2009年03月12日

もののあわれについて。502

またの日は京へ帰らせ給ふべければ、少し大殿ごもり過ぐして、やがてこれより出で給ふべきを、桂の院に人々多く参り集ひて、ここにも殿上人あまた参りたり。御さうぞくなどし給ひて、源氏「いとはしたなきわざかな。かく見あらはさるべき隈にもあらぬを」とて、さわがしきに引かれて出で給ふ。





翌日は、京へお帰りになるご予定である。
少し、寝過ごして、そのままお帰りになる予定なのだが、桂の院に、人々が多く集まり、こちらにも、殿上人が、大勢伺うのである。
源氏は、装束などをつけて、本当に、きまりが悪い。簡単に、見つけられる場所ではないのに、と、言い、騒ぎに引かれて、お出でになる。




心苦しければ、さりげなくまぎらはして立ちとまり給へる戸口に、めのと、若君いだきてさし出でたり。あはれなる御けしきにかき撫で給ひて、源氏「見ではいと苦しかりぬべきこそいとうちつけなれ。いかがすべき。いと里遠しや」と宣へば、「遥かに思う給へ絶えたりつる年ごろよりも、今からの御もてなしのおぼつかなう侍らむは心づくしに」など聞ゆ。若君手をさし出でて、立ち給へるを慕ひ給へば、つい居給ひて、源氏「あやしう物思ひ絶えぬ身にこそありけれ。しばしにても苦しや。いづら。などもろともに出でては惜しみ給はぬ。さらばこそ人ごこちもせめ」と宣へば、うち笑ひて、女君に「かくなむ」と聞ゆ。




心苦しければ、とは、源氏である。
姫が可哀想で、何となく、立ち止まる戸口に、乳母が、姫君を抱いて、出て来た。
源氏は、可愛くてたまらない気持ちである。頭を撫でて、見ないでいるのは、とてもたまらないと、思うのは、全く、現金なもの。どうしたらいいのか。遠すぎる。と、仰ると、乳母は、明石で遠く、お慕いしていました。今までの年月よりも、これからの、先の、お扱いが、どんなものかと、心配で。などと、申し上げる。
姫君は、手を差し出して、源氏を慕う。源氏は、膝をついて、不思議に気苦労の絶えない、身の上だ。しばらく逢わないのは、辛い。御方に対して、どうしました。姫と、一緒に、出て来て、別れを惜しんでくださらないのか。そうあれば、気持ちも、穏やかになるのに、と、仰せられると、乳母が、笑い、女君に申し上げる。




なかなか物思ひ乱れて臥したれば、とみにしも動かれず。「あまり上衆めかし」と思したり。人々もかたはらいたがれば、しぶしぶにいざり出でて、凡帳にはた隠れたるかたはらめ、いみじうなまめいてよしあり。たをやぎたるけはひ、皇女たちといはむにも足りぬべし。





御方、つまり、明石は、とても、思い煩い、横になっているので、動くことも、出来ない。源氏は、貴婦人ぶっている、と、思うのである。
女房たちも、気をもみ、ざわざわとするので、御方は、しぶしぶと、いざり出て、凡帳に、半ば隠れている。その横顔が、素晴らしく美しい。気品があり、たをやぎたる、しなゆかな雰囲気は、皇女と、呼んでもいいほどである。





かたびら引きやりて、こまやかに語らひ給ふ。御前など、たちさわぎてやすらへば、出で給ふとて、とばかり顧み給へるに、さこそ静めつれ、見送り聞ゆ。




源氏は、帷子を引きのけて、こまやかに、お話になる。御前駆の者たちが、ざわついて、待っているので、出掛けようとして、ふっと、振り返る。あれほど、心を抑えていたが、見送りになる。




いはむかたなき盛りの御かたちなり。いたうそびやば給へりしが、少しなりあふ程になり給ひにける御姿など、かくてこそものものしかりけれと、御さしぬきの程までなきめかしう愛敬のこぼれ落つるぞ、あながちなる見なしなるべき。





源氏は、言いようもないほど、今が盛りの、容貌である。
明石では、とても、ほっそりとしていたが、少し太っている姿は、これこそ、貫禄があると、指貫の裾まで、美しさに溢れ、愛敬が、満ちていると、思うのは、あながちなる、贔屓目だろうか。




かの解けたりし蔵人もかへりなりにけり。ゆげひの丞にて、ことしかうぶり得てけり。昔にあらため心地よげにて、御はかし取りに寄り来たり。人影見つけて、丞「来しかたの物忘れし侍らねど、かしこければこそ。浦風おぼえ侍りつる暁の寝ざめにも驚かし聞えさすべきよすがだになくて」とけしきばむを、女房「八重たつ山は、さらに島がくれにも劣らざりけるを、松も昔のとたどられつるに、忘れぬ人もものし給ひけるに頼もし」など、あさましう覚ゆれど、丞「今ことさらに」とうちけざやぎて参りぬ。




あの、免官された、蔵人も、再び任ぜられている。
ゆげいの尉で、今年、従五位下に叙せられた。昔とは、違い、晴々とした風情で、御ハカシを取りに近くにやって来た。御簾の内に、女房の姿を見つけて、丞は、昔のことは、忘れていませんが、恐れ多いので、遠慮しました。明石の浦風を思い出した、今朝の寝覚めに、お便りする方法もなくて、と、意味ありげに言うと、女房が、雲が幾重もにも立つ、この山里は、全く、明石の浦に、劣らない景色ですが、松も昔のと、たどられつるに、昔話をする相手も、いないかと、頼りない気持ちでいました。忘れられない人もいらしたので、頼もしく思います、などと、言う。酷いものだと、思ったが、丞は、いずれ改めて、と、わざと、はっきりと、言って、御供に、参るのである。

女房の言葉は、古今集から、
ほのぼのと 明石の浦の 朝ぎりに 島がくれゆく 舟をしぞ思ふ

更に、
たれをかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
から、取られている。

過ぎ去った頃のことを、思う。昔話をする、友もいないと、思っていたのに、忘れないでいた人もいるのね・・・である。
嫌味である。

それに対して、丞も、それでは、改めて・・・話しましょうか・・・ね、と、受けている。




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2009年03月13日

もののあわれについて。503

いとよそほしくさし歩み給ふ程、う追払かしがましひひて、御車のしりに、頭の中将、兵衛の督のせ給ふ。源氏「いと軽々しき隠れが見あらはされぬるこそねたう」と、いたうからがり給ふ。中将など「よべの月に、くちをし御供に後れ侍りにけると思ひ給へられしかば、今朝は霧を分けて参り侍りつる。山の錦はまだしう侍りけり。野べの色こそ盛りに侍りけれ。なにがしの朝臣の、小鷹にかかづらひて立ちおくれ侍りぬる、いかがなりぬらむ」など言ふ。
源氏「今日はなほ桂殿に」とて、そなたざまにおはしましぬ。にはかなる御あるじし騒ぎて、鵜飼ども召したるに、あまのさへづり思ひ出でらる。





