2011年08月03日

もののあわれについて。526

西面には御格子まいりたれど、いとひ聞え顔ならむも如何とて、一間ニ間はおろさず。月さし出でて、薄らかに積もれる雪の光あひて、なかなかいと面白き夜のさまなり。ありつる老いらくの心げさうも、よからぬものの世のたとひとか聞きし、と思し出でられてをかしくなむ。




西面では、御格子を下ろしたものの、源氏のお越しを、厭う顔も如何なものかと、一間ニ間は、そのままにしてある。月が上がり、うっすらと積もった雪が、月の光に映えて、なかなか面白い風情である。源氏は、先ほどの、老女の懸想ぶりを思い出されて、よからぬものの例に引かれると聞くと、おかしくなる。




今宵はいとまめやかに聞え給ひて、源氏「一言、憎しなども、人伝ならで宣はせむを、思ひ絶ゆる節にもせむ」と、おり立ちて責め聞え給へど、昔われも人も若やかに罪ゆるされたりし世にだに、故宮などの心よせ思したりしを、なほあるまじくはづかしと、思ひ聞えてやみにしを、世の末にさだすぎ、つきなき程にて、一声もいとまばゆからむ、と思して、さらに動きなき御心なれば、あさましうつらしと思ひ聞え給ふ。




今宵は、大変に真面目に、お話をされて、源氏は、せめて一言、嫌いだという、お言葉だけでも、ご自身で、お聞かせ下されば、それを思い諦めるきっかけにも、しましょうと、折り入って、せがむが、昔は、互いに年が若く、少しのあやまちも、大目にみともらえた頃でさえ、亡き父宮などの思し召しもあったが、それでも、話に乗るまい、相手になるまいと思って、何もなく終わったのに、盛りも過ぎ、年も取り、似合わしくない頃になって、一声聞かせるのも、恥ずかしいと、思われて、全く応じる気配もなく、あきれ果てた冷たい方だと、思うのである。




さすがにはしたなく、さし放ちてなどはあらぬ、人伝の御返りなどぞ心やましきや。夜もいたう更け行くに、風のけはひ烈しくて、まことにいともの心細くおぼゆれば、さまよき程におしのごひ給ひて、

源氏
つれなさを むかしにこりぬ 心こそ 人のつらきに 添へてつらけれ

心づからの」と宣ひすさぶるを、げにかたはらいたしと、人々、例の、聞ゆ。

朝顔
あらためて 何かは見えむ 人のうへに かかりし聞きし 心がはりを
昔にかはることは習はずなむ」と聞え給へり。




それでいて、突き放してという、程の、取次ぎを使っての、御返事で、気が揉める。夜も、すっかりと、更けて行くにつれ、風の吹き様子が、烈しく、まことに心細い感じがする。品よく、涙を拭いて、
源氏
冷たいお心を、昔から知りながらも、懲りずに、今も同じ私の気持ちが、あなたの辛さに加えて、辛いことです。

これも、自分のせいですが、と、口ずさんでいるのを、本当にお気の毒なと、女房たちは、例によって、姫君に、申し上げる。

朝顔
心をあらためて、今更、お目にかかることなど、出来ません。よその方は、そんなこともあると、聞きますが、気が変わるなどとは・・・

昔と違うことなど、存じませんと、おっしゃる。

源氏に、口説かれる、朝顔であるが、全く、受付ない様子である。




言ふかひなくて、いとまめやかに怨じ聞えて出で給ふも、いと若々しきここちし給へば、源氏「いとかく世のためしになりぬべき有様、漏らし給ふなよ。ゆめゆめ、いさら川などもなれなれしや」とて、せちにうちささめ語らひ給へど、何事かあらむ。人々も、「あなかたじけな。あながちに情おくれても、もてなし聞え給ふらむ。かるらかにおし立ちてなどは見え給はぬ御けしきを。心苦しう」といふ。




何とも、せんない様子で、真剣に怨みごとを言って、立ち去るのも、若造のようで、宣旨に、源氏は、とかく、世間の物笑いの種になりそうなことは、どうか、内証にしてください。必ずや、いさら川、などとは、慣れ過ぎです、と、仰せになり、しきりに女房たちが、ささやく声が聞える。何を言っているのだろうか。
女房たちも、本当に勿体ないこと。どうして、むやみに、冷たくお持て成しになるのだろう。軽々しく、扱うことなどということは、ないお方なのに。お気の毒なこと、という。

いさら川
古今集より
犬上の ところの山なる いさや川 いさと答へよ わが名漏らすな
人に問われても、知らないと言え。我が名を漏らすな。

なれなれしや
との、源氏の言葉は、恋人に言う言葉。そこで、源氏は、反省して、言うのである。




げに人の程の、をかしきにもあはれにも思し知らぬにはあらねど、物思ひ知るさまに見え奉るとて、おしなべての世の人の、めで聞ゆらむ列にや思ひなされば、かつは軽々しき心の程も見知り給ひぬべく、はづかしげなめる御有様を、と思せば、なつかしからむ情も、いとあいなし、よその御返などは、うち絶えで、おぼつかなかるまじき程に聞え給ひ、人伝の御いらへ、はしたなからで過ぐしてむ、と深く思す。年頃しづみつる罪うしなふばかり御行ひを、とは思し立てど、にはかにかかる御事をしも、もて離れ顔にあらむも、なかなか今めかしきやうに見え聞えて、人のとりなさじやは、世の人の口さがなさを思し知りにしかば、かつ侍ふ人にもうちとけ給ふ。御はらからの君達あまたものし給へど、ひとつ御腹ならねば、いと疎疎しく、宮の内いとかすかになりゆくままに、さばかりめでたき人の、ねんごろに御心をつくし聞え給へば、皆人、心を寄せ聞ゆるも、ひとつ心と見ゆ。




本当に、人柄をご立派なこととも、やさしいとも、お解かりにならないのではないのだが、情けに、応えして、世の人が、君を誉めることと、同じことに思われる。
そして、身分に相応しくない、自分の心の動きを、見通されるだろう。身が縮むほど、ご立派な方である。と、思し召すと、やさしくても、どうにもならない。せめて、礼儀通りのお返事だけでも、引き続き間遠くならないようにと、取次ぎをおいての、ご返事を、失礼のないようにと、思うのである。
長年遠ざかっていた、罪が消えるほどの、勤行をしたいと思うが、急に、君との仲のことも、打ち切り顔に振舞うのも、かえって、今めかしきように、見えるし、聞えるので、世間が、取り沙汰するのではないかと、世の中の評判好きを知っているので、一方では、侍女たちにも、気を許さず、用心しつつ、次第に、お勤めに、励む。
ご兄弟の君達も、大勢いらっしやるのだが、腹違いの方々なので、すっかり、疎遠になり、御殿の中は、寂れて行くにつけて、侍女たちも、あのような、ご立派な方が、熱意を込めて、お心を寄せて下さるので、皆揃って、源氏に味方するのも、誰も、同じ気持ちである。

