山の禄などを、対の上は、用意される。東の院でも、分担して、されることが多い。紫との仲は、今まで以上に、まことに優雅なお手紙をやり取りし、日を送っている。

対の上とは、紫のこと。
東の院とは、花散里である。




世の中ひびきゆすれる御いそぎなるを、式部卿の宮にも聞し召して、年頃世の中にはあまねき御心なれど、このわたりをばあやにくになさけなく事に触れてはしたなめ、宮人をも御用意なく、憂はしきことのみ多かるに、つらしと思ひ置き給ふ事こそはありけめ、と、いとほしくもからくも思しけるを、かくあまたかかづらひ給へる人々多かる中に、取りわきたる御思ひすぐれて、世に心にくくめでたきことに、思ひかしづかれ給へる御宿世をぞ、わが家まではにほひこねど、面目に思すに、またかくこの世にあまるまで響かしいとなみ給ふは、おぼえぬよはひの末のさかえにもあるべきかな、と喜び宣ふを、北の方は、心ゆかずものしとのみ思したり。女御の御まじらひの程などにも、大臣の御用意なきやうなるを、いよいようらめしと思ひしみ給へるなるべし。




世の中が、大騒ぎする用意であることを、式部卿の宮の、耳にも入り、長年の、世間には、恵み深い方ではあるが、宮の事となると、困ったことに、酷いことで、何かにつけて、恥しめて、こちらに仕えている者たちにも、おかまいなく、嫌な事ばかり、次々とあり、昔、自分のしたことで、酷いと思っていることがあるのだろうと、残念にも、辛くも思っていたが、このように、大勢の関係がある、女が多い中で、特別の寵愛があり、とても奥ゆかしい方、結構な方として、大事にされている、紫の上の運を、自分の家までは、響いてこないが、嬉しいことだと思っていた。その上、このように、身に余る程の、大騒ぎで、準備をしてくれるとは、思いもよらない、晩年の名誉である。と、喜びの言葉もあるが、北の方は、ただただ、不満、不快に思っている。ご自分の娘を、女御として、入内させた時にも、大臣が、好意を示さなかったので、以前よりも、一層、恨めしいと、思い込んでいるようである。

思ひかしづかれ給へる御宿世
これは、紫の上が、主語である。
作者が、紫の上に、給へる、と、敬語を使うのである。

かくあまたかかづらひ給へる人々多かる中に
源氏が、関わった女関係である。
その中でも、紫の上は、特別な存在になったという。

式部卿は、故藤壺と、兄妹であり、紫の上の、父親である。


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2012年03月15日

もののあわれについて。554

八月にぞ、六条の院造りはてて渡り給ふ。未申の町は、中宮の御ふる宮なれば、やがておはしますべし。辰巳は、殿のおはすべき町なり。丑寅は、東の院に住み給ふ対の御方、戌亥の町は、明石の御方と思しおきてさせ給へり。もとありける池山をも、便なき所なるをば崩しかへて、水のおもむき、山のおきてをあらためて、さまざまに、御方々の御願ひの心ばへを造らせ給へり。




八月に、六条の院を造り、お引き移られる。
西南の町は、中宮の元の邸で、そのまま、そちらにお住まい遊ばす。東南は、殿のお住まいになるはずの町である。東北は、東の院にお住まいの、対の御方、西北の町は、明石の御方と、決められた。前からあった、池や山でも、相応しくないものは、崩して造りかえ、池のおもしろさ、山の姿を新しくして、一つ一つ、お住まいになる、婦人たちの、希望通りの、趣向で、造られたのである。




南の東は山高く、春の花の木、数をつくして植え、池の様面白くすぐれて、お前近き前裁、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩つつじなどやうの、春のもてあそびをわざとは植えて、秋の前裁をばむらむらほのかにまぜたり。中宮の御町をば、もとの山に、紅葉の色こかるべき植え木どもを植えて、泉遠くすまし、やり水の音まさるべき巌たて加へ、滝おとして、秋の野を遥かに作りたる。その頃にあひて、盛り咲き乱れたり。嵯峨の大井のわたりの野山、むとくに気おされたる秋なり。




東南は山が高く築いてあり、春に花咲く木を無数に植えた。池の様も、面白く優れて、お庭のさきの植え込みには、五葉の松、紅梅、桜、山吹、岩つつじなど、春の木草を、特に選んで植えて、秋の植え込みを、ひとつずつ少しほど、混ぜて植える。
中宮の御町には、もとからある山に、紅葉の色が濃い木々を植えて、澄んだ泉の水を遠くに流し、遣り水の音が、一層響くように、岩を増やし、滝を造り、水を落とし、見渡す限り、秋の野にしてある。