 
威厳を正して、歩む間、前駆が、大きな声で払いをする。車の末席には、頭の中将と、兵衛の督、かみ、を乗せる。
源氏は、こんな軽々しい隠れ家を、見つけられたとは、されぬるこそねたう、しゃくだ、と、酷く、嫌がり、辛く思う。
中将などは、昨夜の月のお供をしないで、残念に思っていましたので、今朝は、早くから、霧を分けて、やって参りました。山の紅葉は、まだのようですが、野原の秋草の色が、盛りでございます。何某朝臣は、小鷹狩りをいたしており、遅くなりますが、どうなりましたか、などと、言う。

源氏は、今日は、まだ桂の院にて、と、桂の方にいらした。急な、持成しに、大騒ぎして、鵜飼の者たちを、お召しになった。それらの、喋る声を聞いて、明石の浦の、海人たちの、声を思い出したのである。





野に泊まりたる君達、小鳥しるしばかりひきつけさせたる荻の枝など、つとにして参けり。おほみ酒あまた度ずん流れて、川のわたりあやふげなれば、酔ひにまぎれておはしまし暮らしつ。



鷹狩をして、野宿した若殿たちが、小鳥を、ほんの少しばかり、萩の枝につけて、みやげに持って参上した。盃が、何度も回り、川岸は、危ないゆえに、酔いにかこつけて、一日を過ごされた。




おのおの絶句など作りわたして、月はなやかにさし出づるほどに、おほみ遊びはじまりて、いと今めかし。ひきもの、琵琶、和琴ばかり、笛ども上手の限りして、折に合ひたる調子ふきたつるほど、川風吹き合せて面白きに、月高くさしあがり、よろづのこと澄める夜のややふくるほどに、殿上人四五人ばかり連れて参れり。




各自が、絶句などを作り、月が光を投げ掛ける頃に、管弦の遊びがはじまった。大そう、賑やかである。
管弦は、琵琶と和琴のみ。笛は、上手な人ばかりで、時候にふさわしい調子で、吹きたてる。川風も、音を合わせるように、面白くして、そこに、月が高く昇り、何もかも、澄み渡る夜の、やや更ける頃、殿上人が、四五人、連れ立って、参上した。





上に侍ひけるを、御あそびありけるついでに、主上「今日は六日の御物忌みあく日にて、必ず参り給ふべきを、いかなれば」と仰せられければ、ここにかう泊らせ給ひにけるよし聞し召して、御消息あるなりけり。御使ひは蔵人の弁なりけり。

主上
月のすむ 川のをちなる 里なれば かつらの影は のどけかるらむ

うらやましう」とあり。



主上の、御前にいたのであるが、管弦の遊びがはじまった時、主上が、今日は、六日間の物忌みが明ける日で、必ず大臣が参内されるはずだが、どうしてか、との、お言葉である。ここに、お泊りになっているのを、聞かれて、お手紙があったのだ。お使いは、蔵人の弁である。

主上
桂川の向こうの里であるから、月は、いつもそちらに、向いて、山の端に入ることなく、ゆっくりと、眺めることが、できる。

羨ましいことだ、とある。謹んで、お詫びを申し上げるのである。




かしこまり聞えさせ給ふ。上の御あそびよりも、なほ所がらのすごさ添へたる物の音をめでて、また酔ひ加はりぬ。
ここにはまうけの物もさぶらはざりければ、大井に、源氏「わざとならぬまうけのものや」と、言ひ遣したり。とりあへたるに従ひて参らせたり。きぬびつ二かけてあるを、御使ひの弁は疾くかへり参れば、女のさうぞくかづけ給ふ。




御前での、遊びより、こちらは、場所が場所だけに、身に沁みる音楽を賞して、更に、酒の酔いが加わる。ここには、お使いに上げる、品の準備がないので、大井に、源氏は、何か、大袈裟ではないものは無いか、と、お使いをやった。
有り合わせのものを、差し上げる。衣櫃二つであるが、お使いの弁は、すぐ宮中に参内するので、女の、装束を与えたのである。




源氏
久かたの 光に近き 名のみして あさゆふ霧も 晴れぬやまざと

行幸待ち聞え給ふ心ばへなるべし。



源氏
月の光が近く感じられますが、それは、名のみのことです。朝夕、霧も晴れない山里です。

行幸を、お待ちする、心境である。



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2009年03月14日

もののあわれについて。504

「なかに生ひたる」とうち誦じ給ふついでに、かの淡路島をおぼし出でて、みつねが「所がらか」とおぼめきけむ事など宣ひ出でたるに、ものあはれなる酔ひ泣きどもあるべし。

源氏
めぐりきて 手にとるばかり さやけきや 淡路の島の あはと見し月

頭の中将、
うき雲に しばしまがひし 月影の すみはつるよぞ のどけかるべき

左大弁、すこしおとなびて、故院の御時にも、むつまじう仕うまつり慣れし人なりけり。

雲の上 すみかをすてて 夜半の月 いづれの谷に かげかくしけむ

心心にあまたあめれど、うるさくてなむ。





なかにおいたる、と、口ずさむとき、あの淡路の島を、思い出し、みつね、人の名、が、所がらか、と、不審したことなどを、話し出すので、ものあはれなる酔ひ、しりみりとし、酔い泣きする人もいるだろう。
ものあはれ、なる、酔い、とは、しとやかなる、酔いとでも、言う。

心境を、あはれ、と、使用するのである。
だが、あはれ、とは、すべて、心境である。心象風景のあるものである。

源氏
都に戻り、手に取るばかりの、清らかに見える月は、あの、淡路島で、遠く眺めた月であろうか。

頭の中将
浮雲に、しばし、見えにくくなっていた月が、今は、澄み切って、今後は、平和なことであろう。

左大弁は、少し年をとっていて、桐壺院の御世にも、親しく仕えていた人である。
雲の上の、住処を捨てて、まだ先の長い月は、どこの谷に、光を隠したのか。

思い思いに、歌を詠んだが、うるさくてなむ、面倒だから、書きませんと、作者は、言う。




け近ううち静まりたる御物語、すこしうちみだれて、千年も見聞かまほしき御有様なれば、斧の柄も朽ちぬべけれど、「今日さへは」とて、いそぎ帰り給ふ。



親しみ深く、静かなるお話しは、少々くつろいで、千年も、見ていたい、聴いていたいと、思う姿である。幾らなんでも、今日までは、と、急いで、お帰りになる。


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2009年03月15日

もののあわれについて。505

物どもしなじなにかづけて、霧の絶え間に立ちまじりたるも、前裁の花に見えまがひたる色あひなどことにめでたし。近衛づかさの名高き舎人、物の節どもなどさぶらふに、さうざうしければ、「その駒」など乱れ遊びて、ぬぎかけ給ふ色々、秋の錦を風の吹きおほふかと見ゆ。
ののしりて帰らせ給ふひびき、大井には物隔てて聞きて、なごり寂しうながめ給ふ。「御消息をだにせで」と段人も御心にかかれり。





色々な、品物を、いただき、霧の絶え間に、見え隠れして、退出するのも、前裁の花かと、見違えるほど美しい色合いなど、素晴らしいのである。
かづけて、とは、左肩に、掛けていう意味。頂いた品物を、左肩に掛けて、退出するのである。
近衛府の、有名な舎人や、歌の上手な者などが、お供しているので、物足りなく思い、その駒、などを歌いはやして、お召しになる、着物を、次々と、お与えになる、その色は、紅葉を、風が一面に吹き散らすように、見える。
賑やかに、お帰りになるのを、大井では、遠く隔てて、聞いて、お立ちになった後で、いっそう、寂しい気持ちがして、沈み込むのである。
お手紙も、出さないでと、源氏も、気がかりに思う。