侍女たちが、源氏に心を寄せるのは、朝顔と、結ばれることを、願うからである。

次第に、朝顔の心も、源氏に傾くのである。




posted by 天山 at 05:10| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

もののあわれについて。527

大臣は、あながちに思し焦らるるにしもあらねど、つれなき御気色のうれたきに、負けて止みなむも口惜しく、げに、はた人の御有様、世のおぼえことにあらまほしく、物を深く思し知り、世の人のとあるかかるけぢめも聞き集め給ひて、昔よりもあまた経まさりて思さるれば、今更の御あだも、かつは世のもどきをも思しながら、むなしからむはいよいよ人わらへなるべし、いかにせむ、と御心動きて、二条の院に夜がれ重ね給ふを、女君「たはぶれにくく」のみ思す。忍び給へど、いかがうちこぼるる折もなからむ。




大臣、源氏は、ひたむきに執心というのではないが、冷たい仕打ちが腹立たしいのに、引き下がるのも、癪に障る。それに、源氏自身、品格といい、世間での評判といい、実に、申し分なく、深い分別もあり、世の人の、その時々の、判断も知り、若い頃よりは、経験を積んだと、思っている。
今更、浮気沙汰も、世間の非難を招くと知りつつも、このまま、空しく引き下がっては、いよいよ笑い者になる。どうしたものかと、迷うと、二条の院にも、帰らない夜が重なり、女君、紫は、戯れにくく、と、思うばかり。がまんしているが、悲しみに、涙のこぼれる時もある。

たはぶれにくく
古今雑体俳諧歌
ありぬやと 試みがてら 会ひみねば 戯れにくき までぞ恋しき
冗談として、すまされない思いである。




源氏「あやしく例ならぬ御気色こそ、心得がたけれ」とて、御髪をかきやりつつ、いとほしと思したるさまも、絵にかかまほしき御あはひなり。




源氏は、妙にお顔の色が、すぐれませんが、どうなさったのか、とおっしゃり、紫の御髪を撫でながら、いとおしいと思っている様子は、絵に書きたいような、間柄である。

最後は、作者の言葉。




源氏「宮うせ給ひて後、上のいとさうざうしげにのみ世を思したるも、心苦しう見奉り、太政大臣もものし給はで、見ゆづる人なき事しげさになむ。この程の絶え間などを、見ならはぬことに思すらむも道理にあはれなれど、今はさりとも心のどかに思せ。おとなび給ひためれど、まだいと思ひやりもなく、人の心も見知らぬ様にものし給ふこそらうたけれ」など、まろがれたる御額髪ひき繕ひ給へど、いよいよ背きて物も聞え給はず。源氏「いといたく若び給へるは、誰が慣はし聞えたるぞ」とて、常なき世にかくまで心おかるるもあぢきなのわざや、とかつはうちながめ給ふ。




源氏は、宮、藤壺が、お亡くなりになってからは、主上が、何をする元気もないようで、お気の毒に、拝し、太政大臣もいらっしゃらないので、仕事を任せる人もなく、忙しいのです。その間、こちらに帰れないのを、今までにないことと、恨むのは、もっともなこと。だが、もう、安心してください。大きくなり、まだ人の気持ちが解らず、私の心もわからないようですが、かわいらしい、と、涙にもつれた、御額髪を直して差し上げる。が、ますます横を向いて、何も言わない。
源氏は、こんなに、子どものようにいらっしゃるのは、一体、誰の躾のせいか、と、仰せになり、こんな定めない世に生きて、こうまで、この人から隔てられるのは、辛い事だと、考える。

この当り、源氏の、我がまま、勝手気ままな性格が、見える。
紫は、単に、源氏が懸想している女がいることに、嫉妬しているだけで、当然である。
それを、常なき世にかくまで心おかるるもあぢきなのわざ・・・
自分勝手すぎる。とは、現代の私の考え。

恋愛に対する考え方に、大きな違いがあると、思う。

当時は、何人の女がいても、当たり前の時代。
源氏の、地位にあれば、側室など、何人いてもいいのである。




源氏「斎院にはかなしごと聞ゆるや、もし思しひがむる方ある。それはいともて離れたることぞよ。おのづから見給ひてむ。昔よりこよなう気遠き御心ばへなるを、さうざうしき折々、ただならで聞えなやますに、かしこもつれづれにものし給ふ所なれば、たまさかの答などし給へど、まめまめしき様にもあらぬを、かくなむあるとしも憂へ聞ゆべき事にやは。うしろめたうはあらじと、思ひ直し給へ」など、日一日慰め聞え給ふ。




源氏は、斎院は、たわいもないことを申し上げたことを、もしや、取り違えているのかもしれない。それは、大変見当違い。いずれ、お解かりになるだろう。昔から、至って、そのような事は、疎い方で、騒々しい折々に、お手紙を差し上げて、困らせることもあるだろうが、あちらも、退屈して、たまに、お返事を下さることもあるが、真っ当なお返事ではないものを、一々、打ち明ける事でもない。心配などないと思い直してください。と、一日がかりで、ご機嫌を取るのである。

源氏の、懸命な言い訳が、面白い。
 
はかなしごと聞ゆるや、もし思しひがむる方ある

儚いことを、申し上げたが、それが、勘違いされて、大そうなことになっている・・・
という、源氏の、嘘。
紫の上を、騙せると、思うのである。

まめまめしき様あらぬ
特別な話しではない。
それを、一々、報告する必要もないだろう・・・

浮気をする男の、言い分であろう。
いつの世も、同じか・・・

そして、とても、のんびりした、物語になっている。


posted by 天山 at 05:08| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月05日

もののあわれについて。528

雪のいたう降りつもりたる上に、今も散りつつ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に、人の御かたちも光まさりて見ゆ。
源氏「時々に着けても、人の心をうつすめる、花紅葉の盛よりも、冬の夜のすめる月に雪の光りあひたる空こそ、あやしう色なきものの身にしみて、この世のほかの事まで思ひ流され、面白さもあはれさも残らぬ折なれ。すさまじき例に言ひ置きけむ人の心浅さよ」とて、御簾巻上げさせ給ふ。




雪がたいそう降り積もった上に、更に、ちらつく中、松と、竹の対照的なのが、面白く見渡せる夕暮れである。源氏の姿も、一段と輝いて見える。
源氏は、四季折々の中でも、人が特に、心をひかれる花や、紅葉の盛りより、冬の夜の、冴えた月に雪の照り映えた空が、実に、色のない眺めながら、心に沁みて、この世の外の事までが、思いやられ、面白さも、あわれさも、これに過ぎるものはない。それを面白くないことにしている、昔の人の、心の浅いこと、と、おっしゃり、御簾を巻き上げさせる。