北の東は、涼しげなる泉ありて、夏の陰によれり。前近き前裁、呉竹、下風涼しかるべく、木高き森のやうなる木ども木深く面白く、山里めきて、卯の花の垣根ことさらにしわたして、昔おぼゆる花たちばな、なでしこ、薔薇、木丹などの、花くさぐさを植えて、春秋の木草、その中にうちまぜたり。




北の東側は、見るからに涼しそうな泉があり、夏の日を考えてある。庭先の植え込みは、呉竹の下を吹く風が、涼しく感じられるようにしてあり、高くそびえる植木が、森のように茂り、木深くして、面白く、山里のようで、卯の花の垣根を、更に周囲にめぐらして、昔が偲ばれる花橘、なでしこ、りんどう、など、色々な花を植えて、春の木、秋の草を、少し混ぜてある。




東面は、分けて馬場の殿つくり、埒結ひて、五月の御遊び所にて、水のほとりに菖蒲植え茂らせて、向かひに御やまして、世になき上馬どもを整え立てさせ給へり。西の町は、北面築き分けて、み蔵町なり。へだての垣に松の木しげく、雪をもてあそばむたよりによせたり。冬のはじめ、朝霜むすぶべき菊のまがき、われは顔なるははそ、をさをさ名も知らぬ深山木どもの、木深きなどを移し植えたり。




その東側は、一部を、馬場殿を造り、垣根を設けて、五月の端午の遊び場にし、池の岸に、菖蒲を植えて、向かい側に、馬屋を造り、またとない、最高の馬を、何頭も用意したのである。
北の西側の町は、北側を築地で仕切り、蔵が立ち並ぶ。その隔ての垣として、松の木が茂り、雪を見るために都合よくしてある。冬のはじめに、朝霜が結ぶようにと、菊の垣根があり、得意げに、紅葉にしている、ははそ、その原は、それから名の知らぬ奥山の、木々の、木深く茂っているものを、持ってきて、植えてある。




彼岸の頃ほひ渡り給ふ。一度にと定めさせ給ひしかど、さわがしきやうなりとて、中宮は少し延べさせ給ふ。例のおいらかに気色ばまぬ花散里ぞ、その夜添ひて移ろひ給ふ。
春の御しつらひは、この頃にはあらねど、いと心ことなり。御車十五、御前四位五位がちにて、六位殿上人などは、さるべき限りを選らせ給へり。こちたきほどにあらず。「世の謗りもや」と省き給へれば、何事もおどろおどろしう厳しき事はなし。




彼岸の頃に、引き移りになる。
一度にという、達しであるが、仰々しくはないかとあり、中宮は、少し延ばされる。いつもの通り、おとなしく、気取らない花散里が、その晩に、一緒に引き移るのである。
春向きの庭は、今の季節に合わないが、まことに見事である。女車が十五出て、前駆は、ほとんどが、四位、五位であり、六位の殿上人などは、特別に親しい者だけを、選ばれて、大袈裟というほどの、人数ではない。世間から、悪く言われることのないようにと、何につけても、大げさに威勢をはるというものではない。





いま一方の御気色も、をさをさ落し給はで、侍従の君添ひて、そなたはもてかしづき給へば、「げにかうあるべき事なりけり」と見えたり。
女房の曹司町ども、あてあてのこまげぞ、大方の事よりもめでたかりける。
五六日過ぎて、中宮まかでさせ給ふ。この御儀式はた、さは言へど、いと所狭し。御幸のすぐれ給へりけるをばさるものにて、御有様の心にくく重りかにおはしませば、世に重く思はれ給へる事すぐれてなむおはしましける。




もう一方の仕度も、大して劣らないようにして、侍従、夕霧の君が付き添い、そちらを、お世話されるので、このようにもあると、結構に思われた。女房たちの建物が、あちこちにあり、一々細かく割り当てているのが、他の何かのことより、素晴らしいことだった。
五、六日たち、中宮が、里下がりあそばす。この御儀式も、簡略にとの、殿の仰せであったが、誠に大変なことだった。御運のよろしいこと、申すまでもないこと。お人柄が奥ゆかしく、重々しくて、世間から重く扱われていることは、大変なことで遊ばす。

おはしませば
最高敬語である。

源氏が主語であり、作者の思いが、入り混じるという、とても、へんてこな文である。
それが、源氏物語なのである。

全文が、敬語で書かれているので、実に参考になる。
女房の視点だけは、変わらない。ゆえに、すべて、身分の高い人を扱うので、敬語になっている。


posted by 天山 at 02:56| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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