殿におはして、とばかりうち休み給ふ。山里の御物語など聞え給ふ。源氏「いとま聞えしほど過ぎつれば、いと苦しうこそ。このすきものどもの尋ね来て、いといたう強ひとどめしにひかされて、けさは、いとなやまし」とて、大殿籠れり。




二条院に、帰られて、しばらく、休息される。紫の上に、山里のお話をされる。
お約束の日が、過ぎてしまった。申し訳ない。あの、物好きな連中が、探し当て、無理に引き止めるものだから。今朝は、疲れた、と、お休みになられる。




例の心とけず見え給へど、見知らぬやうにて、源氏「なずらひならぬ程を、思しくらぶるも、わるきわざなめり。われはわれと思ひなし給へ」と、教え聞え給ふ。




紫の上は、いつものように、不機嫌の様子。それに気づかない振りをして、源氏は、比較にもならない人を、相手にして、考えるのは、よくないこと。自分は、自分と思っていることです、と、教える。




暮れかかる程に、内へ参り給ふに、ひきそばめて急ぎ書き給ふは、かしこへなめり。そばめこまやかに見ゆ。うちささめきて遣すを、御達など憎み聞ゆ。




夕暮れに、参内される時、横向きで、急いで、お書きになるのは、あちらえなのだろう。横から見ると、丁寧に、書いている。小声で、お使いを命じる。女房たちは、それを見て、憎らしく思うのである。




その夜は内にもさぶらひ給ふべけれど、解けざりつる御気色とりに、夜ふけぬれどまかでたまひぬ。ありつる御返事もて参れり。え引き隠し給はで御覧ず。ことに憎かるべき節も見えねば、源氏「これ破り隠し給へ。むつかしや。かかるものの散らむも、今はつきない程になりにけり」とて、御脇息に寄り居給ひて、御心のうちには、いとあはれに恋しう思しやるられば、灯をうちながめて、ことに物も宣はず。




その夜は、御所に、泊まられるはずだが、機嫌を直そうと、夜が更けていたが、退出された。先ほどの、返事を持って来た。隠すことも出来ず、ご覧になる。特に、機嫌を損じる箇所もなく、源氏は、これを、破って捨ててください。嫌なことです。こんなものがあっては、不釣合いな年になってしまいました。と、脇息に寄りかかって、いる。胸の中では、いとあはれに恋しう、思うのである。じっと、灯を見詰めて、何も言わない。





文は広ごりながらあれど、女君見給はぬやうなるを、源氏「せめて見隠し給ふ御まじりこそわづらはしけれ」とて、うた笑み給へる御愛敬、所せきまでこぼれぬべし。




手紙は、広げたままであるが、紫の上は、ご覧にならないようで、源氏が、見ない振りをする。まじりこそわづらはしけれ、その目が、煩わしいです。と、笑う。その愛敬が、一面に、広がり、こぼれるようである。




さし寄り給ひて、源氏「まことに、うらたげなるものを見しかば、契り浅くも見えぬを、さりとてもものめかさむ程もはばかり多かるに、思ひなむわづらひぬる。同じ心に思ひめぐらして、御心に思ひ定め給へ。いかがすべき。ここにてはぐくみ給ひてむや。ひるの子がよはひにもなりにけるを、罪なきさまなるも思ひ捨てがたうこそ。いはけなる下つかたも、紛らはさむなど思ふを、めざましちと思さずは、ひき結ひ給へかし」と聞え給ふ。




傍によって、源氏は、実は、可愛い姫を見ました。契りは、浅く思えないが、姫君扱いも、出来かねるので、困っています。私と同じ気持ちになって、決めてくださらないか。どうしたらいいのか。こちらで、育てて、下さらないだろうか。ひるの子、とは、三歳という、意味。三つになっている。罪なきさまも、幼い様子も、放っておけない。その感じの腰つきも、何とかしてやろうと、思うが、嫌でなければ、袴着をさせてください。と、仰る。

袴着とは、成長の祝いの儀式である。




紫の上「思はずにのみとりなし給ふ御心の隔てを、せめて見知らずうらなくやはとてこそ。いはけなからむ御心には、いとようかなひぬべくなむ。いかにうつくしき程に」とて、すこしうち笑み給ひぬ。
ちごをわりなうらうたきものにし給ふ御心なれば、えて、いだきかしづかばやと思す。




紫の上は、思い掛けない考え方をされるのは、分け隔てされるから。それを、無理に、気づかない振りをして、打ち解けることもないかと、思いました。小さい方の、気持ちには、私は、きっと、ぴったりでしょうね。どんなに、可愛らしい年頃でしょう。と、微笑むのである。
子供を、とても、可愛がる方なので、引き取り、大事に育てたいと、思うのである。




「いかにせまし、迎えやせまし」と思し乱る。渡り給ふこといと難し。嵯峨野の御堂の念仏など持ち出でて、月に二度ばかりの御契りなめり。年のわたりには、立ちまさりぬべかめるを、及びなきことと思へども、なほいかが物思はしからぬ。




明石の御方は、どうしようか、迎えようかと、心が揺れる。大井へ行くことは、大変難しい。嵯峨野の御堂の、念仏の日など待ち、月に二度ほどの逢瀬であろう。年に、一度会うより、まだ、ましだうろか。これ以上の、望みは、無理だと、思うが、それでも、嘆かずにはいられない。

源氏物語、松風、を、終わる。


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2011年07月10日

もののあわれについて520

もののあわれについて520

朝顔

斎院は、御服にており居給ひにきかし。おとど、例の思しそめつること絶えぬ御癖にて、御とぶらひなどいと繁う聞え給ふ。宮、わづらはしかりしことを思せば、御返りもうちとけて聞え給はず。いと口惜し、と思しわたる。




斎院とは、桐壺帝の弟、桃園式部卿の宮の姫君、朝顔である。
斎院は、服喪のため、おやめになった。
大臣、源氏は、例の通り、思いついたことは、諦めない癖で、喪中のお見舞いだ、何だと、たいそう、度々、お便りを遊ばす。
宮は、かつて、人の噂に上り、困ったことがあったので、心を許す返事もされない。源氏は、残念だと、思い続けている。




九月になりて、桃園の宮に渡り給ひぬるを聞きて、女五の宮のそこにおはすれば、そなたの御とぶらひにことづけてまうで給ふ。故院の、この御子たちをば心ことにやむごとなく思ひ聞え給へりしかば、今も親しくつぎつぎに聞えかはし給ふめり。同じ寝殿の西東にぞ住み給ひける。程もなく荒れにけるここちして、あはれに、けはひしめやかなり。




九月、ながつきに、なり、桃園の邸に移られたと聞いて、女五の宮がそこにおいでなので、そちらのお見舞いにかこつけて、ご訪問される。
故院は、この御子たちを、特に大切にされていたので、そのままに、互いに、親しい付き合いを続けているのである。
お二方の宮は、同じ寝殿の、西と東に、御住みになった。
早くも、荒れ果てた感じがして、周辺の様子が、あはれに、うら寂しいのである。