月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前裁のかげ心苦しう、遣り水もいといたうむせびて、池の氷もえもしはずすごきに、童女おろして、雪まろばしせさせ給ふ。をかしげなる姿、頭つきども、月に映えて、大きやかに慣れたるが、さまざまのあこめ乱れ着、帯しどけなき宿直姿なまめいたるに、こよのうあまれる髪の末、白きには、ましてもてはやしたる、いとけざやかなり。ちひさきは、童げてよろこびはしるに、扇なども落として、うちとけ顔をかしげなり。いと多うまろばさむと、ふくつけがれど、えも押し動かさでわぶりめり。かたへは、東のつまなどに出で居て、心もとなげに笑ふ。




月がくまなく照り、あたり一面、真っ白に見える。その中に、萎れた植え込みの、かげも痛々しく、遣り水も、むせび泣くようだ。池の氷も、何とも凄い。
女童、めのわらわ、を、庭に下ろして、雪のまろばしをさせる。かわいらしい姿や、髪の様子が、月に映えて、大きなものなれた女童たちが、色とりどりの、あこめ、を羽織り、袴の帯も、しどけない、寝巻き姿は、色っぽいのである。長く垂れた髪の先が、白い雪に、一段と映えて、鮮やかである。小さな連中は、子どもらしく、喜び跳ね回り、扇なども、落とし、御前も忘れて、遊んでいる顔が、いかにも、可愛らしい。もっと沢山丸めて、雪を転がすうちに、動かせなくなり、困っている。一部の人は、東の縁先に出て、気を揉みつつ、笑っている。

童女は、召使たちである。
あこめ、という着物は、単衣と、下重ねの間に、着るもので、童女は、上の衣を着ないので、あこめ、が、表衣となる。

乱れ着、とは、しっかりと、着ないこと。

童げて
幼い様にて。




源氏「一年、中宮の御前に雪の山つくられたりし、世にふりたることなれど、なほめづらしくもはかなき事をしなし給へりしかな。何の折々につけても、口惜しう飽かずもあるかな。意図気遠くもてなし給ひて、くはしき御有様を見ならし奉り事はなかりしかど、御まじらひの程に、うしろやすきものには思したりきかし。うち頼み聞えて、とある事かかる折につけて、何事も聞え通ひしに、もて出でて、らうらうじき事も見え給はざりしかど、いふかひあり、思ふさまに、はかなき事わざをもてなし給ひしはや。世にまたさばかりの類ありなむや。やはらかにおびれたるものから、深うよしづきたる所の、並びなくものし給ひしを、君こそは、さいへど紫のゆえこよなからずものし給ふめれど、すこしわづらはしき気添ひて、かどかどしさのすすみ給へるや苦しからむ。前斎院の御心ばへは、またさま異にぞ見ゆる。さうざうしきに、何とはなくとも聞え合せ、われも心づかひせらるべき御あたり、ただこの一所や、世に残り給へらむ」と宣ふ。




源氏は、ある年、中宮の御前に、雪の山が作られていたが、幾度も繰り返されてきた遊びだが、この折り、あの折りにつけて、亡くなられたことが、残念に思われる。
お傍に、近づけなく、詳しい様子を知ることはなかったが、宮中においでの頃は、心安い相談相手と、思ってくださった。私も、頼りにし、何かあるときは、何事もご相談申し上げたが、目立つほど、立派なことはなかったが、申し上げた甲斐があった。感心するほど、ちょっとしたことでも、仰せになった。
この世に、二人といない、あのような方はいないだろう。いかにも、女らしく大様で、その反面、奥深い心の、趣は、たぐい稀であり、あなたこそ、なんと言っても、紫のゆかり深くして、少しうるさいところもあり、気かんきが勝っているのが、困り者。前斎院の性格は、また様子が違っている。所在無いとき、用事がなくても、便りをしあい、こちらも、気を使わずにいられない、という方は、もう、このひと方だけ、今日には、残っていらっしゃる。と、おっしやる。

紫の上と、藤壺は、叔母、姪の関係である。

朝顔は、源氏に、心のありようを、正させるという。




紫上「内侍のかみこそは、らうらうじくゆえゆえしき方は人にまさり給へれ。あさはかなる筋など、もてはなれ給へりける人の御心を、あやしくもありける事どもかな」と宣へば、源氏「然かし。なまめかしう容貌よき女の例には、なほ引き出でつべき人ぞかし。さも思ふに、いとほしく悔しきことの多かるかな。まいて、うちあだけすきたる人の、年つもり行くままに、いかに悔しきこと多からむ。人よりはこよなき静けさと思ひしだに」など、宣ひ出でて、かんの君の御事にも、涙すこしは落とし給ひつ。




内侍、ないしのかみ、は、何事にも、行き届いて、奥ゆかしいことでは、どなたよりも、優れています。浮ついたところなど、ありませんでしたのに、変な噂が、何かとございました、と、おっしやる、と、源氏は、そうだ。色っぽくて、美しい人の例としては、矢張り引き合いに出さなければならない。そう思うと、お気の毒で、残念なことが、沢山ある。まして、浮気な発展家は、年を取るにつれて、どんなに後悔することが多いだろう。人より、遥かにおとなしいと思う、私でさえ、こうなのだから、などと、口にする。
内侍の君のために、少しは涙を落とすのである。

内侍の君、とは、朧月夜の君である。

人よりはこよなき静けさと思ひしだに
自分は、移り気ではなく、静かに暮らしてきたと、言う、源氏。

まあ、なんと言う、厚かましさか・・・
それこそ、色々な女に、移り気に、接してきたはず。だが、それなりに、皆を、心に掛けていたということは、言える。


posted by 天山 at 06:06| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

もののあわれについて。529

源氏「この数にもあらず貶しめ給ふ山里の人こそは、身の程にはややうち過ぎ、物の心など得つべけれど、人よりことなるべきものなれば、思ひあがれるさまをも見消ちて侍るかな。いふかひなき際の人はまだ見ず。人はすぐれたるは難き世なりや。東の院にながむる人の心ばへこそ、ふり難くらうたけれ。さはたさらにえあらぬものを、さる方につけての心ばせ人にとりつつ見そめしより、同じやうに世をつつましげに思ひて過ぎぬるよ。今はた、かたみに背くべくもあらず、深うあはれと思ひ侍る」など、今昔の御物語に夜ふけゆく。




源氏は、あの物の数にも、入らないと、蔑んでいる、山里の人は、身分には、過ぎるほど、物の道理も心得て、何分、人々と同じ扱いは、できない。気位の高いのも、見て見ぬ振りをしています。お話にもならない、生まれの女は、まだ、世話をしたことがない。人というものは、優れた人は、中々いないものだ。東の院に、寂しく暮らす人の気立ては、いつも変わらず、愛らしい。あのようには、とても、出来ないものだが、あの人の、性質を美しいと、思い、世話をして以来、変わらぬ態度で、遠慮深く暮らしている。今となっては、お互いに、別れることもなく、心から、可愛いと、思っています、なとど、昔のお話、今のお話に、夜が、更けてゆく。

