2016年06月15日

もののあわれについて816

かしこにはなほさし籠り給へるを、人々、「かくてのみやは、若々しうけしからぬ聞えも侍りぬべきを、例の御ありさまにて、あるべき事をこそ聞え給はめ」など、よろづに聞えければ、さもある事とは思しながら、今より後のよその聞えをも、わが御心の過ぎにし方をも、心づきなく、うらめしかりける人のゆかりと思し知りて、その夜も対面し給はず。夕霧「たはぶれにくくめづらかなり」と聞えつくし給ふ。人もいとほしいと見奉る。人々「いささかも人ごこちする折りあらむに、忘れ給はずは、ともかうも聞えむ。この御服の程は、一筋に思ひ乱るることなくてだに過ぐさむとなむ深く思し宣はするを、かくいとあやにくに、知らぬ人なくなりぬるを、なほいみじう辛きものに聞え給ふ」と聞ゆ。夕霧「思ふ心はまた異ざまに後安きものを、思はずなりける世かな」と、うち嘆きて、「例のやうにておはしまさば、物越などにても、思ふ事ばかり聞えて、御心破るべきにもあらず。あまたの年月をも過ぐしつべくなむ」など、つきもせず聞え給へど、女二「なほかかる乱れに添へて、わりなき御心なむいみじう辛き。人の聞き思はむ事もよろづになのめならざりける身の憂さをばさるものにて、ことさらに心憂き御心がまへなれ」と、また言ひ返し怨み給ひつつ、遥かにのみもてなし給へり。




あちらでは、今も鍵をかけて、入ったきりでいらっしゃるので、女房たちが、こんなふうでは、子どもっぽく、変だとの評判も立つでしょう。いつもの、御座所で、お考え申し上げなさいませ。などと、何かと、申し上げる。それは、そうだと思いになるが、今後の世間での評判も、ご自分のお気持ちの、今までのことをも、気に食わず恨めしく思う、大将のせいだと、考えるので、その夜も、お会いにならない。
夕霧は、冗談ではない。変わったお方だ。と、言葉を尽くして、申し上げる。女房も、お気の毒だと、拝見する。
女房たちは、少しなりとも、ご気分が普通のときに、あなた様の気持ちが変わらなければ、なんなりと、申し上げましょう。御喪のうちは、せめて、他の事で、頭を乱されることなく、過ごしたいと、強くおっしゃいます。困ったことに、知らない者は、なくなってしまったのを、矢張り、大変酷い方と、おっしゃっていらっしゃいます。と、申し上げる。
夕霧は、愛している気持ちは、世間と違い、ご安心下さってよいのに、思いもかけないことを、伺うものだ、と、嘆かれる。そして、普通のお体で、いらっしゃるなら、几帳越しでも、自分の気持ちだけは、申し上げて、お心を傷つけるようなことは、しない。何年でも、待ちましょう。などと、言葉を尽くしておっしゃるが、女二の宮は、矢張り、こういう喪中の心の乱れに加えて、酷く辛いと思います。無理をおっしゃるのが、辛いのです。世間の人が耳にして、思うことも、何もかも、一通りではないことですが、そのような我が身の情けは、しばらくおいて、無理な酷い、なさりようです。と、更に、反対もし、恨みにもなって、夕霧に対する、態度に変わりがない。扱いを変えないのである。




さりとてかくのみやは。人の聞き漏らさむこともことわり、と、はしたなう、ここの人目もおぼえ給へば、夕霧「内々の御心づかひは、この宣ふさまにかなひても、しばしは情ばまむ、世づかぬ有様のいとうたてあり。またかかりとて、ひき絶え参らずは、人の御名いかがはいとほしかるべき。ひとへに物をおぼして、幼げなるこそいとほしけれ」など、この人を責め給へば、げにと思ひ、見奉るも今は心苦しう、かたじけなうおぼゆるさまなれば、人かよはし給ふ塗籠の北の口より、入れ奉りてけり。いみじうあさましうつらしと、さぶらふ人をも、げにかかる世の人の心なれば、これよりまさる目をも見せつべかりけり、と、たのもしき人もなくなり果て給ひぬる御身を、かへすがへす悲しう思す。