この場合の、あはれ、は、何とも・・・寂しい。




宮対面し給ひて、御物語り聞え給ふ。いと古めきたる御けはひしはぶきがちにおはす。年長におはすれど、故大殿の宮は、あらまほしく旧りがたき御有様なるを、もて離れ、声ふつつかに、こちごちしくおぼえ給へるも、さる方なり。女五「院のかくれ給こて後、よろづ心細くおぼえ侍りつるに、年のつもるままに、いと涙がちにて過ぐし侍るを、この宮さへかくうち捨て給へれば、いよいよあるかなきかにとまり侍るを、かく立ち寄り訪はせ給ふになむ、物忘れしぬべく侍る」と聞え給ふ。




宮は、対面されて、お話しをなさる。
大そう老いやつれた様子で、とかく、咳き入りがちである。
姉上に当るが、故太政大臣の北の方は、いかにも、好ましく、いつまでも若々しい様子に、引替え、声にも、艶がなく、ごつごつした感じでいるのは、そういう人柄なのだろう。
女は、院の上が、お隠れになりましてからは、何かにつけて、心細い気がしまして、年とるにつれ、涙がちに過ごしております。この宮、つまり、式部卿宮までも、このように先に逝かれて、益々、誰にも、忘れられて、生き残っているのですが、このように、お立ち寄り下さいますので、憂さも、辛さも、忘れるような気がします、と、おっしゃる。




かしこくも旧り給へるかな、と思へど、うちかしこまりて、源氏「院かくれ給ひて後は、さまざまにつけて、同じ世のやうにも侍らず。おぼえぬ罪にあたり侍りて、知らぬ世に惑ひ侍りしを、たまたまおほやけに数まへられ奉りては、またとりみだり暇なくなどして、年頃も、参りていにしへの御物語をだに聞え承らぬを、いぶせく思ひ給へわたりつつなむ」など聞え給ふを、女五「いともいともあさましく、いづかたにつけても定めなき世を同じさまにて見給へすぐす、命長きのうらめしきこつ多く侍れど、かくて世に立ち返り給へる御よろこびになむ、ありし年頃を見奉りさしてましかば、口惜しからまし、と覚え侍り」と、うちわななき給ひて、女五「いと清らにねびまさり給ひにけるかな。童にものし給へりしを見奉りそめし時、世にかかる光りの出でおはしたる事と驚かれ侍りしを、時々見奉るごとに、ゆゆしく覚え侍りしなむ。内の上なむいとよく似奉らせ給へる、と人々聞ゆるを、さりとも劣り給へらむとこそ、おしはかり侍れ」と、ながながと聞え給へば、ことにかくさし向ひて人の誉めぬわざかな、と、をかしくおぼす。




本当に、大そうお年を召したものだと、内心では、思うが、畏まり、源氏は、院が、お隠れ遊ばしてからは、何かにつけて、昔のようでは、ありません。
身に覚えの無い罪に、当たりまして、知らない世界に、さすらいまわっていましたが、たまたま朝廷が、お召抱えくださり、また、何かと、仕事に紛れて、暇がないようなことで、この数年、お伺いして、昔のことなどを、お話しできないことを、残念に思っていました。などと、申し上げる。
女は、本当に、嫌なことばかりで、どちらを見ても、定めない世の中です。相変わらず、生きております、命の長さの、恨めしい事が多いのですが、こうして、再び、世の中に立ち返りなさった、喜びに、あの不運を途中で、見て、世を去ってしましたら、どんなにか、残念だろうと、思います。と、声を震わせて、また女は、本当に、美しくご成人になり、立派になりましたこと。子供の時分から、お目にかかり、こうも美しい方が、お生まれになったと、驚いていましたが、それ以来、時々お会いするたびに、怖いほどに、思われました。今の陛下が、よく似ていらっしゃると、皆が申しますが、そう言っても、見劣りあそばすだろうと、思われます。と、長々と仰せになる。殊更に、差し向かいで、人は、誉めないものなのに、と、源氏には、おかしく感じられるのである。




世にかかる光の出でおはしたる
世の中に、こんな美しい方が。
光る、とは、美しさの、最高形容である。

ことにかくさし向ひて人の誉めぬわざかな
節度のある人なら、決して、面と向かって、人を誉めないはずだが・・・

更に、帝より、美しいと、言うのである。
帝は、源氏の子である。

物語が、更に、複雑に、展開する、前段階である。


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2011年07月11日

もののあわれについて。521

源氏「山がつになりて、いたう思ひくづれほれ侍りし年頃の後、こよなく衰へにて侍るものを。内の御容貌は、いにしへの世にも並ぶ人なくやとこそ、あり難く見奉り侍れ。あやしき御おしはかりになむ」と聞え給ふ。女五「時々見奉らば、いとどしき命や延び侍らむ。今日は老も忘れ、うき世の嘆きみな去りぬるここちなむ」とても、また泣い給ふ。女五「三の宮うらやましく、さるべき御ゆかり添ひて、親しく見奉り給ふをうらやみ侍る。このうせ給ひぬるも、さやうにこそ悔い給ふ折々ありしか」と宣ふにぞ、少し耳とまり給ふ。源氏「さも侍ひ馴れましかば、いまに思ふさまに侍らまし。皆さし放たせ給ひて」と、恨めしげに気色ばみ聞え給ふ。




源氏は、田舎者になりまして、全く元気をなくして、おりました、あの年月の後は、すっかりと、駄目になりましたのに、主上のご器量は、昔にさえ、比べられる者は、ないとまで、結構に拝します。とんでもない、考え違いですと、おっしゃる。
女は、時々、お目にかかれたら、こんな年まで、生きながらえた命が、また、伸びるかもしれません。今日は、老いも忘れ、この世の悲しみが、皆消えてしまった気持ちです、と、おっしゃっては、泣く。
女、三の宮は、羨ましい限りで、離れないお方が出来て、いつも親しく、お会いになっていらっしゃるのを、羨んでおります。この亡くなられた宮も、そう言っては、時々、後悔していました、とのお言葉に、はじめて、少し耳を止められた。
源氏は、そういう風に、出入りさせていただいていましたら、今も、嬉しいことでしたのに、どなた様も、お構いにならぬようで、と、恨めしく、気を持たせた、言い方をするのである。




あなたの御前を見やり給へば、かれがれなる前栽の心ばへもことに見渡されて、のどやかなるながめ給ふらむ御有様容貌もいとゆかしくあはれにて、え念じ給はで、源氏「核侍ひなるついでを過ぐし侍らむは、心ざしなきやうなるを、あなたの御とぬ゛らひ聞ゆべかりけり」とて、やがてすのこより渡り給ふ。暗うなりたる程なれど、鈍色の御簾に、黒き御凡帳の透き影あはれに、追風なまめかしく吹きとほし、けはひあらまほし。すのこはかたはらいたければ、南の庇に入れ奉る。