山里の人とは、明石の君。
さる方とは、花散里のこと。




月いよいよ澄みて、静かに面白し。女君、


こほりとぢ 石間の水は ゆきなやみ 空すむ月の かげぞながるる

外を見出して、すこし傾き給へる程、似る物なくうつくしげなり。かんざしおもやうの、恋ひきこゆる人のおもかげに、ふとおぼえて、めでたければ、いささか分くる御心もとりかさねつべし。鴛鳶のうち鳴きたるに、

源氏
かきつめて むかし恋しき 雪もよに あはれをそふる をしのうきねか




月が、いよいよと、澄んで、あたりは静まり、趣が深い。女君

紫上
地には、氷に閉ざされて、石間の水も、流れかねております。天上では、月が冴え渡り、滞りなく、西に流れて行きます。

外を眺めて、少し頭を傾ける様子は、比べるものがなく、美しい。その髪の具合や、面差しが、恋しい方の、面影かと、思われて、美しいので、少しは、よそに動いていた心も、紫の上への愛情に加わるだろう。そこに、おしどり、が鳴く。

源氏
何もかも、すべて集めて、昔のことを思う、この雪の夜に、ひとしお、あはれを添える、おしの、鳴き声。




入り給ひても、宮の御事を思ひつつ大殿籠れるに、夢ともなくほのかに見奉るを、いみじくうらみ給へる御気色にて、藤壺「漏らさじと宣ひしかど、うき名の隠れなかりければ、はづかしう、苦しき目を見るにつけても、つらくなむ」と宣ふ。御いらへ聞ゆと思すに、おそはるるここちして、女君の、「こはなどかくは」と宣ふに、おどろきて、いみじく口惜しく、胸のおき所なく騒げば、おさへて、涙も流れ出でにけり。今もいみじく濡らし添へ給ふ。女君、いかなる事にかと思すに、うちもみじろがで臥し給へり。

源氏
とけて寝ぬ 寝ざめ寂しき 冬の夜に むすぼほれつる 夢の短かさ




寝所に、入っても、宮のことを思い、休まれたので、夢ともなく、かすかに、お姿を拝するが、大変、恨みのある様子である。その、藤壺が、口にしないと、おっしゃっていましたが、浮き名が漏れてしまいました。顔向けも出来ず、苦しい目にあっております。辛く思います、と、おっしゃる。お返事をするときに、モノに襲われる気がして、女君が、これは、どうして、こんなことに、と、おっしゃる声に目が覚め、いいようなく、名残惜しく、胸騒ぎがする。じっとしていても、涙まで流れるのである。今も、泣き濡れている。
女君は、どういうことかと、身じろぎもしないで、横になっている。

源氏
安らかに、眠られず、ふと、覚めた寂しい冬の夜に、わずかに見た夢の、短いこと。

藤壺の宮が、夢に現れて話すのである。




なかなかあかず悲しと思すに、とく起き給ひて、さとはなくて、所々に御誦きょうなどせさせ給ふ。「苦しき目見せ給ふ」とうらみ給へるも、さぞ思さるらむかし。行ひをし給ひ、よろづに罪軽げなりし御有様ながら、この一事にてぞ、この世の濁りをすすい給はざらむ、と、物の心を深く思したどるに、いみじく悲しければ、何わざして、しる人なき世界はおはすらむを、とぶらひ聞えにまうでて、罪にもかはり聞えばや、など、つくづくと思す。かの御ために、とり立てて何わざをもし給はむは、人とがめ聞えつべし。内にも、御心の鬼に思す所やあらむ、と思しつつむ程に、阿弥陀ほとけを心にかけて、念じ奉り給ふ。おなじ蓮にとこそは、

源氏
なき人を したふ心に まかせても かげ見ぬみつの 瀬にやまどはむ

と思すぞ憂かりける、とや。




なまじ、お姿を見た事が、悲しみの思いを、癒したので、早く起き上がり、それとは、言わずに、所々で、読経などするのである。苦しい目に遭わせると、恨んだことも、さぞ、そのように思っているだろう。勤行を行い、何につけても、罪障は軽く、お見受けした様子。だが、この秘密のために、この世の、濁りを清められないのか、と、深く物の道理を、思うと、たまらなく、悲しい。どんな手立てでもして、知る人のない、世界においでなので、探して、罪も代わって差し上げたいと、思いに沈む。
かの宮のために、取り立てて、法要などを行っては、世間の疑惑を招くだろう。主上も、気が咎めて、事実を、知られるかもしれない、と、用心するので、ただ、阿弥陀仏を、熱心に念じて、同じ蓮の上に、と、思うのである。

源氏
なき方を、慕うままに、訪ねても、姿も見えぬ、冥土の川のほとりで、迷うだろろう。

と、思うのが、辛かったとか、いう、お話しでした。

内にも、御心の鬼に思す所やあらむ
内とは、主上である。その、主上が、事実を知る。源氏と藤壺の、密通である。
そして、源氏の子であることを。

同じ蓮にとこそは
来世で、夫婦が、一つの蓮の花の上に、生まれかわるという。

かげ見ぬみつの 瀬にやまどはむ
亡き人は、川を渡るという。

まどはぬ
迷うだろう。

朝顔を、終わる。

源氏の、お話しは、まだ、続く。


posted by 天山 at 11:38| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月24日

もののあわれについて。530

乙女

年かはりて、宮の御はても過ぎぬれば、世の中色あらたまりて、ころもがへの程なども今めかしきを、まして祭の頃は、大方の空の気色ここちよげなるに、前斎院はつれづれとながめ給ふ。お前なる桂の下風なつかしきにつけても、若き人々は思ひ出づる事どもあるに、大殿より、源氏「みそぎの日は、いかにのどやかに思さるらむ」と、とぶらひ聞えさせ給へり。
源氏「今日は、

かけきやは 川瀬の波も たちかへり 君がみぞぎの 藤のやつれを

紫の紙、立文すくよかにて、藤の花につけ給へり。折のあはれなれば、御返りあり。

朝顔
ふぢ衣 着しは昨日と 思ふまに 今日はみそぎの 瀬にかはる世を

はかなく」とばかりあるを、例の御目とどめ給ひて見おはす。




年が明けて、藤壺の宮の、一周忌も終わり、世の人は、喪服を脱ぎ、衣更えの頃など、華やかである。葵祭りの頃は、ふと仰ぐ空の眺めも、清清しく感じる。
しかし、斎院は、所在無く、物思いに、耽る。庭先の、桂の木の下を吹く風が、何となく、懐かしく感じられるにつけて、若い女房たちは、思い出すことが色々とある。
そこに、大臣、源氏から、禊の日は、どんなにどんなにか、静かにしていられるのでしょう、と、お見舞いがあった。

源氏
今日の日は、加茂の川波が、今年再び寄せてきて、禊をされる、あなたの喪服姿を。
紫色の紙に、立文を折り目正しく、藤の花につけられた。折も折、感動を覚えて、お返事がある。

