2016年07月04日

生きるに意味などない13

われわれは、まず「食べられるもの」という範疇に入れた上でなければ、何も食べることができないし、そもそも食欲が起こらない。料理とは、栄養物を「食物」という概念に入れるための作業である。「恋愛」という言葉を知らないうちは恋愛することができない。
生まれてきた赤ちゃんを「自分の子」という概念に入れてはじめて愛情がわく。
相手を「敵」とか「悪人」とかの概念に入れてはじめて攻撃行動を起こすことができる。
要するにわれわれは、言語がなければ何もできない。
人類が自然的世界から逃げ出し、文化をつくり、社会を築いたということは、いいかえれば、自然的世界から言語化しにくい部分を排除し、言語化しやすい人工的世界をつくったということである。
岸田 改行は私

言語化しやすい、人工世界の中で生きているということ。
それは、また、つまり、我が内でも、そのように言語化しているということである。

言葉がなければ、始まらない。
そして、その言葉は、イメージなのである。

そのイメージが、幻想、妄想に近づく。
恐ろしいことに、我が内でも、幻想、妄想が現実的に、感じられるという、障害を身につけている。

そんな中で、言葉を捏ね繰り回すと、どういうことになるのか・・・
哲学思想というものも、蜃気楼になる。

ただし、日本人は、民族的に、自然に近い、生活を送ってきた。
自然は、対立するものではなかった。
それが、日本の精神に生かされている。

上記の、岸田氏の、論調は、特に強く、欧米の文化を表現していると、思われる。
勿論、日本人も、今では、それに陥る。

言葉巧みな人は、それに陥り、それが元で、どこかで、失敗する。
賢い馬鹿という人たちは、特に、その穴に落ちる。

どこからでも、論理矛盾を突かれることになる。

ただし、私には、論理矛盾は、ない。ただ、論理破綻があるだけである。

言葉の世界は、最初から、実は、破綻しているのである。

要約すれば、言語は、現実との直接的接触を失い、現実の対象への直接的反応ができなくなり、現実と遮断されたエスのなかでばらばらなイメージを増殖させたわれわれが、それらのイメージを材料に、失われた現実へ戻る代理の通路として構築したものである。
はじめにわたしが、言語は人類の根源的な神経症的症状であると言ったのは、このことを指している。

言語こそが人類の神経症の一時的症状であって、それとの比較で言えば、一般に神経症的症状と呼ばれているものは二次的症状に過ぎない。
別の観点から言えば、言語とは、その意味を了解する他者が存在する神経症的症状である。
ラカンは、無意識の言語のように構造化されているといったが、むしろこの関係は逆であって、神経症的症状としての言語が無意識(エス)のように構造化されているのであり、エスのイメージから発した言語がそうであるのは当然のことである。
岸田 改行は私

言語の起源、という、岸田氏の、論文を借用したが・・・

あえて、説明は不要である。

言語化されないということは、共同化されないということ・・・
つまり、孤独に陥る。
だが、それは幻想だったのだ。

単なる思い込みの、共同化である。
実際は、絶対孤独の中にあるのが、人間である。

生きるに意味などない、というのは、実は、言葉が、幻想、妄想であり、そこから発する言葉による、意味付けというものは、無益なものなのである。

だから、この、生きるに意味などない、という、私の考えを、延々と続けて、検証していく必要がある。

その前提が、言葉というものに対する、了解度である。

ただし、人間のイメージというものは、実に恐ろしく、それによって、人類は、様々な、発展を生成してきた。

最初に、イメージなのである。
イメージを言語化することは、神経症の症状を生むが、芸術行為にある、イメージは、また違った価値観を持つと、私は、言う。

もう一つ、岸田氏の、論文からは・・・
言語的表現には、その字句の何倍もの意味が、隠されている、背後に控えている、という発言である。

その際たるものが、日本の和歌、俳句の世界だろう。

極めて、言語化の局地まで行き渡り、言語化の、ギリギリのところまで、追い詰めて、描いた言葉の世界である。

和歌の一つを、延々と説明するのが、西欧の思想である。
言葉を重ねて、更に重ねて、説明を尽くすが、それでも、まだ足りないのである。

あるいは、禅などの思想も、語り尽くすということをすれば、逆に、迷路に入り込む。

本当は、単に、シンプルと言えば、済むことだが、済まない人たちがいる。

万葉集の一種を、説明尽くす努力をしている、外国人を知る者だが、本当に、ご苦労なことと、察するのである。

語れば、語るほど、真相とは、掛け離れる。

言葉とは、そういうものである。
何せ、イメージなのであるから。

posted by 天山 at 05:48| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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