あちらの庭に、目をやると、うら枯れた庭の、草花の風情も、格別に、情緒あるように見えて、心静かに暮らす、姫の様子も、器量もしのばれて、早くお目にかかりたいと、我慢が出来ない。
源氏は、このように、お伺いしたついでに、お寄りしませんでは、気持ちが足りないようでございますゆえ、あちらのお見舞いをいたしましょう、と、おっしゃり、そのまま、縁を伝って、渡られる。暗くなりつつある頃で、にび色に縁どられた御簾に、黒い凡帳の、ほのめく影も、胸を打つ。なまめかしい薫物の香りが、漂う気配も、申し分ない。縁側では、不都合なので、南の庇の間に、入れた。

いと ゆかしく あはれにて
現代語では、訳しきれない。

透き影あはれに
現代語では、訳せない。
共に、状況と、心情を合わせ持った、感覚で、あはれ、と、表現する。

その状況を、あはれ、に、見渡されるということになり、あはれ、と、見る心の風景を言う。
余程、心に染み入る風景である。
つまり、風景に共感し、更に、我が心の有様を、深めるのである。
心の、有様を、深める時に、様々な、形容詞が、使われるが、あはれ、と、統一するのである。

そして、それは、読む側に、委ねられる。

読む者も、その情景に共感し、そこに、入るのである。
高い、共感能力が、必要になる。

それを、単に、しみじみとした、気持ちと、訳すことは、限定することになる。

更に、今度は、しみじみ、とは、何かという、問いを生むことになる。
だから、あはれ、は、あはれ、いい。

言うに言われぬ思いだから、あはれ、なのである。
そして、言うに言われぬ思いを、人間は、持つものであるということ。
ぎりぎりのところまで、追い詰めた、あはれ、なのである。

共感という、心の働きを、凝縮した言葉が、あはれ、である。

私は、迷いの極地を、観たものだと、思う。

源氏物語は、もののあはれ、の、文学だと、言われる。
しかし、その前に、物語は、歌の道を見つめている。
その歌の道は、和歌である。
極めて、言葉、いや、音の、限られた、言の葉、シラブルによって、成り立つ歌の道の世界を、物語として、語る。

それは、結局は、削り取れるだけ、削り取り、最後に残る、言葉としての、あはれ、に結集するのである。

その、あはれ、を、語り切るとしたなら、日本のすべての、文学、書き物を持ってきても、終わらない、言葉の世界が、広がる。
語り尽くせぬ思いというものを、持つのが、人なのであるという、あはれ、という言葉に、託した、知恵である。

日本文化、特有の、言葉遣いなのである。
永遠に、語り続けることが出来る、言葉を、日本人は、発明したといってよい。

万葉集、舒明天皇御製から、今年、2011年で、1383年を経る、そして、源氏物語成立から、1002年を経る。

それ以後、膨大な、文学と、書き物が、著された。
それを持っても、なお、足りないという、あはれ、という言葉を、有した、日本の文化は、更に、深まり、深まり行くのである。

語り尽くせぬものが、ある、という、日本の伝統文化とは、なんと、素晴らしく、凄いものなのか、である。

そして、それを、楽しむことが、出来る、文学という、上に置いた。
文の世界、歌の道こそ、ゆかしけれ、なのである。
そこには、何一つの、限定も無いのである。


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2011年07月12日

もののあわれについて。522

宣旨対面して、御消息は聞ゆ。源氏「今さらに若々しき心地する御簾の前かな。神さびにける年月の労かぞへられ侍るに、今は内外も許させ給ひてむ、とぞ頼み侍りける」とて、飽かず思したり。朝顔「ありし世は皆夢にみなして、今なむ醒めてはかなきやと、思う給へ定めがたく侍るに、労などは静かにや定め聞えさすべう侍らむ」と聞え出だし給へり。げにこそ定めがたき世なれ、と、はかなきことにつけても思し続けらる。




宣旨が出て体面し、お言葉をお伝えする。
源氏は、御簾の前とは、新しい若い者の扱いの気分です。神さびるほど、長い年月の、功労を積んでまいりましたのに、今は、自由に内外の、出入りを許されるものと、楽しみにしていました、と、物足りない思いでいる。
朝顔は、今までのことは、皆夢と思い、今は、やっと夢が醒めて、はかない気がするものと、何とも、決めかねています。仰せの、功労とは、いずれゆっくりと、考えてみたいと思います、と、仰せられた。
真に、世の中は、はかないものだと、ふっと、漏らされたお言葉につけ、色々、過去のことが、偲ばれるのである。




源氏
人知れず 神のゆるしを 待ちしまに ここらつれなき 世をすぐすかな

今は何のいさめにかかこたせ給はむとすらむ。なべて世に煩はしき事さへ侍りし後、さまざまに思ふ給へ集めしかな。いかで片端をだに」と、あながちに聞え給ふ。御用意なども、昔よりも今すこしなまめかしきけさへ添ひ給ひにけり。さるはいといたう過ぐし給へど、御位の程にはあはざめり。




源氏
誰にも言わず、一人、神のゆるしを待っている間に、長い辛い、年月を過ごしました。

今は、何の戒めにかこつけて、隔てようとされるのか。あのような、苦しいことに遭いまして、色々と感じることがありました。その少しでも、申し上げたいと、と、無理にお話しを進められる。昔よりも、なまめかしき・・・洗練された技巧を加えている。
なる程、お年は、召したが、位に似合わない、若さである。
最後は、作者の言葉である。




朝顔
なべて世の あはればかりを とふからに 誓ひしことと 神やいさめむ

とあれば、源氏「あな心憂、その世の罪は、みなしなとの風に偶へてき」と宣ふ愛敬もこよなし。源氏「みそぎを神は如何侍りけむ」など、はかなき事を聞ゆるも、まめやかにはいとかたはらいたし。世づかぬ有様は、年月に添へても、もの深くのみひき入り給ひて、え聞え給はぬを、見奉り悩めり。源氏「よはひの積りには、面なくこそなるわざなりけれ。世に知らぬやつれを、今ぞだに聞えさすべくやは、もてなし給ひける」とて出で給ふ。名残り所せきまで、例の聞えあへり。大方の空もをかしき程に、木の葉の音なひにつけても、すぎにしもののあはれとり返しつつ、その折々、をかしくもあはれにも、深く見え給ひし御心ばへなども、思ひ出で聞えさす。




朝顔
すべて世の、過ぎし後の、誓いを立てましたのにと、神がお咎めになるかと、存じます。

とあり、源氏は、ああ、情けない。その頃の罪は、すっかり、しなとの風に任せて、吹き払ってしましました、と、おっしゃられる、戯れである。また、格別である。
源氏は、誓いの言葉を、神様は、お聞きとどけになりましたか、など、たわいない事を申し上げても、真面目に聞くに堪えない。
色恋の道に、馴染まない性格は、年とともに、強く、ますます考え込んでしまうので、返事がないのを、お傍の者は、困ったことと、見ている。
源氏は、色めいたこと、と、ため息をついて、お立ちになる。
源氏は、年をとりますと、面目ない目に遭うものです。考えもしなかった、やつれた姿を、今ぞ、と、いって、お目に掛けたいのですが、それさえ出来ない、随分な扱いを受けました、と、おっしゃり、お出になる。
後には、名残が、満ち溢れ、人々は、例によって、噂をする。
空さえも、風情のある、この頃である。木の葉が、はらはらと、散る音にも、久方ぶりに、もののあはれ、を、感じさせる。やさしかったり、切なげだったりした、昔の日の、その折々の、なみなみならぬ、心の程を、偲び申し上げる。