朝顔
喪服を着たのは、昨日と思っていました。もう、それを脱ぐと言う、禊をするとは、世の移り変わりの激しいこと。

儚いことです、とだけあるのを、源氏は、いつも通り、じっと見詰める。

君がみそぎの 藤のやつれを
藤のやつれ、とは、喪服のことである。

ここで、立文、たてぶみ、とは、懸想文ではなく、用事の文となる。




御服なほしの程などにも、宣旨のもとに、所せまきまで思しやれる事どもあるを、院は見苦しき事に思し宣へど、をかしやかに、けしきばめる御文などのあらばこそ、とかくも聞え返さめ、年ごろも、おほやけざまの折々の御とぶらひなどは、聞えならはし給ひて、いとまめやかなれば、いかが聞えも紛はすべからむ、と、もてわづらふべし。




喪服を脱がれるときなど、宣旨の所へ、始末に困るほどの、源氏からの、心遣いの品々が届くので、斎院は、困り、口にもするが、思わせぶりな、手紙などがあれば、何とか申し上げて、お返しする。長年、表立って、何かの折の、お見舞いなどは、差し上げていらして、今日も、非常に真面目な文面であり、どうして、断ることを、申し上げるかと、宣旨も、困っている様子。




女五の宮の御方にも、かやうに折すぐさず聞え給へば、いとあはれに、女五の宮「この君の、昨日今日の児と思ひしを、かくおとなびてとぶらひ給ふこと。かたちのいと清らなるに添へて、心さへこそ人には異に生ま出で給へれ」と、ほめ聞え給ふを、若き人々は笑ひ聞ゆ。




五の宮の、御方にも、このように、折を逃さず、お手紙を差し上げるので、いとあはれに、感心して、女五の宮は、この君は、つい昨日まで、子どもだと思っていたのに、こんなに一人前にお見舞いくださるとは、器量がまことに、よい。その上、気立てまで、他の人と、違うと、誉めるのを、若い女房たちは、笑う。

いとあはれに
深く、感心する、感動する。深く感じ入るという、状態である。
いと、は、強調である。




こなたにも対面し給ふ折は、女五の宮「この大臣の、かくいとねんごろに聞え給ふめるを。何か、今はじめたる御心ざしにもあらず。故宮も、筋異になり給ひて、え見奉り給はぬ嘆きをし給ひては、思ひ立ち事をあながちにもて離れ給ひしこと、など宣ひ出でつつ、くやしげにこそ思し折々ありしか。されど故大殿の姫君ものせられしかぎりは、三の宮の思ひ給はむことのいとほしさに、とかく言添へ聞ゆる事もなかりしなり。今はその、やむごとなくえさらぬ筋にてものせられし人さへなくなられにしかば、げになどてかは、さやうにておはせましもあしかるまじ、とうちおぼえ侍る」など、いと古代に聞え給ふを、心づきなしと思して、朝顔「故宮にも、しか心ごはきものに思はれ奉りて過ぎ侍りにしを、今更にまた世になびき侍らむも、いとつきなき事になむ」と聞え給ひて、はづかしげなる御けしきなれば、しひてもえ聞えおもむけ給はず。




朝顔にも、対面される時には、女五の宮が、この大臣が、こんなに誠をこめて、お手紙を下さるよし。まあ、今に始まった求婚でもありません。亡き宮も、他家にご縁を結ばれたので、婿にできないと、嘆きなって、望んでいたことが、叶わなかった、などと、後悔していらした事が、ありました。けれど、故太政大臣の姫君が、いらっしゃつた間は、三の宮が、気にされるのが、気の毒で、とやかく、口添えをしてあげる事もしなかったのです。今は、その、歴然とした、お方としていらした方まで、お亡くなりになったのですから、本当に、父宮の言った通りに、なさっても、別に悪くは、ありませんでしょう。そのように、思いますし、改めて、今このように、熱心におっしゃるのも、そうなるはずの、定めかとも、思います、など、とても古風なことを言うのも、嫌な話だと、朝顔は、亡き父宮にも、そんなに強情と思われていましたのに、今になって、改めて、皆の言うようになりましても、おかしなこと、と、おっしゃり、それ以上は、言えない雰囲気で、無理に勧めることも、できないのである。

いと古代に聞え給ふ
大変、古風に、古めかしく、聞える。

はづかしげなる御けしき
現代の、恥ずかしいという、状態ではない。何とも、威厳のあるという、雰囲気である。


posted by 天山 at 17:06| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月25日

もののあわれについて。531

宮人も上下みな心かけ聞えたれば、世の中いとうしろめたくのみ思さるれど、かの御みづからは、わが心をつくしあはれを見て聞えて、人の御けしきの、うちもゆるばむ程をこそ侍ちわたり給へ、さやうにあながちなるさまに、御心破り聞えむなどは思さざるべし。




邸内の人は、上下揃って、殿、源氏に心を寄せているので、姫宮は、毎日が心配で、たまらない。あのお方は、自分の心の真をかけて、愛情を見せ、朝顔の気持ちが和らぐのを、持っている。心配するように、無理強いに、自分が考えているようなことに背くことなどは、思っていないだろうと、思う。

これは、作者の考えであろう。




大殿腹の若君の、御元服のこと思しいそぐを、二条の院にてと思せど、大宮のいとゆかしげに思したるもことわりに心苦しければ、なほやがてかの殿にてせさせ奉り給ふ。右大臣をはじめ聞えて、御叔父の殿ばら、みな上達部のやむごとなき、御おぼえ異にてのみものし給へば、あるじ方にも、われもわれもと、さるべき事どもは、とりどりに仕うまつり給ふ。おほかた世ゆすりて、所せき御いそぎの勢なり。




太政大臣の、姫の若君、つまり、夕霧の、元服である。
その準備をなさる。源氏は、二条の院でと、思うが、大宮、太政大臣の妻である、が、見たがっているのも、無理は無いと、見せなければ、気の毒だと、やはり、そのまま、あちらの邸内で、執り行うことに。
右大臣をはじめとして、叔父の殿たちは、皆立派な上達部で、帝の信任も厚い方ばかりである。主人側も、一同競って、必要なことは、すべて思い通りにしてあげる。
世間中が、大騒ぎして、大変な、準備の、威勢である。

夕霧は、葵の上が生んだ子である。




四位になしてむと思し、世人も、さぞあらむと思へるを、まだいときびはなる程を、わが心に任せたるよにて、しかゆくりなからむも、なかなか目なれたる事なりと思しとどめつ。あさぎにて殿上にかへり給ふを、大宮は飽かずあさましき事、と思したるぞ、ことわりにいとほしかりける。




源氏は、夕霧を、従四位下にしようと、思った。世間の人も、そのように思った。しかし、源氏は、まだ夕霧は、幼い年頃である。自分の思いのままになる、天下で、そのように突然、四位にすることは、かえって、平凡すぎると、思いとどまった。
それで、六位のあさぎり色の冠で、殿上に帰ると、大宮は、六位は満足できない。あまりにも、酷いと思い、気の毒である。

