2016年06月20日

もののあわれについて819

おとどかかる事を聞き給ひて、人わらはれなるやうにおぼし嘆く。致仕大臣「しばしはさても見給はで。おのづから思ふところ、ものせらるらむものを。女のかくひききりなるも、かへりては軽くおぼゆるわざなり。よし、かく言ひそめつとならば、何かは折れてふとしも帰り給ふ。おのづから人のけしき心ばへは見えなむ」と宣はせ、この宮に蔵人の少将の君を、御つかひにて奉り給ふ。

大臣
ちぎりあれや 君を心に とどめおきて あはれと思ふ うらめしと聞く

なほえ思しはなたじ」とある御文を、少将持ておはして、ただ入りに入り給ふ。




致仕の大臣は、この話をお耳になり、物笑いになったと、嘆かれる。
大臣は、しばらくの間は、そのまま様子を見ていられないで、自然考えるところが、おありだろう。女が、このように一本調子なのも、かえって、軽く思われることだ。いいさ。一旦、言い出したからには、何も頭を下げて、すぐに、お帰りになることはない。いずれ、相手の様子や考えが、わかるだろう。と、仰せられて、女二の宮の所に、蔵人の少将の君を、お使いとして、差し上げた。

大臣
前世からの約束が、あるのだろうか。あなたを忘れず、可哀想と思い、また恨めしいとも、聞きます。

矢張り、お忘れになれまい。と、書いてあるお手紙を、少将が、持っていらして、さっさと、邸にお入りになる。




南面のすのこにわらふださしいでて、人々もの聞えにくし。宮はましてわびしと思す。この君は、中にいとかたちよく、めやすきさまにて、のどやかに見まはして、いにしへを思ひいでたるけしきなり。少将「参りなれにたる心地して、うひうひしからぬに、さも御覧じ許さずやあらむ」などばかりぞかすめ給ふ。




南向きの縁側に、敷物を差し出して、女房たちは、物が申し上げにくい。宮様は、それ以上で、辛いと思いである。この若様は、兄弟中でも、特に器量がよく、難の無い態度で、ゆうゆうと、見回して、昔を思い出している様子である。少将は、いつも、伺わせていただいていた気持ちがいたしまして、久しぶりの感じもしませんが、そう、お認めいただけませんか。などという、程度に当てこすりを言う。




御返いと聞えにくくて、女二「われはさらにえ書くまじ」と宣へば、人々「御こころざしもへだて若々しきやうに、宣旨書はた聞えさすべきにやは」と、集まりて聞えさすれば、先づうち泣きて、「故上おはせましかば、いかに心づきなしと思しながらも、罪を隠い給はまし」と思ひいで給ふに、涙のみづくきにさきだつここちして、書きやり給はず。

女二
何故か 世に数ならぬ 身ひとつを 憂しとも思ひ 悲しともきく 

とのみ思しけるままに、書きもとぢめ給はぬやうにて、おしつつみて出し給うつ。




ご返事は、まことに申し上げにくくて、私は、とても書けそうに無い、と、おっしゃると、女房たちは、お気持ちも通らず、子どものように見えます。代筆で、申し上げてよいことでは、ございません。と、集まり、申し上げるので、何よりも先に、涙がこぼれて、亡きお母様がおいでならば、どんな嫌な子だと、思いになっても、私の罪を隠してくださることでしょう。と、思い出しされると、涙が筆より先に、走る気がして、お書きになれない。

女二
どういうわけで、一人前でもない私を、辛いとも思い、可哀想にとも、お聞きになるのでしょう。

とだけ、お心に浮かぶままに、書きかけのように、お書きになり、さっと包んで、外にお出しになった。




少将は、人々に物語して、「時々さぶらふに、かかる御簾の前は、たづきなき心地と侍るを、今よりはよすがあるここちして、常に参るべし。内外なども許されぬべき、年頃のしるしあらはれはベル心地なむし侍る」など、気色ばみおきて、いで給ひぬ。




少将は、女房たちを相手に、話をして、時々、お伺いしますのに、このように御簾の前では、頼りない気がします。これからは、ご縁がある気持ちで、しょっちゅうお伺いします。御簾の中も、御許しいただけそうな、長年の忠誠の結果が、現れます気がいたします。と、思わせぶりを見せ付けて、お立ちになった。



posted by 天山 at 06:14| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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