をかしくもあはれにも
過去に、心を砕いた有様である。

すぎにし もののあはれ とり返しつつ
過ぎた日々の、心の有様を、思い出し・・・

これ以上に、言葉に出来ない、その心の、様を、もののあはれ、に、託すのである。




心やましくして立ち出で給ひぬるは、まして寝覚めがちに思し続けらる。とく御格子まいらせ給ひて、朝霧をながめ給ふ。枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれに蔓ひまつはれて、あるかたなきに咲きて、にほひもことにかはれるを、折らせ給ひて奉れ給ふ。源氏「けざやかなりし御もてなしに、人わろき心地し侍りて、うしろでもいとどいかが御覧じけむとねたく、されど、

見しをりの 露忘られぬ あさがほの 花のさかりは 過ぎやしぬらむ

年頃の積りも哀れとばかりは、さりとも思し知るらむやとなむ、かつは」など聞え給へり。おとなびたる御文の心ばへに、「おぼつかなからむも、見知りらぬやうにや」と思し、人々も御硯とりまかなひて聞ゆれば、

朝顔
秋はてて 霧のまがきに むすぼほれ あるかなきかに うつるあさがお

とのみあるは、何のをかしき節もなきを、いかなるにか、おきがたく御覧ずめり。青鈍の紙のなよびかなる、墨つきはしも、をかしく見ゆめり。




気持ちの晴れないままに、立ち去る身は、それどころか、夜も眠られず、この事ばかりを、思い続ける。
朝早く、格子を上げて、朝霧を眺めていると、枯れた花の多い中に、朝顔が、あれこれに、這い回って、あるかなきかの、花をつけて、色艶も、一段と衰えものを、折らせて、お贈りになる。

余りの、きっぱりとした、もてなしに、決まり悪くなり、私の後姿を、どのように、御覧になったのかと、思いますと、嫌になります。

しかし、いつぞや拝見したときの事が、忘れられなくて。あの朝顔の盛りは、過ぎましたか。
長い年月、あなたを思う、この心を、哀れと、思いになりますか。そのお心を、楽しみにしています。
など、おっしゃる。大人らしい、手紙の言葉なので、答えないのも、心ないことと、思い、お傍の者も、硯を進めるので、

朝顔
秋は、終わりの霧の立ち込める垣根に、人目につかず、衰えてゆく朝顔の、花。それが、私です。

と、だけの、返事であり、何の面白みのないものだが、手元から離さず、御覧になる。青鈍、あおにび、の、しなやかな紙に、墨付きは、見事な、書きぶりである。

つまり、源氏は、朝顔の、つれない態度に、少しの望みをかけているのである。
だが、矢張り、思い叶わぬ。

年頃の積もりも哀れとばかりは、さりとも思し知るらむやとなむ、かつは
かつは、とは、少しばかりは、脈があるのではないかとの、願望である。

長年の、片思い・・・
それを、感じて、哀れと、思ってくれまいか・・・

恋多き、源氏の有様である。
その恋を、やんわりと、断る歌である。

秋はてて 霧のまがきに むすぼほれ あるかなきかに うつるあさがお

なんとも、優雅である。


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2011年07月14日

もののあわれについて。523

人の御程、書きざまなどに繕はれつつ、その折は罪なきことも、つきづきしくまねびなすには、ほほゆがむ事もあめればこそ、さかしらに書き紛はしつつ、おぼつかなき事も多かりけり。




人の身分の程は、筆跡などに、欠点が隠れるもの。その時には、何も難がないようでも、もっともらしくと、伝えると、事実から、逸れることも多いものでも、いい気になって、書き上げて、変なところも、多いのです。

最後は、作者の言葉である。




「立ち返り、今更に若々しき御文書きなども、似げなきこと」と思せど、なほかく昔よりもて離れぬ御気色ながら、口惜しくて過ぎぬるを思ひつつ、えやむまじく思さるれば、さらがへりてまめやかに聞え給ふ。




昔に立ち返り、事を新しく、若々しい恋文を書くのも、似合わないことと、思うが、それでも、このように、昔から、慕わしい心のまま、何事もなく、月日が流れたことを思うと、諦めきることも出来ずに、若返って、熱心に、お手紙を書くのである。




東の対に離れおはして、宣旨を迎へつつ語らひ給ふ。侍ふ人々の、さしもあらぬ際の事をだに靡きやすなるなどは、あやまちもしつべくめで聞ゆれど、宮はそのかたみだにこよなく思し離れたりしを、今はまして、「誰も思ひなかるべき御齢おぼえにて、はかなき木草につけたる御返りなどの折り過ぐさぬも、軽々しくやりとりなさるらむ」など、人の物いひを憚り給ひつつ、うちとけ給ふべき御気色もなければ、ふりがたく同じさまなる御心ばへを、世の人にかはり、めづらしくも、ねたくも思ひ聞え給ふ。




東の対に、人目を避けて、宣旨を迎えて、ご相談になる。
お付の女房たちの、大したこともない、身分の低い男にさえ、靡いてしまいそうな者は、間違いもしかねないほど、誉めるのだが、宮は、あの頃でさえ、全く、気持ちがなかったのに、今は、まして、色恋沙汰の年齢や、地位でもなく、何でもない、木や、草につけて、返歌などの、風流な挨拶さえ、身分に相応しくないと、噂されるのではないかと、世の評判を、憚り、親しくなりそうな、様子も見せない。昔のままで、変わらない仕打ちを、世の人と違う、珍しい方とも、また、妬ましいとも、思われるのである。

宣旨とは、源氏と、朝顔の文の、仲立ちをしているもの。
侍ふ人々とは、朝顔の君に仕える、女房たち。




世の中に漏り聞えて、「前斎院、ねんごろに聞え給へばなむ。女五の宮などもよろしく思したなり。似げなからぬ御あはひならむ」など言ひけるを、対の上は伝へ聞き給ひて、しばしは、「さりとも、さやうならむこともあらば、隔てては思したらじ」と思しけれど、うちつけに目とどめ聞え給ふに、御気色なども、例ならずあくがれたるも心憂く、「まめまめしく思しなるらむことを、つれなく戯に言ひなし給ひけむよ」と、同じ筋にはものし給へど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞え給ふを、「御心など移りなばはしたなくもあべいかな。年頃の御もてなしなどは、立ち並ぶ方なく、さすがにならひて、人に押し消されむこと」など、人知れず思し嘆かる。「かきたえ名残りなきさまにはもてなし給はずとも、いとものはかなきにて、見なれ給へる年頃の睦、あなづらはしき方にこそあらめ」など、さまざまに思ひ乱れ給ふに、よろしき事こそ、うち怨じなど憎からず聞え給へ、まめやかにつらしと思せば、色にも出し給はず。端近うながめがちに内ずみ繁くなり、役とは御文を書き給へば、「げに人の言は空しかるまじきなめり。気色をだにかすめ給へかし」と、うとましくのみ思ひ聞え給ふ。