当時は、生まれの身分が一番である。
だが、源氏は、夕霧に、教育を十分にさせて、と、考える。




御対面ありて、この事聞え給ふに、源氏「ただ今かうあながちにしも、まだきにおいつかすまじう侍れど。思ふやう侍りて、大学の道に、しばしならはさむの本意侍るにより、いまニ三年をいたづらの年に思ひなして、おのづからおほやけにも仕うまつりぬべき程にならば、いま人となり侍りなむ。みづからは九重の内に生ひ出で侍りて、世の中の有様も知り侍らず、夜昼お前に侍ひて、わづかになむはかなき書なども習ひ侍りし。ただかしこき御手より伝へ侍りしだに、何事も広き心を知らぬ程は、文の才をまねぶにも、琴笛の調にも、ねたらず、及ばぬ所の多くなむ侍りける。




大宮が、源氏に会い、この事を申し上げると、源氏は、今すぐに、夕霧をこのようにしてまでも、元服させて、まだ早いものを、大人っぽくしたくはないと思いますが、元服させました。
私には、考えるところありまして、夕霧を、大学寮に入れて、しばらく学問をさせたいと、前々から、考えていました。ニ三年を、無駄に費やすと考えて、自然に、朝廷にも、仕えるようになったら、夕霧も、まもなく、一人前になるでしょう。私も、宮中で、成長しまして、世の中の様子も、知りませんでした。昼夜と、帝に仕えて、ほんの少し、漢籍などを、習いました。しかし、直接、帝の御手から、教えられたことでさえ、何事も、広い知識を身につけないことには、学問を学ぶにしても、琴や笛の調べにしても、力不足で、人には、及ばないことが、沢山ありました。




はかなき親にかしこき子のまさるためしは、いと難き事になむ侍れば、ましてつぎつぎ伝はりつつ、へだてりゆかむ程の、行く先いとうしろめたなきによりなむ、思ひ給へおきて侍る。高き家の子として、つかさうぶり心にかなひ、世の中盛りにおごりならひぬれば、学問などに身を苦しめむ事は、いと遠くなむおぼゆべかめる。たはぶれ遊びを好みて、心のままなる官爵にのぼりぬれば、時に従ふ世人の、下には鼻まじろきをしつつ、追従し、けしきとりつつ従ふ程は、おのづから人とおぼえて、やむごとなきやうなれど、時移り、さるべき人に立ちおくれて、世おとろふる末には、人に軽めあなづらるるに、かかり所なき事になむ侍る。




つまらぬ親に、賢い子が、優れていることは、めったにないことです。まして、子々孫々と、次々に伝わってゆくうちに、その隔たりが広がり、その将来が、たいそう気がかりなので、考えて決心しました。
身分の高い家の子をして、官職と、階位が思いのままで、この世での、自分の栄華に驕り高ぶる癖がついてしまうと、学問などで、自分の身を苦しめることは、大変、縁の遠いことだと、きっと、思うようになるでしょう。
また、戯れ遊ぶ事を好み、思いのままに、官位が上がると、時勢に従う世間の人が、内心では、鼻であしらいつつも、媚び諂い、機嫌を取りながら、従っているうちは、自然と、ひとかどの人物らしく思われて、立派な人に見えても、威勢が変わり、最後の頃になると、世間の人に、軽んじられ、侮られるようになります。すがるところさえも、なくなってしまいます。


posted by 天山 at 23:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

もののあわれについて。532

なほ才をもととしてこそ、やまとだましひの世に用いらるる方も強う侍らめ。さしあたりては、心もとなきやうに侍れども、つひの世のおもしとなるべき心おきてをならひなば、侍らずながらも、かくてはぐくみ侍らば、せまりたる大学の衆とて、笑ひあなづる人もよも侍らじと思ふ給ふる」など聞え知らせ給へば、うち嘆き給ひて、大宮「げにかくも思し寄るべかりける事を、この大将なども、「あまりひきたがへたる御事なり」と、かたぶき侍るめるを、この幼なごごちにもいと口惜しく、大将、左衛門の督の子どもなどを、われよりはげろふと思ひおとしたりしだに、皆おのおの加階しのぼりつつ、およずけあへるに、あさぎをいとからしと思はれたるが、心苦しく侍るなり」と聞え給へば、うち笑ひ給ひて、源氏「いとおよずけても恨み侍るななりな。いとはかなしや、この人の程よ」とて、いとうつくしと思したり。源氏「学問などして、すこし物の心え侍らば、その恨みはおのづから解け侍りなむ」と聞え給ふ。




やはり、学問を土台として、思慮分別の能力が、世間に重んじられることも、強みです。当初は、もどかしく思われましょうが、将来、国の重鎮になるための、心得を身につけたならば、私がいなくなった後も、安心できます。今のところは、官位も、軽いものですが、私が面倒を見ていますから、貧乏な大学の学生と笑い、馬鹿にする人は、いませんでしょう。と、思います。などと、説明する。
大宮は、ため息をつき、なるほど、そのような考えがあってのこと。当然ですね。こちらの大将、昔の頭の中将のこと、なども、夕霧官位が、あまり例のないことと、納得がゆかず、不審に思っているようです。本人の幼い心も、大変残念で、大将や左衛門督の子供たちなどを、自分たちより身分が低い者と、見くびっている者でさえ、皆それぞれ、官位が進み、出世して一人前になってゆくのに、六位のあさぎ、を、大変辛いと思っていますのが、気の毒で、かわいそうに思われるのです、と、申し上げる。
源氏は、笑い、たいそう、生意気になって、不平を言うものですね。本当にたわいのないこと。まだ、そんな年頃なんですねと、言い、まあ、かわいいものです、と、源氏は、思う。
学問などして、少しものの道理がわかってきましたら、その恨みは、自然となくなるでしょう、と、大宮に、申し上げる。

やまとだしひ
ここでは、思慮分別の能力を言う。世間を渡る才能や、常識的な判断力、政治的な所作のことである。
大和心と、同じ意味である。
だが、後世、大和魂は、日本人の、精神的支柱として、武士道などから、その観念が発展してゆく。
日本人として、備え、身につけるべき、心得である。




あざなつくることは、東の院にてし給ふ。東の対をしつらはれたり。上達部殿上人、珍しくいぶかしき事にして、われもわれもと、つどひまいり給へり。はかせどもなかなか臆しぬべし。源氏「はばかる所なく、例あらむに任せて、なだむることなく、きびしう行へ」と仰せ給へば、しひてつれなく思ひなして、家よりほかに求めたる装束どもの、うちあはずかたくなしき姿などをもはぢなく、おももち、声づかひ、むべむべしくもてなしつつ、座につき並びたる作法よりはじめ、見も知らぬさまどもなり。