そうかといって、こんなことでは、いられない。人が聞きつけ、噂になっても、当たり前と、決まり悪く、ここの人前も気になり、夕霧は、内々のなさりようは、こちらの、おっしゃるとおりにしてでも、当分は、我慢しよう。奇妙な様が、実に変だ。それに、こうだからとて、これっきり、参らなければ、宮様のご評判は、どれほどお気の毒なことか。一方的なお考えであり、幼すぎるのが、お気の毒だ。などと、小少将を責めると、それは、もっともだと小少将は思い、お顔を見ても、今では、心苦しく、もったいないとも思われる有様なので、召使を出入りさせ、塗籠の、北の口から、お入れ申し上げた。宮様は、酷く、情けない、むごい、と、仕える人々も、全くこんな世間なのだから、これ以上、酷い目にあわせるに違いないと、頼りにする方もなくなってしまった。その身の上を、かえすがえす、悲しく思うのである。

主語がないせいか、誰の心境かは、文の前後で、解釈する。




男はよろづに思し知るべきことわりを聞え知らせ、言の葉多う、あはれにもをかしうも聞えつくし給へど、つらく心づきなしとのみ思いたり。夕霧「いとかう言はむ方なき者に思ほされける身の程は、類なう恥づかしければ、あるまじき心のつきそめけむも、ここちなく悔しうおぼえ侍れど、とり返すものならぬ中に、何のたけき御名にかはあらむ。いふかひなくくく思し弱れ。思ふにかなはぬ時、身を投ぐる例もはべなるを、ただかかる心ざしを、深き淵になずらへたまて、捨てつる身と思しなせ」と聞え給ふ。単衣の御衣を御髪こめ引きくくみて、たけきこととは音を泣き給ふさまの、心深くいとほしければ、夕霧「いとうたて。いかなればいとかう思すらむ。いみじう思ふ人も、かばかりになりぬれば、おのづからゆるぶけしきもあるを、岩木よりけになびき難きは、契り遠うて、憎しなど思ふやうあなるを、さや思すらむ」と思ひよるに、あまりなれば心憂く、三条の君の思ひ給ふらむ事、古も何心もなうねあひ思ひかはしたりし世の事、年ごろ今はとうらなきさまにうち頼み、とけ給へるさまを思ひいづるも、わが心もて、いとあぢきなう思ひ続けらるれば、あながちにもこしらへ聞え給うはず、嘆き明かし給うつ。




男、夕霧は、色々と、納得されるように、道理をお話し、言葉多く、心を動かすようにも、笑い出してしまいそうにも、言い続けされるが、酷い人、嫌な人と、思いになるばかり。夕霧は、こんなにまでもお話して、嫌な奴と思われた私の身が、またとなく、恥ずかしいので、けしからん考えを起こしたのも、無作法と、後悔はいたしますが、後へ戻れない上に、どれほど、ご評判がなおりましょう。しょうがないと、諦めてください。思い通りにならない時は、入水する話もあるそうですが、ただ、これほどの私の愛情を、深い淵だと、お考えになり、捨てた身だという気になってください。と、申し上げる。
単衣のお着物を、御髪ごとかぶり、ただ、一つの方法としては、声を上げて、泣かれる。そのお姿が、慎み深く、いじらしいので、夕霧は、全く、困った。どうして、こんなにまで、思いなさるのか。強情を張っている人でも、こんなことになってしまえば、自然、弱くなる態度も見せるのに、木や石よりも、いっそう言う事を聞こうとしないのは、前世から縁が無くて、嫌がるのもあるというが、そんなお気持ちですか。という気持ちになると、あまりのことで、情けなく、三条の奥方の、今の気持ち、昔も、気苦労もなく、互いに愛し合う夫婦仲、長い間も、これで安心と信頼し、任せきって、いらっしゃる事を思い出されると、自分の気持ちで、こうなったのだと、つまらない気にもなる。宮の心を、しいてお慰め申すこともされず、溜息しつつ、夜を明かされた。

この場面は、夕霧が、宮と契ったということになる。


posted by 天山 at 06:40| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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