世間に、噂が、漏れて、前斎院に、熱心にお便りされるので、女五の宮なども、喜んでおいでとのこと。似合いの、仲であろう、なとど、言うのを、対の上、紫の上は、人伝に、聞かれて、はじめのうちは、まさか、そういうことがあれば、おかしくなることは、ないだろうと、思っていた。
だが、何かと、注意して、見ていると、素振りも、いつもと、違い、そわそわとしている様子で、嫌な気がする。本当に、思いつめて、いらっしゃるのを、何でもない冗談のように、言いくるめられてしまった、と、同じ血筋のお方でありながら、世間の声望も高く、昔から、大切に思いの方でもあり、もし、お心が、そちらに移るのであれば、みっともない目に遭う。長い年月、殿のなさりようは、他に肩を比べる人もなく、それが癖になり、今更、あちらに、負かされてしまうとは、などと、一人胸のうちで、悔しく思うのである。
急に、見限ることは、無いにしても、幼い頃から、ご一緒であったという、長年の心やすさに、軽い扱いになるだろう、などと、あれこれと、思い乱れる。それほどでもないこと、ならば、怨み事も、愛嬌におっしゃるのだが、真実辛いと、思うので、顔色にも、見せない。
端近くに、出ては、物思いに耽る様子。
御所に泊まられる日が、重なり、お役目のように、お手紙を書くので、なるほど、噂は、本当だったのだろうと、せめて、ほんの一言でも、おっしゃってくださればと、他人のように、思うのである。

恋心、多い源氏の有様である。

なんとも、はや、手のつけられぬ状態である。

いと ものはかなき さまにて
もののあはれ、とは、別にして、ものはかなき、を、使う。

これは、そのまま、儚いのである。

人の心の、移ろいやすさ、をして、はかない、と感得する。
この、はかない、という言葉も、あはれ、に、対して、日本人の心情となる。

すべての、移り変わりを、はかない、と、捉えるのである。


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2011年07月15日

もののあわれについて。524

夕つ方、神事などもとまりてさうざうしきに、つれづれと思しあまりて、五の宮に例の近づき参り給ふ。雪うち散りてえんなる黄昏時に、なつかしき程になれたる御衣どもを、いよいよたきしめ給ひて、心殊にけさうじ暮らし給へれば、いとど心弱からむ人はいかがと見えたり。




夕方、今年は、神事なども、中止になり、気が晴れず、することも無い思いに、たまりかねて、五の宮の御方へ、またも、お伺いする。
雪がちらつき、心の弾む夕暮れに、着慣れて柔らかくなった、お召し物を重ねて、いよいよと、香をたきしめて、更に、入念に、身ごしらえに日中を過ごしたので、ますますと、気の弱い女であれば、たまらないと思える、美しさである。




さすがに、罷り申し、はた聞え給ふ。源氏「女五の宮のなやましくし給ふなるを、とぶらひ聞えになむ」とて、つい居給へれど、見もやり給はず。若君をもてあそび、紛はしおはする、側目のただならぬを、源氏「あやしく御気色のかはれる月ごろかな。罪もなしや。しほやき衣のあまり目なれ、見立なく思さるるにやとて、とだえ置くを、またいかが」など聞え給へば、女君「馴れ行くこそげに憂きこと多かりけれ」とばかりにて、うち背きて臥し給へるは、見捨てて出で給ふ道もの憂けれど、宮に御消息聞え給ひてければ、出で給ひぬ。




それでも、女君、紫に、お出かけの、挨拶をされる。
源氏は、女五の宮が、わずらっていられるので、お見舞い申し上げに、と、軽く膝をついて、おっしゃる。が、振り向きもしない。若君を相手に、あやしている横顔が、ただならぬ様子に、源氏は、変に、ご機嫌の悪くなったこの頃です。思い当たることはないが、しほやき衣の、馴れ馴れしくなるのも、飽きられてしまうかと、わざと、家を空けますが、それも、どのように、邪推されるのか、など、仰せになると、女君は、ほんに、慣れ行く、のは、悲しみの多いこと、とだけ、おっしゃり、顔を背けて、横になったので、そのまま、構わずに、出るのも気になるが、宮に、お手紙を差し上げているので、出掛けるのである。

しほやき衣
須磨のあまの 塩焼き衣 なれ行けば うとくのみこそ なりまさりけれ

更に、源氏は、藤壺の喪中ゆえ、鈍色の喪服を着ている。

それにしても、浮気をするために、出掛ける、源氏の様子・・・
それに、紫の上が、嫉妬する。
浮気に到っていないが・・・

このやり取りは、現代でも、見られる光景である。




かかりける事もありける世を、うらなくて過ぐしけるよ、と思ひ続けて臥し給へり。鈍びたる御衣どもなれど、色あひかさなり好ましくなかなか見えて、雪の光りにいみじくえんなる御姿を見出して、まことかれまさり給はば、と、忍びあへず思さる。




このような事もある、世の中だと、無邪気に過ごしていた、と、女君、紫は、思い続けて、横になっている。
源氏は、鈍色の装束だが、その色合いも、重ねての濃淡も、喪服なのに、かえって感じよく、雪の光に、素晴らしく、心ひかれる姿を見送り、もし、源氏が、遠のいてしまったらと、我慢出来ない気持ちになるのである。




御前など忍びやかなるかぎりして、源氏「内より外のありきはもの憂きほどになりにけりや。桃園の宮の心細きさまにてものし給ふも、式部卿の宮に年頃はゆづり聞えつるを、今は頼むなど思し宣ふも、ことわりにいとほしければ」など、人々にも宣ひなせど、供「いでや、御すき心の旧りがたきぞ、あたら御疵なめる。軽々しきことも出で来なむ」など、つぶやきあへり。




前駆なども、内々の人たちだけにして、源氏は、御所以外の出歩きは、気の進まない年になってしまった。桃園の宮が、頼りなげな様子で、暮らして、今までは式部卿の宮に、お任せしていたが、これからは、よろしく、などと仰せになるのも、無理も無いこと。お気の毒だ、などと、供の人たちにも、取り繕う言葉である。供人は、いやはや、好き心が変わらないのが、玉に疵と申すもの。今に、困ったことも、起こるだろう、などと、呟き合う。

源氏の、好き心は、皆に、見透かされている。
それが、また、面白い。

何とも、平和な情景である。
それは、取りも直さず、平安期の、様子である。

戦の場面が無いという、物語である。
ただ、人の心の、微に、筆を進める。

日本文学の、最高峰である、源氏物語の、骨頂である。
人の心の、微を、あはれ、と、表現して、総まとめにしている。

後に、この心の、あはれ、の、模様が、百面相になり、更に、あはれ、は、日本文化のあらゆる場面で、表現されるようになる。

これほど、一つの言葉を、追求した、文化も無い。
そして、現代でも、その、あはれ、の、諸相が、様々な形において、表現される。
それを、感動という。

あはれ、に、感動する心を作り上げてきた、日本人なのである。

千年を経ても、それは、変わらない。
それを、私は、信じられるのである。

敵にさえ、あはれ、の、心をかける・・・という、武士道も、あはれ、なのである。

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2011年08月02日

もののあわれについて。525

宮には、北面の人繁き方なる御門は、入り給はむも軽々しければ、西なるがことごとしきを、人入れさせ給ひて、宮の御方に御消息あれば、今日しも渡り給はじ、と思しけるを、おどろきてあけさせ給ふ。御門守り寒げなるけはひ、うすずき出で来て、とみにもみえあけやらず。これよりほかの男はたなきなるべし。ごほごほと引きて、御門番「錠のいといたく錆びにければ、あかず」と憂れふるを、あはれと聞し召す。昨日今日と思す程に、三十年のあなたにもなりける世かな、かかるを見つつ、かりそめの宿をえ思ひ捨てず、木草の色にも心を移すよ、と思し知らるる。口ずさびに、
源氏
いつのまに 蓬がもとと むすぼほれ 雪降る里と 荒れし垣根ぞ