字、つまり、あざな、をつける式は、東の院でなさる。
東の対を設備された。
上達部、殿人上は、めったにないことと、どんなものか見たいと、我も我もと、集まった。博士たちも、これでは、かえって、気後れするだろうと、思われる。
源氏は、遠慮せずに、決まりがある通りにして、容赦なく、厳格に行えと、仰せられたので、無理に、平静を装い、借り物の、衣装が身に付かず、不恰好な姿も、恥ずかしがらず、顔つき、声までも、わざと、儀式ばり、ずらりと並ぶ。皆、見たこともない、連中である。

字、あざな、は、文章道に入学する者が、中国風に、好きな文字を選び、自称とするもの。

posted by 天山 at 17:28| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

もののあわれについて。533

若き君達は、え堪へずほほえまれぬ。さるは、もの笑ひなどすさまじく、過ぐしつつ、しづまれる限りをと選りいだして、瓶子なども取らせ給へるに、筋異なりけるまじらひにて、右大将、民部卿などの、あぶなあぶなかはらけとり給へるを、あさましくとがめ出でつつ、おろす。博士「おほし垣下あるじはなはだ非常に侍りたうぶ。かくばかりのしるしとあるなにがしを知らずしてや、おほやけには仕うまつりたうぶ。はなはだをこなり」などいふに、人々皆ほころびて笑ひぬれば、また、博士「鳴り高し。鳴りやまむ。はなはだ非常なり。座をひきて立ちたうびなむ」など、おどしいふもいとをかし。




若い、公達は、我慢できず、つい、笑い出す。実は、笑わないような、年もゆき、落ちついた者を選んで、お酌などをさせたが、いつもとは違う席なので、右大将や民部卿などが、精一杯盃を取るのを、呆れるばかりに、厳しく叱りつけるのである。
博士は、全体、相伴方の方々は、実に、もってのほか、である。これほど、著名な拙者を、知らなくて、朝廷に仕えているのか。まことになっておらん、と、言うので、人々が、皆、堪えきれずに、笑った。博士は、やかましい。静まりなされ。実にもってのほか。退席していただきましょう、などと、威張るのも、面白い。

垣下
かいもと、である。正客の他に、相伴役として、出席する人である。
えんが、とも言う。




見ならひ給はぬ人々は、珍しく興ありと思ひ、この道より出で立ち給へる上達部などは、したり顔にうちほほえみなどしつつ、かかる方ざまを思し好みて、心ざし給ふがめでたきこと、と、いとど限りなく思ひ聞え給へり。いささか物いふをも制す。なめげなりとてもとがむ。かしがましうののしりをる顔どもも、夜に入りては、なかなか、今すこしけちえんなる火影に、猿楽がましくわびしげに人わろげなるなど、さまざまに、げにいとならべてならず、さま異なるわざなりけり。




見慣れていない人々は、珍しい面白いことと、思い、儒者の上達部などは、つい得意げに、微笑みを浮かべて、殿様が学問の道を、愛好され、夕霧を大学へ進めたのは、結構なことだと、この上なく、敬服する。博士どもは、ちょっと物を言っても、叱りつける。失礼であるとまで言い、咎めるのである。
やかましく叱りつけていた、連中の顔も、夜になると、昼よりかえって、一段と明るい火の光で、滑稽じみて、貧相であり、不体裁で、それぞれに、普通ではなく、一風変わっているのである。




おとどは、源氏「いとあざかれ、かたくななる身にて、けうさうしまどかはかされなむ」と宣ひて、御簾のうちにかくれてぞ御覧じける。数定まれる座につきあまりて、帰りまかづる大学の衆どもあるをきこしめして、釣殿の方に召しとどめて、ことに物など賜はせりけり。




源氏は、私みたいに、ひょうきんで、頑固な者は、やかましく言われて、まごつくだろう、と、おっしゃり、御簾の中に隠れて、御覧になる。
設けの席が足りず、座りきれず、退出する大学の学生連中がいると、耳にされて、釣殿の方に、お呼びになり、特別に、賜ったものがあった。




事果ててまかづる博士、才人ども召して、またまた文作らせ給ふ。上達部殿上人も、さるべき限りをば、皆とどめ侍はせ給ふ。博士の人々は四韻、ただの人は、おとどをはじめ奉りて、絶句つくり給ふ。興ある題の文字えりて、文章博士奉る。短き頃の夜なれば、明けはててぞ講ずる。左中弁講師つかうまつる。かたちいと清げなる人の、声づかひものものしく神さびて読みあげたる程、いと面白し。おぼえ心ことなる博士なりけり。かかる高き家にむまれ給ひて、世界の栄花にのみたはぶれ給ふべき御身をもちて、窓の蛍をむつび、枝の雪をならし給ふ、心心に作り集めたる、句ごとに面白く、唐土にも持て渡り伝へまほしげなる世の文どもなりとなむ、その頃世にめでゆすりける。おとどの御はさらなり。親めきあはれなる事さへすぐれたるを、涙おとして誦し騒ぎしかど、女のえ知らぬことまねぶは、憎きことをと、うたてあればもらしつ。




式が終わり、退出する、博士や、作詞に堪能な者を、すべて残らせる。
専門家の人たちは、四韻、学者以外の人たちは、殿様をはじめ、絶句を作られる。
面白い題を選んで、文章、もんぞう、博士が、差し上げる。
夜が短い時期なので、披露されたのは、明け方である。
左中弁が、講師を勤める。顔立ちが綺麗で、声の調子が堂々として、荘厳な感じに読み上げるのは、実に、趣があった。評判のよい博士である。
このような、身分の高い家に生まれ、ありとあらゆる栄華に耽ける身でありながら、窓の蛍を友とし、枝の雪に親しむ、御勉強の熱心さを、あらん限りの故事を使い、喩えに引いて、思い思いに作った句は、どれも、面白い。大陸に持って行き、伝えたいと思われる程の、名文である。と、当時、世間では、褒め称えた事である。
殿様の、御作は、言うまでも無い。親らしい愛情までも、素晴らしい事だった。感涙を流して、吟じて騒いだのである。
しかし、女の身を、解りもしない漢詩を口にするのは、生意気だと、止めにしました。

最後は、作者の注釈である。

親めきあはれなる事
親の愛情の、あはれ、なること。
つまり、深い愛情の様を言う。

当時の、作詞は、漢詩である。
漢籍の知識が、最も、重要視された。

また、正式の文も、漢文で、書かれたものである。
であるから、源氏物語は、女の読むものという、意識があった。

下手をすれば、そのまま、闇に葬られた可能性もある。
藤原定家などの、書写により、現代まで、残ったのである。



posted by 天山 at 06:57| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月27日

もののあわれについて。534

うち続き、入学といふ事せさせ給ひて、やがて、この院のうちに御曹司つくりて、まめやかに、才深き師に預け聞え給ひてぞ、学問せさせ奉り給ひける。大宮の御許にも、をさをさまうで給はず。夜昼うつくしみて、なほ児のやうにのみもてなし聞え給へれば、かしこにては、え物習ひ給はじ、とて、静かなる所にこめ奉り給へるなりけり。一月に三度ばかりを、参り給へ、とぞ、許し聞え給ひける。




