2016年06月21日

もののあわれについて820

いとどしく心よからぬ御けしき、あくがれ惑ひ給ふ程、大殿の君は、日ごろ経るままに、おぼし嘆くこと繁し。典侍かかる事を聞くに、われを世とともに許さぬものに宣ふなるに、かくなあづりにくき事も出で来にけるを、と思ひて、文などは時々奉れば、聞えたり。

典侍
数ならば 身にしられまし 世のうさを 人の為にも ぬらす袖かな

なまけやしとは見給へど、物のあはれなる程のつれづれに、かれもいとただにはおぼえじ、とおぼすかたごころぞつきにける。

雲居雁
人の世の 憂きを哀れと 見しかども 身に代へむとは 思はざりしを

とのみあるを、思しけるまま、とあはれに見る。




いっそう、斜めの御機嫌に、大将は、うろうろしていらっしゃる。その一方で、大臣家の御方は、日数が経つにつれて、悲観することは、しばしばである。藤典侍は、この事件を耳にして、自分のことを始終許さぬと、おっしゃっていると聞くが、こんな、放っておくわけにはいかない事件も起こり、と、考えて、手紙などは、時々、差し上げるので、申し上げた。

藤典侍
人並みの者でしたら、私にも、わかりますことでしょう。結婚の苦しみを、私は、わかりませんので、あなたのために、涙を流します。

当て付けのよう、と、思うが、あわれに悲観して、時間を持て余してると、典侍も、平気でいるわけではないだろう、と、思う気持ちも、少し起こる。

雲居雁
他の人の、夫婦仲の辛さを、可哀想と思ったことはありますが、同情しても泣くとは、思いませんでした。

とだけ書いたものを、心に浮かんだままだと、あわれに可哀想に思うのである。







この昔中絶の程には、この内侍のみこそ、人知れぬものに思ひとめ給へりしか。ことあらためて後は、いとたまさかに、つれなくなりまさり給うつつ、さすがに君達はあまたになりにけり。この御腹には、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君とおはす。内侍は大きみ、三の君、六の君、二郎君、四郎君とぞおはしける。すべて十二人が中に、かたほなるなく、いとをかしげに、とりどりに生ひ出でたまける。内侍腹の君達しもなむ、容貌をかしう、心ばせかどありて、皆すぐれたりける。三の君、二郎君は東の御殿にぞ、とりわきてかしづき奉り給ふ。院も見なれ給うて、いとらうたくし給ふ。この御中らひのこと、言ひやる方なくとぞ。




昔、二人の仲が、遠ざけられていた時は、この内侍だけを、秘密の愛人としていらしたが、事情が変わってからは、ほんの時々で、冷たくなるばかりだった。それでも、お子様方は、大勢になっておられた。
雲居雁のお生みになったのは、長男、三男、五男、六男、二女、四女、五女と、いらした。
典侍は、長女、三女、六女、次男、四男でいらっしゃる。
全部で、十二人の中で、おかしなのは、一人もいなくい、可愛らしく、それぞれ、大きくおなりになった。
内侍の生んだ、若様方の方が、器量もよく、生まれつきも、才能が見えて、皆、ご立派であった。
三女、次男は、東の御方、花散里で、特別に大事に、お育てになっている。院は、源氏は、いつもよく、御覧になるので、大変な可愛がりようである。
お二方のことは、上手にお話のしようがなく、とのこと・・・

つまり、夕霧は、雲居雁という、妻と、藤典侍という、愛人がいて、今、新たに、女二の宮と、結婚するということである。

話が突然のように、書き起きるので・・・
読者は、不案内になるが、読み続けてゆけば、次第に解る。

これで、夕霧の段を、終わる。

実に長い物語である。

posted by 天山 at 05:58| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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