やや久しうひこじらひ開けて入り給ふ。




宮の、御宅には、北面した下人の、出入りの激しい、門から、入られるのも、身分に相応しくないことと、西に有る、正門を開けていただくようにと、供の者を中に入れて、宮の元に、案内をこうと、今日は、お越しにならないと、思い召していましたので、驚き、開けるように、命じる。
門番が、寒そうな様子で、慌てて、出て来たが、中々開けられない。他の下男はいないようである。
ごとごと、引張り、門番が、錠がすっかり、錆びて、開きません、と、言うのを、可哀想にと、聞く。
昨日、今日と、思し召しているうちに、もう、三十年も、経ってしまった。世の中は、このように、儚いものと、知りつつ、かりそめの、宿りを、未だに、捨てることが出来ずに、木や草の色にも、心を留めるとは、と、つくづくと、感じる。口ずさみに、
源氏
いつの間に、この邸は、このように、蓬が生い茂って、雪に埋もれた里に、荒れ果ててしまった。
やや、暫く、引張り上げ、開けて、お入りになる。

あはれと聞し召す
その人に対する、感情であり、静かな、心意気である。

源氏という、身分の高い人物を描くので、すべて、敬語で、書かれる。




宮の御方に、例の御物語聞え給ふに、古事どものそこはかとなきうちはじめ、聞えつくし給へど、御耳もおどろかず、ねぶたきに、宮もあくびうちし給ひて、宮「宵まどひをし侍れば、物もえ聞えやらず」と、宣ふ程もなく、いびきとか、聞き知らぬ音すれば、よろこぶながらたち出で給はむとするに、またいと古めかしきしはぶきうちして、参りたる人あり。




宮の、御方で、いつものように、お話しの相手をされる。宮は、昔話を、取り留めなく始め、いつ果てるともなく、続くのだが、源氏は、面白くなく、眠いが、宮も、あくびをして、女五「早くから、眠たくなりして、お話もできません、と、おっしゃると、鼾というか、聞き慣れない音が聞えるので、幸いと、立ち上がろうとすると、また、酷く年寄りくさい、咳払いをして、近づいて来る者がいる。




「かしこけれど、聞し召したらむと頼み聞えさするを、世にある者ともかずまへさせ給はぬになむ。院の上は、おばおとど笑はせ給ひし」など、名のり出づるにぞおぼし出づる。源内侍のすけといひし人は、尼になりて、この宮の御弟子にてなむ行ふ、と聞きしかど、今まであらむとも尋ね知り給はざりつるを、あさましうなりぬ。




恐れならが、更に、ご承知の事かと、あてに、しておりましたのに、生きているとも、お考え下さらないので、恨めしく存じます。上皇さまは、おばあさまと、おっしゃり、笑いあそばしました、なとど、名のりを上げたので、思い出した。
源内侍のすけという人は、尼になり、この宮の弟子になって、勤行していると、聞いていたが、今まで生きているとは、気にもかけずにしたが、呆れてしまった。





源氏「その世の事は、みな、むかし語りになり行くを、遥かに思ひ出づるも心細きに、うれしき御声かな。親なしにふせる旅人と、はぐくみ給へかし」とて、寄りい給へる御けはひに、いとど昔思ひ出でつつ、旧り難くなまめかしきさまにもてなして、いたうすげみにたる口つき思ひやらるる声づかひの、さすがに舌つきにて、うちざれむとは、なほ思へり。




源氏は、あの時分のことは、何もかも昔話になってゆくが、遠く思い出すのさえ、心細く、懐かしい声だ。親もなく寝ている旅人と、思い、可愛がってくださいと、言い、物に寄りかかって、くつろいだ様子を察して、いっそう、昔の事を思い出したようで、変わらず、しなをつくり、すぼんだ口元が、思いやられる声であり、変わらずに、甘ったるく、戯れるようである。




源典侍「いひこし程に」など聞えかかるまばゆさよ。今しも来たる老のやうになど、ほほえまれ給ふものから、ひきかへ、これもあはれなり。この盛りにいどみ給ひし女御更衣、あるはひたすら亡くなり給ひ、あるはかひなくて、はかなき世にさすらへ給ふもあべかめり。入道の宮などの御齢よ、あさましとのみ思さるる世に、年のほど身の残り少なげさに、心ばへなども、みのはかなく見えし人の、生きとまりて、のどやかに行ひをもうちして過ぐしけるは、なほすべて定めなき世なり、と思すに、もののあはれなる御気色を、心ときめきに思ひて、若やぐ。

典侍
年ふれど このちぎりこそ 忘られね 親の親とか いひし一言

と聞ゆれば、うとましくて、
源氏
身をかへて 後も待ち見よ この世にて 親を忘るる ためしありやと

たのもしき契りぞや。今のどかにぞ聞えさすべき」とて立ち給ひぬ。




尼は、人のことを申しておりましたのに、私も、すっかり、などと、気を引く様子には、こちらの顔が赤くなる思いがする。まるで、今、急に年を取ったような、言い草だと、おかしくなるものの、考えてみれば、これもまた、先ほどとは、別の意味で、あわれである。この女の盛りの頃に、寵愛を競っていた、女御更衣は、あるいは、とっくの昔に亡くなり、あるいは、見る影もなく、落ちぶれている方もあるだろう。入道の宮、藤壺などの、寿命の短さ。嫌な思いばかりの、人の世に、年からしても、余命ありとも、見えず、頼りなく思えた、この人が、生き残り、勤行をして、暮らしていたとは、やはり、定め無き、世の姿だと、思うと、感無量の様子。
しかし、内侍は、勘違いして、気もそぞろに、はしゃぐ。


幾年経ても、あなたとの縁はが、忘れられません。お祖母さんと、呼んで下さった言葉を思い出してください。

と、申すので、気味が悪く、
源氏
行く末遠く、あの世に生まれ変った後までも、待っていてください。この世で、子が親を忘れるたとえが、あるかどうか。

頼もしいかぎりです。いずれゆっくり、お話ししましょうと、仰せられて、立ち上がる。

この尼は、昔、源氏を、誘った源典侍である。
今でも、源氏が、気があると、勘違いしている。

もののあはれなる御気色を
源氏は、尼を見て、もののあはれ、の、気色だと、感じ入る。
が、それも、また、勘違いするという、尼である。



posted by 天山 at 00:12| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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