引き続いて、入学の儀式を行い、そのまま、東の院の中に、部屋を作り、才能ある師に預けて、真面目に学問をさせる。
大宮の所へも、めったに、出かけない。大宮は、つきっきりで可愛がり、元服しても、子供のように、扱うので、あちらでは、とても、勉強されないだろうと、静かな所に、閉じ込めたのである。
一月に、三度くらいなら、伺ってもよいと、許した。




つとこもり居給ひて、いぶせきままに、殿を、「つらくもおはしますかな。かく苦しからでも、高き位にのぼり、世に用いらるる人はなくやはある」と思ひ聞え給へど、大方の人がらまめやかに、あだめきたる所なくおはすれば、いとよく念じて、「いかでさるべき書どもとく読みはてて、まじらひもし、世にも出でたらむ」と思ひて、ただ四五月のうちに、史記などいふふみは、読みて給ひてけり。




じっと、籠もって、気が晴れず、殿様、源氏を、酷い方だ、こんなに苦しまなくても、高い位につき、世間に大事にされる人は、あるのに、と、思うが、性格が真面目で、浮ついたところがないので、よく我慢し、何とかして、必要な漢籍を、早く読み終えて、官の道につき、出世しようと、思うのである。ほんの、四、五か月の間に、史記などを、全部読んでしまった。

史記とは、司馬遷による、全百三十巻の書。




今は寮試験受けさせむとて、まづわがお前にてこころみさせ給ふ。例の大将、左大弁、式部の大輔、左中弁などばかりして、御師の大内記を召して、史記の難き巻に、寮試験受けむに、博士のかへさふべきふしぶしを引き出でて、一わたり読ませ奉り給ふに、至らぬくまなく方々にかよはし読み給へるさま、つまじるし残らず、あさましきまでありがたければ、さるべきにこそおはしけれ、と、誰も誰も涙おとし給ふ。大将は、まして、「故大臣おはせましかば」と、聞え出でて泣き給ふ。




もう、試験を受けさせようと考えて、まず、自分の前で、試験をされる。
例の通り、大将、左大弁、式部の大輔、左中弁などばかりで、先生の、大内記を呼んで、史記の難しい巻きで、寮試験を受けるとき、博士が質問しそうな箇所を取り上げて、一通り、読ませると、不明なところもなく、諸説に渡り読解する様子は、あきれるほど、よい出来である。
生まれが違うのだと、誰も誰も、涙を流す。伯父の大将は、まして、亡くなった大臣がいらしたら、と、おっしゃり、泣くのである。

夕霧の、学業の様である。

つまじるし残らず
爪で、印をつけておく。それも、残っていないという。




殿もえ心強うもてなし給はず、源氏「人の上にて、かたくななり、と見聞き侍りしを、子のおとなぶるに、親の立ちかはり痴れ行くことは、いくばくならぬよはひながら、かかる世にこそ侍りけれ」など宣ひて、おしのごひ給ふを見る御師のここち、うれしく面目あり、と思へり。大将盃さし給へば、いたうえひしれてをる顔つき、いとやせやせなり。世のひがものにて、才の程よりは用いられず、すげなくて身貧しくなむありけるを、御覧じうる所ありて、かくとりわき召しよせたるなりけり。身にあまるまで御かへりみを賜うて、この君の御徳に、たちまちに身をかたへたると思へば、まして行く先は、ならぶ人なきおぼえにぞあらむかし。




殿様、源氏も、我慢できず、他人のことでは、苦しくも、今まで、見聞きしてきたが、子が大きくなる一方で、親が代わって、馬鹿になってゆくことは、私など、まだたいした年というわけではないが、世間は、こうしたもの、などと、おっしゃり、涙を拭うのである。それを見る、大内記の気持ちは、嬉しく、面目をほどこしたと思うのだ。
大将が、盃を差すので、すっかり酔っ払う顔つきは、本当に痩せこけている。大変な、変わり者であり、学問の割には、世に用いられず、貧乏だったのを、源氏の目に留まり、このように、特別に、お召し出しになったのである。
身分に余るほどの、御好意を頂戴し、殿様のお陰で、急に生まれ変ったようになったのだ。だから、将来は、それ以上に、並ぶ者がないほど、名声を得るだろう。

最後は、作者の言葉である。

当時の、勉学の様子がよく解る。
漢籍を読み、覚えることが、学問の道だった。

大学寮の試験が受かると、擬文章生となる。

大内記とは、中務省の役人であり、詔勅を作り、位記を書く。
正六位上相当である。

乙女の巻は、夕霧の物語へと、移行してゆく。


posted by 天山 at 07:38| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

もののあわれについて。535

大学に参り給ふ日は、寮門に、上達部の御車ども数知らずつどひたり。おほかた世に残りたる、あらじと見えたるに、またなくてもてかしづかれて、つくろはれ入り給へる冠者の君の御さま、げにかかる交らひには堪へず、あてにうつくしげなり。例のあやしき者どもの立ちまじりつつ来いたる座の末を、からしと思すぞ、いとことわりなるや。ここにても、またおろしののしる者どもありて、めざましけれど、すこしも臆せず読み果て給ひつ。




大学に上がる日は、正門に、上達部の車が何台も、数え切れないほど、集まっていた。来ないでいる人は、いないと思われたが、特別に大事にされて、装束を整えてもらい、入られる、冠者の君の姿は、まことに、このような生活は、気の毒なほど上品で、可愛らしいと感じる。例の、みすぼらしい者たちが集まり、その座の末に座るのを、辛いと思うのも、無理は無い。

大学では、年齢により、座が決まる。
夕霧は、最年少の12歳であるから、末席である。
それが、辛いと、作者が言う。

本来、学生は、13歳以上16歳以下である。




昔おぼえて大学の栄ゆる頃なれば、上中下の人、われもわれもとこの道に志し集まれば、いよいよ世の中に、才ありはかばかしき人多くなむありける。文人擬生などいふなる事どもよりうちはじめ、すがすがしうはて給へれば、ひとへに心に入れて、師も弟子もいとどはげみまし給ふ。殿にも文づくりしげく、博士才人ども所えたり。すべて何事につけても、道々の人の才の程、あらはるる世になむありける。




昔が、思い出されるほどに、大学の盛んな頃なので、身分の上下を問わず、我も我もと、この道を希望する。益々、世の中には、有能で仕事の出来る人が多いのだ。
文人擬生などとかいう試験をはじめ、すらすらと合格するので、ひたすら学問に打ち込んで、先生も、弟子も、一層の努力をする。お邸でも、作文の会が、度々あり、博士や、才人たちも、得意だった。すべて、何事につけても、それぞれの道に努める人の、才能が発揮される時代である。

文人は、式部省の試験に合格したもの。
擬文章生は、大学寮の試験に合格したもので、文人擬生、もんにしぎよう、と言う。






posted by 天山 at 01:13| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。