2016年06月16日

もののあわれについて817

かうのみしれがましうて、出で入らむもあやしければ、今日はとまりて、心のどかにおはす。かくさへひたぶるなるを、あさましと宮はおぼいて、いよいようとき御けしきのまさるを、をこがましき御心かなと、かつは辛きもののあはれなり。塗籠も、殊にこまかなる物多うもあらで、香の御唐櫃、御厨子などばかりあるは、こなたかなたにかきよせて、け近うしつらひてぞおはしける。内はくらき心地すれど、朝日さし出でたるけはひ漏り来るに、うづもれたる御衣ひきやり。いとうたて乱れたる御髪、かきやりなどして、ほの見奉り給ふ。いとあてに女しう、なまめいたるけはひし給へり。男の御さまは、うるはしだち給へる時よりも、うちとけてものし給ふは、限りもなう清げなり。故君の異なる事なかりしだに、心の限り思ひあがり、御かたちまほにおはせずと、事の折りに思へりしけしきを思しいづれば、ましてかういみじうおとろへにたる有様を、しばしにても見しのびなむや、と思ふも、いみじう恥づかし。とざまかうざまに思ひめぐらしつつ、わが御心をこしらへ給ふ。ただかたはらいたう、ここもかしこも、人の聞き思さむ事の罪、さらむ方なきに、折りさへいと心憂ければ、慰め難きなりけり。




いつも、このような馬鹿な格好で、出入りしても、変な話なので、今日は、泊って、落ち着いて座り込んで、いらっしゃる。
こんなにまでも、強気なのを、呆れる他はないと、宮様は、思う。益々、嫌がるご様子が、強くなるが、そういう宮を、馬鹿らしいお方だと、情けなく思うものの、また可愛そうにも思うである。
塗籠も、別にごたごたした物が、沢山あるわけではなく、香の御唐櫃、御厨子くらいがあるが、あちこちに片付けて、簡単に御座所を作っていらっしゃる。
中は暗い感じがするが、朝日の射し出た光が、何処かから入って来て、かぶっていらっしゃるお召し物を脱がせて、酷いこと乱れた御髪を、撫で繕い、ちらっと、御覧になる。まことに上品で、女らしく、お美しい感じの方である。
男、夕霧の様子は、きちんとしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃるのは、この上なく、綺麗な姿だ。亡くなった殿様は、大したことがなかったのに、いい気にうぬぼれて、ご器量は十人並みではないと、何かに付けて思っていた様子を、思い出されると、それどころか、こんなに酷くやつれてしまった自分を、しばらくの間でも、我慢するだろうか、と思うのも、とても恥ずかしい。
あれこれと、色々考えて、気持ちを整える、女二の宮である。ひたすら、外聞が悪くて、この方、あの方、皆様、お耳にされて、思うであろう、その罪は、逃げようも無い上、この場が辛くて、たまらず、抑え切れないのである。




御手水粥など、例の御座の方に参れり。色ことなる御しつらひも、いまいましきやうなれば、東面は屏風をたてて、母屋の際に香染の御几帳など、ことごとしきやうに見えぬもの、沈の二階などやうのを立てて、心ばへありてしつらひたり。大和守のしわざなりけり。




御洗面やお食事など、いつもの通り、御座所のほうで、差し上げる。色の変わった飾りつけも、不吉なようなので、東座敷には、屏風を立てて、母屋のほうには、香染めの御几帳など立て、特に喪中らしくは見えない物、沈香の二階棚というものを立てて、気をつけて飾りつけがしてある。
これは、大和守がしたことである。




人々も、あざやかならぬ色の、山吹、掻練、濃き衣、青鈍などを着かへさせ、うす色の裳、青朽葉などを、とかく紛らはして、御台はまいる。女所にて、しどけなくよろづの事ならひたる宮のうちに、ありさま心とどめて、わづかなる下人をも言ひととのへ、この人一人のみあつかひ行ふ。書く覚えぬやむごとなきまらうどのおはすると聞きて、もと勤めざりける家司など、うちつけに参りて、政所などいふ方に候ひて営みけり。




女房連中も、華やかではない色の、山吹に、練絹と濃い紫、また、青鈍色などに着替えさせ、薄紫の裳に、青朽葉色などを、何かと目立たぬようにして、お食膳を差し上げた。
女主人の住家で、しまりなく、何もかもなっている御殿の中で、色々なことに気をつけて、わずかに残っている下男に教え、この大和の守一人だけが、お世話するのである。
こんな思いもかけない身分の高いお客がお出でであると聞いて、今までは来なかった家司なども、急に顔を出して、事務所という場所に控えて、仕事をするのである。




かくせめいも見なれ顔につくり給ふ程、三条殿、「かぎりなめり」と、「さしもやはとこそかつは頼みつれ。まめ人の心かはるは名残なくなむと聞きしはまことなりけり」と、世をこころみつるここちして、いかさまにして、このなめげなさを見じと思しければ、大殿へ、方違へむとて渡り給ひにけるを、女御の里におはする程などに、対面し給うて、少しもの思ひはるけどころに思されて、例のやうにも急ぎ渡り給はず。大将殿も聞き給ひて、「さればよ。いと急にものし給ふ本性なり。この大臣もはた、大人おとなしうのどめたるところさすがになく、いとひききりに花やい給へる人々にて、めざまし、見じ、聞かじなど、ひがひがしき事どもし出で給うつべき」と、驚かれ給うて、三条殿に渡り給へれば、君達もかたへはとまり給へれば、姫君たち、さてはいと幼きとをぞ率ておはしける。見つけて喜び睦れ、あるは上を恋ひ奉りて、うれへ泣き給ふを、心苦しとおぼす。




このように、無理やり、前々からの夫婦というお顔をしていらっしゃる頃、三条の奥方、雲居雁は、これが最後だ、と、まさかそんなことはと、信用もしていたが、真面目な人が、狂いはじめると別人になると、聞いていたのは、本当だったと、夫婦というものが、よく解った気がして、何とかして、この屈辱を見まいと、思うので、大臣家に、方違えということで、お出ましになった。が、女御がお里にお出での時でもあり、お目にかかって、少しは、思いが薄らぐことと思い、いつものように、すぐにお帰りにならない。
大将殿も、お聞きになって、思ったとおりだ。せっかちでいらっしゃる性質だ。この父、大臣の方も、ゆったりと落ち着いているところがなく、一本調子で、派手になさる方々だから、癪だ。見るものか、聞くものかなどと、困ったこともやりだすかもしれない。と、びっくりされて、三条邸にお出でになると、若様たちも、一部はお残りで、姫君と、ごく幼い人だけを連れてお出でになったのだ。見つけて、喜んで、じゃれまわる。あるいは、母上のことを恋い慕って、悲しがり、お泣きになるのを、可愛そうに、思いになるのだ。

雲居雁が、実家に戻っていた。
夕霧の、新しい相手に対する、嫉妬でもある。


posted by 天山 at 06:17| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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